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「れも副司令」
 小さく震えるれもの肩を、男は優しく抱きとめる。
「そんなに緊張しないで」
「でも、私、こんな気持ち、初めてなんです」
 れもの言葉に、男は優しく微笑んだ。
「大丈夫です。全て私にまかせて」
 れもは男の言葉にコクリと頷くと、ゆったりと体を預けた。
 男がそっとれもの顎に手をかけ、上を向かせると、れもは潤んだ瞳を閉じる。
 二人の唇がゆっくりと近づき、そして…。

  :
  :
  :
  :
「うひょひょ。れも副司令たん…ぐう…むにゃむにゃ」
「船長、船長! 起きてください、船長!」
 歳若い少年の声で、コンソールにつっぷしていびきを掻いていたその男は目を覚ました。
「ぐ…うー? な、なんだ? ここはどこだぁ? れも副司令はどうした? ゴルァそこの貴様! 俺のれもたんをどこへ隠したぁ!」
「…また寝ぼけてたんですか? いいかげんにしてください」
 呆れたようにつぶやく少年の声に、男は頭をかきながらあたりを見回し、そして舌打ちした。
「…ちっ! せっかくいいとこだったのに。俺とれもたんのラブラブドッキング大作戦の邪魔をしやがって」
「何ですかその怪しいネーミングの作戦は」
「どこが怪しい? 二十文字以内で述べてみい! あ、もしかして、大作戦てとこが怪しさ爆発か?」
「いえ、どっちかというとその直前です。(十八文字)まったく、いきなり神をも恐れぬことを」
「…いや、いい。気にするな。夢の話だ」
「いつまでも妙な夢見てないで。もうじきトランスワープをぬけます。TS9に入港ですよ」
「んあー? もうそんな時間か」
 船長…無精ひげを生やしたその男は眠そうな目をこすると大きくあくびをした。
「ほらほら、よだれだけでも拭いてください。入港手続きは船長がしないといけないんですから」
「んー」
 少年からタオルを受け取りながら、船長はだるそうに返事を返した。


宇宙貨物船すいんげる

〜勝手にれもたん〜

TS9遭難顛末記


作:七斬


「よぉっし」
 顔にこびりついたよだれをふき取り、ぼさぼさの髪をむりやりなでつけると、船長は言葉を発した。
「カムラ君」
「はい、船長」
「私が何者か言ってみろ」
「何ですか? 一体」
「いいから言ってみろ」
 少年はあきれたようにため息をついた。
「はい。名前は七斬。三十ン歳。この話の作者…」
「ちっがーう! そっちじゃなーい!」
 船長が手を振り回して大声を張り上げると、少年はしぶしぶと言い直した。
「…じーざ船長。この宇宙貨物船すいんげるの責任者です」
「うんうん。その通りだ」
 じ−ざ船長は満足そうに頷いた。
「性格や言動がちょっとアレだからといって、その正体が作者自身だったりとか、そういうことは無いのだ。そこんとこよろしく頼むよ」
「…何なんですかそれは」
「いや、こういうことは最初にはっきり言っておこうと思ってな」
「はあ」
「ところで雇われ航法士のカムラ君」
「…またとってつけたように紹介してくれますね」
「気にするなカムラ君。そろそろワープアウトなんだろう?」
「ああ、そうでした」
 すいんげるの船体が速度をゆるめ、亜空間から通常空間に復帰するとすぐに、光に包まれたとてつもなく巨大な建造物が目に入る。
 これが惑星連合所属の第9転換宇宙基地、すなわちトランススペース9。略称TS9だ。
 辺境の警備と物資中継のために作られた宇宙基地で、TSナンバーを名づけられた宇宙基地の中ではこのTS9が最も新しい。
「あー、TS9管制、聞こえますか? こちらは自由交易貨物船すいんげる。TS9に入港を希望します。船籍コードは…」
 すいんげるが運んできたのは近隣の星から集めてきた生鮮食料品である。
 レプリケーターがあれば物資の複製はできるとはいえ、食料品は風味がかなり落ちる。
 そんなわけで、新鮮な食料の定期的な補給は宇宙基地にとっては必須なのである。
 本来なら軍の輸送艦で全ての輸送をまかなうはずだったのだが、軍上層部でいろいろあったらしく、補給の一部を民間に委託することになった。
 大手企業が仕事を奪い合うどさくさにまぎれ、零細であるすいんげるにも輸送の仕事が少し回ってきたというわけである。
 退屈な検疫が終わり、管制官との型通りのやり取りの後、すいんげるはゆっくりとTS9のドッキングベイに接岸する。
 接岸作業はコンピュータが自動でやってくれるので楽なものだ。
 貨物引渡しの事務手続きを終えると、二人はようやくTS9の港湾区画へと上陸した。
 辺境の旅の中継点でもあるTS9の港湾区画は、ちょっとした街としても機能している。
 食堂はもちろん、銀行、ホテル、本屋、薬局、病院、酒場、雑貨屋、ブティックまである。
「久しぶりに来てみると、ずいぶん雰囲気が明るくなってますね」
 転送ゲートから出てしばらく歩く道すがら、カムラ少年はそう言った。
 言われてみると、以前来た時よりも壁の塗装が明るくなり、照明の明るさも増している。
 暗い雰囲気はなりをひそめ、若者の街らしい活気のある華やかさがかもし出されている。
「ああ。まるでれも副司令の華やかな人柄を表しているようだなあ。さすがだ。美しい方が副司令になるとこうも違うものか。やはりじじむさい前任の副司令とは大違いだよなあ」
「…あのう、それはれも副司令の人柄のおかげとは限らないんじゃ…」
「いちいちるせーなあ! ナンだてめー、俺のれも副司令を馬鹿にする気か?」
「なんでそうなるんですか! それにれも副司令は別に船長の所有物じゃ …って、船長、何キョロキョロしてるんです?」
「いや、せっかくTS9に来たんだ。どっかその辺に、れも副司令いないかなあと」
「その辺にって、あのー、れも副司令って、この基地の副司令ですよね?」
「まあ、副司令っていうくらいだからそうなんだろうなあ」
「だったら、司令室にいるんじゃないですか? こんな末端の区画には普通は来ないんじゃないかと思うんですけど」
「ぐがーん! い、言われてみればその通り! なんてこったい!」
「いや、普通言われなくても分かるんじゃ」
 カムラ少年の突っ込みを無視し、じーざ船長は道端のコマーシャルディスプレイによじ登り、あさっての方向へ向けて泣き喚き始めた。
「うおーん! うおーん! 神様の馬鹿やろう! TS9に来たのにれも副司令に会えないなんて! こうなったら泣くしかないじゃないか! 副司令ー! れも副司令ー! 司令室まで飛んでいけこの思い!」
「船長! 往来で大声上げて泣かないでくださいよ! みっともないなあ!」
「うるせぇやい! せっかくれも副司令のそばまで来たのに会えないこのつらさが、貴様に分かるってのかぁ! えぇ?」
「ええと、いや、まあ、船長見てると時々全くわけ分からなくなりますが」
「だったらてめぇ…はっ! くんくん! くんくん!」
「…今度は何です?」
「においだ! れも副司令のにおいがする!」
「あんた犬ですか船長」
「せめてキャニアス人って言えよ。スペースオペラっぽく」
「船長テラン人か地球人でしょ。いくらなんでもそりゃキャニアスに対する侮辱だと思いますが…」
「あっ! れも副司令!」
 周りの人々があぶないものを見る目で何事かと遠巻きに二人を見ている。
 その中にれも副司令当人の姿を認め、じーざ船長は背筋をしゃんと伸ばし、きりりと顔を引き締めてつついっと歩み寄った。
 周りの人垣がざざっと後ずさるが、れも副司令は一瞬逃げ遅れた。
「やあ、これはこれは。れも副司令じゃありませんか。偶然ですね」
「あ、確か、な…ななぎり…さん? さっきから一体何を」
 れも副司令はしかたなく、ひきつった顔で応じる。
「じーざです。貨物船すいんげる船長のじーざです。じーざ船長とお呼びください。ラブリーに」
「は? はあ」
「さっき私が行っていたのはただの大道芸です。お楽しみ頂けましたでしょうか?」
「だ、大道芸…ですか?」
 非常に無理がある説明だが、じーざ船長は言い訳はこれで終わりだとばかりに話を続ける。
「夏以来ですね。おお、今日のよき日にあなたと出会えたことを、神に感謝いたします」
 さっきまで神様の悪口を言っていたのは都合よく忘れてしまったらしい。
「あ…あのう、手を離して頂けます?」
「ああ、これは失礼」
 そう言いつつも、いつのまにかれも副司令の手を握り締めていた手はしっかり離さない。
「しかし、れも副司令。今日はこのような場所へ何しに?」
「え? えっと、私、たまにこのあたりまで食事しに来るんですが」
「おお! それはそれは。いかがでしょう? ここでお会いできたのも何かの縁。私も御一緒してもよろしいでしょうか」
「え? そ…それは…」
「おごりますし」
「わあ。船長のおごりですか? 僕、クリームパフェが食べた…」
 カムラ少年が口を挟んだ次の瞬間、じーざ船長の両手がカムラ少年の頬をひねり上げた。
 そのまま左右へぐいと引っ張る。
「あんだよてめー、俺とれも副司令の貴重な逢瀬の時間、気を利かせて二人っきりにしようとか、そういう配慮はねーのかよ、てめー」
「ひゅ、ひゅいみゃひぇん」
「あのう、その子は?」
「ああ、カムラ君は私の下男のようなもので、背景と同じに扱ってくだされば…」
「誰が下男ですか誰が! ひどいですよ船長!」
「さあ、れも副司令、外野はほっておいて参りましょう」
「あの、困ります」
 そこまでれもが言ったときだった。
「ありゃ?」
「きゃっ!」
「せ、船長!」
 とにかくその瞬間は運が無かった。
 じーざ船長の足元に、たまたま工業用メンテナンスハッチ…俗に言うマンホールがあったのは、運が悪かったとしか言いようが無い。
 そのマンホールのロックが完全に閉じていなかったのは工事担当者の責任かもしれないが、誰にも運があるとは言い難い。
 それによりによって、じーざ船長が足を乗せたとたんに、今まで閉じていたそのマンホールがタイミングよく落とし穴のように口を開けたのは…これはもう誰のせいでもない。強いて言えば、さきほどじーざ船長に罵られた神様のせいかもしれない。
 ただ、彼は…これもたまたまだが、れも副司令の肩に手を回していた。
 とにかく、じーざ船長とれも副司令の体はたまたま大きく開いたマンホールの口に吸い込まれていった。
「船長! れも副司令!」
 後に残されたカムラ少年の叫びがぽっかり開いた暗闇の中へ響く。
 しかしその声もまた、深い暗闇の中へ空しく吸い込まれてゆくだけだった。、

 暗闇の中に、大きな水音が二つ轟く。
 かなり深くまで落ちたのだが、途中で通路が斜めに折れ曲がっていたらしく、二人とも体のあちこちを壁にぶつけてしまった。
 そのために落下速度がかなり緩まったのは不幸中の幸いかもしれない。
「れっ、れも副司令! 大丈夫ですか?」
「な、なんとか」
 水の深さはどうにか足がつく程度のものだった。
 お互いの無事を確認すると、暗闇に目が慣れるのを待ってあたりを見回す。
 けっこう広い空間に、あちこちからすえたにおいの水が流れ込んできている。
「ここは…」
「下水処理用の貯水槽ですわね」
「何が起こったんでしょうか?」
「さあ。工業用ハッチのロックが作動不良でも起こしたんでしょうか?」
「マンホールにしてはかなり深いようでしたが」
「本来なら転送か、重力リフトで昇降するはずですけど」
「なるほど。すみません。なんか巻き込む形になってしまったようで」
 話しながら乾いた足場を見つけて這い上がる。
 れも副司令は髪の毛をさっと絞って水分を払う。なぜか帽子を被ったままだが。
 じーざ船長は携帯用のコミュニケータを取り出すと、カムラ少年への呼び出しを試みた。
「ありゃ、駄目だ。アンテナが立たない」
「私がやってみましょう」
 れも副司令も自分のコミュニケータで連絡を取ろうとする。
「管制室、聞こえますか? れもです。転送回収二名。聞こえます?」
「…駄目ですか?」
「はい…TS9内部なら連絡が取れないはずは無いのですが…」
 体が冷えてきた。
 濡れた服が肌に張り付いて不快なことこの上ない。
 着替えがほしいところだが…。
  :
  :
(妄想開始)
「じーざ船長そんな…いきなり脱ぐなんて」
「れも副司令。あなたも、濡れた服を着たままだと風邪をひいてしまいます」
「で、でも…恥ずかしい」
「この暗闇の中、せめてあなたの暖かさだけでも感じていたい」
「あっ…じーざ船長…」
 服を脱いだ二人はお互いの体温でお互いを暖めあい、そして…。

(妄想終了)
  :
  :
「じーざ船長、いきなり黙り込んでどうかなさいましたか?」
「へ? いえいえ。なんでもありません」
 闇の中、れも副司令の姿はうっすらとしか分からない。なぜかれも副司令は苦にもしてないようだが。
「もしかしてれも副司令、夜目が利くほうですか?」
「ええ。普通のテラン人と較べると、利くほうだと思います」
「なるほど」
 じーざ船長は暗闇の向こうのれも副司令の姿はどんなものだろうかと想像する。
 水に濡れてスケスケのあられもない…あられも…れもれもれも副司令。なんちて。
「だー! なんでここには照明が無いんじゃあ!」
「向こうに明かりが見えますが」
「おお!」
 二人が光に向かって歩き出そうと立ち上がったときだった。
 ずるぺたずるぺたずるぺた…。
 後ろから聞こえてくるひきずるような足音に気づいた二人は、振り向いて顔を引きつらせた。
「も、もしかしてこいつ、ワニかぁ?」
「わにというと?」
「地球の猛獣です」
 東京の下水道には逃げ出したペットのワニが巣食っていることがあるそうだが、建造して間もない宇宙基地の下水にワニがいるとは…。しかもかなりでかい。
「ま…まさか」
「彼(?)もどうやら食事の時間らしい。逃げましょう」
 二人が駆け出すと、ワニもスピードを上げた。
 ずるぺたずるぺたずるぺた…。
「も…もうじき出口だあ!」
 出口から出たとしても、ワニを振り切れるかどうかわからない。
「じーざ船長! フェイザーガンを持ってませんか?」
 れも副司令の言葉に、じーざ船長はちょっと考えてから答えた。
「フェイザーはありませんが、武器ならあります」
 じーざ船長はふところから黒い塊を取り出すと、振り向いてワニに向かって構えた。
「食らえ! トカレフッ!」
「トカレフ?」
 トンネル内部に二回三回と轟音が轟く。
 大きく跳ねて飛び掛ってきたワニに命中したのかしてないのか、じーざ船長とれも副司令はワニの体当たりを食らって出口から転げ落ちた。
そのまま岩肌の斜面を転がって草むらに突っ込む。
「草?」
 そう。そこには草が生えていた。
 じーざ船長が起き上がってあたりを見回すと、広大な湿地帯に鬱蒼と生い茂る密林が広がっている。
 耳を澄ますとギャアギャアと鳥の声まで聞こえる。
「な…なんじゃこりゃあ」
 思わずそんな言葉がもれた。
 だがそれに答える声が無いのを怪訝に思う。
 じーざ船長はれも副司令の姿を見失っていた。
「れも副司令? どこですか?」
 呼びかけながらあたりを探すと、地面(床ではなく確かに土の地面だ)の上に、見覚えのある帽子が落ちているのを見つけた。
「これは、れも副司令の帽子だ!」
 さらに近くに先ほどのワニがひっくり返っているのを見つける。
「腹いっぱいでひっくり返ってるわけじゃなさそうだよな」
 まだ息があるようだ。
 別に銃弾が命中したためではなく、斜面を転がり落ちて気絶したらしい。
 とどめを刺そうとじーざ船長は銃を向けたが、ため息をついて銃をしまった。
「まあ、お前も災難だったよな。見逃してやるよ。しかし…」
 じーざ船長は背後の密林を見回した。
「うーん」
 頭を掻いてもどうなるものでもあるまい。
 れも副司令は近くにいるはずだ。
 そうだ、岩肌を転がり落ちたときに怪我をしているのかもしれない。
 もしそうなら手当てしなければ…。
  :
  :
(妄想開始)
「ああ、じーざ船長、よく来てくださいました」
「れも副司令、私が来たからにはもう安心です」
「でも、私、怪我をしてしまって、歩けないんです」
「大丈夫。ほら」
「きゃっ」
 じーざ船長はれも副司令を抱きかかえた。
 れも副司令は真っ赤になる。
 二人の間にはいつしか愛が芽生え、そして…。

(妄想終了)
  :
  :
「ふははは! いよぉぉぉっし! れも副司令! ボクがんばりますぅぅ!」
じーざ船長は鼻息を荒くして立ち上がった
「れも副司令! れも副司令! れも副司令!」
 ハァハァと息を継ぎながら草むらの中や木の陰をひとつひとつ確認して回る。
 と、背後の木の陰から細い腕がにゅっと出て、じーざ船長の握りしめていたれも副司令の帽子をひったくった。
「なっ?」
 驚いて振り向くと、そこにはれも副司令が澄ました顔で帽子を被っている。
 ちなみに服はもうあらかた乾いていた。
「じーざ船長、帽子を拾ってくださってありがとうございます」
「れ、れも副司令? あのー、お怪我は?」
「ありません」
「どこか痛いところとか?」
「大丈夫です」
「歩けなかったりとか?」
「お気遣いなく」
「…しくしくしく」
「どうかなさいましたか?」
「…いえ、なんでもありません。ご無事でなによりですぅ」
 じーざ船長は涙をだーっと流した。
「ところでじーざ船長。ここは一体?」
「え? れも副司令もご存知ないんですか?」
「ええ」
「どこかの惑星に、知らないうちに転送されちゃったんですかね?」
「いいえ、それは無いと思います。見てください」
 れも副司令は空を指差した。
 青空が広がっており、太陽が輝いているが、どこか不自然だ。
 惑星の上独特の、抜けるような透明感が無い。
 どちらかというと何かに張り付いている感じの…。
「そうか! あの青空はホログラムですね?」
「ええ。ここはやはりTS9の一区画なんです。それも、閉鎖された」
「通信も転送も効かないようにですか。でも一体何のために?」
「それは…分かりません」
「副司令でも分からないんですか」
「…すみません」
「ああ、別に責めているわけではないんです」
 意気消沈するれも副司令をあわててフォローする。
「かわねぎ司令ならきっとご存知かと思うのですが」
「なるほど。でも、かわねぎ司令って、TS9にいるんですか?」
「ええと、今は…いえ、お答えできません」
「娘。DVDでも買いに行ってるのかな?」
「何ですかそれは?」
「あー、ご存じなければ気にしないで」
「はあ」
 じーざ船長は再び目の前の密林を見つめた。
「虎でも出そうな密林だなあ」
「とら…ですか?」
「ええ。…ああ、虎というのは地球の猛獣で」
 グルルルルル
「そうそう。こんなうなり声…」
「…」
「…」
 二人の額に冷や汗が流れた。
「逃げましょうか」
「ええ」
 二人は駆け出した。
 だが人間の足で追いかけっこでは虎と勝負にならない。
 たちまち追いつかれた。
「ええーい! トカレフ! トカレフぅ!」
 再び破裂するような轟音が二発三発と断続的に続く。
 弾丸が虎の頭をかすめ、驚いたのか、虎は逃げていった。
「…あー、すんげー怖かった」
「お優しいのですね、じーざ船長」
「は?」
「わざとはずしたのでしょう?」
「え、えーと」
 今命中しなかったのは単にじーざ船長の腕前が悪いからだ。
「はっはっは。ええ、生き物の命をむやみに奪うのはよくないですから」
 髪をかきあげてそう答えておいた。
「ところで、その銃、実体弾を放つタイプですね?」
「ああ。これですか? なんか、連合軍で実体弾兵器が見直されるって聞いたもので、故郷の星で安売りしてたものを、試しにちょっと買ってみたんです。火薬式で音もうるさいし、かなり旧式の上に、信頼性がイマイチらしいんで、まあ、趣味の一品ですね」
「そうですか。その、実体弾が見直されてる理由って、ご存知ですか?」
「…なんでも、『侵略者』に対して有効とか」
「…ええ」
 れも副司令が悲しげに目を伏せるのを、じーざ船長はじっと見つめていた。
「美しい」
「は?」
「いえ、別に」
 きれいな池があったので、そのほとりにじーざ船長はれも副司令と並んで腰掛けた。
「れも副司令、おなか空きませんか?」
「はあ。いえ、大丈夫です」
「ひまたねありますけど、食べます?」
「あ、頂きます♪」
 目を輝かせたれも副司令を見て、じーざ船長は思った。
 わーい神様ありがとう! あんたやっぱりいいやつだよ。ひまたね持ってきてよかった!
 じーざ船長がポケットから取り出した一袋のひまたねを受け取ると、れもは一心不乱に食べ始めた。
「…かわいい」
「へけ?」
「いえ、なんでもありません」
「そうですか」
「もしも…ここからずっと出られなかったら…」
 じーざ船長が何気なくそう口にするとれも副司令が向き直ってまくし立ててきた。
「いけません!」
「は?」
「希望を捨ててはいけません。どこかに出口があるはずです。それにカムラ君と言いましたっけ。あなたの仲間が私の部下と協力しあって、私たちを探しているはずです。最後まで、あきらめてはいけません!」
「はあ。そ、そうですね。ど、どうも」
 れも副司令の剣幕にあっけに取られてじーざ船長はしどろもどろになった。
 どっちかというと、れも副司令と二人でいることがじーざ船長の希望だったりするのだが。
  :
  :
(妄想開始)
「れも副司令」
「あっ。じーざ船長」
「ここなら誰もいません。二人っきりです」
「ああ。いけません。こんなときに」
 二人の体は草むらへ倒れこみ、そして…。

(妄想終了)
  :
  :
「じーざ船長、じーざ船長!」
「うひうひ。れ、れも副司令。ハァハァ」
 スパーンと小気味良い音が頭で響き、じーざ船長は現実に引き戻された。
「ごふっ! な、なんだ?」
「目が覚めましたか? じーざ船長」
 見上げるとれも副司令が腰に手を当ててじーざ船長を見下ろしている。
 れも副司令の右手には、白く輝く扇のような物体が握られていた。
「なんですかそれ?」
「TS9士官用の指揮棒です」
「なんかハリセンみたいですね」
「開発者はオーラハリセンと呼んでましたが」
「あ、やっぱり」
「しっかりしてください。それよりも、じーざ船長、あれを!」
 れも副司令の指差す先を見ると、池の中央部が泡立っている。
「な、なんだありゃあ?」
 恐竜でもでてくるのか? それとも間欠泉か? 仮にもTS9の中なのだから、間欠泉なんてあるわけないのだが。
「泉の精でも出てくるのかなあ? れも副司令、この池になにか落としました?」
「いいえ、何も」
 話しているうちに泡立ちはますます大きくなってゆく。
 そして大きく水音を響かせながら、何かが飛び出してきた。
「ぬわあ! トカレフ! トカレフ! トカレフゥ!」
 じーざ船長は反射的に銃を取り出し、発砲していた。二度三度と銃声が轟く。
「あ、なんか命中した」
「ほええええ」
 池から飛び出してきたそれは、情けない悲鳴を上げながら、水面に真っさかさまに落ち、大の字になって浮かび上がった。
「女の子?」
 それは確かに女の子だった。年の頃は8〜9歳くらい。水着のような形の装甲服(?)を身に付けているのが奇妙だったが。
「なんで女の子がこんなとこから?」
「待ってください! この子は…」
 池から飛び出してきた女の子を見て、れも副司令は驚いた声を上げた。
「やっぱり、ピナフォア!」
「ピナフォア? お知り合いですか? まさか、部下の方とか?」
「ええ、まあ。ちょっと違うんですけど」
 れも副司令はじーざ船長に複雑な笑みを返したのだった。
「うぐぐ。びっくりしたよぉ。全部装甲に当たったから助かったけど、生身のところに当たったら死んでたよ」
「ああ。ごめんごめん。悪かった」
 銃で撃たれながらも元気よく涙目で苦情を言うピナフォアに、じーざ船長はあっけに取られながらも謝った。

 ピナフォアは出口を知っていた。
 なぜ池の中にいたのか聞いてみると、ただ単に中を調べていただけだと返事が返ってきた。
 彼女の案内で、狭苦しく入り組んだ通気口をごそごそと這い回り、ようやく出口にたどり着くと、そこは司令室の真正面であった。
 れも副司令はピナフォアが通気口を自分の庭のように熟知しているのに舌を巻いた。
 じーざ船長はれも副司令の私室への近道をピナフォアの好物であるお子様ランチと引き換えに聞き出そうとしたのだが、れも副司令当人からハリセンでしばき倒されて失敗している。
 さらにじーざ船長は、今回の一件の事情聴取のためにTS9に滞在することになっていたが、たまたま居合わせた最年少少尉にルパンダイビングで飛びつこうとして、彼女とその協力員に袋叩きにされたりする等の奇行が目立つため、早々にお引取り願うことになった。

「ああ、れも君。きみの報告にあったあの区画だが…」
 後日、TS9に帰還したかわねぎ司令の執務室で、れも副司令はかわねぎ司令からの説明を聞いていた。
「実は私も存在を知らなかった。どうも建造中の頃から巧妙に封印されていたみたいだね」
「一体誰が、なぜ?」
「犯人は当時の工事責任者だよ。この間やっとテランの警察が捕らえた。近隣の惑星、主に地球の生物を密輸するブローカーと結託して、あの区画で動物を飼育していたみたいだが、TS9自体の運用開始が急に早まったせいで、動物を引き上げし損ねたらしい。そこでメインコンピュータに細工して、軍の管理から外れるようにしたというわけだ」
「なんとまあ…」
「あの区画はあの区画で、独立して生態系を発展させることが可能なように設定されていたから、ほんの数年であの密林が出来上がってしまった」
「そんなことが…」
「あるんだろうな。とんでもない話だが、私も驚いてるよ。いや恥ずかしいな。あんな広大な区画が空白になっているのに全然気づかなかった。転送は便利だが、どこに何があるのか把握しなくてもすむ分危険がつきまとう。いい勉強になった」
「それは同感です」
「動植物は全て保護した上で、地球の本来あるべき場所へ送り届ける。…フレイクス少尉の仕事がまた増えたな」
「はい」
「本来あの区画は仮想野外多目的ホールだ。整備しなおして、どう使うか考えよう」
「了解しました」
「ああ、それと、きみとあの貨物船の船長との仲だが」
「はい…え?」
「下士官たちの噂になってるようだな。副司令も趣味が悪い…だそうだ」
「ええーっ?」
「池のほとりで仲むつまじく語り合っていたとのことだが」
 池のほとりで…つまり噂の出所というのは…。
「あっ…あの子はー!」
「まあ恋愛は個人の自由だから、とやかくは言わないが」
「司令官まで! ちちち違います! 違うんです! 彼とはそんな関係じゃありません!」
「ほんとに?」
「本当です!」
「噂をしていた下士官も、本気で信じてるとは思えなかったが。きみが困ってるなら私から釘を刺そうか?」
「いいえ、結構です! それには及びません!」
「うん。なんにせよ、連合の佐官としての威厳と誇りは忘れないように」
「了解しました! 急用を思いついたので失礼します!」
 れも副司令は敬礼すると早足で退出した。
 その後、れも副指令にピナフォアがどんな目にあわされたのかはそれこそ神のみぞ知ることである。
 ちなみにあの密林のあった仮想野外多目的ホールは、整備改装されて頻繁にイベントに利用されるようになる。最近では運動会が開かれたということだ。

「TS9がだーんだーん遠くなるー♪ ううーっ! れも副司令ー! いつか、いつかまた参りますー!」
「ワープ速度、0から3へ移行。トランス確認…って、そこどいてください船長!」
「れも副司令ー!」
「だーっ! 泣かないでくださいよ船長。鬱陶しいなあ」
 TS9を出港したすいんげるのブリッジで、じーざ船長は泣きわめいていた。
「うおーん! うおーん! れも副司令ー!」
「船長! いいかげん仕事してくださいよ!」

                                ―おしまい―


世界観表示CG

この作品はシェアワールド「らいか大作戦」の一部である
【 MOE-DOLL根幹設定】並びに『DOLL王国と惑星連合との同盟』を最終的に予定されているされている、
【若葉のDOLL 萌ゆる戦乙女】を根幹作品とする

【若葉ワールド】

を前提として書かれた作品です。
DOLLについてより詳しくはこちら
大本である【らいか大作戦】は、
こちらを 参照してください。


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