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個人情報漏洩対策

作:かわねぎ



「あー、もうとんでもない話だよ」

 開口一番、俺の前に座った木田はうんざりした口調でそう言った。大学近くのヤキトリ屋でコップ酒を一口啜った俺は、その先を促した。

「で、どうすんだ? 解約か?」
「それは当然。誰があんな所を続けるかって」

 昨日の新聞でも一面に出ていたニュース。木田の契約しているプロパイダから大量の個人情報が流出したとの事だ。その数470万人。当然そいつもその一人に入っているらしく、お詫びのメールが来たそうだ。

「個人情報漏らしておいて500円だぞ500円」
「それはないよな」
「姪っ子にあげたお年玉より安いんだぞ。俺は小学生以下かよ」

 しかもそのプロパイダからの「お詫び」が一人500円の金券送付というのをニュースでやっていた。今時住所氏名年齢電話番号を書くようなアンケートでももっとマシな謝礼をもらえるし、ましてや今回は不手際だから、木田が怒るのも無理はない。とはいえ、あそこのプロパイダはあんまり良い噂を聞かない所だから、今回の事件も起こるべくして起こったのかも知れない。

「だから言ったろ、あそこは安いだけが取り柄だって」
「それは分かってたけどな……やっぱり値段がさ……」
「安かろう悪かろうって言葉があるだろ」
「金ねーんだよ」

 俺の指摘に、そんなことは分かっているとばかりにふくれる木田。いらつきを抑えるとばかりに半分以下に残った日本酒を一気に飲み干すが、どことなく気落ちした感じだ。

「漏れたのは、住所とか電話番号とかメアドだっけ?」
「記者会見ではそう言っているだろうけどな。クレカとか銀行口座が大丈夫だって保証はない」
「まあな、それだけ漏れてないってのも出来すぎだよな」
「もうクレカも番号変更の手続き取ったぜ。何かあってからじゃ遅いからな」

 その辺は木田もソツがない。あのプロパを選んだと言う大元がマズイのだが、出来る限りの対応を取ることにかけては、行動力がある奴だ。

 それにしても漏れた個人情報。中学以来8年間――腐れ縁ともいえそうな付き合いの俺だって、住所氏名年齢電話番号位しか知らない。あとメアドか。それ以上の情報が何処の誰だか知らない奴に出回っているんだから、不気味といえば不気味だ。

「漏れるとマズイ事って何がある? 悪戯電話か?」
「そうだな、まず勧誘の電話とかワン切りとかだな。オレオレ詐欺……は年寄り向けか」
「ふむ」
「住所もメアドもばれてるから、不正請求とかダイレクトメールとかスパムメールとか」
「そういやカードは?」
「不正請求とかありそうだけどな。こっちは無効にしたから安心だ」
「金がらみが多いな」
「詐欺やる奴には美味しい情報だろうよ」

 本当に頭が痛いとばかりに頭を抱え込む木田。酒がからになったので、冷やをコップに注いでもらう。店の主人が気を落とすなとばかりに、多めに、受け皿にもたっぷりと注いでくれた。

「しかし、木田はまだ良い方じゃないか」
「え? こんな事されて何が良いんだよ」
「いやさ、これが女性だったら、住所と電話番号だぜ。ヤバイだろ」
「ああ、そう言う事か。その辺は安心だけどな……」

 俺の指摘になるほどと納得する木田。表面張力いっぱいのコップに口を寄せて酒を啜ってから、受け皿の酒をコップに戻す。俺もそれに倣う。

「徹底的に対策を取るつもりだよ」
「ま、がんばれや。何か手伝えることがあったら言ってくれ」
「ああ」

 その夜は、木田に嫌な事を忘れさせようと、遅くまで盛り上がった。可哀想だったけど、しっかりと勘定はワリカンにしたけどさ。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 学年が変わって4月。木田は春休み中にプロパイダを替えたらしい。ADSL同士の乗り換えだから、どうしても切り替え期間にネットが出来なくなるらしい。メアドも新しくなったので、こちらからは連絡が取れなかった。光にすれば途切れる期間がないのだけど、大家に許可を取るのが面倒なのと、毎月の料金が負担らしくて、ADSLのままらしい。

 ちなみに電話もしてみたのだが、どうやら電話番号も替えたらしい。固定電話も携帯も。ホント、徹底してるよ。

「木田の奴、自分から連絡寄こせよな!」

 学食の番茶を飲み干した俺は、ちょっと強めにトレーに叩きつける。まったく、メアドも電話番号も替えたら教える位、気を使って欲しいもんだ。

「悪い悪い」
「木田、おまえな……」

 謝る声がしたので、てっきり木田だと思って詰め寄ろうとしたのだが、そこには小学生位の女の子が立っていた。可愛らしい笑顔を向けられた俺は、毒気を抜かれてしまった。

「……えっと……君、誰?」
「俺だよ、俺。木田」
「……って、女の子……木田の姪御さん?」
「本人だってば。あの糞プロパ、生年月日と性別も漏れててさ。自衛のために替えた訳」
「はぁ?」

 状況が掴めない俺に、自称木田な女の子は説明をしてくれた。なんでも、電話番号とメアドだけではなく、漏れた情報とはことごとく違う物にしたらしい。もちろん引っ越しもしてあるし、ご丁寧に改名もしてあるそうだ。でも、年齢と性別までって……

「でも、なんで小学生?」
「これだと姪っ子の服が借りれるからな。金無いからさ」
「徹底的すぎるよ……お前……」





あとがき

 えー、フィクションですので実在の個人や団体、街頭でモデム配ってるプロパイダとは一切関係がありませんったらありません。とは言うものの、おわかりの通り時事ネタです。自分のプロパもYahoo!BBなんですよね。しっかりと漏れていました。お詫びを500円で済まそうとする事には我慢がならず、解約して他のADSL業者に乗り換えます。信頼できないのでカード番号も変更しました。木田君と同じ事をやっております。さすがに後半は無理ですが (^_^;


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