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 漆黒の宇宙空間。一隻の宇宙艦がキャロラット=プレラット星系内を航行していた。ナーサ級客貨両用艦。星間交易艦に良くあるタイプで、荷物積載量の割にはスピードも出て、扱いやすい事で有名である。

 乗員は男性二名。猫耳のヒューマノイドのキャロラット人と、地球人そっくりなテラン人だった。

「……ミール、右舷後方から一隻接近」
「艦形式はミッド級か。呼びかけてみる。ウェッジ、速度は落とすな」

 ミールと呼ばれたキャロラット人は、まだ少年といっても通じるような童顔であるのに対し、ウェッジと呼ばれたテラン人は大柄で見るからに偉丈夫と言った感じだ。ミールが相手宇宙艦に呼びかける

「こちら交易艦ブルースフィア。そこのミッド級、こちらの航路を横切る! どういうつもりだ!」

 何の返答もない。いや、別な形で返答は返ってきた。フェイザーの威嚇射撃が数発。うち一発は「ブルースフィア」の鼻先をかすめている。フェイザーで武装している宇宙艦は軍艦や政府保有艦位なものだ。ただ、例外はある。犯罪組織の宇宙艦か、海賊を生業とする者達か。いずれにしてもまともな相手ではないという事だ。

「ご挨拶だな、海賊さんって訳かい? 暗号コード24-λを発信してみるか」

 ミールの発信した暗号コードは、実は海賊同士の秘密通信を始めるプロトコル。相手が「まともな」海賊であれば応答するはずなのだが、それはなくて通常の停艦命令が返事として返ってきた。

「……応答無しだな。停艦信号出してきてる」
「同業だったら仁義切ってやろうと思ったけど、遠慮はいらないようだな」
「……やりすぎるなよ」

 海賊艦は機動力を高めたり、大抵チューンナップしている事が多い。もちろん「獲物」を逃さないためである。「獲物」が逃げるようなら全力で追いかけてくるはずだ。

「ウェッジ、追いかけさせよう」
「……攻撃タイミングは任せる」
「ああ、回避運動は頼んだ」

 ウェッジはミールに目配せすると、一気に「ブルースフィア」の速度を上げる。急激な加速のために、二人とも椅子に押しつけられてしまう。重力慣性装置の許容量を越えてしまっているのだ。

 二つの艦体が離れるが、向こうの海賊艦も加速を開始する。本来ナーサ級よりもミッド級の方が遅いはずなのだが、さすが海賊艦、チューンナップしているようだ。徐々に距離が詰まっていくさなかにも、海賊艦からフェイザー砲が放たれる。「ブルースフィア」はウェッジの操舵で最小限の動きでかわす。

「上手く寄せてくれよ。ギリギリまで引きつけてからお見舞いしてやる」
「……減速するぞ」
「『ブルースフィア』をナメるなよ!」

 ブルースフィアと海賊艦の距離が十分縮まったところで、急激な減速をかけるウェッジ。やはり重力慣性装置では中和しきれずに、コンソールに手をついて前のめりになる身体を支える。そんな状態でも、ミールの手はコンソールを的確に操作していく。

「すれ違いざまに、全フェイザー砲発射!! シールド消失まで攻撃!」

 海賊艦が「ブルースフィア」を追い越してしまうその刹那、偽装していたフェイザー発射口が開き、海賊艦へと数条の光の矢を突き刺していく。海賊艦はシールドで耐えているものの、至近距離からの攻撃なので、すぐにシールド強度の限界に達する。

「エンジン部をピンポイント攻撃。航行不能にできればいい!」

 シールドが消失した海賊艦はいわば丸腰の状態。フェイザー攻撃を後数回加えれば破壊も出来る。それでも武器システムが生きている以上反撃が出来るはずなのだが、それもない。どうやらいきなりの反撃に混乱しているようだ。ミールはそこに付け入る隙があるなと思い、あくまで沈黙させておくだけに留めて、相手の海賊艦をスキャンしていく。乗員数、積荷……十分制圧可能だと判断する。

「相手の乗員も二名か。積荷も結構あるな」
「……一人で十分か」
「ああ、俺が行ってみるよ」

 腰のホルスターからフェイザー銃を抜いて、転送準備をする。接近戦用にショートフェイザーソードも忘れない。相手艦での白兵戦の前というのは、イヤでも気持ちが高ぶってくる。転送された先にどんな戦いが待っているか。怖い訳ではないが、小さな身震いが自然にわき上がってくるのだ。

「ウェッジ、転送してくれ」

 ウェッジがコンソールパネルを叩くと、ミールの姿が光に包まれて「ブルースフィア」のブリッジから姿を消していった。


蒼い瞳のミルフィア 1

作:かわねぎ



 無数の小惑星が漂うこの空域。惑星へと成りきれなかった大小の岩々。この恒星系の住民が宇宙に進出してから250年経った今でも、その全容は掴み切れていない。ミールの母星であるキャロラット星から見上げても、夜空にそれらの星々を見つける事は困難を極める。

「よ〜し、ラッティ=リング軌道に入るぞ」
「……分かっている」

 「ラッティ=リング」と呼ばれるこの小惑星帯は、キャロラット星と双子星のプレラット星の公転軌道より二つ外側に位置する。しかし外宇宙へ向かう宇宙艦はこの空域を避けて航行するのが常であった。理由は二つある。一つは小惑星帯を航行するのに高い操舵技術が必要な事。だれも小惑星や岩屑にぶち当たって死にたくはない訳だ。

 もう一つの理由が当局の目が届かないのを良い事に、ラッティ=リングはならず者の巣窟という一面を持っているのだ。だから、よほどの物好きでもない限り、進んでトラブルの渦中に入ろうとする者はいないだろう。

「ふう、偶然とはいえ今日の上がりは上々だったな」
「……上機嫌だな、ミール」
「あいに変わらず無愛想で。いいか、ウェッジ、三ヶ月は遊べる金になるんだぜ」

 ためらいもなく「ラッティ=リング」へ進んでいく「ブルースフィア」。その操縦席ではミールとウェッジが軽口を叩きながら、眼だけは真剣に操舵桿を握っていた。

「奴らの艦内では一発のフェイザーも当てず、一人も切り結ばず。いや〜、こんな楽な仕事が続くといいんだよな〜」
「……堕落したな」
「冗談だよ。それにしても連中も襲った相手が同業者とは思ってなかったみたいだな」
「……普通は交易艦は武装しないぞ」
「そりゃそうだ。見たかよ、連中の泡食った顔。モグリで仕事するからバチがあたったんだ」

 先程からミールが話している「こんな稼業」。いわゆる宇宙海賊という連中だ。過激に商業艦を略取したり、ひっそりと密輸を手がけていたり。といっても、この宇宙域に悪名が知れ渡っている「猫の耳」のような犯罪組織ではない。あくまで組織とは言えない小悪党達。

 ミールとウェッジの乗る交易艦「ブルースフィア」も、実のところ武装が充実している海賊艦なのだ。表向き輸送業務をやっているのだが、時には実入りの良い海賊稼業をする事もある。まあ、今回はたまたま表稼業の時に喧嘩を売られたので、買ってやっただけなのだが。

 そして名目がもう一つ。キャロラット星系内の個人稼業の海賊達は「ユニオン」というある種のギルドを作っており、仲間内への襲撃はユニオンメンバー全体の攻撃と見なすという掟がある。ミール達を襲った海賊艦を返り討ちにした事は、ユニオンからすれば歓迎される事なのである。

 しかしやっている事は盗人の上前をはねているに過ぎないのだが。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 ミールとウェッジの小型宇宙艦「ブルースフィア」が繋留されている小惑星。隠れ家のようにも見えるかも知れないが、実のところ彼らの立派な「家」なのである。彼らはここを拠点として「仕事」を行っていた。ちなみにある理由でキャロラット本星にも彼らの住所が登録されているのだが、そちらはダミーだったりもする。

 「ブルースフィア」の貨物室。乱雑に積んである荷物の間を行ったり来たりしながらデータパッドに入力しているウェッジ。ミールはというと、荷物の一つに腰を下ろし、その作業を見守っていた。今日の「戦利品」のリストを作っているのだ。

「……これで全部だ」
「お、サンキュ。ほんと大漁大漁。さて、こいつらをどう売りさばくかな」

 ウェッジからデータパッドの「目録」を受け取ると、ざっと目を通すミール。どこに売れば一番儲けが高いかを考えめぐらす。本来その程度の事はコンピューターでマーケット情報を検索すればいいのだが、そのデータには入っていない要素も必要なのだ。

 要は彼らの扱っているものの半分は盗品か密輸品なので、足が付かないような「安全な」マーケットで売る事が必要だ。とはいえ、何も考えずに闇マーケットに持っていっても足元を見られて買いたたかれるのがオチなので、その辺が頭の使いどころである。正規のマーケットに通常価格で買い取ってもらえるように細工するか、逆に足元を見る事が出来る客をさがすか、だ。

「まずラッティタケットで買い手を探そう。安くしか売れないようだったら、高く付くけど通関書類の偽造をユニオンに依頼するさ」
「……高密度エネルギーパックは?」
「高値で売れるけどさ、俺たち用の分を優先して確保するよ。買うと高いしな」
「……ふむ、任せる」

 そう言って、荷物を整頓していくウェッジ。海賊稼業を生業としていても、几帳面なところがあるらしい。相棒一人に任せとけないな、とミールも手伝う。見た目通りの腕力という訳でもないが、大荷物がウェッジ、小さいのがミールという分担が出来ていたりもする。

 大物は大方片づいて、小物と割れ物が残った。美術価値がある物ならば小物でも利益になるのだが、今回はそんないいものはなかった。それどころか、薄汚れた「本」や骨董品をとうの昔に過ぎた「遺物」としか言いようのないものだった。そんなガラクタの箱を動かそうとしたとき、ミールが足元の何かに蹴躓いてしまった。

「う、わ、わ……っと。わぁぁ!」
「……大丈夫か」
「ああ、悪りい。くそ、誰だこんな所に荷物置いたのは」
「……ミールだ」

 ウェッジの冷静な突っ込みがあっても、蹴躓いた荷物に当たるミール。彼の猫しっぽも怒っているようだ。ぶつぶつ言いながら、散らばった物を集める。幸い割れ物は入っていなく、例の薄汚れた「遺物」ばかりであった。

「……それも売るのか?」
「宇宙考古学者位しか売れないだろ。それに連中、金には渋いから儲けにもならないからな」

 そう言って、奇妙な模様の入った腕輪のような物をくるくるともてあそぶミール。それを脇目で見ながら、黙々と散らばった「遺物」を拾い集めるウェッジ。その時ミールは誰かの声を耳にして、腕輪で遊ぶのを止めてとりあえず手首をくぐらせておく。そして声の主を捜してきょろきょろと周りを見回した。

「ウェッジ、何か言った?」
「……いや、何も」
「気のせいか……名前じゃないけど呼ばれたような気がしてさ」

 空耳ではないはずだけど……そう言いたげな表情でミールは首をかしげる。散らばった物を集め終わったウェッジが黙って箱を差し出す。後はお前の「腕輪」だけだ、と言いたげだ。それを察してミールも腕輪を手首から抜いて箱に入れようとした。

「あ、あれ、抜けない……」

 もてあそんでいた時はゆるゆるだった腕輪が、今ではリストバンドのようにピッタリとミールの手首にはまっている。力を入れて広げようとしてもビクともしない。まるで縮んでしまっているようだ。

「ウェッジ、引っ張ってみて……いででで、やめ、やめ、やめーー」
「……すまん」

 腕力に勝るウェッジが引き抜こうとしても全然歯が立たない。それどころかミールの手首に張り付いたように離れない。腕全体が引っ張られてしまう様で、不本意ながら涙目になってしまう。

「いてて……なんなんだよ、これはぁ」
「……まるで呪いだな」

 恨めしそうに自分の手首を見つめるミール。どうあがいても外れないのだが、はめる事の出来た物、何か外すための方法があるのだろう。この腕輪の出所を探れば何とかなるのかも知れない。

「どうやったら外れるんだよ」
「……一緒にあった本とか解読するか」
「そんな事出来る訳ないだろ! あ〜もう、どうすればいいんだよ」

 これがまだはじまりに過ぎない事は、二人に気付くはずもなかった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 ラッティリングで一番大きい小惑星、ラッティタケット。ここはキャロラット星と双子星のプレラット星が鉱物資源採掘のために共同で設置した鉱山都市である。鉱山労働者が集まるこの街。秩序は表向き保たれているものの、一皮剥けば文字通りアンダーグラウンドな雰囲気となるのだ。

 そんな場末の酒場。薄暗い照明の中で、テーブルを挟んで向かい合うミールともう一人のテラン人。相手はテーブルの上に広げられた鉱石の様な物をつまんで、しげしげと眺めている。

「だからさ、いいブツなんだぜ。350でどうだ?」
「200だ」
「サンプルをスキャンしてみなよ。あんたに見る目がありゃ、これは特級純度だぜ」

 相手の言い値は聞こえなかったふりをして、売り込みをかけるミール。売り手はもちろん訳ありだが、こういう所で調達する買い手も訳ありだ。お互い何処かに負い目がある訳で、足元を見られずにいかに旨い条件で手を打つか。落としどころを巡って、お互いに腹のさぐり合いという訳だ。

「250」
「320」

 相方のウェッジは隣のテーブルでそのやり取りを見守っている。元来無口な彼はこの手の交渉事は全てミールに任せている。そのほうが上手くいくと、ウェッジ自身が認めているのだ。逆にミールの方もウェッジから全幅の信頼を寄せてもらっている事を、常々感じているようだった。

 キャロラット・エールのジョッキが空になった事に気付いたところで、すかさず10歳位の少年がジョッキを片手にテーブルに近づいてきた。狐科のヒューマノイド、リサールナル星の少年だった。ふさふさの尻尾が愛らしい。

「ウェッジ、ほら、持ってきたよ」
「……ティル、すまんな」
「いいって。ミール兄ちゃんの調子はどう?」

 ティルと呼ばれた少年からジョッキを受け取り、黙って向かいのテーブルを指し示す。価格交渉も大詰めに入ったらしい。

「今回はモグリの海賊やっつけたんだって?」
「……ああ」
「じゃあ、今売ってるのは報償分の積み荷なんだ。ね、ね、どんな風だった? 戦闘は?」
「……ミールから聞くといい」
「ふ〜ん、早く終わらないかな〜。まぁ二人とも長引かす気はないみたいだね」

 ティルのような少年がこんな酒場に出入りしているのは珍しい事なのだろうが、この界隈では常連達に可愛がられているらしい。ティル自身はなぜかミールを兄貴分と慕っていて、ブルースフィア号がここ、ラッティタケットに寄港するときは、必ずといっていいほど顔を出すのだ。

 やがて話がまとまったのか、テーブルを挟んで立ち上がるミールと交渉相手のテラン人。互いにデータパッドを交換し、認証をする。要はサインをしている訳だ。データパッドを戻して、和やかに握手する。どうやら終わったようだ。

「ミール兄ちゃん」
「ティル。ここは酒場だ。子供が出入りするところじゃない」
「そう邪険にしないでよ。機嫌がいいくせに。すいませ〜ん、ここウェル・ジュース追加〜」

 無邪気に声をかけてくるティルにちょっと顔をしかめて応えるミール。もっともそんな事はミールとティルの二人にしてみれば毎度の事。呆れながらもウェッジと同じテーブルにつく。

「こら、勝手に注文するなよ」
「ブンド・ナーンのおじさんなんか、気前よくおごってくれたのに〜」
「ナーンのおっさんは無類のリサールナル好きだからな。俺は違うの。あ、キャロラットエールも追加〜」

 三人の飲み物が揃ったところで乾杯となる。ミールも商談が上手くいって上機嫌だ。ティルはミールの「冒険談」を聞くのが楽しみなのだ。ミールも脚色を加えながら話をしてあげる。ナマの迫力があるだけに、児童向けのホログラムノベルよりも何倍も楽しいのだ。ちなみにウェッジは黙って聞いているだけなのだが、要所要所で頷くので、知らぬうちにミールの話を真実味あふれる物へと昇華させる役目を担っていたりもする。

「……と、俺たちのブルースフィアは無敵なんだぜ」
「うん。すごいなぁ。ああ、僕も早く外宇宙に出たいよ〜」
「もうちょい大人になってからだな」

 ぽん、とティルの頭を撫でるミール。頭を撫でられた時に不意にその手首が目に入った。見た事もない紋様の腕輪らしき物。古ぼけた素材の腕輪が似合っていないだけに、不思議に思ったようだ。

「どうしたの、その腕輪」
「あ、これか? 呪いのアイテムだ」
「呪い?」

 少年の好奇心を刺激するような言葉に反応するティル。外せなくなってしまったミールにとっては呪いと言うのが適切なのだろう。ただ説明するにしても、出所は分からない、なぜこんなになったのか分からない……説明に困るのだ。それでも分かる範囲で教えてやった。

「外す方法知ってる人っているの?」

 ティルはそう聞くが、それが分かれば苦労はしない。この腕輪の出所を探れば何とかなるのかも知れない。もしくは腕輪と一緒に入っていた本や小物を解読出来る人を捜すか。いずれにしても前途は多難のようだ。

「……フィアナはどうだ?」

 ウェッジが知り合いの名前を挙げる。ラッティタケットの占い師で、ティルの母親だ。かなりの情報通であり、海賊ギルドから紹介される事も多い。ウェッジの昔からの知り合いらしく、ミールと組むようになったのも彼女の紹介らしい。もちろん直接腕輪の事を知っているという訳ではなく、何か情報がないかを尋ねたいのだ。

「そうだな、フィアナ姐さんなら顔が効くから情報も……ティル、お母さんはいるか?」
「ううん、来週までキャロラットに行ってるんだ」

 期待していたのだが、ティルの言葉に少し落胆するが、すぐに気持ちを切り替える。キャロラット本星なら戦利品を売りさばく為に行かなくてはならないので、こっちからフィアナの所に出向く事が出来る。

「よし、キャロラットに会いに行く。ティル、逗留先を教えてくれ」
「いいよ。あのさ……僕が案内していい?」
「……来ればいい」
「やったぁ!」
「おい、ウェッジ」

 飛び上がって喜ぶティルと、勝手に連れて行っていいのかと、少し非難が入っている目線のミール。何が悪いと言いたげに無言なウェッジだった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 キャロラット星衛星軌道上の宇宙ステーション。ミール達の「ブルースフィア」の姿もここにあった。この時代、惑星表面に直接宇宙艦で降り立つというのはあまり行わない。宇宙ステーションに宇宙艦は停泊させ、人や荷物は突入用のシャトルに載せ替えるか、転送する。多少の手間はかかるが、宇宙艦本体を往復させるより、はるかにエネルギーのロスが小さいのだ。惑星の重力を振り切るだけの燃料代を自前で出せと言われたら、正直言って遠慮したいところだ。

 そしてミールとウェッジ、そしてティルの三人はキャロラット星の地上にいた。星系内貿易センター。ここで「戦利品」の残りを正規のルートで売りさばいたのだった。もちろん海賊の身分で出入りするわけにはいかないので、小さな貿易商を営んでいるという事になっている。表での活動のために会社組織を設立していたりもするのだ。

 全ての手続きを終わらせたミールがロビーホールに入ってきた。付いてきたティルは留守番なのだが、そのお守りをウェッジが引き受けていた。ティルとしてはミールのそばにいたかったのだが、さすがに大人二人に止められてしまったのだ。

「ミール兄ちゃん、終わった?」
「ああ、そこそこ売れた。終わった終わった」
「……さて、フィアナの所だな」

 待ち合わせの場所まで地上車で移動する三人。ティルは飽きずに車窓を眺めている。この位の男の子は乗り物が好きなものだが、地下都市のラッティタケット住まいということもあり、走り去っていく景色が物珍しいのだろう。移動する事10分。郊外のキャロラット大学府の近く、学生街の喫茶店での待ち合わせなのだ。

 なぜこんな所を待ち合わせ場所に指定したのか、疑問に思いながらアイスコーヒーをすすっているミール。用件はティルを通して伝えているので、何か意味がある事かも知れない。それにしても……インテリ達の集まるような小綺麗な喫茶店だと、どうも居心地が悪い。

 カラン、とドアの鈴を鳴らして一人の女性が入ってきた。リサールナル人。その姿を見るやいなや、ティルが立ち上がって短く叫ぶ。

「あ、お母さん!」
「ティル、1週間位大人しくできないのかしらね……」

 飛びついてくるティルの頭を優しく撫でながら、躾るような口調で話す母親のフィアナ。そうは言うものの、仕事のためにティルを放っている負い目もあったりして、歯切れも悪い物になってくる。

「お守りまでしてもらって、ごめんなさいね。ウェッジ、ミール」
「いえ。ご無沙汰してます、姐さん」
「……ティルはいい子ですよ」

 ミールとウェッジも立ち上がって、フィアナに挨拶をする。ラッティタケットにいてもフィアナに直接会いに行く事は少ない。依頼事があっても大抵はティルが伝言役になってくれているので、それで事足りてしまうのだ。逆に言えば、今日話したい腕輪の一件は、直接会いに行くほどミールにとって重要なのだ。

 フィアナの後ろに地球で言うエプロンドレスを着たキャロラット人少女が控えているのに気が付く。キャロラット星ではエプロンドレスは特別な意味を持っている。政府や軍の制服なのだ。だから、ミールなどは「なぜ軍の人間が?」と訝しげに思ってしまうのだった。そんなミールの視線を追って、慌てて説明を加えるフィアナ。

「ああ、紹介するわね。この方は軍のエリィさん」
「初めまして。キャロラット防衛宇宙軍情報部のエリィ中尉です」

 フィアナの紹介に、略礼をして身分を明かすキャロラット人のエリィ。可愛らしい笑顔なのだが、そこは軍人、凛とした感じを受ける。対するミールとウェッジの心中は複雑だ。軍人や政府職員とかは正直言って関わりたくない職業だったりもするのだ。海賊稼業で主に狙っている相手が政府の下請け輸送艦だけに。

「こちらが相談してきたミールとウェッジ。職業は……貿易商ね」

 ミールとウェッジの紹介で一瞬言葉に詰まるフィアナ。そりゃそうだ。まさか「職業:宇宙海賊」と言う訳にもいくまい。フィアナの紹介にすかさず後を続けるミール。腕を差し出して友好に握手をエリィ中尉に求める。

「しがない貿易商人ですよ。俺はミール。よろしく」
「……俺はウェッジ」
「よろしく。最初に言っておきますね。その腕輪の一件、私達軍も調査に乗り出しているんです」
「な……どういう事だ?」

 握手をする手が一瞬固まる。ミールはいつまでも握手をしているのに気が付いて慌てて腕を引っ込めるが、いきなりのエリィの言葉に驚き、そして訝る。なぜ軍が絡んでくるのだろうか。そんな複雑な表情に気が付いたのか、フィアナが説明をしていく。

「ミール、あなたの腕輪。これはなんだと思うかしら?」
「何か古くさい遺跡とか古代の装飾品とかだと思うけど……姐さん、知ってるのかい」
「そんなところね。でも何処の物で何時の物か、はっきりしないの」
「それと軍とがどう関係するんだ?」

 まだ分からないという表情をエリィに向けるミール。それはそうだ。軍がこんな遺物に関係する事自体が分からない。まさかこれが強力な武器とかそう言う物でもないだろうに。そんなミールの考えを表情から読みとったのか、エリィが後を続ける。

「それは私から説明します。先日軍が拿捕した海賊艦があったのです」
「海賊艦ねぇ……」

 思わず苦笑を漏らしてしまうミール。一つ間違えれば自分たちが「軍が拿捕した海賊艦」になってしまうのだから、この軍人の手前、どうしても手こずる相手という印象を持ってしまう。それを「海賊に悩まされている交易艦のクルーの苦笑」として取ったのかどうかは分からないが、エリィは話の先を続けていった。

「密輸品の中に古代遺跡の盗掘品と思われる物がありました」
「これもその一つ、って訳か」
「はい。調べてみますと、同じ特徴を持つ遺物が複数のルートでキャロラット本星に流れ込んでいるらしいのです」
「どっかの物好きな考古学者がいるんじゃないの?」
「売り払い先が一定していないんです。偽装もあって、簡単にたどり着けないようなんです」

 エリィ中尉の話をまとめると、ミールの腕輪と同じような遺物がキャロラット星に多数密輸されている事、その足取りがたどれない事。そして、今回新しい情報をキャッチしたとの事らしい。

「で、俺たちにも協力しろと」
「タダでとは言いません。法定協力金を支払いますし、諸費用はもちろん軍持ちです」
「……他にもカードがあるようだな」
「この遺物に関する情報です。軍管理のデータは基本的に門外不出になりますが、軍の仕事を請け負う方にはこのように公開出来ます」

 情報に関するデータパッドを手渡すエリィ。ミールはタッチパネルを叩いて、画面の情報に目を通す。「遺物」を輸送している海賊艦の情報。しかし情報の精度が今ひとつ不正確なのだ。「……らしい」という推定で表されている事項が多い。キャロラット軍の情報部の能力が低いのか、それとも相手の情報隠匿能力が上なのか……

「不正確なデータと思ってらっしゃるでしょう」
「……ああ」
「裏に何か大きい組織が動いているらしいのです。我々にも情報が掴めないのです」
「……『猫の耳』か?」
「いえ、そちらにも接触を図りましたが、関知している様子はありませんでした」

 ウェッジの疑問をあっさりと否定するエリィ。どうやら軍はかなりの周辺情報を掴んでいるらしい。正確な情報というものは金額に換算するとかなりの価値になる。場合によっては命を左右する事さえあるのだ。正直、軍に協力する事は抵抗があるのだが、彼らが持っている情報は欲しい。軍だってこちらを利用したいと思っているのだ。こっちも利用させてもらうのがギブアンドテイクという物だろう。

「よし、分かった。協力しよう。まずは何をするつもりなんだ?」
「快諾してくださってありがとうございます。まず……」

 ミールの承諾の言葉に、エリィはにっこり微笑んでデータバッドのプロテクト解除コードを入力した。そして現れる詳細なデータ。それを黙って見つめるミールとウェッジだった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 ラッティタケット宇宙艦ポート。商業地区から遠くなるに従って港の使用料金は安くなるのが常なのはどこの宇宙港も同じである。だが例外もある。最遠部にひっそりと隠れるように設置されているポート。高額の使用料金と引き替えに、何も詮索されず、当局も関知せず。ヤミの宇宙港と言ってもいい。その中に一隻の交易艦が入港してきた。

「どうも〜っす。タケット・エンジニアリングのモンです〜」
「……どうも」

 入港するとすぐ、つなぎを着た整備屋らしい二人連れが艦の乗組員を出迎える。ミールとウェッジの変装だったりもする。交易艦の艦長とおぼしき人物が、二人に話しかける。

「おう、待ってたぞ。海賊にやられちまってな……」
「どれどれ……こりゃまた派手にやられちまいましたな……まるで軍のタイプ8フェイザー……」
「相手は海賊だってんだろ! 四の五の言わねえで、ちゃちゃっとやってくれ!」

 艦体とエンジン部に被弾の痕が見られる。確実に整備をしておきたい被害だ。実はこの交易艦を攻撃したのはエリィ達の乗るキャロラット防衛宇宙軍の艦。「遺物」を密輸している海賊艦ということがわかっており、攻撃による痛手を与える事で、修理にラッティタケットに入港するように仕向けていたのだ。

「いえね……あっしらだってこれで食ってるんですよ。大きな穴を塞ぐ工賃はちょい高めなだけですぜ、旦那。これだと5日は……」
「くっ……がめついな。ほらよ。これでしっかりやってくれ」
「へへへっ、一晩で特急仕上げが出来ますぜ。よし、相棒、取りかかるぜ!」

 がめつい商人のような口調のミール。艦長から工事代金の手形を割り増しで受け取ると、嬉々として仕事に精を出す表情を作る事も忘れない。ウェッジにしてみれば、よくやるよ、といった表情で見ていた。乗組員が港内施設に入っていくのを見送ると、ミールは表情を引き締めて、ウェッジと頷きあった。


 貨物室。扉の前ではフェイザーライフルを持った海賊が二人、警備に当たっていた。とりあえず物々しいのはこの二人。ミール達の姿を認めると、フェイザーを構えて誰何する。

「何だ、おめえら」
「あ、どーも。整備の者です。貨物室の内部から配管の補修が必要なんでして……」
「そうか。念のために言っとくけど、積み荷には触るなよ」
「わかってますよ。もし動かすときはお願いしますので、よろしく」

 そう言って貨物室のドアをくぐるミールとウェッジ。同じようなコンテナが並ぶ中、目的の「遺物」を探すのは困難かと思われた。だが、その疑問は簡単に解決してしまった。この艦に積んでいた「遺物」は大型机サイズでむき出しで置いてあったのだった。

「似たようなデザインだけど、ここまで来ると装飾品とは言えないよな」
「……何かの装置か?」
「さあ。この脇に付いてるのなんて、まるでフェイザーライフルだよ」

 そう言いながら「机」をしげしげと眺めるミール。確かに付属品と言うような感じで脇にライフル銃のようなモノが取り付けられてある。古代の武器か何かなのだろうか。いずれにしてもこいつを手に入れなくては先に進まない。研究解析は軍の連中の仕事だが、ミール達の仕事は「遺物」を運び出す事。大きい物なら転送……瞬間移動が出来るようにシグナルマーカーを取り付ける作業だ。

 作業に取りかかろうとした時、貨物室のドアが開いて先程の見張りが入ってくる。ミール達二人を見て、怒鳴りつける。

「積み荷には触れるなと言ったろう!」
「ああ、今移動をお願いしようと思ったところなんですが……」
「真ん中の荷物に何の用があるって……!!!」

 素早い身のこなしで見張りの一人の懐にもぐり込み、当て身を喰らわせるミール。体勢を崩したところで、みぞおちに数発パンチを叩き込む。この辺は敏捷性に優れたキャロラット人の本領発揮だ。もう一人の見張りが慌ててフェイザーライフルをミールに向けて発砲するが、素早い動きで避けていく。

「この、猫みたいにちょこまかと! ……あぐっ!!」

 ミールの動きに気を取られていた見張りは、すぐ後ろに迫っていたウェッジに気が付かず、振り下ろした両拳をもろに受けてしまったのであった。

「ふう、ウェッジ、ナイス」
「……作業急げ。応援が来るかもしれん」

 ミールが急いで転送マーカーを取り付けて、いよいよ「机」の転送となった。だがウェッジの心配通り、新たな見張りがタイミングよく貨物室に入ってくる。彼らの目に入ったのは倒された見張り二人と、作業員二人。このシチュエーションならば誰しもこの作業員が侵入者であると思うだろう。誰何するまでもなく、フェイザーを発砲する。

「これから転送サインを送る。ウェッジ、足止め頼む」
「……早く頼む」

 「机」の陰に隠れながら、フェイザー銃で応戦するウェッジ。新手の見張り達はどうやら「机」に対する執着心は無いらしい。侵入者の排除が最優先のようだ。そうなると「机」を盾にしても自分達の身が危なくなってしまう。

「よし、転送するぞ。俺たちもズラかろう」
「……わかった」
「ミールよりエリィ、転送頼む」
『了解』

 転送の光が「机」とミール達二人を包む。光の輝きと共に姿が徐々に薄れていく。こうなるとフェイザーで撃っても無意味なのだが、見張り達はそんな事は気にもとめない。せめて一矢を報いなくては気が済まないのだろう。

 転送は一瞬で完了するはずだった。だが、光の明滅が繰り返され、姿の輪郭がはっきりと戻ってきた。転送失敗だ。

「やべぇ……エリィ、どうした」
『わからないんです。転送信号に異常は無いのですが、「遺物」が妨害しているのかも……』
「そんな、何とかしてくれ! 相手の数が増えてるんだ」

 慌てて転送先のエリィに通信を送るが、その間にも騒ぎを聞きつけて見張りへの加勢が増えてくるのだった。彼我の差は2対7。まともにやり合っても馬鹿を見るだけだが、そうせざるを得ないようだ。手持ちのフェイザーで応戦する二人。

「……手はあるのか?」
「ない。この『武器』でも使えれば何とかなるかも知れないんだけどな」

 ミールとウェッジが艦内白兵戦をするときは接近戦に持ち込むのが常だった。キャロラットの敏捷性を最大限に生かした戦いが得意なのである。その為には彼我の戦力差は2倍程度ではないと仕掛ける方が苦しくなってくる。今回はそこまで持ち込むのが苦労する。わざと包囲させて一点突破すれば、一度に相手するのは2〜3人で済むか……

「まったく、どうにかしてくれよ!」

 毒ついても仕方がない事はミールも分かっている。ついつい「机」備え付けのフェイザーライフルらしい「武器」をコンと叩くミール。手持ちのフェイザーのエネルギーの残りが少なくなっている今、少しでも代わりの武器が欲しいところだ。

(起動キー認識。生体認証モード移行)

「何か言ったか?」
「……いや。何か聞こえたか?」
「気のせいか……」

 ミールは「空耳」を気にしながらも、フェイザーで応戦していく。相手のフェイザーが途切れた瞬間に「机」から顔を出して、相手に向けて連射する。お互いがそのような撃ち合いをしているので、気を抜いた方が打ち抜かれる訳だ。

「うわっ!」

 ヂン!
 相手のフェイザーがミールの銃口に当たり、弾き飛ばされる。傷は負ってないものの、手持ちの武器が無くなってしまったのは致命的だ。こうなると持久戦に入るか、突撃して接近戦に持ち込むか、だ。もう一つ当てにならないが、遺物の「武器」が使えるか。

「こいつが使えれば……まさか、生きてる!?」

 ミールは直感で「武器」が使えると分かった。直感と言うよりも「腕輪」が知られてくれたとでも言おうか。だが使い方は知らない。どんな効果があるかも分からない。それでも「武器」を手に取り、フェイザーライフルのように構える。腕輪をしている右手を「机」の上に突いて。

(生体認証登録……最終セーフティ確認……確認エラー)

「こいつも武器なら少しは役に立てよ!  ぐあっ……」

 「武器」を携えて立ち上がった瞬間、左腕をねらい撃ちされる。刺すような痛みに堪えつつも、狙いを見張りの連中に定める。だが、引き金に相当するものがない。

(生体側ノ保護ヲ優先。生体側ヲ修正シ最終セーフティ解除)

 「机」と「武器」の紋様が青白く輝き出す。その輝きはミールの「腕輪」からも発している。明らかに遺物が動作している事がわかる。次第に輝きがミールと遺物たちを包んでいく。

「おい、な、何が起こったんだ……」

 いきなりの出来事に動揺する見張り達。薄汚れたがらくただと思っていた「机」が奇妙な輝きを発している事に。そして、その輝きの中心にいるミール自身に。フェイザーを撃つ事を忘れてしまっている。もっともその輝きにフェイザーを発したところで効果があったかどうかは疑問だ。

(生体修正完了。生体認証オールクリア。最終セーフティ解除)

「てめぇら……これでも……」

 引き金を引くまでもない。狙う相手を考えるだけ。「見張り達全員」の殲滅を意識するミール。その意志が腕輪を通して、「机」と「武器」に伝えられていく。

(対象範囲前方60°、出力制限レベル1)

「いっけーーーー!」

 ミールの甲高い叫びと共に「武器」の銃口らしい部分から光の奔流が迸る。その光は出入り口近くの見張りを飲み込み……

 その光の奔流の反動で反対側の壁に打ち付けられるミール。フェイザーで打ち抜かれた痛みもあって、意識が薄れていってしまう。その中で辛うじて覚えているのは、ラッティタケットの「地肌」と、自分を抱き起こすウェッジの声だった。

「……ミール、なのか?」


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


(封印を解きし者よ……)

(道標となりしものよ……)

(長きに渡る時間を越え……)

(我々が再びこの地に戻るため……)

(汝の力と我々の力が一つになりし時……)

(……)

(我々のしるしを与えましょう……)

(幾多の悲願が込められた……蒼き……)


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 ゆっくりと目を開けるミール。差し込んでくる眩しい光……最後に見たのも眩しい光。だんだんと視界が開けていく。明るさに幾分か慣れてきたらしい。自分を覗き込む顔。エプロンドレスを着たキャロラット人少女と大柄なテラン人男性。見慣れた顔にほっとする。

「ミールさん、気が付きました?」
「……ん、よかった……」

 エリィ中尉とウェッジの二人だった。心配そうなエリィの声とウェッジの声。だがウェッジの口調が違う。ミールを心配するときもぶっきらぼうに応えるウェッジなのだが、今の口調はいつものウェッジのものではなかった。むしろ気の毒だと相手を思いやるような感じ。

「ウェッジ、どうしたんだ?」
「……とも言えないか」

 訝るミールのその声も甲高い。喉を痛めたかな、と咳払いをしてみるが、やはり声の調子が直らない。まさか手足の一本でも失ったか、と思って毛布の中でもぞもぞと四肢を動かしてみたが、感覚はきちんとある。

「五体満足って訳だし、何か心配な事でもあるのか?」

 そう言って毛布をはねのけて起きあがろうとするミール。両腕も無傷だし、なによりフェイザーで打ち抜かれたはずの左肩の痛みもない。あれ、自分の腕ってこんなに華奢だったか?

「ミールさん、まだ気が付かない?」

 左肩に目を向けようとすると、目に入ったのは病院で着るような地味なパジャマ。
傷があるはずの所をそっと右手で押さえてみる。押さえてみようとした。

「へ?」

 腕に当たるふにゃっとした感覚に妙な声を上げてしまうミール。思わず腕を離してその当たったモノが何か、再度確かめようとする。確かこのあたり……ゆったりとした服の上からも、今までと何が違うのかが分かってしまった。

「な……」

 いわゆる自分の胸に当たる部分。ここが柔らかいということは……他人のこの部分が柔らかいというのは、何度か体験があるが、今は「自分が柔らかい」ということ。頭の中が整理しきれなくなって、再度「柔らかさ」を確認してみる。

むにっ☆

「あん……」

 柔らかさは自分の手を通して、そして自分の胸を通して伝わってきた。その感覚がミールにとって、あまりにも未知の物だったために思わず声が出てしまう。少し遅れてその艶めかしい声を出したのが自分である事に気が付くと、思わず顔を真っ赤にしてしまうのだった。

 誤魔化すかのように、慌てて毛布をたぐり寄せるミール。胸元を隠すように毛布の裾を持つその手に、またもや「柔らかさ」が伝わってくる。間違いない。この感覚は女性の……

「一体、俺は……」
「気が付いたかと思いますけど、ミールさんは、その……女性になっています」
「……なぜかは分からん」

 ミールを気遣ってか、ためらいがちに指摘するエリィとウェッジ。その配慮よりも、なぜこのような事になってしまったのか、それが最大の疑問だった。海賊艦の中で撃ち合いになった時、ミールは確かにミールだった。それから記憶が途切れて……いや、はっきりと思い出せないが、「遺物」を手に取ったのが先だったか……

 ミールが物思いに浸ってしまうと、室内がしんと静まりかえってしまう。ミールにはそんなつもりはないのだが、やはり空気が重くなってしまうのだ。ウェッジは「悩むときはとことん悩ませよう」と思っているのか、黙ったままだが、エリィの方が空気の重さに耐えかねて、ついつい口を開いてしまう。

「あ、あの、ミールさん。汗かいているでしょうから、着替えたらいかがでしょう」
「え? ああ、いつまでもパジャマじゃな。俺の服あるのか?」
「借り物でよければ準備しました」

 はい、と手渡された衣類一式を受け取るミールだが、それを見るなり、思わずエリィに声を荒げてしまう。

「何だよ、これは」
「下着類ですけど」
「だってブラ……」
「今のミールさんは女性ですから」

 きっぱりと応えるエリィの言葉に、思わずブラジャーのヒモをつまみあげて、軽いため息をつくミール。軽いめまいも起こりそうだ。これをどうしろというのだろう。気を取り直して上着を見てみると、またもやため息が出てしまう。今度は本格的に猫耳も垂れてしまっている。

「これは何だ?」
「キャロラット軍の制服と惑星連合宇宙軍の制服です。お好きな方をどうぞ」
「どうぞ、ってなんでこういう服ばっかりなんだよ」
「艦の中に貸し出し出来る服って他にないんですよ〜」

 キャロラット軍の女子制服はいわゆるエプロンドレス。片や惑星連合の女子制服はミニスカート。いきなり女になったところで、どちらかを着ろと二択を迫られている訳である。わざわざ持ってきてくれたエリィを責めるのは筋違いなのだが、やはり文句の一つも言いたくなる。

「それじゃ、ミールさん。私達は部屋から出ています。何かありましたら呼んでください」
「これ以上、何があるって言うんだよ……」

 ウェッジの背中を押すように扉から出て行くエリィ。それをため息混じりに見送るミールだった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「ふぅ……なんでこんなことに……」

 鏡の中の猫耳少女が呟く。一人部屋に取り残されたミールは、自分の姿がどうなっているのか、洗面所の鏡を覗き込んでみた。以前のミールの面影をどことなく残すものの、顔つきは完全に女性。女性と言うよりも、年の頃16歳位なので「女の子」と言った方が適切かも知れない。ショートカットの髪の色は栗色で変わらないものの、印象が大きく変わってしまった部分があった。瞳の色が蒼く変わってしまったのだ。その瞳が少女らしい顔つきにマッチしている。

 鏡から離れると、文句を言っても始まらないとばかりに、パジャマを脱いで着替えようとした。自分の「胸」をはだけだしてみると、改めて自分の身に降りかかった事に対してため息が出てしまう。立派に……というにはちょっと立派さに欠けるのだが……女性の身体である。

「ミール兄ちゃん、もう大丈夫?」

 そこへいきなりノックもせずにティルが飛び込んでくる。ミールを慕っているだけに、怪我をしたと聞いて、いても立ってもいられなかったらしい。最初は面会謝絶と言われていたのだが、エリィとウェッジが病室から出てくるのを見て、もういいだろう、と飛び込んできた訳である。

「……」
「……」

 ベッドに上には上半身裸の猫耳少女。その少女が誰か、という考えに行き着く前に、ティルの頭の中が真っ白になる。10歳の少年と言えば、そろそろ異性にも興味を持ち始める頃。いきなり年上の女性の「おっぱい」を見せつけられたら、それは慌てるのが当然だろう。

「ご、ごめんなさい。わざとじゃないです」

 慌てて部屋を飛び出していくティル。しっぽをドアにはさめそうになったりする位に慌てていた。それでもキャロラット少女の裸身はしっかり目に焼き付いていたりもする。廊下でまだドキドキしている心臓を落ち着けようと、数度、深呼吸する。

「すー、はー、すー、はー」

 それにしても部屋を間違えたのだろうか。そう思って、先程入った扉を確認する。ウェッジから聞かされていた部屋番号に間違いない。と言う事は、あの裸の女の人はお客さんか何かだろうか。でも裸のお客さんって何なのだろう。ティルは腕組みをして、考えてみた。

  (1)この部屋はミール兄ちゃんの病室に間違いない。
  (2)裸の女の人がベッドの上にいた。
  (3)故にミール兄ちゃんは人が心配しているのに女の人と……

 と、短絡的な三段論法を導き出したティルは、表情をきっ、と引き締めて、ドアをばんっと思い切り開く。今度は猫耳少女はきちんと服を着ていた。あまつさえ、キャロラット軍の制服を。そうか、軍人さんだったのか。

「お姉さん! ミール兄ちゃんと何してたんだよ!」
「あ、ティル……実はな……」
「軍人さんのくせに! ミール兄ちゃんと(ピー)なことや(ピー)な事をしてたんだろ」

 何処で覚えたのか、ちょっと文字にするには問題があるような言葉を並べ立てるティルの勢いに、ミールは多少面食らってしまう。苦笑しながら、がしっとティルの首根っこを掴んでつまみ上げて視線を同じ高さに合わせる。少女の力とはいえ、10歳の少年を持ち上げるのは大丈夫らしい。

「少しは人の話を聞かんかい!」
「離せよ。怪我してるところを色仕掛けで落とそうなんて、ミール兄ちゃんはそんな人じゃないんだからな」
「そう思ってくれるのはありがたいんだが、俺がそのミールなんだけど……」

 手足をじたばたさせていたティルは、ミールの言葉を聞くと、ぴたりと暴れるのを止めた。ミールの言葉を理解したのではなくて、その逆。理解出来なくて、思考停止かつ行動停止になった訳だ。辛うじて出た言葉がこれ。

「は?」

 翻訳すれば「何言ってんだ、この女」といったところか。いきなり女性が「俺は男だ」と言っても、まともに取り合わないというのは至極普通の反応だろう。だが当事者のミールとしてはそこまで考えが回らず、ティルが納得したと思って事情を説明しはじめた。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「……って訳なんだが……信じてないな、その眼は」
「当たり前だよ。そんな……証拠が無いじゃないか」

 しばらく一方的に事情を説明していたミールだが、もちろんティルには信じてもらえない。確かに証拠を出せと言われても、少女の身体では自分が自分である証拠はないと言ってもいいだろう。ティルとの共通の記憶を話していくのが手っ取り早いのだろうか。そんな事を考えていると、丁度エリィとウェッジが戻ってきた。

「あら、ティル君。面会謝絶なのに入ったらダメですよ」
「あ、でも……こいつがミール兄ちゃんを……」

 入って来るなり咎められたティルは、ふくれながらエリィに反論する。自分は悪いけど、こいつの方がもっと悪いんだぞ、という理屈なのだ。

「ティル君に信じてもらえなかったのですね」
「ああ。自分でも信じられないのに、ティルに信じろと言う方が無理な話なんだろうけどな」
「エリィさんまでこの女がミール兄ちゃんだって言うの? 証拠は?」
「証拠ならありますよ」

 さらりと言うエリィに、ミールとティルの視線が集まる。ウェッジはと言うと、黙って腕組みをしているが、どうやら訳知り顔のようだ。ずいっ、とデータパッドを差し出す。ミールが受け取ってみると、それは「ブルースフィア」へのアクセス画面が表示されていて、セキュリティロックがかかっているものだった。

 疑問に思いながら、認証コードを意識もしないで打ち込んでいくミール。ブルースフィアにアクセスすると、軽い電子音をたてる。果たして出てきた画面は通常の管理画面だった。

「これが、どうしたんだ?」

 何の変哲もない画面から顔を上げて、ウェッジの方を見るミール。ブルースフィアに問題が発生していないのに、なぜこんな事をするのか分からないといった表情だ。ウェッジはそれに構わず、ティルに諭すような口調になる。

「……俺とミールしか知らないコードを打ち込めるだろ」
「そんなの……そ、そうだよ、きっと色仕掛けで喋らせたんだよ」
「……データパッドは指紋認証もする」

 惑星連合やキャロラットで使われているデータパッドは、認証コードと生体認証で持ち主を特定する。コンパクトな機器のため生体認証は指紋を確認するだけなのだが、宇宙艦や港湾設備などは、声紋認証、虹彩認証、果てはDNA認証まで行う物があるのだ。

「そうなんです。DNAでもミールさんであることを証明しています。ただ女性という一点を除いて、ですが」
「じゃぁ、俺はこの姿でもミールで通るんだな」
「書類上は、です。ただ不思議なことに、ミールさんの瞳の色が蒼く変わっていますよね」
「ああ……これで大分俺のイメージが変わっているんだけど」
「虹彩認証だけが通らないんです。ただ瞳の色が変わっただけでは無いみたいですね」

 本人を特定出来る最高の物はDNAと言っていいだろう。どうやらエリィ達はミールの本人確定をきちんと行っていたらしい。これから何かとミールの身分を明かす物が必要になってくるのだろう。側にいたウェッジの目撃証言だけでは、ティルのように疑われても仕方がない。

「じゃあ、これがミール兄ちゃん!?」

 ミールは「これ」呼ばわりされて内心むっとするが、不承不承ながらもティルが納得したのを見て、ぽんとティルの頭に手を載せる。

「そう言う事だ」
「……」

 無言でミールの腕を振り払おうとしたティルだが、ミールの手首の腕輪を見て、ふとその手を止める。ここにも、ミールがミールである事の証が一つ。その手を取って、しげしげと見つめるティル。

「腕輪はそのままなんだ……」
「え? そうだな。気が付かなかったよ」
「腕、すべすべになっちゃったね」

 ティルはしばらくミールの腕を撫でていたのだが、いきなり思い切り抱きついてきた。目の前の女性をミールだと分かってくれたのか、エプロンドレスに顔を埋めて、力一杯抱きつく。ふさふさなしっぽも、なるべくミールに触れるように絡みつかせようとしてくる。正直言ってくすぐったいのだが。後から聞いたところによると、ミールの事を芯から心配してくれていたらしい。

「ミール……お姉ちゃんだね」
「そうなるんだよな……なんか変な感じだな」
「僕だって言いにくいよ。そうだ、名前は変わんないの?」

 埋めていた顔をエプロンドレスから離して尋ねるティル。名前までは思い至らなかった。別に『ミール』のままでも問題はないと思うのだが、それだと自分がミール本人である事を説明しなければならなくなる場面が少なからず訪れる訳だ。もし改名したら……別人として振る舞ったら、そのような面倒な事はしなくて済む。もっとも、女性になってしまった以上に面倒な事など、そう思いつかないが。

「そうですね。ミールさんの個人データを訂正しなければなりませんから、改名も一緒にやってしまった方がいいですね」
「……うむ」
「でも、どんな名前にするの?」

 ティルの言葉にエリィ達の視線がミールに集まる。口元に手を当てて考え始めるミール。個人データファイルはよほどの事がないと訂正出来ない。ミールの身に降りかかったことが「よほどのこと」なので、この機会に一回きりが改名のチャンスと言っていいだろう。だから、慎重に考える。エリィもウェッジも考える。

「……何がいいか……」
「キャロラットの女性名と言っても色々ありますからね」
「あのさ、『ミルフィア』なんてどうかな」
「……ほぅ」
「『ミール』と『ブルースフィア』から取ったんだ。いいでしょ」
「ティル君、それは名案ね」
「じゃあ、ミール兄ちゃんは『ミルフィアお姉ちゃん』で決定ーっ」

 ミールが考えている脇で、勝手に盛り上がる三人。どうやらティルの提案した「ミルフィア」が最有力候補。というか、既に決定事項らしい。エリィも嬉々としてデータパッドを叩いていく。どうやら個人データの訂正届けか何からしい。

「おい、当事者の俺をのけ者にするなよ……」

 三人の盛り上がりに、思わず頭を抱えるミール。もっとも、ミール自身他に良い名前の候補がある訳ではなかった。だからティルの提案の「ミルフィア」を考えてみる。「ミール」の語感も残っており、悪くはないと思う。

「ミルフィア、か。悪くはないな」
「……そう思う。これからどうするつもりだ」
「この腕輪と例の『机』を徹底的に調べるさ。おそらくこいつらのせいで女に変わってしまったんだ」
「……手伝わせてもらうぞ」

 ウェッジの問いかけに、決意を表すミール改めミルフィア。身体が女性化したのはおそらく「遺物」が関係しているのだろう。ならば自分の手で元に戻る方法を探してやろう。キャロラット軍の情報を使ってでも、探し出して見せる。

「ところでミールさん、いえ、ミルフィアさんには色々としてもらうことがあるのですが」

 両拳に力を込めて決意に燃えるミルフィアに、エリィがおずおずと声をかける。やらなければならない事とは何だろうか。女性に変わった事による手続きとか改名の手続きだろうか。

「ん、名前データの書き換えか?」
「それもありますが……着替えはどうするつもりですか?」
「あ……」

 着替え。そこまで考えていなかった。ミルフィアが着ている服は軍からの借り物だし、今までの服は男性用だ。第一それではサイズが合わない。となると、当然今の身体にあった服を揃えなければならない。上着はおろか下着まで。女の服の事なんて分からないぞ、と言いたげにエリィを見ると、嬉々とした表情で応えてくれた。

「私、明日非番なんです。お付き合いしますよ」
「あ、僕も行きたい」
「……俺は別にいい」
「素敵なお店知っているんです。いろんな服を選びましょうね♪」

 どうやらエリィが見立ててくれるようだ。女初心者のミルフィアとしては心強い限りなのだが、なぜかティルまでついてくる事になってしまった。以前からミールの事を慕っていただけに、女性になっても慕ってくれるらしい。まあ、これはこれで嬉しい事だ。

 ミルフィアの明日は、ある種の困難が待ち受けているのだが、よもやそこまでは思い至らない。そして、これがまだはじまりに過ぎない事は、気付くはずもなかったのだった。



あとがき

 らいか最終話を書かずに新しいシリーズに手を出してしまいました。この作品は「猫耳海賊モノ」として、元々らいかが終わった後のシリーズとして構想があった物です。同一の世界観を使った全く別なお話。萌えが少ない? お約束シーンがない? ミール改めミルフィアとティル、ウェッジ達の活躍はこれからです。お楽しみに。

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