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 頼香達のマンションにも容赦なく夏の日差しが差し込んでくる。
 だが部屋にはクーラーが効いていて、外界のうだるような暑さとは別天地。
 3人娘が囲んでいるテーブルの上には「夏休みの友」やドリルが広がっている。
 中身が大人の頼香や果穂にとってはすぐに、そして計画的に終わらせるのは容易いのだ。
 だが、中身も小学生な来栖はと言うと、そうは行かないらしい。
 
「まだあるよ〜」
「まぁ文句言うな。今やっておけば終わり際に慌てる事ないからな」
「来栖さんは去年、ぎりぎりまで宿題してましたものね」

 来栖のペースに合わせて、お付き合いで鉛筆を進める頼香と果穂。
 去年の反省からか、来栖も今年は計画的に宿題を進めていくらしい。
 三人で宿題をすることで計画も守れるし、少しは楽しみながら出来るという訳だ。

「でもドリルとかはお盆前に終わりそうだろ」
「そうだね。あとは絵と自由研究だね」
「来栖さんは自由研究は何にするのですか?」
「う〜ん……どうしようかな……」

 腕組みをして考える来栖。
 さすがに自由研究は他の二人と一緒という訳にはいかないだろう。
 その辺は頼香と果穂も同じ。自由研究は大人にとっても難題だったりするのだ。

「あ、そうだ。司令からネタもらってあるんだ」
「司令って、TS9の?」

 連合のデータパッドを机の上に広げる頼香。
 画面を数回タッチして目的のデータを呼び出すと、来栖と果穂も覗き込む。

「はぁ? 何だよこれ」
「これって司令の趣味だよね……」
「司令官らしいと言えばらしいですけど……」

 データパッドに罪はないのだが、それを囲んでため息をつく3人だった。
 ちなみにその画面には……

『日東こども科学館で開催 ハムスター大研究展』
『サンシティ60ビルで開催 小動物奇想天外展』
『日東市・白鷺市ペットショップ案内(小動物)』

 連合の上級士官がどこからこんなローカルなデータを集めてくるのか、疑問に思ってしまう。
 確かに内容は小学生、しかも女子向きのイベントなので、十分自由研究のネタにはできるかと思う。
 だが次の画面には……

『JR浜松工場一般公開 新幹線の運転台を体験!』
『JR大井工場一般公開 101系試乗』
『リニア実験線 夏休み試乗会』

 3人は見向きもせず、データパッドの電源を切ったのであった。
 面白いのに……一部の人には……



らいか大作戦・番外編8

〜こころの中の蜃気楼〜

作:かわねぎ




 ある程度一段落したところで、休憩をする三人。
 冷たい麦茶に、よく冷やしたスイカ。
 三角形に切られたスイカに思い思いに手を伸ばす。
 
「ん、おいしいな」
「山形の尾花沢産だそうですよ」
「今度海に行ってスイカ割りしたいよね」
「スイカ割りした奴って、粉々になるからな。普通に食った方がいいぞ」
「頼香ちゃんがオーラブレードで上手く切れば大丈夫だよ」

 しゃくしゃくと美味しそうに食べていく頼香達。
 ほっぺにタネが付いてしまっているのはご愛敬だ。
 もちろん、もけとからめるもご相伴にあずかっている。
 プレラット星人にとっては自分の何十倍もある大きな果物なので、食べた事がないそうだ。

「みんなお盆はどうするんだ?」
「私はおばあちゃん家の田舎に行くよ」
「私も実家に戻ります。お墓参りもありますから」
「みんな予定ありか。俺はどうしようかな……」

 お盆の時期。帰省ラッシュで交通機関が混む時期だ。
 小学生の夏休みは長いのだが、親たちが休める時期となると、お盆前後になってしまう。
 家族で一緒で長期旅行となると、その時期位しかないのである。
 頼香も一人でマンションにいるのもつまらないので、実家に帰ろうかと計画している。
 少女の姿では祖父母の家には行けなくても、美香と一緒に家にいるだけでもいいかなと思っているのだ。

「来栖は田舎でいろいろ遊んでくるんだ」
「うん。楽しみ。絵の宿題もそこの景色を描くつもり」
「自然を満喫してきてくださいね」
「去年は森に行ったり、川に行ったりしたからね。それに盆踊りに花火に……」

 今年の期待と共に、楽しそうに去年の思い出を話す来栖。
 街に住んでいると、田舎が新鮮に感じる物らしい。
 その辺の感覚は頼香や果穂も同じで、子供の頃がそうだったな、とふり返ってもみる。

「ああ、あとアレもやったよ。今年もやるのかな」
「アレ?」
「夜のお寺での肝試し。頼香ちゃんもどう?」
「力いっぱい遠慮しとく」

 ちょっと意地悪そうな来栖の口調に、ぶんぶんと頭を振る頼香。
 元々そう言った話が嫌いな頼香をからかっているだけなのだが、当の頼香はというと、本気で嫌がっていたりもする。
 頼之としての子供の頃、嫌な目にあっていたのかもしれない。
 ちなみにオーラ能力が高い人間というのは、いわゆる霊能力が高いため、何かを「見えて」しまう事もあるらしい。
 頼香にとっては力いっぱい遠慮したい能力なのだろうけれど。

「大体、幽霊とかその類なんて作り話に決まってる」
「そりゃ、そうだけどね。でも夏だとそういう話がピッタリ来るんだよね」
「それに、お盆は亡くなった人の魂が帰ってくる日ですからね」
「果穂までそんな事言う……」
「頼香さんだってご先祖のお墓参りをしたり、お祈りしますよね。そう言った事を頭の片隅で信じているんですよ」

 元教師の口調で教え諭すように話す果穂。
 頼香だって普段は不信心とは言え、彼岸や盆には祖先に手を合わせるし、正月には初詣だってする。
 祖先の霊と怪談とは別というのは頭では分かっているものの、苦手な物は苦手なのだ。
「さて、そろそろ休憩を終わらせましょうか」
「え、もう?」
「そうだな。もうひと頑張りしようぜ」

 楽しくお喋りした後は、また宿題と格闘する三人。
 来栖も田舎で思いっきり羽を伸ばすために、今は頑張ろうと必死だ。
 頼香達も来栖に上手くペースを合わせてくれているので、あまり苦にならずに進んでいるようである。
 一時間半も過ぎた頃……

「ふわ〜、疲れたな〜」
「私も〜」
「ちょっと休憩入れましょうか」
「うん」

 果穂の提案に、途端に元気になる来栖。
 頼香の方はと言うと、どことなく疲れているようだ。

「10分位寝かせてくれ……ふぁ〜ぁ……昨日遅かったから……」

 そう言ってテーブルに伏せると、すぐに軽い寝息を立てているのだった。
 
「あれ、頼香ちゃん眠っちゃったよ」
「昨日『さんこう』で遅くまで仕事していたんですよ」
「頼香ちゃん大変だよね。学校は夏休みなのに連合の仕事があって」

 冷房で冷えないように、果穂がタオルケットをそっと頼香の肩にかける。
 それを見守る来栖。頼香のほっぺをつん、と突いてみる。
 弾力のある肌はローティーンの特権と言えよう。

「頼香ちゃんの寝顔って可愛いよね」
「本当ですね。ビデオに撮っておきたい位です。ところで来栖さんは何か飲み物はいかがですか?」

 果穂も頼香のほっぺを突いてから、来栖に尋ねる。
 さらりと自分の欲望を出している中にも、気配りは忘れない果穂だった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 TS9ラウンジ。通常シフトの勤務が終わる時間帯。
 仕事上がりの職員達でごった返していた。
 頼香も飲み物が載ったトレイを持って、その雑踏の中に立っていた。

「あれ、何でこんな所に……」

 頼香が疑問に思う間もなく、声がかかる。来栖だ。見れば果穂もいる。

「頼香ちゃん、こっちこっち」
「あ、ああ……」

 手を振る来栖を見つけ、同じテーブルに頼香も腰を下ろす。
 果穂も来栖も頼香の仕事が終わるのを待っていてくれたらしい。
 何か違和感を感じるのだが、いつもと変わらない一コマではあることも確かだ。

「待たせたか?」
「ちょっとね。でも果穂ちゃんと一緒だったから退屈しなかったよ」
「頼香さんもお疲れでしょう」

 まだ釈然としない頼香だったが、自分が選んだはずの飲み物を口にする。
 喉が渇いていたせいか、清涼感が気持ちいい。

「ふう、仕事上がりのジュースは美味しいな」
「頼香ちゃんもお仕事で大変だよね」
「まあな。でも土日は休みだし、結構楽させてもらってる方なんだけどな」
「連合の技研だったら、土日返上で働いてみたいですね」
「果穂ちゃんはそう言うの好きだもんね」

 気の置けない仲間とのお喋りというのは、体力的にはともかく気分的に安らぐものである。
 頼香も心の緊張を解きつつ、来栖や果穂との会話を楽しんでいた。
 だがふっと、視界の隅に「それ」を捉えた。
 慌ててそちらの方を振り向くが、「それ」は見あたらない。

「頼香さん、どうしました?」
「ん? あ、気のせいか……」

 見間違いだったかな、とラウンジ内を見回すと、「それ」は出口の所にいた。
 カクテルパーティー効果というものがあるが、視覚にも当てはまるのだろう。
 雑踏の中でも「自分」というのは目立つ物らしい。
 間違いない。「それ」は自分、頼香本人だ。

「ちょっと悪い。片づけといてくれ」
「頼香ちゃん!」

 慌ててテーブルを立ち上がり、出口に向かう頼香。
 急な頼香の行動に果穂や来栖はあっけに取られていたようだが、後で謝っておこう。
 今は「自分」を捕まえるのが先だ。
 混雑する人波をかき分けて、ラウンジを出ると、そこは見慣れた部屋だった。

「ここは……俺の家?」

 いつもすごしているマンションのリビング。
 ある意味、頼香の居場所。
 景色の変化に戸惑ってしまう頼香。足も止まっている。
 そして、いつも果穂が座っている場所には一人の少女が座っていた。
 この部屋には不釣り合いな、惑星連合の制服を着ている少女。

「俺……?」

 毎朝鏡の中で向かい合う自分の姿。そして感じ取られる自分と同じオーラ。
 だが、それが自分ではない事も直感的に分かった。
 同じオーラであっても、雰囲気が違うのだ。
 見た目にも決定的な違いは髪の色。
 相手は頼香とは違ってブロンドの髪をしている。
 そして向き合う少女が口を開く。

「頼之さん、やっと来てくれましたね」
「おまえ、まさか……そんなはず……」

 頼香の事を頼之だと知っている相手。自分ではない相手。
 心当たりはあるのだが、それは現実的ではない。
 だが、それしか考えられない。

「ライカ……」
「はい。ライカ・フレイクスです」

 頼香の半身とでも言おうか。身体を提供してくれた連合士官の少女だ。
 頼香自身、ライカには一度しか逢った事がない。
 それもイーターの犠牲になる、ほんのわずかの間だけ。
 だが、最も身近に感じる相手と言えるかもしれない。

「なぜ、ライカがここに?」
「私が頼之さんに会いたかったから……では納得しませんか?」
「大体ライカは……その……死んだはずだろ」
「はい……あの時、全てを頼之さんに託したんです」

 頼香の指摘にふっと寂しい顔になるライカ。
 瀕死の頼之とライカのどちらかを助けるために、進んで犠牲になったあの時。
 頼香がここにいるのもライカのお陰と言ってもいいのだ。

「ごめん……俺のために……」
「頼之さんが謝る事はありません。私が選んだ事ですから」
「そうは言ってもな……」
「ただ頼之さんが私になって、大変な思いをしていないか、心配なんです」

 その言葉通り、ちょっとだけ心配そうな表情になるライカ。
 保護欲をそそるようなその表情は、安心させてあげなきゃ、と頼香に思わせてしまう物だった。
 同時に頼香は自分自身、こんな可愛い表情ができる物なのかな、と思ってしまう。

「大変な思いって?」
「男の人が私の……女の子の姿になってしまって、何かと不便だったりしませんか?」
「まあ、最初は戸惑ったけどな……」

 頼香も自分の席に腰を下ろして、同じ顔の少女と向き合う。

「今はこの姿に慣れたかな。完璧に女の子かと聞かれると俺も自信がないけどな」
「言葉遣いはそのままなんですね」
「あ、これか。普段はいつもこうなんだ。女の子な話し方は俺もちょっと恥ずかしくてさ」

 苦笑混じりに答える頼香。
 確かに言葉遣いだけは頼之の時のままなのだ。
 何も知らない人が初めて頼香の話す言葉を聞いたら、違和感を覚える事だろう。

「もしかして、俺、ライカのイメージ崩しちゃったか?」
「いえ、構わないです。今は頼之さんが私なんですから」
「なあ、ライカ。頼みがあるんだけどさ」
「何でしょう、頼之さん」
「その『頼之さん』ってのやめて欲しいんだ」

 頼香の言葉に、え? といった表情のライカ。
 何か悪い事を頼香に言ってしまったのではないか、と心の中で身構えてしまう。

「俺は頼香として生きていこうと思っているし、なにより自分自身を『頼香』だって思ってるんだ」
「そうなんですか」
「だから俺の事は『頼香』って呼んで欲しい。ライカにしてみれば言いにくいかも知れないけどな」
「わかりました。ええと、頼香……さん」

 自分の名前を相手に対して呼びかけるのは戸惑う物があるのだろう。
 それでも自分として生きてくれている頼香の気持ちの現れだと思うと、ライカとしては嬉しいものだ。

「では頼香さん。今日は頼香さんと一緒に過ごさせてください」

 ライカの言葉が終わると共に、急に視界が明るくなってきた。
 頼香は思わずきつく目をつぶって、それに耐えようとした。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「頼香さん、どうしたんですか?」
「え、え? ここは……?」
「頼香ちゃん寝ぼけてる? もう準備体操始まっちゃうよ」

 気が付くと、そこはプールの女子更衣室だった。
 夏休み中、果穂や来栖といつも来ている学校のプール。
 ただいつもと違うのは、ライカも一緒にいること。
 先程の連合の制服と違って、今度は小学校の制服だ。
 水着を入れてあるビニールバックをいつの間にか手にしている。

「さ、頼香さんもライカさんも早く着替えてください」
「そういう果穂ちゃんも着替えなきゃ」

 頼香とライカの二人がいることを、誰も疑問に思っていないようだ。
 きょとんとした顔でライカの方を見ても、にこりと微笑むだけだった。
 ちなみに果穂の着替えが遅いのは……まあ、理由は置いておこう。
 セーラー服を脱いでいくライカ。少し遅れて頼香も着替えはじめる。
 服をたたみながら、ライカが頼香に小声で尋ねてくる。

「この二人が現地協力員なんですね」
「ああ。果穂と来栖。小学校のクラスメートだよ」
「クラスメートか……」

 羨ましそうに果穂と来栖を見るライカ。
 本当はライカが現地調査のために小学校に入るはずだったのである。
 そして任務遂行の中でも、学校の生徒達と仲良くなっていく。
 アカデミーでは同じ歳の友達と遊ぶ事が少なかったので、楽しみだったのだろう。

「あ、あの、頼香さん……」
「なんだ?」
「やっぱり、その、……裸、見ちゃいましたよね……」

 上着を脱いだところで、ちょっと顔を赤らめてライカは頼香に尋ねる。
 最初は何の事かな、と思う頼香だが、ライカの恥ずかしがっている表情を見て納得する。
 頼香の身体はライカの身体。
 ある意味、ライカの全てを頼香に見られてしまっているのである。
 いや、頼香ではなく、頼之にというべきか。

「頼之さんに……」
「そ、そりゃ自分の身体だから着替えとかお風呂とかで見ちゃうけど……べ、別に変な事はしなかったぞ。」

 消え入りそうなライカの声に、頼香は少し慌てた口調で応える。
 ライカの裸を見てしまったのは、頼香の身の上に起こった事を考える上では、致し方ない事だろう。
 なにせ頼香(頼之)にとっては自分の身体。
 頼香になってから、ずっとその身体に付き合ってきたのだ。

「そうですよね……ええ……」
「そうだけどさ……裸を見られるのが恥ずかしい、ってのは俺も分かるつもりだぜ。それに普通……」

 確かに女の子として男性に裸を見られるというのは、消えてしまいたいほど恥ずかしい物なのだろう。
 頼香自身も今はその気持ちはわかる。
 その原因の一つ……こちら二人の着替えをじっと見ていた果穂と目が合ったりもする。
 見なかった事にして話を続ける頼香。例外があると話がややこしくなりそうだ。

「……普通、女が女の裸を見て喜ぶわけ無いからな。俺も今は女のつもりだし」
「そうですか……あ、来栖さんと果穂さんはもう水着に着替え終わってますよ」
「ああ、俺たちも着替えないとな」

 着替えを終えて4人でプールサイドに出る頼香達。
 準備体操は二人一組のストレッチング。
 果穂と来栖がペアになり、こちらでは頼香とライカがペアになる。
 それぞれのペアが背中合わせになって腕を組んで、準備体操の開始だ。

「頼香さん、もう『ライカ』として慣れましたか?」
「ん……俺なりにな。小学生として、連合士官として、なにより女の子としてな」
「それを聞いて安心しました」
「俺は『戸増頼香』であると共に『ライカ・フレイクス』なんだ。ライカの志は継いでいるつもりだ」

 お互いを背負いながら、体をほぐしていく。
 相手の身体の柔らかさ……自分の身体の柔らかさを感じる二人。
 この感触を奪い取った、とまでは思わないにしても、頼香が享受している生活。
 本来ライカが受けて然るべき「幸せ」なのかもしれない。

「ライカ」
「はい?」
「今日は軍務を忘れて徹底的に遊ぼうぜ。少なくともライカにはその権利がある」
「優しいんですね、頼香さん」
「……自分にそう言われるのは照れるな」

 鼻の頭に手をやりながら、照れ隠しをする頼香。
 ライカはそんな頼香の手を引いて、プールに飛び込もうとする。
 頼香も遅れまいと、プールに飛び込んでいった。
 水しぶきが灼けたプールサイドを濡らす。

「頼香さんには今日一日付き合ってもらいますから」


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 ふと気が付くとまた別の場所にいた。
 涼しげなワンピースを着て、農家の縁側に腰掛けている頼香とライカ。
 お揃いの服を着た二人はまるで双子のようだ。

「頼香、それにライカちゃん。スイカ冷えたわよ」

 トレイにスイカを載せて、中学生位の少女が入ってくる。
 どこかで、いや、いつしか見た少女だ。

「み、美香姉?」
「何驚いてるのよ。置いておくね。ライカちゃんもゆっくりしていってね」

 頼香の記憶にあるその少女は、頼之が11歳だった頃の美香だった。
 今いるのは小学校時代に行った事のある、祖父母の家。
 どっしりとした木造の古い建物。
 確か数年前建て替えられたはずだ。

「頼香さん、ここは?」
「俺の……じいちゃんの家だ。しかも10年前……美香姉も子供だし……」
「いいところですね。今の方はお姉さんですか」
「ああ……今じゃそれなりの歳になってるけどな」

 そういえば、こんな情景があったと記憶が呼び起こされる。
 遠い日の夏の思い出。田舎で過ごした夏休み。
 そして尋ねてくる男の子がいたはず……

「よ、頼香にライカ。行くぞ」

 同じ年頃の少年が縁側にやってきて、竹竿を頼香に向かって放り投げる。
 片手でスイカを食べながら、片手で掴む。
 地元の小学校に通う少年。毎年一緒になって遊んでいた仲だ。

「待てよ。お前も食うか? 食ってから行こうぜ」
「スイカなんていつでも食えるよ。それよりこれ!」
「すげえ! どこで見つけたんだ?」

 少年が手にがっしりと掴んで持つのは、7センチはあろうかというオオクワガタだった。
 気持ちが少年の頃に戻っているのか、目を輝かせて縁側に飛び降りる頼香。
 一方でライカはあまり感心がないようだ。この辺は精神の男女差らしい。

「向こうの林。これほどじゃないけど他にもいたぜ。どうだ、行く気になったか?」
「ああ。ライカ、一緒に行こうぜ」

 ライカの手を引いて、駆け出す頼香。縁側に置いてあった麦わら帽子も忘れない。
 不承不承ながら、ライカも頼香に付いていく。
 舗装もされていない小径を手を繋いで駆けていく少女二人。
 他愛もないお喋りが林までの距離を感じさせないでくれる。
 麦わら帽子に止まったトンボが、二人に気が付かれないことがまるで不満かのように、すぐに飛び去ってしまった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「行かないんですか、頼香さん」
「ここは……」

 二人がたどり着いたのは、林の入口ではなかった。
 祖父母の村の鎮守の杜。その外れにある洞。
 普段はしめ縄を張って人を遠ざけているのだが、それがない。
 奥を見通せない闇が、ぽっかりと空いているのだった。

「行きますよ」
「あ、待て、ライカ!」

 足を止めている頼香の脇をすっと抜けて洞に入っていくライカ。
 それを止めようとする頼香だったが、ライカは闇の中にとけ込むように消えていく。

「なんでここなんだよ。よりによって……」

 頼香が足を踏み入れるのをためらう理由……
 それは、祖父母から聞かされた「祟り」の話があったから。
 そして、頼之達がイタズラで入ろうとした事があったから。
 なにより、怖かった記憶があるから。

『きゃぁぁぁ!』
「ら、ライカ!」

 奥から聞こえるライカの悲鳴。
 躊躇していた頼香もその声を聞いて、洞の中に駆け出す。
 他ならない「自分」のピンチだ。怖いなどと言っていられない。
 そしてなにより、あの日の二の舞だけはなりたくない。
 ライカの、頼之の転機となったあの日だけは……

「ライカ、大丈夫か?」

 そこでライカがオーラブレードを手に険しい表情をしていた。
 だいぶ動いたのか、肩で息をしている。

「はい、大丈夫です。ですけど……」
「囲まれたな。なんでこいつらがここに」

 頼香もスカートのポケットから携帯型オーラスティックを取り出して構えを取る。
 周りには不定形イーターが約20体。
 一人で相手にするには骨が折れそうな数だが、今はライカと頼香の二人だ。
 何とかなるだろう。

「はぁはぁ……6体は倒しました……シーリングカプセルは持ってますか?」
「くっ、戦闘服じゃないから持ってない。とりあえずこいつらを黙らせるのが先だ」
「はい。頼香さんはもうオーラ系武器は慣れましたか?」
「自慢じゃないが、今じゃ連合一の使い手と言ってもいい」
「それにこのオーラスティック。私のオーラ力を100%引き出してくれますね」
「果穂の自信作だからな」
「なら、行きましょうか」
「ああ」

 頼香は軽く念をこめてオーラブレードの刃を生じさせる。
 隣のライカの表情も凛とした物だ。
 11歳ではあるが、さすがは生粋の軍人と言ったところか。
 二人は目で合図しあうと、軽く頷いてイーターの群れに駆け出していった。

「「せええぃ!」」

 飛び出しつつ、オーラブレードを振るう頼香とライカ。
 ライカが大振りに一体のイーターを薙ぐと、オーラブレードを返す暇も与えずに次のイーターがライカに襲いかかる。
 だが、そこには頼香のオーラブレードの刃が待ちかまえていた。
 お互い生まれる隙をフォローし合えるので、気兼ねなく大振りな攻撃が出来る。
 一度も一緒に戦った事がないのに息がピッタリなのは、同じ身体を持つ者同士の為せる技か。
 一体、また一体、イーターを確実に屠っていく二人だった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 イーターの最後の一体にオーラブレードで斬りつけるライカ。
 トドメとばかりに頼香もオーラブレードを突き立てる。
 不定形のイーターは断末魔を上げる事もなく、わだかまる闇へと姿を崩していった。

「はぁはぁ……終わったな……」
「はぁはぁ……終わりましたね……」

 息も荒げに声を掛け合う頼香とライカ。
 二人とも背中合わせに床にぺたんと座り込んでいる。
 背中越しに相手の息づかいが感じられ、伝わる暖かさも心地よい。

「さすがですね、頼香さん」
「ライカもな。初めてライカの戦うところ見たよ。いや、二回目か」

 頼香が一度見たライカの戦いは頼之が巻き込まれたもの。
 それも邪魔してしまったから、実際にライカの戦いを見るのは初めてと言っていいだろう。

「はぁはぁ……さすがに疲れましたね……」
「はぁはぁ……22体は手に余るな……はぁはぁ……」

 無意識に手を差し伸べるライカとその手を握り締める頼香。
 お互いのオーラが流れ込んで、ある種の治癒効果をもたらしてくれる。
 二人とも段々と安らいだ表情になってくる。

「ふぅ……俺と同じ波長のオーラか」
「それはそうです。私が頼香さんでもあって……」
「俺がライカでもあるからか」

 来栖の治癒系オーラほどは効果はないのだが、自分と同じ波長のオーラ。
 最も心地よい物である事には間違いない。
 疲れのせいか、オーラの治癒効果のせいか、だんだんとまどろんでくる頼香。
 ライカの声が遠くに聞こえてくる。

「頼香さん」
「ん?」
「今度は私の所に来て頂けませんか」
「ああ、約束するよ……」


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 目を開ける頼香。
 いつしか机で伏せっていたようだ。
 隣では果穂と来栖がドリルを開いて宿題の続きをやっていた。
 自分だけ寝ている……そんなバツの悪い状況だったりもする。

「あ、あれ?」
「頼香ちゃん起きたみたい」
「だいぶ疲れてたようですね」

 瞬きを数度して、周りを見回す頼香。
 頼香達のマンション。見慣れた部屋だ。
 何気なく胸に手を当ててみると、まだドキドキしている。
 まるで本当にさっきまでオーラブレードを握って戦っていたようだ。

「夢……だったのか?」
「頼香ちゃんぐっすり寝てたから、起こすの悪いと思って」
「30分位眠ってましたよ」

 夢か……夢だよな。
 そう自分を納得させる頼香。果穂や来栖と確かに夏休みの宿題をしていたのだから。
 両手を思い切って伸ばして、身体に溜まった眠気を追い出す。
 自分も頑張らなくては来栖に示しが付かないな、とも思う。

「あれ、頼香ちゃん、白髪」
「え、嘘だろ?」

 来栖の指摘に驚いて、自分の髪をしげしげと見つめる頼香。
 11歳の若さで白髪という驚きもあるが、なにより髪の手入れは怠ったことはなかったはずだ。
 ポニーテイルをほどいて見ていると、確かに薄い色の髪の毛が一本混じっていた。

「色的に茶髪、いや金髪ですね、これ」
「金髪……ライカか……」

 抜いてしまおうかという来栖の提案を、やんわりと断る頼香。

「どうして抜かないの?」
「ん、ちょっとな」

 不思議がる来栖に、言葉を濁して曖昧な笑みを浮かべる頼香。
 来栖には自分の正体を隠しているので、ライカの夢……たぶん夢……を説明しても仕方がない。
 一本の金髪もそのままに、慣れた手つきで髪を束ねていく。
 頼香としてはライカと夢で出会った証なら、残しておきたいと思っていた。


(今度は私の所に来て頂けませんか)
(ああ、約束するよ……)


 夢の中のライカの言葉をふっと思い出す。
 もう一人の自分と交わした約束。
 お盆だからと言うわけでもないだろうが、確かにライカからのメッセージだったのだ。
 なら、生きている自分が出来る事は、それに応える事だろう。

「俺、お盆はテランに行ってみようかと思う」
「へ〜、いいなぁ。でも遠いんじゃないの? お盆は混むし」
「TS9経由で29時間ですね。でもいきなりどうしたんですか?」
「ん、一応俺の故郷って事になってるからな。里帰りだよ」

 実のところ、頼香はまだテラン星に行った事はない。
 もちろん果穂もそれを知っているから、頼香の言葉を疑問に思ったのだ。
 頼香の今の任務が終われば、否応なしにテランに行く事になるのだろう。
 だが、それとは別に、今、行ってみたい気がするのだ。
 ライカの故郷へ。

 「自分」に会いに……




あとがき

 うわ〜。お盆はとうの昔に過ぎてしまったぁ〜。ということで、ちょっと遅めの季節作品です。らいか大作戦で最も薄幸のキャラクター、ライカ・フレイクス(オリジナル)に敬意を表しての作品です。お盆という事で彼女に出てきてもらいました。物語のシーンが飛び飛びになっていますが、そこは夢の中の出来事と言う事で……  今度はしっかりとライカの活躍する作品を書いてみたいですね。



<おまけ>

「ふう、夏休みも終わった。楽しかったな」
「そうですね。しかも今回の休みは番外編の収録もありましたしね」
「俺もライカと共演できてよかったと思ってるよ」
「」


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