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レディースきっぷ

作:かわねぎ



ある駅事務所の応接ソファー。
机を挟んで眼鏡をかけた男と制服の駅員が話し合っていた。
いや、男の方が一方的にまくし立てていたと言った方が適切だろう。
「これが、男女差別、逆差別だと言うんです」
「女性のお客様にもどんどんJPRを利用していただこうと、こういう商品を出した訳でして……」
駅員の方は歯切れが悪い。どうも分が悪いようだ。
対応している駅員の帽子には金筋一本。駅長に次ぐ責任を負わされている助役だ。
「だからといって男性客を冷遇していいという話ではないでしょう」
「冷遇だなんて……女性以外にもご利用できる割引切符もございますし……」
言葉の度に、自分の眼鏡の蔓を中指で直す男。几帳面なのか神経質なのか。
「割引率の違いは歴然だし、女性は新幹線利用可。男性は別払い。馬鹿にしすぎだ」
「普段の利用率の差からですね……女性客は割合的には少ない訳でして……」
「ともかく即刻、差別をやめていただきたい」
机の上に広げたパンフレットをバン、と叩く男。
東京レディースきっぷ、おはようレディースきっぷ、お買い物レディースきっぷ、などの文字がパンフレットに踊っている。
「男性として実体験に基づいて記事を書くと、どうしても逆差別という結論になるんですよ」
どういう対応をした物かと、思案顔の助役。
それの態度をどう取ったのか、男はさらに追求を続ける。
「とにかくこの問題はうちの雑誌にも取り上げるし、読者の意見も広く求めるつもりですから」
「そんな風に言われましても……それならこちらも広告の出稿も取りやめますが……」
「なら、こっちも叩きやすい。JPRは即刻男女差別をやめるべき、って記事も書きやすくなりますね」
男の追求は止まらない。
話を聞きながらも、早く解放されたい……そう思う助役だった。


1時間後。
事務室の応接ソファーに深く身を沈めて深くため息をつく助役。
あれから延々とサービス格差の是正について「お客様のご意見」を聞かされたという訳だ。
いくら仕事とは言え、神経を相当すり減らした事には変わりない。
若い駅員がお茶が差し出しくれる。
「お疲れさまでした」
「ほんと、疲れたよ」
「ミニコミ誌のライターですか」
「ああ。ういずFの佐藤さんとか言ったかな。来週は正式に取材したいらしい」
「あの雑誌、結構固いんですよね。若者はあまり読んでないみたいですけどね」
「レディースきっぷを叩く記事の読者が中年男性って事か。厄介だよ」
湯飲みに口を付ける助役。
客対応の時の湯飲みではなく、自分の湯飲みだと気分が少しだけ落ち着くものだ。
「でも広告出してるのにあの言い様は無いですよね」
「まあ、ライターなんて会社のしがらみは考えない物なんだろ」
「それにしたって、腹立ってきますよ。こっちは必死で営業してるのに」
「そういえば、手書きのポスターを書いたのは君だったな」
駅構内に張ってある「**レディースきっぷ」のポスター。
この若い駅員の手作りなのである。
助役にはイマイチ若い感性が分からないのだが、イラストや色遣いが可愛いと好評のようだ。
「まあ、無茶な記事は書かないように、駅長の顔で手を回してもらうけどな」
「どうせレディースきっぷを使えないからひがんでるだけなんですよ」
「それは男ならわかるだろ」
「でも世の中にはホテルのレディースプラン、レストランのレディースセット、色々ありますよ」
「それを好ましく思わない客もいる訳だよ」
若い駅員は、釈然としない。
「あのライターも実体験な記事がウリなら、一度レディースきっぷを使ってみると良いんですよ」
「女装でもしてか?」
「そこまで徹底すれば改札通してあげますよ」
二人とも声を上げて笑い出す。


次の週。憂鬱は予定通りにやってくる。
若い駅員から助役に来客を告げる内線電話が鳴る。
「ういずFの佐藤さんがお見えになってます」
確か、駅長は確かに話を通しておいたと言っていたはずだ。
件のライターは相当抵抗したようだが、問題は解決したとも言っていたはずだ。
あの佐藤というライターの取材は無くなったと言う事ではないのか?
「はぁ。わかったよ、今行く」
「それが……」
若い駅員は戸惑ったような声を出している。早速問題が生じたのだろうか。
「と、とにかく今行くから、応接ソファーに通しておくように。あ、お茶もよろしく頼む」

事務所の応接ソファー。
机を挟んで眼鏡をかけた女性と向かい合う。
なるほど、編集部に圧力をかけて、別な女性ライターを寄こしたのだろう。
「ういずFの佐藤です。お約束のレディースきっぷの取材に来ました」
名字が同じのは偶然だろう。佐藤さんはよく見られる名字だから、そう言う事も珍しくはない。
上機嫌で取材に応じる助役。
女性ライターもレディースきっぷには好意的だ。
「レディースきっぷを実際に使ってみて、便利さとお得さを感じました」
「ご利用いただいて、それは何よりです」
「女性として実体験に基づいて記事を書くと、どうしてもヨイショしてしまうんですけれど」
言葉の度に、自分の眼鏡の蔓を中指で直す女。几帳面なのか神経質なのか。
何かちょっとしたデジャブを感じる助役。ま、気のせいだろう。
「このきっぷはうちの雑誌にも取り上げますし、読者の意見も広く求めるつもりですから」
「良い宣伝になるのでJPRとしても嬉しいですよ。ぜひ続けてのご利用をお願いします」
「ええ。こんなにお得だとは思いませんでしたわ。ほんと、女じゃないと分かりませんものね」



あとがき

実在の鉄道会社、ミニコミ誌とは一切関係ありません。
仙台に行った時に「レディースきっぷ」が結構宣伝されているのに触発されました。
mk8426さんの「レディースシート」とどう差別化しようか、と考えたオチがこれです。
う〜ん、TSシーンもないし、佐藤さんは別人かも知れないし……萌えがないね……

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