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大階段

作:かわねぎ

 体操着に身を包んだ4人の男が屈伸運動をしながら、競技開始を今や遅しと待っていた。体をほぐしながら、何か聞かれるとまずいような感じで、小声で囁きあっている。

「ゴール手前の150段目付近がポイントだ。今から狙いを付けておけ」
「ああ、こんなチャンスは滅多にないからな」
「なあ、本当にやるのかい」
「絶対俺たちがもらうんだ。楽しみだ」

 ふっと、ゴールを見上げる4人の男達。あそこなら、あれだけの高さなら…… 幾ばくかの自信と同じくらいの不安。だが、4人ともこの日を目指して頑張ってきたのだ。そう、研究に研究を重ねてきたのだ。

 ここはJЯ古都駅。文字通り古都の玄関として観光客も多い。駅というのは集客力が高い施設なので、イベントが催されることも少なくない。今日もそのイベントの一つが行われているのであった。でもなぜ駅で体操着なのかというと……

「お待たせしました。『第5回古都駅ビル大階段駆け上がり大会』を開催いたします」

 駅長の開会の辞に、見物客から拍手が鳴り響く。ここ古都駅は数年前に駅舎が建て替えられ、駅ビルの7階に相当する高さの階段が作られたのであった。もちろんエスカレーターも設置してあるので、何の意味があるのか分からないが、確実に市民の憩いの場として親しまれているのであった。

「171段の階段を見事駆け上がり、優勝して名前をプレートに刻んでいってください。皆さんの健闘を祈ります」

 その大階段を一気に駆け上ろうという趣旨のイベントが、今日の大会なのであった。既に5回を重ねているというのだから、好評なのだろう。

 しかし、相手は階段。ただ走るのとは使う筋肉が違う。おなじ「脚力」でも、速いだけでは有利にならないのである。それでも集まった物好き……じゃなかった、チャレンジャーは70チーム、280人にも上っているのだ。

「では、7チームごとに駆け上がってもらいます。ゼッケン番号順にスタート位置についてください」

 進行役の指示がスピーカーを通して選手達に伝えられる。最初の7チームがスタートラインにつくと、見物客からの声援が飛ぶ。対する選手達は少し緊張気味。表情も引き締めて、上目遣いにゴールを見つめている。

「位置について……ヨ〜イ……スタ〜ト!」

 ピストルの音と共に、駆け出していく選手達。さすがにスタートダッシュは勢いがいい。段数が増えるにつれ、段々と疲れが見えてくるのは皆同じようだ。

 冒頭の4人の男達も出番を待っている。スタートを同じくするグループがまとまっているのだった。

「さて、俺たちは6番目か」
「一緒にのぼってくのは、ここにいる連中だな」
「確かに好みがいるけど……本当にやるのかい?」
「敵を知れば百戦危うからず。じっくり観察しておこう」

 どうやらこの4人、体力勝負だけではないらしく、何らかの作戦を立てているようだ。その「作戦」にも自信があるようで、競争相手を観察する余裕すらあるらしい。

「ほら、後半は足がもつれる事も珍しくないんだ」
「お前の言うとおり、ゴール手前が狙いか」
「うまく行くのかな……相手がいるんだよ……」
「大丈夫大丈夫。それよりも急ぎすぎるなよ」


 そうこうしているうちに、6組目のスタートとなった。スタートラインにつく4人。全部で男女混合28人が息を呑む。

「位置について……ヨ〜イ……スタ〜ト!」

 ピストルの音と共に、階段を駆け上る28人。スタートダッシュで勢いよく駆け出す者、堅実に駆け上がっていく者、スタイルはそれぞれである。男達4人はというと、ちょっとスタートに遅れてしまったようだ。いや、作戦があるのだから、後半で挽回するのだろう。

 さすがに100段目も越えると、疲れが目立ってくる。一番最初にスタートダッシュを決めていた選手は、既に追い抜かされている。選手全体のペースが落ちてきているのだった。もちろん男4人も体力を温存していたとは言え、例外ではない。

「ここからが……正念場だ……」
「くっ……せっかくのチャンスを……逃して……たまるか……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「つかず……離れず……最後が……勝負だ……」

 140段。必死で前の選手を追い抜こうとする。自分も疲れているが、相手もそれ以上疲れているはずだ。もはや機械的に動いている足に、さらに喝を入れる。少しでも前に出なくては。

 だが、追い抜こうとする瞬間、ペースを無視して無理に足を動かしたせいか、体のバランスを崩してしまう。バランスを取るために、両手をばたつかせてしまう。しまった、つかまる物がないと、万が一後ろに転んでしまったら……階段の150段目……

 一人目。女子高校生チームの選手は今時の娘にしては珍しく髪を染めてない。
「あ、足がもつれた♪」
「ちょ、ちょっとおおぉぉぉぉ……」

 二人目。この選手は普段から運動をしているのだろうか。髪もショートでスポーツウーマンタイプ。
「おおっと」
「危ないわねぇ! 一人で転んでなさいよ」
「いーえ、貴女もご一緒に♪」
「放してえぇぇぇぇ……」

 三人目。OLチームの選手はポニーテールに結んだ髪が何となく色っぽい。
「恨みはないんだけど、ごめんね♪」
「え、ええっ? きゃあああぁぁぁぁ……」

 四人目。小学生チームの少女は色気よりも健康的な雰囲気なのだが、意外に発育が良かったりもする。
「あららら♪」
「いやあぁぁぁぁ……」

 見物客が見守る中、4組の男女がもつれ合うように大階段を転げ落ちていく。落ちる途中で助ける事も出来ず、大会始まって以来の「事故」はこうして起こったのであった。


  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  


「こんばんは。6時のニュースです。今日JЯ古都駅の大階段で、自慢の健脚を競う『駅ビル大階段駆け上がり大会』が催されました。」

「競技中、数名の選手が転がり落ちるというハプニングがあり、安全対策上問題がなかったか、関係者から事情を聞いています」

『ちょっと、あたしは違うのよ。ねぇったら、違うの!』

「なお、負傷した選手は近くの病院で手当を受けておりますが、怪我は軽いものの、記憶に多少の混乱が見られとのことです。そのため警察では、回復次第、事情を聞きたいとしています」


  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  


 4人の女性が病室のテレビでニュースを見ていた。4人とも絆創膏が貼ってあったり、湿布を当てられていたり、痛々しい姿だが、大怪我という物ではない。どうやらニュースでやっていた、転がり落ちた選手らしい。その中の高校生位の少女が初めに口を開く。

「おい、痛い目にあった甲斐があったな……」
「ああ。全員望みの結果になったし、階段さまさまだな……」

 体の節々が痛むのか、時々顔をしかめながらもショートカットの女性がそれに答える。

「あの『男子選手』大丈夫なのかな……」
「頭を強く打ったからな。突拍子もないこと言うかもな……」

 ポニーテールの女性が戸惑ったような口調で「男」達の心配をすると、小学生の少女がどうでもいいんじゃないかと言った感じで答える。
 この4人の女子選手は軽い怪我もしているものの、嬉しそうな表情をしていた。大階段駆け上がり大会はリタイアしてしまったのに、何故なのだろうか。



あとがき

 え〜、実在の団体、競技とは一切関係がありません(笑)。と言っても、分かる人には分かる京都駅です。「交通新聞」のニュースを見ていたら、こんな大会をやってるという話があったので、ネタにしてみました。階段と言えばもちろん伝統の入れ替わり。去年の少年少女文庫関西オフ会の時も「この階段から落ちたら……」なんて皆さん言ってましたものね。でも実際あそこで階段落ちしたら死ぬぞ、たぶん。

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