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 少女は砂埃の舞う道を歩いていた。ちょっと前までは、埃を抑えるために道路に定期的に水を撒く設備があったのだが、数日前に破壊されてしまって、今はもう動いていない。
 動いていないのは、散水施設だけではない。今横を歩いているこの軍事基地は、3年前まで小学校だった場所だ。それが廃校となったのは、別に児童数が減ったとか、そういう理由ではない。今では壁は土嚢や装甲板で強化され、ほとんどの窓ガラスが壊れた校舎の屋上には、黒光りする対空砲火が鎮座している。そして、校庭には戦車や自走対空ミサイルと言った兵器類が並べられていた。
「そこの娘! ここは基地だぞ。うろうろしてないで、どこかよそへ行け! 機密漏洩罪で逮捕されたいのか」
 厳しい軍人が、高圧的な態度で怒鳴って来た。少女は慌てて頭を下げ、来た道を引き返した。学校は彼女も通ったところで、そこがあんな風に武装化されているのを見るのは、悲しい光景であり、見たくなかった。
 彼女が小学校を卒業した年に、この星では戦争がはじまった。相手は異星の軍隊ではない。同じ星の住民だ。いわゆる内戦と言うやつだ。どうしてそんな事になったのか、彼女は知らない。知りたくもない。
 ただ、少し前まで一緒に遊んでいた友人たちの多くが、「敵」と言う理由だけで強制的にどこかに連れて行かれ、もう二度と会うことができなくなった、と言う事実が、本来なら伸び伸びとしているべき思春期の彼女の心に、大きな影を落としていた。
 彼女の父親は、これは必要な戦争だと言う。でも、彼女が生まれる少し前に終わった、もっと大きな戦争。その傷跡がまだ癒えていないのに、それでも戦争を始めた理由は、怪しげなものとしか思えなかった。一日に何度も空襲があって、その度にたくさんの人が死んだり、傷ついたりしている。こうして今は無事でいる自分だって、数瞬後には…
 すると、その彼女の心を読んだように、空襲警報が鳴り響き始めた。少女は慌てて辺りを見回した。どこか手近な防空壕へ入らなきゃいけない。でも、どこに?
「危ない、伏せろ!!」
 そんな怒声と共に、呆然としていた彼女を誰かが突き飛ばした。それと同時に、周囲はものすごい爆音と、突き上げるような振動に包まれた。熱い爆風と焼けた土の欠片が吹き寄せ、少女は恐怖のあまり絶叫した。だが、空襲の響きはそのあまりにもか細い訴えをかき消してしまうには十分だった。
 まるで永遠のような時間が過ぎ、気が付くと、空襲は終わっていた。身体を起こそうとして、彼女は上に何か重いものがのしかかっている事に気が付いた。もしかして、生き埋めにでもされてしまったのだろうか。恐怖にかられて、少女は必死に手を動かした。幸い、それは何とか自力で撥ね退けられるだけの重さしかなく、少女は自由になった身体で立ち上がった。
 辺りは、さっきとはまるで違った世界になっていた。建物の多くが瓦礫に変わり、白い煙とも埃とも言えないものが立ち込めている。ふと後ろを振り向くと、学校だった基地のあたりは猛火に包まれ、建物の影は見えなかった。思わず後退った彼女は、何か柔らかいものにつまづいて、転びそうになった。あわてて体勢を立て直してそれを見た少女は、凍りついたように動きを止めた。
 それは、さっき彼女を怒鳴りつけた軍人だった。既に息はなく、うつろな目に彼女の姿が映っている。少女は悟った。あの空襲の中、彼女に覆い被さって身を守ってくれたのが、彼だったということに。
 少女の目から大粒の涙がこぼれ、生命を失った軍人の頬で弾けた。今、少女の意識は、たった一つのことで塗りつぶされていた。
 こんなのは間違ってる。終わらせなくちゃいけない。こんな酷い事は、一刻も早くやめさせなきゃ。
 心の命ずるままに、少女はふらふらと歩き始めた。どこへ行こうとしているのか、彼女自身にもわからない。だが、彼女は進まなければならなかった。
 惑星連合とトマーク=タス同盟の国境付近にある辺境の星、クロムジー。その内戦が終わる気配は、どこにも見えていなかった。




Trans Space Nine Side Story

星海のデッドヒート Episode:02

破局の阻止限界線


作:さたびー
画:MONDO様






クロムジー星系第八惑星軌道上

「いやぁ、終わったな。これでようやく我が愛しのれも副司令に会いに行けるってもんだ」
 宇宙貨物船「すいんげる号」のじーざ船長は嬉しそうな表情で言った。個人営業の運輸業を営む彼は、今回の仕事では、内戦中の惑星に警戒網を突破して接近し、荷物を降ろすと言う危険なものを請け負っていた。
 もし、監視中の連合艦隊や同盟艦隊に見つかれば、下手をすれば大事な商売道具であるこのすいんげる号を拿捕され、明日から路頭に迷う事請け合いだが、反面報酬も多額だ。常に財政は火の車と言うすいんげる号とそのクルーにとっては、魅力的な条件だった。
 そして、じーざ船長は見事に今回の輸送をやり遂げたのである。いろいろと人格に問題のある男ではあったが、船乗りとしての腕は間違いなく超一級だった。
「よし、カムラ君、TS9に向けてワープ9.99で進行だ」
「そんなスピード出るわけ無いでしょう」
 じーざ船長の無茶な命令にあきれたように答えるのは、航法士兼機関士兼レーダーオペレーター兼コック…早い話が雑用のカムラ少年。ついこの前までは、船長以外では唯一のクルーだった。
「良いじゃないか、ケチケチするなよ」
「ケチとか言う問題じゃありません。物理的に不可能です」
 カムラ少年の言う通り、貨物船を含む民間船舶の最高速度は、ワープ5に設定されている。これは惑星連合の航宙法で定められた規則でもあるが、同時に最も効率の良い航行速度でもあるからだ。
 もちろん、民間船でも特別に許可を受けて建造された高速輸送船はワープ8〜9と言った軍艦並みの速度を誇るし、軍艦以上の高速を出せるようにした違法改造を施した船もいる。しかし、すいんげる号は最高速度が法定基準内に収まるよう、その機能が制限されている。
 そのリミッターを外せば、すいんげる号は最高でワープ7まで出せる性能がある。しかし、これはもちろん違法改造であり、滅多な事で使えるものではない。それ以前に、この機能を使ってもワープ9.99は出せない。
 そんな事は、船長兼船主であるじーざ船長も百も承知のことだが、いかに金に困っていたとは言え、本来のホームグラウンドであるTS9の近海を離れて、もう二週間以上れも副司令の尊顔を見ていないのだ。ようやく仕事が終わったからには気も逸る。
「ちぇっ、つまらん…はぁ、TS9まであと二週間も掛かるのか…あぁ、愛しのれも副司令…早くお会いしたい…」
 トリップするじーざ船長にため息をつくカムラ少年。こうなってしまうと、こっちが何を言っても聞きやしないので、無視して外洋航行の準備を始める。
「ワープナセルA・B共に異常なし…航法システムに目的地セット、目的地、TS9。ディフレクター動作準備良し」
 カムラ少年が手早く準備を整えていく。しかし、その最後で異常が起きた。
「ん…あれっ? 重量オーバー? 船長、船長!」
 宇宙での重量オーバーは、即座に事故に繋がる大問題だ。特に貨物船では輸送コストを少しでも下げるために、燃料や食糧、水をギリギリまで節約して使うこともあり、ちょっとした計算ミスが命取りになる。船を無事に目的地に辿り着かせるため、船員の誰かが犠牲になる…いわゆる「冷たい方程式」は、この時代においても決して過去の出来事ではない。
 特に、インフラの未整備なこの辺境宙域では、その傾向が顕著だ。従って、カムラ少年は迷わずじーざ船長に判断を仰ごうとしたのだが、その船長は、今まさにトリップのクライマックスにいた。
「恥ずかしがる事はありませんよ、れも副司令…貴女はとても美しい。 いや、恥ずかしいですわ、船長。でも、嬉しいです…」
 一人二役で蜜月の空想に浸っている。これを邪魔すると後が怖いのだが、今は空想に浸っている場合ではない。カムラ少年は息を大きく吸い込み、叫んだ。
「船長おおおぉぉぉぉぉぉっっ!!」
「うわあっ!?」
 さすがのじーざ船長も妄想を維持できず、椅子から転がり落ちた。起き上がってきた時、その顔には憤怒の表情が浮かび上がっていた。
「カムラくぅ〜〜ん? 私とれも副司令の甘い一時を邪魔するとは、生命がいらないようだねぇ?」
 そう言ってごきごきと手を鳴らす。しかし、カムラ少年はその威嚇にも負けず、コンソールのモニターを指差した。
「そんな事言っている場合じゃありません! 重量オーバーですよ、重量オーバー!」
「なに?」
 さすがにじーざ船長もコンソールを覗き込む。
「ふむ…5トンオーバーか。コンテナ1個分だな」
「どうするんですか? このままだと、燃料が足りなくなりますよ」
 カムラ少年が言う。たかが5トン、されど5トン。宇宙空間では決して小さい数字ではない。
「やれやれ、とんだ冷たい方程式だな。カムラ君、悪いけど船倉を見てきてくれないか?」
「何で僕なんですか。さっき荷物の積み下ろしを担当したの、船長じゃないですか」
 楽しようとする船長に抗議するカムラ少年。仕方なく、じーざ船長は自分で船倉を見に行くことにした。

 すいんげる号の船倉は広い。ちょっとしたドックほどの大きさがあり、けいんず級駆逐艦くらいなら、楽に収納できるほどの広大な空間を持っている。コンテナハウスを据え付ければ、客船の代わりすら勤まる。「辺境宙域一の貨物船乗り」じーざ船長にふさわしい大船ではあった。もっとも、維持費もその分かかるので、痛し痒しではあったが。
「降ろし残しなんてあったかな…コンソールのログだと間違いなく全部降ろしたはずなんだがな」
 船倉を一巡りするキャットウォークの上を歩きながら、じーざ船長は独語した。ちなみに、今回の仕事はクロムジーの二つある内戦当事勢力のうち、テラン人主体の「テラナー連邦」に食糧を届ける、と言うものだった。

 惑星クロムジーはTS2を本拠とする第二方面軍管区に属する「事になっている」辺境の惑星だ。入植がはじまったのは、今から40年近く前になる。海陸比2:8と水が少なく、乾燥した気候であるため、開発速度はそう早いものではなかった。
 クロムジーの発展を妨げるもう一つの理由が、惑星連合とほぼ同時期にトマーク=タス同盟の植民団もこの星に降り立っていた、と言う歴史上の事実だ。先に、クロムジーが第二方面軍管区に属する「事になっている」と述べたが、実はトマーク=タス側でも、クロムジーを天領(盟主の直轄領)として分類しているのである。つまり、この星は現役の国境線係争地なのだ。
 このために、連合と同盟の緊張が高まるたびに、クロムジーは最前線としての役割を背負わされることとなり、産業の発展は大きく制約を受けた。
 それは、連合と同盟の間に戦端が開かれるに至って、さらに悲劇性を増した。クロムジーは両軍の激しい地上戦の戦場と化したのである。地表の大部分を占める砂漠では機甲部隊同士の激しい戦いが展開され、わずかなオアシスの都市は空爆と市街戦で次々に灰燼に帰した。
 20年前、両国の戦争はようやく終わりを告げた。講和条約ではクロムジーを子午線に沿って二分して、東経側を連合、西経側を同盟が領有することになっていたが、現実はそう単純化できるほど、クロムジーに刻まれた傷跡は浅いものではなかった。
 戦争で多くの都市が再建不能なほどの被害を受けたため、残された数少ない都市には難民が大量に流入し、結果として連合系市民と同盟系市民の混住が促進されていたのである。もちろん、彼らの間には互いに対する憎悪と敵意が充満しており、ちょっとした火花が散るだけで容易に爆発するであろうことは、誰の目にも明らかだった。クロムジーは今や民族紛争の最悪のモデルケースになっており、火薬庫と呼ぶにふさわしい危険な土地となっていたのである。
 民族紛争再燃を防ぐため、都市を再建し、住民をその出自に合わせて分散、移住させる費用は、試算段階でも両国財務官僚の顔色を変えさせるに十分だった。彼らの報告を聞いた両国上層部は、一つの決断を下した。クロムジーの現状には蓋をして、できるだけ触れない。たった一つの惑星のために、両者が疲弊しきったあの大戦を再現させたくない。
 こうして、クロムジーは見捨てられた土地と化した。それでも、しばらくは戦争の記憶がクロムジー住民の自制心を抑えるのに十分な重みを持っていた。その重石も、17年と言う時間の流れに削られ、軽くなり…そして、ある日遂に爆発した。
 きっかけが何だったのかは、今も良くわかっていない。連合系市民が主張するように、同盟系自警団による発砲事件だったのかもしれないし、逆に、同盟系の主張する連合系過激派による爆弾テロだったのかもしれない。だが、どっちにしても、火薬庫を爆発させるのに十分なきっかけではあった。
 こうして始まった内戦は、連合系の「テラナー連邦」と、同盟系の「トライン協定」の二大勢力に分かれ、クロムジーの各地で虐殺や強制収容と言った悲劇的な事態を巻き起こしつづけていた。

 そうした事情は、じーざ船長にはあまり興味がない。彼にとって重要なのは、連合も同盟もクロムジーへの物資供給に熱心でない以上、彼のような自由交易人たちが活躍する局面がいくらでもあり、高い利潤を生んでくれる、と言うことである。第一、彼は政治向きの事よりはれも副司令や巫女さんのことを考えて萌えている方が56億7000万倍も好きであり、人生を豊かにしてくれると信じていた。
「まったく、なにを好き好んで戦争なんてやるのかねぇ…」
 キャットウォークを巡り終わったじーざ船長は船倉の床に降り、そんな事を呟きながら、ある物の前を通り過ぎようとして…そして立ち止まった。
「あ、忘れてた…こいつだな」
 じーざ船長はそう言って引き返し、それの前に立った。すいんげる号の備品のコンテナだ。クロムジーに降ろした分は、依頼主の代理人が準備したものだったが、入りきらなかった予備をこのコンテナに詰めておいたのだ。荷物を降ろす時は当然備品を含めないから、この中の品だけ降ろし忘れてしまったのである。
「…まぁ、予備分だし、受け取り側も文句つけてこなかったから、大丈夫だろ」
 じーざ船長はそう言うと、船倉の床に埋め込まれたリニアレールのリモコンを取り出した。その形状はプレイ○テーションのコントローラに酷似しているが、理由は考えないほうが吉である。
「廃棄処理…スイッチオン」
 じーざ船長がリモコンを操作すると、最近船長ごひいきの萌え系声優の声をサンプリングした警告音声が流れた。
『コンテナの内容物を廃棄しますぅ。一度実行すると、もう回収はできませぇん。廃棄しちゃいますか?』
「おお、やってく「ちょっと待ってえええぇぇぇぇ!!」」
 船長が「Yes」と答えるより早く、コンテナの中から大声で叫びながら飛び出してきた者がいた。白の上掛けと緋袴…要するに巫女衣装をまとった7〜8歳くらいの美少女だ。
「…チョコ、お前何やってんだ」
 じーざ船長が言うと、チョコと呼ばれた少女は気まずそうな表情で答えた。
「えと…その…コンテナのチェック!」
「嘘つけ。大方つまみ食いでもしようとしたんだろ」
 あっさりとチョコの言い分を却下するじーざ船長。コンテナの液晶ディスプレイには「内容物:食品類」と書いてある。
「し、しししし、しないよっ!」
 チョコは激しく首を横に振った。もちろん、本当はつまみ食いに入ったのだが、じーざ船長にその事がばれたら、激しくお仕置きされるのは間違いない。いくら生身で宇宙空間に出るのが平気でも、光速の何倍もの速度で突っ走る宇宙船からロープで引きずられるのは辛い。
「本当だもん! 信じて、船長」
 チョコは手を組み、潤んだ瞳でじーざ船長を見上げる。しばらく見詰め合った末に、先に視線を逸らしたのはじーざ船長だった。
「ふむ…まぁ、良いだろう。もうするなよ?」
 顔がほんのり赤い。チョコは泣き落としの成功を確信し、止めを刺しに出た。
「わーい♪ だから好きだよ、船長♪」
 そう言って、彼の腕に抱きつく。美少女巫女にくっつかれたじーざ船長は、思わずにやけた表情になった。
「わ、わはは、よ、よせよ。まぁ、俺とて巫女さんを生身で宇宙に放り出すほど鬼じゃないからな」
 巫女であるかどうかを問わず、いたいけな少女を生身で宇宙に放り出すと言っている時点で鬼な気もするが、チョコに関しては当てはまらない。彼女の正体は宇宙の彼方に巨大星間国家を築く謎の機械・生体ハイブリッド種族「MOE−DOLL」の一員である。生身で宇宙に出たくらいで死にはしない。
 それがなぜすいんげる号に乗っており、かつ巫女服を着ているかというと、事情はいろいろあるのだが、要約すれば事故で乗っていた船を失ったチョコを拾ったのがすいんげる号だったからで、巫女服はすいんげる号女子乗組員の制服だからである。
「それに、つまみ食いしようったってできないよ。中身食べ物じゃないもの」
「なに?」
 チョコの言葉に、じーざ船長はコンテナを見た。確かに、搬入時は「食料品」だと聞いていたはずなのだ。
「確かか? じゃあ、中身は何なんだ」
 じーざ船長が聞くと、チョコは首をかしげて、中で見た荷物の外見を描写した。
「えっとね、なんか、ちっちゃいガラスケースに入った黄色い液体。ジュースかと思ったけど、なんか違うし」
 その解説だけではさっぱりわからなかったので、じーざ船長は自分の目で確かめることにした。コンテナに入り、中に積まれていたケースの一つを開く。外見は確かに非常用食糧のケースのはずだが、中に入っていたのはチョコの言う通りの代物だった。
「…何かの薬のアンプル…か? こっちはどうだ?」
 じーざ船長は反対側のケースを開けた。中には銃のグリップのようなものが入っている。今度はすぐに正体がわかった。無針注射器だ。
「…どういうことだ、これは」
 眉間にしわを寄せて、じーざ船長は唸った。中身を偽って渡された荷物。それには何かろくでもない匂いがプンプンと漂っていた。それは、犯罪や陰謀に付きまとう陰惨な匂いだ。おそらく、クロムジーで受け渡した荷物も、これと同じ物が入っていたに違いない。
「カムラ君、ちょっと荷物のことで問題が起きた。代理人に連絡をとってくれ」
 じーざ船長はブリッジのカムラ少年に連絡した。しかし、数分後、帰ってきたのはカムラ少年の困惑した声だった。
『船長、代理人の人と連絡が取れません』
 もらったアドレスへの電話もメールも通じないと言う。既に運送料金の決済は終了しているので問題ないと言えば言えるのだが、じーざ船長は嫌な予感が当たった事を確信した。
(どうやら、俺はマズい物を運ばされたようだな)
 犯罪に関わるような事ならまだ良いが、下手をすれば先方が口封じに来ないとも限らない。じーざ船長は決断した。サンプルとして、荷物のいくつかを抜き取り、残りは投棄する。そして、急いでブリッジに戻ると、針路変更を命じた。
「良いんですか? TS9への到着は遅れる事になりますけど…」
 カムラ少年の不審そうな表情に、じーざ船長は頷いた。
「かまわん。急げ」
 滅多に見せない船長の真剣な表情に、カムラ少年も何か悟るところがあったのか、舵輪を回した。全長600メートル近いすいんげる号の巨体が旋回し、迂回ルートを取って主要航路を離れていく。
 数分後、主要航路上に一隻の艦艇が出現した。長距離索敵センサーを働かせたそれは、目標を見つけることができなかったのか、再びワープでその場を離れていった。


TS9港湾管制室

 宇宙に浮かぶオアシス…惑星連合の既知宇宙を守る要、Trans Space Nine。通称TS9は、今日も日常業務に追われていた。
「七番ゲートに貨物船はくおうが入港。燃料と生鮮食料の補給申請を処理中」
「客船ギャラクシアン・ジュエル、出港完了。まもなく当方の管制下を離れます。良い航海を」
「4番ゲート、U.S.S..かいんへの物資補給終了」
 ここ、港湾管制室もいつものように忙しい。オペレーターたちが絶え間なく入ってくる報告を捌き、船の流れを途絶えさせないようにする。辺境と軽んじられる傾向のあるTS9も、だからオペレーターは優秀な人員をそろえている。惑星連合の交通の大動脈を抱えると言うことは、それだけの重みがあるのだ。
 そんな業務の様子を、かわねぎ司令とれも副司令は見守っていた。息の合ったオーケストラのような有機的な動きに、かわねぎ司令は満足の表情を見せる。
「いつも思うが、我がTS9のオペレーターたちは天下一品だね」
「はい、司令」
 この会話に、オペレーターたちの表情にも嬉しさと安堵感が浮かぶ。近年キャロラット人の司令代理に人望で負けていると噂の司令だが、やはり最高指揮官であることの重みは大きい。それだけの人物に誉められて士気が高まらないはずが無かった。
 その時、ベテランオペレーターのヴィクトリア少尉が入港申請を受け取って報告した。
「れも副司令、貨物船すいんげる号から入港申請です」
 その名前を聞いたれも副司令の形のいい眉が、三段階に分けて吊りあがった。最初の一段は、すいんげる号と言う名前…というよりその船長に対して。二段目は、わざわざそれを自分に報告してきたことで。
 そして、三段目はかわねぎ司令がいるのに、それを差し置いたことだ。ベテランのヴィクトリアに秩序を乱すような振る舞いをされては困るのだ。
「ヴィクトリア少尉、そんな事はいちいち私に報告しなくてもかまいません。貴方の権限で対処できることでしょう」
 れも副司令が言うと、ヴィクトリアは慌てて首を横に振った。
「も、もちろんそうですが…先方の船長が、どうしても副司令に用事があると」
 それを聞いて、れも副司令はため息をついた。宇宙船の操縦で一番微妙な操作が要求される入港時に、私信を寄越さないで欲しい。彼女は決してじーざ船長を嫌っているわけではなかったが、こうした非常識な行動をしてくることには、いまだに慣れなかった。と言うか、慣れたくない。
「仕方ありませんね。空いている回線に回してください」
 れも副司令はそう言うと、腕のコミュニケーターを起動した。一瞬の後、小さなディスプレイいっぱいにじーざ船長の顔が映る。
『お久しぶりです、れも副司令。ああ、貴女の美しいご尊顔を拝していると、トラブルでささくれ立った心が癒されるようです』
 じーざ船長の大仰な言い回しに、れも副司令は再度ため息をつく。
「ありがとうございます。それで、私にご用件とは?」
 彼女が先を促すと、じーざ船長は胸ポケットから真紅のバラ(造花)を出して答えた。
『いえ、今晩ぜひお食事などどうか…むぐっ!?』
 船長の言葉を遮ったのはカムラ少年だった。
『何をするか、カムラ君!』
『何するかじゃありませんよ、船長! まったくれも副司令と見るとすぐ理性が飛ぶんだから!!』
 しばらくディスプレイの向こうで言い合いが続いていたが、やがてじーざ船長が戻ってきた。
『失礼しました。実は…』
 ようやく話が本題に入った。
「つまり、そのアンプルの中身について調査して欲しい、と言うことですね」
 れも副司令の言葉に、じーざ船長が頷いた。
『ええ、お願いできますかね』
「わかりました。ライル少佐に頼んでみます。クロムジーがらみというところがきな臭いですしね」
 変人だが優秀なタナリア人軍医の顔を思い出しながら、れも副司令は答えた。彼女も、じーざ船長の荷物に秘められている危険の匂いを嗅ぎ取っていた。
(麻薬…の類でなければ良いのですけどね)
 紛争の続くクロムジーでは、二大陣営の双方が、味方の戦意高揚と敵兵の戦力低下を狙い、膨大な麻薬を流通させあっていると言う。まさに末期的な状態だ。れも副司令は連合軍人としては、あの惑星の紛争を他に拡大したくないと言う方針を理解はできたが、人間としてはまた別の感情を持っていた。
「ともかく、入港次第、ライル少佐を向かわせますから、少佐にアンプルを渡してください」
 思索を打ち切ってれも副司令が言うと、じーざ船長は喜色を浮かべた。
『おお、さすがれも副司令! ありがとうございます。どうです、お礼に今夜一席…』
「では、業務中なので失礼します」
 れも副司令は皆まで聞かずに通信を切った。そして、横のかわねぎ司令を見る。
「対処としては今のでよろしいでしょうか? 司令」
「うん…まぁ、良いんじゃないか」
 かわねぎ司令は、なんとなく面白くなさそうな顔で頷いた。そして、言わでもがなの一言を付け加える。
「ああ、あまり業務中に民間人と長話をしないようにね」
 彼らしからぬ真面目くさった一言に、れも副司令はなぜか嬉しそうに微笑むと、「以後気をつけます」と答えた。
 しかし、その嬉しさも長続きはしなかった。じーざ船長が持ってきたのは、TS9の長い歴史の中でも、最大級の厄介事の種だったからである。


TS9会議室

 1時間後、アンプルを検査したライル少佐の報告があるということで、かわねぎ司令、れも副司令、それに当事者であるじーざ船長が会議室に集まっていた。そこで、出席者たちは意外そうな表情を見せた。
「正体が…わからない?」
 ライル少佐は頷いた。
「何らかの薬品なのは間違いない。ただ、惑星連合では作られていないものだな。少なくとも厚生省の中央薬理データベースには記載されていない」
 そう言いながら、ライル少佐は手のひらの上でアンプルを転がす。中で黄色い液体がゆらゆらと揺れていた。
「考えられるのは、まだ申請していない、まったく新種の薬品であると言う可能性。もう一つは…」
「惑星連合で作られた薬品ではない、と言う可能性ですね」
 れも副司令が言うと、ライル少佐は満点を取った生徒を誉める教師のような表情で頷いた。
「その通り。その場合考えられるのは、まぁ、同盟だろうな」
 ライル少佐はあっさりとそう言ったが、かわねぎ司令とれも副司令の顔には緊張が走った。もしこれが同盟の生産した薬物で、危険な効果のあるものだったら…
「船長、この輸送を依頼してきたのは、どんな人物だと言ったかな」
 かわねぎ司令が聞くと、じーざ船長はあごに手を当てた。
「男だったな」
「…いや、そうじゃなくて」
 かわねぎ司令は脱力感を覚えながらツッコミを入れた。
「容姿とか、年齢とか、種族とか、いろいろあるだろう?」
 すると、じーざ船長はまたしばらく考え込み、ポンと手を打った。何か思い出したのかと期待に身を乗り出したかわねぎ司令とれも副司令だったが、続く船長の言葉に、会議卓の上に突っ伏した。
「眼が二つで、鼻と口は一つだった」
 この証言に大ダメージを受けたれも副司令だったが、何とか身を起こして、険しい表情で尋ねた。
「冗談言うのはやめてください。仕事相手の特徴くらい覚えているでしょう?」
 すると、じーざ船長は思い切り胸を張った。
「何を仰っているんですか、れも副司令。貴女のような美しい方ならともかく、何が悲しくて男の面なんぞ覚えねばならんのですか」
「それは、同じ男として理解できなくも無いな」
 かわねぎ司令が腕を組んでうんうんと頷いていると、あまりの答えに一瞬呆然としていたれも副司令が、怒りのオーラを立ち昇らせて叫んだ。
「やる気があるんですか、貴方たちは!」
 彼女愛用のオーラハリセンが唸り、かわねぎ司令とじーざ船長は揃ってノックアウトされた。肩で息をするれも副司令に、成り行きを涼しい表情で見守っていたライル少佐が声をかけた。
「確か、船長のところに真面目そうな男の子がいただろう? 彼に聞いてみたらどうだ?」
「…それが賢明ですね」
 れも副司令は頷いて、すいんげる号への回線を開いた。

「代理人の人ですか? ええ、覚えてますよ」
 さすがにカムラ少年は相手のことを良く覚えていた。
「テラン人の男の人でしたよ。年齢は、三十後半かな、四十前半かな…そのくらいです。中肉中背で、髪と目の色はダークブラウンでしたね」
「ふむふむ、他には?」
 メモを取りながらライル少佐が聞くと、カムラ少年は腕を組んだ。
「他には…う〜ん…そうですねぇ…僕はその人をあまり間近で見たわけじゃないですから、そのくらいしか覚えてないです。なんと言うか、特徴の無いのが特徴、って感じの人でしたね」
 それを聞いて、れも副司令とライル少佐は顔を見合わせた。カムラ少年が言うような、数日で記憶からもあいまいになってしまうほどの、平々凡々とした容貌…世の中には、こうした外見的特長が最も尊ばれる資質となる職業がある。
 スパイ、エージェント…つまり、特殊工作に従事する技術者だ。彼らはいかにして自分の印象を他者の記憶から消し去るかに腐心している。美男子で、美女を抱き、派手な銃撃戦を繰り広げ、特殊兵器で危地を脱する工作員など、漫画か映画の中にしか存在しない。
 そして、荷物の受け取り先だが、船長によれば「少なくともけも耳ではなかった」という事なので、連合系…テラナー連邦の機関だった可能性が高い。
「どうも、陰謀の匂いがしますね」
 考え込むれも副司令に、ライル少佐が答えた。
「うむ…しかし、このアンプルの正体がわからないことには何とも言えないな」
 すると、それまで特に意見を出していなかったかわねぎ司令が手を上げた。
「同盟の製造した薬品の可能性が高いんだろう? 歌恩大使に照会してもらったらどうかな?」
「それは…」
 れも副司令は口篭もった。同盟から派遣されている大使、玉山霊泉院歌恩は、個人的には信頼できるし、親しみもある人物だ。しかし、連合領内で進行していると思われる陰謀の存在を明らかにするのは、明らかに政治的にまずい。
「ためらうことは無いぞ、れも君。この陰謀は明らかにクロムジーの現状維持という方針を脅かすものだ。それは連合と同盟、双方の国益に反する」
 かわねぎ司令は、れも副司令よりももう少し裏の方を読んでいた。確かに、今のところ明らかになっている陰謀加担者は連合系だけだ。しかし、陰謀の舞台がクロムジーとなれば、どのみち同盟も当事者に上がらざるを得ないのだ。あそこはそういう場所だ。
「…そうですね。陰謀を未然に防ぐためにも、大使には協力してもらうべきでしょう」
 れも副司令は考えた末に、トマーク=タス大使館への協力依頼に同意した。かわねぎ司令はさっそく食堂に言いつけて特上のいなり寿司を用意させると、それを手土産に大使館に向かった。


トマーク=タス大使館

 かわねぎ司令の来訪前から特上いなり寿司の匂いを嗅ぎ付けていたのか、歌恩大使は上機嫌で彼を出迎えた。
「あらあら、かわねぎ司令。今日はどんなご用件ですの?」
 春風駘蕩、と言う四文字熟語が服を着て歩いているような性格の歌恩の言葉に、かわねぎ司令は丁寧に挨拶し、奥の応接室に通された。土産を渡し、ちょっとした時候の挨拶も交えながらしばらく世間話に興じた後、彼は本題を切り出した。
「実は、海賊退治の際にこんな押収品が出てきましてね」
 かわねぎ中佐はアンプルの入ったケースと、ライル少佐による分析結果をプリントアウトした紙を歌恩に見せた。
「何ですの? 薬ですわね」
 眼に好奇心を宿らせた歌恩にかわねぎ司令は頷いた。
「ええ。ただ、連合のデータには無いタイプの薬品でしてね。トマーク=タスの方でデータが無いかどうか、照会に伺ったと言うわけです」
「そういうことならお安い御用ですわ」
 歌恩は鷹揚に頷いた。さっそく大使館員のミナミ・ブンドを呼び、データを本国に送って照会するよう命じる。それから改めてかわねぎ司令と歌恩は世間話を再開した。が、五分と経たない間に、血相を変えたブンドが結果を記した紙を持ってやってきた。
「歌恩様、大変です!」
「何ですの? 騒々しい」
 歌恩は慌てた様子も無く、ブンドの差し出した紙を受け取った。しかし、数行読み進めるうちに、彼女の顔色が蒼白になった。かわねぎ司令は驚愕した。まさか、歌恩がそんな顔色になることがあろうとは、予測もしていなかったのだ。
 それはつまり、あのアンプルの中身が想像以上に重大かつ深刻な問題を含んでいると言う観測に、よりいっそう強力な証拠が付け加わったと言う事でもある。背筋を正したかわねぎ司令に、歌恩が震え出しそうな声で聞いた。
「かわねぎ司令、これは…どう言う事ですの? このような物を一介の海賊が入手しているはずが無いでしょう」
 動揺のためか、かわねぎ司令が薬品の正体を知らないことすら忘れている。かわねぎ司令は彼女を落ち着かせるため、ゆっくり、はっきりした声で言った。
「落ち着いてください、大使。ともかく、あの薬品が何なのか、話していただけませんか」
 歌恩もようやく自分のうろたえ振りに気づいたらしく、軽く咳払いをして気持ちを落ち着けると、戦慄すべきその内容を語り始めた。
「あれは…あのアンプルは、私たちトマーク=タスの人間にとっては忘れられない悲劇の思い出です。超エキノコックス…その予防薬です」
 その単語に、かわねぎ司令は思わず腰を浮かせるほどに驚いた。

 超エキノコックス。惑星連合ではほとんど知られていないこの病気は、50年前にトマーク=タス同盟領内でアウトブレイク(爆発的流行)を起こした、致死的な病である。
 ごく小さな超エキノコックス虫が肝臓に寄生し、そこを起点に身体中の臓器を蝕む恐るべきこの病は、3割に達する死亡率と、ごく微量の超エキノコックス虫の幼生が惑星に侵入するだけで、たちまち在来種の生物を宿主として爆発的に増殖する適応力の高さ、といった性質の悪さもあり、効果的な予防薬の発明までに、億単位の患者と数千万の死者を出した。この時の病害による国力の低下を挽回するため、当時の同盟指導者層が、連合との戦争に踏み切ったのだ、と言う説さえある。
 そして、この病気の更に恐ろしいところは、トマーク=タスを構成する3種族だけでなく、惑星連合系の種族にも感染、発病すると言う点にあった。実際、戦争初期には連合軍部隊の一部で感染の報告があり、同盟が生物兵器を使用したと勘違いした前線司令部が、もう少しで核兵器を使用した報復攻撃をするところだった、という危険なエピソードが残っている。
 しかし、予防薬の発明によって、この病は同盟領域ではほぼ根絶したはずだった。現在は研究用に僅かなサンプルが同盟の医科大学、伝染病研究所などで保管されているのみである。

「その病気の予防薬が、クロムジーに持ち込まれた…つまり、クロムジーで超エキノコックスの流行が起きている…?」
 かわねぎ司令はそこまで考えて、いや違うな、と自らの推論を打ち消す。そんな危険な伝染病が流行すれば、確実に現地へ連合と同盟が派遣している監視部隊の目にとまる。だから、まだ病気は発生していない。
(…まだ?)
 そこまで考えて、かわねぎ司令は背筋が冷たくなるのを感じた。つまり、この予防薬をクロムジーに入れた連中の狙いは明らかだ。自分たちに敵対する陣営に超エキノコックスを流行させ、自分たちは予防薬でその惨禍から免れる気だ。
 最終的にどれほどの人間がこの病気に罹患するのかは、専門家ではないかわねぎ司令には想像もつかない。だが、とてつもない惨劇が起きることだけは間違いない。かわねぎ司令は顔を上げた。
「申し訳ありませんでした、歌恩大使。我々がこのアンプルを入手したのは、海賊退治の最中ではありません」
 そう言ってかわねぎ司令は偽りを言った事を謝罪した。驚いたのは歌恩のほうである。
「どう言う事ですの? かわねぎ司令。事と次第によっては…」
「お怒りはごもっともです。ですが、これにはどうやら我々連合と、貴女方同盟、両国にまたがる黒い陰謀の存在があるようです。まずは、その解決のためにご協力願えませんか」
 歌恩の話を途中で遮り、かわねぎ司令は深々と頭を下げた。その様子に、歌恩も一時のどまででかかった言葉を飲み込み、頷いた。
「わかりました。協力しましょう」
 普段は道化に徹しているかわねぎ司令が真剣になると言うことの意味を、歌恩も理解していた。二人は転送で会議室に向かった。


TS9会議室

 かわねぎ司令が歌恩を連れて戻ってくると、れも副司令は驚き、歌恩をTS9に乗せてきたじーざ船長は久闊を叙したが、それもすぐに謎のアンプル事件の全貌に向かって会議を再開していた。
「それでは、司令はクロムジーのどちらかの紛争当事勢力が、超エキノコックスを生物兵器として利用しようとしている、と推測されているのですね?」
 確認するように問うれも副司令に、かわねぎ司令は頷いた。
「そうだ。詳しい資料は歌恩大使に戴いたが…この殺傷力なら、生物兵器として申し分ない。どうかね、ライル少佐」
 その質問に、端末に向かって計算をしていたライル少佐は、顔を上げて頷いた。
「疫病と言うものは、死亡率が1割でも、十分社会を崩壊に陥れる力を持ちます。まして、この超エキノコックスのように、死亡率3割と言うのは、もはや壊滅的な威力と言って間違いありません」
 タナリア人特有の、理性的な美しさを湛えた顔に憂慮を滲ませたライル少佐の説明に、その場の全員が事態の深刻さを想像して顔を曇らせる。その中で、ライル少佐は更に計算を続けた。
「じーざ船長の運んだ貨物のうち、半分が予防薬だったとして、計算上では620万人分になります。クロムジーの人口は、約1250万人。予防薬が事故無く行き渡ったとして、そこに超エキノコックスを散布した場合、大使から戴いた資料をもとに計算すると、約400万人が罹患し、うち120万人が死亡するという想定になります」
 人口の約1割…一方の勢力に限れば2割の人口が失われる。生物兵器戦を仕掛けた側が、病で弱りきった相手を叩き潰すのは、造作も無い事だろう。しかし、事態はこれだけに留まらない。
「また、短期間でそれだけの死者が出た場合、おそらくクロムジーの現在の社会状況では、満足な死体の処理が行われないと思います。衛生状態が悪化し、別の伝染病が発生することで、さらに50万人程度の死者が追加されることは確実でしょう」
「いや、その想定は甘いな」
 かわねぎ司令が指を振った。
「悪化するのは衛生状況だけじゃない。それに乗じた社会不安と治安の問題もある。おそらく、薬品や安全な食糧をめぐって大暴動が起きるぞ。こいつも勘定に入れれば、死者の数は200万人を下らないだろう…どうした、れも君?」
 青い顔をしているれも副司令の様子に気づき、かわねぎ司令は声をかけた。れも副司令は首をふるふると横に振って、無事であることを示した。
「いえ…大丈夫です。続けてください」
 想像を絶する惨事…それも人災の予想は、潔癖なところのあるれも副司令には耐え難いものがあった。
「うむ…だが、問題はこれだけじゃない。この件は最終的に連合と同盟の全面戦争を惹起しかねない」
 場に緊張が走った。特に、20年前の戦争を覚えている…実際に従軍もしているかわねぎ司令と歌恩は、一見普段と変わらない表情に、微かな苦味を走らせていた。
「どう言う事だい?」
 じーざ船長の言葉に、かわねぎ司令は説明を始める。
「今回の一件が、クロムジーの二大勢力のどっちがやった事だとしても、クロムジーの政治バランスを崩すことに変わりはない。現在、連合も同盟もあの星に関しては静観にとどめているが、大きく事態が変われば、直接介入も辞さない、と言うことになりかねない。例えば、テラナー連邦がトライン協定を大きく圧迫するようなことになれば…」
「同盟の強硬派は、確実に武力介入を主張し始めるでしょうね」
 歌恩がかわねぎ司令の言葉を続けて言った。
「ええ、逆もまた真なり。そうなれば、双方が軍をクロムジーに派遣し始めて、そのうち最初に誰かが引き金を引いて…」
 その先は、言わなくてもわかる。そう、連合と同盟の全面戦争の再発だ。再び大量の血が流され、20年かけて築いて来た友好の芽は摘み取られる。下手をすれば、どちらかの国が完全に消え去るまで、戦火が止むことは無いだろう。
「くそ、俺の船がそんな事の片棒を担ぐために使われたって言うのか」
 それを見ていたじーざ船長が唸るように言った。正義漢ぶりをれも副司令にアピールする意図も無いではないが、大半は心底からの憤りである。彼の積荷リストに、死と破壊と言う項目は無い。
「それで、どう対処しますか? 司令。これは私たちTS9スタッフの権限を越えた判断が要求される問題ですよ」
 れも副司令がかわねぎ司令に尋ねた。何しろ、一つの惑星だけでなく、二つの国の存亡が掛かった問題だ。たかが一方面基地の司令部スタッフが勝手に動いて良い問題ではない。
「そうだな、まずワイアード提督に話を通す」
 迷うことなくかわねぎ司令は一人の名前を挙げた。ワイアード提督なら、まず間違った判断を下すことは無いだろう。自分を「もう一つの姿」にしたがる悪癖を除けば、非の打ち所無く信頼に値する上司だ。
「事が重大なので、私が秘話回線で連絡を取る。みんなは、追って指示ないし連絡を持ってくれ。では解散」
 かわねぎ司令は会議の散会を宣言した。


TS9司令官公室

 一時間後、惑星連合軍第九方面軍司令長官、ミッチェル・ワイアード提督に秘話回線を繋いだかわねぎ司令は、アンプルに関する一件の報告を終えていた。なお、ここまでのうち四十五分間は、かわねこ少尉ではないことを責める提督を宥めるために費やされた、と言うことは本題ではないので置いておく。
「なるほど、事情は了解した。確かに憂慮すべき事態じゃな」
 好々爺然とした顔に翳りを浮かべてワイアード提督は答えた。
「調査のための部隊を派遣すべきだと考えますが。できれば、専門の情報収集旅団を」
 かわねぎ司令は意見を具申した。が、ワイアード提督は首を横に振った。
「それはできんの」
「何故です? …あ」
 思わぬ返事に真意を問い返したかわねぎ司令だったが、すぐにその理由に思い当たって、愕然とした表情になった。
「そうじゃ。この一件、かなり大掛かりな組織が動いておる。実を言えば、ジューダインなどから、対同盟強硬派による、意図的な両国間の緊張状態を形成するための謀略が進行中、との報告はあがっておるでな」
 惑星アメフラードに関する一連の紛争でも活躍し、その敏腕振りを発揮している情報部中佐の報告、というのは、かわねぎ司令としても十分に重んじるべきものだった。
「と言うことは…」
「そうじゃ。下手をすると、第二方面軍管区ぐるみでこの陰謀に荷担しておる可能性が高いの」
「ランカスター中将…でしたね、第二方面軍管区の司令官は」
 かわねぎ司令はうなずいた。ルイス・ランカスター中将は惑星連合軍きっての猛将の一人で、第一仮想敵国であるトマーク=タスとの国境に配置されるのも当然と頷けるだけの戦歴を誇る人物だ。同時に主戦派の重鎮でもあるだけに、同盟に対する抑止力は強力なものと考えられている。
 そして、ランカスターはワイアード提督にとっては、士官学校以来のライバルとでも言うべき男だった。主戦派、穏健派と立場が分かれた今、政治的にも二人の対決は激しい。
「そうじゃ。あの男ならこのくらいの謀略は巡らせかねん。この情報を知っているものは、少なければ少ないほど良い。情報旅団の誰がランカスターに通じておるか知れぬでな。ほれ、地球の言葉でも言うじゃろう。壁に耳あり、ジョージにメアリーとか」
「それを言うなら、障子に目ありでしょう」
 さすがに地球文化には詳しいことを見せておいて、かわねぎ司令は気に掛かったことについて尋ねた。
「しかし、情報部隊を動かさないとなると…調査は誰がやるんです? ジューダイン中佐ですか?」
「いや、あれには他にやってもらうことがある。辺境宙域はあいつの庭ではないしの」
 かわねぎ司令の疑問を、ワイアード提督は否定した。確かにジューダイン中佐はどちらかと言えば、主要星系の集まる中央宙域での活躍が目立つ。
「ワシとしては、既にこの情報を知ってしまったお主らの中から、調査部隊を派遣しようと考えておる」
 ワイアード提督の言葉に、かわねぎ司令は仰天した。彼らは第九方面軍の所属、クロムジーは第二方面軍管区。所轄が全く違うのだ。他の方面軍の担当宙域に調査隊を送り込むなど、越権行為どころの騒ぎではない。下手をすれば、ワイアードはもちろんかわねぎ司令の首も飛ぶ。
「何を驚いておる。もし戦争になったら、また多くの犠牲が出るぞ。それを防ぐのがワシ等の仕事ではないか。それに、責任は全てワシが取る」
 ワイアード提督は断言した。かわねぎ司令はそれを聞いて考えをめぐらせた。上司がここまでの覚悟で事に当たるといっている以上、それに協力する事に異存は無い。それに、彼とて戦争など望んではいなかった。
「はぁ、すると…誰を送ります? まさかれも君じゃないでしょうね」
 かわねぎ司令は目に警戒の色を浮かべた。れも副司令は、元は情報部の出身だ。潜入調査や情報解析はお手の物と言って良いが、かわねぎ司令としては、彼女を危険な場所に行かせたくない。先日の反乱事件でも、もう少しで彼女を失うところだったのだ。
 しかし、ワイアード提督はそれも否定した。
「れも君もダメじゃな。クロムジーはテラン人とトマーク=タス系の人種がセメントマッチをやっとる場所じゃ。彼女では美人で目立ちすぎる。キャロラットかプレラットの士官で優秀なのを選んで、それを派遣するのが良いじゃろ」
「あぁ、なるほど」
 かわねぎ司令は頷いた。クロムジーの連合系市民にもキャロラットやプレラットは皆無ではないが、テラン主導で移民が行われたため、99パーセント以上はテラン人だ。テラナー連邦と言う紛争当事勢力の名前にも、それは表れている。そのためか、連合系市民でも、キャロラット、プレラットの両人種は、中立的立場にあった(政治的影響をもてるほど人数が多くないとも言えるが)。
 さてそうなると、と、かわねぎ司令は頭の中でTS9の非テラン系士官を思い浮かべた。
 みけね・こーな少尉…は、オペレーターで情報の解析はともかく、収集には向いていない。チック・ミヤア中尉も同じだ。
 日月捲離命明少尉…は優秀だが、ラファース人で、人種的に紛争当事勢力の片方に属しているので、今回の任務には向いていない。
 メン・ホーコリー少尉はタナリア人で、見た目はテラン人と区別できないから、これもダメだ。どうも、上手く条件に合う士官がいないな、とかわねぎ司令が思っていると、ワイアード提督が何やらニヤリという笑いを浮かべて言った。
「中佐、儂に一人有能なキャロラット人士官の心当たりがあるんじゃがの。分析能力もあるし、戦略眼も優れておる。身のこなしも良いし、何より可愛い。彼女に任せれば安心じゃと思うが」
「え? そんな人材いましたっけ?」
 かわねぎ司令は一瞬考え込み、そして、すぐにそれが誰なのかに気付いた。
「ちょっと待って下さい! それだけはご勘弁を!」
「ダメじゃ。第九方面軍司令長官として、儂は彼女にクロムジー調査の命令を出す。拒否は許さんぞ」
 慌てるかわねぎ司令に、ワイアード提督はこの上なく楽しそうな表情で、きっぱりと言った。


TS9司令部大会議室

 クロムジー情勢に関するブリーフィングが開かれるとの通達を受け、会議室には続々とTS9所属の士官たちが終結していた。そうした中で、一人機嫌の悪そうな者が一人いた。
「なんでこうなるのかにゃあ…」
 クロムジー調査の指揮を命じられ、司令部に現れた司令代理、かわねこ少尉である。彼女は愛らしい顔に憮然とした表情を浮かべていた。調査を命じられた事自体は良いのだが、この姿でと言うところが不本意極まりない。
 これで、他の士官たちが文句も言わずニコニコ笑っているのが、ますます不本意である。
「さて、全員集まったようにゃ」
 いくら不機嫌でも、仕事はちゃんとしなくてはいけない。かわねこが合図をすると、れも副司令が立ち上がった。士官たちがいっせいに起立し、敬礼を交わす。
「それでは会議を始めます。まず、最初に簡単にクロムジー問題の概要に触れておきましょう」
 れも副司令が軽くクロムジーの現状について説明を始めた。

 クロムジーがほぼ同時期に連合、同盟の双方から移民が入った事は、先に述べた。そのルーツを異にする人々は、二つの勢力に分かれて激しい争いを続けている。
 テラン人主体の「テラナー連邦」は、東半球最大の都市クロムシティを本拠としており、トマーク=タス系の「トライン協定」は西半球の中心都市メイガスを拠点としている。しかし、お互いに確実に把握していると言える都市は、その二つといくつかの衛星都市くらいで、後の全土に散らばる都市群は、ほとんどで明確な支配権が確立していない。
 そのため、各都市では正面きっての戦争より、爆弾や狙撃によって相手を殺害する、テロ・ゲリラ的な戦いが続いており、余計に民族間の憎悪を煽る結果になっている。特に、トライン協定の盟主であるラファース人の漠野道塵雲(ばくやどう・じんうん)は最愛の娘をテラナー側の空爆で失って以来、あらゆるチャンネルからの和平の呼びかけをも無視し、公然と敵の絶滅を主張している超強硬派だ。

 そうした背景を知った上で、いよいよ会議は本題に入った。アンプルと超エキノコックス、その背後にあると思われる陰謀について説明が為されるにつれて、集まった士官たちの間に怒りの空気が形成されていく。
「ちくしょう、どこのどいつか知らないけど、なんてことを考える奴だ!」
 拳を振り上げて立ち上がったのは、熱血娘の頼香だ。今すぐにでも飛び出していきそうな勢いである。
「頼香さん、落ち着いて」
「フレイクス少尉、その正義感は大事ですが、今は話を聞きなさい」
 果穂とれも副司令に窘められ、頼香は赤面して腰を降ろした。そんな彼女に対抗心を抱いているらしい若手のホープ、シューマッハ少尉が手を上げて発言を求める。
「それで、陰謀の主ですが、現状で容疑濃厚なのは、どの勢力ですか? 私はトライン協定側だと思いますが」
 さりげなく自分の意見を入れて、存在をアピールするシューマッハ少尉。確かに、トマーク=タス系のトライン協定なら、超エキノコックスの病原体や予防薬を入手するコネは持っているだろうし、指導者もそれくらいはしかねない人物だ。しかし。
「そうとも限りませんよ。じーざ船長の船に荷物を運んだ時の代理人や、積み下ろしの監督官はテラン人だったそうですし」
 頼香を宥めたばかりの果穂が言った。彼女は連合の協力員とは言え、地球人だけあって、クロムジーの問題も公平な立場で見ることができる。シューマッハが無意識のうちに持っていた「同盟系の方が悪いに決まってる」と言う偏見は、彼女にはない。
「ぐ、しかしだな…」
 シューマッハが何か言おうとすると、それを遮るようにホーコリー少尉が発言した。
「超エキノコックスを使えば、同盟に対する容疑は濃くなるでしょう。それを見越しての病原体の選択とも考えられますね。いずれにせよ、現段階でどっちの容疑が濃いか、などと言うのは、先入観を持たせるもので無意味かと思います」
 この言葉には、さすがのシューマッハ少尉も一言も言い返せなかった。かわねこは彼も、もう少し自己顕示欲を抑えれば良い士官になるだろうにゃあ、と思いつつ発言した。
「ホーコリー少尉の言う通り、調査前からどうこう言っても仕方ないにゃ。それより、大事なことを決めなきゃいけないのにゃ」
 大事なこと? と一同の視線がかわねこに集まる。
「調査参加メンバーにゃ。これは定員が5名と決まっているのにゃ。1人はボクと決定しているので、後4人を決めなきゃならないのにゃ」
 定員が5名になったのには理由がある。万が一、超エキノコックスがばら撒かれた時に備えて、じーざ船長が持ってきた予防薬を使わなければならないのだが、そのアンプルは6本しか残っていなかった。1本はライル少佐が検査のために開けてしまったので、残りは5本。
 これが連合のものなら複製も可能なのだが、同盟製品だけにレプリケーターで完全な複製を作る目処が立たず、自動的に調査班の人数上限は5人と決定した。
「なお、今回の地上調査には、政治的問題から、テラン人及び同盟系の将兵は参加させられません。身分も連合軍士官である事は隠し、NGOメンバーの民間人として入国します」
 れも副司令が言うと、手を上げたのが果穂だった。
「庄治さん、地球人のあなたは見た目がテラン人と区別がつかないので、辞退して欲しいのだけど?」
 れも副司令の言葉に、果穂は眼鏡をくいっと押し上げてニヤリと笑った。
「承知しています。ですが、私にも秘策がありまして。頼香さん、あーん」
「え?」
 思わず反射的に「あーん」してしまった頼香の口中に、果穂がポケットから取り出した何か小さな錠剤のようなものを放り込んだ。
「うえっ!? なにすんだよ、果穂! 飲んじゃったじゃないか!!」
 苦しかったのか、涙目になる頼香。すると、果穂はますますニヤリ笑いを大きくした。
「それで良いんですよ、頼香さん。さて、そろそろでしょうか」
「良いって…何が? ん?」
 頼香は突然頭皮に何かむずむずする感覚を覚えた。続いて、お尻にも。それが、すぐに耐えられないくすぐったさに変わる。
「わ、わ、わわわっ!? なんだよ、これぇ!!」
 混乱して患部に手をやる頼香。その手が、内側から押し上げられる。薬を飲んで数十秒で、頼香の豊かな黒髪を割って、何か三角形のものが頭から飛び出した。
「ね、ねこみみぃっ!?」
名付けて「水曜日の子猫」です♪ 予想通りの出来ですね♪ いろんな意味で。 その正体を即座に看破したのは、さすがと言うべきか、けも耳娘観測所に属する中尉だった。そう、頼香の頭部に生えてきたのは、見事なネコ耳だったのである。それだけではなく、スカートの裾からも髪の毛と同じ色の、つややかな黒のネコしっぽがぴょこんと飛び出した。今や、頼香は立派なネコ耳娘と化していた。
「ら、頼香ちゃん可愛い…」
 見守っていた来栖が感動の声を上げ、我にかえった頼香は「ゴゴゴゴゴ」と擬音の入りそうな迫力をもって果穂に迫った。毛が逆立っているのがリアルだ。
「果ぁ〜穂ぉ〜、これはいったいどう言うこった!?」
 その、常人なら恐ろしさのあまり恐慌状態になりそうな殺気を軽くいなし、果穂はにっこりと微笑んだ。
「外見をキャロラット人のように変化させる変装薬、名付けて『水曜日の子猫』です。これなら、頼香さんを見てテラン人だと思う人はいません♪」
 これこそ、果穂がかわねこの秘密を研究していて実用化した成果、その一つである。期待したような性転換効果は無かったのだが、どんな生物にもネコ耳を生やすという、その筋の人には夢のような薬だ。
 ちなみに、果穂がこれを自分で飲んで実験した際、ネコ耳少女な自分のあまりの素晴らしさに、半日間トリップしていたのはナイショである。
 しかし、その説明は頼香を満足させるものではなかった。
「そういう事を聞いてるんじゃねえええぇぇぇぇぇ!! ちゃんと元に戻るんだろうなっ!?」
 いきり立つ頼香に、果穂は頷いた。
「はい、効果は24時間しか続きませんから。…残念なことに」
 後半はものすごく小声だったので、頼香は前半部分だけを聞いて安堵した。
「それなら良いけどよ…今度はちゃんと説明してから飲ませろよな。インフォームド・コンセントって言うだろう?」
「はい、気をつけます」
 果穂は笑顔で頼香に答え、唖然としていたかわねことれも副司令の方を向いた。
「どうでしょうか? これで、私たちがかわねこちゃ…少尉に同行しようと思いますが」
 その提案に、かわねことれも副司令は顔を見合わせた。
「どう思うにゃ? れも君」
「確かに、あの3人の能力は卓越していますし、正体が隠せるなら適任かとは思いますが…」
 すると、頼香がれも副司令の抱いていた懸念に気が付いて言った。
「あ、大丈夫です。俺たち、今学校は夏休みですから」
 数日間家を留守にしても、旅行と言う事でごまかせる。それを聞いたれも副司令は、安心したように笑った。それなら心配はない。
 なんと言っても、頼香たちならかわねことは仲が良いし、互いの呼吸も飲み込んでいる。戦闘、防御、技術、とバランスの良い能力も揃っていた。更に言えば、まさかこの4人が連合から来た調査隊だとは、誰も考えないだろう。
「じゃあ、頼香ちゃんたちにも一緒に来てもらうとして、後1人は誰にするかにゃ…?」
 かわねこがそう言った瞬間、天井裏でがたがたっ、と言う音が響いた。全員の視線が一斉に天井に向けられる。
「曲者!?」
 ワールウィンド海兵隊長のバルトルッツィ大尉がフェイザースピアを構えるのを、シェリル少佐が「待て」と抑える。天井裏の気配に、敵意がない事を確かめたのだ。すると、通気口の鉄格子ががたがたと揺れ、しっかりと止めてあったはずの固定ピンが折れ飛んだ。
「お、緒耶美ちゃん!?」
 そこから出現した人物に目を留めて、かわねこは驚愕した。それは、確かに彼女付きのメイドを自認するクマ耳少女、緒耶美その人だった。
「はぁ、やっと入れましたぁ〜」
 通気口から飛び降り、ふわりとメイド服のスカートを翻して着地する緒耶美。どうやら、かわねこを追って会議室入りしようとしたものの、士官ではない彼女は入れなかったらしい。そこで、普段ご主人様と一緒に駆け回っている通気口からの侵入を決意したのだろう。
「酷いです、ご主人様。出征される時は、私も必ずついていくって言ったじゃありませんか」
「にゃ、そんな事を言われても…」
 かわねこは困った。れも副司令とは違う意味で、緒耶美も大事な女性である。なんと言っても民間人であるし、更に言えば難民だ。アメフラード紛争の時みたいに黙って付いて来たならともかく、意図して戦地に連れて行くことは憚られる。
「ご主人様がダメだって言っても、絶対に付いていきますからね」
 そう言って目をうるうるさせる緒耶美。泣く子、地頭と並んで勝つ事のできない不敗の存在、女の涙だ。かわねこは救いを求めるように頼香たちを見た。
「ら、頼香ちゃんたちからも何とか言って欲しいにゃ…」
 しかし、残念な事に、かわねこの想いは三人娘には通じていなかった。
「わぁ、また一緒に頑張ろうね、緒耶美ちゃん!」
 来栖が無邪気に笑いながら、緒耶美の手を握る。
「またビリキュアの雄姿が見られるかもしれませんね。うふふ」
 同行者が全員可愛いローティーンの少女になりそうな果穂が反対するはずもない。
「緒耶美ちゃんなら文句はないぜ」
 実力を評価して頼香が言う。こうなってしまっては、かわねこの意思が通る余地は、どこにもなさそうだった。こうして、クロムジーに直接上陸して現地の状況を探るのは、かわねこ、頼香、果穂、来栖、緒耶美の5人に決定した。そこで、れも副司令が先を続ける。
「それでは、緊急時のバックアップチームを編成します。まず…」
 今回の作戦に必要なのは、上陸調査チームの他に、緊急時に彼女たちを救出するための部隊。これは、文句なしに強襲艦U.S.S.わいるど・きゃっとの海兵隊が選ばれた。「かわねこ武装親衛隊」を自認する彼らなら、かわねこの居場所が赤色巨星の中心だろうが、ブラックホールの中だろうが、躊躇なく飛び込むだろう。
 さらに、万が一にも事態が悪化し、内戦が宇宙空間にまで拡大するような状況に備え、あいくるとワールウィンドの2隻も、わいるど・きゃっとと共にクロムジーの星系境界線付近で待機する事になった。
「それでは、民間人を装って惑星に降りるとなると、軍艦で行くのはまずいですね。じーざ船長、司令代理たちを乗せてクロムジーまで運ぶ役をお願いできますか?」
 れも副司令が言うと、オブザーバーとして会議に参加していたじーざ船長は、1フェムト(千兆分の1)秒の躊躇も見せずに答えた。
「れも副司令の頼みとあれば、このじーざ、たとえ火の中水の中、宇宙の果てだろうと、無事5人を送り届けて見せましょうぞ」
 これは絶対安全だな、と誰もが思った。かわねぎ司令がプレラットがらみの誓いを破らないのと同じくらい、じーざ船長がれも副司令と巫女さんに立てる誓いは信用できたからである。


翌日

 TS9への入港から28時間後、整備と補給を最優先で行ったすいんげる号は、近年になくピカピカに磨かれた姿で出港した。美少女5人を迎えるじーざ船長が張り切った結果だった。
「いやぁ、たまには船をきれいに磨くのも良いもんだな。そう思わないかね、カムラ君」
 上機嫌で操舵するじーざ船長に、カムラ少年がジト目を向けて言った。
「たまにはじゃなくて、いつも磨いてくださいよ。お客さんへのアピールが違うんですから」
 後ろの方で、良く掃除をやらされているチョコがうんうんと頷く。「巫女さんには竹ほうき」と言う、船長の良くわからない哲学のせいで、この広い船内を掃き掃除させられている彼女にとっては、掃除と言うのは苦行以外の何物でもない。
「まぁ気にするな。それより、5人の着替えは終わったかな?」
 じーざ船長が言うと、通路の方からドスドスドスドスという力のこもりまくった足音が聞こえてきて、ブリッジの扉が乱暴に開けられた。
「船長、何ですか、この服は!」
 頼香だった。彼女も思い切り巫女装束になっている。ポニーテールをくくるリボンまで、水引になっている念の入れようだ。
「いやあ、良く似合うよ、頼香ちゃん」
 じーざ船長は心の底から誉めた。
「ありがとうございます…って、だからそうじゃなくって!」
 何故巫女服なのかについて、詰問を再開しようとする頼香だったが、そこへ追いついてきた来栖、果穂、かわねこ、緒耶美が現れた。
「お、みんな可愛いなぁ。まさに眼福眼福」
 じーざ船長は巫女装束姿の少女たちを見て目を細めた。
「えへへっ、ありがとうございます。一度着てみたかったんです♪」
 来栖が無邪気に言いながら、「くるっ」とその場で一回転してみせる。真面目なカムラ少年まで思わず赤面したほどの反則的な破壊力だ。
「うふふ…清楚な少女の美を引き立てる衣装として、巫女装束は確かに素晴らしいものですね。さすが船長、慧眼ですね」
 カメラを回しながら言う果穂。心底楽しそうだ。この親友二人の様子に、頼香は情けない顔つきになる。
「果穂、来栖、お前らなぁ〜」
 それでも何か抗議の声を上げようとする頼香だったが、眼鏡のレンズをきゅぴーん、と光らせた果穂がそれを制した。ちなみに、果穂の眼鏡には本当にレンズを光らせる機能と、「きゅぴーん」と言う効果音を発する機能が組み込まれている。威圧には最適である。
「頼香さん、何だかんだ言って、しっかり装束を着込んでいるじゃないですか。本当は楽しいんでしょう?」
「む、無理やり着せたのは果穂じゃないか…」
 歯切れの悪い頼香。何しろ、彼女が本気で嫌がったなら、いくら果穂でも巫女装束を着せるのは無理と言うものだっただろう。だから、本当は少し楽しかったと言う果穂の観測は正しい。
「まぁ、この船では、それが女の子の制服なんでね。しばらく着ておいてくれ」
 じーざ船長がニコニコと笑いながら言う。
「制服って…俺たちは客であって船員じゃないんだけどなぁ」
 船上において、船長は確かに独裁的な権限をもつ指導者である。が、さすがに客に着替えろと言う権限はないはずだ。しかし、じーざ船長にはそういう常識は通用しない。
「まぁ、二週間の我慢にゃ。それに、慣れればそう悪くないにゃ」
 やはり巫女装束のかわねこが、そう言って頼香を宥めた。頼香は渋々と言った感じで巫女装束を着る事を受け入れたが、もう一人自分の服装に納得の行っていない少女がいた。
「なんで、私はいつもの服なんでしょうか? ご主人様とお揃いが良かったのに…」
 緒耶美だった。彼女のロッカーには巫女装束が入っておらず、従っていつものメイド服である。
「いや、緒耶美ちゃんはやっぱりメイド服だよ。うん。巫女装束も良いけどメイド服も良い物だよ」
「巫女装束とメイド服。まさに至高の組み合わせですね。さすが船長、慧眼です」
 じーざ船長と果穂が口々に言う。この二人、本当に気が合うようだ。
「まったく、ついていけないぜ」
 頼香はそう言うとブリッジを出て行き、来栖とかわねこ、緒耶美も後に続いた。果穂は残って、じーざ船長と熱い萌えトークを繰り広げている。クロムジーまでは数日の航海になりそうだが、どうやら退屈はしないですみそうだった。

 かと思えば、そうでもない人々も中にはいた。
「暇でちゅねえ、からめるしゃん」
「ああ、そうだな」
 さんこうのブリッジでもけとからめるの二人は時間を持て余していた。いつもならエンジンのチェックや、航路上の障害物監視など、やる事はいくらでもある。
 しかし、今回はその必要はまったくない。なぜなら、さんこうはすいんげる号の船倉にそのまま収納されているからだ。
 すいんげる号の護衛という名目で堂々と同行する、と言う事も一応考えられはしたのだが、紛争地域であるクロムジーに艦艇を派遣するのは各方面の反発が予想される事が予想される上、護衛付きの輸送船と言う事で何か重要な船ではないかとマークされないとも限らない。そこで、さんこうはすいんげる号に格納しての移動となったのである。
 なお、後から出撃するあいくる、ワールウィンド、わいるど・きゃっとの3隻だが、こちらは艦隊を組んですいんげる号を後方から追う形になっている。
 1時間ほどして、再びさんこうのブリッジに二人の会話が響き渡った。
「暇でちゅねえ、からめるしゃん」
「ああ、そうだな」


惑星クロムジー衛星軌道上

 約14日をかけて、すいんげる号は惑星クロムジーに戻ってきた。頼香たちははじめて見るクロムジーを感慨深げに見ていた。
 乾燥しているため、土地の大半は砂漠で、宇宙からは茶褐色の円盤に見える。二つある海…と言うより大きな湖と、それに流れ込む幾筋かの川、そして点在するオアシスの周りにだけ、緑色が見えている。
「暑そうだなぁ」
 頼香が砂だらけの地表を見て、こぼすように言った。
「昔はもうちょっと過ごしやすい星だったらしいけどにゃ」
 かわねこが答える。平和な時代は環境を改善するため、氷の小惑星が軌道上に運ばれて分解され、地表に落ちない程度の大きさにしてから大気圏に落としていたと言う。その繰り返しで次第に大気中に水蒸気が増え、降雨量が増し、惑星全土が緑化される予定だった。
 その事業も中断されて久しく、再開の目処は立っていない。
「それで、今後の予定は?」
 果穂が言うと、かわねこはデータパッドを取り出した。
「ボクたちはクロムジーの衛生状態の調査に来たNGOのメンバーと言う事になっているのにゃ。身分証明書もあるにゃ」
 かわねこは5人のカバー(偽装身分)のデータを表示させた。全員が架空の衛生NGO「みどりのゆめ」に所属する調査員と言う事になっている。頼香たちはその身分証明データを自分たちのデータパッドにダウンロードした。
「クロムジーの内戦当事勢力には、これで上陸を申請してあるんですね?」
 果穂が確認する。さすがに、いきなり撃墜される、などと言う事になってはかなわない。
「そうにゃ。その後は、予防薬や病原体を保管できそうな施設を調べてまわるのにゃ」
 かわねこは頷いた。いよいよ現地に乗り込むということで、さすがに緊張の色は隠せない。
「それじゃあ、偽装工作に入りましょう。はい、頼香さんも来栖さんもこれを飲んで」
 果穂は「水曜日の子猫」の錠剤を取り出した。
「うー…やだなぁ」
 頼香は嫌そうな表情で錠剤を飲んだ。ネコ耳になる事より、その前段階のむずむずした感じが嫌いらしい。一方、初体験の来栖はなんの躊躇いもなく、水と一緒に錠剤を飲んだ。
「う〜…来たぁ…」
「わ、なんだか変な感じ…」
 それぞれの感想と共に、頼香と来栖がネコ耳娘に変わる。それを見届けて、果穂も薬を飲んだ。程なくして、かわねこと合わせて4人のネコ耳巫女少女が出現した。
「ぐ、う、うおおおおおぉぉぉぉぉぉっ! も、萌えるぜこれは…!!」
 じーざ船長は鼻血どころか耳血まで出しかねない勢いで萌えていた。その勢いでカムラ少年の方を振り向く。
「カムラ君、今のブリッジ内の監視カメラ映像は消すなよっ! 後でDVDに焼いて永久保存だ。我が家はこの光景を子々孫々に至るまで伝えていくぞぉ」
「はいはい」
 カムラ少年は気がなさそうに頷いたが、実はこっそり自分用の映像も残しておこうと決意していたのは、本人の名誉のためにナイショである。
 ともかく、三人娘のネコ耳化が終わると、全員が巫女装束やメイド服といった目立つ服を避けて、カジュアルな服装に着替えた。胸部分にNGOのバッチをつけ、着替えや武器なども持つ。クロムジーでは内戦中ということで当事者たちが奇襲を避けるために転送防止シールドを張りまくっているため、必要なものは全て持っていくしかなかった。
「それでは船長、お世話になったにゃ」
 かわねこが挨拶をすると、じーざ船長は鷹揚に頷いた。
「おう、頑張れよ。こっちもできるだけの支援はするからな」
 すいんげる号は調査終了まで衛星軌道上に留まる。陸揚げ(直接着陸)すると、繋船料が馬鹿にならないからだ。戦争の危機が迫っているとはいえ、連合上層部にも極秘の調査。予算は潤沢とは言えず、1テランでも無駄にできるものではない。
「船長も、間違って軍事機密の上を飛んだりしないように気をつけるにゃ」
「わはは、俺がそんなドジを踏むものかよ。じゃあ、気をつけてな」
 かわねこの心配を、笑い飛ばしつつ、じーざ船長は心のこもった激励を、地上に降りる5人に送った。
「ええ、それじゃあ、行って来ます」
 船長とはすっかり意気投合した果穂が手を振り、頼香、来栖、緒耶美もそれぞれに別れの挨拶をして、すいんげる号の船載シャトルに乗り込んだ。
「それでは、切り離します」
 全員が乗り込み、頼香が操縦桿を握ったところで、カムラ少年が切り離しレバーを引く。軽い衝撃と共にシャトルはすいんげる号を離れ、クロムジーの大地めがけて降りていった。


クロムジー宇宙港

 シャトルのドアを開けた瞬間、乾いた暑い風が吹き付けてきて、5人の少女は咳き込みそうになった。
「うわっぷ…ここがクロムジーか」
 頼香は辺りを見回した。宇宙港は何回か行ったテランやアメフラードといった先進諸星のそれよりもみすぼらしく、日本のローカル空港に近いイメージだ。ガラスがところどころ割れたままになっているのが、寂れた雰囲気を更に助長している。
「さて、これからどうする?」
「まずは、車が借りられるかどうか聞いてみるにゃ。足がないと不便にゃ」
 かわねこの提案に従い、一行は空港ビルの中でレンタカー屋を探した。幸い、それはすぐに見つかったが、そこで受けた注意事項は、平和な星とは全く違うものだった。
「まず、高いビルにはできるだけ近づかない事。狙撃されるかもしれないからね。マンホールも避けた方がいい。爆弾が仕掛けてあるかもしれない」
 レンタカー屋の店員が大真面目に語る路上の脅威に、次第に顔が青ざめていく一行。すると、店員は脅しが効きすぎたと思ったのか、別の紙を取り出した。
「まぁ、今みたいな事があるのは、特に交戦の激しい地域だけだけどね。この地図を持っていきなさい。色分けした地区で、赤が一番危険、黄色がその次、緑が比較的安全、白は安全だよ」
 内戦の激しさを物語るように複雑に色分けされた地図を受け取って、かわねこは頭を抱えた。白のエリアは、この空港を含めて10個所も無い。緑の部分と言うのは郊外の砂漠で、市街地の大半が黄色か赤で塗られていた。
「…うわぁ」
「これは…予想以上に酷い状況ですね」
 来栖と果穂が地図を覗き込んで顔をしかめた。何も言わない頼香と緒耶美も、今回の調査がいかに厳しいものなのか、ようやく理解していた。
「これは相当慎重に行動しないと危ないのにゃ…とりあえず、車にはこれをつけておくのにゃ」
 かわねこは荷物の中から、急遽作ってもらった「みどりのゆめ」のロゴステッカーと、NGOである事を表す非武装団体の旗を取り出した。これをつけた車両や航空機への攻撃は、国際法で禁止される。お守り程度にはなるだろうとかわねこは思った。

 ステッカーを貼り、アンテナに旗を結びつけた一行の車は、最初の目的地であるクロムジー大学医学部付属病院に向かっていた。超エキノコックスのような、バイオハザード危険レベルの高い病原体を隔離・保存しておける施設は、この惑星ではここしかない。
「果穂、大丈夫か?」
 ハンドルを握る頼香が、助手席の果穂に尋ねる。今回の任務では、果穂のカバーはキャロラットの医大を飛び級で出た、公衆衛生学の博士号を持つ天才少女、と言う設定になっている。普通の機械技術などでは地球人のレベルを超えた能力を持つ果穂だが、それが医学にまで応用できるのか、と言う事に関しては、頼香は心配だった。
「ええ、大丈夫です。夕イタニックに乗った気分でどーんと任せてください♪」
「…すごく不安な例えだな」
 お気楽に言う果穂に、頼香はますます心配そうな表情を向けた。
「夕イタニックって、なんにゃ?」
 後部座席では、かわねこが来栖に聞いていた。「公太郎」とか「ケ口口軍曹」と言った地球文化にはかなりの造詣を持っている彼女も、映画にはあまり詳しくないらしい。
「えっとねぇ…」
 来栖が説明しようとした時、突然、車内に耳障りな警報音が響き渡った。
「何だ!?」
 一瞬で全身を緊張させた頼香に、果穂が切羽詰った声を上げる。
「ロックオン警報です! この車をミサイルで狙っている人たちがいます!!」
 果穂の持っているセンサーシステムに、ミサイルの照準用電波が感知されたのだ。その叫びとほぼ同時に、前方の五階建てビルの二箇所から、白煙が沸き起こった。
「くっ!?」
 頼香が車を蛇行させる。そのため、一発目は狙いが外れて遥か後方に飛んでいってしまう。が、二発目はしっかりと彼女たちの車を狙ってコースを変えてきた。
「オーラフェイザー!」
 咄嗟に、果穂がオーラスティックを展開させて、迎撃の光を放つ。車から僅か5メートルほどの距離で、ミサイルが火球に変わった。直撃は避けられたものの。
「うわああぁぁぁ!!」
「きゃああああぁぁぁぁっっ!!」
 至近距離での爆発に、車は爆風に煽られて大きく浮き上がり、そのままひっくり返った。シートベルトをしていた頼香と果穂はともかく、後部座席の3人は、それまで天井だったところに転げ落ちた。
「い、いたたたた…なんなのにゃぁ」
「がお、大丈夫ですか!? ご主人様」
 緒耶美がかわねこを引っ張って車外へ出ようとした。しかし、その動きを来栖が抑えた。
「緒耶美ちゃん、出ちゃダメ!」
「がお?」
 緒耶美が動きを止めた瞬間、もしそのまま動いていれば彼女の頭部があっただろう空間を、フェイザーブラスターの光が通過した。
「オーラシールド!」
 驚きのあまり声も出ない緒耶美をも包み込むように、来栖のシールドが展開される。そこへフェイザービームが降り注ぎ、電気が弾けるような音を立てて弾き返された。車内の5人からは、武装した民兵らしい人々が何十人も瓦礫や廃墟の影から姿を現すのが見えた。
「やめろ! 俺たちは敵じゃない!! ステッカーと非武装団体旗が見えなかったのか!?」
 苦労してシートベルトを外し、天井に降りた頼香が叫ぶと、包囲者の誰かが怒鳴り返してきた。
「うるさい! お前たちが敵のスパイだって事は、とうに調べがついてるんだ。観念しろ!!」
 5人は顔を見合わせた。なんだかわからないが、えらく誤解されているような気がする。
「ちょっと待て。いったい何の話だ!? 俺たちは今日ここへ着いたばかりで…」
 頼香が相手の真意を問いただそうと声を張り上げたが、返事はフェイザーライフルの一斉射撃で返された。しかし、来栖のシールドがあるからそう簡単にやられはしないにしても、彼女のオーラとて無限ではない。このままでは全員やられるのは目に見えていた。
「何とか脱出路を開くしかないな。俺が討って出るから、果穂と来栖は援護を頼む」
 決意を込めた声で頼香が言うと、果穂が止めに入った。
「待ってください、頼香さん。それは無謀すぎます!」
 これは果穂の言う通りで、いかに頼香が常人離れした敏捷性を持っているとは言え、この数の兵士相手では、あっという間に蜂の巣にされるのがオチだ。実を言えば頼香もそうなるだろうとは思っていたが、黙ってやられるのは彼女の趣味ではなかった。
「じゃあ、どうすれば良いんだよ!?」
 頼香が苛立った声を上げた、その時だった。
「うわっ!?」
「ぐわあ!!」
 突然、叫び声を上げて数名の民兵が倒れた。包囲網に穴が開き、動揺が広がる。
「くそ、新手か!? 撃て、反撃し…ぎゃあっ!!」
 リーダーが狙撃されて倒れると、それが士気崩壊の引き金になったのか、民兵たちは総崩れになって逃げていった。
「助かった…のかな?」
 来栖がそう言いつつも、シールドの展開を続ける。頼香がそっと外を見ると、最初の民兵に奇襲を加えたらしい、十数名の兵士が見えた。その中の一人が銃を地面に置くと、頼香たちが立てこもる、ひっくり返った車の方に近づいてきた。
「連合から派遣された調査隊の人たちだね?」
 5人は一気に緊張した。声と口調は柔らかかったが、こちらの正体を知っている。
「何の事ですか? 私たちは、衛生NGOの…」
 果穂が言うと、相手の交渉者は思わず苦笑したような口調で言った。
「誤魔化さなくても良い。君たちの正体は我々だけでなく、連邦や協定も知っているからね…大丈夫、僕たちは君たちの敵じゃない」
 この言葉は、今度は5人を困惑させるのに十分だった。正体が完全にばれていると言うのも大問題だが、目の前の彼らは、どうやらテラナー連邦でもトライン協定でもない第三勢力に属しているらしい。そんな組織の存在は、事前には何もわからなかった。
「君たちが警戒し、混乱するのはあたりまえだな…まぁ、信じてもらうしかないんだが。ただ、一つだけ言っておくけど、さっき逃げた連中が増援を呼んだみたいだ。もうすぐ戦車と攻撃ヘリの群れが押し寄せるぞ」
「…それは確からしいにゃ」
 相手の言葉に反応したのはかわねこだった。耳をぴくぴくと震わせる。
「遠くから、エンジンの音が聞こえてくるのにゃ…これは、戦車が十台はいるにゃあ」
「そうなのか?」
 頼香がたずねる。彼女たちのネコ耳は、所詮薬で作った見掛けだけのもの。本物のキャロラット人のような鋭敏な聴覚はない。
「がお、遠くにヘリが見えます」
 今度は緒耶美が言った。彼女たちポリノーク人の視力は、テラン人やキャロラット人と比べても優れているのだ。
「頼香さん、ここは彼らの言う通りにしましょう」
 果穂が言った。
「うん、外の人たち、さっきの人たちみたいに悪そうじゃないし」
 来栖も同調した。頼香は頷き、かわねこの方を向いた。
「ということだ…ここは、あいつらの言う事を信じてみよう。これ以上事態が悪くなることはないだろ」
「それも仕方ないにゃ」
 かわねこは同意し、外に呼びかけた。
「了解したにゃ。そちらの言う事を信じるのにゃ。出て行くから、いきなり撃ったりしないで欲しいにゃ」
「大丈夫、そんな事はしないよ。武装も持って出てきてくれて良い。それより、出たら、急いで僕たちに付いて走ってきてくれ。もう時間がない」
「わかったにゃ」
 かわねこはドアを開けて、外に転がり出た。続いて緒耶美、来栖、果穂、頼香と言う順番で外に出る。可憐な5人のけも耳少女たちに、待っていた男が思わず口笛を吹いた。
「これは可愛いお客さんだな。よし、こっちだ。付いてきて!」
 そう言うと、彼は地面に置いていた銃を拾って走り出した。その仲間たちも、瓦礫を縫うようにして走り出す。5人は懸命にその後を追った。5分ほど走ると、街の外れに古めかしいAPC(装甲歩兵輸送車)が2台止まっていた。
「あれに乗ってくれ。全員、乗車! 本部へ帰るぞ!!」
 男の仲間たちが、統制の取れた動きでAPCに乗り込む。5人も後ろのドアからそれに乗り込むと、最期に例の男が入ってきて、ドアを閉めた。
「よし、発進!」
 男は席に座りながら、運転席の方に怒鳴った。一瞬置いて、APCはゴトゴトと音を立てて、砂漠に乗り出していった。
「よし、もう安心だ」
 男がそう言って5人に笑いかける。そこで、少女たちは初めて、この男が青年…と言うにもまだ若い年代の、テラン人の少年だと言う事に気がついた。見た目は16〜7と言うところか?
 彼だけではない。仲間たちも、同じような年代の、14〜18歳くらいの少年少女で構成されており、更に奇異なのは、激しく対立しているはずのテラン人と、トマーク=タス人が混在している事だった。
「あんたたちはいったい…」
 頼香が言うと、少年は笑った。
「それは後でわかるよ。とりあえず、本部に着いて、僕たちのリーダーに会って欲しい」
「リーダー?」
 この少年がリーダーじゃないのか、と5人が思った時、背後から鈍い爆発音が響いてきた。
 彼女たちが乗っていた車の最期だった。


砂漠のどこか

 少女たちと謎の一団を乗せたAPCは半日以上も砂漠を進みつづけた。変わり映えのしない風景、乗り心地の悪さ、そして何より暑さに、あまり身体の頑丈ではないかわねこや果穂がバテ始めた頃、少年がようやく旅の終わりを告げた。
「そろそろ本部だ。準備してくれ」
「ああ、わかった」
 頼香はそう答え、のぞき窓から外を見た。すると、さっきまで砂しかなかった大地に、かすかに草が生えているのがわかった。草は次第に増え、やがて潅木まで混じるようになってきた。
「ここは連合と同盟の戦争の時に放棄されたオアシス農園なんだ。戦後も都市に遠すぎて不便だったので、そのままになってる。僕たちはそこを拝借させてもらったってわけさ」
 少年が解説した。確かに、戦場だった事を物語るように、兵器の残骸なども点在している。そんな話をしているうちに、外は潅木からポプラに似た林へと変わり、APCはその緑に埋もれた廃墟へ入ると、そのまま地下駐車場と思しき場所に停車した。
「さあ、着いたよ。君たちは僕に付いて来てくれ。みんなは休憩して良い」
「わかった。ほら、果穂、かわねこ、しっかりしろ」
「うにゃあ…気持ち悪いにゃ」
「汗臭くなっちゃいました…」
 頼香に励まされ、かわねこと果穂がよろよろと席から立ち上がる。が、車外に出ると、そこが意外にもひんやりとした空気が流れている事に、元気を取り戻したようだった。
 こうして、5人は少年に付いて「本部」の中を進んでいった。そこで気が付いたのは、そこにはかなりの大人数がいるということだった。途中で居住区らしい場所を通ったのだが、そこにあった名札を確認するだけでも、100人を越えていた。
 また、武装した集団としての規律や訓練度も高そうだった。廊下ですれ違う兵士たちの動きはきびきびしていたし、地下駐車場にあったAPCや戦車も、旧式ばかりだが良く手入れされていた。
(こんな集団がいたなんて、ぜんぜん知らなかったのにゃあ…)
 かわねこは感心しつつも、その存在を不審に思う事は忘れなかった。自分たちが言えた義理ではないが、やはり本部の人員も若い少年少女ばかりで、人種も様々だった。この内戦の星で、彼らはあまりに異質な存在だった。異様と言っても良い。
 しかし、彼女はそれほど待つ事もなく、それらの疑問に答えてくれそうな人物と出会うことになる。通路を進んで一番奥の部屋の前に立った少年は、ドアをノックして言った。
「リーダー、アランです。例の人たちを救出してきましたよ」
「お疲れさま、アラン。お通しして」
「わかりました」
 中からの返事に、アランと名乗った少年は頷くと、扉を開けた。
「さ、中へ入って」
 促されるまま、かわねこたちは部屋の中へ入った。武装集団のリーダーの部屋と言う事で、いかめしい雰囲気を想像していた5人だったが、その予想は裏切られた。そこにあったのは、女性の部屋らしい、落ち着いた趣味で飾られた部屋だったのである。
 その部屋の中央に、オオカミ耳…つまりラファース人の女性が立っていた。年齢は、17歳前後と言うところだろうか? その瞳には落ち着いた理性的な光が宿り、かわねこたちを優しく見つめていた。
「ようこそ、フレンドシップ党本部へ。私は皆さんの来訪を心より歓迎します」
 女性はにこやかに笑うと、部屋の隅にあった応接セットを指差した。座れと言う事だろうと解釈したかわねこたちは、大きなソファに並んで座った。女性は向かいに座る。
「申し遅れましたが、私はこのフレンドシップ党の党首を務めております、漠野道沙海(ばくやどう・さうみ)と申します。お見知りおきを」
 沙海と名乗った女性は、そう言って優雅に挨拶をする。かわねこたちも慌てて自己紹介をして頭を下げた。
「えーと…沙海さん…と呼んでいいかにゃ?」
 かわねこが切り出すと、沙海は「どうぞ」と微笑んだ。かわねこは頷くと、知りたかった事を質問し始めた。
「沙海さんたちフレンドシップ党というのは、どう言う組織かにゃ? というか、ボクたちはこんな組織があることを全く知らなかったのにゃ。どうやって、隠れていたのにゃ?」
「まずは順番にお答えしましょうか」
 沙海は頷くと、フレンドシップ党について説明を始めた。
「私たちフレンドシップ党は、内戦の早期終結と、テラン系、トマーク=タス系の人々が手を取り合って、クロムジー人による新しい政府を作る事を目的に活動をしています」
「クロムジー人」と言う時、沙海の口調には、テランもトマーク=タスもない、この星の人間と言う自負が滲んでいた。
「今のところ、党員は主に、内戦前に同じ学校で学んだ、若いクロムジー人が主体になっています」
 かわねこたちを救出しに来たアラン隊長も、沙海の一年後輩だそうである。こうした目的達成のために、フレンドシップ党の行動隊は二大陣営に間違った情報を流して、正面衝突が起きるのを回避させたり、攻勢をかけようとしている部隊の物資を奪うなどして、戦いが小競り合い程度に終わるようにする、と言った活動をしている。それらの事を、沙海は簡単に説明した。そして、苦笑に似た表情を浮かべた。
「と言っても、まだまだ力も人も資金も足らない、弱小の集団ですが…なんとか連邦と協定の両方に自分たちを認めさせるだけの力を持とうと努力しているところです。そういう意味では、あなたたちを助けた事は、非常に意義のあることでしたね」
 かわねこたちは顔を見合わせると、頼香が代表して質問した。
「その、俺たちがどうしてここにいることが?」
 その質問に、沙海は顔を曇らせた。
「連邦にも、協定にも、それを後援する連合、同盟双方の強硬派が付いています。あなたたちがクロムジーに来る事は、直後から連合の情報筋を通じて知られていました。私たちも、スパイを通じて、三日前にそれを知ったところです」
 つまり、ワイアード提督にしか話さなかった事も、すいんげる号を使った事も、恥ずかしい思いをしてネコ耳を生やしたことも、全部無駄だったと言うことだ。かわねこたちは悔しさに歯噛みした。同時に、強硬派の勢力が相当広範囲に及んでいるらしい事も、彼女たちを戦慄させた。そして、そこまで話したところで、今度は沙海が質問してくる順番だった。
「さて…私たちは、あなたたちの目的について、このような情報を得ています。つまり、あなたたちが連合が同盟に宣戦を布告する、その口実を作るための特殊工作を行う、と言うことだそうです…私は違うと思っていますが、その辺はどうですか?」
 頼香が慌てて首を振った。
「と、とんでもない誤解だぜ。むしろその逆だ。俺たちは、連邦と協定、どっちかがとんでもない手段で戦争を終わらせようとしている、と言う陰謀を探って、それを阻止するのが目的なんだ」
 その言葉を聞いて、かわねこは思わず天を仰いだ。頼香のそういうまっすぐさは好きだが、こういう場所では、それは不利に働く。もしこのフレンドシップ党が見た目どおりの組織でなければ、今の頼香の一言で、自分たち全員が用済みと断じられて消されないとも限らないのだ。
 しかし、それは杞憂だったらしく、興味を持った沙海はぐっと身を乗り出して尋ねて来た。
「その陰謀について、詳しく教えてくれませんか? 私たちも、連邦と協定、双方が活発に動き出している事は気づいていましたが、詳細なところを知るきっかけが、掴めていませんでしたから」
 それに頼香が答えようとするのを、かわねこは制して止めた。沙海は信用できそうな人に思えたが、一つだけ気がかりな事があったのである。
「それを答える前に、一つだけ教えて欲しい事がありますにゃ。沙海さんは、トライン協定の漠野道塵雲盟主とは、どう言う関係ですかにゃ?」
 その質問を聞いた瞬間、沙海は表情を凍らせた。かわねこ以外の4人も、事前にもらったクロムジー情勢の内容を思い出して、あっと言う声を上げる。沙海の苗字が漠野道盟主と同じである事に気づいたのだ。
 しばらくして、沙海は平静さを取り戻すと、静かな声で答えた。
「あの人は…漠野道盟主は、私の父です」
 果穂がそれを聞いて首を傾げる。
「あれ? ですが、盟主が超強硬派に傾いたのは、娘さんが爆撃で死んでからだと聞いていますが…沙海さんのほかにも、盟主には娘さんが?」
「いえ、死んだ事になっている盟主の娘は、確かにこの私ですよ」
 沙海は答えた。
「空襲のあった日、私はこの内戦をどうにかして止めなければならない…と思いました。その決意が、私にこのフレンドシップ党を結成させたのです。それ以来、父の元には帰っていません」
 そう言ってから、沙海は悲しそうに、寂しそうに笑った。
「連邦との戦争を推進していた父も、娘の私がいなくなれば、少しは戦争を続ける事に疑問を抱くかもしれない…そんな期待もあったのですが、ダメでした。父はむしろ、私の死を積極的に戦意高揚キャンぺーンにつかったそうです」
「そういうことでしたかにゃ」
 かわねこの懸念は、死んだ事になっている沙海が、それを利用して漠野道盟主の行う特殊工作の司令を勤めていることだったが、これならその心配をする必要はなさそうだった。かわねこは沙海を全面的に信頼する事に決め、この星へやってきた目的について話し始めた。
「なんですって? 超エキノコックス!?」
 話が核心に及んだところで、沙海は真っ青な顔で立ち上がった。あまりの大声に、衛兵役の党員が部屋のドアをノックしたが、沙海はなんでもない、と言って衛兵を下がらせた。そして、席に改めて腰掛けると、かわねこに念を押すように聞いた。
「その、間違いないのですね? 超エキノコックスのアウトブレイクを引き起こそうとしている勢力がいる、と言う話は」
「間違いないにゃ。予防薬が本物だったからには、どこかに病原体も必ずあるはずなのにゃ」
 かわねこが答えると、沙海はどこか安堵したような表情で言った。
「そうですか…それなら、その謀略を行おうとしているのは、間違いなく連邦です。父が超エキノコックスの使用を許可するはずがありません」
「なんで、そうだと思いますかにゃ?」
 その言葉があまりにも確信に満ちたものだったので、かわねこは思わず尋ねていた。すると、沙海は重苦しい表情で答えた。
「父がこの星へ来たのは…あの病気で家族の大半を失ったから、ですから」
 かわねこは思わず言葉に詰まった。そして、沙海に深々と頭を下げた。
「不躾な質問をしてしまいましたにゃ。ごめんなさいにゃ」
「いえ、気にしないでください。それよりも、この謀略に対して早急に対策をとらねばなりませんね」
 沙海は答えると、デスクの電話を取り上げた。


フレンドシップ党本部会議室

 沙海の非常召集命令を受け、フレンドシップ党の幹部たちが、惑星全土から続々と集結してきていた。全員が会議室に集まったところで、沙海は連邦が超エキノコックスの生物兵器利用を行おうとしていると言う情報を明かし、心当たりについて尋ねた。すると、一人のキャニアス人の青年が手を上げた。
「南部沿岸地区での報告ですが、10日ほど前に、連邦勢力下の3つの市で、インフルエンザの予防接種がテラン人住民に対して行われたそうです。トマーク=タス系市民は、そのインフルエンザには感染しないと言う事で、対象外でした」
 さらに、別のテラン人の少女も手を上げる。
「東部山岳地域でも同じ事がありました。ただ、協力者の中に元医者がいまして、見た感じでは、その予防接種は、色や質感がインフルエンザのワクチンには見えなかった、との事です」
 どの地域でも、テラナー連邦制圧下の都市では、同じような「インフルエンザの予防接種」が行われていた。そこで、東部山岳地域の元医者に電話をかけて、そのワクチンのアンプルについて外見を聞くと、例の超エキノコックス予防薬のアンプルと、外見は一致した。
「どうやら、連邦が生物兵器作戦を実行しようとしているのは、間違いありませんね」
 沙海が暗い表情で言った。
「しかし、あんなものを良く同盟領内から持ち出したものだ」
 リサールナルの青年が言うと、別のラファースの青年が首を振った。
「予防薬の普及で感染が起きなくなっただけで、超エキノコックスの原虫自体はまだ絶滅してない。昔の感染地帯じゃまだ生き延びているんだ。こっそりと採取して持ち帰るのは、そんなに難しい事じゃない」
 そうした会話を聞きながら、何かを計算していた果穂が、顔を上げて言った。
「沙海さん、さっきの先生の報告から計算すると、テラナー連邦が支配地域のテラン系住民全員に接種を終えるまで、あと3日しかありません。その後はいつ散布作戦が行われてもおかしくないと思います」
 場に緊張が走った。沙海は頷くと、幹部全員の顔を見渡して、厳しい表情で言った。
「聞いての通りです。後3日で連邦が隠匿している超エキノコックス原虫を発見し、駆除してしまわない限り、この星の半分は死の世界と化します。総力を上げて、原虫の隠匿先を捜索してください。手段は問いません」
『了解!!』
 幹部たちが頷き、一斉に立ち上がると、それぞれの担当地域へ戻るため、足早に駐車場や格納庫へと向かった。かわねこたちも立ち上がると、沙海の方に向かった。
「沙海さん、ボクたちも何か手伝わせて欲しいにゃ」
「骨惜しみはしません」
 口々に言う少女たちに、沙海は嬉しそうに微笑んで頷いた。
「わかりました。それぞれの特技を生かして、みんなを手伝ってください。アラン、彼女たちにできることを紹介してあげて」
「わかりました」
 アラン隊長は敬礼すると、少女たちを手招きした。


クロムジー衛星軌道上 すいんげる号

 ブリッジでは、珍しくじーざ船長がカムラ少年の作業を見物していた。まぁ、退屈で他にやる事がなくなったから、と言うのもあるのだが。
「えーと、ここのIPアドレスをこう設定して、ブリッジを繋いで…よし、からめるさん、こっちはOKですよ」
『ああ、こっちもいつでもいけるぜ。試しにテストしてみるか』
 モニターの向こうで、さんこうの艦橋にいるからめるが返事をする。二人はさんこうとすいんげる号のセンサー系を直結する作業をしていたのだ。
『しかし、果穂の奴も無茶させるな。本職じゃないさんこうとすいんげる号に、偵察衛星の真似事をさせようってんだからな』
「普通の航宙船のレーダーは、そんな細かい視界はないですからね」
 からめるの愚痴に苦笑するカムラ少年。彼の言う通り、普通の航宙船が持っているレーダー・センサーは、数億キロから数十億キロまでの長距離を走査し、そこに浮かんでいる直径数十メートルの目標を見つける能力は優れている。これは、基本的に航路上の障害物を早期に探知するための能力が重視されているからだ。
 これに対し、偵察衛星のレーダー・センサーは、地表を細かく走査し、僅かな違いを捉えて目標を浮き上がらせるものだ。わかりやすく言えば、航宙船のレーダー・センサーは望遠鏡で、偵察衛星のそれは顕微鏡である。
 望遠鏡に顕微鏡の代わりをさせようと言うのだから、果穂の提案が無茶だと言うのも良く分かる話である。しかし、彼女のアイデアと、からめるのプログラム、それにカムラ少年の器用さが組み合わさって、見事にその無茶を実現しようとしていた。
「それじゃあ、こっちのレーダー・センサーを起動します。解析お願いします」
『おう、任せろ』
 カムラ少年にからめるが応え、二人は同時にスイッチを押した。すいんげる号のレーダー・センサーから目に見えない電波や赤外線が発振され、それは1秒の数分の1の間にクロムジーの地表を幅百キロほど撫でて戻ってきて、さんこうのコンピュータにデータとして送り込まれた。
 その結果がモニターに出ると、からめるは満足の笑みを浮かべた。若干画像が荒いが、かなり細かな地表の詳細が表示されていたのである。専門の偵察衛星のように、地表に置かれた文庫本を読む事はできなかったが、看板に何が書かれているかくらいは判別できた。
「やりましたね、からめるさん」
 カムラ少年の喜びの言葉に、からめるはうなずいた。
『ああ、後は専門の解析官の出番だな』
 そう言うと、彼はデータを圧縮し、星系外で待機中のワールウィンド、わいるど・きゃっとの2隻の強襲艦に転送した。対地上戦もこなすこの2隻には、偵察衛星の写真を解析する専門の技術者が乗っている。それまですいんげる号とさんこうはセンサー類をフル稼働して、クロムジーの地表を見ていればよかった。
 その作業をずっと眺めていたじーざ船長だが、地上走査を開始して半日ほどしたとき、「それ」に気がついて叫んだ。
「ちょっと待て! 今の映像をもう一度映してくれ」
『え? これか?』
 からめるが映像を切り替える。それは、何の変哲もない鉄道の操車場に見えた。しかし、じーざ船長はしばらく映像をにらんでいたかと思うと、にやりと笑った。
「どうやら、捜し物が見つかったようだぞ」


フレンドシップ党本部

 数時間後、果穂が持ってきた数枚の写真を手に、沙海が真剣な面持ちで何かを考え込んでいた。
「…この情報は間違いないんですね?」
「はい、これを運んだ船長も、写真分析官も、同じ解答を寄越してきました」
 果穂は頷いた。写真の操車場には、長大な編成の貨物列車が止まっていた。その荷台には、じーざ船長が運んできた例のコンテナが積まれていたのである。
 そして、その操車場の脇には、内戦で操業を停止したビール工場があった。貨物列車がわざわざ止まる必要のあるような場所ではない。
 しかし、果穂は知っていた。ビール工場には微生物…酵母の培養施設があるのだ。ちょっと改造すれば、超エキノコックス原虫の培養も可能になる。予防薬を保管するための大きな冷蔵庫もあるし、極秘の生物兵器工場を設けるには、意外なほど適した施設だ。そうした事を説明すると、沙海は大きく頷いた。
「なるほど…どうやら、ここが目標なのは間違いないようですね」
 彼女は横に立っていたアランを見た。
「アラン、直ちに全行動隊を召集してください。フレンドシップ党の総力を上げて、この施設を占拠し、生物兵器製造施設を破壊します」
「了解しました!」
 アランは敬礼して部屋を飛び出していった。間もなくして非常用サイレンが鳴り響き、本部内が慌しく動き始めた。沙海はかわねこたちを見ると、にっこりと微笑んだ。
「手伝う気満々、と言う顔つきですね」
『はいっ!』
 5人の少女たちは元気良く答えた。


ビール工場跡

 全行動隊が現地に到着したときには、既に時刻は日付が変わる頃になろうとしていた。二つある衛星の光が砂漠を銀色に輝かせる中、無数のタンクやパイプが林立するビール工場が、奇怪な影を砂の上に投げ出している。
 衛星写真ではそこまで見えなかったが、工場の周りには高圧電流の流れるフェンスを始めとして、様々な警備装置や自動銃座が置かれ、さらには衛兵たちの姿も見える。守りは堅そうだ。
 頼香たちはアラン隊長の率いる主力に混じっていたが、驚いた事に、沙海もその中に入っていた。
「沙海さん、危ない事はしないほうが良いんじゃないかにゃ?」
 かわねこは彼女を翻意させようと、出発してから十何度目かの言葉を口にしたが、沙海は微笑んだまま首を横に振った。
「それはダメですよ。私たちはラファースは、果たさなければならない義務がある、と言う事を学んでいますからね」
 ラファースはトマーク=タス同盟では貴族、指導者層を占める種族だ。この地ではもはや貴族と言うわけではないが、それでも先祖代々受け継いできた価値観と言うものは強固なものだ。
「かわねこ少尉、そうなったら党首は言う事を聞く人じゃないよ。それに、彼女がいてくれた方が、僕たちも頑張れるんでね」
 アラン隊長がそう言って笑った。その時、無線に各部隊の声が飛び込んできた。
『こちらフォースB、配置につきました』
『フォースCよりAへ、攻撃準備完了』
『フォースD、いつでもどうぞ』
 各部隊が工場を包囲し終え、攻撃準備が整った合図だった。アランが振り向いて沙海の方を見ると、彼女は頷いて、手を振り上げた。
「攻撃…開始!」
 次の瞬間、かわねこたちと沙海、アランの乗るAPCは唸りを上げて突撃を開始した。その先にいた旧式の戦車が、腹に響く音を立てて主砲を撃つ。それは態勢の整っていない自動銃座を一撃で残骸に変えた。
「車両群は警備装置と自動銃座の制圧を行え。ランディングゾーン確保次第、降車戦闘。工場内に突入せよ」
 アランがなかなか堂に入った指揮振りを見せる。聞くところによると、彼は連邦の士官だったが、沙海の理想に賛同し、部下を引き連れてその指揮下に馳せ参じたそうである。まぁ、見たところ理想に共鳴しただけで、母国に離反したのではなさそうだが…
 ともかく、不意を突いたフレンドシップ党の攻撃により、工場の外部を警備していた連邦軍は、たちまち制圧された。その頃になると工場の建物からも激しい迎撃の銃火が放たれていたが、フレンドシップ党側は怯む事無くAPCを降りると、建物の玄関めがけて殺到した。
「よし、我々も行くぞ」
 アランが銃を取ると、後部ドアを開けさせた。フェイザーの力線や実体弾機関銃の弾丸が降る中を掻い潜って前進する。かわねこたちも沙海と共に後に続いた。それと同時に、どんという音を立てて、玄関のバリケードが爆破された。
「よーし、突入、突入! 急げ急げ!!」
 アランの号令を受けて建物の中に党員が突入していく。目指すは酵母の培養施設だ。かわねこたちも建物の中に入った。
 すると、たちまち通路の向こうから銃火が襲ってきた。その激しさに、突入したフレンドシップ党員たちがくぎ付けになっている。頼香は果穂と来栖の顔を見た。
「行くぞ!」
「わかりました」
「うん、まかせて!」
 3人はオーラスティックを取り出して叫んだ。
「「「転送装着!」」」
 次の瞬間、3人はオーラ戦闘衣に身を包んでいた。さらに。
「「デュアルオーロラウェーブ!!」」
 かわねこと緒耶美も携帯電話を掲げて叫んでいた。真っ白な閃光が走り、二人の衣装が変化する。

「警備の使者、セキュアブラック!」
「警備の使者、セキュアホワイト!」
「「ふたりはビリキュア!!」」
「世間を騒がす不埒者よ」
「とっととおうちに帰りなさいにゃ!!」


 もはや堂に入った口上と共に、ビリキュアが守備隊を指差す。その光景に唖然としたのか、敵の…いや、味方の攻撃までが一瞬やんだ。その隙を見逃さず、来栖がスティックを掲げた。
「オーラシールド!」
 通路をくまなく塞ぐように、オーラの壁が出現した。再開された銃火が、その表面に当たって激しく火花が散らす。そこで、来栖はさらにスティックをくるくると振り回した。
「シールドダッシュ!」
 彼女が力をこめると、通路を覆うオーラシールドが、かなりの勢いで敵めがけて進み出した。その後を頼香、かわねこ、緒耶美が追っていく。彼女たちめがけて放たれる銃撃は、その前を行くシールドに阻まれ、一発も貫通しない。守備隊が気づいた時には、シールドは避けようもない位置まで迫ってきていた。
「うわあ!」
「ぐわっ!」
 隊列にシールドが激突した瞬間、守備隊員はボーリングのピンのように弾け飛んだ。大半がその場で気を失ったが、それでも戦闘能力を残していたものは、接近してきた頼香のオーラブレードやビリキュアのパンチ、キックを受けて、たちまち昏倒した。
「よし、この通路は確保した! 果穂、来栖、先に進むぞ!」
 頷いて頼香の後を追っていく果穂たちを見ながら、アランは苦笑した。
「た、大したもんだな、連合の士官と言うのは…よし、俺たちも負けてられないぞ。どんどん進め!」
 アランが苦笑交じりに叫び、勢いを得たフレンドシップ党は通路を突き進んだ。
 突入から十分後、三人娘たちの活躍もあり、工場の大半の施設がフレンドシップ党の手に落ちていた。残すは工場中央の酵母培養施設を含む研究棟だが、これが厄介者だった。
「くそ、あんなのが立ちふさがってちゃぁ、先に進めないぜ」
 頼香が焦りの滲んだ表情で言った。研究棟の前にいたのは、強力なパワードスーツを装備した男だったのである。
「来るなら来い、暴徒ども! 私の職務に賭けて、ここから先には通さんぞ!」
 どうやらここの守備隊長らしい。ただパワードスーツが立ちふさがっているだけなら、いくらでも対処のしようはあるのだが、彼の背後に研究棟がある、と言うのが問題だった。スーツを破壊するほどの強力な武器を使ったら、研究棟まで壊しかねない。もし中で超エキノコックス原虫が培養されていたら、それが漏れ出してしまう。
「こっちにはパワードスーツがないからな…くそ、厄介な」
 アラン隊長も苛立たしい表情で気勢を上げる敵を見ている。先ほどから、白兵戦に自信のある行動隊員を送っては見たものの、相手もなかなかの手練れらしく、ことごとく返り討ちにあってしまっていた。
「シェリル少佐でもいれば、事は簡単に済んだんでしょうが…」
 果穂が言う。確かに、パワードスーツを装備した相手に勝てそうな白兵戦能力の持ち主は、この辺りにはシェリルくらいしかいない。しかし、彼女は今、乗艦ごと星系境界線の近くだ。駆けつけてくるまで4時間は掛かる。敵増援の襲来を考えると、とても呼んでいる暇はない。
「他に誰か強い人はいないかなぁ…」
 来栖が言う。候補としては彼女も含む5人娘なのだが、主力武器がオーラ装備と言うのが曲者だ。生命力にダメージを与えると言うオーラ武器の特性上、鎧を着た相手のような、直接的な物理防御力の高い相手は苦手なのだ。この中では、確実にダメージを与えられそうなのは頼香だけだろう。
「少佐級にすごい人は、そういないでしょうね。私から見たら、あの人だって十分人間離れしてますし…」
 果穂が失礼な事を言った。頼香はそれにツッコミを入れようとして、ふと思い当たる事があった。最近、人間でない相手に出会ったような…
『あーっ!』
 突然頼香と果穂が叫んだので、沙海は驚いて彼女たちの顔を見た。
「ど、どうかしましたの?」
 沙海の質問に、頼香は笑って答えた。
「あのパワードスーツ野郎をどうにかできるかもしれません。ちょっと待ってもらえますか?」
「本当に?」
 沙海が聞き返すと、頼香は「たぶん」と頷いた。その間に、果穂は目的の人物への連絡を終えていた。
 そして、5分後。上空から真っ赤に燃える流星のようなものが飛んできた。それは途中で逆噴射をかけて減速すると、工場の中庭に降り立った。宇宙船の緊急脱出カプセルだ。横にはすいんげる号のロゴが描いてある。
 もちろん、すいんげる号が沈んでしまったわけではなく、頼香たちの呼んだ相手を運んできたのだ。カプセルのハッチがゆっくり開き、中からぴょこんと飛び出してきた巫女装束姿の人物がいた。
「ねぇねぇ、頼香ちゃん、果穂ちゃん、上手く行ったらお子様ランチ食べ放題って本当!?」
 チョコだった。頼香は満面の笑みを浮かべると、力強く頷いた。
「本当さ。それくらい良いよな、かわねこ」
 問われたかわねこは苦笑した。まぁ、それくらいの役得はあっても良いだろう。
「本当にゃ。食堂のおばちゃんにかけあって、最高級の物を用意してもらうにゃ」
 そうかわねこが請け負うと、チョコは「きゃっほう!」と奇声を上げながら喜びのダンスを踊る。その様子を唖然とした表情で見ていた沙海は、果穂に耳打ちした。
「あんな小さな娘を呼んで、本当に大丈夫なんですか?」
「実力を見たことはないですけど、大丈夫なはずです。DOLLですしね」
「DOLL?」
 辺境の星に住む沙海は、DOLLの事を良く知らなかった。不安そうに見る沙海やアランたちフレンドシップ党員の見守る中、チョコは敵守備隊長の前に進み出た。
「ごめんね、あなたに恨みはないけれど、これもお子様ランチのためだと思って、おとなしくやられてください」
 そのチョコの言葉に、守備隊長は唖然となった。
「はぁ? おい、ここは子供の来るところじゃないぞ。危ないから早くどぐわぁ!?」
 彼が最後まで言い終えるより早く、チョコのパンチが守備隊長に炸裂した。見た目はお子様でも、常人の数倍のパワーを誇るDOLLのパンチである。守備隊長は豪快に吹き飛ばされ、沙海とアランの目は点になった。
「くっ、こいつ!?」
 見た目通りの相手ではないと悟った守備隊長はフェイザーブレードを抜くと、チョコに切りつけた。チョコも巫女服の袖からフェイザーブレードを抜き出し、その一撃を受ける。これが頼香や来栖では力負けして吹っ飛ばされるところだが、チョコはびくともしない。そのまま数合光の刃を交わしたかと思うと、隙を見て懐に飛び込んだチョコが、守備隊長を一気に持ち上げた。
「おおおおおおぉぉぉぉっ!?」
 驚嘆の声が湧いた。何しろ、相手はパワードスーツを着込んでいて、重量は200キロを軽く超える。それを持ち上げたのだから、チョコのパワーは尋常ではない。
「とぉ♪」
 そのまま彼女が相手を壁に叩きつけようとした時、焦った頼香の声が飛んだ。
「待て、チョコ! その建物は傷つけちゃダメだ!!」
「え?」
 チョコが動きを止めた一瞬の隙を突いて、守備隊長は反撃に出た。背中についている宇宙戦用のスラスターのスイッチを入れたのだ。
「きゃーっ!?」
 パワードスーツの背中から吹き出る炎をまともに浴び、チョコが一瞬で火達磨になる。あまりに凄惨な光景に、沙海が思わず顔を背けた。しかし、それだけでは守備隊長の反撃はやまなかった。チョコの力が緩んだのを見計らい、スラスターのパワーで5メートルほど上空に飛ぶと、身体を反転させ、同時にスラスターの出力を最大にする。その推力と重量を加え、地響きを立てて、守備隊長は地面にめり込んだ。火達磨のチョコを下敷きにする形で。
「な、なんだかわからないが、強敵だった…」
 守備隊長がそう呟いた時だった。突然、何もしないのに身体が持ち上がる感覚があった。
「え? ま、まさか!?」
 守備隊長が信じられない思いで叫んだその時、押し潰されたはずのチョコが再び彼を持ち上げた。巫女装束を着るために一時解除してあったDOLL装甲を身に纏い、目には涙を浮かべている。
「痛いし、重いじゃない! それに、服燃やしちゃって、帰ったら船長に怒られるでしょ!!」
 チョコの言葉の意味は守備隊長にはさっぱり理解できなかったが、彼女がものすごく怒っていることだけは、良く理解できた。
「ま、待て…」
 降参する、と彼が言うより早く、チョコはジャンプした。そして、守備隊長に思い切り怒りのパイルドライバーをぶちかます。再び地響きがして、土煙が舞い上がった。それがおさまってみると、守備隊長は下半身を残して地面に埋まり、犬○家の一族状態と化していた。
「ふんだっ」
 チョコが彼を一睨みすると、頼香が駆け寄ってきた。
「お疲れさま、チョコ。お子様ランチの件は任せておいてくれ」
「うんっ♪」
 幸せな単語を聞いた瞬間、チョコの怒りは霧散した。一部始終を見ていた沙海とアランは、思わず言い交わしていた。
「お、恐ろしいところですね、連合と言うのは…」
「間違いなく友好を結ばなくてはいけませんね」
 チョコは別に連合の人間ではなく、従って沙海たちが脅威に感じる必要はないのだが、残念な事に、ここに彼らの誤解を解いてくれる親切な人はいなかった。
 ともあれ、研究棟に通じる最後の関門は排除された。しかし、そこで5人娘とフレンドシップ党を待っていたのは、意外な事実だった。

「そんな…原虫がいない? ここでは培養されていなかったっていうんですか?」
 培養施設のモニターを見た果穂が唖然とした声を出した。培養タンクの状態を示すモニターには、超エキノコックス原虫どころか、普通の酵母さえいない事が表示されていた。念のため、タンクのある部屋を完全密閉した上で、遠隔操作で蓋を開いてみたが、中には水一滴残っていなかった。もう相当長い事使われていなかったようだ。
「信じられない。こんな固い守りを敷いているからには、絶対にここが拠点だと思ったんだが」
 アランが頭をかきむしった。
「予防薬は、冷蔵庫に残っていたよね」
 来栖の言葉に、かわねこは考え込んだ。
(すると、ここにいたのは、予防薬を守る部隊だったのかにゃ? 重要性を考えればありえないことではないにゃ。でも、何かが引っかかるにゃ?)
 かわねこは周囲の雑音を極力意識的にカットし、思考を続ける。
(そうにゃ。タンクが使われていなかったと言う事は、元々ここには超エキノコックスはなかった、と言う事だにゃ。とすると、原虫はもっと別の場所に保管されている事になるにゃ)
 次第にかわねこの心の中で不安が広がっていく。
(考えてみれば、超エキノコックスなんて危険な病原体を扱うのに、ビール工場改造施設では、役者不足もいいところにゃ。タンクのある部屋も密閉されていなかったし…ボクが管理を任されるなら、原虫はもれても絶対に被害の出ない所に保管するか、もしくは…)
 そこまで考えた瞬間、かわねこは全てを悟った。同時に、文字通り全身の毛が逆立つ。その尋常でない様子に気づき、緒耶美が心配そうに聞いてきた。
「がお? 大丈夫ですか、ご主人様。顔色が悪いですよ?」
「あ…大丈夫にゃ。ボクに関しては…大丈夫じゃないのは、今の状況にゃ」
 かわねこはそう答えると、沙海のほうを向いた。
「沙海さん、まずい事になったにゃ。たぶん、原虫はここには…いや、クロムジーには存在しないにゃ」
「え?」
「どう言うことだい?」
 沙海とアランが戸惑った声を上げた。かわねこは自分の推論を順を追って説明した。
「超エキノコックスは危ない上に扱いの難しい病気にゃ。保管する身から考えれば、絶対に漏れても大丈夫なところに保管するはずにゃ。究極的に考えると、それは惑星上ではないことになるにゃ」
「まさか、宇宙か!?」
 頼香の言葉に、かわねこは暗い顔で頷いた。
「そうにゃ。宇宙空間に、頑丈なカプセルに入れて漂流させておくのにゃ。予防薬が行き渡って安全が確保されてから、はじめてそれを回収して使うと見たにゃ。もしくは、微生物を安全に保管できる病院船みたいな船に載せて置くと言う手もあるのにゃ」
 かわねこの説明を聞いた沙海が頷いた。
「そう…そうだわ。地上で病気を撒くより、宇宙から降りてくる途中で撒けば、原虫は風に乗って、数日で惑星全土に広がる…そうすれば、短時間にこの星の全域でアウトブレイクが始まる。トライン協定側には打つ手はないわ」
「さんこうとすいんげる号に連絡しましょう」
 果穂が言った。
「それだけじゃなく、あいくるやワールウィンドにも。とにかく、船のセンサーを使って、急いで怪しげなカプセルなり船なりを発見しないと…でないと、手遅れになります!」
 その時、突然外で激しい爆音が轟き、地面が揺れた。同時に、複数の悲鳴のような報告が飛び込んできた。
「こちらAPC02、敵の攻撃を…うわぁ!」
「フォースDよりフォースAリーダー! 連邦軍と思われる敵部隊だ! 包囲されている!!」
 アランはその言葉を受けて、非常階段を使って研究棟の屋上に駆け上がった。そこで見たものは、工場の周囲をぐるりと取り巻く大部隊だった。
「いつの間に…!」
 遅れてやってきた沙海が思わず絶句する。その時、スピーカーを通して敵の指揮官からの勧告が聞こえてきた。
「工場を襲ったテロ集団に告ぐ。貴様らは完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて降伏せよ! 回答は一時間だけ待ってやるが、その後は容赦なく殲滅する!!」
 アランは沙海を見た。
「どうします? 党首」
 沙海の目に迷いはなかった。が、表情は何か気がかりな事があるように憂いの色を浮かべていた。
「私は降伏しません。でも…」
 彼女がそこまで言った時、アラン以外の幹部が口々に言い始めた。
「おっと、そこから先は言いっこなしだぜ、党首」
「ここに、降伏を選んで出て行く腰抜けはいないですよ」
「最後までお付き合いさせていただきます」
 沙海は笑った。「降伏したい人がいるなら、止めない」と彼女は言おうとしていたのだ。同時に、熱い思いが彼女の目にあふれてきた。
「ありがとう、みんな…これからもよろしくね」
 沙海は「これからも」に力を込めて言った。ここで終わりにしない、と言う彼女なりの意思表示だった。
「もちろん、ボクたちも付き合うにゃ」
 かわねこが言った。そして、コミュニケーターを取り出す。
「たった今、星系境界線に待機中の強襲艦に連絡をとったにゃ。4時間…いや、3時間半持ちこたえれば、連合海兵隊の一個中隊が駆けつけてくるのにゃ。それまで粘ればこっちのものにゃ」
 精鋭部隊の代名詞、連合海兵隊の増援と言う言葉に、フレンドシップ党員たちの士気は大いに高まった。
「ありがとう、かわねこちゃん」
 沙海は微笑むと、一同を見渡した。
「みんな、ここが正念場です。クロムジーの明日のために…戦い抜きましょう!」
『おうっ!!』
 砂漠の星空に、怒涛のような鬨の声がこだました。


星系境界線

 かわねこからのエマージェンシー・コールを受け、ワールウィンドを旗艦とするTS9派遣艦隊は既に星系境界線を突破し、クロムジー領海に踏み込んでいた。各艦とも星系内航行速度の上限をだしており、レーダー・センサー類を全開にしている。
「レーダー・センサーに反応ありません。引き続き捜索を実施します」
「そう焦らなくて良い。目標は必ずクロムジー近辺に来るはずだ」
 索敵オペレーターの報告を聞き、艦長シェリル少佐は言う。生物兵器の攻撃目標がクロムジーである以上、それは絶対だ。
「とは言え、早く見つけるに越した事はないが…」
 シェリルは呟いた。そこへ、索敵オペレーターが緊張した声で報告する。
「艦長、レーダーにコンタクト。同盟のクロムジー監視部隊の艦艇と思われます。データベースとの照合結果は…イスカローテ級駆逐艦。艦数3」
「こちらを発見して出て来たようだな…敵コースから接触までの時間を逆算」
 ネルソン副長が命じると、航海科員が素早くコンソールのキーボードを叩いた。
「接触まで2時間、予想される接触ポイントは第五惑星軌道付近です」
「わかった。連合の監視部隊の動向は?」
 シェリルの質問に、索敵オペレーターが「変化なし」の報告を返した。シェリルはネルソンの方を向いた。
「副長、うちの動きをどう見る?」
「やはり、強硬派の息が掛かっていると見て間違いないでしょう。かわねこ少尉の報告より、こちらの動きが強硬派に筒抜けになっているのは確実ですから、同盟に我々を阻止させて、漁夫の利をさらうつもりです」
 ネルソンは状況を分析して見せた。その内容はシェリルのそれとほぼ一致していた。
「そうだろうな…いっそ、同盟に事情を話してみるか? 上手くいけば、こっちの味方になってくれるかも知れんぞ」
 シェリルが言うと、ネルソンは苦笑した。
「向こうも強硬派だったら逆効果ですがね…しかし、味方よりもて…おっと、他国人の方が信頼できるかもしれないとは、嫌な話ですな」
「全くだ」
 シェリルも苦笑を返すと、通信オペレーターに命じた。
「あいくるへ通達。同盟艦隊の動きを牽制し、本隊の行動を援助せよ。ただし、先制攻撃は不許可」
 短い「了解」の返事と共に、あいくるが艦隊を離れる。あいくるは良く司令の座乗艦に使われるだけに、乗員も優秀だし、艦長も司令の機動戦術を良く心得ている。駆逐艦を3隻牽制するくらいならやってのけるだろう。
 シェリルの期待通り、あいくるは不断にコースを変えつつ、同盟艦隊に対する光子魚雷の射点につくように機動した。同盟艦隊の隊列が乱れ、あいくるを包囲撃破しようとするように動くが、その時には、あいくるは既に同盟側の射程外に去っている。同盟艦隊が再び本隊に向けて移動しようとすると、あいくるは背後から襲撃するような動きを見せ、同盟艦隊を牽制した。
 その繰り返しで、4隻はまるでダンスを踊るように複雑に動き回りつつも、一定の宙域にくぎ付けにされていた。その間に、ワールウィンドとわいるど・きゃっとは第六惑星軌道を突破し、到着時間を短縮するために軌道を変更した。
 その直後、新たなコンタクトが発見された。
「第五惑星からクロムジーに向かう途中の軌道上に、大規模な船団…いえ、曳航型貨物船と見られるコンタクトを発見」
「曳航型だって?」
 ネルソン副長が聞き返した。すいんげる号のように船内に貨物スペースを持つ密閉型貨物船に対し、曳航型は船外に貨物コンテナを接続し、宇宙空間を曳航するタイプの貨物船だ。推力が続く限り無限に貨物を運べると言う利点はあるが、反面貨物の安全性を保つのが難しい。
「はい、コンテナを15ないし20曳航中…あ、コンタクト消失。クロムジーの影に入った模様」
「艦長、これは…」
 ネルソンはシェリルを見た。
「ああ、くさいな」
 シェリルも頷く。ここまで、ずっとその貨物船はワールウィンドと自分の間にクロムジーを挟む事で、レーダー・センサーに捉えられる事を防いでいたのだろう。それに、曳航型ということは、万が一事故が起きてコンテナが破壊されても、船本体には被害が出ない。つまり、超エキノコックスのような危険物を運ぶのに都合が良いと言う事だ。
「よし、その貨物船を押さえよう。わいるど・きゃっとは直進して、クロムジーに急行せよ。本艦は貨物船へ向かう」
『了解!』
 わいるど・きゃっと艦長のばっくす少佐がやる気に満ちた声で返事をすると、彼の艦は猛スピードでクロムジーに向かい始めた。それを見届け、シェリルは謎の輸送船に艦を向けさせた。


惑星クロムジー ビール工場跡

 工場を包囲した連邦軍は、きっかり一時間後に攻撃を開始した。戦車が大口径のフェイザーキャノンを放ち、工場の建屋を次々に爆砕する。破片と爆風がフレンドシップ党員たちを薙ぎ倒した。しかし。
「撃ち返せ!」
 アランの命令を受け、最初の奇襲を生き延びたフレンドシップ党の戦車とAPCも砲撃とミサイルで対抗した。たちまち、両軍は爆発の炎と黒煙に包み込まれ、衝撃波が周囲の砂漠を馴らすようにして駆け抜けた。
「こ、これが陸上戦…」
 宇宙戦とはまったく違う、原始の昔から変わらない陸上部隊の荒々しい殴り合いは、それを始めて経験する頼香を圧倒していた。気丈な彼女ですら息を呑む光景に、来栖と果穂は抱き合って恐怖を忘れようとしていたし、緒耶美はかわねこにすがって必死に叫びだすのをこらえていた。
「押されているな、さすがに」
 アランは戦況を見て呟くと、沙海のほうを見た。
「僕は前線で指揮をとります。党首はここで待っていてください」
 やはり青い顔をした沙海がこくんと頷く。アランは一、二歩歩き出して、それから何かを思い出したように立ち止まると、かわねこに言った。
「かわねこ少尉、党首を守ってくれ」
「…わかったにゃ」
 かわねこは頷いた。アランは安心の笑みを浮かべると、残っていた部下を引き連れ、研究棟を飛び出していった。後に残された6人の少女たちは、四方から聞こえてくる砲声と銃火の響き、そして時折地面を揺らす爆発の衝撃に耐え、その場でじっと待っていた。
「…くっ、ちょっと様子を見てくる」
 やがて、我慢しきれなくなった頼香が、例の非常階段を駆け上がり、研究棟の屋上に出た。そして、そこに展開されている悲惨な光景を見て、息を呑んだ。
 車両同士の戦いは既に決着したらしい。フレンドシップ党側の戦車やAPCは残らず破壊され、煙を吐いて燃えていた。一方、連邦軍側はまだ7〜8台の戦車が残っていて、瓦礫や建物の窓から銃撃を浴びせるフレンドシップ党員たちを制圧している。それは、もはや戦闘とはいえない、一方的な攻撃だった。
「ちくしょう、何とかならないのかよ…あの戦車さえつぶせば」
 頼香はうめいたが、彼女のオーラブレードでは戦車は壊せない。その時、残っていた5人もやはり屋上に駆けつけてきて、状況を確認した。
「果穂、あの戦車をどうにかできないか!?」
 いきなりの頼香の質問に、果穂は眼鏡をくいっと押し上げながら答えた。
「なくもない…です。これを見てください」
 果穂はポシェットからちょうど手のひらに握りこめるくらいの大きさの、金属製のカプセルのようなものを取り出した。
「これは私が作ったコンピュータを麻痺させる対電脳手榴弾です。これをぶつけてやれば、戦車くらいはもう動けなくなるはずです」
「なるほど、それは良いな。貸してくれ」
 気負いこむ頼香。しかし、果穂は逡巡した。
「でも、これは手で投げてぶつけるしかないんです。投げて届く距離と言うと、あの戦闘の真っ只中に飛び込むことになります。いくら頼香さんでも…」
 それを聞くと、頼香はにやっと笑った。
「大丈夫、投げるなんて手間はかけないよ。上から落とせば良いのさ」
「え?」
 果穂がその言葉に戸惑うより早く、頼香は自分のオーラスティックにまたがると、飛行モードを起動した。ふわりと高さ1メートルほど浮いた頼香が手を差し出す。
「早く貸せ、果穂! 時間がないぞ」
 それを聞くと、果穂は対電脳手榴弾の半分を頼香に渡した。そして、決意を秘めた目で頼香を見た。
「わかりました。でも、頼香さん一人を行かせませんよ。私も行きます」
 その言葉と共に、頼香と果穂の手から、来栖が手榴弾の一部を掴みとった。恐怖で震えてはいるが、それでも笑ってみせる。
「ふ、ふたりだけで行くなんてずるいよ。わたしも付いて行くからね」
「…ああ!」
「そうですね、私たち三人はいつでも一緒です」
 頼香と果穂、来栖はしっかり手を握り合うと、次々に空中の人になった。
「かわねこ、緒耶美ちゃん! 沙海さんを頼む!」
 頼香が叫んで空を駆けて行き、果穂と来栖も後に続く。魔女っ娘的イメージを強調した果穂デザインのオーラ戦闘衣もスティックも、今はまるで天を駆けるワルキューレのごとく勇ましい。
「う、ずるいにゃ…三人だけの世界を作るなんて」
 言葉をはさみ損ねたかわねこが呟くと、緒耶美が少しズレた事を言った。
「大丈夫です! ご主人様には私がいます!」
 戦場の恐怖を忘れているのは、かわねこへの愛ゆえか、それとも馴れか。ともかくかわねこは苦笑した。
「いや、そういうことじゃなくてにゃぁ」
 それでも慕われる事は嬉しいので、何か礼を言おうとかわねこが口を開きかけた時、沙海が割り込んできた。
「かわねこ少尉、緒耶美ちゃん…私は…私も前線に行きます」
「え?」
「がお?」
 思わぬ言葉に驚く二人に、沙海は力強く言葉を連ねた。
「私は平和を求めて立ち上がり、みんなはそれに賛同してくれました。そのみんなが今、平和のために戦っています。私には戦う力はないけれど、せめてみんなのそばにいたいんです。それが、私にできるせめてもの事です」
 かわねこは頷いた。同じ人の上に立つ身として、沙海の気持ちはよく理解できたからだ。だから、彼女はそうしたリーダーに出会ったときの部下の気持ちとして、もっとも素直なものを口にした。
「わかりましたにゃ。貴女の安全は、ボクが守りますにゃ」
「わたしもです」
 緒耶美も答える。沙海は涙の滲んだ目で、二人の年下の少女を見た。
「ありがとう…本当にありがとう」
「さ、行きましょうにゃ」
 こうして、三人のけも耳娘もまた、爆炎轟く戦場の中へと踏み出していった。

 一方、頼香たちは見咎められる事無く、敵陣の上空に飛び込んでいた。先頭を切っていた頼香が、果穂に教わった操作の通りに対電脳手榴弾のスイッチを入れた。
「こいつ、調子に乗るなよ!」
 そう叫ぶと、頼香は手近な戦車に手榴弾を投げつけた。それは狙いを過たずに命中すると、一瞬激しい火花を飛び散らせた。
 それだけで、今まで覇王の如く大地を踏みしだいていた戦車は、のめるようにして動きを止めると、ハッチが開いて中から戦車兵がわらわらと逃げ出してきた。それを追うように白煙が噴き出してきたのは、中で電子機器が火でも噴いたためらしい。
 もう一台、来栖の狙った戦車も同じ目にあっていた。残念ながら果穂の投じた一発は狙いを外していたが、戦車二台があっという間に戦闘不能になった事で、連邦軍に動揺が走っていた。
「よーし、この調子で行くぜ!」
 頼香が叫ぶ。更に彼女が一台、果穂が一台を仕留めたところで、ようやく上空を飛び回る人影に気づいたものがいたらしい。戦車の対空用フェイザー機関砲や、狙撃兵のライフルが三人娘に向けられたかと思うと、一斉に火を吐く。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
 命中こそしなかったが、衝撃波で三人は激しく揺さぶられた。とてもではないが、狙いをつけて手榴弾を投げられる状況ではない。
「あ、あ、あと半分っ、なの、にっ!」
 必死に対空砲火を避けながら、頼香が叫んだ。しかし、その様子はフレンドシップ党にも認識されていた。
「あの娘たちを援護するんだ。対空砲火をつぶせ!」
 アランが指揮をとっていた瓦礫の陰から命じると、フレンドシップ党員たちは機関砲の操作手や狙撃兵たちに攻撃を集中させた。ある者は倒れ、ある者は慌てて遮蔽物の陰に身を隠す。
「ありがとう、アランさん!」
 来栖が叫びながら手榴弾を投げ、また一台を撃破した。頼香と果穂も負けじと爆撃を続ける。十分後、連邦軍の八台の戦車は残らず動かない鉄屑と化していた。
「やったぁ!」
「これで条件は五分五分だぜ!」
 喜ぶ頼香たち。しかし、その一瞬の隙を突いて立ち上がった狙撃兵が放った一発が、頼香のオーラスティックを直撃した。
「おわっ!? うわああぁぁぁぁ!!」
 その狙撃兵は直後に撃ち倒されたが、頼香もまた、ショックで錐揉み状態になって墜落する。必死になってスティックを操作したが、結局彼女は落下速度を殺しきれず、工場の敷地にしりもちを突くようにして落ちた。
「あいたたたた…」
 左手とひざで身体を支えつつ、頼香は打ち付けた腰を右手で撫でた。彼女のところへ駆けつけてくるも、何故か赤い顔で立ち止まるフレンドシップ党の衛生兵。そこへ、果穂と来栖が降りてきた。
「頼香ちゃん、大丈夫!?」
「うーん、大丈夫。骨に異常はないようですね」
 純粋に心配する来栖に対し、果穂は怪しげな手つきで頼香の腰の辺りを撫でまわした。
「うわっ! 果穂、変なところ触るな!!」
 怒る頼香に対し、果穂がニヤリ笑いを浮かべて言う。
「大丈夫、ただの痛みが和らぐおまじないです。早く腰を治して立ってもらわないと、可愛いぱんつが他の人に丸見えになってしまいますからね」
「…へ? あ、うわあっ!」
 頼香は慌てて立ち上がった。このオーラ戦闘衣、下は超ミニなので、油断すると即下着が見えてしまうのだ。
「果穂ぉ! そういうことは早く言えよな!!」
 衛生兵に思い切りパンツを見られたことに気づき、真っ赤になる頼香。その衛生兵は、明後日の方向を気まずそうに見ている。だが、その表情が明るくなった。
「沙海さん!」
 彼の叫びに、全員の視線が一点に集中した。そこには、かわねこと緒耶美に付き添われた沙海の姿があった。
「党首! 沙海さん!! 危ないじゃないですか! 下がっていてください!!」
 アランが飛び出してきて彼女に詰め寄ったが、沙海は不退転の覚悟で首を横に振る。
「嫌です。邪魔にはなりませんから…みんなのそばにいさせてください」
 僅かの間、沙海とアランの視線が交錯したが、先に目を逸らしたのはアランだった。
「…わかりました。貴女は言い出したら聞かない人ですからね…その代わり、僕が貴女を守ります。良いですね?」
「はい」
 沙海は先程かわねこに同じ事を言われた時よりも、ずっと嬉しそうに頷いた。照れくさそうにそっぽを向くアランに、周りの党員たちが大歓声を上げる。
「いやはや、青春だにゃあ」
「まったくですねぇ」
 かわねこと果穂がうんうんと頷く。そんなほのぼのとした空気も、長続きはしなかった。
「て、敵の増援! ヘリコプター部隊です!!」
 見張りの悲痛な叫びが全員を凍りつかせた。どうやら、フレンドシップ党手強しと見た包囲部隊が呼び寄せたものらしい。攻撃ヘリは戦車以上に歩兵にとっては天敵だ。攻撃が始まったら、数分でここにいるものは皆殺しにされるだろう。
「くそ、ここまでか…」
 誰かがうめくように言う。死をもたらす虫の羽音のような、ヘリのローター音が迫ってくる。砂丘の稜線から彼らが姿を現し、数百メートル離れているにも関わらず、ダウンウォッシュで吹き飛ばされた砂が、工場の中にまで吹き込んできた。ヘリ部隊は機体の下に吊り下げたバルカンフェイザー砲の砲身をゆっくりと工場へ向け…
 次の瞬間、それらのヘリは次々と空中で爆発を起こした。あまりの事に、敵味方の全員が唖然とした表情でヘリだった火煙の塊を見上げる。すると、それを吹き飛ばすように、流線型の銀色の塊が5つ、砂漠の空を駆け抜けた。その機体にステンシルされた、ナース服を来たネコ耳少女のパーソナルエンブレムを見て、かわねこは叫んだ。
「キース少佐!?」
 そう、それはTS9戦闘艇部隊のエース、キース少佐の操る大気圏内外両用戦闘艇だった。ちなみに、ネコ耳ナースは奥さんのミセス・キース軍医少佐がモデルらしい。
『騎兵隊の出番には間に合いましたかな、司令代理』
「完璧においしいところを取って行ったにゃ、少佐」
 無線から流れたキース少佐の声に、かわねこが苦笑しながら答えた。さらに、上空に小さな銀色の点が出現したかと思うと、ぐんぐん巨大化して工場の方へ迫ってきた。やがて、それは流線型の、航宙艦としては小ぶりとは言え、200メートルに迫る巨体を砂漠の上空で静止させた。強襲艦わいるど・きゃっと。かわねこ武装親衛隊の天翔ける砦である。キース少佐の部隊を発進させたのも彼女だった。
『こちらは、惑星連合軍所属強襲艦、U.S.S.わいるど・きゃっとである! 現在、この星の制空権は本艦及び搭載戦闘艇が掌握した。戦闘を停止し、本艦の指示に従え!』
 全周波数帯で、艦長ばっくす少佐の声が響き渡る。数が少ないとはいえ、連合最新鋭の強襲艦と戦闘艇に対し、クロムジーの軍事力のほとんどは、20年前の大戦で放置された連合・同盟両軍の兵器を回収し、修理した旧式のものばかりだ。抵抗不能な相手に対して、包囲部隊の指揮官は、白旗を揚げざるを得なかった。
「おお、かわねこたん! そのビリキュアのコスはやはり萌えですな。まぁ、それはともかく、我がかわねこ武装親衛隊は、これより司令代理の指揮下に入ります」
「お疲れさまにゃ、ばっくす少佐」
 敬礼するばっくすに、かわねこは答礼を返して尋ねた。
「ところで、超エキノコックスは見つかったのかにゃ?」
「それに関しては、怪しげな船を見つけまして、現在ワールウィンドが対応中です。それより、ワイアード提督より伝言です」
 ばっくす少佐の答えに、かわねこは首を傾げた。
「提督が? なんと言ってたにゃ?」
「は、現在、提督と歌恩大使が、それぞれの国の上層部に対し、フレンドシップ党を政治団体として認めるよう交渉中です。また、これを機にクロムジー問題を片付けるため、我々には追って指示あるまで、現地での治安維持に当たれとの命令を受けました」
 かわねこの顔に笑みが広がった。
「それは何よりなのにゃ。あとは、シェリル少佐の手並み待ちだにゃ」
 そこで、状況の変化が飲み込めないでいるらしい沙海が問い掛けてきた。
「かわねこちゃん…いったい何が起きているの? それに、あなたいったい?」
 沙海の疑問ももっともで、確かに少佐に敬語で話し掛けられ、かつ彼らを指揮する少尉など、不自然極まりない存在だろう。が、かわねこはあえて自分の事には触れず、こう言うに留めた。
「大丈夫にゃ。沙海さんの望んだ未来が、もうすぐそこまで来そうになっている、という話にゃ」
 かわねこはようやく明け始めた空を見上げた。


惑星クロムジー近傍空域

 その時、シェリルとワールウィンドは不審貨物船に接近しつつあった。
「当該船に関するデータは?」
 シェリルが情報オペレーターに問い掛けた。さすがに、ここまで接近してくると、相手の様子が良くわかる。船体の後方に、その半分ほどの大きさの大型コンテナを20基連ねた姿は、まさに宇宙を行く巨大貨物列車といった風情だ。
「はい、テラン宙運所属の貨物船、ストーニー21。クロムジー難民支援団体のチャーターで、食糧輸送中…と申請された航海計画にはあるそうですが」
「曳航型貨物船で食糧輸送? おいおい、航海管制局の目は節穴か?」
 ネルソン副長が呆れたように言った。コンテナは対放射線防護措置をしてあるとは言え、曳航型宇宙船で運ぶ時は宇宙線にまともに晒される。食糧は密閉型で輸送するのが常識だ。
「ええ。それに、不審な点がもう一つ。あの船、貨物船にしては妙にエネルギーゲインが高いような気がします」
 センサー手が報告してきた。シェリルはそれらの報告を聞き、通信士に警告を発させた。
「こちら惑星連合軍所属、U.S.S.ワールウィンド。貴船の行動に不審な点あり。これより臨検を行うので、機関を停止し、本艦の指示に従え」
 臨検に協力するのは、民間船舶の義務だ。しかし、ストーニー21は全く止まる様子がない。ワールウィンドは更に二度、同じ警告をした後、最終警告を発した。
「こちらU.S.S.ワールウィンド。貴船は惑星連合航海法第10条に著しく違反している。直ちに停船せよ。然らざれば、本艦は実力を行使する」
 シェリルはその警告を出しながら、艦に第一級戦闘配置を命じた。止まる様子のないストーニー21を睨みつつ、威嚇射撃の命令を出そうとした時、センサー手が緊迫した声で報告した。
「ストーニー21のエネルギー、急速に上昇! 船の外装の一部が剥離…砲座の出現を確認!」
「艦長、あれは仮装巡洋艦ですよ!!」
 ネルソンが叫んだ。仮装巡洋艦とは、別に乗員がコスプレをしている巡洋艦ではなく、貨物船などに軍艦並みの武装を施したものだ。火力だけならワールウィンドを上回る。
「そう来たか! 操舵手、回避自由!」
 シェリルの命令で操舵手がランダム操艦に切り替えた瞬間、ストーニー21の発射した光子魚雷が、艦の至近を飛び過ぎた。シェリルは凄みのある笑みを可愛いとさえ形容できる顔に浮かべる。
「ずいぶん直截的な手に出てきたものだ。ならば、こちらも容赦はしない…接舷攻撃、用意っ!!」
 シェリルは牽制の反撃を命じながら、更に艦を接近させる。
「よし、牽引ビーム発射!」
 ワールウィンドから放たれた牽引ビームがストーニー21を捕捉し、両艦の間は一気に詰まった。ワールウィンドの艦底部に埋め込まれたアームフックが獲物を狙う猛禽の爪のように開く。
「今だ! アームフック打ち込め! 海兵隊、斬り込み用意!!」
 タイミングを見計らって打ち込まれたアームフックがストーニー21の外板に噛み付き、ワールウィンドに引き寄せると、斬り込み部隊突入用のパイプが続けて打ち込まれた。
「野郎ども、続けぇっ!!」
「おうっ!」
 バルトルッツィ海兵隊長が先陣を切って敵艦内に踊りこむ。が、パイプの打ち込まれた地点には既に敵の迎撃戦力が集結していて、激しい銃撃を浴びせてきた。その統制の取れた動きは、正規軍らしい質の高いものだ。
「ちっ、奴ら手馴れてやがるな。それに、マークは消してあるが…あれは俺たちの装甲宇宙服と同じもんだ」
 バルトルッツィは敵の様子を観察した。所属を隠すために装甲宇宙服は黒一色で塗りつぶしてあるが、装備、戦術、どれをとっても、彼の同業者…つまり連合海兵隊だ。
「馬鹿野郎どもが、悪事の手先に使われやがって、恥ずかしくねぇのか!!」
 バルトルッツィは大声で相手を罵ったが、その返答はフェイザーの一斉射撃で返された。

 無線を聞いていたシェリルは呟いた。
「苦戦しているようだな」
「そのようです…出られますか、艦長」
 ネルソンの言葉にシェリルは頷くと、彼に艦の指揮を委任し、艦橋を出た。そして、廊下を歩きながら言った。
「コンピュータ、転送装着」
 その瞬間、白い閃光と共に、彼女の服装は制服から真紅の装甲宇宙服に変化していた。動きを阻害しないため、最低限の装甲に留めたその服は、身体のラインがくっきりと出るセクシーなものだ。彼女がその服装で待機室に入ると、前がつかえているために突入できないでいた二個小隊の海兵たちが歓声を上げた。シェリルは手を上げて、その騒ぎを静める。
「静かに。これから我々は別働隊として行動する」
 そう言うと、シェリルは作戦を説明した。パイプを使わず、宇宙空間を通過して敵艦内に突入するという計画である。
「艦長、ハッチの破壊に時間が掛かりませんか?」
 第三小隊長が手を上げて質問したが、シェリルはそれに微笑みでもって答えた。
「まぁ、見ていろ。私に秘策がある」
 彼女がこういう芝居がかった仕草や台詞回しを見せる事は少ない。それだけに、一同にはその並々ならぬ自信を感じ取った。
「では、行くぞ」
 シェリルはそう言うと、艦外へ通じるハッチを開いて、宇宙空間に踊り出た。と言っても、遊泳していたのはごく僅かな時間で、すぐにストーニー21の艦体に降り立つ。それに続いて続々と海兵隊員が降りてきた。
「さて、ハッチは…あれか」
 シェリルが辺りを見回すと、少し離れたところに、大型のメンテナンスハッチがあった。しかし、こうしたハッチは弱点にもなるため、極めて強固に防御されている。素材自体が頑強なのはもちろん、鍵も機械式と電磁式を組み合わせたもので、そう簡単には開錠できない。大量の爆薬を仕掛けて無理やり吹き飛ばさないと開かない代物だ。
「艦長、どうするんですか?」
 第四小隊長の質問には答えず、シェリルはハッチに歩み寄ると、腰の剣をゆっくり抜き放った。以前の帰郷の際に、父サイラスから授けられたトマーク=タスの名刀である。まさか? と周囲の人間が思うより早く、シェリルは爆発的な気合を発した。
「はあっ!」
 そして、剣を真一文字に振り抜く。一瞬、ハッチは何事もなかったかのようにそこにあったが、やがて、縦に微かに線が入ったかと思うと、真っ二つになってフレームから外れた。
「…」
 海兵隊員たちがぽかーんと口を開けて見守る中、シェリルは刃に目を通して刃こぼれ一つないことを確かめた。
「さすがはトマーク=タスの名刀。良く斬れるな。フェイザーではこうはいかない」
 シェリルは満足げに笑うと、まだ呆然としている海兵たちに振り向いた。
「おい、何をぼっとしている? 行くぞ!」
「は、はっ!」
 海兵たちは我に返ってシェリルに続いたが、うちの艦長はどんどん変になっていくなぁ、と頼もしさと同時に怖さも感じていた。あれでは口説くのも命がけだ。
 ちなみに、ハッチを剣で破壊して突入すると言うのは、シェリルの父サイラスが前大戦末期に編み出した技である。とは言え、いかに達人でも、それに応える剣の存在がなければ、この技は使えない。重く取り回しの難しい高速振動剣だが、ふさわしい腕前の持ち主が使う時の破壊力は、フェイザーよりも破滅的だった。
 シェリルの突入により、戦局は一挙にワールウィンド側に傾いた。バルトルッツィをくぎ付けにしていた敵の背後から、ワールウィンドの別働隊が襲い掛かる。これにより、ストーニー21の守備部隊はたちまち壊滅状態に陥った。ワールウィンド海兵隊は勢いに乗って機関室や兵装準備室にもなだれ込み、これを制圧していく。そして、シェリルは艦橋を目指して前進していった。すると、前方に一人の男が立っていた。
「艦長か?」
 シェリルが尋ねると、男は無言で頷いた。
「そうか。では、貴官に降伏を勧告する。もはやそちらに勝ち目はない」
 シェリルが言うと、男はくっくっくっと笑った。何がおかしい? と睨みつけるシェリルに、男はポケットから何かのリモコンのようなものを取り出した。
「いや、たいした物だ。本来なら、こんな介入を受ける事無く、全てが片付いていたはずなのだからな…察知して止めに入ってきた事は評価しよう。だが、勝つのは我々だ」
 シェリルは嫌な予感が背筋に走るのを感じ、反射的に男の腕めがけて切りつけていた。しかし、彼女の刃が男の腕の筋を切り裂くより早く、彼はスイッチを押していた。
「貴様、何をした!?」
 腕を押さえてうずくまる男にシェリルが詰め寄った時、ネルソンから緊迫した声の報告が入った。
「艦長! 一大事です!! コンテナが分離して、クロムジーに向かいました。コンテナと言うよりも、大型のミサイルか何かだったようです!!」
「何だと!? 貴様、これが狙いか! コンテナのどれに病原体が入っている!! 言え!!」
 シェリルは激昂して男の首筋に刃を突きつけたが、彼は激痛に脂汗を浮かべながらも、勝ち誇った笑みで彼女を見上げた。その目を見て、シェリルは男が絶対にしゃべる気はないだろうと確信した。
「くっ…無駄な事をしている暇はないな。ネルソン、ただちに衛星軌道上のさんこうに阻止命令を出せ。我々の役目はここまでだ」
 それだけを言うと、最後の最後でしくじった悔しさを拳に込めて、シェリルは隔壁を殴りつけた。


惑星クロムジー衛星軌道上(ゼロ・アワーマイナス5分)

 クロムジーを背景に浮かぶすいんげる号の船倉ハッチが開き、そこから二週間振りにU.S.S.さんこうが姿を現した。その艦橋に転送の光が走り、急遽地上のわいるど・きゃっとを経由してきた頼香たちが姿を現す。
「頼香ちゃん、急いで。もうあんまり時間がないでちゅ」
 艦長席のもけが焦りの滲んだ声で言う。既にミサイルと化した20基のコンテナは、クロムジーの重力圏内に入ってきていた。これが大気圏に突入した時、クロムジーの200万人が命を奪われ、破局への引き金が引かれる。その阻止限界線まで、あと5分。地上に降りてしまったわいるど・きゃっととキース少佐の部隊は、もう迎撃に間に合わない。
「わかってる。もう俺たちの後には盾はないんだ。やるしかない!」
 頼香が答える。さんこうの全兵装が飛来するミサイルコンテナに向けられた…が、そこで果穂が悲痛な叫びを上げた。
「これは…まずいです。さんこうの火力では、ミサイルコンテナの全てを阻止できません! 破壊できるのは15発までです!!」
「えっ!? そんなぁ!!」
 来栖が叫ぶ。その時、正面ディスプレイにじーざ船長の顔が浮かび上がった。
『話は聞いた。俺の船も迎撃に回す。フェイザーしかないが、いざとなったら、船をぶつけてでも奴を止めてみせる』
 いつになく真剣な表情で言うじーざ船長に、頼香たちは顔を見合わせたが、すぐに頷いた。
「ありがとう、船長。でも、体当たりはダメだ」
 すいんげる号が大型船と言っても、100メートル近い大型コンテナの体当たりを食らってはただでは済むまい。頼香は止めた。しかし、じーざ船長は笑って首を横に振った。
『ありがとう、頼香ちゃん。でも、俺は知らなかったとは言え、陰謀に荷担しちまったんだ。責任は全うしなきゃな』
 そう言って、じーざ船長は返事も待たずに通信を切った。
「なかなか熱い男じゃないか…見直したぜ」
 からめるが呟き、全員が頷いた。


すいんげる号(ゼロ・アワーマイナス4分)

 一方、すいんげる号のブリッジでは、じーざ船長がにやけていた。
「いやぁ、言っちまったぜ俺。我ながらかっこよかったなぁ」
「かっこいいじゃないですよ。全く調子がいいんだから」
 カムラ少年が呆れたように呟く。
「冷めてるねぇ、君は。嫌なら、今から降りてもいいんだぜ」
 じーざ船長が言うと、カムラ少年はいかにも不本意だ、と言わんばかりの口調で答えた。
「今さらそうも行かないでしょう。最後までお供しますよ」
「そうか、悪いな」
 じーざ船長は頷くと、舵輪を握った。カムラ少年は排障フェイザーの管制装置に就く。
「よし、行くぞ」
「アイアイ、キャプテン」
 さんこうに続き、すいんげる号も迎撃に適した位置に動き始めた。


U.S.S.さんこう(ゼロ・アワーマイナス3分)

 さんこうは既に迎撃最適点に到着していた。破滅を載せた死のコンテナに向け、果穂が照準を合わせていく。全てをセットし終え、果穂は報告した。
「光子魚雷、フェイザー、射撃用意良し、照準セット完了!」
「撃ち方、はじめでちゅ!」
 もけの号令と共に、さんこうは艦体を震わせて光子魚雷を射出した。続いてフェイザーキャノンの一斉射だ。光子魚雷をまともに喰らったコンテナが、予想を越える大爆発を起こして砕け散る。続いて、フェイザーを受けたもう一基も。
「なんだ? あんなに派手に爆発するのか?」
 からめるが驚く。だが、次の瞬間、彼はもっと驚く事になった。生き残ったコンテナのハッチが開いたかと思うと、そこから無数と言って良いミサイルが、さんこうめがけて飛び出してきたのである。
「うわっ!? そ、そんなのありかよ!!」
 頼香が慌てて回避行動をとったため、命中弾は出なかったが、さんこうの二度目の攻撃もまた、全て空を切った。
「何てこと! これではすいんげる号の協力があっても、全部迎撃は…!!」
 果穂が絶望的な表情で叫んだ。その時、すいんげる号が動いた。


すいんげる号(ゼロ・アワーマイナス2分30秒)

「カムラ君、フェイザー射撃中止! ディフレクター、広範囲照射用意!」
 じーざ船長の唐突な命令に、カムラ少年が振り向く。
「何言ってるんですか、船長! ディフレクターじゃあれは壊せませんよ!!」
 収束すれば普通のフェイザーキャノンより破壊力に勝るディフレクターだが、広範囲照射ではデブリを弾くくらいの威力しかない。しかし、じーざ船長は説明する間も惜しいとばかりに大声で怒鳴った。
「つべこべ言わずにやれーっ!!」
「は、はいっ!!」
 カムラ少年は反射的に行動した。すいんげる号の船首からディフレクタービームが円錐状に放たれ、コンテナミサイルの群れを包み込む。衝撃でコンテナ群が揺れるが、もちろん破壊には至らない。だが、じーざ船長にはそれで十分だった。彼は通信機のスイッチを入れた。
「わかったぞ、頼香ちゃん! 4番、9番、13番のコンテナだけ、揺れが大きい!! 中身が軽いんだ。その3つが本命だ!!」
 コンテナは中身によって揺れ方が違い、積み込みにも曳航にも工夫がいる。じーざ船長はベテラン貨物船乗りらしく、その事を知っていた。
『ありがとう、船長!』
 無線の向こうから、頼香の元気の良い返事が聞こえる。美少女からの感謝の言葉はやはり良い、と、じーざ船長が思うより早く、彼に危機が迫っていた。ディフレクター照射を敵対行動とみなしたコンテナが、すいんげる号めがけてミサイルを発射し始めたのだ。鈍重な貨物船に対しては致命的な飽和攻撃。しかし、それでもやはり、じーざ船長は並みの船乗りではなかった。
「おおっ、この俺様をなめるなぁ!! なめて良いのはれも副司令だけだ!!」
 危ない事を口走りつつ、じーざ船長が舵輪を右へ左へと回す。さらに、カムラ少年もフェイザーを連射して、命中しそうなミサイルを撃破する。すいんげる号は大型貨物船であることが信じられないような敏捷な動きで、その猛攻を回避していった。


U.S.S.さんこう(ゼロ・アワーマイナス1分30秒)

 すいんげる号とはまた違った意味で、さんこうもまた苦闘していた。火器は全てをコンテナ破壊に振り向けなくてはならないので、頼香の操舵の腕だけで、ミサイルの雨を回避していく。しかし、複雑で激しい回避運動は、火器の照準を難しいものにしていた。
 それでも、果穂は遂に一つの病原体コンテナを射界に捉えていた。
「発射!」
 果穂が光子魚雷の発射スイッチを押す。飛び出していったそれは、ミサイルとコンテナで飽和した空間の中に開いた僅かな隙間を駆け抜け、4番の病原体コンテナを粉砕した。爆発と共に、何か白い煙のようなものが宇宙に撒き散らされるが、それも膨れ上がった爆炎に呑まれて、一瞬で焼き尽くされた。
「あと二個…9番は右舷上方22度、13番は左舷104度の方向!!」
 来栖がレーダー情報を伝える。
「頼香さん、13番の方が惑星に近いです! まずそれを!!」
「わかった!!」
 頼香が強引に艦の向きを変えた。果穂が邪魔なミサイルをフェイザーでなぎ払うようにして吹き飛ばし、コンテナめがけて光子魚雷を撃つ。が、命中の直前、割り込んできたミサイル搭載コンテナが、盾になって病原体コンテナを守った。
「なんていやらしいプログラミング。作った人は美少女に苦労させて喜ぶ悪趣味な人に違いありません!」
 果穂が真に彼女らしい悪態をついて更に光子魚雷を放った。今度は適当な割り込めるコンテナがなく、病原体コンテナの後ろ半分が斧で叩き割ったように分断された。前後に分かれたコンテナは他のミサイル搭載コンテナの軌道に割り込んでしまい、激突。立て続けに爆発する。
「果穂ちゃん、ナイスでちゅ!」
 一弾で三つのコンテナを屠った果穂の妙技に、もけが手放しの賛辞を送った。しかし、まだ9番のコンテナは健在だ。それが、今まさに阻止限界線…クロムジーの大気圏最上層部に突入しかけている。
「果穂ちゃん、早く!」
 来栖が急かすように叫ぶが、果穂は先程の魔弾を放った事で余裕が生まれたのか、冷静に狙いを定めていた。
「よし…今です!」
 果穂は3発の光子魚雷を放った。それはまっすぐにコンテナ目掛けて飛んでいく。ところが、その時信じられない事が起きた。
 大気圏の僅かな密度差の生んだいたずらか、コンテナが微かに沈み込んだのだ。必殺の光子魚雷は何もない空間を通り抜け、遥かな宇宙空間へ走り去って行った。
「え…」
 誰もが、空気が凍りついたように感じた。今やコンテナは大気との摩擦で赤々と燃え上がり、不吉な彗星のようにクロムジーの空を横切っていく。そして、コンピュータが無常にも宣告した。
『絶対阻止限界線、突破』
 もはや、迎撃は不可能だ。全ての努力は水の泡と消えてしまった。来栖が泣き出し、果穂がコンソールに突っ伏す。あと数十秒で、コンテナは成層圏に到達し、致命的な病原体を高層大気の流れに乗せて、惑星全土にばら撒き始めるだろう。
「ちくしょう…あきらめてたまるか! まだ手はあるはずだ!!」
 まるで葬儀場のような空気を振り払い、頼香が叫ぶ。とは言え、彼女も何かを思いついていたわけではない。ただ、諦めることを感情が拒んでいるのだ。戦場では諦めた者から死ぬ。あがくのをやめた時、人は本当に敗北する。彼女が多くの人に学んだ事だ。
 そして、その頼香の強い想いは、最後の…本当に最後の小さな奇跡の種を、彼女に見出させた。コンテナの突入コースを確認した頼香は、顔を輝かせ、通信機のスイッチを入れた。
「こちらさんこう! かわねこ、緒耶美ちゃん、聞こえるか!?」


ビール工場跡(ゼロ・アワープラス30秒)

 朝の光を背に、かわねこと緒耶美は砂漠に立っていた。遥かな高空を、不吉な輝きがまっしぐらに彼女たち目掛けて駆けて来る。間もなく、コンテナはこの工場の上空を通過する。
 既に、人々の間に迎撃の失敗は知らされていた。誰もが絶望に駆られた中で、頼香の通信を聞いたかわねこと緒耶美だけは、力強く、決意に満ちた目で空を見上げていた。
「かわねこちゃん、緒耶美ちゃん、何をするんですか?」
 決して希望を捨てていない二人に最後の望みを託すように、沙海が尋ねてきた。二人は振り向くと、人々を安心させるように微笑んだ。
「まだ、戦いは終わってないのにゃ」
「正義は最後に必ず勝ちます!!」
 そう力強く叫ぶと、二人は手を繋いで、全ての力と祈りを手に集中させた。オーラ増幅衣がそれに応え、爆発するように白と黒の輝きが膨れ上がる。朝焼けの光をも圧するその中心で、かわねこと緒耶美は叫んだ。
「ブラックサンダー!」
「ホワイトサンダー!」

 人々の間から、おおと言うどよめきが上がる。
「ビリキュアの美しい魂が!」
「邪悪な心を打ち砕くにゃ!」
「「必殺、ビリキュア・マーブルスクリュー!!」」

 かわねこと緒耶美の心が一つになり、凄まじいパワーが迸った。絡み合って天に昇る龍のように、白と黒の光が空に伸びていく。その光は、今まさに突入の最終段階に入ろうとしていたコンテナを直撃した。
 一見、コンテナには何の変化もないように見えた。最終突入シークエンスに従い、パラシュートが展開されて減速し、ハッチを開く。そこから突き出したノズルが、死をもたらす小さな病原体を大気中に撒き散らし始めた。
 それはゆっくりと舞い落ちながら、鳥や砂漠の生物に付着した。しかし、彼らが増殖を開始する事はなかった。オーラの力は生命の火。ビリキュアの強力なオーラの奔流は、所詮微生物に過ぎない超エキノコックス原虫たちの生命の火をかき消してしまうには十分だった。
 全ての役目を終えたコンテナが、証拠隠滅のために自爆して果てる。それは、不発に終わった陰謀を弔う送り火になって、クロムジーの空へ消えていった。


惑星テラン 惑星連合軍本部 第二方面軍管区司令部

 憲兵たちを引き連れたワイアード提督が入ってきた時、ルイス・ランカスター中将は抵抗しようとはしなかった。
「久しぶりだな、ワイアード。随分と大げさな挨拶だ」
「お主がそのような芝居じみた態度が似合う男か。それよりも、覚悟はできておるだろうな?」
 ランカスターの言葉に感銘を受けた様子も無く、ワイアード提督が言うと、ランカスターは鼻で笑った。
「ふン、俺の信念に変わりはない。トマーク=タスのイヌ共とは倶に天を戴くべきではないのだ。何故それがわからん、ワイアード」
「お前と同じように、ワシにも信念があると言う事だよ、ランカスター」
 ワイアード提督は静かに言い返した。
「連合と同盟はもう戦ってはならんのだ。あの二十年前の戦争でどれだけの人間が死んだか…覚えていないはずはあるまい」
 ランカスターの目が怒れる肉食獣のような輝きを帯びた。
「忘れるものか! あの戦争で、俺は家族を失った。それだけじゃない。戦友、部下、上官…みんなイヌ達に殺されたのだぞ! 俺には彼らのために復讐する権利がある」
「そんなものは有りはせぬよ、ランカスター」
 ワイアード提督は言った。その口調には、微かに哀れみの感情が込められていた。
「その憎しみが…お主の目を曇らせてしまったのだな。こんな…600万人の死者が出かねない謀略に手を染めるとは」
「…なに? 600万?」
 ワイアード提督の言葉に、ランカスターは怪訝そうな声を出した。彼のもとに届けられていたレポートには、事前にかわねぎ司令が計算したように、推定死者200万の数字が挙げられていたからだ。
「そうじゃ。これを見るが良い」
 ワイアード提督が放って寄越した資料に目を通したランカスターは、その途中から驚愕に目を見開き、わなわなと震え始めた。
「こ、これは本当か…?」
 それは、クロムジーに落ちた超エキノコックスに関する資料だった。そこに書かれているのは、今回回収された超エキノコックス原虫は全くの新種で、従来の予防薬が全く効かないばかりか、テラン人が感染した時のみ、致命的に劇症になるよう、品種改良を施されたものだった、と言う事である。つまり、彼の謀略が成功していれば、死んだのは200万のトマーク=タス人ではない。
 600万のテラン人…ランカスターの同胞であり、守るべき人々であった。
「お主は嵌められたんじゃよ、ランカスター…その復讐心を利用されてな」
 テラン人が全滅してしまえば、トライン協定は邪魔される事なく堂々と同盟の旗を掲げていただろう。開戦と同時にクロムジーは同盟に占領されて、連合軍を脅かす脅威になっていたにちがいない。それどころか、クロムジーから広まった疫病が、戦わずして連合に再起不能の打撃を与えていた可能性すら、否定できない。
 力が抜けたように椅子に座り込んだランカスターは、自嘲の笑みを浮かべた。
「そうか…俺の器と言うのは、所詮その程度か…」
 自分のした事が、戦争を有利にするどころか、敵にいいように利用され、亡国に繋がる道だった事を知り、ランカスターは一気に気力を失っていた。同行を願う憲兵の差し出した手に縋るようにして、彼は司令部を去っていった。
「痛みを背負っているのは、お主だけではないぞ、ルイス。お主がそれを知っておれば…ワシもこうしてまた一人、友を失う事などなかったじゃろうな…」
 その背中を見送り、ワイアード提督は呟いた。彼の表情もまた、苦いものに溢れていた。


エピローグ

 画面には熱狂的に喜ぶ人々がたった一つの単語を叫び続けている。

 クロムジー、クロムジー、クロムジー…

 その喧騒の中、レポーターが興奮が伝染したかのように、早口に喋りつづけていた。
『皆様、この叫びが聞こえますでしょうか? 今日、惑星クロムジーは新たな時代を迎えます。3年余り続いた泥沼の内戦に、ようやく終止符が打たれる日が来ました。あっ、たった今、内戦当事勢力の代表が、調印式の場に姿を現しました!!』
 白い布で覆われた壇上に、トライン協定代表、漠野道塵雲と、テラナー連邦の大統領が登る。二人はお互いに持ち寄った講和条約の書類にサインをし、それを交換して、握手を交わした。次の瞬間、観衆が故郷の名を叫ぶ声は、更に大きなものとなった。
『ご覧ください! たった今、内戦が正式に終結しました! 住民の平和を喜ぶ声が聞こえますでしょうか…!?』
 クロムジーの内戦講和条約調印と、暫定政府発足の記念式典が連合と同盟の全領域で放映されているのである。
 すいんげる号のクルーは、新たな航海の途上で。
 地球に帰った頼香たちは、さんこうでおやつを食べながら。
 それぞれの場所で、あの事件の事を思い出しながら、彼らは画面を見つめていた。
 そして、ここトマーク=タス大使館の応接室では、かわねぎ司令と歌恩大使が、茶を飲みながらテレビを見ていた。レポーターの声すらもかき消す歓呼を聞きながら、歌恩は茶を啜った。
「骨を折った甲斐がありましたわね、かわねぎ司令」
「ええ、全くで」
 歌恩の言葉に、かわねぎ司令は目を細めた。
 クロムジーをめぐる一連の事件から、はや一ヶ月が経とうとしていた。超エキノコックス散布が失敗に終わった事が確認されると、連合と同盟は事件の裏側に潜むものを炙り出すため、直ちに行動を開始した。仮装巡洋艦ストーニー21の乗員たちや、全く動こうとしなかった連合の監視艦隊は中央に召還され、厳しい取調べと査問を受けた。
 その結果、ランカスター中将一派の第二方面軍司令部要員はことごとく更迭され、主戦派の牙城は砂上の楼閣の如く崩壊した。
「しかし、ランカスター提督の謀略を知った上で、同盟は偽物を掴ませたわけですか…さすがですな。しかし、新型生物兵器の開発は、確か和平条約違反でしたな」
「ええ、約束を守らないとは、嘆かわしい事です」
 かわねぎ司令の言葉に、さらりと答える歌恩。しかし、超エキノコックスが新型だったことや、それがわざと盗ませたものだった事を連合にリークしたのは、実は彼女だ。これにより、陰謀をたくらんだ主体だった事で窮地に陥っていた連合は、同盟に対する交渉材料を手に入れ、同盟は主戦派に新型生物兵器開発の責任を取らせて更迭する事を、連合に確約する結果になった。
 歌恩にしてみれば、ライル少佐やミセス・キースなどの優秀な医学者を擁するTS9が新型超エキノコックスの事に気づくのは時間の問題であり、自分のリークはちょっとした手間を省いただけ、と言う事になる。
 ともかく、両国で主戦派の勢力が後退した結果、冷静に話し合いを進める余地が生まれ、クロムジー問題に新たな進展が見られることになった。
「…まぁ、暗い陰謀の話をしてても気が滅入るだけですし、少しは明るい未来の話題でも見ましょうか」
「意義なしですね」
 歌恩の提案に、かわねぎ司令は一も二もなく乗った。テレビでは、ちょうどその明るい未来の事が始まろうとしていた。
『…と言う事で、内戦における膨大な犠牲を出した事の責任をとり、我がテラナー連邦と…』
『トライン協定は、組織解体を行う事で同意しました。我々の最後の仕事は、それぞれが属する星間国家共同体に対し、組織解体を通告し…』
 テラナー連邦大統領と、塵雲盟主の言葉が続いている。彼らはそれぞれの陰謀に荷担した結果、完全に人望を失う事となっていた。
『以後、政権を新たに発足するクロムジー統一暫定政権に委譲する事になります。我々の責任はそこで追及されることになるでしょうが』
『我々は、それを甘んじて受けましょう。それが、故郷の新時代を築く礎になると、私は信じています』
 二人の旧時代の指導者たちの演説は終わった。そして、壇上に一人の女性が立った。その瞬間、またしてもレポーターの音声がかき消されるほどの大歓声が沸き、それが静まるまで、しばらく時間が掛かった。
『皆さん、クロムジーに生きる全ての皆さん。私がこの度、クロムジー統一暫定政府の主席に選ばれました、漠野道沙海です』
 大歓声。
『ありがとうございます。正直に申し上げて、私のような若輩者が、今後予定されている総選挙までの暫定的処置とは言え、一つの星を代表する地位に就くと言う事が、適当な事であるのかは、まだわかりません。ですが、選ばれたからには、精一杯努めさせていただく所存です』
 大歓声。
「なかなか立派な娘さんですね。推薦されたのが良くわかります」
 歌恩が言った。全星で僅か数千人と言う規模の組織だったフレンドシップ党の党首である沙海が、他の候補を押しのけて暫定政権の長になったのは、もちろん理由のないことではない。
 クロムジーの人々は、もはや戦いには疲れきっていたのだ。彼らの目に、一方の指導者の娘でありながら、親の方針に逆らい、信念の元に平和のために活動してきた沙海が、新時代を託すヒロインにふさわしいと見えたのは、当然の事でもあった。
 また、連合・同盟の話し合いの中で、現地調査に当たった多くの人間が、彼女をふさわしい人材に推薦したのも確かである。特に彼女を強く推したのは、もちろんかわねこ少尉だった。
「いやいや、本当に立派な娘さんでしたよ。この目で見てきた私が言うんだから、間違いないことです」
 強く言い切るかわねぎ司令に、歌恩はいたずらっぽい視線を向けた。
「あら、司令は向こうへ行きましたの? 行ったのは司令代理のあの娘だと記憶しておりますわよ?」
「うっ…げふんげふん…いやまぁ、何せ司令代理の報告が詳細なものでしてね、私もまるで自分の目で見てきたように感じたんですよ、ははは…」
 かわねぎ司令が苦しい言い訳をした時、沙海の言葉はクライマックスに差し掛かっていた。
『今後、クロムジーは同盟と連合、双方から自治権を認められた、独立した星として歩んでいく事になります。未だ内戦の傷は深く、人もこの3年間の憎しみをなかなか忘れる事はできないでしょう。ですが、手を取り合えば、大きな事を成し遂げられる…これは、素晴らしい仲間たちに支えられて来た私の信念です』
 沙海が、背後に控えるアランをはじめとする、フレンドシップ党の幹部たちを紹介した。大きな拍手が巻き起こる。
『今、敢えて独立の道を歩む事は、非常に困難な事です。ですが、私はそれが可能だと信じています。どうか、皆さんも信じてください。それが成し遂げられた時、新しいクロムジーは、平和と友情の代名詞となるでしょう。どうかその日まで、私に力を貸してください!』
 テレビが揺れるほどの大歓声と拍手が巻き起こった。それが、またひとつの単語に収斂していく。いや、今度はふたつだった。

 クロムジー、沙海、クロムジー、沙海、クロムジー、沙海…

 もちろん、クロムジーの未来は、平坦なものではない。独立はしたが、それは、連合と同盟が緩衝地帯…対峙する二国が直接衝突しないように設けられる中立地帯…としての役割を期待したからだ。戦火はやんでも、逆に暗闘は深まるかもしれないし、やはりどちらが優位を得るかの競争は続くだろう。
 それでも、沙海とその仲間たちが今日の情熱を失わず、未来に繋げていければ、きっと彼らの望む平和な時代がやってくる事だろう。かわねぎ司令も、歌恩も、そう信じていた。そして、自分たちもその後に…
「そういう意味では…私たちの戦いもまだまだ続きますわね」
「なに、それで平和が得られるのなら、望むところですよ」
 それぞれの立場で平和のために尽くした二人の指導者はそう語り合って、止まない歓呼をBGMに一時の休息に身を委ねたのだった。

-終-



あとがき

 と言うわけでお送りしました「星海のデッドヒート Episode:02 破局の阻止限界線」、いかがでしたでしょうか?
 前回が全編を通じて宇宙での艦隊戦を扱いましたので、今回は地上戦と陰謀劇をメインに据えてみました…と言っても、結局陰謀劇はどっかへ行ってしまったような(爆)。慣れない事をするものではありません。
 それともう一つ、前回は出せなかった宇宙貨物船すいんげる号のクルーたちも、メインに持ってきてみました。ちゃんとキャラのイメージが合っていると良いのですが。惜しむらくは、同じく前回出せなかった一人、キース少佐の出番が少なかった事ですが、まぁ、美味しい所を取ったので良しとしましょう。
 そして、今回のゲストキャラ、沙海とアラン君。なかなか良いカップリングで、書いていて楽しい二人でした。もし良かったらどこかで使ってあげてください。
 それでは、あるかどうかわからない「星海のデッドヒート Episode:03 タイトル未定」でお会いしましょう…と言って良いのかなぁ?

2004年 猛暑の続く日に さたびー




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