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レディースカー

作:かわねぎ



「出発進行! 制限45。第一場内進行!」

 運転士の指差換呼の声とともに、夜行急行が始発駅を発車する。金曜日の夜ということもあり、いつもより乗客が多い。それはこの急行が最終列車も兼ねているからなのだ。

「……の順に停車いたします。車両のご案内をいたします。前より1号車から3号車は指定席、自由席は5号車から7号車になっております」

 車内がまだざわついている中、車掌が案内放送を始める。それと同時に同僚の車掌が車内改札のため、車内をまわり始める。金曜の夜は急行券を買わない飛び込み客が多いので、それをチェック、精算して回らなくてはならない。あわよくば急行にタダで乗れるかもという不心得者もいないとは限らないので、きちんと巡回しなくてはならない。

「先頭の1号車はレディースカーとなっております。指定席の1号車、2号車、自由席の6号車、7号車は禁煙車です。禁煙車でのおタバコはご遠慮ください。携帯電話ご使用の際は……」

 車掌が車内に入ると一礼し、乗客の切符をチェックして回る。乗車券の区間と急行券を確認して、スタンプを手際よく押していく。出発早々寝ている乗客もいるが、揺り起こして切符を見せてもらう。たまに不機嫌な乗客から舌打ちもされたりするが、そこは仕事と割り切らなければやってられない。

「第三閉塞進行!」

 急行列車は快調に飛ばしていく。運転士も深夜帯の勤務になるので、気を引き締めるためにか信号を換呼する声もきびきびとしたものになる。

 車掌の方では一番手間のかかる自由席のチェックは、金曜日のためか、やはり飛び込み客が多かった。それに加えて、今日は立ち客も多い。指定席の方は、あらかじめ急行券を買っているので、案内がてら、座席をチェックしていくので比較的スムーズに行く。今日は普通の指定席が売り切れて満席だと、乗務前の点呼の際に言われている。レディースカーはまだ空席があるようだった。

 途中駅からも乗客は乗ってくる。その男が乗ってきたのは、丁度1号車の車内改札を始めるところだった。レディースカーに入ろうとしたので、もちろん車掌としてはこの男を止めなくてはならない。

「お客さん、お客さん、1号車は女性専用車、レディースカーですよ」
「何だって、レディースカー? ちょっと待ってくれよ。これは駅で出してくれた指定なんだぞ。ほら」

 乗客が差し出した指定券をしげしげと見る車掌。途中で日付の変わる夜行列車の指定券は、乗客が日付を勘違いしているというトラブルも結構ある。だが、確かに今日の指定券で、しかもレディースカーだ。

「間違いないだろう。俺は眠いんだ。通してくれ」
「そう言われましても、女性専用車ですから……」
「おいおい、あんたらのミスだろう。俺は指定を買っているんだ。席に座る権利はあるんだ」
「普段なら他の号車にご案内できるのですが、あいにく本日は満席でして……」

 確かに乗客の言うとおり、駅のミスなのである。こういうミスを押しつけられるのはたまったものではない。しかもそういう時に限って満席だから、始末が悪い。ここは平身低頭謝るしかない、と覚悟を決めた。

「終点まで行くんだぞ。立って行けというのか?」
「大変申し訳ありませんが、満席ですので」
「だから、俺はちゃんと指定券を買っているんだ」
「ですが、レディースカーは女性しか乗せない決まりになっていますので」
「レディースカーだって、車掌のあんたが出入りしているんだ。あんただって男だろ」

 以前にもこんな屁理屈を言われたことがあるな、と車掌は思い出しながら乗客の文句に対応していた。なんとか納得してもらわないと……

「だいたい、出入りするあんただって女になっちまえば、正真正銘のレディースカーだ。それなら俺も文句は言わないよ」

 さて、なんと言ってこの客を納得させようかと考えを巡らせたとき、それは起こった。

「第2閉塞進行。制限ひゃ……ひゃぁ?……な、何?」

 それまで快調に走っていた列車だが、突如慌ててブレーキをかける。そして、車内連絡用インターホンを手に取って叫ぶ。

「403M運転士より車掌。え、何があったかって? いいから来てくれ!」

 急にブレーキをかけたため、文句を言っている乗客も対応している車掌も、体が進行方向に投げ出されそうになった。足元がよろめいた乗客が車掌にすがりつくような格好になる。

「う、うわ、急ブレーキかよ。荒っぽい運転だな」
「お客さん、大丈夫ですか?」

 そこへ、別な車掌が駆け込んできた。運転室から車掌室への連絡を受けて、駆けつけてきたらしい。何が起こったのか状況を知っているかもしれないので、客の対応をしていた車掌が尋ねる。

「この非常制動、どうしたんだ?」
「よくわからん。運転室で何かあったらしい。とにかくお前も来てくれ」
「ああ、わかった」

 駆け込んで来た車掌に促されて、二人で1号車先頭部の運転室へ向かう車掌。残された乗客も、何がなんだか分からない、といった表情をしながら、車掌二人を追いかけていった。

「おい、ちょっと待てよ。俺の席はどうなるんだよ!」

 客室内からガラス越しに運転室を覗いて見ると、そこには呆然とした運転士が運転席に座っていたのだが、何か様子がおかしい。乗務員用扉を開けて中に入る車掌二人。

 泣きそうな表情でこっちを見ている運転士は、確かに運転士の格好をしているのだが、中身は女性になっていた。もちろん電車区にも女性運転士もいるのだが、今日の乗務に就いているはずはないし、だいいち着ているのが男性用の制服だ。寸法が合わないのか、だぶだぶになっている。

「誰だよ、あんたは?」
「あんた……まさか……電車区の?」

 車掌二人の誰何にうなずく女性運転士。当然車掌二人は信じられない、という表情をしている。運転士が車掌二人に分かり切っていることを尋ねる。もちろん、答えは分かっているのだが、夢か幻かと、否定してほしいのだ。

「なあ、二人とも、俺がどんな格好に見えるんだ?」
「どんなってなぁ……」
「見た目は……なぁ……」

 見ている相手をまだ信じられない二人も、目の前にいる「女性」運転士を否定したい気持ちからか、言葉を濁している。そこへ遅れて入ってきた指定券の乗客が感心したような声をあげる。

「へ〜、運転士も女性なんだ。さすがレディースカー」

 第三者に「女性」あることを指摘された事で、自分の身に起こった変化が確実であることをイヤでも自覚させられる運転士。

「やっぱりそうなんだぁ〜」

 ほとんど泣き顔になってしまう女性運転士。

「どうしたんだ? この人」
「今日の運転士は男のはずだったんです」
「はぁ?」

 何を言っているんだ、という表情で運転士と車掌二人を見比べる乗客。事情が分からない乗客も目の前の女性運転士の様子が変であることは分かった。ぶかぶかの制服に身を包んで泣き叫んでいるという事は、やはり小柄な女性に変わってしまったと言うことか? ということは、と乗客は自分の考えを口にする。

「この車両、レディースカーだから、運転士も女になったとか?」
「そんな馬鹿な!」
「運転士は始発からず〜っとレディースカーに乗っているわけだろ?」
「なるほど、お客さんの言う理屈に合いますね……」

 どんな理屈だよ、と叫びたい気持ちでいっぱいな運転士をうっちゃって、思い出した、というように乗客に向かってトラブル対応していた車掌が訪ねる。

「ところでお客さん、1号車はレディースカーなので、自由席へ移っていただけますよね」

 車掌二人と一緒に「女性運転士」を見ていた乗客は無言で首を縦に振り、俺は女になるつもりはないとばかりに、小走りに自由席の方へ移っていった。



あとがき

実在の鉄道会社、夜行急行列車とは一切関係ありません。
 TS9のチャットで思いついたネタです。トレインシミュレーターの話が出て、略すると「TS」→電車でGO!をしてるといつの間にかTSしてる、とか話してました。運転士がTSするというアイデアとmk8426さんの「レディースシート」を始めとする女性専用シリーズのアイデアを合わせてみました。
 最後のシーン、読者の方だったら、そのままレディースカーに乗っているでしょうか。

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