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 小惑星「ラッティタケット」に停泊しているキャロラット宇宙軍の宇宙艦「C.S.S.リリコ」。その艦内の一室で、その猫耳少女……キャロラット人の少女は眠りについていた。時折思い出したようにしっぽがぴくっと動く。

「むにゃ……」

 無意識に寝返りを打ち、ついでに布団を蹴り飛ばす。可愛らしい寝顔にもかかわらず、寝相は悪いらしい。


『トゥルルルルルル……トゥルルルルルル……』


 突然けたたましい音が少女の耳を突く。昨晩セットしておいた目覚まし用のアラームだ。手探りで枕元のコンソールパネルを叩こうとするが、平滑なパネルは手探りだけで目的の「停止スイッチ」にたどり着けるほど甘くはない。ある意味目覚ましの究極の「スイッチ」かもしれない。

「っせーなぁ……起きるよ……」

 軽いあくびをして、上半身を起こす少女。アラームを停止させて、ベッドの上でうんっ、と伸びをする。しっぽも思いっきり伸ばす。

「んん〜〜っ」

 口から漏れる声も可愛らしい。その声が自分の出した物だと分かると、慌てて口元に手をやる。どうやら自分で自分の声に驚いているようだ。そしてパジャマの胸元に手をやり、覗き込んだ先に膨らみを認めてため息をつく。

「ふう……やっぱり女なんだよな……」

 彼女の名はミルフィア。ひょんな事から異星の「遺物」に関わりを持ち、思いがけなく女性化してしまった。その姿からは想像も出来ないが、昨日まではミールという男性だったのである。顔を洗おうと洗面台の鏡を覗き込むと、否応なしに今の自分の顔が目に入る。

「やっぱり女なんだよな……」

 同じセリフを繰り返すミルフィア。鏡の中のミルフィアは間違いなくキャロラットの少女。蒼い瞳でこちらを見返す少女は、自分自身の姿なのだ。寝起きでぽややん状態の少女の顔も可愛らしい物なのだが、それが今では自分であるというのが不思議で仕方がない。
 さっと顔を洗って、眠気の取れた顔を再び鏡で見てみる。自分でも可愛らしいと思う。ふっと思いついて表情を作ってみるミルフィア。微笑んでみる。膨れてみる。怒ってみる。拗ねてみる。年頃の少女の愛らしい表情が自分に向けられているのだ。鏡の前のパントマイムはエスカレートしていき、両手を胸の前に組み、上目遣いの表情で鏡の少女が呼びかける。

「ミールさん♪」

 可愛い少女にこんな表情で呼びかけられたら、参ってしまうのが男という物だろう。鏡を覗き込んでいるうちに、少し経ってから、そんなポーズを取っているのが他ならない自分である事に気づく。

「なにやってんだ……俺は……」

 慌ててポーズを解いて、誰にも見られなかったかと部屋の中をきょろきょろ見回す。軽い自己嫌悪の中でも、照れている顔も可愛いな、などと思ってしまうミルフィアだった。


蒼い瞳のミルフィア 2

作:かわねぎ
画:地駆鴉 さん



 ラッティタケットの繁華街。朝は夜とは違った街並みを見せてくれるのはどの街でも同じだろう。朝は朝で賑わっている所があるもので、そこではこれから一日が始まるという、活力に満ちた雰囲気が見られるのだ。鉱山労働者達の胃袋を満たす食堂もそんな所の一つだ。

「みんな、何にする?」
「……いつもの」
「朝定食をお願いします」
「ミルフィア姉ちゃんと同じ」

 上等とは言えない丸いテーブルを囲むようにして座っているミルフィア、ウェッジ、エリィ、ティルの4人。なぜ軍人のエリィ中尉もいるのかと言えば、一宿一飯の恩義。ミルフィアに連れられてやってきたのだ。ちなみにミルフィアが軍艦に泊まった理由が、可愛い女の子を野獣の脇に置いておくのはまずいだろう、というエリィのお節介だったりもする。

 4人分の注文をすませると、それほど待たされることなくテーブルに食事が並んでいく。結局全員同じ「朝定食」なのである。細部は地球のそれと違うのだが、いわゆる「ご飯」と「味噌汁」「鮭切り身」の定食。目立った違いはご飯の量の割に器が大きいと言った位か。

「さて、食おうぜ」
「いただきま〜す」

 ミルフィアはおもむろに味噌汁の椀を取り上げ、ご飯茶碗に中身を注ぐ。これがキャロラット星での標準的な朝食なのである。いわゆる……「ねこまんま」だ。だからといって馬鹿にはできない。暑いときは「冷や汁」だったりして、料理としてのバリエーションも豊富で、さらにはキャロラット王室でも食される由緒正しき料理なのである。

「ウェッジもこうして食えばいいのに」
「……別々の方が好みだ」

 テラン人のウェッジは、ご飯はご飯、味噌汁は味噌汁で食べるらしい。ミルフィアはそれを見るたびに勿体ない事をしているな、と思ってしまう。ご飯と味噌汁の二つを合わせる事によって、手軽に味わい深さ、複雑な味が奏でるシンフォニーが生まれる。そして起き抜けの胃袋への優しさもあるという、古来からのキャロラット人の知恵なのだが、どうしても異星人には抵抗あるらしい。とは言っても、リサールナル人のティルも同じようにして食べているから、好きずきなのだろうか。

「ミルフィアさん、昨日は眠れましたか?」
「ん? ああ、それなりにな。ところで今日はいいのか? 俺の手続きに付き合ってくれて」
「ええ、非番ですから構いません。それに服を揃えたりもしなくてはいけませんからね」
「服?」
「いつまでも軍服は貸せないですよ。着替えも揃えておかないと、なにかと不便ですから」

 食べながら今日の予定を話し合うエリィとミルフィア。服を揃えなければならないというエリィの言葉に、そんな物かな、と思いしかない。確かにミルフィアが今着ている服は借り物のキャロラット軍の制服、すなわちエプロンドレス。ミルフィアは自分が着ている服の事を、なるべく意識しないように努めているのだ。女性の服は正直言って恥ずかしい。

「ミルフィア姉ちゃん、キャロラット本星に行くんでしょ」
「ああ。ティルも連れて行く約束だったな。エリィ、服なんてここで買えばいいんじゃないか?」
「正直言って、ラッティタケットの店は品揃えがイマイチなんです。本星で揃えるべきです」

 力説するエリィに、ミルフィアはちょっと面食らってしまう。まあ、確かに鉱山小惑星だと実用的な服装の店がほとんどで、女性向けのしゃれた店は少ない。酒場の女の子の気を引くためのプレゼントなどを、キャロラット本星や他の星で手に入れると言う事は、ミールに限らず誰でもやっているのだった。まさか自分のために本星で買い物をする羽目になるなどとは夢にも思わなかったのだが。

「ウェッジはキャロラットに行かないっていってたけど、用事でもあるのか?」
「……仕事が増えた。ブルースフィアと『家』の補修だ」
「何か不都合あったっけ?」

 ウェッジの予定にちょっと小首をかしげるミルフィア。交易艦『ブルースフィア』は今のところ順調だし、小型小惑星を繋留港に改造した上で住んでいる『家』も、空気漏れとかドッキングポートの不調とかのレポートは無かったはずだ。

「……模様替えだ」

 ウェッジにしては珍しいな、と思いながら、食事を続けるミルフィア。そのやり取りを微笑んで見守るエリィだった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 ラッティタケット最深部。宇宙艦ポートを見下ろす送迎デッキの窓際に並ぶ猫しっぽふたつ。手すりを掴みながら、息を呑むミルフィア。しっぽの家も心なしか逆立っている。

「エリィ、もう一度言ってくれ」
「これがミルフィアさん……ミールさんが動かした『遺物』の威力です」
「こ、これが……」

 ミルフィアの視線の先にあるのは大穴の空いた宇宙艦と、ポートの壁をぶち抜いた穴。建物の基礎であるラッティタケットの地肌をも深く穿っているものだ。戦艦並みのフェイザーでないとこんな穴は開けられない。それをフェイザーライフル程度の「遺物」がやってのけたというのだ。

「その『遺物』はどうなったんだ?」
「軍の方で接収しました。情報部で解析していますが、場合によっては惑星連合に協力を依頼するようになりますね」
「これだけの威力だから軍が動くのも当たり前か……使った俺はどうなる?」
「ミルフィアさんにはお咎めがないように手続きしました」
「お、それはありがたいな」

 エリィの言葉に内心ほっとするミルフィア。宇宙艦ポートも使えなくしてしまったのだから、それなりの実刑、最大限に情状酌量しても罰金刑は逃れられないものと思っていた。それが無罪放免。心からエリィに感謝していた。次の言葉を聞くまでは。

「当事者は皆、亡くなっていますからね」
「当事者?」
「ええ、あの密輸艦のクルーと、ミールさんです」
「ちょっと待て。俺はこの通り生きてるぞ」
「生きているのはミルフィアさん、ですよね」

 当惑が徐々に怒りに変わっていくミルフィア。それもそのはず、ミルフィアな自分は本当はミールなのだから。自分が死んだ事にされては、元のミールの身体に戻ったときどうすればいいというのだろう。

「勝手に俺を殺すな!」
「生き残った当事者から目を逸らすためです。ミルフィアさんも仲間は大切でしょう」
「それは……ウェッジか」
「はい。ウェッジさんを完全に無関係にするため、ミールさんに全て責任を負ってもらいました」
「そして、死人に口なしって訳か」
「そう言う事です。こんなやり方、私も好きじゃないのですが……」

 ミールがらみの事はキャロラット軍情報部が行った事なのだろう。実際説明しているエリィも言いにくそうに目を伏せがちなのだ。もう一つ、ミールの死に全てを押しつける事は、軍の関与を隠蔽するための格好の隠れ蓑だったりもする。話が出来すぎてはいるのだが、当のミールが死亡というだけにそれ以上の追求は不可能なのだ。

「ウェッジはこの事を?」
「もの凄く怒ってました。自分のために友人を殺すようなマネは出来ないって」
「ははは、あいつらしいな。俺がなだめとくよ。ところで俺……ミルフィアはどうなるんだ?」
「新しく戸籍を作る事にします。そうですね……ミールさんの妹という事が妥当でしょう」
「妹か。確かに元より若くなったしな。それに妹なら、俺の『家』やブルースフィアの権利も継げる訳だな」
「ええ、正統な遺産相続人ですからね」

 死んでもいないのに遺産相続か、と少しばかり内心憮然とするミルフィアだったが、よくよく考えてみれば、「妹」という立場は都合がいい。法的にも世間的にも、亡きミールの跡を継いで、という言い訳ができるのだから。

「じゃあ、俺はこの一件とは無関係という事だな」
「表向きはですけどね。軍にとっては……」
「全部言わなくてもいいって。でもここにいると責任感じてくるから、とっとと退散しようぜ」
「そうですね。ティル君を待たせていますから」
「シャトルの時間もあるしな」

 ポートを離れようとするミルフィアとエリィ。軽口を叩きながら出て行くミルフィアだったが、決してその表情は笑ってはいなかった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 キャロラット本星、総務省の建物。その応接室で、ミルフィアはイライラしながら部屋をぐるぐると歩き回っていた。苛ついているのが傍目にも分かる。キャロラット本星に来て、まずしなければならないのがミルフィアの戸籍関係の手続きなのだが、彼女の場合は色々と問題があって、本省へ出向く様に言われていたのである。

「一体いつまで待たせるんだよ」
「ミルフィアさん、落ち着いて座ったらどうですか」
「そうだよ。ジュースも美味しいよ。イライラしても損だよ」

 ミルフィアがこの応接室に通されて30分。エリィとティルの二人は出された茶菓を食べながら、お呼びがかかるのを待っていた。子供のティルの方が飽きてきそうなものなのだが、お菓子の効果なのか、大人しく待っている。普段のミルフィアならイライラする事も無いのだろうが、今日はいかんせん当事者。しかも性別変更を含む戸籍の書き換えに関してとなっては色々と気を揉む事があるのだろう。

「落ち着けるかよ。書類は出した。軍にも一筆書いてもらったのは感謝するよ。それなのになんだよ」
「僕とエリィさんだって2時間待ってるんだよ」
「恨むなら役所を恨めよ。大体、事情徴収に一時間半だぜ、一時間半」

 役所としても性別変更は年間何十件か処理しているだけに、書類上は特段珍しい訳でも無かった。ただ、やはりイレギュラーな手続き。本人確認や何やらで時間がかかってしまうのが通例だった。ミルフィアの場合、戸籍の書き換えではなくて新規作成。これは面倒な処理なのだが、軍からの根回しがあってので、二時間という短さで済んだのだが、本人にしてみれば知った事ではない。

「大体役所の連中の手際と言ったら……」

 と、ミルフィアがソファに蹴りを入れつつ文句を言いかけた丁度その時、タイミングを見計らったかのように応接室の扉が開いた。入ってきたのはキャロラット人女性二人。着ている軍とは違ったデザインのエプロンドレスは政府機関の制服だ。その姿を見て、気まずそうに行き場の失った右足を戻すミルフィア。すごすごとソファに戻る。

「ミールさん、お待たせしました」
「全ての事務処理が完了して、新しいIDも作成できました」

 ソファの向かいに座った政府事務官は、襟章を見てみると結構高位の役職に就いている者だと分かるはずだ。その一人からデータパッドとIDカードを受け取るミルフィア。ざっと目を通すと、処理の内容等が書かれていた。色々細かいところはともかく、自分の名前と性別、年齢などを確認していく。

「今回の手続きで、ミルフィア・ローアンさんの新規戸籍作成を行いました」
「続柄はミール・ローアンさんの妹、16歳として登録してあります」

 データの中身を説明していく事務官達。ミルフィアの身体年齢は15〜18歳あたりと言えるが、少し幼い顔立ちである事と、ミールの権利を受け継ぐためには成年である事が必要であるという二点で、成人としての最低の年齢、16歳という設定をしたのであった。

「ミルフィア、か……これでもう俺は名実共に女という訳か……」

 半ばため息をつきながら、データパッドを読み進めていくミルフィア。IDカードの方は可愛らしい猫耳の少女の写真が入っている。この時点で既に書類上は彼女は「ミルフィア」と認められている。そして「ミール」はというと……

「そして、もう一通。ミール・ローアンさんの死亡証明です」
「……生きているのにこういうの受け取るのって、何か複雑だな」
「肉親……妹さんに死亡確認していただきます」

 今度は何とも言えない表情で「死亡通知」の認証をしていくミルフィア。自分で自分の死亡を認めるのだから、書類上の事とは言え、気分のいい物ではない。そんな気持ちが表情に表れたのか、事務官がわずかに緩めた口調でミルフィアに語りかける。

「気になるかと思いますが、あくまで書類上の事、偽装ですから。あなた自身はここにいらっしゃるあなたでしょう」
「まあ……確かにそうなんだけどな」
「人格消去刑で人格を消された訳ではないのですから、気を落とさないでください」

 終始事務的かと思いきや、意外にミルフィアの事を気遣ってくれる事務官。微妙な問題を扱う事が多いのか、四角四面な対応をする、という訳では無いらしい。そんな一言でミルフィアも事務官を好意的に見る事が出来るようになった。ちなみに人格消去刑とは、文字通り犯罪者の人格を消去して、無害な、絵に描いたような善良な人格を上書きするという、死刑制度がない連合での最高刑である。

「もう手続きは終わりな訳?」
「はい。事前に軍の方からの連絡もありましたので、これで完了です。お疲れ様でした」
「ええと、サインか何かは?」
「先程、生体認証を採らせてもらいましたので、それで完了しています」
「あれ、虹彩認証は通らないってエリィ……中尉に聞いたけど?」
「DNA認証も合わせて、現在の身体での認証設定をしておきました」

 サインといっても生体認証の事で、役所では指紋認証が一般的になっている。日本での印鑑のような物だ。データパッドで書類をやり取りしている時点で、ミルフィアの指紋と声紋による生体認証が完了しているので、特に改まって認証を要求するという事ではないのだろう。そしてミルフィアとミールの相違点……瞳の虹彩認証とDNA認証の性別部分と声紋認証……を修正して渡されたIDに記録してくれているのだった。

「じゃあ、手続き完了という訳だな。さ、エリィ、ティル、行くぞ」
「ありがとうございました」
「あ、どうも」

 役所手続きもこれで終わりとばかりに立ち上がるミルフィア。そしてエリィとティルがそれに続く。事務官に好感を持ったと言っても、お役所は居心地が悪いのだろう。事務官達も分かっているという感じで彼女らがドアの向こうに消えるのを見送っていた。そして残された事務官達。

「ふう、厄介事が一つ片づいたわね」
「軍のごり押しはもうこりごり。法を守るのが私達の仕事なのに」
「ぼやかないぼやかない。所詮私達は政府の働き駒よ。文句は言わないの」
「でもあの子、これから大変よ。何かと軍が絡んでくるでしょうからね」


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「こ、こんなに? こんなに着るのか?」

 当惑の声を上げるミルフィアの脇では涼しい顔のエリィとティル。手にはそれぞれティーンファッションの服を手にしている。当然、ミルフィア用に見繕った物。エリィは「可愛い同僚」な選び方をしているし、ティルは「憧れのお姉さん」な物を選んでいる。どちらにしても愛らしすぎたり、装飾過剰だったりするのだった。

「これはまだ序の口ですよ。女の子はいろんな服を自分に合わせてみるんですから」
「ミルフィアお姉ちゃんが着てるところ見たい見たい」
「あのなぁ……そんなひらひらとかミニスカートとか……嫌だぞ俺は」
「でも軍の制服をいつまでも着ている訳にはいきませんよ。目立ちすぎます」
「それは分かるんだが……もっとこうシンプルっていうか……女だってズボン穿くだろ」

 押しつけられた服を目の前にして抗議の声を上げるミルフィアだったが、エリィとティルの二人を相手にして不思議と押され気味だった。ただでさえ「自分用の女の子の服」を選という事自体に当惑と恥ずかしさを感じるミルフィア。そこに加えて「年下の女の子と買い物に来る」エリィのパワーがあるので、もう圧倒されっぱなしなのである。その上ティルも無邪気に可愛い服を選んでくるものだから、始末が悪い。

「いいですか、ミルフィアさん。女の子という物はオシャレも大切なんです」
「でも俺は昨日まで男……」
「今は立派に女の子なんです。可愛い装いをしなくてどうするんですか」

 衣装片手に力説するエリィ。こんな性格だったのか、と思いながら、半分聞き流すミルフィア。その説得攻撃から逃れるためには……着てみるしかない。どっちに転んでもミルフィアには分がない。考えてみれば、昨日からキャロラット軍の制服、すなわちエプロンドレスを着ているのだから、これ以上の悪い目もないだろう。あとは開き直れるかどうかだ。

「着るよ……着ればいいんだろ……」
「さ、こちらです」
「そうそう♪」

 フィッテングルームに入って、服を着替えるミルフィア。さほど装飾のないセーターとボトムのスカートの組み合わせを着てみる。どうもこのスカートという物は、意識しないときはいいのだが、裾がひらりと膝に当たったりなどして穿いている物を意識させられると、女性の服を着ているのだな、という恥ずかしさがこみ上げてくるのである。

 もうどうとでもなれ。女装でも何でもヤケだ、と思って服を着終わって姿見を見てみると、その中には可愛らしい少女が佇んでいた。ちょっとヤケになった表情も可愛い。ただ、鏡の中の少女にはもっと相応しい表情がある、という事も分かっていた。ちょっと澄ました表情を作ってみる。軍のエプロンドレス姿の時とはまた違ったミルフィアがそこにいたのだ。

「ミルフィアお姉ちゃん、まだぁ?」
「あ、ああ……ちょっと待ってろ……」

 ティルの催促の声に、おずおずとフィッテングルームの扉を開けるミルフィア。ちょっと澄ました感じに両手を軽く前で組んでみる。途端にエリィとティルの歓声が上がる。

「可愛らしいですね」
「わぁ、いいよ、似合ってるよ」

 ミルフィアの精神はもちろん男性なので、可愛いと言われる事に一抹の抵抗はある。とはいえ、誉められると悪い気はしないのは何故だろうか。ちょっと照れたような表情になるミルフィア。それを見逃さずにここぞとばかり次の服を薦めるエリィ。

「じゃあ、今度はこっちを着てみて」
「おいおい、ちょっとスカート短くないか?」
「大丈夫だよ。ミルフィアお姉ちゃんなら似合うって」
「そう言う問題じゃなくてな。着るのは俺なんだぞ」

 そう言いながらフィッティングルームに押し戻されるミルフィア。新たにエリィから渡された服を見て、ちょっとため息をつく。膝上何センチになるのか、ミニの部類に入るスカートである。女の子のそう言う服装を見るのは好きだったが、まさか自分が着る羽目になるとは予想もしていなかった。軍の制服のスカートはまだ膝丈だったから良かった物の、今度はミニ。まあ、エプロンドレスを着た時点で、こうなる運命と決まっていたような物なのだが、知らぬは本人のみのようだ。

「お姉ちゃんまだかな」
「もうちょっと待ってあげてね。女の子は洋服着る時に時間がかかるのよ」
「うん。また似合ってるんだろうね」
「そうね。さっきのシンプルな服でも可愛かったしね」
「あ、終わったみたいだよ」

 エリィとティルが待っていると、フィッティングルームの扉が開く。ミルフィアも次の服に着替えたようだ。今度はミニスカートで元気なティーンファッションだ。短いスカートが恥ずかしいのか、ちょっと顔を赤らめるミルフィア。彼女のしっぽもどことなく所在なさ気だった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 その頃、ミルフィア達の「家」ことラッティリングの改造小惑星。一人キャロラットに行かなかったウェッジが朝から作業を行っていた。

「……大体いいな」

 腕組みをしながら軽く頷くウェッジ。手がけていた作業は宇宙艦「ブルースフィア」居住区と「家」のリフォーム作業。2つの大部屋を3つに区画分けするだけなので、DIY作業にしては楽な方だ。

「……内装はこれでよし……あとはミルフィアか……」

 作業完了。どのくらい時間がかかったのか、ふと時計を見る。ミルフィア達が帰ってくるまでまだまだ時間がありそうだ。役所の手続きと服の買い出し。女の買い物に時間がかかるという事はウェッジも承知の事だ。相棒のミール改めミルフィアが、その「女」の側にいるという事は不思議この上ない事なのだか、受け入れなければならないのだろう。

「……今からラッティタケットに行っているか」

 すでに内装作業の終わったブルースフィアに乗り込もうとする。ミルフィア達との待ち合わせがラッティタケットなので、艦を迎えにやらなくてはならない。ゆっくり行っても時間が余って、ウェッジが待たされる事は確実だ。だが、ウェッジには時間を潰すあてがあるのか、早々にラッティタケットに向けて出発した。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 洋服を買い込んだミルフィア達一行。荷物を抱えるミルフィアは、既に軍の制服から買ったばかりの洋服に着替えていた。最初に着たおとなしめのセーターとスカート。ちなみにスカート以外のボトムは、エリィとティルの強固な反対によって買えなかった事を付け加えておこう。

「いっぱい買ったね〜」
「昨日売れた報償貨物の金……4分の1吹っ飛んだ……」
「これだけ買いましたからね」
「女の服ってなんでこんなに高いんだよ」

 ミルフィアの表情と猫耳の向きが沈みがちなのは、女の服を着なければならない羽目になった事だけではないようだ。経済的な負担。すなわち服が高かった事もあるようだ。当座の分だけとは言え、全く女性の服を持っていないミルフィアだけに、数を揃えなければならないので、大きな出費である。ましてやいつも着ていた男性の服よりもはるかに高いときた。

「でもミルフィアさん。まだ買い物の半分ですからね」
「え、まだあるのか?」
「肝心な物を忘れています。ええと、この先に……あ、ありました。ここです」
「い゛……」

 エリィが足を止めた店の前。店名を見る前に、ショーウインドーを見て絶句するミルフィア。ここで何を売っているのかは一目瞭然だ。

「こ、これって……」
「見ての通りランジェリーショップです。必要不可欠ですよ」
「あのー……俺……」

 ディスプレイを彩る、カラフルな下着達。さも当然のように店に入るエリィと、店の前で躊躇しているミルフィアとティル。こういう店に入るような機会もない上、第一恥ずかしい。その辺が男性な意識のミルフィアと異性を意識し始めた年頃のティルの、正常な感覚なのだろう。

「あ、あのさ、ミルフィアお姉ちゃん。僕ちょっとその辺見てくるね」
「お、おい。エリィ、俺もその辺を……」
「ミルフィアさんはダメです」

 どぎまぎして僕は入らないよ、というティルに続くように、ミルフィアも店を離れようとした。が、エリィに首根っこをがっしり掴まれる。ミルフィア用の下着を買うのだから、当然といえば当然。それがミルフィア自身も分かっているだけに、街中に駈けていくティルを恨めしそうに見送るしかないのだった。

「いらっしゃいませ〜」
「すいません、こちら、サイズを見てもらえますか」
「はい、かしこまりました」
「それでですね、いくつか見繕って欲しいんですけど……」

 店の中を見回すミルフィアの脇で、店員と話を進めていくエリィ。女性の下着などは脱がす以上に詳しくはないので、任せておいた方がいいのだろう。それにしても。肌の汚れを取るだけの布地に、よくもこんなに装飾があるものだと、妙に感心してしまう。昨日までの自分だったらそのような下着を着ている女性を羨望、というか下心たっぷりの目で見ていたのだが、いざ自分が着用するという事になると話は全く違ってくる。

 この辺の棚の物はまだいいが、奥の方のコーナーは、原色で扇情的な……その手の写真集の中でしか見た事のない様な物まであるのだ。まさか、こういう物まで着なければならないのだろうか。

「お客様」
「へ? 俺?」
「はい。それではサイズを測りますので、こちらへどうぞ」
「サイズって……脱ぐのか?」
「はい、正確に測り直して欲しいとのお連れ様のお話でしたので」

 色とりどりの下着に圧倒されていたミルフィアは、店員の声で現実に引き戻された。促されるままにフィッティングルームに案内される。そうして、ミルフィアは初めて素肌にメジャーの冷たさを感じる事になったのであった。そして、それから導き出された「数字」の意味も。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 その頃、ラッティタケット商店街。ここはキャロラット本星に比べて、華やかさに欠けるところがある。よく言えば実用的な、正直言えば場末の商店街と言ったところだろうか。だが、住み慣れた者にとっては落ち着く位の街並みなのである。

 ちょうどウェッジが家具店から出て来る。「ブルースフィア」のリフォームで必要になった家具類の手配だ。艦のコンピューターから簡単にネット発注できるのだが、実際に見てみたいという、リアル店舗志向も住民の間では根強く残っている。というより、「店」を回る事自体が、楽しみなのである。ウェッジもその例に漏れない。

「……これで全部か……さて……」

 まだまだ時間の余るウェッジ。宇宙艦ポートでの待ち合わせ時間までカフェで休んでいようかと、ポート区画へと歩き始める。家具屋で買った商品は停泊しているブルースフィアに届けてもらうように手配しているので、手ぶらなのだ。

「……服か……」

 途中の洋品店のディスプレイに目を止めるウェッジ。もちろんキャロラット本星の店に比べると、飾ってある洋服もどこか野暮ったい。洋品店にしても、洒落た服よりも実用性のある服を主に扱っているので、当たり前といえば当たり前だろう。

「……」

 ウェッジは店の前でわずかに足を止めて何かを考えているようだった。やがて思いついた事があったのか、無言で店の扉を押し開けた。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「エリィ。馬鹿にしてるだろ」
「そんな事ありませんよ」
「いーや。それは絶対自慢してる目だ」

 会計を済ましている間、ミルフィアは脇のエリィに小声で毒ついていた。何故そう言う事をしているかというと、時間は少し遡る。ミルフィアのサイズの測定が終わってどぎまぎしながら「自分のブラ」を選んでいるその脇で、エリィも自分用のブラを選んでいたのだ。おとなしめのデザイン(かつ安い)ものに二人の手が伸びて、ぶつから……なかった。ミルフィアの手はAカップの棚へ、エリィの手はCカップの棚へとすれ違ったのだった。ただそれだけの事だったのだが、何故か無性に腹の立つミルフィアだった。

「ミルフィアさんはまだ身体年齢16歳なんですから、これからいくらでも成長しますよ」
「だけどなぁ……」
「それに胸の大きさが気になるだなんて、ミルフィアさんも立派に女の子してますね」
「い!?」

 自分が何を言っているのか、今更ながらに気がついて頬を染めるミルフィア。傍から見れば女の子同士の胸の大きさ比較。男の意識からすれば、女の子の胸の大きさは気になる物だが、今のミルフィアの気に仕方はどうひいき目に見ても、女の子のそれである。当然本人は自覚していないので、指摘されて初めて気がつく始末。

「お客様、こちら商品になります」
「あ、あの……どうも」
「ありがとうございました」

 慌てて店員から手提げ袋に入った包みと会計用データバッドを受け取ると、認証もそこそこに早足で店を後にするミルフィア。やはりランジェリーショップと言うところが恥ずかしい上に、ふとわき上がった自分の思い。

 身体は少女になってしまったが、まさか考え方まで少女な部分が出てきてしまうとは思ってもいなかった。ほんのささいな事なのかもしれないが、明らかに今までにはカケラも思い浮かべる事が無かった事。

「お姉ちゃん……」

 いや、胸の大きさを気にするというのは、男性的視点だ。女性を象徴するという意味での胸。当然男の眼からは「品評」の対象になるべき所。その胸の大小を気にするという事は、男性として当然とも言えよう。

「お姉ちゃん!」

 だから例えその対象が自分自身であっても、胸の大きさを気にするという事は自然な事。決して自分の精神が女性化したという事ではないのだ。堂々とそう言いきる事が出来る。

「ミルフィアお姉ちゃん!!!」
「うわぁ! ティ、ティル」

 自己正当化モードに入っていたミルフィアは、自分を呼ぶ叫び声に引き戻される。はっと気が付いて視線を落とすと、しびれを切らしたティル。何度呼んでも反応がなかったのに気を悪くしたのか、しっぽも含めてちょっとふくれ気味だ。

「さっきから呼んでるのに、どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「悪い悪い。ちょっと考え事しててな」
「もう買い物終わった?」

 ずっと待ってたよ、とでも言いたげな雰囲気のティル。考えてみればミルフィアに必要な物ばかり買っていた。ティルが退屈してくるのも無理はない。ティルにしてみれば何か面白い事があると思って付いてきたのだろう。せっかくなら自分の買い物もしてみたいのだろう。ちなみに「何か面白い事」というのにミルフィアの「晴れ姿」を見る事が含まれているというのは、本人は知らなくてもいい事だろう。

「んーとな……エリィ、これでもう揃ったのか?」
「はい。残りの身の回りの小物はラッティタケットでも手に入りますからね」
「だそうだ。俺の方は済んだから、ティルはどこに寄ってきたい?」
「さっきゲームショップ見てきたから、僕はもういいよ。それより何か飲んでかない?」
「そうですね。ミルフィアさんも疲れたと思いますので、どこかで休んでいきましょう」

 ティルとエリィの提案に、ミルフィアも賛成する。エリィの言うとおり、正直言って疲れた。肉体的というより精神的により疲れているようだった。それはそうだ。女の子の身体になった昨日の今日で、着せ替え人形にされた上にランジェリーショップ初体験だ。無理もないだろう。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 二時間後。ミルフィア達一行はキャロラット本星を離れ、ラッティタケット宇宙艦ポートに到着した。出迎えのウェッジを見つけると、大きく手を振るティル。本星での買い物は楽しかったのだが、ラッティタケットに戻ってくると、何となく落ち着くのだ。それはティルだけではなく、ミルフィアも同じ。

「ウェッジ、ただいま〜
「ウェッジ、待たせて悪かったな」
「……」
「おい、ウェッジ?」

 ミルフィアの姿を認めるなり、動きの固まるウェッジ。ミルフィアの姿をまじまじと見てしまう。朝出発するときはキャロラット軍服姿だったが、今は新しく買った、可愛らしい服を身につけている。その雰囲気の変わりように、思わず息を呑んでしまったウェッジだった。

「な、なんだよ、じっと見て……」

 じっと見られていると、どうも間が悪い。ミルフィア自身意識していないのだが、少しはにかんだような、そんな表情を作ってしまうと、ますますウェッジの「男心」を刺激してしまうようだった。

「ウェッジ!」
「……あ、すまん。俺は勝手に時間を潰していた。気にするな」
「??」

 ミルフィアの声に、はっと気が付くウェッジ。ミルフィアに見とれてしまった事を悟られないように、いつものような口調で答える。わずかに声が震えたりしているのだが、幸いミルフィアには気づかれていない。そんなウェッジを見て、ちょっと首をかしげて不思議そうな表情をするミルフィアだった。

 そんなこんなでミルフィア達の宇宙艦「ブルースフィア」へ移動する4人。荷物……ほとんどミルフィアの衣類……を手分けして運んでいく。公共ポートから民間のポートへは少々歩くのだが、嫌になるほど歩く距離でもない。

「ねえ、やっぱりミルフィアお姉ちゃんって可愛いよね」
「ティル君もそう思うんだ。ほんと、そう思うわよ」

 道すがら、小さめの荷物を持ちながら、ティルがエリィに上機嫌に話しかける。期せずして出来た「お姉さん」が回りに自慢できる位の容姿なのだから、自分の手柄のように感じてしまうのである。そう遠くないうちに、同年代の友人達に自慢することだろう。

「みんなして俺の事じろじろ見て……勘弁してくれよ」
「ウェッジもお姉ちゃんの事、そう思うでしょ?」
「……うむ」
「ぐ……ウェッジまで……」

 今日一日、エリィとティルの視線を集めっぱなしで、どうも居心地が悪かった。しかも買った服を着てから、何となく世間の視線も気になっているのである。それまでキャロラット軍制服のエプロンドレスを着ていたのだが、その時とは何となく異なる。「女装」はしているのだが、不思議な事に「制服」というのは案外気にならないものだ。集団に埋没する効果があるので、周囲からの特定の目線には晒されない効果があるのだろう。

 それにしてもウェッジまで自分の事をそういう目で見ていたという訳か。女性にしてみれば、自分の魅力で惹き付けている訳だから名誉な事ではあるのだが、女性になりたてのミルフィアとしては、当惑してしまう事なのだ。

 そんな事を考えているうちに、ブルースフィアが停泊しているポートに到着する。荷物を抱えて乗り込むミルフィア達。すでにウェッジが頼んでいた家具類も納品されているようである。ミルフィアはなんでこんな物があるかな、という疑問を抱きつつも、今日の疲れを癒したく、足早にブルースフィアの居住区に向かっていった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「な、なんだよこれ〜」

 居住区の大部屋に入ったミルフィアの第一声。見慣れた部屋が片づいて、そして広さが2/3になっていた。ウェッジと居室を一緒にしていたのだが、ミルフィアというかミールの物は全て部屋から出されていた。

「ウェッジ、どういう事だ」
「……俺とお前の部屋を分けた」
「なにもわざわざそんな事しなくてもさ……」

 新たに自分にあてがわれた部屋を見てみる。まだ荷物も入っていない殺風景な部屋。さすがに少女趣味な部屋に改装されたという事は無いので、内装は自分の好みでやれという事か。先程の到着していた家具類は、このためだったのかと納得するミルフィア。

「ああ、ウェッジさん、もう完成したんですね」
「……ああ、そんなに大変な作業じゃなかった」
「おい、エリィも知っていたのか」
「私がお願いしたんです」

 何を余計な事を、という視線でエリィを見るミルフィア。俺とウェッジの艦に口出しするなんて、と思っていると、エリィがなぜこんな事をお願いしたか説明してくれる。

「ミルフィアさん。目が覚めたとき、脇に女の子が寝ていたらどうしますか?」
「状況にもよるが……手、出すかもしれないな……」
「男の人はそうなんでしょうね。で、今のミルフィアさんはどっちの立場ですか?」
「どっちってそりゃ……今は俺は、その、女だな……」
「ですよね」

 そう言って、ウェッジをちらりと見るエリィ。ミルフィアもつられてそちらを見る。まさかウェッジに限ってそんな事はないと思うのだが、先程の自分を見る視線もちょっと思い出してみたりする。

「……親友に手を出すつもりはない」
「だったら、こんな事しなくても」
「……だがいつ過ちを犯すかわからん。男の理性の脆さはわかっているだろう」
「まあな」

 そのような事はウェッジに言われるまでもなく、昨日まで男だったミルフィアには身をもってわかる事なのだ。確かに自分の目から、すなわち男の目から見て、ミルフィアは可愛いと思う。ナルシストと言う無かれ、変わってしまった自分故に客観的に見る事が出来、その結果の感想なのだから。そして隣のベッドにこんな少女があられもない格好で寝ているとしたら……理性を総動員して据え膳を我慢するか、理性を理路整然と方向修正した上で飛びかかるかのどちらかだろう。

「という事は、『家』も同じように部屋を分けたんだ」
「……ああ。あとは家具を入れるだけだ」
「なるほどな。俺がこうなったばっかりに、迷惑かけるなぁ」
「……気にするな」

 何の事はない、とばかりにミルフィアの頭をぽん、と手のひらで叩くウェッジ。背が低くなってしまったので、頭一つ違っていた身長差が、いまでは頭2つ分はゆうにあるだろう。それに、ウェッジの手のひらは、こんなにも大きかっただろうか。

「……ところでミルフィア」
「ん?」
「……お前にお土産だ」

 ずいっとミルフィアに差し出される袋。きちんと包装されており、嵩の割には重さは軽い。これは衣類ではないだろうか。包装を開けてみると、やはりそうだ。エリィ、ティルに続いて、ウェッジからも「着せ替え攻撃」を受けるのか。ウェッジの事だけは信じていたのに、と思いながらウェッジからの贈り物を広げてみる。

「まったくお前もかよ……ん、これは?」
「……こっちの方が好みだと思ってな……似合うかどうかはわからん」

 広げてみると、昼間キャロラット本星で買ったような「可愛い」衣装では無いようだ。デニム地の、色気よりも実用性を重んじた物。しかもボトムはスカートではないし。さすが相棒、分かっているね。

「よし、せっかく買ってきてもらったんだ。着替えてくるよ」
「え〜、お姉ちゃん、せっかく買った可愛い服、着替えちゃうの?」
「ウェッジに悪いだろ。ティル達の選んだ服は一通り着ただろう」

 ブーイングを上げるティルの頭をぽんと撫でて、新たに作られた自分の部屋に行くミルフィア。今着ている女の子した衣装を着替えられると思うと、自然と足取りが軽やかになってくる。それにこんな稼業だと、可愛い格好では同業者はもちろん、商売相手の「被害者」にもナメられるだけだ。

 ドアが閉じられると、せっかく買ってきたのに、というティルの怒りはウェッジに向けられていた。どうやらエリィも同じような視線を送っている。

「ウェッジぃ〜。せっかくエリィさんと服選んだのにぃ」
「そうですよ。ミルフィアさんに似合う服を選んだんですよ」
「喜んでるお姉ちゃんもお姉ちゃんだよ、まったく」
「……すまなかったな。でもな……」

 二人からの視線にたじろぐ訳でもなく、あいに変わらずの口調のウェッジ。何かを含んでいるような、そんな答え方をする。ティルもエリィもちょっと分からない、といった表情でミルフィアが戻ってくるのを待つ事になった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「やっぱこっちの方がしっくりくるな。ウェッジ、ありがとな」

 明るい声でウェッジ達の待つ部屋に戻ってきたミルフィア。ラフなTシャツの上にデニム地のジャケットを羽織り、ボトムもデニム地のショートパンツ。ちょっと素足の露出が高いような気もするが、適度に身体にフィットするだけにスカートと違って動きやすく、いざというときには白兵戦も出来るだろう。

「なるほど、ボーイッシュな感じで活動的ですね」
「さすがお姉ちゃん、そっちも似合うよ」
「……ティルとエリィに悪い事したか?」
「こっちも似合うから全然OKだよ。でもお姉ちゃん、今日買った服も着てくれるよね」

 ウェッジが買ってきてくれた服を着てみて、ミルフィアとしてはショートパンツの方がひらひらなスカートよりも好みであることがわかった。いくら一日エプロンドレスや買ってきた服を着ていたとは言え、やはり「女装」している感はぬぐえない。第一、スカートがめくれる事を気にしなくていいというのは、大きなアドバンテージである。女の子の服は何もスカートと決まっている訳ではない。

 ただ、半日服を買うのに付き合ってくれたティルとエリィに悪いと思う気持ちがあるのだろう。懇願するようなティルの口調に、ついつい了解してしまうのであった。

「ああ……約束するよ」
「絶対だよ」
「たまにな。それにしても服だけで全然感じっていうか、イメージっていうか、違うんだな」
「そうなんです。その時の気分の切り替えまで出来ちゃうんですよ。女の子にとっては一種の自己表現でもあるんです」
「そんなもんかね……」

 そうは言うものの、エリィの言う事も何となくわかる気がする。今日一日で何着もの服を着てみたことで、服に合った表情や仕草があるのがわかった。逆に気分を服に合わせるという事も出来るのか。それならば、今度は自分で自分に似合う服を選んでみようかと思う。

 と、そこで自分が何を考えていたかに気が付くミルフィア。何で自分が女の子の服を進んで買いに行かなければならないのか、心の中で取り乱してしまう。別に女の子っぽい服装でなくても、ウェッジの買ってきてくれた服のような、ボーイッシュなものを買いに行く分には問題ないだろう。そう、そう言う服を選んでみようかと思っただけだ。

「まあ、自分の気に入った服を着るよ。とりあえず今はこれだ」
「……ミルフィア、一段落したらこの荷物も部屋に持っていってくれ」
「ああ、今持ってくよ。ティル、エリィ、ちょっと待っててくれな」

 そう言って荷物を抱えて隣の部屋に運んでいくミルフィア。ドアは自動だから、両手が塞がっていても気にもならない。ミルフィアの背後でさっとドアが閉まったところで、ウェッジがぼそりとつぶやく。

「……あの服で何か問題あるか?」
「なんか、あんなお姉ちゃんもいいよね」
「ええ。すらっとした足も健康的でいいですね」

 最初は反対してみたものの、実際にミルフィアのショートパンツ姿を見てみると悪い気のしないティルとエリィ。いや、悪い気がしないというよりも、その姿が似合っていると思うのだ。エリィ達が選んだ服は「かわいい」事を前面に押し出しているのだが、ウェッジが選んだ服はむしろ健康的な色気を引き出すもの。ボーイッシュな服装ではあるのだが、それはある意味女の子な要素を強調するという側面もあるのだった。そのことにミルフィア本人が気づくのはいつの日か……



あとがき

 第1話からだいぶ間があいてしまいましたね。「蒼い瞳のミルフィア」第2話です。今回はお約束なお買い物。女の子になってしまった以上、服を揃えるのは必修科目なのです。最後にはあのような格好になってしまいましたが、スカートな服装でなくても可愛い娘は可愛いですよね。海賊稼業は……次回をお楽しみに。文中の挿絵は、地駆鴉さんに描いて頂きました。ティル君と一緒のミルフィア。地駆鴉さんのほんわかな絵柄をお楽しみください。

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