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 テラン星の裏路地。
 彼は必死に走っていた。

「ちっ、すばっしこい奴だ」
「そっち行ったぞ!」

 追っ手から逃げる彼。でも、どうしてこんな事になってしまったのだろう。近道をしようと廃屋の脇を通り抜けようとしただけなのに……だけどそんな事を考えている暇はない。テラン人の追っ手をもう少し翻弄すれば、逃げ切れる筈だ。

 よし、あそこに逃げ込めば追っ手をまける。彼はそう確信して地面を蹴った。だが、追っ手の片方が小型の銃のような物を彼に向ける。急いで逃げ込まなくちゃ。そう思った瞬間……鋭い痛みが走ると共に、ふっと意識が遠のいていった。

「まったく手こずらせやがって」
「このサイズには睡眠薬も速効だな」
「ああ。実験材料としてはあまり傷物になっちゃ困るからな」

 追っ手の男達は無造作に彼……プレラット人を鷲掴みにして、廃屋の中へと消えていった。



 彼が目を覚ますと、そこは何か実験室のような所だった。起きあがろうとするが、うつぶせにさせられた上、手足が動かない。何かで押さえられているようだ。

「くっ、動かない……それにここはドコなんだ?」

 頭を動かせる範囲で周囲を見回してみると、隣のベッドに12歳位の黒髪の少女が横になっていた。拘束はされていないものの、おとなしくしているようだ。彼は少女に呼びかける。

「君! 君も連中に捕まったのかい? 君ったら!」

 彼の呼びかけにも、少女は答えなかった。それどころか、何もなかったかのように、一点を凝視したまま。何の反応もなかった。それでも彼は少女に呼びかけ続ける。それが自分がここから逃げ出せる唯一の方法であるかのように。

「無駄だよ、何を言っても」

 いい加減叫び疲れた頃、数名の白衣姿のテラン人が部屋に入ってきた。彼を追い回していた二人組とは違う。だが、こうやって彼を拘束しているのだ。この白衣達も良からぬ連中に違いない。

「誰だ!」
「それは知る必要はないのだよ、れも君」
「なぜ僕の名を」
「君の足取りを記録から抹消したのさ。プレラット高等教育部修士修了。テランに6泊7日で卒業旅行中……まあ、どうでもいい事だね」

 彼、れもは大学院を修了して就職までの間に、同郷の友人とテランに卒業旅行に来ていたのだ。楽しい旅行になるはずだったのに、こんな事になるなんて。それにしても、何のために捕らえられたのか、これから何をされるのか、全く見当が付かない状況だった。

「この少女はね、テラン人のクローン体なんだよ。でもDNA対の片方には塩基配列が記録されていない。それに意識は持っちゃいない」
「……」
「実験のベースなんだよ。こいつにいろんな遺伝子を組み込んでいって愛玩用にハイブリッドな生命体を創り出すんだ」
「……僕をどうする気だ」
「パターンの組み合わせの中にプレラットもあるんだ。普通には交配出来ないから面白いよね」

 白衣のテラン人の言葉に不安が高まるれも。必死になって拘束から逃れようとするが、ちょっとやそっとの力で解ける物ではない。その「無駄な努力」を冷ややかに見つめる白衣達の視線に気が付くまで、多少の時間が必要だった。

「……僕を実験に使う……?」
「正解」
「こんな事、警察にばれたら……」
「旅行者が行方不明になることなんて珍しくないんだよ。君の友達もね」
「まさか、『ひむろ』や『しゅがぁ』まで!」

 れもの叫ぶ友人の名を聞いても、表情を変えない白衣のテラン人。それが決して凄みのある表情ではなく涼しい表情であるところが、れもの言葉を飲み込ませていった。手を伸ばし、れもの背中をそっと撫でる。ただ撫でるだけでなく、チクリとした痛みも伴う。

「……何を……」
「ばれなきゃいいんだよ。それが法治国家ってものさ」

 人体実験。

 薄れ行く意識の中で、そんな言葉がれもの頭の中をよぎる。その昔、プレラット人がテラン人に受けた仕打ち。それは種族に刻まれた記憶でもあった。



Sourish Lemonade

作:かわねぎ
キャラクター原案:Keyswitchさん、ひめくりさん
画:もぐたんさん




「……ろ!!」

 彼女は自分の上げた声で目を覚ます。自分の置かれた状況がすぐには飲み込めずに、辺りをぐるりと見回す。惑星連合宇宙艦の標準的な質素な船室。彼女にとっては見慣れた調度の部屋。壁の鏡に自分の姿……士官服を着たテラン人少女が映っていた。

「夢……またあの時の……」

 そうつぶやいて、右手でそっとブロンドの髪を触れる。手に伝わるのは髪の感触だけでなく、「それ」があった。髪からひょいと飛び出るそれは彼女が決してテラン人ではない事を物語っていた。そして、その手触りは彼女に現実を再認識させるのであった。

「……いっそこれも夢なら……」

 薄いながらもしっかりと彼女の頭上で存在を示している「耳」。キャロラット人や「同盟」の各種族が住むこの世界では珍しくないはずだが、彼女のようなプレラット人そっくりの耳は珍しい。それ故に他人の目、おそらく好奇の目が気になるのだ。机の上の帽子を手に取り、それを隠すかのように頭にのせる。そうするとテラン人にしか見えず、彼女も安心することができる。

『れも大尉、まもなくTS9へ寄港します。ブリッジまでお願いします』
「了解しました。5分で行きます」

 艦内通信に応える彼女。再度鏡に向かって帽子を直し、軽く頷いてブリッジへ向かうのであった。


☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆


 TS9のシャトル発着所。U.S.S.クオリスのシャトルから、れもが降り立つ。TSステーションのうち他の5つには来た事があるが、TS9は初めてである。まだ建造から一年経っていないステーション。ここが新しい彼女の赴任地である。

「少佐、TS9へようこそにゃ」
「まだ大尉よ、少尉。それにしても転送機が使えない位に忙しいのは大変ね」
「うちら技術班も誘導にまわされてるんですにゃ」
「U.S.S.あいくる、ころん、さんこう、りそな。まだまだ集結するみたいだから頑張ってね」
「はいですにゃ」

 シャトルの誘導コンソールに立つ、同じ位の年頃のキャロラット人技術少尉と数言話し、司令官室に向かう。まずは着任の挨拶、そして辞令の交付、指揮権の譲受としなければならない手続きが押しているのである。これから着任する地位が地位だけに、その手続きも煩雑なものになるのだった。

「れも大尉、TS9に着任しました」

 敬礼をして司令官室に入っていくと、二人の士官がれもを迎えた。デスクに座っている司令官とその脇に立ち控えている副司令官。いや、彼の方はすでに第9艦隊旗艦の副長という新しいポストに任命されているはずだ。今回はTS9の基地能力拡張……有り体に言えば軍備増強に伴う人事異動なのだ。

 司令官が立ち上がり、右手を差し出してれもに握手を求める。

「大尉、長旅お疲れ様。堅苦しい挨拶は後回しだ。さっそく辞令を交付するがいいかな」
「はい」
「れも大尉は本日をもって少佐に昇進。TS9副司令官に任命する」
「拝命致します」

 司令官より辞令が記録されたデータパッドとTS9の部隊章、少佐の階級章が手渡される。尉官のそれよりも高級感がある分、責任も重くなるのである。おもむろに大尉の階級章を外し、新しいものを衿口に付ける。昇進。自分のキャリアを誇らしく思う瞬間だ。

「似合うな、れも少佐」
「ありがとうございます」
「私は明日から任務のためにTS9を離れるので、明日より指揮代行を頼むよ」
「あ、明日からですか!?」

 新任の副司令官にいきなり全指揮を任せる司令官。それを簡単に言う司令官に驚きを感じてしまう。

「着任して今日の明日ですか」
「何かわからない事があれば今日中に把握しておく事だね」
「そんな……まだ不慣れなんですよ」
「君の歳で少佐昇進、TS基地副司令官抜擢なんだ。能力がないとは言わせないよ」

 任務を遂行する能力については、彼女自身不足しているとは思っていない。確かに彼女の姿、17歳の少女の姿を見れば少佐であるとは誰も思わないだろう。だが彼女の精神は見た目以上の密度の濃い経験を積んでいるのである。

「年齢の事を仰るなら、見た目は無意味だと思いますが」
「ああ、そうだったね。特にこの基地には見た目12歳のDOLLっ娘少佐とか、正真正銘11歳の史上最年少の少尉とかいるからね」
「あくまで私を私として見て頂ければと思っております」

 見た目通りの人生を送っていないという意味では、年齢の他にもう一点あった。そこはれもとしては触れられたくない部分なのだが、司令官は意にも介さず続ける。

「それに純粋なテランだとかプレラットだとか……そんな事は問題じゃないからね」
「!!……どういうことです」

 何気ない一言なのだろうが、れもにとっては聞き捨てならない事。思わず口調がきつくなってしまう。そんな変化を気づいているのかいないのか、司令官は変わりない口調で続ける。

「ん……君の上官としてプロフィールは見せてもらっている。言葉通りの意味だよ」
「では私の事も……」
「承知しているよ。だからこそ君をTS9の副司令官に推薦したんだ」

 上官が自分の境遇を知っているのは組織として仕方がない事だろう。問題はそれが基地内に広まってしまうかどうかだ。もしそうなってしまったら、好奇の目で見られるのは間違いない。それはれもにとって、苦痛以外の何者でもない。

「中佐が私を推薦……なぜです?」
「理由は二つある。君の能力は申し分なく魅力的だ。もう一つの理由は君自身の問題だ」「と、おっしゃりますと?」
「君自身が基地内での人との関わりの中で見つけていって欲しい」

 司令官の意図を今ひとつ酌めないれも。ついつい片手で帽子を直すような仕草が出てしまう。ちなみにこの制帽も正式な惑星連合の制服の一部なのだが、儀礼服の場合以外、着用する士官はほとんどいない。そんなれもの仕草をちらりと見ながら、データパッドにこれからの指示を入力していく司令官だった。


☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆


 TS9会議室。DOLL対策チームの報告を受けるその場には、いつもの顔ぶれに加えて、新たにれも副司令の姿があった。

「第9艦隊への対DOLL装備の導入案としまして、実験艦配備を……」

 チームの責任者として報告をするダイナ少佐は12歳の少女。れもは報告を聞きながら、目はダイナ少佐の姿を捉えていた。髪からちらりとのぞく機械の耳が元DOLLという唯一の痕跡。もっとも、少女の姿全体がDOLLの痕跡であるとも言えるのだが。

 なぜその姿を平気で晒しているのだろうか。テラン人と違うところはDOLLナノマシンの変化が残る耳だけ。言ってみれば、ダイナ少佐自身が陵辱された証でもある。どうしてわざわざ隠さないでおくのか、れもにとっては疑問だった。

「……TS9側との配備スケジュールの調整は別途行います。以上です」
「ダイナ少佐、ありがとうございます。では、他に無ければ本日のミーティングを終了します」

 れも少佐の閉会の言葉に、データパッドを持って退席する面々。れもはその中のミナス少尉に声をかける。彼女もダイナ少佐と同じくDOLL化されて装甲除去手術を受けた人物である。

「ミナス少尉、あなたの下のめるてぃさんの勤務シフトはどうなってます?」
「ええと、めるてぃはBシフトですから、仕事の方はもう終了です」
「それなら今から会ってみます。ラウンジでいいかしらね」

 大方のTS9職員は仕事が終わるとラウンジで一息入れてから自室に戻る事が多い。実際、シフトが終わる夕方という事もあって、混雑していた。

『……ですから、さんこうの改良を正式に上に掛け合って欲しいんです』
『分かったよ。俺の方から言っておくよ』
『二人とも、飲み物もらってきたよ〜』

 下士官や職員達のざわめきの中、めるてぃを探すれも。プレラットサイズのヒューマノイド少女はそういないはずなので、目指す相手はすぐに見つかった。めるてぃも御多分に漏れず、ラウンジで飲み物を飲みながらくつろいでいたのだった。

「あなたがめるてぃさんね。よろしいかしら?」
「は、はい……え、あ、副司令官!?」

 れもに声をかけられためるてぃは慌ててテーブルの上で起立して、敬礼しようとする。それを笑顔で遮るれも。正式には軍属ではないめるてぃが敬礼する必要もないのだが、ミナス少尉達と一緒に仕事をしているうちに身に付いてしまったようだ。

 テーブルについて飲み物を頼むれも。そして、めるてぃの緊張をほぐすように、れもから会話を切り出す。

「初めまして。私が副司令官のれも少佐。れもでいいわよ」
「は、はい。れも副司……さん。めるてぃです」

 まだ緊張しているめるてぃに、先に仕事の話をしておこうと思う。和ませるのはそれからでも遅くないだろう。

「ミナス少尉から聞いていると思いますが、今後あなたへの指揮系統は私からダイナ少佐、ミナス少尉という流れになります」
「はい」
「普段はミナス少尉の指示に従っていれば問題ありませんが、私からの直接指示もあり得る事を覚えておいてください」

 そこまで話したところで、注文した飲み物が運ばれてきた。堅苦しい話はここまで、とばかりに話を切り替えるれも。実はめるてぃに気になっていた事があったのだった。彼女の元DOLLなメカハム耳、それよりも目を引く物が彼女の所にあった。

「それ、何かしら?」
「あ、これですか? お一ついかがですか?」

 縦縞の入った、見慣れない物体はどうやら被子植物の種子らしい。一つ摘んで怪訝そうに見てみる。めるてぃはというと、手慣れた様子で殻を剥いて中身をおいしそうに食べている。どうやら、中身を食べるものらしい。れもも見よう見まねで一つ口に含んでみる。

「おいしい! 何なの、これ」
「地球産のひまわりの種です。ボク達プレラットには大人気なんですよ」
「これ、病みつきになるわね」
「もけ大尉やからめる大尉が密……じゃない、輸入してくるんですよ」

 会話をしながらも、ひまわりの種をつまむ手は休めない。二人の間にはどんどん種の殻が積み上がっていくのだった。その会話の途中、話の流れからめるてぃがこんな事を言い出す。

「失礼ですが、れも副司令もプレラットですよね」
「私が? テラン人の姿なのに、そう見える?」
「ひまわりの種をそんなに好きなテラン人は初めてですよ。それに……」

 いきなり核心を突くめるてぃの言葉に、動揺してしまうれも。だけどその動揺は見られたくない。対するめるてぃは言葉途中で、止めてしまった。

『……、…………!! ……?』

 正確には言葉を止めたのではない。めるてぃの口は動いているものの、声を出していない状態だった。もちろん、れもは読唇術なんては出来ない。だが、れもはそのめるてぃの行為に、軽く肩を震わせ、赤い瞳でめるてぃをきっと睨み付ける。

「……めるてぃ、あなた、上官にそう言う事を言うの?」
「ごめんなさい。でもこれが聞こえて意味が分かるのは、プレラットだけです」
「……そう……そうね。確かに」

 プレラット人は発声音域と可聴域が広いという特徴を持っている。そのため、非常に高い周波数……人間にとっては超音波……での会話が出来るのだ。さらにめるてぃが使ったのは古くから伝わる教典のような物。どうやら相手を挑発させるような意味合いの言葉だったらしい。

「そう、あなたの言うとおり、私はプレラットよ。でも半分だけ」

 そう言って、頭に手をやり、帽子を外す。押さえつけられていたハム耳がぴんと立って形作る。れも自身、こんな事は滅多にしない。恥ずかしそうに、かつ自嘲的にめるてぃに言葉を求める。

「おかしいでしょ。この姿でプレラットの耳だなんて」
「そんな事無いです! ボクなんかDOLL……装甲の耳なんですよ。それに比べたら柔らかそうだし、形もいいし……絶対いいです!」

 力説するめるてぃの勢いに、好奇の視線が向けられると思ったれもは、逆に当惑してしまった。珍しい、変だとか言われる事があっても、賞賛される事は一度もなかったれもにとっては、どう対応していいか分からない。

「めるてぃ、私、本当に変じゃない?」
「全然変じゃないです。テラン人としても素敵なのに、その上ボク達と同じ種族の耳。本当に羨ましいです」

 勢いを通り越して、憧れの眼差しで答えるめるてぃ。釈然としないれもに、自分の身の上話を交えつつ、いかにれもの姿が素晴らしいかと説き始める始末。

「ボクと同じヒューマノイドのプレラットがいるだけでも感激です」
「でもね、私だって好き好んでこの姿になってる訳じゃないの」

 今度はれもが自分の身の上を話していく。違法組織に人体実験用として捕まった事。テラン人少女のクローン体とDNA融合させられてしまい、なぜか知らないが「れも」としての意識が残ってしまった事。軍に救出され、それ以来軍で粉骨砕身した事。普段他人に話さない事までめるてぃに話していく。似たような境遇なのか、目の前のプレラットサイズの少女には、話してしまってもいいと思っていた。

「テラン人女性の体にプレラット人男性の意識。今でこそテランとして振る舞っているけど、最初はもの凄くイヤだったの」
「ボクもこの体になってしまって、最初は絶望しました。プレラットではないこの姿、異形ともいえるDOLLじゃいい晒し者じゃないですか」

 れもの言葉に共感するところがあったのか、めるてぃも口を挟む。見た目という意味ではめるてぃの方がはるかにハンディを背負っている。

「ですがTS9の方々はこんなボクを受け入れてくれました。元DOLLとしてではなく、『めるてぃ』としてボクを受け入れてくれるんです」

 確かにめるてぃの事を好奇の目で見る者はいない。DOLLによる犠牲者でもあるのだが、決して同情という視線で見られている訳でもない。外見がちょっと変わっているところがあるかもしれないが、純粋に仲間として見られているのだ。
(厳密に言えば、「ファンクラブ」なるものが出来ていて、好奇の目以上にタチの悪い視線に晒されていたりもするのだが、まあ、そこは知らぬが仏だろう)

「あなたが羨ましいわね。私は中途半端なプレラットとして見られるのに抵抗があるの」
「れも副司令だって、絶対受け入れてもらえます。ボクが保証しますよ」

 めるてぃの励ましを受けても、ついつい帽子を手にとって頭に載せてしまう。さすがに長年の習慣は変えられないようだ。帽子をかぶる事で、ある種の安心を感じるのも事実なのだ。それを見ためるてぃは、残念がっていたようだったが。


☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆


 居住区廊下。今日の業務も終わって自室に戻るれも。TS9に着任しての第一日目。さすがに広いステーションを一日で見て回るのは無理がある。これから色々な場所に足を運んでTS9の全貌を掴むことになるが、それはまた明日以降の話だ。

「ふぅ……」

 軽いため息をついて自室のキーロックを解除する。やはり疲れた。明日から本格的な指揮を執るというプレッシャーが彼女の肩にのしかかるが、体を休めれば明日への活力となるだろう。と、その時……

「きゃぁぁ!……こんなダクトあるなんて聞いてないよ〜」

 どさりと言う音と共に、廊下の天井から何かが降ってくる。何かというよりは何者か。いきなりの出来事に、視線を合わせて固まってしまうれもと、その何者か。

「誰、あなた……」
「え……あ、あたし……」

 よく見ると、上から降ってきたのは埃まみれになった少女。9歳位の少女であるが、しっかりと連合のID通信バッジを付けている。パンパンと埃を叩き落として、れもの方へ向き直る。

「あたしはピナフォア。司令官に言われて仕事しているの」
「仕事? 司令官から?」

 怪訝そうな表情でピナフォアの言葉をおうむ返しにするれも。こんな子供に仕事を頼むなんて……いや、年齢と能力が一致しないのは、れも自身を含めて珍しい事ではないからこの少女も見かけ通りではない事か。

「はい。ダクトやら配管やらの見取り図作成なんです。TS9の内部構造は誰よりも詳しいですよ」
「それはそれはご苦労様……」

 呆れながら答えるれもだが、ふとピナフォアという名を思い出す。司令官が言っていた、TS9にいる純粋なDOLL。危険ではないと聞かされていたが、陰では事あるごとに司令官を同化しようと企んでいるという噂もあるらしい。

「あ、あなたがあのピナフォアちゃん?」
「『あの』ってのが気になりますけど、あたしの事を知ってるんですかぁ?」

 無邪気な表情で尋ねるピナフォア。その姿を見る限り普通の少女なのだが、DOLLとなれば注意するに越した事はない。

「ええ、まあ、話には聞いてるわよ」
「お姉さんの事見た事無いような……」
「今日TS9に来たばかりなの。これからもよろしくね。それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさーい」

 挨拶を交わしただけで自室に入るれも。帽子をテーブルに置いて、制服からパジャマへと着替える。そしてベッドへと身を横たえる。眠いのか、プレラットの薄手の耳もぺたりとたたんだ感じだ。

(TS9……いい所ね……明日も頑張ろう……)

 まどろみながら、めるてぃの姿を思い浮かべる。自分と同じくプレラットであってプレラットではない少女。姿がどうあろうとも、堂々とした態度だった。私もいつか、この耳を堂々と出せる日も来るかもしれない。ここTS9なら受け入れてもらえるのだろうか。男であろうと女であろうと、プレラットであろうとテランであろうと。

(私がここで見つける事はこれなんだろうか……)

 いつしか軽い寝息が聞こえる中、常夜灯がうっすらとれもの寝顔を照らしていた。



<あとがき>

 TS9チャットで出来上がったキャラクター「れも」のお披露目ストーリーです。元々はHIKOさんのお話に出演するハムスターの名前を考えていたところで出てきた候補なんですね。違法組織に改造されたハム耳少女。組織から軍に助け出された後に入隊して、TS9副司令官にまでなった努力の人。テランともプレラットとも違う自分の姿に違和感を持って、それ故にいつも帽子で耳を隠している。それがコンセプトだったのです。すでにチャットでお目にかかっていますね。彼女は地球に出かけてばかりいる司令官を補佐する、有能なキャラなのですが、様々なTS9キャラ達との掛け合いの中、どんな姿を見せてくれるのでしょうか。



<おまけ>

 一人、廊下に残されたピナフォア。れもが入っていったドアのプレートを読んでみる。

「なになに……副司令官私室……あのお姉さん、ナンバー2じゃない!
 前のブルックス副司令は手強かったし、司令は隠し球いくつも持ってそうだし……
 よし! あの副司令を同化しちゃおう! そうすればTS9を手に入れたも同然♪」

 ピナフォアがれもの周りをストーカーよろしくうろつく事になるのだが、それはまた別のお話……

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