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新性紀エヴァンゲンドウ

 


 
水・・・・
 
水の色・・・・
 
どんな色?
 
青?
 
赤?
 
それとも、白?
 
 
いいえ、違う
 
それはたぶん・・・・
 
 
生命(いのち)の色・・・
 
 
 
水より生まれしこの生命(いのち)・・・
 
いつの日にか水に返り、無に帰る・・・
 
それが宿命・・・、わたしの希望・・・
 
そう思っていた
 
 
あの日までは・・・
 
 
 
碇司令・・・
 
あの日、あなたに助け出されて
 
心の中に何かが生まれた
 
わずかばかりの小さな思い
 
 
これが絆・・・?
 
 
 
碇司令
 
あなたはいま
 
どこにいるの・・・?
 
わたしの心に絆を残して
 
どこにかくれているの・・・?
 
 
 
でも・・・わたしは信じる
 
あなたがくれた心の絆
 
この思いがある限り・・・
 
あなたは笑ってこう言うでしょう
 
 
「・・・(にたり)問題ない」
 
 
 
「あの・・・綾波さん・・・?」
 
「・・・なに?」
 
 不気味笑いを浮かべていたレイに、クラス委員長を務める洞木ヒカリがおずおずと話しかける。とたんにいつもの鉄面皮に戻ったレイが、不機嫌そうな口調で返事をした。
 じっさい不機嫌だった。せっかく幸せな思いに浸っていたのに、水を差された気分だ。水にもいろいろあるらしい。新しい発見だ。
 
「笑うことはすごく良いことだと思うの。思うけど・・・そのヘンな笑い方はよした方が良いんじゃないかしら?」
 
「・・・・なぜ?」
 
「その・・・なんというか・・・・不気味だから・・・」
 
 よけいなお世話だ――そう思う。なぜこの人はいつも私にかまうのだろう? 委員長というのはそれほどヒマなのだろうか? かまって欲しくないのにかまおうとする。
 他の人なら、なぜか怒ってかまわなくなるのに、この人だけは困った顔をしながら(なぜ?)いつも話しかけてくる。
 私はいつも変わらないのに、私に対する反応はいろいろあるらしい。新しい発見だ。
 
「・・・問題ないわ(にたり)」
 
「・・・・・・・・(汗)」
 
 ふたたび不気味笑いを始めるレイに、さすがのヒカリも引いた。後頭部に汗のしずくを残しながら引きつっているヒカリと、不気味少女の姿を見やりながら、六分儀ヒトミは義憤に駆られていた。
 
(いったい誰だ? レイにあのような不気味な笑い方を教えたのは? 冬月か赤木博士に問いたださねば。あれでは妖怪ではないか)
 
 後日この詰問をした際、ヒトミはふたりに、無言で鏡を手渡されることになる。
 まだまだ自省のたりないヒトミであった。
 
 
 さて、その頃・・・
 
「第三新東京市よ。『ぼく』は帰ってきた、ってか?」
 
 古い国産のスポーツカーから降りたって、脳天気な口調で呟いたのは、年の頃20代前半くらいに見える、180センチを超える長身の美女である。
 質感の柔らかい黒髪を腰まで伸ばし、先端でくくってエビテールにしている。碇シンジや綾波レイによく似た柔和な顔だちだが、その双眸には経験を重ねた者だけが持つ超然とした輝きが宿っている。
 美女は気合いを入れるようにショルダーバッグの肩ひもをかけ直すと、小悪魔めいた笑いを口元に浮かべた。
 
「さて、それじゃ、かつての同僚たちと再会と行きますか。――もっともあっちにとっては初対面でしょうけど」
 
 意味深な台詞を吐いてから、ハイヒールとタイトスカートに包まれた長い脚を翻し、再びスポーツカーに乗り込む。重厚なエンジン音が響いた。
 これより数日後、ネルフ保安部の人員リストにあらたな人物の名前を見ることになる。
 
 KEI IKARI ――碇 ケイ  と
 
 
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第四話  ケイ、扉のむこうに
 
 
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 灼熱の陽射しが空気を焦がし、うだるような熱気となってあたりに立ちこめる。
 要するに――暑い!!
 夏である。セカンドインパクト以降、常夏の国になった日本での体育の授業と言えば、定番のパターンになりつつある。つまり――女子はプール、男子はグラウンド(たまに講堂)でサッカーかバスケットボール。
 プールの授業はときどき交代するので、不公平と言うことはないが、炎天下でボールなどを追い回している男子にしてみれば、たまったものではない。「サボるんじゃないぞ」と言い置いて職員室に戻った教師の台詞を当然のように無視して、たちまちサボる奴が続出し、グラウンドはハイキングのランチタイムのような様相を呈してくる。
 碇シンジもまたサボリ組のひとりである。暑さに参ったというより、元々運動全般が苦手なので、便乗してサボっているにすぎない。
 そんな彼が、ぼんやりとある一点を見つめていることに気づいて、鈴原トウジ、相田ケンスケのふたりがシンジに話しかけてきた。
 
「よお、センセ、何見てんねん?」
 
「あれって・・・綾波だろ?」
 
「・・・え?」
 
 シンジの視線を追ったケンスケが言うと、いま初めて気づいたような声を上げるシンジ。
 
「ホントだ。いたんだ、綾波」
 
 シンジの素っ気ない態度に、ひやかそうと構えていたふたりは、気を抜かれて溜息を吐いた。
 
「なんや、気ィ付いてなかったんかい」
 
「薄情なヤツだな。パイロット仲間だろうに」
 
 ふたりの非難するような口調に、シンジは「そんなこと言ったって」と声を上げたが、彼らは聞いていない。内面はともかく容姿では学校中を探してもトップクラスのレイを、置物のように無視できるシンジの鈍感さに、心底あきれているようだ。
 
「ま、しゃーないかな? センセはあのメガネの姐さんと、相思相愛やしな」
 
「どんなに美人でも、いまや眼中に無しか。」
 
「無理もないわな。あの姐さん相手やったら、浮気なんかして見ィ。地獄見るで」
 
 実際にヒトミに「地獄」を見せられたトウジが、わざとらしく震えてみせる。彼ら――いや、学校中の生徒たちのほとんどが、いまや碇シンジと六分儀ヒトミのふたりを「相思相愛のカップル」として認識しているのだ。これにはある事情が存在するのだが、それについてはあとで判明することになる。
 シンジはむくれたように視線をプールの方に戻した。さっきはヒトミを探していたのだが、今度はフェンスに身体を預けてぼんやりしているレイの方に注意を向ける。
 
 
 綾波レイ 14歳
 マルドゥック機関の報告書によって選ばれた、最初の被験者(ファースト・チルドレン)
 エヴァンゲリオン試作零号機 専属操縦者(パイロット)
 
 過去の経歴は白紙 すべて抹消済み
 
 
 ひょんな事からレイのプロフィールを見る機会があり、好奇心から覗いてみた結果がこれであった。レイ本人も極端に寡黙で、ろくに口をきこうとしないとなると、なんの権限も持たないシンジでは調べようがない。
 
「こらああっ! お前ら、いつまで遊んどる! いま座ってるヤツ、全員グラウンド十周追加だ!!」
 
 職員室から戻ってきた体育教師が怒号を発し、生徒たちはあたふたと立ち上がる。シンジもまた皆に倣い、グラウンドに駆け出す。
 
 一方、女子のプールの方では汗だくで走らされてる男子と違って、みんなゆうゆうと水遊びの最中である。例外は、生理痛の関係で見学している六分儀ヒトミくらいだろう。
 そんな中にあって、やはり綾波レイの肢体の美しさは際立っていた。白子(アルビノ)であることを差し引いても、しみひとつない滑らかな白い肌と、スレンダーでありながら、要所要所では肉感的なまでに柔肉が集中している、見事なプロポーション。
 もっともレイ本人は、そんなことにはまるっきり無頓着で、相も変わらずマイペースを貫いている。プールに見事な飛び込みを決めて、人魚のように見事な泳ぎを見せて、プールから上がってきたその表情も、いつもと同じのクール・ビューティーである。そんな彼女に、女生徒たちは深々と羨望の溜息をついたが、その中には日焼けよけにツバの広い帽子をかぶって見学していた六分儀ヒトミも含まれていたのである。
 
(はあ〜〜っ・・・・キレイ・・・。私ももう少し成長すれば・・・って、なんだと!?)
 
 ぼんやりと考えていた内容に、愕然となるヒトミ。
 
(最近こんな事ばかり考えているような気がする。・・・・マズイ、このままでは非常にマズイぞ!!)
 
 頭を抱えてイヤイヤをするヒトミに、周囲の女生徒たちは不思議そうな視線を送ったが、その姿を監視カメラ越しに見ていた保安部員の方は、タダではすまなかった。一瞬に萌え上がって暴れ回り、銃を手にしたところを仲間にタコ殴りにされ、一週間の入院生活を余儀なくされてしまった。合掌。
 苦悶するヒトミに、不意にレイの視線が投げかけられた。感知するように見返すヒトミ。絡み合うふたりの視線。気まずげに目をそらして、ぷいと横むくヒトミ。
 レイの脳裏に、ある光景がフラッシュバックした。
 
 
 ――レイ、身体は大丈夫か?
 ――ハイ、問題ありません。三日ほどで退院できます。
 ――そうか。ならば良い。
 そう言って、ぷいと顔をそむけた碇司令。
 
 
 まただ・・・。なぜ・・・?
 なぜ彼女を見ていると・・・
 碇司令を思い出すの・・・?
 
 無表情のままで悩むレイの耳に、体育教師のホイッスルの音が響いた。
 
 
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「・・・では予定通り、レイによる零号機の起動実験は、三日後と言うことで、よろしいですね、いか――六分儀司令?」
 
「ああ・・・・問題ない」
 
 ネルフ本部 司令執務室
 この無駄に広い空間の中で、ヒトミ、冬月、リツコのネルフトップ3による会議が行われている。ヒトミのナナメ後方に電柱のように突っ立っている冬月や、クリップボードを手に報告するリツコはともかく、総司令たるヒトミはと言えば、黒檀製の重厚なデスクに両肘をついて、顔の前で手を組む、いわゆる「ゲンドウポーズ」を取っているのだが、縮んでしまった四肢と上背のせいで、どう見ても教会で懺悔する中学生の少女にしか見えない。失笑を堪えるのに苦労するふたりである。
 
「では、そのように・・・・え?」
 
 リツコの携帯端末が呼び出し音を奏でた(曲は『黒猫のタンゴ』)。訝りながら通話ボタンを押して会話するリツコ。
 
「なに、マヤ? ・・・・ああ、かまわないわよ、いま終わったところだから。
 ・・・私に面会? ・・・・髪の長い美人? ミサトより背の高い女? ・・・心当たりないわねえ・・・。
 良いわ、会いましょう。第三実験室に通しておいて。すぐ行くわ」
 
 一方的に通話を打ち切ると、リツコはふたりに頭を下げた。
 
「それでは失礼します。急用が入りましたので」
 
「ああ・・・・ご苦労だった」
 
「それじゃ、あとで伺います」
 
 本日行われる葛城家でのホームパーティの出席を告げ、リツコは執務室を出て行った。ヒトミは首をめぐらせ、会議の間、笑いを堪えるような奇妙な顔をして一言も発言しなかった電柱老人を、眼鏡越しの瞳で睨みつけた。
 
「冬月、貴様さっきから何を笑っている?」
 
「いやなに・・・」
 
 冬月は悪びれず、懐から一枚の写真を取りだした。
 
「これを見てしまってはな。平然とお前と話をするのが難しくて仕方ない。まあ許せ」
 
 そう言って笑う。うぷぷぷ、と吹き出す寸前の冬月から、写真を引ったくって見てみると、そこには――
 雨の中、全身ずぶ濡れになりながら、震える少女の身体を、ひとりの少年が優しく抱きしめている。泣いている少女の顔も、幼いながらも頼れる男の表情を見せている少年の顔も、この上もないはっきりとした映像を映し出していた。なかなか見事な『作品』と言えよう。
 ――言うまでもなく、少女はヒトミ、少年はシンジである。
 
「・・・・・・・・・・・・どこでこの写真を?」
 
 震える口調でヒトミがそう訊くと、笑いの発作で息も絶え絶えの冬月は、途切れ途切れに答えた。
 
「ほれ・・・先日・・・初号機のエントリー・プラグに・・・入った少年がいただろう?」
 
「ああ・・・ジャージとメガネか・・・」
 
「そうだ。・・・メガネの彼・・・たしか相田くんと言ったか・・・。彼の作品だそうだ。保安部の連中が・・・・買い求めておったのでな・・・何枚か回して貰った」
 
 当然の事ながら、この写真が第一中に広がったせいで「シンジ©ヒトミ」の図式が、ほぼ認知されることになったわけだが、お約束と言うべきか、当事者であるシンジたちには何も知らされていない。また、余談ながら、ネルフの各支部のトップにもこの写真は回されており、様々な波紋を巻き起こすことになる。
 冷徹鋭利で知られるドイツ支部の司令などは、切れ者としてはゲンドウと双璧をなすと言われる人物だが、今回の顛末と写真を見て、司令室のデスクの前で「馬鹿笑い」という名のトランペットを吹き鳴らす事になった。吹きすぎて椅子ごと転倒すると言う、オマケまでつけて――。
 
「・・・そーか・・・あのメガネめ・・・・ふふふふ・・・・」
 
 ぐしゃり、と写真を握りしめながら、ヒトミは底冷えのするような声で笑った。となりでは冬月が、発作に耐えかねてついに大笑いを始めた。
 
「ぷっ! ・・・・くくく・・・がはははあはははっ!!!」
 
「ふふふふ・・・・・・くくっ!」
 
 だだっ広い司令室に、老人と少女の笑い声が不気味にこだました。
 
 
 後日、学校裏でひとりの男子生徒が、全身に9発の殴打を喰らい、「人誅」と書かれた紙を貼り付けられた状態で発見されるが、それはこの物語の本筋とは何の関係もない余談である。
 
 
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「は〜〜い、おまたせ〜〜〜♪」
 
 呼吸する酒樽、などと陰口をたたかれているネルフ(無能)作戦部長、葛城ミサトの脳天気な声が、葛城家のリビングにこだました。嬉々とした表情でカレー(と、本人が主張する謎の物体)の入った両手鍋をささげ持ち、浮かれたような足取りでリビングに入ってくる。
 対してリビングに集まっている一同の顔は、一様に表情が苦い。ミサトの被保護者であるシンジやヒトミは言うに及ばず、招待客であるリツコもまた、不覚だったと言わんばかりのしかめっ面である。三人の暗い表情に気づいて、ミサトが呆れたような声を上げた。
 
「なによ〜、みんなして冴えない顔しちゃって。せっかくのパーティーなんだから、もっと明るく行きましょ♪」
 
「・・・・誰のせいで暗いと思ってんのかしら、この味音痴は?」
 
 苦々しげにリツコが呟いたが、浮かれた表情のミサトには聞こえなかったようだ。三人分の皿にカレー(には見えない物体)を取り分け、自らはジャンボサイズのカップラーメンに、惜しげもなくルーを流し入れる。
 
「さあ、頂きましょう♪」
 
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
 
 豪快に麺をすすり込むミサトに対して、三人は同じように固まっている。彼らの目前に「さあ、私を食べて♪」とばかりに鎮座しているモノは、一体なんだろう? カレーだと作った本人は主張しているが、そもそも虹色のカレーなど、この世に存在するのだろうか? 匂いを嗅ごうにも、すでにそれが発する強烈な臭気のために、嗅覚などとうに麻痺している。ただ麻痺する前に感じたあのニオイは、何かに似ていた。あれは確か・・・・?
 ・・・・・・・・・・・・・・・ドリアン?
 
「なにみんな固まってるわけ? 食べないの? 美味しいわよ?」
 
 どう考えても旨いとは思えないシロモノを、欠食児童のようにむさぼり食うミサトの台詞に、説得力など皆無だ。とは言え、そのままでは事態は進展しない。意を決したリツコは決死の覚悟を決めてスプーンを手に取った。やや遅れてヒトミもそれに倣い、シンジもしかたなく手を伸ばす。
 
「今日のはいつにも増して傑作だからね。心ゆくまで味わってちょうだい♪」
 
 にこにこと話しかけてくるミサトの笑顔を、意識的に視界の隅に追いやり、「傑作」をスプーンに乗せてしばし睨みつけた後、思い切ってぱくっと頬張る。
 三人の意識が白濁した。
 
 
 
「・・・シンジくん、引っ越したら? こんな同居人のために感性と忍耐心を摩滅させるのは、大いなる犯罪だわ」
 
「・・・そうですね。ぼくもいま本気で考えたところです」
 
「ちょ、ちょっとお! どういう意味よお!! ・・・・・う」
 
 リツコとシンジの辛辣きわまる物言いに、ミサトは抗議の声を上げるが、次の瞬間ふたりの殺人的な眼光を受けて沈黙した。
 
「どういう意味? 本気で訊いているのかしら? 良いわよ、いくらでも教えてあげる」
 
「そうですね、ぼくからも教えたいことありますし、リツコさん、今日は徹夜になるかも知れませんね」
 
「そうね。でもこれは必要な事よ。私としてもここらでストレスを解消する必要があるしね。――特に今日は」
 
 そう言って、申し合わせたようなタイミングで、ミサトをギロリと睨む。
 ふたりの(特にシンジの)ただならぬ剣幕に、たじたじとなるミサト。理不尽だと思いながらも何とかなだめようとするが、よほど腹に据えかねているのか、ふたりの勢いは収まる気配を見せない。
 
「・・・・・・・・・・・・・・!」←リツコの恨み辛みの数々
 
「・・・・・・・・・・・・・・!」←シンジの日頃の鬱憤の数々
 
 表記不可能な罵詈雑言のオンパレードだが、ミサト自身にも多少の自覚があるのか、一言も言い返せない。脂汗をだらだら流しながら、ひたすら恐縮しているしかない。
 食事会から大説教大会に移行したリビングの隣の部屋では、しこたま戻してしまったヒトミが、濡れタオルを額に載せて、横になっていた。原因となった物体は、鍋ごとガムテープでがんじがらめに封印した後、「産業廃棄物につき、取り扱い注意!!」の警告文を貼り付けてある。使用した皿もスプーンも、すべて廃棄処分だ。
 ヒトミはゆっくりと身を起こした。家の中には、例のドリアンめいた臭いがまだ漂っている。外の空気を吸ってこようと、ふらつく足で立ち上がった。
 リビングでは今も説教の最中だった。ふたりにさんざん絞られているミサトは、いまや即身仏のようになっていたが、ふたりはまだ許してやるつもりはないようだ。ヒトミとしても同情する気にはなれないので、そのまま通り過ぎて玄関にむかう。
 扉を開くと、別天地だった。いままでいかに悪い空気の中にいたのかがよく判る。ドアを閉めて旨い空気を満喫していると、ふと奇妙な物音に気づいた。
 マンションの一室である葛城家の隣の部屋に、何人かの男たちが作業員の格好をして、出入りしていた。ヒトミには彼らの顔に見覚えがあった。ネルフの諜報部員の連中である。
 どうやら盗聴器を仕掛けているらしいが、ネルフで買い取っているこのマンションに、誰が入ると言うのか? 立場的には総司令であるヒトミだが、ゲンドウ時代と違って、すべての報告を受けているわけではない。ネルフに顔を出せない日だって少なくはない。
 こうなった原因であるユイと、便乗して楽しんでるふたりの悪魔どもに、内心で毒づくヒトミである。と、何気なく突っこんだポケットの右手が、何かに触れた。取りだして見てみる。
 
「レイのカード? ・・・そう言えば渡すように言われていたな」
 
 ネルフ本部の正面ゲートのセキュリティは、ハッキング防止のために不定期に変更される。そのたびにI.Dカードも更新しなくてはならず、不合理きわまりないのだが、システムというモノは、問題があるくらいでちょうど良いのだと言う。ヒトミも新しいカードを受け取ったのだが、間が悪くて居合わせなかったレイのカードを、学校ででも渡すようにと、言付かっていたのである。
 
「・・・今部屋に戻る気にはなれんな。外に出たついでだ。散歩がてら、渡してくることにしよう」
 
 そう判断して、マンションを出る。
 
 
 星のきれいな夜だった。夏とは言え、日が暮れると適度な冷気が風とともに吹き抜け、心地よい涼しさを運んでくる。鼻歌交じりに歩くヒトミは、途中ですれ違った国産の古いスポーツカーに乗った人物が、自分を見つめていたことに気づかなかった。
 
「なんとまあ、可愛くなっちゃって。成長すれば、あたしとタメを張るかも。ふふっ、楽しみ楽しみ♪」
 
 悪戯っぽい口調でそう呟くと、スポーツカーの美女は、エンジンをスタートさせた。派手なアクセルターンを決め、愛車“Z31改”は重厚なエンジン音を響かせて走り去って行く。
 
 
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「・・・う・・・!?」
 
 目の前の光景に、ヒトミは絶句した。どう控えめに表現しても・・・
 廃墟だ。
 
(こんな所に・・・レイは住んでいるのか・・・!?)
 
 さっきまでの爽やかな気分は吹っ飛んでしまった。冗談抜きで、怖い。レイの私生活に今まで無頓着だった自分が恨めしい。いかに自らの野望のために、手段を選んでいなかったとは言え・・・。
 可能な限り、早く引っ越しをさせなければ・・・・!
 断固たる決意のヒトミだが、それがヒトミ自身の女性心理の発露のひとつである事には気づいていない。要するに――自分だったらこんな怖い所に、一分一秒だって居たくはない――と言うことにつきる。まあ、男でもあまり住みたい場所ではないだろうが。
 明かりがないため、足下のガレキを慎重に避けながら、少しずつ進む。当然のことながら、なかなか前に進まない。気味悪さと恐ろしさが一歩ごとに増幅され、ヒトミの心臓は、いまや早鐘のような鼓動を鳴らしている。
 もしこんな時に、ここに棲みついている浮浪者なんかが、ぬっと出てきた日には・・・
 
「・・・何をしているの?」
 
「! きゃああああああああああっ!!」
 
 絶妙なタイミングでかけられた声に、ヒトミはパニックに陥った。腰を抜かして四つ足でバタバタと逃げ惑い、壁に頭をぶつけてしまった。
 声をかけた人物は、ポケットからペンライトを取り出すと、頭を抱えて震えているヒトミを照らし出した。
 
「・・・六分儀さん?」
 
「だ・・・誰!?」
 
 震える声で誰何するヒトミに、その人物は無言でペンライトの光を、自分の顔に当ててみせる。
 
「レ・・・あ、綾波さん・・・・! きゃあっ!!」
 
「・・・どうしたの?」
 
 不思議そうな声で問うレイ。ヒトミには言えなかった。下からライトを当てたため、レイの顔が般若に見えた、などとは。
 
 
 
「・・・はいって」
 
「・・・お邪魔します・・・」
 
 ふたりの少女は互いに言葉少なに部屋に入ってくる。レイはそのまま台所に向かう。お茶の用意をするらしい。ヒトミはレイの自室に入り、そこでまた絶句する。
 脱ぎ散らかしたパジャマ、血まみれの包帯などが無造作に散らばり、ゴミや綿ぼこりなどがうっすらと積もっていて、外観に負けず劣らずの荒廃ぶり。なにより異質なのが、人が住んでいれば必ずするはずの「生活臭」という物が皆無な点だ。ひとことで言って、廃校の保健室、と言ったところか。
 いかに当初、レイを人形のように考えていたとは言え、良くこれだけ外道な真似ができたものだと、妙なところで感心し、次の瞬間落ち込んだ。
 忸怩たる思いで部屋を見回していたヒトミは、机の上に見覚えのある物を発見して、歩み寄った。口の開いた眼鏡ケースと、少し歪んでレンズにヒビの入った半ブチの眼鏡。ツルの部分にレタリングの彫り込みがしてあった。G.IKARI と。
 
(これは・・・・私の?)
 
 そう、それはヒトミがゲンドウであった頃、エヴァ零号機の起動実験失敗の際、彼がかけていた眼鏡であった。
 暴走し、ところかまわず殴りつける零号機を緊急停止させた際、エントリープラグの射出装置の誤作動により、せまい実験棟を、レイを乗せたプラグが暴れ狂ったのだ。
 いかにL.C.Lが満たされたプラグとは言え、人間ひとりをシェイクするには十分すぎる程のダメージを受け、レイは瀕死の重傷を負ってしまった。
 その時灼熱のエントリープラグにいち早く駆け寄り、沸騰したL.C.Lから救い出したのがゲンドウだったのだ。両掌に大火傷を負いながらも必死で自分を救い出してくれたゲンドウに、レイはこの上ない絆を感じ、それ以来、熱で歪んだ彼の眼鏡を「絆の証」として、大切にしてきたのだ。
 ヒトミは、かつての自分の眼鏡をかけ、当時のことを反芻する。そして苦い思いを味わうのだった。
 なにが絆だ。自分がレイに与えたのは、絆ではなく楔(くさび)だ。そんな物のために、何も知らずに生きているレイに、あれこれ言う資格が、自分にあるのか?
 かたん! と、音がした。
 戸口を見ると、レイが大きく目を見開いて、ヒトミを見つめていた。
 
 ――碇司令!?
 
 しばし、空白の時間が流れた。先に動いたのはヒトミだった。
 
「・・・あ! ご、ごめんなさい。勝手に触って」
 
 慌てたように眼鏡を外し、折りたたむ。レイはヒトミの台詞に我に返ったように無表情に戻り、お茶の載ったトレイを手に歩み寄る。
 トレイを置き、差し出された眼鏡を受け取って、ていねいにケースにしまう。しばしケースに頬ずりし、何かのぬくもりを感じる様に目をつむる。ヒトミはレイの無垢な表情に、またも心に突き刺さるような痛みを感じた。
 
 ――レイ、許してくれなどという資格は、私にはないのだろうな・・・?
 
「お茶、飲んで」
 
「――あ、はい」
 
 寡黙な少女ふたりのお茶会だった。レイに対する後ろめたさもあって、ヒトミはすぐには口を開けない。対するレイもまた、間を保たせるために会話をする、などという処世術は始めから教えられていない。
 ふたりして三杯目のお代わりを干してから、ようやくヒトミが口を開いた。
 
「あの・・・新しいカード・・・届けにきたから・・・」
 
「そう・・・」
 
 レイが言葉少なに応じ、カードをていねいにしまい込む。
 そして、またしても沈黙。ヒトミとしては、なんとも間が保たない。レイの方を見ても、内心でどう思っているにせよ、表面上は無反応である。
 会話の糸口を探して悩むヒトミの懐で、携帯電話が呼び出し音を鳴らした。ちなみにこの電話、以前リツコに渡された物を破壊した後、自分で秘密裏に契約してきた物である。ヒトミ自身は、これで以前の「女性化電波」から逃れることができたと安心しているが、じつは実験の際にリツコによって密かに回収され、電波発生装置をしっかりと仕込まれている。むろん気付かれないように前回よりは効果の薄いものだが、深層意識にはしっかりと働いており、ヒトミの意識改革に多大なる影響を及ぼしている。
 そんなこととはつゆ知らず、通話ボタンを押して口を開く。
 
「・・・・もしもし・・・・シンジ・・くん!?」
 
 受話器から聞こえてきたのは、同居人であり、なぜかいろんな意味で気になる元息子、碇シンジの声であった。知らず知らずのうちに頬が紅潮し、返事をする声もうわずってくる。
 
『急にいなくなったから心配したよ。駄目じゃないか、夜に女の子がひとりで出かけたりしちゃ』
 
「問題・・・いえ、ごめんなさい」
 
 一瞬『問題ない』と、いつもの台詞を言いかけて、あわてて言い直す。シンジも特に気にしなかったようで、「よかったよ、何事もなくて」と笑ったが、目前のレイはヒトミの台詞に反応するように、一瞬目を見開いた。
 
『いま綾波のところに居るんだね? それじゃこれから迎えに行くから』
 
「そんな、悪いわ。もう暗いのに」
 
『なに言ってんの。女の子を一人で夜道を歩かせる方が、よっぽど問題だよ。それじゃ、すぐ行くから』
 
 そう言って、一方的に通話を切る。ヒトミはしばし呆然とした後、微笑んで携帯電話をしまった。
 
「碇くんと・・・・仲が良いの?」
 
 レイが唐突に口を開いた。一瞬何を言われたかわからなかったヒトミだが、言葉の意味を理解して、一気に顔に血が昇った。
 
「そっ・・そんな・・・・。わ、私は別に・・・・! しっ、シンジくんは・・・ただの同居人で・・・関係なんか・・・これっぽっちも・・・なかったり・・・ありそうな感じだったりして・・・でもでも・・・!」
 
 真っ赤な顔をイヤンイヤンと振りたくり、意味不明の台詞をまくし立てる。レイはそれには構わず、無言で懐中電灯を用意すると、わたわたしているヒトミに差し出した。
 
「帰るんでしょ?・・・使って」
 
 
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「・・・綾波って・・・こんな所に住んでたのか・・・?」
 
「・・・ええ・・・」
 
 幽霊屋敷そのもののレイのマンションを呆然と見上げながら、シンジは呆れたように呟いた。
 
「・・・なに考えてるんだ、父さんは。中学生の女の子をひとりでこんな所に住ませるなんて!」
 
「・・・・・・・・・・」
 
 憤慨することしきりのシンジである。間接的に弾劾された形のヒトミだが、二重の意味で弁解するわけにもいかず、沈黙しているしかない。その沈黙を恐怖と(レイに対する)同情だと誤解したシンジは、安心させるように微笑んで、ヒトミに話しかけた。
 
「すぐに父さんに連絡して、綾波に引っ越して貰えるように頼もうよ」
 
 シンジの優しい言葉に、ヒトミはまたしても血圧が上昇するのを感じた。照れ隠しするように顔を背け、「そ・・そうね、それが良いわね」と答えるのが精一杯であった。
 夜道を歩くふたり。シンジ自身は「女の子の一人歩きは危険だ」などと言ったものの、もう少し自分自身に対しても考慮した方が良かったかも知れない。ネルフの最重要VIPである「チルドレン」に、各国の諜報機関が飛びつかない訳がないのだから。
 地味なスーツを着た、いかにも会社帰りのサラリーマンと言った感じの中年男が、さりげない仕草でシンジたちのそばに近寄っていく。タイミングを計ったように、ひとりのOLと、さらにひとりの高校生が、シンジとヒトミのふたりを取り囲むように歩み寄ってくる。
 ようやく異変に気づいたシンジが、ヒトミをかばうようにして気丈な声を出した。
 
「な・・・何ですか、貴方たちは・・・?」
 
 リーダー格らしい中年男は、シンジの問いにはすぐには答えず、連携しているらしいふたりの仲間に目配せをして、うなずき合う。
 
「碇シンジくん、だね? 申し訳ないが我々とご同行願いたい。そちらのお嬢さんもね。気の毒だが、居合わせたのが不幸だったとあきらめて頂こう」
 
 どうやらこの時点では、ヒトミの存在は知れ渡ってはいないらしい。だからといって、この場合、何のなぐさめにもならない。臍をかむヒトミである。
 
「・・・ぼくたちをどうする気なんですか?」
 
 気丈にも男たちに問いかけるシンジだが、答えはにべもないものだった。
 
「それは我々の関知するところではない。さ、来て頂こう。なに、命までは取られないから安心したまえ」
 
 凄むでもなく淡々と言葉を吐く男たちに、シンジもヒトミも底知れぬ恐怖を感じた。だがそこに、脳天気な女の声が割り込んだ。
 
「あら、怖いこと。まるで映画のセリフみたいね」
 
「なに? うおっ!?」
 
 悲鳴を上げて、リーダー格の男の上下が逆転した。腹のあたりを軸に、コンパスの磁針のようにくるりと回転し、アスファルトに頭から叩きつけられる。背後から強力な足払いを喰らったのだと、一同が理解するには少々の時間が必要だった。
 襲撃者は、その時間をムダにしなかった。ナイフを構えた高校生の目前に飛び込むと、手首を掴んでナイフを無力化した後、みぞおちに肘を打ち込んで悶絶させる。
 ようやく我に返って襲いかかろうとしたOLの足下に、もぎ取ったナイフを撃ち込んで機先を制すると、瞬間移動したかのような動きでOLの目前に出現すると、腕を捕って滑るように背後に移動する。
 
「きゃ・・がっ!!」
 
「そらっ!!」
 
 気合い一閃、というより「よっこらしょ」と言う感じでOLは天秤投げに落とされた。仕上げに延髄に一発打ち込んで、とどめを刺すのも忘れない。
 最初の男が悲鳴を上げてから、わずか十秒足らずの出来事である。呆然としていたシンジたちだが、そこで初めて三人を撃退した人物が、髪の長い女性であることに気づいた。
 彼女の攻撃は終わらなかった。ジャケットを跳ね上げて、左わきから目にも留まらぬ速さで拳銃を引き抜くと、間髪入れずに発砲したのだ。
 
 BANG!! BANG!! BANG!!
 
 無造作に発射された三発の銃弾は、物陰に隠れていた三人の諜報員の銃だけを、正確に弾きとばしていた。度肝を抜かれた諜報員たちは、泡を食って逃げ散っていく。
 ここで初めて女性は緊張を解くように「ふうっ」と息を吐くと、愛銃“Cz75”のセーフティをロックして、丁寧にホルスターに収めた。その際、彼女の豊かな胸の膨らみが目に入り、シンジとヒトミのふたりは、そろって顔を赤らめた。もっとも、赤くなる理由にはそれぞれに微妙な違いがあったが。
 
「大丈夫? ふたりとも」
 
 こぼれるような笑顔で、彼女がねぎらいの言葉をかけた。
 かなり背が高い。180センチは下らないだろう。艶やかな漆黒の髪を腰まで伸ばし、先端でくくってある。
 ポニーテールならぬ、エビテールと言うやつだ。
 長身でありながら均整のとれたスレンダーな体つきと、しなやかな身のこなし。出るとこ出てる見事なボディライン。グラマーという点ではミサトにやや劣るものの、引き締まっているぶん、シャープさでは断然上である。
 そして顔はと言えば、百人が百人、声を揃えるであろう、文句なしの美人顔である。碇シンジや綾波レイとよく似た柔和な顔の造りだが、黒曜石を思わせる漆黒の瞳は、海の深さを象徴するような幻想的な色合いで、それでいてその中には、決して諦めないという活力に満ちた輝きが宿っていた。
 人の持つ光と闇を見事に具現化したような女性である。
 
 ――キレイな人だ。でも、どこかで見たような・・・・?
 
 シンジは漠然と疑問を抱いただけだったが、ヒトミの方は、そんなものでは済まなかった。
 
 ――ユ、ユイ!?
 
 そう、彼女は、ヒトミ――ゲンドウがかつて死別し、つい先日最悪の再会を果たしたばかりの妻、碇ユイに驚くほど似ていたのだ。
 困惑顔と驚愕顔のふたつにまったく頓着せず、美女は笑って右手を差し出した。
 
「はじめまして、シンジくん。あたしはあなたのお母さんの年の離れた妹で、碇ケイって言うのよ。よろしくね」
 
「え・・・? じゃあ・・・叔母さん?」
 
 とまどい気味なシンジの言葉に、美女――ケイは、頬をぷうっとふくらませ、指をちっちと振って見せた。
 
「オバさん、ってのはナシにしてよね。あたし、まだ24なんだから。あたしを呼ぶときは、おねーさんか、またはケイさんって呼びなさい。良いわね?」
 
 笑顔だが迫力のある眼光で睨まれ、シンジはがくがくと首を縦に振りたくる。ケイは満足そうに頷いた。
 
「よろしい。ヒトミちゃんもよろしくね」
 
 ケイはそう言ってウィンクした。ヒトミは放心した表情で、頷くよりなかった。
 
 
**************************************************
 
 
「レイの引っ越し・・・ですか?」
 
「そうだ。『シナリオ』が崩れた今、あえてレイをあそこに住まわせておく必要はあるまい」
 
 ネルフ本部 司令執務室
 いつもの三巨頭が、いつものように顔を揃える唯一の場所(リツコはともかく、冬月がヒトミと真面目に会話すること自体、不自然なので)。
 会議が始まるやいなや、ヒトミはいきなり「レイを引っ越しさせる」と、切り出したのだ。
 
「それはそうだが・・・しかし何故いきなりそんなことを言い出したのだ? いか――六分儀」
 
 訝しげな冬月だが、リツコの手くばせに気づいて近寄り、スクラムを組む。
 見ているヒトミは、これ見よがしの内緒話に青筋を立てるが、下手にこのあたりを突っこむと、ドツボにはまる事が経験上わかってきたので、我慢して沈黙する。
 そんなヒトミの内心を知ってか知らずか(たぶん判っててやっているのだろうが)、冬月とリツコのふたりは、ひそひそ話を開始する。
 
(昨夜シンジくんとふたりで、レイの所へ行ったそうなんです。それであまりのひどさに良心の呵責を覚えたとか・・・)
 
(ほう、良心? これはまた、奴には似合わぬ言葉を聞いたものだ)
 
(でも実のところは、シンジくんに「何とかしなきゃ」とか言われたのが原因のようです)
 
(ほうほう、恋する気持ちゆえ、と言うワケかね? けっこうけっこう)
 
(アレはなかなか順調のようです)
 
(順調のようだね)
 
 うっくっくっくっくっくっく・・・・・
 
 悪魔ふたりして笑う。
 リツコはころりと態度を変え、にこやかな顔で話し出した。
 
「わかりました。それではすでに上級士官用にひとつ、部屋を確保してありますので、そちらの方に住まわせることにしましょう」
 
「誰かと同居になるか。まあ中学生だから、やむを得んが・・・すでに?」
 
 そう言えば、と、ヒトミは昨夜見た光景を思い出した。
 
「ひょっとして、葛城一尉のとなりの部屋かね?」
 
「そうです」
 
 こともなげに答えるリツコに、冬月が口をはさんだ。
 
「上級士官と言うと、誰のことかね?」
 
「それはまた後ほど。司令、そろそろレイによる零号機の起動実験の開始時間です。急ぎませんと・・・」
 
「いかん、そうだった。急がないと」
 
 司令用の椅子からぴょん、と飛び降りて、あわてて部屋を出るヒトミ。ぱたぱたと足音が遠ざかっていく。
 
「・・・予想以上のハマり具合だな。面白いが・・・奴がこの先どうなるか、正直想像がつかんよ」
 
「そうですね。予想不可能のイレギュラーも登場するし・・・」
 
 やれやれと溜息をつく冬月に、それに応じたリツコのセリフは、いわくありげなものだった。
 
「イレギュラー? 何のことだね?」
 
「すぐに判ります。こちらに呼びましたから」
 
 リツコの台詞を証明するように、司令室のドアが重々しい音をたててノックされた。
 
『失礼します。碇ですが』
 
「碇だと?」
 
「いいわよ。開いているから、入ってらっしゃい」
 
 訝しげな冬月を後目に、リツコは入室を促す。
 長いエビテールの黒髪を揺らめかせて入ってきた女性の姿を見て、冬月は目を見張った。
 
「ユ・・・ユイくん!?」
 
「報告します!」
 
 冬月の驚きを無視するように、ケイはビシッと敬礼を決めて、凛とした声を上げた。
 
「本日付けを持ちまして、ネルフ保安部第二課に配属されました、碇ケイ二尉です」
 
 そして呆然としている冬月に、にっこり笑って、こう付け加えたのである。
 
「よろしくね、冬月先生♪」
 
 
**************************************************
 
 
 起動実験の準備は、慎重に行われた。前回の失敗の経験があったからだ。
 実験前、ヒトミはレイを見舞った。と言っても具体的に何かをしてあげた訳ではないが。
 
「レ・・・綾波さん・・・」
 
「・・・なに?」
 
 ためらいがちに声をかけるヒトミに対し、レイの返事は相変わらずそっけない。ゲンドウとしての長いつきあいで、レイのことは知り抜いていたつもりのヒトミだったが、先日レイの私生活ぶりを知って、それがとんだ独りよがりの思いこみだったかを思い知らされた。おのれの不明を呪うばかりである。
 
「・・・なぜ、泣いているの?」
 
「・・・え?」
 
 レイに言われてハッとなるヒトミ。手のひらを頬に当ててみると、確かに手が涙に濡れていた。
 
「やだ・・・なんで?」
 
 手でぬぐおうとするヒトミだが、そんなことできれいに拭き取れるはずがない。メガネを外してあたふたしていると、レイがきれいに折りたたんだハンカチを差し出した。
 
「これ・・・使って」
 
「あ・・ありがとう・・・」
 
 ハンカチを広げて涙をぬぐうヒトミに、レイは付け加えるように一言呟いた。
 
「洟(はな)・・・かまないでね」
 
「へ・・・!?」
 
 一瞬なにを言われたのかわからず、点目になるヒトミ。言ったレイの方は、相変わらずの無表情である。
 数秒間の沈黙の後、ヒトミは吹き出した。
 
「ぷっ! ・・・・くくくく・・・・」
 
「・・・何がおかしいの・・・?」
 
 肩をふるわせて笑うヒトミに、レイは心底不思議そうな声で問いかけた。
 
「ごっ・・・ごめん・・・くくく・・・・・あははははは!!」
 
 どうやらツボにはまったらしい。ヒトミが笑っている間、レイは一貫してきょとんとしていたが、実験前の不安と緊張感が、急速に薄らいでいくのを感じていた。
 
「レイちゃん、何してるの? 実験開始よ」
 
 ドアが開いて、リツコの直属の部下である伊吹マヤが顔を出した。冷徹犀利であるリツコと違い、温和な人となりで知られている。
 
「すぐに行きます」
 
「そう。じゃ、待ってるから急いでね」
 
 言い置いて、廊下をぱたぱたと走り去っていく。リツコから「落ち着きがない」とか「子供っぽい」とか言われる所以だが、いっこうに治る気配がない。
 
「それじゃ・・・行くから」
 
「レイ!!」
 
 ドアノブに手をかけたレイに、ヒトミが思わず声を上げた。反応するようにレイの手が止まる。
 
「絆を忘れないで! ・・・碇司令はいなくても、私やシンジくんとは『チルドレン』と言う絆で、レイと繋がっている。あなたはひとりじゃない。それを忘れないで!」
 
 拳を握って訴えかけるヒトミに、レイはしばし沈黙した後、振り返って答えた。
 
「・・・わかったわ・・・碇司令
 
 ひとこと言って部屋を出る。残されたヒトミは、レイの言葉が耳に入らなかったように呆然としていたが、やがて
 
「え・・・?」
 
とだけ呟いた。
 
 
**************************************************
 
 
 起動実験は成功した。それも、あっけないほどあっさりと。
 キーボードを叩いてデータの整理をしながら、伊吹マヤがしみじみと呟いた。
 
「それにしても、なんの問題もなく起動しましたね。レイちゃん、なんかいつもより落ち着いてた感じでしたけど」
 
「それで良いのよ」
 
 マヤの背後でコーヒーをすすりながら、リツコが述懐してみせる。
 
「戦闘中じゃないんだから、過度の緊張は、起動に対してはマイナスにしかならないわ。要は動けば良いんだから、むしろリラックスしてた方が結果が良いのは当然よ。
 誰だって、叩き起こされるより、優しく揺り起こして貰った方が良いに決まってるじゃない」
 
「はあ・・・そういうものですか」
 
 要領を得ない表情で答えるマヤである。彼女的に見れば、エヴァのような巨大なものと、普通の人間を同レベルで考えること自体、無理がある気がするのだが。
 
「ま、もっとも・・・」
 
 リツコは表情を変えて、部屋の隅にあるソファーの方を見やった。そこには、「作戦部のできることはないから」と称して、惰眠をむさぼっているミサトの姿があった。だらしなく寝こけているその口からはヨダレまで垂れている。
 
「人間の中には、叩かれないと起きられない、厄介な人種もいるようだけど・・・」
 
 苦々しげにリツコが呟く。当のミサトは、技術部の面々から白い目で見られていることなどまったく気づかず、幸せそうな顔で、寝言まで口走ってたりなんかする。
 
「・・・うへへへ〜〜・・・そんなに美味しい? ・・・・今日のカレーは最高の出来だあ〜〜〜〜・・・・・」
 
 ぴき!
 
「マヤ!」
 
「はいっ♪」
 
 三白眼のリツコが鋭くマヤに一声かけた。いつもの笑顔に青筋を浮かべたマヤが、嬉々とした表情で、緊急蘇生用のカウンター・ショックを取り出す。
 数分後・・・・・
 
「あんぎゃあああぁぁぁああ〜〜〜〜〜ッ!!!」
 
 この世のものとも思えぬ絶叫が、実験棟から響き渡った。
 
 
**************************************************
 
 
「あなた・・・碇司令ね?」
 
 起動実験が成功し、喜び合うシンジやヒトミに、降りてきたレイが声をかけてきた。ヒトミにだけ話があるから来てくれ、と言うレイの言葉。女子更衣室で対峙したヒトミに、レイがかけてきた言葉がこれであった。
 
「なっ・・・なんで・・・・?」
 
「私を“レイ”と呼ぶのは、赤木博士と葛城一尉と・・・碇司令だけ・・・」
 
 どうやら冬月は、勘定に入ってないらしい。
 
「しかし・・・・だからと言って・・・」
 
「それに・・・あなたからは碇司令の匂いがする・・・」
 
「・・・・・!」
 
 ヒトミは絶句した。ごまかそうかとも考えたが、どうやらレイは、自分の正体を確信しているらしい。となると、ごまかしても意味はない。観念しよう・・・。
 
「レイ・・・すまない。私は・・・」
 
 立ったまま顔を伏せ、涙を流すヒトミに、レイは膝を曲げ、不思議そうに問いかけた。
 
「なぜ・・・泣いているの・・・?」
 
 その言葉がきっかけになった。ヒトミはレイを抱きかかえ、身も世もない号泣を始めたのである。自分を抱きしめて、わんわん泣き叫ぶヒトミを、レイは愛おしそうに抱き返すのだった。
 
 
「そう・・・ユイさんが・・・」
 
「考えてみれば、これもユイが科した、レイに対する贖罪の形だったのかも知れんな。この立場になってみなければ、レイの苦しみに気づくことはなかったのだから・・・」
 
 苦渋に満ちた表情で言葉をつむぐヒトミの口に、レイは人差し指を当てて黙らせる。
そして目を見開いて自分を見つめるヒトミに、レイはゆっくりと話しかけた。
 
「あなたが何をそんなに苦しんでいるのか、私にはわからない・・・。私を苦しめたとあなたは言うけど・・・私にはわからない・・・」
 
 ヒトミはあらためて臍を噛んだ。人間の感情である「喜・怒・哀・楽」の四つの要素。目前の紅眼蒼銀の少女は、その四つの感情すらも知らずに生きてきた、いや生かされてきたのだ。他ならぬかつての自分――碇ゲンドウのために。レイは懊悩するヒトミに、さらに話しかけた。
 
「そう、私には“感情”というものの知識はあっても、感覚としてはよく判らない・・・。もしあなたが・・・私に贖罪をしたいというなら・・・」
 
 そう言って、ヒトミの身体をぎゅっと抱きしめる。
 
「これから私に教えて欲しい・・・そして・・・・
 いなくならないで・・・
 それはとても・・・悲しいこと・・・」
 
「レイ・・・問題ない・・・」
 
 ヒトミはゲンドウ時代の台詞とともに、レイをしっかりと抱きしめた。こんなピュアな気持ちでレイに接したのは、たぶん今の姿になってからだ。ユイ、きみはこれを望んでいたのか?
 と、そこへ無遠慮な(と、レイは感じた)ノックの音が響いた。
 
「ヒトミちゃん、綾波、何してんの? 話があるんだけど」
 
 ヒトミは反射的に飛びすさった。レイは両手を抱きかかえた形にしたまま、きょとんとしている。
 
「なななななな何でもないわよ! は、話って、何のこと? シンジくん」
 
 すでに女の子モードに切り替わっているヒトミの問いに、シンジはヒトミにとっても嬉しいニュースを持ってきた。
 
「リツコさんが、綾波の引っ越し、OKだって。もう部屋は用意してあるから、今日にでも引っ越しちゃいなさい、だってさ」
 
「えっ、ホントに?」
 
 ヒトミにとってはすでに既知のニュースだったが、朗報というものはいつ聞いても良いものだ。すかさずレイの手を取り、話しかける。
 
「綾波さん、引っ越しだよ引っ越し。すぐにあの公団引き取って移ろうよ。どうせ荷物なんてほとんどないんだから、すぐに越せるでしょ?」
 
「引っ越し・・・?」
 
 完全に女の子モードで話しかけてくるヒトミに、レイは戸惑いながらも問い返した。
 ヒトミは、レイを促して更衣室を出ると、廊下で待っていたシンジと一緒になって、今回の引っ越しのくだりについて、簡単に説明した。
 喜色満面のふたりに対し、レイの返答は無感動なものであった。
 
「それが命令なら、そうするわ」
 
「ダメだよ! 命令だなんて」
 
 一緒に歩いていたシンジが一喝した。きょとんと目を見開くレイ。
 
「命令だから言うことを聞く、なんてのはダメだよ。綾波はロボットじゃなくて人間なんだからね。最低限の人間らしい生活を営む権利は、すべての人にあるんだ。これは綾波の正当なる権利なんだよ」
 
 断固としたシンジの言葉に、ヒトミはぽっと頬を染め、レイはきょとんとしたままである。首をめぐらせてヒトミを見ると、「そうなの?」と問いかける。我に返ったヒトミがうなずくと、
 
「わかったわ」
 
と一言呟いて、事態を受け入れた。
 
 
**************************************************
 
 
 作戦部の日向マコトに車を出してもらい、レイの部屋から荷物を回収(バッグ二個分)、そして新しい住居に向かう。
 後部座席に座るレイは、となりに座っているシンジに小声で話しかけた。
 
(碇くん?)←(小声)
 
(ん? なんだい、綾波?)←(つられて小声)
 
(あなたは、しれ・・・ヒトミさんの事、好きなの?)
 
「ええっ!?」
 
 突然のシンジの大声に、運転していた日向が、たじろいでハンドルを蛇行させた。
 
「わっ! 危ない!!」
 
「きゃあっ!!」
 
 ひと騒ぎの後、ようやく車の走行は安定した。
 
「ダメだよ、シンジくん。急に大声出しちゃ」
 
「ご、ごめんなさい・・・・(汗)」
 
 日向にたしなめられ、シンジは小さくなった。ちなみにヒトミは助手席でのびていた。
 シンジは再びレイに話しかけた。
 
(いきなりなにを言うんだ? 彼女とぼくは、単なる同居人で、何の関係もないよ。まあ、従兄弟という関係はあるけど・・・)
 
(私が聞いているのはひとつだけ。ヒトミさんが好きか、嫌いか。それだけよ)
 
(え・・・? まあ、どっちかと言えば、好きだけど・・・)
 
(そう・・・)
 
 そこで会話は途切れた。今の会話の意味は何だったのだろうと考えるシンジと、無表情に前を見つめるレイ。
 奇妙なプレッシャーを発散するレイの脳裏には、ひとつの言葉が紡がれていた。
 
(碇くんは・・・・・・敵ね)
 
 敵と認識されたシンジに息苦しい思いをさせながら、日向の車は走り去っていった。
 
 
**************************************************
 
 
「なんだ、新しい引っ越し先って、ぼくたちのマンションなんですか?」
 
 レイの引っ越し先に着いてみて、思わずシンジが声を上げる。彼の言葉通りに、一同の目前にはシンジやヒトミ、そして名前だけの保護者であるミサトが暮らしているコンフォート17の建物が、でんとそびえ立っていた。日向が苦笑しながら答える。
 
「ははは・・・まあ警備の関係上、チルドレンが集まっていた方が都合が良いからね」
 
 むろん真っ赤なウソだが、ヒトミは突っこまなかった。
 
「ぼくたちの部屋のとなりなんですよね?」
 
「あれ? シンジくん、知ってたのかい?」
 
「だって誰もいないとなりの部屋に、作業員の人たちが出入りしてたら、誰か入ってくるんじゃないかって思うじゃないですか。まさか綾波が来るとは思わなかったけど」
 
「私・・ヒトミさんのとなりに住むの?」
 
「ははは・・・そうみたいね」
 
「・・・嬉しい。・・・これが嬉しいってことなのね」
 
 ぴとっ♪
 
「ははは・・・」
 
 わいわい言いながら、四人はコンフォート17の廊下を歩く(そのうちふたりは何故か影が重なっていたが)。
 
「さ、ここだ。今カギを・・・あれ?」
 
 到着して、案内しようとした日向の顔が曇った。施錠されているはずの玄関のドアが開いていたのだ。
 
「おかしいな。誰もいないはずなのに・・・?」
 
『あ、来たわね。待ってたわよ!』
 
 奥の部屋から声がした。レイも日向もきょとんとしたが、シンジとヒトミは思わず顔を見合わせた。あの快活な声には聞き覚えがある。
 玄関に靴を脱ぎ捨てて、荒々しい足取りでリビングに向かう。
 そして、扉に手をかけ、一気に開くと、そこには――
 
「ようこそ、我が家へ♪」
 
 満面の笑みをたたえた、黒髪の美女、シンジの叔母だと自称する、碇ケイ女史(24歳)が、両手を広げて立っていたのである。
 彼女の目前のテーブルには、数々の手料理が並び、中央に据えられたケーキには「ようこそ、レイちゃん♪」の文字が、チョコレートで描かれていた。
 ふたりにやや遅れて、日向がばたばたと駆け込んできた。ケイの姿を見て、一瞬呆けるが、気を取り直して話しかけた。
 
「きっ、きみは一体? ここはネルフの関係者しか入れないはずなんだけど・・・?」
 
「あら? 赤木博士から聞いてないのかしら?」
 
 ケイは小首をかしげると、上着の胸ポケットから一枚のカードを取り出し、提示してみせる。(その際、見事なバストが存在を主張し、それを見てしまった日向がごくりとツバを飲み込んだのは、彼の誰にも言えない秘密になった)
 
「・・・保安部の碇ケイ二尉?」
 
「そう。本日付けでネルフ保安部に配属になりました。任務は日常におけるチルドレンの精神的ケアと、綾波レイの保護者役です」
 
「オバ・・・ケイさん?」
 
 一瞬叔母さんと言いかけて、視線の圧力に屈して言い直すシンジ。ケイは満足そうにうなずいた。
 
「そう、こんなに若くて美人のおねーさんを捕まえて、『オバさん』ってのは失礼よ。これからも、そう呼びなさいね♪」
 
「・・・あなた、誰?」
 
 レイが問いかけた。ケイは、長身を屈めてレイの顔を正面に見据え、にっこりと笑って話しかけた。
 
「あなたが綾波レイちゃんね。あたしはあなたの保護者兼、同居人の碇ケイって言うのよ。これからよろしくね♪」
 
「つまり、あなたと同居すれば、良いのね?」
 
「ご明察♪」
 
「そう・・・よろしく」
 
 その一言で、レイはケイとの同居を受け入れた。
 そしてこの日、コンフォート17の10階に、「葛城」「碇」の表札が並ぶ事になったのである。
 
 
**************************************************
 
 
(母さん、母さん。・・・久しぶりね)
 
【シンジね。・・・いえ、今はケイちゃんだったかしら?】
 
(あら、知ってたの? さては覗いてたわね?)
 
【そうよ。MAGIと私は繋がっているからね。リッちゃんとの話は聞かせて貰ったわよ。ただ、どうやってリッちゃんを籠絡したかは、判らなかったけど】
 
(たいしたことはやってないわよ。リツコさんの子供の頃の恥ずかしい話をしただけで・・・)
 
【・・・なるほど、プライドの高いリッちゃんが折れるはずだわね。・・・それでシンジ、あなたは何のために未来から還ってきたの?】
 
(別に何もする気はないわ。復讐、ってのも考えないでもなかったけど、今さらだし、この世界はあたしの知ってる過去でもないしね。やってもいない事で復讐されても、連中も困るでしょうしね)
 
【あなたは本当にそれで良いの? 私たちに恨みの一言も言わないで?】
 
(母さん、本当に申し訳ないと思っているなら、もう言わないで。あたしは本当に忘れたつもりなんだから。それと、あたしはシンジじゃないわ。母さ・・・いえ、姉さんの妹の、ケイよ)
 
【そうだったわね】
 
(それにしても、姉さん。碇ゲンドウをヒトミちゃんにして、何をしようと言うの?)
 
【知りたい? ケイちゃん?】
 
(知りたいけど、知りたくないと言う感じかな? ドラマのオチは、先に知っちゃうとつまんないからね)
 
【それじゃ、こうご期待、と言っておくわね】
 
(ええ。事の顛末を特等席で見物させてもらうわね)
 
【ねえ、ケイちゃん。ここに来るまでの事、じっくり聞かせてちょうだい】
 
(ええ、いいわよ・・・・)
 
 
 この日、MAGIの外部端末を通して、ケージのエヴァ初号機と長時間の交信があったのだが、なぜかその記録は、MAGIのレコーダーにはいっさい記録されていなかった。
 加えて次の日、碇ケイ女史(自称:24歳)は、初出勤に遅刻し、着任早々保安部長の説教を喰らう事になったのである。
 


続く


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