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お梅ちゃん漫遊記

作:かわねぎ



「てぇへんだ、てぇへんだ」
一人の町人が街道を慌てて駆けてくる。だいぶ慌て者のようだ。
叫びながら門をくぐった先は、水戸藩、西山荘。
屋敷の庭から、一人の品のいい老人が顔を出す。
「これ、八兵衛。何をそんなに慌てておるのじゃ」
「あ、ご隠居、実はですね、はぁ、はぁ」
八兵衛と呼ばれた町人は走ってきた疲れからか、だいぶ息を乱している。
老人が、近くの井戸から水をくみ上げておいた樽から柄杓で水をくみ、八兵衛に手渡す。
「まず、水でも飲んで息を整えなさい」
「ご隠居様直々に水を頂けるなんて、幸せ者ですね、あっしは」
柄杓の水を一気に飲み干して息を整える八兵衛。
落ち着いた様子を見て老人は優しく声をかける。
「八兵衛、何が大変なのじゃ」
「ああ、それです、それ。庭先じゃ何ですから、座敷でお話しします」

座敷に通された八兵衛。老人を前に少し緊張する。
老人の元で長く使用人としてお仕えしているが、今は改まった話。普段とは勝手が違う。
この老人こそ徳川光圀。水戸藩先代当主だ。
今は家督を甥の綱条公に譲り、ここ西山荘で隠居生活を送っている。
「実はですね、今朝方、大洗の港に船が漂流してましてね。詳しい話は分からねえんですが、乗ってた娘が葵の御紋の密書を持っていたらしいんですよ」
「葵の御紋とはこれまた穏やかではないの。それでその娘さんは今、どこにおるのじゃ」
「今、親分が看ています。溺れた訳でもないので、すぐに気が付くんじゃないですか」
二人が話しているとき、どこからともなく一本の風車が飛んできて、柱に突き刺さる。
その風車には書状が結びつけられてあった。
「あ、親分だ」
八兵衛が立ち上がり、風車に結びつけてある書状をほどき、光圀に渡す。
「ふむ。娘さん、気がついたらしい。讃岐高松藩の書状を持っているが、何も話す気はないらしいの」
書状を前に少し考えていた光圀だが、やおら立ち上がり、八兵衛に声をかけた。
「八兵衛、弥七の所に行きますよ。支度なさい」
「親分の所ですか、がってんです。助さんと格さんにはいいんで?」
「あの二人には事情が分かってからでもいいでしょう。急を要するかも知れないのでの」
大洗の港からほど近い所に、小屋がある。
その中で、男性が女性を看病していた。
女性が目を覚ましてきょろきょろと辺りを見回す。船に乗っていたはずだが、ここは?
「気が付きなさったか」
「誰なの? ここは?」
「船が難破しちまったようで、助けたって訳だ」
「ありがとうございます」
はっと気が付き、着物の胸元あたりを探る。それを見た男が書状をすっと差し出す。
「捜し物はこれですね」
「それは。返してください」
慌てて男の手から書状を取り返す娘。男は書状が奪われるに任せた。
「おっと、怪しい者じゃない。自分は水戸の御老公に仕える忍。弥七と申します」
「水戸の? それではここは……」
その娘の疑問に答えるように光圀が小屋に入ってきた。
「娘さん。せっぱ詰まった事情がありそうじゃの」
「あなた様は、もしや、御老公様」
あわてて着物の裾を直し、正座して頭を下げる娘。
「これこれ、楽にしてよい。そなたの名は?」
「はい。私は高松藩老中の娘、せんと申します。この書状を江戸表のお殿様に」
「よろしいかな。ふむふむ。……!」
おせんから差し出された書状を読む光圀の顔が険しくなる。
「家老の及川義明の企みとな」
「はい。近々江戸家老の任に付きます故、その折りに何か事を起こすのでありましょう」「ふむ。それ以外にも細かい事情がありそうじゃの。一度、わしの屋敷に来なさい。そこで話の続きをするとしようかの」
そうして、光圀達は再び西山荘へ戻った。

西山荘でおせんから話の詳細を聞かされる光圀一同。
水戸藩家臣の佐々木助三郎、渥美格之進も同席していた。
この二人は若いが、光圀の信頼が絶大である。
おせんの話では、先代藩主の孫を次期藩主に擁立しようとの動きがあるとのことだ。
その孫の母親は家老及川の娘である。まだ孫は元服もしておらず、幼いために後見人が必要である。
要は及川が後見人として藩の実権を握ろうと言うわけだ。
その為には現藩主、松平頼常の存在が邪魔になる。
格之進と助三郎が光圀に思う所を話す。
「傍系とは言え徳川家中でのお家騒動ですか。事は重大ですな」
「当然我が水戸藩にも累が及ぶでしょうな」
言ってみれば高松藩は水戸藩の直接の分家。
「それに藩主の頼常公は御老公の御嫡男では」
それは言うなと格之進を一瞥する光圀。あわてて畏まる格之進。
既に光圀の頭には一つの考えが浮かんでいた。
「讃岐へ事の次第を確かめに参ろう」
「御老公様、また、旅に出るのですか」
「そうじゃ。助さん、格さん、早く支度なさい。まずは高松藩の江戸屋敷に向かいますよ」
光圀は物事を決めると行動が早い。しかもその判断を変える事はまれだ。
要は頑固な年寄りというわけである。
旅立ちの意志を決めた光圀におせんが申し出る。
「御老公様、江戸屋敷には私も連れて行ってくださいませ」
「ふむ。そのつもりじゃ。おせん殿は江戸屋敷におった方が安全じゃろ」
それから、西山荘は旅支度で慌ただしくなる。
といっても、光圀達はこれまで何度も旅に出ており、手慣れたものであった。


二日後、高松藩江戸屋敷。
光圀達一行は江戸屋敷の門をくぐった。
ここまではお忍びの旅ではないため、門前で誰何される事もなく、藩主頼常公に謁見できた。
ちなみに旅の一行は光圀、助さん、格さん、八兵衛、おせん、そしてくの一であるお銀だ。
光圀に仕える忍びは三人。お銀の他はそれぞれ別行動を取る事が多い。
謁見の間に、頼常公のはからいで供の者全員が同席を許された。
本来なら八兵衛、お銀は別室待機になるはずである。ちなみに弥七は今頃天井裏だろう。
光圀以外平伏して藩主頼常を待つ。そして座敷の扉が開き、頼常とお付きの者が入ってくる。
「父上、遠い所わざわざ訪れてお疲れであろう。他の者も面をあげて楽にせよ」
「頼常公におかれましてはご機嫌麗しゅう……」
「何を水くさい事を。父上がこういう時は何か悪巧みを。また世直しの旅ですか」
「はっはっはっ。さすが頼常、見抜かれておるのぉ」
悪びれもせず、高笑いをする光圀。
「そうそう、今日はそちの国元より密使がいらしてな。おせん殿、こちらに」
光圀はおせんを近くに呼び、書状を受け取り、頼常に手渡す。
いぶかしげに書状を開こうとする頼常。
「密使ですと?」
「まずはご覧なされ」
光圀に促されて、書状を読み進む頼常。やはり表情が険しくなる。
「松平家のお家騒動が明らかになれば、非常に具合が悪い」
「上様のお耳には届かないうちに片づけばよいがの」
「それがしは江戸を離れられない故、どうしたものか……」
困惑を浮かべる頼常に対し、笑みを浮かべる光圀。
「まさか、父上」
「そのまさかじゃよ。わしが一肌脱ごうかと考えておる」
「危険すぎます」
「なに、親が子の危機を救うのが何がおかしい。それより頼常、及川一派に気取られぬようにの」
それまで黙っていたおせんが頼常と光圀に申し立てる。
「恐れながら申し上げます」
「申してみよ」
「既に及川一派は水戸の御老公様が出てくるのを見越しております」
「それでは父上も動きが取れないではないか」
「江戸城下はともかく、他の地では御老公様を忍びが見張っているかと思われます」
そのおせんの言葉に光圀が顎髭をさすりながら答える。
「ふむ。高松藩の老中職とはよく見知っているからの。田舎じじいの格好でもまずいじゃろうな」
「そこで、私に案がございます」
そう言って、印籠から丸薬を取り出すおせん。丸薬と言うよりは現代のカプセル薬である。
「南蛮渡来の妙薬にございます。これを御老公様に飲んでいただきますれば」
「こんな丸薬が何の役にたつのじゃ?」
「私自身、お毒味いたします」
「それは無用じゃよ。わしはおせん殿を信じておる」
そう言って、光圀は頼常お付きの者に湯を頼む。
「白湯を所望したいのじゃが」
お付きの者がふすまを開け、控えの者に二三言、言葉を交わす。
しばらくして、お女中が鉄瓶に入った湯と湯飲みを持ってきた。
「南蛮渡来の薬とは言え、妙にぷにぷにしておるの」
「かぷせいるとか申しますれば」
その薬を飲み下す光圀。別に苦みも何もない。
「飲んだのじゃが。何の薬なのじゃ?」
「じきわかります」

薬を飲んで一息ついた光圀に、そのとき異変が起きた。
軽いうめき声を上げてうずくまる光圀。
「何じゃ……体が……」
「御老公様!」
「大丈夫じゃ」
近寄ろうとした格之進を片手を上げて押しとどめる。
その手から皺が無くなり、徐々に張りのある肌になっていく。
老人性のシミも肌の色にとけ込むように消えていった。
手だけではなく、全身の皮膚が生気のある艶のあるものへと変わっていき、肌の色も白く、瑞々しい物になる。
骨張った手足は、ふっくらとした脂肪がまんべんなく付き、柔らかな、丸みのあるものとなっていく。
白髪の髷がほどけ、ざんばら髪になったかと思うと、黒々とした髪に変わっていく。
それと同時に剃られていた頭頂部からも髪が生えてくる。
髪は伸び、帯くらいの長さで止まった。
逆に顎髭は吸い込まれるかのように短くなり、ついには消えてしまった。
顔つきも若者の、いや、娘のものになりつつあった。
体は着物で押さえられているとはいえ、胸の部分が段々と押し上げられていく。
一連の変化が収まると、そこにいるのは老人の光圀ではなく、15、6位の可愛らしい娘であった。
髪を結っていない姿は、ある種幼い物であり、保護欲をかき立てるには十分であった。

おせん以外の一行は、呆然と成り行きを見守っていた。
光圀が娘になっていく様子に唖然として声も出ない。
一番先に気を取り直したお銀が娘に声をかける。
立ち直りが早いのは忍びの訓練の賜物か。
「あの、御老公様で?」
「そうじゃが……いったいわしに?……この声なんじゃ?」
何が起こったのか理解できていない光圀は、自分の発した高い声に、さらに一層困惑する。
「誰か鏡を」
お銀がお付きの者にそう言うと、しばらくしてお女中が鏡台を運んできた。
「御老公様、鏡を見てください」
そう言われて鏡を覗き込む娘。映っているのは当然娘の姿。
光圀は自分が映っているのだと理解するまで、少しの間が空いた。
「これが……わし?」
そう言って、呆然とする娘。
これまた呆然とする一同に、おせんが解説する。
「この薬を飲むと、年頃の娘に体が変わります。これならば、御老公様とは気づかれずに関所も通れます」
「この娘が父上……も、元には戻れるのだろうな」
「はい。この南蛮渡来の薬で……あれ? あれれ?」
袂を探るおせん。心なしか、冷や汗が浮かんでいる。
「おせん、どうした」
「船が座礁した折り、薬が放り出されたみたいでして……ないんです」
「なにっ」
「いや、その、出島に行けば手に入るかと。はい、南蛮商人から」
一度は正気に戻った光圀だが、おせんの言葉を聞いてまた呆然としてしまった。
「あのー、御老公様?」
「……」
助三郎の呼びかけにも反応しない光圀。
頼常が今気づいたというように、控えの者に声をかける。
「その格好では……着替えるがよかろう。これ、着替えをさせよ」
お女中が二人入ってきて、娘となった光圀を別室へ連れて行く。
「お着替えの前に湯殿に入られた方がよろしいかと存じますが」
「任せる。水戸の……えと、そう、姫だからの。丁重にいたせ」
呆然としたままお女中達に連れられていく娘光圀。
光圀の連れの者もまだ呆然としていた。


訳の分からぬまま服を脱がされ、湯殿に入れられる。
「姫様、湯加減などございましたら、何なりと申しつけくださいませ」
「……姫……わしが、姫……」
湯殿は広い。殿様が湯女とあんなことやこんなことをするため、浴槽も広い。
呆然としていても仕方ないので、湯につかる事にする。
湯を体にかける。若返ったせいか、女になったせいか、湯が肌に当たる感覚が違うように思える。
湯船につかり、自分の裸を見下ろす。
若い娘の体。
実際に触れてみると、夢や幻でない事が実感できる。
みずみずしい肌の張りが全然違う感触だ。こんなに肌に張りがあるのは何十年前の事だったか。
湯を手で掬い、顔をさっとなでると、腕が自分の胸に当たる。ぷるんとした感覚。
「うひゃ」
何十年と生きてきた中でも、味わった事のない感覚。
「確かに娘子の体じゃの。それにしても妙な事になった物じゃ」
両の手が自然と自分の、膨らんだ胸に添えられる。
軽くきゅっと胸をつまんでみる。
「ひゃん」
全身にエレキのような衝撃が走る。気持ちよさが混じる衝撃だった。
「な、なるほどのう。おなごの乳というものは、かような物じゃったのか」
変な感心をしながらも、胸を触る手は止まらない。それどころか、段々と手に力が入ってくる。
「あふん」
一人、楽しんでいるところへ、いきなり湯殿の戸が開き、お銀が入ってきた。もちろん何も身につけていない姿だ。
「御老公様、失礼いたしますよ」
思わず胸から手を離し、驚きと別な種類の感情が交じった声を上げる。
「ひゃう」
「何を驚かれているんですか」
「い、いや、何でもないんじゃ。それよりお銀、何用じゃ。裸で」
「御老公様と一緒に湯浴みをしようかと思いまして」
「わしが恥ずかしいんじゃ」
「何をおっしゃいます、御老公様。今は女同士ですよ」
「わしが見られるのが、恥ずかしいのじゃ」
「そうは言っても、娘としての手解きも必要でしょう」
有無を言わさぬ口調で入ってくるお銀。
「そうそう、この姿で御老公様はねぇ。光圀様だったからみつ、『お光』はどうです?」
「そのまんまのような気がするがのぅ。『お梅』はどうじゃ? わしの雅号、梅里(ばいり)から取ってみたのじゃが」
「いい名前ですね。それじゃ、お梅様、背中お流ししましょう。っと、その前に」
手桶で湯を掬うと、格子窓の外に思いっきり湯をかける。
すると、短い叫び声が上がる
「ちょっと、あんたたち、覗いたら承知しないからね」
「ひゃぁ、ひどいなぁ。あっしは風呂焚き役なんですからね。」
「あら、ごめんなさい。のぞきがいたかと思って」
「まったく。お銀もご隠居様も、ぬるかったら言ってくださいよ」
湯殿の外の風呂焚き釜場でそう答える八兵衛の後には、ずぶぬれの助さん、格さん。
小声で話し合う三人。
「助さんも格さんもどうしたんですか、一体」
「八こそどうして」
「あっしはご隠居様の風呂焚き役なんですよ」
「いやな、御老公が心配でな」
「そうそう、急にあんな事になるので、心配していたんだ」
あくまで真面目な表情の助さん、格さん。
「それにしても羨ましいな、お銀の奴」
「それより格さん、見たか、ご隠居の姿」
「ああ。完全に娘っこだな。体の線もこう……」
「格さんも、しっかり見てるんだな」
「二人ともいい加減にしてくださいよ。あっしはね、ご隠居様に仕えて長いんですから、ご隠居様をそんな目ではみれないですよ」
「八は色気より食い気か」
「お、格さん、八、見ろよ」
「ほう」
「へぇ」
釜焚き場では、しばらく男三人、娘になった光圀をつまみに話が弾んでいた。俗にのぞきと言う行為だが。
なぜか時々お梅の甲高い声が聞こえる。
「きゃん。やめんか、お銀」
中でお銀と何をやっているのだろうか。
くの一として女の色気も武器にする事もあるお銀は、そっち方面の手腕はなかなかな物である。
対してお梅は、本当になりたての生娘。
一方的に手玉に取られている事は想像できる。
今では助さん、格さん、八兵衛も声を潜めて聞き耳を立て、別な所も立てている。
ちなみに弥七は今頃天井裏だろう。たぶんもう一人の忍び、飛猿も。


再び、謁見の間に集まる光圀一行。
光圀改めお梅は、お女中に着付をしてもらい、髪を結い、帯の所まで髪が垂れており、外見はどこぞの姫のようだ。
その姿に頼常が嘆息をもらす。
「おお、父上とは思えぬな」
「あまりじろじろ見るでない。恥ずかしい」
お梅が恥じらう姿はまさに年頃の娘だった。
「それからわしの事じゃが、うめと名乗る事にした」
「梅姫ですか」
「素性は光圀の孫娘。水戸家の姫じゃな」
「父上、いや、お梅殿。それではお忍びにならぬのでは」
「それは道中考えるつもりじゃ」
今までのお忍びでは、「越後のちりめん問屋の隠居の光右衛門」という身分で旅をしていた。
妥当な線で「越後のちりめん問屋の娘」といった所か。
立ち居振る舞いから、町人娘ではなく、お嬢様とした方がよいし、その方が旅をする理由にもなる。
そうそう町娘が旅に出る物ではないし、「入り鉄砲、出女」で江戸(というより箱根)から出るのも困難だ。
「それでは、頼常。わしはこの姿で讃岐までまいりますぞ」
「父上にはとんだご苦労をおかけします」
「讃岐の後は、肥前、長崎じゃ。元の姿に戻る妙薬を手に入れねばの」
頼常は袂から匕首(あいくち)を取り出し、お梅に手渡す。
柄には松平家の家紋、いわゆる葵の御紋が彫られている。
「身の証にお使いくだされ。その姿では水戸の江戸屋敷にも行けますまい」
「心遣い嬉しく思うぞ。では、皆の物、早速旅支度をするのじゃ」
そうお梅が言うと、お銀が近づいて耳打ちする。
「御老……お梅様、お着替えと髪の結い直しを致します」
「また髪結いかの。最初からそうしておれば良いものを」
「せっかくの愛らしいお姿。着飾ってみるのもいい保養になります」
「保養になるのはお主達じゃろう」
「さあ、女の着付けの御指南もございますので、さあ」
お銀に促され、いや、無理矢理連れ出されるお梅であった。


お江戸日本橋。大八車も行き交い、今日も江戸市中は活気が沸いている。
東海道を西へ向かうお梅達一行。
光圀がお梅となったため、いつもの世直し旅とは勝手が違う。
勝手が違うのはお梅も一緒。もっとも、お梅の場合は旅装束の問題だが。
「着物が歩きづらいの。草履も履き慣れないし。帯もきついし」
文句を言いつつも、裾をはだける訳にもいかないので、自然と歩幅も小さくなる。
一行はあくまでお梅の歩みに合わせている。
だが、若い体なので、お梅も元気一杯だ。
張り切るお梅を後目に、助さんと格さんがなにやら小声で相談している。
「格さん、ご隠居の時と違って、世直しもそうそう出来なくなるかもな」
「お梅様、どこかの悪代官に手込めにされそうになるかもしれん」
「帯くるくるだな」
「うむ。その場合、助けに入る段取りも重要だな」
「早すぎてもいかんからな」
助さんと格さんがなにやらひそひそ話をしているのに気づき、軽く二人をにらみつける。
その表情も可愛らしい物だ。
「二人とも、何か申しましたかの」
だが、年寄りの性質でもある、「ひそひそ声を聞き分ける」能力が下がってしまったため、会話の内容は分からなかった。
それでも慌てて誤魔化す助さん、格さん。
「いいえ、何でも」
「いや次の川崎宿では何があるのかなと」
そこで八兵衛が口を挟む。二人にとっては助け船だ。
「川崎宿の名物はね、奈良茶飯ですよ。これがまた美味しいんですよ」
「八兵衛は早速食い気ですか」
「ひどいなぁ、ご隠居、じゃなかった、お梅様」
「はっはっはっはっはっ。さあ、助さん、格さん、八兵衛、まいりましょうか」
娘になっても高笑いは忘れずに、街道の歩みを進めるお梅である。
遠く富士の頂きも見え、どこまでも晴れ渡る江戸の空であった。





あとがき

 「らいか」の合間に書きました、水戸黄門です。この前「やっぱ再放送の方がいいな〜」と見ていて思いつきました。
 4代目石坂黄門様ではなく、2代目西村黄門様に準拠しています。第一話なので、水戸や江戸での旅立ちの理由付けが主で、おなじみのチャンバラも印籠シーンも出てきません。そのせいでちょっと水戸黄門してませんね。
 当然これから世直しの旅、伝統のワンパターンが続くわけです。当然、サービスシーンはお銀の入浴に加え、お梅の入浴シーンでしょうかねぇ。そして悪代官に手込めにされるお梅とか。

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