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 宇宙基地 Trans Space Nine。交通の要衝となるトランスワープチューブを管理運営するこの基地は、辺境といえども行き交う宇宙船で賑わっていたのだった。その繁栄を裏で維持する惑星連合宇宙軍に、またもや頭の痛い時期が巡ってきた。

「司令、各部門からの来年度予算申請をまとめましたので、目を通してください」
「ああ、ありがとう。概略は既に見せてもらっているが、前年度比187%か」
「他のTS基地と比べて、発展中ですから、数字が多いのは仕方ないかと思いますが」

 れも副司令から手渡されたデータパッドの画面に目を通す かわねぎ司令。TS9の状況は れも副司令の言う通り、拡張しなければならない部分があるのだ。当初は予定されていなかった方面軍の軍備増強、予想を上回る交易艦の入港による港湾設備の増強。軍民共に現状を精一杯活用しての運営が続いているのだった。

「確かにれも君の言う通りだが、中央の連中にどれだけ通じるかだな」
「辺境の1ステーションとしか見られていないでしょうね」
「削られるのを見越して下駄を履かせるのは常套手段なのだけど、これは多いかな……」
「やはり、無理なんでしょうか」
「ま、それをどうにかするのが我々の仕事だからね。今度の運営会議が正念場だよ」

 各部門からの申請は無駄のある物は無い。既に れもが目に付く部分の修正を命じていたので、これでも十分そぎ落とした後なのだ。後は司令が承認をするだけだった。

「司令、運営会議といえばあの話をしなくてはいけませんが……」
「あれか……やはりしなくてはダメなのかね」
「上層部だけでも知ってもらわないと、今後の運営に支障をきたします」

 なかなか納得しない司令に毅然とした態度で決断を迫る れも。いつもの光景といえば光景なのだが、心なしか司令はいつになく真剣な表情でデータパッドのスケジュール表をじっと見ていた。

「TS基地司令会議は明後日なんですから、覚悟を決めてください」
「……しかし、あいつらの前に『かわねこ』で出るのは抵抗が……」
「これも司令のためです。中央公認で『かわねこ』での指揮権が与えられるのですよ」
「とは言ってもなぁ……」

 結果的には れも副司令の押しが功をなすのだが、司令官にとっては不承不承なのは言うまでもないだろう。



踊る大会議室
〜他部門予算を封鎖せよ〜
(もしくは、くすり仕掛けの小さな猫耳・番外編2)

作:かわねぎ
画:電波妖精 様



 惑星連合宇宙軍駆逐艦『U.S.S.あいくる』。トランスワープチューブから抜け出し、テラン星系近郊へと進路を進めていた。ここからテラン星までは0.4光年。あとわずかの距離である。

 『あいくる』のブリッジには、テランで開かれる『TS基地運営会議』に出席する れも副司令、司令改め猫耳少女士官の かわねこ少尉が搭乗していた。そして、操舵席には民間人の熊耳少女、緒耶美が座っており、『あいくる』をいとも簡単に操縦していたのであった。

「トランスワープから通常ワープへ移行。ご主人様、もうすぐですね」
「うにゃ。ご苦労様にゃ。でもテラン・オービタルベースまで気を抜いちゃダメだにゃ」
「はいですっ、ご主人様」

 緒耶美は出身星では優秀な操舵士であっただけに、その愛くるしい外見からは想像も付かないほど宇宙艦の扱いに秀でているのであった。ただ、規則上、惑星連合宇宙域では艦艇免許が必要なので、今のところは正式に宇宙艦を動かすことは出来ない。それ故に……

「軍艦で仮免許の練習をさせるのはどうかと思いますけどね」
「まぁ、緒耶美ちゃんも元々宇宙艦操縦士なのだからお手の物にゃ」
「普通、民間のクルーザーとかディンギーとかで練習しません?」
「うにゃ? 巡洋艦(クルーザー)の方が良かったかにゃ? 駆逐艦じゃ不足かにゃ?」
「司……かわねこ少尉!」
「冗談冗談。オーラハリセンはしまうにゃ。でも真面目な話、緒耶美ちゃんにはそのステップは無用だにゃ」

 れもがどこからともなく取り出したオーラハリセンを振りかぶったのを見て、慌てて猫耳を伏せて真面目な話に戻すかわねこ。てきぱきとテラン星の管制とやり取りする緒耶美を横目で見ながら、いきなり実践的な訓練をしても問題ないと断言する。なにせ操舵技術は文句なしに一流なので、あとは連合の航行規則などを覚えるだけでよいだけなのだ。

 もっとも、れもにとっては頭の痛い所でもあった。かわねこを「ご主人様」と慕う緒耶美が優秀な操舵士ということは、お抱え運転手が出来たと言うことだ。二人揃って近隣のお気に入り惑星へ――地球ともいう――遊びに抜け出す頻度が高くなるのは火を見るよりも明らかだろう。

『こちらテラン・オービタルベース。U.S.S.あいくるの入港を許可する』
「了解しました。ええと、接舷ポートは……」
『3-3に入港だ。仮免の嬢ちゃん、ガイドウェイがあるけど慎重にやれよ』
「はいっ」

 宇宙艦の操艦で最も注意を払うのは、ポートへの接舷時やランデブー時だ。オービタルベースとの相対速度を限りなく近づけた後に接舷しなくてはならない。コンピューターが大部分をサポートしてくれるとは言え、最後は人手に頼る部分もあるのだ。そうして緒耶美の操る『あいくる』は静かにその艦体を3-3ポートに寄せたのであった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 テラン星にある惑星連合宇宙軍中央司令部。TS9の様な辺境での勤務にもかかわらず、上級士官は意外にテランへ来る機会は多い。トランスワープチューブ経由で容易に来ることが出来るとはいえ、やはり手間はかかるものだ。

 いわゆる出張者には簡素ではあるが、宿舎兼用のデスクが割り当てられる。かわねこ達一行は、同性3人なのでツインルーム。ツインということはベッドが2つ。かわねこと緒耶美は「子供だから」の一言で、ひとまとめにされてしまったようだ。当然かわねこはエクストラベッドを要求したのだが、あいにくホテルではないので、却下されてしまった。

「私は構いませんです。ご主人様がベッドに眠ってくだされば、床ででも寝ます」
「それはダメにゃ。それならボクが床で寝るにゃ」
「二人とも待って。私と比べて二人とも体も小さいんだし、一緒に使えばいいと思うわよ」
「うにゃ!? れも君、それはすなわち……」
「え、いいんですか? ご主人様と一緒のベッドだなんて……一晩……ぽっ……」
「よろしいですね。司……少尉」
「う……でもにゃぁ」

 れもの強めの説得に、かわねこは弱々しく抵抗する。だが、れもの言っていることは正論だし、11歳の少女同士なら一緒のベッドでも広さ的に大丈夫だろうという軍の判断も悪気があっての事ではない。なにせ佐官用の部屋だけに、ベッドもセミダブルサイズであり、広いのである。

「少尉。そう言えば仰ってましたね。地球では12歳以下の子供は一つの寝台車のベッドを2人で使えるって」
「う……確かに……でもそれとこれとは話が……」
「なら、そうしてください。緒耶美ちゃん、少尉と仲良くね」
「はいっ!」
「……」

 確かに自分は「かわねこ」だけど、中身は「かわねぎ中佐」なんだから、一つのベッドはまずいだろうと思い、言葉を濁してしまう。しかしそう思っているのは かわねこ(かわねぎ)本人だけで、既にれもと緒耶美によって、決定事項になってしまった。

「それはさておき、少尉。連絡会議はまず私一人で出席します」
「例の議題の時にボクが入るんだにゃ」
「はい。それまでミーティングルームで待機しておいてください」
「その議題は気が進まないけど……仕方ないにゃぁ」

 本来ならば、かわねぎ司令が最初から出席するのだが、今回はかわねこモードの為、れも副司令に一切の権限を委譲している。これも議事の進行によっては、権限を戻してもらうことになるかも知れない。

「あの〜、私はその間どこにいればいいんでしょうか」
「そうね。ここから出るなというのは酷でしょうけど、あまり民間人をうろつかせる訳には……」
「ボクが呼ばれるまで一緒にいるにゃ。その後は軍広報コーナーで時間つぶすといいにゃ」
「それはいいわね。広報コーナーなら民間人にも解放してますからね」

 かわねことれもが会議の間、当然緒耶美は手持ち無沙汰になる。正式なTS9の職員ではない緒耶美は、当然民間人扱い。そうそう建物内をうろつかせるわけにはいかない。休憩コーナーもあるのだが、まだ連合に不慣れな緒耶美には、軍の広報コーナーを見せておくのも手だろう。緒耶美自身の勉強にもなるだろうし、お土産コーナーではここでしか買えない饅頭も売っているので、退屈はしないだろう。

「あと、緒耶美ちゃんにはお願いがあるのにゃ」
「なんでしょう?」
「休憩時間にお茶とお菓子を配って欲しいのにゃ。できれば出席人数分用意してほしいにゃ」
「はいっ、材料は『あいくる』にありますから、手作りをお持ちできますよ」
「それじゃ、そっちもよろしく頼むにゃ」

 こうして、なんだかんだ言いながらも、少女3人、仲睦まじく一晩過ごしたのであった。もちろんベッドは3人で2つだったりもするのだが、その辺は割愛させて頂こう。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 翌日、中央司令部会議棟。その第3会議室に各TS基地運営会議のために、各司令官が集まっていた。その中でTS9だけは副司令の れもが出席している。そしてその9人を統べるのが将官の議長であった。その議長は誰あろう、第9方面および第4方面軍司令官、ワイアード中将である。要は、かわねぎ司令およびTS4司令の直属の上司だ。

「さて、全員集まったようじゃな」
「TS9はどうした? 司令の欠席で少佐が?」
「はい。司令官の代理で私が出席いたしました。司令より全権委任されております」
「なら、問題なく全員揃っていると言っていいな」
「左様。正式な委任なら副司令の出席で問題はあるまい」

 紅一点の れも副司令が、正式にかわねぎ司令の委任を受けている事を確認した上で、運営会議の開催となった。議長のワイアードが開会の言葉を述べて、早速議題に入る。議題に関する資料は既に各自のデータバッドに配信されているので、すぐに本題に入れるのであった。

「さて、最初の議案じゃが……TS9より即時決議を要求している。れも少佐」
「はい。お手元にお配りした資料の通りです。ですが本人を見て頂いた方が確実かと思われます」

 ワイアードの指名にれもが立ち上がると、そう発言して会議室の入口に目を向ける。その扉の向こうには、かわねこが待機している。れもは通信バッジを通して、かわねこに会議室への入室を促す。

「司令、お願いします」
『わかったにゃ』

 サッと会議室のドアが自動で開く。れもに呼ばれるまで、かわねこは猫耳といい猫しっぽといい、いつになく緊張していた。並み居るメンバーは同じTS基地の責任者達で、幾度となく顔を合わせている面々なのだが、『かわねこ』としてその前に立つとなると、話は別だ。それに、これからされることは、ある意味晒し者だ。

「失礼しますにゃ。TS9司令部所属、かわねこ少尉ですにゃ」
「ご苦労。審議があるので、こちらまで来てもらえぬか」
「はっ、提督」

 かわねこが会議室に入り略礼をすると、ワイアードが議長席の隣に呼び寄せる。かわねこが進み出る中、会議室を沈黙が支配した。だが、わずかの間をおいて困惑のざわつきがそれに取って代わる。

「信じられん……」
「資料では読んだが、実物はこうまで愛らしいとは……」
「女子小学生ではないか……」
「今度は自分から基地の平均年齢を下げおって……」
「左様。しかし自分で自分に手は出せぬのが幸い……」
「猫耳娘マンセー……」

 前もってかわねぎ司令が猫耳少女化したという事実を報告するという議題を出していたのだが、れもの提案により資料には敢えてかわねこの画像は載せていなかったのだ。この議題の目的――かわねこモードでも指揮権を正式に持たせる――に有利に働くような細工の一つである。

 それにしても覚悟はしていたが、自分に注がれるTS司令官達の視線の前に、かわねこはわずかに身をこわばらせた。この連中なら好奇の視線だけでは済まされないことを肌で感じていた。『SOUND ONLY』のモノリス相手の方が、威圧感のみであるだけに、よほどマシである。

「こちらが現在のかわねぎ司令です。この姿を『かわねこ』と呼称しています」
「ふむ。仮に少尉の軍籍を与えているのじゃったな」
「はい。未成年での任官についてはフレイクス少尉の前例があるので、階級もそちらに準じた形としました」
「じゃが、この姿で佐官という例もあったのぅ。えぇと、何と言ったかな、あのDOLL化された……」
「ダイナ少佐ですね。ですが今の司令の場合は純粋なキャロラット人ですから、あまり小細工するのは不適当かと思いました」

 れもの紹介に、ワイアードは質問をいくつか投げかける。その間、かわねこはじっとやり取りを聞いているだけで、何の発言もしない。何せ今の段階ではただの少尉という立場なので、勝手な発言は許されないのであった。

 かわねこを少尉としてしまったのは、軍内部であまりに不自然にならないためである。さすがに少女士官でいきなり中佐というのは、かわねぎ司令本人もまずいと思ったのだろう。そのお陰で指揮権の問題が生じたのだが、かわねぎ中佐 = かわねこ少尉と認識してもらえば、軍上層部内で問題とされることはないだろう。

「しかし、小学生に基地司令を任せるのはどうかと……」
「なら かわねぎ中佐の着ぐるみでも着てこいと言うのかね」
「司令室で覆面を着用したり着ぐるみを着用したりなど、それこそ問題だ」
「左様。愛らしさを隠すのは無粋という物」
「ほら、第3艦隊の巡洋艦にはマスクをかぶった少佐もいるぞ……」
「本人と認証できる証拠もあります。それなら問題ないでしょう」
「なら、それを常に提示すれば良いではないか」

 様々な意見が出る中、かわねこ自体を否定する意見は出ていないようだ。プレラット人がいれば、また話は変わってくるのだろうが、あいにくこの場に揃っているのはテラン人を初めとしたヒューマノイド達。やはり自分たちの同僚には、愛らしい少女の方がいたほうが良いのだろう。

 中には かわねこ少尉を4階級特進させてしまおうという提案もあったが、さすがに軍内部でのバランスを考えると難しいので見送られた。かわねこモードの際には『司令代理』として指揮権は与え、形式上れも副司令が権限を持つという、現実的なところに落ち着いたのは かわねこの予想通りである。直接指揮を執る部分は れも副司令が出ることになるが、司令不在の場合と同様なので特別な事でもないだろう。

「では、これ以降の議題は、かわねこ少尉を正式に司令代理として認める事でよろしいかな」
「「「「異議なし」」」」
「皆さんに感謝しますにゃ」

 謝辞を述べ、ワイアードの隣を離れ、れもの隣に座るかわねこ。ここからの議題はいつものように自分がTS9の責任者である。最初に入ってきた時の居心地の悪さは何処へやら。司令官としての表情で会議に臨むのであった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 議題を順調に消化したところで、休憩を入れることになった。白熱した議論はそれほど無かったものの、やはり9つの異なる部門の調整だけあって何かと神経をすり減らすのだ。精神的にも休息は必要である。

「失礼致します」

 エプロンドレスに身を包んだ少女が、ティーポットやお菓子を載せたワゴンを押しながら会議室に入ってきた。言わずもがな、緒耶美である。TS9ではかわねこの身の回りの世話を嬉々としてやっているのだが、手作りのお菓子を作る手際や美味しいお茶を淹れる手際は特筆すべき物であった。

 ただ難点は、ついつい作りすぎてしまうことか。かわねこへの親愛の情からたくさん作るのであるが、食べられる量には限界という物がある。余らせてしまうのは勿体ないので、TS9のラウンジにいる人達にも振る舞っているようだ。それが好評であるのだが、かわねこがいるときにだけ作っている物。おこぼれにあずかるためにも、かわねこ少尉の出現率向上が各所で期待されているのだが、それはまた別のお話である。

「コーヒー、紅茶、その他、お好みの物を申しつけてください」
「梅昆布茶はないのかのぉ。TS9ならあるじゃろう」
「はい、ございます。おじい……中将様」
「ほっほっほっ。おじいさんで結構。それではいただくとするかの」

 ワイアードを始め、各人に好みの飲み物と手作りのパウンドケーキが行き渡る。お茶の良い香りがそれぞれの鼻腔をくすぐる。ケーキの味も上等で、忙しい執務中だとフードレプリケーターの食事で済ますことの多いTS司令官達にとっては、普段接することの少ない味と言ってもいいだろう。

「はいっ、ご主人様」
「緒耶美ちゃん……ボクだけこれはちょっと、どうかにゃぁと……」
「ご主人様は特別です」

 そう言ってかわねこに差し出されたのは、いつものアールグレイティーとみんなと同じケーキだ。わずかに異なる部分は、ケーキの大きさが他の人に比べて3倍は大きいところか。さすがに成人というか中年以上の男性の集まるこの場では、量の優遇に対しては周りからの羨望の眼差しはない。わずかに れもの視線が痛いだけだ。そんなことはお構いなしに、緒耶美は給仕を終えると退出していった。

「それにしても君といい れも少佐といい、TS9には華があるのぉ」
「結果的にそうなっただけですにゃ。ボクとしては不本意なんですにゃ」
「だが、周りはどう取るかだな。少なくとも私は代理の君を支持するぞ」
「左様。職員達にも人気があると聞いておる」
「……それが不本意なのにゃ……」

 休憩しながらの雑談は、もっぱら かわねこの話題だ。お祭り好きのTS9職員や一般市民達からも、支持を受けているのは承知の通りだが、どうやらこの会議でも かわねこの存在は好評のようだ。中年のおっさんよりも少女の方がいいのは、世の常だろう。

「この姿の方がいいのかにゃぁ……」

 かわねこがふと漏らしたつぶやきを、他の司令達は聞き逃さなかった。

「当然のことだろう」
「何を今更」
「左様」
「当たり前だよ、なぁ」

 ますます頭を抱え込む かわねこを除いて、涼しい顔でそう答えるのであった。もちろん、れも副司令も例外ではなく、心の中で他基地の司令官の意見に同意していたのであった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 会議の後半のメインは来年度予算の調整。予算審議に諮るべく、TS基地間での調整が必要になっているのだ。よほどのことがない限り、経常予算は基地によって突出した部分はなく、比較的均等な範囲に収まるのが常であった。とはいえ、その中でもなるべく多くの予算を取りたいのが本音であり、司令官の腕の見せ所でもあった。

「TS2は前年度比151%を要求したい」
「多すぎるのではないかね」
「TS9よりはマシだろう。なんせ187%だぞ」
「ちょっと待つにゃ。TS9の受け入れ艦艇数の伸びを見ると、これくらい要求したいのにゃ」

 自分の基地の予算を多くするためには、他の杭を叩かなくてはならない。申請した当事者は必要な予算であっても、自部門予算獲得の邪魔になる物は、「無駄」でしかないのだ。そして、目立つのはTS9側が出した数字。

「おいおい、TS9には軍港拡張工事費が出てたじゃないか」
「あれは第9艦隊絡みの予算だにゃ」
「それに民間港湾拡張予算も」
「設計時の需要予測が低すぎたのにゃ。余裕を持って設計すべきだったのにゃ」

 槍玉に挙げられるのは不本意とばかりに反論する かわねこ。居並ぶ大人達に立ち向かう少女という図なのだが、かわねこ本人はそのような意識は持っていないので、一歩も気後れしていない。

「基地運営はインフラ作ってそれで終わりじゃないにゃ。それはみんなも肌で知ってるはずにゃ」
「しかし、それは送り出す側のTS基地にとっても同じ事だぞ」
「いくらなんでもTS9は130%台が妥当ではないか?」
「許容範囲内だな。うちも譲歩して削るよ」
「比率で論じると新設のTS9は不利にゃ。金額ベースだと少ないはずにゃ」

 通常、新設のステーションでは建設費を優先するために、初期の運営費用は抑えて予算を組んでいた。通常なら既設のステーションと同等の費用がかかるまでには相当の期間が必要なのだが、TS9が予想を超える発展をしたために、費用もそれに伴い増加しているのである。他のステーションと同等のベースにしてからの議論ではないと、お話しにならないのだった。

「ふぅ……今年も手強いにゃ」

 この議題は予想していた通り、なかなかまとまらない。他のTS基地司令がやり合っている間、今の体には大きめの椅子に身を預けて、かわねこはため息混じりにつぶやいた。そんな かわねこに れもが心配そうに声をひそめて話しかける。

「司令も大変ですね……」
「うにゃ。TS9のためにゃ」
「まさか泣き落としする訳に……あ、司令、こんな方法はどうでしょう」
「なんだにゃ?」
(ごにょごにょ)

 何かを思いついた れもは、かわねこにそっと耳打ちする。最初は不思議そうな表情をしていた かわねこだが、れもの話を聞いているうちに、段々と呆れたような驚いたような表情になっていく。

「……ボクにそれをやれと言うのかにゃ?」
「はい」
「ボクよりれも君の方が……」
「いえ、司令の方が効果的です」

 はっきりと言い切るれもに対して、かわねこは手を口に添えて考え込むような表情になる。確かに、れもの言う通りなのだろう。しかし、その手が通用するのは一度きり。失敗すれば自分一人が割を食う結果になってしまうのは火を見るよりも明らかだ。

「しかし、一度しか使えない諸刃の剣にゃ」
「今使うべきでしょう。金額ベースをアップさせておけば来年からが楽ですし、なにより、今なら相手に耐性がありません」
「しかしにゃぁ……」

 かわねこが迷っている間にも、議事は進んでいく。最終的には各自譲歩をして、妥協点を見つけることになる。TS9も微増で留めることに承知すれば、何の問題もなく会議は終了するのであった。不本意ではあるが、それ以上の不本意を行わなくて済む。消極的賛成の意を表すとばかりに、黙り込むかわねこ。

「司令、いいんですか。このままではプレラット大使館への思いやり予算も減りますよ」

 小さく、しかしはっきりと かわねこの耳元に話しかける れも。予算案に司令官の私情を挟むことが許されるのならば、最も減らしたくない部分がそこなのである。その れもの言葉が逡巡している かわねこの背中を押したのであろう。

「!」

 かわねこが意を決したように立ち上がる。椅子を引く音は大きい物ではなかったのだが、かわねこ自身の気迫がそうさせたであろうか、会議室内の注目をその身に集める。折しも会議は最終段階――後は全員の同意を得るところまで来ていたのであった。

「今更異議か?」
「TS9はまだ強硬に減らさないと言うのかね」
「細かい調整しか受け入れられんぞ」

 誰しもが かわねこの動きを、議決に反対するための物だと思い、非難めいた口調をかわねこに向ける。どの基地もが多かれ少なかれ譲歩をしているのである。TS9だけを特別扱いにするわけにはいかない。なにせそれを認めれば自分の基地の予算が更に減らされてしまうのだから、他の司令官達も受諾は出来ないのであった。

 もちろん、それは当のかわねこも十分承知している。承知しているからこそ、他の司令官達からの風当たりが強くなるのも納得がいく。だが、多少の文句は聞き流さなくてはなるまい。事実、自分を落ち着かせるかのように顔を軽く伏せ、しっかりと目を瞑っていた。

 そして、他の司令官達の発言が途切れたタイミングで目を開くかわねこ。顔は伏せたままつぶやくように、だがしっかりと聞こえるように話していくのであった。

「TS9だってボクと れも少佐とで大変なのにゃ……なんで通してくれないのにゃ……」

 そんな子供の泣き言が通るほど世の中は甘くないし、軍も当然甘くない。他の司令官達が かわねこを見る目はまるで駄々をこねる子供をどうあやして言い聞かそうかといった物。おねだり攻撃も功を成さず……だが、それも承知の上だった。

「……お願いにゃ」

 両手を胸の前で祈るように合わせ、伏せた顔をゆっくりと上げる かわねこ。そこで見せた表情は、真剣に祈る少女のものだった。心なしか瞳も潤んでいる。

(お、おい、泣くぞ……)
(いや、あんな顔されても……)
(左様……)
(え〜と……)

 かわねこの表情を見て戸惑う司令官達。援護射撃として、れもが『あ〜、かわねこちゃんを泣かせた〜』といった表情で司令官達を見ていた事も影響しているのだろう。ただ、かわねこのしっぽの微妙な動きが普段と異なっていたのだが、幸いここにはキャロラット人の様にそれに気づく者はいなかった。いずれにしてもあと一押しだ。背後に れも副司令のプレッシャーを感じながらも、意を決してトドメの一言を絞り出す。

「お願いですにゃ。お・に・い・ちゃ・ん・達」

 内心顔から火が出るような思いでそのセリフを言い切ると、かわねこはゆっくりと会議室の面々を見回す。どんなリアクションを返されるか。「攻撃」として有効だったのか。自身のアイデンティティを賭けた一言だけに、十分な効果が出てくれないと非常に困る。

「……」

 しーんと静まりかえる会議室。その中で一人静かに微笑むワイアード。外してしまったかと、かわねこの羞恥の汗が後悔の冷や汗に変わろうとしていた。取り返しの付かないことをしてしまったと、小さな拳を固めたその時、司令官達がざわめき始めたのであった。。

(ああ言われては……)
(……お前の所も減らせよ)
(言われなくてもお兄ちゃんは減額申請するぞぉ)
(左様)

 そんな司令官達同士で話し合う声を、しっかりと猫耳で聞き取った かわねこは、心の中で安堵のため息をついた。効果はあったようだ。もしそうでなければ、危うく中年男なアイデンティティが崩壊してしまう所であった。

「おにいちゃん、ありがとうにゃ♪」

 安心して気の緩んだのか、かわねこの口からはすんなりとそんな言葉が出てきた。この時点で既に十分猫耳少女化しているのだが……気がつかない方が世間にとっては好都合だろう。実際、涙をうっすらと浮かべた笑顔というのも、それはそれで趣のあるものだったらしい。

「さて、各基地の調整は済んだようじゃの。ところでの、少尉」
「はいにゃ?」
「儂はお兄ちゃんという年でもないのでな。『おじいさま』と呼んでくれぬかのう」
「はにゃ!?」

 どうやら、この場には かわねぎ司令の味方は皆無のようであった。大きくため息をつく かわねこの胸中は推して知るべしであろう。

「予算は9割方獲得できたけど……人として大切な物を失った気がするにゃ……」

 自分のしたことを、今更ながら後悔する かわねこ。まあいい。かわねこの姿で運営会議に臨むことは二度と無いだろうから……


<おしまい>



<あとがき>

 2周年記念人気投票記念のストーリーです。投票で1位になったかわねこ少尉とれも少佐に「おにいちゃん」というセリフを言わせるはずでした。結局かわねこしか言ってませんね。タイトルを先に思いついて、それに縛られたせいか、萌えるシチュエーションとならなかったのが残念です。え、れも副司令? どうしましょうかね……




<おまけ1>
「司令代理、予算案がこの通り成立しました」
「うにゃ? 旅費交通費は半減? なぜだにゃ?」
「さあ……締める所は締めろということでしょうか……」
「出張は18きっぷかにゃぁ……それでも足りないにゃぁ……」


<おまけ2>

「TS9は旅費交通費を半減? なぜそこを?」
「旅費交通費を削減すれば、どうなる」
「テラン出張の回数は減らせないから……そうか!」
「左様。子供運賃だ」
「そうなれば毎回かわねこ司令代理で来ざるを得まい」
「名を捨て実を取った訳だよ」

……それでいいのか? TS司令官達よ。

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