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 惑星連合宇宙ステーション Trans Space Nine。その司令官室の司令席にちょこんと座る猫耳少女。事情の知らない者が見れば、場違いな席に少女がいることを訝しく思うだろう。その少女本人もなにかと居心地を悪そうにしている。猫しっぽがそわそわしているのがその現れだろう。

『ポーン』

「司令、私です。れもです」
「ああ、入るにゃ」

 呼び出し音に続いて、ドア越しに副司令官、れも少佐の声がかかる。それを確認した上で、少女が入室の許可をする。この少女こそこの部屋の主、かわねぎ司令の変わり果てた姿、「かわねこ」だったりもする。(詳しくは前編参照)

「持ってきましたよ」
「何をにゃ?」
「司令の服です。かわねこちゃんの姿では、着替える服もないでしょうから」
「すまないにゃぁ」

 両手にパンパンになった紙袋を提げて入室してくるれも。どうやら中身はかわねこにあったサイズの服らしい。もちろん今の姿にピッタリの――ローティーン少女の服だった。

「なんでこんなにあるにゃ。普段は士官服着るからこんなにいらないにゃ」
「士官服ですと目立ちすぎます。少女士官というのはまだ珍しいですからね」
「TS9にはダイナ少佐だってフレイクス少尉だっているにゃ」
「絶対数が少なすぎます。司令室に出入りする新任の少女士官なんて、すぐ噂になりますよ」

 れもの言うことももっともである。普段、TS9では頼香達3人娘や元DOLLっ娘の姿を見かけるので、少女士官というのが当たり前のように感じているのだが、本来ならばローティーンの少女が軍に入っているのは珍しいことなのである。

「民間人を装うわけかにゃ」
「そうです。元に戻るまで指揮を執らないのでしたら、そちらの方がよろしいかと」
「う〜にゅ。それは確かに一理あるにゃ。でも、ちょっと多すぎるような……」
「せっかくですから、いろんな服を着てみませんか?」
「はにゃ?」

 紙袋から出したワンピースをかわねこの士官服の上からあてがうれも。かわねこの姿に似合うのか、何となく嬉しそうである。

「女の子は可愛く装うのが一番です。さ、司令」
「ちょ、ちょっと待つにゃ……心の準備というものが……」
「恥ずかしいのは最初だけです。私が保証します」
「や、やめるにゃー」

 かわねこの抗議に、抵抗は無意味だとばかりに脱がしにかかるれも。肉体年齢11歳と17歳の体力差か、その抵抗も虚しく、士官服が脱がされていく。ここにライル少佐や果穂がいなかったことは、神に感謝すべき事だろう。

 それにしても、軍施設に出入りする民間人のキャロラット少女。そちらの方が十分に目立つような気がするのだが、必死に抵抗するかわねこには思いも至らぬ事であった。ちなみにれもは十分に承知していたりもするのだが。



くすり仕掛けの小さな猫耳
(中編)

作:かわねぎ
画:MONDO様



「ひ・ひどいめにあったにゃ……」

 ラウンジのテーブルで、かわねこは一人ジュースを飲んでいた。あれから着せ替え大会が2時間弱、続いたのであった。普段着からよそ行き、果ては地球のアニメ番組のコスプレまでさせられていたのだ(スクール水着はさすがに全力を持って拒否した)。その様子は司令官室のモニター記録にしっかりと映っているのだが、司令官権限をもってすれば、高度なプロテクトをかけるのは容易い。その点は安心できそうだ。

「それにしても、れも君まであんなだったにゃんて……」

 かわねこは嬉々としたれもの表情を思い出す。かわねこが着替えるたびに、かわいい、と喜ばれ、あまつさえ抱きつかれる始末。れも副司令に抱きつかれるのは悪くないのだが、その態度は「かわねこ」に対するもの故に、内心複雑になる。

 ストローでコップの中の氷をつんつんと突いてみる。ふと脇の壁――鏡がはめ込まれている――を見ると、こちらを見返すキャロラット少女。「着せ替え人形」から解放されたとき、最後に自分で選んだレモンイエローのワンピース姿だ。

「確かに可愛いのは認めるけど……『自分』なのが複雑なところだにゃぁ」

 かわねこもナルシストではないつもりだが、変なおじさんに連れ去られる危険もありそうな容姿に、ついついそんな言葉が口をつく。賞賛半分、自分故に手を出せない悔しさ半分。まだAシフトの真っ最中の時間帯、人が少ないこともあって、手持ち無沙汰に『自分』の姿をぼんやり眺めているかわねこだった。

「ねえ、ここ、いいかな?」
「うにゃ?」

 声をかけられて、はっと現実に引き戻されるかわねこ。見上げると、同じ年頃のショートヘアの少女がトレイを持って立っていた。雲雀来栖、地球の現地協力員である。おそらく頼香や果穂がまだ仕事で、終わるのを待っているのだろう。

「なんだ、来栖君かにゃ」
「あれ、私の名前知ってるんだ?」
「そりゃボクはこの基地の司令……司令部付きの秘書官だからにゃ」

 なぜ見知らぬ少女が自分の名前を知っているのだろうかと、首をかしげてたずね返す来栖。かわねことしては、トラブルに発展することもあるので本当のことを答えてはまずい。とっさに思いついた無難な答えがこれ。かわねこの年齢だと無理もあるが少尉としておこう。ライカの例もあるので、突拍子がないということもないだろう。

「へぇ、軍人さんなんだ。頼香ちゃんと同じ年なのかな」
「はいにゃ。かわねこ少尉にゃ。よろしくにゃ」
「私は来栖……って知ってるんだよね。私も同じ年だよ。よろしくね」
「あ、どうぞ、そこ、すわるにゃ」
「うん」

 簡単に自己紹介をして、来栖を空いている席に座らせる。もちろん空席はたくさんあるのだが、同じ年頃のかわねこをみつけて、近くに来たのだろう。確かにこの基地では来栖の話し相手になるようなローティーンがそんなにいるわけではない。頼香達が来るまで一人でいるのも退屈だろうし、同じように退屈しているように見えたかわねこと話がはずめば、楽しい時間が過ごせるはずだと思ったのだろう。

「でも制服着てないんだね」
「えっと……今日はCシフト勤務なんだにゃ」
「へー。私は頼香ちゃん達より先に着替えちゃった」

 頼香は定時まで軍の仕事があるし、果穂は司令官を『かわねこ』に変貌させた薬品の分析作業中のはずだ。頼香の定時上がりまでおよそ一時間。それまで少女のフリをして来栖と話しているのも悪くはないだろう。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「でね、頼香ちゃん大活躍だったんだよ。もちろん私も」
「へぇ、3人ともすごいにゃぁ」
「でしょ? でしょ?」

 かわねこと来栖のお喋りは、来栖が一方的に話すような形になってしまっていた。地球での頼香達との活躍。活躍の中心はもちろん頼香なのだが、仲の良い友達の話だけに、それも含めて嬉しそうに話す来栖。聞き手のかわねこはというと、これまた興味津々。頼香からの報告でしか地球での状況は知らされていないので、報告とはまた違った、頼香の一面を教えてもらったようなものだ。部下の実態を知ることは、司令官としては大切な事なのである。

「来栖、お待たせ。あれ? こっちは?」

 お喋りも一段落したところに、件の頼香が飲み物をトレーに載せてテーブルまでやってきた。来栖の姿を見つけて声をかけたのだが、見慣れない少女が同席しているので、問いかけ顔になってしまう。

「ボクは司令部秘書官のかわねこ少尉にゃ。よろしくにゃ、ライカ少尉」
「ああ、よろしく、少尉」

 さっと略礼をするかわねこ。その慣れた動作から軍属であることが分かったのだろう。頼香も略礼を返す。それにしても同じくらいの歳の少女士官となると、軍内部でも話題に上るはず。頼香の場合も何かにつけ「最年少少尉」という枕詞を付けられるのだ。このかわねこという少尉も何かとそういう苦労があるはずである。

「俺以外にも俺くらいの歳の士官がいたんだ。それにしてはあんまり噂を聞かないな」
「そ、そうかにゃ。ライカ少尉の前例があったから、それほど騒がれなかったんじゃないかにゃ」
「なるほどな。ところで俺も同席していいかな?」
「どうぞにゃ」

 頼香も席に座り、自分の飲み物のストローに口を付ける。一仕事終わって仲の良い来栖と一緒にのんびりするのは本当にほっとする時間だ。ただ、いつも一緒にいる果穂がいないのが難点といえば難点だ。

「あれ? 果穂ちゃんは遅いの?」
「果穂は何か司令部から直接仕事を頼まれて、忙しいらしいんだ」
「ふ〜ん、司令部ってことは、かわねこちゃん、何か知ってる?」
「え、えっと、司令官が難しい分析作業を依頼してるんだにゃ」
「へぇ、大変だね。果穂ちゃん遅くなっちゃうのかな」
「かもな。先に上がっていていいって言われたぞ」

 来栖の疑問に当たり障りのないように答えるかわねこ。もちろんかわねこの正体は秘密なので、果穂の仕事の内容が「元の司令官の姿に戻るための研究」というのは伏せられておかなければならない。

「でも、待ってみるか」
「そうだね。その間……ね、かわねこちゃんも一緒にプロムナード見て回らない?」
「ぼ、ボクがかにゃ? いいけど……」
「よし、決まりだね。そうと決まれば行こう、頼香ちゃん、かわねこちゃん」
「ちょっと待てよ。これ飲み終わってからな」

 こうして、かわねこは来栖と頼香と一緒に時間を潰すことになったのであった。果穂達技術部の結果が出るまでは暇なので、それはそれで都合がよいのかもしれない。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 医療部研究室。「かわねこ化」薬品の分析を始めるに当たり、薬学や化学の専門的知識がある技術者の助けを借りるのが手っ取り早いと考えた果穂は、医療部のローナ中尉を尋ねていた。テラン人女性士官である彼女はまだ17歳という若さにもかかわらず化学への造詣が深く、TS9でも一目置かれているのであった。彼女の協力無しには問題解決ははるかに遅くなってしまうだろう。

 件の薬品の分析の結果説明聞いているうちに、怪訝そうな顔になってくる果穂。なにせローナの『科学的説明』の中で出てきた単語が……

「魔法……ですか?」
「そや。果穂ちゃんも好きやろ?」
「好きなのは魔法少女の方ですけど……でもなぜ魔法なんですか?」
「百聞は一見にしかずや。今からモニターに映す構造を見れば、ウチが冗談言うてる訳やないことが分かるやろ」

 テランのどこの地方の訛りなのか、独特な口調で果穂に説明していくローナ。モニターを慣れた手つきで操作していくと、薬品の分子構造モデルが映し出される。果穂も眼鏡をちょいと中指で押し上げ、モニターを覗き込む。

「では……こ、これで安定なんですか?」
「な、果穂ちゃんも信じられへんやろ。だから魔法なんや」
「……手に負えませんね、これは」

 そこに映し出されたのは、司令官のDNAを変成させた成分の構造モデル。それは常温常圧では存在し得ない、不安定極まりない構造。理屈では説明できない――故にローナは『魔法』と称したのである。

「こういった非常識なモノ相手に、打つ手はあるんですか?」
「擬似系で安定化させるアイデアがあることはある。その条件やったら薬理活性の阻害剤も効くようになるやろな」
「そうですか。後は中尉にお任せするしかありませんね」

 これから先はローナの領域。ましてや本職のローナでさえ『魔法』と称しているような難しい仕事。果穂の知識では太刀打ちできない部分である。ここは専門家に全面的に任せるのが一番だろう。

「それで果穂ちゃん、一つ頼まれてくれへんか?」
「構いませんが、何でしょう」
「説得や。あるお方の協力がどうしても必要なんや」
「誰なんでしょうか?」
「ドクターや。嫌がるだろうけど、果穂ちゃんの頼みなら無下に断らんやろ」

 ニヤリとして果穂に一仕事頼むローナ。ドクターであるライル・フォーレスト少佐はローナの上官ではあるのだが、ローナが頼むよりも果穂の方がもっと効果的だろうという事での依頼である。ライルの持つある物がプロジェクトに不可欠なのだが、それはライルにとっては感情的に受け入れられないことらしい。その為には、内情を知らない果穂からの説得の効果を期待したいのであった。

「出来る限りやってみます。でも、何が必要なんです?」
「それはなぁ……(ごにょごにょ)」
「それって……フォーレスト少佐って、本当に医者なんですか?」
「まぁ、人には得手不得手ってのがあるやろ。それ以外は尊敬できるドクターなんや」

 呆れたような顔をする果穂に、しょうがないと言った表情のローナ。どこまで出来るか分からないが、まぁやってみましょう、と研究室を後にする果穂であった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 そろそろラウンジもAシフト上がりの職員達がごった返す頃。混雑する前に切り上げてプロムナードに行こうとする頼香達3人。その老人がラウンジへ入ってきたのは、ちょうどその時だった。

「さて、ここにいるはずじゃが……ほぉ、いたいた……」

 その老人はたくわえた長い顎髭をなでると、ラウンジの中をざっと見回す。どうやら人を探しているようである。やがて目当ての相手を見つけたのか、すたすたとテーブルの間を縫って歩いていく。

「お嬢さん方、ここはよろしいかの?」
「え?? ああ、いいけど……」

 老人はかわねこ達のテーブルに来ると、声をかけられた頼香も怪訝そうな顔をしながらも答える。来栖はどう答えていいか分からず、かわねこに至っては……

「ぶほっ!!」
「かわねこちゃん、大丈夫?」
「ごほごほ……大丈夫じゃないにゃ……」

 ちょうどジュースを飲んでいたかわねこは、その老人の顔を見たとたんに慌てて咳き込む。その背中を来栖が心配そうにさすってくれているのだが、いきなりのことに苦しい状態が続いてしまった。

 そのせい、と言うわけでもないが、頼香がその老人の相手をする羽目になった。初対面の相手故に、なぜ頼香達に声をかけたのかは分からない。混雑してきているとはいえ、まだ空席のテーブルはいくつかあった。その事から、この老人は明らかに頼香達に用事があるということなのだろう。

「爺さん、俺たちに何か用……ですか?」
「いや、なに、ただこの界隈で孫娘のような年頃のお嬢さんは珍しくてのぉ」
「確かに旅行者も少ないTS9だと、俺たちのような子供はあまり見かけないからな」
「ほう。お嬢さん方は旅行者じゃ無いような口ぶりじゃの。さては噂の最年少の軍人さんかな」
「俺がそうだけど……爺さん、あんた一体何なんだ?」
「ただの旅の田舎じじいじゃよ。ほっほっほっ」

 長い顎髭を片手で梳きながら、笑い声を上げる老人。とぼけたやり取りに頼香は少し困ったような顔を来栖とかわねこに向ける。その表情を見て、かわねこは半ば呆れた口調で老人に言い放つ。どうやら咽せたのは治ったようだ。

「少尉相手に戯れが過ぎますにゃ。ワイアード提督」
「「て、提督ぅ?」」

 かわねこの言葉に驚く頼香と来栖。軍属の頼香が驚くのはもちろん、来栖も『提督』というのがどういった物か詳しくは知らないが、目の前の老人が軍の偉い人であるということは理解したようであった。ただ、目の前にいる平服の好々爺が、軍の高位にいる人物であるとは信じがたいものがあるのも事実だ。

「そにゃ。この方は惑星連合宇宙軍第9方面軍司令、ミッチェル・ワイアード中将にゃ」
「ほぅ、キャロラットのお嬢さん、儂をご存じか」
「ご存じも何もないにゃ。大体入港申請も何もないのに、どうして提督がおられるのですかにゃ?」
「お忍びじゃ。そこまで知っているお嬢さんも民間人とは思えぬがのぉ」

 老人ことワイアードの正体を淡々と説明するかわねこに、しっかりとワイアードの指摘が入る。要人の寄港予定など、公開されていない物はそうそう見られるものではない。加えて平服な少女の姿では、とても軍属には見えないのだろう。

「TS9司令部秘書官、かわねこ少尉でありますにゃ」

 先程来栖に説明したような無難な答えをしておく。もちろん司令部付きであることから、寄港予定データにも精通している事については矛盾は無く、疑われることはないだろう。

「ほぅ、お嬢さんも軍人じゃったか」
「はいですにゃ。こちらの二人が……」
「ライカ・フレイクス少尉であります」
「雲雀来栖協力員です……で、あります」

 かわねこから水を向けられてさっと略礼をする頼香。それを見よう見まねで略礼をしようとする来栖だが、軍人ではないために、ぎこちないのは仕方がない。その初々しさが、かえってワイアードの頬を緩ませる。

「フレイクス少尉と雲雀協力員は軍広報で知ってはいるが……かわねこ少尉は見かけぬ顔じゃの」
「あ、最近配属になりましたですにゃ」
「それにしては司令官から何の報告も無かったのぉ」
「……え、あ……それは……」

 TS9司令官に人事権があるのだが、その結果は必ず艦隊司令部へと報告する事になっている。まずは直属の方面司令官であるワイアードがその情報をチェックしているのだが、当然今日変身してしまったかわねこの情報が、今の時点で上に上がることは無い。ここはとりあえず誤魔化すしかなさそうだ。

「ええと……今日配属なので、まだ連絡が届いてないんですにゃ。そうにゃ。そうに決まりましたにゃ」
「なるほどの。時に、少尉達はもう上がりかの? ならば儂の為に少々時間を割いて欲しいのじゃが」
「自分は構わないでありますにゃ。ええと、ライカ少尉達は……」
「提督の警護でありますか。謹んでお受けいたします」
「はいっ」

 気軽に略礼するかわねこと、緊張気味の頼香と来栖。ワイアードはそれを見て、たたえていた微笑に苦笑いの色をわずかに加えて3人に優しく告げた。

「いやいや、そんなに堅苦くせんでいい。そう、この爺とその辺を見て回るだけなのじゃよ」
「……提督……また抜き打ちかにゃ……」
「どうしたんじゃ? かわねこ少尉」
「い、いや、何でもないですにゃ」
「それならいいがの」

 独り言をつぶやくかわねこに、ワイアードが注意を向ける。かわねこは慌てて誤魔化したのだが、おそらく聞こえてしまっているだろう。まぁかわねこの正体が分からない限り、そのつぶやきの内容も分からないことなので、お互いそれ以上深く踏み込むことはなかった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 TS9医療部。士官制服の上から白衣を羽織ったライル少佐が、難しい顔をしながらデスクの前で腕を組んでいた。その目線の先には、果穂。

「それでドクター。先程のお話しですが……」
「嫌だ」
「即答ですか。困っているのはローナ中尉だけではありません」
「嫌と言ったら嫌なんだ。第一私である必要もあるまい」

 ローナの頼みでライルの説得に来た果穂だが、受けた第一声がライルの拒否の言葉だった。もちろんそう言われるのは織り込み済みだ。説得はまだ始まったばかりなので、ここはまだ引き下がる所ではない。

「この基地のタナリア人はドクターだけなんです」
「それは知っている。だが、代用になる物があるだろう」
「それはサンプル試験でほとんど使ってしまいました」
「全部をか! あれは緊急用は残しているんだろうな!」
「最低限の必要量は確保しています。次の入荷は7日後と言ってました」
「最低限はあくまで最低でしかない。負傷したタナリア人がいつ、何人、TS9に入港するかわからないんだぞ」

 ライルと果穂が指している『代用品』は重要かつ入手が困難なものらしい。その代用品が使えないとなると、どうしてもライルに矛先が向くことになってしまう。それはライルも理性では納得がいくのだが、感情が納得いかない。

「なら7日待ったらどうだ」
「こればっかりは司令官からの最優先事項ですから……司令を元に戻すために……」
「それは分かるが……少しくらい遅れても構わない。いやむしろ遅れに遅れた方が好都合」
「ドクター……」
「本当は果穂君もそう思うだろう?」
「ええ。本心はそうですが、やはり命令というのもありますし」

 ライルと同じように思っている部分を突かれたが、果穂は意に介さずにライルの説得を続ける。データパッドを差し出し、ライルに目を通すように求める。その画面にはスケジュールチャートのようなものが表示されていた。

「今回の命令における付帯研究事項のスケジュールです」
「ふむ。司令のDNA修復、現象の再現性確認、それに……対象の固定化か」
「現状では、修復の研究を進めるのがやっとです」
「これ以上リソースを割ける余裕はない、か」
「はい。さすがに修復の優先順位を落とすわけにはいきませんから」

 ライルが果穂にやって欲しいとほのめかした研究項目もきちんと入っている。ライルとしても司令を元に戻すよりも、そちらに力を入れたいところだが、表向きは『かわねこ化解除』なので、あからさまにやるのはまずいだろう。

「見通しは?」
「ローナ中尉のアイデアを実行できればすぐにでも修復がらみは片づくでしょう」
「ポーズだけでもそちらを優先しなければな……それを終えれば……」
「次のフェーズです。できればそちらに注力したいのです」

 説明口調ながらも、どこか誘うような含みを持たせている果穂。かわねこを元に戻すのはついでの仕事――最終目標は「いつでもかわねこに出来る」薬品成分の分析と合成だ。それは当然ライルの最大関心事項。そこに到達するには、まず司令のDNA修復をクリアーしなければならない。

「司令を元に戻すため、私にも血を流せ……か」
「はい。最終フェーズの為です」
「嫌な物は嫌だが……その位の犠牲を払っても……」
「仕方ないかと思います」

 ライルの迷いとは対照的に、キッパリと言い切る果穂。ライルに協力してもらわなければ、研究は進まない。ライルもそれが分かっているだろうから、果穂もこの先にあるエサをぶら下げているのであった。

「本当は嫌だが……一回で済ませてくれ。何度も味わうのは嫌だ」
「承知しています。協力頂き、ありがとうございます」

 不承不承答えるライルに、協力への感謝を告げる果穂。ライルさえ覚悟が出来れば、医療部も技術部もこの先の研究が出来るというものだ。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 夕方のひととき。プロムナードは賑わいを見せている。ラウンジを出た4人――いわばお爺さんと3人の孫娘――は、これからどうしようかと思案顔だった。頼香、かわねこ、来栖の3人は付いてこいと言われたから付いてきたので、どこに行くかはワイアードが決めるのが順当だろう。そう思って頼香が尋ねる。

「提督閣下、どちらに参りましょうか」
「う〜む、どうもいかんのぉ、その堅苦しい呼び方は。お忍びなんじゃ。もう少し気さくに呼んで欲しいがの」
「どう呼べばいいの?」
「そうじゃの……おじい様、でもよいし、いっそ『みっちゃん』でも良いぞ」
「……『みっちゃん』って……」
「……言えるわけないにゃ……」
「やっぱまずいかのぉ」

 閣下と呼ばれる事に抵抗があるのか、正体がばれるのが嫌なのか、頼香の敬称付きの呼び方に注文を付けるワイアード。だからといってワイアード本人が提案している呼び方が良いかというと、そうでもないらしい。大体宇宙軍の重鎮相手に『みっちゃん』はないだろう。思わず唸ってしまう頼香と来栖。かわねこも困った表情だ。

「だからと言って『おじい様』もちょっとなぁ……」
「じゃぁねぇ……『ご隠居様』ってのはどう?」
「水戸黄門かよ……」
「黄門様かの。『みっちゃん』には多少劣るが、それも良いのぉ」

 来栖の提案に満足そうに頷くワイアード。『みっちゃん』には未練もあるようだが、『ご隠居様』もヒットらしい。そんなものを思いつく来栖も来栖だが、それに満足する方も満足する方。取り残されて困るのは、頼香とかわねこだったりもする。

「水戸黄門って……地球の時代劇なんかご存じで?」
「ここの司令官が地球から持ち込んだ2Dドラマを見せてもらったのじゃが、あれは面白かった。のぉ、かわねこ」
「ははは……そうですにゃぁ……」

 どうやら元凶はかわねこ、というか司令にあったようだ。地球から持ち込んだDVDやら何やらはTS9はもちろんのこと、一部の惑星連合高官の間でも好評らしい。司令の他にもう一つ別ルートで同人誌やら萌えアニメやらが入ってきているのだが、まぁそれは別にどうでも良いことだろう。

「さて、頼香さん、来栖さん、行きますかの」
「はいっ! ご隠居様!」
「はい……」
「え〜と、二人が助さん格さん役としてボクは?」
「八兵衛でどうかの」
「……せめてお銀とか弥七とか希望だにゃぁ」

 ワイアード改めご隠居様の出発の声に、嬉々として答える来栖と戸惑いながら答える頼香。そして不満顔たらたらのかわねこであった。よりによって八兵衛はないだろう、とぶつぶつ言いながら。

「……助さん役なら将来黄門様にクラスチェンジできるのににゃぁ」
「おい、かわねこ、置いてくぞ」
「あ、ライカ少尉、待つにゃぁ。来栖ちゃんもぉ……」
「ほっーほっほっ」

 慌てて頼香達を追いかけるかわねこ。「ご隠居様」の笑い声がこだまする、そんなプロムナードの一角であった。


<つづく……つもり>



<あとがき>

 お待たせしました。かわねこの中編です。さくっと終わらせるつもりが、いきなり番外編のような人気投票の短編を書いて、さらに長くなってしまって、話も妙な方向に向かってしまい……とりあえず、妙な方向に行く前までの部分を中編として公開します。またまた新キャラが出てきましたが、かわねこは振り回されずに、元に戻ることが出来るでしょうか。
 そして、MONDO様よりいただいていました、かわねこのイラスト。合わせて公開致します(実はエイプリルフールにとあるリンクで先行公開していたんですけどね)。こんな猫耳少女が司令官だったら……かわねぎ司令の支持率も下がるわなぁ(笑)。
 後編はやっぱり気長にお待ちくださいませ。

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