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 プシュッ――という空気音とともに、カプセルの天蓋がゆっくりと開いていく。
 意識が戻って最初に見たのは、唖然とした表情を浮かべた長い黒髪の少女と、二匹のハムスター。
「…………」
 いや、ハムスターではない。確か「プレラット」という、げっ歯類から進化した異星人――


体再生チャンバー内の果穂ちゃん(イメージ)

「先生、なんでわざわざ女の子に……?」

「ん……ってことは、成功したんですね」



 同時に全てを思い出す。
 「オーライーター」と呼ばれる人工生命体に襲われ、瀕死の重傷を負ったこと。
 教え子でもある、目の前の少女に助けられたこと。
 そして協力を請われて、見返りにある「処置」を自らに施してもらったこと…………



……だから、なんで!?」

「趣味……ですよ。自分の――」



 身を起こして、用意された姿見を覗き込む。
 そこには栗色の髪をした、ひとりの少女がいた。
 年の頃は……横にいる黒髪の少女と、同じくらいか――


 ああ、そうか……そうだったんだ。


 声に出さずに、そうつぶやく。
 運命――なんて言葉を信じているわけではないが……もしかしたら、自分は “なるべくして” こうなったのかもしれない。





 だから――





……あ、僕のことは果穂って呼んでください」








――
らいか大作戦外伝勝手に果穂ちゃん海賊版 ――

庄司果穂的美少女生活

原作 かわねぎさん ジャージレッドさん

                  
CREATED BY MONDO





 日東小学校、始業前の職員室。
 教頭先生に呼び止められ、丸山(まるやま)ゆかり先生はドアに手をかけたまま振り返った。
 転任してきたばかりの彼女は、それまで担任を務めていた新任の男性教師が突然行方不明になってしまった、五年一組を受け持っている。
 すでに一男一女の母親であるが、いつもにこにこ笑みを絶やさないために若やいだ印象があり、クラスの女子たちからは『ゆかりん先生』という愛称で呼ばれ、早くも親しまれている。

 それはさておき……

「転入生……ですか?」
「ええ。本当に急な話で申し訳ないのですが、ぜひ丸山先生のクラスで受け持ってもらいたいと……」
「……はあ」

 五年一組にはひと月ほど前に、女子の転入生がひとり入っている。
 学年にひとつのクラスしかない場合ならばともかく、通常、同じクラスが連続して転入生を受け入れたりはしない。
 しかし、二組と三組は35人以上の児童がいるにもかかわらず、四月当初に五人もの転出があった(隣の校区に新築のマンションや建て売り住宅が分譲されたためらしい)一組の児童数は、30人ちょうど。
 本来ならば他のクラスで受け入れるところだが……管理職の方も、少しでもクラス間の人数の格差をなくしていきたいと考えての決定なのだろう。
「庄司、果穂……?」
 手渡された転入書類を見て、彼女は教頭先生に問い直した。「……あの、もしかして……この子――」
「いやいや、行方不明になった庄司先生とはなんの関係もありませんよ。先生のクラスにいる戸増頼香さん……彼女の遠縁の親戚だとか」
「はあ……そうですか」
 その質問を予期していたらしく、すかさず答えが返ってきた。
 長い黒髪にきりっとした眉の、自分のことを「俺」と言う女子の顔が頭に浮かぶ。
 考えてみれば、行方不明になった人間のいた学校に、その身内が突然転入してくる――なんて、でき過ぎた話である。
 それにしても……

 ――いなくなった先生と同じ名字の転入生が入ってくるなんて…………子どもたちが、変にあれこれ騒いだりしないかしら?

 ゆかり先生は、眉根を寄せて首をかしげた。
 その転入生の正体が、当の「いなくなった」男性教師――庄司誠二だと知ったら、彼女は果たしてどんな顔をするだろうか……



 初日の転入生は、会議室で担任の先生が迎えに来るのを待つことになっている。

「はうう〜っ、まさかこの制服を自分が着ることになるなんて…………思ってもみませんでしたですう〜」

制服姿の果穂ちゃん♪ 感極まった口調でそうつぶやきながら、彼女は部屋に備えつけてあった鏡に向き直った。
 鏡の中に映っているのは、おろしたての制服を着た「少女」の自分。
 大きめの伊達眼鏡と、セミロングの髪を留めているヘアクリップが可愛らしいアクセントになっている。
 制服は黒のワンピースタイプで、えんじ色のラインが入った逆三角の変形セーラー襟が特徴的だ。
「えへっ。こんなのはどうでしょうか?」
 ピンク色したスニーカーの爪先で、床をこんこんっ……と鳴らし、その場でくるっと一回転。
 髪の毛とスカートがふわっとひるがえり、微風が脚もとをすうっと通り抜けていく。
「きゃっ……♪」
 小さく嬌声を上げてスカートを押さえると、そのまま軽く脚を開き、腰に手を当てて “おすまし” してみる。
 肩にかかるさらさらの髪を払い、プリーツの裾をつまんで小首をかしげてみる――
 実は今朝も……いや、一週間前の “あの日” から、何回こうやって鏡の前でポーズをとっただろうか。
 そして彼女はスカートをなでつけ居住まいをただすと、両手を身体の前で重ねて背筋を伸ばした。

「今日からこの学校に通うことになりました、庄司果穂ですっ。……仲よくしてくださいねっ♪」

 そう言うと、鏡の中の自分に向かってにこっ……と微笑んでみる。
「……う〜ん、やっぱり私ってば可愛いですう〜」
 転入生の少女――庄司果穂は、朝から絶好調だった(笑)。

「全く……いつまでナルシストやってるんだよ、果穂っ」

 “親戚” として彼女に付き添っていた少女が、呆れ返ったようにため息をついた。
 きりっとした顔だちに、長く艶やかな黒髪をポニーテールにまとめている。
 絵本に出てくる「桃太郎」や「牛若丸」といった印象の、ボーイッシュな彼女の名は……戸増頼香。

「そんなんじゃないですよ、頼香さん。……私は単に『可愛い女の子』な自分を再認識してただけです」
「…………」

 どこ吹く風――といった調子で答えると、再び鏡に見入る果穂。
 そういうのを『ナルシスト』って言うんだ……と頼香は思ったが口には出さず、代わりにまた大きくため息をついた。



 ごく普通の大学生であった青年戸増頼之は、人工生命体「オーライーター」に襲われ絶命するが、惑星連合のテラン人少女士官ライカ・フレイクスの身体を受け継ぐことで生き返ることができた。
 元の男性に戻ることが不可能だと知った彼――彼女はライカとして生きていくことを選び、連合士官として「オーライーター」の追跡回収任務をこなすかたわら、「戸増頼香」という名前で小学生として日々を暮している。
 そしてある日、自分と同じように「オーライーター」の餌食になりかけた担任教師、庄司誠二を間一髪で助け出すことができたのだが……



「はああ……まさか庄司先生がそこまで “変態” さんだったなんて――」
 一週間前の “あの日” から、いったい何回このセリフをつぶやいたことだろう。
「私は自分に正直だっただけです。……目の前に女の子になれる手段とチャンスがあるなら、やってみない手はないでしょう」
「そう思うのは、せんせ――いや、果穂だけだ」
 そう……瀕死の重症を負って体再生チャンバーで治療されていた庄司先生は、対「オーライーター」装備の開発に協力する見返りに、自らの肉体を頼香と同じくらいの年齢の「少女」に再構成するよう要求してきたのである。
 あとで尋ねたらその理由は、「可愛い少女が好きだから自分もなってみた」……だった。
 艦隊規約違反すれすれの行為だったが、“オーラの宝庫” である地球でパワーアップしていく「オーライーター」たちに対抗するための装備の開発は重要不可欠かつ急務であり、任務遂行のための超法規的措置と判断され、辺境での出来事は当事者が口をつぐめば調べようがない――とばかりに、その要求は半ばなし崩し的に実行された。
 そして庄司先生は、惑星連合のエイリアンテクノロジー知識を持つ美少女に生まれ変わった。
 結果、今までの男性教師としての全てをなくした(……というか、捨て去った)彼――彼女は、同じ境遇である頼香と日常生活をともにすることとなったのである。
 そして今日、ついこの間まで自分が教鞭を取っていた小学校に、“女子児童” として転入する(……笑)。

「……でも頼香さんだって、普段からスカート履いているし、女の子な自分を楽しんでるじゃないですか」
「俺は果穂とは違うっ」

 あくまでも、「自分はなりたくてなったわけじゃない」ということを主張する頼香。
 口調が男の頃のままなのは、そういった意識のあらわれなのかもしれない……

「……何が違うの? 戸増さん」

 ドアのところから聞こえてきた声に、頼香は思わずあたふたしてしまった。「……あ、ま、丸山先生――」
「おはよう戸増さん、……それから庄司さん。担任の丸山ゆかりです。よろしくね」
「庄司果穂です。よろしくお願いします」
 そう言いながら、会議室の中に入ってきた女性教師にぺこっ――と礼儀正しくお辞儀する果穂。
 “女の子” への適応は、彼女の方が早いようだ。
「ところで、保護者の方は?」
「父は仕事が忙しくて、これませんでした。母は……少し前に亡くなりました」
 これは嘘ではない。疎遠になっている父親は、とある企業の役員で多忙を極めており、母親は五年前に事故で他界している。
「そう……そうだったわね。ごめんなさい」
「いいえ。もう慣れましたし……今は頼香さんと一緒に暮していますから、淋しくないです」
 はきはきとそう答える果穂にゆかり先生は、大人びた子だな……という印象を持った。
「それじゃ、戸増さんは先に教室へ行ってて。……庄司さんはわたしと一緒に――」
「はい」
 さあ、いよいよ「女の子」として学校デビューですう……といった思いはおくびにも出さず、果穂は転入生らしく、緊張した面持ちでそう返事した。



「ねえ聞いた頼香ちゃん? 今日転入生が来るんだって」
 隣の席に座る来栖にそう話しかけられ、頼香は「ああ……」と言葉を返した。
 本来ならば “年下” であるはずのクラスメイトたちにタメ口で話しかけられることも、すっかり慣れてしまった今日この頃。
「……実は、その子と一緒に暮してるんだ――」
 隠しておく必要もないだろう……と、そう付け加える。
「うそぉ……ほんと?」
 好奇心旺盛な来栖は、さっそく目を輝かせる。その時、教室の戸が開いて、先生に連れられた果穂が入ってきた。
 自己紹介するようにうながされ、彼女は黒板の前に立つ。
 さすがにちょっと緊張してるかな――と思う。
 なにせ、これからかつての「教え子」たちの前で、“女の子” として挨拶しなければならないのだから。
 もっとも当人は、「はうう〜美少女転入生〜っ、萌え萌えですう……」なんて心の中で身悶えしているのだが(笑)。

「今度この学校に転入した庄司果穂です。戸増さんの遠い親戚で、戸増さんの家から通ってます。趣味は読書やアニメを見ること、お話を書くこと、それからお裁縫が得意です。……よろしくお願いします」

 要するに、アニメおたくで同人誌作りの経験があり、コスプレ衣装も自分で作る――というわけだ。
 そのため彼女が作り上げた対「オーライーター」装備は、魔法少女もかくやといった代物である。

「はいはいしつも〜んっ! 庄司先生とはどういう関係ですか〜っ!?」

 いきなり男子児童のひとりが大声で問いかけ、またたく間に教室中が騒がしくなる。
 ほらきたっ……と、胸中でつぶやく頼香。



「でも、庄司先生が突然行方不明になって、いきなりやってきた転校生の名前が庄司果穂だなんて、怪しすぎないか?」

「大丈夫ですよ。もしも何か問題が起きても、今の私のようにスーパー可愛い女の子が、
庄司先生っていうのはどなたですか? 全然知りませんわと言えば、説得力200%ですよ。
 
……それに元々あんな性格の先生でしたからね、庄司先生は。いなくなっても特に気にする人はいないと思います♪」



 そんなやりとりを思い出しながら、余計なことは言うなよ……と、果穂に向かって目でクギを刺す。
 しかし彼女が何か言う前に、横にいたゆかり先生が口を開く。
「はいはい静かにして。庄司さんは庄司先生とはなんの関係もありません。……さっき戸増さんの親戚だって言ったばかりでしょ」
「「…………」」
 彼女のその言葉で、クラスは一応落ち着いたかに見えた。だが……



「……やっぱ怪しいっ。怪し過ぎるぜっ」

 一時間目の休み時間――
 学校の裏山へ写生に行く準備をしながら、クラスメイトに取り囲まれて質問責めにあっている果穂。
 そんな彼女を遠目に見ながら、先ほどぶしつけな質問をした男子児童がそうつぶやいた。
 彼――島崎は、以前、庄司先生が突然 “行方不明” になった時、頼香に向かって、「先生いなくなったのって、お前の家庭訪問からだろ? 関係あるんじゃないか?」と、いちゃもんつけたあの男子である。
「……何が怪しいって?」
「分かんないのかよ〜工藤っ。あの転入生だよ、転入生」
「庄司さんがどうかしたの?」
「か〜っ怪しいって思わないのかよっ!? 庄司先生がいなくなって、おんなじ名字の転入生だぞっ。……絶対何かあるに決まってるっ」
「……それじゃあ三組の庄司亜由美さんも、先生の親戚だってのか? 二年で車椅子使ってる拓ちゃんも『庄司』だぞ」
 学級委員である工藤にそう指摘され、島崎はますます依怙地になった。
「ぶっちゃけ急に転入してきたのが怪しいって言ってんだろっ。……はは〜ん工藤、さてはあの子に気があるんだ」
「ち……違うよっ。……なんでそういう話になるんだ」
 根が律儀で生真面目な工藤は、顔を赤らめあわてて否定する。「……それに今どき『ぶっちゃけ』ってなんだよ」



この物語の時代設定は、近未来です(笑)。念のため。



「ふん……」
 島崎は口をへの字に曲げ、そっぽを向く。
 ……だが、その目は果穂の方を、何度もちらちらとうかがい続けていた。



 その日の夜――

「……以上の状況を鑑み、また彼女たちを信頼のおける人物と判断して……庄司果穂と雲雀来栖、両名を現地協力員に任用するもので……ある。
 申請者、ライカ・フレイクス――っと……」

 データパッドとにらめっこして書類をまとめていた頼香は、キーボードから指を離し、大きく伸びをした。
 テラン公用語の読み書きに不自由はないが、頭の中ではまだ「日本語」で考えている分、どうしても “翻訳” の手間が生じる。
「音声入力を使えば、もっと簡単だと思いますけど……」
「画面に文字打ち込みながらでないと、うまく文章を考えられないんだ。……それに、コンピューター相手に作文読むのも抵抗あるしな」
 頼香のマンション。
 以前は生活感がいまいち乏しかったのだが、果穂が同居するようになってから、部屋の雰囲気がずいぶん明るくなってきたように感じる。
 夕方までいた来栖もとうに帰宅し、プレラット人のもけとからめるは、衛星軌道上の航宙艦「U.S.S.さんこう」でシステムの点検中だ。
「それにしても、今日はいろいろありましたね……」
「ああ……まさか来栖にも『オーラ遣い』の能力があるなんてな――」



 「オーライーター」を倒せる者は、「オーラ遣い(オーラ能力者)」のみ。
 体組織をボソン粒子レベルまで細分化できる「オーライーター」には、通常の武器は全く通じない。
 生体(生命活動)そのものに、直接ダメージを与える必要があるのだ。
 それを可能にする生体/精神エネルギー「オーラ」だが、生半可なものだと、かえってイーターたちを活性化させてしまう危険性を併せ持つ。
 テラン人の中ではとびぬけてオーラ値の高かった頼香――いや、ライカ・フレイクスが、若干11歳で任官されて地球に派遣されたのも、そのためである。
「だけど来栖は俺たちと違って正真正銘の小学生なんだから、あまり深入りさせたくはないな……」
「でも、オーラ値の高い人間はイーターたちにとって格好の “捕食対象” でもありますからね。……来栖さんも私たちと行動をともにして、対『オーライーター』装備を自由に使えるようになれば、少なくとも自分で自分の身を守ることはできると思いますよ」
「……そうだな。そういう考え方もあるか――」
 椅子の上であぐらをかき、腕を組んでうなずく頼香。
 一方果穂は、膝を揃えてソファに浅く座り、胸元にビーズクッションを抱きかかえている。

「ところで頼香さん…………今日は私が気絶している間に、来栖さんと一緒にお風呂入ってたんですよね」
「い……っ?」

 いきなり話の矛先が自分に向いて、頼香は言葉を詰まらせた。
「いいなあ〜来栖さんは……私なんか、『一線だけは守ってもらう。着替えはお互いに覗かない。二人でお風呂に入ったりはしない。それに、ひとつの布団で一緒に寝ない』なんて誰かさんに言われているのに――」
「か、果穂……」
 眼鏡の奥からジト目でにらまれ、口元を引きつらせる。だが、果穂の嫌味(笑)は止まらない。
「なのにそんなこと言ってた当の誰かさんは、女の子と一緒にシャワー浴びてお風呂入って、それから背中の流しっこしたり湯船で抱き合ったり、胸の見比べっこしたり触りっこしたり……」
「ちょっと待てっ! 『触りっこ』ってなんだっ!? 俺はそんなことまでしてないぞっ!!」
「じゃあ…………どんなことしてたんですか?」
 一転、目を細めて確信犯的な笑みを浮かべる果穂。「……まさか口では言えないようなこと、やってたりして――」
「ち、違うっ! ……絶対違うっ!!」
 分かっててそんなこと言うのだから、ある意味タチが悪い。
 からかわれていることを頭の隅で自覚しつつも、頼香は顔を赤らめ唾を飛ばす。
「だったらはっきり言ってください……ね♪」
「ううう……」
 でも結局、果穂のペースに乗せられてしまうのであった……



 木曜日の六時間目は、クラブ活動の時間である。
 頼香は来栖に誘われて、彼女と同じソフトボールクラブに入った。男子たちよりもいい球を投げるので、早速ピッチャーを務めていたりする。
 一方、果穂はというと――

「ふんふんふ〜ん♪ ホットケ〜キ〜♪」

 ご機嫌な笑みを浮かべながら、ホットケーキの生地作りにいそしんでいた。
 場所は家庭科室。果穂のまわりでは、色とりどりのエプロンを身に着けた女の子たちが、おしゃべりをしながらお菓子作りを楽しんでいる。
 そう……彼女が入ったのは、「手芸・調理クラブ」であった。
 当初はコスチュームが可愛いチアリーディングクラブに入るつもりだったのだが、頭でバトンを受け止めてしまいそうな気がしてやめにしたらしい。
 漫画クラブは男子が多いからパス。かつての自分が担当していた科学クラブに入る気など毛頭ない。

 ――制服にエプロン…………はうううう〜っ、みんなみんなとっても可愛いですぅ……

 胸中で、感慨深げ(?)にそうつぶやく。
 自分自身がその “可愛いエプロン姿の少女” の中に入っているのは、もちろん言うまでもない(笑)。

エプロン果穂ちゃん♪「……庄司さん、どうかしたの?」
「なんかいいことでもあったのか? ニコニコして――」

 同じ活動グループになったクラスメイトの二人――寺島幸美(てらしま・ゆきみ)と高坂典子(こうさか・のりこ)が声をかけてきた。
 彼女たちは転入生の果穂に初日から何かと世話を焼き、果穂の方もすぐに打ち解けて(元担任なんだから当然と言えば当然なのだが……)、頼香や来栖と以外では一番仲良くしている。
「いえ……ただ、こうやって女の子同士でお菓子作りできるなんて、やっぱりいいな〜って――」
「ま〜た始まった。果穂の『女の子って素敵ですう〜』が……」
 遠い目になって答える果穂に、典子は呆れたような表情を浮かべて肩をすくめた。
「なんだか、お菓子につられて女の子に変身する “みるく” みたいね」
「……『ティンクル』、ですか? 幸美さん」
 双子の魔法少女が活躍するTVアニメ……主人公の一人には、男の子から女の子に変身して初めて魔法が使えるという設定がある。

(くわしくは、かわねぎさん作・『魔法の双子 みらくる☆ティンクル』を読もう!)

「庄司さんも、本当は男の子だったりしてね」
「……!」
 幸美の何気ない一言に、思わず手にした牛乳をどばばっと生地の中に注ぎ込んでしまう。
「ば〜か、それなら果穂より頼香の方がよっぽど男っぽいぞ」
 あなたもたいがい男っぽいですよ、典子さん……と、苦笑する果穂。
「……でも、もし男の子になれるんだったら、なってみたい気もする――かな?」
「あ、あたしもそう思う」
「そうなんですか……?」

 ――典子さんはともかく、幸美さんまでそんなこと言うなんて意外ですね……

「男の子になったらサッカーでかっこよくシュートしたり、ドッジボールで強いボール投げたりすることができるもんね」
「うんうん。それから可愛い女の子とデートして……やさしくお姫さまだっこなんかしたりして、さ」
 異性になりたい――という気持ちは、この年頃の男女が持つ異性への興味、関心のあらわれである。
 実際、幸美や典子が “変身したい” “なってみたい” と思っている男の子は、自分の中にある「理想の彼氏」像以外の何者でもない。
「……私は女の子の方がいいです。男の子だったら可愛いおしゃれもできないし、力仕事ばかりさせられたり、運動神経が鈍かったり気が弱かったりしたらすぐバカにされるし、タイプでもない女の子から貰ったプレゼント突っ返したら悪者扱いされるし、二十五歳過ぎたら早く結婚しろ結婚しろってうるさく言われるし、それから……それから……」
 過去に何か思い当たることでもあるのか、果穂はボウルの中身をかき回しながらぶちぶちと言い続ける。
 幸美と典子はそんな彼女の様子に互いの顔を見合せ、首をかしげた。

 結局、果穂たちのホットケーキは牛乳を入れ過ぎたため、クレープになってしまった……



 日曜日の午後――
 頼香、果穂、来栖の三人は、幸美と典子を誘って駅前のショッピングセンターへ来ていた。
 夏物の衣料を購入するのが目的なのだが、「女の子同士でお買い物」ということで、果穂は朝から張り切っていた。
果穂ちゃんお出かけドレスアップ♪
「……だからってそんな格好してくるか? 普通――」
「いいじゃないですか。こんな風におめかしできるのは女の子の特権ですよ♪」

 呆れ返った表情を浮かべる頼香に、果穂は涼しい顔してそう答えた。
 他の四人がトレーナーやフリースといった比較的おとなしめの格好なのに対し、果穂は髪をツーテールにしてリボンで結び、袖や裾にフリルがたっぷり付いた白のブラウスに膝上ミニのフレアスカートを合わせ、脚にはこれまたリボンの付いた膝上ソックスと、エナメルのおしゃれ靴を履いている。
 トレードマークの伊達眼鏡はそのままだが、そのいかにもアニメちっくな装いに、頼香はもとより、来栖や幸美たちも完全に引いていた(笑)。

 果穂曰く、「女の子なんですから、これくらい可愛いものを着ないと――」

「……あまり目立つようなことするなよな、果穂」
 小声でそう言う頼香は、ベージュのワンピースの上に、薄手のジージャンを羽織っている。
 とにかくヒト目を引くことで、自分たちの秘密が何の拍子に露見するか……知れたものではない。
「大丈夫ですよ……第一、真顔で言ったって誰も信じやしません♪」
「…………」
 あくまでマイペースな果穂に、ひとり神経をすり減らす頼香であった。



「……でも、レプリケーターを使えば服なんていくらでもできるんでしょ? 頼香ちゃん」
「そうでもないぞ。材質とか縫製とか――細かいところまできちっとサンプリングしとかないと、ちゃんとしたものは作れないんだ」

 隣から小声で尋ねてくる来栖に、頼香は肩をすくめてそう説明した。
 ティーンズファッションフロアに入るやいなや、彼女たちは早速服を選び始めた。
 ファッションにはいまいち興味のない頼香ではあるが、ライカの身体を受け継ぐ以上、自分もそれなりに女の子らしい服装をしなければ……とも思っている。
 まあ、果穂みたいな格好は論外だが。
「…………」
 姿見の前で、ハンガーにかかっていたノースリーブのブラウスと、デニム地のミニスカートを合わせてみる。
 うん、結構似合ってるかも……
「ちょっとシンプル過ぎやしませんか? 頼香さん」「……うわわっ!」
 肩ごしに声をかけられ、頼香はあわててそれらを後ろ手に隠した。
「別に隠さなくてもいいじゃないですか……」
 口を尖らせる果穂。
「あ……ああ、い、いつもの癖で――」
「ねえねえ果穂ちゃん、頼香ちゃん、……これどうかな?」
 来栖が服を手に駆け寄ってきた。ビビットな色づかいのアンサンブルだ。
「え、え〜っと……いいんじゃないか?」
「それ、『ストロベリーレーベル』ですね。……似合うと思いますよ、来栖さん」
 ティーンズ向けブランドに、いつの間にそんなにくわしくなったんだ……と、頼香は果穂を見つめた。



「……ごめん、ちょっとトイレ――」
 最初に言い出したのは、来栖だった。
「あ、あたしも行く」「あたしも……」
 幸美と典子が、あわててそのあとを追いかける。
「どうして女の子って、みんなで一緒にお花摘みに行くんでしょうね――」
 頼香の隣に来た果穂が、腕を組みながら首をかしげた。……さすがの彼女にも、連れ立ってトイレに行く女性心理は謎なままのようだ。
 だが――

「悪い。俺も行ってくる」
「ら……頼香さんまで――」

 そそくさとフロアをとび出していく頼香を、果穂は思わず呆然と見送ってしまう。
「う〜ん、ここは私もついて行っておいた方がいいんでしょうね……」
 眼鏡を直し、彼女も頼香を追ってフロアを出た。「確か、こっち側のトイレに――」

 次の瞬間、果穂の首筋にぞくっ――とした悪寒がはしった。

「これは…………!?」
 果穂はあわてて身をひるがえし、頼香とは反対の方へ走り出した。



「……頼香ちゃん! これ――」
「分かってる! 幸美と典子を足止めしとけ、来栖っ!」



 隣接するカルチャーフロア側のトイレに駆け込むと、手前の男子トイレから悲鳴が聞こえてきた。
 まわりに人影はない。一瞬、逡巡するが……果穂はすかさずその中へと飛び込んだ。

「……し、島崎――くん?」

 悲鳴の主は、クラスメイトの島崎だった。
 そして、立ったままもがき苦しんでいる彼の全身にまとわりつく、黒いもやのようなものは――
「オーライーターっ!!」
 間髪入れず、彼女は襟の裏側につけていた通信バッチを叩いた。「……オーラスティック転送っ!」









「……んっ?」
 島崎は次の瞬間、ベンチの上でがばっと身を起こした。
「あ……あれ?」
 キョロキョロとあたりを見回す。そこはエスカレーター近くの休憩スペースだった。
 なんでこんな所に……

「よかった。やっと気がついたんですね……」

 耳元でそう声をかけられ、彼は思わず後ろを振り返った。
「し……庄司?」
「はい。偶然ですね、こんな所で会えるなんて……確か島崎くん、でしたっけ?」
 一緒にベンチに座っていたのは、こないだ転入してきたクラスメイトの少女だった。
 どうやら彼女にひざ枕で介抱されていた……らしい。
「…………」
 バツが悪そうに、彼女――果穂を見つめる島崎。

 庄司果穂……急にいなくなった担任の先生と同じ名字の転入生。

「……どうしました?」
 果穂にそう見つめ返され、島崎はあわてて視線をそらした。
 見慣れた制服姿ではないからか、妙に意識してしまう。「な、なんで――」
「立ちくらみですよ。ただの……」
 みなまで言わせず、にこっと笑みを浮かべてそう答える果穂。
 ……? 思い出せない。確かここのカルチャーフロアに『スプライト・テック』のカードを買いにきて、それから……

「……!」

 一瞬思い出す……黒いもや越しに、杖のようなものを振る果穂の姿。
「お、お前……いったい――」
「……はい?」
 きょとん、とした表情を浮かべて小首をかしげる果穂。
 島崎は真っ赤になって彼女から離れようとしたが、脚に力が入らずよろけてしまう。
「あぶない……っ」
 手を差し伸べる果穂。目と目が合って、さらに顔を赤らめた島崎は邪険にその手を振り払った。
「い――いいかっ、ぜ、絶対お前の正体突き止めてやるからなっ。……絶対だぞっ!」
 まわりの買いもの客たちが何事かと振り返るような、大声だった。
 あっけにとられた果穂をしりめに、島崎はふらふらよろめきながら逃げるようにその場を去っていった。
 オーラの損失は微々たるものだったが、しばらくは倦怠感が残るだろう。

「……いいのか? あいつ」

 物影から二人を見守っていた頼香が、そう言いながら近寄ってきた。
「大丈夫ですよ、多分――」
 果穂は「やれやれ」といった表情を浮かべて息をつくと、そうつぶやいた。
「島崎くんは、ただ転入生の私や頼香さんに声をかけたかっただけなんですよ……だけど、恥ずかしがってついついあんな言い方しかできなくなってしまうんでしょうね、きっと」
「……さすが庄司先生。生徒のことよく見てるじゃないか」
 小声でそう混ぜ返し、頼香は意趣返しとばかりに果穂の背中を軽く叩いた。
「茶化さないでください……」

 照れくさそうに答える果穂だったが、その顔には優しげな笑みが広がっていた……



 のちに「秘密結社果穂ちゃんクラブ」が結成された時、初期メンバーの中に島崎の名前があったという。



(おしまい)




 MONDOです。

 『らいか大作戦外伝・庄司果穂的美少女生活(仮題)』、お読みいただきありがとうございます。
 時系列的には、「らいか」本編第3話から4話の直前……といったところです。それらを思わせるような台詞や描写を散りばめてみたのですが、いかがだったでしょうか?
 このお話、当初は「確信犯的TSっ娘」である果穂ちゃんの日常生活(学校生活)を書いてみようと考えて始めたものです。
 でも、筆を進めていくうちに、「庄司先生って、クラスの子どもたちにどう思われている(いた)のだろう?」という疑問が頭から離れなくなり、こんなストーリーになってしまいました。
 果穂ちゃんはかつての自分(庄司先生)のことを、「いなくなっても特に気にする人はいない」先生だと言ってますが……電池の直列つなぎでレーザー発振器を作っちゃう先生、子どもたちの心に残らないはずないじゃないですか。
 多分、庄司先生は、「授業をすぐに脱線させ、手先は器用なんだけど運動神経が鈍く、どっちかというと女の子に甘い」先生だったと思います。

 ……っていうか、そういう先生、現実にもいるし(笑)。

 外伝を書くことを許可してくださっだかわねぎさん、そして台詞等の引用を承諾してくださったジャージレッドさんに、この場を借りて改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

2003.4.1 MONDO





<おまけ>

「庄司果穂です。……今回は頼香さんと来栖さんの代わりに、この人に来ていただきました」
「あ……どうも、飯綱甲介です」
「御無沙汰しています。……じゃあ早速沙織さんになってください」
「いきなり転送で呼び寄せといてそれかいっ」
「はい。女の子同士の方が話もはずむでしょう。……ね、果穂のお・ね・が・い♪」
「やなこった」
「え〜っ、変身してくれないんですか〜っ? ……それならこっちで体内のナノマシンを遠隔操作しちゃいます〜」
「ちょっと待てえええええっ……………………ん…………んあ、…………あ、ああっ、あ…………あ、ああん……っ」
「変身完了♪ ……というわけで、改めてよろしくお願いします、沙織さんっ」
「…………(ジト目)」
「ノリが悪いですね……では、転送装着でお姫様ドレスも着てもらいましょう♪」
「他人(ひと)を着せ替え人形にするために呼んだんかい! ……ってうわわわっなんだこのラ○ス・ク○インみたいな格好はああああっ!」
「まあまあ、いつもの『お約束』ということで(笑)。でもよく似合ってますよ、沙織さん」
「そ……そう? ……さあ、今日はおヒゲの子がオニですよ〜っ …………って何言わせるんだっ、こらっ」
「やっといつもの調子が出てきましたね」
「うううっ……」
「――とまあ、前フリはこれくらいにしておいて……」
「長い前フリだな」
「沙織さんの小学校の時の先生って、どんなヒトでした?」
「一番印象に残ってるのは、やっぱ五、六年生持ってもらった男の先生のことかな。ちょっと生真面目だったけど、面白い先生だったな〜」
「男の先生――ですか?」
「……しょっちゅう怒鳴られてたけど、昼休みに体育館で一緒にバスケなんかやったっけ」
「でも、悩みごととか相談しにくくなかったですか? 男の先生って」
「え? そんなことなかった…………って、おい、なんか勘違いしてないか?」
「あ、そうか。小学校の時は “沙織さん” じゃなかったんですね――」
「…………」
「そうだ! この際もう一回女の子として小学生やり直してみませんか?」
「……へ?」
「そうしたら言葉づかいとか、もっと女の子らしくなれますよ…………ぽちっとな♪」
「わあああっ日東小の制服なんか着せるんじゃないっ!!」

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