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頼香達のマンション。頼香と果穂がテーブルを挟んで向かい合っていた。
頼香は腕組みをして難しい顔をしている。
「困ったな」
「困りましたね」
対する果穂も両手で頬杖をつきながら。一緒に困った顔をしている。
テーブルの上にはコンビニの袋とペットボトルが4本。
この二人が料理をしないのは珍しい事だ。
「マンション全部が断水か」
「とりあえず、食事は何とかなりましたけど……」
そう、水道が使えないので料理が出来ないのだ。
そして次の問題は、お風呂だった。
「安心してください。対策は考えてあります」
「まさか、さんこうのソニックシャワーを使うのか? あれじゃ風呂に入った気がしないぞ」
「そう来ると思いました。安心してください。来栖さんにも連絡しておきましたから」
「え? 来栖の家にお世話になるのか?」
頼香が首を傾げると同時に、チャイムが鳴る。
誰かな、と思ってドアを開けると、来栖がお風呂道具を抱えて立っていた。
「おまたせぇ。銭湯なんて久しぶりだよ。頼香ちゃん達準備できた?」
「なにいぃ、銭湯だとぉ?」
驚く頼香。銭湯って事は、みんなで裸でだよな、とすぐに思い立つ。
なるほど、果穂の考えそうな「対策」だ。
「これが一番無難な解決策だと思います」
「それは分かるが、何で来栖まで呼ぶんだよ」
「せっかくの機会ですから」
「はぁ。ま、いいか」
耳元に顔を寄せ、頼香にだけ聞こえるように囁く果穂。
「それに、女湯は私達にとってはミステリアスゾーンなんですから」
「な、だ、誰がそんな事……」
「興味がないとは思えませんが」
「果穂ちゃん、頼香ちゃん、早く行こうよ」



らいか大作戦・番外編6

〜せんとう準備完了!〜

作:かわねぎ




お風呂道具を小脇に抱え、銭湯に向かう頼香達。
やはり同じように断水で困っている祐樹も誘った。
言われるままに準備をしてついてきた祐樹だが、疑問に思っていた事を頼香に聞く。
「ねえ、頼香。銭湯ってどういう所?」
「へ? 知らないのか?」
ちなみにテラン星では複数で入浴するという習慣はない。もちろん銭湯などない。
銭湯なる物を簡単に説明する頼香。
「……ってところだ」
「みんなで一緒にお風呂に入るって? もちろん頼香達とは別々だよね」
「当たり前だろ。男女別」
「地球にはそんな習慣があるんだ」
軽いカルチャーショックを受けた後は、何かぶつぶつ言っている祐樹。
「……ってことは、その男湯ってところに入る訳だ。周りが裸の男性で……」
そう言えば、彼は元女性。男湯初体験で耐えられるのだろうか。
「や、やっぱり僕は遠慮しとくよ。ほら、一日くらいお風呂はいらなくてもさ……」
「ほら、もうすぐだぞ。松ノ湯。なあ、一緒に行こうぜ」
頼香の両腕で背中を押される祐樹。
その後に、にこにこ顔の果穂が続く。
「何か嬉しそうだね、果穂ちゃん」
「今日は隣の町内会のお祭りなんです」
「そういえば、何か太鼓の音とか聞こえてたね」
「御神輿を担いだ子供達にここの銭湯無料券が配られているんですよ」
どこから仕入れた情報か、力説する果穂。
そういえば、昔、祭りの時にそんなのがあったな、と思い出す頼香。
「果穂はそれが目当てか。子供だけだろ」
「少子化の影響で、最近は中学生も借り出されているんですよ。つまりは少女達が……」
妄想モードに突入する果穂。どうやら目的は頼香や来栖だけでは無いらしい。
もしかしたら、今日の断水の原因を作ったのは果穂かも知れない。
銭湯の入口で二手に分かれる頼香達。
「じゃ、ゆーき、上がる時は声かけるから一緒に出ようぜ」
「うん……分かったよ……」
まだ躊躇している祐樹。それを後目に女湯ののれんをくぐる頼香達だった。
ちょっと期待と不安を感じながら。


最近はスーパー銭湯なるものが流行っているが、この「松ノ湯」は昔ながらの銭湯だ。
背伸びして番台に中人料金130円を置く。案外子供にとっては番台は高い所にあるのだ。
「洗髪料金って無かったっけ?」
「お嬢ちゃん、いつの話してるの。15年前に無くなったよ。でも小さいのに良く知ってるね」
頼香達の歳では生まれる前の話。頼香というか頼之にしても小さい頃のおぼろげな記憶だ。
番台のおばちゃんに突っ込まれて、頼香は笑って誤魔化す。
「あ、あはは……」
「でもあんた達、祭りの券じゃないのかい?」
ちょっと怪訝そうに尋ねるおばちゃん。
今日はお祭りなので、子供同士だったら町内会の子供だと思われたようである。
「あ、俺達は違うんです。結構来てるんですか、町内会の子たち」
「それがねぇ、最近の子は券をあげても風呂には来ないんだよね。時代の流れかねぇ」
「女の子も男の子もなんだ」
「そう。今は小さいうちから内風呂だからね」
頼之の小さい時はお祭りで券をもらうと、喜んで友達同士で風呂に入りに行った物だ。
頼香が番台を見上げながらおばちゃんと話している隣で、果穂は一人暗くなっていた。
「……いないんですか、町内会の女の子。そうなんですか……」
目論見が外れた果穂。確かに女湯も混雑していないし、何より子供のはしゃぐ声は聞こえない。
自然と表情が暗くなってしまう。
そんな果穂を来栖が不思議そうに覗き込む。
「どうしたの? 果穂ちゃん。さっきからぶつぶつ言って」
「あ、ちょっと……いえ、気にしないでください」
一度は沈んだ果穂だが、今日の第一の目的は頼香と来栖と一緒にお風呂にはいる事である。
メインの楽しみは目の前にあるのだから、沈んでいる場合ではない。
果穂にそっと囁きかける頼香。
「果穂、当てが外れたな」
「それは残念ですけど、まあ、いいです。さ、私達も入りましょう」
果穂に促され、脱衣所に入っていく頼香達。
頼香にとってはドキドキものである。
女の子の体になって女子更衣室とかにも出入りするようになったが、女湯となると話はまた別だ。
本当に全裸。
やはり男性の時の煩悩は残っている訳で、期待と緊張が否応なしに高まる。
そんな事を考えている脇で、手早く服を脱いでいく来栖。
「頼香ちゃん、服脱がないの? お風呂入れないよ」
「あ、ああ」
来栖に促され、ブラウスのボタンに手をかける頼香。
いつもと違い、手元がちょっと震えてるのを自覚する。
隣で脱いだ服を畳んでいる果穂がそっと耳打ちする。
「さあ、いよいよです」


ガラリと扉を開けて、意気揚々と女湯に入っていく果穂。
恥ずかしがっている頼香とは対照的だ。
もっとも、頼香にしてみれば、「他の女性の裸を見るのが恥ずかしい」のではなくて、「自分の裸を見られるのが恥ずかしい」のである。
まあ、この3人なら気兼ねもしないのだが、銭湯となるとまた話が違ってくるものだ。
「意外とすいてるね」
「時間的に早いのかもな」
客の入りは頼香達の他に2〜3人いる程度。はっきり言って空いている。
だから頼香も自分の裸を見られる事を意識しなくても済むと言う事だ。
しかも目のやり場に困る事もない。それはそれで残念な気もするが。
果穂が頼香に耳打ちする。
「残念ですね。人が少ないんでは楽しみが減りますね」
「何の楽しみだ。何の」
「正直言って期待してたんではないですか」
「まあ、期待してないって言えば嘘になるな」
しかし、期待した所で、銭湯に来るのは、かつての年頃の娘さんだった女性達。
本物の年頃の娘さんは家のお風呂で済ますものだ。
それでめげる果穂ではない。
「今度はバイパス沿いの『ゆ〜とぴあ』に行ってみませんか」
「スーパー銭湯ってやつか」
「あ、知ってる。タウン誌に載ってたよ。若い女性にも人気なんだって」
「はいはい、どこでも勝手に連れてってくれ。それよりどこに座る?」
「う〜んと、ここにしよ」
結構空いてるので、好きな場所に陣取る3人だった。
めいめいがケロリンの桶にお湯を注いでいく。
ボディーソープは一つしか持ってこなかったので、順番待ちだ。
スポンジにボディーソープを取りつつ、果穂が二人に話しかける。
「頼香さん、来栖さん、背中流しましょうか」
「そうだな。たのむ」
「あ、私も」
「それじゃ、交代で流しっこするか。俺が来栖を流して、来栖は果穂でいいな」
「うん」
果穂が頼香の背中を泡立たせたスポンジで洗っていく。
他の人に洗ってもらうのも気持ちがいいものだ。
「果穂、どさくさに紛れて胸触るなよ」
果穂に対してなにげに釘を刺す頼香だが、果穂も隙あらば、と思っている。
「たぶんしないと思います」
「本当だな」
「しないんじゃないかなぁって」
「痛いんだからな」
「まあ、ちょっとは覚悟してください」
「おい」
そんなやりとりをしつつも、仲良く背中を流している二人。
果穂の手が「偶然」頼香の胸に触れたとか触れなかったとか……


「ありがと、頼香ちゃん。今度は私が果穂ちゃんの背中流すね」
順番に背中の流しっこをしている頼香達。
後は来栖が果穂の背中を流して終わりだ。
スポンジにボディーソープを染み込ませる来栖。
「じゃ、やるね」
「それじゃお願いします」
そんな来栖達を横目で見ながら、目の前の鏡の曇りを拭く頼香。
手持ち無沙汰なので、湯船に入る前に髪を束ねておこうと思う。
隣で仲良く背中を流している二人を見ていると微笑ましくなってくるものだ。
急に果穂が小さなうめき声を上げる。
「あんっ……」
「あ、ごめん。手が滑っちゃった」
「来栖さんたら。驚きましたよ」
どうやら、偶然、来栖のスポンジが果穂の胸まで滑ったらしい。
果穂も予想していなかったらしく、思わず声を出してしまったようだ。
「石けんでつるっとするから面白いよね」
今度は果穂の背中に抱きつくようにして、自分の胸を押しつける来栖。
もちろん無邪気にやっているのだが、抱きつかれる側の果穂にしてみれば、背中に来栖を感じている訳で、願ったりかなったりである。
「でも果穂ちゃんも結構胸あるね」
まあ、結構胸があると言っても、小学5年生レベルでの比較だが。
そう言いながら、泡だらけの手で果穂の胸を直接「むにっ」と揉む来栖。
いや、石けんのせいで肌同士が滑るので、「にゅるっ」と言った方が良いか。
果穂にしてみればその「にゅるっ」とした感覚に、慌ててしまう。
「あっ……ちょ、ちょっと来栖さん」
「果穂ちゃんもさっき頼香ちゃんの胸触ってたじゃない」
「それとこれとは……」
とは言うものの、ちょっと気持ちよかったりもして、嫌がっている訳ではなかったりもする。
女の子にちょっかい出すのが好きな果穂だが、自分がちょっかいを出される側に回ると途端に弱くなるらしい。
じゃれ合う二人を見て、頼香が口を挟む。
「はい、そこ、ふざけないように」
「はぁい」
来栖はしぶしぶ体を離して、シャワーで果穂の背中を流していく。
それを見ながら、生粋の女の子だと、こうも大胆になるのかな、と思う頼香。
確かに果穂でさえ体を密着させる事はしなかった。
「女の子同士か。いいもんだな」
つい、口に出して呟く頼香。
「あれ? 頼香ちゃんもして欲しかった?」
「い、いや、そういう訳じゃ……」
そう言いながらも、純粋にじゃれつく来栖を見て、ちょっと羨ましかったりもする頼香だった。


湯船に入ろうとする頼香達。
大抵銭湯の湯の温度は熱めになっている物である。
そっと足をお湯に入れる頼香。熱いけれど、そのまま体をお湯に沈める。
「ふぅー」
四肢から全身に伝わる熱さ。それも心地よい。
来栖も少しずつお湯を体にかけながら入ろうとするが、頼香のように思い切りがつかない。
「やっぱり熱いよ。頼香ちゃん、よく平気だね」
「最初だけだぞ。入っちゃえばそんなに熱くないぞ」
「うん、わかってるけど……やっぱ熱い」
その脇でざぶんと湯船に入る果穂。こちらも頼香と同様熱い湯が平気らしい。
来栖を見てニヤリとして頼香に目配せする。
「やりますか?」
「ああ」
「な、何?」
何か果穂と頼香の間に合意ができたようで、戸惑う来栖。
そんな来栖の両脇を果穂と頼香が固める。
「「せーの」」
タイミングを合わせて湯船に来栖を引き込む。
勢い余って、頭から湯船につっこんでしまう来栖。
「き、きゃああ」
ざっぱーん。
お湯が景気良く跳ねる。当然果穂と頼香にもかかる。
他の客が入っていれば、確実に怒られるだろう。
ややあって、水面に顔を出す来栖。
濡れた髪と怒った顔がかわいい。
「頼香ちゃん、果穂ちゃん、ひどいよ!」
「ごめんごめん。でも熱くないだろ」
「それとこれとは別だよ。まったく、もう!!」
「ちょっと力が入りすぎました。ごめんなさい、来栖さん」
「知らない!」
思いっきりそっぽを向く来栖。
どうやら頼香たちの悪ふざけが過ぎたようだ。
果穂が頼香に視線を送ると、しょうがないな、という表情をする頼香だった。


頼香と果穂のちょっとした悪ふざけが元で、来栖がご機嫌斜めになってしまった。
湯船の中でぷいっと向こうを向いてしまい、口もきいてくれない。
頼香がすすっと来栖に近づく。来栖もすすっと身を離す。
「なあ、ごめんってば。悪かった」
「……」
果穂もすすっと来栖に近づく。来栖もくるっと身をよじる。
「ごめんなさい。あ、そうだ。後でフルーツ牛乳おごってあげますから許してください」
「……」
「わかった。アイスも付ける」
「……」
うつむいたまま、黙っている来栖。
これは本格的にまずかったかな、と心配そうに来栖の顔をのぞき込む頼香と果穂。
次の瞬間、勢い良く二人の顔にお湯が浴びせられる。
「わわっ」
「きゃっ」
来栖は両手のひらを組んで、水鉄砲の要領で構えている。
「へへへ。ひっかかった。ひっかかった」
先ほどの表情とはうって変わって、はしゃいでいる来栖。
頼香と果穂は来栖の豹変ぶりに唖然としている。
「お返しだよ」
「……あはははは」
「ふふふっ」
誰ともなく笑い出し、和気あいあいとなる三人。
「大丈夫、怒ってないから」
「そっか。よかった」
顔を拭きながら安心する頼香達。
「あ、でもフルーツ牛乳とアイスは忘れないでね」
「分かったよ。それは上がってのお楽しみな」
お湯の熱さにも慣れ、仲良く並んでお湯につかる三人。
それでも熱いのでちょっと顔が赤らんでいたりもする。
体を存分に伸ばす事の出来る浴槽は気持ちがいい。
「んん〜っ。やっぱり銭湯は良いなぁ」
「マンションのユニットバスに比べると格段に広いですからね」
全身の力を抜いている頼香に、こちらは体を浮かせながら答える果穂。
「来栖さん家のお風呂ってどのくらいの広さなんでしょう」
「ん〜とね、果穂ちゃん達のお風呂よりは一回り広いかなぁ」
来栖もゆったり答える。気持ちが良くてついつい鼻歌なんかもでてしまう。
「ふんふんふ〜ん♪」
「さて、俺は一旦上がって髪洗うから」
ざばんと湯船から出る頼香。洗い場に向かいながら、髪をほどいていく。
そんな頼香を湯船の縁に頬杖して眺める来栖。
「頼香ちゃんって髪の毛洗うの大変そうだよね」
「洗うのはそれほどでもないんだ。乾かすのが大変でな」
「髪短いと楽だよ」
「それは分かるけど、切りたくないんだ」
頼香にしてみれば、長い髪もライカの体から受け継いでいる物。
そうそう切ろうとは思わないし、何よりライカに悪いと思ってしまう。
「それに女が髪を切るのは失恋した時って相場が決まってる」
「頼香ちゃん熱愛中だもんね」
頼香が言ったセリフには当然来栖のように返される物だ。
頼香の顔に赤みが差しているのはお風呂が熱かっただけではないだろう。
「私達も一度上がりましょう」
「そうだね」
頼香に続けて湯船から出る果穂と来栖。3人並んで洗い場に座る。
「さてと……」
頼香がシャンプーを手にしたその時、お風呂場の入口のガラス戸が思い切り開けられた。

ガラリと開けられた扉から入ってきたのは一人の少女。
少し息を切らしながらも叫ぶ。
「ここだったんだ!」
風呂の客が一斉にそちらを見るが、注目を集める少女は意にも介さない。
もちろん頼香達も注目して、見知った顔なので、驚きの声を上げる。
「美優!?」
「あら、やっと来ましたか」
「果穂、美優が来るって知ってたのか?」
「ええ、美優さんにも銭湯に行くってお知らせしましたからね」
それにしては来るのが遅いのがちょっと疑問だ。
その疑問は美優が説明してくれた。
「果穂ちゃん、ひどいよ。どこの銭湯か言ってくれないんだもん」
「こちらが場所を言う前に、電話を切ったのは美優さんですよ」
「だって、果穂ちゃんがお風呂に行くって言うから、ボクも急いだんだから」
「市内に銭湯は3軒しかないですよ。あとスーパー銭湯が2軒ですか」
「『亀の湯』『鶴の湯』そこにもいなかったから『ゆ〜とぴあ』まで行ったんだよ」
果穂達がお風呂に入っている間にそれだけ銭湯を回るのだから、美優も凄い執念である。
さすが果穂ちゃん倶楽部の幹部。
それにしても機動力が高すぎるのは何故だろうか。
市内のあちこちに点在しているし、バイパスまで行くとなると、自転車でも酷なはずだ。
車を持ってる訳ないし……
「何でいちばん近い『亀の湯』じゃないの?」
「ここの町内会のお祭りで子供達にここの銭湯無料券が配られたんです」
「そんな美味しいイベントがあったの? 何でボクにも言ってくれなかったの?」
途端に目を輝かせる美優。
果穂と美優。こういう事に関してはクラスでも最悪の組み合わせである。
ちょっとため息気味に答える果穂。
「残念ながら、町内会の女の子は来ませんでしたけどね」
「そっか。果穂ちゃんばかりが美味しい思いをした訳じゃないんだね」
「だから、今度は女性客も多い『ゆ〜とぴあ』に行こうかと思うんです」
「今度はボクも最初から誘ってね」
なにやら変な盛り上がり方をしている二人だった。
頼香が髪にトリートメントを付けながら、美優に尋ねる。
「美優はゆっくり入ってくのか?」
「ううん。せっかくだからボクも一緒に上がるよ。急いで入るからね」
「じゃ、帰りは一緒だな」
「ボク達4人ね」
「いや、ゆーきもいるんだ」
「へー、ゆーき先生も一緒なんだ」
なるほど、同じマンションだったな、と納得する美優。
そうなると帰りは合計5名。美優はちょっと思案顔になる。
「それじゃ定員オーバーだなぁ……」


美優も加わり、女の子どうしのお風呂を楽しむ4人。
湯船につかりながら、きゃいきゃい話を楽しんでいる。
「……という訳で、みんなで言ってやったんです」
「へー。美優ちゃんも一緒だったの?」
「うん。ボクも頭に来ちゃった」
「まあ、気持ちも分かるけどな。俺もそうしたな……」
他愛もない話なのだが、学校と違って女の子だけの空間だとまた楽しいものだ。
だが、頼香達3人娘ものぼせるとまでは行かないが、もう十分お湯につかっていた。
浴槽の縁に腰掛け、足だけ湯船に入れながら、話を続ける。
「そろそろ上がろうよ」
「そうだな。美優はどうする? 一緒に上がるって言ってたけど」
「それじゃボクも上がるよ」
意地悪そうな笑みを浮かべて美優に耳打ちする果穂。
「もっとゆっくり入っていても良いんですよ」
「分かってるくせに。いじわる」
湯船から出て、体をざっと拭いていく4人。
どうやらお風呂も終わりのようだ。ガラリと扉を開け、脱衣所に戻る。
それぞれバスタオルで体を拭いていく。
髪の水気も取らなくてはいけないが、それで苦労してるのは頼香だけのようだ。
「ふぅー、いいお湯だったな」
「本当だね」
扇風機からの風が火照った体に当たると気持ちいい。
体を拭いても汗がじわりと噴き出してくるので、ショーツ一枚。すぐには服を着ないでいるのだ。
気兼ねしない4人なので、バスタオルを体に巻いたりはしていない。
「扇風機が気持ちいいですね」
「のど乾いたな」
「頼香ちゃん、約束のフルーツ牛乳ね」
そう言って、牛乳瓶が並ぶ冷蔵庫からフルーツ牛乳を取り出す来栖。
給食で出る牛乳と違い、キャップにツメが無いので、取りにくい。
悪戦苦闘する来栖を見かねて、果穂が千枚通しのような器具で、すぽっとキャップを取ってあげる。
この辺、最近の若い子にはちょっと苦手らしい。
「果穂と美優も1本ずつ好きなの飲むといい。お金はまとめて払っとくよ」
「パイゲンCは無いんですか?」
「果穂ちゃん、それ何?」
「今時無いぞ、そんなもん」
果穂の言った商品名、当然のように来栖と美優は知らないらしい。
果穂は今度は瓶入りマミーを捜していたようだが、諦めてイチゴ牛乳を手にする。
「ボクもフルーツ牛乳ね」
「じゃ、俺はコーヒー牛乳」
腰に手を当てて、一気に飲み干す。冷たさが気持ちいい。
「かぁー。やっぱ風呂上がりにはこれだな」
「頼香さん、オヤジ入ってますよ」
「いいだろ別に。果穂だってわかるだろ」
「ええ、まあ。でも今は女の子なんですし可愛く飲みたいですね」
そう言う果穂の脇で、来栖がご満悦そうにフルーツ牛乳を飲み干していた。
「かぁー。やっぱり風呂上がりはこれだよね」
こちらも豪快に飲み干す来栖を見て思わず吹き出す頼香と果穂。
「変に飾らない方が俺たちの歳には似合ってるな」
「それもそうですね。それも少女の特権ですよ」
そう言って、イチゴ牛乳に口を付ける果穂だった。


牛乳も飲み終わり、汗も引いた頼香達4人。
牛乳瓶を箱に戻したのを見計らって、果穂がみんなに声をかける。
「そろそろ着替えて、出ましょうか」
「あ、ごめん。ちょっと髪乾かすから待っててくれ」
「ええ、いいですよ」
頼香がみんなに断って、備え付けのドライヤーで髪を乾かし始める。
一番髪が長いだけあって、乾かすのも大変だ。
自然に乾いてしまう長さの来栖が、暇を潰せないかと脱衣所をぐるりと見回す。
目に入ったのは体重計。お風呂場と言えば定番だ。
「その間体重でも量ろ」
そっと体重計に乗る来栖。予想した数字よりも針が時計回りに進む。
「えー、太った? うそだぁ」
思わず叫ぶ来栖に、果穂がタンクトップをかぶりながら答える。
「私達、毎日お茶会してますからね」
「でも40キロ超えるなんておかしいよ」
「降りてみてください」
果穂に言われて体重計を降りると、針はおおよそ5kgを指していた。
「どうやらゼロ点が狂っていたようですね。直しときましょう」
「あーびっくりした」
ほっとする来栖。改めて乗ると36kgだった。
果穂も乗ってみる。こちらは35kg。
「なるほど。美優さんは?」
「ボクは確か37キロ位……あ、1キロ太った……」
来栖も美優も体重が気になり始めた年頃のようだ。
つられて頼香も体重計に乗ってみる。大人だった頃の半分程度しかない。
「どれどれ俺も……34キロか。果穂、5年生の平均っていくつだ?」
「確か34.6キロですね」
「じゃ、私達太ってるんだ」
「そんな事ありませんよ。平均から±5キロは普通です」
「ふーん。なら安心していいんだね」
「ええ。それに私達の歳だと一年間で5キロくらいは増えますから、多少増えても心配いりません」
何か保健の先生のような果穂である。
その説明をうんうんと聞いている来栖と美優に頼香が声をかける。
「ごめんな、髪も大体乾いたから、そろそろ帰るか」
「うん」
帰り際、頼香が番台に硬貨を数枚置く。
「おばちゃん、牛乳4人分」
「はいよ。そうそう、あんたたちの連れのお兄ちゃん、先に外で待ってるよ」
「え、そうなんだ。じゃ、おばちゃんありがと」
「またおいで」
外に出ると、風がひんやりと火照った頬をなでるのが気持ちいい。
玄関前で祐樹が風呂道具を小脇に抱え、待っていたようだ。
「お、みんな出てきたね」
「何も中で待ってれば良かったのに。大分待った……ようだな」
祐樹の手を取る頼香。外気にあたってしばらく経ったためか、ひんやりとしている。
「ゆーき、風邪ひくぞ」
「大丈夫だよ」
頼香は祐樹の手のひらをそのまま自分の頬に押し当てる。
「ん。冷たいけど、気持ちいいな」
「頼香はあったかいね」
頼香と祐樹が二人の世界に浸っている脇で、美優がきょろきょろと辺りを見回す。
「あれ? 車を回しておくって言ってたんだけど……あ、来た来た」
交差点から姿を表す自家用車が一台。
ナンバーを見た果穂が、少し引きつった声で美優に尋ねる。
「美優さん、車ってまさか……」
「うん。その通りだよ」
「果穂、待たせたな。みんなも乗りなさい」
窓から声をかける男性を見て、大きなため息を一つつく果穂だった。


車の運転手は誰あろう、果穂の父、紳二だった。
「ああ、聞いてたよりも一人多いな」
「オーナー、これだと定員オーバーですよ」
窓越しに心配顔の美優を果穂が制する。
「いえ、そうでもありません。私達子供4人は大人3人分ですから、定員に収まります」
「でも、みんな乗ったら狭くない?」
「来栖さんの心配も分かりますが、私達4人で後ろに乗るのはどうですか?」
「ボクもそれがいいと思う」
果穂の提案に賛成する美優。どうやら女の子4人の密着状態を期待しているらしい。
だが、来栖が代替案を出してきた。
「それならさ、私と果穂ちゃんと美優ちゃんが後ろに乗るの」
「俺はどうなるんだよ」
「前に乗るの。ゆーき先生にだっこしてもらって」
「なにぃ?」
驚いて、祐樹と顔を合わせる頼香。祐樹も困惑している。
なるほど、と言った顔で、紳二が窓から顔を出す。
「それなら、私が果穂を抱いて助手席というのもいいな」
「誰が運転するんですか。ゆーきさんは免許持ってませんよ」
果穂の冷静な突っ込みに、黙ってしまう紳二。
果穂にしてみれば、父と女の子二人を比べれば、当然女の子とくっついていた方が良い。
反対意見がない事を確認すると、来栖が早速後部座席に乗り込む。
「じゃ、決まりね。それじゃ、お邪魔します」
続いて果穂と美優が後ろに、祐樹と頼香が前に乗り込んだ。
恐る恐る祐樹に体を預ける頼香。
「ゆーき、重くないか?」
「平気だよ」
「そっか」
祐樹の腕に抱きかかえられ、こういうのも悪くないな、と思う頼香。
抱き留めた頼香の髪の香りが祐樹の鼻をくすぐる。
お風呂上がりの女の子というのは可愛らしい物だ。
自然に頼香の髪を撫でる祐樹。
つい、うっとりしてしまう頼香だった。
後部座席では女の子3人が文字通り姦しく話していた。
「果穂ちゃん、そういえば約束のアイスは?」
「今からコンビニに寄りますか? それとも今度『ゆ〜とぴあ』に行った時にどうですか」
「じゃ、また一緒にお風呂に行こうよ。その時ね」
「あ、その時はボクも連れてってね。約束だよ」
「はい」
今後の計画を練る果穂達。
その会話の内容を、運転席越しにしっかりと聞いている紳二であった。
同じ市内なので、車だとすぐにみんなの家を回る事が出来る。
来栖、美優と順に家に降ろしていく。
後部座席が空いたが、祐樹と頼香はそのまま助手席。
頼香は祐樹の腕の中でいつの間にかうつらうつらしていたからだ。
「……ん……ゆーきぃ……」
そんな呟きが頼香の口から漏れるが、それは祐樹にしか聞こえなかった。
果穂が疑問に思っていた事を座席越しに紳二に尋ねる。
「お父さん、なんで銭湯に行ってるって分かったんですか。美優さんからの連絡ですか」
「ああ。定時退社して、高速飛ばしてきて美優ちゃんと市内を回っていた」
美優の情報を元にしての素早い初動と紳二のサポート。
さすが果穂ちゃん倶楽部侮り難し、である。
下手に隠しておくより、適宜情報を流して味方に付けた方がいいな、と果穂は思う。
「それなら今度みんなで『ゆ〜とぴあ』に行く時は、車お願いしていいですか」
「隣町の『湯らっくす』でもいいな。いつでも連絡してくれれば行くから」
すぐに車は果穂達のマンションに到着する。
果穂が頼香の肩を揺らして起こす。
「頼香さん、着きましたよ」
「う、うん……あれ、俺、寝てた?」
目をこすりながら、車から降りる。頼香が降りないと祐樹も降りられないのだ。
車から降りて、紳二にお礼を言う
「お父さん、ありがとう。また今度帰りますから」
「おじさん、おやすみなさい」
それから祐樹と別れて頼香と果穂の部屋に戻った。
果穂はお風呂道具を片づけながら、頼香に話しかける。
「たまにはみんなでお風呂もいいものですね」
「果穂は女の子の裸が見れればいいんだろうけど」
「それもありますけど。それを抜きにして、頼香さんはどうでした?」
「そうだな。楽しかったな。また行くとするか」
「はい。今度も楽しみにしてます」
断水のせいで明日の炊事の準備は出来ないので、あとは寝るだけだ。
「さてと、寝る前にトイレ」
席を立つ頼香を引き留める果穂。
「頼香さん、断水ですよ」
「そうだった……どーするんだよ……」
その次の問題……それはどう解決したかはまた別の話である。



あとがき

 かわねぎのホームページ「TS9」の掲示板で突然連載の始まったお風呂な話です。「戦闘シーン」を「銭湯シーン」と誤変換してから、妄想が膨らんでいったのですね。受けるかな?と思ったら、皆さん続けろと煽るし(笑)。調子に乗って毎日連載(土日除く)になってしまいました。読者様からのアイデアや指摘を受けながら修正しつつ書いていくのも面白かったですね。最初美優ちゃんは出てくる予定が無かったのに……



<おまけ>

「お疲れさまでした。果穂です」
「来栖だよっ」
「頼香です。あ〜、いいお湯だった。一週間分は入ったかな」
「2週間分ですね。収録にかかった時間は」
「でもみんなでお風呂ってのも楽しかったよね」
「ああ。果穂も楽しかったろ」
「それはもちろんです。何せ頼香さんや来栖さん、美優さんまで一緒に入れたんですから」
「また洗いっこしようね」
「ええ。楽しみですね」
「あれ? 果穂は一緒に風呂入るの初めてだっけ」
「はい。頼香さんと来栖さんは私が気絶してた時に一緒にお風呂入ってたんですよね(本編3話)」
「そんな事もあったね。頼香ちゃんと一緒にシャワー浴びただけだよ」
「人が生死の境を彷徨っている時に、女の子同士でシャワーですか……」
「生死って、気絶してただけだろ。それにあの時は来栖のせいで埃だらけだったし」
「え〜、私のせいなの? じゃ、今度果穂ちゃんと一緒にシャワー浴びよ」
「そ、そうですか。いいですよ。(二人っきりで……うふふ)」
「来栖がみすみす果穂の毒牙にかかるのを見過ごす訳にはいかないな」
「誰が毒牙ですか。誰が」
「頼香ちゃんも一緒に入りたいんだよね。仲良く3人で入ろ」
「今回ばかりは喜んでそうさせてもらう」
「……頼香さんばっかりずるいです」
「ま、そう言う訳で俺たちこれからシャワー浴びるから、これでな」
「じゃあね。覗いちゃダメだよ」
「せっかく二人っきりだったのに……」

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