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この作品はシェアワールド「らいか大作戦」の一部である

【 MOE-DOLL根幹設定】並びに『DOLL王国と惑星連合との同盟』を最終的に予定されているされている、

【若葉のDOLL 萌ゆる戦乙女】を根幹作品とする

【若葉ワールド】

を前提として書かれた作品です。

DOLLについてより詳しくはこちら

大本である【らいか大作戦】は、

こちらを 参照してください。













 不幸な星のひと〜ネコミミに魅せられて〜





 作:ノイン









 この世で最も不幸なことは何かと問われれば、それはあまりにも茫漠としていて、答えはだせないだろう。

 だが、この世で臣下として最も不幸なことは何かと問われれば、即答できる自信がユウジンにはあった。

 それは

――主君が変態であること

 である。

 バカということではない。バカであったら、臣下である自分ががんばればなんとかなるぶんまだいい。

 しかし変態は救いようがない。変態とは常態の反義であり、いわば普通ではないことを指す。ユウジンはきわめて一般的な常識を持つDOLLであるから、変態さんの行動についていけない、ということなのだ。

 もちろんそれは精神的な疲労を伴う。

 ユウジンは自分の疲れきった精神を労わるように、ぶらぶらと野を歩いていた。

 満天の星空が上空には厚く鎮座している。

「今日は空気が澄み切っている。全天の星が見えそうだ」

 星を見上げると、自分の役職に対する誇りに似た思いがにわかにわいた。

 それというのもユウジンの勤め先が『星』であるからだった。『星』は情報省、情報局に位置し、様々な情報の収集と記録、そしてそれらの分析を行う情報の交通センターのような機関だ。そこに勤めるDOLLは当然、情報集積タイプのDOLLが一番多く、ユウジンもご多分に漏れず、そのタイプに属する。

 くだんの上司ももちろん情報集積タイプであり、しかもカーディナルに次ぐビショップであった。

 知識や知恵の巡りかただけを考えるならば、けして普通のDOLLに劣るというわけではなく、むしろ神智、鬼謀と言ってもよいぐらい頭が良いはずだ。そうでなければそこまでの地位に登りつめることは不可能だろう。

 しかし、変態なのだ。

 ユウジンは溜息をついた。この世に疲れた者がつく溜息であった。

「なぜ、ウィロー様はああも変態なのだろう」

 要するに、変わったことを思いつくことにかけて天才的なのだろう。

 それはわかる。しかし部下にまでそれを強要しないで欲しいと思わないでもない。

――そもそも主君とは

 と、ユウジンは実のところ仕えるべき人の理想像というものが心にあり、それは一言で言えば、水のような人ということであった。

 部下は手足であり、主君が頭とするならば、頭を使って事をなそうとすると、およそ仕事がやりにくい。

 主君はどっしりと構えて、手足がやることを見守っていればよく、主君が率先して何かをしようとすると必ず歪みが生じるのではないか。

 だから、上に立つものは水のように我意を抑えるべきなのである。

 その理想像に一番近い者といえば、およそユウジンが知っている者はただ一人、『星』の頂点に立つ存在、ローカスであった。

 ローカスはユウジンの評価通り、ほとんど自我というものを表に出さない人間性を有しており、何もしないことで部下の能力を発揮させるタイプである。といってもローカスの能力が低いということではなく、むしろ部下と隔絶しているがゆえに、自らの能力を抑えているところがある。

 ユウジンはそこまで推察しているわけではないが、ローカスの人となりについてまったく知らないわけではなく、多少なりとも彼女の人となりに触れたことがあった。

 というのも、ウィローの上司がローカスなので、ローカスに召喚される際に、ウィローに追随することがあるのだ。

 ある時、ウィローが夜明け間近になってユウジンを呼び、なんとか徹夜で仕上げたらしい情報ファイルをローカスに送り届けるという仕事が与えられた。

 そのとき、もうじき夜が明けるとはいえ、こんな夜中に天下のカーディナル様をたたき起こしてもよいものかと思うユウジンであったが、ウィローから緊急の用といわれれば、部下に過ぎない自分は行くしかない。

 おそるおそるドアのブザーを鳴らすと、すぐに応えはあった。

 部屋の中に入ったユウジンは驚くと同時に感嘆せざるをえなかった。

 なんと、ローカスはすでに起きて、仕事にとりかかっていたのだ。

「何故、このような夜中に仕事をなさっているのですか」

 ユウジンは当然の疑問を口にした。

 ローカスは笑って答えた。

「人に……見られたく……ないから」

 切れ切れの言葉である。が、ユウジンが解するにこの言葉の真意は、仕事をしている姿を部下に見せることによって、部下に余計なプレッシャーをかけたくないということだろうと察したのだ。

 ユウジンは一礼するとすぐにその場を去った。

 これからあと、ユウジンはひそかにローカスの直臣になりたいと思い続けてきたのである。

 しかし、その考えを他のDOLLに漏らせるはずもなかった。

 言えば、ユウジンは栄達の欲がある者と見られてしまうだろう。カーディナルの直臣ということは栄達への近道であることは誰の目にも明白だった。ユウジンはそういった欲とはほど遠い性格であり、臣下としての喜びというもの知っているがゆえに、自身が上に立つことは望まない。

――私は社稷の臣になりたいのではない。ただ、私のすべてを賭けてもよいような主君に仕えたいだけなのだ。

 理想が高いとも言える。それが不満につながるのである。

 しかしこう考えると、不満とは目的を達成するためのエネルギーのようなものなのかもしれない。

 ユウジンの頭の中にローカスの直臣になるのとは別の考えができつつあった。

 それは諫言である。ウィローに諫言を呈して、自分の望むような主君になってほしいということであった。

 これならば先に述べた不都合は生じないし、むしろ自身は欲望からは遠い位置になる。なぜならば、諫言とは部下の僭越であり、これは忌み嫌われることだからだ。場合によっては左遷もありうるし、降格もありうる。

 逆鱗に触れれば戦地にすら送られるかもしれない。

 だが、それでもよかった。

 ユウジンは夜の空気を肺にためた。

 そして、ゆるりと吐き出した。

「明日、ウィロー様に私の存念を申し上げてみよう。なればよし、ならねば、それで私が死地に送られることになってもかまわない」

 ユウジンは自分の言葉を耳で聞いて、心に安堵を覚えた。

 それから、ゆっくりとした足取りで自宅へと帰った。







「今日からネコミミモードでーす♪」

 ユウジンはウィローの朝からの一言に、先制パンチを思いっきりカウンターで喰らったかのような軽い眩暈を覚えた。

 ネコミミとはネコの耳ということなのだろうが、どうもカチューシャにそれっぽい飾りがついたやつを着用しているようであり、キャロラットやそのほかの猫耳人種の持つ本物の耳ではないらしい。

 それにしても謎だ。なぜ、猫耳なのだろう。

 ユウジンは聞きたいような聞きたくないような、微妙な気持ちだったが、部下が誰一人として声を発せず、この場にいるウィローを除けば一番地位の高い自分に期待しているような暗黙の声を聴いて、一歩前に進み出た。

「ウィロー様。ファッションもよろしいのですが、そのようなだらしない格好をなされては部下の士気に関わります」

「でもでも。ネコミミだよ♪ ネコミミモードなんだよ♪」

 ネコミミカチューシャを弄んで、楽しそうに答えるネコミミウィロー。

 ほっぺたにピンク色がさしている見た目はちっちゃな六歳児である。正直、かわいいとユウジンは思ってしまった。

 が、かわいいのと仕事とは別問題である。

「仕事への差しさわりがでます。ネコミミはダメです」

 遁辞を許さないユウジンの一言に、ウィローは嫌な顔をした。

「ネコミミのどこが悪いのよぉ」

「あえて言えば、堕落の象徴です。ネコは自ら仕事をするということをしませんからね」

「それを言うなら、自由の象徴と言ってほしいな。それと、かわいいでしょ。ねえねえ……ネコミミモードなボクもかわいいでしょ?」

 つぶらな瞳でウィローは迫った。

 ズルイとばかりにユウジンは目をそらす。

 はっきり言って、そのネコミミウェポンは掟破りもいいところの最終兵器だ。

 ウィローのことがけして嫌いではなく、むしろその外貌に引きずられるように愛情に近いものを覚えてしまうユウジンは、ウィローの姿を真正面から捉えることができない。

 強く言わなければならないという義務感とのせめぎあいで精神が壊れそうな気がした。

 今までのユウジンであれば、そのまま押し切られていたであろう。

 しかし前日の決意がユウジンを後押しし、吐き出すようになんとか一言を述べることができた。

「ネコミミは、ダメです」

「なんでだよっ。ネコミミがダメなら、ネコミミなDOLLは全員堕落してるってことになっちゃうじゃん。ネコミミモードの深さを知らないとは、もしかするとユウジンはキツネさまのふわふわシッポ信者だな。くぅ。これは強敵だ。なにしろふわふわな尻尾。あれに埋もれて昼寝したらどんなにか気持ちいいだろう。ああ、ふわふわっ!」

「ウィロー様がネコミミだけでなく、キツネのふわふわ尻尾もお好きなことはよくわかりました」

 もはや溜息しかでないユウジンである。

 鬱色をあらわすユウジンのそばで、ウィローはなにやら閃いたらしくいきなり豪奢な椅子から飛び降りた。

「そうだ! 今日からボクがよいというまで、みんなネコミミカチューシャをつけるように」

「はっ!? ウィロー様。お気は確かですか。ウィロー様の部下だけネコミミカチューシャなんかをつけてたら、絶対に変に思われます。ローカス様に詰問されるかもしれないんですよ」

「ローカス様もきっとわかってくれるよ」

 星がまたたくような、きらびやかな笑顔。

「ありえない……。ぶっちゃけありえない」

 いつもの礼を尽くした硬い言葉使いも思わず忘れてしまうユウジンであった。



 さて、それからのこと。

 ウィローのネコミミ政策についての意見は賛成少数、反対少数であり、意見もなくとりあえず現状を見守っているものが大多数であった。ネコミミカチューシャをつけていたからといって、とくに仕事上問題があるというわけではなく、かといって、ネコミミカチューシャをつけたまま、ウィロー以外のビショップの部下に会いたくないという思いがある。

 ついでに言えば、他の部門のDOLLにもできれば会いたくない。その感情の微妙な色合いが沈黙を生んでしまっている。

 恥ずかしいというのは萎縮してしまうということなのだろう。

 一番、ネコミミファッションに精神的痛打を受けていたのは、当然、ユウジンである。

 結局、あのあと呆然としていたのがいけなかったのか、押し切られるようになし崩しに決定しまっていた。

 しかも、あの場で思いついたように言っていたウィローだが、本当のところはかなり綿密に計画を立てていたようで、測ったように、ネコミミカチューシャが遊戯関係を司る『舞』の部門から大量に送られてきたのである。

「実は『舞』にはちょっとコネがあってね」

 笑いながら言うウィローであった。

 ユウジンは自分の机に座って、鏡を見つめた。そして深い溜息。

 頭の上には黒いネコミミがピョコンと乗っている。DOLLであるユウジンは当然美少女であるので、ネコミミファッションが似合わないというわけではないのだが、ウィローの手のひらの上でピエロな踊りを演じている気がして、憤懣と哀愁が交互に感情を乱していた。

「もう我慢の限界だ……。すぐにネコミミをやめさせてもらおう」

 しかし、である。

 ただの諫言がウィローにとって無力なのは先刻承知の事柄。まともに取り合ってすらくれないのが実情である。

 冗談のようにのらりくらりとかわされて、挙句の果てには状況が悪化することに繋がりかねない。

 例えば――『今度はゴシックロリータファッションかつネコミミで』とか。

 例えば――『さあ、みんなでごいっしょに、うにゃにゃ♪』とか。

 例えば――『ネコミミで他の部門を席巻してくるように。や・く・そ・く・よ(はぁと)』とか。

 少し考えただけで頭が痛い。

 それにこれはユウジンが考えたことであり、ウィローはこれのさらに上をいく恥ずかしいことを思いつくかもしれない。

 ウィローの情報演算能力を甘くみてはこちらが痛い目にあう。

「もはや上訴しかないのかもしれない」

 ローカスならば、きっとこの狂った状況をなんとかしてくださるだろうと、ユウジンは思っている。

 もちろんそれはある意味、ウィローを裏切ることでもあり、ウィローをローカスのような主君の理想像に近づかせるというユウジンのひそやかな計画の頓挫を意味していた。

 しかし。

 現実に生きている限り、今という時空に存在する問題を解決しなければならないのが人であり、今がなければ未来がないのであるから、今の問題を解決できなければ、未来の計画など最初から成功するはずもないのだ。

 それに、ウィローを裏切るといっても、今回の一事で自分はウィローに疎まれるかもしれないが、ウィローがローカスからの命令でビショップをやめさせられるというわけでもないだろう。実際に仕事に影響がでているわけでもなく、義務は果たしているのだから。もちろん長期的に見れば、積もりに積もった部下の憤懣がいつか爆発するかもしれない。

 だからこのままではよいはずもなく、その爆発を自分の犠牲で抑えることができるなら本望である。

 諫言とは本来そういうことではないのかと考えた。ウィローに直接諫言を呈するよりも、何倍も効果的かもしれない。

「よしそうしよう」

 ユウジンは気合をいれて立ち上がった。ネコミミがふるふるっと震えた。









 ローカスの部屋は真っ白い壁に、ふわふわと何体もの情報を提示するスフィアが浮かんでいるほかは何もなかった。

 一体のスフィアあたり数十テラバイトの容量を持つ超情報集積体だ。

 ローカス自身も空間にふわりふわりと浮いた状態で、部屋と一体となっているかのようだった。

 真っ白のショートヘアに幽玄を彷徨うような眠たげな瞳をした美少女。

 黄金のわっかがまるで天使のように頭上をゆっくりと回転している。それにあわせるように、白色のリモコンシールドもゆるりとローカスの周りを回転していた。

 彼女はオレンジ色をしたスフィアを抱えて、『星』『知』『雲』から集結した情報の処理を行っている。

 幻想的な、と言っても差しつかえない情景だろう。

 だが、本当はこれだけの情報量を一気に分析し整理できるローカスの力量のほうに驚かねばならないのかもしれない。

「それで……」

 ローカスが虫が鳴くような小さな声をだした。

「どういう……こと?」

 それはどちらに対して言った言葉なのだろうか。

 ユウジンとウィローは顔を見合わせた。

 もちろん、ユウジンはローカスにすでにネコミミのことを打ち明けており、ローカスはすべての事情を知っているはずである。

 だから、これは釈明を求めているに違いなく、普通に考えれば、ウィローに対する言葉であると取るべきであろう。

 しかし、ローカスの視線は明らかにユウジンに向けられていた。

 ウィローはここに呼ばれた時点では、何故、ローカスに召喚されたかもわかっておらず、どういうことなのかわからないので、疑問を顔にはりつけて、その場の状況を見守っている。

――そもそも何故、私を退出させなかったのだろう。

 とユウジンが考える。そしてそこから先に一歩考えを進めると、なんとなくだが答えがわかったような気がした。

 おそらくローカスはユウジンから直接憤懣を言わせたいのだろう。

 そのほうがウィローに伝わると思ったからであろうか。あるいは、もっと考えれば、ローカスはユウジンの言葉が讒言になるのを好まなかったのかもしれない。ユウジンがウィローの目の前で述べるならば、それはあくまで直接の言葉であり、ローカスは調停役として聞いているという立場になり、事がうまく運ぶように思われる。

 そこまで考えをめぐらせて、なんと細やかな心配りのできる人なのだ、とユウジンはローカスに畏敬の念を抱いた。

「この場を設けてくださったことをありがたく思います。ローカス様」

「……」

 無言のままローカスが頷いた。

「私がこのたび、ローカス様に進言したいのはウィロー様のネコミミ政策を取りやめていただきたいということです」

 ウィローがユウジンに視線を向けた。

 想像はしていたらしく、驚いたというよりも疑問が確定したことに対する興味の消失といったほうが正しい表情であった。

 ユウジンがウィローにちらりと視線を送り、再びローカスに戻す。

「我らは確かに階級制度に従って行動しております。ですから上の命令は絶対であるというのはけして曲げてはならない不文律でありましょう。下が上を軽んじれば君臣は一体となれず、DOLLのような長大な国境を持つ巨大国家は必ず崩壊してしまうでしょう。しかし、我らも人です。理不尽な命令には憤懣が溜まります。憤懣が溜まりに溜まれば、やがてそれが爆発し、反乱やクーデターの芽となる危険もあるでしょう。つまり下の上に対する敬愛の情が薄まれば、それは結局のところ、君臣の制度を揺るがすことになるのではないかと、愚考ながら思います。ですから、どうか私の辞職とともにウィロー様のネコミミ政策を取り下げていただきたく存じます」

「なぜ、あなたが……辞職……しなくてはならないの」

 ローカスの声にただ一言ユウジンは答えた。

「諫言は上と下との混同であるからです」

「わかりました……。けれど……認めません。これはあなたの諫言ではなくて……私があなたから……聴聞しただけだから」

「ローカス様……」

 カーディナルからそう言われてしまってはもはや返すべき言葉をユウジンは持たない。

「……ということらしいけど、ウィローからは……なにか言いたいことある?」

「あります。あります。おおありですよ。ローカス様。例えば、政策一つとっても、それは長大なスパンのもとになりたってることがありますよね。下にまで染みていくまでに時間がかかることだってあります。例えば、法典の改変なんかを考えてください。法律が実体感を持って民草まで伝わるにはかなりの時間を割かなければなりません。そのために、法律の改変時には緩衝期間を設けたりする場合もありますよね」

「……そうね」

 ローカスはまくしたてるようなウィローの言葉に気おされることもなく、それでいて聞いていないわけでもなく、ただ頷いた。

「ですから。ネコミミの良さも染みていくまでに時間がかかるのです。ボクの言うこと、まちがっていますか」

「まちがっているか……どうかは……まだなんともいえない。でも……あなたが思う、ネコミミの……いいところって……何?」

「ネコミミ。かわいいじゃないですか。ほら、ネコミミ。かわいいでしょ」

「ウィロー様。少しはしゃぎすぎです」

「ユウジンは黙っててよ。ボクの圧倒的かわいさでローカス様をめろめろにしちゃうんだ」

 しかし、ローカスは考えているのか考えていないのかすらわからないほど、反応を返さない。

 ぼーっとした表情である。

「ネコミミのかわいさ。わからないかなぁ……。ローカス様ならわかってくれると思ってたのに」

「尻尾は……?」

「はっ?」

 ウィローとユウジンはほぼ同時に声を出した。

 どちらもローカスの言葉を認識するまでに時間がかかった。

 その硬直の間に再び、ローカスが聞く。

「ネコミミだけで……ネコ尻尾はないの……かしら」

「オプションでつけることもあります。って、ローカス様。もしかしてネコミミに興味がおありなんですか!?」

 喜色を満面に浮かべて、ウィローは飛びまわった。

 一方、ユウジンは絶望と呼んでも、まちがいではない表情をしている。

――まさか、ローカス様まで

 そんな思いである。

「興味がある……わけではないけれど……単純に考えて……ネコミミだけで、ネコ尻尾がないのは……おかしいから」

「まぁ。そうですよね。おそらくお手軽さがネコミミにはあってもネコ尻尾にはないからだと思いますよ。スカートならともかく、DOLLだと防具をぶち破るか、溶接でもしないかぎり無理ですし」

「そう……ごめんなさい。本題から……ずれちゃったわね」

「いえいえ。そういう些細な興味から、深いネコミミワールドが見えてくるんですよ。ボクとともにネコミミの世界へと行きましょう。ローカス様」

 どこかで見たような星の笑顔。

 ユウジンは奇声に違い叫びをあげた。

「ダメです。ローカス様。洗脳されないでください!」

「洗脳だなんて、失礼な。ネコミミの深遠なる世界へ優しく手を引いてるだけじゃないか」

「それを一般的な言い方に置換すると『洗脳』というのです」

「……本題に話を戻しても……いいかしら」

 ローカスの喧騒とはまるで真逆の澄んだ声に、二人は声を潜めた。

「ネコミミって……よく考えると不思議……ネコになりたいってことなのかしら。ウィロー、ネコの持つメタファーって……何?」

「自由です。気儘です。孤独が好きだけど実はさびしがりやです。それになんといってもかわいいってとこかな」

「かわいいというのはメタファーじゃなくて、ウィロー様の個人的な感想じゃありませんか」

 と、ユウジン。そして手をまっすぐに挙げる。

「ローカス様。私に発言をお許しください」

「どうぞ……」

「ネコのメタファーは怠惰でしょう。仕事の能率を考えた場合、これは由々しき属性です。みんながみんなそうなるとは言いませんが、ネコミミなんぞをつけていたら、DOLLが国家として立ち行かなくなります」

「そうかしら……。ウィローはそう思う?」

「いいえ。思いません。ネコは怠惰ではなくて自由を愛しているんです。仕事っていうのは本来押しつけられたものではなくて、その人が選択した自由ですよね。自由には責任が伴うことをネコは知っていて、自由であるがゆえに高貴に仕事をまっとうしようとします。ネコを観察すればわかるんですけど、彼らは生き方を他人に預けるようなことはしませんよ」

「それでも――。ネコは孤独です。私たちのような集団で生きる社会的な生命とは相容れない属性と思います」

 ユウジンは声を大にして言った。

 ここでウィローを論駁できなければ、自分の思いが灰燼に帰すと思ったからだ。

 ウィローが当然のように反論する。

「ネコは単独行動が多いけど、本当は寂しがりやなところもあります。猫の集会とかをご存知ですか。ボクはたまに夜の空き地とかを散歩がてらに見てまわることもあるんですけど、けっこうな数のネコが集まっていますよ。ネコは明らかに社会性を有しているんです」

「縄張り意識があります。猫は強度の縄張り意識があるから、他人との意見をすり合わせることができないともいえます」

 ウィローがユウジンに顔を向けた。

「縄張りは生きていくための方便だよ。DOLLだって国境があるじゃないか。それをユウジンは否定しちゃうの?」

「私が申し上げたのは強度の縄張り意識ですよ。適度な縄張り意識なら問題ありませんが、強度になりすぎて、国境を保持しようとしすぎると危険です。あるいはDOLLという国家の中でさらに線引きが行われるようになってしまうかもしれません。国家の分裂に繋がります」

「論理の飛躍だ。ネコの縄張り意識は確かに強いほうだろうけど、負ければ退くし、ネコの社会が崩壊しているわけじゃないだろう」

「……それで」

 再び、ローカスの声。

 彼女の落ち着いた声がついついヒートアップしそうな場を沈めてくれるようだ。

「ネコの属性はわかったわ……。要するに……ネコは人に似ているのね……。それとともに外貌のかわいらしさに惹かれて……ネコをかわいがるんでしょう。これはある種、両義的で……つまり自己愛であり……自他愛でもある……。当たり前のことながら、ネコは……喋らない。一言も喋らないけど、そこには確たる自己が……存在し……人はネコに他人を見出し、自分を見出しているのではないかしら……」

 ローカスの言葉はウィローの言葉とユウジンの言葉をどちらも肯定したような否定したような、微妙な評価だった。

 そのため、二人は自分の言葉が肯定されたのかわからず、下手なことがいえなくなり、沈黙が場を満たした。

 それはローカスの狙いだったのかもしれない。ローカスは言った。

「結論から……言うわ。ネコミミ政策は方針を……」

 ウィローとユウジンはごくりと唾を飲んだ。

「……変更します」

「変更? どのようにですか」とユウジン。

 変更とは取りやめとは違い、元の政策をまったく取り消してしまうものではない。

 一抹の不安が残る言い方である。

 そのため気が急き、つい手を挙げることも忘れて聞いてしまったのだ。

「簡単に言えば……ネコミミはファッションとして勤務中もつけることを……許可するということ。いままで、暗黙の了解で……なんとなくふしだらなイメージがあったから……誰もネコミミモードになれなかったけど……これからは公的に、許可するということ。そして、ビショップは部下にネコミミを強要しないこと……」

 どちらかと言えば、ユウジンの言葉に重心を置いた裁断であろう。

 しかし、ウィローにとってもユウジンにとっても、なんとなく不満が残る決定である。

 だが、『星』の最大権力者が一度行った決定に逆らえるはずもなく、ユウジンとウィローはしぶしぶながらも頷いた。







 ユウジンはその日の夜、再び野を歩いてみた。

 夜空には昨日と同じく満天の星空が輝いている。

――結局のところ、何も変わらなかった。

 そう思う一方で、何かを積み上げたような感触が胸に残っている。諫言は完全に成功したわけではない。ウィローはこれからもいろいろとユウジンを悩ますような変態行為に走るだろう。

 だが、今になって思えば、ローカスの判断がベストだったように思えるのだ。

 そもそも上からの理不尽な命令を廃してもらうのが今回の骨子であった。

 押しつけたのはウィローであり、ユウジンはそれに反発した。

 しかし、ユウジンはこの時、自分を下の者の代表のように考えていたが、ユウジン自身もナイトクラスであり、ポーンやルークから見れば、上の階級である。

 ユウジンが仮に諫言に成功して、ネコミミが全面禁止となったら、どうなるか。

 ユウジンはそれでもよいと考えていたが、それこそ上からの押しつけを下の者は感じ、憤懣の感情を持っていたかもしれない。

 ネコミミを強制するのも理不尽ではあるが、ネコミミをしないことを強制するのも理不尽である気がする。

 なにしろ、たかがファッションだ。

 制服のような効果があるならまだしも、ワンポイントのネコミミならばそれほどの影響はなく一過性の流行に過ぎないのではないか。

 それに、よく考えれば、ネコミミ全面禁止は、猫耳種族からDOLLになった天然の猫耳DOLLを排斥することに繋がりかねない。

 とすれば、結論は限られてくる。

 ウィローが強制する前の状態に戻す。つまり、自然状態に任せるということだ。

 あらゆる思想は自然状態の中で、いわば市場の原理のように、淘汰されて高等なものが残っていくという考え方がある。

 そう考えると、ネコミミが残るのか残らないのかはユウジンにはわからないが、それは自分の領分ではなく、民が決めることであったのだと思った。

――自由と支配との調和定点がそこにあるのではないか。

 そう思い至ったとき、野原から猫の鳴き声がユウジンの耳に届いたような気がした。







 



 無音の部屋。ゆっくりと回転するシールド。

 シールドをドアのほうに向けて、自分を死角に置く。

 それから、ローカスは自分の部屋で誰もいないことを確認すると、ウィローが置いていった小さなネコミミカチューシャを手にとってみた。

 あいかわらずのぼーっとした表情であるが、なぜか頬がほんのり上気している。

 カチューシャをそっと頭につけてみた。

「ネコミミ……モード」

 ほんの少しだけやってみたかったのだ。

 それは普段誰にも見せないローカスのはにかみっ娘の一面であった。







 おしまい

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