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 お昼休み。お弁当をみんな広げはじめる中、私も雪絵とさゆりという友達二人と一緒に机を向かい合わせてお弁当だ。女の子同士の食事は食べるのに口を動かす以上に、お喋りに口を動かすことが多い。もちろん、私達もそうだ。

「じゃあ単刀直入に聞くわね。あゆみは気になる男子っているの?」
「気になるって? そんなのいないわよ」
「へぇ〜、そんなこと言っちゃって。でもあゆみの好みの男子ってクラスにいたっけ?」
「このクラスじゃあんまりパッとしたのいないよね、あゆみ」

 話の矛先が何故か私に向かっている。私もこういう恋愛話は好きだけど、自分に振られるとちょっと困ってしまう。他の二人の言うとおり、あまりこのクラスには私好みの男子はいない。まあ、気になると言えばあいつだけど、それは「恋愛感情」ではない、二人の秘密。そいつの方に目を向けると、それを目ざとく指摘する雪絵とさゆり。

「ほうほう、目線の先は」
「三崎君かぁ。意中のカレは」
「そんなんじゃないってば!」

 友人二人にからかわれる私は思わず大きな声を出してしまう。騒がしい昼休みでも、なんだなんだ、というクラスの視線が集まってしまう。もちろん三崎君……孝平も気づいたみたいで、視線が合ってしまう。慌てて目をそらす私。

「慌てて目をそらすなんて、あやしいなぁ〜」
「でもさぁ、その割にあゆみって三崎君避けてない?」
「っていうか、他の男子と話すときに意識してるんじゃない?」
「そんなんじゃないよ……」

 私って孝平の事を意識して避けているって見えるのかな。まあ、ある意味、身構えているのかもしれない。まだあの事を引きずっているんだろうか。もう私の中では吹っ切れたと思っているのに。

「あらら、暗くなっちゃった。ゴメンね」
「じゃぁさ、気晴らしに放課後にここ行ってみない?」
「え、新しいお店出来たの? さゆってよく見つけるよね」
「えへへ。可愛いの揃ってるよ。もちろんあゆみも行くよね」
「うん、行く行く」

 別の話になったことにちょっとほっとして、さゆりの誘いに嬉しそうに答えた。確かに買い物なら、いや見ているだけでも気晴らしになる。そう、あの事は思い出さないことにしようって決めたんだっけ。



3年目の私
(前編)

作:かわねぎ



 私は水口あゆみ。日東中学校の二年生。これといって特技のない、どこにでもいるような、普通の女の子だ。特技はないけど、趣味は多い方かも。その趣味の一つが、ファンシー雑貨集め。今日の放課後も、さゆりが見つけてきた新しい雑貨店に来ているんだ。

「ねえねえ、この新キャラ。あゆみ好きそうじゃない?」
「うわー、かわいい。買う買う。買います」
「う〜ん、私はやっぱ『ぽんはむ』の方が好きだな」
「ゆっきーはハムスターもの好きだもんね」

 私達三人は、キャラクターグッズを手に取りながら、お喋りしていた。もちろん買うつもりなんだけど、買うまでが長いの。使える小遣いは決まってるから、じっくり選びたいし、三人で気に入ったものならお揃いで買いたいし。今日だってシャープペン一本とメモ一冊買うのに一時間はかかったかな。

 雑貨店から出て、お喋りしながら歩いていくと、とある交差点にさしかかる。私の家の方向は雪絵とさゆりの家とは別方向になるので、ここでお別れだ。

「あゆみも機嫌直った?」
「お昼のこと? 気にしてないよ」
「それならよかった。じゃ、また明日ね〜」
「ばいば〜い」

 手を振りながら二人と別れる私。あとは一人で帰るだけだ。この先の祢峰神社を抜ければ近道なので、そっちから帰るのが私の通学ルートだ。もちろん暗くなってからは怖いから通らないけれど、今の時間なら別に平気で通ることが出来る。

 石段を登り切ったところで、ふり返って拡がる景色を眺めてみた。市内を一望、とまでは行かないけれど、けっこう見晴らしはいい。とは言っても、私も小さい頃からよく眺めていた景色だ。そう、あの時だって……

「よぉ」
「きゃぁ!」
「うわぁ、お、俺だよ」

 ちょっと物思いにふけっていると、後ろから肩をポンと叩かれた。びっくりして思わず叫び声を上げちゃったけど、振り向いて見ると孝平だった。ほっとしたため息を一つついちゃったけど、文句の一言くらい言ってもいいよね。

「こ、孝平……驚かさないでよ……」
「驚いたのはこっちだよ」
「ごめんね。部活終わったの?」
「ああ。そこで休んでいたらあゆみがいたんで、声をかけたんだ」

 三崎孝平。小学校の頃からの幼なじみ。よく一緒に遊んだ仲だ。もっともこの言い方は正確じゃないんだけど、他の人から見ればそうなんだよね。最近は距離を置くようになっちゃったけど、中学生とか小学校高学年だと、男女で一緒に遊ばなくなるよね。

「でも驚かすことないじゃない」
「あゆみがぼーっとしてるから、つい、心配になってな」
「心配って……私が昔みたいな事すると思った?」

 私は言葉に含みを持たせて、そう言った。当然孝平だって、その言葉の意味は分かってるみたいだ。だから、違うというように首を振る。

「そ。もう無駄な事だって分かってるのに、わざわざそんな事しないわよ」
「だよな……あれからもう三年かぁ」
「そうね。三年前よね……」

 孝平の言葉に私はつい、しみじみとした口調で答える。忘れていようと思っていたのに、孝平のせいで思い出してしまったじゃない。あれ、私が先に言ったんだっけ。でも、どっちでもいいや。思い出しちゃった事には変わりない。

 三年前の事を思い出して黙っていると、孝平が私の隣に来て、一緒に景色を眺める。もう、太陽が傾いて、空も赤く染まってきている。まるで、あの時のように……

「正直、俺もまだあゆみに未練があるのかもな」
「え?」
「何か、こう、あゆみが女子の中で仲良くやってるの、何となく気になっちゃうんだよな」
「そうなんだ……」

 吹っ切れたんじゃなかったんだ。孝平が男子の中で楽しそうに過ごしているの見てると、そんな素振りは全然無かったのに。でも、その気持ちも分かるような気がする。私だって何かと孝平のことを気になる時あるし。

「あーあ。三年にもなるってのに、俺もうじうじ男らしくないよな、まったく」
「そんなこと無いよ。孝平だって一生懸命孝平してるし」
「一生懸命なんて、そんな大したもんじゃないさ。あゆみもだろ」
「う〜ん。私も別に気にしないで過ごしているし、これが地なのかな」
「かもな」

 三年前は二人とも一生懸命だったっけ。でもそのうち自然に自分らしくなっていったんだよね。中学校に上がる頃からかな。私は女の子らしくなった、って言われるし、孝平だって私の目から見ても、男らしくなったし。でも、そのうちに言葉を交わす機会も少なくなってきたんだ。男子は男子で、女子は女子で固まるからね。

「でも、私も孝平に未練あるのかなぁ」
「え?」
「私も孝平と同じなのかも。やっぱり孝平のこと気になる時あるし」
「あゆみ……」

 ふと、孝平と目が合ってしまう。気になるっていっても、ちらちらっと盗み見してただけだから、こんなにじっと見つめたのは本当に久しぶりだ。さっきから話していても、意識して孝平の顔を見ていた訳じゃないし。孝平っていつの間にこんなに男らしくなったんだろ……

……

……

 って、これってまるで恋人同士の雰囲気じゃない!!

 ば、馬鹿。私ったら孝平相手に何考えてるのよ。私が孝平のこと好きになるなんて、第一男の子を好きになるなんて、あるわけ無いじゃない。胸がドキドキしてるけど、これって慌ててるからだからね。

 顔が赤くなっちゃったよね。孝平に見られたくないから、私は振り向いて駆け出した。……けど、地面が、地面が無かった。

「え?」
「あゆみ!」

 私達二人がいたのは石段の一番上。私はこともあろうか、石段の下めがけて駆け出してしまったのだ。でもこの瞬間にそんなことまで頭は回っていないし、悲鳴を上げる余裕すらない。落ちていく浮遊感と一緒に感じたのは、私を支えようとする、孝平の腕の感触だった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 目を開けると、夕焼け空が広がっていた。きれいだな。カラスが山に帰っていくよ。石段から落ちて……私、死んじゃったのかな。あれ、誰かが私を揺り動かしてる。なによぉ。

「あゆみ、あゆみ!」
「あ、あゆみちゃんだぁ……」
「何寝ぼけてんだよ。大丈夫か?」

 よく見たら、私が覗き込んでいる。……って、私!?

「え!?」

 自分がどうなっているかも確認しないで、ばっと身体を起こす。目の前には心配そうな表情の私がいる。ということは私は……どうせ確認しなくても、どうなったか分かっている。目の前の「私」だって、誰なのか、分かっているんだ。

「孝平、まさか、入れ替わっちゃったの?」
「ああ、みたいだな……」

 改めて自分の姿を見てみると、案の定私は男子の学生服を着ていた。というより、ぶっちゃけた話、孝平の身体になっていた。

「孝平……どうしよう……」
「どうしようって……前みたくするしかないだろ……」
「今度は私が孝平のふりをするわけ?」
「ああ」

 二人の身体が入れ替わる。こんな非常識な事が起こっているのに、私も孝平もそんなにパニックになっていない。それもそうだ。私達にとっては、これは前にも起こったことだから。

「私……孝平に戻っちゃったんだ……」
「俺もあゆみに……」

 実は、私はずっと私じゃなく、三年前までは孝平だったの。生まれてからずっと男の子の孝平だったのに、三年前に同じように石段から落ちて、今の私の体に、あゆみになってしまった訳。入れ替わりってやつね。もちろん、孝平も同じように昔はあゆみだった。だから今、私達に起こったことは、入れ替わったというよりも、元に戻った、って言った方が正確なのかもしれない。

「孝平のふり……上手くできるかな……」
「って、昔はあゆみが俺……孝平だったんだぜ」
「そうはいってもさ。私ずっとあゆみだったわけだし……」

 そう、元に戻ったといっても、心配は山ほどある。私はこの三年間、ずっと女の子として、あゆみとして生きてきた。だからもう仕草も口調も、考え方だってもう女の子になっちゃっている。今更男の子に戻れたって……上手くいくはずない。

「まあ、昔を思い出してなんとかなるだろ」
「ねぇ、本当に大丈夫?」
「仕方ないだろ。また元に戻るまで」
「また、っていつよ」

 楽天的な孝平の言葉に、私はついつい突っ込みを入れてしまう。そう、また入れ替わってしまったけど、また元に戻る保証なんてない。下手すれば一生このままかもしれない。これが三年前に起こっていれば、私も孝平のままで、孝平もあゆみのままでいれたのに。

「……そりゃぁ……そのうち、だろ……」
「私、一生このままなんて嫌よ!」
「そう怒鳴るなよ。きっと、きっと元に戻れるって」
「そのセリフ、三年前も聞いたわよ」
「……」

 こんなやり取り、三年前に入れ替わったときもしたような気がする。元に戻れるなんて気休め、今になってあゆみになった孝平の口から聞くとは思わなかったけど。あれ? あの時はあゆみになった私が言ったんだっけ? どっちにせよ、似たようなやり取りを覚えてたのか、孝平も黙ってしまった。

「……」
「……」

 私も孝平も押し黙ってしまって、とっぷりと日が暮れてしまったのに気が付いたのは、それからしばらく経ってからだった。このままいても仕方がない。結局私と孝平は、それぞれの家へ――三年前まで暮らしていた家へ帰ることにしたのだった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 三崎家。三年前まで暮らしていた、本当の自分の家。玄関のドアを開ける前に、私はふっと見上げてみた。この家のことは思い出すことも無かったのに、いざこの前に立ってみると何となく胸にジンと来てしまう。やっぱり、なつかしいのかな。それとも、緊張しているのかな。

「た、ただいまーぁ」

 ドアを開け、ただいまの挨拶をする。緊張でちょっと間延びした声になっちゃったけど、私の中身があゆみだなんて、ばれないよね。緊張って、知らない家に上がる訳でもないのに。台所の方から孝平のママの声が聞こえてきた。

「おかえり、こーちゃん」

 三年ぶりに聞くママの声。懐かしくなって、ついつい台所に直行しちゃう。私が「こーちゃん」なんて呼ばれるの、何年ぶりだろ。台所に入っていくと、料理の準備をしているママがいた。ママ……私、帰ってきたんだよ。

「あら、お腹空いてるの? ごはんできるまで、そこのチップスでも食べてなさい」
「う、うん……」
「あら、どうしたのよ。出来たら呼ぶわよ」

 ママのそばに近づこうとする私を、ちょっと不思議そうにちらりと見ただけで、準備を続けるママ。そうだ。今の私は「毎日顔を合わせている孝平」なんだ。三年ぶりに会った私の思いなんて、分かる訳ないよね。私は慌ててポテトチップスの袋を掴んで、二階の自分の部屋――孝平の部屋に上がっていくしかなかった。

 孝平の部屋のドア。あの時と変わってない。でも、中はどうだろう。孝平の部屋ってことは、クラスメートの男の子の部屋。知らない相手じゃなくても、そう思うと何か緊張してしまう。だから、帰ってきた、という気持ちよりも、お邪魔します、という気持ちでそっとドアを開けた。そこは――

「な、なによこれ〜」

 目に入ったのは散らかっている部屋。ちょ、ちょっと。私が孝平だった頃はもうちょっと片付けてたわよ。……まあ、ママが時たま片付け手伝ってくれたけど……それにしても、ねぇ。男の子なんて、こんな物なの?

 とりあえず、ベッドの上に脱ぎ散らかしてある孝平のパジャマを脇にのけて、身体を投げ出す。ちょっとベッドが短い感じもするけど、錯覚なんだよね。孝平の身体はもちろん私より背が高いし、三年前に比べると、背が伸びているんだから。

「私の……お、俺の部屋……」

 天井の「サンライズ嬢。」のポスターを見ながら、何げに、孝平の言い方を真似て声を出してみた。変声期を過ぎた、男の声。男言葉が当然のようにピッタリ来るんだけど、声を出している私は、やっぱり恥ずかしい。男言葉なんて使わないから、恥ずかしいのも当然だと思う。恥ずかしさをごまかそうと、思わず枕を抱きしめてしまう。

「私、これからどうしよう……」

 私が本当の孝平なんだろうけど、この部屋の主は今の孝平だ。私は今の孝平になれるのだろうか。私はもう、自分でもあゆみだと思っているから。この三年間、私は「孝平」から遠く離れてしまった。それは孝平も同じなんだろうな。

 ポスターの中の、私と同じ年頃のアイドル達。この中で、孝平は誰が好みなのかな。そんな事を考えながら、いつの間にかうとうとしていた私だった。



<つづく>




あとがき

 急に入れ替わりものが書きたくなりました。入れ替わり方法はオーソドックスな階段落ちですが、主人公のあゆみちゃんは落ち着いたものです。なにせ彼女は……まあ、本文をごらんくださいませ。後編は孝平の身体に戻ってしまったあゆみの戸惑いを書いていきたいと思います。

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