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 襲撃は唐突に、そして容赦なく行われた。
 船のワープナセルが2本とも突然出現した怪船の砲撃によって破損し、その直後に、転送によって侵入してきた襲撃者たちによって、通信室が制圧された。この間、わずか2分ほどの早業だった。救難信号を発する暇さえなかった。
 今、輸送船「ブロードスター」の船長は、彼から船を取り上げた者達の指示に従って、屈辱的な仕事をこなしていた。船倉に通じるドアのロックを、暗証番号を押して外して行く。15桁の数字を打ち込み、認証キーを押すと、すっと扉がスライドして開いた。
「どけ」
 襲撃者たちの長は、それでもはや用はない、とばかりに哀れな船長の身体を突き倒し、船倉の中に入った。そこには、無数のコンテナが積み上げられている。その一つを開き、襲撃者たちは満足そうな笑みを浮かべた。
「間違いない…事前の情報通りだな」
「すごいもんですね。これだけあれば、俺たちは大金持ちだ」
 部下の一人が漏らした言葉に、リーダーは眉をひそめてみせる。
「勘違いするなよ。こいつは金にするんじゃない…俺たちの名を天下に轟かせるために使うんだ」
「わ、わかってますよ、キャプテン」
 部下は身体を震わせ、リーダーの言葉に頷いた。どうやら、「キャプテン」と呼ばれるこの男は十分に部下に畏れられ、それ以上に心服されているようだった。
「よし、あまり手間取って余計な詮索が入る前に撤収するぞ」
「合点でさ」
 キャプテンの指示に従い、襲撃者たちは手際よくブロードスターの接収作業を進めた。彼らが乗ってきた怪船から曳航用のワイヤーが繰り出され、2隻をしっかりと結びつける。襲撃者の一部は監禁した乗員たちに代わって、ブロードスターのオペレート作業に入った。やがて、準備が整うと、怪船のブリッジでキャプテンが手を振り下ろした。それを合図にして、怪船と囚われのブロードスターはその場からワープして消え去った。

 貨物船ブロードスターの遭難は、その手がかりの少なさから、原因は事故とも海賊の襲撃ともつかず、捜索は困難を極めた。しかし、宇宙は広大であり、事件は多い。一時人々の関心を呼んだこの事件も、半年が経つ頃には、ごく少数の捜査チームを除けば、新聞のバックナンバーやニュースの映像メモリの中に眠るだけの、忘れられた存在となっていった。
 だが、事件が終わってしまったわけではない。引き起こされた波は、一度は細波となって消えていくかに見えたが、やがて激浪となって、再び世界を揺るがそうとしていたのである。




Trans Space Nine Side Story

星海のデッドヒート Episode:03

奈落を生む者たち


作:さたびー
絵:MONDO様






惑星ダイノン フリーマーケット

 市場は喧騒と人いきれに満ちていた。売る者も買う者も、少しでも大きな利益を上げようと、血眼になって値段交渉に忙しい。
 ここ、惑星ダイノンはTS9が属する第九方面軍管区の辺境にある。TS9とその管理するトランス・ワープチューブに通じる主要航路が通るため、あらゆる人と物資が集まってくる、辺境最大の貿易港だ。市場には入荷したばかりの物資が続々と並べられ、その端から売れていく。
 そんな市場のメインストリートを一歩でも離れると、そこは一見何の変哲もない住宅街のような風情を漂わせている。しかし、ここは表とはまた違った意味で、商売人同士が火花を散らす戦場なのである。看板すら出していない、店とは思えない所で、他では手に入らない掘り出し物をこっそりと売買していると言うことも珍しくはない。
 そんな一軒の闇屋…知っている人間の間では、「ヤンの店」と呼ばれている…に、一人のトレーダー(交易商人)が入って来た。店主のヤンは一瞬顔を上げ、ちらりとトレーダーを観察するが、挨拶一つしない。すると、トレーダーは何かをもごもごと呟いた。その瞬間、ヤンの顔つきが変わった。
「ほほう…早耳だね。確かにそいつはうちの話さ。こっちへ来てもらおうか」
 ヤンはそういうと、トレーダーを店の裏にある倉庫へと案内した。その一角に、手のひらサイズの銀灰色の金属のインゴットが十個積まれていた。
「手にとって見ても良いかい?」
 トレーダーの言葉に、ヤンは鷹揚に頷く。
「構わんよ。だが、変な真似はするなよ。ちょっとでもおかしな素振りを見せたら…」
 ヤンは葉巻を取り出し、軽く振って見せた。すると、一瞬紅い輝きが走り、葉巻の先に火がついた。ヤンはそれをくわえ、深々と吸い込むと、美味そうに紫煙を吐き出す。
「あんたの頭がこうなる」
「わかってるさ」
 トレーダーは頷いた。対人用フェイザーシステム。こうした店では一般的な、ちょっとばかり強力に過ぎる保安装置だ。そんなものにびびっていては、生き馬の目を抜く辺境の市場を渡っては行けない。トレーダーはインゴットを取り上げ、トリコーダーを軽くかざしてみた。
「ふむ…確かに高純度のタルタリウムだな」
 宇宙ステーションや航宙船に搭載されている人工重力発生装置は、高密度・高質量の物体を超高速で回転させる事により、重力波を発生させる。タルタリウムはその回転体の材料として最適の性質を持つ素材で、非常に希少な鉱物だ。
「幾らだ?」
 トレーダーが聞くと、ヤンは黙って両手を広げた。トレーダーは話にならない、と言った表情で首を振って見せた。
「高いな。相場はこんなものだろう」
 トレーダーが二本指を立てると、今度はヤンが先ほどの彼と同じ仕草を見せた。
「ニュース見てないのかね、トレーダーさん。ブロードスターの一件以来、この辺りじゃわしが出したのが相場さ」
 半年以上前に消息を絶った輸送船、ブロードスターには貴重なタルタリウムが300トンも積載されていた。それ以来、第九方面軍管区では確かにタルタリウムの市場価格が急騰してはいた。しかし、トレーダーも怯まない。
「けっ、馬鹿言ってんじゃないよ。半年も経ったんだ。そろそろ他の管区からのタルタリウム供給が来て、値崩れが起きるぜ。欲をかいて損をする前に、俺にこれだけで売りな」
 トレーダーが再度指を二本立てる。ヤンは一瞬黙った後、指を一本折った。
「ワシもこいつの仕入れには元手をかけてるんだ。これ以上は首を吊らにゃいかん」
 ヤンの弱気を、トレーダーは見逃さなかった。おそらく、彼もトレーダーと同じ分析をして、そろそろ売りぬく時期に来ていると感じていたのだろう。トレーダーは立てる指を三本に増やした。
「じゃあ、これでどうだ? 俺もあんたも損をしない。良い取引だと思うが」
 トレーダーの提案に、ヤンはしばらく考え込んだ…ふりをして、首を縦に振った。
「良いだろう。そいつはあんたのモンだ」
 取引は成立した。トレーダーは内心ほくそ笑む。もし4本で手を打ったとしても、十分儲けが出るルートは作ってある。それが3本で済んだのだから、大儲けだ。しかし、その笑みを仏頂面で消して、トレーダーは別のインゴットを手に取った。
「ま、しょぼい商いだが、お互いに食わにゃいかんからな…」
 そう言いながら、トリコーダーを当てる。一個が本物だったからと言って、残りも本物とは限らない。それが辺境の厳しさだ。二個…三個…と調べていき、全てが本物だと確認していく。が、最後の十個目を調べたとき、トレーダーは異常に気がついた。
 純度は申し分ないタルタリウムだ。が、インゴットの底面に微細な傷がある。傷があるからといって価値が下がるような物でもないのだが、トレーダーは好奇心に駆られて、傷のパターンを読んでみた。そして、一瞬顔色を変えた。
「…どうした?」
 敏感にその一瞬を捉えたヤンが尋ねてきたが、トレーダーはポーカーフェイスを取り戻して答えた。
「いや、ちょっとトリコーダーの異常だったようだな。こいつも買い替え時か…」
 ぼやくように言うと、トレーダーは持ってきたトランクから金を取り出し、代わりにインゴットを詰めた。
「じゃあ、確かに」
「また来てくれ。あんたとは良い商売ができそうだ」
 トレーダーの別れの言葉に、ヤンも片手を挙げて答える。トレーダーは足早にヤンの店を離れると、人気のないことを確認し、トリコーダーの記録を読んだ。例の傷のパターンである。それは、その荷物を積んでいた輸送船が捺していた検印を擦り取った跡だった。解析した後では、そのパターンはこう読めた。
「S.S.ブロードスター C−29240178」
 紛れもなく、行方不明になった船の積荷だった。トレーダーは画面を消すと、ぼそりと呟いた。
「こいつは…俺にどんな運命をもたらそうと言うのかな」


TS9 司令部大会議室

 しばらく平穏の続いていたTS9に事件をもたらしたのは、「かわねこ少尉あて」にワイアード提督からのホットラインがかかり、それを「かわねぎ司令が」受けて、ひとしきり悶着があった後の出来事だった。
 その電話に関する問題は、既に日常茶飯事なので、事情を知っているものは誰も気にも留めなかったが、その直後にかわねぎ司令が全士官の非常招集をかけたのには、さすがに誰もが無関心ではいられなかった…とは言え。
「れも副司令がいないのに、会議なんてやってられんなぁ」
 と言う不届きな感想を漏らす者も少なくなかったのだが。まぁ、どうせなら美人の女性士官に司会をしてもらうほうが有難みがあるというのは、男の悲しい性というものであろう。
 なお、れも副司令が不在なのは、30光年ほど離れた惑星ハーラットに出張しているからである。同行者はめるてぃ一人だ。
「あー、諸君、静粛に」
 ざわざわしている士官たちを前に、かわねぎ司令が演台をトントンと叩いて注意を促す。それを何回か繰り返して騒ぎが静まったところで、彼はおもむろに口を開いた。
「諸君、半年前の輸送船ブロードスター号の遭難事件を覚えているかね?」
 数人の士官がすぐに頷いた。あの事件の際は、TS9からも何隻かの艦艇が捜索のために派遣されていた。彼らはその乗組員だ。
「あの事件は手がかりの無さで今まで迷宮入りを余儀なくされていたが、このほど、惑星ダイノンで有力な物証が発見された。同船に積載されていた300トンのタルタリウムのインゴット、その一部が発見されたんだ」
 場がざわめいた。ほとんど手がかりが無く、「宙難事件史に残る難事件」とまで言われ始めていた今回の事件に、ようやく一筋の光が差し込んだのだ。
「せやけど…ダイノンとはおかしなところで見つかったものにゃね?」
 みけね・こーな少尉が首をひねった。ダイノンはブロードスターの遭難地点と思われる場所から、二十光年近く離れている。自然にインゴットが流れ着くような場所ではない。
「おかしいのはそれだけじゃない。このインゴットは闇屋で売りに出されていたんだ。ブロードスターの検印を消した上でね」
 再び場がざわめく。誰もがその意味を理解していた。
「つまり…こいつはブロードスターが遭難したんではなく、何かの犯罪に巻き込まれた…と、そう見て間違いないですな」
 オヤンジュ中尉の言葉に、かわねぎ司令は頷いた。
「連合軍本部や第九方面軍司令部でも同じ考えだ。そこで、我々に調査命令が下った」
 上部司令部からの命令に、場が静かになる。その中でキース少佐が手を上げた。
「調査とは、具体的にどの程度の範囲で?」
「まずは、闇屋がインゴットをどこから入手したか、その経路を探りたいね。そのためには現地に直接人員を送らねばならんが…」
 かわねぎ司令は居並ぶ士官たちを見渡した。その中で、なにやら言いたげな表情をした青年に、彼の視線が留められた。
「どうかしたかね? シューマッハ少尉」
 指名されたシューマッハは立ち上がると、かわねぎ司令に向かって言った。
「はい、調査班に参加を志願いたします!」
「君がかね?」
 かわねぎ司令は驚いてシューマッハの顔を見た。この青年士官は、戦術や戦略といった科目を専攻し、艦隊指揮官になる事を目指していたはずで、こうした情報収集などにはあまり向いていないと思っていた。
「アカデミーでは情報学も学びました。必ず役に立って見せます」
 かわねぎ司令はその言葉に危ういものを感じた。情熱の下に功名心が透けて見えると思ったのだ。
 シューマッハはアメフラードの叛乱やクロムジーの内戦と言った、TS9が最近直面した大事件においては、後方支援を担当し、地味ながら着実に成果を上げてきた。それは、彼にはそういう仕事が向いている、と判断したかわねぎ司令の眼力が正しかった事を物語っている。
 しかし、若い頃は得てして、最前線に立つ事だけが、功績に繋がる道だと思いがちである。彼がライバル…とは考えていないにしても、かなり意識しているであろう相手である頼香が二つの大事件で大きな活躍をしているだけに、功績を焦る気持ちが大きいのだろう。
 一瞬、かわねぎ司令はシューマッハの志願を却下しようか、と思った。しかし、ここで彼にも経験を積ませるべきかもしれない、と言う気持ちもあった。何といっても彼はまだ18歳だ。将来性はあるし、能力的にも伸ばす余地は大いにある。
「…ふむ…良いだろう。君の志願を認めよう」
 最終的に、かわねぎ司令はシューマッハの志願を認める事にした。艦隊指揮官や参謀の道に進むとしても、違う任務を経験させておく事は、彼にとってマイナスにはなるまい。ただし、放って置けば功を焦って自滅しかねない性格だけに、かわねぎ司令はもう一つ手を打っておくことにした。
「ただし、君はリーダーにはまだ早い。上官をつけるから、その下で働いてくれ」
「はっ、了解しました! それで、リーダーには誰を?」
 志願を認められ、喜色にあふれた表情で敬礼するシューマッハに、かわねぎ司令は既に決めてあった相手に声をかけた。
「頼香…ライカ・フレイクス少尉。君にダイノン調査班のリーダーを命じる」
「「ええ〜っ!?」」
 異口同音の叫び声が上がった。もちろん、頼香とシューマッハのものである。ただし、頼香のそれは困惑のものであり、シューマッハのそれは憤懣のものだった。
「お、俺がリーダーですか?」
 自分を指差す頼香。少し離れたところで、シューマッハが椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「承服できません、司令! 他の人ならともかく、フレイクス少尉だけはごめんです!」
 拒否の姿勢を示すシューマッハに、かわねぎ司令は静かな声で尋ねた。
「なぜだね」
「そ、それは…」
 シューマッハは口ごもった。理由はいろいろある。最大のものは、頼香が女の子で、しかも年下である事だろう。
 しかし、男女同権を当然のものとしている惑星連合の軍人として、それは口が裂けても言えない事だった。言えば、連合士官として失格であることを自ら告白するのに等しい。
「フレイクス少尉はアカデミーの卒業年次も任官も君より先で、さらに言えば成績も遜色ない。また、前線勤務…特に特殊作戦の経験も豊富だし、私としては実に適材適所の人材だと思うのだが」
 かわねぎ司令が頼香をリーダーに抜擢した理由をすらすらと挙げると、シューマッハはまったく反論できなかった。全て事実だからである。
 かわねぎ司令としては、そればかりでなく、お堅いシューマッハに頼香の示す臨機応変さを見習ってほしい、という隠れた理由もあった。
「でも…俺で良いんですか?」
 今度は頼香が聞いてきた。珍しく彼女が弱気…とは行かないまでも自信のなさそうな様子を見せているのは、二人の親友…果穂と来栖がいないからだろう。
 普段は一心同体のように一緒に行動している三人だが、今日は果穂が父親の会社で起きた難しい技術上の問題を解決するために助っ人として行ってしまい、来栖は両親の実家に遊びに行っていたので、頼香だけがTS9に来ていたのである。
「もちろん。理由は今言ったばかりだよ」
 かわねぎ司令は答えた。シューマッハに説明したのは紛れも無い本心と事実の表明だが、頼香を選んだ理由にも、やはり隠した部分はあった。彼女にも、そろそろ「仲間」ではなく「部下」を持って行動する事を覚えてほしかったのだ。
 頼香、果穂、来栖の三人の組み合わせがTS9でも屈指の実力を持ったトリオであり、困難な任務でも任せて心配の無い存在である事に変わりは無い。だが、今度の事でもわかるように、常に三人が揃うとは限らないし、いずれは頼香も昇進して部下を持つ事になるだろう。と言うより、今の扱いが異例なのであって、普通は少尉ともなれば、分隊長くらいは任されてもおかしくないのだ。
 若手二人に困難な任務を命じる事への不安が無いではなかったが、これを乗り切れば、頼香もシューマッハも一段と成長するだろう。かわねぎ司令はそこに期待していた。
「わかりました。任務、お受けします」
 まず最初に頼香が頷いた。表情にやる気が戻っている。信頼を寄せられると言う事は、人間の力を引き出すものだ。
「シューマッハ少尉、異存はあるかい?」
「いいえ…ありません」
 かわねぎ司令の質問に、シューマッハは首を横に振った。もともと彼が先に任務を志願したのだ。断れるはずが無かった。
「…という事で、組ませてもらう。足は引っ張らないでくれよ」
「そちらこそ、俺がリーダーだって事を忘れるんじゃないぞ」
 嫌味な口調で言うシューマッハに、頼香が負けじと言い返す。大丈夫なのかこの二人、と期せずしてその場の士官たちの考えが一致した。その中で、かわねぎ司令だけが、ライバル心が良い方向に作用してくれる事を期待していた。


惑星ダイノン

 頼香たちが乗る星間連絡船は、ゆっくりと惑星ダイノンの衛星軌道上に侵入しつつあった。地球やテランに似た、緑の多そうな星だ。
「へぇ…結構きれいな星だな」
 公害の酷いアメフラードや、砂漠のクロムジーと言った苛酷な環境の惑星を見てきた頼香にとって、地球に良く似た惑星の存在は新鮮に映った。
「辺境宙域で、ダイノンが中心からかなり外れているのに、物資の集積地になったのは、環境が良いからだ…それくらい習っただろう?」
 シューマッハが頼香の無知を馬鹿にしたように言うと、彼女は目を吊り上げた。
「うるさいな。それくらい知ってるよ。実際に見るのと聞くのとじゃ、感想に違いがあって当然だろ」
 民間人に紛れてダイノンに潜入するため、この星間連絡船に乗り込んだ二人だが、航海中はずっとこうして些細な事で睨み合っていた。その様子を周囲の人々が微笑ましそうな様子で見ているのは、兄妹ゲンカか何かと思っているからかもしれない。さすがに、11歳の頼香と18歳のシューマッハでは、痴話ゲンカには見えそうも無かった。
「…ふん、それで、到着後の予定は?」
 しばし睨み合った後、先に任務の話に戻したのは、頼香だった。
「現地にて協力者と合流の後、現場の店に向かう事になっている。待ち合わせの目印はハムスターのぬいぐるみだな」
 シューマッハが答えた。少なくとも任務に手を抜く気は無いらしく、仕事の話であれば頼香相手でも普通に受け答えをする。
「これか…司令の趣味は良くわかんないよな」
 カバンに付けられた、アクセサリーと言うには少し大きなハムスターのぬいぐるみを見て頼香が言う。この目印は言うまでも無く、かわねぎ司令が決めたものだ。
「相手がちゃんと見つけてくれれば良いけどな」
 そればかりは頼香と同感なのか、シューマッハが答えたが、それについ余計な一言を付け加えてしまうのが、彼の彼たる所以だろう。
「何しろ持ち主が君じゃ、人ごみに紛れて見えないかもしれないからな」
 コンプレックスになっている身体の小ささを揶揄され、頼香は一瞬でヒートアップした。
「何を!? じゃあ、お前がこれを頭の上に乗せれば良いだろ!?」
「お断りだ!」
 そのまま激しい口論…というか低レベルな口ゲンカに突入した二人だが、そこへ割り込む声があった。
「お客さん」
 静かだが有無を言わせぬ口調で呼びかけられ、頼香とシューマッハはその方向を見た。すると、そこには船の二等航海士が、額に青筋を浮かべて立っていた。
「まもなく大気圏突入なので、席に座ってシートベルトをお締めください…と言っているのですが、聞こえませんでしたか?」
 見れば、周囲の客たちは全員席に座り、二人をさっきとは違って非難の目で見つめている。
「し、失礼しました」
「すみません…」
 頼香とシューマッハは真っ赤になって席に着いた。


ダイノン宇宙港

「まったく…お前のせいで怒られたじゃないか!」
「僕のせいか!?」
 入星手続きを済ませた二人は、そうやってさっきのケンカの続きをしながら、宇宙港内を歩いていた。さすがに辺境最大の貿易港だけあって、旅客ターミナルも人でごった返している。活気と言う点ではTS9の港湾やプロムナードでも負けるかもしれない。
 ケンカしつつもその賑わいに感心していた頼香とシューマッハだが、そんな二人に声をかけてくる人物がいた。
「よぉ、ミキにカイトじゃないか」
 その名…二人のコードネームを呼んできた人物に、二人は視線を向けた。年の頃は四十代後半かと思われる男性で、背は低いが、身体はがっちりしている。顔もかなり美男子、と言って良い部類だと思うのだが、不精に伸ばした髭と、くたびれた軍用ジャケットと言う服装が、その好印象を打ち消していた。まぁ、「野性味のある風貌」と言う風に褒められなくもない、かもしれない。
「お久しぶりです、おじさん」
 シューマッハが如才なく挨拶した。が、その顔には胡散臭そうなものを見る時の表情が貼り付いている。相手がトレーダーだと言う事は事前に知っているのだが、辺境宙域のトレーダーと言えば「良くて山師、悪くて詐欺師」と言うのが、中央の人間が抱く一般的なイメージである。
「おう、おめぇも大きくなりやがったなぁ、がっはっはっは」
 男性は高笑いをしながらシューマッハの背中をバンバンと叩き、息の詰まったシューマッハは芝居に合わせる余裕も無く、ゴホゴホと咳き込んだ。
「それじゃあ、行こうか、おじさん」
 見かねた頼香が口を出すと、男性は頷いて、二人を先導して歩き始めた。駐車場に出て、停めてあったオンボロな地上車に乗り込んだ。シューマッハが助手席に乗ろうとすると、男性は一喝した。
「バカもん! 眺めの良い席はレディーファーストと決まってるのを知らんのか!」
 憮然とした表情で後部席に乗り込むシューマッハに代わって、頼香が助手席に座った。がたがたと音を立てて車が動き出すと、男性は始めて自己紹介した。
「さて…良く来た、若いの。俺はバリックって言うケチなトレーダーさ。よろしくな」
「惑星連合軍のフレイクス少尉です。よろしく、バリックさん」
 頼香が名乗り、続いてシューマッハが口を開く。
「私は…「ちょっと待った」
 挨拶の途中でバリックが口を挟んできた。
「いかんよ若いの。この星じゃあ、そんな堅苦しいお上品なしゃべり方をする奴ぁ、長生きできねぇと相場が決まってんだ。もっと砕けたしゃべり方にしてくれ。そっちのお嬢さんもな」
 挨拶を邪魔されたシューマッハが目を白黒させる横で、頼香が頷いた。
「まぁ、それで良いって言うんなら、俺もありがたいけど…」
「おっ、お嬢さんはなかなかスジが良いな。気に入ったぜ」
 バリックはうははははは、と大笑いをして車を走らせた。後席のシューマッハは憮然とした表情を隠さない。エリートの彼にとって、バリックの言動は何もかも気に入らないようだ。
「で、例のインゴットを見つけたのはバリックさんなんだっけ?」
 頼香が言うと、バリックは頷いた。
「ああ、これからそれを売ってた店まで案内するよ。その前に」
 バリックはハンドルを操りながら、ちらりと頼香とシューマッハを見た。
「こういう場所での話し合いの流儀を、お前さんたちは知らんだろう。そこでだ、俺のやる事に文句をつけないでもらいたい。できるかね?」
 その言葉に敏感に反応したのはシューマッハだった。
「待ってもらおうか。貴方はただの協力者だ。我々を差し置いて勝手な真似をする事は認められん」
 それを聞いて、バリックは鼻で笑った。
「ガキがナマ言うんじゃねえよ。お前に任せたら、ケツの毛までむしられて放り出されるのがオチだぜ」
「何だと、貴様…!」
 激昂するシューマッハの顔前に、頼香が手をいきなり突き出した。不意を付かれて黙るシューマッハ。そこで頼香がすかさずバリックに頭を下げる。
「お願いします、バリックさん」
「そうこなくっちゃな。お嬢さん、あんたの方が物がわかっているようだ」
 素直に頼んだ頼香と、それに応えたバリックにシューマッハは唖然とし、続いて食って掛かった。
「フレイクス少尉、こんな山師に頭を下げるのか! 連合士官としての名誉は無いのか!?」
「知らねえよ、そんな事。俺は、任務達成のために最善と思った手を取るだけさ。ここではバリックさんに交渉を依頼するのが一番良いと思うから、そうするんだ」
 シューマッハの叫び声を頼香は一蹴した。シューマッハはまだ何か良いたそうに口を開こうとしたが、頼香はその前にきっぱりと言った。
「俺がリーダーだ。そう言ったな? シューマッハ少尉」
「ぐっ…」
 シューマッハは黙り込んだ。その表情には抑えきれない憤懣がにじんでいるが、頼香をリーダーとして行動すると命令されている以上、彼女の判断には逆らえない。しかし、その彼のストレスをさらに増大させるような事を、頼香は言った。
「それより、バリックさんに山師と言ったな? あの言葉を撤回して謝れ」
「な、何だと…!?」
 シューマッハの顔面が真紅に染まる。エリートとして歩んできた彼にとって、バリックのような得体の知れない人物に頭を下げるのは、屈辱以外の何者でもない。しかし、頼香に重ねて命令されると、軽く頭を下げ、搾り出すような声で言った。
「し、失礼した…」
「ま、気にしてないがね」
 その様子を、バリックはニヤニヤしながら見ていた。
 やがて、車はフリーマーケットへの道を進み、喧騒を避けて少し離れたところで停車した。3人は車を降りると、裏通りに向けて歩き出した。


ヤンの店

 バリックが店内に入って行くと、ヤンは前回よりも少し愛想の良さそうな表情を見せた。
「また来たな。良い商売はできてるか?」
「ぼちぼちだな」
 バリックは頷くと、頼香とシューマッハを招き入れた。一見さんの登場に、たちまちヤンの表情が硬くなった。
「だれだい、その子達は?」
「ん? ウチの社員さ。少し商売のコツを教えてやろうと思ってね」
 バリックはしれっとウソをつくと、ヤンの前のソファに腰掛けた。ヤンは頼香たちの存在が気に入らないようだったが、商売相手の連れを無碍にするわけにもいかない。とりあえず、バリック相手の交渉に専念しようと口を開いた。
「で、今日は何を買いに来たんだ? この前のタルタリウムみたいな掘り出し物はもう無いぞ」
 ヤンの先制ジャブを軽くかわし、バリックは切り込んだ。
「ああ、今日はちょっと情報を買おうと思ってね」
「おいおい、そりゃ行く所が違うだろう。情報なら情報屋に行けよ」
 ヤンは大げさに肩をすくめて見せた。しかし、バリックはもちろんその場を動かなかった。
「いやいや、こいつばかりはあんたからしか買えないものさ…この間のブツ、あれはどこから仕入れたんだい?」
 その瞬間、ヤンの顔色が変わった。声を潜め、身を乗り出す。
「それを聞いてどうする気だ? ルートの横取りは商売人の仁義に反する…ってくらいのことは、あんたなら知っているだろう?」
 その凄みを利かせた声に被さる様に、微かな機械音が聞こえた。対人フェイザーシステムの自動銃が、自分と頼香たちに狙いをつけたのだろう、とバリックは判断した。頼香の姿勢がやや変わったところを見ると、彼女もその気配を察知したらしい。
(若いのにたいしたもんだ)
 バリックは感心したが、同時に苦虫を噛み潰したような顔のシューマッハが何もアクションを起こさないのには失望していた。
(頭でっかちなだけの若僧か…バカな真似をしでかさなきゃ良いけどな)
 そう思いつつ、バリックはヤンに言った。
「いやいや、俺だって仁義を破る気は無いよ。そのルートはあんたの物さ。ただ、そっちをたどる事で、別口の儲け口が見つかりそうなんでね」
 ヤンは胡散臭そうな表情をしたが、その間にも頭の中で、その情報を売ることが自分の利益に通じるのかどうか、考え込んでいたらしい。しかし、割とすぐに結論は出たらしく、腕組みを解いて首を横に振った。
「いや…やっぱり教えられないな」
 バリックはそう言った時のヤンの表情を観察した。何かに恐れを抱いているようにも見える。
「わかった。ルートについては聞かない。ただ、一つだけ質問をしても良いか?」
「なんだ?」
 バリックの言葉に、ヤンは頭を上げる。すかさずバリックは質問を投げかけた。
「あのブツの出所については知っているのか?」
「…いや、知らん」
 ヤンは首を横に振った。だが、おそらくウソだろうとバリックは思った。同時に、彼が握っているルートの正体についても、おぼろげながら掴めたと考えた。
「わかった、今言った事はなかったことにしよう。次は普通の商売で来るよ」
 バリックはそう言って立ち上がった。これ以上は聞いても無駄だと判断したのだ。
「ああ、そうしてくれ」
 ヤンは頷き、店を出る一行を戸口まで送ってくれた。店を出てしばらく歩くと、シューマッハが耐え切れなくなったように口を開いた。
「おい、あんた…もがっ!?」
「文句なら車の中で聞こう。ここじゃ誰に聞かれるかわからんからな」
 バリックはシューマッハの口を抑えて言うと、停めてあった車に乗り込んだ。待っていたようにシューマッハが怒鳴った。
「おい、何で話を切り上げたんだ。あの闇屋、絶対に何かを知っているぞ!」
「だろうな」
 バリックはあっさり頷いた。それが火に油を注いだように、シューマッハが言う。
「ブロードスターが事故ではなく、事件に巻き込まれたのは状況を見れば明らかなんだ。おそらく、海賊か何かに襲撃されて、船ごと貨物を強奪されたんだろう。それで、海賊が奪った積荷を横流しして、あの店が買い取った…それで間違いないはずなんだ」
 その推理を聞いたバリックは感心したように頷いた。
「ほう、坊やもまんざらバカじゃないな。そこまで考えていたのか」
 シューマッハは当然激怒した。
「バカにしているのか!?」
「褒めてるんだがな…俺の見立てと概ね一致する」
 バリックがそう言うと、シューマッハは勢い込んでシートの肘掛を拳で叩いた。
「そこまでわかっているんだ。あの闇屋を締め上げてでも、裏を吐かせるべきじゃないか!」
 すると、それまで黙って二人のやり取りを聞いていた頼香が、初めて意見を言った。
「いや、それはマズいだろう」
「何故だ、フレイクス少尉」
 興奮が収まらない様子のシューマッハに、頼香は逆に落ち着いた様子で答えた。
「海賊からのルートだろう? 迂闊に話したら命に関わる」
 その言葉に、シューマッハははっと気がついた。
「秘密をばらしたら、海賊に報復される…そういう事か」
 頼香は頷いた。
「ああ。それを考えれば、あのおっちゃんの態度も納得できないか?」
 頼香も、ヤンが一瞬浮かべた恐怖の表情に気づいていたらしい。そこでバリックは口を挟んだ。
「お嬢さんの言う通りだ。もともと、あのヤンの親父は海賊と繋がりが深いって噂になっていたからな。まぁ、はまった泥が深ければ、そこから抜け出すのも難しいって道理さ」
 バリックはそう言うと、シューマッハに視線を向けた。
「そういう事で、お前さんなら、この事態をどう捌く?」
 水を向けられて、シューマッハは考え込んだ。
「そうだな…こっちの身分を明かして、その上で、調査に協力してくれれば、今回のも含めて、海賊の略奪品を横流しした罪は問わない…そう司法取引を持ちかけるべきか」
「あと、身の安全を絶対保障する、って言うのも重要だと思うぜ」
 頼香が追加提案した。
「ああ、それも重要だな」
 頷いて、シューマッハは自分が頼香の提案を受け入れていた事に気付き、一瞬怒ったように顔を赤らめた。しかし、それまでのように苛立ち紛れの言葉を発する事はなかった。
(ふん、思ったより素直なようじゃないか)
 バリックはおかしそうに笑った。その間に、頼香とシューマッハは、今度は自分たちがヤンを相手にどう交渉していくかの方針をまとめかけていた。
 猛烈な爆発音が轟き渡ったのは、その瞬間だった。
 

闇屋街

 最初に事態を悟ったのは、頼香だった。
「しまった、あの店…!」
 ヤンの店があった方向が、濛々と立ち込める白煙によって覆いつくされている。頼香はドアを開けて車外へ飛び出した。
「何ボッとしとる。俺たちも行くぞ!」
 バリックに怒鳴られ、シューマッハも後に続いた。人々がよろめきながら必死に爆発のあったのとは逆の方向へ逃げてくるのを、なんとかかきわけて進む。やがて、ようやく薄れ始めた煙の向こうにそれを見出して、頼香たちは呆然となった。
 ヤンの店は跡形もなく崩れ去っていた。とても中のヤンが無事だったとは思えない。しかし、頼香は躊躇なく、瓦礫の山に登って声をかけた。
「おっちゃん! ヤンのおっちゃん!! 生きてたら返事をしてくれ!!」
「フレイクス少尉、危ないぞ!」
 シューマッハは思わず呼びかけていたが、直後にバリックが言った。
「いや、あの手の店は地下に隠し倉庫ぐらい持ってるもんだ。ひょっとしたら、生きているかも知れんぞ。探してみよう」
 言うだけでなく、自分も瓦礫の中に踏み入って、ヤンを探し始めるバリック。シューマッハは舌打ちしたが、やはり続くと瓦礫を掻き分け始めた。
 五分ほどして、遠くから緊急車両のサイレンの音が聞こえ始めたとき、シューマッハは大きなコンクリートのブロックをよけてみて、ぎょっとした。わずかな隙間から、人の手が覗いていた。
「いたぞ、こっちだ!」
 怒鳴ると、頼香とバリックも駆け寄ってきた。バリックは一目見て状況を察すると、二人に向かって言った。
「何か梃子になるものがいるぞ。頑丈な棒を探せ!」
 鉄骨か木材を探すシューマッハに対し、頼香はオーラスティックを取り出すと、バリックに見せた。
「これで何とかならないか!?」
 バリックはオーラスティックの両端を持って力を込め、頷いた。
「長さがちょっと足りないが、何とかなるだろう。手伝え!」
「了解!」
「わかった!」
 オーラスティックの端を瓦礫の隙間に突っ込むと、3人は全部の体重と筋力…頼香はオーラも…をかけて、瓦礫を持ち上げた。
「せーのっ…おりゃあああぁぁぁぁぁっっ!!」
 僅かに瓦礫が持ち上がる。身体の小さな頼香がその隙間に身体を突っ込み、埋もれていたヤンの身体を引き出した。3人が彼の身体を引き抜いて後退した次の瞬間、スティックが耐え切れずに折れると同時に隙間が崩れ落ち、また埃っぽい白煙が上がった。
「ヤン、大丈夫か!?」
 バリックはそう声をかけたが、その時にはもうヤンの容態は絶望的だと判断していた。瓦礫が腹を押し潰したらしく、口から血の泡が漏れている。頭にも酷い傷があって出血が激しく、再生チャンバーに入れても、回復までの体力が続かないのは確実だった。
「うぁ…あ、あんたか…」
「喋るな。今レスキューが来る」
 声をかけたバリックの手に、ヤンが自分のそれを重ねた。何か固い感触を感じてバリックが手を開くと、小さなメモリーチップが彼の手に忍ばされていた。
「おい、これは…」
 バリックが声をかけると、ヤンは苦痛の中でニヤリと笑った。
「わ、わしが…無料でものをくれてやるとおもうな…そいつで仇を討ってくれ…それが代金…だ…」
 次の瞬間、ヤンは目を閉じ、がくりと首を落とした。
「ちくしょう…」
 頼香が呻くように言う。結局ヤンを救えなかった事を悔いているのだろう。大きな目に涙の玉を浮かべている。一方、シューマッハはバリックに聞いてきた。
「それは?」
 手の中のメモリーチップを指差している。バリックはそれを握ると、ポケットに突っ込んだ。
「ヤンの握っていた情報…だろうな、多分」
 そう言った時、サイレンの音が高まって、建物の角から数台のパトカーが出てきた。
「遅いじゃないか!」
 頼香が文句を言った。あと少し早く来てくれれば、ヤンだって助かったかもしれないのだ。
 すると、パトカーから降りてきた警官たちが、いきなり頼香たちに向かってフェイザーブラスターの銃口を向けてきた。
「え?」
 さすがの頼香も、いったい警官たちが何をしようとしているのかわからず立ち尽くした瞬間、その足元で最初の弾着が跳ねた。
「うわっ!?」
 慌てて一歩引いた頼香だったが、何発ものフェイザーが周囲に弾けるのを見て、顔色を変えた。やはり撃たれているらしく。シューマッハが怒鳴る。
「やめろ! 我々は何もしていない!!」
「そんなこと言ってる場合か! 逃げるんだ!!」
 二人を後ろから掴んだのはバリックだった。その間にも激しくなる攻撃に、頼香とシューマッハもあきらめ、瓦礫を縫うようにして走る。闇屋街の路地に飛び込んでからは、狭く曲がりくねった道を必死に駆け続け、三人は何とか安全地帯への脱出を果たしていた。
 しかし、安全と言っても警官隊の銃撃からのものであり、既に惑星ダイノンに彼らの安全は無かった。なぜなら…
 
 
ダイノン市街の一角

 ヤンの店が爆破された翌日、街には陰気な雨が降り続いていた。
 3人が今いるのは、この星でバリックが商売をするために借りた、場末のアパートだった。家賃が恐ろしく安い代わりにまともな管理もされていないので、すぐに警察の足が付く可能性は低い。しかし、できるだけ早く、引き払う算段をしなくてはならなかった。
『三日前、ドリナー川で発見された身元不明死体は、船員のニック・ガナースンさんと判明しました。続いて、昨日、ゼンカー市場近くで起きた爆破事件で、ダイノン市警は現場近くで目撃された不審な男女3人組を、爆破犯として、全星に指名手配しました。犯人の特徴は…』
 シューマッハがテレビを消した。次にキャスターが読み上げるのは、彼らの特徴だからだ。
「こ、この僕が指名手配…」
 屈辱に全身をわなわなと震わせるシューマッハ。彼の実家はテランでも有数の名家である。無実の罪を着せられた上に指名手配された、などと言うこの屈辱には我慢がならなかった。
「そんな、人生終わったような表情するなよ」
 寝転がって新聞を読んでいた頼香が、顔だけ上げてシューマッハに言った。
「うるさい! 君に何がわかる!!」
「俺にわかるのは…」
 頼香が身を起こし、シューマッハの顔を正面から見据える。
「こう言う時はじたばたせずに、新しい情報が入るのを待つ事さ。それまではゆっくり休んでいるのが大事なんだ」
 言い聞かせるような口調。普段のシューマッハなら反発し、怒るか、あるいは嘲笑っていたかもしれない。しかし、この状況での頼香の言葉には、数多くの実戦を潜り抜けてきた者特有の重みがあった。それはシューマッハを沈黙させるには十分だった。
(僕は、彼女に決して負けていないはずだ)
 シューマッハは思った。彼がアカデミーに入学した時、卒業した時の成績は両方とも主席で、代表として答辞と送辞を読み上げる名誉を得た。特に艦隊運用術、戦術に関する成績は極めて優秀で、未来の艦隊司令官を目指す身として、これ以上無いと言うほど順調な歩みを続けてきた。
 それが、TS9に配属された途端に、壁に突き当たった。
 かわねぎ司令はシューマッハの適性を無視して後方支援ばかりを命じ、トマーク=タスの玉山冷泉院大使とのシミュレーション戦やアメフラードの叛乱でも、彼を前線に出さなかった。
 それに対し、目の前にいる頼香はいずれの事件でも活躍し、先日のクロムジー内戦終息にも多大な功があった。確かに彼女の能力は高い。それは認める。
 しかし、自分を差し置いてまで、頼香が重用されるその理由が、シューマッハにはわからなかった。いったい、自分に何が足りないのか。もし、それが今彼女が持っている「実戦経験」と言うものであるとすれば…
(あまりにも不公平じゃないか)
 実戦に出る機会を奪われ、ようやく志願して得た今度の任務も、頼香に主導権を奪われる。それどころか、妙な山師の協力者までが、自分を馬鹿にする。
(こんなはずじゃない。こんなのは、僕が望んだ事じゃない。僕の実力を示すにはどうしたら良い)
 頭をかきむしらんばかりに悩むシューマッハ。そこへ、バリックの声が聞こえてきた。
「おう、わかったぞ」
 彼はこの隠れ家に逃げ込んでから、ヤンからもらった例のチップを解析していたのだ。
「どうでした?」
 尋ねる頼香に、バリックがノートパソコンの画面を見せる。もちろんシューマッハも覗き込んだ。
「…これは…航路図?」
 頼香が呟いた。
「ああ。ここがこのダイノン星系だ」
 バリックが指差す、星系をあらわす二重の円に「ダイノン」と記されている。そこから延びる線は、星の無い宇宙空間を20光年近くも横断し、別の星系に通じていた。惑星連合が探査し、領有権を宣言した事を示す登録番号が振られているが、名前は無い。
「ここは一体?」
 首を傾げる頼香。その時シューマッハが言った。とりあえず、悩むのは後にして、眼前の現状をどうにかする方向に頭を切り替えたらしい。
「探査はしたが、居住・開発に適した星系ではないとされて、放置された…と言う感じか」
「坊やの言うとおりだ。この星系の第四惑星は通称"ホワイト・ヘル"と言ってね。一時期移民も検討されたが、あまりの気候条件の悪さに、調査隊も途中で撤退したってぇ代物だ」
 バリックが答えた。彼の解説によれば、第四惑星は大気組成や重力などは人間の居住に適しているものの、惑星全体の年平均気温は氷点下15度。冬季には赤道直下でさえ氷点下50度から70度にまで気温が低下し、瞬時に人を凍結させるほどの極寒のブリザードが吹き荒れる。まさに「白い地獄」の名にふさわしい恐るべき星だ。
「つまり、ここが海賊の本拠地…って事か?」
 頼香の質問にバリックは頷いた。
「ああ。うまいところに目をつけたもんだな。海賊のアジトと言えば未踏査惑星、ってイメージがあるだろう? 一度でも探査された場所なら、ついつい警戒の目も甘くなりがちだからな。ましてこんな過酷な土地なら」
「確かに…」
 頼香は頷いた。彼女は地球駐留武官としての任務があるので参加した事は無いが、TS9でも宇宙海賊の討伐は重要な任務の一つだ。その時には、だいたいそれまで探査した事の無い空域を調査して、海賊がいたら叩くと言う方針が採られている。艦の数が少ないので、調査まで同時にやってしまっているのである。
「それにしても、バリックさんは随分その星に詳しいね」
 頼香が感心したように言うと、それまで不敵な笑みを浮かべていたバリックの表情に、一瞬翳が差した。
「実は…俺もあそこの調査隊だったんでね。あまり良い思い出じゃない」
 それを聞いて、頼香は気まずそうな顔になると、すいません、と謝った。
「良いさ、気にするな」
 バリックが答えたところで、シューマッハが口を開いた。
「それで…どうするんだ? 海賊の居場所はわかったが、それを連絡する手段が無い」
 シューマッハの言う通り、彼らはTS9に連絡するための通信機類を、全て闇屋街に停めてあったバリックの車の中に置いて来てしまった。それだけではない。装備類もほとんどが車の中で、今二人が持っているのは、頼香がリップスティック型の簡易オーラスティック、シューマッハが護身用のフェイザーピストルだけだ。
 一応、バリックが闇屋街の傍まで行ってみたのだが、車に近寄るどころか、街全体が封鎖されていた。どうやら、これを機会に警察が闇屋の一斉取り締まりに踏み切ったらしい。装備の回収は絶望的だった。
「うん…実は装備も通信手段も当てが無くは無いんだが」
 バリックの言葉に、頼香たちは顔を上げた。
「本当かい? バリックさん」
 バリックは頷いた。
「ああ。俺の船がある。そこまで行ければ、武器も超光速通信機も揃っている。ただ問題は、シャトルを停めてあるのが田舎の空港って事だ」
 バリックがダイノンの地図を出して、現在地と空港に印をつけた。今いる首都から、だいたい300キロは離れている、バンラータと言う小さな町の空港だった。
「中央宇宙港に停めると繋船料が高いから、節約のためにそうしたんだが…マズったなぁ」
 頭を掻くバリック。すると、シューマッハが言った。
「いや、そうでもないかもしれない」
 え? と頼香とバリックがシューマッハの顔を見た。
「確か、今は星外に我々を出さないように、厳重な警戒が敷かれているはずだったな。検問もたくさんあるようだし」
 バリックは頷いた。
「つまり、中央宇宙港の警備はかなり厳しいはずだ。しかし、利用者の多い公共交通機関で首都の外に出る分には、警戒も甘くて脱出しやすいと思う」
「そうか、移動距離の長さに惑わされていたが、地方でしかも個人の船なら、マークは薄いな」
 バリックの表情が明るくなった。しかし、頼香が懸念を表明する。
「でもさ、俺たちの面は割れてるんだよな。いくら警戒が薄いったって、市内を移動する間には警官がウヨウヨしてるのは間違いないぜ。どうやってごまかす?」
「そうだな…変装とか?」
 シューマッハは定石のつもりで口にしたのだが、それは彼にとって、生涯残る痛恨の一言になったのであった。
 
 
ダイノン−バンラータ線

 中央駅へ向かう間、頼香は路面電車のロングシートに腰掛け、俯いて肩を震わせていた。一見泣いているように見える。
「フレイクス少尉…少しは普通に振舞え。注目されるだろう」
 シューマッハが注意すると、頼香は顔を上げてシューマッハの方を見て、そこで耐え切れないのか、やはりまた俯いた。泣いているのではない。笑っているのだ。人の目さえなければ、大爆笑したい気分なのだろう。
 その頼香にとっての辛さは、三人が無事に中央駅に到着し、バンラータを通る列車の個室席の切符を確保し、そこに入るまで続いた。
「ぷっ…くくくっ…あーっはっはっはっはっ! ひぃい、苦しい〜!!」
 ドアが閉まるなり、頼香はシートに顔をうずめるようにして大爆笑を始めた。防音のしっかりした一等個室だから良いが、そうでない席だったら、他の客や車掌が心配して見に来てもおかしくないほどの笑いっぷりだった。
「だから、笑うんじゃない、フレイクス少尉!」
 笑われているシューマッハが怒鳴ったが、逆効果だったらしく、頼香はますます笑いを大きくするばかりだった。憮然としてどかっと席に腰掛けるシューマッハに、バリックが叱責の声をかける。
「おいおい、もうちょっと上品に振舞えよ。バレるだろう?」
「構うものか。どうせ誰も見てやしない」
 そう憤然と言い捨てるシューマッハの格好は…
 リボンの付いた帽子に、ピンクのワンピース、それに白のカーディガン。
 ようするに、女装だった。しかも、非常にハマっていた。もともと上流階級出身のシューマッハは、身体を鍛えている割には色白だし、肌のきめも細かい。バリックが「売り物のあまり」と称して用意したそれらの服を着せ、ウィッグを被せ、さらに果穂の影響で最近化粧を覚えた頼香がメイクを施すと、将来有望な若手士官は、少しばかり背が高すぎるものの、見事に深窓の令嬢風美少女に大変身を遂げていた。
 もちろん本人はものすごく嫌がった…のだが、変装を言い出したのは彼自身だったため、拒否し切れなかった。
「いやぁ、でも似合ってるぜ、" お姉ちゃん"」
 頼香がようやく大爆笑の発作を収めて言うと、シューマッハはますます顔を赤くした。もちろん怒りと羞恥のためである。
「うるさい。黙ってろ!」
いやぁ、でも似合ってるぜ、「お姉ちゃん」 そう言うと、同行者二人から顔を背け、窓の外に視線をやる。頼香とバリックは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
 ちなみに、頼香はシューマッハとは逆に男の子の格好をしている。Tシャツにジーンズ、ポニーテールを解いて、髪の毛をキャップの中に押し込んでいるので、本人の性格もあって活発な男の子と言っても違和感がない。
 そして、バリックに関しては、頼香もシューマッハも驚いたのだが、髭を全て剃り落とし、ぱりっと糊を利かせたジャケットとスラックスに着替えると、あの怪しげなトレーダーの雰囲気はさっぱり消えうせ、その辺の社交クラブに顔を出してもおかしくない、小粋な装いだった。
 こうして変装した3人が並ぶと、ちょっと上流階級の親子、ただし息子はやんちゃ風味、と言った感じで、指名手配中の凶悪爆破事件犯人グループにはとても見えなかった。列車に乗り込むまで、一回も警官に声をかけられなかったところから見ても、その効果は絶大の一言だった。
「まぁ、上手く首都脱出まではこぎつけたんだ。お前さんは良くやったよ」
 バリックがくっくっく、と押し殺した笑いを交えて褒めたが、シューマッハはますます憮然とした様子で、二人とは視線を合わせようともしなかった。
 ともかく、列車は定時にダイノン中央駅を発車した。テランなどの先進諸星では、遠距離列車と言えば地下の真空トンネルをリニアモーターで超音速で突っ走る、と言う風情のないものが多いが、資本投下の十分でない辺境諸星では、まだこうした地上を走る列車が多く使われていた。速度も150〜60キロくらいしか出ない事が多いので、旅情を感じるにはなかなか良い。
 しかし、旅情を楽しむような余裕があるのは頼香とバリックだけで、シューマッハは不機嫌そうな表情のまま、ずっと窓の外を見ていた。いや、正確には視線がそっちを向いているだけで、何も見てはいない。その脳はフル回転して、あることを考えていた。
(指名手配さえされなければ、こんな格好はしなくても済んだのだが…そもそも、指名手配自体がおかしい。何故僕たちを爆破犯だと断定した? 警察は何故いきなり発砲してきたんだ)
 状況を見れば、自分たちが爆破どころか救助活動をしていた事ぐらいは、簡単にわかるはずだ。それなのに、警察は躊躇いなく…しかも射殺するつもりで攻撃してきた。普通ならありえないことだ。
(まてよ、躊躇いなくと言えば…)
 あの時、何かの間違いだと思って警察を制止しようとした自分と頼香に対し、バリックは迷わず「そんなこと言ってる場合か! 逃げるんだ!!」と叫んでいる。バリックは警察が自分たちを殺すつもりで来た事を知っていたのだろうか?
「バリックさん」
 考えのまとまったシューマッハはバリックを呼んだ。
「ん? お、おお…なんだ?」
 バリックが顔を上げた。疲れたのか、眠っている頼香の寝顔を見ていたらしい。シューマッハが警察の事について聞くと、バリックはなんだそんな事か、と言わんばかりに頷いた。
「あり得ない事じゃないとは思ったさ。この辺の警察は、大体連中に鼻薬を嗅がされているからな」
 つまり、海賊に買収されていると言う事だ。シューマッハは驚きに目を瞠り、ついで怒りの表情を浮かべた。
「嘆かわしい事だな」
 シューマッハが言うと、バリックが警官たちを庇うように言った。
「まぁ、そう言うなよ」
「なに? 連中を擁護する気か!?」
 怒るシューマッハに、バリックは首を横に振ってみせる。
「そう言う事じゃない。悪い事は悪いさ。だがな、そうでもしなきゃまともに食っていけない奴の方が多いのさ」
 ダイノンはまだ貿易が比較的好調な分マシだが、辺境諸星の経済はどこも苦しいのが現状だ。トマーク=タスやラクティーアと言った向背定かならぬ隣国と国境を接している軍管区は、中央からの経済援助こそ優遇されているが、その分がかつての戦争被害の再建に費やされ、新たな発展に結びついている例が少ない。
 宇宙海賊が辺境で跳梁跋扈するのも、こうした低調な経済が最大の理由だ。まっとうな貿易よりも、物資の強奪や裏経済の方がずっと儲かるのである。こうした傾向は中央ですら存在し、荒事こそあまり起きないものの、キャロラットには大規模な密輸商人のギルド(組合)が存在する。
 このような治安の悪化に対し、惑星警察の治安維持能力はとても追いつけない。警察よりも海賊やマフィアの方が潤沢な資金と強力な武装を持っているし、下手に検挙などすれば、テロで報復される。
「だから、警察と犯罪組織は裏で結託するようになるって訳だ。わかるかい、エリートの坊や」
 バリックの話を聞いて、シューマッハは唇を噛んだ。現状が間違っていると言い返すのはたやすい。しかし、それをどう改善すればいいのか、と問われれば、答えを返す事はできない。言葉に詰まった彼を見ていたバリックは、フッと笑みを浮かべると、シューマッハの肩を叩いた。
「ま、そう悩むな青年。いきなり奇麗事を並べ立てなかっただけでも、お前さんは見所がある。こんな難しい問題に取り組むのは、出世して偉くなってからで良い。まずは、できる事をやっていかなくちゃな」
 それは、今までのからかう様な口調ではなく、真剣にシューマッハのことを評価している口調だった。まるで、アカデミーの教官に高い評価をされた時のような感じでもあった。
「…ええ、努力します」
 自然とシューマッハの口から、それまでバリックに対しては出なかった敬語が滑り出ていた。しかし、その僅かに生じた敬意をぶち壊すように、バリックが笑った。
「そんなわけで、今やらなくちゃいけない事は、無事にバンラータの港に着くことだ。そのためにお前さんができる事は、その格好をしている事だ。よろしく頼むぜ」
「…」
 シューマッハはまたしても黙り込み、バリックから顔を背けた。
 列車が目的地に着くまで、まだ2時間はあった。
 
 
バンラータ宇宙港

 列車を降りた一行は、タクシーで宇宙港に到着した。係員はバリックとは顔見知りだったらしいが、こざっぱりとした彼と、頼香とシューマッハを見て驚いたような顔を見せた。
「ば、バリックさんですか? 見間違えましたよ…どうしたんですかその格好は。それに、そちらのお連れさんは?」
「おいおい、一度に何でも聞こうとするなよ」
 バリックは苦笑すると、ジャケットの裾を持ってパンと鳴らした。
「じつは、こいつらは別れた女房が連れて行っちまった子供たちでね。久しぶりに遊びに来てくれたんで、こうやって一張羅を出してきたんだ」
 係員は驚きで目を丸くした。
「バリックさん、結婚してたんですか?」
「おうよ。で、こっちが息子のカイト。で、娘のミキだ。おめえらも挨拶しろ」
 もちろん、バリックは「カイト」の方で頼香を、「ミキ」の方でシューマッハを指差すと言う芸の細かさも忘れなかった。まず、頼香が笑顔で挨拶する。
「よろしくね」
 続いて、シューマッハがぎこちない笑みを浮かべて、頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします…」
 すると、係員は真っ赤な顔になってぼーっとなったが、数秒後、我に返ったように何度も頷いた。
「あ、は、、はいっ! こちらこそよろしく…っと、出港申請は問題なしですねっ! それでは、良い航海を!!」
 受付を出ると、頼香がまた大笑いを始めた。
「あーっはっはっはっはっ! あの係員さん、絶対勘違いしてるよ!! あーっはっはっはっはっ!!」
「違いない、まったく罪作りな女だなぁ、ミキ」
 二人にからかわれ、シューマッハは耳まで赤くなった。
「うるさい! それよりも、とっとと出港だ出港!!」
 乱暴な口調で怒鳴り、ドスドスと大股で歩いていく「美少女」に、港の待合客たちが唖然とした表情を向けるが、シューマッハは頓着しない。その後を、頼香とバリックがくすくすと笑いながら付いて行った。
 
 バリックのシャトルは駐機場の外れに引き出されていた。
「ともかく、急いで出港準備をしちまおう」
 そう言って、バリックがハッチを開けようとしたときだった。唐突に、隣のシャトルの陰から、ばらばらと人影が飛び出してきた。
「!!」
 とっさに動いたのは、頼香とバリックだった。頼香が簡易オーラスティックを取り出してブレードを展開し、手近な相手に斬りかかる。バリックはジャケットの下のホルスターからごつい軍用フェイザーブラスターを抜くと、連射を浴びせた。
「え?」
 一瞬呆然としたシューマッハに、バリックが怒声を浴びせた。
「ぼやっとするな阿呆! 敵だっ!!」
 その瞬間、意識が覚醒した。敵はダイノン星警の特殊部隊らしく、軍にも負けない重装備で迫ってくる。シューマッハはスカートの下に隠したホルスターからフェイザーピストルを抜いた。一瞬ストッキングに包まれた、男にしては形の良い脚が露出するが、さすがに今は鑑賞する者はいない。そのまま狙いをつけ、引鉄を引く。頭と胴体、二箇所に確実に銃撃を叩き込むダブル・タップスだ。狙われた特殊部隊員はもんどりうって地面に倒れた。
「やるじゃねえか」
 バリックが感心したように言うと、シューマッハに自分のブラスターを投げた。慌てて受け取るシューマッハに、似合わないウインクをして見せる。
「実は銃は苦手でね。俺は発進準備をする。2分だけもたせてくれ」
「2分だな、わかった!」
 シューマッハは頷くと、両手の銃で続けざまの連射を敵に送り込んだ。それで相手がひるんだところへ、オーラブレードを持った頼香が果敢に斬りこみ、次々に相手を昏倒させていく。目の覚めるような鮮やかな戦いぶりだ。
(なんの、負けてたまるか!)
 シューマッハは子供の頃から狩猟を嗜み、アカデミーの射撃訓練では常に上位を取ってきた腕前の持ち主だ。海兵隊の教官からスカウトされた事もあるほどだ。
 その実力を発揮し、敵を次々に撃ち倒していく。彼が7人目を撃ったとき、背後のシャトルが振動した。エンジンに点火したのだ。
『緊急発進するぞ! 乗れ、二人とも!!』
 拡声器からバリックの蛮声が響き渡る。頼香はオーラフェイザーで相手を牽制し、乱戦の渦から抜け出すと、船めがけて全速力で走ってきた。追いすがる敵には、シューマッハの銃撃が叩き込まれる。
「今度は俺が援護する!」
「わかった!」
 シューマッハのいる場所を通過した頼香が、10メートルほど後方に位置したところで声をかけてきた。シューマッハは頷くと、頼香の放つオーラフェイザーに敵がたじろいでいる間に、シャトルのハッチまで近づき、頼香に声をかける。
「フレイクス少尉、交代だ! ハッチまで走れ!!」
「OK!」
 再び、シューマッハの援護射撃を受けながら、頼香が走る。彼女は動き始めたシャトルのハッチに足をかけ、後ろを振り向いた。敵の銃撃が機体にも当たり始め、激しく火花を散らす。
「シューマッハ少尉、来い!」
 シューマッハは頷くと、ちょうどエネルギーの切れたフェイザーピストルを相手に投げつけた。先頭を来る敵の顔面にそれが直撃し、相手はのけぞって倒れた。
「うまい!」
 頼香がその手並みを賞賛する。シューマッハがにやりと笑った瞬間、それは起きた。
「!」
 スカートの布が、彼の足に絡んだのだ。水準以上の運動神経を誇る彼も、その事態には咄嗟の対応が遅れた。上半身から地面に叩きつけられるように倒れ、痛みが全身を貫く。
「ぐあっ!」
 頼みのフェイザーブラスターも手を離れ、どこかへ転がっていってしまった。顔を上げると、視界の向こうをゆっくりとシャトルが過ぎていく。
(ちっ、ドジったな…)
 背後から敵が殺到してくる気配を感じながら、シューマッハは自嘲の笑みを浮かべた。どうやら足を挫いたらしく、動かそうとすると痛みが走る。
(後は頼んだ)
 おかしなもので、諦めてしまうと、人間素直になれるものらしい。シューマッハは頼香が任務を達成してくれるであろう事を祈った。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
 が、その時である。たった今、彼女のために祈ったばかりの頼香が、オーラフェイザーを連射しながらシューマッハの方めがけて駆け寄ってくるのが見えた。シューマッハを捕まえようと殺到してきた特殊部隊員が、その気迫に圧されたのか、一時後退する。その隙に、頼香は倒れているシューマッハの肩を抱き上げた。
「行くぞ。走れるか?」
「馬鹿な…どうして戻ってきたんだ」
 心配する頼香に、シューマッハが非難の言葉を向けた。もちろん頼香は怒ったが、その怒り方は、シューマッハの想像していたのとは違っていた。
「仲間を見捨てて行ける訳ないだろう! いいから行くぞ!!」
 頼香はシューマッハと二人三脚をするように走り始めた。その向こうで、滑走を中止したシャトルが待っている。すると、逃がさじとばかりに、敵の射撃が再開された。
「あつっ!」
 シューマッハを支える頼香の身体に衝撃が走り、それはシューマッハにも伝わった。
「フレイクス少尉! やられたのか!?」
「大した事ない…かすり傷だ」
 頼香が脂汗の浮いた顔で答える。その時、シャトルの機首に装備されたパルス・フェイザー機銃が火を噴いた。バリックの援護射撃だ。航路上のデブリの排除に使われる、機載・艦載火器としては低出力の武器だが、特殊部隊員をなぎ払うには十分だった。その隙に、二人はシャトルに乗り込んだ。
「行くぞ。しっかり掴まってろよ!」
 頼香たちがシートに着くのももどかしいように、バリックが操縦桿を倒した。シャトルのスクラムジェット・エンジンの唸りが高まる。轟音とともに、シャトルは軌道上に係留してあるバリックの船めがけて上昇を開始した。
 ところが、彼らのピンチはまだ終わっていなかった。シャトルが船にドッキングした直後から、パッシブ・センサーが耳障りな警報音を鳴らし始めたのだ。船に乗り込み、ブリッジに駆け込んだバリックは、レーダー・センサーのスクリーンを見て舌打ちした。
「星警のパトロール船か。そこまで海賊に義理立てするかよ…おい、急いで発進準備だ!」
 操舵席に座ったバリックが機器類のチェックを始める。シューマッハは機関士席についてエンジンの回転数を上げはじめた。頼香はセンサー手席でパトロール船の動きを見ている。
「…目標、接近中」
 頼香が報告したとたんに船体が揺れた。攻撃が始まったらしい。
「おい、大丈夫なのかよ!?」
 シューマッハが危惧したが、バリックはニヤリと笑った。
「安心しろ。この船はそんなにヤワじゃない!」
 彼の言う通り、何度か船体に直撃があったようだが、ダメージパネルに点灯はなかった。やがて、完全に準備が整ったと見たバリックは、高らかに叫んだ。
「メモリアス・ヒルダ号、発進!」
 次の瞬間、シューマッハは強烈なGを感じた。
「!?」
 モニタの向こうに見える惑星ダイノンが急激に遠ざかり、やがて星空の一角に消えていく。どう見ても民間船の加速ではない。と言うか、今彼が座っている、この座席は…
「この船、駆逐艦か!?」
「正解。レックス級駆逐艦だよ。戦争の後で軍が放出したのを、伝手を通して買い取ったんだ。光子魚雷なんかは外してカーゴスペースにしたが、今でもワープ9.7は堅いぜ。ま、そんなスピードでぶっ飛ばしたら捕まっちまうがな」
 レックス級…かつてのトマーク=タス戦争時の連合軍主力駆逐艦だ。今はけいんず級に道を譲り、ほとんどが退役したが、武装はともかく速度や機動性は今でも一級品の性能を持つ。
「放出品を買い取ったって…」
 シューマッハは唖然とした。軍用艦艇の処分は、講和条約で厳密にその手順が定められている。軍艦を一時的に民間籍に置いて、実質的な戦力維持を図ろうとするのを防ぐためだ。武装解除後に公的機関が観測船や警備船に転用するのはそれほど難しくないが、民間が所有するのには、非常に面倒な手続きと審査を受けねばならない。目の前の男に、それほどの知識やコネがあるとは思っても見なかった。
(元軍人…なんだろうか)
 これから向かう惑星ホワイト・ヘルの調査隊にいたと言う事から、公的機関の出身なのかとは考えていたが、ますますバリックの正体を掴みかねるシューマッハだった。
「まぁ、これならパトロール船ごときに追いつかれる心配はないか…」
 シューマッハがようやく安堵したその時、センサー手席に座っていた頼香が、ずるりと椅子から滑り落ちた。
「お嬢さん!?」
「フレイクス少尉!」
 床に倒れた頼香に駆け寄った二人は、彼女の脇腹に血が滲んでいるのを見つけ、言葉を失った。
「この傷で、僕を…」
 自分を助けに来たときの傷だと悟り、呻くように言うシューマッハ。バリックは気を失った頼香の身体を抱き上げた。
「応急手当をする。その間、操船を頼む」
「…わかった」
 バリックの命令に、シューマッハは素直に頷いた。
 

5時間後 航宙船メモリアス・ヒルダ

 一応ノックをして、シューマッハは頼香の部屋に入った。そこで彼女が眠っているのを見て、安堵するとともに、そんな自分に少し嫌悪感を覚える。いろいろと頼香に詫びなければならない事があったのに、彼女が眠っている間はそれを口にしなくて済む…そんな考えを抱いてしまった事への。
 シューマッハの葛藤も知らず、頼香は眠っている。バリックの応急手当が良かった事もあるが、傷自体がそれほど重いものではなかった。ただ、発進時のGが少し負担になっただけなのだ。
 手持ち無沙汰になったシューマッハは、頼香の額に乗せられた濡れタオルを見て、それを取り上げると、水につけて絞り、再び乗せた。
(こうして見ると…小さいんだな)
 今更ながらに、シューマッハは頼香が自分よりもずっと年下の少女である事を認識する。大人顔負けの戦闘力、判断力、それに胆力。史上最年少でアカデミーを卒業した才媛。連合屈指のオーラ能力者。それだけの力と実績を持っていても、彼女はまだ11歳の少女なのだ。そして、この小さく、傷ついた身体で、彼女はシューマッハの生命を救ったのだ。
(あの時だけじゃない。彼女がいなければ、あるいは、バリックさんがいなければ、僕は…)
 秀でた能力を持つがゆえに、他人が馬鹿に見えて仕方なく、また自分一人を恃む傾向の強かったシューマッハだったが、実戦の場に出てみて、初めて自分のそうした独り善がりの考え方が、何の役にも立たないものである事を思い知らされたのだった。
 それは彼にとってはいまいましくもあったが、同時に爽快にも感じられる出来事だった。
「まぁ…それを教えてくれたことには感謝するよ、フレイクス少尉」
 相手が寝ているからこそ、素直に感謝の言葉も出るというものだった。すると、その声が聞こえたのか、頼香が微かに身じろぎした。僅かに開いた唇から声が漏れる。
「ん…ゆー…き…」
(人の名前か…?)
 シューマッハが頼香の顔を見つめると、その手が何かを求めるように動いていた。そして、シューマッハの手に当たった瞬間、安心したようにそれを握り締める。
「…参ったな」
 振り払う事は簡単だったが、それで彼女が起きてしまうかもしれない、と思うと、そうする事はできなかった。
「まぁ…その、『ゆーき』とやらの代理で悪いが、それで君が安心できるなら、手ぐらい貸してやるさ」
 シューマッハは苦笑して、頼香に手を握られたままでいた。
(しかし…あの人がいなければ、僕は君に惚れていたかもしれないな)
 シューマッハはそんな事を思った。そんな事は多分なくて、起きて顔を合わせれば、また憎まれ口の応酬になるだろう。しかし、今はこうして穏やかな時間を共有していたかった。たぶん、しばらくはこんな時間とは無縁になるだろうから。
「おーい、いつまで見舞ってるんだ。そろそろ…」
 2時間後、なかなかシューマッハが帰ってこない事に焦れたバリックが様子を見に来て、唖然とした表情になった。
 頼香に手を握られたまま、シューマッハはベッドの縁に寄りかかるようにして寝ていた。
「は…こうして見ると、まるで本物の姉弟だな。あいつらも…今いれば」
 バリックは苦笑すると、頭に浮かんだ想念を振り払い、再びブリッジに戻っていった。
 姉弟…バリックがそう思ったとおり、実はまだ変装を解いていない頼香とシューマッハだった。
 
 
TS9−ハーラット間 惑星連合軍巡洋艦U.S.S.ウェルニア

 最高速力ワープ9.9999以上に達する巡洋艦も、今はワープ5と言うゆったりとした速度で星の海を渡っていた。
 このウェルニアは惑星連合軍第九艦隊に所属し、TS9を母港として活動している。ハーラット星域での任務を終え、整備・補修と乗員の休養を行うためにTS9に帰港する途中だった。その船室の一つに、出張を終えてTS9に帰る途上のれも副司令と、随行員役を果たしためるてぃの姿があった。
「めるてぃ、今回はお疲れ様」
「いえいえ、このくらいならお安い御用ですよ、れもさん」
 軍属ではないめるてぃは、TS9では数少ない、れも副司令を肩書きでは呼ばない人物だ。とは言え、彼女がれも副司令を尊敬している事には変わりなく、恐縮した表情で答えた。
 今回、彼女たちが出張していたのは、ハーラットで対MOE−DOLL対策チームの責任者会議が開かれていたためである。これは近年急速にDOLLとの遭遇事件が増加している、と言う問題の深刻化を受けて開かれたものだ。
 TS9の受け持ち区域では、ピナフォアやノリコ、すいんげる号のチョコといった比較的おとなしい(安全と言う意味ではないが)DOLLが多いため、それほど大きな被害は出ていない。しかし、他の方面軍管区では、船が襲われて乗員の大半がDOLL化されるなど、無視できない被害が出ていた。
「それにしても、あれほど沢山の被害報告があったなんて…軍管区を横断した連絡網整備の必要性を、もうちょっと強く訴えていくべきね」
「そうですね。ダイナ少佐たちを襲ったDOLLや、その時同化された乗組員もまだ見つかってませんし」
 れも副司令の言葉に頷くめるてぃ。帰ったら、ダイナ少佐やミナス少尉たちも交えて、今回の会議で見つかったさまざまな問題点について話し合うことになるだろう。彼女たちの心は既にTS9に飛んでいた。
 
 一方、ブリッジでは、艦長以下のクルーたちが運行業務に携わっていた。もっとも、この海域は海賊の出没地点からはかなり離れており、乗員たちも入港したら休暇がもらえるため、心が浮き立っていた。
 それが油断を招いた事は残念ながら否定しがたい事実であり、「それ」が唐突に牙を剥いて来たその時、乗員たちに咄嗟の対処を許す時間を奪ってしまっていた。
 最初に「それ」の兆候を捕らえたのは、重力センサーだった。それが捕らえた異変は、コンピュータによって即座に重大な脅威と判断され、艦の非常電鈴が一斉に鳴り響いた。
「何事だ!?」
 叫ぶ艦長に対し、ようやくモニタに現れた兆候を見て取ったレーダー・センサー手が、緊迫した声で叫んだ。
「艦前方に異常重力源あり! 重力強度…恒星クラス! なおも増大中!!」
「何だと!? 何故気付かなかった!!」
 艦長は怒鳴りつつも、事態の把握に努めていた。彼の脳裏に可能性として浮かんだのは、移動型ブラックホールだった。周辺海域をくまなく捜索し、大は小惑星から下は高密度宇宙ガスまで、あらゆる危険な天体がないことを確認した上で設定される航宙船の航路だが、それでも捜索範囲外から飛び込んでくる危険天体の存在を皆無にする事はできない。艦長はマニュアルに従って対処を命じた。
「最大減速! 機関、全速逆進! センサー手は奴の軌道を計測せよ。航海手、計測データに基づいて衝突回避コースを計算せよ!」
『了解!』
 命令に従い、艦が猛烈な勢いで減速していく。激しい逆Gが、艦内の物を前方へ「落下」させようとしていく。その何とも言えない気色の悪い感覚に耐えつつ、センサー手が叫んだ。
「艦長、前方の重力源は本艦と正面衝突するコースを取っています!」
 艦長は唸った。
「正面衝突? 最悪だな…ともかく回避だ。艦上面全スラスター、最大推力で噴射!」
 艦長の命令に従って、ウェルニアの上部スラスター(方向制御用エンジン)が全力でプラズマ流を噴出し始めた。艦が重力源の下へ潜り込んでいく。ところが、次の瞬間信じられない出来事が起きた。
「艦長、重力源がコース変更! 本艦に覆い被さってきます!!」
「何だと!?」
 艦長はさらに艦を横に滑らせたが、重力源はさらにその動きに追随するようにコースを変えてきた。ここに至り、艦長はこの重力源が何らかの悪意を持った相手による攻撃だと確信した。そして、自分の艦が、これから逃れられない事も。乗員の生命を守るには、もはやたった一つの手段しか残されていなかった。
「通信、全周波数帯で救難信号と、航路封鎖要請を出せ!! 艦長より全乗員に告ぐ。これより総員退艦処置を行う!!」
 艦長は自分の席に付けられた総員退艦スイッチを、誤動作防止用の透明カバーを破って押し込んだ。
 
 その事態が始まった時、れも副司令はすぐに異変を悟り、状況を確認しようと部屋の外へ飛び出した。しかし、事態が極めて短時間のうちに決定的な段階まで進んでしまったため、艦橋要員以外は何が起きているのか全くわからず、情報を得る事はできなかった。
 ともかく、どんな事態にも備えられるように、自室に取って返し、装備などを確認していたれも副司令だったが、ろくにチェックもしないうちに、総員退艦のアナウンスが流れたのである。
「れもさん、これは!?」
「めるてぃ、掴まって!」
 元は貨物船の船員だっためるてぃだけに、総員退艦が命じられるような緊急事態の中で、パニックを起こす事もなくれも副司令の手に飛び乗った。次の瞬間、転送の淡い光が二人を包み込んだかと思うと、彼女たちは救命カプセルの中にいた。
『射出します。ベルトを締め、対ショック姿勢を取ってください』
 無味乾燥なアナウンスが流れ、れも副司令は急いでベルトを締めると、めるてぃを抱きしめて身体を縮こまらせた。ほぼ同時に、鈍い衝撃が全身を襲い、カプセルが射出された事がわかった。
「れもさん、あれ…!」
 腕の中で恐怖に震えるめるてぃの言葉に、れも副司令は目を開けた。そして、そこに展開されていた光景に息を呑んだ。
 頭上に浮かぶウェルニアの向こうに、異様な空間が広がっていた。星の光が歪み、瞬き、見るだけで眩暈のしそうな光の乱舞を作り出していた。その空間が近づくにつれ、ウェルニアの艦体に変化が生じる。
 円盤状の指揮ブロックの輪郭がひずんだかと思うと、その外板がまるで台風に飛ばされるトタン屋根のように次々に剥がれ、異常な空間に吸い込まれていく。ついには指揮ブロックと機関部を結ぶ接合部にひびが入り、引きちぎれる。分断された船体は一気に強度が低下し、まるで砂糖菓子を見えない手で押し潰したようにひしゃげ、ばらばらになった。全長250メートルを超える巡洋艦が完全に消滅してしまうまで、ものの1分もかからなかった。
 そうしてウェルニアと言う哀れな犠牲を喰らったその空間は、唐突にその姿を消していた。まるで、最初からそこになかったように。残されたのは、普通の星空と、点在する銀色の粒…ウェルニアの破片だけ。
「れ、れもさん…あれはいったい、何なんでしょうか」
「わ、わからないわ…」
 めるてぃの言葉にれも副司令はかぶりを振る。めるてぃも震えているが、彼女も震えていた。見たことのない恐怖の光景だった。二人でいなければ、泣き出していたかもしれない。
 しかし、れも副司令は必死に頭を働かせる事で、恐怖を忘れようとしていた。
(船を破壊するほどの重力源…それが唐突に出現したり消えたりするなんて…あれは自然現象ではあり得ない。だとすれば…)
 脱出できたかどうかわからないウェルニア艦長と同じようにれも副司令が考えたとき、唐突に救命カプセルにGが加わった。
「トラクタービーム? もう救援が来たの?」
 脱出してから五分も経っていない。たまたま近くを船が通っていたとしても、反応が早すぎる。れも副司令は首をひねってトラクタービームの発信源を見定めようとした。しかし、相手は闇に溶け込んでいて、良くわからない。
(ステルスシップ…!)
 その事が、彼女に相手の正体を報せてくれた。人目を掻い潜って悪事を為すもの…海賊船だ。相手があの奇怪な超重力と関連しているかどうかまでは、まだわからない。たまたま偶然近くで巡洋艦をやり過ごしていたのかもしれない。しかし、相手が相手だ。まともな扱いなど、期待する方が沙汰の限りと言うものだろう。
「めるてぃ」
「はい、なんです…かっ!?」
 れも副司令の呼びかけに上を見上げためるてぃは、その格好を見て仰天した。れも副司令は制服の前を開け、彼女らしく清楚なデザインの純白のブラに包まれた胸をさらしていたのである。
「れ、れ、れもさんっ、何をしてらっしゃるんですか!?」
 動揺しまくるめるてぃ。彼女は元々はプレラット人男性であり、れも副司令のようなテラン人女性のこういった姿を見たからといって、別に動揺する事はない。しかし、この状況下で副司令がどう考えても場違いな振る舞いに走ったため、彼女がショックのあまりどうかしてしまったかと思ったのだ。
 しかし、れも副司令はおかしくなどなっていなかったし、むしろ、次に起こるであろう局面を見据えて、そのために打てる手を打とうとしていたのだった。
「めるてぃ、この中に隠れていて。ちょっと窮屈かもしれないけど…」
「あ…はい、そう言う事ですか」
 プレラット人サイズのめるてぃなら、れも副司令の服の中に潜んでいたところで、そう目立たない。見つかったところで、じっとしていれば人形と間違えてもらえる可能性もある。れも副司令はそこに賭けたのだ。
 さらに、彼女はめるてぃが制服に入り込んでいる間に、もう一つの仕掛けを施していた。それは有効に働くかどうかはわからないものだったが、今打てる手は全て打とうとれも副司令は考えたのだ。
 やがて、めるてぃを懐に隠し終わった彼女が制服を着直し、一分の隙もない連合軍女性士官としての装いを整えたとき、カプセルはステルスシップの船内に収納されていた。
 
 
海賊戦艦"アビス"

 カプセルを降りたれも副司令は、何挺ものフェイザーブラスターに取り囲まれ、自分の銃やコミュニケーターを取り上げられた。が、懐のめるてぃには気付かれずに済んだ。
 その身体検査が終わったところで、彼女は銃で小突かれるようにして、この船のブリッジに連行された。そこで待っていたのは、年の頃は20代半ばかと思われる青年だった。なかなか秀麗な顔立ちをしており、周囲の荒くれと言っていい連中を威圧するだけの威厳も備えている。その物腰と雰囲気から、彼女は青年がこの一党のリーダーであると判断した。
 その青年は、れも副司令に近づいてくると、顔立ちに似合わぬ邪悪な笑みを浮かべた。
「これはこれは。捕虜はどんな奴かと思ってみれば、美人士官とはとんだ拾い物だな」
 その揶揄するような言葉の響きに、れも副司令は相手をきっと睨み付けて尋ねた。
「貴方たちはいったい何者ですか? 私が乗っていた艦を沈めたのは、貴方たちの仕業ですか!?」
 青年は大仰な仕草で頷いた。
「その通り。俺が設計したこの艦…"アビス"の記念すべき初戦果よ。初陣の相手としてはいささか物足りなかったが、まぁ仕方あるまい」
 れも副司令はもう一つ尋ねた。
「他に…救助した乗員はいたのですか?」
 青年は鼻を鳴らして答えた。
「誰もいない。お前一人だ。運が良かったな」
 その言葉に、れも副司令は内心激情が荒れ狂うのを感じた。沈んだウェルニアには200人からの乗員が乗っていたのだ。反射的に、青年の頬を張り飛ばしたくなる。
 しかし、れも副司令はその衝動を必死に押し殺した。ここで相手を怒らせても、何の益もない。生き抜いて、できれば相手の目的を探り出し、どうにかして連合にそれを伝える。例え捕虜となっても決して屈服しない。それが、今自分がやるべき事だと、彼女は知っていた。
「こちらからも聞こう。お前はどこの何者だ?」
 今度は青年から質問してきた。れも副司令は決して相手に負けないだけの気迫を込めて答えた。
「惑星連合宇宙軍少佐、れも。認識番号…」
「ああ良い。そんな数字の羅列に興味はない」
 青年はれも副司令の認識番号の暗誦を遮って、くくく、と忍び笑いを漏らした。
「そうか…TS9の副司令官殿だったか。まだ若い女なのに少佐だと言う話は聞いていたが…こんな可愛らしいお嬢さんだったとはね」
 青年はひとしきり笑った後、れも副司令のあごをきつく掴んで上を向かせた。痛みと困難になった呼吸に、思わずれも副司令は苦痛の声を漏らした。
「お前のところの艦隊には、俺の部下も含めて多くの海賊たちが泣かされてきた。だが、それももうすぐ終わりにしてやる。俺とこのアビスがな」
 そう言うと、青年はれも副司令の身体を離した。二、三歩後ろに下がり、咳き込む彼女を見ながら指示を下す。
「その淑女を部屋にお連れしろ。乱暴な事はするなよ。いずれ、そいつの家を奈落に叩き込む所を見せてやらねばならんからな」
 その指示を受け、二人の海賊が銃を彼女に向け、出口の方をあごでしゃくった。行けという事だろう。しかし、彼女はすぐには動かず、青年に最後の呼びかけをしていた。
「ま、待ちなさい。まだ、最初の質問に答えてもらっていないわ。貴方たちはいったい何者なの?」
 その言葉に、青年は顔だけ振り返って答えた。
「俺の名はウォレス・マーゼル。お前たちは、俺たちをマーゼル・ファミリーと言っているようだな。そんな品の無い名前に興味は無いが」
 それっきり、青年は口を閉ざし、れも副司令は艦内の一室に閉じ込められる事になった。ベッドがあるだけの殺風景極まりない部屋だが、擦り切れているとはいえ、毛布とシーツは常備されていた。
 とりあえず虐待される心配はないらしい。 れも副司令はそう判断すると、室内を見回し、盗聴器や監視カメラがないかどうか探してみた。それも無い、と判断し、れも副司令は制服のボタンを外した。
「めるてぃ、苦しくなかった?」
「苦しくは無かったけど、暑かったですぅ〜」
 顔を真っ赤にしためるてぃが制服の中から出てきて、ベッドの上に倒れこんだ。れも副司令は制帽を脱ぐと、それで扇いで風を送ってやった。その甲斐あって、数分後にはめるてぃは復活していた。
「はぁ、ありがとうございました…ところで、あのマーゼルって言う連中は、何なんですか?」
 DOLL対策チームにはいても、軍務には就いていないめるてぃは海賊事情には疎かった。そこで、れも副司令はしっかり解説しておく事にした。
「マーゼル・ファミリーは惑星ダイノン近辺を根拠地にしている広域海賊よ。勢力的には『猫の耳』なんかには及ばないけど、かなり大きなファミリーの一つね。リーダーのウォレスは連合の辺境政策に不満を持つ連中を糾合し、たちまち大勢力の頭に上り詰めた男で、確かにある種のカリスマはあるようだわ」
 なるほど、と頷くめるてぃ。れも副司令はさらに解説を続けた。
「で、これが彼らが変わっている所なんだけど…マーゼル・ファミリーは惑星連合に対してダイノン周辺宙域の分離独立を求めているのよ。自分たちでは『ダイノン解放戦線』を名乗って、海賊行為もレジスタンスのうちだと言い張っているわ。もちろん、連合はそんなことは認めていないけど…」
 ダイノンはその宙域の主要交易港だが、同時にそれなりの工業・農業生産力を有する域内大国でもある。その気になれば、周辺地域を経済的に支配するのも難しくは無い。連合の干渉を廃する実力があれば、と言う大前提が付くが…
 その瞬間、れも副司令は気が付いた。めるてぃも顔を青ざめさせる。あの謎の重力源。あれを例えば艦隊の直中に出現させれば、それだけで一個艦隊に壊滅的な打撃を与える事も可能だろう。それだけではない。ウォレスはれも副司令に「そいつの家を奈落に叩き込む所を見せてやらねばならん」と言っていた。つまり、TS9を破壊するつもりなのだ。それだけの実力がアビスにはある。
 TS9が破壊され、そこにこの重力兵器艦アビスが居座れば、惑星連合はトランス・ワープチューブの入り口を完全に閉鎖され、第九方面軍管区は孤立する。通常空間航行で艦隊を派遣するのに数ヶ月。その間に、マーゼル・ファミリーは思う存分勢力を拡大する事ができるだろう。
 ウォレスの狙いはダイノン独立などではない。第九方面軍管区自体の支配権奪取だ…それが二人の辿り着いた結論だった。
「なんとかして、司令やワイアード提督に連絡しなければ…」
 れも副司令は唇を噛んだ。これほど大掛かりな陰謀を察知したと言うのに、それを伝える手段が何も無いのだ。
「ボクが通信室に忍び込んで来ましょうか…?」
 めるてぃが申し出てきた。この部屋の通気口は、彼女なら通過できる幅だ。れも副司令は、一瞬その提案に頷きかけた。しかし、すぐにそれを押し止める。もしそれをやったら、成功失敗にかかわらず、自分もめるてぃも殺されるだろう。自分が死ぬのは良いとしても、シビリアンのめるてぃを巻き添えにするのは、さすがに躊躇われた。
「それは待って。何とか手を考えるわ…」
 どうしても他の手が無いとすれば仕方が無いが、今はありとあらゆる可能性を検討すべき時だった。
 しかし、その二日後、船が減速に入ったため、部屋の外にいる見張りに理由を尋ねたれも副司令は、答えを聞いて絶望的な気分になった。
「根拠地に着いたのさ。そうなったら、お前さんはここよりもっと頑丈な牢屋に入れられる事になる。楽しみにしてる事だな」
 もしそうなったら、めるてぃに脱出の手伝いを頼むのも難しくなるだろう。昨日の内に無理をしてでも通信をしておくのだった、と後悔した時、窓の外に白い惑星が見えてきた。
 
 
惑星ホワイト・ヘル衛星軌道上

 やや昏いオレンジ色の恒星が光を投げかける中、その惑星は純白の輝きを見せて宇宙に浮かんでいた。
「これがホワイト・ヘル…見た目はきれいな星なのになぁ」
 二日間寝て、すっかり回復した頼香が言うと、シューマッハがセンサーの計測した数字を読み上げた。ちなみに、さすがにもう女装はしていない。
「地表の気温…赤道付近で氷点下35℃。極地付近じゃ氷点下100℃を軽く下回っている。恐ろしい寒さだ」
 バリックの船、メモリアス・ヒルダは3日をかけてホワイト・ヘルに到達していた。本来なら惑星連合軍と合流し、態勢を立て直したいところだったが、そうできない事情がいくつもあった。
 その最大のものが、ダイノンでパトロール船の攻撃を受けた際、送信用のアンテナを破壊されていた事だった。放送や無線を受信する事はできるのだが、こちらから通信する事ができないのである。
 次に、連合軍の巡洋艦が謎の遭難事故を起こしたため、第九軍管区全域に非常警戒宣言が出され、多くの軍艦や警備船が出動していた事だ。普通なら、軍と接触する機会が増えたところを喜ぶべきだが、ダイノンの騒ぎのせいで、バリックとその一味(頼香とシューマッハの事だ)はテロリストと勘違いされていたため、下手にそれらの船に近づこうものなら、問答無用で攻撃されかねない。しかも、こちらから言い訳すらできないのだ。
 そして、もっと最悪な事だが…船の燃料と食料は、急な出港のため、少ししか残っていなかった。
 そんなわけで、寄る辺を失った頼香たちはホワイト・ヘルにやってきたのである。ここに潜む海賊さえどうにかすれば、彼らの物資をいただけるし、通信アンテナのスペアくらいはあるだろう。
 恐ろしい事に、海賊の上前をはねると言うこの違法行為に対し、遵法精神の強いシューマッハですら異論を唱えなかった。人間、追い詰められれば何でもやるようになる、と言う良い証拠かもしれない。
「バリックさん、この星に一番詳しいのは貴方だ。連中の基地がどの辺にあるか、見当が付かないか?」
 シューマッハの言葉に、頼香とバリックは顔を見合わせた。宇宙に上がってきてから、シューマッハの態度が微妙に変化してきている。以前の無意味な尊大さが影を潜め、他人を尊重しようと言う傾向が見えてきたような気がする。
 良い事だ、と頼香と目で会話しておいて、バリックはホワイト・ヘルの地表マップを表示させた。
「連中の基地だが、まぁ普通に考えれば赤道付近だろうな。寒いと言ってもまだ耐えられる気温だし、凍っていない海水面は航宙船を係留しておくのに都合が良い」
 パネルにタッチして、赤道付近をズームアップさせるバリック。その中で、海岸線になっている辺りをさらに重点的にズームアップした。それを見て、シューマッハが言った。
「この入り江なんか良さそうだな。まだ凍っていない大洋に面しているが、周りの半島のおかげで波は荒くなさそうだ」
 バリックはにやりと笑った。
「良い所に目をつけたな。他はどうだ?」
 そうやって、二人は地図を見ながら怪しげな地点をピックアップしていった。頼香はそれを見て感心した。シューマッハもそうだが、バリックもである。ただこの星に詳しいと言うだけでなく、地図を見ながら地形が軍事面に及ぼす影響を探る術…兵要地誌の作り方、読み方をしっかり学んだ人間の考え方だ。
(本当に、何者なんだろう、この人)
 頼香が感心しつつも考えたとき、長距離レーダー・センサーが警報を発した。頼香は慌ててスクリーンに飛びついた。
「星系外から船が接近して来る。エネルギーゲインの反応から見て、戦闘艦の可能性大!」
「アクティブレーダー・センサーカット! 両舷即時全力運転用意、全砲門エネルギー充填、戦闘即応待機!」
「了解!」
 軍人のようなバリックのきびきびした命令に、思わずそれぞれの席に就く頼香とシューマッハ。発見されれば即座に応戦または退避できるよう準備を整え、じっと息を潜める。しかし、モニターに映し出されたその海賊船を見た瞬間、全員が思わず息を呑んだ。
「でかい…戦艦クラスだな」
 頼香が声を潜めて言う。小声で喋ったからと言って見つかる確率が下がるわけではないのだが、まぁ気分の問題だ。
「ああ。くそ、黙って見過ごすのは嫌なものだな」
 シューマッハが答える。本来なら、もっと強力な打撃艦艇を率いて、連中と戦いたい。それが彼本来の希望だ。
 歯噛みする若者二人だったが、どうやら、相手はこちらに気付かなかったらしく、そのままホワイト・ヘルの大気圏めがけて降下を開始していた。その時だった。
「あれ?」
「おや?」
 頼香とシューマッハが同時に自分のコミュニケーターを見た。着信があったのだ。そして、その発信者の名前を見て、二人は驚いた
「「れも副司令!?」」
 それは見間違えようも無い彼女のパーソナルコードだった。頼香が嬉しそうに顔を上げた。
「ひょっとして、近くまで来てるのかな? 俺たちの事情を察して」
「ああ…いや、待て。確か、副司令はハーラットの会議に行ってて、今日あたりTS9に帰るころだ」
 シューマッハが随分詳しく、れも副司令のスケジュールを把握している事を示す。
「それに、あの人なら、まだ海賊船がいるようなところで迂闊に通信なんか送ってこないはずだ…」
 そう言いながらも発信源を探ったシューマッハが、探知結果を見て硬直した。
「どうした?」
 頼香が不審げに呼びかけると、シューマッハは震える声で答えた。
「発信源が…さっきの海賊船の中だ」
「なんだって?」
 一瞬言葉の意味がわからず、戸惑った頼香だったが、ふとあることに気がついて、シューマッハに尋ねた。
「なぁ、さっき、副司令がハーラットに行ってて、今日帰るって言ったよな」
「…ああ、それがどうかしたか?」
 シューマッハが答えると、頼香は受信したニュースの画面を呼び出した。巡洋艦ウェルニア遭難のものだ。
「この艦もハーラットからTS9に向かっていたんだ。もし、副司令がこれに乗ってたとしたら…」
「今の海賊船で捕虜になってるかもしれないって事か!」
 シューマッハは状況を理解した。ウェルニアの遭難が海賊の襲撃によるものなら、十分あり得る話だ。
「くそ、そうなると、ぼやぼやしてられないぞ。すぐに救出に行かねば!」
 汚い部屋に閉じ込められ、必死に助けを求めているれも副司令の姿を想像し、シューマッハは使命感に燃え上がった。頼香は、いきなりやる気が爆発したシューマッハの様子に、目を白黒させていた。
「まぁ、落ち着け若者。まずはあの船がどこへ降りるか、それを探るのが先だ。お嬢さん、奴の航路をトレースしてるか?」
「はい、やってます」
 頼香は返事をした。確かに、あれは絶好の道案内人だ。センサーを操作し、相手の航路を丹念に追っていく。やがて、その船は大陸の中央部にある大きな湖の畔に着陸して行った。
「海岸じゃなかったか…条件的には同じだが、まあ、地図を見て基地を探る手間が省けたぜ」
 バリックがにやりと笑う。
「こちらも着陸準備だ。船を軌道上の小惑星に係留し、シャトルで降りるぞ。用意しな」
「了解!」
「わかった」
 シューマッハが気合の入った返事を返し、ブリッジを飛び出していく。頼香はその後からわけがわからん、と言いたげに付いて行き、ブリッジにはバリックが残った。
「いやはや、若いねぇ」
 苦笑しながら呟くバリック。頼香はわからなかったようだが、彼はシューマッハが今の海賊船に捕らわれていたらしい人物に思いを寄せている事に気がついていた。
「さて、俺も行くか…これ以上、この星を悲劇の舞台にはさせん」
 真面目な顔になると、バリックは自分の頬を一つ叩いて気合をいれ、自室に向かって行った。
 
 
惑星ホワイト・ヘル マーゼル・ファミリー基地

 重力兵器艦アビスを降りたれも副司令は、再び懐にめるてぃを潜ませたまま、基地内の牢屋に連行された。途中、窓から見る景色は白銀一色だった。れも副司令の背筋を思わず冷たいものが駆け上る。彼女は遺伝的には半分プレラット人であるため、寒さは苦手なのだ。
(いったいここはどこの星なのかしら)
 れも副司令はそう思ったが、聞いたところで海賊たちが素直に答えるとも思えなかったので、尋ねはしなかった。
 連れて行かれた牢屋は、アビスの船室と大差ない作りだった。同じように室内をチェックし、監視カメラの類が無い事を確かめる。しかし、カメラなどあってもなくても同じようなものだった。途中の通路には山ほどトラップが仕掛けられていたからである。
 ただ、大量のトラップの存在は、ある意味明るい材料をれも副司令に提供していた。
(これほど罠があるということは…敵は監視にあまり人数を割けない、と言うことね。意外に人員不足なのかしら?)
 戦艦並みの巨体を持つアビスのような艦を建造・運用しているところから、強大な組織だと考えていたのだが、逆に言えば、アビスの運用に相当の力を吸い取られているのかもしれない。そこに付け入る隙がありそうだ、とれも副司令は考えた。
 そして、もう一つ彼女にとって嬉しい発見があった。牢屋の通気口は嵌まっている格子こそ頑丈だが、めるてぃがすり抜けられる幅だったのである。
「それじゃ、偵察をお願いするわね、めるてぃ」
「はい、任せてください!」
 れも副司令の頼みをめるてぃは快諾し、通気口に入り込んだ。さっそく進もうとする彼女を、れも副司令が呼び止める。
「めるてぃ」
「はい?」
 振り返るめるてぃに、れも副司令は真剣な表情で言った。
「絶対に無理をしちゃダメよ。特に、通気口からは絶対に出ないで」
 めるてぃは頷くと、通気口の中をゆっくりと歩き始めた。すぐに最初の格子にぶつかる。下を覗き込んでみると、数人の男性が捕らえられていた。随分長い間ここにいるのか、かなりやつれた様子で、服もぼろぼろになっている。しかし、どうやら船員らしいと言う見当はついた。
(襲われた船の人なのかな…?)
 めるてぃはそう考えると先に進んだ。あの様子だとあまり期待できないが、逃げるときになったら、一緒に戦ってくれるかもしれない。
 その後、牢屋の中を見て回ったが、れも副司令以外では、全部で12人の捕虜がいる事がわかった。全員が男性で、かなり長期間ここにいるようだ。めるてぃはその事と、捕虜のいる部屋の配置を覚えると、先へ進んだ。
 牢屋のブロックを出ると、そこは長い通路になっていた。捕虜が逃げられないように、無数のトラップをこれ見よがしにつけた例の場所である。さすがに通気口の中までは仕掛けられていなかったので、めるてぃは安心して進む事ができたが、途中で格子から顔を出して外を覗いてみた時に、窓から見える極寒の世界に身を震わせた。彼女も元プレラットだけあって寒いのは嫌いだった。
「そっか…この通気口を塞いじゃったら、牢屋の方の暖房が止まってみんな死んじゃうな」
 めるてぃは牢屋が離れとして建てられている目的を悟った。そんな事にならないようにするには、今海賊以外でただ一人自由に動ける彼女の責任は重大だ。寒さだけでなく、その事に身体を震わせると、めるてぃは気合を入れなおして基地の主要部へ入り込んだ。
 通信室や監視室、食堂などを覗きながら先に進んだところで、めるてぃはひときわ広い部屋の天井に着いた。話し声が漏れてくる。彼女は格子の隙間からそっと中を覗き込んだ。
「あの逃げたトレーダーと連れのガキどもはまだ見つからないのか!」
 ウォレスだった。尊大な態度で、ひと回り以上年齢が上と思われる部下を怒鳴りつけている。
「申し訳ありません、キャプテン…何しろすばしこい連中でして…あのトレーダーも曲者と評判の男なのですが、子供の方も只者ではないようです」
「ほう? ガキが?」
 部下の報告に、ウォレスも興味を持ったようだった。そして、部下が写真…望遠で取った物を引き伸ばしたらしく、少し鮮明さが足りない…を出したとき、めるてぃは驚きのあまり声を上げそうになった。
 それは、少年の扮装をした頼香の写真だった。一緒に写っている少女の方は、見覚えがあるような気もするが…誰だかわからない。
「この子供の方が、ダイノン星警の特殊部隊を壊滅させたそうです。現在何者か問い合わせているところだそうで」
「そうか…ふん、使えない連中だ。来月は奴らに金を払わなくていい…いや、来月の今頃は、もう連中に対して命令を下せる立場になっているのだったな」
 ウォレスが笑う。その言葉に、めるてぃは彼が支配者たらんとしている野望を秘めている事を確信した。
「ともかく、この3人は見つけ次第殺せ」
「は…しかし、娘の方は少々もったいないですな」
「なら、殺す前に好きに使えば良いだろう。ともかく、できなければ、貴様もニックと同じ目にあうと思え」
 キャプテンの言葉に、部下は心底震え上がったようだった。
「わ、わかりました…次は必ず吉報をお持ちします」
 そう言うと、部下は転がるようにウォレスの前を立ち去った。彼は鼻を鳴らして椅子に座り、グラスに注がれた酒…ワインか何かをぐっと呷った。
「くそ…ニックの奴が下手な小遣い稼ぎなど考えなければ、邪魔が入る心配などしなくてもいいものを…」
 そう吐き捨てるように言うウォレス。自信たっぷりに見えても、意外に神経質なところがあるのだな、とめるてぃは思った。そして、その場をそっと離れた。
 頼香が今回の事件で動いているらしい事を、れも副司令に早く報せてやりたかった。そうすれば、彼女も少しは安心できるだろう。
 その逸る気持ちが良くなかったのか、めるてぃは格子を超えるときに、足を踏み外してしまった。
「きゃっ!?」
 咄嗟に格子を手で掴み、落下を防ぐ。幸い、周囲に人は無く、彼女の悲鳴を聞いた者もいなかった。
「はぁ…びっくりした。気をつけなきゃ」
 めるてぃは自分に言い聞かせると、素早く通気口に戻った。だが、それを見ていた者がいた事には気付かなかった。
 
 
マーゼル・ファミリー基地近郊

 雪の中を2台のスノーモビルが疾走していた。地上に降りてきた頼香とシューマッハだ。バリックの船から持ち出してきたフェイザーライフルやブレードを持ち、軽装甲宇宙服を着込んだ完全武装だ。なお、バリックはシャトルで待機している。
 とは言え、いくらこの2人の実力が卓越しているとは言っても、数千人規模の海賊が起居しているであろう基地を攻め落とそうなどとは考えていない。
「フレイクス少尉、副司令の発信はまだ続いてるか?」
「ああ、ばっちりだ」
 シューマッハの質問に、頼香は自分のコミュニケーターの着信記録を見て答えた。
 半日前、ホワイト・ヘルの衛星軌道で海賊の巨大戦艦とニアミスをした時に起きた、れも副司令からの着信。それは三十分に一回、0.1秒ずつの着信が一定のパターンで続く奇妙なものだった。用事があれば普通に音声会話をすればいいのに、と思った頼香だったが、その意味に気付いたのはシューマッハだった。それは通信符号であり、地球のモールス信号に似た古い通信方法である。それを解読すると…
『我れ海賊戦艦内に在り 至急救援を請う』
 と言う意味になっていた。
 海賊戦艦の着陸後も信号が変わらない事から、シューマッハはれも副司令がこの信号を変更する事ができない状態にある、と推測した。つまり、彼女はコミュニケーターを取り上げられる事を予測してこの信号を発信するように細工をし、その後予測どおりコミュニケーターを没収されたと考えたのである。
 それにしても信じられない幸運だった。コミュニケーターの出力の弱い発信能力では、その電波はせいぜい一光日しか届かない。その届く範囲にメモリアス・ヒルダ号がいたと言うのは、奇跡的な確率と言えた。
 また、コミュニケーターを取り上げただけで満足した海賊たちの油断も、頼香たちやれも副司令に幸いしていると言えた。その幸運が続いて勝利を呼び込んでくれる事を信じ、頼香たちは海賊基地へ出撃したのである。
「それで、手順は? 隊長」
 頼香がシューマッハに尋ねる。もちろん、基地侵入の話だ。
「まずは定石どおり偵察だな。確実にれも副司令の所在を確認する必要がある」
 シューマッハが答える。そう、目的は第一にれも副司令の身柄奪還。そして、第二が航宙船の奪取だ。メモリアス・ヒルダは航行機能的には万全だが、もう燃料が残り少ないし、超光速通信機も壊れている。救援を呼ぶには航宙船の奪取が不可欠だった。
「本当は、事前に衛星軌道からの写真が取れれば完璧だったんだがな」
「まぁ、無い物ねだりをしてもしょうがないさ」
 二人はそう言い交わしながら、最後の丘の稜線に近づくと、その直下でスノーモビルを止めた。最後の10メートルほどを自力で登り、海賊基地があるだろう湖畔を見た。
「ほぉ…」
「うわぁ…」
 二人は思わずため息を漏らした。それはまさに絶景と言うべき風景だった。
 凍結した広大な湖はどうやらクレーターに水が溜まったものらしく、きれいな円形をしていた。彼らがいる丘も含むクレーターの外輪山は白銀に輝き、湖岸に沿って遥か彼方まで連なっている。
 その、外輪山と湖岸の間の僅かな平地に、海賊の基地が建造されていた。中央の本部と思われる城砦を挟み、左右に広がるようにいくつかの建物があるのは、倉庫や住居の類と見えた。その正面には港があり、軌道上で目撃した戦艦クラスの巨大海賊船の他、軽快艦艇が何隻か停泊していた。海賊が良く愛用する、外洋クルーザーに武装を施したものだ。奪取するならこっちの方だろう。
 しかし、改めて肉眼で見ると、巨大海賊船はただ単に大きいだけでなく、なんとも言えない禍々しいと言っても良いような雰囲気を漂わせていた。れも副司令が乗っていた艦を襲ったのは、この巨大艦かもしれない。
「さて、副司令が捕まってるとしたら、どこにいるのかな」
 頼香は双眼鏡を出して基地を観察した。双眼鏡とは言っても、レンズで捉えた対象をデータ化し、内臓コンピュータで補正した鮮明な画像を接眼部のディスプレイに映し出す、一種のデジタルカメラである。まるで手を伸ばせば触れそうなくらい、細部まで捉えられた映像が頼香の目に飛び込んできた。
「うーん…窓が小さくて、中がわかりづらいな」
 寒冷地だけに、窓を小さくする事で保温効果を高める構造をとっているらしい。それでも、頼香は外見からわかる情報を必死に読み取ろうとした。
「しかし…本当にすごい要塞みたいな基地だな。こりゃあ、忍び込むのに手間がかかりそうだぜ」
 頼香は呆れたように言った。真ん中の「城砦」部分には、かなりの数の対人自動銃座や地対宙ミサイルのランチャーが取り付けられ、中庭にはホバー戦車なども停まっていた。
「僕にも見せてくれ」
 シューマッハはそう言って頼香に双眼鏡を借り、基地の防備状況を観察すると、頭の中で状況をシミュレートしてみた。そして、困った表情になった。
「これは拙いな…進入して副司令を救出するだけでも一苦労だが、船の方も厳重に守られている。ここを制圧するなら、一個連隊か、海兵の二個大隊は連れて来たいな」
 それぞれ5000名、1200名の戦力である。
「俺たちだけじゃ、侵入もままならないかぁ」
 頼香が天を仰いだその時、シューマッハが「あっ!?」と大声を上げた。驚いた頼香は姿勢を崩して、危うく外輪山のふちから落ちそうになった。
「ど、どうしたんだ?」
 失態の照れ隠しのように頼香が聞いたが、シューマッハは彼女の方を向いていなかった。建物の一角をじっと真剣な表情で見つめていた彼は、双眼鏡から目を話して頼香に向き直った。
「めるてぃ君がいた」
「…え? めるてぃが?」
「ああ、一瞬だが、姿を見せたんだ。あれはめるてぃ君に間違いない」
 シューマッハは頷き、もう一度真剣な表情で基地を見つめた。
「どうやら、彼女は捕らわれていない…と言うか、何とかして海賊たちの目を逃れたんだろう。自由に行動しているようだ」
「と言うことは…めるてぃとは連絡が付くんだ!」
 頼香は自分のコミュニケーターを見た。
 
 
マーゼル・ファミリー基地 独房

 めるてぃの首に掛けられたコミュニケーターに着信が入ったのは、部屋に戻ってれも副司令に偵察の結果を報告しているときの事だった。突然の着信に驚いた彼女は、それが誰からのものかに気付いて、喜びの声を上げた。
「頼香さんですよ!」
 れも副司令は頷き、めるてぃに通話に出るように言った。めるてぃがスイッチを押すと、頼香の声が聞こえてきた。
『こちら頼香。聞こえますか? どうぞ』
「はい、聞こえます!」
 めるてぃは何度も頷いた。
『めるてぃ? 副司令も一緒か?』
「一緒よ。聞こえる? ライカ少尉」
 れも副司令が答えると、頼香とは別の声が聞こえてきた。
『副司令、ご無事ですか!?』
「その声はシューマッハ少尉ね。今のところは大丈夫よ」
 れも副司令がそう答えると、無線の向こうで安堵の息をつく音が聞こえた。
『わかりました。これから救出作戦を詰めますので、しばしお待ちください。必ずお迎えに上がります』
「わかったわ。私たちがいるのは、基地の左手の離れよ」
『了解。では一度通信を終えます』
 傍受を警戒してか、この短いやり取りだけで無線は切れた。しかし、れも副司令とめるてぃの表情には明るさが戻っていた。
「それじゃあ、私たちも少し仕掛けをしましょう。良い? めるてぃ」
「はい」
 
 その頃、頼香はシューマッハの顔を見て尋ねていた。
「救出作戦を詰める…って、何か思いついたのか?」
 さっきまで大部隊を投入しなければ勝ち目は無い、と言っていた彼の自信に満ちた表情に、頼香は不思議そうな顔をした。すると、シューマッハはニヤリと笑った。
「ヒントは君が教えてくれたよ。この星には一個連隊どころか、一個軍団ほどの援軍があるのを忘れていた」
「え? 俺が?」
 自覚の無い頼香がきょとんとした表情でシューマッハを見る。
「ああ。ただ、今の装備だと少し不足だな。一度シャトルへ戻って、装備の調達と計算をしよう。戻るぞ、フレイクス少尉」
「え? あ、ちょ、ちょっと待てよ!」
 さっさとスノーモビルに戻っていくシューマッハの後を追う頼香。
 彼女が降りていく反対側、外輪山の内斜面には、さっき彼女が態勢を崩したときに落とした雪の塊が転がった跡が、遥か下まで延びていた。
 
 
シャトル

 シューマッハの考えた作戦は、頼香とバリックを驚愕させるには十分だった。
「「雪崩を起こす〜〜〜ぅ!?」」
 異口同音に叫ぶ二人に、シューマッハは頷くと、ディスプレイにクレーターの断面図を表示させた。
「ああ。あの基地はクレーターの内側にある。クレーターの外輪山の斜面は、この通り内側の方が傾斜がきついんだ。しかも、この星では長年の寒冷のせいで、斜面に植生がない。斜面の途中に爆発物を埋め込んで点火してやれば…」
「大雪崩で基地は消し飛ぶ…って寸法か。しかし、危険すぎるな」
「そうだぜ、そんな事したら、れも副司令たちが危ないじゃないか!」
 口々に言う頼香たちに、シューマッハは頷いてみせる。
「もちろん、何の考えも無しにやればそうなるだろうな。だから、基地の中央棟を埋めるだけの規模の雪崩を引き起こすように、発生点や爆発の大きさを調整する」
 そう言うと、シューマッハは敵基地と周辺の地形の模式図を画面に表示させた。積雪量と基地の内部構造に関しては、偵察の時に撮った写真からコンピュータに推測させている。
「これを使えば、望む規模の雪崩を起こせるとは思うんだが…基地の強度がいまいち不明なんだ。バリックさん、寒冷地建築については貴方の方が詳しいだろう。計算を頼めないか?」
「ああ、構わんが」
 バリックはシューマッハの依頼を快く引き受けた。
「俺はどうすれば良い?」
 頼香が聞くと、シューマッハはブリッジの横にある仮眠室を指差した。
「フレイクス少尉には突入後に働いてもらう。今のうちに休んでおいてくれ」
 頼香は複雑そうな表情をしたが、次に明るい表情になった。
「なんか悪いなぁ…そうだ、ちょっと待っててくれ」
 そう言うと、ブリッジを出て行く頼香。シューマッハとバリックは首を傾げつつも仕事にかかったが、二十分後、頼香が持ってきた物に顔をほころばせた。
「頭使うと疲れるだろう? これでもつまんで頑張ってくれよ」
 彼女が作ってきたのは、フルーツサンドとホットレモネードの組み合わせだった。礼を言う二人に応え、仮眠室に入っていく頼香。それから、さわやかなレモンの香りが漂うブリッジ内で男二人が計算を続け、ようやく全ての計画案が纏まったのは、6時間後の事だった。


マーゼル・ファミリー基地

 雪崩作戦の立案後、シューマッハとバリックは二時間ほど仮眠を取っただけで、マイナス50℃近い屋外へ飛び出していた。シューマッハは昼間の装備に加え、雪崩を起こすためのミサイルランチャーも背負っている。
「あんまり寝てないんだろう? 大丈夫か?」
 頼香が心配そうに言ってくるが、シューマッハは作戦完成の興奮もあり、疲れてはいても気力は充実していた。
「心配ないさ。今なら何だってできそうな気がするんだ」
 そう答えると、頼香は納得したわけではないが、頷いてスノーモビルの操縦に専念した。
 やがて、3人は再び基地の見える丘の上に到着したが、基地の様子は半日前とは様変わりしていた。
 港では例の大型戦艦が再出港の準備にかかったらしく、忙しく物資の補給が行われている。しかし、それよりも目を引いたのは、城砦部分の中庭に、何に使うのかわからない12本の柱が立てられていたことだった。
「なんだろう、あれ?」
「さあ…」
 頼香とシューマッハが首を捻る横で、バリックは嫌な予感に身を震わせていた。
「まさかな…いやしかし」
 何か知っているのか、と言いたげな表情で頼香とシューマッハがバリックの顔を見ようとすると、基地で動きがあった。慌てて監視に戻る二人。すると、広場に銃を突きつけられた12人の男性が連れてこられるのが見えた。この極寒の中で、彼らにはまともな防寒具すら与えられておらず、ふらふらと雪の上を歩いていく。その男性たちが柱に縛り付けられ始めたのを見て、頼香もシューマッハも、事態を悟った。彼らはこれから海賊に処刑されるのだ。
「まずいぞ、助けないと!」
「うむ、しかし…」
 頼香の叫びに、シューマッハは逡巡した。ここで飛び出せば、雪崩作戦に支障をきたす。それに、12人の処刑される事情がわからない。ひょっとしたら、海賊同士の仲間割れかもしれないからだ。
 しかし、もう一度確認のために双眼鏡を覗いたシューマッハは、ある事に気がついた。12人は全員似たような白い服を着ている。と言うか、民間船舶の乗組員たちが着る制服のようだ。
「くそ、捕虜だ。たぶん拿捕された船の乗員だ!!」
 シューマッハは叫んだ。これでは雪崩作戦は使えない。彼らも巻き添えにしてしまう。すると、頼香がシューマッハの方を向いた。
「なぁ、雪崩はれも副司令のいる建物は巻き込まないようになってるんだよな?」
「ああ、計算上はそうだが」
 シューマッハが頷くと、頼香はいきなり斜面から飛び出した。スノーモビルで目もくらむような急斜面を駆け下りていく。まるで、鵯越の源義経だ。
「あっ、フレイクス少尉! 勝手な真似をするな!!」
 怒鳴るシューマッハに、頼香が叫び返す。
「あの人たちを助けて、れも副司令のいる建物に逃げ込む! タイミングを見て、作戦を決行してくれ!!」
 頼香は既に斜面を半分近く駆け下りていた。もう戻るのは難しい。すると、バリックもアクセルを吹かすと、頼香の後を追い始めた。
「嬢ちゃんのことは任せろ! お前さんは作戦を頼むぞ!」
 たちまち小さくなっていく二人に、シューマッハは大声で毒づいた。
「ええい、くそっ! みんな勝手な真似ばかりしやがって!!」
 彼らしくない汚い言葉遣いでしばらく怒鳴り散らした後、シューマッハはミサイルランチャーを下ろし、代わりにスナイパーライフルを手に取った。
 
 その攻撃は、海賊たちにとってまさに奇襲となった。
 出撃を前に、景気付けに不要になった捕虜たちを処分しようとしたウォレスは中庭での銃殺を命じた。もともと、暴力に忌避感がないどころか、大いに好んでいる連中が集まっているのが海賊だ。中庭はたちまち人で埋まった。
 そこへ、哀れな捕虜たちが引き出されてくる。その中の一人がウォレスを見ると、マイナス50℃の寒さもものともしない熱い怒りを滾らせた口調で吐き捨てた。
「ろくな死に方をせんぞ、悪党め!」
 ウォレスは何も答えず、銃殺準備をさせた。やがてそれが整い、致死レベルに出力を上げたフェイザーライフルの銃口が捕虜たちに向けられた。
「よし、う…」
 ウォレスが発砲を命じかけたその瞬間、いきなり銃殺隊の戦列を幾筋ものフェイザーが薙ぎ払った。
「!?」
 さすがに驚くウォレス。その時、雪原の向こうから、雪煙を蹴立ててスノーモビルが突っ込んできた。
「うおおおおぉぉぉぉっっ!」
「くらえ、悪漢ども!」
 頼香とバリックは片手でフェイザーマシンガンを構えると、海賊めがけて撃ちまくった。奇襲のせいか、相手がたった二人とは気付かないのだろう。圧倒的な人数の海賊たちが総崩れになって逃げ惑う。基地の自動銃座も、中庭に溢れる味方が邪魔で撃つ事ができない。
 頼香が雪煙を派手に蹴立てて敵を撹乱する中、バリックは柱に縛り付けられた捕虜たちの前でスノーモビルを止めると、ナイフを抜いて彼らに駆け寄った。
「惑星連合軍だ! 皆さんを救出に来た! 援軍が来るから、左手の建物に逃げ込んでくれ!」
「わ、わかった!」
 バリックが縛り付けていたロープを切ると、捕虜たちは自分たちが収監されていた建物めがけて走り始めた。すると、比較的冷静な海賊の一人が、フェイザーブラスターを抜いて捕虜たちに向けた。しかし、次の瞬間、額と胴体をフェイザーに貫かれ、死の舞踏を舞って倒れ伏す。外輪山の上に残ったシューマッハの狙撃を受けたのだ。
「嬢ちゃん、捕虜は逃げたぞ! 俺たちも退避だ!!」
「わかった!」
 バリックの言葉に、派手にスノーモビルで走り回っていた頼香がハンドルを返す。それを見たウォレスが自分のコミュニケーターに叫んだ。
「捕虜どもは牢屋に戻ったぞ! 馬鹿な奴らめ、皆殺しにしろっ!!」
『へいっ!』
 それを聞いて、基地の中にいた海賊が牢屋へ続く長い廊下に踏み込んだ。しかし。
「え? うわあああぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 突然、捕虜に向けられるはずの廊下の罠が、一斉に彼らに牙を剥いた。床からせり出した銃座が猛烈な弾幕を張り、天井や床から槍が飛び出す。海賊たちはほうほうの態で本棟に逃げ込んだ。
「えへへ、やりましたっ!」
 それをみて手を叩いたのが、天井裏に入り込んでいためるてぃだった。彼女の前には、繋ぎ代えたトラップ群の配線があった。頼香たちの来る前に万が一の場合があった時に備え、細工をしておいたのだ。
 その頃、頼香たちも無事に建物の中に逃げ込み、扉をロックしていた。これで、牢屋の建物は鉄壁の城砦と化したわけである。
「れも副司令! いますか!?」
 頼香が叫ぶと、扉の一つが中からノックされた。頼香はフェイザーブレードを抜くと、鍵を叩き壊した。
「ライカ少尉! よく来てくれたわ」
 中かられも副司令が出てきて、頼香に握手を求める。硬く手を握り合ったところに、バリックとめるてぃ、それに捕虜のリーダーも駆けつけてきた。
「はい、副司令! それより、今から飛び切りすごい援軍が来ます! 万一に備えて、一番頑丈そうな部屋に避難しますよ!!」
「え? 援軍? どうして援軍から避難するの?」
 訳のわからないれも副司令は首を傾げたが、とにかく建物の奥の倉庫のような場所へ、全員が逃げ込んだ。
 
 シューマッハは既にスナイパーライフルからミサイルランチャーに持ち替えていた。ミサイルには、どこに着弾させれば良いのか、しっかり地形データがインプットしてある。弾頭の炸薬の量も調整済みだ。
「そうだ…不安に思うことはない。僕の計算は完璧なはずだ」
 シューマッハは自分にそう言い聞かせ、ランチャーの引き金を引いた。夜目にも鮮やかなバックブラストと白煙を引いてミサイルが飛翔する。それは数秒で基地背後の急斜面の只中に命中し、轟然と爆発した。
 最初の数秒間、爆炎と白い雪煙が上がっただけで、そこには何の変化もおきなかった。まさか、失敗か?とシューマッハが焦りを感じた時、それは起きた。
 白い斜面に黒い亀裂が走った。その亀裂は見る間に広がり、その下の部分に積もっていた数万トンの雪が、轟音を立てて滑り落ち始めた。その崩壊の仕方は、まさに彼の計算どおりだった。
 
 唐突に響き始めた轟音と振動は、頭上数メートルのところを特急列車が通過して行くかのような激しさで感じられた。
「これは!?」
「何事だ!?」
 事情を知らないれも副司令と捕虜たちがざわめく中、バリックが叫んだ。
「大丈夫だ、心配要らない! この建物は無事なはずだ!!」
 その直後、地面が大地震のように揺れ、すさまじい破壊音が轟き渡った。
 
 
翌朝 マーゼル・ファミリー基地跡地

 ようやく夜が明け、その光の中で頼香はシューマッハを睨んでいた。
「どーすんだよ、これ…みんなぶっ壊れちまったじゃないか」
「うむ…悪い。これは僕の計算外だった」
 さすがのシューマッハも頭を下げる。埋まるだけのはずだった海賊基地は、木端微塵に粉砕されていた。
 クレーターの内斜面は傾斜の割にその表面は滑らかになっている。そこへ積もった雪が一度崩れ始めると、抵抗が少ないために猛烈な速度で滑り落ちていく。ところが、内斜面は下に行くほど傾斜がゆるいため、雪崩の上下で速度差が生じる。上は速く、下は遅いのだ。
 すると、雪崩の下層部が上層部をせき止める形になって圧力が高まり、それが一定の段階に達した瞬間、下層部が崩壊して、溜まっていたエネルギーが解放される。時にはその速度はマッハ3以上にも達する場合がある。泡雪崩と呼ばれる現象だ。
 さすがの秀才も、気象学までは学んでおらず、こうした現象がおきるとは思っても見なかったのである。このため、泡雪崩は基地の城砦部分を綺麗に吹き飛ばし、港にまで流れ込んで、海賊船団の大半を湖に沈めてしまった。生存者の存在など、期待するだけ無駄と言うものだろう。
「燃料も食料も全部雪の下だよ…通信機もこれじゃ手に入らないだろうなぁ…」
 頼香が頭を掻きながら言う。その度にシューマッハは言葉がぐさぐさと突き刺さる感覚に胸を押さえた。別に頼香も嫌味を言おうとしている訳ではなく、ただのぼやきなのだが、期せずして普段彼にやられている事をやり返す形となっていた。
「まぁ勘弁してやれよ嬢ちゃん。海賊は始末したんだ。後はどうとでもなるさ」
 バリックが笑いながら言う。それに、楽観論にはもう一つ理由があった。
「なに、通信機の修理くらいは手伝いますよ。助けていただいたお礼ですからな」
 捕虜のリーダーだった。頼香は頭を下げた。
「すいません、船長」
 捕虜たちの正体は、捕らわれた輸送船、ブロードスターのクルーだった。その技術を海賊たちのために提供させられていたと言う。
「いや、良いんですよ。船も、あんな風に使われるよりは、こうして湖の底で眠った方が幸せでしょう…」
 船長が少し潤んだ目で港の跡を見た。そこに彼の船が沈んでいるのだ。ただし、今はブロードスターと言う名前ではなく、アビスと言う名になっていたが。ウォレスは輸送船の余裕のあるペイロードとエンジン出力、乗員の技術を利用し、重力兵器戦艦に改造したのだ。
「では、そろそろ作業を始めましょう。何か使えそうなものを探さなくては」
 れも副司令が言った。完全保温機能のある装甲宇宙服に着替えてはいるのだが、やはり感覚的に寒いものは苦手らしい。早くこの星を出たくてしょうがなかった。
「わかりました。じゃあ、僕とフレイクス少尉は湖に潜って、沈んだ船の残骸を調査してきます」
 シューマッハが言うと、船長も部下に指示を出した。
「我々は、あの牢屋の調査だ。地下に倉庫があるそうだし、何か残ってるだろう」
「俺はシャトルをここまで持ってこよう。あの中は暖かいからな。れも少佐、同行願えますか」
「わかりました」
 バリックの言葉にれも副司令が頷き、一行が生きるための戦いを始めようとした、正にその時だった。
「…ん?」
 歩き始めた頼香が急に立ち止まった。シューマッハが怪訝な表情で振り返る。
「どうした、フレイクス少尉」
「ん…いや、何か聞こえないか?」
「え?」
 頼香が真剣な表情で耳を澄まし始めたのを見て、シューマッハもそれに習う。精神を集中すると、何かがこすれあってきしむような音が、確かに前方の湖から聞こえてきた。
「氷のきしむ音…じゃないか?」
 シューマッハが言ったとたん、氷のきしむ音は耳を澄まさなくても聞こえるレベルまで大きくなり、続いて地鳴りがそれに混じり始めた。
「うわ、まさかまた雪崩か!?」
「いや、違う! 湖の中で何かが起きてるぞ!?」
 一同が騒然としはじめる。その間に、音と地鳴りは彼らの喧騒をかき消すような激しいものへ変わっていた。そして、湖の中心部の最も氷が分厚い辺りに、ひびが入った。それは見る見る巨大な亀裂に変わり、そこから漆黒の物体が突き出した。
「あれは…アビス!?」
 れも副司令が愕然とした表情で叫ぶ中、アビスは氷をやすやすと突き破り、氷上に屹立した。次の瞬間、後部の通常推進用エンジンに点火の火花が散った。
「全員伏せろおおおぉぉぉぉっっ!!」
 誰かの叫びと同時に、エンジンに火がつく。ノズルから眩い燃焼炎が噴出し、巨大な船体が宇宙めがけて駆け上りはじめた。バックブラストは凍てついた大気と混じりあい、人を焼き殺すほどの威力にはならなかったが、それでも立っていられないほどの猛烈な暴風になって頼香たちに襲い掛かった。
「あの野郎、生きてやがったのか!!」
 バリックが怒鳴る。その間にもアビスは上昇し続け、やがて大気圏外へと消えていった。
「信じられない奴だ…」
 シューマッハが呆れかえった表情でそれを見送る。おそらく、ウォレスは雪崩の到達寸前に転送か何かでアビスに逃げたのだろうが、それにしても恐ろしいしぶとさである。
 そして、飛び去るアビスを見て、青ざめた人物が二人いた。れも副司令とブロードスター船長だ。
「なんて事…あれを止めないと!」
「大変な事になるぞ!!」
 二人の尋常でない様子を訝しく思った頼香たちだったが、船長が説明したアビスの能力、それを実際に目の当たりにしたれも副司令の体験談、そしてアビスを用いたウォレスの野望について説明されると、一様に顔色を変えた。
「確かに一大事だ。のんきに海賊船のサルベージなんかやってる場合じゃない」
 頼香が言うと、シューマッハが頷いた。
「ああ。目的を絞るべきだな。とりあえず、通信機と燃料が最優先事項だ。食料と水は、ウェルニアの捜索艦隊に出会えれば、何とかなるだろう」
「我々も手伝いましょう」
 船長が言った。
「救援船は後で呼んでくれれば良い。我々は何とかこの星でがんばります」
 一同は頷き合うと、一度は中断した作業を再開した。ただし、今度の目的は惑星脱出のためではない。
 アビス追撃のため…ウォレスの野望を打ち砕くデッドヒートに勝つためだった。
 

惑星ホワイト・ヘル衛星軌道上

 22時間後、頼香、シューマッハ、バリック、れも副司令、めるてぃの5人はメモリアス・ヒルダに乗り込んでいた。操舵手を任された頼香は、初めて操るレックス級の癖を掴もうと、操縦桿を倒したり回したりしている。
「燃料パッケージのセット、終わったぞ」
 燃料庫に行っていたバリックが戻ってきた。パッケージは湖に沈んだ海賊船から引き揚げたもので、全速で飛ばすと3日分の量しかなかったが、予想戦場のウィルニア撃沈地点までは全速で1日。何とかもつ筈だ。他にも、貨物庫になっていた光子魚雷保管室に、久々に光子魚雷が積み込まれた。メモリアス・ヒルダ号は今や往時の駆逐艦としての機能をほぼ回復していた。
 残念ながら、遠距離送信用のアンテナだけは手に入らなかった。ブロードスター乗員の一人が鍋をアンテナ代わりにして、近距離なら双方向通信ができるようにはなったのだが、無いものは仕方が無い。
「機関異常なし。全航法システム問題なし」
 燃料の投入を受けて、機関士役のめるてぃが発進前のチェックリストを読み上げていく。
「シャトル切り離し完了。自動航行で海賊基地跡地に向けて降下中」
 シューマッハが報告した。シャトルを切り離すと言うのは彼のアイデアだ。シャトルは星間航行中はデッドウェイトにしかならない。切り離せば燃費が向上して乏しい燃料の節約にもなるし、地上に降ろせば、残ってくれたブロードスター乗組員たちの仮設住宅代わりにもなる。一石二鳥のアイデアだった。
「それでは、惑星連合軍法の戦時特別措置に基づき、本船を一時的に徴用します。徴用期間は作戦終了まで。徴用期間中の運用料金、及び修理費については惑星連合軍がこれを負担します。よろしいですか? バリック船長」
 準備が整いつつある事を受け、れも副司令がバリックに質問した。略式の契約ではあるが、しっかり契約書も用意してある。
「契約に同意します。思い切り使ってやってください」
 バリックはそう答えると、にやりと笑って航法士席に座った。艦長席はれも副司令に預けている。そのままコンソールのキーボードを叩き、データを入力すると振り返った。
「艦長、目的地までの航路データインプット完了」
 出港準備は完全に整った。れも副司令は頷くと、凛とした声で命じた。
「特設駆逐艦U.S.S.メモリアス・ヒルダ、発進!」
「了解!」
 頼香が操縦桿を倒すと、艦は猛烈な加速で重力兵器艦アビスを追って疾走し始めた。向こうは輸送船改造艦であり、足は遅い。それでも、ほぼ1日のアドバンテージを得ている以上、向こうが先に目的地へ着くか、こちらが逆転して先んじるかは、まさに神のみぞ知る、と言って良いほどのギリギリのタイミングになる。
「お嬢ちゃんっ! 見た目によらず荒っぽい運転だなっ!!」
 バリックが叫ぶと、頼香は前をしっかり見据えたまま叫び返した。
「しょうがないだろ。通信機が直らなかった以上、こうでもしなきゃ間に合わねえよっ!」
 通信機の修理をする事ができなかった以上、残る手段は古典的な情報伝達手段…伝令になる事しかない。メモリアス・ヒルダは恒星系内を規定を遥かにオーバーする速度で駆け抜け、さらに外洋航行速度の上限にまで加速し、星海を切り裂くように走って行った。
 
 
巡洋艦ウェルニア遭難海域

 数日前、ウェルニアが非業の最期を遂げた海域には、十数隻の艦艇が集結しつつあった。捜索・救助と事故原因の調査に当たる特務艦隊だ。
「れも君…無事だと良いが」
 艦隊の指揮を執ることになったのはかわねぎ司令である。行方不明になった巡洋艦にれも副司令が便乗していた事を知った彼は、居ても立ってもいられずに、自ら現場に乗り込んできたのだ。
 先行して到着していた駆逐艦U.S.S.ぶらうんは既にウェルニアの破片の回収に成功していたが、奇妙にねじくれたその破損の仕方は容易ならざる事態の発生を艦隊全部に告げており、誰もが緊張の色を隠せないでいた。
「司令、参加各艦、集結を完了しました。指示を願います」
 オペレーターの言葉に、かわねぎ司令は頷くと具体的な指示を出し始めた。
「各艦は事前の捜索計画の割り当てに従い、全センサーを用いて半径1光分から3光日までの範囲をスイープせよ。なお、海賊の襲撃が原因の可能性もあるため、単独行動は厳禁する。常時2隻一組の隊形を維持し、警戒を怠らないように」
 普段とはうってかわって具体的、かつきびきびとした指示を出すかわねぎ司令の姿に、艦隊の乗員たちはその並々ならぬ意気込みを感じ、自らにも気合を入れた。何しろ、200人からの仲間たちを救援するための任務である。たとえ宇宙塵一つと言えども見逃すわけには行かない。レーダー・センサーから送り込まれてくる情報を、彼らは目を皿のようにして見つめた。
 
 そこから少し離れたところで、重力兵器戦艦アビスは黒々とした巨体を星海に潜ませていた。そのブリッジで、ウォレス・マーゼルは暗い歓喜の炎を滾らせていた。
 雪崩で部下の大半が死ぬか、行方不明になっていた。彼自身、腕を三角巾で吊っている。転送が後一歩遅れたら死んでいただろう。
 苦労して揃えた艦隊も基地も、全て白い濁流の下に埋まってしまった。しかし、そのことに対する復讐の念があるかといえば、それは無かった。このアビス一隻が残っていれば、そんなものはすぐにでも取り返せる。それどころか、失ったものを補充して余りあるだけの富と権力が彼の手中に入るのだ。
「しかも、あの艦隊のリーダーはかわねぎ司令か…ククク、俺も運が良い」
 かわねぎ司令と、彼が率いるTS9及びその駐留艦隊は、海賊たちにとっては不倶戴天の仇敵だ。今までどれだけ多くの海賊がかわねぎ司令の前に敗れ去っていった事か。その手強い男を緒戦で討ち取れば、今後の第9方面軍管区制圧においても有利になるだろう。ウォレスはそう考えると、部下に命じた。
「タルタロス・システム動作開始。焦点は敵艦隊の中心部だ。奴らを奈落に叩き込んでやれ!」
「へいっ!」
 部下が叫び、システムを起動させる。アビスの原型となったブロードスター譲りの巨大な貨物室、そのハッチが開き、中から奇妙な弧を描く複雑な機械を取り付けたアームが3本せり出してきた。そのアームが所定の配置に就くと、弧は一つに合わさって、アビスを取り囲む円を形成した。まるで巨大なコマを横倒しにしたような姿である。
「システム展開完了。動力炉からの回路オープン。重力発生装置アイドリング開始」
 オペレーターがシークエンスを進めていく。巨大な円弧はその表面に強奪した300トンのタルタリウムを使った大型重力発生装置を多数埋め込んであり、その重力波を一点に集中させてやれば、そこに巨大な重力源を発生させる事ができる。
 まさに、タルタリウムの名の由来となった「冥府(タルタロス)」…何者も逃れられない奈落(アビス)をこの世に生み出す装置であり、ウォレスはその王だ。王としての特権を持って、彼は惑星連合艦隊に死をもたらそうとしていた。
「ウォームアップ終了! 重力発生開始しやす!!」
 システムが作動し、ジェネレーターが出力を急速に上昇させていく。ウォレスはその中で歓喜の哄笑をあげていた。
 
 最初にそれに気付いたのは、第十九遊撃艦隊から派遣されてきた探査艦U.S.S.エルジアだった。突然センサー系の一角が真っ赤に染まったのを見て、艦長が声を上げた。
「何事だ!」
「ほ、本艦至近に強力な重力源が発生! 大型恒星…いえ、中性子星級です!!」
 モニターの照り返しで紅く染まった顔を引きつらせて叫ぶオペレーターの報告に、艦長は咄嗟に命じた。
「脱出だ! エンジンフルパワー…」
 しかし、彼が全てを命じ終える前に、重力源の方向に近い二つのワープナセルが、取り付け部ごと船体からもぎ取られた。続いて艦自体も重力に引かれ、護衛の駆逐艦と絡み合うように激突した。その衝撃で、二隻の光子魚雷やコンデンサーが誘爆し、巨大な火の玉へと変わる。
 その火の玉は奇妙に歪んだ形をしており、しぼむ前から空間の一点…超重力の中心へと吸い込まれていった。
 
 エルジアと駆逐艦が最初の犠牲になった時には、かわねぎ司令率いる特務艦隊の全艦が超重力の罠に捕らえられていた。重力の中心からまだ比較的距離があったため、ほとんどの艦が咄嗟に重力から逃れる方向へ艦を向けたが、脱出するにはその重力はあまりにも強力だった。司令の乗るU.S.S.あいくるも例外ではない。
「くぁ…じ、重力強度…さらに増大…っ! ワープ航行不能…脱出できません…!!」
 背後からの重力に、シートに猛烈に押し付けられる形となった操縦士が、苦悶しながらも報告する。
(くっ…なんて事だ。れも君も…ウェルニアもこれにやられたのか)
 同じく、司令席の上で押し潰されそうになりながら、かわねぎ司令は思った。そして、頭の中で頼香たちに下した命令…タルタリウムの密売ルート捜索と、背後に潜むものの探索の事を思った。
(そうか、この二つは密接に関係していたわけだ。タルタリウムを奪った者は、同時にれも君を襲った連中でもあったと…)
 艦がきしむ音が酷くなってくる。この状態の中でも、センサー手が僚艦の被害状況を伝えている。既に、エルジアを含めて5隻が重力との戦いに敗北し、圧壊、もしくは分解して沈没していた。おそらく、残る艦が…このあいくるも含めて同じ運命を辿るのも時間の問題だろう。
(無念だ。だが、フレイクス少尉とシューマッハ少尉…あの二人なら、必ず真相を突き止めて、仇を討ってくれることだろう)
 かわねぎ司令はそう思うと、せめて敵に関するヒントを遺すべく、通信士に呼びかけようとした。
 しかし、彼はその言葉を発する事は無かった。唐突に艦隊を縛めていた重力源が消失し、反動で席の前に吹っ飛ばされたのである。したたかに身体を打ちつけたかわねぎ司令だったが、それでも状況の変化に対応すべく、立ち上がって叫んだ。
「何が起きた!? 直ちに異常が無いか調査せよ!!」
 その答えはすぐに返ってきた。
「艦隊から4.5光日のところに爆発反応! 光子魚雷の命中と思われます。命中を受けた船は、反応から見てステルス艦! そのさらに2光日向こうに、小型船を発見。高速で接近中です!」
「何? 戦闘中…なのか? とにかく、その2隻の船籍確認を急げ」
 かわねぎ司令は命じた。直ちに艦のコンピュータに記憶された船舶ライブラリと2隻の反応が照合され、答えが弾き出される。
「ステルス艦のほうは情報がありません。強いて言えば、ハイランダー級貨物船の反応に酷似。遠方の小型船はダイノン船籍の高速貨物船メモリアス・ヒルダ。こちらは先日ダイノンの爆弾テロで指名手配されている船です」
 ハイランダー級の名前を聞いて、かわねぎ司令は思い当たるものがあった。行方不明のブロードスターもハイランダー級に属する輸送船なのだ。とにかく、両者の乗組員を呼び出して事情を聞こうと思ったかわねぎ司令だったが、その前に反応した艦があった。
 TS9ではなく、第9艦隊から派遣されてきた艦たちである。重力の罠におびえ、頭に血の昇った彼らは、相手が指名手配艦と知るや、躊躇無くメモリアス・ヒルダめがけて砲火を放った。
「あっ、こら! 砲撃やめ、砲撃やめ、撃つな!!」
 かわねぎ司令が慌てて攻撃中止を命じた時には既に遅く、十数発の光子魚雷とフェイザー力線が放たれていた。たった1隻の小型輸送船を撃沈するには十分すぎるほどの攻撃だ。
 ところが、その猛攻撃を、メモリアス・ヒルダは猛牛の突進をいなす闘牛士もかくやと言った鮮やかな動きで回避して見せた。驚いたかわねぎ司令だったが、ふとその動きに見覚えがあるような気がした。
(…まさか?)
 かわねぎ司令がその正体に思い当たるより早く、メモリアス・ヒルダから通信が飛び込んできた。
『こちら特設駆逐艦メモリアス・ヒルダ。惑星連合軍少佐れも艦長の指揮下にあり! 繰り返す! こちら特設駆逐艦メモリアス・ヒルダ。味方だ、撃つな!!』
 頼香の声だった。一瞬あいくるの艦橋が湧き、続いて、彼女の通信に含まれていた固有名詞に反応した。
「れも艦長…? れも君がいるのか!? 通信士、あの艦との通信回線を開け! 大至急!!」
「り、了解っ!!」
 司令の逸った命令に通信士がしばらくコンソールを叩くと、艦橋正面のパネルスクリーンにれも副司令の顔が映し出された。その姿に、今度こそ艦橋は歓声で満ちた。
「れも君! 生きてたんだな!? 良かった…!!」
 かわねぎ司令が言うと、スクリーンの向こうのれも副司令は微笑んだ。
『その言葉を掛けられるのは二度目ですね。 ええ、大丈夫です。ちゃんと足はついています』
 そう言ってから、れも副司令は顔を引き締めた。
『本艦の前方のステルス艦が、今回の事件の鍵です。海賊マーゼル・ファミリーの戦艦アビスです。強力な重力兵器を装備していますので、ご注意ください』
 かわねぎ司令は頷いた。
「了解した。とりあえず、君はそのままその艦を率いてくれ。こちらもすぐに参戦する」
『承知しました』
 れも副司令が敬礼し、通信を切る。かわねぎ司令は答礼すると、戦術士官に命じた。
「残存各艦の被害状況を報告せよ。探査艦や損害の酷い艦は、直ちに戦線を離脱。戦闘力を残している艦は本艦に続かせろ」
「了解!」
 戦術士官が直ちに状況をまとめる。その結果、あいくるの他にふくとく、ほうえいのTS9組と、最初に救援に駆けつけたぶらうん、それに第9艦隊から来たそるとの5隻が戦闘に耐える事が判った。隊形を組みなおした5隻は、あいくるを先頭にしてアビスめがけて突進した。
 
 一方、メモリアス・ヒルダではようやく力強い味方と合流できた事に安堵していた。残念ながら味方全てを救う事には失敗したが、ダメージを与えた以上、もうあの凶悪な超重力兵器を使う事はできないはずだ。
「司令と合流します。全速前進!」
 もう安心だ、と言うように快活に命じるれも副司令。そんな彼女を、シューマッハが何か複雑な表情で見ていた。
 
 
アビス

 もう少しで連合艦隊を全滅させられるところを、メモリアス・ヒルダに邪魔されたウォレスは怒り心頭に発していた。
「タルタロス・システムは直らないのか!」
 怒鳴る彼に、オペレーターが恐縮しきった表情で答えた。
「へ、へぇ…重力リングのCアーチが破損しやした。超重力攻撃はもうできやせん」
 メモリアス・ヒルダの発射した光子魚雷は、重力発生装置の3つのアーチのうち、1つを半ば断ち切っていた。これでは重力波の焦点が綺麗に揃わず、強力な重力場は発生させられない。
「くそ、忌々しい奴め…まずはあいつを沈めてやる」
 ウォレスはメモリアス・ヒルダを睨んだ。もし、それに乗っているのが彼の基地を壊滅させた連中だと知っていたら、怒りは倍加していただろう。
 だが、その怒りを実行に移す前に、センサー手が叫んだ。
「生き残りの連合艦隊、突っ込んできやす!」
 ウォレスはレーダースクリーンを睨んだ。メモリアス・ヒルダへの怒りは滾っていたが、それで本当に脅威となる相手を間違えるほど、彼は血迷ってはいなかった。
「ちっ、死に急ぐなら、まずはお前たちからだ」
 ウォレスの手が振り下ろされた。
 

U.S.S.あいくる

 突然響き渡った警報に、かわねぎ司令はスクリーンを見た。そこには、無残な光景があった。
 共に突撃を続けていた駆逐艦そるとが、まるで見えない巨大なハンマーで殴りつけたようにひしゃげていた。動力は止まったらしく、光は漏れていない。
「何事だ?」
 そるとを襲ったものの正体について想像は付いていたが、かわねぎ司令はあえて疑問を口に出した。それにセンサー手が答えた。
「一瞬ですが、重力波センサーに強い反応がありました。おそらく、その直撃を受けたものと…」
「なるほど、重力波フェイザーと言うわけか。厄介だな」
 作り出すのが面倒なうえ、エネルギーも大量に食う重力波を兵器にしようと言う発想は、これまではあまり省みられる事の無かったアイディアだ。それだけに、重力攻撃を探知したり、防御したりするシステムは開発されていない。重力波フェイザーはまさに見えない攻撃なのだ。しかし、かわねぎ司令は即座にその弱点を見抜いていた。
「全艦散開! ジグザグ航行を行え」
 命令に従い、4隻の駆逐艦がさっと四方に分かれた。さらに、まるで稲妻のような軌跡を描いてアビスに接近していくと、重力波フェイザーの攻撃はぴたりとやんだ。
「思った通り、照準に難があるようだな」
 かわねぎ司令が予測した通り、アビスのタルタロス・システムは本来超遠距離の敵至近に重力源を作り出し、それに敵を巻き込む広域破壊兵器だ。重力波フェイザーはいわば余技とでもいうべきもので、敵艦が複雑な運動を始めると、もう上手く照準を合わせる事はできない。
「目標、必中射程に捕らえました!」
 砲術長の報告に、かわねぎ司令は逆襲の命令を下した。
「よし、全艦攻撃開始!」
 その命令に答え、あいくるが立て続けに光子魚雷を撃ち出す。ふくとく、ほうえい、ぶらうんの3隻も続く。外しようの無い至近距離からの飽和攻撃だ。いくらアビスが戦艦級の巨体を誇るとは言え、元は貨物船。その攻撃に耐える事などできないと思われたのだが――
「弾着、今…え?」
 砲術長が命中の報告をしようとして、唖然とした表情になる。かわねぎ司令も目を見張った。光子魚雷は全て軌道を捻じ曲げられ、あらぬ方向に飛んでいってしまった。
「あの艦、重力波をシールドとしても使えるのか!」
 アビスとすれ違いながら、かわねぎ司令は唸った。300トンのタルタリウムと言うのは、確かに絶大な力である。欠陥だらけではあるが、攻防共にこなす優れた兵器だ。
 ならば、とメモリアス・ヒルダが光子魚雷とフェイザーキャノンを連射する。目標は、さっき手傷を負わせたリングの欠損部分周辺だ。そこが弱点と見たのである。
 しかし、超重力こそ作れなくなったが、シールドとしてはまだ十分以上に強力らしかった。光子魚雷は弾き返され、フェイザーも弾道が曲がり、明後日の方向に飛んでいく。
「手ごわいな」
 舌打ちを一つして、さてどう攻めなおすか、とかわねぎ司令が考えていると、メモリアス・ヒルダが方向を転じて合流してきた。
『司令』
 れも副司令が通信に出てきた。
「れも君、何か策はあるかね?」
『はい。私の策ではありませんが…』
 れも副司令が言うと、画面はシューマッハに切り替わった。
「君の作戦か?」
『はい。これならおそらく事態を打開できるかと』
 シューマッハの言葉には過剰なものではない、静かな自信が漲っていた。ほう、とかわねぎ司令は感心した。こういう口調で話す人間の立てた作戦は、成功するものが多い。
(たまには旅をさせてみるものだな)
 シューマッハに任務を命じたときの目論見がどうやら当たったようだと感じ、かわねぎ司令はほくそ笑んだ。同時に、質問を投げる。
「話してみたまえ」
『はい、最初にこちらが命中弾を与えたところを見て、奴はシールドとフェイザーを同時に使えないようです。そこで…』
 頷いて説明を始めるシューマッハ。その内容は、彼らしくない…どちらかと言えば頼香の方が考え付きそうな破天荒なものだったが、かわねぎ司令は全てを聞いた上で納得した。
「面白い。その作戦を採用しよう。ただ、少し詰めが甘いから、こちらで修正は加えるがね。候補はこちらですぐに選ばせよう」
『あ、ありがとうございます!』
 初めて自分の作戦が取り入れられたシューマッハは、喜びに顔を輝かせて敬礼した。通信を終えると、かわねぎ司令は通信士に命じて、一度は戦線を離脱した艦艇群を呼び出した。


アビス

 タルタロス・システムが使えなくても、重力波フェイザーとシールドは十全な働きを見せている事を知り、ウォレスは満足げな笑みを浮かべていた。少し手間取るかも知れないが、これなら連合艦隊を始末する事もできるだろう。
(こいつらが後を追ってこれないようにしたら、どこか別の星でやり直しだな)
 そう考えたウォレスは、重力波フェイザーのパターンを変えて、広範囲をなぎ払うパターンを選ばせた。これで一気に連合艦隊を撃滅するつもりだ。
(さぁ、かかって来るが良い、連合の犬ども)
 距離を置いて遠ざかった連合艦隊に目を向けたウォレスだったが、彼らは反転再接近の道を選ばず、遠ざかっていく。彼は首を傾げた。
(逃げるのか? まさかな…いや、このアビスの力を知った以上、それもあり得るか?)
 戦意を失ったかのように見える連合艦隊の不可解な動きに、ウォレスだけでなく、部下たちも全員注目した。そして、それが彼らにとっての痛恨のミスになったのである。
「…あっ!?」
 最初にそれに気付いたのは、レーダー手だった。その切迫した叫びに、ウォレスが振り向く。
「どうした!?」
「敵艦2隻、反対方向から突入してくる! これは艦隊戦速度じゃねぇですぜ!!」
 ウォレスはレーダースクリーンに駆け寄った。確かに、2隻の艦が猛烈な速度で突撃してくる。しかも、完全な衝突コースだ。相手がとるに取らない小型艦とは言え、激突されればただでは済まない。
「体当たりする気か! 撃破しろ! 重力波フェイザー用意!」
 重力リング担当のオペレーターが、慌てて連合艦隊に指向させていた重力波の方向を変える。が、ようやくその作業を終えたときには、2隻とも撃破するのは至難の業になろうとしていた。
「撃て!」
 300トンのタルタリウムが唸りをあげて超高速回転し、生み出された重力波が、平手打ちのように先頭の艦を引っ叩いた。艦の外見が歪み、次の瞬間バラバラになって四方八方に飛び散る。
「よし、その調子だ!」
 ウォレスは手を叩き、照準の難しい重力波フェイザーを一発で当てた部下の手並みを褒めた。さらにニ発目を撃とうとしたその時だった。
 激震がアビスを襲った。ウォレスは床に投げ出され、全身を強く打った。そして、薄れ行く意識の中で、彼は全てが失われた事を悟った。
 重力リングは船体と接合するアーム部分を破壊され、完全に船体から分離していた。リング自体は損傷していないようだが、動力を伝える手段が失われた以上、ただのジャンクに過ぎない。
「に、二重の囮だったのか…」
 ウォレスは唸った。最初は、連合艦隊を囮にして、無人艦の体当たりを仕掛けてくるのかと思ったが、実はそれも囮で、本命はやはり連合艦隊のほうだった。そして、無人艦迎撃に気をとられた自分たちを背後から襲ったのである。
「ち、ちくしょう、こんなところで終わってたまるか。俺は何としても生き残るぞ」
 ウォレスはなえかけた意思と意識を振り絞って立ち上がり、操舵席に向かおうとした。しかし、既に艦の周囲は連合艦隊によって包囲されていた。
 そして、ブリッジ内に淡い光が灯った。その中に人影が現れる。転送だ。
「き、貴様…かわねぎ中佐…!!」
 呻くように言うウォレスに、かわねぎ中佐はすっとぼけた表情で答えた。
「いかにも。海賊ウォレス・マーゼル、お前の罪は明白だ。大人しくお縄を頂戴するのだね」
「ふざけるな! ちょうど良い、ここでお前を殺せば逆転よっ!」
 銃を抜こうとしたウォレスだったが、それより先にかわねぎ司令が指をぱちんと鳴らした。
「成敗!」
 次の瞬間、かわねぎ司令に従ってやってきたシューマッハが電光石火の早撃ちで、ウォレスの銃を弾き飛ばした。彼の指が空しく引き金を引く形に曲げられたところで、懐に踏み込んだ頼香のオーラブレードが胴を薙ぎ払う。
「む、無念…」
 床に崩れ落ちるウォレス。接舷してきた他の艦から乗り込んできた兵士たちが次々に海賊の生き残りを拘束していく中、かわねぎ司令は「天晴」と墨書された扇子を取り出して言った。
「これにて一件コンプリート…」
「じゃありません!」
 そののんきな締めの台詞を掻き消したのは、れも副司令だった。
「これから事後処理で忙しくなるんですから、司令もこんなところで油を売ってないで、早くTS9に戻りますよ!」
「はいはい、容赦ないねぇ、君は」
 ぼやくかわねぎ司令を、シューマッハはどこか楽しそうな表情で見ていた。
「よし、まだ勝ち目はあるな」
「何が?」
 彼の独り言に怪訝な表情をする頼香に、なんでもない、と答えてシューマッハが踵を返そうとしたとき、アビス艦橋のセンタースクリーンにバリックの顔が映し出された。
『さて、俺はそろそろ帰らせてもらうよ』
 それに頼香とシューマッハが答えようとするより早く、かわねぎ司令が大声を上げた。
「せ、先輩!? バリック少佐!?」
『よう、久しぶりだな、かわねぎ大尉…いや、今は中佐殿だったな』
 バリックはニヤリと笑った。
「ええまぁ、おかげさまで…そうか、協力者って先輩だったんですか」
『ああ。良い部下を持ったな』
 バリックはそう言うと、頼香とシューマッハを見た。
『君たちの働きは見事だった。今後に期待しているぞ、フレイクス少尉、シューマッハ少尉』
「「は、はいっ!!」」
 相手が少佐と知った二人はかちんこちんになって敬礼した。それを見て大笑いしたバリックは、少し寂しそうに「またな」と言うと、通信を切った。そして、彼の乗るメモリアス・ヒルダはそのまま船首を回し、遥か星海の彼方へと去っていった。
「お知り合い…だったんですか? 司令」
 頼香の質問にかわねぎ中佐は頷いた。
「ああ。士官学校の先輩でね。優秀な人だったんだが、惑星調査隊の隊長だったときに、事故を起こして家族を亡くしてね…それで退役したんだ」
 頼香とシューマッハははっとした表情で顔を見合わせた。
「それって…ホワイト・ヘル…ですか?」
 シューマッハが聞くと、かわねぎ司令は「よく知っているな」と答え、バリックの去った方向を見た。
「あの船のヒルダというのは奥さんの名前だな。そう言えば、お子さんたちが生きていれば、確か君たちと同年代だったはずだ。先輩にとって見れば、お子さんが帰ってきたようで嬉しかったのかもしれないな」
「そうでしたか…」
 頼香とシューマッハは再びバリックに向かって敬礼した。すると、かわねぎ司令は付け加えるように言った。
「まぁ、先輩のお子さんは女の子の方が上だったけどね…おや、どうした?」
 真っ赤になったシューマッハと、笑いを必死にこらえだした頼香を見て、かわねぎ司令は首を傾げた。しかし、またれも副司令に呼ばれると、笑いながら二人の肩を叩いた。
「よし、TS9に帰ろう。まだ忙しいぞ」
「「はいっ!!」」
 頼香とシューマッハは元気よく敬礼し、歩き出したかわねぎ司令の後に続いた。


 
エピローグ

 事件から数日後、かわねぎ司令は第9方面軍管区司令長官、ミッチェル・ワイアード中将と話をしていた。
「ふむ、重力兵器の使用による叛乱か…海賊にしては大掛かりな陰謀と野望を描いたものじゃの」
 感心したように言うワイアードに、かわねぎ司令は頷いて見せた。
「ええ。最初に一隻艦を沈めておいて、それの捜索に集まってくる艦隊を一網打尽に撃滅して、この宙域の制海権を奪取する…よく出来た筋書きですよ。私も危ないと思いましたからね」
 実際、頼香たちが救援に来なかったら、彼も宇宙の藻屑になっていたかもしれない。人生始まって以来の窮地だった。
「ふむ、お主にそこまで言わせるとは、なかなかの男よの。海賊になっておらねば、お主よりも出世できたかもしれんて」
 ワイアードはふぉっふぉっふぉ、と笑った。捕らえられた海賊ウォレス・マーゼルは既にテランの中央刑務所に身柄を送られ、裁判を待つ身となっている。しかし、海賊行為の数々と国家反逆罪と言う罪状を考えれば、まず間違いなく最高刑…人格消去刑に処せられる事になるだろう。
「良い事です。優秀な人が偉くなってくれれば、私も楽が出来ます」
 かわねぎ司令がそう言うと、ワイアードは頷いて茶をすすった。
「バリックか。あいつが軍に残っておれば、今頃は准将くらいにはなっていただろうな」
「どこかのTSの司令官くらいは軽く務まる人ですからね」
 かわねぎ司令が言うと、ワイアードがすっと目を細めた。
「ほう、己の仕事を『くらい』と言うか。楽をしておるようじゃな。少し仕事を増やすか?」
「あ、ははは…いや、これから司令部で打ち合わせなので失礼します」
 墓穴を掘ったことを悟ったかわねぎ司令は、名将の名にふさわしく素早い撤退戦を成し遂げ、部屋の外に出た。司令部へ向けて歩き出すと、しばらくして廊下で言い争っている少女と青年に出くわした。
「だから、あそこは積極的に前に出て、敵を叩くべきなんだ!」
「違う。結果的に君一人が突出しただけじゃないか。せっかく僕が脇を固めているのに、あれじゃ台無しだ」
「良いじゃないか。結局攻撃は全部回避したんだから!」
「結果的にはね。普通のクルーならあそこで沈むぞ。それに、君たちも敵に包囲されて孤立寸前だった。防衛線に穴が開いたのは事実だろう」
 頼香とシューマッハの言い争いだった。どうやら、戦術シミュレーター訓練での反省点を話し合っているうちに、意見が激しく対立するようになったらしい。
 来栖はハラハラした表情で二人を見ているようだが、果穂はそうでもなかった。どうやら、彼女も気付いているらしい。
 勢いは凄いが、いつもシューマッハが使っていたような、あからさまな嫌味や冷笑は影を潜め、話題について真摯に話している。ケンカになりそうな雰囲気は、どこにも無い。共に死線を乗り越え、信頼関係を築いた者同士の、遠慮の無い会話がそこにはあった。
「良い事だ」
 かわねぎ司令は大いに満足した表情で言うと、今度こそ司令部に向かって歩いて行った。

-終-


あとがき

 と言うわけで、星海のデッドヒートEpisode:03「奈落を生む者たち」をお送りしました。今回は予告通り頼香とシューマッハの凸凹コンビのお話のため、他のキャラは可能な限り登場シーンを絞り、前回、前々回に比べ冒険小説っぽいノリを重視してみました。まぁ、さすがにかわねぎ司令とれも副司令の重鎮二人は出てきますが。
 今回は何と言ってもシューマッハ君を書くのが面白かったですね。真面目で硬い人は弄りがいがあります(鬼)。快く使用許可を下さった南文堂さんには大感謝です。ちょっと前半はヘタレたところが多くなってしまいましたが、後半のかっこいい彼と女装な彼は全て貴方に捧げます(爆)。
 さて、今回は出番の少なかった他のTS9オールスターズですが、次回はバリバリに出番を増やしまくりたいと思います。そう、今回は何と次回の予定が決まっているのです。それでは早速次回予告をして、締めに代えたいと思います。


次回予告

 惑星連合でも腹黒い事で有名な大財閥のオーナーから、新造豪華客船「ギャラクシアン・レガシィ」の処女航海に招待されたかわねこ司令代理。護衛の三人娘と緒耶美を連れて乗り込んだ彼女は場違いな雰囲気に困惑する。
 その時、見た事も無い異様な船がレガシィに接舷攻撃を仕掛けてきた。中から現れたのはMOE−DOLLたち。その攻撃の前に警備員は次々に倒れ、エンジンは損傷。限界を超えた速度で暴走するレガシィの船体が耐え切れずに分解するまで、残り96時間。そして、迫り来るDOLLの群れ。果たして、絶体絶命の窮地に置かれたかわねこたちの運命は?
 星海のデッドヒート Episode:04「超光速漂流」。どうかお楽しみに。

2004年10月 さたびー




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