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「妹ぉ?」

 装飾が少々過度に施された部屋――悪く言えば成金趣味――そこで二人のキャロラット男性がこれまた装飾過剰な執務机を挟んで向かい合っていた。年長の男が差し出したデータパッドを、若い方の男性が身を乗り出してその表示を覗き込んでいた。そこに映し出されていたのは年頃の猫耳少女のID。

「うむ。ミルフィア・ローアン。つい先日『ユニオン』に登録申請してきた」
「あいつの妹ねぇ」
「兄、ミール・ローアンの権利及び地位の継承。艦はそのまま『ブルースフィア』を使うそうだ」
「で、会頭は申請受理したって訳か」
「断る理由は無い」

 データパッドを受け取り、客用ソファにどさっと身体を預ける若い方の男。ソファも高級なようで、投げ出した身体を優しく受け止めてくれる。会頭と呼ばれた年長の男は、そんな仕草に鋭い一瞥を投げつけただけだ。

「断れよ。こんな可愛い娘を海賊稼業に引き込む事はないだろ」
「人聞きが悪いな。我々は自由貿易商の互助組織なのだ」
「はいはい、会頭殿。で、この娘の初仕事はいつよ」
「早速始めているようだな」
「ほ〜。兄貴以上に精が出るね〜」

 若い方の男は、手にしたデータパッドをじっくり読み進めていく。ユニオンの登録データ。表向きは貿易商人の船籍や取引記録など、至極まっとうなデータが出てくる。もちろん裏のデータ、海賊行為に関わるデータもあるのだが、その辺はミルフィアについては真っ白なのである。

「仕事上がりに今晩あたり酒場に来るかな。まだすれてない可愛い子ちゃんみたいだし」
「ザール、お前はすぐにそうだ。もう少し幹部候補としての自覚を持って節度ある……」
「へいへい、親父殿。でも、将来の嫁さん候補も絞っておかなきゃならんだろ」
「だからといって、酒場通いの言い訳にはならんぞ」
「お兄様を失った可哀想な妹。親友だった俺が慰めないでどうするよ」
「まったく……」
「それに今夜は接待があるんだろ。酒場には行くって」
「場末の酒場で接待する訳じゃない」

 どうやらこの二人、親子の関係らしい。ザールと呼ばれた若い方は放蕩息子、という訳ではないが、結構遊び渡っているらしく、父親が度々小言を言っているのだ。もっとも、息子の方ではそんな事はどこ吹く風なのだが。

「ともかく今月のDグループの交易報告書、裏も表も提出済みだ。これでいいだろ」
「うむ、ご苦労。こういう事をこなすのも大事な……」
「へいへい。どっちかって言うと宇宙艦で駆け回る方が好みだけどな」

 書類仕事はごめん、とばかりに部屋を後にしようとするザール。父親のため息を背中で聞きながら、データパッドをぼんやりと眺める。そのまま廊下を歩いていき、ふっとつぶやいた。

「妹だなんて。ミールめ、こんな大事な事黙っていやがって」



蒼い瞳のミルフィア 3

作:かわねぎ



 「へっくしょん!」

 猫耳の少女が、可愛らしい容貌に似合わず、大きなくしゃみを一つする。それに合わせて猫しっぽがピン、と跳ね上がる。

「あら、ミルフィアさん、風邪ですか?」
「……らしくないな」

 ここはキャロラット=プレラット連星軌道上ステーション。その一室で、ミルフィア、エリィ、ウェッジの3人がテーブルを囲んで色々と話し合っていた。

「誰か俺のこと噂してるんだろ」
「いろんな意味で噂になってますからね」
「……お前の本意ではないにしろな」

 口元に手を添えながら、参ったな、という表情をするミルフィア。何も今の大きなくしゃみで注目を浴びている訳ではない。本星ではともかく、ラッティタケットでのミルフィアへの視線が気になるのだ。兄の事故死後、突然現れた美少女な妹。まだ日にちも経っていないというのに、色々な噂がささやかれているとのことだ。

「まあ、何言われようと構わないんだけどな」
「そうそう、気にしないことですよ」
「……悪口ならまだ救いがあるがな」
「まあな……」

 ちょっとうんざりした口調のミルフィア。ウェッジの言うとおり、悪口や陰口の類なら、別に無視していればいい。面と向かって言う奴は少ないからだ。ところがミルフィアが直面している噂の類とは……

「まったく、俺は男だって叫びたくなる位だよ。連中には」
「……それだけお前が魅力的ということだ。嬉しいかどうか別としてな」
「言い寄られる俺の身にもなってみろよ」
「あら、羨ましいですよ。正直」
「エリィさぁ。実感込めて言うなよ」

 どうやら世間はミルフィアのことを「兄を亡くした悲劇的な妹」と取っているらしく、昨日の酒場では、激励2割、下心8割の男連中がミルフィアを「慰め」に来たのである。何せこの「悲劇的なヒロイン」には「美少女」という修飾語が付くからそうなってしまう。最初のうちはミルフィアも冷たくあしらっていたのだが、それでめげるような連中ではなかった。

「まったくあいつら……うざいってのが分からんのかよ……」
「……冷たくするのは寂しさの裏返し……とでも思われたか」
「男ってやつはなんでそう勝手に思いこむんだよ……なぁ、エリィ」
「なぁと言われても。男心はミルフィアさんの方が分かるでしょう」
「う、まぁそうだけどさ」

 ついこの前まではミルフィアもそちら側、可哀想な女の子がいれば気にせずにはいられない方の立場だったのだ。そういう男どもの発想は分かるのだが、だからといって、自分がその当事者になるというのは話が違ってくる。第一、ミルフィアはそんな悲劇の主人公というわけではない。

「大体、俺は俺だよ。そう言えないのが辛いな」
「そうですよねぇ……」

 そもそもミルフィアが男性だったというのは、ここにいる3人とリサールナル人の少年、ティルの間の秘密だ。まあ、キャロラット軍の情報部には知られていることなのだが、まあ、エリィ以外に普段の付き合いも無いことだから員数に入れなくても良いだろう。

「さて、今回の俺たちの収穫はリストの通りだけど、そっちはどうなんだ?」
「あ、はい。軍の調査で『遺物』の研究をしている学者がいることが分かりました」
「へぇ、やっぱり世の中には物好きってのがいるんだな」
「それが、エールン・エア・ターマスというラファースの学者なんです」
「ら、ラファースぅ? 連合にはいないのかよ」
「文献ホロライブラリーを見る限り、第一人者はその学者なんですよ」
「……まあ、一番詳しい人物に当たるのが妥当だな」

 ラファース人はトマーク=タス同盟の盟主たる狼耳の種族。最近になって惑星連合との関係が良好になったとは言え、ラファース人の上位階級や知識人の中には惑星連合をあまり快く思っていない者も多いらしい。キャロラットも連合加盟惑星だけに、その不快な範疇に入るという事は言うまでも無いだろう。

 連合との国交はあるので、直接のコンタクトは難しくはないのだろうが、やはり何らかのコネがあるに越したことはない。惑星連合の上層部を辿っていけば、コネはいくらでもあるのだろうが、そこまで大掛かりな事をする状況でもない。さて、どうしたものか、と猫耳も伏せがちになるミルフィアとエリィ。

「どうしましょうか」
「ラファースとはまた難しい連中だな……」
「……リサールナルとは同じ同盟だ」
「あ、フィアナさんですね!」
「……うむ」

 ティルの母親、フィアナ。色々なコネを持つ彼女にはミルフィアも一目置いている。当然そのコネクションにはリサールナルやラファースに繋がるものもあるだろう。ミルフィア達に軍のエリィ中尉を紹介した事からも、軍にもそのコネがあることが分かる。上手くすれば結構有力な繋がりがあるかもしれない。

 そんなフィアナ親子がなぜラッティタケットのような場末に流れてきたのかは知る由もないが、過去は詮索しないというのがラッティタケットの流儀であり、お互いの礼儀であった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 ラッティタケットのとある酒場。夕方になると一仕事終えた労働者達でひしめき合う、憩いの場だ。暗色系のテーブルや椅子に光量の低い照明。いささか胡散臭さも漂うのだが、きらびやかな雰囲気よりもある意味落ち着けるだろう。これが地球であれば煙草の煙でより一層澱んだ雰囲気になるのだが、連合では喫煙という風習が廃れているために、澄み切った薄暗さであった。一日の緊張感を和らげるのは、むしろこの方が適しているのだろう。

 もちろんミルフィア達も例外ではなく、仕事帰りにこのような酒場に寄る。これはミールだった頃、ラッティタケットに出入りするようになって以来の習慣である。良い席を取るのは時間が遅くなると難しいものなのだが、今はまだ大丈夫なようだった。

「ミルフィアお姉ちゃん、こっちこっち〜。5人分取ってあるよ〜」

 酒場という場所には不似合いな少年が、立ち上がって手を振る。リサールナルの少年、ティルだ。ミルフィアを慕ってこの酒場に出入りしているが、何も言わないのに好みの席を取っておいてくれるのがありがたい。

「おう、ティル。サンキュ」
「……いつも悪いな」
「いいって。それより今日はどうだったの?」

 ミルフィア達の「冒険談」を聞きたいティルの催促を制して、メニューを開くミルフィア達。まずは自分たちも喉を潤したい。ティルも一緒になってメニューを覗き込んで、注文を決めていく。

「そう急かすなよ。まずは今日一日の仕事に感謝して、乾杯だ」
「……うむ。まずはそれだ」
「じゃぁ、ウエイトレスさん呼ぶね。すいませーん」

 立ち上がってウエイトレスを大声で呼ぶティル。酒場の雑踏の中とはいっても、子供の声が響けばどうしても注意を引く。それに子供の声の方が通りやすいというのもある。そちらのほうが気づいてもらえるのだ。いずれにしても、ここの酒場ではある種名物になっていて、ティルは常連達にも可愛がられているのだった。もちろんウエイトレスとも顔見知りだ。

「あら、ティル君、いらっしゃい。お姉さんが出来てからご機嫌ね」
「うん。僕、タルマ・アイスティーね」
「ミルフィアさんにウェッジさんは何になさいます?」
「う〜ん、とりあえずキャロラットエール。中ジョッキで」
「……同じく」
「はい。タルマアイスにエール中2つね」

 各自、好みの飲み物を注文していく。それをウエイトレスが復唱しながらデータパッドに打ち込んでいく。ティルに頼まれたテーブルのセッティングは5人分。人数が揃っていないのに飲み物を持ってきてもいいのか、念のために尋ねる。

「あと2名様は?」
「エリィはちょっと遅れるって言ってたけど……フィアナ姐さんは?」
「お母さんもちょっと遅れるって言ってたよ」
「そっか。じゃあとりあえず3人分ってことで」
「かしこまりました。でも、ミルフィアさん。これだと、どうぞ来てください、って風に見えるわよ」

 ウエイトレスの指摘。それは二人分の空席のことだった。ミルフィアがこの酒場に出入りするようになって、すなわち女性になってから、ミルフィア目当てに言い寄ってくる男が少なくない。空席が二つあるというのは、そんな輩にとっては格好の場所と言っていい。もちろんそんな連中はウェッジが、それより先にミルフィア本人が撃退しているのだが。

「ああ。いつものように追っ払うさ」
「もてる女はつらいわね」
「俺も頭痛いよ。ありがたくも何ともない。まあ、1週間もすれば収まるだろうけどさ」

 本当に頭痛いといった風に頭を抱え込むミルフィア。とはいえ、ミルフィアの言うとおり言い寄る連中も段々と数が減っているので、もうしばらくの我慢だろう。要は「新人の女の子が入ったからご挨拶」という感覚なのだ。しかも兄を事故で失っている可哀想な妹という訳だから、放っておく法はないだろう。実際男だった頃のミールにもこういう事には心当たりはあるもので、そのうちに飽きる事は間違いないだろう。

 もっとも、世の中にはその熱が冷めずにいつまでも熱狂的な輩もいる事はいる。数は少ないものの、そんな連中は結構手に負えなかったりする。まあ、そんな連中を諦めさせる方法もあることはある。ミルフィアが本当にガードが堅い「鉄の女」であることが知れ渡るか……手出しをすればタダでは済まないという「武勇伝」を作るか、だろう。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「「「乾杯ーっ」」」

 カチン。乾杯の音が響き、よく冷えたエールを一気に喉に流し込む。この喉越しは格別だ。冷たさが身体を突き抜け、しっぽの毛もわずかに逆立つ。ミルフィアも今の少女の身体になってから強いアルコールはあまり受け付けなくなったのだが、エールくらいならば大丈夫だ。

「くぅぅ。やっぱ仕事上がりの一杯は格別だな」
「……うむ。同感だ」
「大人ってよくそんなの美味しそうに飲むよね。ミルフィアお姉ちゃんまで」
「俺までって、一応俺も大人だぞ」

 ティルの素直な疑問に苦笑混じりに答えるミルフィア。まだ少女にも見えるが、16歳といえばキャロラットやテランでは立派に大人。ましてや元の年齢を考えると、お酒をたしなむのは当たり前なのだ。

「ティルも大人になったら分かるぞ」
「そうやって子供扱いするぅ」
「ははは、悪い悪い」

 ジョッキを置いて、ミルフィアはふくれるティルをなだめる。ティルは確かに子供なのだが、大人達の間に交ざっていると、背伸びしたくもなってくるのだろう。ミルフィアやウェッジ自身も小さい頃はそうだったな、とおぼろげながら覚えているものだ。

「今回はあんまり活躍がなかったの?」
「わかるか。その通りなんだ」
「つまんないの」

 料理の皿も揃ってくると、それをつまみながら、話は進んでいく。武勇伝を聞きたいティルとしては、話を聞く前に何となく雰囲気で察していたのだ。今日は「遺物」運搬を仲介していた業者の調査をしていたので、それほどきな臭い活動は無かった。いわゆる聞き込みというやつだ。そんな地味な話はティルにとってはつまらないと思うことだろう。

「ついでに行きがけに海賊艦沈めたりとか、ないの?」
「おいおい。毎回毎回ドンパチがある訳じゃないんだぜ」
「……こういうのも仕事だ」
「それは分かるけどさ……エリィさんが絡む仕事だと、つまんないのが多いんだよね」
「確かにそうかもな。けど、エリィの前では言うなよ」
「分かってるよ。ミルフィアお姉ちゃんだから言うんだよ」

 エリィが依頼する、すなわち軍が依頼する仕事では、ティルの言うようなつまらない仕事、地味な仕事になることが多い。内容的には合法的とは言い難い、スレスレのラインを越えるような事もしなければならないのだが、そんなに派手に行う性格のものではなかった。

「ま、そのうち派手なことをやらかす時だってあるさ」
「その時は真っ先に話聞かせてね」
「ああ。約束するよ」
「……ん。約束する」

 それでも今日の地味な仕事を、スパイドラマ風に脚色して話していくミルフィア。ティルもなんだかんだ言いながらも、ふんふんと聞き入っている。ウェッジはいつものように所々で相槌を打つだけだ。しばらくして話が一段落したところで、やおらウェッジが立ち上がる。

「ん? どうした?」
「……トイレだ」
「あ、僕も行く。お姉ちゃんも一緒に来る?」

 ティルの誘いの言葉に椅子から腰を浮かすミルフィアだったが、ティルの悪戯めいた表情に「自分」を思い出す。男だった頃ならば連れションもするのだろうが、あいにく今のミルフィアは、女の子。顔を赤らめて、ティルに怒鳴りつける。

「馬鹿、一緒に行けるわけ無いだろ!」
「あははは。お姉ちゃん、ちょっと待っててね〜」
「だいたい誰が荷物の番するんだ。まったく」


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 酒場のテーブルで一人残されたミルフィア。ベジタブルスティックを口にくわえて手持ち無沙汰。猫しっぽもふらふらと、どこか所在無さ気だ。そこへ先程のウエイトレスが、空になった皿を下げに来る。

「あら、他の二人は?」
「便所。男ってどうしてこうつるむのかね」
「女の子同士だって。スクールとかで一緒にトイレに行ったりしてたでしょ」
「そ、そうだな」

 もちろんウエイトレスはミルフィアが元男性、ここの常連のミールであったことは知らない。ミルフィアも曖昧な答えを返すしか無いだろう。世間話を片手間に、食器を片付けていく。そこへ人の気配がしたので、振り向きざまに営業スマイルで声をかける。

「お二人様、お待ちして……」
「おおぅ、待ってくれてたんだ。悪いねぇ」

 そこにいたのはエリィとフィアナではなく、ザールだった。ウエイトレスが止める間もなく、ミルフィアの向かいの席に座る。そしてミルフィアに向けてウインク一つ。ミルフィアはあっけに取られ、やっとの事で一言を絞り出す。

「ザ、ザール……」
「ああ、光栄だね、俺のことを知っているなんて。兄上から聞いていたんだね〜」
「ま、まぁそんなところだけど……何の用だよ。大体お前、今日は接待じゃないのか。会頭が言ってたぞ」
「ああ。もーぐとか言う『猫の耳』の大物なんだけど、おっさんの相手はつまらないんで抜け出して来たんだ」
「いいのかよ、おい」
「相手が女性っていうんなら話は別だけどね」

 ミルフィアがミールであることを知られるわけにはいかないので、誤魔化しておかなくてはならないのだが、ザールの方で勝手に都合良く解釈してくれたようだ。そして、ザールは真顔になって――本人としては最大限の格好をつけて――ミルフィアの目をしっかりと見て話すのだった。

「その兄上の事なんだが……大変だったろうね」
「あ、まあな……」
「生前からミールには色々とお世話になっていてね」

 はて、お世話したことがあっただろうか、と思いを巡らすミルフィア。相手はユニオンの会頭の息子なので、色々と付き合うことはあった。かといってそんなに深く関わっていないので、いわゆる貸し借りも無いはずだった。いや、二つ三つ貸しがあったな。ザールが手を出した女の子の後始末が数件。貸しを回収しないままミルフィアになってしまったのは残念なことかもしれない。

「……それで?」
「親友の妹さんが気落ちしていないか、心配になってね」
「お陰様で」

 ザールの心配が下心丸出しなのは、ミルフィアにも手に取るように分かる。手に取るように……今度はザールが文字通りにミルフィアの手を両手で包み込む。とっさのことなので、あっけに取られるミルフィア。

「でも、心配いらないよ。俺が君のことを守ってやるよ」
「は?」
「君は一人じゃないんだ。ユニオンのメンバーだって君を助けてくれるさ」
「特にザールが、だろ」
「そ♪」

 こいつのいつものパターンなら、この後にくどき文句が来ることは分かっている。もちろんミルフィアにはそんなものを受ける気はない。素っ気なく握られていた手を振り解く。だが、しつこく握り返そうとしてくるザールに、ついつい全力で払いのけてしまった。

「ザール、いい加減にしろ!」
「ふふ、照れることは無いんだよ〜」
「誰が……お前なんかに照れるか!!」
「と、っとと……」

 そんなに力を入れたつもりはないのだが、手を払いのけられて椅子から転がり落ちてしまうザール。ミルフィアの方に身を乗り出していたので、姿勢が不安定だったのだろう。ミルフィアもそこまでするつもりはないので、慌てて転げ落ちたザールのそばに駆け寄り、助け起こそうとする。

「ザール、悪りぃ……おい、ザール?」

 声をかけてみたが、反応がない。頭でも打ったかな、と急に心配になるミルフィアは、ザールの頭を抱え起こすようにかるく持ち上げる。大丈夫だ、息はしている。気付けに何かいいのは無いだろうか。

「ザール、おい、ザール!」
「……」
「困ったな……店に気付け薬くらいあるよな……」

 ウエイトレスに聞いてみようと、立ち上がろうとした時、腕の中でザールがぴくりと動く。よかった、気が付いたようだ。ほっとして顔を近づけるミルフィア。だが、それが失敗だった。気が付いたザールは、ミルフィアの想像を超えた行動を取ったのであった。

「――!!?」

 いや、今や女の子となってしまったミルフィアにとっては、それは予想しておかなければならない行動だったかもしれない。なにせ女性に対して一癖も二癖もあるザール。気が付くや否や、心配そうに覗き込むミルフィアの手を引き寄せて、キスをしたのだから。

 ミルフィアは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。女性相手にキスをする経験はミールの時にあっても、男性にキスをされた、ということはもちろん皆無。ましてや女の子初心者のミルフィアにとっては、ファーストキス。それを奪われた重要性は理性ではよく分からないものの、感情では許し難い事であることは、考えるまでもなく分かった。

「姫君の腕の中で目覚めるのも、オツな物だねぇ」
「て……て……てめえはぁぁぁ!!!!」

 今度こそ手加減のないパンチを容赦なく叩き込むミルフィア。無防備に寝ている所へ、覆いかぶさるような立ち膝姿勢からのパンチ。足元がしっかりとしない分、威力は弱いのだが、的確にヒットしたようだ。身動きの取れないザールはもはやキャロラット人の敏捷性を生かせるはずもなく、ノックアウトへの道を一直線。自業自得と言われても、文句は言えないだろう。

「一生死んでろ!!!」

 ミルフィアの息が激しくなったのは、思い切って殴った反動か、それともいきなりキスされた反動か、あるいはその両方か。それにしても気分が晴れない。一発殴ってノックアウトにしてしまったのは本意ではないかもしれない。本人も気が付いていないのだが、乙女の怒りというのは意外に恐ろしい物なのである。未だに怒りでしっぽが膨らんでいる位なのだから。

「お姉ちゃん、お待たせ〜」
「ミルフィアさん、遅くなってすいません」
「私からもお詫びを……って、ミルフィア、これはなんの騒ぎでしょう?」

 ティル達がトイレから戻ってくるのが遅いと思ったら、ちょうどエリィとフィアナと入口で合流したらしい。挨拶やら何やらで立ち話をしていたようである。ミルフィアとしては何でもっと早く来てくれなかったのかと思ってしまう。そうすればザールも妙なことをする気を起こさなかったはずなのに。

「こいつが、いきなり……俺の……その……」
「「??」」

 経緯をエリィ達に話すミルフィアだったが、いざ説明しようとすると、どうしても言葉が続かない。恥ずかしさというか何というか。本人の自覚はないのだが、言葉が出ないと共に顔が赤くなってきている。事情を知らないティルの一言。

「お姉ちゃん、顔真っ赤だよ」
「し、仕方ないだろ……いきなり……こいつが……キスを……」
「えーー、お姉ちゃんを襲ったってぇ?」

 ティルに水を向けられたおかげで、たどたどしくながらも、何が起こったのかを説明できたミルフィア。そこで初めてエリィ達はなるほどと納得するが、ミルフィア本人ほど切迫感といった物はない。へー、そうですか、と言ったところだ。ただ、ティルだけが一緒になって怒ってくれている。

「ひどい、ひどいよ!」
「ティル、お前……」
「お姉ちゃんは僕の物なのに!」
「ちょっと待て。誰が、いつ、お前の物になった!」
「ん〜と、近い将来その予定。なのに、ひどいよ」

 ティルにしてみれば、憧れのお姉さんのファーストキスを取られてしまった訳である。本人だけがそう思っているのだが、そう言う意味ではティルも立派な当事者。怒るのも無理はない。そこで伸びているザールのしっぽを二、三回踏みつけたいところだ。

「でも、お姉ちゃん」

 まじまじとミルフィアの顔を見つめるティル。その真剣な目に、ミルフィアも表情を引き締めてしまう。

「僕、気にしないよ」
「え?」
「ファーストキスは奪われちゃったけど、汚れてなんかないよ。お姉ちゃんは」

 どこで覚えてきたセリフなのか分からないが、大人びた事を言うティル。ミルフィアに対するティルなりの慰めなのだろう。もっとも、そのようなことを言われても、ミルフィアとしてはどう返事してよいか迷ってしまう。第一『汚された』というところが引っかかる。キスを奪われてしまったことは大問題なのだが、ティルが自分を慕う気持ちも分からなくもないのだ。

「でもな……初めてなんだぞ……俺の……その……ファーストキス……」

 最後の方で消え入りそうな声になるミルフィア。ファーストキス。自分では意識していなかったつもりだが、口に出すと改めて恥ずかしくなってしまう。

 そんなミルフィアの戸惑いを感じ取ったのか、エリィが気持ちは分かるとばかりに、ミルフィアの肩に軽く両手を置く。

「ミルフィアさん。女の子にとってファーストキスは大切な物なんです」
「そういうものなのか?」
「はい。言うまでもなく、気が付かれたようですね」
「気が付くって……別に俺は……」

 もっとも、エリィにしてもファーストキスを『奪われた』という経験はない。だが、女性として『初めて』の大切さは、身を持って知っているのだ。それ故、ミルフィアの身に起きたことは、深く同情すべき物事。

――ファーストキスは初恋の相手とロマンチックな雰囲気の中で――

 ミルフィアにしても、そんな夢見る少女のイメージを持っているのだろう。だから、あのような状況で奪われてしまったら、当然頭に来る。つい数日前までは、奪う方の立場だっただとしてもだ。

「でも、ワートナル星じゃなくてよかったね」
「ん? ワートナル?」

 ティルがふと、とある星の名前をあげる。普段聞かないようなその星は、確かトマーク=タス同盟域内の辺境に位置しているはず。それまで黙って成り行きを見ていたウェッジが、一言だけつぶやいた。

「……最初の口づけが結婚の確約になるって星だ」
「げ……」

 この広い宇宙では、様々な文化や風習がある。婚約の成立の手段が様々であっても不思議ではない。ミルフィアは絶句しながらも、ワートナル星と同じ文化でなかったことを感謝するのであった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 全員が揃ったテーブルで、食事は進む。初めは雑談が主だったが、場が和んできた頃に、何気なく本題へと入っていく。そうなると、ミルフィア達も飲み食いのペースを落として、話に注意を向けることになる。

 今日の話の主点は、フィアナにラファース星の学会にコンタクトを取ってもらいたいと言うこと。フィアナにどの程度ラファースとのコネがあるかは不明だが、そこは直接でなくとも、ツテをあたってもらうということで良い。

「先程のターマス教授の件は、お願いできますでしょうか」
「リサールナル大学府へ知り合いが居ますので、同盟の考古学会を通してターマス教授へ紹介してもらいます」
「ありがとうございます。軍としても非公式扱いにしなければならないので、民間のフィアナさんのお手を煩わしてしまって……」
「軍にだって事情はあるでしょうから。気になさらないでくださいね」

 軍の立場にあるエリィからの依頼を承諾するフィアナ。ミルフィア達の『遺物』探索は軍からもサポートされているとは言え、あくまでサポート。軍が主導でミルフィア達に命令しているわけではない。あくまで協力依頼とサポート、そして結果に見合った報酬という、一種の契約なのである。そして『協力』だけに、軍として便宜を図るのにも限度がある。ましてや連合外の種族との交渉となると、公式にすると数々の手数を踏まなくてはならない。

 それだけに、フィアナの協力はありがたかった。ミルフィアはもちろん、テラン人のウェッジにもラファースへのコネは持っていない。ラファースの学者の知見を得ることで、『遺物』の謎に大きく近づくことになる。それはミルフィアが元の男に戻るための大きな一歩であるのだ。

「姐さん、助かります」
「ですが、一つ問題があります」
「問題?」
「ええ。ラファース人は我々リサールナルから見ても、気難しいと言いますか、尊大といいますか……ちょっと付き合いづらい点があるのです」
「なるほど、なにせトマーク=タスの盟主だからな」
「まして『エア』の称号を持つ方が、連合の種族であるキャロラット人をまともに相手にしてくれるかどうか……」
「姐さんの紹介だけじゃ、不十分かぁ」

 ラファース人はトマーク=タス同盟では貴族的立場にある事が多いが、比喩的ではなく実際に貴族や華族といった身分を持つ者達もいる。そういった者達は、明確な差別意識や選民意識とまでは行かないが、他種族に対する漠然とした優越感を持っているのである。そして、ミルフィア達が面会を求めるエールン・エア・ターマス教授は、『エア』――爵位を持つ華族であった。

「私がラファースへ同行すれば、多少は話がスムーズに行くかと思います」
「え、姐さん、いいのか?」
「ええ。ラッティタケットに来てから長旅は久しくしていませんが、同行させてくださいませんか」
「こっちからお願いしたい位だよ。姐さん、恩にきります」

 リサールナル人のフィアナが直接リサールナルやラファースと交渉してくれる。これは連合の種族にとっては力強いことである。同盟までの道程はトランスワープチューブを通ったとしても、1週間弱はかかるだろう。往復と所要で約半月。その間、息子のティルを放っておく訳にもいくまい。それを確認するかのように、今まで無口だったウェッジが口を開く。

「……リサールナルも当然経由するが……フィアナ、ティルも一緒でいいのか?」
「仕方ありません。この子ももう10歳です。故郷を見せてもいい頃合いでしょう」
「……そうか。なら俺がどうこういう話ではないな」

 フィアナが同行するときにはティルも連れて行く。確かにそれを決めるのはフィアナの家庭の問題であり、ウェッジやミルフィアがどうこう言う事ではない。乗員人数が確定すれば、それでいい。そして、当事者本人はというと、フィアナの話を聞いて、思わずテーブルに両手をついて身を乗り出していた。

「僕もリサールナルに行けるの? やったぁ!」

 ティルにとっては、ミルフィアと一緒に宇宙旅行が出来るのがもちろん嬉しい。だが、それ以上にリサールナル星を自分の目で見れる、そして自分の足でリサールナル星に降り立つということが嬉しいのだ。それは未だ見ぬ自分の生まれ故郷への強い憧れから来るものだろうし、更に少年特有の『冒険心』も加わるのだから、ティルにとっては、いても立ってもいられない状態なのだろう。しっぽもぱたぱたと、正直に嬉しさを表している。

「やけに嬉しそうだな」

 ミルフィアが微笑みながら、そんなティルの頭を軽く撫でる。ミルフィアはキャロラット星の故郷へはもう何年も帰っていない。当然望郷の念が浮かぶことだってある。ティルの場合は遠く離れたリサールナルだけあって、それ以上の想いがあることだろう。

「うん。だって、1回も行ったことないんだよ。ね、お母さん」
「え、ええ、そうね」

 当然だと言わんばかりのティルの言葉に、言葉を濁らせ気味のフィアナ。そんなフィアナの反応にミルフィアはわずかに首をかしげるが、ウェッジは事情をわかっているかのように、腕を組んで黙っているのであった。

「ね、いつ出発?」
「おいおい、慌てるなよ。準備というのがあるんだぞ」
「わかってるよ。でも、聞いたっていいでしょ」
「軍との……エリィとの調整になるけど、今週末には出発したいな」
「また急だね。よし、僕も準備しなきゃ!」

 ワクワクしているティルの向かいで、軍用データパッドを取り出してテーブルの中央に置くエリィ。ミルフィア達の視線がそこに集まる。その画面には、キャロラット星からテラン星までの航路略図が表示されていた。

「一度、テランに行き、キャニアス大使館をはじめ、関係箇所へ渡航申請を行います」
「うわ、面倒だな。連合から出るから仕方がないか」
「ミルフィアさん、そこまでは軍の方で手配しますよ」
「お、ありがたいな。ってことは、テランまでは軍艦も随伴か?」
「はい。『C.S.S.リリコ』が護衛に入ります」
「護衛って、俺たちは護衛されるほどいい身分になったわけかい」
「ふふふ。ある意味、名目ですよ。実際はですね……」

 エリィはわずかに何かを含んだような笑みを浮かべながら、データパッドを操作していく。航路図に数丈の軌跡が現れ、そのデータが表示されていく。テラン艦籍の貨物艦らしい。

「これは?」
「軍で掴んだ情報です。例の『遺物』を運んでいる貨物艦です」
「ほぅ。で、どうしろと?」
「テランまでの航路途中で接触を図って欲しいのです。公宙に入ると我々キャロラット軍ではこちらから手を出す訳にはいきません」
「確かにな。だけど俺とウェッジだけならともかく、姐さんとティルもいるんだぜ。あんまり無茶な事は……」
「僕なら大丈夫だよ!」
「ティル君、ダメですよ。フィアナさんとティル君はテランまで『リリコ』に乗艦してもらいます」

 エリィからの依頼は別に問題はないのだが、フィアナとティルがいると話は変わってくる。カタギの乗客を乗せて、無茶なことをする訳にもいかない。表向きは民間の貨物艦は武装していないというものの、相手もおそらく『例外』の可能性が高いし、モグリで海賊行為をしている連中だったら、ドンパチは必至だ。だから、二人をキャロラット軍の軍艦に乗せてもらうことは、安全を考える上で、この上ない申し出だ。

「え〜、つまんないなぁ」
「ティル、テランからは一緒なんだから、それまで我慢しろよ」
「うー。お姉ちゃんと一緒がいい。ねぇ、エリィさん〜」
「ダメですよ」

 文句を言う、というか駄々をこねるティルだが、それもまだ子供だから仕方が無いことだろう。もっとも、本人もそれは無駄なことだと承知しているようで、一通り文句を言ったら、聞き分けのよい子のように大人しくしているのだった。しっぽの先がピンと上を向いていて、そこだけは不満を表しているようだったけれど。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 翌日。ミルフィアはラッティタケット・ユニオンの事務所を訪れていた。まずは表向きの仕事――星間交易の手続きを行う。ここキャロラットからテラン経由でキャニアスくんだりまで行くのだから、手ぶらで行くには勿体ない。ペイロードの空きは結構あるのだ。せっかくなので、交易の仲介になるような品物が無いか、調査に来たのである。

「嬢ちゃん、トマーク=タス同盟への直接交易なんて数が少ないのは知ってるだろう」
「知ってるからこそ、こうやって聞きにきてるんだろ」

 事務所のカウンターに備え付けられたモニターの表示を見ながら、交易に必要なやり取りが進む。モニターにはユニオンが仲介する交易品のリストが表示されていた。各政府の通関もきちんと通れる、いわば合法な積み荷達。その全てが惑星連合域内で取引される物であった。だが、ミルフィアの欲しいデータはそれではない。ユニオンでも裏側の仕事を引き受ける者だけが知るコードを入力し、生体認証を通す。

『ピッ』

 モニターの輝度が心なしか低下し、別のデータが表示される。今度は裏のデータ、いわゆる密交易品だ。たとえばキャロラットの「またたび」であったり、プレラットの「ひまわりの種」であったり。事情がある荷主から輸送費を高く取る分、ユニオンの仲介費も輸送を請け負うギャラも高い物となる。当然摘発されるリスクや無保険というリスクはあるのだが、リターンの高さからこちらを専業とする者も少なくない。

 だが、こちらにもミルフィアの求めるデータは無かった。さすがにキャロラットから同盟への交易品というのは表も裏も少ないものらしい。

「うちで請け負ってるのは無いよ、嬢ちゃん。テランとかTS2なら荷主がいるかもな」
「やっぱりそれしかないかぁ」

 そうなると、今度はテランまでの積み荷を探す必要がある。こちらは交易が活発なだけあって、依頼も多く、またそれを請け負う輸送艦も多い。逆に裏の荷物は少なく、それ故に儲けは少ないのだが、艦を遊ばせておくよりはマシだろう。エリィというか軍の目もあるので、表の積み荷で良いのはないかリストに目を通す。海賊船とドンパチやっても壊れないような物が良いのだが、保険がかけられる物ならそれでもいいだろう。

「じゃぁ、ナンバー25の貨物を請け負うんで、登録頼むよ」
「25だな。受託艦名は『ブルースフィア』っと。ついでにテランのギルドへの紹介状取るかい?」
「ああ、頼むよ」

 ユニオンに加盟していれば、相互に提携している星系との交易は自由に出来ることになる。だが、ミルフィアはその先、トマークタス同盟との交易を行う予定なのだ。域外交易になるために、テラン政府で様々な手続きを踏まなくてはならない。その際にキャロラット・ユニオンとテラン・ギルドからの口添えがあれば、比較的楽に手続きが取れるのであった。

 ミルフィアがユニオンの職員にデータパッドを手渡そうとしたとき、脇からさっとデータパッドを取り上げられてしまう。何をするのかという視線で取り上げた相手を睨み付けようとすると、そこにあるのは知っている顔であった。

「ミルフィアちゃん、今度はどこへ船出だい?」
「ざ、ザール。てめぇ、よくも昨日は!」

 昨日ザールにされたことを思い出して、思わず拳を握り締めて両脇を締めるミルフィア。いつでも殴りかかれる状態だ。そう言えば、ザールを沈めた後は放置していたから、いつ帰ったのか(それともずっと転がっていたのか)気が付かなかった。というか、目もくれていなかった。

「おおっと、昨日の事は謝るよ」
「それよりデータパッド返せよ」

 ザールの手からデータパッドを取り返そうとするミルフィアだが、ひょいと手の届かないところにかわされてしまう。まるでふざけて子供から玩具を取り上げるような、そんな仕草だ。それだけに、ますますミルフィアは苛ついてくる。

「こんな申請、俺に言ってくれればいいのに」
「最初っからお前に頼むつもりは無い! 返せ、このっ!」
「でも、こんなデータは欲しくないかい?」

 そう言って、ザールはデータパッドを向ける。ミルフィアはちょっと背伸びして画面を覗き込むと、半ば怒った表情が興味深い物を見るような表情に変わる。

「なぜ、こんなのを俺に見せる?」

 身長差からちょっと上目遣いにザールを見上げるミルフィア。見上げられたザールには、その上目遣いの視線が、兄を失ってしまった、誰かに守って欲しいような、そんな眼差しに見えた。もちろんザールの思いこみフィルターが全開でかかっているのだが、そんなことはこれっぽっちも気づかないらしい。

「欲しいんじゃないかと思ってね」
「昨日の俺たちの話聞いてたろ」
「ん〜、まぁ〜……でも気に入って貰えたかな?」
「ああ。ありがたくもらっておくぜ」
「じゃぁ、今晩デートでも……」

 最初からこれが目的だったのか、とも思いながも、これはある程度は予想していた。なにせミールだった頃には、さんざん同じような手口で女性を口説いているのを見ていた事が何度もある。だから、さっと素早くザールの手からデータパッドを取り戻し、データを保存する。

「また今度な。それに、この位じゃ昨日の埋め合わせにもならないぞ」
「そんなぁ、ミルフィアちゃん……」
「じゃぁな」

 追いすがるザールを、ミルフィアは身軽なステップでかわしながら出口に向かう。女の子に貢ぎ物付きで声をかけるのが良くある事なら、無下に断られるのも良くある事というのを、ミールの頃に何度も見ているのだ。自分がそんな事をするとは思わなかったが、ミルフィアとなった今では遠慮無くその手を使わせてもらう事にしよう。

「ミルフィアちゃん……」

 後にぽつんと取り残されたザールは、がっくりと肩を落としてミルフィアの背中を見送ったが、ミルフィアの姿が見えなくなると、わずかにニヤリとした表情でデータコンソールを叩き始めた。ユニオンの上位者だけに、色々とコマンドは知っているようだ。

「やっぱり……テラン経由で同盟ねぇ」

 そして表示されたのはミルフィアの検索履歴。それをザールは興味深い表情で一瞥し、何か悪戯を思いついた表情に変わる。

「チャンスだったらまた作ればいいって。航路は分かっているし…」


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 宇宙艦『ブルースフィア』のブリッジで、ウェッジがコンソールパネルを前にして、各所のチェックを行っている。なにせ惑星連合領域の外までの長距離航行となるだけに、普段よりもチェックも要求精度が高くなり、項目数も多くなってくるのだ。

 それをティルがブリッジの空いている席に座って、興味津々といった表情で眺めている。ウェッジも忙しいのだが、ティルは大人しくしているので、邪魔にはなっていないようだ。ちなみにミルフィアは機関室に出向いて、機器調整中だ。普段はミルフィアの方にひっついているティルも、興味がある事が目の前にあるとそちらに集中するらしい。その度合いはふさふさなしっぽの先端がわずかに動く程度だ。

「……ティル、見てて面白いか?」
「うん。ウェッジって、ブルースフィアを生き物みたいにチェックするんだね」
「……日によって調子が微妙に違う。女を抱くとき以上に……と言ってもわからんか」

 ティルに問いかける間にも、作業の手は緩めない。片手間で会話をしながらも、意識の大部分は作業に振り向けている。完全に集中しなければならない場合は、完全に黙ってしまうので、今はまだ良い方らしい。もっとも、ティルも忙しそうな場合は決して声をかけずに黙って見ているので、その点はウェッジにもありがたかった。

「……ティル、ラッティタケットに来た頃の事は覚えてるか?」
「1歳か2歳の時の事だよ。覚えてる訳ないじゃないか」
「……それもそうだな」
「お母さんもあんまり教えてくれないしね」
「……そうか」

 もともと口数の少ないウェッジだけに、ティルとの会話もブツ切りな状態になってしまう。それでもウェッジなりにティルのことを気にかけているのであり、それはティルも承知していることであった。

「ねぇ、ウェッジ」
「……ん?」
「ウェッジから、テランに帰った話しって聞いたことないよね」
「……ここ8年は帰ってない」
「そうなんだ。でも寂しくない?」
「……昔の事だ。もう故郷も変わってるだろう。それよりティルは楽しみなんだろう、リサールナル」
「うん! リサールナルにず〜っと憧れてたんだ」

そんな話をしているうち、ミルフィアが機関室からブリッジに戻ってきた。空調の効いている艦内とはいえ、機関室仕事は汗をかくらしく、脱いだジャケットを肩にかけている。ほっぺに油汚れが少し残っているのはお約束か。

「ふぅ。ウエッジ、二、三カ所調整したけど問題なかったぞ。相変わらずいい子だぜ」
「……そうだな、機嫌がよさそうだ」
「あ、ミルフィアお姉ちゃん、お疲れ〜」

 ティルはさっと席から飛び降りてフードディスペンサーから冷たいジュースを取り出し、ミルフィアに差し出す。早速口を付けてみると、程よく冷えたジュースが喉の渇きを癒してくれる。ティルは甘さがしつこくないのを選んでくれたようだ。

「お、ウェル・ジュースか。サンキュ」
「暑そうなんだもん」
「楽しそうだけど、ティルの方は準備、大丈夫なのか?」
「昨日のうちに終わったよ。もう『リリコ』に預けてあるんだ」

 ミルフィアはジャケットを操縦席の背もたれにかけ、自分もそのまま操縦席に身を預ける。慣れ親しんだ自分の席だが、ミルフィアの身体ではわずかな違和感がある。だが、おそらく今回の航行のうちに慣れてしまうだろう。

「ねぇ、お姉ちゃん。やっぱりブルースフィアの方に乗っていい?」
「ダメだって言ったろ。エリィに怒られるぞ」
「ちぇ」
「それに俺たちが姐さんに怒られちまうよ。テランまで我慢しろ」
「はぁ〜い」

 ダメだと思いつつも、念のためにもう一度確認するティル。知り合いがエリィしかいないキャロラット軍の宇宙艦では何かと気を使うのを予想しているのだろう。ミルフィアもそれを分かってはいるが、エリィの顔を立てる事もあり、ここは我慢してもらおう。

「さて、後は航路の設定と確認だな」
「……エリィからのデータはインプット済みだ。ミー……ミルフィアも確認しておいてくれ」
「サンキュ。どれどれ、『リリコ』のエスコートはどこまであるのかな」

 モニターにキャロラットからテランまでのコースが表示される。ブルースフィアとC.S.S.リリコの予定航路が並んで表示されるのだが、実際はキャロラット=プレラット恒星系を出たところで離ればなれになるつもりだ。そして『遺物』を密輸している艦と接触しなくてはならない。ミルフィアがコンソールを操作すると、モニターにもう一本、真の予定航路が表示される。

「なぁんだ。お姉ちゃんと、ほとんど別々じゃない」
「仕方ないさ。軍艦と一緒じゃ相手が警戒するからな」
「ちぇ、つまんないの」
「テランから先は『ブルースフィア』だし、後で話聞かせてやるって」
「ほんと? 約束だよ」
「ああ」


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 ラッティタケット宇宙港。それほど広くないため、軍港エリアは一般のエリアに隣接している。軍艦の随伴という事で、ミルフィア達の『ブルースフィア』が『C.S.S.リリコ』と並んで停泊していた。出入りには便利なのだが、商用品の積み込みには少々不便な位置だ。

 既に旅支度のフィアナとティルが出港手続きを終えおり、後は『C.S.S.リリコ』に乗艦するだけだ。フィアナに手を引かれたティルの姿は、いかにもよそ行きといった半ズボンスーツ。普段ラッティタケットにいるときには見ない格好だ。思わずミルフィアもからかってしまう。そんなミルフィアはいつものデニムジャケットにショートパンツ。

「おやおや、可愛らしいお坊ちゃんだな」
「お姉ちゃんまでそんな事言う……」
「そう言うな。似合うぜ」

 ティルは恥ずかしがりながらも、ミルフィアに誉められて嬉しいようで、半ズボンからのぞかせるしっぽもパタパタと動いている。永い別れになる訳ではないのだが、ついつい長話になってしまいそうだ。そんな一行を急かすかのように、エプロンドレス姿の警備兵が搭乗を促す。

「じゃ、お姉ちゃん。先行ってるね」
「ミルフィア、ではテランで会いましょう」
「ああ。俺たちも用をさっさと済ませて追いかけます」

 ミルフィア達とは別々とはいえ、やはり外宇宙の旅行が楽しみなのか、ご機嫌のティル。ミルフィアが手を振って二人が『リリコ』に乗り込むのを見送っていた。本来『ブルースフィア』も出航準備で忙しいのだが、ウェッジが二人を見送ってこいと準備作業を一人で買って出たのであった。

「さて、俺たちも出航準備をしなきゃな。早く行かないとウェッジに申し訳ない」

 ひとりそうつぶやくと、ミルフィアも『ブルースフィア』の方へ小走りに駆けていく。。既にテラン行き荷物の荷受けは終わり、出航の最終段階になっていた。ここまで相当ウェッジに負担をかけてしまったかもしれない。

 程なくブルースフィアのブリッジ、操舵席に身を滑り込ませるミルフィア。コンソールには既に準備完了の様子を表示してある。慣れた手つきでチェック項目を表示させていく。チェック済みの表示が次々と現れる。

「……フィアナとティル、もういいのか?」
「ああ。何処まで終わってる?」
「……リリコとの航法リンケージまで終わった。あとは管制待ちだ」
「もうそこまでやってくれたのか? ほんと、すまない」
「……気にするな。この先ミルフィアの仕事は山ほどある」

 大したことではないとばかりに、ミルフィアの礼をさらりと受け止めるウェッジ。一人での出航準備は結構大変な作業であるのだが、口下手なこの相棒は何も言わない。行動でお互いの信頼に応えればそれでいい、と思っているのだろう。仕事のパートナーになってから、何度ウェッジのそんな所を見せられてきた事か。その心遣いに感謝しつつも、出航前の忙しさに没頭できるように頭を切り換える。今度は操舵士としての役目。個人経営の輸送船の場合、一人何役もこなさなくてはいけないのだ。

「管制室、こちら輸送艦ブルースフィア。出航準備完了。出航許可を」
『こちら管制室。C.S.S.リリコに続き、ガイドウェイ3番で出航されたし』
「了解。リンケージに従い出航する」

 管制塔との通信を行い、出航の許可を取る。一通り真面目な会話が続いた後、お互いに格好を崩す。ミールにとっては管制官は昔なじみだし、ミルフィアの立場にしてみても何度かこの管制官と酒場で顔を合わせているし、ミルフィア自身が酒場での評判になっている。なにせ小さい港だけに、顔なじみになるのも早い。

『ミルフィア、今度は長いのか?』
「テランから先があるからな」
『同盟の土産頼むぜ』
「なら帰港したら一番良いポートに着かせろよ。それじゃ、ブルースフィア、行くぜ」
『向こうの幸運の女神は可愛い娘も好きだって言うぜ。良い旅を!』

 先に出航した『C.S.S.リリコ』に続き、『ブルースフィア』がゆっくりと宇宙港から漆黒の宇宙へと滑り出していく。ラッティタケット自体が小惑星の公転軌道にあるため、軌道外までの安全な航路が定められてある。軌道を離脱するまではリリコと共に航路に従うため、ブルースフィアはただオートで付いていくだけでよい。

「間もなくラッティタケット管制区を離脱」
「……インパルスエンジン増速」
「ラッティリング軌道離脱。公転面+5°に姿勢制御」
「……リンゲージ終了。ブルースフィアの航法コンピューターに切り換え」
「よーし、行くぜ!」

 やがてラッティリング軌道――小惑星帯を抜け、外宇宙へと艦首を向ける。ラッティリングはもちろん、キャロラット=プレラット連星も後方の小さな点になりつつある。二艦ともスピードを上げつつ、ワープ航行へと切り替える準備に入った。

「こちらブルースフィア。では、先に行かせてもらうぜ」
『こちらC.S.S.リリコ。相手も武装してると思います。注意してくださいね』
「エリィ、俺たちだって無茶はしないつもりだ。それじゃ、テランで会おうぜ」
『フィアナさんとティル君は任せてください』
「頼んだぜ。ブルースフィア、ワープ5!」

 ミルフィアがコンソールを操作する事で、ブルースフィアは加速していく。安全な艦距離を無視する様な航路でリリコを追い抜き、一気にワープ航法へと入る。艦体を近づけてくれたお陰で、リリコからはブルースフィアの姿がよく見える。

「ミルフィアお姉ちゃん達、気を付けてねー」

 船室から窓越しに見送るティルの目前で、ブルースフィアは閃光と共に亜空間に包まれ、寸刻入れずに光速を超えて視界から消えていった。

「……ミルフィアさん、相変わらずですね」
「ったく、連中ったら可愛い顔してガラが悪いんだから」
「ぼやかないぼやかない。エリィ中尉、ミカ少尉、進路テラン、ワープ5」
「「了解」」

 リリコのブリッジでは、ブルースフィアのラフな操艦を目前でやられ、軽いブーイングが起こっていた。艦長はそれをやんわりと制すると、操舵席の士官にワープ速度への切り換えを命じる。エリィが航路に問題がない事を確認し、隣のミカ少尉がコンソールを軽く叩く。

 ブルースフィアに遅れる事数十秒、C.S.S.リリコも亜空間に包まれ、一路テランを目指すのであった。





<あとがき>

 今回も2話からだいぶ間が空いてしまいましたが、「蒼い瞳のミルフィア」第3話をお送りします。不本意ながらファーストキスを奪われたミルフィア……まだ無防備な故の事故です♪ 新キャラも揃ったところで、いよいよラッティタケットから広い宇宙へと旅立ちます。テランを経由し一路トマーク=タス同盟領域へ。ドンパチ活躍は次回をお楽しみください。

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