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頼香と果穂のマンション。
今日の放課後も例によって来栖も交えたお茶会。
ちなみに今日のお茶はローズヒップティー。ちょっと酸っぱい。
その席で、口紅サイズの筒状の物を3つ取り出す果穂。
「こんなの作ってみたんですけど」
「リップ?」
「……だよな」
一つずつ受け取って、キャップを取ったり、台座をねじったりしている来栖と頼香。
外見からすると、どう見てもリップスティックだ。
これなら頼香達の年頃の娘でも持っていても不思議はない。
果穂も一つ手に取り、念をこめるとオーラブレードが形成される。
「実は携帯用オーラスティックなんですよ」
「あら、ほんとだ」
「普段着の時は鉛筆や物差しで代用してましたけど、これなら頼香さんも満足するはずですよ」
頼香もブレードを展開してみる。ブースター無しのオーラスティックと同等。強度は十分のようだ。
オーラコアの小型化を果穂とからめるで進めていたらしい。
「でも補助的に使う物だろ」
「ですけど、威力は通常の物と変わりませんよ。護身用にもなりますし」
「おいおい、人に向けて使うなよ」
ちょっとあきれる頼香に果穂が続ける。
「人を刺しても死にやしません。衰弱するだけです」
「果穂ちゃん、怖い事さらっと言うね」
「だって乙女の純潔は変な方々の命より重いんですから」
「お前が言うか……」
果穂がこの体になる前は「変な方々」のカテゴリに十分入っていたのではないかと頼香は思う。
オーラブレードを振り回しながらお茶を飲むという、ある種シュールな光景が繰り広げられている中、チャイムが鳴り響く。
『ピンポ〜ン♪』
頼香がインターホンに手を伸ばす。
「はいはい」
『げっし通運のハムスター便で〜す』
頼香が玄関口に出てみると、段ボール一つ抱えた配達員が玄関前に立っていた。
「庄司果穂様にお荷物です」
「あ、ご苦労様」
持ってみるとそんなに重くない。「品名:衣類・時間指定15時」だそうだ。
「それじゃ、サインかハンコを」
「はいはい」
伝票にちょいちょいとサインする頼香。
「果穂、親父さんからまた荷物だぞ」
「今度はなんでしょう」
テーブルの上を少しどかして、段ボールを開ける。
例によって果穂の衣服と生のDVテープが入っていた。
果穂が着ている姿を撮影して送って来いという意味なのだろうが、果穂は頼香にもその衣装を着せて楽しんでいた。
要は頼香がとばっちりを受けているのである。
頼香が半分引きつった顔で果穂に尋ねる。
「今度は何だ? この前はピンクハウスばりのひらひらだったからな」
当然、それも頼香に着せてビデオを撮った。
「これは……浴衣、ですね」
入っていた浴衣を広げる果穂。青地で裾に小さい華の模様入り。なかなか可愛い物である。
箱の底には一枚のパンフレットが入っていた。「祢峰神社祭礼」と書いてある。日付は明後日だ。
「着付けできる訳ないでしょう。却下です」
「親父さん、泣くぞ」
「浴衣も転送装着できるといいのにね」
来栖の言葉にあるアイディアが閃く果穂。
「その手がありますね。それなら、みんなで浴衣着てこのお祭り行きませんか」
「私達も浴衣着れるんだ。うん、いいよね、頼香ちゃん」
「はいはい。反対してもどうせ多数決で決まりだろ」
「それじゃ、二人の浴衣はレプリケーターで作っておきますね」
「あれ、果穂ちゃん、いつものように縫い物しないの?」
「和裁はパスです」



らいか大作戦10

作:かわねぎ
画:MONDO様



明後日の夜、祢峰神社。
ここは市内のほど近い所にある神社だ。
頼香、果穂、祐樹が来栖を待っていた。
ついでに言うなら、宇宙ハムスターならぬプレラット星人のもけとからめるも一緒。
ちなみに保護者同伴でないと8時までには帰るように学校から指導されているので、祐樹が保護者役を負わされている。
来栖が来るまでの暇つぶしに、からめるは果穂の肩の上で神社建立の碑を読んでいた。
「何々? 古の祟り神を鎮めるために建立された神社で、祟り神は姫……コケで読めないや」
頼香も肩にもけを乗せている。こちらはおとなしく、くしくしと毛づくろいだ。
やがて、来栖が石段を駆けて来た。
「ごめん、待った?」
「いえ、そんなには」
祭りでにぎわう門前と違い、ここは人気も少ない。
頼香達は普段着でここまで来た。果穂がまわりに人気がないのを確かめて、胸の通信バッチを叩く。
「それでは、浴衣に着替えましょうか」
「「「転送装着!」」」
3人のかけ声と共に光に包まれ、光が収まった後には浴衣姿となっていた。
いちいち帯を締める必要がないので、和服を着るには便利である。手には巾着も持っている。
「へぇ、これが果穂達の国の民族衣装か」
「似合ってまちゅよ」
頼香と果穂の肩の上で頼香達を寸評するからめるともけ。
自分の浴衣姿に喜ぶ来栖。袖をつまんでくるりと回ってみたりする。
「これなら着付けも心配ないね」
「帯の結びって分かりませんからね。解かないでくださいよ」
「普通、帯が解けることってないよね」
「よくあるじゃないですか。くるくる〜って」
「時代劇じゃないんだから」
軽くため息をつく来栖。一方、頼香は足元を気にしている。
慣れない草履の上、裾がまとわりつく。自然と歩幅が小さくなる。
「歩きにくいな、これ」
「ゆっくり行きましょう。祭りもこれからですし」
そう言いながら、頼香と来栖の浴衣姿をビデオに収める果穂。
「例によってまたビデオか……」
毎度の事ながらあきれ顔の頼香と無邪気にVサインを出していたりする来栖。
「果穂ちゃん、ビデオもいいけど、お祭りも楽しもうよ」
「ええ。それじゃ、行きましょうか」
相変わらずビデオを撮影しながら答える果穂。
「さ、行こうぜ」
頼香も祐樹の手を取って石段を下り始めた。

祭りの楽しみは祭礼そのものではなく、あくまで出店。そういう考えの人も多いはずだ。
頼香達4人も御多分に洩れず、出店を冷やかしては楽しんでいた。
一行は金魚すくいの出店を覗いていた。何度か挑戦しては失敗する来栖。
「あーん、また紙破れちゃったよ」
「ははは。下手だな、来栖は」
「うー。じゃ、頼香ちゃんやってみてよ」
金魚すくいのポイを片手にふくれる来栖。
頼香も来栖の脇にしゃがみ、袖をまくって金魚すくいに挑戦する。
果穂のビデオが頼香の手元を撮っている。
「よし。どれ取る?」
「あの黒い子」
一度ポイを濡らし、来栖の指さした金魚に狙いを付ける。
斜めからすっと狙いの金魚を手早くすくっていく。
「ほれ」
「へ〜、うまいね」
結局、赤黒合わせて4匹すくった所で紙が破れた。
「まあまあかな」
「上手ですね」
得意満面に果穂のビデオに金魚の入ったビニール袋を示す頼香だった。
こうなると精神年齢は高いはずなのに、はしゃぎようは来栖と一緒だ。
頼香にとっては周りに邪魔者はいるが祐樹と久しぶりのデートなので楽しい。
果穂にとっては浴衣の少女という良い被写体がいるので、これも楽しんでいる。

わたあめを4人で分けながら門前を歩いていく。
頼香もわたあめなんて子供の頃以来食べていないので久しぶりだ。
わたあめの袋はサ●リオのキャラクターとか戦隊物とかがあったが、選んだのは魔法少女物の「みらくる☆ティンクル」だったりする。
子供は袋の柄で指名買いをするが、どうせ中身に違いはないのだが。
袋は果穂が持って帰るそうだ。
果穂もビデオ撮影の手を休めて、わたあめに手を伸ばす。
そんな果穂達に声がかかる。
「果穂、やっと来たか」
「お、お父さん?」
ビデオカメラを構えた壮年の男性が立っていた。果穂の父親の庄司紳二だった。
ちなみに、今日の祭りのパンフレットを荷物に入れてきたのもこの人。
「8時以降は保護者同伴でないとダメなんだろ」
「……最初から狙ってましたね。ビデオまで持ち出して……」
「愛娘の浴衣姿、そうある事じゃなし。お前が友達のビデオ撮って、私が娘のビデオを撮らないって法はないだろう」
「娘って……確かに今はそうですけど……最初からそんな法律ありません!」
軽くこめかみを押さえる果穂。頼香にしてみれば、この子にしてこの親ありといったところだが。
自分の事は棚に上げ、紳二に文句をたれる果穂。
だが、カメラを向けられるとあからさまにポーズは取らないものの、目線がカメラを向いていて、自然な感じでフレームインしている。
果穂も決して嫌がっているわけではない。傍から見ていても微笑ましい物だ。
「まあまあ。これでも食べて機嫌を直しなさい。な?」
そう言いながら果穂にたこ焼きのパックを渡す紳二。
「まったく……頼香さん、食べます?」
頼香が祐樹に目配せをしてから、果穂の勧めを断る。
「いや。すいません、この子……来栖もお願いしていいですか」
「え? 頼香ちゃんどこ行くの?」
来栖にそっと耳打ちする果穂。来栖も小声で答える。
「来栖さん、邪魔しちゃダメですよ」
「そっか」
たこ焼きを別に一パック頼香達に渡す紳二。
「それじゃ、これ二人で食べるといい」
頼香達は礼を言って、その場を離れた。
「彼氏のいる人はいいね」
来栖の言葉に少し驚く紳二。子供と大人のカップルだから驚くのも無理はない。
「大分歳が離れてるのに、最近の娘は」
そう言って、まじまじと果穂の顔を見る紳二。
「な、なんですか」
「果穂には悪い虫は付いてないだろうな。父さんは許さんからな」
本気で心配する紳二に少々あきれ顔の果穂。
「いませんから安心してください。お父さんてば」


門前から境内に入ると、人気も少なく、祭りの賑わいも遠く聞こえるだけになってくる。
祐樹にそっと身を寄せて歩く頼香。いつもより小さい歩幅に祐樹が合わせている。
歩きながらたこ焼きを頬張る二人。
「いいのかい? みんなと離れて」
「久しぶりに二人になるのもいいだろ。来栖達とはいつも遊んでるしな」
「はい、頼香。最後の一個」
「あーん」
頼香は祐樹から差し出された楊枝にかぶりつく。
自分で取って食べるよりも美味しく感じるのはなぜだろうか。
「その浴衣って言うのかい? 似合ってるね」
「なんだよいきなり。ま、褒めてくれてありがとな」
「いつもと違った感じで、新鮮だね」
「そうか? 俺もそんなに着る機会はないからな。浴衣なんて」
歩きにくい足元に気を付けながら歩いていく頼香。
ふと空を仰ぎ見る祐樹。つられて頼香も空を見る。
星の輝きがそれほど多くないのは、街の灯りのせいだろう。
「地上から見ると、星は少ないんだな」
「そうだね。この街は明るいからね。テラン星系なんて……見えるはずないね」
テラン星は祐樹とライカの出身星。連合の本部もある。
「テラン……ゆーきはそのうちテランに戻るのか?」
「僕は今回の事件の共謀者だからね。戻ると捕まる」
「それじゃ、地球にずっといるつもりなのか」
「そうもいかない。頼香の立場は僕も捕まえなくちゃならないんだよ」
「でも、でも出来ない」
「君だって軍人だよ。君のキャリアのためならそうしなくちゃならない」
「キャリアなんて……」
「それにこれが終わればまた別な任務だろうね」
頼香は体の提供者、ライカ・フレイクスのふりをしているだけなので、連合士官としてのキャリアには興味がない。
しかし、連合士官として振る舞っている以上、艦隊司令部からの任務には従わなくてはならない。
それは祐樹を捕らえるにしてもそうでないにしても、祐樹と離ればなれになる事を意味している。
「俺はゆーきとは離れたくない……」
祐樹に抱きつこうと思った頼香だが、浴衣の裾を踏んでしまい、転びそうになる。
「わっ」
すんでの所を抱きとめる祐樹。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがと」
「テランで正直に罪に服すさ。それまでには頼香も大人になるしね」
「ゆーき……」
「それまで待っててくれるかい」
「……ああ……急がないって言ったもんな、俺……」
そう言って見つめ合う二人。
頼香はある期待を込めて、そっと目を瞑る。
胸の鼓動が大きくなるのが聞かれてしまわないか、少し心配になる。
その心配は祐樹が期待に応えてくれた事で、かき消されてしまった。
唇に生まれた暖かい感覚。永遠とも思える一瞬。
少女として受けた口づけがこんなに心地よい物だとは思っていなかった。
「ん……」
やがて口づけが終わっても、体を祐樹に預け、余韻に浸っている頼香。
その表情はまぎれもなく年相応の少女の物だった。


祭りの賑わいもまだまだ続いている。
果穂と来栖も十分楽しんでいた。
そんな二人をビデオに収めている紳二も楽しんでいた。
彼の心の内が「うちの果穂の方が可愛い。来栖ちゃんは引き立て役に」だったことは果穂にも分からない。親馬鹿モード全開だ。
「それじゃ、そろそろ帰りましょうか」
「頼香ちゃん達と合流しなきゃね」
「……」
来栖の肩の上のもけとからめるは紳二の目の前と言う事もあり、喋らないでいる。
プレラット星人も地球のお祭りをそれなりに楽しんでいたようだ。
ビデオを鞄にしまいながら、紳二が果穂に尋ねる。
「果穂、今日はうちに泊まらないか」
「え? ええ。いいですよ。それなら一言頼香さんに断っておきますから」
果穂は少し戸惑ったが、了解した。たまには実家に帰るのも親孝行だろう。
「頼香ちゃん達、境内かな」
「行ってみましょうか」

ほとんど人気のない境内で向き合っている頼香と祐樹。
「何か、力抜けちゃったな」
少女としてのファーストキスの体験がそうさせたのか、軽い脱力感を覚える頼香。
照れ隠しに巾着で祐樹を軽く小突く。
「乙女の唇を奪った罪は重いからな」
「はいはい。一生かけて償いますって」
頭を軽く掻きながら答える祐樹だが、なにか呼吸が荒い。
それには気づかず、巾着の中から通信バッチを手探りで探す頼香。
「さて、連中を呼び出すか」
祐樹は口数が少なくなってきたかと思うと、急に両手で自分を抱くような格好でうずくまった。
「おい、ゆーき、どうした?」
「うううぅ……」
痛みなのか苦しみに耐えているのか、口からうめき声が漏れる。
近づこうとする頼香を手で遮る祐樹。
「来るな……頼香……」
頼香はそれでも近づいて祐樹を支えようとする。
その刹那、強い脱力感が頼香を襲った。
見ると、祐樹の右腕から棘状の触手が伸び、頼香の左肩を貫いている。
「ぐっ……ゆー……き……?」
祐樹は空いている左手で右腕を押さえようとするが、思うようにならない。
頼香は無我夢中で携帯型オーラスティックに気力を込め、オーラブレードを生成する。
頼香はオーラブレードで触手だけを薙ぐつもりだ。
だが、新たな触手が頼香の左腕に絡みつく。
「なら、大元を!」
頼香は祐樹の右肩にブレードの狙いを定めた。
万一、オーラブレードを人間に対して使っても少々衰弱させる程度で済むはずだ。
「ゆーき、ごめん」
そう言って、頼香は祐樹の右肩に深くブレードを斬りつけた。
祐樹は左手で右肩を押さえ、苦痛の表情を浮かべて倒れ込んだ。祐樹からの触手も全て消えている。
頼香も全身の力が抜けた様子で、その場に膝をつく。
「……」
そこへ果穂達がやってきた。果穂達が見たものは、オーラブレードを手にした頼香と倒れている祐樹だった。
二人に駆け寄る来栖。
「頼香ちゃん、ゆーき先生、どうしたの!」
「来栖か……ゆーきを……刺し……」
肩の上から頼香の体にもけが飛び移り、容態を見る。
「頼香ちゃんはオーラ損失でちゅね。イーターの攻撃を受けたみたいでちゅ」
来栖が治癒能力のあるオーラを両手の間に展開し、頼香の体に注ぎ込む。
「頼香ちゃん、話は後でじっくり聞くから、今は喋らないでね」
来栖は頼香の応急処置をしながら、今度は祐樹の身体の上に飛び移ったもけに話しかける。
「もけちゃん、ゆーき先生も?」
「その逆でちゅ。オーラの損失どころか、過剰になってまちゅね」
「どういう事?」
「詳しくは検査してみないとわかんないでちゅ。とにかく『さんこう』に転送でちゅね」
倒れている祐樹の上体を起こしながら、果穂が紳二にすまなそうに告げる。
「ごめんなさい、お父さん。今晩は泊まれそうにありません」
「わかってる。二人の手当だな。残念だが、また今度だ」
「はい、近いうちに泊まりに行きますから」
紳二はしげしげともけとからめるを交互に見比べる。
「ところで、そのハムスター。今、喋ってなかったか?」
「え、き、気のせいですよ。それじゃ、お父さん、失礼しますね」
誤魔化すのも早々に、果穂達は転送で「さんこう」に戻った。


地球衛星軌道上。宇宙艦「U.S.S.さんこう」医療室。
もけの指示で祐樹に手当を施していく来栖。
頼香は来栖の初期治療のおかげか、大分回復している。
果穂に支えてもらい、体を起こす。
「頼香さん、無理はしないでくださいね」
「ああ。力が抜けた感じがするけど、俺はもう大丈夫。それより、ゆーきはどうだ?」
「祐樹しゃん、容態は安定したんでちゅけど、どうも疑問が残るでちゅね」
プレラット星人は表情が表に出にくいのだが、深刻そうな雰囲気を漂わせている。
祐樹の治療を済ませた来栖が誰とは無しに尋ねる。
「ねえ、オーラブレードを人に使っても、気絶する程度だって果穂ちゃん言ってたよね」
「人間なら……でちゅ」
「じゃあ、なんでゆーき先生はこんなに傷を負ってるの?」
「それは……」
来栖の当然の疑問に言い淀むもけ。頼香の方を気遣っているようにも見える。
「もけ、言ってくれていい。予想は付いてる」
頼香の言葉に、気が進まないながらモニターのコンソールを操作するもけ。
表示されるDNAパターン図。そして、その構成因子。
「祐樹しゃんのDNA構造でちゅ。こっちは参考に同じテラン人の頼香ちゃんの構造でちゅ」
パターンは個人差による物を除けばほぼ一緒。ただ構成因子に大きな違いがあった。
もけが結論を言う。
「簡単に言うと、イーターのDNAが上書きされてるでちゅね」
「ということは、ゆーきさんは……」
「イーターの融合体ってことになりまちゅ」
オーラを吸収された事で予想はしていたが、もけの言葉にやはりショックを受ける頼香。
考えてみれば、祐樹はスピナー博士の助手。あの博士なら自分の助手まで実験台にする事は想像に難くない。
「最初に気づくべきだったんだ。最初に会ったときに」
「頼香さん……」
頼香を気遣い、そっと肩に手を添えてくれる果穂。頼香は果穂の手を取りつつ、もけに続きを促す。
「もけ、続けてくれ」
「でも、今まで一緒にいたのに、何で急に攻撃的になったの?」
「たぶん、はじめてオーラを取り込んだからでちゅね。それでイーターの本能が覚醒したんでちゅ」
「ゆーき先生が人を襲ったとか? イーターの触手で?」
来栖の推測を頼香がすぐに否定する。
本当は祐樹がイーター融合体である事も否定したいが、事実を提示されてはそれもかなわない。
「それはないはずだ。俺とずっと一緒にいたから」
「触手だけじゃないんでちゅ。経口摂取なんかの例もあるでちゅ」
「あ」
真っ赤になってうつむく頼香。
経口摂取。
確かに口づけを交わしたわけだが、それが引き金になったとは思いもよらなかった。
そのとき感じた脱力感はファーストキスの恥じらいだけではなかった訳だ。
「身に覚えがありそうでちゅね。詳しくは聞きまちぇんけど」
果穂と来栖の手前、もけはそう言ってくれたのでほっとする頼香。
だが小声でぶつぶつと「人間の求愛行動は……」とか言ってたので、お見通しのようである。
「俺のオーラだよ。原因は」
うつむきながら話す頼香。その口調はどことなくたどたどしい。
頼香のそばで心配そうな表情の果穂がもけに尋ねる。
「これから、ゆーきさん、どうなるんでしょうか」
「そうでちゅね。本人がコントロールできれば問題ないんでちゅけど。様子を見る事しかできないでちゅね」
「ゆーきさんの身近でオーラ値が高いのは頼香さんですよね」
「そう言う意味では、祐樹しゃんを苦しめてるのは頼香ちゃんなんでちゅ」
もけの言葉に声を荒げる頼香。
「俺のせい? じゃあ、ゆーきと顔合わせなきゃいいのか! そばにいなきゃいいのか!」
もけにつかみかかろうとするが、果穂が無言で首を横に振り、頼香を制した。
「……もけ、ごめん。お前に当たっても仕方ないな」
「今は見守ってくだちゃい。祐樹しゃんが自分で慣れてくれば大丈夫でちゅ」
「そうだな……」
力無く答える頼香。
果穂と来栖は祐樹だけではなく、そんな頼香の事も心配だった。


地球衛星軌道上。小型調査艦「フォス」艦内。
ラボでスピナー博士がシェンナの体を調べていた。
頼香達が回収したイーターを全て体内に同化したので、その影響についての調査だ。
自分の髪をかき上げながら、モニターを見つめるスピナー。難しい表情をしている。
「最強のイーターとしての感想を聞かせてもらいたいものだな」
「いい気分ですよ。力がみなぎってくる」
「これ以上の同化はやめた方がいい」
「なぜです。同族の同化によって自分の力は強くなる。限度はないはずですよ」
コンソールを叩いて、モニターに表示を出すスピナー。
「だが、素粒子の許容量をオーバーしてしまう。お前自身の体も危ない」
「それなら体の方を変えるまで」
「もっとも、これ以上イーターがいるわけではないがな」
スピナーの言うとおり、回収したイーターは殆どシェンナに同化していた。
頼香達の所にキャメルが封印されているが、封印される前に構成素粒子を放出していたので、重要度は低い。
「次の作戦も簡単に出来そうだな」
「もはやこの星には用がないのでは?」
「それがな……」
腕を組んで黙り込むスピナー。愁いを含んだ表情になる。
シェンナにとってもそんな表情を見るのは珍しい。
「いや、何でもない」
黙ってコンソールを叩いていくスピナー。そして、そっとつぶやく。
「ユキ……自分でケリを付けなくてはな……」


数日後。
祐樹も回復して、オーラの強い人間、要は頼香のそばでもイーターの本能を抑える事に慣れつつあった。
そして今日は、先日迷惑をかけたと言う事で、祐樹の誘いでみんなで夕食を食べに出かけていた。
「ゆーき先生、ご馳走様」
「ゆーき、美味しかったよ」
今はその帰り道。別方向の来栖をみんなで家まで送っていく途中だ。
ちなみに3人娘はいつもよりちょっとよそ行きの格好だ。
果穂が何気なく頼香の隣を歩く祐樹に尋ねる。
「もう、頼香さんのそばでも大丈夫なんですか?」
「うん。頼香のおかげで自分をコントロールできるようになってきたからね」
祐樹のコントロール訓練に頼香もつき合ってきたのだが、その内容は来栖達には話してくれない。
頼香は顔を赤くして誤魔化していたが、もけによると「少量のオーラ摂取訓練」との事である。
もけもその方法までは説明しなかったようだ。それはさておき。
「だから、俺がこんな事しても大丈夫」
そういって、祐樹の腕に抱きつく頼香。
本来ならキスまでしないと訓練の効果が分からないものなのだが、頼香もさすがにそこまでやる勇気はない。
そんな姿を見てちょっとあきれる来栖。果穂もそんな二人を微笑んで見ていた。
「はいはい。ご馳走様」
「ふふふ。相変わらず仲いいんですね。二人とも」
祐樹にまとわりつきながらも、頼香達は児童公園まで来ていた。そのまま公園を抜けていく。
来栖の家は公園を抜けた先で、頼香達マンション組には寄り道になってしまう。
遠回りになるが、夜道の女の子の一人歩きは危ないので、来栖を送っていくわけだ。
ちなみにこの児童公園もあまり灯りはなく、ちょっと薄暗い状態だ。
「なんで街灯少ないのかなぁ。前に事件があったのにね」
来栖が一人つぶやく。来栖の言うとおり、数ヶ月前、ここで二件の行方不明事件があった。
そのせいで近所の自治会からも防犯上、市に陳情しているのだが、対応は遅いようだ。
その二名の行方不明者が今では目の前の女の子になっている事は、来栖には夢にも思わないだろう。
「そうだな。こう薄暗いと変な奴が……」
「……出るようですね」
人の気配を感じて、スカートのポケットから携帯型オーラスティックを取り出す頼香と果穂。
さっと散らばり、周囲を警戒する。滑り台を背に周りを見渡すが、人影はない。
その時、上の方から声がかかる。
「連合士官さん、待っていましたよ」
頼香と果穂が仰ぎ見ると、滑り台の上で腕を組み立っているシェンナの姿。
姿を認めてもらうのを待ってか、ややあって地面にふわりと降り立つ。
そうして、オーラスティックを構える頼香達と対峙した。
簡易スティックにオーラブレードを展開する頼香と果穂。
来栖は祐樹をかばうように、オーラバリヤーのドームを作りだしていた。
その対応に苦笑するシェンナ。余裕の笑みを絶やさない。
「お嬢さん方に、お願いがあって来たのですがね」
「お願いだと?」
「そう、そちらのユウキさんを渡してもらいたいのです」
視線を来栖の後ろに控える祐樹に向ける。
その申し出を当然了承する頼香ではない。
「そう言われて渡す事が出来ると思うか」
「思いません。無駄な争いが避けられればそれに越した事はないのですが」
「ゆーきは渡さない」
「やはり実力行使しかありませんか」
「勝手にさせない。転送装着!」
シェンナが攻撃してくる前に戦闘服を装着する頼香。
手にしたオーラスティックに強化したオーラブレードを展開してシェンナの動きを待った。

攻撃してくると思われたシェンナは、ふっと空に浮かび上がる。
接近戦の得意な頼香にとってはそのような動きを取られると手が出せない。
いつ攻撃されてもいいように、応戦体勢だけは崩さない。
その脇でシェンナにオーラフェイザーを撃つ果穂だが、フェイザーの軌跡はシェンナの手前で大きく逸れる。
「無駄ですよ」
嘲笑混じりのシェンナの声が頭上から響く。
果穂は冷静につぶやく。
「確認したまでです。やはり接近戦しかないですか」
「こちらから行きますよ」
シェンナがそう言って、頼香に向かって急降下する。
攻撃に降下のスピードも加えようという魂胆らしい。
頼香はオーラブレードの出力を上げて応戦しようとする。
頼香のブレードが届くかという刹那、シェンナが進む向きを大きく変える。
その先には来栖が張ったオーラバリアーがある。
「本命はゆーきか! 来栖!」
頼香の叫びに、来栖もオーラブレードを構える。
「ゆーき先生は渡さないんだから」
シェンナは飛行するスピードに乗せて、オーラバリアーを突破する。
バリアーで多少の抵抗はあるものの、そのまま来栖に体当たりをかける。
「くぅぅ……」
来栖はオーラブレードで受け止めようとするが、勢いを殺せず、そのまま弾かれてしまった。
あとは無防備な祐樹のそばまで障害はない。その脇に降り立つシェンナ。
「さて、無用な抵抗はやめてもらおうか」
「博士が差し向けたんだね」
「それもある。私もあなたに興味があるんでね。一緒に来てもらいます」
「断れば?」
「イーターと人間の間で苦しむあなたを救えるのが、博士だとしたら?」
今の自分を見透かしたようにも思えるシェンナの話に戸惑いを生じさせる祐樹。
だが、シェンナは祐樹に考える余裕は与えなかった。
「どのみち、あなたに選択の余地はない」
そう言って、腕に祐樹を抱きかかえるようにして飛び上がろうとする。
「離せ。もう僕は苦しんではいない」
「私もあなたに興味あると言ったはずですよ。ユキさん」

ゆっくりと地面を離れるシェンナ達を歯噛みして見つめる頼香と果穂。
「ゆーき!」
「転送で逃げないのなら、まだ手はあります」
胸の通信バッチを叩いて『さんこう』を呼び出す果穂。
「もけさん、新オーラスティック、転送してくだい」
『果穂、あれはまだテストが済んでない』
「いいから転送してください。テストは今します」
程なく果穂の手にオーラスティックが転送される。それを頼香に手渡す。
「頼香さん、高い所は苦手ですか?」
「いや、大丈夫だけど」
「なら、頼香さんにも飛んでもらいます」
「へ? どうやって?」
突然の果穂の言葉に当惑する頼香。果穂は新スティックをちょいちょいと操作する。
「重力制御装置付きオーラスティック。こんな事もあろうかと、密かに作っておきました」
「これで飛べるわけか」
果穂から受け取った新オーラスティックをしげしげと眺める頼香。
形は今での物と変わりはない。少し重くなった程度か。
「大きな羽根とかはないんだな」
「羽根なんて飾りです。偉い人にはそれが分からないんです」
偉い人って誰だ、と思ったが、口には出さない頼香。スティックを操作して、長く伸ばす。
「俺が使いこなせるか、だな」
そう言って、スティックにまたがり、軽く浮上する頼香。
「頼香さんなら出来ますよ」
「よし、ゆーき、今行く!」
頼香もシェンナを追って空に浮かび上がった。
戦闘服のデザインにマッチしたその姿は、魔法少女そのものであった。

果穂が来栖に近づき、抱え起こす。
「来栖さん、大丈夫ですか」
「ごめん、果穂ちゃん。ゆーき先生連れてかれちゃった」
「頼香さんが追ってますよ。ほら」
果穂が飛び上がっていく頼香を指さす。
その姿を目で追っていた来栖が果穂に素朴な疑問をぶつける。
「空飛ぶ靴でも良かったんじゃないの」
「やっぱり杖とか箒とかで飛ぶのはお約束ですから」
そんな果穂のこだわりがあったのか、重力制御システムはあえてスティックに装備したようだ。
それに加えて、またがって飛ぶ事で安定性があるという技術的な一面もあるようだ。
そのせいである欠陥があるのだが、それはまた後の話。
「それに靴型だとスカートの中、見えちゃいますよ」
「それだとやだな。戦闘服をスパッツにすればいいんじゃない?」
「デザイン上、それは嫌です」
その辺は果穂の趣味丸出しである。
果穂に言わせれば戦闘服のスカートが短いのは「合理的かつ実用的な理由がある」とのことだが、果たしてどうだか。


祐樹を抱えて浮遊するシェンナを追う頼香。
新オーラスティックは思い通りに飛ぶ事が出来る。スピードもなかなかの物だ。
果穂に感謝しつつも、心は祐樹を取り戻す事で一杯である。
頼香がシェンナに追いつくのも時間の問題。
シェンナの方は祐樹を抱えているので、飛行速度が遅いので、不利なのである。
「追いつかれてしまいますね」
「シェンナ、ゆーきは返してもらうぞ」
「頼香……」
自分の方が不利なのを瞬時に悟ったシェンナは触手を生じさせ、祐樹の首筋に食い込ませる。
「何をする気だ」
「楽にして差し上げますよ、ユキさん」
そう言って、祐樹を同化するシェンナ。
そのプロセスが終わると、祐樹はシェンナの腕の中で力が抜けたようだった。
同化を終えたシェンナもどこか苦しそうだ。
「博士の言うとおり、許容量オーバーですか。だが!」
大きく体が震えたかと思うと、背中から、一対の羽根が生まれ、体を覆うように広がっていく。
「これは余剰の素粒子ですか。なるほど、これはいい」
翼を広げるシェンナ。その姿は天使のようでもある。
追いついた頼香がその姿に驚きの表情を隠せない。
「シェンナ、その翼?」
「ユウキさんの力を戴きましたよ」
「ゆーきに何をした!」
「苦しめていたイーターの要素を取り除いてあげたんですよ。感謝して欲しい物ですね」
「感謝だと! ゆーきを返せ」
気色張る頼香にシェンナは冷たい口調で言い放つ。
「もはや、出涸らしのこの体には用はありませんよ。ほら」
無造作に手を離すシェンナ。当然腕の中の祐樹は落ちていく。
「何て事を!」
眼下に広がる夜景。そこへ落ちていく祐樹を追って、急降下していく頼香。
シェンナは頼香が離れるのを待って、新たに得た翼を広げ、夜の闇に消えていった。
「残るは博士、あなたです……」


地球衛星軌道上。小型調査艦「フォス」。
スピナーがモニターで一部始終を見ていた。
「シェンナめ、勝手にユキを」
シェンナが地上に転送降下した事を気づいたときには、すでに祐樹を捕らえた後であった。
頼香との空中戦ともなると、スピナーにも手を出せない。
「ユキはお嬢さんが何とかしてくれる事を祈ろう」
モニターから目を離さず、祐樹の姿を追っている。
シェンナが転送で戻ってくる気配はない。
「より強力になったシェンナか。もはや御せないな」
椅子に深く身を預けるスピナー。
「だが、ある意味、成功したとも言えるな。新しい種としてのイーター、UX-485は」


祐樹を追って地表へ向けて加速する頼香。
地面との距離が少なく、落下速度も大きいので、スティックから警告音が鳴り響く。
「ええい、うるさい!」
警告音を無視して、加速を続ける頼香。
なんとか祐樹を受け止め、ブレーキをかける。
だが重さが二人分になったためか重力制御にも負荷が余計にかかり、落下速度はなかなか落ちない。
「ダメか。ここまで来て」
地表が目前に迫ったその時、頼香達は光に包まれた。
頼香は地面に激突する衝撃に耐えるため、いや耐えられないとしても、目をきつく瞑ってその瞬間を待ちかまえていた。
だが感じたのは、お尻に軽い衝撃。恐る恐る目を開ける頼香。
「あれ?」
見ると、「U.S.S.さんこう」の転送室の床の上に座り込んでいた。
ぎりぎりの所で転送したらしい。
頼香の通信バッチに目標を定めていたため、祐樹を助けてからでないと転送できなかったようだ。
コンソールの前で果穂が額の汗をぬぐいながら、安堵のため息をついている。
「ふう、間に合いましたね」
「大丈夫? 頼香ちゃん」
来栖もほっとした表情で頼香達を見ている。
「あんまり無茶しないでくださいよ。重力制御システムも調整が必要なんですから」
「果穂を信じてたからな。でも助かったよ。ゆーきも無事のようだし」
立ち上がろうとする頼香に、果穂が手をさしのべる。ちょっと複雑な表情をしている。
「……無事と言えますかどうか」
「え?」
「頼香ちゃん、ゆーき先生が……」
果穂と来栖の言葉に、祐樹の方に注意を向ける頼香。そして絶句する。
「!」
そこで気を失っていたのは祐樹ではなく、祐樹の服を着たショートヘアの20代半ばの女性であった。





あとがき

 今まで一話完結な話にしてきましたが、今回は「つづく」っぽい終わり方をしました。せっかくキスまでしていい雰囲気で進んでいた頼香達ですが、祐樹の正体が2回に分けて明らかになってしまいました。祐樹がイーター融合体である事は受け入れましたが、女性であった事を受け入れられるかどうか。次回、11話では女性に戻ってしまった祐樹をめぐって話が進んでいく予定です。




<予告(らしきもの)>

『それに僕は人間じゃない』
『そして私は祐樹じゃない』
「そんなの俺たちの障害にはならない」
『でも君は頼之なんだろう』
「違う! こんなの違う! 俺は……俺の姿は!」

「あと1週間で祐樹しゃんの命は……」
「それまでにスピナー博士を見つけなくてはなりませんね」

「光子魚雷装填! フェイザー全門イントリューに照準合わせ!」
「頼香ちゃん、本気でちゅか」
「相手も軍艦なら問題ないんだろ。攻撃開始!」

「男だとか女だとか、そう言う問題じゃない。ゆーき本人なんだ」
「頼香、君は本当に女の子?」
「俺は……頼香だよ」


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