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ご覧になる皆様に

 始めにお断りしておきますが、この物語は二次創作です。さらに、この物語はオリジナルの内容をやたらといじり倒しています。中にはオリジナルを知らないと理解できない展開や描写があるかもしれません。それらは決して作者の手抜きではない……………はずです。
 ですので、この物語の唐突な展開や、謎なお約束を理解されるためには、少しでもけっこうですから、オリジナル……「プリンセスチュチュ」に触れておかれることを強くお奨めします。
 決してオリジナルの布教活動を目的としているわけではありません。しかし、オリジナルを知っていることで、二次創作に当たって作者がオリジナルのどこを取り入れ、どこをねじ曲げているか、といった穿った読み方が可能になるのも事実であったりします。

 もう一度。本編をお読みになる前に、できれば、オリジナルに触れられることをお奨めします。

 もう一つ、今回は全面的にスタイルシートを導入して作成しています (動作確認は WindowsXP 上の IE 6.0 で行っています)。もちろん、テキストだけでも読み進めるのに支障はないようにはしていますが、作者の (拙い) 意図をより濃く反映させていただくには、ぜひともスタイルシートに対応している環境でお読みになることをお願いいたします。
 お使いの環境がスタイルシートに対応しているかどうかは、この一文が赤い文字で表示されているかどうかで判断できます。

 さあ、本当に良いのですね? わかりました。心の準備が整いましたら、落ち着いてゆっくりと画面を下へとスクロールさせて下さい。それでは物語の始まりです…………。

(第二場「ペトルーシュカの部屋」より Adagietto. 〜 Andantino.)

 むかしむかし、とある宇宙基地に一人の基地司令官がいました。司令官はときどき宇宙船と呼ばれることに涙しながらも、そつなく基地の運営をとりまとめていました。


かわねぎ > 宇宙船じゃないやいっ! (ノД`) ウワァァァァン (00:13:28)


 ある日、司令官はなにも知らずに呪いのかかった薬を飲んでしまい、ネコ耳ネコ尻尾の少女の姿となってしまったのでした。人々は緑の髪を持つキャロラットの少女を大喜びで迎え入れました。しかしただ一つ、司令官の愛するプレラットの大使館だけは、少女の姿におののいて出入り禁止を言い渡してしまったのです。
 少女は嘆きました。なによりも大好きな、なによりも愛していたプレラットたちの大使館に足を踏み入れて、勤務時間を巡回という名目で潰すことが出来なくなってしまったのですから。
 毎日毎日、泣いて暮らす少女ですが、ある時、力を持つものが少女の前に姿を現してこう告げました。


dな妖精さん > 嘆いてばかりじゃいけないぽ。基地名物のお祭り気分が盛り下がっちゃう罠。チャンスをあげるから、がんがーなのでつ (02:20:53)


 そう言って力を持つものは少女に秘密と能力を授けました。プレラットたちの間に伝えられている伝説の王子の砕けて散らばってしまった心臓、王子の心を再び取り戻すことを条件に。
 こうして、少女は伝説の王子を救う存在、プリンセスかわねこ として活躍を始めることになったのです。

 むかしむかし、お祭りの市場で人々から絶大な人気を集めていた出し物がありました。

 それは魔法使いの老人が操る三体の人形が織りなす物語でした。老人のフルートの音で人形はまるで生きているかのように動き出し、舞台で物語を繰り広げるのでした。

 そんなある時、主人公の人形は一緒に演じるバレリーナにほのかな恋心を抱いてしまいました。しかし彼はいつでも、バレリーナがムーア人と楽しげに踊る姿を、物陰からじっと見ているだけでした。

 やがて人形は一大決心をして、バレリーナに求愛をしました。しかし彼は怒ったムーア人にバラバラに壊されてしまいました。

 なぜなら彼らはしょせん人形、恋など許されない存在だったからなのです……。


プリンセスかわねこ
白鳥の章

.AKT  禁じられた恋
〜 Petrushka 〜

文:塵芥王  イラスト:ノイン さん


(第一場「謝肉祭の市場」より 魔法使いのフルート)

「てぃーえすないーんの司令官室に
 今日ぉも来た来た 朝が来た……にゃ」

 司令官室に音程の不安定な歌声が響いている。声の主は緑色の髪が士官服によく映えるキャロラット人の少女。声に合わせて頭の上で耳がぴくりと、イスの下からのぞく尻尾がくるりんと動いている。よっぽどご機嫌らしいが、背もたれを抱えるようにして逆向きに座り、足をバタバタさせてる姿は司令官室にはあまり似合うものではない。

「うーちゅうきちでも 朝は来る……」

「こほん……」
「にゃ。れも君、おはようなのにゃ」
 歌の続きは咳払いの主によってさえぎられた。少女がイスごとくるりと回ってみると、そこには れも副司令が渋い顔をして立っていた。
「かわねこ少尉……お願いですから、意味のないことを調子のない歌にしないでください」
「どうしてかにゃ」
「憂鬱な気分がよけいに滅入ってしまいます」
「それは良くないことだにゃ。残念だけどやめるにゃ」
「お気遣いありがとうございます」
 渋い表情のままれもが答える。
「あにゃ?」
「なんでしょうか」
「歌うのやめたのに、同じ顔したままだにゃ」
「ですから、それはぁ………」
「あぅあぅ。ボクがみんな悪かったから、オーラハリセンはかんべんなのにゃ」
 れもの手の動きに何かを察したのか、かわねこがあわてて大きな声を上げた。ついでにちゃっかり、きちんとイスに座りなおすのも忘れていない。
 そんな様子を目の当たりにして、れもは小さく「はぁ」と息を吐いた。「あなたのせいで憂鬱さが増えてるのですけどね」という心のつぶやきは かわねこには届いていないに違いない。
「それでそんな顔をして、いったいどうしたのかにゃ」
「ええ。実はまだ確かな情報ではなくて噂に過ぎないのですが……」
「噂?」
「そうです。四時間ほど前に、貨物船すいんげる が入港しましたが」
「それで君の顔色が冴えないのかにゃ」
「それだけなら、いつものことです。ただ今回は、船長が行方不明らしく」
「それは確かに大変なことなんだにゃ。君の周囲の警備を強化しなくてはダメだにゃ」
 すぱぱぱぱぱぱん、と軽快な音が室内に響きわたり、かわねこが両手で頭を押さえた。手の陰で耳は小さく伏せてしまっていて、潤んだ目で れもを見ている。
「かんべんと言ったのに、ひどいにゃ」
「最後まできちんと聞いてください」
「わかったにゃ」
 不服そうな顔をしながらも、かわねこは頭から手を下ろす。
「まだ正式に報告も調査依頼も来ていないので噂だと申し上げたのですが、すいんげる が入港手続きを完了した後、港湾区画を中心に航法士が船長を捜し回っているという情報が多数寄せられ続けています」
「航法士というと、カムラ君か。相変わらず気苦労が絶えないんだろうにゃ」
 他人事ではありません、と大声で言ってやりたい気持ちを禅の修行僧の心境で抑えると、れもは手元のデータパッドの表示を確認して報告を続けた。
「その航法士が尋ねて回ってる話では、船長は吸い込まれるように小路に足を踏み入れたまま姿が見えなくなったらしいです」
「えーと、まだ正式には何も聞いてないんだよね」
「は、はい、そうですが」
 いぶかしげな れもの様子を気にすることもなく かわねこは目を細めて言った。
「じーざ船長なら、しぶといから多少のことでもきっと大丈夫。いつか君と一緒にマンホールに落ちたときもそうだったのにゃ」
「それはそうですが」
 れもは心持ち頬の色を変えながら視線を下に向ける。記憶の中からなにかを思い返していたのかもしれない。
「だから正式に連絡なり要請があるまでは、積極的には動かないでおくのにゃ。それにこの司令官室にいれば、君の身も安全なのにゃ」
 言いながら かわねこは無意識に尻尾の毛並みを手で整え始めていた。そんな様子を目にして、れもはデータパッドの次のページに記載されている内容……最近、基地内の通気口で頻繁に大きな質量を持ったものが移動している形跡がある……を伝えるべきかどうかを迷っていたのだった。

(第一場「謝肉祭の市場」より ロシアの踊り)

 いっぽう当の じーざ船長はというと、まだ港湾区画の中にいた。
 きらびやかな大型店舗や施設のユニットが軒を連ねる中、物陰にすっぽりと取り残されたかのような一郭があった。誰が持ち寄ったのかもわからないが、まだ新造して間もないはずの宇宙基地の中に旧型の小型居住ユニットが縦横無尽に並び、それどころか縦方向までに積み重なり、仕切が適当に取っ払われてつながって、さながら迷路のような空間になっていた。そこでは露天のような小さな商いをする人たちが寄り集まり、一部では「会館」とも「デパート」とも呼ばれ、時としてコアな掘り出し物が見つかる、いわば闇市のような機能を果たしていた。
 一日中薄暗い雰囲気の漂う闇市では実質入手できないものはないと言われるくらいで、オンラインでのオークションと並び、知る人の間では盛況を催していた。時として じーざ船長も愛用する「トカレフ」の実体弾の調達に出向いたりしていたが、今日はいつもとは違った一角で座り込んでじっとなにかに見入っている様子だった。
「うはぁ! これだよ、これ。デフォルメしていながらも、ディティールを失わず、なおかつ素材感も生かしている」
 船長の左手の上には小さな人形が載せられている。人形とはいっても背丈は5センチ前後、そんなには大きくはない。が、ていねいに色が塗られていて、表情にも細かく手が入っている様子だ。
「やっぱり手作りだよな。でなけりゃ、この感じは出せんって」
 地面に膝をついて、店頭の商品に頬をすり寄せている姿はなんとも強烈で、基地内でも濃ゆい面々が集うといわれているこの闇市でも、行き交う人々はその場から数メートルは離れるようにして歩いていた。
「それになんと言っても、この微妙なポーズ作り! もう少しで見えそうだというのに、際どいところで見えていないだなんて、心憎いことしてるじゃないかよ」
 言いながら、なんども手にした人形を下から見上げたりしている。モデルになった最年少少尉がその場にいたなら、問答無用で張り倒していたかもしれない。
「あのう、お客様。お気にいって頂けましたか」
 さすがに放置しておくとアブナいと思ったのか、店の主が通路側にまで出てきて船長に声をかけた。主とはいってもその声や背格好はまだ子どもの雰囲気で、姿はこのあたりではまだあまり見かけることのない獣人のものだった。
「おぉ? なんだ? ひょっとして、コレ作ったのあんたかい?」
「ええ。はい、そうですが……」
 足下から、ぎらりと視線だけでにらむように見られて、獣人がひるみながら返事をする。
「グッジョブだ、親父!」
「はい?」
「だから、良い仕事してるな、ってことだ、親父!」
「あのう、これでも私、女の子……ですし、まだ親にはなっていないのですけど」
「あのな、こういう状況で、店を守ってるのは親父というのが定説なんだよ! だから細かなことをねちねちと気にしちゃいかん!」
「は、はいぃ……」
「おお、どうした、そんなに目を潤ませて。そうか、私の賛辞に感激してしまったか。なになに、礼には及ばんぞ。私は今、モーレツに感動している。ありがとうよ」
 立ち上がった船長は獣人の肩をかるくたたく。すると、ぽんっという音を立てて 娘 。 娘さんの姿が消えてしまった。だが船長は気づいている様子はない。
「どうした、急に消えたりしやがって。そんなに照れること無いじゃねーかよ。おい、それでコレは? ああ、サービスか。ありがたくもらっておくぜ、親父!」
 ひとりで勝手に納得して去っていく船長だった。後には小さな木彫りの熊が一体、ぽつんと残されていた。

「はー。たいくつにゃ。鯛がクツを履いて歩き回っていそうなくらい、たいくつなのにゃ」
 司令官室では、いつもより速く司令官としての承認や決済が必要な仕事を終わらせてしまって、手持ちぶさたそうに かわねこがイスに座っていた。
「そんな既視感がありすぎる表現をしないでも良いですから、おとなしく座っていてください」
「わかったにゃ」
 たしなめられて、かわねこは小さくうなずく。いったんはおとなしく座りなおしたものの、ほんの少ししただけで、また耳と尻尾がぴくぴくと動き始めてしまっていた。
「あのにゃ」
「なんですか」
 きつい調子の れもの声に、ヒマなのを誤魔化そうとして声に出したのを見透かされたような気がして、かわねこはついつい背中を丸めてしまう。
「そういえば、じーざ船長、見つかったのかにゃ」
「今のところ、新しい情報は入ってきていませんね」
 おしゃべりのきっかけを、ぴしゃりとはねのけられ、しゅんとして かわねこは小さな声で言った。
「そうなのにゃ。なら、いいのにゃ」

「おーい。そこの道行くお嬢さん、どうかな、このナイスなダンディ、じーざ様とちょっとした楽しいひとときを過ごしてみないかな? ああん?」
 先ほどから じーざ船長は道行く人を年齢・種族・形態を問わず、女性と見るや声をかけまくっている。たいがいの場合は声をかけられる前、目を血走らせた船長の姿が近づいてくると皆、足を速めたり、くるりと方向を変えてその場を後にしていたが、たまに逃げ遅れる犠牲者が発生していた。
「はーい、お嬢さん。この私とのハイソサエティな会話で魅惑されてみないかね」
 けっこうです、と技術部の制服を着たキャロラット人が、近づいてくる船長の手を振りほどこうとした。しかし、ぽんっという音がした次の瞬間、女性の姿は船長の前から消え失せていた。
「またか。シャイなレディが増えたんかい。最近は」
 少しも妙だと気づくことなく、次のターゲットに目を奪われた船長は足早に駆けていった。

「おや? これは?」
「どうしたのかにゃ? れも君」
 暇つぶしのネタを探していた かわねこは、れものちょっとしたつぶやきを聞き逃さずにいた。
「いえ、ここのところ短時間の間で急激に行方不明者の情報が増えてきているのです」
「行方不明? じーざ船長のことじゃないのかにゃ?」
「そうではなくて、職員や民間人の行方不明者です」
「変なのにゃ。事件かもしれないから、しっかりと調べるのにゃ」
 少しだけ、ほんの少しだけ、司令官室の緊迫度が高まっていた。

(第四場「謝肉祭の市場(夕方)」より 熊を連れた農民)

「あー。やっと見つけましたよ、船長!」
「宇宙一ナイスガイな私を呼び止めるのは誰かな?」
 満面の笑みを浮かべて じーざ船長は足を止め、優雅な身のこなしで振り向く。だがしかし、声をかけてきた相手の姿を見たとたん、目にもとまらぬスピードで仏頂面になってしまった。
「って、なんだい。カムラ君かい」
「なんだは無いでしょう。ずっと探してたんですから。いったい何をしてたんです?」
「いや、俺はずっと愛すべきものを追求してだな!」
「追求って、今回の寄港の目的はそうではないでしょうに。荷渡しの手続きとかしないといけないのですから、早く船に戻ってくださいよ」
「いやだ!」
 詰め寄るカムラ少年の訴えを無視して、船長は踵を返す。
「いやだ、って船長、大人げない。それに今回はどこか変ですよ。いつもなら、まっ先に副司令のところに駆けつけているのに、こんなところをウロウロとしたりしていて」
「えーい、うるさい! 愛するものを求める道は奥が深いのだ! 求道者たる俺の前に立ちふさがるものは何ものであれ排除するのだ!」
 船長はいま一度振り向くと、引き留めようとするカムラ少年を目の前からどかすために手を伸ばした。
「だから止めるな、じゃまだ! えーい、どかんか!」
 しかし船長の手が触れたとたんに、ぽんっという音がしてカムラ少年の姿がかき消すように見えなくなってしまう。後には、ぽかんとした表情の船長が残されていた。
「カムラ君、貴様もこんなにシャイだったとは知らなかったぞ。まあ良い。これで思うがままに我が道を転がり続けることができるというものだ。れっつ、らいく・あ・ろーりんぐ・すとーん!」
 すぐさま気を取り直して、威勢良く歩き始めた船長であった。

「奇妙な傾向がありますね」
「どうしたのにゃ?」
 困惑した れもの声に、かわねこはイスから降りると情報を分析している副司令の横に並んでディスプレイをのぞき込んだ。
「相変わらず行方不明者の報告が後を絶たないのですが、その場所をマップ上で時系列順に並べてみると移動をしているのです」
「ほんとうだにゃ」
 二人が目にしているディスプレイには、TS9の立体構造が表示されていて、そこにオーバーレイするように緑色の点の軌跡が投影されていた。
「そしてですね、実はここに じーざ船長の聞き込みをされた情報の位置をさらに重ねるとですね」
 れもがパネルを操作すると、さらに黄色の点の軌跡が重ねて投影される。
「なんてことにゃ!」
「そうなんです。聞き込みも無闇にやっているわけではないでしょうから、時間がたつにつれて精度が増していくものと思われます。ですから最近の聞き込みをしている場所は、船長がたどった足跡と近似になっていてもおかしくはありません」
「確かに、みごとに一致してるのにゃ」
「時間的には多少の間隔が見られますが、情報の伝達と実際の移動に必要な時間を考慮すると理論値からそうかけ離れてはいません。ということは、ここから導かれる推論の一つにはですね」
「やっぱりカムラ君は優秀だということにゃ。ぜひウチのスタッフに迎えたいものだにゃ」
「そういうことではありません」
「ご、ごめんにゃさいにゃ」
 れもの語気の強さにオーラハリセンの気配を感じて、ついつい身構えてしまう かわねこ。
「いいですか、推論の一つはですね、行方不明者発生に じーざ船長がなんらかの形で関係している可能性が高い、ということです」
「それは大変なことだにゃ。じーざ船長なら、どこかの宙域からオーパーツをそれと知らずに拾って持ち歩いていても不思議じゃないのにゃ。こうしてはいられないにゃ。こうなったらボクが行って、真実を確かめてみるのにゃ」
 腰の両脇で拳をぎゅっとにぎって、意気揚々と鼻から息を吐きだす かわねこ。だが、見つめる れもの表情は冷静だった。
「まさかそんなことを言って、ホロデッキでサボろうとしてるのではないですよね」
「そんなことないにゃ! これはTS9の危機だから、ボクがなんとかしないといけないのにゃ」
「あ。お待ちなさい、かわねこ少尉!」
 れもの制止が耳に入らないかのように司令官室から駆けだしていく かわねこ。いつもより速く走っているように見えるのは、ホロデッキで昼寝をしようとしていたことを見抜かれて驚いているだけでなく、かわねこ の中で、なにかの予感が大きくなっていたからでもあった。

(第三場「ムーア人の部屋」より コルネットを手にしたバレリーナの踊り)

「なんか変にゃ。さっきからずっと、道ばたに人形が転がって落ちてるのにゃ」
 港湾区画にやってきた かわねこは、データパッドを手に往来の真ん中で立ち止まり、あたりの様子を眺めていた。
「さすがに、十五分前のデータだと少し古すぎるにゃ。でも船長はきっとこっちの方に進んでるのにゃ」
 ふたたび歩き始めたかわねこの耳に、突然に彼女を呼ぶ声が届いた。
「おーい、そこにいるのは かわねこちゃんじゃないかい。どうか助けておくれよ」
「誰にゃ? どこにいるのにゃ?」
 声がするのに姿が見えず、驚いた かわねこは足を止め、あたりを見まわす。
「ここだよ、私はここだよ」
 ふたたび聞こえてきた声のする方、自分の足下に かわねこは目をむけた。そこには丸みを帯びたシルエットの人形、マトリョーシカが一体あって、手のひら程度の大きさのからだを震わせていた。
「あにゃー。人形にゃ。人形がしゃべってるのにゃ」
「バカをお言いでないよ。私だよ、私。いつでもどこでも、言われただけのお子様ランチをすぐに届けてあげてるだろうよ」
「お子様ランチ? ということは、食堂のおばちゃんなのかにゃ?」
「そうだよ。私に決まってるだろうに」
 かわねこが腰をかがめて、足下からマトリョーシカを手に取ってみる。すると木に描かれた口や目が、声がするときにぱかぱかと閉じたり開いたりしているのに気づく。
「なんで、おばちゃんがそんな姿になってるのにゃ?」
「よくわかんないんだよ。ただ、ほら、ときどきやってくる貨物船の船長がいるだろう」
「じーざ船長かにゃ」
「そのキザだか、新座だか、じーざだかに呼び止められて話をしてたんだけどね、握手されたかと思ったら急に体が動かなくなっちゃったんだよ」
「やっぱり船長が関係してたにゃ。きっと船長の手が触れた人たちはこんな風に人形になっちゃったのにゃ」
 かわねこの脳裏に、ここまでやってくるまでに目にした、散らばっていた人形の姿が思い浮かんだ。
「そしたらキザだか、明治座だか、じーざだかも私を放ってどこかに行ってしまうし、それから誰も気づいてくれないし、散々だったよ。かわねこちゃんが通りかかってくれなかったら、どうなっていたやら……って、聞いてるのかい?」
「にゃ。聞いてるにゃ。聞いてるにゃ。きちんとちゃんとしっかり聞いてるにゃ」
 実際には事態の原因に見当がつき、そちらにほとんどの思考を振り当てていたのだが、かわねこは適当に返事をした。
「でもこうやって見てると、おばちゃん、けっこう可愛いにゃ」
「なにを言ってるんだい。体が動かないんじゃ料理の腕を振るえやしないよ」
「そうだったにゃ。おばちゃんが満足に働けなくなったら、ビナフォアたちに立ち向かう戦力が激減してしまうのにゃ。深刻な事態なんだにゃ」
「なんだい、あんた、まるで司令官みたいなことを言うじゃないか」
「あぅ〜。ボクは、その、えーと」
「まあ誰でもいいから、早く私を元に戻しておくれよ」
「わかったにゃ。ボクががんばってなんとかするから、おばちゃんは安心して待っていてほしいにゃ」
 そう言ってきりっと表情を厳しくすると、かわねこは足早にその場を去っていった。
「頼んだよ。ああ、でもその前に私を人通りの少ないところに移していっておくれー。ここじゃあ蹴飛ばされてしまうじゃないか。誰かー」

「ああ言ったのはいいけどにゃ。じーざ船長がどこにいるのか、本当はわからないのにゃ」
 勢いで駆けだしてしまったものの、人通りの多い路上で かわねこは足を止めて途方にくれていた。
「データをアップデートすればいいのだろうけど、そうしたら れも君にボクの居場所もバレてしまうのにゃ」
 足を止めて建物の陰で壁に寄りかかると、手にしたデータパッドの表示を恨めしそうに眺める。
「とりあえず、古いデータで一番確率の高いところには来たけど、もうじき行き止まりなのにゃ」

(第一場「謝肉祭の市場」より 手回しオルガン弾き)

 後は自分の直感を頼りに動くしかないのかと覚悟を決めた かわねこの耳に手回しオルガンの音色が聞こえてきた。
「あれは……」
 はじめは空耳かとも思えたオモチャのような音色も、しだいに雑踏の中から容易に聞き分けることができるようになり、やがて演奏者の姿も人混みの中に見え隠れするようになってきた。
「あ。エデルさん、じゃなかった、きつねさまにゃ」
 行き交う人々とは異なった速度でゆっくりと かわねこに近づいてきたのは、箱の下から伸びた脚の先に車輪がついた手回しオルガンを操るリサールナル人だった。側頭部にも大きな張り子の狐面をつけたリサールナル人は、かわねこの前にやってくるとゆっくりと歩みとオルガンの演奏を止めた。
「こん♪」
 そして かわねこにていねいに頭を下げると、歌うような調子で語り始める。
「運命を受け入れる者に幸いあれ。運命に逆らう者に栄光あれ」
「きつねさま、ボクは今、じーざ船長の行方を捜してるのだけど、居場所がわからないのにゃ」
「宇宙の全ては流転する相の中に身を置くもの。なれば今は重なり合うことはなけれども、時と処が変れば巡り会うこともあるというもの」
「ボクはどうすればいいのかにゃ」
「案内しましょう」
「きつねさま、船長の居場所を知ってるのかにゃ」
「知っているのではありません。ただ感ずるだけで良いのです」
 言いながら リサールナル人は かわねこを促していっしょに歩き始める。
「エデルさん、じゃなくて、きつねさま、いつもボクが困ってるときに助けてくれてありがとうなのにゃ」
「わたしは与えられた役割を果たすだけ。それは誰しも同じこと。あなたはあなたの為すべきことを行えば良いのです」
「わかったにゃ。ボクはボクに出来ることをがんばるにゃ」
 歩きながら大きくうなずいた かわねこが振り返ると、リサールナル人の姿はなんの痕跡も残さずに消えていた。
「あれ? いない……。でも、わかったのにゃ。こっちの方に船長がいるのは間違いないのにゃ」
 先ほどまでの迷いはどこへやら、かわねこは力強く足を踏み出す。そして港近くの広場に差し迫ると、体が不思議な感覚につつまれるのを感じた。
「ペンダントが? 反応してるにゃ。王子様の心の欠けらが近くにあるのにゃ」


dな妖精さん > さーあ。急がないと基地中の人がお人形になっちゃうよん。早く、早く、もっと早くだよ。がんがれー、プリンセスかわねこタソ (08:06:54)


(第四場「謝肉祭の市場(夕方)」より 道化役者たち)

 どこかからか聞こえてきた声をきっかけに、かわねこの首に下がった紅玉のようなペンダントが強い輝きを放つ。かわねこの体は重力を忘れたかのように宙に浮かび、身につけていた女性士官の制服は一瞬にして消え、全身を小さな羽が覆いつくす。
 羽に包まれたかたまりは鳥の卵のように形を変えた。やがて卵が割れるように分かれると、中から姿を現したのは白をベースにしたチュチュとピンクのトゥシューズを身につけた姿の かわねこ、プリンセスかわねこ だった。
「はにゃ、まずいにゃ。これは船長と心の欠けらにはきっと関係があるに違いないのにゃ」
 ポワントの姿勢で通路に降り立った かわねこは、踵を床に着けると髪飾りにかからないように耳をぴくりと動かし、街路の先に視線を向ける。
 そこでは周囲の照明が暗くなっている中で、スポットライトを浴びたかのように一人の男の姿がくっきりと浮かび上がって見えている。
「いたにゃ。じーざ船長にゃ」
 流れるようなシェネで かわねこは船長のそばに駆け寄る。
「ん? なんだ? お嬢さん、私と愛を語り合おうとでもいうのかな」
 そう語る船長の目は、かわねこの方を見てはいるが、焦点ははるか彼方に合っているかのようだった。
「ボクはプリンセスかわねこ にゃ。失われた伝説の王子の砕け散った心臓を集めて元に戻してるのにゃ」
「それで、そのメロンだか鍋物が私に何の用なのかな」
「どっちも間違いにゃ!」
 懸命に否定する かわねこ。同時になんとか船長の心を自分に向けさせようと懸命だが、対峙する船長の目には瞬時にして妖しい光が宿る。
「どうだっていいじゃないか。俺の邪魔だけはするんじゃねーぞ。俺はこれから、もっともっと小さくて美しくて綺麗で可愛くて可憐で華やかで離さずにはいられないものを愛さないといけないんだ」
「小さいものを愛するのはとても良いことだにゃ。でも今の船長の場合は歪んでいるのにゃ」
「なんでそんなことを言う! 俺は俺の情熱に従って愛を与えるだけだ!」
「船長、気づいてほしいにゃ。いつもの船長なら絶対にそんなことしないにゃ。まっ先に れも君……副司令に迫っていってるはずなのにゃ」
「そんなことはなーーーーーーいっ!」
「思い出してほしいのにゃ」

(第三場「ムーア人の部屋」より ワルツ)

かわねこ かわねこは頭上に両手を上げてくるくると回すと、右の手をすっと前に差し出すように下ろした。
「ボクと踊るのにゃ、船長」
「嫌だ! 俺に構わないでくれ! 俺はもっと、もっと、愛さなくてはいけないのに!」
「落ち着くにゃ、ボクの声を聞くにゃ。船長のほんとうの情熱を取り戻すにゃ」
「ほんとうの?」
「そうにゃ。今の船長は取り憑かれているみたいなものだにゃ。船長の情熱はねじ曲げられたものなのにゃ」
「曲がっているのか?」
「ほんとうの船長はもっとストレートだにゃ。そして、それは純粋に れも……副司令に向けられてるのにゃ」
「れも副司令。おお、なんて甘美な響き。凛々しい姿。肌身離さない帽子を被ったシルエット。なんでこんなにも俺の心を動かすんだ」
「それが船長にとって自然なことだからにゃ。思い出すにゃ」
「思い出す?」
「そうにゃ。ほんとうの船長をにゃ。今の船長は別の心に影響されているだけなのにゃ」
「ほんとうの俺? ああ、なんだか思い出されてくるぞ。そうだ! 俺のすべては れもたんのもの。れもたんのすべては俺のもの。俺の前には れもたん以外には何もない! そうだ! 俺はいつでも れもたん一筋なのだーーーーっ!」
 両手を腰の脇にそろえ、仁王立ちの姿勢で絶叫する じーざ船長。その姿からわずかに浮かぶようにして、小さな赤い光がほんのりと肩の上に現れた。体の動きを止めた船長に代わって、赤く光を発する小さな姿が かわねこに語りかける。
「なんでぼくの邪魔をしようとするの」
「そこはキミのいるところじゃないにゃ。王子様のもとに戻るのにゃ」
「どうして? この人の情熱はとても気持ちいいのに」
「でも、それは船長や他の人たちを不幸にしてしまうのにゃ。人はみんな、本来あるようにして幸せになるべきだにゃ。だからキミもキミのいるべきところに戻るのにゃ」
「そうか。ぼくはこの人の気持ちをねじ曲げてしまったんだね」
「キミはどんな心の欠けらなのにゃ?」
「ぼくは……小さくて弱い者を守り、愛する心」
「それは素晴らしいことにゃ。でもキミの居場所はそこじゃないにゃ」
「わかったよ、プリンセス。ぼくを王子のところに送っておくれ」
「わかったにゃ」
 かわねこが両手を前に差し出すと、船長の肩の上の王子の姿が細かな光の粒となって手のひらの上へと流れるように押し寄せる。そこにできた赤い結晶のような かたまりをそっと頬に寄せて呟くように声に出す。
「まだ見ぬ王子様、あなたに心を一つ帰すにゃ。いつか出会える日が楽しみなのにゃ」
 もう一度、手を目の前にかざすように差し出す。赤い結晶はふわりと宙に浮かび、遠く離れた王子のもとへと引き込まれるように飛び去っていった。

「私は? こんなところで、何を?」
 毒気を抜かれたような表情で じーざ船長が茫然と呟く。
「船長? よかった、気がついたのにゃ」
「おや、お嬢さん。どうしたのかな、そんな扇情的な姿をして」
「い、いや、これはなんでもないにゃ」
「まあ、この私はそんな誘惑には負けはしないがな。そう、何よりも、このほとばしる情熱を、今すぐにでも れも副司令に捧げなくてはならないからだ!」
 船長は顔を斜め上方四十五度に向け、目にきっと力をこめる。
「よかった、いつもの れも君ひと筋の船長になってるにゃ」
 先ほどまでとは違った世界が脳内に開け始めたのか、船長は顔の角度をそのままにして、どこへともなく駆け出し始める。
「さあ、待っていて下さい、れも副司令。このじーざ、あなたのためになら風になり、鳥になり、どこであってもすぐに駆けつけます!」
「がんばるんだにゃ、船長。それでこそなのにゃ」
「そうそう、お嬢さん、私は頼香少尉のことも、れもたんの次の次の次くらいに大好きなんだーーーーーっ」
 強烈なドップラー効果を残しながら視界の中を小さくなっていく船長。そんな姿を見守りながら、かわねこはほっと一息ついた。
「これで、すべていつも通りなんだにゃ」

(第一場「謝肉祭の市場」より 酔っぱらいたちの通過)

「何がいつも通りなんですか? かわねこ少尉?」
「うにゃーーーーーっ」
 突然に背後から声をかけられ、体中の毛を逆立てながら一歩飛び下がる かわねこ。
「胸騒ぎが……いえ、嫌な予感がしたので来てみたのですが。ここで何をしてたのですか? 少尉」
「れ、れも君……いつからそこにいたにゃ」
「いつもの私ひと筋の、とかいうあたりからですけれど。それより、またそんな格好をして何をしてたのです? 基地内が大騒動になってるというのに一人で勝手に遊んでいて……」
「それは誤解だにゃ。遊んでたわけじゃないにゃ!」
 必死に抵抗しようとするかわねこ。しかし れもは簡単に かわねこの右手首をつかんで動きを殺してしまう。
「言い訳しないでください。いつもいつも着替えさせる私の身にもなってくださいね」
「れも君、そう言いながら、なんだか嬉しそうなんだにゃ」
「そんなことありません! さあ、さっさと帰って後始末をしてくださいね」
 れもに手を取られ、半ば引きずられるようにして司令官室に向かう かわねこ。その間も、隣の れも副司令の叱責ともボヤキとも愚痴ともとれるお小言は止むことがない。
「妖精さん、お願いだから、元に戻るときも一瞬で変身できるようにしてほしいにゃ」
 れものお小言を頭の上から浴びながら、心の中でそっとそう思った かわねこだった。


dな妖精さん > にゅるぽ。 あ〜ん。ダメだよ、ダメだよ、かわねこたん、もっと激しくボクを楽しませておくれ。 (12:46:37)


dな妖精さん > こんなのでは喜劇じゃないよん。じゃあボクは帰るけど、次はもっともっとがんがーなのだよ。 ^^(・・)^^^ パタパタ (12:47:20)


■おわり■

あとがき

 ふぅ。はたしてどれだけの人が付いてこられたでしょうか。すみません無理を承知で突っ走りました (^_^;) 。ようやく、2ゾロ目の地雷を踏んだ責任を果たすことができて胸を撫で下ろしているのですから、これ以上、突っこまないでやって下さいませ (苦笑)。
 そんなことで、プリンセスチュチュを下敷きにしています。卵の章の序盤あたりまでの雰囲気でしょうか。下敷きといっても記号を都合良く再配置していますので、猫先生やら、ぴけやら、りりえやら、ふぁきあやらは持ち込まれていません。だって、そこまでやっていたら確実にこの長さで終わるはずがありませんもの……。
 登場人物に、TS9茶で見かける方々を一部取り込まさせて頂きました。勝手に動かすことを承諾いただいた(?) 皆様、ありがとうございました。

 副題に使用した楽曲は、かのニジンスキーが在籍した帝政時代のロシア・バレエ団のためにストラヴィンスキーが書き下ろしたもので、1911年に初演されました。四管編成のオーケストラにピアノを加えたエキゾティックで華麗な楽曲は、火の鳥、春の祭典と合わせて三大バレエ曲とも呼ばれるストラヴィンスキー初期の有名な作品です。バレエのストーリーとしても、扱うモチーフがプリンセスチュチュと通底するものがあるのですが、オンエアの中では取り扱われることはありませんでした。なにぶんにも作曲者の死後50年をまだ経過していませんからね……。

 手回しオルガンの音色とともに唐突に登場するエデルさんは、オリジナルでも大切な役割を与えられ、そして与えられた以上に役割をこなしたキー・パーソンの一人でもあります。未見の方のために詳細は伏せますが、その素晴らしさは卵の章のクライマックスに見事な彩りを添え、続く雛の章でも忘れがたいキャラクターとなります。そんなエデルさんは常に隠喩めいた物言いをするのですが、初登場の 2.AKT ではかなり物語の中核に迫ることを口にします (実は本作で きつねさまのために引用した部分も同様なのですが……)。
「お話が生まれるのは突然。始まりは偶然。お終いは必然。閉じないお話は、残酷なもの」
 さてさて、そんなことですので、与太話もこれで終演といたしましょう。

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