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路面電車

作:かわねぎ



 私はとある出版社に勤める女流編集者。出版社といっても小さいところだから、編集やら入稿やら、もちろんライターとして仕事をしなくちゃならない。だから取材もこなすし、今日だってかなり離れた街まで取材に来ている。この不景気な世の中、社長もよく飛行機代を出してくれたものだ。幹線空港までの格安フリーツアーとJRの割引切符の組み合わせなんて、しみったれてるけれど。

 そういう訳で、私はJRの特急電車に乗っている。移動時間だって無駄に出来ない。ノートパソコンを開いて、今回の原稿を打ち込んでいく。取材しなくても書ける部分は書いておかないと、後が大変だ。

 それにしても久しぶりに着たこのスーツ。やっぱり窮屈ね。いや、サイズが小さいというわけじゃなくて、普段編集部でラフな格好をしている分、こういった改まった格好を窮屈と感じてしまうのだ。もちろん今着ている淡いブラウンの上衣とタイトスカートという格好でも、着こなしている自信はあるけど。

『ご乗車ありがとうございました。まもなく終点です。お忘れ物の無いよう……』

 まもなく到着の放送が入ると、私も降りる準備を始めた。取材先への道のりを示した地図だけはすぐ取り出せるようにスーツのポケットに入れておく。そう、取材先に直行なのだ。

 まったく、近くの空港行きのチケットを取ってくれればいいものを、隣の隣の県から電車で来たから、時間が少なくてゆっくりできないのだ(ケチ社長め!)。本当なら駅についてからコーヒー飲みながら、資料をゆっくり読みたいと思う。

 近県への出張に出かけることは多いけれど、この街に来るのは初めてだった。駅を出ると路面電車が走っている。路面電車なんて時代遅れ、なんて先入観があったけど、電車も新しいし、次から次へと電車が来るのには驚いた。もっと驚いたのは運賃。なんと100円なのだ。これじゃ、バスより安いじゃない。

 取材先への地図にも路面電車に乗って行くように書いてあったので、私も電車を待つ。行き先が何種類もあるけど、電車の表示幕に行き先と番号が書いてあるので親切だ。バスの路線番号みたいなものね。でも、間違えるといけないから、地元の人に尋ねてみる。

「あの、すいません。○△三丁目へはこの電車でいいんですか?」
「ええ。青い幕の3番に乗ればいいんですよ。ああ、あの後ろの電車ですよ」
「ありがとうございました」

 尋ねているいちに、電車が二台続行でやってきた。最初の一台は赤い幕、後の一台は青い幕だから、そっちに乗ればいいらしい。教えてくれた人にお礼を言って電車に乗る。全線均一100円だから、整理券とかはないのね。

「へぇ、観光できても見るところが多いのね。今度ゆっくり来たいわ」

 電車の中に貼られている路線図で、降りる停留所をチェックする。その路線図には沿線の観光スポットがイラストで紹介されているので、ついついそちらにも目がいってしまう。この街の有名な観光スポットのほとんどに電車で行けるみたい。今回は無理だけど、休暇をもらえたらまた来てみようかな。


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 取材は充実したものだった。戦前からこの街に伝わる民間伝承。民間伝承なんて格好いい言葉を使っているけど、要はうわさ話やゴシップ、はたまた「口さけ女」のような都市伝説なんだけどね。それでも、文献やネットでも掘り起こせない、ナマの話というのは貴重なのだ。帰ってからのテープ起こしは大変だけど、いい記事になりそうな手応えはある。

 帰りの路面電車を待っている間、ふと、最後に教えてもらった路面電車の奇妙な話を思い出す。路面電車が出来た頃から、ずっと話されていた事。『これは話しちゃだめだ。あんたも気を付けなされよ』なんて言われてもね。このような話、わざわざオフレコにする事もないじゃない。それとも本当にあったことだったとかね。

 それほど待たずに電車がやってきて、2時間ほど余るし、どこか観光地を一カ所回ってみようかな。せっかく遠くまで来たんだしね。

『発車します。チン☆チン☆』

 運転手が出発の合図を出す。取材先でも聞いたけど、昔の路面電車は、車掌が出発合図でベルを二回鳴らしたらしい。それがワンマンカーになった今でも伝統として残っているそうだ。伝統と言うより、規則かな。

 路面電車はスピードは遅い割には、揺れがあると思う。でも、揺られていくうちに、だんだんとまぶたが重くなってきた。心地よい揺れ。やっぱり長距離の出張は疲れるわね。

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『……前……○☆センター前……』

 私ははっと目を覚ます。車内の案内放送で目が覚めた、という訳でもない。なんか、足……というか大きな声で言えないけど股間が何かむずむずするような感覚で目が覚めてしまった。なんだろう?

「うっ……あっ……」

 むずむず感は段々大きくなってくる。思わず声を出しそうになるけど、他の乗客に聞こえないように、声を押し殺す私。でも、その感覚は止まらない。

「……くっ……はぅ……」

 両手を強く握って、目もきつく閉じて、なんとか我慢しようとする私。それにもかかわらず、感覚は強くなってくる。むずむず感が段々熱くなってくる。股間が、両太ももの間が熱い……

「……あぅ……ん……」

 足をしっかり閉じて、身体をこわばらせる私。力強いような、突き破るような、そんな感覚。それが閉じた太ももの間を、こじ開けるように感じてくる。そうはさせまいと、懸命に足をもじもじさせて止めようとする。だけど、その度に、強い感覚が私を襲って来る。

「ひゃぅ……ん……」

 堪えなくては出てしまうのは、おそらく嬌声。そんな声を上げてしまったら、電車の中の注目を浴びてしまう。目を開けて電車の中を見回す余裕なんて今の私にはないけれど、たぶん、それなりの数の乗客が乗っているはず。

「はぅぅ……あぅ……」

 ちょうどその時、電車が揺れた。その『何か』の感覚を抑えようと閉じていた両足の間から、するり、と『何か』が突き出ようとしてくる。止めようと思っても、もう遅かった。私の体の中の力が、そこに集まって私の全身を引っ張り上げる様な感覚が私を襲った。まるでスカートを突き破って、そのまま天を突き破るかのように。そして、それに続く、強く切ない、そして止められない感覚。

「あ、あ、ああーっ!」

 その瞬間、私の頭の中は真っ白になった。私は股間に力強さを感じながら、身体をのけぞらせていた……もう、声を押し殺すことも忘れて……


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『……前……○☆センター前……』

 私ははっと目を覚ます。車内の案内放送で目が覚めた。

 夢?

 電車の中を見回すと、みんな何事も無かったかのようだ。誰も私に注意を向けている訳ではない。夢だったんだ。やけにリアリティのある、ナンセンスな夢。いつしか私はうっすらと汗をかいていた。まさか、あんな事、現実にあるわけないじゃない。夢の『異変』が夢であることを確かめるように、スカートの上を見てみると……

「ああっ!?」

 スカートを『何か』が持ち上げていた。いや、『何か』なんかじゃない。持ち上げているのは私自身。私の身体の『部分』がスカートを持ち上げている感覚があるのだ。まさか、あれは夢じゃ無くって、本当に……一体どうして……

『○×車庫行です。○×車庫行です。』

 電車が停留場に止まると、続々と乗客が乗り込んできた。私は慌てて他の人に気づかれないように、スカートの盛り上がりをバックで隠す。乗り込んできた乗客の中には、セーラー服の女子中学生のグループもいた。土地柄、修学旅行生が多いのだ。

「ねぇねぇ、この電車、本当は男の人しか乗っちゃダメなんだよ」
「どうして?」
「だって『チンチン』電車だもん」
「やだー、ゆっきーったら」
「えへへ」

 私は、バッグで『盛り上がり』を刺激しないように注意しながら、女子中学生達の会話を聞いていた。冗談になってないわよ、それ……




あとがき

 昨日のチャットで、路面電車についての話題が出まして、チンチン電車と呼ぶという話がありました。昔から「チンチン電車には男しか乗れない」というような冗談は言われていますね。じゃあ、女の人が乗ったら、という事で、ちょいと書いてみました。さてさてこの主人公、外見はそのままだったようです。アレを元に戻す方法があるのですが、気が付くでしょうか。

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