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 球形陣を構成し、宇宙空間を最大速度で突進する8隻の駆逐艦。惑星連合軍の主力を構成する汎用駆逐艦、けいんず級だ。その中央に位置するU.S.S.ほいっぷのブリッジで、TS9副司令れも少佐は、レーダースクリーンに映し出された艦影を見つめていた。
「艦影補足。戦艦2、巡洋艦3、駆逐艦14。報告にあった数と一致します。間違いなく…」
 レーダー手が報告の途中で言いよどむ。その先を口にするのが躊躇われるのだろう。何しろ、つい24時間前までは、それらの艦は…
「報告は正確に」
 れも少佐は命じた。彼女とて辛いのだ。それを感じ取ったレーダー手は、今度こそ躊躇いの先の言葉を口にした。
「間違いなく、敵です。反乱軍艦隊です!」
 そう、「敵」は反乱軍…かつての同朋たちなのだ。それが相討つ事は、れも少佐の本意ではない。だが、彼らを撃滅しなければ、惑星連合そのものが瓦解し…数百億の無辜の民が亡国の苦しみを味わう事になるだろう。だから、れも少佐は躊躇なく命じた。
「わかりました。全艦に通達。突撃A隊形を為せ。砲雷撃戦用意」
 れも少佐の命令に、ブリッジが一気に慌しくなる。それまで直径100キロの仮想球体の表面上に展開していた艦隊が、一気にそのポジションを変え、斜め一線上に並ぶ。
「隊形変更完了! 各艦フェイザー、光子魚雷、シールドとも使用準備完了。いつでも開戦できます!」
 参謀長役を務めるラファース人の日月捲離命明中尉が報告する。れも少佐は頷き、作法にのっとって通信オペレーターに命じた。
「反乱軍艦隊に最後通告を。『諸君らの行為は無益かつ無謀な不法行為であり、惑星連合憲章のいかなる条文に照らしても正当化できない。ただちに無駄な抵抗を断念し、降伏せよ』」
「了解」
 通信オペレーターが復唱して降伏勧告を送る。だが、それが受け入れられる可能性は皆無だと、誰もが知っていた。
「敵艦隊よりの応答ありません」
「敵艦隊、隊列を変更中。砲雷撃戦体勢へ移行。連中やる気満々ですよ、れも副司令」
 二つの報告を聞いて、れも少佐は頷いた。もはや、お互いに引き返す事は出来ない。
「全艦…突撃!」
 れも少佐は掲げた腕を前方に振り下ろした。この瞬間、惑星連合を震撼させる反乱劇は、その灼熱のクライマックスに突入したのである。




Trans Space Nine Side Story

星海のデッドヒート


作:さたびー






 惑星連合の盟主、テランから銀河中心方向に向かっておよそ120光年。イソルデ星域は惑星連合軍の主要演習地となっている場所だ。星域の名前の由来である恒星イソルデはごくありふれたG型の主系列星だが、誕生から20億年とやや若い。そのため、7つある惑星も知的生命の発生以前の段階にある。
 しかし、地球で言うカンブリア紀程度までの進化段階に達している第四惑星や、金星に似た灼熱の第三惑星、木星型のガス・ジャイアントである第六惑星、冥王星のような極寒の第七惑星など、環境は実に多彩で、さまざまな環境を想定した地上戦演習が可能だ。
 また、星域内には惑星の他にガス星雲や小惑星帯など、変化に富んだ空間が広がっており、艦隊の戦闘・機動演習にも適した環境を持っている。
 今この星域に、1年ぶりの大演習のため、宇宙艦隊の主力部隊が続々と集結しつつあった。全体の指揮をとる演習旗艦、戦艦U.S.S.アストリア艦橋では、集結中の艦艇からの到着報告が続々と集まってきていた。
「第五艦隊、巡洋艦U.S.S.ルシュナー以下2隻、到着」
「第一七遊撃艦隊、駆逐艦U.S.S.そりす到着」
 通信オペレーターたちの声が艦橋内に響き渡る。演習指揮官は満足げな表情でそれらを見守っていた。
 今回の演習は、艦隊をレッド・ブルーの両軍に分けて行う、本格的な対抗演習だ。イソルデ第四惑星をテランと想定し、赤軍が防衛、ブルー軍が侵攻を担当する。また、このアストリアのように、審判団やプレラット、キャロラット、さらにはトマーク=タスなどの諸国からの観戦武官を乗せて演習を監督するための艦も、何隻か参加している。総計で100隻に達しようかという大艦隊だ。
「まさに惑星連合の力の象徴ですね」
 彼方まで続く艦列を見て参謀長が満足げに言うと、指揮官が力強く頷いた。
「全くだな。祖国を誇りに思う瞬間だよ」
 そう言った指揮官が、到着報告を寄越してきた艦の中に、ある名前を見つけて不愉快そうな表情になった。
「こいつは…あの連合の面汚しも来ているのか」
 指揮官の声にモニターを覗き込んだ参謀長も、その名前を見て納得する。
「連中も、汚名返上に躍起になっている、と言うことでしょう」
「…ふん」
 指揮官は鼻を鳴らして顔を背けた。その名前を見ているだけで、武人の魂が汚れるとでも言いたげな、憎々しげな態度だった。そこまで嫌われている艦の名前は、戦艦A.S.S.ゴールドマイン。所属は惑星アメフラード宇宙軍。つい先日、その権威を失墜させた星の艦だった。


 惑星アメフラードは惑星連合の創生期から発展期まで、その卓越した工業力と経済力で連合産業の中心を担ってきた惑星である。その功績は連合加盟国の中でも屈指のものと言って良い。
 しかし、その国力が住民に慢心を植え付ける元となった。工業力にあぐらをかいて技術力、営業努力の練磨を怠った結果、他の惑星の製品が競争力をつけ、アメフラード製品のシェアはじわじわと下がり始めた。
 だが、アメフラードはその危機を乗り越えるための努力を、間違った方向に向けてしまった。市場に圧力を掛けて自国製品を優先的に購入させようとしたり、ライバルの締め出しを図ろうとしたりしたのである。さらには、海賊に便宜を図って、ライバル製品を輸送する貨物船の襲撃までをも計画していたとされる。
 軍情報部の内偵によってこれらの事実を掴んだ連合は、さすがにこれを看過し得ない事態とみなし、アメフラードに対する制裁措置を発動した。電撃的に侵攻した惑星連合軍の大艦隊の前に、さすがのアメフラードも抵抗できず、常備軍は武装解除されて厳重な監視下に置かれ、政権の主要閣僚はほぼ全員が更迭の憂き目に遭った。彼らと結託して私腹を肥やしていた経済界の要人たちも同様だ。
 その占領軍は、一月ほど前に撤収を完了していた。総選挙が実施され、新たに登用された人材が政府や経済界の要職に就き、軍も規模を縮小して再編されるなど、民主化が進んだ事で、目的を達したとみなされたからである。それでもなお、アメフラードに対する周囲の目は厳しく、この惑星がかつてのような産業の中枢に返り咲く事は、もうないだろうと予測されていた。


「でもまぁ、新生アメフラードが連合に貢献する存在である、と言う事をアピールしたい、と言う心意気だけは、買っても良いのではないですかな」
 参謀長の言葉に、指揮官は頷いた。
「ふん、良かろう。適当な部署を与えておけ。だが、まかり間違っても、功績を立てそうな部署には配置するなよ」
「心得ております」
 参謀長は命令に頷き、他の参謀たちと協議した上で、レッド軍最終防衛線の右翼部にアメフラード艦隊を配置した。レッド軍が全面崩壊でもしない限り、まず出番の回ってこない位置だ。
「貴艦隊の奮闘に期待する」
 指揮官が嫌味の混じった通信を送らせると、間髪いれずに返答が返ってきた。
「我、期待に背かざるべし」
「おうおう、言いおるわ。拝金主義者どもが」
 指揮官は露骨に嘲笑し、それっきりアメフラード艦隊の存在を頭から追いやった。
 それから6時間後、全ての参加艦艇が集結を完了し、赤青両軍に分かれて行動を開始した。ここから先、両軍は相手の動向を知ることは無い。全ての状況を管制できるのは、この旗艦アストリアなど、数隻の審判任務艦だけになる。
「両軍、予定の空域に展開完了。演習開始準備、全て整いました」
 参謀長の報告に、指揮官は軽く咳払いをすると、威厳たっぷりの声で命じた。
「よろしい。演習を開始せよ」
 命令と同時に、全てが動き始めた。まず、レッド軍は高速の巡洋艦か駆逐艦からなるピケット(前衛警戒任務)艦を放った。侵攻してくるブルー軍の動向を確認するための艦で、彼らの報告が戦況を大きく左右することになる。何しろ、レッド軍はイソルデ第四惑星を防衛する以上、常にその位置は予測可能だが、攻めるブルー軍は自由に展開位置を選べると言う優位がある。
 これに対し、ブルー軍は巡洋艦と3〜4隻の駆逐艦を組み合わせた部隊を数個繰り出した。その部隊がピケット艦に襲い掛かり、通信を送る暇も与えずに撃破していく。
「ほう、ブルー軍は面白い戦法に出たな。コードウェルにしてはユニークな手だ」
 指揮官が戦況表示板を見ながら論評を加える。コードウェルというのはブルー軍の司令官を務める少将の名前だ。どちらかと言うと、正統派で堅実な用兵を好む提督である。
「参謀に機動戦を得意とするオークレイ中佐が入っていますね。その影響ではないですかな」
 参謀長が情報に補正を加える。その間にも戦況は進んでいた。ピケット艦の一隻が撃破される前に通信を送る事に成功し、レッド軍が巡洋艦の一個戦隊を出して状況の確認に向かわせている。
「レッド軍は少し拙いですね。あれでは所要に満たない戦力の逐次投入になりかねない」
 参謀長が渋い顔をする。一番戦理に合わない、拙い行動の一つだ。
「いや、そうとも言えんぞ。巡洋艦一個戦隊なら、戦艦にも対抗し得る能力がある。ピケット艦狩り部隊なら撃破可能だろう」
 指揮官が参謀長の懸念を押さえる。戦況はその通りに進み、レッド軍の巡洋艦戦隊は手近なピケット艦狩り部隊の一つを一蹴した。これを見て、他のピケット艦狩り部隊が一斉に退く。すると、レッド軍巡洋艦戦隊は生き残ったピケット艦を吸収して臨時の打撃部隊を編成し、前進を開始した。
「ほう、これは面白い状況だな…」
 指揮官が興味深そうに打撃部隊の行動を見守る。彼らは一気に前進すると、ついにブルー軍本隊を発見した。めまぐるしく通信が飛び交い、レッド軍の主力部隊が迎撃に適した陣形に再編されていく。
 一方、ブルー軍はレッド軍臨時打撃部隊を追い払おうと攻撃を仕掛けるが、レッド軍はそれを上手くいなし、あくまでもブルー軍に食い下がる。その動きの見事さに指揮官は感心した。
「あの指揮官は…巡洋艦メルヴィルのバージル中佐か。オークレイ中佐と機動戦で渡り合うとは、かわねぎ中佐くらいしか出来ない芸当だと思っていたが」
「それは違いますな」
 参謀長が言った。
「かわねぎ中佐がどっちかの指揮官なら、もう決着はついてますよ。彼の勝ちでね」
「ふん、かもしれん」
 指揮官は不愉快そうに鼻を鳴らした。彼はあまりTS9の司令官に好意を抱いてはいなかった。能力は認めていたが。
 その間に、ブルー軍は巡洋戦艦と駆逐戦隊を分離し、小癪なレッド軍打撃部隊の抑えに回すと、本隊を急進させてレッド軍主力との決戦を企図した。だが、レッド軍も既に体制を整えて待ち構えている。戦力は、ほぼ互角。これから始まるだろう艦隊決戦に、指揮官も思わず椅子から身を乗り出した。これからが両軍指揮官の戦術手腕の見せ所だ。
 ところが、決戦距離で向かい合ったまま、両軍は唐突にその動きを止めてしまった。
「…どうしたんだ?」
 指揮官は首を傾げた。演習では事故でも起こさない限り死人が出る事は無いためか、ほとんどの指揮官が実戦よりも果敢に攻勢をかける傾向が見られる。この段階で、両者が決戦を避けるかのような慎重な動きを見せる事など、あり得ないはずのだが…
 しかし、さらにあり得ないことが発生した。
「後方の機動部隊で衝突事故発生! U.S.S.メルヴィル、U.S.S.くるる大破!! 現場は混乱状態です!!」
「何だと!?」
 参謀長が大声をあげる。確かに、乱戦模様だった両軍高速機動部隊同士の戦闘は、大混乱に陥っていた。レッド軍のメルヴィルと護衛の駆逐艦くるるの2隻が衝突している。そして、その他の艦艇は救助に向かうべきところを、まるで逃げるように現場から高速で離れつつあった。
「何をやっているんだ、連中は!」
 宇宙艦乗りなら決してやってはいけない事…救助義務の放棄…の集団発生に、指揮官がいきり立って叫んだ。
「すぐに連中を呼び戻せ!!」
「りょ、了解」
 通信オペレーターが急いで通信回線を繋いだ。ところが、そこから流れてきたのは、狼狽しきった会話だった。
『早く艦のコントロールを戻せ! 何、航行システムが全部イカレてる!?』
『なんだ、くそ、舵が利かない! 操舵不能!! メイデイ! メイデイ!』
『こちらU.S.S.バローラン、艦が制御不能! 我を避けよ、繰り返す、我を避け…うわっ!!』
 今度は巡洋艦バローランとコンドールの2隻が激突し、炎の塊になった。立て続けの惨事に、指揮官は慌てて次の命令を下した。
「演習中止! 後方で事故発生、直ちに救助に向かえ!! くそ、何たる失態だ!!」
 指揮官は椅子の肘掛けを捻じ曲がるほど強く殴りつけた。諸外国の観戦武官も見ていると言うのに、これほどの無様を晒したとあっては、惑星連合の鼎の軽重が問われる。いや、その前に自分の首が危ない。
 そして、指揮官の血圧をさらに上昇させるように、両軍本隊はその場を動こうとしなかった。
「こちら演習指揮官、貴様ら何をやっとるか!?」
 もはや外面を取り繕う余裕も無く、指揮官はマイクを掴んで叫んだ。しかし、返ってきたのは、両軍司令官の困惑しきった声だった。
『こ、こちらコードウェル。指揮下全艦艇の航法システムが機能停止し、現地点を動けません』
『レッド軍も同様です! 少しでも動けば連鎖事故の可能性があります!』
 その返事に、指揮官は唖然となった。高速打撃部隊も、突然航法システムが停止したために事故に繋がったようだ。これは一体どう言うことなのか?
 信じがたい事態の連続に指揮官も参謀長もほとんど思考停止状態に陥っていた。その時、レーダー手が画面上に動き出したものがある事に気付いて、声を張り上げた。
「指揮官、アメフラード艦隊が行動しています!!」
 指揮官は顔をあげ、演習開始前とは打って変わった期待のこもった目でアメフラード艦隊を見た。この状況下で自由に行動できる艦が残っていてくれた事は、何よりもありがたい。彼は早速アメフラード艦隊への通信回線を開かせた。
『こちらアメフラード艦隊司令官、ディアモンテ准将』
「演習指揮官だ。貴艦隊は航法システムに異常はないのか?」
 通信に出たアメフラードの司令官に、指揮官は単刀直入に尋ねた。
『はい、異常なく快調ですが?』
「そうか、では、高速打撃部隊の救助に向かってくれ」
 ほっとした指揮官はさっそく救助命令を出した。ところが、ディアモンテは酷薄そうな笑顔を浮かべると、ただ一言で答えた。
『断る』
「…何だと?」
 信じがたい一言に、指揮官は思わず立ち上がった。
「どう言うことだ! 命令に従わない気か!?」
 威圧するように声を張り上げる指揮官に、ディアモンテは嘲笑を浮かべた表情で答える。
『命令される謂れは無い。我々はアメフラード人だ。連合の犬が何を言う』
「何だと、貴様…」
 そこで、指揮官はある事に気がついた。この状況下で、何故アメフラード艦隊だけが行動可能なのか…
「貴様らか…これを仕組んだのは…!!」
 指揮官は唸った。堕ちたりとは言え、アメフラードは連合産業の中枢を担った惑星だ。彼の座乗するこのU.S.S.アストリアも含め、艦隊の大半の艦艇が航法システムに建造当時最新鋭だったアメフラードの物を採用し、搭載している。それに細工を施すのは、アメフラードから見れば赤子の手を捻るより簡単な事だっただろう。
『ようやく気付いたか。存外血の巡りの悪い御仁だ』
 ディアモンテの挑発に、指揮官はますますいきり立つ。それが相手の狙いだとわかっていても、怒りを抑えきれない。口をパクパクさせるだけで、声が出てこなくなっていた。
「何が目的だ」
 指揮官が冷静さを失いかけているのを見て、参謀長が医務室への搬送を命じ、会話役を代わった。ディアモンテは当然の事のように答える。
『失われたものを取り返すのだ。我がアメフラードの誇りも何もかも地に堕ちた。それを取り返し、かつての…いや、それ以上の繁栄を取り戻すのだ』
 その勝手な言い草に、参謀長は唖然とした。アメフラードが失墜したのは、彼ら自身の傲慢が原因ではないか!
「ふざけた事を…馬鹿な真似は止めろ。我が艦隊を足止めしたところで、惑星連合軍の戦力は強大だ。今の弱体化したアメフラードの戦力では勝負にならんぞ」
 参謀長としては精一杯の恫喝だったが、ディアモンテはそれを笑い飛ばした。
『馬鹿はお前たちだ。この周辺の艦隊は全てこのイソルデに集まっているはず。邪魔者はいない』
 参謀長は言葉に詰まった。ディアモンテの言う通り、大演習のために艦隊戦力はここに集結している。もちろん、艦隊戦力はこれだけではない。辺境防衛の任務を担う各Trans Spaceには遊撃艦隊が駐留しており、ディアモンテの小艦隊など軽く一蹴する戦力を擁している。しかし…
『お前たちの間抜け面を見るのも飽きた。我々は目的のために行動する。ここで、お前たちも亡国の苦しみを味わうがいい』
 ディアモンテがそう言って一方的に回線を切断した。同時に、彼の旗艦である戦艦ゴールドマイン以下のアメフラード艦隊がゆっくりと動き出す。
「くそ、奴らの行き先を突き止めろ!」
 参謀長の命令に、レーダー手が方向を解析。そして、最悪の事実を告げた。
「アメフラード艦隊はテランに向かっています!」
「…万事休すか!」
 参謀長はうめいた。今のテランにはろくな戦力がいない。アメフラード艦隊の戦力でも抵抗は無意味だろう。軌道上から光子魚雷を撃ち込むだけで、簡単にテランの政府を崩壊に追いやる事が可能だ。仮に艦隊が残っていても、アメフラード艦隊は航法システムを遠隔操作でダウンさせる事で、簡単にそれらを無力化できる。
 その上でテランに対し、連合盟主の座を明渡すように命じられたら…連合は事実上瓦解する。
「アメフラード艦隊速力上昇。ワープ7から8へ…レーダーレンジより消失。精密測定限界外に出ました」
 レーダー手は報告を続けていた。そうしないと、不安で押し潰されそうなのだろう。
「テランへの到着予測時刻は?」
「…72時間後です」
 3日…3日しかない。その間にアメフラードの野望を砕き、惑星連合を守らねばならない。しかし、どうやって?
(くそ、どうすれば良い…テランに奴らを到着させては全てが終わる。奴らより早くテランに行けて、航法システムのダウンも防げる部隊…そんな都合の良いものは…)
 参謀長は頭をかきむしった。その時、一筋の光が脳裏に差し込んできた。
(いや、待て…そうだ、いる。いるぞ! 唯一アメフラードに対抗可能な部隊が!!)
 参謀長は顔をあげた。通信オペレーターに尋ねる。
「艦隊内短距離通信は可能だな?」
「はい、長距離は不可能ですが」
 通信オペレーターは頷いた。航法システムだけでなく、長距離通信用のシステムもまた無効化されていたのだ。しかし、それならそれで、工夫で何とかするのが参謀の職務だ。
「構わない。各艦に連絡。航法のベテランを…そうだな。U.S.S.ライトに集合させてくれ。それと、イソルデ駐屯地に連絡して、天文マニアをやはりライトに転送移乗させるように」
 ライトは最新鋭の駆逐艦で、全艦隊を通じて最速の艦である。連絡をつけるのにその艦を起用するのはいいとして、天文マニアってどう言うことだ? と周囲の士官たちは訝った。
 しかし、命令は絶対だ。彼らは疑問を脇において、その通りの通信文を送った。そして、参謀長は事情説明のため、転送装置をリレーしてライトへ飛んでいった。


 辺境宙域の要と言われるTrans Space Nine、通称TS9。どこかのんきな空気が漂い、軍港と言うよりは宇宙のオアシスとしての側面が強調されがちな所である。
 しかし、その司令部は、さすがに例外的に忙しそうな雰囲気を漂わせていた。
「うおお、あと十分、あと十分!」
 司令官のかわねぎ中佐が書類の決裁を大急ぎでやっていた。書類にものすごい速度で目を通しては訂正し、あるいは承認してサインをし、「決定」「再提出」「却下」のボックスに分けて入れていく。
「おお、司令が燃えている…」
 めったに見られない光景に、オペレーターのハリントン少尉が携帯電話を取り出して写真をとっていた。
「そりゃ、あと九分三十秒でプレラット大使館のお掃除タイムなんにゃから、燃えるのも当然にゃ」
 同僚のみけね・こーな少尉が呟く。プレラット大使館の掃除は、日頃激務に追われる(?)かわねぎ司令にとっての心のオアシス、命の洗濯なのである。
「ああ、そう言う事か」
 ハリントンは大いに納得した。それなら、隣に鬼の形相を浮かべたれも副司令が、オーラハリセンを持って直立不動しているのもわかる。司令が逃げ出そうとしたら、あれで容赦なく一撃入れるつもりなのだろう。
「くっ、あと5分…終わらないぞ! れも君、少しくらい明日に回しても…」
「ダメです」
 かわねぎ司令の懇願を、れも副司令は一言で片付けた。彼女に言わせれば、ここまで仕事を溜めたのは司令の自業自得である。
「うう、シェリル少佐がいればなぁ」
 かわねぎ司令は泣きながら仕事を続けた。強襲艦ワールウィンドの艦長、シェリル少佐はこう言う時に意外と融通の利く人物で、司令の事務を手伝ってくれたりするのである。しかし、今彼女は定期哨戒任務でTS9を離れていた。あと数日は戻ってこない。
 さらに2分が経過した。お掃除タイムまであと3分。かわねぎ司令の計算では、仕事の残量を片すには、あと10分は必要だった。絶望的な思いに囚われたその時、みけね少尉の前のコンソールで赤いランプが点滅した。緊急入港を要請する合図だ。
「こちらTS9航路管制。貴船の船名とコードを伝えるにゃ」
 無線のヘッドホンとマイクを手にしたみけね少尉が、相手の船との交信を開始する。そして、不思議そうな表情でかわねぎ中佐の方を振り返った。
「司令、緊急入港を求める通信が入ったんにゃけど、様子がおかしいんにゃ。U.S.S.ライトって名乗ってるにゃ」
「ライト? そりゃ変だな。あの艦はイソルデの大演習に行ってるはずだろう?」
 かわねぎ司令が首を捻りながられも副司令の顔を見上げた。彼女も状況の把握に困っていた。
「故障したとしても、イソルデに降りる方が普通…ですよね?」
「むぅ、他に何か言ってきていないのか?」
 かわねぎ司令の言葉に、みけね少尉は通信ログをチェックする。
「コードは正式のものにゃ。 …にゃにゃ?」
 不審な点を見つけ、みけね少尉はそこを何度も読み返した。
「発信者の名前が…エドアルド・ミュラー少将になってるにゃ…」
「なに? 演習艦隊参謀長の?」
 かわねぎ司令は立ち上がると、みけね少尉のコンソールを後ろから覗き込んだ。そして、彼女の言っている事が間違いで無いと確認する。
「ふむ…よし、緊急入港許可を出せ。10番ゲートを空けるんだ」
「了解したにゃ」
 みけね少尉とハリントン少尉が作業を始める。10番ゲートに係留されていた駆逐艦ふくとくが一旦外洋に退避し、代わりにライトが入港する。よほど飛ばしてきたのか、ワープナセルは見た目にもはっきりわかるほど過熱していた。
(…なんだか、嫌な予感がするな?)
 参謀長を出迎えに出たかわねぎ司令は、そのライトの様子と、タラップが渡された瞬間に、血相を変えて駆け寄ってきたミュラー参謀長の表情を見て、そう予感した。そして、それは的中した。


 TS9に、それまで誰も聞いたことのなかったような、不気味なサイレンが鳴り響いた。プロムナードで談笑していた市民も、ラウンジで憩いの一時を過ごしていた職員たちも、ぎょっとしたような表情でスピーカーを見つめた。
 そして、それに迅速に反応したのが、少尉以上の軍士官たちだった。それは全面非常呼集の合図だったのだ。彼らは走って、あるいは転送でセントラルコアの大会議室に続々と集結した。その表情には緊張の色が漲っている。全面非常呼集の発令は、戦争か、もしくは大規模災害のような非常時中の非常時にしか発令されない、最高レベルの警報と同義語である。
 何が起きたのかと、ざわざわと話し合う士官たち。そこへ、れも副司令を伴ったかわねぎ司令、そしてミュラー参謀長が入ってきた。ミュラーを知っているものは、演習艦隊参謀長のはずの彼がTS9にいる事を不審に思い、さらにざわつきが大きくなる。
「傾注!」
 れも副司令の気合の入った美声による号令が、一瞬でそのざわめきを打ち消した。場にピーンとした空気が張り詰める…が、すぐにかわねぎ司令が片手を挙げた。
「楽にして良い」
 その一言で、一瞬空気が和む。しかし、かわねぎ司令は何時になく真剣な表情で話をはじめた。
「さて、今日諸君に全面非常呼集を行った理由だが、緊急事態が発生した。これは極めて重大な事態であり、場合によっては惑星連合の存続に関わる」
 れも副司令の号令以上の緊迫した空気が辺りを包んだ。普段はお気楽極楽な態度を崩さないかわねぎ司令が、ここまで事態が深刻であることを強調したのは初めてである。しかも、「惑星連合の存続に関わる」と言うのだ。これがただ事ではない事を、誰もが強く認識した。
「では、副司令より詳細を説明してもらう。れも君、よろしく」
 頷いて演壇に立ったれもは、TS9を含む半径250光年の宙域図を表示させた。その中にはテランやイソルデも含まれている。
「46時間前、イソルデ星系での演習中に、惑星アメフラードの艦隊が反乱を起こしました。アメフラード軍艦隊は連合軍艦隊の航法システムにウイルスを仕掛け、艦隊を無力化。その後、テランに向けて侵攻中です」
 衝撃的な報せに、場が騒然となった。れも副司令が「静かに!」と叱責して、さらに続きを言う。
「現時点で、テラン付近にこれを迎撃可能な艦隊戦力はありません。アメフラード艦隊のテラン到着を許した場合、最悪、惑星連合は崩壊します」
 士官たちが息を呑む。状況の深刻さが、ようやく誰の目にも明らかになってきた。そこで、一人の少尉がさっと手を挙げた。若手のホープ、シューマッハ少尉だった。
「質問ですが、連絡が今まで遅れたのは何故ですか?」
「それには私が答えよう」
 ミュラー少将が進み出た。
「アメフラードに無効化されたのは、長距離通信システムもだ。そこで、ともかく高速艦を一隻、システムを切って全手動で動かし、手近な我が軍の拠点に駆け込む事にした。ここが一番近かったんだ」
 アメフラード艦隊が去った後、ミュラーはイソルデ基地の天文マニアを呼び寄せた。彼らはイソルデから見える星が、どこのなんと言う星かを把握している。それを参考に、航法科員が手で航路を計算し、TS9までの航海計画を立案した。ここでようやくミュラーはテランの連合軍本部への報告を行う事が出来たのである。
「それで、本部はなんと?」
 技術部のオヤンジュ中尉が質問する。
「そりゃ大混乱さ。だが、とりあえず迎撃に向かえそうな部隊に対し、テランへの出動命令が下ってはいる」
 かわねぎ司令が答えた。それを聞いて、辺りに安心した空気が流れる。各TSを拠点とする正規の遊撃艦隊が出動すれば、アメフラード艦隊ごときは軽く撃滅できるだろう。ところが、次にかわねぎ中佐が口にしたのは、とんでもない一言だった。
「現時点で、アメフラード艦隊を迎撃可能な艦隊は、我がTS9防衛艦隊のみだ。従って、我々はこれより総力を挙げて出撃、アメフラード艦隊のテラン到着を阻止する」
 一同は唖然とした。強力な艦隊が他にもいるのに、何故駆逐艦級しかないTS9防衛艦隊しかアメフラードと戦えないのか?
「あ、そう言う事かにゃ」
 一人合点が行ったのはみけね少尉だった。一同が彼女を注目する。
「アメフラードは、自分とこで作った航法と通信システムを妨害する方法を持ってるにゃ。だから、アメフラードの関わった機能を使ってる艦は、危なくて戦えないにゃ」
 ついこの前まで一大工業惑星として君臨していたアメフラードの製品を使っている艦は、意外に多い。航法だけでなく、砲術管制や転送装置なども例外ではない。もし、戦闘中にいきなりそれらの機能が暴走したら…想像するだに恐ろしいものがある。
「なるほど。でも、ここの防衛艦隊の大半は…」
 オヤンジュ中尉も気付いてポンと手を打った。みけね少尉は頷いて先を続ける。
「そうにゃ。システムのほとんどが、プレラット製の新型に更新されとるにゃ。アメフラードもこれには手を出せないはずにゃ」
 TS9は連合最新のTrans Spaceであり、機材も新型が多い。配備されている艦の艦齢も若く、アメフラード製品の割合が非常に低いのだ。
「なるほど、司令の趣味がこんなところで役立つとはなぁ…」
 誰かがポツリと漏らしたのを聞きつけて、かわねぎ司令は首を振った。
「バカ言っちゃいかん。私はここの設計自体には関与してないんだぞ。そういうのは艦政本部の仕事だ」
 確かに、いくらかわねぎ司令でも、TS9にプレラット製品を優先して使うよう決定する権限はない。艦艇やステーションに使われる機材の選定は、テラン本星の連合宇宙軍艦政本部が行っている。つまり、プレラット製品が多いのは彼らの技術力の賜物だ。もっとも、かわねぎ司令がTS9の居心地を気に入っている理由の一つではある。
「ともかく、そうした理由で、アメフラード軍と全力で戦える戦力は、我々しか残されていない。総員、直ちに出撃準備にかかれ」
 士官たちが一斉に椅子を蹴って立ち上がり、一糸乱れぬ敬礼をする。かわねぎ司令、れも副司令もその敬礼に応え、一同は行動を開始した。かわねぎ司令は走り去る士官の中から、みけね少尉を探し出して命じた。
「みけね少尉、港湾管理の方で忙しいと思うが、地球の頼香少尉たちと、ワールウィンドのシェリル少佐に直ちにTS9に集合し、我々に続くよう伝えてくれ」
「了解にゃ」
 みけね少尉が頷いて走り去る。一度司令部に向かいながら、かわねぎ司令はれも副司令に言った。
「出撃する艦隊は、私が直率する。留守を頼むよ」
 すると、れも副司令ははっきりした口調で答えた。
「いえ、私も行きます」
 かわねぎ司令は驚いた表情でれも副司令を見た。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何も君まで…」
 毎月恒例のシミュレーションによる対抗戦では、れも副司令は防衛側を担当している。今回もTS9に残って、後ろの守りを引き受けてもらおうと、かわねぎ司令は考えていたのだ。
「考え直してくれないか? この戦いでは後方の守りも重要になるぞ。アメフラードが外国勢力と手を結んでいない保証はないんだ」
 かわねぎ司令はそう言ってれも副司令を説得しようとした。
 現在、トマーク=タスやラクティーアと言った周辺諸国には、特に動きは見られない。しかし、もし彼らがアメフラードと今回の事件の裏で手を結んでいたら…あるいは、独自の情報活動でこの反乱を知り、乗じる気になったら?
 その時、TS9も含む各TSの果たす役割は重要だ。先程のブリーフィングでは説明しなかったが、遊撃艦隊を動かせない理由はこれもある。辺境の守りを固めている限り、諸外国に介入を躊躇させる効果があるからだ。
 従って、れも副司令のような防衛線に長けた指揮官をここに残していくのが、一番良い人材の使い方なのだ。しかし、れも副司令は首を横に振った。
「我が艦隊と、アメフラード艦隊との戦力差は隔絶しています。一戦で勝負をつけるのは無理で、必然的に長期戦になるでしょう。そういう粘りの勝負なら、私にも自信はあります」
 れも副司令の言葉に、かわねぎ司令は唸った。アメフラード軍は最後に確認された時、戦艦2、巡洋艦3、駆逐艦14を擁していた。アメフラード本星の艦隊と合流された場合、この数はさらに倍に増える可能性がある。一方、TS9防衛艦隊で今すぐ出せるのは、駆逐艦12。頼香たちのさんこうとシェリル少佐のワールウィンドが合流しても、駆逐艦13、強襲艦1でしかない。
 防衛艦隊がこの戦力でも戦えるのは、Trans Space本体の一個艦隊にも匹敵する強大な火力の支援を受けられるからで、艦隊単独では一個宙雷戦隊程度の実力しかないのだ。これで戦艦や巡洋艦に勝負を挑むのはかなり辛い。ヒット・アンド・アウェイを繰り返して、少しずつ戦力を削っていくしかないだろう。
 そうした戦いの時は、指揮官の直率する兵力は、少ないほどやりやすい。その点で言えば駆逐艦12隻は確かに多く、次席指揮官を置いて、6+6か4+8に艦隊を分けて波状攻撃を仕掛けるのが良い。それはわかる。わかるのだが…
「しかし、出来れば私は君を危険なところに…」
 かわねぎ司令がそう言いかけた時だった。
「良いじゃないか、彼女を連れて行っても」
 背後からの声に、かわねぎ司令とれも副司令は振り向いた。そこにはWONDO元中佐が立っていた。
「WONDO先輩、一体何を?」
 かわねぎ司令は厳しい表情でWONDOを見た。その視線を受け流し、彼は敬礼した。
「WONDO予備役中佐、現役復帰を申請します。その上で、TS9の防衛は引き受けよう…それなら文句はあるまい?」
 ニヤリと笑うWONDOに、かわねぎ司令は膨れた顔で答えた。
「大有りですよ」
 確かに、WONDOは防衛戦のエキスパートだ。背後を任せるのに不足ない人材である。しかし、それとれも副司令を連れて行きたくない気持ちは、まるで別の問題だ。何とか口実をつけようと思ったら、今度は別の声が聞こえてきた。
「れもちゃんなら大丈夫。立派に司令の期待に応えられる実力がありますよ」
 トマーク=タス同盟TS9大使、玉山霊泉院 歌恩だった。彼女はにこやかな表情で進み出ると、はっきりした口調で言った。
「まず、トマーク=タス同盟としては、今回の貴国の反乱騒ぎについて、一切の関係を持たず、また介入の意思もない、と宣言いたします。これは盟主陛下の公式の意思表示である、と受け取って戴いて結構です」
「それはありがたいですが、しかし…」
 なんで反乱の事を知っているのか、と言いたげなかわねぎ司令だったが、すぐに目の前のリサールナル女性が高いエンパス能力の持ち主である事を思い出した。この騒ぎなのだから、何があったのかと思えば、すぐにその理由を知ることが出来るだろう。
「そう言う事ですから、背後の心配など無用ですよ。行って、叛徒たちを思う存分叩きのめしていらっしゃい」
 過激な事を言う歌恩。かわねぎ司令は天を仰ぎ、しばし黙考した。そう言う事であれば、有能な指揮官でもあるれも副司令をTS9に配置するのは無駄だ。連れて行けば勝算は確かに向上する。
 それは理性の問題であって、感情面ではまた別なのだが、感情的理由でれもを翻意させる自信が、彼にはなかった。かわねぎ司令はため息をつき、恨みますよ、という視線でWONDOと歌恩を睨むと、れも副司令に向き直った。
「君には分艦隊として8隻を預ける。期待しているよ」
「…はいっ!」
 れも副司令は勢い良く敬礼すると、足取りも軽く司令部に向かって行った。かわねぎ司令もその後を続いていく。WONDOと歌恩は顔を見合わせて微笑むと、二人の後を追った。


 4時間後…アメフラード艦隊のテラン侵攻予想時刻まであと22時間と迫ったTS9では、防衛艦隊の出港とその準備が続いていた。
「U.S.S.りそな、出港。集結ポイントに向かうでちゅ。続いてU.S.S.ころん、離岸。外洋へ移動中」
「U.S.S.ほうえい、物資積載中。準備完了まで45分。機関、武装など最終チェック中にゃ」
「U.S.S.チャム、装備変更作業完了。動作テスト問題なし。出港準備にかかります」
 オペレーターたちがひっきりなしに入ってくる報告を捌いている。れも副司令に預けられた第一分艦隊の8隻は全艦出港し、トランスワープチューブ入り口付近の集結ポイントへの移動を始めていた。
「こちら第一分艦隊」
『第二分艦隊、どうぞ』
 通信モニターにかわねぎ司令が映る。彼がいるのは第二分艦隊の旗艦に選んだU.S.S.ふくとくの艦橋だ。
「こちらはいつでも出撃可能です。司令の方は?」
 れも副司令の質問に、かわねぎ中佐は他の艦の様子を見て答えた。
『ふくとくとほうえいは問題ないが…チャムとくらいてんの準備が少し遅れているな。あと3時間はかかりそうだ』
 れも副司令は考え込んだ。トランスワープチューブでの移動時間を考えると、全艦揃っての移動となった場合、テラン進出に12時間かかる。その時点で残りは10時間。策敵しつつ迎撃に向かうとなると、テランまで残り5〜6時間の地点での迎撃となる。余裕が無さ過ぎる。
「司令、第一分艦隊は先行して敵艦隊を迎撃、これを足止めします」
 れも副司令の決意に満ちた言葉に、かわねぎ司令も首を縦に振った。
『…よし、わかった。私が行くまで保たせてくれ』
「最善を尽くします」
 れも副司令は敬礼すると、通信を切って全艦に出撃を命じた。次に、テラン本星への回線を開かせる。
「こちらTS9防衛艦隊第一分艦隊。連合航宙局応答願います」
『こちら連合航宙局航路管制。トランスワープチューブ内の全船舶の退避完了。これから24時間は君たちの専用だ。思い切りぶっ飛ばしてくれて構わないぞ』
「了解しました。ありがとうございます」
 れも副司令は微笑みながら礼を言った。出撃準備と平行して、トランスワープチューブ内をクリアにして、艦隊が全力移動できるように、航宙局に依頼しておいたのだ。
「全艦、最大戦速にてトランスワープチューブに突入!」
 れも副司令が指揮杖を振るう。旗艦U.S.S.ほいっぷ以下8隻の駆逐艦は、必勝の信念を秘めて亜空間の激流にその身を投じて行った。


 その頃、地球軌道上でも、戦いに旅立とうとしている艦があった。
 駆逐艦U.S.S.さんこうの艦橋にほのかな光が現れたかと思うと、3人の少女が姿を現した。惑星連合軍地球駐在任務武官、ライカ・フレイクス少尉こと戸増頼香と、彼女の親友にして現地協力員、庄司果穂と雲雀来栖である。地上から転送で飛んできたのだ。
「頼果ちゃん、待ってたでちゅよ」
 さんこう艦長のもけ大尉が声をかける。自分の持ち場である操舵手席に座りながら頼香は答えた。
「悪い。さすがに学校はサボれないからな。代わりに思い切り飛ばすぜ」
 その言葉に、全員がシートベルトをしっかりと確認する。頼香が「飛ばす」と言ったからには、それはもう凄い事になるのだ。
「ジェネレーター異常なし。ワープ機関への回路接続。いつでも行けるぞ」
 機関長のからめるがコンソールを叩いてジェネレーターから供給されるエネルギーを制御する。それを受けて、もけが命じた。
「U.S.S.さんこう、発進でちゅ!」
「了解!」
 頼香がぐいと操縦桿を引くと、窓の外に見える星々が光の線となり、瞬時にさんこうの後ろに流れていった。光速を遥かに越える速度に達したさんこうはTS9に向けて疾走した。
 その速度が徐々に低下し、再び通常の星空が見えてきた時、そこにはいつもと変わらぬように見えるTS9の威容があった。しかし、頼香たちはその変化に気が付いていた。
 艦隊の姿が見えない。残っているのは探査艦U.S.S.エテューのような非戦闘任務艦艇だけだ。
「こちらU.S.S.さんこう。TS9管制、応答願います」
 来栖が通信機のマイクを手にとると、モニターに思わぬ人の顔が映った。
『お帰り、3人とも』
「あれ、WONDO先生?」
 頼香が首をひねった。てっきり出るのはれも副司令だと思っていたのだ。
『緊急時なので、私が一時的に基地の指揮を執っているんだよ。それより、状況を説明しよう』
 WONDOはそう言って、最新の情報を頼香たちに伝えた。3人は情勢が極めて切迫している事を改めて悟った。
「れも副司令まで出撃したなんて…本当に総力戦ですね」
 いつもは軽妙さを失わない果穂も、さすがに緊張の面持ちだ。
『かわねぎ司令も、第二分艦隊を率いて1時間前に出撃した。君たちも急ぐんだ』
「了解でちゅ。さっそく、トランスワープチューブに…」
 もけが頷いた時、レーダーを見ていた果穂がそれに気がついた。
「あ、待ってください。後方に反応…これは」
 果穂がその正体を言うより早く、後方からやってきたその艦は、減速してさんこうの横に並んだ。ワープエンジンを装甲の内部に包んだ独特のスタイル。強襲艦ワールウィンドだ。
『間に合ったな。君たちもこれから出撃か』
 モニターに艦長シェリル少佐の姿が現れる。頼香たちは一斉に敬礼した。
「少佐、早く行きましょう!!」
 頼香が急かすように言うと、シェリルは利かん気の強い妹をたしなめるように微笑んだ。
『そうあせるな。我々は最後に戦場に突入する事になる。場合によっては戦局を左右する存在になるかもしれない。そのためには、全力を発揮できるようにしておく事だ』
 そう言うと、シェリルはTS9に整備・補修を依頼した。それほど長期の航海から帰って来た訳ではないので、1時間くらいで済む事だが、既にかわねぎ司令とれも副司令の艦隊が先行していることを知っている頼香たちは気が気ではない。
「少佐!!」
 叫ぶ頼香に、シェリルは苦笑すると、口を開いた。
『まぁ、そこまで言うなら、少し出撃に向けて話をしようか…作戦会議と行こう。こっちの艦に来てくれ』
 シェリルの言葉に、頼香たちは顔を見合わせた。彼女たちとしては早く戦場に駆けつけたいところだが、シェリル少佐はここでは先任指揮官だ。無視して先に行くわけにも行かない。
「わかりました。コンピュータ、3名転送」
 頼香たちはワールウィンド艦内に転送移動した。すると、そこら中で座り込んで分解したフェイザーライフルを点検整備している海兵隊員たちが、彼女たちの姿を認めて歓声をあげた。
「おお、フレイクス少尉たちだ!」
「ようこそ、ワールウィンドへ!」
 海兵隊員の間にも彼女たちのファンは意外に多い。照れ笑いを浮かべつつ艦橋に行くと、シェリルとネルソン副長、それに海兵隊長のアンジェロ・バルトルッツィ大尉が待っていた。
「良く来たな」
 微笑むシェリルに、頼香が自分の主張を述べようとする。
「少佐、俺たちも早く…」
「まぁ、焦るなと言っただろう? ここから予想戦場までは半日はかかるし、一番先行しているれも少佐だって、まだトランスワープチューブの真ん中あたりだ」
 シェリルが言うと、バルトルッツィ隊長も娘を見るような優しい視線を3人に向け、諭すように言った。
「大丈夫、司令と副司令が凄い人たちだって事は、君らも知っているだろう? そう簡単にやられやしないよ。それより、戦場に到着した時どう行動するか、それを詰めておこう」
 これに果穂が頷く。
「そうですね…予習をしておくのとしてないのでは、ずいぶん違いますからね」
 元教師らしい例えを口にする果穂。親友の言葉に、頼香もどうにか逸る気持ちを押さえつけて従う。
「それでは、はじめようか」
 ネルソン副長が会議卓を引き出してきた。全員が座ったところでシェリルが口を開く。
「よし、まずは…」


 4時間後、テラン星域。トランスワープチューブの末端から、れも副司令率いる第一分艦隊の8隻が次々に飛び出してきた。
「副司令、惑星連合本部より入電です」
 通信オペレーターが報告した。
「繋いで」
 れも副司令が命じると、モニターに第9方面軍司令長官、ミッチェル・ワイアード提督の顔が映し出された。れも副司令が敬礼すると、ワイアード提督も答礼した。
『れも少佐か。君も出撃したのだな。司令は?』
「かわねぎ司令は第二分艦隊を率いて続航しています。あと3時間ほどで到着するかと」
 れも副司令が答えると、ワイアード提督は落胆した表情になった。
『なんじゃ、あいつが来るのか…儂としてはかわねこたんが良かったのじゃがのう…』
「提督、そのような事を言っている場合では」
 れも副司令がこめかみを揉みながら言うと、ワイアード提督はふぉっふぉっふぉっと笑った。
『いや冗談じゃよ。ともかく、こちらのバッジ・システム(半自動警戒網)の情報を伝送する。索敵の参考にすると良いじゃろう』
 ワイアード提督が言うと、情報士官のコンソールにデータ転送完了のランプが点った。それを一瞥して情報士官が言った。
「提督、敵発見の記録がありませんな?」
『そうじゃな。おそらくシステムをごまかしているのじゃろう。この構築にも、アメフラードの技術者は多く入っておったでな』
 ワイアード提督が答える。
『じゃが、記録が全く無いのが逆に不自然じゃろ?』
「ええ、その辺をつついてみます」
 情報士官もその辺は了解していたらしい。張り切って解析に取り掛かる。それを横目で見ながら、れも副司令は今回の反乱勃発から気になっていた事を、提督に聞いてみた。
「ワイアード提督、今回の件ですが…これほど強力なシステム妨害手段をもっていたのなら、どうして先の我が軍の進駐時に、彼らはこれで抵抗しなかったのでしょうね」
『ふむ、儂もそれが気にかかっておった』
 ワイアード提督は頷いた。
『それだけではないぞ。何も演習艦隊を無力化するような手間をかけんでも、テランの軌道上でこれを使えば、十分この星を大混乱に陥れる事が出来たはずじゃ。あそこ製の機械に頼る部分はまだまだ多いからの。なぜそうせんかったのか、いささか解せんのう』
 ワイアード提督の言葉は、れも副司令に考える材料を与えた。アメフラード軍はどうしても、演習艦隊を無力化する必要があったのか? 何のために? テランの目の前で艦隊を無力化するほうが、与えるインパクトは大きかったはずだ。
「無敵に見える妨害システムでも、何か穴がある…と言うことなのかしら? …いや、違うわね」
 れも副司令は考え、一つの結論を導き出した。その結論が正しいかどうかを確かめるために、提督に一つ質問する。
「提督、今回の件で、アメフラードの現政府は何か言って来ていますか?」
『アメフラード? いや、何も言ってきておらぬようだな…』
 れも副司令は頷き、自分の推論を述べた。
「提督、これはアメフラードの総意として行われた反乱ではありません。おそらく、演習派遣艦隊のディアモンテ提督の独断です」
『ほう、それはどういう事じゃな?』
 ワイアード提督が興味深そうに身を乗り出してきた。
「アメフラードが連合軍進駐時に妨害システムを使用しなかったのは、まだそれが無かったからです。ディアモンテ准将のグループが独立回復の切り札として作ったのでしょう。ただ、完成したのは最近で、しかもテストもしていなかったと思われます」
 れも副司令が自分の推論について説明する。
『なるほど、演習艦隊に対する妨害システムの使用は、テスト兼デモンストレーションと言うところじゃな。いきなりテランに持ってきて使ってみて、やっぱり失敗でした、てへ♪ ではシャレにもなんにもならんからの』
 ワイアード提督の理解は、れも副司令の推論の続きと一致していた。
(さすが提督。方面軍司令官にまでなったのは伊達ではありませんね)
 れも副司令は感心した。ワイアードと言うと、普段はかわねこを文字通り猫可愛がりしているだけのようにしか見えないのだが、やはり軍人としては卓越した実力の持ち主であった。
「ええ、そう考えると、アメフラード本星の沈黙も理解できます。心情的にディアモンテ准将に同調する部分があって、日和見をしているのでしょう」
 れも副司令はそう言って推論を締めくくった。少ない情報と状況からの判断であったが、そう大外しはしていない自信があった。彼女とて伊達に情報部出身ではない。戦術指揮官としてはまだ発展途上だが、これでも情報解析では逸材と言われたのだ。
『なるほどの。本星ぐるみ荷担していないのであれば、打つ手はいくつも考えられるわい。外交ルートで連中を揺さぶるように上をせっ突いてみるとしよう』
 ワイアード提督はニヤリと笑って見せた。そこへ、情報士官の報告が入った。
「副司令、バッジ・システムのログ解析完了。アメフラード艦隊の侵攻方向を推測しました」
 れも副司令はその解析結果を見た。イソルデからまっすぐ侵攻してくるのではなく、やや迂回するコースを取っているようだ。
「不自然にデブリや船舶の発見記録が少ない宙域を抜き出して見ました。おそらく、そこへの警戒能力が妨害されています」
 情報士官の解析結果は、れも副司令も納得させるものだった。裏をかいてまっすぐ来る可能性も考えたが、一発本番に賭けなかったディアモンテ准将の慎重さを考えると、迂回コースを繰るのが妥当だろう。
「わかりました。我々もこのコースを取って進み、敵艦隊と遭遇次第、交戦を開始します」
 れも副司令は艦隊進路を指示すると、ワイアード提督に向き直った。
「それでは、私たちは出撃します。後続部隊が到着したら、この解析結果を送って続航するよう伝言をお願いします」
『わかった。必ず帰って来るようにな』
 れも副司令の依頼に頷くワイアード提督。ここで、「勝って来い」と言わずに「帰って来い」と言う辺りが、この老将の人柄を表していた。
「はい、吉報をお待ちください」
 れも副司令は最後にもう一度敬礼して、交信を打ち切った。そして、艦隊各艦に命じる。
「球形陣を構成、全索敵システムをフルレンジで使用しつつ前進!!」


 そして読みは当たり、れも副司令の第一分艦隊は、いよいよ敵アメフラード艦隊との交戦に突入しようとしていた。テランまであと4時間という至近距離。戦場までのデッドヒートをTS9艦隊がかろうじて制する形となった。だが、戦いの本番はこれからだ。
(これが…初めての実戦)
 れも副司令は身体の底から、何かぞくりとした感覚が湧き上がってくるのを感じた。彼女が命を賭けて戦いに臨むのは、別に初めてではない。情報部時代、捜査や内偵の途上で銃撃戦になり、文字通り剣林弾雨の下を潜った事もある。
 しかし、それは彼女一人の生命を賭けての戦いであり、今回のように部下たちの生命までも背負って戦いに臨むのは初めてだった。その事を考えると、どうしても身体が震えてならない。
(いけない、こんな事じゃ。指揮官が部下に弱いところを見せるなんて…)
 れも副司令は必死にその震えを押し隠そうとした。かわねぎ司令はいつでも自信たっぷりに指揮を執り、不安そうな様子を見せた事がない。だからこそ部下たちも安心して付いて行くのだ。他ならぬ自分も。だからこそ…
 その時、明中尉が何気ない口調で尋ねてきた。
「副司令、武者震いですか?」
「え?」
 唐突な質問にきょとんとなるれも副司令に、明中尉が微笑しながら言う。
「意外ですね、副司令ほど冷静な人でも、やっぱりこう言う時には力が入るんですね」
「いえ、私は…」
 れも副司令は思わず不安で震えていた事を告白しそうになり、慌てて口をつぐむと、あたりを見回した。明だけでなく、他の艦橋要員も、彼女を笑顔で見ていた。彼らはその笑みでこう語っていた。
 大丈夫、貴女ならやれます。
 その途端に、れも副司令は抱いていた不安が溶けるように消えていくのを感じた。もちろん、プレッシャーが無くなった訳ではない。しかし、彼らとならどんな困難な任務でもやれる。そういう自信が湧いてきたのである。
 れも副司令は顔を上げると、決然と命じた。
「予定通り、最大射程から全艦光子魚雷を発射。目標は敵駆逐艦先頭艦。旗艦より4番艦までは、旗艦の発射に同調。5番艦以降は5秒後に発射」
「了解!!」
 光子魚雷照準手が勢い良く返答する。
「魚雷発射後、全艦一斉旋回頭。敵艦隊と距離を置きます。日月捲離命中尉、操艦指揮は一任します」
「了解。明で良いですよ、副司令」
 律儀に彼の長い苗字を呼ぶれも副司令に、これまた律儀に名前だけで良いと言う明中尉。彼は普段は資料部に入り浸っているが、本職は艦隊の参謀であり、特に艦隊運動には一家言持つ士官だ。機動戦に慣れていないれも副司令のために、かわねぎ司令が助言役として付けてきたのである。明中尉の組んだプログラムに従い、8隻の駆逐艦は糸で繋がれたかのように見事な運動を見せた。


 アメフラード艦隊でも、TS9防衛艦隊の接近は悟っていた。
「駆逐艦8隻、けいんず級と見られますが、熱源パターンなどに微妙な差異が見られます。ライブラリとの照合結果では、TS9防衛艦隊所属の艦艇と見られます」
 戦術情報参謀がディアモンテに報告した。
「TS9だと? そんな連中がわざわざ迎撃に出てくるとはな…」
 ディアモンテは意外な名前に驚きつつも、これも因縁か、と思った。アメフラードの市場制覇計画が暴露され、武力制裁が発動されたきっかけの一つに、TS9に派遣した視察員の起こしたトラブルがあった、と言う情報があったからだ。
 ディアモンテ自身はそのバカな視察員に対して同情を抱くどころか、亡国の輩として自分の手で絞め殺してやりたいとさえ思っていた。その件に関しては心情的にはTS9の側に近いかもしれないが、彼らが母国再興を妨げる以上、容赦はしない。
「駆逐艦8隻で立ち向かってくるか…勇敢な連中だ。盛大にもてなしてやれ」
「了解」
 ディアモンテの命令に従い、アメフラード艦隊は迎撃準備に入る。まず、例の妨害システムが作動した。しかし、TS9第一分艦隊の動きは乱れない。
「システムに反応なし! 敵艦隊は我が国製の機器を使用していない模様です」
「む…なるほど、それで迎撃に出てきたのか」
 納得するディアモンテ。その前でTS9艦隊が先制の一矢を放った。
「敵艦隊、光子魚雷発射! 雷数8…いえ、第二波含めて16! 駆逐戦隊先頭艦が狙われています!!」
「なに?」
 敵の意外な速さに驚くディアモンテの目前で、駆逐戦隊の一番艦に光子魚雷が次々と命中した。第一波の攻撃は防いだものの、それによって弱体化したシールドは、第二波には耐えられなかった。三発がシールドを貫通して命中し、その駆逐艦は瞬時に大破して戦線離脱を余儀なくされた。
「駆逐艦シルバースターIII大破! 敵艦隊は急速離脱中!!」
 オペレーターの報告に、ディアモンテは瞬時にれも副司令の戦術を看破した。
「一撃離脱の繰り返しで我が方の戦力を削る気か。まんまと引っかかった俺も間抜けだが、二度目はないぞ!」
 ディアモンテは自分を叱咤するように叫ぶと、艦隊陣形の組換えを命じた。


 二度目の襲撃運動に入ったTS9第一分艦隊は再び時間差をつけて光子魚雷を一斉発射した。しかし、それが敵艦隊に届く前に、その陣形が急速に変化するのが確認された。
「敵巡洋艦が前面に進出、シールドを全開にして密集隊形を取りました。光子魚雷、どれも有効弾ありません」
 駆逐艦よりはシールドの厚い巡洋艦が、密集することでシールドを重ね合わせ、防御力を向上させたのだ。光子魚雷は全て弾き飛ばされ、あさっての方向へ飛んでいってしまった。
「敵も打つ手が早いですね」
 感心する明中尉。
「ディアモンテ准将は、アメフラード軍では勇将だと聞いているわ」
 れも副司令は答えた。情報部時代に連合加盟各国の提督や将軍について調査した時の記憶である。その頃は、ディアモンテがこうした大胆な行動に打って出る人物だとは気づかなかった。
「なるほど、強敵というわけですね…あ、敵艦魚雷発射! 雷数18、こちらに向けて急速接近中!!」
 レーダー手が叫んだ。一番艦を撃破されたアメフラードの駆逐戦隊が、復讐の意気を込めて光子魚雷を一斉射出したのだ。
「回避運動…いえ、こちらもディアモンテ准将を見習いましょう。全艦シールドを前方に集中して密集隊形!!」
 れも副司令は敢えて回避を選ばなかった。シールドを集中して魚雷攻撃を防いだ直後、レーダー手が叫んだ。
「我が艦隊の上下左右方向に大出力フェイザー力線が通過。戦艦主砲による攻撃と見られます」
 明中尉は感嘆の表情でれも副司令を見た。回避運動を取っていたら、戦艦の猛撃にまともに晒されるところだった。
「読まれていたのですか?」
「向こうも、今自分が見せたばかりの戦術を、こっちが取るとは思っていなかったと考えたの。まだ、こっちにツキはあるようね」
 れも副司令は微笑むと、再び艦隊に一斉旋回頭を命じ、アメフラード艦隊と距離をとった。


 攻撃は失敗したが、ディアモンテはまだ余裕の表情を浮かべていた。
「なかなかやるな…確かTS9の司令官はかわねぎ中佐だったか…その薫陶を受けた人間が指揮しているのは間違いないな」
 ディアモンテの言葉に、参謀が不思議そうな表情を浮かべる。
「あの艦隊は違う人間が率いている、とでも?」
「ああ、動きが違う。良い動きをしているが、まだかわねぎ中佐には及ばないようだな」
 ディアモンテは部下の質問にそう答え、新しい指示を下した。
「大兵力の優位を生かす。巡洋艦エムロードは駆逐戦隊について奴らを追撃しろ。本隊はそのまま前進、テラン方面へ向かえ」
 その命令を受け、巡洋艦の3番艦、エムロードが分離し、駆逐戦隊の先頭に立ってTS9第一分艦隊を追撃する。一方、本隊の戦艦ゴールドマイン、プラチナムと巡洋艦リュビ、サフィールは速度を上げてテラン方面に向かった。
「敵艦隊が本隊に向かったら、別働隊は高速旋回して敵の後ろを取れ。奴らを包囲するんだ」
 本隊を囮にしてTS9艦隊を包囲殲滅しようというのがディアモンテの作戦だった。参謀が尋ねた。
「彼らが乗らなかったらどうします?」
「その時は、本隊は黙ってテランへ向かうさ。この4隻だけでも十分今のテランは制圧できる」
 ディアモンテは自信たっぷりに答えた。


 本隊と別働隊の分離はれも副司令に一転して迷いを抱かせた。常識的に考えるなら、各個撃破のチャンスだが、別働隊を叩いている間に本隊に突破を許してしまうかもしれない。そうなれば、かわねぎ司令の到着前に敵艦隊はテランに到達してしまう。
(不利は承知だけど…本隊の足を止めるしかない)
 れも副司令はリスクと成果を天秤にかけて、本隊への突入を決意した。ただし、安易な突進はしない。
「各艦へ通達、一〜四番艦まではシールドを前方に、五〜八番艦までは後方に集中! 日月捲離命中尉、艦隊陣形を単縦陣にして最大戦速!」
「明で良いですよ、副司令。それにしても無茶させますね。こんな命令、司令しか出さないと思ってましたよ」
 お約束のやり取りをしながら明中尉が苦笑する。れも副司令もそれにつられて笑った。
「私もすっかりあの方に影響されたのかしらね」
「良いんじゃないですか? よし、各艦陣形変更完了、行きますよ!」
 明中尉の指揮のもと、艦隊は一本棒のような単縦陣を組み、巨獣に向かって投げ放たれる槍のように宇宙空間を突進した。


「敵艦隊最大加速! 別働隊遅れます! 包囲できません!!」
 オペレーターの悲鳴じみた報告が艦橋内に響き渡る。加速の遅れた別働隊を引き離し、TS9艦隊が突入してくる。アメフラード艦隊も迎撃の砲火を放つが、対向面積を最小にし、かつシールドも前方に集中して強化したTS9艦隊は、それをものともしない。
(先頭艦が魚雷を発射したら即時転舵して射線を開き、二番艦が攻撃をかける…車懸かりの戦法か)
 ディアモンテはれも副司令の戦術をそう見て取った。多段階に構えた陣の先頭が常に入れ替わりながらの波状攻撃を加え、回転する車輪が目標を削り砕くように攻める、中世以来の攻撃法だ。
「リュビに敵の射線上に入るよう命じろ!」
 ディアモンテの命令に、参謀が目をむいた。
「司令官、リュビを犠牲にするおつもりですか!?」
 車懸かりの猛攻を受ければ、巡洋艦はただでは済まない。しかし、ディアモンテはその非常の決断を覆さなかった。
「構わぬ! それより、残る三艦は敵の転舵直後を狙って集中砲火を加えろ!」


 アメフラード艦隊の陣形が変化したとき、れも副司令は自分の戦法が見破られたことを悟った。彼女の示した艦隊運動はあまりに素直過ぎた。かわねぎ司令なら、擬態を混ぜて敵の目をごまかしただろう。
 しかし、気付いた時には全てが手遅れになろうとしていた。TS9艦隊が発射した光子魚雷が次々に巡洋艦リュビに着弾し、うち5発が有効弾となってその艦体を粉砕した。だが、その爆炎の向こうから悠然と出現した戦艦ゴールドマイン、プラチナム、巡洋艦サフィールの三隻がフェイザーキャノンを連射する。その光条は横殴りの雨のようにTS9艦隊に襲い掛かった。
 旗艦ほいっぷが激震に襲われ、れも副司令は指揮官席から投げ出されそうになった。その身体を明中尉が辛うじて受け止める。
「ひ、被害状況は!?」
 席に座り直しながら聞くれも副司令の耳に、次々に悲報が飛び込んできた。
「りそな大破! 不関信号を発信しつつ戦線を離脱します!!」
「ころんより通信! 我中破、航行に支障無しも、攻撃能力は6割に低下!!」
「本艦損傷軽微なれど、ジェネレーター出力5パーセント低下!!」
 りそなが大破し、ほかに3隻が中破、3隻が小破と判定される損害を受けた。こちらのスピードが速かったため、アメフラード艦隊の射撃も正確さを欠いたのだろう。戦艦と巡洋艦から釣瓶撃ちの猛射撃を受けた割に被害は少なくて済んだ。しかし、決して無視できる損害ではない。
 加えて、もう一つの脅威がTS9艦隊に迫りつつあった。
「敵別働隊接近! あと30秒でこちらを射程に捕らえます!!」
 TS9艦隊の速度が速かったために包囲網を敷くことが出来なかったアメフラード別働隊だったが、TS9艦隊が損害を受けたために隊列を乱した隙を突いて追いすがってきたのだ。
「全艦増速! 別働隊を引き離します!!」
 れも副司令は命じた。その声に答え、生き残った7隻が増速する。ところが、れも副司令は微妙な違和感を覚えた。彼女の旗艦、ほいっぷの加速が鈍い。
「しまった、ジェネレーターが…!」
 先ほどの本隊からの砲撃によって損傷を受けたほいっぷはジェネレーター出力の低下をきたしており、そのために他の6隻ほど加速が出来なかったのだ。
「副司令、このままでは本艦だけ追いつかれます!!」
 操舵手が悲鳴にも似た声を上げる。安全圏へ脱しつつある6隻と違い、ほいっぷだけがあと10秒ほどで敵の射程に追いつかれようとしていた。
 逃げられない危機を前に、れも副司令の逡巡は一瞬だけだった。
「ジェネレーターの出力をシールドに回して! 本艦は殿となって味方の脱出を援護します!!」
 一瞬、艦橋内に寒々とした空気が流れたように思えた。しかし、次の瞬間「了解!」の声と共に、要員たちは活発に動き始めた。
「副司令…」
 自分を見つめる明中尉に、れも副司令は済まなさそうに答えた。
「ごめんなさい、日月捲離命中尉。貧乏くじを引かせてしまうわね」
「いえ、素直に貴女の決断を尊敬しますよ、れも副司令。それと、僕の事は明でいいです」
 いささかのんびりした性格とは言え、戦闘民族のラファース人である明中尉の目から見ても、れも副司令の決断は彼らの信じる理想の指揮官像に近いものだった。その彼の賛辞といつもと変わらぬ態度に、れも副司令の顔にも笑みが戻る。
「もちろん、諦めるつもりは無いわ。機関部、ジェネレーターの修理を急いで…」
 彼女がそう命じようとした時、レーダー手が異変を伝えた。
「み、味方艦が一隻反転しました! 敵別働隊に向けて突進しています!!」
「なんですって!?」
 れも副司令はレーダー情報を艦橋正面のメインモニターに転送させた。その艦は、先ほどの本隊との交戦で一隻だけ無傷で切り抜けた艦だった。
「テクタスII! ダイナ少佐!! 戻りなさい!!」
 れも副司令は自殺行為としか思えない行動をとる彼女たちを呼び戻そうと、必死に声を張り上げていた。


 アメフラード艦隊の別働隊…巡洋艦エムロード以下13隻の駆逐艦に向けてただ一隻で突進するU.S.S.テクタスIIの艦橋では、艦長のダイナ・ランド少佐が操縦桿を操っていた。彼女の外見は12歳の美少女だが、それはもちろん本来の年齢ではない。
「れも副司令、指揮官は絶対に生き残らなきゃダメなんですよ」
 ダイナ少佐は言った。彼女はかつて今乗っているのと同じ名前の駆逐艦、U.S.S.テクタスの艦長だった。そのテクタスを、悲劇が襲った。連合と謎の機械−生体ハイブリッド種族「M・O・E-DOLL」とのワースト・コンタクトである。
 その際、DOLLに同化されてしまったダイナは、DOLLの集合意識の命じるままに行動し、味方を危機に陥れてしまった。あまつさえ、救援に来た部下を同化してしまったのだ。
 その後、手術を受けてDOLLではなくなったとは言え、指揮官としての義務を果たせなかったその記憶は、彼女にとって深い心の傷として残った。だからこそ、れも副司令が自らを捨石としようとしたことを、身体を張って止めにかかったのだ。
「ごめんね、ミナス少尉。付き合わせちゃって」
「良いですよ。ボクだって少佐の事ほって置けませんし」
 緑髪の美少女が微笑む。ダイナと同じ装甲除去化DOLLのミナス・ゴーダ少尉。かつてダイナ少佐が同化してしまった部下その人である。二人はDOLL問題専従チームとして苦楽を共にしてきた仲間でもあった。
「ありがと、それじゃあ、できるだけ時間を稼ぐよ」
「了解!」
 二人の乗るテクタスIIは連合軍の汎用駆逐艦だが、対DOLL専従チーム用に改良が施され、高い機動性を持っている。その特徴を生かして戦えば、相手が14隻でもそう簡単には…

ばきん

 そう思ったとたん、異音を発してダイナ少佐の握る操縦桿が折れた。
「きゃあ! きゃあ! 操縦桿がっ!?」
「あああ、少佐ぁ! こんな時までぇ!!」
 ミナス少尉が驚愕する。DOLLは可愛い少女としての人格を持ち、それが行動にまで反映されるが、ダイナ少佐のそれは「ドジっ娘」なのだ。ここぞとばかりに決定的な瞬間に致命的なミスをやらかす、実にやっかいな人格である。
 操縦桿が破壊されたテクタスIIはフラフラと暴走をはじめた。が、世の中何が幸いするかわからない。動きの読めないテクタスIIに対するアメフラード別働隊の攻撃はことごとく的を外した。しかも、突っ込んでくるテクタスIIに対し、恐怖を覚えた別働隊司令のエムロード艦長は慌てて命じた。
「か、回避! 回避っ!!」
 回避方向をしっかり指示していなかったため、別働隊の各艦はてんでバラバラの方向に回避運動を行い、隊列は大混乱に陥った。その中をテクタスIIが奇跡のようにすり抜けていく。
 その艦橋では、パニック状態のダイナ少佐に代わって、ミナス少尉が予備の操艦システムを立ち上げていた。
「これで良し、と! 少佐、ボクが操艦しますから、火器管制をお願いします!」
「う、うん、わかった」
 ミナス少尉の指示に、混乱から立ち直って火器管制コンソールを操作するダイナ少佐。どっちが艦長かわからない。しかし、ダイナ少佐の発射した光子魚雷は手近な駆逐艦の一隻を捉え、これを大破撃沈に追い込んだ。
「少佐、お見事!」
 手を叩いてダイナ少佐の手並みを賞賛したミナス少尉だったが、肝心のダイナ少佐は首をかしげていた。
「おかしいなぁ…隣の艦を狙ったのに」
「…まぁ、良いですけど」
 ミナス少尉がそう言って操縦桿を握り直そうとした時、テクタスIIの艦体に激震が走った。アメフラード艦隊の反撃が始まったのだ。
「おのれ、ふざけおって。あの小癪な艦を生かして帰すな!」
 命令というより煽動に近いエムロード艦長の指示を受け、別働隊の艦艇が雨霰と光子魚雷を浴びせかける。最新鋭とはいえ駆逐艦に過ぎないテクタスIIはその猛攻撃の前に、瞬時にして廃艦同然の姿に成り果てた。やがてジェネレーターを貫いた一弾が致命傷となり、艦体が真っ二つに折れたかと思うと、大爆発を起こして砕け散った。
「ダイナ少佐! ミナス少尉ーっ!!」
 ほいっぷの艦橋でれも副司令は絶叫した。ある意味で彼女と同じ宿命を背負った二人の部下…手が掛かりながらも愛すべき存在だった元DOLL少女たちの最期に、艦橋の要員たちも粛然として声が出ない。
 しかし、次の瞬間、通信オペレーターが喜色に溢れた表情で叫んだ。
「いえ、救難信号を受信! 二人は無事です! 生きています!!」
 その言葉に、れも副司令は顔を上げた。そこへ、通信オペレーターが気を利かせてスピーカーに繋げた二人の声が聞こえてきた。
『やぁ〜ん、せっまあ〜い』
『少佐〜、どうしてボクと同じ脱出カプセルに入ってくるんですかぁ〜!!』
 その緊張感のない会話に、思わず艦橋の全員に笑みがこぼれた。さらに、機関士が朗報を伝えた。
「副司令、ジェネレーターの修理が完了しました。全力発揮可能です」
 れも副司令は頷いた。
「わかりました。僚艦と合流します。勝ってあの二人を迎えに行きましょう!」
『イエス、マーム!!』


 テクタスIIと別働隊の交戦を境に、戦闘は一時中断した。6隻に減ったTS9艦隊は集結再編中。一方、アメフラード艦隊も隊列のばらけた別働隊が再編に入り、旗艦ゴールドマインの指揮官席でディアモンテ准将は苛立っていた。
「ちっ、思ったよりてこずらせてくれる…」
 予定ではもうテランに到着していなければならないところが、思わぬ足止めを食ってしまった。現在の位置はテランまで1時間の距離に近づいてはいるが、これ以上時間は費やせない。
(あと一日もすれば、イソルデに置いて来た連中が妨害システムの解除に成功するだろう…そうなってからではわれわれの脅迫は用を成さない)
 ディアモンテはどうあってもTS9艦隊を速攻で撃滅する必要があった。そのために、彼の頭脳はめまぐるしく回転している。
「…よし、少し危険だが、この手で行こう」
 ディアモンテはいくつかの指示を参謀たちに出した。それに従ってアメフラード艦隊は動き始めた。


 そのアメフラード艦隊の動きは、れも副司令を混乱させた。本隊と別働隊が一時合流したかと思うと、編成を変えて動き出したのだ。戦艦2隻だけがそこに残り、巡洋艦2隻と駆逐艦12隻が別働隊として分離する。そして、別働隊のほうはTS9艦隊を無視するようにテランに向けて進み始めたのだ。
「え…?」
 判断に迷うれも副司令。常識で考えれば、戦艦2隻を有するほうが本隊だ。しかし、別働隊に見えるほうがテランに向かっているのがどうしても気に掛かる。たとえあの戦力でも、宇宙艦隊を持たないテランには脅威であることに変わりはない。
 とすると、テランに向かう高速艦隊が本隊で、速度が遅い戦艦を残置したのか、それともやはり本隊は戦艦で、高速艦隊は囮兼別働隊か。
 残り時間を考えれば、迷いは許されない。そこへ、センサー士官が決定的な報告をした。
「副司令、敵艦隊が再分離する直前、戦艦から巡洋艦への転送反応がありました」
 れも副司令は目を見開いた。やはり、敵は戦艦を分離したのだ。司令官が転送移乗したのに違いない。
「敵高速艦隊を追尾します! 全艦全速!!」
 この瞬間、彼女は罠に嵌った。


 戦艦ゴールドマイン艦橋で、ディアモンテは会心の笑みを浮かべていた。
「引っかかったようだな…別働隊は敵艦隊を本艦射線へ誘導せよ。ディフレクターキャノン用意」
 転送反応も高速艦隊もディアモンテの用意した囮だった。彼は最初から戦艦の砲撃で決着をつけるつもりだったのだ。
 その切り札は、艦首に装備されたディフレクター。本来は拡散したフェイザーで艦に衝突しそうなデブリや濃密ガス体を排除するための装置だが、総出力は主砲級のフェイザーキャノンより大きく、収束すれば一撃で敵戦艦をも粉砕する火力を秘めている。文字通りの決戦兵器だった。
「ディフレクターキャノン、エネルギー充填120パーセント」
「総員、対ショック、対閃光防御!!」
 砲術士官がコンソールの下に収納してあった専用のトリガーを引き出し、発射体勢を整える。あとは、勢子に徹した別働隊が、TS9艦隊を罠に追い込むだけだった。


 一方、TS9艦隊は敵高速艦隊との交戦を開始していた。TS9艦隊が接近するや、高速艦隊は二手に分かれ、TS9艦隊を包囲するように散開した。
「敵の隙間をすり抜けて! その後、一斉旋回して右翼の敵を集中攻撃します!!」
 れも副司令の命令に従い、TS9艦隊は敵艦隊の隙間をすり抜けると、右翼の先頭艦に光子魚雷の連射を浴びせる。しかし、今度は先頭艦は巡洋艦だ。駆逐艦と違って簡単には撃破できない。まして、TS9艦隊には損傷艦が多く、火力は6割程度に減退している。
「くっ…駆逐艦の方から攻撃した方が良いかしら?」
 巡洋艦のシールドが火花を散らしながらも十分な強度を保つのを見て、れも副司令は歯噛みした。悪い事に、光子魚雷の残弾も次第に少なくなってきている。手詰まりになりつつある事を彼女は感じていた。
 そんな彼女のあせりが一瞬の隙を生んだのか、気が付いた時には分離した敵艦隊の一方がTS9艦隊の前方に回りこみ、進路を塞ごうとしていた。一斉発射された光子魚雷が、頭上から網を投げかけるように迫ってくる。
「くっ、左下方に針路変更! シールドを強化!」
 れも副司令は命じた。艦隊は身を翻して上から迫ってくる魚雷をかわす。しかし、その光子魚雷の航跡が、自分たちの回避機動を考えても、狙いが上過ぎる事に気付いたものはいなかった。
「右翼の敵艦隊も光子魚雷を発射してきました!」
 オペレーターの報告に、れも副司令はさらに回避機動を命じる。しかし、その動きによって自分が絶対の死地に追い込まれつつある事に、彼女はまだ気付いていない。


「敵艦隊、射線上に接近中」
 オペレーターの報告に、ディアモンテ准将は満足げな笑みをますます大きくしていた。敵の指揮官は、追い込まれた事でその癖が強く出てきている。最初の頃こそトリッキーな機動を多用してこちらを翻弄したが、どうやら、本来はずいぶんと素直で堅実な性格のようだ。ディアモンテの狙い通りの位置に誘導されつつある。
「君の上司の性格を十分に学びきれなかったのが、敗因のようだな…」
 名前も知らぬTS9艦隊の指揮官に別れを告げるように、ディアモンテは右手を掲げた。
「ディフレクターキャノン…」
 発射、と言いかけたその瞬間、別働隊左翼隊の駆逐艦3隻が突然立て続けに爆発した。
「なにぃ!?」
 驚くディアモンテに、オペレーターが異変の原因を報告した。
「あ、新手です! 敵の増援艦隊が!!」
 ディアモンテはレーダースクリーンを睨んだ。そこには、天の北極方向から逆落としに突っ込んでくる4隻の艦影が捉えられていた。


 突然無線から響き渡った「恋愛レボ○ューション21」に、れも副司令は脱力感と安堵感がない交ぜになって押し寄せてくるのを感じていた。こんなBGMと共に戦場に登場するような人間を、彼女は一人しか知らなかった。
『ふふふ、真打ちただいま見参♪』
 さらに駄目押しをするように脳天気な声が聞こえてきた。れも副司令は内心の安堵感を隠して叫んだ。
「司令! 遅いじゃありませんか!!」
 本当は遅くなど無い。れも副司令の3時間後に出撃しながら、戦場到着は2時間半後だったのだから。しかし、かわねぎ司令は素直に謝った。
『いや、悪いね。もう少し早く到着するつもりだったんだが』
 実際、かわねぎ中佐の目算では、到着は後30分早くなる予定だったのだ。しかし、チャムのように普段単独行動が多く、艦隊行動に慣れていない艦も含まれていたため、少し遅くなってしまった。
『お詫びに、その敵艦隊はこちらで引き受けよう』
 かわねぎ司令はそう言うと、直率する艦艇に散開を命じた。ふくとく、くらいてん、チャム、ほうえいの4隻が、まるで花びらが開くような軌道を描いて散らばると、アメフラード軍の駆逐艦に狙いを定めて、四方から思うさま光子魚雷を撃ちこんだ。一方からの攻撃ならシールドの展開方向を集中させて耐える事ができるのだが、多方向からの同時攻撃ではそうもいかない。たちまちのうちに3隻がシールドを撃ち抜かれて爆発炎上する。かわねぎ司令率いる第二分艦隊の戦闘加入後、一瞬で指揮下の駆逐艦の半数を失ったアメフラード別働隊の司令は逆上した。
「くそっ、たかが4隻に…こっちも分散しろ! 2隻1組で敵に当たれ!!」
 その命令を受け、アメフラード軍は駆逐艦2隻の組が二つと、巡洋艦+駆逐艦の組二つと言う組み合わせで分散する。しかし、これは致命的な誤判断だった。
「そう来るか…予測の範囲内だな」
 かわねぎ司令はそう呟くと、新たなフォーメーションを命じた。その途端に、それまでバラバラだった第二分艦隊の4隻は蜂の群れが寄り集まるように集合し、隊形を組みなおした。そして、手近な敵の分隊に襲い掛かる。
 驚愕したのはアメフラード艦隊のほうだっただろう。分散している敵を2対1の優位で叩くつもりが、逆に自分たちのほうが叩かれる立場になったのだから。体制を立て直すまもなく、その分隊は倍の火力を叩きつけられ、一瞬で壊滅させられた。
「す、すごい…」
 明中尉が呆然としているのに近い表情と声で言った。彼も艦隊運動を専門にしている参謀であり、その手腕は十分一流の域に達しているものだったが、かわねぎ司令のそれは超一流のものだった。
「さすがは司令ですね…いつもこうなら私だって苦労はしないのに」
 れも副司令はそう言って苦笑した。そして、一瞬で真剣な表情に戻ると、各艦に命じた。
「のんびりと見物している場合じゃありません。第二分艦隊を援護します!」
 命令一下、第一分艦隊も手近な敵の分隊に攻撃を仕掛け、これを撃破した。残るは巡洋艦と駆逐艦が各2隻。しかし、完全に浮き足立ったアメフラード艦隊は、もはやTS9艦隊の鋭鋒を受け止める能力を失っていた。


 分派した高速艦隊がなす術もなく壊滅していくさまを、ディアモンテ准将は真っ赤な顔で見つめていた。対照的に、幕僚たちの表情は蒼白になっている。
「て、提督…」
 すがるような目を向けてくる参謀を一瞥し、ディアモンテは命じた。
「ディフレクターキャノン、発射用意だ!」
 その命令に驚いたのは砲術長だった。
「提督、今撃てば、味方の残存艦も巻き添えにします!!」
 そんな事はディアモンテも承知していた。ためらう気持ちが無かったといえば嘘になるだろう。しかし、彼が踏み込んでいたのは、もはや引き返すことのかなわない修羅の道だった。
「彼らも…エムロードやサフィール、駆逐艦隊の者たちも、この企てに賛同し、命を捧げることを承知しているはずだ…構わぬ、撃て!」
「提督、私にはできません!!」
 砲術長が泣きそうな声で叫ぶと、ディアモンテは彼を突き飛ばして、自らトリガーを握った。
「血塗られた道だ、免罪など請わん!」
 そう叫び、ディアモンテは引き金を引いた。
 宇宙が白一色に染め上げられた。


 発射の直前、その兆候はTS9艦隊でも捉えられていた。
「後方の敵戦艦より、超高エネルギー反応!」
 センサー士官の報告に、かわねぎ司令とれも副司令は異口同音に叫んでいた。
「まさか、ディフレクターキャノン!? 回避、回避っ!!」
 TS9艦艇が弾かれたように四方に散ろうとする。その瞬間、まるで雷神の豪腕のような光の帯が、その中心部を貫いた。
 かわねぎ司令の旗艦、ふくとくもその余波に巻き込まれ、急流の中に投げ込まれた木っ端のように激しく振り回され、吹き飛ばされた。かわねぎ司令は指揮官席から投げ飛ばされ、数回壁に体を叩きつけられる。明滅するスクリーンに、ディフレクターキャノンの直撃を受けて瞬時に破壊されるエムロードの姿が見えた。
(み、味方を巻き添えにして…そんな事が)
 さすがのかわねぎ司令も、そこまで非情な手段を敵が取るとは信じられなかった。だが、次の瞬間見たのは、もっと信じられない光景だった。
 れも副司令の座乗するほいっぷが、艦の後部を吹き飛ばされ、炎に包み込まれていた。
「れも君!?」
 かわねぎ司令は叫んだ。しかし、迷走するほいっぷは、一切の応答を絶ったまま、まるで彗星のように敵の戦艦に向かっていく。それを迎え撃とうと、戦艦プラチナムが進出して、ほいっぷに猛烈な砲撃を浴びせた。ところが、ほいっぷは乗員たちの意思が乗り移ったように飛び続け、プラチナムに激突した。残っていた光子魚雷やジェネレーターが誘爆し、ほいっぷはプラチナムの船体中央部ごと粉微塵に砕け散った。
「れも君――!!」
 激痛に苛まれつつも、かわねぎ司令は絶叫した。額を切ったのか、眼に血が流れ込み、視界が赤くぼやける。ディフレクターキャノンに巻き込まれ、ほとんどの艦が大破し、炎上し、あるいは漂流している。その中を、全ての元凶となった敵艦…戦艦ゴールドマインが進んでいく。
「う、うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
 かわねぎ司令は咆哮した。何度も床を殴りつける。
「くそっ、何が連合でも五指に入る艦隊司令官だ…そんなもの、くそでも食らえだっ! 私は、私は…!!」
 嗚咽しながらも、かわねぎ司令はふくとくの様子を確認した。損傷具合は、沈没の危機は無い。しかし、ワープナセルの冷却機構が損傷していた。ワープ航行は不可能だ。ふくとくだけではない。生き残ったどの艦を見ても、手酷く損傷し、とても戦闘や航行に耐えられる状況ではない。唯一航行能力を残していたのがあいくる一隻という惨状だった。
 だが、これでも奇跡的な結果と言えた。全艦が撃沈されてもおかしくなかったのだ。砲術が本職ではないディアモンテの射撃だったからこそ、これだけの艦が生き残れたのだ。
 しかし、そんな事は慰めにはならない。かわねぎ司令が辺りを見回すと、メン・ホーコリー少尉が身を起こすのが見えた。ほとんどのスタッフが負傷している中で、彼は無事だったようだ。
「ホーコリー少尉、立てるか?」
「はい、司令も無事だったようで…いや、負傷されてますね。すぐに手当てを」
 かわねぎ司令は首を振った。
「いや、私のケガはどうでも良い。それより、君に頼みたいことがある」
「なんでしょう?」
 背筋を伸ばしたホーコリー少尉に、かわねぎ司令は命じた。
「君に艦隊司令代理を命じる。生き残った艦の状況を掌握し、負傷者の救助と手当てに全力を尽くしてくれ。まだ生きている者は、TS9要員だろうとアメフラード人だろうと…たとえ息絶えなんとしている者でも見捨ててはならない」
「しょ、承知しました」
 有無を言わせぬかわねぎ司令の口調に、ホーコリー少尉は異議を唱えることも無く敬礼した。
「し、しかし、司令はどうされるのですか?」
 ホーコリー少尉の質問に、かわねぎ司令は自嘲の笑みを浮かべる。
「私は…まだ戦わねばならん。手段がある限りはね。後は頼んだ」
 そう言うと、かわねぎ司令は薄く煙の漂う廊下に出て行った。彼に残された戦いの手段…それはただ一つしかなかった。


 唯一航行能力を残したあいくるの廊下に、かわねぎ司令…いや、かわねこ少尉の姿が現れた。この艦も正規の乗組員はほとんどが負傷して動けない状態だったが、航行能力だけは問題が無かった。
「これなら…あの戦艦を先回りして待ち伏せできるにゃ…」
 かわねこ少尉は彼女らしからぬ昏い感情を込めた声で呟くと、艦橋のハッチを開けた。ところが、そこに思わぬ人物の姿を見出して、かわねこ少尉は驚愕した。
「あっ、ご、ご主人様ぁ〜、怖かったですぅ〜!」
 その人物…ポリノーク人の少女である緒耶美は涙を浮かべてかわねこに抱きついた。
「お、緒耶美ちゃん? 何でこんなところにいるのにゃ?」
 戸惑うかわねこに、緒耶美は胸を張って答えた。
「私はご主人様のメイドです! ご主人様が出征されるなら、私もついていきます!」
 かつてかわねこに生命を救われた緒耶美は、みずからかわねこ専属メイドを任じている。その忠誠心は見上げたものだった。が、普段二人で移動する時に使うあいくるの方に乗ってしまったため、どうしてもかわねこに会えずにいたという。
「にゃう…だからと言って民間人が戦場にくるのは問題にゃ…」
 かわねこは思わずぼやいたが、正直言って、ここに緒耶美がいたのは、まさに天佑神助とでも言いたいことだった。彼女は自分よりもはるかに上手くあいくるを操縦できるし、それにかわねこに残された戦いの手段においても、欠かすことのできないパートナーだ。
「よし、わかったにゃ、いっしょに来て欲しいにゃ、緒耶美ちゃん。ところで、あれは今でも持ってるかにゃ?」
「が、がお?」
 かわねこの質問に戸惑う緒耶美だったが、主人が差し出した物を見て、笑顔を浮かべると、自分もそれと寸分たがわぬアイテムを取り出した。
「もちろん持ってます、ご主人様! これはご主人様と私の思い出の品ですから」
「よし、それじゃ行くにゃ」
 ふたりのけも耳少女はあいくるを発進させた。そのままワープ9.99以上の最高速で惑星テランへ向かう。そこが最後の戦場だった。


 惑星テラン軌道上に2隻の艦艇が浮かんでいた。強襲艦ワールウィンドと駆逐艦さんこうの2隻だ。ようやくテランに到着した2隻だったが、そこへ飛び込んできたあいくると、それに乗ってやって来たかわねこのもたらした悲報は、まさに衝撃となって2隻を駆け抜けた。
「第一、第二分艦隊壊滅…そして、れも君の戦死か…」
 ワールウィンド艦長、シェリル少佐が沈痛な表情で呟いた。さんこうの三人娘も、日ごろ世話になっている副司令の訃報に、ショックを受けていた。泣きじゃくる来栖を慰める頼香と果穂の目からも、大粒の涙がぼろぼろとこぼれている。
「期せずして、本当に我々が最後の砦となったか…縁起の悪いことは言うものではないな」
 シェリルの言葉に、頼香が涙を制服の袖でぐいっと拭って叫ぶ。
「みんなの仇を討ちましょう、少佐!」
「無論だ。ここで引き下がるわけにはいかん」
 シェリルは頷くと、果穂と来栖に向かって言った。
「二人とも、もう泣くな。今は戦うことだけを考えろ。泣くのはその後で良い」
 思いやりの無い言葉にも聞こえるが、果穂と来栖は頷いて、涙を拭いた。これは戦争なのだ。泣いている暇は無い。それに、シェリルもまた頼れる同僚であり、親しい後輩だったれも副司令の死を心から悼んでいるのは理解できたからだ。
「では、最後の詰めに入ろう。副長、状況説明を」
 指名されたネルソン大尉が頷いて、会議卓のディスプレイを表示させた。
「我が軍、アメフラード軍ともに戦力を消耗し、現在残っているのは我が方がワールウィンドとさんこう、敵軍が戦艦ゴールドマインだけです。数の上ではこちらが有利ですが、相手は戦艦…しかもゴールドマインはアメフラード軍の象徴的な戦艦で、戦力的には連合が保有するどの戦艦とも、対等以上に戦いうる実力を誇る巨艦です」
 ディスプレイにゴールドマインの模式図が表示される。全長600メートルを超える巨体には、あのディフレクターキャノンの他に、高出力のフェイザーキャノンや光子魚雷の発射管が無数に装備され、まさに宇宙に浮かぶ大城砦と言った趣だ。そして、これが重要なことだが、ここまでの激戦において、ゴールドマインはいまだに無傷を保っている。
「見ての通り、砲雷撃戦では到底勝ち目は無い。我々に残された勝機は白兵戦に持ち込むことだけだ。そのためには、最初の作戦を遺漏無く遂行せねばならん」
 シェリルの言葉に、全員が頷く。出撃前の作戦会議で決定した作戦案に関しては、既に全員に通達してあった。
「が、いささか問題があって、敵艦突入後の計画に変化が生じた。詳しいことは、情報部のジューダイン中佐より伝えてもらう。中佐、よろしくお願いします」
 シェリルが言うと、彼女の背後にいた男性がゆっくり進み出た。情報部で対アメフラード工作を担当していたジューダイン中佐だ。わざわざ地上から飛んできたものらしい。
「ジューダインだ。よろしく…さて、問題というのは、ゴールドマインにアメフラード陸軍の軌道降下兵が乗り込んでいるということだ」
 場に緊張が走った。軌道降下兵はかつてのパラシュート部隊…空挺兵の後身とも言うべき存在で、衛星軌道上からロケットパラシュートを使い、身体一つで敵の惑星上に乗り込む精鋭部隊である。その個人戦闘力は、十分シェリルたち連合海兵隊に匹敵するだろう。
「おそらく、作戦の最終段階で、テランの要所を占領するために乗り組んだものと思われる。数は一個大隊だ」
 またしても緊張が走った。ワールウィンドの海兵隊の規模は一個中隊。数にして1対3の劣勢だ。しかし、不敵な笑みを浮かべた者がいた。
「おもしろい。連合海兵と軌道降下兵、どっちが上か、決着をつけてやるぜ」
 バルトルッツィ大尉だった。彼ら海兵隊の他の特殊兵科に対する対抗意識は恐ろしく強い。敵が軌道降下兵で、数が三倍ということも、戦意を燃え立たせる理由になりこそすれ、萎ませる理由にはならなかった。
「存分に戦ってもらうぞ。奴等に連合海兵隊の最精鋭と呼ばれたワールウィンド中隊戦闘団の実力を見せてやれ」
 こればかりはシェリルも同じらしく、窘めるどころか嗾けるような事を言う。もっとも、バルトルッツィが熱くなってもミスを犯すような性格ではないと、信頼しての言葉だ。
「とはいえ、3倍の敵を片付けるのも骨だ。そこで、海兵隊はあくまでも囮に徹する。派手に暴れて敵兵をひきつける間に、別働隊が手薄になったここ…」
 シェリルがポインタスティックでゴールドマインの模式図の一点をぴしゃりと叩いた。
「艦橋を制圧し、敵司令官の身柄を拘束した上で、全艦に降伏を迫る。その役目を、フレイクス少尉、君たちに頼む」
「お、俺たちですか!?」
 突然の大役に、頼香が目を白黒させる。
「この役目は少数精鋭でないと勤まらない。君たちが適任だ。よろしく頼むぞ」
 シェリルの信頼のこもった言葉に、三人娘はびしっと敬礼した。
「「「はい、がんばります!!」」」
 すると、手を上げて進み出た者がいた。かわねこだ。
「少佐、頼香ちゃんたちにボクと緒耶美ちゃんも同行させて欲しいにゃ」
「なに?」
 シェリルは意外過ぎる申し出に戸惑った。かわねこは頭脳こそ優秀だが、戦士としてのスキルはお世辞にも高いとはいえない…いや、むしろ最低レベルといっても良い。緒耶美にいたっては、腕力こそ強いものの、民間人だ。
「待て、それは許可できない。理由は言わなくてもわかるだろう?」
 シェリルは首を横に振った。しかし、かわねこは退かなかった。
「お願いにゃ…ボクはどうしてもこの手でれも副司令の仇を討ちたいのにゃ」
 小さな手を握り締めて訴えるかわねこ。その横から緒耶美が出てきて、シェリルに言った。
「私からもお願いします。どうかご主人様のお願いをかなえてあげてください。それに、私たちは絶対に足手まといにはなりません。これさえあれば戦えます!」
 そう言って緒耶美が差し出したのは、携帯電話によく似た機械と、数枚のカードだった。かわねこも同じ物を取り出す。それを見て、果穂が笑顔を浮かべた。
「少佐、二人が持っているのは私の作ったものです。これなら二人とも十分戦えます。私が保証します!!」
「かわねこちゃんたちにも戦わせてあげてください!」
「万が一のときは、俺が二人を守ります! だから、連れて行っても良いと言ってください!」
 来栖と頼香も叫んだ。シェリルは黙ってそれらの訴えを聞いていたが、目を開くと大きく頷いた。
「…わかった。もう止めるつもりは無い。その代わり、必ず無事に戻れよ」
『はい!』
 少女たちが唱和する。シェリルはもう一度頷くと、見守っていたクルーたちを見回して言った。
「よし、いよいよ最終作戦を発動する。総員配置に就け! 惑星連合の興亡、この一戦にありだ!!」
『了解!!』


 戦艦ゴールドマインはついに惑星テランの最終防衛ラインに到達した。宇宙に浮かぶ、美しい青い惑星…テラン。なりふり構わぬ工業化の結果、大気も水もはなはだしく汚染され、灰色の惑星と化したアメフラードとは比較にならない綺麗な星だ。
 しかし、ディアモンテにとっては、目の前の青い星は憎むべき星だった。たとえ汚れていても、彼はアメフラードの方こそを愛していた。
「ついにここまで来たか…」
 大きな犠牲だった。既に僚艦の姿は無く、彼の手元に残されたのは、このゴールドマイン一隻。それでも、彼には勝算があった。
「テランに最後通告を…」
 ディアモンテが最後の命令を出そうとしたその時、レーダー手が報告の声をあげた。
「待ってください。衛星軌道上に艦影! 連合軍の強襲艦です!」
「なに? まだ敵が残っていたのか…」
 ディアモンテは通信回路を開かせた。正面ディスプレイに若い女性の姿が映し出される。
『惑星連合軍のシェリル・アリシア・ターヴィ少佐です。貴艦に投降を勧告します』
 彼女の言葉に、ディアモンテは首を横に振った。
「お互い、無意味な儀礼はやめにしようじゃないか、ターヴィ少佐。我々は決して退かない」
『そうですか、残念ですね。それでは、弓矢をもって見参するとしましょう』
 古い言い回しで戦いの開始を宣言し、シェリルの姿がディスプレイから消える。ディアモンテは砲術長を見て命じた。
「全砲門開け。あの艦を沈めればこっちの勝ちだ」
「了解」
 無表情に砲術長が頷く。さきほどのディアモンテの行動が気に掛かっているらしい…が、命令にはまだ忠実なようだった。ワールウィンドに指向可能な全ての砲門が開かれ、一斉に火蓋を切る。
「!」
 次の瞬間、ディアモンテも、砲術長も目を見張った。ワールウィンドが全ての攻撃を弾き返したのだ。
「馬鹿な、いくら強襲艦でもあんなに硬いはずが…!」
 参謀が唸った。強襲艦はその任務上、戦艦にも匹敵する強力なシールド発生装置と重装甲を持っている。敵の砲撃に耐えて接舷攻撃をかけるためだ。それでも、ゴールドマイン級の大型戦艦の全力射撃に耐えるような防御力は無いはずだった。
「推進やその他にまわすエネルギーまで、シールドに回しているのかもしれん。露骨な時間稼ぎだが、付き合う必要は無い。ディフレクターキャノンで破壊する!」
 ディアモンテは命じた。が、その瞬間、信じられないことにワールウィンドは前進を開始した。
「馬鹿な! なぜ航行できる!?」
 速度を上げて進んでくるワールウィンドの姿に、ディアモンテは信じられないものを見た、という表情で叫んだ。そして、ディフレクターキャノンのエネルギー充填を急ぐよう命じる。戦いは、ワールウィンドの接舷が早いか、ゴールドマインのエネルギー充填が早いか、という生死をかけたチキン・レースの様相を呈した。
 そして、勝ったのはゴールドマインだった。
「エネルギー充填完了!」
 オペレーターの叫びに、ディアモンテは席から立ち上がって叫んだ。
「勝ったぞ! ディフレクター…」
 その発射命令は、永遠に発せられることは無かった。突然、ワールウィンドの後ろから、別の艦影が出現したのである。さんこうだった。
 その瞬間、ディアモンテは全てを悟った。ワールウィンドとさんこうはドッキングしていたのだ。その上で、ワールウィンドは全エネルギーをシールドに回し、さんこうが推進を担当していた。だからこそ、ゴールドマインの攻撃に耐えながら航行できたのだ。
 しかし、その時には全てが手遅れになっていた。ドッキングを解除し、ワールウィンドの斜め上方に出たさんこうの艦橋で、もけが力強く火器管制コンソールのスイッチを押していた。
「光子魚雷、発射でちゅ!」
 至近距離から放たれたさんこうの光子魚雷は、ディアモンテが対応策を叫ぶより早く、ゴールドマインのディフレクターを直撃した。ディフレクターは大きく歪み、次の瞬間内部に蓄えられていた膨大なエネルギーを解放した。
 大爆発が生じた。ゴールドマインの巨体が震度7の地震をも遥かに超える激震に見舞われ、ディアモンテは指揮官席から吹き飛ばされた。
 爆発が収まった後には、小型艦ならすっぽりと入れそうなくらいの巨大な破口が生じていた。シェリルはそれを見てとっさに命じた。
「航海長、あの破口に突っ込め!」
「…了解!」
 航海長のロンジン・リー中尉がとても普通の女性には聞かせられないような類の、下品な冗談を交えて答えたが、普通の女性ではないシェリルは平然と無視した。加速するワールウィンドの横を、もけとからめるだけが乗ったさんこうが離れていく。
「もけ大尉、実に良い仕事だった。後は私たちに任せてくれ」
『ありがとうございまちゅ。みなしゃんの御武運を祈りまちゅ』
 もけとからめるが敬礼し、やるべき任務をなし終えたさんこうは戦場を離脱して行った。そして…
「艦長、まもなく突っ込みます!」
「よし、総員に告ぐ! 接舷斬り込み攻撃、用意!!」
 シェリルが命じた瞬間、ワールウィンドはその鋭角的な艦首を破口に突っ込ませていた。先ほどの大爆発の余燼がいまだに残るそこを、突入の衝撃がさらに掻き回す。ようやく艦が停止すると、シェリルは艦長席の横に立てかけてあった愛刀を引き寄せた。
「副長、後は頼む」
「わかりました。ご無事で、艦長」
 ネルソンが頷く。シェリルは腰のベルトに愛刀を吊り下げ、自ら前線に出るべく艦橋を後にした。彼女が向かった先は後部格納庫だ。そこには海兵隊だけでなく、頼香たちやかわねこ、緒耶美も待機していた。
「全員揃っているな」
 シェリルは頷くと、格納庫の扉を開かせる。扉はそのまま傾斜路となって、まだあちこちが燻るディフレクター跡地への道となった。
「これより、我らは敵の本丸に突入する! 問答無用、容赦無用! アメフラードの企みを叩き潰せ!!」
 海兵隊員がうおおお、と蛮声を上げてライフルを振り回す。士気は最高潮だ。さらに、バルトルッツィ隊長が大いに闘志を煽るように叫ぶ。
「野郎ども、俺たち連合海兵はっ!?」
「最強! 最強! 最強ッ!!」
「俺たちの仕事は何だ!?」
「殺せ! 殺せ! 殺せッ!!」
「俺たちは連合を愛しているか!? 艦長を愛しているか!? かわいい最年少少尉たちに良い所を見せたいか!?」
「生涯忠誠、命かけて!!」
 シェリルは剣を振るった。
「OK、レッツゴーボーイズ! 行くぞっ!!」
 歓声を上げ、海兵隊は傾斜路を駆け下りていった。


 ディアモンテが意識を失っていたのは、ほんのわずかの間だけだったらしい。
「提督! 司令! ご無事ですか!?」
 参謀に揺さぶられて、ディアモンテは意識を取り戻した。はっとなって艦首の方を見た彼は、思わず絶句した。ゴールドマインの艦首は醜く焼け焦げ、ひしゃげ、引き裂かれて、そこに敵の強襲艦が突き刺さっている。
「な、なんと言う…」
 むちゃくちゃな連中だ、と続けようとすると、艦内の状況を示す表示板が一斉に赤くなり、耳障りな非常電鈴が幾重にもこだまして鳴り響いた。
「艦首付近から敵の白兵戦部隊が侵入! 交戦中なるも劣勢! 至急来援を乞う!!」
「第一光子魚雷管制室、占拠されました!!」
「敵兵、長距離レーダー設備に侵攻中!」
 ディアモンテはぎりりと奥歯をかみ鳴らすと、マイクを手に取った。
「エルミート中佐! 敵海兵隊が艦内に侵攻した! テラン降下の前に、君の働きを見せてもらうことになったが、よろしく頼む」
『こちらエルミートです。了解。敵兵を速やかに殲滅します』
 ゴールドマインに同乗してきたアメフラード陸軍第十一軌道降下大隊の指揮官、エルミート中佐が力強く請け負った。それを聞いて、ディアモンテは指揮官席に座りなおした。陸戦に関しては門外漢の彼には、エルミートの奮戦を祈るしかなかった。


 その頃、彼と対峙する事になった三人目の指揮官は、自ら前線で采配を振るっていた。占領した光子魚雷管制室を臨時指揮所に選び、シェリルは各方面から飛び込んでくる戦況報告を聞き、それに対処していく。
「艦長、第十七デッキに敵兵多数、激戦中との事です」
「キーンの小隊を増援に差し向けろ。第十六デッキを回りこんで背後を突かせるんだ」
 何十度目かの命令をシェリルが出したとき、コンピュータに取り付いて作業をしていた技術士官が喜色も露わに報告した。
「艦長、艦内通気口の見取り図ができました!」
「よし!」
 シェリルは頷くと、待機していた頼香、果穂、来栖、かわねこ、緒耶美を呼んだ。
「これに艦橋までの最短ルートを記してある。一部廊下を通るルートもあるようだが、まぁ、お前たちなら並みの兵士には引けを取るまい。しかし、気をつけろよ」
 シェリルはそう言って、頼香にデータを渡した。TS9とは違い、戦艦の通気口は狭い。大人が通れるような大きさではないため、特に警戒はされていないが、頼香たちのような小柄な少女たちであれば、十分通れる大きさだ。ここを突けば、最短ルートかつ最小リスクで艦橋まで行くことができる。渡されたデータを睨み、頼香は頷いた。
「わかりました。必ず艦橋を陥としてきます! 少佐もお気をつけて!!」
「任せておけ。連合海兵の強さを見せてやる。おまえたちこそ、ぐずぐずしていると、私が先に艦橋に乗り込むぞ」
『はい!』
 少女たちは敬礼し、床のパネルを開けると、通気口に滑り込んで行った。それを見届けると、シェリルは剣を抜いた。必要な情報が手に入ったからには、ここにはもう用は無い。
「全員行くぞ! 第17デッキの敵主力を掃討する! お嬢さまどもに本物の兵隊の強さを教育してやれ!!」
 シェリルの言う「お嬢さま」とは、もちろん敵兵のことだ。陸軍を揶揄する海兵隊特有のスラングだが、もちろんシェリルは実家に帰れば自分こそ「お嬢さま」と呼ばれる身分であることは、心の中の棚に上げていた。
「了解です、艦長! ところで、お願いがあるのですが」
 最専任下士官のブライアン特務曹長が言った。
「なんだ?」
 首を傾げるシェリルに、ブライアンは照れながら言った。
「その、活躍したら、何かご褒美が欲しくあります! 艦長のキスとか!!」
 シェリルは噴き出した。
「それはダメだが、まぁ、酒くらいなら付き合おう。無論代金は私が持つ」
 歓声が沸き起こった。重装備をガチャガチャと鳴らしながら、海兵隊は廊下を走りぬけた。シェリルもその後に続く。最大の激戦地となっている第17デッキでは、海兵隊の半数と敵の一個中隊が激しい撃ちあいを演じていた。
「戦況は?」
 尋ねるシェリルに、指揮をとっていたバルトルッツィ隊長が答えた。
「ちょいと苦戦中ですな。なにしろ撃っても撃っても相手が後から湧き出てきますので」
 それを聞いたシェリルはあっさりした口調で命じた。
「そうか。よし、ミサイルランチャーの使用を許可する」
 それを聞いてバルトルッツィは唖然とした表情になった。
「良いんですか? むちゃくちゃになりますよ、この辺」
 シェリルは大げさに肩をすくめて見せた。
「おいおい、いつから海兵隊はそんなにお行儀よくなったんだ? これはあの娘たちを援護するための戦いだぞ。派手なくらいでちょうど良い」
 バルトルッツィはニヤリと笑った。
「そうでしたな。では、いっちょ行かせていただきましょうか。…ランチャー手、前進! 連中をぶっ飛ばせ!!」
 隊長の命を受け、4連装のミサイルランチャーを抱えた海兵隊員が前進する。彼らは配置につくと、迷わず引き金を引いた。ずん、という腹に響く音を立てて、ミサイルが敵陣に向かって飛び出していく。
 仰天したのは軌道降下兵たちだ。まさか狭い艦内でミサイルランチャーなんか使う馬鹿がいるとは夢にも思わなかったらしい。慌てて守備場所を放棄して逃げ出す。そこへミサイルが着弾し、爆風が逃げる彼らの背中を蹴り飛ばすようにして廊下を席巻した。
「今だ、突っ込めぇっ!!」
 バルトルッツィの怒号を受け、海兵隊員が廊下を駆け出す。踏みとどまって抵抗しようとした軌道降下兵もいなくは無かったが、勢いが違いすぎた。アメフラード軍は雪崩をうって敗走し、第17デッキは海兵隊の確保するところとなった。
「よし、この調子で機関部まで攻め入るぞ。進め!」
 シェリルが軍配代わりに振るう剣の指す方向へ、海兵隊が叫喚をあげて突進する。しかし、次のデッキで待ち構えていたのは、先の敗兵を吸収して倍近くに膨れ上がったアメフラード軍の戦列だった。
「奴らを押しとどめろ! アメフラード軌道降下兵の誇りにかけて、ここを守り通せ!!」
 エルミート中佐が絶叫する。その声に応じ、士気を回復した機動降下兵がそこらに転がっている瓦礫や艦の備品を蹴り倒し、バリケードを構築すると、その隙間からフェイザーライフルを出して撃ちまくった。
「怯むな! 海兵隊のど根性を見せてやれ!!」
 シェリルも中隊長時代に戻ったように叫び、海兵隊はバリケードを突き崩すような勢いで敵陣に突撃した。両軍は真っ向から激突し、激戦はいつ果てるとも無く続けられた。


 その頃、頼香たちは一度通気口を出て、廊下を進んでいた。遥か下の階層で展開される戦いの音が、彼女たちの耳にも届いていた。しかし、この辺りは静かなものだ。
「シェリル少佐、大丈夫かな」
 来栖が心配そうに言う。敵の数が三倍ということを聞いたからだ。彼女も軍にかかわるようになって知ったのだが、「攻者三倍の原則」と言って、攻める側は守る側の三倍の戦力を必要とする、と言う。しかし、今回はその比率がまったくの逆だ。
「大丈夫だよ。少佐の強さはみんな知ってるだろ?」
 頼香が励ますように言う。が、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「そうですね。それに、今は自分たちにできることをしなければ。あ、そこ右です」
 マップを見ている果穂が言った。頼香は頷いて角を右に曲がった。次の瞬間、彼女はどしん、と何かにぶつかって床に転がっていた。
「あ、すまん」
 そのぶつかったもの…艦の乗組員らしい男が言った。
「いや、こっちも前をよく見てなくて…」
 頼香も謝り、男の差し伸べた手に捕まって立ち上がった。二人は会釈して、そのまますれ違おうと――
「って、何だお前たちは!?」
 我に返った乗組員が叫んだ。戦闘艦の中に、少女たちが五人。しかも、四人は連合軍の制服を着ているのだ。どう考えても怪しい。
「ちっ!?」
 咄嗟に頼香がオーラブレードの一撃を男に叩き込んだ。不運な男はもんどりうって壁に叩きつけられ、悲鳴も立てずに崩れ落ちる。
「ドジったな…とりあえず、この人をどこかに隠して…」
 頼香が言った時、近くの船室のドアが開き、七人ほどの乗組員たちが出てきた。さっきの男の叫びを聞いたらしい。彼らは床に伸びた仲間と、オーラブレードを持った少女たちの姿を見て、何が起きたのかを悟った。
「お、お前たち、どこから入ってきた!?」
 それでも即座に通報せずに、自前のフェイザーを抜いて対処しようとしたのは、この五人…特に地球の三人娘を舐めていたと言われても仕方ないだろう。
「オーラフェイザー!」
 必殺技の名前を叫ばずにはいられない果穂と、これは無言の頼果がオーラスティックの先を向けて一撃を放つ。その光線を浴びた男が二人吹き飛ばされた。それを見た男たちが反撃の引き金を引く。しかし、それは咄嗟に来栖が張ったオーラシールドに弾き飛ばされた。
「ごめんなさい、シールドブレイク!」
 来栖の謝りながらの必殺技が、さらに三人を昏倒させた。それで残った二人は、オーラスティックを持った三人娘が危険だと悟ったらしく、狙いをかわねこと緒耶美に絞った。人質にでも取るつもりなのか、二人に突進する。
「かわねこ、緒耶美ちゃん! 危ない!!」
 頼香が叫んだ。三人娘は攻撃を撃ったばかりで、咄嗟の対処ができない。かわねこと緒耶美の運命は風前の灯に思われた。しかし。
「「デュアルオーロラウエーブ!」」
 かわねこと緒耶美は素早く携帯電話を取り出し、クイーンのカードをスラッシュすると、それを持つ手を高く掲げて叫んだ。二人の体を眩い光が包み、思わず乗組員たちは動きを止めた。
 光の中、二人の服装は、連合軍の士官服とメイド服から、白黒を基調とする衣装に変わっていた。

「警備の使者、セキュアブラック!」
「警備の使者、セキュアホワイト!」
「「ふたりはビリキュア!」」
「世間を騒がす不埒者よ!」
「とっととおうちに帰りなさいにゃ!」

 ポーズを決めて見得を切るかわねこ…セキュアブラックと緒耶美…セキュアホワイト。この姿に変身するのは久しぶりだが、一度経験した事だけにもう慣れが入っている。
「な、な?」
「か、かわいい…」
 わけがわからん、と言う表情の頼香と、素直に感心している来栖。一方、艦内で「家に帰れ」と言われてしまった乗組員たちの心情は、頼香に近いようだった。
「よ、よくわからんが…服が変わっただけじゃないか!」
 それでも立ち直って二人に突進したのは、さすがに軍人と言うべきか。しかし。

すぱこーん

 実に軽い音ともに、かわねこのキックと緒耶美のパンチが乗組員二人をノックアウトしていた。一見変則魔女っ娘風のオーラ増幅戦闘衣の威力は健在だった。
「や、やるじゃないか…こんな凄い切り札を持ってたなんて」
 頼香が感心したように言う。かわねこと緒耶美は照れくさそうに頭を掻いた。
「そうでしょうそうでしょう。実は、これは頼香さんと来栖さんのために作ったものなんです。どうです。着てみませんか?」
 果穂の言葉に、来栖は「えっ、わたしの分もあるの?」と目を輝かせたが、頼香は真っ赤になって手を振った。
「え、ええっ!? お、俺は良いよ! こんな恥ずかしい格好するの」
 それを聞いたかわねこと緒耶美はずーん、と沈み込んだ。
「が、がお…私たち恥ずかしいですか…」
「それはあんまりなのにゃあ…」
 失言を悟った頼香は慌ててフォローした。
「い、いや! よく似合ってる! よく似合ってるよ、二人には。でも俺はなぁ…」
 恥ずかしそうに言う頼香だったが、来栖は無邪気に言った。
「えー、頼香ちゃんだって似合うと思うよー」
「そうですね、性格的には黒ですが、外見的には白でしょうか?」
 果穂も謎の論評をする。
「そうだにゃ。頼香ちゃんならどっちでも似合うと思うのにゃあ」
「ご主人様の言うとおりですよ〜」
 落ち込んでいたはずのかわねこと緒耶美もしっかり復活していた。
「な、お前ら落ち込んでたんじゃないのかよ!? くそ、からかったな!」
 頼香は真っ赤になって怒り、くるっと踵を返した。
「行くぞ! 騒いでたらまた見つかっちまう」
 どう考えても、一番声が大きいのは頼香なのだが、付き合いが長いだけあって、誰も何も言わなかった。頼香を見て微笑んでいるだけである。
(まぁ、頼香さんも来栖さんも、それにかわねこちゃんも硬さが取れたことですから、良しとしましょう)
 果穂はそう思った。確かに連合の命運が掛かった、さらには弔い合戦の要素もある負けられない重大な戦いではあるが、このまま緊張しまくった状態では、みんな実力を出し切れないと思っていただけに、今の一幕は良い展開だった。
(それに、何と言っても少女は笑顔が一番ですからね。うふふふ…)
 そういう彼女の笑顔は煩悩に曇りまくっていたが、付き合いが長いだけあって、誰も何も言わなかった。


 少女たちがピンチを切り抜けていた頃、海兵隊と機動降下兵の激戦もピークに達しようとしていた。戦場は第十八デッキ一帯に移り、狭い廊下や室内での乱戦になっている。
 こうなると銃器は危なくて使えず、双方ともフェイザーブレードや高速振動戦斧を振るっての白兵戦になっていた。そして、こうした戦いでは、海兵側が戦力で劣っているにもかかわらず、機動降下兵側を押し始めていた。
「どりゃあああ!」
 パワードスーツに身を固めたバルトルッツィ隊長が、大身槍型のフェイザーブレードを風車のように振り回し、軌道降下兵たちを薙ぎ倒す。それに鼓舞されるように、海兵隊は白刃を煌かせて敵の戦列に猛然と斬り込んでいった。
「な、何だこいつら! うわああああ!!」
 一方的に斬りたてられ、絶叫する軌道降下兵。エリート部隊の矜持が音を立てて崩れるようだった。しかし、これは彼らが劣っていたというより、相手が悪すぎたというべきだろう。何しろ、ワールウィンド海兵戦闘団は実戦経験という点で、アメフラード軍を遥かに上回っていた。加えて、彼らを鍛え上げたのは、今の連合では屈指の達人というべきシェリルである。
 そのシェリルは敢えて前線に立たず、戦況を見極めて指示を出していた。劣勢のアメフラード軍が後退して銃火器の間合いを取ろうとするのを、すかさず味方を押し込ませて許さない。
「常に乱戦を心がけろ。局地的に優勢な戦力を叩きつけて、相手に対処する暇を与えるな」
 分隊長クラスまでの指揮官たちに、シェリルはその事を徹底させていた。じつは、この戦術はかわねぎ司令が艦隊戦でやっていたのと同じようなものである。
 じわじわと後退する敵はついに総崩れ状態になり、それを追撃して、海兵隊は開けた空間に突入した。どうやら、艦載攻撃艇の格納庫か何かであるらしい。その瞬間、シェリルは嫌な予感がした。
「全員追撃中止! この空間を出ろ!!」
 しかし、その彼女の命令は遅きに失した。目の前で、今入ってきたばかりの入り口に、轟音を立てて装甲シャッターが降ろされる。
「しまった!」
 シェリルは歯噛みした。痛恨のミスだった。それと同時に、頭上から激しい射撃音が湧き起こる。威嚇射撃だったらしく、実際の火線は飛んでこなかったが、シェリルは自分たちが絶対の死地に追い込まれたことを悟っていた。
「全員動くな! 一歩でも動けば射殺する!!」
 頭上のキャットウォークにずらりと並んだ軌道降下兵たちが銃口を連ねる中、その中央部に立ったエルミート中佐が会心の笑みを浮かべていた。
「散々苦労させてくれたが、見事に罠にはまってくれたものだ。勝ちを焦ったかね?」
 問い掛けるエルミート中佐に、シェリルも苦笑を浮かべて応じてみせる。
「ああ、してやられたよ。なかなかの策士だな、中佐」
 エルミート中佐と軌道降下兵たちがやって見せたのは、偽の敗走で敵を罠に引きずり込む作戦だった。日本では、戦国時代に島津家がお家芸とした「釣り野伏」が似たような計略である。
「さて、武器を捨ててもらおうか、海兵隊の諸君」
 エルミートが命じた。シェリルは周りの隊員たちに目配せすると、腰に付けていたフェイザーブレードと愛刀を外し、床に置いた。海兵隊員たちも、悔しげな表情を浮かべて武器を投げ捨てる。それを、別の軌道降下兵たちが集め始めた。
「武器は捨てたぞ。次はどうするんだ?」
 シェリルの質問に、エルミートはあごを撫でた。
「そうだな、別にどうもしやせんよ。ここで大人しく、テランが屈服するところを見届けてもらうさ」
 そう答えて、エルミートは高笑いした。悔しさに震える海兵隊員たち。しかし、その屈辱の時間は、一瞬しか続かなかった。
 突然、エルミートの笑い声がやんだ。かと思うと、眼球がぐるりと反転し、白目を剥いてその場に倒れこむ。
「た、隊長!?」
 突然エルミートを襲った異変に動揺する軌道降下兵たち。その隙を見逃す海兵隊ではなかった。
「やっちまえ!」
 武器回収中の軌道降下兵を数人がかりで殴り倒し、得物を奪還する。さらに、シェリルは愛刀を拾い上げると、一気にそれを鞘走らせ、キャットウォークを支える一抱えほどもある柱を叩き斬った。
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 上に乗っている軌道降下兵たちの悲鳴と轟音と共に、キャットウォークが倒壊する。埃がおさまってみると、形勢は完全に逆転していた。軌道降下兵のほとんどが落下の衝撃で身動き取れないほどのダメージを受け、そうでない者は銃口を突きつけられて手を挙げることを余儀なくされていた。シェリルは刀を鞘に収めて呟いた。
「ふう…助かったな。しかし、相手の隊長はどうしたんだ?」
 どうも狙撃されたように思えたが、シェリルの部下たちは全員武装解除されていた。狙撃ができた者がいたとは思えない。その時、頭上から声が聞こえてきた。
「大丈夫でしたか?」
 一瞬、シェリルは硬直した。それは、ここで聞こえるはずのない声だった。恐る恐る上を見た彼女は、そこに予想通りの、しかし有り得ない人物を見出し、驚愕の声を上げた。
「なんで、君がここにいるんだ!?」


 やかましいほど、ひっきりなしに入って来ていた戦況報告が、急速に少なくなり、やがて沈黙した。それが意味するところは、ただ一つ。
「敗れたか…エルミート隊長」
 ディアモンテは呟いた。幕僚たちがぎょっとしたように彼の方を振り向いた。
「て、提督…いかがしますか?」
 参謀がうろたえたように言う。軌道降下兵部隊が壊滅したとなれば、艦内に突入した連合海兵隊が艦橋まで攻め込んでくるのも時間の問題だろう。
「そうだな…」
 ディアモンテが考えをまとめようとした時、呟くように言った者がいた。
「もう…やめましょう」
「ん?」
 ディアモンテは声の主を見た。砲術長だった。司令官に直視された彼は、それで逆に性根が座ったらしく、堂々と声を上げて主張した。
「もうやめましょう、提督! 我々は十分に戦いました! 目的は達することができたはずです! これ以上の犠牲は無意味です!!」
 声をあげながら、砲術長の目からは涙が溢れていた。
「我々が吹き飛ばしてしまったエムロードの乗員も…軌道降下兵たちも、みな有能で前途ある者たちでした。これ以上彼らを死地に追いやって、それでアメフラードの未来がありますか!? 提督、どうかこれ以上は…」
 ディアモンテは黙って砲術長の言葉を聞いていた。しかし、全てを聞き終えた彼は、ゆっくりと頭を振った。
「それは…できん」
「提督!」
 砲術長が非難するように声をあげる。
「今戦いを止めても、アメフラードの未来は開けぬ。今ならまだ、連合にはすべてを闇に葬るという選択肢は残っているのだ。そうなれば、我々の戦いは全て無意味だ」
「では、いかがしますか?」
 参謀が再度質問する。ディアモンテは用意していた答えを返した。
「できれば使いたくなかったが…テランの交通管制システムを掌握する。かなりの混乱が起きるだろうが、やむを得ん」
 交通管制は社会の要だ。それが混乱させられれば、地上では大事故が頻発し、多くの犠牲者を出すだろう。だが、それもアメフラードが被った痛みに比べれば…
 しかし、次の瞬間、固く閉じてあったはずのドアが、突然破壊された。
「!」
 轟音とともに崩れたドアの向こうから、五つの人影が姿を現す。頼香、果穂、来栖、かわねこ、緒耶美だ。
「おまえたちは…」
 少女たちのうち三人が、ややアレンジされてはいるものの連合軍の制服を着ているのを見て、ディアモンテは問い掛けた。もっとも、彼ともなれば噂の最年少少尉のことは知っていたが。しかし、最初に口を開いたのは、場違いとも言える黒いコスチュームのキャロラット人少女だった。
「TS9司令代理、かわねこ少尉にゃ。ディアモンテ准将、お前を惑星連合に対する反逆の罪でジャッジメントするにゃ」
 ディアモンテは苦笑した。
「反逆か…反逆とは、目下の者が目上の者に対して行うものだ。もはや、アメフラードは連合にとって取るに足らない存在だと言うことか…」
 司令のそんなほろ苦い自嘲の言葉とは別に、艦橋の警備主任は動いていた。
「やれ!」
 警備主任と艦橋衛兵、さらに個人戦技に自信のある参謀が銃やブレードを抜いて、五人に殺到した。しかし、彼らの攻撃は来栖のシールドに全て阻まれた。
「おおっ!」
 そこへ、飛び出した頼香とかわねこ、緒耶美が当たるを幸い暴れまくる。オーラブレードとオーラパンチにキック、さらには果穂の放つ援護のオーラフェイザーが乱れ飛び、わずかのうちに、ゴールドマインの艦橋要員はことごとく討ち果たされていた。残っているのは、五人の少女とディアモンテ、それに戦いに参加しなかった砲術長だけだった。
 そして、かわねこと緒耶美は最後の一撃を放とうとしていた。
「とどめにゃ。ブラックサンダー!」
「ホワイトサンダー!」
 二人の伸ばした腕が、それぞれのオーラの輝きに包まれる。
「ビリキュアの美しい魂が」
「邪悪な心を打ち砕くにゃ」
「「ビリキュア・マーブルスクリュー!!」」
 竜巻のように旋回する白と黒の光が、ディアモンテに向かう。その時、マーブルスクリューの射線上に飛び込んだ者がいた。砲術長だった。
「!」
 驚愕するディアモンテの前で、砲術長は閃光に巻き込まれ、壁際にまで吹き飛ばされた。意外な成り行きに驚く五人娘。指揮官席を立って砲術長の傍に駆け寄ったディアモンテは、部下の身体を抱き上げて叫んだ。
「なぜだ、なぜ私をかばった!?」
 砲術長はうっすらと目を開けて答えた。
「戦いの終わりを宣言できるのは、貴方だけです、提督…どうか、アメフラードの未来のために、正しい選択を…」
 そう言うと、砲術長はがくりと崩れ落ちた。ディアモンテは彼の身体を床にそっと寝かせると、指揮官席に戻り、艦内放送のスイッチを入れた。
「忠実なるアメフラード軍の将兵諸君…司令のディアモンテだ。我々は惑星連合軍に投降する。抵抗を止め、手近な連合軍の指示に従ってくれ。このような結果を招いた私の稚拙な指揮を許して欲しい。真に、済まなかった」
 まだ艦内で散発的に聞こえていた銃声が、急速に止んでいった。それを聞き届け、ディアモンテは指揮官席に座った。
「終わった…か」
 ディアモンテは呟いた。必殺技を使ってしまったため、変身の解けたかわねこは、ディアモンテに問い掛けた。
「なんでにゃ…なんで、こんな事をしたにゃ!?」
 かわねこの大きな目から、涙が溢れている。れも副司令の仇を討ち損ねた悔しさの涙だった。
「最初の決起の言葉は聞いていないか…アメフラードの栄光を取り戻したかった。それが理由だ」
 ディアモンテは言った。
「アメフラードも、かつては理想に燃えた星だった。自分たちの作り出すものが、連合発展の礎となる…その思いが祖先たちの働く意欲を支えていた。私が取り戻したかったのは、そんな旧き良きアメフラードだったのだ」
 その独白を聞いて、やり切れない思いで頼香が叫んだ。
「だったら、何でこんな反乱なんか起こしたんだよ! いったいこの事件で何人が死んだと思ってるんだ! こんな事であんたの言う良い時代が戻ってくるとでも思ってたのかよ!!」
 頼香も感情が激したのか、涙をこぼしていた。ディアモンテは顔を上げた。
「君は知るまいな、若き士官よ。我がアメフラードが何と呼ばれているか。拝金主義者、守銭奴、なんでも金で買えると思っている思い上がった連中…それに今は反逆者という不名誉な称号まで付け加わっている。その呼び名の下で、我々がなめている辛酸のことを…!」
 ディアモンテの言葉も激し始めていた。
「先日の事件で、我々は全てを失った。まじめに働いて作った物を輸出しようとしても、反逆者の作った物を買う者など、誰もいない。企業はつぶれ、工場は閉鎖され、街には失業者が溢れ、誰も明日への展望など見出せない。それが敗者の現実だ。自業自得と言うなら、それはその通りと認めよう。だが、敗者にも生きる権利はあるのだ!」
 ディアモンテは叫んだ。
「そんな現実を変えるため、私は決起した。アメフラードにも、まだ連合を揺るがすだけの力がある。自分たちを守銭奴と罵る連中に思い知らせるだけの技術力がある。それを示したかった。故郷の打ちひしがれた人々のために、我々はまだやれる、と教えてやりたかった」
 ディアモンテはそこまで言うと、自嘲の笑みを浮かべた。
「だが…間違っていたようだな。所詮、私は軍人だ。敵を打ちのめすことでしか自分を表現できない、哀れな人間だ。人を救う器ではなかったと言うことだな」
 そう言って、彼は腰のフェイザーピストルを引き抜いた。身構える頼香たち。しかし、その銃口が向けられた先は、ディアモンテ自身のこめかみだった。
「死んだ者にこんな事で詫びになるとは思えんが…この責任は全て私一人にある。部下たちには寛大な処置を頼む」
 銃声が轟いた。が、それはディアモンテの身体を捉えてはいなかった。踏み込んだかわねこが、咄嗟にピストルを叩き落としたのだ。
「!?」
 驚くディアモンテに、かわねこは言葉を叩きつけた。
「甘ったれるにゃ! 本当に国を救いたいと思ってるなら、何で死んだりするにゃ!? そんな事で責任が取れると思っているのかにゃ!」
 かわねこはまくし立てた。
「おまえの責任は、死んだくらいじゃ消えないにゃ! 生きて、生き抜いて、アメフラードの再建に尽くす…それができることじゃないのかにゃ!?」
 叫びながら、かわねこは再び泣き始めていた。大粒の涙がぼろぼろと床に落ちていく
「うう…何でなのにゃ…こいつはれも君の仇なのにゃ…それなのにどうして…助けたりしたにゃ…」
 かわねこは自分の感情がどこにあるのか、わけがわからなくなった。その時、背後から声が聞こえた。
「いいえ、立派でしたよ、司令代理」
「うう…れも君、そんな事を言って慰めてくれなくても良いにゃ。ボクは君の仇も取れない不甲斐ない…にゃにゃ?」
 かわねこは後ろを振り向いた。そして、そこに立っていた人の姿を見て、驚きのあまり凝固した。
「どうしたんですか、そんなに驚いて」
 その人物…れも副司令は微笑んだ。美しいブロンドの髪はあちこち焦げて縮れ、顔は煤で汚れ果ててはいる。しかし、彼女は確かにそこに生きて、存在した。が、次の瞬間かわねこはがばっと床に土下座した。
「れ、れも君! お願いだから成仏して欲しいにゃ! ナムミョーホーレンゲキョー、か、神様、どうかれも君の魂を極楽に導いてください、アーメン」
「勝手に殺さないでください!!」
 れもはかわねこを怒鳴りつけ、その身体を抱き起こした。
「私は幽霊なんかじゃありません。この通り、足はちゃんと付いています!!」
 かわねこはれも副司令を見つめた。傷だらけでも損なわれていない、凛とした美貌。しなやかな肢体。確かに現実だ。
「れ、れもくん…れも君!!」
 かわねこはれも副司令に抱きついた。
「生きていたんにゃあ…良かったにゃあ…」
 さらに、頼香たちも泣きながられも副司令の元に駆け寄ってきた。口々に無事を喜びながら、顔を涙でくしゃくしゃにしている。
「あなたたち、顔を拭きなさい。せっかくのかわいい顔が台無しよ」
 れも副司令は微笑むと、呆然と成り行きを見守っていたディアモンテに問い掛けた。
「もし…この娘の言う事に少しでも感じ入るところがあったのなら、どうか生きてくださいませんか?」
 ディアモンテは少し考えると、床に落ちていた自分のピストルを拾い上げ、銃身のほうを掴むと、グリップをかわねこに向けて差し出した。降伏した武将が、敵将に対して示す礼儀だ。
「君の言葉と涙は、100万発の光子魚雷よりも効いた。何ができるのかはわからないが、せいぜい生き恥を晒させてもらおう」
 ディアモンテは言った。その時には海兵隊員も艦橋に到着していて、倒れている要員たちの手当てと捕縛に当たっていた。ディアモンテもバルトルッツィ隊長に付き添われ、艦橋を出て行った。
「終わったようだな」
 シェリルの言葉に、れも副司令は頷いた。そこで、ようやくかわねこは気になってしょうがなかった事を尋ねた。
「でもれも君、どうやって助かったにゃ?」
 れも副司令は微笑み、その疑問に答えた。
「ほいっぷはディフレクターキャノンに艦の半分を持っていかれて…制御不能になりましたけど、転送装置は生きていたんです。それで、ゴールドマインとすれ違うときに、転送で乗り移ったんですよ。そこで、何とかこの艦を奪う機会を伺っていたら、シェリル先輩の攻撃が始まって…」
 れも副司令はなんでもない事のように言ったが、正直言って、ここに今立っていられるのは、僥倖以外の何者でもなかった。ディアモンテが計略のために、自分が転送したように見せかけた後、担当士官が転送妨害シールドの再展開を忘れていなかったら…今ごろ彼女は宇宙の藻屑になっていたはずだ。
「私も驚いたよ。危ないところも救ってもらったしな。まったく美味しい所を持っていかれたよ」
 シェリルも笑う。言うまでもなく、エルミート中佐を狙撃して海兵隊逆転のきっかけを作ったのは、れも副司令と、彼女が率いるほいっぷ乗員の功績である。
「そうだったのにゃ…とにかく、本当に良かったにゃ」
 かわねこは、この事件が始まって以来、初めて心の底から笑った。まだ事件が終わったわけではなく、後方ではホーコリー少尉や生存者たちの苦闘が続いている。それでも、大事な人が生きていてくれた。その事がかわねこの心を明るくしていた。
 窓の向こうには、妨害システムの脅威がなくなったため、救援に来たテラン駐留艦隊の艦艇群が、ゆっくりと近づいてきていた。


「すべてを闇に葬る…ですと!?」
 かわねぎ司令は憤りをこめた声と態度で、その決定を伝えた相手…ワイアード提督に迫った。
「そうじゃ。全ては演習中の事故だった…それが軍上層部の決定よ」
 ワイアード提督は頷いた。
「何を馬鹿なことを。こんな大事故があるはずがないでしょう!」
 かわねぎ司令は怒鳴った。今回の事件では、TS9艦隊が駆逐艦4隻を完全損失し、アメフラード艦隊は全ての稼動艦艇を大破もしくは撃沈され壊滅。演習艦隊も巡洋艦3隻と駆逐艦1隻を失っている。死者の合計は2000人を軽く超えていた。TS9も139名の戦死者を出し、かわねぎ司令、れも副司令、シェリル少佐らは遺族への手紙を徹夜で書き綴った。
「あるはずがないと言っても、あったんじゃからしょうがなかろう」
 ワイアード提督は言った。かわねぎ司令は憤然とソファに腰掛けた。上官に対する態度ではないが、怒りを抑えきれない。
「汚いやり口ですな」
 吐き捨てるように言う。たかが一惑星の、それも一個艦隊が決起しただけで連合自体が揺らぐような事件など、あった事にしてはならない。それが上の思惑なのだろうが、そんな事なかれ主義が良いものだとは、かわねぎ司令には思えなかった。
 事件が「なかった事」にされた以上、生き延びた人間にも、それを語る事は許されなくなる。それはまだ良い。しかし、ディアモンテを口封じをするかのように、演習事故の責任者として、即決で死刑を言い渡した事には、我慢がならなかった。
「ふん、青い事を言いおるわ。お主にそのようなかわいい一面があったとは知らなんだぞ」
 ワイアード提督が呆れの微粒子をわずかに含んだ笑い声で言った。
「身体は大人でも、心は女子小学生…子供ってのは、正義感が強いものなんです」
 かわねぎ司令が言うと、ワイアードの笑いはますます大きくなった。
「ほう、そうか。では、身体を心に合わせたらどうじゃ」
「遠慮します。それに、子供なのは私だけではありませんでね」
 かわねぎ中佐が答えると、ワイアード提督が興味津々と言う様子で聞いてきた。
「ほう、それはどういう事じゃ?」
「ジューダイン中佐が動いていますよ。それに、れも君も久々に古巣に協力しているようです」
 ワイアード提督はふぉっふぉっふぉ、と笑い声を上げた。
「ほお、そうかい。では、儂としてはその事は聞かなかった事にしておこうぞ」
 相変わらずタヌキな爺さんだ、と思いつつ、かわねぎ中佐は頷いた。


 それから数日後、各大手マスコミが一斉にニュースを報じた。
「アメフラード制裁戦の裏に闇資金」
「大物議員と産業界の黒い癒着」
「軍関係者にも飛び火か?」
 ニュースの内容は、連合政府がアメフラードに対する強硬な制裁を行った裏で、アメフラードの市場におけるシェアの切り崩しを狙っていた他惑星産業界が、政府や軍部に資金を供与してそれを煽った、と言うものだった。
 連合政府は当初それを強硬に否定しようとしたが、マスコミや検察に匿名で送られた資料は極めて詳細かつ正確なものだった。それだけに世論と司法の追求は厳しく、ついに数人の連合評議会議員が、資金供与の事実を認めた。
 このスキャンダルで中央政界が揺れる中、惑星連合はアメフラードに対する経済制裁の緩和を発表したが、惑星連合はこの措置をスキャンダルの影響ではなく、予定の行動によるものだと言明した。


 ディアモンテの反乱事件から、およそ2ヶ月の時が流れた。
「うおお、あと十分、あと十分!」
 司令官のかわねぎ中佐が書類の決裁を大急ぎでやっていた。書類にものすごい速度で目を通しては訂正し、あるいは承認してサインをし、「決定」「再提出」「却下」のボックスに分けて入れていく。
「おお、司令が燃えている…また、プレラット大使館の掃除かい?」
 めったに見られない光景に、オペレーターのハリントン少尉が同僚のみけね少尉に尋ねた。
「はて、今日はその日じゃないはずにゃ?」
 首を傾げるみけね少尉。すると、信じられないことに、れも副司令がやさしい口調で司令に言った。
「今日は良いですよ、司令。そろそろ行きましょう」
 みけねとハリントンは天が落ちてきてもこれほどは驚かないだろう、と言うほど驚いた
「れ、れも副司令が…」
「司令を甘やかした!?」
 呆然とする二人をよそに、かわねぎ司令とれも副司令はきっちり制服を着込むと、出かける用意をした。れも副司令が振り向いて言う。
「みけね少尉、ハリントン少尉、入港管制をよろしく」
「は、はいにゃ!」
「了解です!」
 二人は慌てて敬礼し、顔を見合わせたが、ふと、今日が何の日だったかに気づいて、手をぽんと打ち合わせた。
「あ、そうか」


 TS9港湾部。その展望室に集まった要員や関係者の前で、4隻の新造駆逐艦が入港しようとしていた。まだペンキの匂いも取れないそれらの艦の名前は、U.S.S.ほいっぷII、テクタスIII、ぷらむII、ぐらにゅーII。
 反乱事件で撃沈された4隻の名前を引き継ぐ事になった新鋭艦であり、TS9防衛艦隊の新たなる戦力である。仲間たちを歓迎するため、修理を完了して復帰していたあいくる、ほうえい、りそなといった従来からの艦が、一斉にフェイザーを打ち上げ、軍楽隊が歓迎のマーチを演奏し始めた。
「それにしても、思い切った決定をされましたね、司令」
「何がだね?」
 れも副司令の言葉に、かわねぎ少佐は視線を4隻から外さずに問い掛けた。
「あの星で作られた艦を採用したことですよ」
「ああ、別に良いさ。設計はプレラットだからね。それならどこで作られても一緒さ」
 かわねぎ司令は答えた。この4隻の新造艦は、設計こそプレラットで行われたが、実際の建造は別の惑星で行われた。いわゆるノックダウン生産だ。そして、その惑星とはアメフラードである。
 制裁にまつわるスキャンダルの発覚後、その事に対する同情と、信頼の回復があり、アメフラードの輸出産業は少しずつ軌道に乗ろうとしていた。経済も復調し、失業者も減りつつあると言う。かつての経済大国ではなくても、人が身の丈にあった幸せを追求できる国にはなるはずだ。TS9の駆逐艦発注は、その経済回復にささやかながら貢献をしたと言える。
「連合加盟国民の幸福な生活の維持。これが連合軍の使命だからね。従って、何の問題もない」
 似合わない堅苦しい言い方をするかわねぎ司令に、れも副司令はくすくすと笑い、言葉を続けた。
「そういえば、ディアモンテ元准将からメールが来てましたよ」
「ほぉ?」
 かわねぎ司令は顔を上げた。死刑を宣告されたディアモンテ准将だったが、その後恩赦の決定が下り、罪一等を減じて、軍籍および軍功の剥奪、軍からの追放と言う措置が取られて、釈放されていた。今はアメフラードに帰っているはずだ。
「じゃあ、早速見せてもらおうか?」
 何が書いてあるのか、と思うかわねぎ司令に対し、れも副司令は笑いながら答えた。
「ダメです」
「…は?」
 わけがわからないかわねぎ司令に対し、れも副司令は楽しそうに言った。
「だって、これはかわねこ少尉当てのメールですもの。司令が見るのはマナー違反ですわ」
「はぁ? おおい、ちょっと待ってくれ。そりゃないだろ、れも君〜〜〜」
 TS9に司令と副司令ののんきな掛け合いが響く。それは、彼らが守った平和の証と言うべき光景だった。

―終―



あとがき

 と言うことで、お送りしました「星海のデッドヒート」いかがでしたでしょうか?
 南分堂さんの「ちぷすぺ2」に触発されて、TS9で本格的な宇宙戦争物を書いてみたい、と思ったのがそもそものきっかけですが、予想以上に長い話になり、自分でもちょっと驚きました。結果的には自前のシェリル少佐だけでなく、かわねぎ司令や頼香たち、緒耶美ちゃん、明中尉など、他の作者の皆さんのキャラまでどんと出演する事になりました。快く客演許可を下さった皆さん、ありがとうございます。
 驚きと言えば、敵のディアモンテ准将。最初は特に何も考えず、嫌な人、と言うイメージで始めたのですが、書き進むにつれ、「自分なりの譲れない信念を持つ敵役」になり、なかなか思い入れのあるキャラクターに成長しました。
 できればもう一度何かに出演させてみたいのですが、それもなんだか変なので、彼はこのままらいかワールドの片隅で一市民として生きていくのでしょう。彼が最後にかわねこに送ったメール、それに何が書いてあったのか、想像してみるのもまた一興かと思います。
 それでは、また何か別の作品でお会いしましょう。


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