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新性紀エヴァンゲンドウ

 


「碇二尉、また遅刻かあっ!!」
 
 ネルフ第二保安部、第一詰所に課長の怒声が響き渡る。いつものことなので、同じ部屋の保安部員たちは別に顔色を変えることなく仕事を続けている。しおらしいのは言われている本人だけ――かと思いきや、実は全然堪えていないのであった。
 
「課長、そんなに興奮すると、身体に悪いですよ? あたし良い精神安定剤持ってるんですけど、良かったら使いません?」
「誰のせいで興奮してると思っとるんだ君は!?」
 
 のほほんとした碇ケイ二尉の声に、3倍増しくらいの課長の声が叩きつけられた。真っ赤になって怒号を浴びせる課長に、涼しい顔で聞き流している碇二尉。格の違いが歴然と現れているシーンであった。
 
「わかったのか、碇二尉!?」
「ええ、まあ……多分」
 
 小指で耳の穴をほじりながら、面倒くさそうに答えるケイに、課長の頭の血管が、音を立ててぶち切れた。
 
「多分とは何だああああああっっっ!!!!!」
 
 
 
「まったく……ヒステリーな上司を持つと、苦労しますね」
「ホントよね〜。だいたいケイさんの持ち場はここじゃないんだから、出勤してくる必要すらないのに、あの課長ってば、記録にばっかこだわって」
 
 昼食を食べながら、ケイは同僚二人との会話を楽しんでいた。話題は「嫌な上司」。
 
「まあ、仕方ないんじゃない? だいたいあたしが遅刻ばっかしてるのは事実だし。課長にしてみれば、不真面目な部下がいると、自分の管理能力が問われたりする訳だから、必死にもなろうってものよ」
 
 ケイがたしなめるような口調で、課長を弁護してみせるが、目前の二人は素直にはうなずかなかった。
 
「ケイさん。本気でそんな事思ってないでしょ?」
「自分だけイイ子になろうったって、許しませんからね。なんですかあの態度は。不真面目のカタマリでしたよ?」
「わかる?」
 
 ケイがいたずらっぽい笑顔で、小さく舌を出してみせた。三人はしばらく顔を見合わせ、一斉に笑い出す。いつもの光景であった。
 碇ケイがネルフ第二保安部に配属になって一週間。女性にしては並はずれた長身と見事なスタイル、やや童顔の混じった文句なしの美人顔は、男性陣の興味と羨望を一気に集め、屈託のない人なつっこい仕草は女性陣にも大層ウケが良かった。
 おまけに仕事も完璧以上にこなしてみせると来ると、ふつうなら煙たがられたりするものだが、毎朝狙ったように遅刻してきたり、イヤミな上司にこれ見よがしに逆らって見せたりと、対応の仕方も(部員にとって)いい意味で意表をついているので、第二保安部のみならずネルフ全部所の中でも「碇ケイ」の名は、今やチルドレンに次ぐ知名度を持っているのである。
 ――むろん逆らわれた上司たちは別の見解を持っているが・・・。
 さて、ネルフの他部所の中で、碇ケイ二尉に特に反感を持っている女性士官がいる。作戦部に所属する葛城ミサト一尉である。いちおう部長職なのだが、あまりの無能ぶりとサボリ癖のため、同じ作戦部内からも白眼視されているツワモノである。ミサト本人はそのことに気づいていないが、この場合能力のなさを嘆くべきか、精神的な不幸を感じずにすむことに安堵すべきか、判断に迷うところである。
 それはともかく・・・
 
「まったく何なのよあの女。二尉のクセに一尉のアタシに説教するなんて」
 
 憤懣やるかたない、と言った風情でケイをののしるミサトだが、ノックもせずに執務室に押しかけられ、聞きたくもない彼女の個人的な文句を聞いていた(聞かされていた)赤木リツコ技術部長は、そのセリフに同意してくれなかった。
 
「ふうん・・・。良かったじゃない」
「? 何が良いのよ?」
 
 机上の書類に目を落としたまま気のない声で簡潔に答えるリツコに、ミサトは訝しげな声を上げた。
 
「まともに叱ってくれたんでしょう? 良心的と言うべきよ。彼女の取る対応としてはね」
「・・・どういう意味よ?」
 
 ますます疑問の声を深めたミサトに、リツコは初めてミサトに向き直って告げた。
 
「彼女の上司イビリはきわめて正当性に富んでいるわ。部下に嫌われているような上司なら、真っ先に彼女の舌鋒の餌食になっているところよ。あなた運が良かったわね」
 
 息を呑むミサトに、リツコはこれまでに3人もの「問題上司」がケイの「口撃」により、ネルフを退職するハメになっている事を明かした。3人とも保安部以外の人物であり、ケイとは特につながりがあるとは思えないだけに、どのような経緯でそうなったのか、いまだにはっきりしない。
 つまり、からかわれている現・課長や、まともな叱責をくわえられたミサトなど、実に穏やかな対処であったと言えるだろう。手加減されているというべきか・・・?
 
「碇二尉の評判は、ネルフ全職員の中でも極めつけに良いわ。仕事ぶりもこれ以上ないってくらい優秀だし。誰かさんと違ってね?」
「何言ってんのよ。聞いたところによると、あの女、着任してからこっち、遅刻ばっかりだそうじゃない? どこが優秀なのよ?」
 
 悪びれもせずに反論してくるミサトに、リツコは本気で頭を抱えた。目くそ鼻くそを笑う、という言葉があるが、これなどその最たるものであろう。よりによってネルフきっての遅刻魔たるミサトが、他人の遅刻を叱責するのだから。
 いや、実のところケイの遅刻など叱責の対象にはならないのだ。ケイの任務は「チルドレンの護衛および綾波レイの保護者役」なのだから、基本的には始終チルドレンたちに付いていなければならない。定刻通りの通勤など不可能である。
 もっともそれでは黒服の保安部員たちの仕事がなくなってしまう。冗談抜きでケイのガードとしての能力は黒服たちの10人分以上に値するのだから。そのため非常時以外は黒服たちにまかせ、ケイの方はなるべく本部に顔を出すようにしているだけの話だ。
 そのあたりの事情をリツコはむろん理解しているが、目前の問題女に説明してやる気にはとうていなれない。面倒くさい、と言うのもあるが、性格的にミサトとケイは合わないであろうことが判るからだ。理解したとしても納得はしないだろう。
 
「・・・ミサト、貴女なにしに来たの? 愚痴をこぼすのが目的なら出て行ってくれないかしら? 作戦部だってヒマなワケじゃないでしょう?」
「大丈夫大丈夫♪ ウチには何でもやってくれる優秀な副官クンがいるから♪」
 
 げんなりした気分で「仕事しろ」と促したリツコだが、言われたミサト本人はあっけらかんとした返事を返しただけであった。ケラケラと笑いながら答えるミサトに、リツコは頭の毛細血管がちぎれた音を聞いたような気がした。憤然として怒鳴る。
 
「大丈夫なわけないでしょうっ! 日向二尉に甘えるのもいい加減にしなさいっ!」
 
 怒鳴りつけられたミサトがたじたじとなった。
 
「な、何怒ってんのよリツコ? 何かイヤなことでもあったの?」
「そういうことを本気で訊いてくるから問題なの! わからないのミサト?」
 
 ひとしきり声を上げて少し落ち着いたリツコは、大きく息をついた。
 
「・・・まったく。作戦部の苦労が思いやられるわね。こんな上司を仰がなきゃならないんだから・・・」
 
 実のところ、リツコ本人も論評できる立場ではなかった。現在はともかく以前の「碇ゲンドウ」が健在なままであったら、作戦部の職員など問題にならないほどの苦労を背負い込んでいたはずである。利用され尽くしたあげく、容赦なく切り捨てられた事であっただろう。(現実にそういう未来も存在していたことだし)
 それを考えると、今回の一連の出来事は、赤木リツコ(とその他数名)にとって「福音(エヴァンゲリオン)」であったかも知れない。リツコ本人は決して知らないことだが。
 ――ユイさん、感謝♪
 人知れず手を合わせる人々が存在したとかしないとか・・・?
 
 ヴィ―――ッ!! ヴィ―――ッ!!
 
 親友(?)ふたりが不毛なやりとりを繰り広げているところに、けたたましい警告音が響き渡った。
 
「第一級警戒警報!?」
「使徒ッ!?」
 
 ふたりが発した第一声が、端的に事態を表現していた。
 ――第五使徒ラミエル、襲来。


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第六話  血戦! 第三新東京市 
〜あるいは女の戦い〜


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「・・・釜ゆでにされた気分はどうだった、レイちゃん?」
「・・・よくわからない」
 
 のんきなやりとりの綾波レイと碇ケイ。表面上はおだやかな表情の二人だが、現実問題としてはきわめて深刻だった。エヴァ零号機の連動試験中に襲来した第五使徒に対し、作戦部長葛城ミサト一尉は、状況を探る手間を惜しんで即座に出撃を指示したのだ。
 結果は射出台に固定されたまま、第五使徒の放つ加粒子砲による「串刺し」であった。エヴァ零号機は胸部装甲を完全に融解され、機能停止寸前。パイロットのレイもまた、高熱と衝撃によって死亡寸前。ケイによって密かに精気を送り込まれたことで事なきを得たが、事実上の戦線離脱である。
 無様きわまる経緯に、ネルフ本部は騒然となった。とりわけ貴重な戦力である(ハズの)EVA零号機をむざむざイケニエにしてしまった作戦部長・葛城ミサトへに突き上げはすさまじく、ネルフの上位組織である「ゼーレ」直々の査問会まで開かれるところであった。
 もっとも使徒侵攻中のおり、そんな裁判ごっこにうつつを抜かしている余裕などあるはずもなく、査問会そのものはお流れになったが、大ポカに対する怒りまで流れてしまった訳ではない。
 と言うワケで現在、葛城ミサト二尉は、憤怒の化身と化しているネルフトップ3の眼前に引き出され、ねちねちと油を絞られているのであった。
 四六の蝦蟇のように・・・。
 
「何か言いたい事はあるかね、葛城二尉?」
「あの・・・あたしは一尉なんですけど・・・?」
「よく聞こえなかったな。もう一度言いたまえ、葛城三尉
「・・・・・・・・・」
 
 ちなみにネルフに限らず軍事組織というものは、いかに上が絶対のタテ社会とはいえ、自由気ままに降格を言い渡したりできるものではない。つまりは冗談なのだが、髭面、強面、サングラスと悪漢の要素をあわせ持つネルフ司令・碇ゲンドウの底冷えするような声で告げられると、さも決定事項のように聞こえてしまう。
 一声ごとに降格を繰り返す情けなさ、それに対する屈辱に顔をゆがめて俯いているミサトをデスクの後ろから眺めながら、ネルフ副司令・冬月コウゾウは目前のゲンドウ――に見える人形を見やった。
 碇ゲンドウ型マネキン人形「なんちゃってゲンちゃん(命名:碇ケイ)」。赤木リツコ率いるネルフ技術陣の粋を集めて作られた一品ものである。髭、髪などの毛並みはもちろん、肌の質感まで人間そっくりに作られており、デスクに両手をついた例の「ゲンドウポーズ」を決めていると、リツコたちから見ても在りし日の「司令・碇ゲンドウ」を思わせる。
 
(まったく良くできているものだ。「声」に合わせて口元まで動くのだから、これを人形だと見破れる者などいないだろうな)
 
 冬月がそう独りごちながら、デスクの陰で人形に声を吹き替えている少女に視線を移す。
 碇ゲンドウのなれの果て、六分儀ヒトミである。口元に蝶ネクタイ型のマイクを当て、かつての自分の声を再現している。
 
「ファースト・チルドレンが無事だった事を感謝するのだな、葛城准尉。そうでなかったら貴官など首から下をコンクリ詰めにしてあのサイコロ使徒の標的にさし出しているところだ」
「あの〜・・・あたしは作戦部長なので、囮になるよりも作戦を立てないと・・・」
「貴官などアテにはならん、葛城曹長
 
 身も蓋もない物言いで容赦なくミサトをこき下ろすゲンドウ(by:六分儀ヒトミ)。第一中の女生徒姿のメガネ美少女が厳めしいおっさん声で喋る光景に、昔見たアニメの1シーンを思い出し、冬月は笑い出そうとする顔の筋肉を必死の思いで叱り飛ばしていた。
 
(笑ってはダメだ、笑ってはダメだ、笑ってはダメだ・・・)
 
 どこぞの誰かのような呪文を心中で唱える冬月。ミサトの背後に立っている赤木リツコ女史も似たような状況だが、こちらはミサトから姿が見えないため、遠慮無く肩を震わせている。しかめっ面のままわずかに羨む冬月であった。
 小一時間ほどの説教(と言うよりイジメ)の後、ようやくミサトは解放された。と言うより状況が状況だけに、それ以上時間を割けなかったと言う方が正しいが・・・。
 
「では葛城一尉、作戦の立案にかかりたまえ」
 
 へっ? とミサトが顔を上げた。最終的には三等陸士まで降格していたはずだが・・・?
 
「あの・・・? 三士じゃなかったんですか?」
「そうして欲しいのかね?」
 
 ぴくりとも動かないまま、ゲンドウがミサトをサングラスの奥から睨みつけた(ような気がした)。ミサトは一瞬ですくみ上がり、直立不動の姿勢で素っ頓狂な声を上げる。
 
「いえ、とんでもありません! では私は作戦の立案にかかります! では!!」
 
 そのまま回れ右し、こらえきれずに腹を抱えているリツコに目もくれず(と言うより気づかず)、司令執務室を後にした。バタバタと走り去る音が、小さくなっていくのを聞きながら、デスクの陰からヒトミが立ち上がる。そしてデスクの前後を見やった。
 
「くっ・・・ぷ・・・あはははははは―――
「くはっ・・わははははははは―――
 
 そこにいたのは床に倒れて腹を抱え、ひくひくと痙攣しながら笑い続けている老人と金髪女・・・。
 ヒトミの脳裏でなにかがぱきん、と弾けた。
 
「おまえたち、いつまで笑っている!? いい加減にしろッ!!」
 
 精一杯声を荒らげるヒトミであったが、我慢に我慢を重ねていた冬月とリツコの笑いを抑える事はできなかったのである。
 だだっ広い執務室に少女の怒鳴り声と大人二人の笑い声が、いつまでも響いていた。
 
 
 
・・・・・・・(しばらくお待ちください)・・・・・・・
 
 
 
 とは言うものの、いつまでも笑っていられる状況でもない。
 ゲンドウ人形のスイッチを切り(その際「よくやったな」の終了音がゲンドウの声で発せられたが、意味は不明である)、部屋の隅に押しやってから、あらためてヒトミがデスクに陣取り、善後策を協議する。
 
「それにしてもどうします? 使えるEVAは初号機のみ。兵装ビルを利用したとしても、作戦の幅は限られますが?」
「それだが、本当に零号機は使用不能なのかね? いかに使徒が一体とはいえ、初号機一体であの加粒子砲に挑むのは無謀にすぎないかね?」
 
 作戦立案には参加してないものの、詰め将棋を趣味とする冬月の疑問は正鵠を射ていた。所詮戦争とは数と数の勝負である。EVAがいかに強力とはいえ、それ以上の力を持つ使徒が相手では、なるべく多くの戦力を整えなければ勝機はない。
 
「修復するだけなら十分可能です。幸い機能中枢は無事ですから」
 
 冬月の疑問にリツコが答えた。それなら、と声を上げかけた冬月だったが、リツコの続く言葉に台詞を封じられる。
 
「ですがファースト・チルドレンが確保できません。保護者が許してくれないので」
「保護者・・・碇ケイ二尉か・・・」
 
 ネルフ本部最強の人物と噂される女傑の勇名は、司令執務室でも健在だった。階級こそたいしたことはないが、誰も逆らう事ができない。かなり好き勝手に振る舞っているように見えるのだが、その実仕事も対人関係(主に同僚以下の人物)も非の打ち所が無く、その点は好き勝手の双璧たる葛城ミサトなどとは決定的に異なる。
 本来のネルフ司令「碇ゲンドウ」であれば、ケイの存在など意にも介さなかったであろうが(ユイにそっくりなだけに、多少の葛藤はあったであろうが)、レイの状況をなまじ理解し、人間的にもかなり「いい人」になってしまっているヒトミでは、かつて執れていた強引な手段を用いる事ができない。沈黙しながらもレイの不参加を認めるしかなかった。
 
「やれやれ・・・こんな状況でまともな作戦を立てられるのかね、葛城一尉は?」
「過剰な期待は禁物かと。司令、いかがいたしますか?」
 
 問いかけられたヒトミは、少し考えてから答えた。
 
「私が零号機に乗るしかあるまい」
「やはりその手か・・・」
 
 初号機に取り込まれる事によって変貌したヒトミに零号機のコアがどう反応するか、と言う疑問はあるものの、現状ではほかに方法はないであろう。リツコも冬月も頷きを返し、方針は定まった。
 だが、結局立案はさらに数時間遅れる事になった。レイの不参加を知らされたミサトが病室に怒鳴り込み、彼女の参加を強要する事件が起こったからである。
 付き添っていたケイに返り討ちに会い、ボコボコにのされたミサトが目覚めるのに2時間を要した。顛末を聞いた赤木リツコ女史は、苛立たしげに呟いたものである。
 
「ほんっっっとに、無様ね・・・!
 
 
 
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『警備の使者、セキュア・ブラック!』
『警備の使者、セキュア・ホワイト!』
『ふたりはビリキュア!!』
『世間を騒がす不埒者よ』
『とっととおうちに帰りなさいにゃ!!』
 
 病室にあるTVの画面内では、白と黒の衣装に身を包んだけも耳少女たちが、巨大な化け物相手に奮戦を繰り広げている。綾波レイはいつもながらの無表情で見入っているが、興味津々なのか無関心なのか、見る人が見ればわかるほどには成長している。
 
「燃えてるわねえ、レイちゃん」
「・・・・・・」
 
 少し前に病室から不届き者を叩き出したケイは、悪戯っぽく笑いながらベッドのレイに声をかけた。ケイの言葉の意味がわからなかったレイだが、番組がクライマックスに入ったので答えを返さないままTVに身を乗り出す。拳がぐっと握られた。
 
『ビリキュアの美しき魂が!』
『邪悪な心を打ち砕くにゃ!』
『ビリキュア・マーブルスクリュー!!』
『MAXーーーッ!!』
 
 手をつないだけも耳少女たちの両掌から巨大な光がほとばしり、小山のような怪物を粉砕する。レイにつられて画面を眺めていたケイは、いつの間にか自分をじっと見つめているレイの視線に気づいた。
 
「どうしたの、レイちゃん?」
「今度の使徒・・・私は戦えないの・・・?」
「無理は禁物。今だって身体に力が入らないはずよ。表面上はどうあれ、ね?」
「・・・・・・・・・」
 
 ケイの反論に、レイは顔を伏せて黙り込む。
 
「ふたりで倒したかったのに・・・」
「・・・・ひょっとして、あの『まっくす〜っ』ってやつみたいに?」
 
 こくりとうなづく。残念そうな気配を漂わせるレイに、ケイはくすりと笑みを漏らした。
 
「確かにあの使徒ってやつは、化け物と同じだもんね。シンジくんと力を合わせて吹き飛ばせれば、そりゃあ気持ちいいかもね」
 
 自分自身がそう言う存在である事はさておき、この時点のレイがそう言う感情に目覚めたことは、人として喜ばしい事である。だが続くレイの台詞に顔を引きつらせた。
 
「違うわ。ヒトミさんとよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ヒトミさんと私。ふたり手をつないで力を合わせる。それはとても気持ちいいこと・・・」
 
 胸の前で両手を握り、うっとりとつぶやくレイに、ケイは「何が間違っていたのかしら?」などと自問するのであった。
 
 
 
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 作戦名は「ヤシマ作戦」と定まった。
 戦略自衛隊から徴発してきた超大型のポジトロン・ライフルを使用し、日本中の電力をかき集めて使徒を狙い撃ちしよう、と言うかなり大がかりなものである。ただ大がかりではあるものの作戦の成功率は低く、スーパーコンピュータMAGIの打ち出した確率はわずか8.7%(連射の効くモノではないので、ほとんど一発勝負)。
 パチンコやスロットのボーナス確率でももっとマシだぞ(実際には事実とやや異なるが)、と言う声が聞こえなくもないが、その辺の常識的な罵声も聞こえていないのか、顔中に包帯やら絆創膏やらで満艦飾の立案者・葛城ミサトはかなり楽天的であった。
 
「大丈夫大丈夫♪ 今回はEVAが二機使えるからね。大船に乗った気になって、気楽にやっちゃってね〜♪」
 
 泥船の間違いだろう、とは聞いていたチルドレン二人の共通した思いである。殊に事前に作戦の骨子を聞かされていたヒトミには、なおさらその感が強い。
 とは言うものの、使徒の放つ加粒子砲が強力すぎてEVAが近づけない以上、使徒のATフィールドを中和できないと言う現実がある。なら殊更にEVAを使用する必然性もないのだが、「使徒を倒す事ができるのはネルフのEVANGELIONだけ」と言う前提条件がある。それによって各国から多額の資金を調達している以上、ネルフとしても上位組織のゼーレにしても、EVAの使用は外せない絶対条件である。
 とどのつまりは汚い闇政治の副産物なのだ。わかっていたつもりでも、いざパイロットとして戦わせられる身になってみると、いかに不純な目的で体の良い尻ぬぐいをさせられているかわかろうというものである。
 
「えらいことになったね」
「ああ・・・いえ、そうね」
 
 事実上司令職をこなしているヒトミはともかく、シンジにしても決して馬鹿ではない。零号機がなすすべもなく敗退に追い込まれた事もその目で見ている。おまけに葛城ミサトと言う人物の本性も(知りたくないけど)知ってしまっているのだ。成功確率8.7%のことを知らなかったとしても、とても楽天的に構えることはできなかった。
 
「作戦開始は明日(みょうじつ)00:00(マルマルマルマル)、日付変更と同時にスタートよ。本日18:00(ヒトハチマルマル)に両EVAを起動して準備にかかるので、それまでに食事を済ませてちょうだい」
 
 淡々とした口調で予定を告げるリツコに、シンジは目を剥いた。
 
「午後6時って・・・あと一時間ないじゃないですか? なんでそんな急に?」
「仕方ないのよ。どっかの馬鹿のせいで立案が遅れたんだから」
 
 横目でミサトを睨みつつ、リツコが苛立たしげに答えた。当のミサトは聞こえなかったフリをして視線を明後日の方に向けていたが、それだけでシンジは前後の経緯をだいたい察した。
 
「大変ですねリツコさん。誰かのせいで・・・」
「貴方達も大変ね、誰かのせいで・・・」
「まったくです。せめて普段誰かさんに苦労させられてないなら、まだ我慢できるんですけど・・・」
「私もまったく同感よ。せめて普段面倒をかけられてないのなら、まだフォローしてあげられるんだけど・・・」
「「はあ〜〜〜っ」」
 
 声をそろえて大きなため息をつく。固有名詞を出さないだけで明らかな個人攻撃である。わざとらしいため息に、ミサトが逆ギレした。
 
「なによなによ、あたしが悪いってわけ!? なんか文句でもあるってわけ!?」
「当然です」
「当たり前のこと聞かないでちょうだい」
 
 即答である。がっくりとうなだれ、隅にこそこそと移動する。その場で丸くなって死人のような声で歌を歌い始めた。
 
「♪あ〜る〜はれた〜ひ〜るさがり〜・・・」
 
 自虐モードに入ってしまったミサトを無視し、リツコは指示を締めくくった。
 
「時間がないわ。すぐに食事を摂ってちょうだい。美味しくなくても食べておくのよ、いいわね?」
 
 
 
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 月明かりの下、ようやく着慣れてきたプラグスーツ姿で、六分儀ヒトミは足を投げ出して空を見上げていた。満天の星空が視界いっぱいに広がり、これから繰り広げられるであろう死闘を前にして、場違いなまでの落ち着きを与えてくれる。
 作戦前に行った零号機の機動実験もつつがなく終了し、作戦行動に支障なしと言うお墨付きも貰ったし、あとは作戦に突入するのみである。
 それでもヒトミの心は晴れなかった。成功率の低すぎる作戦に対する不信感もあるが、何より自分に対する嫌悪感がぬぐいきれない。自分のやっていることは単なる偽善なのではないか、シンジやレイに対してどう償っていくべきなのか、などとマイナス方面への思考が止まらない。堂々巡りである。
 何時間経っただろうか。そんなヒトミにプラグスーツ姿の少年が歩み寄っていく。
 
「ここにいたんだ、ヒトミちゃん」
「シンジ・・・くん?」
「となり、良いかな?」
「・・・ええ」
 
 自然なしぐさでヒトミの隣に腰を下ろすシンジ。それだけでドキリと胸を鳴らすヒトミ。こいつジゴロの才能があったのか、などと馬鹿なことを考えてしまうヒトミであった。
 
「・・・シンジ・・くんはどうしてEVAに乗るの?」
 
 ヒトミは照れ隠しにシンジに問いかけた。「え?」とやや大げさなしぐさで応えたシンジは、苦笑しながら頭をかいた。
 
「まいったな。それは僕も訊きたかったことだよ」
「そ・・・そうなの?」
 
 ふたりの間に乾いた笑いが起こった。その後気まずげな沈黙が降りる。
 
「なぜだろう? ホントは乗りたくなかった。なんだかんだ言っても殺し合いだしね」
「・・・・そう・・・よね?」
 
 やがてぽつりと答えたシンジの言葉が重かった。嫌がっている「殺し合い」をさせているのは他ならぬヒトミ――かつての碇ゲンドウなのだ。知らぬ顔で「何故乗るの?」などと訊ける立場ではない。
 
「でも、今は違うよ。そりゃ殺し合いは嫌だけど、僕が乗ることでヒトミちゃんや綾波たちを守れるんだから。怖いけどね」
 
 澄んだ瞳でそう語るシンジの台詞に震えはなかった。怖いけど、と断るものの、そこには愛する者を守るという「漢」の表情がある。未だ未熟ではあるものの・・・。
 ヒトミの胸が弾けた。シンジの台詞は「何故戦うか」という戦士にとっての絶対の答えを含んでいたのだ。「そこに敵がいるから」という登山者のような答えを持つ者もいるが、「守るための戦い」を貫ける者は地獄に堕ちる者はいないという。たとえ勝ち続けることができたとしても、「殺戮」の凶気に身を任せた者は、生きたとしても快楽殺人者としての道が待っている。まともな人生を送ることは難しいだろう。
 シンジは違う。彼について行けば、必ず自分を守ってくれるだろう。
 ――と、そこまで考えて、ヒトミははっとなった。
 
(何を考えているんだ私は!? これではまるっきり恋する乙女ではないか!! 違う! 私は違うぞ〜〜ッ!!)
 
 いきなりがばっと立ち上がり、頭を振ってイヤイヤするヒトミ。何度かこういうヒトミの奇行は目撃しているので、いまさらシンジは驚かないが、見なかったフリをするほど無関心でいられるワケもない。多少の間をおいてヒトミが落ち着くのを待つ。
 
「・・・大丈夫? 落ち着いた?」
「ああ・・・いや、ええ。何とか・・・」
 
 優しく話しかけるシンジに、ヒトミは熟れすぎたトマトのような表情で答える。自らの鼓動が耳にうるさかった。
 
「何か悩んでたようだけど、それは今は忘れようよ。とにかく生き残ることを考えなきゃ・・・」
「それはわかるけど・・・でも」
「大丈夫」
 
 不確定要素満載のこの作戦(?)の中、シンジはあえて言い切って見せた。
 
「僕たちはやれるだけのことをやるだけさ。失敗したとしても、責任をとるのはミサトさんたちさ」
「・・・・・良い台詞だけど、声が震えている・・・・わよ」
 
 ヒトミのツッコミに、シンジはがっくりと肩を落とした。
 
「やっぱりそうかあ・・・。格好良く決めてみたかったのになあ・・・」
 
 頭を掻くシンジに、ヒトミはくすりと笑いを漏らした。不思議そうな表情でそんなヒトミを見返したシンジだったが、やがてつられたように笑い、決戦前の時間が穏やかに過ぎていく。
 結局「何故乗るか」というシンジの問いには答えずじまいのヒトミであった。
 
 
 
「ふーん。シンジくんもなかなか言うじゃない。いい男一直線ね♪」
 
 さすがはあたしね、などと意味不明の台詞を心中で呟きながら、双眼鏡から目を離し、碇ケイは立っている病院の屋上から、戦場となる双子山近辺をざっと見回す。
 ――ちなみに双眼鏡越しにどうやってシンジの発言を聞いていたのかは、オトメの秘密である♪
 ケイも「ヤシマ作戦」の概要は知っているが、どう考えても成功するとは思えなかった。不確定要素が多すぎる上に、たとえ成功する要素が今より増えたとしても、最終的に失敗したときの打開策も用意されていない。作戦というものは成功したときと失敗したときの両方を想定し、一つの段階でミスが生じた時、ただちに次の手を打てるように何重にも手段を講じておくのが基本である。一発勝負や出たとこ勝負など、作戦などとは決して呼べない。
 
「・・・仕方ないか。なるべく手出しは控えておこうと思ってたけど、そんなこと言ってられないわね。あの子たちが死んじゃうのはどう考えてももったいないし」
 
 携帯電話を手に取ると、メモリーから戦自の将校の名前を呼び出し、通話ボタンを押してコールする。
 
――もしもし、あたしよ。ケイ。悪いんだけど合図する時間に指定の角度で榴弾砲を撃ち込んで欲しいの。―――理由? そんなもの適当にでっち上げればいいわよ。何だったらあたしの名前出してもいいから。頼むわね。じゃ、後で」
 
 通話を打ち切り、ホルスターから愛銃Cz75を抜き出す。マガジンを引き抜き、きちんと弾丸が装填されているのを確認してから、あらためてセットする。ガシャン、と小気味よい金属音が響いた。
 
「さてと、どうなることやら・・・?」
 
 まるっきり気合いの入っていない口調で呟くケイ。だが、そんな彼女だけがもっとも確実な使徒殲滅の鍵を握っているのであった。
 気合いが入りまくりの葛城ミサトは良い面の皮である。合掌・・・。
 
 
 
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 日付が変わり、午前0時。軍隊用語で「00:00(マルマルマルマル)」。
 
「ヤシマ作戦、スタート!!」
 
 号令一下、弾かれたように事態が動き出す。 
 
「第一次接続開始!」
「第1から第803間区まで送電開始」
「電圧上昇中。加圧域へ」
「全冷却システム、出力最大へ」
「温度安定、問題無し」
「陽電子流入、順調なり」
「第二次接続」
 
『ヒトミちゃん、日本中のエネルギー、貴女に預けるわ』
「・・・了解」
 
 エントリー・プラグの中、砲手役を仰せつかったヒトミは、緊張と不安の面持ちで思わずインダクションレバーを握りしめた。L.C.Lの中に沈んでる状態なので汗ばむと言うことはないが、独特の冷たさが背筋を走って不快感を催す。
 
『全加速器、運転開始』
『強制集束機、作動』
『全電力、二子山増設変電所へ』
『第三次接続、問題無し』
 
 様々な機械類が轟音を上げ、大蛇のようにのたくる特大ケーブルが熱と煙を噴き上げる。殺気だった作戦部員たちの指示や復唱が頻繁に飛び交い、いよいよ運命の一撃に向かって突き進んでいく。
 
『最終安全装置解除!』
『撃鉄、起こせ!!』
 
 EVAの巨大な手が鉄骨のようなレバーを引き落とし、構えに入った。コクピットのヒトミの眼前に狙撃用のヘッドギアがゆっくりと被さり、ワイヤーフレームで描かれた使徒と、揺れ動くスコープが表示される。
 
『地球自転、及び重力の誤差修正プラス0.0009』
『電圧発射点まで、あと0.2』
 
 変圧器がさらにうなりを上げ、絶縁処理されたケーブルからゴムが燃える悪臭がただよった。噴き上がった煙があたりを白く染め、作戦部員の声もいよいよ殺気立ってくる。
 
『第七次最終接続、全エネルギー、ポジトロンライフルへ!』
『カウントダウン開始ッ!』
 
 その矢先、使徒の動きを逐一チェックしていた伊吹マヤから悲鳴のような報告が上がった。
 
「目標内部に高エネルギー反応! 急速に上昇していきます!!」
「ッ!!」
 
 息をのむミサト。だが迷っている時間はなかった。決然と目標を睨みつけると、指示を下した。
 
「撃(て)ぇ――――――ッ!!」
 
 EVAの構えたポジトロンライフルから、1億8千万キロワットもの膨大な電力を変換して作り出された光の槍が撃ち出され、それとほぼ同時に一撃でEVA零号機を大破せしめた第五使徒の加粒子砲が発射される。
 強烈な閃光と膨大な熱量を伴った二本の光の帯は、すれ違いざまに互いのエネルギーで相互干渉を起こし、互いの軌道を大きく反らせる。一瞬後、使徒とEVAの背後で巨大な爆発が巻き起こった。
 
「くっ・・・ミスった!! 第二射急いで!!」
 
 臍を噛むミサト。間髪入れずに出した次の指示に従い、ポジトロンライフルから焼き切れたヒューズプラグが使用済みの弾丸のように排出され、加速器やケーブル類に液体窒素を使った急速冷却が開始される。煙と冷気で空気が白く濁る中、再び発射シークエンスが開始された。
 だがもともと連射の効かないシステムなだけに、インターバルは想定以上に長かった。そしてそんな時間を与えてくれるほど、使徒は人類に優しくはなかったのである。
 
「使徒内部にふたたび高エネルギー反応!」
「急速に上昇していきます! 第二射、間に合いません!!」
「くっ・・・シンジくん、お願い!!」
『了解ッ!!』
 
 ミサトの要請に従い、巨大な盾を手にしたEVA初号機が地響きをあげて参入した。機敏な動きで使徒と零号機の射線上に割ってはいる。
 再び使徒から光の奔流がほとばしり、零号機を狙う。シンジはすかさず初号機の盾を射線軸に対してやや斜めに構えさせ、巧妙に受け流す。
 
「上手い!! これなら時間を稼げるわ」
「発射シークエンス、急いで! 保つと言っても長くはないわよ!」
「了解!!」
 
 シンジの機転により、作戦部は活気づいた。使徒の放つ加粒子砲は一射ごとにパワーアップしており、17秒保つと言われた盾も、実のところ一瞬でぶち抜かれてもおかしくはなかったのだ。
 
『くっ・・・・・うおおおおおおっ!!』
 
 初号機のエントリープラグの中で、シンジは歯を食いしばって衝撃に耐えていた。L.C.Lの温度は急速に上昇し、熱が意識を朦朧とさせていくが、気を失う訳にはいかなかった。少しでも油断すると盾は一瞬で吹き飛ばされ、自分も背後にいる零号機もおそらく助かるまい。
 
「シンジっ! ・・・くっ、まだか。まだそろわないか!?」
 
 零号機のプラグ内で、ヒトミはじりじりとGOサインを待っていた。いかに焦ってトリガーを引いたところでライフルを発射することはできない。揺れ動くスコープが一致し、発射可能の信号が発せられない限り、反撃を加えることはできないのだ。
 
『うおあああああああああッ!!!!!』
 
 茹だるような熱の中、シンジの雄叫びも限界に達しようとしていた。正常な思考などすでにない。ただ気力と集中力のみがシンジの行動を支えている。だがそれもすでに限界に近い。なおも威力を落とさない加粒子砲の前に、その気力も潰えようとしたその時・・・!
 
 BOMB……>
 
 不意に使徒の攻撃が途絶えた。使徒の表面に爆撃の砲弾らしきものが着弾し、加粒子砲の心臓部ともいえる加速器を損傷させたのだ。
 
「なに!? 一体!?」
「榴弾砲による砲撃のようです。発射地点は御殿場あたり。山越えで使徒に砲撃を加えたものと推測できます」
「誰がそんなことを!?」
 
 突然の事態の急転に作戦部は騒然となったが、この際はもっけの幸いと言えた。ミサトはただちに頭を切り換える。直後にオペレーターの喜声が響いた。
 
「誤差修正完了! 発射、いけますっ!!」
「ヒトミちゃん! GOよっ!!」
「でえええええええっ!!!!」
 
 待ちに待った指示に、ヒトミは気合いとともにトリガーを引き絞る。蹴飛ばされるような反動が彼女を襲い、発射の閃光がヘッドギア越しに網膜を灼く。
 満を持して発射された砲撃は、展開された使徒のATフィールドを貫通し、その中心部を見事に撃ち抜いた。青白い巨体が光を失い、ゆっくりと大地に沈んでゆく。
 第五使徒ラミエル。ここに殲滅・・・!  
 
 
 
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「・・・どうやらこいつの出番はなかったみたいね。何よりだけど」
 
 ひとり呟きながら、碇ケイは愛銃の薬室から弾丸を抜き、セーフティをロックする。
 作戦が失敗し、使徒がジオフロントに侵入した時は、ケイ自らが使徒を銃撃して殲滅するつもりでいたのだ。ATフィールドで防御されていようがケイにとっては薄紙のようなものである。あたしの力を披露する機会が無くて残念、などと冗談をつぶやきながら、銃をホルスターに納める。
 それにしても、とケイは思う。よくあれだけ分の悪い博打で勝ちを収めることができたものだと。多少の援護はさせたものの、基本的には作戦通りに事が運ぶことになった。
 
――出来すぎだわね、やっぱり。シンジくんとヒトミちゃんの絆の深さのおかげかな?」
 
 軽口でつぶやいた直後、ケイの背後でばきっ、と言う音がした。
 見ると横になっていたはずのレイがゆっくりと立ち上がり、ポーチを片手に部屋を出ようとするところだった。
 
「大丈夫、レイちゃん? 肩借そうか?」
「・・・いい。心配しないで」
「そう? まだ無理しちゃダメよ」
「ええ・・・」
 
 軽いやりとりの後、レイは部屋を出た。ケイとしては使徒も殲滅されたことだし、必要以上にレイにかまいつけることはしたくなかった。そのためプライベートで行うことはなるべく不干渉でいようと決めていたのである。
 だがこれからレイが行おうとしていることを知っていたら、果たして知らん顔をし続けられていたかどうか、不明である。
 
「・・・ワラ人形・・・五寸釘・・・木槌・・・・碇くんの写真。忘れ物なし・・・」
 
 ――謎のセリフが病院の廊下に響く・・・。
 
 
 
 
 翌日、緊急入院してきたシンジと、同室に入院していたレイとの間で謎のやりとりがあったという噂が立った。
 詳細は不明だが、見ていたものは一斉に口をつむぎ、付き添いの碇ケイもまた、苦笑したまま答えを返さなかったという。
 仕事で司令室に詰めていたヒトミが詳細を知らないのは幸運だったのかどうか・・・。
 ――詳細は不明である・・・。
 
つづく

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