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予防接種

作:かわねぎ



 恥ずかしい話だが、俺は注射が嫌いだ。社会人にもなって、って思うかも知れないが、嫌な物は嫌だ。さすがに俺もこの年になってしまうと泣き叫ぶ様な真似はしない。じっと堪えるだけだ。

 学校にいた頃は予防接種だ何だって、色々と強制的に校医に注射をされたけど、就職してからはそんなこととはおさらばだ。

 と思っていた。けど、うちの会社はご親切にも無料でインフルエンザや破傷風の予防接種をしてくれるし、法律で定められている定期検診では、しっかりと採血検査をされる。学生の頃よりもかえって腕に針を刺される回数が増えてしまった。

『一時のニュースです。今年もインフルエンザの流行の兆しが……』

 そんな訳で、今年も冬が近づいて、インフルエンザの予防接種の時期がやってきた。もちろん嫌なんだけど、ある意味業務命令だから仕方がない。会議室を利用して産業医の先生と看護婦さんが来ているので、問診票を書いて注射をしてもらう事になった。まぁ、嫌なことは早く終わらせたいから、開始と同時にさっさとやってもらう。

「お願いします」
「はい、袖まくってください」
「右手でいいですか?」
「どちらでもいいですよ」

 右腕をまくって、腕を差し出す。看護婦さんは慣れた手つきでアルコールを含ませた脱脂綿で軽く拭く。アルコールが気化するときに熱を奪うので、そのひんやり感が気持ちいい。でも、騙されてはいけない。この気持ちよさの後には地獄が待っているのだから。

『……香港を中心に患者が出ております。厚生労働省でもワクチンを確保し……』

 看護婦さんが注射器をトントンと叩いて、ほんのわずか注射液を押し出す。針の先から迸る注射液。如何にもこれから刺しますよ、とでも言いたげな、そのもったいぶった仕草はやめて欲しいんだけど。

「ちょっと痛みますよ」

 いよいよ冷たい針の先が俺の皮膚に突き刺さ……るのだが、その瞬間を見ているなんて趣味はない。きっ、と目を瞑り、その瞬間に備える。心なしか、右腕に力が入ってしまう。

『……への感染例が現在の所見られておりません。そのためWTOでは対応として……』
「!!」

 鋭い痛みが俺の皮膚から伝わってくる。それで終わりではない。注射液が程よい圧力で押し出される――痛みが続くという訳だ。破傷風に比べて痛みは少ないものの、痛いことには変わりはない。早く終わらせて欲しい!

「!」

 刺すときもそうだが、針を抜くときだってそれなりの痛みがある。そして、痛みが残るんだよな。脱脂綿で刺した後を押さえてくれるが、今まで針が刺さっていたところが痛い。

「はい、お疲れ様でした」
「あ、どうも……」
「揉まないで、押さえていてくださいね」

 自分の左手で脱脂綿を押さえる。何となく、注射の跡がほんのり熱い。ワクチンなんて、病原菌を入れる訳だから、熱くなったり、身体がだるくなったりするなんて事もあるのだろう。

「多少身体に違和感があるかも知れませんが、問題ありませんから」
「はぁ……」

 それにしても、今回のインフルエンザの注射は強力みたいだ。痛みはまだ残ってるし、身体全体が熱く感じてきた。それになんかめまいも……思わず待合席の椅子に座り込む。あまりに暑いんで、腕まくりしていたワイシャツを脱ぐことにした。だぶだぶな服はボタンを外すのも手間だ。

『むにゅ☆』

 ボタンを外すときに伝わってきた奇妙な感覚に、思わず手を離す俺。確かに柔らかい感触が伝わって……それになんで服がだぶだぶなんだ? ボタンが外れたワイシャツをはだけてみると……

「な、なんで……」
「ああ、もうワクチンが効いてきましたね」
「こ、こ、これって、女……」

 小振りだけれども、未成熟だけれども、確かに女の子の胸。看護婦さんに何故だ、と詰め寄ろうにも、気が動転してしまってそれどころではない。それに大きくなってしまった服……俺が小さくなったのか……が苛立たしい。

「はい、女性……正確には少女ですね」
「な、なんで……」
「今、テレビでも言ってましたよね。今年のインフルエンザは少女には感染例がないんです」
「へ?」
「ですから、少女になればインフルエンザにはかからないんですよ」

 確かに少女になれば感染しないんだろうけど……これ以上もない予防なんだろうけど……だからといって少女になるなんて……だから注射なんて嫌いなんだよぉぉ。




あとがき

 今日インフルエンザの予防接種でした。注射をした後に、チャットでの話からネタを思いつきました。そして休憩時間にちょいと書いてみました。そのせいでボリュームは少なかったり(汗)。私も注射が好きではなく、主人公にはその心情を語ってもらいました(笑)。でも、こんな症状の出る予防接種なら喜んで受け(ry

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