戻る

 惑星連合軍宇宙基地(ステーション)、トランススペース・ナイン(TS9)。
 広大な宇宙の架け橋である「トランス・チューブ」の側に構築されたこの宇宙のオアシスは、様々な人種のるつぼであると同時に、様々な問題を抱え込む特異点でもある。
 この日、TS9の司令部当てにあるメッセージが届いた。画像はなく音声のみであったが、まぎれもなく脅迫の文言であった。

『TS9の諸君。君たちのアイドルであり、司令代理を務めている『かわねこ少尉』は、我々があずかっている。
 無事に返して欲しければ、次の連絡を待つように。
 なお、他の基地などに連絡して我々を押さえようなどとは考えないこと。
 もしそんな気配を少しでも見せれば、少尉は五体満足な身体では帰らないと憶えておきたまえ・・・』

「・・・なんの冗談かな、これは?」

 司令執務室で「誘拐犯」たちの声明を聞きながら、出来の悪いコントを見せられた後のような口調でつぶやいたのは、TS9の基地司令を務めるかわねぎ中佐である。
 ちなみに現在執務室には、かわねぎ司令ひとりしかいない。司令部自体にも数人がつめているだけなので、この『第一報』が彼らに伝わらなかったのは、混乱を避ける意味でも幸運な事であった。それはさておき・・・
 かわねぎ司令は砂嵐のごとき画面に目をやったまま、しばし考えていたが、思いついたように指揮卓のコールボタンをプッシュして優秀な副官を呼び出した。
 わずかなタイムラグの後、金髪に帽子をかぶったハイティーンの少女が画面に顔を出す。便宜上副司令を務めている、れも少佐である。

『司令、どうなさいました?』

 勤務時間を終え、自室で眠っていたであろうれも副司令は、ネグリジェ姿ではあるものの、眠気など欠片も感じさせない凛々しい表情で上官を見つめている。寝間着にいつもの帽子という取り合わせは限りなくミスマッチではあるが、のんきに笑っている事態ではない。
 かわねぎ司令はただちに本題に入った。

「れも君、至急調べてくれたまえ。TS9内で官民を問わず、キャロラットの少女に行方不明になった人物がいないかどうか。・・・特に、『かわねこ少尉』と同年代くらいの人物を重点的に――」

 らしからぬ真剣な表情のかわねぎ司令に、れも副司令もその紅い双眸をひそめ、緊迫感のある台詞をつむぐ。

『・・・誘拐事件でもおきましたか?』
「たぶんね。『かわねこ少尉を誘拐した』という脅迫状が送られてきた。・・・状況はわかるね?」
『・・・わかりました。すぐに調査いたします』

 言葉少なに応じるかわねぎ司令に、れも副司令はただちに応じ、画面外に消える。
 端末を通じて各セクションに指令を飛ばし、情報を集め、司令部に集めるように指示すると、数分後にはかわねぎ司令の待つ画面に戻ってきた。

『すぐにそちらに参ります。司令もお急ぎください』
「急ぐって、何をだね?」
『かわねこ少尉が誘拐されたんでしょう? 誤解だと証明しなければ、司令部どころかTS9そのものが大混乱しますよ?』
「あ・・・」



 十数分後、『かわねこ少尉誘拐さる!?』の一報が司令部に流れ、TS9の心臓部は予想通り混乱のるつぼと化した。
 そんな中、ひとりのキャロラットの少女の、「ボクはここにいるにゃ! ゆーかいなんかされてないにゃ!!」と言う叫び声が響き、それでも完全収束まで1時間を要した。
 この初動捜査の遅れが、事件解決にどのような影響を与えたのか・・・
 現時点では不明である・・・。




−P.F.キャリアー×らいか大作戦(2)−

崩壊への序曲・・・?

                    HIKO
                     画:MONDO様





 時間は昨日までさかのぼる。
 いわく付きの少女たちが、とんでもない境遇の少女と出会い、風変わりな友誼を結ぶことになると・・・事態はお約束の運命に向かって突き進むものと相場が決まっている。

「ヘンにややこしい言い回しをするのはやめたら? 一年以上も時間を空けたクセにもったいぶっちゃって・・・」(天の声)

 ・・・・・・おっしゃるとおりです、ハイ・・・m(_ _)m



 ライカ=フレイクスこと戸増頼香たちが鷹飼優輝と個人的に知り合ってから、お互いの境遇を把握するまでそんなに時間はいらなかった。頼香が異星人であり軍人でもあること、優輝がとんでもない身体能力ととてつもない戦闘力をもった一種の超人であること、これらの事実はお互いにとっても、「ふうん、そうなんだ」程度の認識であり、色眼鏡で見るほどの必要を見いだせなかったのだ。
 かくして鷹飼家と戸増家は家ぐるみのつきあいを始め、いきおい、休みの日などにお互いの家で寝泊まりする事も多くなってくる。
 もっとも優輝は「ちょこ」以外の齧歯類には相変わらず拒否反応を示すので、「もけ」や「からめる」たちプレラットが戸増家に在宅している時は、決して来ないが・・・

「わっかんないよなあ、優輝さんも。ちょこが大丈夫なのに、プレラットの連中は何でダメなんだろ?」
「お姉のネズミ嫌いはある意味本能に近いからね。ウチのちょこだって慣れるまでどんなに大変だったか・・・」
「(ポリポリ)ボクたちはネズミじゃないでちゅ!」
「(ポリポリ)右に同じ、だな。似てるのは姿形だけじゃないか。同列に扱われるのは不愉快だね」

 しみじみと語る頼香と真輝に、「ネズミ」と同列扱いされたプレラットのもけとからめるがヒマ種を囓りながら苦言を呈した。
 普段はさんこうに詰めているふたりだが、たまにはお出かけ感覚で地球に遊びに来る。
 優輝の「ネズミ嫌い」が頼香たちに発覚したのは、前回初めてプレラットたちと顔を合わせた時だが、そのときはマンションの玄関ホールを全壊した上で、電柱をぶち折って帰るという、冗談のような戦禍を残した。

「すごかったねえ、ユーキおねーさん」
「あれだけ凄いと、見ててギャグみたいだよな」

 来栖が手放しで賞賛し、頼香も笑いながら応える。もちろん宇宙基地TS9でも「すごい」人物は多々いるのだが、優輝の「凄さ」は彼らとは少々印象が異なる。
 たとえて言うなら、F1レースの最中、トップで走るマシンをママチャリで追い抜くような不条理な「凄さ」なのだ。
 何らかの事情で優輝とガチンコ勝負する羽目になったとしたら、頼香だったら迷わず降参するだろう。

「ま、それはそれとして・・・」

 一同がひとしきり笑った後、話題転換とばかりに果穂が口を開いた。

「もうすぐTS9のオープン・フリートじゃないですか。真輝さんも優輝さんをさそってTS9に遊びに来ませんか?」
「TS9って、頼香ちゃんたちがいる宇宙基地だったよね。オープン・フリートって、あたしたちがいっても良いの?」

 オープン・フリートとは軍事基地や駐屯地が開催する一種のお祭りで、この日は普段入ることが出来ない一般人も自由に出入りできる。

「かまいませんよ。たださすがに無制限って訳でもないので、事前に登録して臨時パスを作っておく必要がありますけどね」
「行くッ! お姉と一緒に絶対行くって!」

 即答であった。姉の意向を確かめもせずだが、真輝としてはせっかくの宇宙旅行を姉に内緒で・・・など考えられない。

「でもTS9にはプレラットの連中もいるからな。その辺は大丈夫かな?」
「大丈夫。一度した約束は意地でも守るからね、お姉は。前もって『暴れない』って約束させれば絶対大丈夫」

 確信を持って言い切る。真輝には腹案があった。

「可愛いもの大好きだからね、お姉は。かわねこちゃんにでも頼んで貰えば、約束させるのは簡単だよ」
「でもかわねこって、意外と捕まらないぜ。司令代理なんて重職についてるから、気楽にちょっと来てくれ、とも言えないしな」
「え、そうなの? どうしようかな・・・?」

 頼香からの不安材料に、真輝は考え込んだ。

「かわねこってホントに人気者だからな。ま、確かに可愛いとは思うけど、あそこまで熱狂的ファンがいるってのも、ちょっと異常だよな」
「なに言ってるんです頼香さん!」

 頼香の素朴な疑問に、果穂はやや過剰気味に反応した。

「かわねこさんの人気がすごいのは自明の理じゃないですか。けも耳少女の中でも、かわねこさんだけに人気が集中しているのは決して異常な事じゃないです。あの幼い肢体に明晰な頭脳、世の男たちをすべて籠絡するにふさわしいあの舌っ足らずな口調、恐ろしくても決して逃げない凛とした立ち姿。けも耳美少女の理想型のひとつじゃないですか云々――」

 ・・・気がついたらまたしても果穂の独演場が始まってしまっているのであった。頼香はまたかと聞き流し、目を白黒させる真輝に、もけが近寄って話しかける。

「気にしない方が良いでちゅ。一種の病気でちゅから」
「病気じゃありません。本能と言ってください!」
「わぷっ!?」

 いきなり背後から宣言され、かじっていたヒマ種をのどに詰まらせかけるもけ。
 トリップしているかと思えばこれである。まったく庄司果穂という少女はただものではない。
 頼香はそんな相棒に感心半分呆れ半分の視線を投げかけたが、あえて口にはせず、視線を真輝の方に転じた。

「それはそうと、真輝。2〜3日は泊まっていけるんだろ?」
「え? うん。お姉にはそう言ってあるけど?」

 頼香の問いに、真輝はとまどいながら答える。夏休みにも突入した事だし、もともと門限にうるさい家庭でもない。事実お泊まりセットも持ってきているから、あらためて問われる事はないはずだが。頼香はそんな疑問に応えるように言葉を続ける。

「それなら一足先に、TS9に行ってみないか? パスの登録はあそこじゃないと出来ないし、優輝さんには後で行ってもらえば問題ないしな」
「え? 良いの?」
「直前に登録じゃ混乱するからな。・・・問題ないよな? もけ、からめる」
「大丈夫でちゅよ」
「問題ないだろう。権限があったらここで発行しても良いくらいだしな」
「やったあ♪」

 拳を振り上げて凱歌をあげる真輝。実際うれしいだろう。好奇心旺盛な性格の真輝だけに、一足先に宇宙旅行ができるとあっては。

「え〜? じゃああたし今日はお泊まりできないね? つまんないなあ・・・」

 残念そうに来栖が口を開いた。果穂と同じ現地協力員だけにTS9への出入りは自由にできるものの、ここからTS9まではざっと20時間ほどかかる。明日に家族旅行を控えている来栖は、今回のTS9行きは断念するしかなかった。

「悪いな、来栖。埋め合わせは今度するからな」
「ううん、仕方ないよ。それより真輝ちゃん、楽しんできてね」
「ありがとう、来栖ちゃん。ごめんね」
「そうだ、来栖さん。今夜は真輝さんの家に泊めて貰ったらどうですか? 今日のお泊まりの代わりに。真輝さん、良いですよね?」

 謝りあう3人に、ひとつの提案をする果穂。

「え? 真輝ちゃんちに?」
「うちに? 別に良いけど?」
「・・・果穂。また何企んでるんだ?」
「企むとは人聞きの悪い。まるで私がいつも人を実験台にしてるみたいじゃないですか?」
「違うのか?」
「違いますとも。あれはきちんと納得して貰った上での純粋なご協力ですよ」
「・・・どの口が言いやがるんだこいつは?」

 胸を張って堂々と言ってのける果穂。頼香としては呆れのつぶやきを漏らすしかない。

「・・・と言うワケで、来栖さん?」
「え? わたし?」

 いきなり自分に振られ、来栖は思わず間の抜けた声を上げた。

「これをどうぞ」
「んぐっ・・・・・・あ、飲んじゃった・・・」

 手に持った小瓶からカプセルを一錠取り出し、指で弾いて来栖のノドに放り込む。
 口の中に飛び込んできたそれを思わず飲み下し、困惑の声を上げた来栖だが・・・ほどなく飲んだカプセルが効き目をあらわし、ネコ耳ネコ尻尾を生やした来栖(ネコ娘バージョン)が誕生する。

「わあ♪ 久しぶりだあ♪」
「わ〜っ♪ か〜わいいっ、来栖ちゃん♪」
「す・・・“水曜日の子猫”?」

 ネコ来栖と真輝が手を取り合ってはしゃぎ、頼香が引きつりながら薬の名前を口にした。

「どうです? この姿で優輝さんに出席を頼めばすべてOKじゃありませんか、真輝さん?」
「ぜ〜んぜんOKだよ! それならお姉、何でも言う事聞くって♪ 来栖ちゃん、頼める?」
「まかせてっ、真輝ちゃん♪」
「・・・意外と単純なんだな、優輝さんって」

 はしゃぎあう来栖と真輝を一歩離れて見ながら、頼香がぼそりとつぶやく。だが人間というものは基本的には単純なものだろう。「下手な考え休むに似たり」と言う有名な格言が示すように、あれこれ考えすぎるのは良くない結果を呼ぶ事が多い。
 すっかりテンションの上がった真輝は、調子に乗って果穂からクスリを貰い、自ら飲み下す。ほどなくネコ娘はふたりになった。

「可愛いねっ、真輝ちゃん♪」
「来栖ちゃんも可愛いよねっ♪」
「ああ・・・・可愛いです、おふたりとも・・・♪」

 はしゃぎあうふたりのネコ娘(と陶酔する者約一名)の競演は、その後1時間以上も続くのであった。



「水曜日の子猫」 … 果穂が開発した変装薬。
服用するとネコミミ&ネコ尻尾が生える。効果は24時間。




 なおその日の夜、鷹飼家では童顔(でも巨乳)の女子高生の魂の抜けたような笑顔が延々と続き、一晩中抱き枕にされた小学生の少女は、やや寝不足気味で家族旅行に合流することになった。




 地球からTS9までは、約1.5光年の距離がある。
 通常の巡航速度(ワープ6)よりやや速いワープ7のスピードで約20時間の船旅の後、頼香と果穂はお客様の真輝(ネコ耳バージョン)をつれて、無事TS9に入港した。

「わ〜〜〜〜っ♪ わ〜〜〜〜っ♪ わ〜〜〜〜っ♪」

 完全に「おのぼりさん」と化している真輝に、苦笑しながら応じている頼香と果穂。
 通路をきゃいきゃい言いながら歩く三人娘(いつもとはメンバーがひとり違うが)。そんな彼女たちを陰から見つめる怪しげな凸凹コンビがいたのだが、気を探るすべを知っている訳でもない頼香にそれを知れというのは、いささか酷な要求だろう。



「どうです? 兄貴」

 身の丈2メートルを超える大男が傍らの小男に話しかける。兄貴と呼ばれた小男は140センチにも満たないドチビではあるが、態度だけは弟分の20倍以上あるような仕草でアゴをしゃくってみせる。

「間違いねえ。連合最年少の美少女士官と言えば有名人だからな。あの小娘の側にいるキャロラットなら、間違いなく俺たちの目標だぜ」
「大丈夫ですかい? もし間違ってたら・・・?」
「てめぇ! 俺の言う事が間違ってるってのか!?」

 いきなり激高し尻にケリを入れる。岩を殴りつけたように小男の足がしびれ、無言の悲鳴を上げながら足をプラプラさせた後、何事もなかったように両の足で立つ。
 気まずい沈黙の後、小男は足の痛みを無視して話し始めた。

「いいか、俺たちにはもう時間がないんだ。テランの衛星監獄から抜け出せただけでも幸運だが、カネがない以上これ以上身動きはとれない。なんとしてもカネを手に入れて高飛びしなきゃ身の破滅だ。てめぇだってわかってんだろうが?」
「そりゃそうですが・・・」
「それにもう決めた事だろうが。このために脅迫メールも作ったんだしな。ここで事を起こさずに捕まってみろ。俺たちゃ良い笑いモンだぜ?」

 小男は胸ポケットに収めた記録ディスクを叩いてみせる。精一杯ハッタリを効かせて作った代物である。いまここで捕まって中を見られたら・・・・
 はっきり言って、恥だ!

「わかりました。やりましょうや!」
「その意気だ。だが焦るなよ。あの最年少士官、タダモンじゃねえからな。目標がひとりになる時を狙うんだ。いいな?」
「合点です、兄貴!」



 宇宙基地であるTS9には基本的に昼も夜もない。だがそこで生活しているのが人間である以上、睡眠時間は必要だし、身体のバイオリズムを好調に保つにもはっきりとした昼と夜がある方がよい。
 そんなわけで、夜である。観光局で臨時パスの登録をすませ(発行は翌日)、明日は一日かけてTS9を案内しよう、と言う相談もまとまり、頼香たちはひとまず眠りにつくことになった。

「あいにく俺の部屋にはベッドがふたつしかないんだ。来客用のフロアがあるから、今夜はそっちで眠ってくれるか?」
「気にしないで頼香ちゃん。ベッドがあるならそれだけで十分だよ」
「悪いな」
「おやすみなさい、真輝さん」

 そんなわけで頼香と果穂、真輝は廊下で分かれて自室と客室に向かったのだが、ふと尿意を覚えた真輝がトイレに向かい、まっすぐ客室に向かわなかったことがひとつの事件を招くことになってしまった。
 暗闇の中、巨漢と小男のふたりの誘拐犯が動き出す・・・

 さて、自室に戻った頼香だが、当然すぐ寝る訳ではない。正規の軍人である以上、報告書だって提出しなければならないし、プライベートの作業だって若干はある。簡単にシャワーを浴びて寝間着に着替えると、どてらを羽織って端末のあるデスクに向かう。
 ちなみに果穂の方は、「夜更かしは美貌の敵」とばかりにシャワーを浴びると早々に寝床に入ってしまった。
 マイペースな少女である・・・。
 デスクの前に座り、日課の報告書の作成にかかる頼香。だがその日に限って、彼女の作業ははかどらなかった。なにやら頭の隅にチリチリするような感覚が走り、いてもたってもいられない心境になってくる。

「一体・・・なんだってんだ?」

 行き場のない感覚に戸惑っている頼香に、いきなりわめき散らすような歌声が響いたのはその瞬間である。

SYARANRA SYARANRA HEY・HE・HEY・HE・HEY SYARANRA〜♪

 惑星テラン方面から頼香に届いたメールである。一度さんこうに届いたものが転送されてきたらしい。

こぉどもだなんてえ〜っ、お・も・ったらっ♪ おおまちがいよぉ〜っ、お・ん・な・の・こっ♪

 夜の夜中に大音量で響く着信メロディーに、頼香は頭をかきむしった。
 おそらく相棒の趣味であろうが、何を考えているのか・・・と毎度毎度問いつめてやりたくなる。

「だって私たち、女の子じゃないですか。これほどぴったりの選曲はありませんよ♪」

 ・・・訊いたところでこう答える事は、目に見えているのだが。
 一度鳴り出すと出ない限り止まらないので、頼香はどてらの襟をかけ直しつつ、メールを再生した。

『やあ、お嬢さん。久しぶりだな。元気にしていたかね?』

 プラム=スピナー教授であった。イーター事件の後、惑星テランにもどり、衛星軌道上の研究施設で相変わらず研究三昧の日々を送っている。半ば軟禁状態でもあるのだが、スピナー的には特に不満もないらしく、黙然と従い、今のところ逃亡する気配はみせない。

『相変わらず少年のような物言いをしてるのかね? そろそろ年頃だというのに、嘆かわしい限りだとは思わないかね?』

「大きなお世話だ!」

 相手が返事を返さないメール映像であることはわかっているが、思わずそう叫ぶ。
 スピナー教授はその秀麗な美人顔に、やんちゃな弟(妹)をたしなめるような表情を浮かべ、身を乗り出すように言ってくる。

『そういきり立つものではない。お嬢さんだって素材は悪くないんだ。女性らしい仕草を身につければ、男どもは放っておかないぞ。・・・ユキだって喜ぶだろうに』

「(赤面)そっ・・・そうかな――って、なんで!?」
「行動パターンを読まれてますねえ」

 まるで自分のセリフに応えるように話しかけてくるメール映像に、頼香は困惑の叫びを上げた。そんな彼女の背後から、いつの間にいたのか、ベビードールにガウンを羽織った果穂が、うんうんと頷きながら論評する。
 暗に「単純だ」と言われたようなものである。むすっと沈黙した頼香に、映像のスピナー教授はなおも無駄口を叩いてくる。

『それにしてもお嬢さんの男言葉は実に板に付いているな。私も元は男だが、あれほど荒々しい話し方をした事はないよ。だが君はれっきとしたテラン星出身の女性士官だし、よもや私やユキのような転換組ではあるまいしな。個人的に興味を抱いているところだ・・・』

「いい加減にしろ教授!! 早く本題に入れっ!!」

『――そうだな、無駄口はこのへんでやめておくか』

 思わず怒鳴りつけた頼香のセリフに、ぴったり呼応するメール映像のスピナー教授。
 脱力する頼香に、果穂はくすくす笑いながら論評した。

「やっぱり読まれてますね、頼香さん?」
「やかましい・・・」

 ぼそりと力なく言い返した頼香であった。
 映像のスピナー教授は傍らの飲み物で口をしめらせた後、きまじめな表情で語り始めた。

『先日、ラボから新型のオーライーターが盗まれた。偶発的に誕生したきわめて凶悪なタイプだからな。早く奪回するか、殲滅しないと大変な事になるぞ』

「・・・殲滅?」
「おだやかじゃない言いようですね。教授らしくもない」

 オーライーターの研究に関しては自他共に認める第一人者であるスピナー教授は、イーターたちに対する愛情も並はずれている。「捕獲」や「保護」ならともかく、問答無用で殲滅しろなどとは決して言わないはずだ。
 だが映像内のスピナー教授の表情は、苦渋に満ちてはいるものの、冗談を言っているようには見えない。

『特別製のシーリング・カプセルに封印してあるから、事故で解放される事はないはずだが、意図的に解放されたが最後、周りの人間すべてを巻き込んで無限大に増殖を続けるぞ』

 息をのむ音が聞こえた。



 転がり始めた事態というものは、坂道でふくれあがる雪玉のように、新たなトラブルを引き寄せてくるものらしい。
 緊急事態の発生に遊び気分を吹き飛ばされた頼香たちは、とりあえず部外者の真輝を地球に帰すべく準備にかかったのだが・・・

「真輝がいない?」
「ええ。迷子になるような子じゃないはずなんですけどね」

 おとがいに形の良い指を当てて考えつつ、果穂が答える。じっさい真輝は見かけの割に慎重で思慮も深い。勝手のわからない場所を迂闊にうろつくような真似をするはずがなかった。

「参ったな・・・。さっきのイヤな感じはこれだったのかな?」
「まずいですね。見つからなかったりしたら頼香さんの責任ですね」
「俺だけのせいかよ!?」

 不愉快な結論に頼香が声を上げる。

 とにかく探そう、と言うことになり、頼香と果穂は廊下を駆け出した。
 来た道を戻り、港方面まで探しても見つからないとなると、今度は片っ端から人を捕まえて「11歳くらいの、キャロラットの女の子を知らないか?」と訊きまくる。

「かわねこたんのこと?」
「違う! かわねこじゃねぇ!」
「じゃ知らねぇや」

 などと言う露骨な返答は多々あるものの、肝心の情報は見つからない。
 そんなこんなで数時間、焦りをみせるふたりに、ひとりの少女が接触してきた。息せき切って来たらしく、呼吸が乱れている。

「頼香ちゃん、果穂ちゃん、ちょっとごめんにゃ」
「かわねこ?」
「どうしたんですか、かわねこさん?」
「誰かを捜してるみたいだけど、その人ってキャロラットかにゃ? ボクくらいの?」
「そうなんだよ・・・って、なんでかわねこがそんな事知ってるんだよ?」

 頼香の疑問にかわねこは薄い胸を反らせてみせた。

「ボクは司令代理にゃ。このTS9でボクの知らない事はないにゃ」

 えっへん、とまで言ってみせる。
 自分の同い年の少女が何故こんな重職に就いているのか頼香はいまだに知らない。もっとも詳しく知ろうとも思ってないが。

「キャロラットじゃないですけど・・・あ、今はネコ耳生えてるから、同じか。真輝さんですよ、鷹飼真輝さん。地球のお友達です。かわねこさんも知ってるでしょう?」
「真輝ちゃんにゃ? あのとんでもないおねーさんの妹の?」

 人間の記憶と言うものは、よりインパクトの強い方に傾く傾向がある。初対面で強烈な抱擁と印象を残した優輝の印象は、当分忘れられそうにない。

「例のオープン・フリートの臨時パス発行の件でな。一足先に連れてきてたんだけど・・・」

 頼香の答えを聞き、かわねこは青くなった。あらゆる意味で最悪の事態になったかも知れない。

「・・・真輝ちゃん、誘拐されたかも知れないにゃ。ボクと間違われて」
「「ッ!!!??」」

 声にならない悲鳴を上げる頼香と果穂に、かわねこは簡単に事情を説明した。正体不明の誘拐犯がキャロラットの少女を誘拐し、身代金らしきものを要求するつもりであること。犯人たちは『かわねこ少尉』を誘拐したつもりだが、実際には別人で、犯人は間抜けきわまる勘違いを犯したのだということなど・・・。
 だがもし誘拐されたのが真輝だとすると、きわめて事態は深刻である。笑ってすませられる事態ではない。
 なぜなら誘拐された少女の身内が、よりにもよって「あの」鷹飼優輝なのだ。妹に対する愛情あふれたまなざしを知っている者としては、このあとどのような惨事が繰り広げられる事になるか、まったく見当がつかない。

「・・・とんでもないことになるにゃ」
「・・・そうですね。頼香さん、間違いなく死ぬ事になりますね」
「だから! 俺だけのせいかよッ!?」

 不愉快きわまる結論に、頼香はふたたび声を荒らげた。



 一方、誘拐犯どもの方も、(人違いをしたこと以外でも)うまくいっていたワケではない。脅迫状を送ったのはアジトに逃げ込んだ後だろうと司令部側では推測されていたものの、実際にはそうではなかったのだ。
 かろうじて誘拐を成功させ、自分の船で逃げている最中だったのだから、兄貴分が弟分に怒鳴り散らすのも当然と言えた。

「バカ野郎! せっかく誘拐に成功したのに、いまの時点で脅迫状を送るヤツがあるか! 落ち着くヒマもねーじゃねぇか!」
「し、仕方ねーじゃねぇですか。用意周到にされたところにメール送ったら逆探知されますぜ。迂回させるルートなんかないんですから・・・」
「どこの田舎の逆探知システムだそれは! それくらいの目くらましは入れてある! てめー俺をバカにしてんのか!?」
「え? そーなんですか? 良かった〜。兄貴も考えてるんですねえ」
「・・・やっぱバカにしてるだろてめー」

 不毛な論争の後、誘拐犯の凸凹コンビは、ある宙域で錨を降ろすと善後策を協議し始めた。

「とりあえず誘拐には成功だ。今頃TS9は大騒ぎだぜ。かならず身代金を用意するはずだ」
「それをいただいてドロンすりゃ良いだけですね。・・・逃げられますかねえ?」
「逃げてみせるさ。そのための切り札だしな」

 兄貴分は胸を叩いてみせた。そこには脱獄した刑務所に隣接するラボで見つけた、「とびきりの危険物」のカプセルが納めてあった。

「連合最大のアイドル、かわねこ少尉。・・・俺たちだけならともかく、この小娘の命まで危険になるとなりゃ、TS9の奴ら絶対に二の足を踏むさ」
「兄貴冴えてますねえ。モノを考えるアタマあったんですねえ」
「・・・てめーやっぱバカにしてるだろ?」
 
 不毛な口げんかを繰り返す誘拐犯ども。同じ部屋の片隅にひとりのネコ耳少女が縛られている。連合最大のアイドル、かわねこ少尉――ではなく、一介の地球人、鷹飼真輝である。
 突然拉致され宇宙船らしきものに連れ込まれた真輝は、目前の凸凹コンビ(巨漢と小男)の会話に、納得と困惑のため息を漏らした。
 「納得」は誘拐されたらしい事、「困惑」は何故自分が? と言う疑問のため。
 どんな場合でもどんな場所でも、困難に直面したとき、黙って成り行きを見守っているのは真輝の性に合わない。落ち着いた口調で二人に話しかけた。

「ねえ、宇宙人のオッサンたち?」

 いきなりオッサン呼ばわり。度胸の良すぎる真輝のセリフに、誘拐犯たちはぎょっとなった。
 彼らの知っている「かわねこ少尉」のデータにはない喋り口である。真輝はかまわず続ける。

「アイドルって誰の事よ? あたしはそんなんじゃないわよ言っとくけど」
「き、君はかわねこ少尉ではないのか?」
「何寝ぼけてんのよ。あたしはかわねこちゃんじゃないわ。鷹飼真輝っていうれっきとした地球人よ!」

 いっそあっぱれなまでの自己主張である。そして、その言葉を証明するように、生えていたネコ耳と尻尾がみるみる縮み、消滅してしまった。
 キャロラット変身薬「水曜日の子猫」。効き目はちょうど24時間。正確である。

「ニセ者!? てっ、てめえ! 騙しやがったな!?」
寝ぼけてんじゃないわよ!! 間違えたのはあんたたちでしょうが!!

 いきり立つ男どもの罵声は、少女の堂に入った怒鳴り声にあっさり跳ね返されてしまった。思わず得心してしまい、すごすごと引き下がる誘拐犯どもである。

「なあ。俺たち悪党だよな? なんでこんな小娘に引け目を感じるんだろ?」
「兄貴もですかい? 俺もなんだかガキの頃おふくろに叱られた時のことを思い出しちまいましたぜ」
「・・・母の日も終わっちまったなあ」

 思わず遠い目になるかつての悪ガキども。
 ――鷹飼真輝。暴力男どもに対する押しの強さは宇宙にあっても健在であった。

 ・・・閑話休題。

 犯罪を犯した身としては、いつまでも意味不明の感慨にふけっている時間はないのである。
 当初の思惑が思い切り外れた誘拐犯ども、思い出したようにうろたえ始めた。

「どっ、どうします兄貴!? アイドルどころか辺境惑星の原住民ですぜ!? 盾にもなりゃしねえ!!」
「バカ野郎、てめーのせいだぞ! なんであの時確認しなかった!!」
「兄貴だってしなかったじゃないですか! あの最年少少尉と一緒にいるけも耳娘だから間違いないって・・・」
「俺のせいだってのか!?」

 口汚い口論からあっさりと腕ずくの勝負へと発展する。巨漢の弟分が短身痩躯(というよりチビ)の兄貴分に殴りかかり、負けじと兄貴分も頭突きを見舞う。
 どたんばたんとみっともない取っ組み合いを続ける誘拐犯どもに白い目を送りながら、真輝はぼんやりと考えていた。

(お腹すいたなあ・・・。この宇宙船(ふね)、まともな食事を摂れれば良いんだけど・・・)

 結局彼女が一番の大物かも知れない・・・。




「へくしっ!!」
「なによユーキ、風邪?」
「んにゃ? そんなハズないんだけど・・・誰か噂でもしてるのかな?」

 気のせいである。少なくとも優輝がくしゃみをした時点では、誰も彼女を話題とした会話をしていない。恐れおののく少女たちは存在しているが・・・。
 場所は変わって地球。180センチを超える長身の少女(と言うより美女)――加賀都――と、対照的に150センチそこそこの、チビの小柄な少女――鷹飼優輝――が背中合わせに立っている。周りには殺気だった筋者の男たちが得物をかまえ、彼女たちを睨みつけている。

「まったく・・・ミーヤに呼ばれる時は決まってヤクザ相手の喧嘩なんだから・・・少しは成長したら?」
「まあまあ・・・いーじゃない。今さらチンピラ1ダースや2ダース相手にしたって、問題ないでしょ、あんたなら」
「そーゆー問題じゃない。ボクは平和主義者なんだよ・・・言っとくけど」

 そうぼやきながら、優輝は日本刀を振りかぶったチンピラAののど笛にアッパー気味の足刀蹴りを叩きこむ。チンピラAはミサイルのように虚空の彼方にすっ飛んでしまった。優輝のいつもながらの戦闘能力の高さには、アクション映画を観るような爽快感がある。当事者である事を忘れて思わず拍手してしまう都であった。
 発端はたまたま立ち寄ったパチンコ屋で、ゴト師(インチキな手段で出玉を稼ぐ一種の詐欺師)のグループを見つけた事である。この手の姑息な犯罪をことのほか嫌う都は、リーダー格を締め上げて元締めの所に案内させた。そうしたら、意外に大きな暴力団の事務所に行き着いたため、急遽応援として優輝を招集したという訳である。

「まったくもう・・・。何を好きこのんでヤクザ潰しをやってるんだか、理解に苦しむよボクは」
「あんたがそーゆー事を言う? ブラック商会のビルをぶっ潰したのはどこの誰よ?」
「アレはたまたまだよ」
「一週間前に廃ビル転(こ)かした時もそー言ったわねあんたは?」
「憶えてないなあ」

 軽口を交わしながら、立て続けにヤクザどもをぶちのめしていく。相手をする羽目に陥っている男たちにとっては悪夢のような光景であった。

「くそ・・・このバケモンみたいなクソチビが・・・!」

 ――パッキィィィィン!!(ナニかが割れる音)

 男たちの後方にいたひとりのチンピラが忌々しげに吐き捨て、組事務所のある雑居ビルに飛び込んだ。武器でも取りに行ったのだろう。
 一方、都の方は一転して青くなっていた。油の切れたからくり人形のように、ぎぎぎ、と首をめぐらし、眼下に見える相棒の顔を見る。
 能面のような表情。都はひっ、とノドを鳴らした。

「・・・・・・チビがそんなにおかしいか・・・?」

 ぽつりとつぶやき、優輝は肩で風を切るように歩き出す。普通に走るより速いスピードで・・・。
 ホバー移動のごとく足下から土煙を上げながら、悠然と突き進む優輝。先刻の男を追って雑居ビルに飛び込む。都は一目散にその場から逃げ出した。

「くわばらくわばら・・・」

 30秒後、立て続けの銃声と怒号と悲鳴が響き渡り、窓という窓から人間サイズのナニかが射撃用のクレーのように投げ捨てられていく。
 その雑居ビルが物理的に消滅したのは、2分48秒後であった。



 鷹飼優輝。彼女はこれからおよそ一日後に宇宙に飛び出すことになる。
 そこでいかんなく発揮されるその戦闘能力の餌食になるのは誰なのか・・・?
 現時点では不明である・・・。

続く





あとがき
 超お久しぶりです。もはや物書きとしての能力も資格も失って久しい(と自分で思ってる)HIKOでございます。今回は「キャリアーXらいか」の第二弾。
 ・・・難産でした。書きかけはかなり前からあったものの、なかなかこれと言った決定案が見つからず、あえなく一年半もの間塩漬け状態でした。
 今回どうにか書き上げたものの、設定等の問題で書き直しを繰り返し、当初あったリズムも失った感じで、出来としては「どーだろう?」と真剣に悩んだものです。
 その結果、たくさんの人に迷惑をかけてしまいました。 この場を借りてお詫びを申し上げます。
 第三弾はあまり間を空けずにお届けできると思いますが、次回は人に迷惑をかけずに書き上げたいと思います。期待しないでお待ちください。
 なお、今回の執筆に関してらいかワールドの原作者かわねぎさん、電波妖精さん、南文堂さんに、多大なるヒントをいただきました。特に南文堂さんには不躾にも強引に送ってしまった文章に対しても事細かな返事をいただきました。あらためて御礼申し上げます。
 第三弾は、いよいよ優輝が宇宙に飛び出します。らいかワールドの強者どもを相手取ってどんな戦いを繰り広げられるのか?
 具体的には作者の私にもわかっていません(笑)。
 笑える戦いになることだけは確かですが・・・さてどーなるか?
 では♪

HIKO

戻る