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 ザ―――― ザ――――
 
 紅い海――
 決してルビーのような澄みきった紅ではない。動物の血液を大量に溶かし込んだような毒々しい『紅』――
 世界の終焉であった。
 生命の営みも、時間の流れさえ失った、この『終わり』の世界に――
 
 だんっ! だんだんっ!!
 
 強くつよく地面を踏みつける物音と ――
 
「ふんっ! ふんっ!! はッ!!!」
 
 短いが強い気合いをともなったかけ声が響いている。ひと声ごとに空気がふるえ、見えない『力』が爆発しているさまが、ありありと感じられる。
 声の主は少年であった――少なくとも外見は。短身痩躯の――と言うより、十代半ばの容貌である。せいぜい中学生ぐらいだろう。クセのない黒髪は変に長すぎず短すぎず、アクのない爽やかな顔つきは中性的、と言うより女性的にも見える。
 ありていに言えば『美少年』である。
 そんな彼の華奢とも言える四肢が猛々しく動き、大地を踏みしめ虚空を切り裂き、裂帛の気合いが大気を震わせる。
 
「覇ああッ!!!!」
 
 演舞の締めくくりとして少年からほとばしった気合いの咆哮は、物理的なエネルギーとなり、はるか前方の巨岩を撃ち砕く。
 ガラガラと積み木の崩れるような音が遠くから響いた―― 。
 
 
 
「いいかげん、ひとり稽古も飽きたよなあ・・・」
 
 どこからともなく取り出したタオルで汗をぬぐいながら、少年――碇シンジは独りごちた。
 あの運命の日――サードインパクトから数十年の時が流れたが、彼の肉体に成長や老化の痕跡は、いまだに認められない。彼が『変わった』としたら、むしろその内面であろう。
 第18使徒として覚醒を果たしたシンジは、肉体の老いとは無縁の存在となった。使徒とは言え生物である以上、不死になれるはずもないが、『殺されない限り死なない』身体であることには違いない。
 絶望し、懊悩し、自らをこんな状況に追い込んだネルフの連中を恨んで七転八倒したあげく、シンジがたどり着いた結論は、『開き直る』ことだった。
 安直ではあるが、その結論に達するまで五年かかったのは、彼のおかれた状況を考えると、むしろ早かったかも知れない。
 
「・・・・・・・・・運動でもしよ」
 
 寝起きのような口調でつぶやいたそのセリフが、『開き直った』シンジの第一声であった。
 サードインパクトによって発生した地球規模のLCLは、まさに知識の宝庫であった。学者連中がほしがる学術的なものはもちろん、各国に古より伝わる格闘技能もまた、膨大なものであった。シンジは結論に達するまでの数年間にも、ひまつぶしと怒りのはけ口を兼ねて武術の稽古を始めており、『開き直っ』てからは、よりいっそう鍛錬に励むようになった。
 正しい武術の知識と地道な鍛錬によって、シンジの格闘能力はより洗練さを増し、それにともなって人間としての内面にも磨きがかけられた。――完全なる第一八使徒リリンを、他の不完全なリリンたちと同列にあつかって良いのか、という話はさておき・・・。
 ともかく「とりあえず運動」することにしたシンジは、格闘オタクのごとく、技の鍛錬を開始した。
 もともとひとりでこつこつ練習するのは好きな質である。一日の半分を練習に費やし、もう半分で(ヒマつぶしに)知識の吸収、一日かけて眠る、ってな毎日を繰り返し、気がついたら数十年の時が過ぎ去っていた、というわけである。
 飽きるのも当然だ。
 
 
「――久しぶりに“始まりの地”に行ってみるかな?」
 
 思い立ったようにシンジは立ち上がった。“始まりの地”とは、サードインパクトの起こったあの日、シンジが目覚めたあの海岸である。
 
「何だか懐かしいなあ。変わりないかな? もっとも死んだ世界なんだから、変わっている方がヘンなんだけど・・・」
 
 意味不明のセリフをつぶやきながら、歩み出すシンジであった。
 
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               プロローグ
(あるいは新性紀エヴァンゲンドウ外伝)
ある逆行者の軌跡
 
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「・・・待ちくたびれたわ」
 
 それがかつて“綾波レイ”と呼ばれていた少女の、再開のセリフであった。
 
(そんなこと言われてもなあ・・・)
 
 忠犬ハチ公よろしく長々と待たされた(それも数十年単位で)者としては、至極当然のセリフであろうが、彼女が待っていたことはおろか、そもそも生きていた事すら知らなかったシンジとしては、そう思わざるを得ない。
 それでもそのセリフを内心で呟いたのみにとどめたのは、かつて同居していた“問題女”たちから学んだ貴重な経験からであろう。すなわち
 ――怒っている女性に逆らってはいけない。
 その後数分間、ぷいと顔を背けるレイにシンジが謝り倒すという、表記無用の行為が続けられたのであった。
 
 
 
「過去に戻る? そんなことができるのかい?」
 
「できないわ」
 
 しばらくつもる会話が続けられた後、話題のひとつとなった項目に、シンジは目を輝かせて問いかけたが、レイの返事はにべもないものであった。
 
「時間軸に干渉することは許されていないわ。たとえ神であっても」
 
「――神ってのは全能の存在じゃなかったのかな?」
 
 シンジは首を傾げた。“できない事はない”とされるのが全能であるならば、ずいぶんと多くの“例外”があるものだ。
 余談だが、「本当に全能なら、言う事を聞かない人間を作ってみろ」と言われて困っている“自称”神の話がある。作れないなら全能ではないし、作ったら作ったで思い通りにできない人間がひとり登場することになり、やはり全能ではなくなってしまう。
 この話が何に対する皮肉かはとりあえず置くとして、時間旅行というものは因果律に対する重大な干渉になるらしく、神や悪魔といえども軽々しくできるものではないという。
 
「でも、別の世界に“跳ぶ”ことならできるわ。そこでは“過去”の私たちと同じ体験をする“私たち”もいる。――その世界の外道たちに復讐することも可能よ」
 
「復讐?」
 
 シンジが目を見開いてレイを見る。レイはその紅の双眸に不可思議な光をたたえ、シンジの言葉を待っていた。
 十数秒の沈黙の後、シンジは大きく息を吐きだした。
 
「復讐か・・・。そんなことを考えた事もあったっけ。でもやめておくよ。そんながらでもないしね」
 
「なぜ・・・?」
 
 レイが問いかける。その声には意外の響きはなく、シンジの思いを確かめようという意志がにじんでいた。
 
「復讐しようにも僕たちにいろんな事をやった“当人”は、もう死んじゃってるしね。たとえ過去に跳んだとしても、そこにいる人たちのほとんどは、まだ罪を犯してるわけじゃない。――一部の連中はともかくね。まだやってもいない事で復讐されても困るんじゃないかな?」
 
 何でもないように語るシンジだが、実際のところ、あっさりとこの結論にたどり着いたわけではない。一時は身を灼かれるような深い憎しみと懊悩にさいなまれたものである。数千数万とおりの復讐のシミュレーションを頭の中で描き、そのたびに暗い歓びやさらなる怒りを呼び起こしたりしたものだが、それも過去の話である。
 かと言って、これから進んで悪事を働こうとしている別の世界の彼らを笑って許してやれるか、となると、また話は別になるが・・・。
 
「良かった。あなたは牛みたいな復讐の亡者にはならないのね?」
 
 レイがわずかな笑みを浮かべて言う。一瞬、誰のことを言っているのかわからなかったシンジだが、ほどなくそれがかつて同居していた“問題女”のかたわれであることに気づいて、笑い出してしまった。
 ――葛城ミサト。言うまでもなく、問題女のひとりである。もうひとりの問題女――惣流・アスカ・ラングレーは、年齢的にも精神的にもコドモの部分が大きいので、ある程度しかたないところもあるが、ミサトの場合、社会人としても妙齢の女性としても、あきらかに問題がありすぎた。スタイルが良くて美人である、と言う点をのぞくと、ただの社会不適格者になってしまう(家庭人としても)。まして“筋違いの復讐”に身をやつし、“家族”と称していたシンジたちですら“復讐のための手駒”として扱っていたフシさえある。
 サードインパクトによってそれらの事情をすべて知ったシンジは、かつて姉のように慕っていた彼女の実情が、救いようもないほど偽善に満ちたものであることを知り、ひときわ怨嗟の雄叫びを上げたものである。
 レイもまたシンジと同様の思いを感じていたのであろう。“牛”などと蔑称を口にしたところを見ると、表情に乏しい彼女の瞳に珍しく怒りの輝きが宿っているのがわかる。
 ひとしきり笑ったあと、目尻の涙を指でぬぐいながら、シンジはレイに話しかけた。
 
「めずらしいね。綾波が他人の悪口を言うなんて」
 
「あれから何十年も待たされたもの。考える時間だけはたくさんあったわ。あなたが悪いとは言わないけど・・・」
 
 あなた、の部分に妙に力が入っているような気がする。そして目も笑っていない。シンジは背筋に冷たい汗が流れたような気がした。
 
「髭、電柱、牛、マッド――あの人たちには、これで充分」
 
「・・・まあいいか」
 
 つっこみどころ満載のような気がしたが、とりあえず無視する。シンジ自身、件の人物たちに好意を持っているわけでもないのだから。
 そんなことより、とシンジは話題を戻す。
 
「別の世界に跳ぶことはできる、って言ったね? それはつまり、この世界から脱出できるってことかな?」
 
「そうよ。――どうするの?」
 
「行くさ」
 
 暗にどう行動を起こすかと問われたシンジは、あっさりと答えた。定食のメニューはこっちが良い、とでも言うような、なんでもない口調だった。
 
「別に復讐をするつもりもないけど、あきらかに悲惨な目に遭うことがわかっている“僕たち”を放っておくこともできないしね。今なら彼らの何人かは助けることができるかも知れないし」
 
「・・・そうね」
 
 頷くレイに、シンジは「それに」と付けくわえた。
 
「どうせならあいつらを利用して、事態をかき回してやれれば、面白いことになるんじゃないかな?」
 
 イタズラ小僧のような人の悪い笑みを浮かべながら、どこか楽しそうな口調で話すシンジである。この数十年の年月は、レイのみならずシンジの内面にも多大な影響を与えたようである。
 
「じゃあ行きましょう。私とあなた、ふたりの使徒としての力をひとつにして――」
 
 レイがスッと手を差しのべた。シンジもうなずいてその手を握る。何をするかなど、話を聞いた時点で見当が付いていた。
 
「私とあなた。ひとつになる。それはとても気持ちが良いこと――」
 
「・・・なにか意味が違う気がするけど、まあいいか」
 
 シンジが苦笑する。次の瞬間、気をひきしめてレイを握る手に力を込めた。レイも目を閉じて意識を集中する。
 ふたりを中心として光が発生し、ほの暗い“紅の世界”をまばゆく照らした。
 第2使徒リリスと第18使徒リリン。無限の力を持つふたつの種族の力が解け合い、ひとつの魂となって解放されていく。レイとシンジ、ふたりの姿が光圧の中で砂のように崩れ、光の粒子となる。
 爆発的な光芒の中で、金色の光を放つ魂の球体に、いったん散らばっていた光の粒子がまとわりつくように集まり、やがてひとりの人間の姿を形作っていく。
 その姿は、レイともシンジとも異なる――そしてどちらでもある、ひとりの人間の完成型であった。
 やがて爆発的な光の乱舞もおさまり、あたりには小さな波の音が戻ってきた。海からの照り返しによる紅い光があたりに満ち、先ほどの光景が夢だったかのような儚い景色を演出している。
 だが、それが夢などではないことは、レイとシンジがいた場所にうずくまっているひとりの人間が証明していた。やがて眠りから覚めたように顔を上げ、“彼女”はゆっくりと立ち上がった。
 
「・・・・・・・・・」
 
 しばし無言で自らの手や腰まで伸びた黒髪をながめ、やがて意を決したように海辺へと駆けだした。入り江の水鏡に顔を映してみる。
 
「女・・・? しかも母さんにそっくり・・・?」
 
 呆然とした口調で、シンジであった女性はつぶやいた。――否、レイでもあるのだが・・・。
 シンジとレイ、ふたりの魂が融合して、あらたな生命体が誕生したわけだが、考えてみると、シンジがリリンとして覚醒した際、男性としての機能は喪失している。もともと使徒――天使というものは無性(男でも女でもない)だと言われている。例外はアダムとリリスくらいのものだろう。
 となれば、当然無性(シンジ)+女性(レイ)=女性、と言う図式が成り立つ。もしシンジが男性体のままだったら、無性になったのかふ〇なりになったのか、興味深い問題であったかも知れない・・・。
 水鏡に映った自分の姿を見つめながらしばし呆然としていた彼女だが、やがて頭ひとつ振って顔を上げた。その表情は意外とさばさばしている。
 
「・・・ま、いーか。これはこれで楽しめそうだし♪」
 
 悪戯っぽく笑いながらつぶやく彼女のその瞳には、シンジともレイとも異なった超絶的な輝きが宿っている。
 じっさい現在の彼女は、二種族の使徒の力が掛け合わされ、神や悪魔にも匹敵するほどの“力”を有している。その気になればあらたな世界を構築して絶対者として君臨することもできるのだが、少なくとも現在の彼女にそんな気はないようだ。
 彼女は大きく手を広げ、ゆっくりと両手を胸の前で合わせていく。かつてのレイを思わせる無機質の表情で目を半眼にし、ぶつぶつと呪文らしきものを唱える。
 次の瞬間、合わせた掌の間で光球が生じた。序々に輝きの度合いが大きくなり、それにつれて空間全体のエネルギーが光球に集中していく。
 あたりを煌々と照らす光の奔流は、先刻の光景の再現であった。違うのは力の行使を行っている人物が、ある特定の力を発現するために能力を集中している点であろうか。
 
「はああッ!!!」
 
 彼女が気合いの咆哮を上げ、手にした光球を中空に解き放つ。光球は矢のような勢いで一直線に飛空したが、上空100メートルくらいの位置に達した時、ふいに消失する。
 
「いまッ!!!」
 
 パチン、と彼女が指を鳴らした。瞬間、激震が轟いた。
 稲妻が閃き、空気が鳴動し、巻き上がる風に紅い海が荒れ狂った。
 長いようで短い天変地異の時間が終わった時、そこにあったのは、地上100メートルくらいの位置にぽっかりと空いている空間の穴であった。彼女の力によって生み出された平行世界へと通じる“ゲート”である。
 
「・・・思った以上の力だね、これは。向こうに着くまでに少し封印した方が良いかも」
 
 自らの力で成した現象を前に、彼女は自分の掌を見つめてつぶやいた。確かに神のごとき力を不用意に揮うことは、普通の人間たちがひしめく世界においては、混乱の元にしかならぬであろう。
 
「さて、行きますか」
 
 ひとこと呟くや、彼女の身体がふわりと浮き上がった。風に乗って舞うように蛇行の軌跡を描きながら“ゲート”へと向かっていく。
 間近で見る“ゲート”の大きさは約3メートルほど。自然界に存在する“治癒力”によって、その大きさを急速に減少しつつある。
 ゲート前に到着した彼女は、そのままゲートに飛び込まず、十数秒考え込んだ後、ゆっくりと後ろをふり返った。
 
「・・・・・・・・・・・・・・」
 
 自分が生まれ、生き、そして消失した“世界”。さまざまな思いが渦を巻き、“超越者”となった彼女の心を締めつける。
 だが、それも終わったこと。伏せていた顔を上げ、目を見開いて、あらためて世界に向き合った時、彼女の瞳には決然とした光が満ちていた。
 
「さよなら、僕たちの生まれた世界。僕たちはあなたというゆりかごから卒業し、そして“あたし”になる!」
 
 くるりと振り向いてゲートに向かい、一気に飛び込む。数秒後、ゲートは完全に消滅し、
 ――世界に再び、静寂が戻った。
 ――二度と破られることのない、永遠の静寂が・・・。
 
 
 
 
 
 ――1998年 京都
 
 
「――だんな様」
 
「・・・ああ、若月か」
 
 禿頭にヒゲをたくわえた大柄の老人が、初老の執事に力なく応じた。江戸時代から続く京都の名家である碇家の当主、碇コウイチロウである。
 ひとり娘であるユイが、彼の反対を押し切って家を出たのはひと月ほど前のことである。歳を取ってから産まれた娘だけに、娘のユイに対する彼の愛情は深かった。生粋の天才なのか、生まれつきどこかがキレているのか、とっさには判断のつかない言動をすることもある娘だったが、コウイチロウにとっては関係なかった。いずれ自分の眼鏡にかなう性格の良い男と添わせれば、自分にとっても娘にとっても平穏無事な生活を送れるだろうと思っていた。
 たとえその男が無能だったとしても、それが原因で大財閥である碇家が没落したとしても、ユイさえ幸福であるなら彼にとっては本望だったのだ。
 ところがその娘が選んだのは、無能でこそないものの、非社交的で無愛想、傲慢で無神経という、コウイチロウにとって最も忌避すべき不逞の輩だったのだから、それがわかった時点から碇家は家庭争議の渦の中に叩きこまれてしまった。
 
「もうけっこうです。お父様にわかっていただこうとは思いません。私は家を出ます。今までありがとうございました」
 
 そんなセリフを残してユイが碇家を去ったのがひと月ほど前である。売り言葉に買い言葉で、思わず
 
「よろしい。お前などもう碇家の娘とは思わん。勝手にするが良い」
 
 ――そう言ったコウイチロウだったが、後になってつくづく言うのではなかったと悔やんだものである。自分から関係修復の道を閉ざしたようなものだからだ。
 
「だんな様。お食事を召し上がりませんと、お身体にさわります」
 
「食べたくないのじゃ、わかってくれ・・・」
 
 力なく答える主に、執事は、ですが、と声を上げた。
 
「お嬢様のことでお力を落とされるのはわかりますが、お亡くなりになったわけではありません。これから先、関係修復の機会はいくらでもあるでしょう。その時お身体を悪くされていては――」
 
 執事が懸命に諭している最中に、突然なにかが爆発したような轟音が響いた。屋敷を揺るがす衝撃と爆音に、主従ふたりが思わず身構えた時、使用人のひとりが主の部屋に駆け込んできた。
 
「だっ・・・だんな様! 急ぎおこしください! お、お嬢様が・・・」
 
「なに!?」
 
 コウイチロウは耳を疑った。決別したとはいえ、碇家唯一の後継者なだけに、ユイの動向には目をつけてあった。今頃は箱根にある“ゲヒルン”で研究の最中のはずである。
 
「何かの間違いではないのか? ユイがこんな所にいるハズがない」
 
「いえ、ですが・・・」
 
 なおも言いつのる使用人に、コウイチロウは立ち上がった。ぐだぐだと言い合っているより直接見た方が早いだろう。老人とも思えぬ立派な体躯をひるがえし、大股で歩み出す。
 碇邸の中庭が陥没していた。いん石の直撃を受けたように大きくえぐれ、穴の中心あたりは何かがくすぶっているように煙を上げており、ぶすぶすと鈍い音をたてている。屋敷中の人間が呆然と注目する中、先刻まで憔悴していたとは思えぬ程のしっかりした足取りで、コウイチロウはクレーターの中心へと歩み寄っていく。
 穴の中心地には、ひとりの女性が身体を丸めて眠っていた。あちこち汚れているものの、素材の良さは際だっているらしく、少しもきたならしい感じはしない。腰まで伸びた黒髪はまだツヤを放っているし、ぼろぼろの簡素な服の下に隠れているボディラインは、豊満さと引き締まったシャープさを兼ね備えた、希有なものであることがわかる。
 そして、万人が万人「美人だ」と認めるであろうその顔は、屋敷中の人間全員知っているものであった。
 近寄って人相を確認したコウイチロウは、「ふむ」とうなずき、腕を組んで考え込む。
 
「なるほど、ユイそっくりじゃな。だがユイではない。――とすると、この娘は・・・?」
 
 いぶかしむコウイチロウをよそに、“異世界”から出現した女性は、安らかな表情で眠り続けていた。
 
 
 これが碇家当主、碇コウイチロウと、時空を超えて来たもうひとりの“娘”、碇ケイの初めての出会いであった。そしてこれ以降、世界の運命も含めて、本来歩む歴史から大きく逸脱していくことになる。
 
 
 それが結果的に良いことになるのか悪いことになるのか、現在の段階で語れる者は、ひとりとして存在しないのであった。
 
 
続く
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こんにちは。HIKOでございます。
以前に「エヴァンゲンドウ」4話を執筆して以来、自分で作った「碇ケイ」のキャラをまた書きたくなって、ついに新作を執筆することになりました。
 今回はそのプロローグ。ただしこの話限定と言うことにすると、「エヴァゲン」の外伝にもなるという、お手軽な展開。感心されるか呆れられるか、自分でも見当がつきません。皆さんはどう思います?
 さて、そんなこんなでプロローグは完成しましたが、肝心のタイトルはまだ決定してません。どんなタイトルになるか、それは今後に期待しましょう♪(他人事みたいに言ってるな自分)
 では♪
HIKO

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