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 惑星連合領域から遥かに星海を隔てる事数万光年。宇宙の果てで、一つの影が動き出そうとしていた。
「勅命を下します」
 愛らしい、しかし氷のような冷たい声が闇の中に響き渡ると、それを受ける影は僅かに身じろぎし、声の主に対する敬意を示す姿勢をとった。
「何なりと」
 影が言うと、声が答えた。
「それでは――」
 勅命の内容を聞き、影は疑問を述べた。
「保護と制裁、どちらを優先すべきですか?」
 その言葉に、声の主は僅かな間考え、決定を伝えた。
「貴女に任せます。既に自分なりの答えは出しているのでしょう?」
 声に頷く影。声は影がやりすぎないよう、一つの情報を与えた。
「ただし、惑星連合を敵に回すには、まだ時が足りません」
「あまり派手にやるな……そう言う事ですか?」
 与えられた条件に対し、影が解を述べると、声の主が頷く気配がした。
「その通りです。では、お行きなさい」
「承りました。必ずや吉報を持ち帰りましょう」
 影は立ち上がり、自分の船が係留された宇宙港へと歩き出した。やがて、彼女の船は船体を震わせ、母星の地表を離れると、素晴らしい速さで宇宙空間へと舞い上がり、やがて、惑星連合領へと通じる空間に開いた穴……ワームホールへと飛び込んで行った。




Trans Space Nine Side Story

星海のデッドヒート Episode:04

超光速漂流


作:さたびー様
画:MONDO様






テラン近傍空域

 シャトルの窓から「それ」が見えると、客室内部にどよめきが上がった。もちろん、このシャトルに乗っている者たちは、「それ」について知っている。しかし、実際にこの目で見るのは初めてだった。
「うわぁ…すごいねぇ。きれいな船。本当に私たちあの船に乗るの? かわねこちゃん」
 来栖がはしゃいだ声をあげる。問われたかわねこはゆっくり頷いた。
「そうにゃ。あれがボクたちの乗る船なのにゃ」
 落ち着いて受け答えしているように見えるかわねこだが、その彼女にしても、その船の存在感には圧倒されていた。軍艦のように無骨ではなく、優美とも言える曲線を多用したデザインの船体には、威圧感などはない。にもかかわらず、その船が視覚を後押しして訴えかけてくる存在感は強烈なものだった。



 惑星連合内でも大手の海運会社、ボリヴァル・スター・ライナー(BSL)社が、その威信にかけて建造した超大型豪華客船「ギャラクティック・レガシィ」である。
 BSL社は同名の巨大なコンツェルンの中核企業で、グループ全体の経済規模では、カール・シューマッハ少尉の実家であるシューマッハ・グループに匹敵するか、あるいは凌駕するとも噂される。
 しかし、惑星連合とトマーク=タス同盟の戦争が終わった後、戦争に依存した経営体質からの脱却路線に乗り遅れたボリヴァル財閥は長期低迷を続けてきた。それが最近になってようやく業績が持ち直し、グループ再生のシンボルとして建造されたのが、この超巨大豪華客船というわけであった。
 惑星連合でも有数の工業デザイナー、シド・モンドがデザインした船体は、全長1500メートルに達し、その船内に一万人の乗客と二万トンの貨物を積載して、最高速度ワープ7で星海を進む。設備も充実しており、三ツ星クラスのシェフが腕を振るう食堂のほか、劇場、映画館、カジノ、ショッピングモール、その他、人間が暮らしていくのに必要なありとあらゆる施設・設備が含まれていた。
 では、なぜかわねこたちがこんな豪華客船に乗り込む事になったかと言えば……話は一週間ほど前に遡る。


一週間前 TS9

「き、記念コンサート……ですかにゃ?」
 第九方面軍司令官、ミッチェル・ワイアード提督の命令に、かわねこは口をあんぐりと開けた。彼女だけではない。同じようにワイアード提督に呼び出された頼香、果穂、来栖、緒耶美も唖然とした表情だ。
『そうじゃ。新造客船の処女公開に相応しく、大物を呼びたいという事でな、それならとTS9オールスターズを推薦したわけじゃ』
 TS9オールスターズ。数ヶ月前、地球のヒット曲を参考にした「宇宙に一つだけの花」でデビューを果たした、TS9の誇る美少女たちによるユニットだ。活動自体は、メンバーの多くが現役軍人ということもあって、それほど活発ではないが、多数のファンクラブを抱え、トップアイドルの一つと言ってもいい人気を誇っている(本人たちは別に誇っていないが)。
「まぁ、広報活動の一貫でと言う事なら、了解ですにゃ。それで、どこへ行けばいいのですかにゃ?」
 かわねこが聞くと、ワイアード提督は画面を二つに区切り、片方にその船を映し出した。
『今度就航する新造客船、ギャラクティック・レガシィじゃ。処女航海には連合の上流階級の人々も多く呼ばれておる。目いっぱいアピールしてくるのじゃ』
 それを聞いて、かわねこは露骨に嫌そうな顔をした。呼ばれた訳ではないが、脇で事態を見守っていたれも副司令も同様だ。その雰囲気を察し、頼香が尋ねた。
「副司令、その船何かがマズいんですか?」
 れも副司令は首を横に振った。一瞬ホッとした頼香だったが、れも副司令はその安堵を帳消しにするような事を言った。
「船は問題ないんだけど、そのオーナーがね……」
 れも副司令が言うには、ギャラクティック・レガシィを所有するBSL社の社長、ポール・ボリヴァルが問題なのだと言う。
 ポール・ボリヴァルは低迷が続いていたボリヴァル・グループ再建の立役者となった有能な企業家だ。しかし、その評判は決して芳しいものではない。政治家との癒着、闇献金、密輸など、ありとあらゆる悪事について関与が噂されているのだ。
 彼が社長に就任して以来の、グループのあまりにも急激な……不自然さを感じさせるほどの成長は、非合法活動の存在を伺わせた。そのために警察だけでなく、財務省調査官、連合検察庁やテラン税関に至るまで様々な機関がボリヴァル・グループへの内偵を行っているが、目立った成果はほとんど上がっていない。ボリヴァルは仮に不法な企業活動をしているとしても、それを隠し通せるほどに有能な人間なのだ。
「なるほど、それは嫌な感じですねぇ」
 れも副司令の説明を聞いた果穂が、眼鏡をくいっと押し上げながら言う。
「それだけじゃないのにゃ。ボリヴァル・グループの芸能部門には『プリズム』が所属しているのにゃ。なんでボクたちをわざわざよぶにゃ?」
「『プリズム』って、あのトップアイドルの?」
 来栖の言葉に頷くかわねこ。「プリズム」は女の子三人組のアイドルユニットで、実力、人気ともにTS9オールスターズを超える本格派である。連合内では芸能界に疎い人でも名前は知っていると言う高い知名度を誇る。
「密かにライバルを呼び寄せて抹殺しようとか?」
 冗談めかして言う頼香。
「まぁ、それは流石に無いとしても……気をつけたほうが良いとは思いますね」
 果穂が話題を締めた。その間黙っていたワイアードはまじめな表情になると、重厚な口調で言った。
『ともかく、今度の任務はあくまでも広報じゃ。しかし、何か事があれば、連合士官としてふさわしい行動を取り、事態の打開に努めよ。緒耶美君は連合士官ではないが、かわねこをよく助けてやって欲しい』
『はいっ!』
「が、がんばります」
 かわねこ、頼香、果穂、来栖が綺麗に敬礼を決め、緒耶美も精一杯それに合わせていた。


ギャラクティック・レガシィ シャトルポート

 やがて、シャトルはギャラクティック・レガシィの船内に設けられた専用ポートにゆっくりと滑り込んだ。普通の客船なら、シャトルは外にドッキングして、ボーディング・ブリッジで客と荷物の積み降ろしをするが、さすがに巨大客船だけあり、シャトルを船内に収容するだけのスペースが余裕であった。今頼香たちが到着した以外にも二つ、全部で三つのシャトルポートがあるらしい。
 シャトルがランディング・ギアを出してポートの床面に降り立つと、左右から乗降用のタラップが出現した。機内に到着のアナウンスが流れ、客たちが三々五々立ち始める。
「よし、ボクたちも行くのにゃ」
 かわねこがそういって立ち上がった時、出口へ向かう人の流れに逆らうようにして、黒いスーツの男性が五人娘の方へ近づいて来た。彼はかわねこの前に立つと、慇懃に腰を折った。
「TS9オールスターズの皆様ですね?」
「そうだけど、あんたは?」
 頼香が言うと、男性は失礼。私はこういうものです、と言って古風な名詞を差し出してきた。
「ボリヴァル・スター・ライナー社・社長室室長、ノーマン・コンラッド?」
「はい。社長がぜひとも貴女方に会いたい、と仰っておりますので、迎えに伺った次第です。ご一緒願えますか?」
 ノーマンの言葉に、一瞬頼香が渋い顔になる。質問の形をしてはいるが、実質的には強制と同じ響きがあるのを感じ取ったのだろう。来栖と緒耶美もいい気分はしないらしく、ちょっと顔を曇らせている。その雰囲気を破ったのは、さすがに人生経験は長いだけあって如才ない果穂だった。
「もちろんですよ。ねぇ、皆さん」
「ボクはかまわないにゃ」
 かわねこが真っ先に頷く。なんと言っても社長、つまりポール・ボリヴァル氏は彼女たちをこの船に招待した張本人であるし、しっかり協力関係を結んでくるようにとワイアード提督からも命じられている。
「そうですか。では、こちらへ」
 リーダー(一応)のかわねこが了承したことで安心したのだろう。ノーマンが微笑んで、五人をシャトルの外へ案内する。そこには一台の大型車が止まっていた。
「船の中で車を?」
 不思議そうに言う来栖に、ノーマンは笑いながら言った。
「何しろ大きな船ですからね。君、出してくれ」
 運転手が頷いて走り出す。シャトルポートの外に出た五人は、驚きに目を見張った。
「これが船の中!?」
 それも無理のない話で、五人を乗せた車が走っている通路は片側二車線の道路に歩道つきという、船の中とは思えない大きなものだった。両脇にはショッピングモールが並んでいる。どれも高級ブランド品の店ばかりだ。
「がお、TS9のプロムナードより豪華ですよ」
 緒耶美が思わず口に出し、慌てて手で押さえるが、誰もそれを咎めなかった。まったく同感だったからだ。もっとも、これは客層の違いが原因だ。辺境の宇宙基地であるTS9では、実用的なナップザックを欲しがる人はいても、ブランド品のバッグを買う人はいない。ただそれだけの話である。
 街ひとつを入れてしまったかのような、船内の壮大な規模に圧倒されつつ五人が外を見ていると、商業区画を過ぎ、客室区画に入った。ここも地上のホテル街をそのまま船内に移築してきたような構造だった。それぞれの「ホテル」は価格や客の目的に合わせて違った趣向を凝らしているらしく、頼香は前にテレビ番組で見たラスベガスのホテル群を連想した。
「あれが、皆さんが使うことになるコンサートホールですよ」
 ノーマンが指差した方向を見て、また驚く五人。そこには、ホテル街の中心を占めるようにして、本格的なホールがあった。
「他にもレストラン街のディナーショー会場と、演劇用の大劇場がありますが、後でご案内しましょう」
 ノーマンが言う。やがて、車はホテル街のある区画を抜けて、別の区画に入った。道路も片側一車線になり、天井も低くなって、ようやくここが船……と言うよりはまだTS9のような宇宙ステーションに近い大きさだったが……の中である事を実感させる光景になった。この辺りはブリッジ、コンピュータールームや船員の居住区と言った、船の運航を司る施設を集めた管制区画で、基本的には乗客は立入禁止である。
 管制区画に入ってから少し走ったところで、車はそれを収納できるほどの大型ターボリフトに乗り込み、上層デッキへ向かった。リフトの扉が開くと、そこに展開されていた光景に、頼香たちは目を見張った。
 そこは、天井が一面巨大な窓で覆われた場所だった。広大な宇宙と、惑星テランの美しい青が半々を占めるその下で、一人の男がTS9オールスターズの少女たちを待っていた。
「社長、指示のあった方々をお連れしました」
 車を降りたノーマンの言葉に、男は相好を崩すと、やぁご苦労ご苦労と言いながら、車の方に近づいてきた。
「TS9オールスターズの皆さん……かわねこ少尉、ライカ・フレイクス少尉、庄治果穂准尉、雲雀来栖准尉、それに緒耶美さんですね。私がこの船の船主で、BSL社長のポール・ボリヴァルです。どうかお見知り起きを」
 名前を読み上げながら、間違いなく本人を見るボリヴァル。ちゃんと名前と顔を一致させていたらしい。
「あ、こ、これはどうもご丁寧に」
 頼香は慌てて挨拶を返した。ほかの四人もそれに倣う。この時、五人の思いは一つだった。
(この人が、あの悪名高いBSL社長?)
 そう、初めて実物を見るボリヴァルは、なかなか精悍な顔立ちで、精力的な印象を受ける中年男性だった。悪意を持ってみれば「脂ぎった印象」と言えなくも無いかもしれないが、物腰は紳士らしく洗練されている。確かに多くの社員を従える大企業トップに相応しい威厳と言うものが感じられた。少なくとも、事前に聞いていたような如何にも悪人な顔ではない。
「今回軍の方には、私どもの我侭な要請に応えていただき、本当に感謝しています。まぁ、こちらへどうぞ」
 そう言うと、ボリヴァルはノーマンに飲物の用意を命じ、自らは五人を誘って部屋の中央の応接セットに向かった。見れば、部屋の中の調度品も意外に落ち着いた良い趣味で、かわねこは伝聞と言うのはあてにならないにゃ、と思った。良く聞くBSLの強引な経営と言うのは、急成長する企業にありがちな陰口の類かもしれない、とさえ思った。
「いかがですかな、この船……ギャラクティック・レガシィは」
 ホストとしての態度を崩さず、孫並みとは言わないまでも娘よりは年下の少女たちに、敬語で話し掛けるボリヴァル。来栖などはすっかり警戒を解いた表情で答えた。
「すごい大きな船ですね。まるで、街がそのまま中に入っているみたいです」
 その無邪気な感想に、ボリヴァルは目を細めた。
「その感想は、まさに私たちの狙い通りですね。この船は単なる客船ではなく、一つの都市なのですよ」
 ボリヴァルの口調には、来栖の感想を慧眼と褒める響きが滲んでいた。
「ただの船ではなく、宇宙を航行し、星から星へと渡っていく一つの街。乗客がただの客にとどまらず、街の住人として宇宙に暮らすことができる。それがこの船の目指す所なのですよ」
「宇宙に街を作る、ですか……Trans Spaceみたいですね。もっとも、この船は動けますけど」
 果穂が感心したように言う。やはり技術者だけあって、話を聞いているうちに興味が湧いてきたようだった。
「ええ。実は、貴女達を呼んだのも、この船の目標と無関係ではないのですよ」
 ボリヴァルの言葉に、少女たちが不思議そうな表情をする。そこで、ボリヴァルは畳み掛けるように言った。
「貴女達の歌……『宇宙にひとつだけの花』でしたね。私はあの歌を聴いて大いに感銘を受けたのですよ。どの星が一番か、なんて事で争うのは実にくだらない。その通りです。ならば、この船はどうでしょうね。星に縛られない生き方……宇宙そのものが故郷となる暮らしをすれば、そういう争い事もなくなるんじゃないでしょうか?」
 思いもかけないボリヴァルの言葉に、五人は思わず声を失った。悪党であると言う先入観を刷り込まれてきた相手から、こんな理想論が出てくるとは思わなかったのだ。何も言えなくなっている少女たちの様子に、ボリヴァルが気づいて苦笑する。
「いや、ははは。お客さん相手につい大口を聞いてしまいましたかな。ともかく、この船の目指すところに、貴女達の歌がぴったりマッチしたと言うのは本当ですよ。ですから、今夜からのコンサートを私も期待しています」
「あ、は、はいっ!」
 気圧されていた頼香が慌てて返事をし、残り四人もそれに倣った。
「では、コンサートの前に部屋でゆっくり休んでください。案内させましょう」
 ノーマンはそう言って、五人を車に乗せた。彼自身は同行しないが、運転手が行き先を知っている。車が走り出すと、来栖がため息をつくように言った。
「誰? あの社長さんを悪い人だなんて言ったのは?」
「だ、誰だったかにゃ」
 悪党の噂を聞いていたかわねこが作り笑いを浮かべて言う。見ると聞くでは大違い、百聞は一見にしかず、などと言うが、ボリヴァルとの会見は、事前のイメージを覆して余りある出来事だった。
「そうだな……まぁ、人の言うことなんて当てにならないものかもな。ん? どうしたんだ、緒耶美ちゃん」
 頼果は相槌を打ちながら、緒耶美の表情がどこか浮かないものであることに気づいた。そういえば、さっきも一言も喋らなかったような気がする。
「がお? な、なんでもないですよ」
 緒耶美は微笑んだ。そう言われて、頼香もそれ以上は追求しなかったが、緒耶美はさっきの会見の時の事を一つ一つ思い返していた。
 確かに、ボリヴァルは好人物に見える。しかし……何かが引っかかった。本当に、あの人はいい人なのだろうか?


ホテル街

 車は管制区画からホテル街に戻ると、五人が今夜の舞台として使う事になっている例のホールに隣接した、ひときわ立派なホテルの前で停まった。既に五人が来る事は知らされていたのか、車の前から玄関まで赤絨毯が敷かれ、ホテルの従業員たちが列を作って待機していた。
「うわ、大げさな……」
 思わず絶句する頼香に、ノーマンが笑いかける。
「ここが皆さんが在船中に泊まるホテルです。さぁ、どうぞ」
 車のドアが開かれる。外に出ると、赤絨毯の上で待っていた男性が恭しく頭を下げた。
「いらっしゃいませ。当ホテルの支配人、リドリー・パヴェルと申します。高名なTS9オールスターズの皆さんを当ホテルにお迎えできる事をうれしく思います」
「あ、こ、これはどうもご丁寧に」
 さっきの頼香のように、慌てて頭を下げるかわねこ。パヴェルはさぁこちらへ、と言うと、ノーマンとともに五人を先導して歩き始めた。エレベーターに乗り、最上階へ移動する。
「うわぁ、すっごいお部屋!」
 部屋に入るなり、来栖が歓声を上げた。一番高級なホテルの最上階にあるスイートルームと言うだけあって、五人でも使い切れないほどの広さがある。何しろ、部屋数が8もあり、ベッドも、五人が一度に眠れるほどの大きさがあるキングサイズのものが6つもあった。
「コンサートのリハーサル開始までは、まだ5時間ほどあります。ゆっくり一休みしてください」
「何かありましたら、そこの電話でフロントまでどうぞ」
 そう言って、パヴェルとノーマンは去って行った。
「広すぎて、逆に落ち着かない気もするけどな……」
 頼香が苦笑する。友人たちの様子はと見ると、果穂は浴室を覗いていた。ソニックシャワーのような味気ない風呂ではなく、ちゃんとお湯がためられる本格的な……いや、本格的過ぎる風呂だった。何しろ、浴槽のサイズがちょっとしたプール並みなのだ。
「良いですね。後で皆さんで一緒に入りませんか?」
 下心全開の怪しい笑みを浮かべて言う果穂。
「遠慮しとく」
 頼香はあっさり答えると、ベッドの方を見た。かわねこと来栖がトランポリン代わりにして遊んでいた。
「こら、お前たち行儀が悪いぞ!」
 ちょっと楽しそうだな、とかやってみたいな、と思った事は心の棚に上げて、とりあえず二人を叱ってみる頼香。緒耶美はどうしているかな、と思いながら部屋を見渡すと、窓のところでじっと考え事をしている彼女に気がついた。外を見ているのかとも思ったが、どうも様子がおかしい。
「緒耶美ちゃん、どうしたんだ?」
 頼香が声をかけると、緒耶美は驚いたように顔をあげた。
「あ、頼香さん……いえ、なんでもないですよ」
 緒耶美は笑ったが、その笑顔はぎこちない。頼香は「なんでもない」なんて嘘だな、と思い、もう一度聞いた。
「そうか? 気になる事があるんだったら、言った方がいいと思うぞ」
 すると、緒耶美は声を潜めて答えた。
「実は……さっきの社長さんの事が気になるんです」
「ボリヴァル社長の?」
 頼香の質問に頷く緒耶美。
「がお。さっき話している間、社長さんずっと私の事を見ていたんですよ。その事がどうしても……」
 頼香は社長室での会見の事を思い出した。ボリヴァルが緒耶美の事を執拗に見ていたかどうかについては、ちょっと記憶に無いのだが、緒耶美は確証も無しにこうした事を言い出す娘ではない。恐らく嘘ではないのだろう。
「ひょっとして、何かいやらしい目つきだったのか?」
 頼香が聞くと、緒耶美は首を横に振った。
「いえ、そういう訳ではないんですけど……でも、いい感じがしなかったのは確かなんです」
「ふむ……」
 頼香は考え込んだ。会見の時は、頼香はもちろん、かわねこと来栖も良い印象を受けていたようだ。果穂の事は良くわからないが……そうした中で、人を見る目が一番公平そうな緒耶美だけが悪印象とはいえないまでも、気になるものを感じたと言うのは、確かに蔑ろにはできない。
「そうだな……念のため、俺も気をつけておくよ。でも、今のところはコンサートを成功させる事に集中しよう」
「がお」
 頼香の言葉に緒耶美は頷いた。その時、天井のスピーカーから汽笛を模した効果音が流れてきた。それに続いてアナウンスが入る。
「乗客の皆様、船長です。これより本船は出航します。乗組員一同、皆様の快適な船旅を全力を上げてサポートいたしますので、どうかごゆるりとお寛ぎください」
 アナウンスが終わると同時に、船がゆっくりと進み始めるのが、重力の変化によって頼香たちにも感じられた。果穂が船外の様子を部屋の壁に埋め込まれた大モニターに映し出すと、ギャラクティック・レガシィの行く先を彩るように、無数の光の線が延びている。周囲の船が新たに星海を行く仲間として加わった彼女を歓迎すべく、フェイザーを祝砲として発射しているのだ。
 虹色の輝きに照らされるように、ギャラクティック・レガシィは速度を徐々に上げて、テラン星系外へ向かう航路に滑り込んでいった。
 
八時間後 コンサートホール

 広い会場は熱気に包まれていた。
「みなさん、ありがとうございましたにゃ。次はいよいよ最後の曲なのにゃ」
 かわねこが声を張り上げる。もともとTS9オールスターズは兼業アイドルと言う事もあって、それほど持ち歌が多いわけではない。しかし、手抜き妥協を許さない5人のステージだけに、普通のアイドル以上に濃い内容となっていた。
 聞いている人々も、普段とはだいぶ客層が違っていて、アイドルの曲を聞きに来そうもない階級の人々が多いのだが、熱気とやる気と言うのは誰にでも伝わるもので、客も大いに盛り上がっている。
「今日は新曲があります。これを最後にもってきました!」
 頼香が宣言すると、どよめきが上がった。5人にとっても練習時間があまり無く、少し歌うには不安があるのだが、今はかなりノってきている。そのノリを重視していきたかった。
 
 
 Love 胸に響く あなたの言葉優しくて 強がりもお見通し ちょっと悔しいかな
 
 Love 心溶けた あなたの笑顔温かい 意地を張って見せても あなたには通じないね
 
 傷つく事が怖くて言い出せなかった 溜め息をつくだけの日々
 
 ただ見ているだけで 踏み出す事を忘れてた
 
 恋する気持ち 涙ぽろりひとしずく きっと勇気を出すから 今は見ない振りで
 
 
 Love 抱きしめたい あなたの温もりに触れたくて とめどなく溢れる思い 一人持て余すよ
 
 悲しい時は いつでも傍にいて 嬉しい事は分けあおう
 
 ほら 二人いつまでも 歩いて行ける そうだよね?
 
 恋する気持ち 弱い私強くする 苦しくて切ないけど それでも大好きだよ
 
 いつまでも……大好きなの

 
 
 それまでのアップテンポな曲とは一変して、静かに囁きかけるような歌声。心に沁みるようなその歌声に、最初はざわめいていた客たちが、静かに聞き入っていくようになる。そして、歌が終わり、曲が最後の一小節を奏で終えた瞬間。
 弾けるような拍手の渦と、スタンディング・オベーションが巻き起こった。
 

ホテル

 コンサートも無事終了し、ホテルに戻った五人娘は、お風呂でステージでかいた汗を流すと、それぞれ思い思いにおめかしをしていた。
「お、来栖、そのドレスかわいいな」
「えへへ、ありがと、頼香ちゃん。頼香ちゃんもかわいいよ」
 黄色い、花をイメージしてデザインしたようなドレスを着た来栖が、頼香の誉め言葉にはにかむ。一方、誉め返された頼香は、自分の着ている服の裾をつまんだ。淡い紫色のワンピースと萌黄色のカーディガンの組み合わせだ。
「ああ、これ美香姉の見立てなんだよ。俺はもう少し地味なのが良いって言ったんだけどなぁ」
 不本意だ、と言いたげな頼香に、白地にピンクのフリルと赤いリボンを大量にあしらったピンクハウス風ロリータ・ファッションの果穂が笑いかける。
「良いじゃないですか。頼香さんも、たまにはそうやっておしゃれした方が良いですよ。せっかくの素晴らしい素材なんですから」
「お前は着飾りすぎだけどな」
 果穂の言葉に軽いジャブで応酬しておいて、頼香はかわねこを見る。
「かわねこもなかなかすごい服装だよな……似合ってるけどさ」
「個人的に思い出のある服なのにゃ」
 そう答えたかわねこの服は、果穂とは対照的な黒ベースのゴスロリ調ドレス。以前彼女がある事件に巻き込まれた時、この服を着て窮地を脱したと言う、曰く付きの服である。
 彼女たちがなぜおめかしをしているかと言えば、これから初日のコンサート成功を祝って、ホテルの大ホールでパーティーが開かれるからである。コンサートで思い切りエネルギーを使ったとは言え、そこは若さに溢れた十二歳の少女たち。まだまだパーティーに出るくらいのエネルギーは残っている。たとえ疲れていたとしても、主賓である以上は出ないわけには行かないのだが。
「さて、俺たちは準備OKとして、緒耶美ちゃんはどうしたんだ?」
 頼香は辺りを見回した。すると、その声に応えるように、緒耶美がドアを開けて姿を現した。
「がお、お待たせしました、皆さん」
 その格好を見て、思わず唖然となる頼香たち。緒耶美が着ていたのは、いつもと変わらないメイド服だったのだ。
「緒耶美ちゃん……それはちょっと」
「いくら似合っているって言っても」
 来栖と果穂が同時に言う。
「がお? 変ですか?」
 首を傾げる緒耶美に、かわねこが言った。
「似合う、似合わないの問題で行けば、変じゃないにゃ。でも……パーティーに着ていくにはちょっと問題ありだにゃあ」
 いや、給仕や接客をするなら問題は無いかもしれない。しかし、今日の緒耶美は主賓の一人なのである。さすがにメイド服ではいろいろとマズかった。
「でも、私これしか私服持ってきてませんし……」
 緒耶美が困ったようにそう言うと、果穂の目がきゅぴーん、と光り輝いた。
「なるほど……幸い、パーティーまでは少し時間があります。ここは一つ、緒耶美さんに似合う服を私たちで見立ててあげることにしましょう」
 緒耶美で遊ぼうという欲望丸見えの発言だったが、これに関しては頼香や来栖としても異存は無かった。
「なるほど、それは良いな」
「このホテルにもブティックとかあったしね」
 思わぬ展開に、緒耶美が驚いた表情になる。
「が、がお!?」
 助けを求めるように、彼女はかわねこのほうを見た。しかし、肝心のかわねこも、どうやら果穂の提案には乗り気なようだった。
「せっかくだからめいっぱいおしゃれするといいと思うにゃ」
 普段、れも副司令やワイアード提督、TS司令官ズなどが贈りつけてくる服によって着せ替え人形状態にされる事の多いかわねこは、そういう目にあうのも宿命だと割り切っていた。
「じゃあ、早速行きましょう! 時間がありませんからね」
「なに、恥ずかしがらなくても大丈夫さ」
「緒耶美ちゃんだったら、きっと何を着てもかわいいよ」
 そう言いながら、果穂、頼香、来栖が緒耶美を拘束する。彼女の怪力を持ってすれば振りほどくことは容易……と思いきや、力の入れ方が絶妙らしく、緒耶美はズルズルと引きずられていく。
「がおーっ!?」
 叫んでもどうにもならない。そのままショッピングコーナーに連行される緒耶美の姿を苦笑交じりに眺めると、かわねこも後を追った。
 

パーティー会場

 ホテルのメインホールは着飾った多くの紳士淑女たちによって埋め尽くされていた。いずれも、このギャラクティック・レガシィの処女航海に招待されるか、高い乗船料を支払って乗り組んだ人々である。彼らが思い思いの相手と談笑していると、ホールの正面にある演壇に、ボリヴァルが登った。談笑の声が静まっていく。
「惑星連合中からお集まりの紳士淑女の皆さん、お待たせしました。これより、本船の航海第一日を記念したパーティーを行います」
 湧き起こる拍手。
「なお、先ほど皆さんの中にも楽しまれた方がいるかと思いますが、今回の航海に当たって特別に来ていただいたTS9オールスターズの皆さんをゲストにお迎えしております。どうぞ!」
 照明が落とされ、控えていたバンドがドラムロールを鳴らす。それが止み、照明が元の明るさを取り戻した瞬間、観客が大いにどよめいた。
 ステージの中央に、可憐な五人の少女たちが姿を見せていた。頼香は堂々と、果穂は朗らかに、来栖ははにかんで、かわねこは飄々と観客の視線と拍手を受け止めている。そうした中で、緒耶美だけが恥ずかしそうに縮こまっていた。
「緒耶美ちゃんも手を振るにゃ」
「え……で、でも」
 頬を赤く染めて言う緒耶美。彼女は果穂が見立てた淡いピンクのシルクのドレスを着ていた。ボリュームのある髪は同じ色のリボンでくくられ、清楚さをかもし出している。普段はメイドという立場から、一歩引いた場所に立ち場所を求める緒耶美だが、今の彼女は頼香たちに引けをとらない、立派な主役の装いだった。
「緒耶美さん、今のあなたはとても可愛くて素敵ですよ。もっと堂々としないと罰が当たっちゃいますよ」
 果穂が言う。彼女にとっては、美少女が目立たないようにしているなど、今流行の「もったいない」の極みなのだった。
 そうは言われても、緒耶美にしてみれば連合士官制服をアレンジしたステージ衣装ならともかく、こんなひらひらした綺麗な服を着ること自体があまり無いので、戸惑うのも無理は無い。見かねたかわねこがそっと耳元でささやいた。
「落ち着くにゃ、緒耶美ちゃん。ビリキュアの衣装だと思えば、それほど気にはならないにゃ」
「がお、それは確かに……」
 緒耶美がビリキュアに変身する時の衣装は、確かに白いひらひらの、今着ているのに近い服である。もちろん、果穂もそれを意識して衣装選びをしたのだ(さすがにスカートの丈はもう少し長かったが)。
 そのかわねこの言葉が功を奏したのか、少し緒耶美から硬さが取れたように見えた。顔を見合わせて微笑む頼香たち四人。
 その時、船が少し揺れたような気がした。が、そのことを気に留めるものは誰も無く、宴はたけなわになろうとしていた。

 
同時刻 ギャラクティック・レガシィ機関部

 巨船をワープ7という高速で推進させる機関部は、船の後方に固められていた。船内に設置された無数の正物質・反物質対消滅反応炉は唸りを上げて動力を生み出し、船の四方に突き出したワープ・ナセルにエネルギーを送り込んでいる。
 当然の事ながら、この機関部は船の中で最も強固に防護された場所だ。反応炉が破壊されれば船は動かなくなるし、万が一反物質が漏れ出したら、船は一瞬で大爆発を起こして消滅してしまう。それどころか、このクラスの船なら、一つの星系を壊滅させて余りあるほどの膨大な量の反物質が積み込まれているものだ。
 従って、ギャラクティック・レガシィの機関部は戦艦を上回るほどの重装甲で覆われ、光子魚雷数発の直撃にも耐えうるほどの防備を誇っている。よほどのことが無い限り、この防御が打ち破られることは無いはずだった。
 その「よほどのこと」が、今起きていた。
 
 異変が起きたのは、ホテルでパーティーが開催されているまさにその時だった。機関部では、非番に当たり損ねた当直要員が、ぼやきつつも作業を続けていた。
「あーあ、俺もTS9オールスターズのコンサートに行ってみたかったなぁ」
「俺もだ。お前、誰のファンだ?」
「俺はライカ・フレイクス少尉だな。強気そうなところが良い」
「俺は果穂ちゃんかな。何というか、尽くしてくれそうなところが」
 実際の彼女を知らない者には、そう見えるのかもしれない。知らないと言うことは幸せである。
「俺は来栖ちゃんだな。妹にしてええええぇぇぇ」
「かわねこたんが最高だろう。膝の上に載せて撫で撫でしたい」
「緒耶美ちゃんもいいぞ。クマ耳っ娘なんて他にはいないしな」
 他にも誰が良い、どういう風に良い、と会話が盛り上がり、ようやく当直に当たった不運を皆が忘れ始めた時、突然激震が発生した。
「!?」
 声にならない叫びを上げて、機関部員たちは床に突き転がされ、あるいは壁に叩き付けられた。多くの者が気絶する中で、辛うじて意識を残していた者は、信じられない光景を見た。
 戦艦の砲撃すら防ぐはずの頑丈な隔壁が、まるで飴細工のように変形し、内側に向かってへこんでくる。外から何か……デブリか隕石が激突したんだ、と彼らが思ったその瞬間、限界を迎えた隔壁が崩壊し、数千トンの超合金の塊が船内に向けて……不運な機関部員たちの頭上に崩れ落ちた。
 
 この時になって、ようやく非常ベルが鳴り始めた。スプリンクラーが水を散布し始め、崩壊に伴って巻き起こった煤煙が収まって行く。その向こうから現れたのは、鋭角的な五角錐形の奇妙な物体だった。機関部員たちが唐突に強制された死の直前に思ったような、大型のデブリや隕石の類には見えない。先端付近には、艦名をあらわしているのか、奇妙な文字が書かれている。連合にはこの文字が読める者はいないが、それは「ブルー・アマリリス」と言う意味だった。
 青いアマリリス。この世にあり得ないもの。それは、この船を操るのが、決して表に出る事のない、闇の世界における戦いを司る者たちであることを示していた。
 それを示すように、五角錘の側面が開き、タラップのようなものが床……というか、倒れこんだかつての外壁……に向けて伸びる。そこから出現したのは、12歳前後の外見年齢を持つ黒髪の少女と、それよりやや年上かと思われる赤い髪の少女だった。どちらも強固そうな装甲に身を固めている。
「ひどいですね……ここは機関部ではありませんか。もし反物質タンクに突っ込んでいたら、私たちも宇宙の塵ですよ」
 黒髪の少女が、内容の割にはあまり深刻そうではない口調で言う。
「操船方のコラムは腕は立つのですが、いささかドジっ娘の傾向があります。まぁ、初めて飛ぶ空域で目的の船に追いついただけでも誉めるべきではないかと」
 赤い髪の少女が答える。
「そうですね。激突を避けてくれれば、高級お子様ランチものの手柄だったのですが、差し引きしてヤクルト二本というところですか」
 黒髪の少女の言葉に、赤い髪の少女は微笑んだ。
「それでもあの娘は喜ぶでしょう。では、そろそろ参りませんか?」
「そうですね。皆、おいでなさい」
 黒髪の少女の言葉と同時に、彼女たちとほぼ同年代と見られる少女が五人、扉から現れて、命令を待つように先に出た二人の前に整列した。黒髪の少女が言う。
「これより、我らに仇なす不埒者への懲罰に当たります。おそらく抵抗が予想されますが、刃向かう者は残らず討ちなさい。そうでないものは捨て置いてかまいません」
「かしこまりました、ファイゼ様」
 部下の少女たちが一糸乱れず唱和する。その時、彼女たちが今いるブロックから、船首方向へ通じる隔壁の扉が、ゆっくり開き始めた。先ほどの激突でフレームが歪んだのか、自動で開かなくなったのをこじ開けているようだ。ようやく一人が通れるほどの隙間が開き、警備員と思われる黒服の男たちが四人ほど入ってくる。
「こ、これは!?」
 惨状に目を見張る男たちの一人が、五角錘の宇宙船と、その傍に立つ七人の少女たちの姿を見て、さらに驚きの表情を浮かべた。それを見て取った黒髪の少女――ファイゼが命令を下す。
「あの者は何か知っていそうですね。ルリア、捕らえなさい」
「はっ!」
 赤い髪の少女――ルリアが一礼し、床を蹴って疾駆する。後から出てきた五人もその後に続いた。
「な、何だお前たちは……うげっ!?」
 とっさに銃を向けた男が、それよりも遥かに速いルリアの抜き撃ちを受け、吹き飛ばされるように倒れる。残りの三人も、一瞬でルリア以外の五人に囲まれ、打ち倒されていた。
「……お、お前たちは……」
 胸を撃ち抜かれて苦悶する男たちのリーダーを抱き起こすようにして、ルリアは言った。
「我々はDOLL。お前たちを同化する。抵抗は無意味だ」
「や、やはりDOLL……!」
 男もその単語は知っていた。DOLL。正式名称はMOE−DOLL。突如襲来し、抵抗する者たちを容赦なく打ち倒し、あるいは同化して自らの勢力を拡大しようとしている、謎の機械・生体ハイブリッド生命体。彼は先日まで辺境航路に勤務し、いくつかの襲撃例を聞いていた。それだけでなく、つい最近現物を見る機会にさえ遭遇したのだ。それは……
「我々を知っているのか……ならば、己の宿命も悟っていような」
 ルリアの唇が、自分を嫌悪の表情で見る瀕死の男の、血を吹きこぼすそれに重ねられる。美しい魔物が生贄の命をすすっているかのような、妖しくも美しい光景だが、それは数瞬の後、さらに妖しい光景へと変化していった。

 
パーティー会場

 頼香たちは、まさに会場の華になっていた。数百人はいようかと思われる招待客は、ほとんどがさっきまで彼女たちのコンサートを見ていた人々であり、ぜひ噂の美少女アイドルユニットに挨拶しようと近づいてくる。
「実に素晴しい歌でした。また聞きたいものですね」
「あはは、いや、どうもありがとうございます」
 頼香は照れながら挨拶したが、実際にはかなり内心うんざりしていた。褒められればうれしいのは確かだが、同じような受け答えを何十回……いや、もう百回を越えていたかもしれない……続けていれば、それは飽きもする。何しろ、せっかくのパーティーなのに、挨拶に追われて何も食べていないのだ。
「あーあ、俺もう疲れたよ。早く終わってくれないかなぁ」
 頼香が嘆くように言うと、それを果穂が聞き咎めた。
「駄目ですよ、頼香さん。アイドルなんですから、人前ではかわいくしていないと」
 頼香は首を横に振った。
「そんな事言われても、飽きたもんは飽きたんだよ。あーあ、パーティーが終わる様な事が、何か起きないかねぇ」
 いくら飽きたとは言っても、事件を待望するかのような頼香の不謹慎な一言に、果穂は仕方のない人ですね、と言わんばかりに苦笑し、かわねこはちょっと顔をしかめた。と、その時だった。
「がお?」
 それにまず気づいたのは、目のいい緒耶美だった。少し離れたところにいるボリヴァルのところに、黒いスーツを着た部下が駆け寄り、何かを耳打ちする。その瞬間、ボリヴァルの顔色が変わった。それも一瞬のことで、すぐに元の顔色を取り戻すが、表情はやや強張っていた。
「ご主人様、あれ……」
「にゃ?」
 緒耶美につつかれ、かわねこもその様子を目撃した。ボリヴァルが黒服の部下に、耳打ちするようにして指示を出している。どう見てもただごとでなさそうな様子だ。かわねこは耳をそばだてた。愛らしいだけでなく、テラン人や地球人の数倍の可聴音域を持つ彼女の猫耳がぴくぴくと動く。
「……襲撃……警備班をあつめ……迎撃を……」
「…りました……ちに……配します」
 微かに聞こえてくる剣呑そうな会話に、かわねこは緊張した。襲撃? 迎撃? 海賊でも攻めてきたのだろうか?
(……なんだか、ただならない気配がするにゃ……?)
 さらによく聞き取ろうと神経を耳に集中させようとするかわねこの肩を、来栖が叩いた。
「かわねこちゃん、どうしたの?」
 何やら深刻そうな表情のかわねこの様子を心配したらしい。
「かわねこ、これ結構いけるぜ。食うか?」
 今度は頼香が何かの唐揚げを乗せた皿を差し出してくる。ようやく挨拶してくる客が途絶えて食べることができるようになったからか、さっきまでの不満そうな様子は見られない。
「んー……」
 かわねこはほんの少しの間だけ逡巡した。先ほど聞いたボリヴァルと部下の会話が気になる。もし、この船が今何者かの襲撃を受けているのだとしたら……連合士官としては当然それに対処する義務が生じる。ワイアード提督にもそう言われて来た。いざとなったら、連合士官として振舞えと。
 しかし、行動を起こすには情報が足りない。ここで頼香に話してしまうと、猪突されそうだ。まずはボリヴァルを捕まえて、何が起きているのか確かめる必要があるだろう。
「なんでもないにゃ。それより、ちょっと席を外すから、あとよろしくにゃ」
「え? おい、どこに行くんだよ、かわねこ」
 いきなり踵を返したかわねこに、頼香が戸惑ったような声をあげつつも追いかけようとするが、果穂がそれを止めた。
「だめですよ、頼香さん。貴女だって、こういう時に詮索されたくないでしょう?」
「え……あ、そういう事か」
 果穂の言葉に何やら納得する頼香。たぶん、トイレか何かだと思ったのだろう。理由はぜんぜん違うが、かわねこは果穂の気遣いに感謝した。
 ところが、せっかく話を聞こうとした時には、既にボリヴァルの姿は見えなかった。
「しまった、どこに行ったにゃ?」


管制ブロック

 その頃、ブリッジに向かう車の中で、ボリヴァルは船長と電話で話をしていた。
「気がつかなかっただと? この役立たずが! レーダー手は即刻首にしろ!!」
 機関部に謎の船が突入した、と言う知らせを聞いたボリヴァルは怒り狂っていた。
『申し訳ありません。ですが、記録を見ても該当船のデータはなく……軍用艦並みのステルス艦と思われます』
 船長がレーダー手の落ち度ではないことを強調した。が、ボリヴァルには信じられない。
「軍用ステルス艦に匹敵する海賊船だと? 馬鹿な事を言うな」
 実は、そういう船が無いわけではない。海賊戦艦アビスがそれだ。もっとも、使われている技術を解析するために回収された後は、スクラップとして処分されたので、今は無いも同然だが。そして、ボリヴァルもアビスの事までは知らなかった。
「ともかく、警備班を急行させろ。突入してきた連中を始末するんだ」
 ボリヴァルはそう命じて、不愉快そうに腕を組んだ。


ホテル街

 ボリヴァルを探してパーティー会場の外に出たかわねこだったが、目当ての相手は見つからなかった。フロントで支配人を呼び出して、彼を通じて連絡してもらうか、と思った時、かわねこは船内には場違いなものを見た。
 外の通りを、数台の軍用トラックが疾走していく。荷台には十数人の警備員……と言うより、重装備の兵士が乗っている。まるで、これからどこかに一戦交えに行こうとしているかのようだ。
「やっぱり、ただ事でなさそうな雰囲気にゃ……」
 かわねこは嫌な予感が当たった事を悟った。 
 

機関部

「ファイゼ様、彼らの様子はどうですか?」
 呼ばれたファイゼがルリアの方を振り返る。ファイゼは幼い……外見年齢八歳くらいのDOLLに寄り添っていた。一見、年上の少女が年下の少女をあやしているように見えるが、よく見ると、彼女の耳の後ろから伸びた触手が、幼めのDOLLのそれと接続している。こうやってファイゼは相手の持っている情報を読み取っているのだ。
「どうやら、この船に間違いないようです。彼らはその場所までは知らないようですが」
 ファイゼが言うと、彼女に情報を読まれていたDOLLが頷いた。
「はい……オーナーは、あたしたちみたいな下っ端にまでは、その情報を教えてはくれませんでした」
「なるほど。ボリヴァル氏はなかなか用心深い人物のようね」
 ファイゼが頷く。ボリヴァルの名を聞くと、一瞬幼いDOLLの顔に微かな表情の変化が現れたが、すぐに消えた。
 彼女は、つい先刻、ルリアに撃たれた警備員の、変わり果てた姿だった。他の3人も既にDOLLに変えられ、ファイゼに情報を読み取られた後だった。
「ですが、見たというのは、事実なのですね?」
 生まれ変わったばかりのDOLLたちが頷く。
「ならば、その方向に向かうのが良さそうですね。ルリア、行きましょう」
 ファイゼが接続を解き、すっと立ち上がる。四人のDOLLは、どうしていいのかわからない様子で、心細そうな表情でファイゼやルリアを見つめている。
「あなたたちもおいでなさい」
 ファイゼが慈母のような優しい声と笑顔で言った。その瞬間、元警備員である四人のDOLLたちは、それまで抱いていた元人間の意識と、DOLLとして植え付けられた行動規範のギャップから生まれる葛藤を消去されていた。
「はい、お供します。ファイゼ様」
 四人は笑顔でDOLLの隊列に加わった。その時、頭の上に天使の輪のような複合センサー・ユニットを展開させていたプリスという名の情報型DOLLが声を上げた。
「……ファイゼ様、かなりの人数がこちらへ向かってきます。推定百名」
「百名……少し多いわね」
 眉をひそめるファイゼに、ルリアが提案した。
「プリスに、この辺りの通路にある警備システムや隔壁の制御系をジャックさせましょう。成功すれば敵を細かく分断して、各個に殲滅できます」
 ファイゼは瞬時に思考を巡らし、その案が有効だと判断すると、プリスの方を向いた。ファイゼが命じるより早く、プリスは頭部のセンサー・アンテナユニットを回転させ、自信ありげに頷いた。
「可能です。セキュリティレベルはさほどではありません」
「では、やってちょうだい。私はこの子達を率います。ルリア、貴女はルカ、ミージュ、クシナを率いていきなさい」
 ファイゼの命を受け、ルリアは敬礼した。
「承知しました。行くわよ、みんな」
「はい」
 名を呼ばれた戦闘型のDOLLたちが、装甲と装備を鳴らして立ち上がる。同時に、プリスが解析した敵の侵攻方向の通路見取り図が転送され、彼女たちのバイザーに映し出された。九体のDOLLはその重装備からは考えられないような軽い足取りで通路に向かっていった。

 その頃、オーナーの命令を受け、機関部には警備隊が続々と集結していた。
「敵の正体は不明だが、生体反応は5ないし8。しかし、既に偵察に行った一個分隊が連絡を絶っている。抜かるなよ、お前たち」
 警備中隊長の命令に頷く警備隊員。彼らはただのガードマンではなく、全員が軍歴を持ち、豊富な実戦経験を持つ。ボリヴァル・グループが乗船する客の安全を守るために、高額な報酬で雇い入れたプロ集団だ。
「よし。B小隊が先頭に立て。E小隊は、ここに残って警戒。残りの小隊は援護だ」
 中隊長の役割分担を受け、5つの小隊……およそ百名が行動を開始した。ほとんど足音を立てる事も無く、まるで影のように進んでいく。確かに、その訓練度は高いものであり、軍の現役の特殊部隊にも匹敵するだろう。並みの海賊が相手だったら、三分も経たずに彼らが圧勝していたはずだ。
 しかし、不幸な事に、彼らの相手は海賊でもなければ、並みの人間でもなかった。既に彼らの行動は完全に掌握されており、その行先には、逃れようの無い罠が大きく口を開けて待っていたのだ。
 先頭を行くB小隊が通路の奥に踏み込んだ瞬間、一気に防火隔壁が落ちてきた。もし機関部で爆発や火災が起きても、それが客のいる商業区や居住区に及ぶ前に食い止めるため、恐ろしく頑丈に作られたものである。
「うおっ、なんだ!?」
 思わぬ事態に、B小隊の隊員たちは、一瞬周囲への警戒を忘れて後ろを振り返った。その途端に、天井に埋め込まれたスプリンクラーが作動し、白い消火ガスを噴出し始めた。たちまち通路が白い煙で覆われ、視界が聞かなくなる。
「くそ、どうなってるんだ……ぐわっ!?」
 苛立った声を上げた隊員が、突然何者かに脇腹を剣で払われ、苦悶の叫びとともに床に沈む。さらに数人が白い煙の向こうから迫ってきた影に攻撃を受け、次々と床に這った。
「う、う、うわああぁぁぁっっ!?」
 正体の掴めない敵に焦った隊員が、反射的に引き金を引く。フェイザーライフルの先端から光線が迸るが、それは影を捉えるどころか、通路の壁や天井に当たって乱反射し、味方を逃げ惑わせた。
「馬鹿、視界が利かないところで銃を使う奴があるか! 全員隔壁際まで後退、ブレード戦用意!!」
 小隊長が叱責と共に、的確な命令を下す。この声にようやく混乱から立ち直った隊員たちは、銃を投げ捨てるようにして、腰に提げていたフェイザーブレードに手を伸ばした。しかし、それを抜き、さらに相手と斬り結ぶ事のできた隊員は、一人もいなかった。
 ブレードに切り替えた瞬間、まるでそれが見えているかのように、実弾銃の猛射撃が彼らを襲ったのだ。撃ち返す事もできないまま、ほとんどの隊員が一瞬で銃弾の雨に薙ぎ倒され、血に染まって床に倒れた。
 小隊長も例外ではなく、自らの血が作り出した水溜りに身を沈め、虚ろな目で迫り来る相手を見ていた。
(俺は……こんな連中に)
 あまりにも屈辱的な敗北を喫した彼らに、更なる屈辱が、美少女の抱擁という形を持って迫ってきた。


機関部

 その頃、隔壁の向こうでは、分断された他の小隊が右往左往していた。
「くそ、まだ扉は開かないのか!?」
 壁を殴りつける中隊長に、壁のジャックに端末を繋いで作業をしていた電子隊員が、途方にくれたような声を出す。
「だ、駄目です、中隊長。えらく強固なセキュリティに書き換えられていて、開閉システムの防壁を突破できません!」
 続いて、他の通路を探しに行っていたC〜E小隊からも連絡が入る。
『こちらC小隊。開いている隔壁を確認できません』
『D小隊、開閉システムのリプログラミングに失敗』
『E小隊です。突破に失敗。隔壁の爆破許可を……』
 最後の報告に、中隊長は一瞬考え込んだ。隔壁の爆破は最後の手段だ。しかし、どうしても電子的防壁を突破できないとなると、それもやむを得ないかもしれない。オーナーには叱責され、最悪失職の可能性もあるが、壁の向こうではB小隊の面々が苦戦を続けているのだ。早く助けに行かねばならない。
「しかたない……隔壁を爆破しろ」
 中隊長が言った時、隔壁が開き始めた。
「ん? やったのか?」
 中隊長が電子隊員に話し掛けると、彼は首を横に振った。
「いえ、私は何も……」
 次の瞬間、彼は扉の隙間から撃ち出された銃撃を浴び、もんどりうって倒れた。
「敵襲だ! 総員戦闘用意!」
 中隊長が怒号を発し、隊員たちがいっせいに銃を構え、物陰や壁に寄るか、あるいは伏せ撃ちの姿勢をとる。隔壁の開いた先を白く煙らせる消火ガスが、彼らのいる通路にも拡散し、薄まっていく。その向こうにいくつもの小さな影が見えた。
「撃て!」
 中隊長の命令に、一斉に銃火が閃いた。フェイザーの力線がガスの中へ吸い込まれ、影を吹き飛ばす。
「よし、いいぞ」
 中隊長が満足げな笑みを浮かべ、そのまま凍りついた。フェイザーを浴びたはずの相手が一挙動で立ち上がり、あまつさえ反撃まで加えてきたからだ。
「な、何だあれは!?」
 隊員たちも、今見たものに驚きを隠せない。中隊長は怒鳴った。
「うろたえるな! シールドシステムか何かかもしれん!! 火力を集中させろ!!」
 どんな頑丈なパーソナルシールドでも、数十挺のフェイザーライフルの集中射撃には耐えられないはず……と思った中隊長だったが、相手は先ほどまともに直撃されたはずのフェイザー力線を、まるで水鉄砲か何かのように無視して、警備隊が待ち受ける隔壁のこちら側に進み出てきた。そして、彼らは見た。赤い髪をした、十四歳くらいの美少女……ルリアの姿を。
「お、お前たちは……」
 中隊長や、DOLLを知る数人の隊員がうめくように言う中、三人の警備隊員が隠れていた場所から飛び出した。
「なんだ、小娘じゃないか! 取り押さえてやる」
 その背中に中隊長は叫んだ。
「ば、馬鹿! お前たちがかなう相手じゃない。戻れ!!」
 しかし、その警告は遅かった。ルリアは正面から突っ込んできた隊員の腹部に強烈なパンチをめり込ませ、彼が元いた場所まで吹き飛ばすと、一歩進んで、残る二人をなぎ払うように蹴り飛ばした。他の隊員たちが驚愕の表情を浮かべ、それから怒り狂ったように……いや、恐怖を振り払うように撃ちはじめるが、力線はすべて彼女の手前で中和され、霧散した。
「ど、DOLL……まずい。まずすぎる!」
 中隊長は自分たちの装備では勝てない事を悟っていた。まさか、こんなテランに近い空域にまでDOLLが入り込んでくるとは、完全に想定の範囲外だ。DOLLとの対戦に必要な装備はほとんど積み込んでいなかった。中隊長は咄嗟の判断でブリッジへの回線を開いた。
「マトリクス01よりジュエルボックス! 敵はDOLLだ!! こちらの装備では抵抗不能! 機関部の完全閉鎖を進言する!」


ブリッジ

 中隊長からの報告は、ブリッジのボリヴァルに衝撃を与えていた。
「ど……DOLLだと? まさか、連中が……」
 唇をかむボリヴァルに、船長が動揺した声をかけてきた。
「オーナー、機関部の方はどうしましょう?」
 中隊長の進言を採用して機関部を閉鎖すれば、とりあえずDOLLの侵攻を食い止められる可能性はあるが、船の運航に支障が出てくる。DOLLが機関部を壊しでもすれば、この船は動けなくなるか、下手すれば大爆発だ。
「閉鎖は論外だ。この船にいくらかけたと思っている」
 ボリヴァルは言い切った。このギャラクティック・レガシィは、グループ再建の象徴であり、彼の夢の城なのだ。この船を失う事になれば、グループは完全に終わる。もちろん彼の野望も。それは断じて容認できない。
 なんとかして、船を守りつつ、DOLLを駆逐する方法は無いか……と頭を巡らせたボリヴァルは、ある事を思いつき、船長の方を振り向いた。
「いや、やはり閉鎖は認めよう。同時に、反応炉を最大出力で運転するんだ」
「え?」
 戸惑う船長に、ボリヴァルはニヤリと笑って見せた。
「冷却装置を切って反応炉を全力運転すれば、機関部はものの十分で灼熱地獄だ。いくらDOLLでも耐えられるものか」
 正物質と反物質の対消滅でエネルギーを得る反応炉は、ものすごい高熱を発している。普段は冷却装置を使用し、余剰の熱を船体から赤外線として放射することで対処しているが、その冷却装置を切ると、たちまち機関部の温度は急上昇し、数分で千度以上の高温になる。確かに、いかにDOLLが常人より優れた環境適性を持っているとは言っても、長く耐えられる環境とは思えなかった。
「そ、それは危険すぎます! 火災が発生するでしょうし、反応炉が先にダウンする可能性も……それより軍の救助を要請すべきでは」
 船長は抗弁したが、途中で口ごもらざるを得なかった。ボリヴァルが鬼のような形相で船長を睨んだからだ。
「船長、私は君に意見を求めているのではない。やれと言っているんだ。わかったか?」
「……はい」
 船長は屈した。普通なら彼は船内における絶対権力者だが、オーナーには逆らえない。抵抗したとしても、オーナーはこの場で自分を馘首して、代わりの者を据えた上で、同じ事を命じるだろう。なら、従った方がマシだ。
「通信、マトリクス01を撤退させろ。機関、冷却装置カットと同時に反応炉全力運転。情報は敵のハッキングを阻止しろ」
 命じながら、彼は船へのダメージが最小限に抑えられる事を必死で祈った。もはや、彼にできるのはそれだけだった。


機関部

 撤退命令を受け、中隊長は生き残っている警備隊員に向かって叫んだ。
「撤退だ! 全員、手榴弾用意!」
 手榴弾は、今警備隊が持っている武器の中では、数少ないDOLLにも有効な武器だ。その切り札を、生き残るために中隊長は惜しみなく使わせた。
「投擲!」
 号令と共に、破壊力を詰めた卵のような黒い物体が床を転がる。それが続けざまに破裂し、破片交じりの爆風が通路を席巻した。
「くっ……!」
 さすがのルリアたちDOLLもこれにはたまらず、爆風に吹き飛ばされ、あるいは破片に当たって転倒した。致命傷を受けるような威力ではないが、この機に乗じて撤退する警備隊を追撃するのは無理だった。
「逃げたか……賢明な事だ」
 装甲に食い込んだ破片を払い落としつつ、ルリアは呟いた。
「次は少しくらい敵も備えはしているだろう……こっちも準備を整えるか」
 ファイゼと共にやってきた五人……ルリア自身と、ルカ、ミージュ、クシナ、プリスはともかく、この船に潜入してから同化した二十人あまりのDOLLたちは、まだ力の使い方も良くわかっていない。彼女たちの他に、今の戦いで倒した敵も同化して戦力に加えねばなるまい。この船には、まだ多くの敵が残っているのだから。
「……ん?」
 ふと、ルリアは全身の感覚に先ほどまでとは違う違和感を覚え、立ち止まった。微かな不快感を伴う変化。それは……
「気温が上がっている?」
 彼女が呟くように言った時、ファイゼからの通信が入った。
「ルリア、どうやら彼らは私たちを蒸し焼きにする気のようです」
 そう言って、ファイゼは状況を説明した。
「プリスは機関部コントロールの機能奪取に集中させます。ルリア、貴女は隔壁を破壊して先に進みなさい」
 最後に指示を出す。ルリアはそれを受けて、部下たちの中でも特に大火力を持つクシナを呼び寄せた。
「クシナ、隔壁を砲撃で破って」
「了解しました、ルリア様」
 クシナは頷くと、両肩に背負っていた二本の筒のようなものを持ち、一つに結合させた。それを構え、手近な隔壁に狙いを定める。
「撃ちます!」
 クシナの宣言と共に、一抱えはあろうかという太さの光が筒から放射された。戦車砲クラスのフェイザーカノンだ。光が隔壁の表面で猛烈な火花を飛ばす。しかし。
「くっ、頑丈な!」
 ルリアは舌打ちした。隔壁の表面は赤熱はしていたものの、破壊される事なくその場に留まっていたからだ。
「クシナ、もう一度!」
「はい!」
 クシナがさらに射撃を加える。今度は若干表面が変形したが、まだ破れない。壁のこちら側で対消滅爆発が起きた時に備えた構造とはいえ、余りにも頑丈だった。クシナが三発目を用意する。その間にも気温は上昇を続け、床に飛び散った血液が嫌な音を立てて蒸発を始めていた。


ブリッジ

 ボリヴァルの指示から三分後、ディスプレイの中で、動力炉の出力は105パーセント、気温は218度を指していた。しかし、それを維持するための戦いは激しく続けられていた。
「反応炉制御システム……ファイアウォールA−5突破されました! 続いてB−1に侵攻中」
「くそ、なんてプログラミング速度だ。こっちが十人がかりでやっと抑えられる程度か!」
 報告と怒声が入り混じる。戦っているのは、プリスの制御システムへの侵入を阻止しようとしているオペレーターたち。いずれも、これだけの巨船が搭載する複雑怪奇なコンピュータシステムを扱うだけあって、どこに行っても上級者で通る技量の持ち主――コンピュータ雑誌に記事を投稿している者もいるほど――なのだが、その彼ら精鋭を持ってしても、DOLL側の猛攻に対処するので精一杯という状況に追い込まれていた。
「これで、対『Miojiru』システムが無きゃお手上げだったな……!」
「まったくだ」
 そんな会話をしながら、必死に抵抗するオペレーターたち。それを聞きながら、ボリヴァルはノーマンに尋ねた。
「Miojiruとは何だ?」
「最近出た凶悪なコンピュータウイルスですよ。ソースコードを持っているだけで違法という代物です」
 ノーマンが答える。キャロラットの国防総省を半年に渡って機能低下に追い込み、最近ではどこかのTSでテロに使われたというこのウイルスは、反応炉制御などのクリティカルなシステムへの感染は致命的なため、どこのシステムでも恐ろしく頑丈な侵入阻止システムを付与している。連合内で起きた事件が、皮肉にも外敵の脅威からギャラクティック・レガシィを守っていた。
「ともかく、後何分か粘れ。そうすればこっちの勝ちだ」
 オペレーターのリーダーが言い、それに一同が頷く。
 ディスプレイの中で、動力炉の出力は108パーセント、気温は307度を指していた。


機関部

 機関部内に白い煙が渦巻いている。さっきの消火ガスではない。高温であちこちの可燃物が燻りはじめているのだ。
「なんて……しぶとい!」
 DOLLのプリスは反応炉に負けないほどヒートアップしていた。この船のセキュリティは、彼女から見れば甘い。だが、オペレーターの腕はなかなかのものだった。システムの中枢に通じる道を見つけたのは良いが、そこにどんどんドアや罠を仕掛けてくる。プリスにしてみれば、その解除はさしたる難易度ではないが、ひとつを取り除く間に次のドアや罠が仕掛けられる、という塩梅だ。いずれは突破できるとしても、もうその時間が無い。
「遊んではいられないのよ!」
 プリスはそう言うと、一瞬で攻め手を変えた。反応炉制御システムへの攻撃には、システムの一部を乗っ取って作った自分の劣化コピーをあて、本体である自分は、システムの裏口を探しに出たのだ。敵が表に集中している隙にシステムの構造を走査した彼女は、か細いながらも中枢に通じる裏道を発見し、歓喜の声を上げた。
「これで、終わりよ」
 プリスは一気にその裏口へと攻め込んだ。


ブリッジ

 突然、ディスプレイがすべて真っ赤に染まった。
「な、何事だ!?」
 狼狽するボリヴァル。オペレーターのリーダーは、コンソールを叩いて敵の潜入ルートに気がついた。
「しまった! こんな所にセキュリティホールが……!!」
「ちくしょう、完全に突破された! システムを乗っ取られるぞ!?」
 右往左往するオペレーターたち。その時だった。
 ブリッジに銃声が響き渡った。
「しゃ、社長!?」
 ノーマンが叫ぶ。銃声の主はボリヴァルだった。彼の手にはフェイザーブラスターが握られ、その銃口の向いた先には、中枢システムに通じるケーブルを収めたパイプが切断されて煙を上げていた。
「これなら、乗っ取られる心配は無いんだろう?」
 いくら優れたクラッキング技術の持ち主でも、物理的に切断されたシステムに入り込む事はできない。そういう意味ではボリヴァルの言ったとおりなのだが、オペレーターたちは顔色を変えていた。
「な、なんて事を」
 一人が慌ててコンソールを叩くが、もちろん反応は無い。
「どうしたんだ?」
 自分は何かまずい事をしたのか、と首を傾げるボリヴァルに、リーダーが言った。
「普通なら、回線の物理的切断は、クラッキング阻止の最終手段として有効です。ですが、今回は反応炉の全力運転と冷却システムの停止を命じたまま切断してしまいましたから……下手をすると、動力部全体がオーバーヒート状態になって、爆発する恐れがあります」
 リーダーの言葉は冷静に聞こえたが、その実、自分たちが極めて危険な状態にある事を悟って、ショックの余り一時的に感情を失った状態になっていたのだった。リーダーの目が虚ろなのに気付き、ボリヴァルはうろたえた。
「し、しかし、安全装置くらいあるだろう?」
 船長が頷く。
「ええ。機関部にも独立して働くフェイルセーフ機構はありますが、敵船が突入した状況下で、正常に働いてくれるかどうか……」
 そう言う船長の目は、ディスプレイの数値に釘付けになっている。動力炉の出力は110パーセント、気温は462度を指していた。その数値が少しでも下がってくれれば……と船長が思った時、気温は458度を指した。
(やったか!?)
 そう思った時だった。
 船体全体に、異様な衝撃が走ったのは。
 

ホテル

 その時、かわねこはホテルのパヴェル支配人と話をしていた。
「どうしても、ボリヴァル社長と連絡は取れませんかにゃ?」
 尋ねるかわねこに、パヴェルは難しい顔で頷いた。
「はい。先ほどからノーマン社長室長の方に電話をしているのですが、取り込み中なので取り次げない、の一本槍でして」
 パヴェルの方も何が起きているのかわからず、かなり困惑しているようだ。
「ともかく、もう一度電話を……」
 かわねこが身を乗り出すようにして、パヴェルに言ったその瞬間。
「にゃっ!?」
「ぐあっ!」
 激しい衝撃と共に、かわねこは宙に投げ飛ばされていた。その方向にはパヴェルがいる。かわねこはパヴェルに飛びつくような形で激突し、二人はさらにそのまま、パヴェルを下にする形で背後の壁に叩きつけられた。目から火花が散り、かわねこは意識が遠のくのを感じていた。


機関部

 ボリヴァルが言ったように、機関部の独立安全機構は、中枢システムから切断された瞬間に作動を開始していた。
 が、ここで船長が危惧したように、ファイゼたちの船が突入した衝撃は、機関部に深刻な被害を与えていた。安全機構は冷却システムの再始動と反応炉の出力低下を指示したが、その伝達経路は既に破壊されてしまっていたのだ。
 安全機構は考えた。反応炉は過剰にエネルギーを発生し続けており、いずれはオーバーヒートして爆発する。それを防ぐには、どこかで余ったエネルギーを消費してやればいい。
 その格好の捨て場は、すぐに見つかった。安全機構は直ちにエネルギーをそこに集中させるように命じた。結果、処置が効を奏して、機関部の温度は下がり始めた。安全機構はこれで危機は去ったと判断したが、実際のところ、その処置はより大きな危機を、船全体に呼び込もうとしていた。
 しかし、安全機構にとって、そんな事は知った事ではなかった。「彼」の目的は、あくまでも機関部の保全にしかないのだから。 
 
「プリス、しっかりなさい」
 倒れた部下を抱き起こして、ファイゼは意識を取り戻させようと声をかけていた。ハッキング中……半分意識を船の中枢コンピュータに潜り込ませている最中に、いきなり回線を切断されたため、そのショックが本体にも跳ね返ってきたのだ。今のプリスは、極度の精神力消耗状態にあった。
「……困りましたね。プリスが目を覚まさないと、電子戦では私たちが不利です」
 この船の電子戦要員がどれだけいるのか不明だが、プリスと一時は互角に戦って見せた力量の持ち主だ。ファイゼも電子戦が苦手ではないが、プリスほどうまく戦える自信はなかった。
「こうなったら、力づくで押し通るしかありませんね」
 ファイゼが覚悟を決めた時、彼女をブリッジのボリヴァルたちも感じた強烈な衝撃が襲った。
「っっ!」
 咄嗟に装甲に付いたスラスターを噴射して転倒を免れるファイゼ。彼女は今の衝撃が明らかに異常なものだという事を悟っていた。
「ファイゼよりブルー・アマリリスへ。コラム、いったい何があったの?」
 ファイゼが自分の船に残っている操船担当の部下に呼びかけると、向こうも混乱していたらしく、返事が来るまで少し時間があった。
「申し訳ありません。この船が急加速をかけたんです。それまでワープ5.5の速力だったのが、一気に6.4まで増速。現在もなお加速中……もうすぐワープ7に到達します」
「急加速を? どうしてまた……」
 ギャラクティック・レガシィの意味不明の行動に首をかしげたファイゼだったが、わずかな気温の低下に気づき、理由に思い当たった。
「これは……反応炉の余剰出力を……」


ブリッジ

 衝撃で転倒したボリヴァルは、苦痛に顔を歪めつつも立ち上がった。
「な、何だ今のは」
 その問いにすぐに答える者はいなかった。ほとんどの要員が、ショックで椅子から床に投げ出されたり、酷い時には壁にぶつかったりしていた。負傷者も出ている。
 そうした中で、目の前の計器盤に身体を強打した操舵手がのろのろと起き上がった。しきりに「そんな馬鹿なと言う言葉を繰り返している。
「どうした、何かあったのか?」
 船長が立ち上がった。額から血を流しているが、それを気に留めるよりも、船の状況をチェックしに行くところがプロフェッショナルである。
「船が加速中。現在速度はワープ7.2……いや、3です!」
 操舵手の報告に、船長は目をむいた。
「計器の故障じゃないのか? この船はワープ7以上は出せない設計なんだぞ」
 船長の言う通り、ギャラクティック・レガシィは最高速度がワープ7に設定され、それ以上速度を出そうとすると、自動的にリミッターが作動して、速度を落とすようにしている。
「かもしれません。ただ、さっきの衝撃は明らかに急加速を行った時のものです。かなり限界に近い速度が出ているのは、間違いないかと」
「ふむ。しかし、どうしてそんな急加速が?」
 ノーマンの質問に、機関士が答えた。
「たぶん、機関部の安全機構が、対消滅反応炉の余剰出力をワープエンジンに流してるんでしょう。冷却もパワーダウンもできないとなると、爆発を阻止するにはそれしかないですから」
「そうか、まずいな。なんとか反応炉を止めねば……」
 船長がそう言うと同時に、船の状況を示すディスプレイのあちこちに赤ランプが点った。起きているオペレーターたちが、一斉に状況確認に走る。そして、ランプとは対照的な蒼白に顔を染めた。
「今度はどうしたんだ!?」
 度重なる凶報に苛立ったボリヴァルが声をあげると、船長が恐怖した表情で彼のほうを振り向いた。
「高加速度警報です。船の強度限界を超えた加速がまだ続いている……このままだと、最悪の場合、船が分解します」
 分解、と言う言葉に、ボリヴァルは呆然となった。辛うじて、言葉を搾り出す。
「ど、どのくらい保つんだ、この船は」
 船長は頭を振った。
「最良の条件で96時間……しかし、機関室にあいた大穴のせいで船体の剛性が下がっていますから、それを加味するともう少し下がるかもしれません。だいたい……」


機関部

「72時間。それが限度でしょう。ですから、任務遂行を急ぐ必要があります……ルリア、わかりましたか?」
 ファイゼは腹心の部下に呼びかけた。
「はい、ファイゼ様」
 ルリアの緊張した声が聞こえてきた。
「この際、手段を選ばず先に進むことを優先したほうが良いでしょう。全力でおやりなさい」
 ファイゼは命じた。
「承知しました、ファイゼ様」
 ルリアは頭をここにはいない主に向けて下げると、クシナに命じた。
「ファイゼ様のお許しが出たわ。思い切って撃ちなさい」
「かしこまりました」
 クシナはうなずくと、それまでの5回の砲撃にも屈しなかった隔壁に狙いを定め直し、力を振り絞った。次の瞬間、それまでより数倍も太い光の巨弾が、不屈の隔壁に向かって迸っていた。
 

ホテル

 意識を失っていたのは、一瞬のことだったらしい。
「あいたたたた……なんなのにゃあ……」
 打った頭をさすりつつ立ち上がるかわねこ。すると、彼女の下で、パヴェルが呻いた。
「う……ぐうぅぅっ!」
「あ、ご、ごめんなさいにゃ。大丈夫かにゃ?」
 かわねこは聞いたが、一目でパヴェルがかなりの重傷を負ったのがわかった。呼吸をするたびに表情が苦痛に歪むのは、肋骨をやられたからだろう。彼をクッションにしてしまったかわねこは、非常に申し訳ない気持ちになった。
「いや、私は大丈夫です……それよりもお客さんが」
「しゃべっちゃ駄目にゃ。すぐ人を呼んできますにゃ」
 かわねこはパヴェルを床に寝かせると、支配人室を出た。外に出てみて、彼女は被害が意外に大きい事に気がついた。
 廊下のあちこちで、衝撃に吹っ飛ばされた人々が倒れ、怪我をして呻いている。壁にはところどころ亀裂が入り、割れた窓ガラスもある。まるで大きな地震の後のようだ。
 すると、まるで余震が来たように、細かい振動が時々このホテルを……と言うより、船全体を揺するのがわかった。かわねこはともかく、手近な無傷の職員にパヴェルの事を伝え、自分は階段を駆け降りた。
(頼香ちゃんたち、無事かにゃ?)
 逸る気持ちを抑えつつ何とか一階まで降りると、ロビーの一画に臨時の救護所のような場所が作られ、怪我人が寝かされていた。その間を、頼香たちが歩き回っている。
「えーっと……これでかなり痛みが取れたと思います」
 オーラ治療を怪我人に施した来栖が天使のような笑顔を浮かべて言うと、治療されていた男性が何度も彼女の手を握って礼を言っていた。
「済まない……本当にありがとう」
「いえいえ」
 また微笑む来栖。その様子に一瞬見とれていたかわねこだったが、すぐに気を取り直して叫んだ。
「頼香ちゃん、みんな!」
 その声に、頼香たちがかわねこの方を振り向き、安堵の笑みを浮かべる。
「かわねこ! 無事だったか」
「頼香ちゃんたちも無事で何よりにゃ。それより、何が起こったか知らないかにゃ?」
 かわねこの言葉に、頼香は首を横に振った。
「俺たちにもわからないんだ。船がものすごい急加速をかけた時、あんな感じになるけど……」
 言われてみて、かわねこもそう言えば確かに、と思った。しかし、こうした客船は軍艦に比べれば加速力は鈍い。あんなに人が吹き飛ぶような衝撃を伴う加速など、実施するはずが無かった。
「やっぱり、何か起こってるんだにゃ」
 かわねこの言葉に、果穂が首を傾げた。
「何か? 心当たりでもあるんですか?」
「ボクもはっきりした事はわからないにゃ。でも、間違いなく何か事件が……」
 かわねこがそこまで言った時本当に事件が起きた。突然爆発音が轟き、火災警報が鳴り始めたのである。かわねこたちは割れたガラス戸を踏み越えて外に飛び出し、そして、見た。 
 ショッピングモールが猛火に包まれていた。
「な、何だこりゃあ!?」
 ありえない光景に、頼香が思わずすっとんきょうな声を上げる。
「た、大変です!」
 緒耶美も叫ぶ。猛火に追われて逃げ惑う人々が、ショッピングモールの方からホテル街の方へ走ってくる。凄惨な状況だ。
「これはとんでもない事になったにゃ……みんな、とりあえず避難の誘導とかを手伝うのにゃ」
 船員たちにも怪我人が多く、人手が足りない今、かわねこたちには連合軍士官としての役割が求められていた。
「わかった。果穂、制服を転送だ!」
「はい、頼香さん!」
 果穂がパーソナル転送システムを起動し、三人娘とかわねこには制服、緒耶美にはメイド服を転送する。準備が整ったところで、五人は炎の渦巻くショッピングモールに向けて駆け出した。
「俺は上から逃げ遅れた人がいないか確認する。みんなは誘導を頼む」
 頼香はそう言ってオーラスティックを取り出し、飛行モードにして舞い上がった。上から見ると、後方の機関部に近い辺りの店が燃え上がり、炎と煙を噴き上げている。これだけの火事なのに、消火が行われている様子が無い。
「どうなってんだ、これは?」
 消火活動の低調さに苛立つ頼香。彼女の与り知らないことではあるが、中枢システムが切断された結果、自動消火システムなども機能不全に陥っていたのだ。
 それでも、彼女は熱と煙が吹き上げてくる中、巧みにスティックを操り、地上の様子を確かめていた。逃げる人々には上から指示を出し、あるいは果穂やかわねこたちに連絡して救出させる。
 そんな事を続け、あらかた危険な地域から人が逃げたか、と思ったとき、頼香は炎に囲まれた交差点のところに人影を見つけた。上からだとよく分からないが、どうやら女性……あるいは女の子らしい。
「まだ逃げ遅れた人がいたのか……うおっと」
 火事場風に煽られて体制を崩しそうになりながらも、慎重に降下する頼香。しかし、ある程度相手の細部が見えてきたところで、彼女は凍りついた。その瞬間、下から煙交じりの熱気が吹き上げてきて、頼香はバランスを崩して落ちそうになった。
「うわっ!」
 慌てて天井すれすれまで上昇し、姿勢を立て直す頼香。来栖の心配そうな声が無線から聞こえてくる。
「頼香ちゃん、大丈夫!?」
「あ、ああ。ちょっと落ちそうになったけどな……それより」
 呼吸を整えて答えると、頼香は今見たばかりの重要な情報を叫んだ。
「DOLLだ。DOLLがこの船に入り込んでる! いったいどうなっているんだ!?」


ショッピングモール

 熱風の渦巻く街角で、ファイゼは上空へ飛び去っていった頼香を見送って言った。
「今のは連合の士官のようでしたね。私たちの存在に気づきましたか」
 燃え盛る炎に囲まれながらも、ファイゼはまるで普段と変わらない。そこへルリアが駆け寄ってきた。
「ファイゼ様、今のところ、戦力は73名です」
 彼女の後ろに、この船に入ってから同化されたDOLLたちがずらりと並んでいる。ほとんどが通常タイプのDOLLで、ファイゼが望んでいた電子戦タイプのDOLLがいない。しかし、新しく仲間となった者たちの前でそれを言うほど、ファイゼは愚かではなかった。
「皆、頼りにしていますよ」
 ファイゼは言った。上位のDOLLから親しみのこもった声をかけられ、嬉しそうな表情をする者、困惑した顔をする者、と様々である。同化されたことをどこまで納得しているか、と言うバロメーターでもあった。
 その中で、比較的嬉しそうなDOLLをルリアが呼び寄せた。
「私たちと戦った警備隊の長だそうです」
 ルリアが彼女を紹介する。ファイゼは例の慈母のような笑みを浮かべて尋ねた。
「貴女の仲間たちは、あとどれくらいいるの?」
「240名です、ファイゼ様」
 元中隊長のDOLLは迷わず答えた。数分前、死に掛けていた彼は、同化によって生命を救われたのだ。そのことに対する感謝が、今や彼女となったDOLLの胸を満たしている。
 そこからは、もともと彼女が死の危険を迎えたのもDOLLだと言う事実は追い払われていた。
 ファイゼが指示し、ルリアによって命じられたクシナの全力射撃は、隔壁を貫通し、その向こうで待ち構えていた警備中隊の残存戦力を、一撃で壊滅させた。そればかりでなく、砲撃の余波はショッピングモールにまで及び、数件の店が倒壊した。
 そこへ、機関部から吹き出した400度の熱風が押し寄せたのだからたまらない。たちまち店やその瓦礫は炎上し、火災が発生した。かわねこたちが聞いた爆発は、この時の物だった。
 力を使い切ったクシナは、まだ昏睡状態のプリスと共に「ブルー・アマリリス」へ戻されたが、73名もの新しいDOLLたちは、十分その穴を埋めてくれるだろう。
「それでは、先に進みましょう。おそらく、貴女たちの仲間だった者たちが迎え撃ちに来るでしょうが、無駄な抵抗だと言う事を教えておやりなさい。同化こそが真の幸福だという事と共に」
「はい、ファイゼ様!!」
 DOLLたちは一糸乱れず唱和した。すると、天井から水滴が落ちてきた。最初はぱらぱらと、やがて激しく、まるで熱帯のスコールのように水が降り注いできた。同時に、ショッピングモールを舐め尽くそうとしていた猛火は、勢いを失って白煙へと姿を変えていく。
「消火システムが……急いだほうが良さそうですね、ファイゼ様」
 ルリアはこの「雨」の意味を正確に読み取っていた。
「あなたの言う通りですね。参りましょう」
 ファイゼは頷き、合わせて77体のDOLLたちは、白煙の向こうへと進軍を開始した。
 
 
ブリッジ

「自動消火システム再起動。ショッピングモールの火災は鎮火に向かっています」
 久々の朗報に、ブリッジにはやや安堵したような空気が流れた。切断された中枢システムへの回線は直しようがないが、まだオペレーター席から繋がっているコンピュータ網を再編成し、中枢を代行するシステムの構築をしていたのだ。その努力がまずは一つ実ったわけである。しかし。
「火災現場付近に、未登録の生体反応が多数……77個確認できます」
 別のオペレーターがセンサーのデータを読み取って報告すると、たちまち一同は難しい顔つきになった。
「増えていますね」
 船長が不気味そうな表情で言う。最初に機関部への突入を受けた時、敵は精々5〜6体だったのだ。何時の間にか十数倍にも膨れ上がっている。
「社長、これは……」
「……うむ」
 その横で、ボリヴァルとノーマンは青い顔をしていた。
「あれを返して、詫びを入れたほうが良いのでは」
「馬鹿を言うな。あれは絶対手放さんぞ。それに、ここまで私の船を壊しおって。許さん」
 同じ青い顔でも、気弱なノーマンに対し、ボリヴァルは怒りに満ちていた。ノーマンはなんとかボスを翻意させようと口を開きかけたが、その時懐の携帯電話が鳴った。
「社長室です。 ……支配人、今は取り込み中だと……え、今の状況を打開できる?」
 ノーマンが電話相手の言葉を鸚鵡返ししたのに、全員の注目が集まった。
「ふむ……わかりました。社長に代わります」
 ノーマンは電話をボリヴァルに差し出した。
「社長、TS9オールスターズのフレイクス少尉です」
「なに?」
 なぜアイドルが電話をかけて来たのか、わからないままにボリヴァルは電話を取った。
「ボリヴァルです」
『社長さん? 落ち着いて聞いてもらえますか? この船に侵入しているのはDOLLです。連中の事は知ってますよね?』
 頼香の言葉にボリヴァルは頷いた。
『連中にはフェイザーブラスターは通用しません。ブレードなら、多少はダメージを与えられますけど……それよりも、実弾式の銃とか、高速振動剣とか、とにかく実体のある武器はありませんか? それでないと、DOLLは倒せません』
 フェイザーブラスターやブレードの利点は、威力もさることながら、とにかく軽いことである。カートリッジの交換は実体弾式銃の弾倉交換に比べれば、頻度は五分の一以下で済むし、刃が付着した血で切れ味を落とす事もない。実に使いやすい武器である。白兵戦において実体弾式の武器が廃れ、フェイザー兵器が主流になったのはこれが理由だ。
 その破壊力は、主にエネルギーの熱効果と衝撃によってもたらされる。しかし、DOLLは熱効果のほうをほとんど無効化してしまい、残る衝撃効果は実体武器のそれと比べると、格段に威力が落ちる。頼香が実体武器にこだわったのは、それが理由だ。
 子供と思っていたのに、やけに実戦的な事を言って来る頼香に、ボリヴァルは目を白黒させた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。警備隊に相談する」
 ボリヴァルはいったん携帯電話をノーマンに返し、警備隊の指揮官、ジェス・クレイトン大隊長に電話をかけ、頼香の言葉を伝えた。
『そいつは難しいですな』
 クレイトンは眉間にしわを寄せて言った。
『実体式の武器は重くて取り回しが悪いですからね。一応重機関銃程度は隊の方で用意していますが、それ以外だと……警備隊員の中に、趣味で持っている奴はいるかもしれない、程度ですね。おそらく全部合わせても二十個あるかどうか』
「それだけしかないのか」
 落胆するボリヴァルに、クレイトンは力づけるように笑って見せた。
『まぁ、相手に効かない武器を頭数だけ揃えるよりはマシですし、相手が数にものを言わせる事が出来ない場所に立て篭もれば、なんとか持ちこたえられるでしょう』
 クレイトンの言葉は空元気ではない。「攻者3倍の原則」と言って、普通攻める側は守る側の3倍の数を必要とする、と言われる。しかし、守る側の工夫と実力によっては、この数字は5倍にも10倍にもなるのだ。77対20なら、なんとか成算が立つ範囲だ。それに、フェイザーブレードが多少は有効なら、残る220人で相手を取り囲み、袋叩きにすると言う手もある。棍棒で殴っても相手は倒せるのだ。
(思ったより不利じゃないぞ)
 その判断が、クレイトンの笑いに根拠を与えていた。
「わかった。武器を集めてくれ。頼んだぞ」
 ボリヴァルはそう言ってクレイトンとの通話を切り、頼香との会話に戻った。
『20個くらいですか……それなら何とかなるかな』
 話を聞いた頼香が呟くように言う。その顔には歴戦の強者としての表情が覗いていた。いったいこの娘は、とボリヴァルが思った時、通話の相手が変わった。
『ボリヴァル社長、かわねこ少尉ですにゃ。惑星連合軍に救援要請は出しましたかにゃ?』
 ボリヴァルは唸った。そういえば、どこにも救援要請は出していない。相手がDOLLと判った瞬間から、彼は無意識のうちに、DOLLに襲われた理由のことを考えて、それを知られないように行動していた。
「い、いや……出していない」
 その答えを聞いて、かわねこがかわいらしく垂れた眉をひそめた。
『それはいけませんにゃ。海兵隊には対DOLL戦を想定した部隊もありますにゃ。すぐに彼らを呼ぶべきですにゃ』
 ボリヴァルは一瞬逡巡した。それを悟ったのか、ノーマンが後ろからささやいてきた。
「社長、救援要請は出しましょう。入ってきたDOLLさえ始末してしまえば、後はどうとでもごまかせます」
「……そうだな」
 ボリヴァルは頷いた。ここでDOLLに殺されるよりは、何とかして生き延びるべきだろう。当面の危機さえ脱すれば、あとは何とかできる。
「わかった。すぐに連合軍に救援要請を出す。それが来るまで、君たちもどこかに隠れてDOLLをやり過ごすんだ」
 ボリヴァルは決定を下すと共に、頼香たちにも避難を勧めた。ところが、頼香とかわねこは顔を見合わせると、にこりと笑って言った。
『ボクたちも戦うのにゃ』
『社長、俺は実は連合で初めてDOLLに勝った経験があるんですよ。舐めてもらっちゃ困ります』
 二人のやる気と、頼香の伝法な言葉遣いにボリヴァルが目を白黒させている間に、電話は切れた。


ホテル街

 ボリヴァルとの通話を切った頼香とかわねこだったが、予想外の事態に、本当は頭を抱えたい気分だった。彼女たちは既にボリヴァルが軍に救援要請を出していると思っていたのだ。
 今から救援要請を出したとなると、軍が駆けつけてくるまで下手をすれば数日かかるかもしれない。
「……48時間、と言うところですね」
 手早く計算した果穂が正確な数字を出したが、何の慰めにもならない。
「困ったものにゃ……どうして最初のときに救援要請を出さなかったのかにゃ」
 ぼやくかわねこ。普通なら、DOLLが侵入したとわかった時点で要請を出すだろう。いや、彼女たちの船とぶつかった時点でそうするべきだった。あれから6時間以上経っているのだから、それだけ早く救援が到着できたはずだ。船が加速している事を計算に入れれば、12時間は救援がくるのを短縮できたかもしれない。
「がお、できるだけ、DOLLたちを足止めしないとダメですね」
 緒耶美が困りきった表情で言う。しかし、77体ものDOLL。一人だけでも止めるのが容易ではない相手がそれだけ迫ってくるのだ。どうやって足止めをしたらいいか見当もつかない。
「なんとか、DOLLの気をそらせられればなぁ」
 頼香は天井を振り仰いだ。百メートル以上の頭上にあるそこには、縦横に通気パイプやケーブルが伝っている。
(通気パイプか……)
 頼香が何の気なしに思ったとき、その視線を伝ったのか、同じところを見ていた来栖が呟くように言った。
「ピナフォアちゃんが出てこないかなぁ。ピナフォアちゃんがいれば、話し合いとかも出来そうなのに」
 もちろん、ピナフォア……彼女たちにとって一番身近なDOLLがここにいるはずがない。彼女もTS9にいるはずだ。しかし、その来栖の呟きを聞いた瞬間、かわねこは天啓が落雷のように脳を貫くのを感じていた。
「それにゃーっ!」
「えっ!?」
 いきなり叫んだかわねこに、残り四人の視線が集中した。
「ピナフォアちゃんを呼ぶの?」
 来栖がピントの外れた事を聞く。かわねこは首を横にふるふると振った。
「違うにゃ。DOLLたちを足止めする作戦を思いついたのにゃ。緒耶美ちゃんも協力して欲しいのにゃ」
「がお、私もですか?」
 首を傾げる緒耶美。しかし、彼女にご主人様であるかわねこの頼みを断ると言う行動ルーチンはない。すぐにわかりました、と言ってかわねこに従った。
「俺たちはどうすれば良いんだ?」
 頼香が聞くと、かわねこは周囲を見渡した。
「とりあえず、乗客の避難誘導が先決にゃ。こっちも準備が出来たら合流するにゃ」
「よし、わかった。果穂、来栖、行こう」
「はい、頼香さん」
「うん、わかった」
 頼香の言葉に頷き、果穂と来栖も飛ぶべくオーラスティックを用意する。一方、かわねこと緒耶美はホテルの方へ向けて走り出していた。 
 
 
TS9 大会議室

 非常呼集を受けて、足音も高く士官たちが続々と会議室に集合してきた。正面大ディスプレイの前には、既にれも副司令が待機している。普段なら彼女が一番注目を浴びるはずだが、何故かやってきた士官は、一様に彼女の背後にあるディスプレイに気を取られていた。
「皆さん、そろいましたね? それでは状況を説明します」
 れも副司令は緊張の面持ちで話し始めた。そこで、ようやく注意が彼女に集中する。
「つい先ほど……40分前に、豪華客船ギャラクティック・レガシィより救難出動要請が発されました」
 場がざわついた。
「副司令、ギャラクティック・レガシィと言えば、かわねこ少尉やフレイクス少尉が乗っている船じゃないのか?」
 戦闘艇隊長のキース少佐が手を挙げて発言した。
「ええ、その通りです」
 れも副司令が頷くと同時に立ち上がった男がいた。強襲艦「わいるど・きゃっと」の艦長ばっくす少佐。指揮下の部隊は「かわねこ武装親衛隊」を自称し、その熱さと濃さはけも耳娘観測所の面々にも劣らない。
「それはいかん! 早くかわねこたんを助けに行かねば!! こうしてはおれん!!」
 叫ぶなり走り出そうとするばっくす。その彼の腕を取って止めたのは、この席では唯一副司令より階級が高いWONDO中佐だった。
「落ち着け、ばっくす少佐。どっちに向けて助けに行く気だ?」
「……は」
 緊急時だけ現役復帰するパートタイマー軍人のWONDO中佐だが、普段は教師をしている事もあってか、その口調には人を落ち着かせる効果があった。ばっくすが席に戻った所で、れも副司令が先を続ける。
「現在、ギャラクティック・レガシィはテランから第九方面軍管区方向に向けて、ワープ8・5の速度で航行中です」
 そこで、技術科のオヤンジュ中尉が手を挙げた。
「待ってください、副司令。あれは民間船ですよね。そんな速度が出るものなんですか?」
 それはその場にいる多くの士官たちの抱く疑問だった。れも副司令は沈痛な表情で言った。
「もちろん、完全な速度超過です。ギャラクティック・レガシィは本来ワープ7までしか出せない船ですから……ただ、現在はエンジンが暴走中で、今も緩やかに加速し続けています。同船によれば、あと96時間以内に、船は強度限界を迎えて分解するか、あるいは機関部が爆発するだろうと報告してきました」
 またしても場が大きくざわめく。1万人以上の乗客を乗せた客船がそんな事故を起こせば、間違いなく歴史に残る最悪の宙難事故として、後世に伝えられるだろう。
「それは一大事だな……しかし、最新鋭の客船が、何故そんな事に?」
 強襲艦ワールウィンド艦長、シェリル少佐が尋ねた。
「はい、それが最も重要な情報ですが、この事件の原因はDOLLです」
 DOLLの単語は一瞬でそれまで以上の緊張を場に漲らせた。特に、DOLL専従班のダイナ少佐とミナス少尉は半分椅子から立ち上がって、れも副司令の次の言葉を待っている。
「最初は、ギャラクティック・レガシィの機関部にDOLL艦が突入・強行接舷してきたそうです。その後、警備隊がDOLLとの交戦を試みたようですが、ほとんど倒されるか、あるいは同化されるかして壊滅。また、DOLLからのものと思われるハッキングに対抗する過程で、船のシステムがほとんどまともに機能しない状況に追い込まれている、との事です」
「能力の高い情報戦型DOLLなら、その気になれば惑星規模のネットワークでも掌握できますからね……完全にコンピュータを支配されなかっただけでも御の字かもしれません」
 ミナス少尉が言う。ほんの一時とはいえDOLLだった彼女には、そうした同化していた頃の知識が残されていた。
「警備隊の中にDOLLに同化された人がいるそうですが、今DOLLが何人侵入しているのか、情報はありますか?」
 ダイナ少佐が聞いた。DOLLの圧倒的な戦闘力の前に、彼女がまだテラン人男性だった頃に指揮していた駆逐艦「テクタス」の乗組員たちがあっという間に同化され、彼女自身も同じ憂き目を見た。同化によってあっという間に増えるDOLLの恐怖は、経験者にとってはそう簡単に忘れられるものではない。
「最新の報告では、77人だそうです」
 シェリルと海兵隊長のアンジェロ・バルトルッツィ大尉が身を乗り出した。ただでさえ、常人の数倍の戦闘力を有するDOLLが、実に77体。対DOLL戦を想定した訓練を受けており、実際にDOLLと対峙した経験もある彼らだが、それほどの数は未体験だ。
「思ったよりは少ないな……客が一万人だろう? もっと増えているかと思ったが」
 キース少佐が疑問を呈した。
「どうも、DOLLたちは抵抗する相手は排除して、場合によっては同化もしているようですが、無抵抗の乗客などは襲っていないそうです」
 れも副司令が答えた。
「同化はDOLLの本能みたいなものです。それを抑えているとなると、襲撃は同化が目的ではないみたいですね」
 ダイナ少佐が言った。それは、敵がこれ以上やたらに増える心配はない、と言う事で、この困難な状況下では、唯一の明るい判断材料だった。しかし。
「平均してDOLL一人が海兵三人に匹敵する、と計算して、ワールウィンドとわいるどきゃっとの部隊を合同してようやく互角だな」
 シェリルが厳しい表情で言う。二隻の強襲艦は準同型艦で、乗っている海兵隊員はどちらも中隊規模、120名だ。合計して240名。DOLL側をシェリルの計算で戦力換算すれば231名になるので、確かに互角である。決して事態を楽観視は出来ない。
「で、ギャラクティック・レガシィ側の守備兵力は?」
 ばっくすが言う。
「240名……ただし、DOLLにも有効な実体兵器がほとんどなく、20個くらいだそうです。司令代理やフレイクス少尉たちを含めても、有効な戦力は25名ほどですね」
 説明しながらも、れも副司令の表情は暗い。彼女はかわねこの事を心から心配しているのだ。
「ブレード戦に持ち込めれば、多少は戦える……と言った戦力だな。フレイクス少尉たちなら10人分くらいの働きはするだろうが、やはり抵抗はしきれんぞ」
 シェリルも渋い表情になる。
「早く助けに行かなければならない、というばっくす少佐の判断は正しいと思う。直ちに出動命令を」
 シェリルが言うと、れも副司令は頷いて姿勢を伸ばした。
「では、TS9司令代理として命じます。強襲艦ワールウィンド、わいるど・きゃっと、並びに駆逐艦さんこう、テクタスIIIは直ちに出撃し、客船ギャラクティック・レガシィの救援にあたってください。なお、本作戦をこれより"キティ・ホープ"と呼称します」
『了解!!』
 指名された4隻の艦長、シェリル、ばっくす、もけ、ダイナが一斉に立ち上がって敬礼した。
「ところで……」
 そのなかの駆逐艦さんこう艦長、もけ大尉が、言い辛そうに尋ねた。
「副司令、どうしてディスプレイを消さないんでちゅか?」
 れも副司令は沈痛な表情で答えた。
「私もそうしたかったんだけど、提督の割り込み命令コードの方が上だから、画像が消せなくて……せめてもと思って音声だけは切ってあるのよ」
 彼女の背後にあるディスプレイの中では、ここに集まっている全員の最高位の上官である第九方面軍司令官、ミッチェル・ワイアード提督が無音で泣き叫んでいた。おそらく――

「かわねこたんを救うんじゃ。早くせんと、かわねこたんがDOLLにされてしまう。無表情でお前を同化してやる、と言うかわねこたんなんて……いや、それはそれで萌えというか、かわねこたんになら同化されてもいい! ……いや、やはりふわふわのネコミミあってのかわねこたんじゃ」

――とでも叫んでいるのだろう。
 そう思った士官たちは、自分たちが思ったより提督に毒されているな、とちょっとうんざりした気持ちになり、同時にこのダメな事態を解決するためにも、一刻も早いかわねこの救出を誓うのだった。
 1時間後、完全装備の救援艦隊が出撃した。全力で飛ばしても、ギャラクティック・レガシィとのランデブーまで48時間。その2日間をギャラクティック・レガシィ側の守備戦力がどこまで持ちこたえられるか――
 生と死を賭けたデッドヒートの始まりだった。


ギャラクティック・レガシィ 公園地区

 ホテル街の外れ、管制区画との境界近くにある公園に、200人の男たちが集結していた。手にはブレード、スピアなど白兵戦用フェイザー兵器を持っている。
 クレイトン隊長率いるギャラクティック・レガシィ警備隊のほぼ全兵力だった。
「良いか、絶対に一対一で戦うなよ。三対一の体制を崩すな。相手は見た目だけはかわいい女の子だが、仲間たちをもう120人も倒した敵だ。それを忘れるな」
 厳しい表情をしたクレイトンの訓示に、男たちが青ざめた表情で頷く。その時、上空から5人の少女たちが降りてきた。飛行モードのオーラスティックにまたがった頼香たちである。かわねこは頼香、緒耶美は果穂のスティックに同乗していた。彼女たちは、今まで乗客を管制区画へ避難誘導するのに駆け回っていたのだ。
「お、君がフレイクス少尉か。DOLLの情報提供には感謝するよ」
 クレイトンが笑いかけた。彼は1年前まで連合陸軍の少佐だったため、所属は違うものの最年少少尉として名高い頼香の事を知っていた。
「あんたが隊長さん? こんなところに集まって、何をする気なんだ?」
 挨拶もそこそこに不審そうに言う頼香に、クレイトンは力強く答えた。
「もちろん、ここでDOLLたちを迎え撃つ」
 それを聞いて、かわねこが驚きの声をあげた。
「何を言ってるにゃ。DOLLの事を知って、それでも真正面から戦う気なのかにゃ!? 同化されに行くようなものにゃ!!」
 DOLLの戦闘力は個人差はあるが、普通は常人の数倍に達する。ここに集まっている警備隊員の数では、到底勝てる相手ではない。
「正面から戦う気はないさ。地の利はこっちにあるんだ。一撃離脱を何度も仕掛けて、相手の進撃を止める。増援が来るまで持たせるにはそれしかない」
 クレイトンはきっぱりと言った。
「ですが、DOLLは同化される前の記憶も持っています。地の利と言う点では向こうも互角かもしれませんよ」
 果穂が路面のマンホールや天井の通気口を見ながら懸念すると、クレイトンは首を横に振った。
「それなら心配要らない。この辺りの共同溝や通気口は全部溶接してふさいだ」
 良く見ると、隙間が全部塞いであった。果穂は少し安心した表情で頷く。
「わかった。で、隊長さん、俺たちはDOLLと戦った事がある。オーラ系の武器も持っているし、出来たら手伝わせて欲しいんだけど」
 頼香は言った。クレイトン以下の警備隊の実力を疑うわけではない。しかし、効果の薄い武器だけを頼りにDOLLと戦うのだ。少しでも加勢が必要だろうと思っての申し出である。しかし、クレイトンは手を振って拒絶の意思を表した。
「いや、ここは我々だけに任せてもらいたい。君たちは管制区画の中央ゲートを守ってくれ」
 クレイトンはそう言ってから、頼香の目に納得できないと言う意思を見たのか、言葉を続けた。
「君たちの噂は聞いている。大した実力だとね。だからこそ、我々とは行動を共にしない方がいい。君たちだけで戦う方が実力を発揮できるだろう」
 その言葉に、文句を言おうとしていた頼香は、はっと胸を突かれるものがあった。それは、数ヶ月前、TS9に警備会社を装って侵入していたテロリストたちの襲撃事件があった時の事だ。
 単身、テロリストたちのところへ斬り込みに向かったココ……トマーク=タス大使館駐在武官の黎明館狐子と行動を共にしようとして、頼香はかわねぎ司令に止められた。
 そこで頼香は、彼女を遥かに上回る戦闘力を持つココと一緒に戦おうとしても、足を引っ張る結果にしかならない、と言う現実を知り、自分が何をすべきかを考え、功を焦らず、常に一手先、二手先を読まなければならない、という教訓を知ったのである。
(今は……あの時と同じだ)
 頼香は考え、自分自身の現状を確認する。気力はあるが、コンサートの疲れが抜けないまま、避難民誘導のために駆け回ったせいで、少なからず体力やオーラ力を消耗している。今の自分に、DOLL相手の戦いが務まるか?
(……できなくはない。でも、それだけじゃダメなんだ)
 万全の体制。それが作れないままクレイトンたちと一緒に戦っても、大した働きは出来ないに違いない。
「それに、君たちもDOLLも、同じような年かさの女の子だ。誤射の危険は出来れば避けたい。わかるかね?」
 畳み掛けるように、クレイトンは理詰めで守備隊と頼香たちが一緒に行動する事の危険を説いた。これでは、頼香としても頷かざるを得ない。
「……わかりました。でも、無理はしないでください」
 頼香はクレイトンに頭を下げた。口調も改まったものになっている。
「大丈夫。我々も現役は退いているが、まだまだ第一線でやれる自信はある。君たちに出番は回さんよ」
 クレイトンが頷いた。かわねこはその傍に近寄って言った。
「今のうちに休憩すると良いですにゃ。実は、DOLLたちを足止めする作戦を実行してるのにゃ」
 かわねこの言う「足止め作戦」の内容を聞いて、クレイトンは怪訝そうな表情になったが、果穂が端末を開いて資料を見せると、信用する気になった。
「そういうことか……わかった」
 クレイトンはそう言って笑うと、腰に下げていたフェイザーブレードを抜いた。彼の趣味なのか、柄に精緻な飾り彫が施してある。
「よし、敵が来るまでまだしばらくかかる。今のうちに、ここに陣地を構築するぞ。手を抜くなよ。相手は信じられないほどタフだぞ!!」
 クレイトンがフェイザーブレードを指揮杖代わりにして、部下たちの指揮に戻る。頼香たちは邪魔をしないようにその場を離れ、中央ゲートに向かった。
「頼香ちゃん、立派だったにゃ」
 かわねこが言った。ちょっと前までの頼香なら血気に任せて猪突していきかねないところだったが、やはりいくつかの事件を経て成長を遂げたらしい。
「……」
 しかし、頼香はなんとも言えない表情で首を横に振るだけだった。やはり、一緒に戦って勝利を得たい、という気持ちが強かったのだろう。クレイトンはそれなりに立派な指揮官だったからだ。
(勝って欲しいにゃ)
 かわねこはそう祈らずにはいられなかった。


ホテル街

「……はっ!」
 ルリアは目を覚ました。辺りには部下のDOLLたちだけでなく、敬愛するファイゼまでもが倒れている。まさに死屍累々と言った有様だ。
「こ、これは……私たちはいったい?」
 自分たちの身に何が起きたか、すぐには思い出せず、戸惑うルリア。その時、空気中に漂う匂いが、彼女の記憶を呼び覚ました。DOLLたちにとっては、決して抗う事の出来ない罠。ルリアはファイゼの肩に手を当てて揺さぶった。
「やられた……ファイゼ様、ファイゼ様っ! 起きてください!!」
「うーん……もう食べられない〜……」
 ルリアに揺さぶられたファイゼが、起きている時の落ち着きぶりからは想像もつかないような、可愛らしい子供のような口調で寝言を言う。このギャップがルリアたち、ファイゼに仕えるDOLLにとってはたまらない魅力だったりするのだが、それはさておき。
「そんな事を言っている場合ではありません! ファイゼ様、しっかりしてください!!」
 ルリアはそう叫んで、ファイゼの身体を揺さぶりつづける。ようやく主が目を覚ましたのは、それから十分後の事だった。
「確かにしてやられましたね」
 目を覚ましたファイゼは、ルリアから事情を聞くまでもなく、自分たちが嵌められた罠の残骸を見渡してため息をついた。テーブルの上に積み上げられた皿。転がるヤク○トのボトル。点在する小旗の数々。そこから立ち上る、炒めたケチャップの香ばしい匂い。
 いったい何人分あるのか知れない、お子さまランチの山だった。既にDOLLたちに食べ尽くされ、料理自体は全く残っていないが。
 これこそ、かわねこが思いつき、仕掛けた足止め策だった。ホテル街のシェフを総動員し、残った食材をありったけ使った超豪華お子様ランチ1000食である。材料も一流だが、シェフたちの腕も一流。DOLLたちが抵抗するには、あまりにも強力な罠だった。街路にまで漂ってきたお子様ランチの匂いを嗅いだ彼女たちは、本能のままにホテルの食堂に乱入し、思う存分お子様ランチを味わいまくったのである。そして、食欲を満足させた彼女たちは、その場で昼寝をはじめてしまっていた。
「連合の者たちも、私たちの事を良く研究しているようですね……ですが、このような罠は二度と通用しません」
 ファイゼは言い切った。何故なら、お腹が一杯になっていたからである。二人は手分けして部下たちを起こして回り、進撃を再開しようとホテルを出た。ところが、次のホテルの横を通ろうとした瞬間、一人が列を離れて、そのホテルの食堂に突進した。続いて、DOLLたちの戦列が一挙に崩れ、てんでに食堂めがけて殺到する。
「うわぁ、おいしそう!」
 誰かが叫んだ。その食堂には、香ばしく甘い香りを立ち上らせる無数のハニーパンケーキが並べられていた。こちらはTS9名物でもある緒耶美特製のレシピを利用した、やはり絶品のデザートである。
「いただきまーす!!」
 パンケーキにかぶりつくDOLLたち。ルリアとファイゼも、本能に抗う事が出来ず、一緒になってパンケーキを食べていた。
 お子様ランチでお腹一杯になっていても、デザートは別腹……女の子の心理を巧みに突いた、かわねこの巧妙な二段構えの罠であった。これにより、確実に防御側は時間を稼ぐ事に成功していた。


中央ゲート前

 肩をつつかれる感覚に、頼香は目を覚ました。
「……ん?」
 目をしばたたかせる頼香に、かわねこが緊張の面持ちで声をかけた。
「交代の時間にゃ」
「そうか」
 頼香は立ち上がって背伸びをした。中央ゲートを守る事をボリヴァルに話して了承を得た彼女たちは、ここで交代で仮眠を取りつつ、見張りをしていたのである。が、今のところ、DOLLの出現も交戦もなかった。かわねこの時間稼ぎ策は最大限の効果を発揮しているらしい。
「今何時だ?」
 頼香の言葉に、かわねこと同じ順番で見張りをしていた果穂が腕時計を見せた。
「テラン標準時で、朝の5時です。最後にクレイトン隊長と別れてから、8時間近く経ってますね」
「そうか。3時間くらいは眠れたかな……状況は?」
 頼香が説明を求める。
「クレイトン隊長の方も、まだDOLLとの遭遇はないそうにゃ。ブリッジの方はなんとかして船の制御を戻そうとしてるけど、予想外にDOLLにハッキングされた傷が大きくて、上手くいかないそうにゃ」
「増援の方はまだこっちに向かっている最中……あと36時間はかかります」
 かわねこと果穂がかわりばんこに現状を説明する。頼香は頷くと、同じ順番で見張りをする緒耶美を起こそうとした。その時、かわねこがびくっと身体を震わせた。
「どうした?」
 頼香が聞こうとしたとき、再びかわねこが反応する。今度は頼香にもはっきりわかった。公園のほうから、銃声や雄叫びが微かに聞こえてくる。
「はじまりましたね」
 果穂が滅多に見せないまじめな表情で、公園の方を見つめた。クレイトン隊とDOLLの交戦が、ついに始まったのだ。
「隊長……無事だと良いな」
 頼香が呟く。その時には、眠っていた来栖と緒耶美も起きだして来て、深い緑に囲まれた公園の方を、不安そうな、心配そうな表情で見つめていた。


公園
 
 普段は静かな公園は、今や銃火の響きが支配する戦場と化していた。
「これは……くっ、おいしいものに目をとられたのが失敗でしたね……!!」
 ファイゼが唸る。彼女にそう言わしめたのは、クレイトンたちの手で、一夜にして公園に築かれた野戦陣地だった。塹壕や土嚢を積んで速乾性プラスチック・パテで固めた胸壁、遊具を改造したトーチカと言った防御施設がお互いを支援し合えるように配置され、攻め込んだDOLLたちに向かって猛烈な銃火を放ってきたのだ。
 突撃したDOLLたちだったが、警備隊の持つ数少ない強力な実体弾銃……12.7ミリ口径の重機関銃は、当たり所によってはDOLL装甲をも砕く破壊力があった。ホースで水を撒くようにまき散らされる重い銃弾の前に、被弾したDOLLたちが悲鳴を上げて弾き飛ばされる。その中の何人かは地面に倒れたまま起き上がらない。
「撃ちかえせ!」
 ルリアの命に、いったん機関銃の火線から逃れたDOLLたちがフェイザーライフルを抜き、一斉に引き金を引く。機関銃陣地に向かって何十発と言うフェイザーが飛んだが、頑丈に固められた陣地はびくともしない。もともと、速乾性プラスチック・パテは航宙艦の外壁が損傷した時などに、修理用の接着剤としても使われる素材。そう簡単に破れるものではない。
「ファイゼ様、これでは被害が大きくなりすぎます!」
 さすがのルリアも悲鳴に似た口調でファイゼに指示を求めた。ファイゼは少し考え、新しい作戦を考える。
「迂回して攻撃しましょう。脇の森を抜けて攻め込むのです」
 もちろん、ここまで周到に迎え撃つ準備をしていた警備隊が、その可能性に気付かないとは思えない。おそらく森の中には伏兵か罠が仕込んであるだろう。
 しかし、それでも構わないのだ。迂回部隊が迎撃を受ければ、それだけ正面の備えは薄くなる。そうすれば、本体が正面を突破する隙も出来るかもしれない。その作戦のもと、右翼からはルカ、左翼からはミージュの率いるそれぞれ10名ほどの別働隊が森の中を走った。しかし。
「きゃーっ!?」
 たちまち彼女たちは悲鳴を上げて逃げ出す羽目になった。森の中には予想以上に大量の罠が仕掛けてあったのだ。
 木と木の間に張り巡らされたワイヤーを引っ掛けた途端に、その先に繋いであった爆弾や手榴弾が次々に爆発する。それから逃げ出すと、その逃げた方向にも罠が仕掛けてある。
 爆発と共に木が倒れ、火災が起きる。それを消そうとスプリンクラーが作動すると、切って地面に転がしてあった送電線から、濡れた地面を伝って高圧電流が流れる。もしDOLLではなく普通の人間だったら、五倍の数でもあっさり全滅していただろう。
「も、申し訳ありません……ファイゼ様」
 高圧電流を浴びて髪の毛がチリチリになってしまったルカが頭を下げる。
「いえ……私が少し相手を甘く見過ぎていたようですね」
 ボロボロになって逃げてきた別働隊の惨状に、ファイゼは迂回攻撃を中止せざるを得なかった。ここまで比較的順調に進撃して来ただけに、内心敵を侮る気持ちがあったのは否めない事実だろう。
(この辺の詰めの甘さが、私があの方に勝てない理由なのでしょうね)
 ファイゼがやや自嘲ぎみに内心呟いていると、ルリアが側に寄って来た。
「このままでは埒があきませんね。いかがしましょう?」
 そうですね、と少し考えて、ファイゼは断を下した。
「今の私たちでは速攻突破は出来ないものと思いましょう。持久戦に持ち込むしかありません」
「しかし、この船は……」
 時折不気味な振動を伝えてくる地面(床)に目を落として不安そうな表情になるルリアに、ファイゼは優しい視線を向けた。
「大丈夫です。何時までも粘るつもりはありませんよ。あと半日も寝かせておけば、あの娘が……」
 ファイゼの言葉を聞いて、ルリアは勝利の可能性が格段に増えた事に気付いた。その顔に自信が戻ってくる。
「そう言う事ですか……わかりました。そうなると、気がかりは」
「ええ、相手の反撃ですね」
 ファイゼは頷くと、周囲のDOLLたちに陣地構築を命じた。DOLLは自然保護を行動理念としているため、クレイトンたちがやったような、塹壕を掘ったり、土を積み上げて防壁を作るような、土木工事的な陣地作りは出来ないのだが、そこは彼女たちなりのノウハウがある。
「よいしょ、よいしょ」
 DOLLたちは掛け声をかけつつ、工事現場で使うコーンのようなものを地面に固定し、ポールで繋ぐと、スイッチを入れた。途端にコーンとポールがフェイザーの幕で覆われる。これがDOLLたちの陣地構築用装備、フェイザーフェンスである。こう見えても十分相手の銃撃や砲弾の破片を防ぐだけの強度があるのだ。
 見ていたクレイトンたちが唖然とするほど簡単に、DOLL側の陣地が出来上がった。フェイザーフェンスの向こうからライフルを突き出して備えるDOLLたちを見て、部下の一部が進言した。
「隊長、こっちから逆襲を加えましょう。あんなもの簡単に蹴倒せそうじゃないですか!」
 一晩中土まみれになって作り上げた自分たちの陣地に比べれば、DOLLの陣地がオモチャ同然に見えるのも無理はない。それに、最初の攻勢を簡単に撃退した事で、警備隊員たちの士気も上がっていた。が、クレイトンは首を横に振った。
「ダメだ。アレも誘いの手かもしれん。それに、彼女たちが持久に転じてくれるなら好都合だ。俺たちは増援が来るまでここを守っていれば勝ちなんだからな」
 部下たちは不満そうだったが、クレイトンは納得させた。こうして、公園の端と端を確保したまま、警備隊とDOLLは睨み合う事になる。
 膠着状態は10時間に渡って続いた。その間に、頼香からは救援部隊があと25時間で到着する、という連絡があった。クレイトンは勝利を確信した。
 しかし、時間は必ずしも、彼だけに味方したわけではなかったのである。
 
 
中央ゲート前

 それは持久戦にはいってから半日ほど経ち、ゲート前で待機していた5人の緊張もそろそろ途切れがちになっていた時の事だった。
 突然、公園のほうから、それまでにない激しい爆発音が聞こえてきた。
「な、なんだ!?」
 頼香が弾かれたように立ち上がり、公園のほうを睨む。そこには天井まで届きそうな黒煙の塊が湧きあがりつつあった。さらに、二度、三度と爆発が起こる。
「一体どっちの攻撃にゃ……」
 不安そうに見守るかわねこの頭上から、爆発で巻き上げられたらしい土やプラスチックの破片がぱらぱらと落ちてきた。
「クレイトン隊長、何があったんですか!? 聞こえますか!?」
 果穂が通信機のチャンネルを操作しながら叫ぶが、何の返事も帰ってくる気配がなかった。
「そんな……」
 来栖が青い顔で沈黙したままの通信機を見つめると、緒耶美がぐっと拳を握った。
「まだ、最悪の事態と決まったわけじゃありませんよ」
 そう言いつつも、緒耶美の肩も微かに震えている。それほど先程の爆発は激しかったのだ。
 そこにいた人々の運命を、容易に想像させるほどに。
「くそ、やっぱり様子を見に……」
 頼香が歩き出そうとし、果穂とかわねこがそれを止めようと頼香のほうに向かって一歩踏み出した時、銃声が鳴り響いた。はっとして動きを止める三人。銃撃戦が行われているということは、まだクレイトンたちは無事なのだ。
 しかし、銃声は最初の交戦の時に比べると、あまりにもか細かった。
 
 
公園

「う……ぐぅ」
 地面に叩き付けられたクレイトンは、痛む全身にうめきながらも、どうにか身を起こした。
「なんだ、今の爆発は……」
 そう言いながら辺りを見回して、クレイトンは状況が深刻な事に気付いた。
 切り札である3基の重機関銃が、全て陣地ごと爆砕されていた。堅固に固めてあったはずの陣地なのに、何故だ、とクレイトンは敵陣の方を向き、その元凶と思しき相手を見つけ出した。
 DOLL陣地の後方に、それまではいなかったDOLLが立っていた。彼女の肩には、その身長よりも大きな大砲のような物が据えつけられていて……
「リーダーより総員、敵陣後方に砲兵だ! 誰でも良い、奴を撃て!!」

 その時、DOLL陣地の側では、ようやく体力を回復した砲撃型DOLLのクシナが4回目の砲撃を行おうとしていた。既に最初の3回で機関銃陣地は破壊した。あと何発か撃ちこんでやれば、守備隊の陣地は防御力を失うはずだ。
 しかし、それよりも早く守備隊陣地から無数の火線が彼女に向けて飛んできた。それらのほとんどはフェイザーフェンスに阻まれたが、木の上などの高い場所から放たれたらしい銃弾が、彼女のキャノン砲の付け根を貫いた。
「あっ!?」
 クシナは鋭い痛みと共に、身体と一体化しているその部分を押さえた。いったんは砲口に点ったエネルギーの輝きが、急速に霧散していく。
「クシナ、大丈夫ですか!?」
 ファイゼの言葉に、クシナは何度かキャノン砲を使おうとして、それができない事を悟った。
「申し訳ありません、ファイゼ様。キャノン砲が……これは治さないと無理です」
 銃弾が貫いた跡から火花が散っているクシナのキャノン砲を見て、ファイゼは頷いた。
「仕方がありません。あなたは休んでいなさい……ルリア!」
 ファイゼの視線を向けられたルリアは、既に自分がやるべき事を悟っていた。
「はい、お任せください、ファイゼ様。ルカ、ミージュ、行くわよ!」
「「はいっ!」」
 別働隊になった時の屈辱を晴らそうと逸りたつ二人が立ち上がった。その指示により、待機していたDOLLたちもまた立ち上がる。半日前の戦いで10人近くが討たれたが、まだ60人以上のDOLLが健在だった。
「突撃!!」
 ルリアの言葉と共に、DOLLたちは一斉に守備隊陣地めがけて走り出した。
 
「くそ、来やがった。狙撃兵はできるだけ数を減らせ。総員、抜刀用意。敵が陣地に入り込んできたときを狙って、白兵戦に持ち込むぞ!!」
 衛生兵に応急処置をさせただけで指揮を執るクレイトンが、愛用のフェイザーブレードを指揮杖にして叫ぶ。突撃してくるDOLLたちが猛烈に撃ちまくってくる中、残った土嚢や塹壕の影に隠れ、守備隊員たちはそれぞれの得物を用意した。そして、DOLLの先頭集団が最初の塹壕を飛び越えた瞬間。
「今だ、押し返せえっ!!」
 クレイトンの命令一下、守備隊員たちは雄叫びを上げて立ち上がり、フェイザーブレードを起動させてDOLLたちの戦列に斬り込んだ。もちろん、一対一では勝ち目は薄い。彼らは三対一の体勢を作り、それを維持しながらDOLLたちと切り結んだ。
「きゃあっ!」
「やあんっ!!」
 DOLLたちが一人の攻撃を受ける間に、他の二人からの攻撃が浴びせられる。いくら中和能力があると言っても、フェイザーブレードを当てられれば、棍棒で殴られたくらいの衝撃がある。さすがのDOLLも怯んだ。そこへ。
「うおおおおおっ!!」
 高速振動戦斧や大口径ピストルなど、DOLLにも有効な武器を持っている隊員が突っ込み、至近距離から銃撃し、あるいは刃でなぎ払う。頑丈なDOLL装甲が貫通され、あるいは叩き割られて血飛沫が舞った。
「いやああぁぁぁぁ、たすけてえっ!」
「痛い、痛いよぅ……」
 傷を負ったDOLLたちが泣き声を上げた。傷つき血まみれになった美少女たちの、悲痛な嘆きの声。多くの仲間を失い、怒りに燃える守備隊員たちといえど、流石にこれには怯んだ。
「うっ……」
 思わず追い討ちの手を止めてしまう彼らに、クレイトンの叱咤の声が突き刺さった。
「駄目だ! そこで怯んだら連中の思う壺だぞ!!」
 そこで気を取り直すよりも早く、体勢を立て直したDOLLたちが守備隊員を次々に斬り倒し、あるいは撃ち倒した。再び怒りに身を任せた守備隊員たちが進撃を再開する。戦いの場は最初の陣地付近から、公園中心部へと移動した。
「押している……やれるか?」
 クレイトンが一人ごちた時だった。
「うわあっ!」
「ぎゃあ!!」
 断末魔の叫びが続けざまに湧いた。それまでDOLLたちを追い詰めていた隊員たちが、纏めて数名吹き飛ばされた。
「!?」
 驚きに目を見張るクレイトンの目に、それを成し遂げたDOLLの姿が目に入る。巨大な鎌のような武器――フェイザーサイズとでもいうのだろうか?――を振るう赤い髪のDOLLが、まるで麦を刈り取るように守備隊の戦列を薙ぎ倒している。その左右を固めるDOLLたちもまた強い。赤い髪のDOLLに襲いかかろうとする隊員たちを、数合切り結んだだけで倒している。
 その恐るべき強さの前に、流れは変わろうとしていた。守備隊は浮き足立ち、その刃の前から逃げ出していく。そうして出来た隙間にDOLLたちが切り込み、守備隊の戦列はズタズタに寸断されようとしていた。
「あれはみんなには無理か……!」
 クレイトンは呟くと、フェイザーブレードを起動し、赤い髪のDOLLの前に走り出た。
「お前がDOLLの指揮官か!? 私はこの守備隊を率いるクレイトン少佐だ。一騎打ちを所望する!!」
 三人に押され、向こうに転じた流れを再度引き寄せるには、なんとしても赤い髪のDOLLを討たねばならない。眦を決するクレイトンに、赤い髪のDOLLは鮮烈な笑みを持って応じた。
「良き覚悟だ。私はルリア。DOLL王国においてルークの称号を授かりし者。挑戦に応じよう」
「ルークか。相手にとって不足は無さそうだな」
 クレイトンはブレードを構えた。DOLLの階級では、ルークはポーンと呼ばれる兵士たちを率いる指揮官クラス。その程度の知識は彼も持っていた。
「参る!」
 振り下ろすクレイトンの一撃を、ルリアがサイズの柄で受ける。気迫の篭ったその打撃に、それまで前進を続けていたルリアが初めて一歩後退した。
「やるな!」
 クレイトンを押し返し、ルリアは横薙ぎの一撃を送り込んだ。それを受けるクレイトン。隊長が見せる鮮やかな攻防に、いったんは崩壊しかけた守備隊の士気が一挙に高揚した。クレイトンの狙い通り、守備隊員は逃走をやめてその場に踏みとどまった。
 しかし、クレイトンは内心これはダメだな、と思っていた。ルリアの攻撃を受けるのが精一杯で、とても攻勢に出られない。
(俺はここまでか。フレイクス少尉、後は頼んだ)
 そう考えたとき、ルリアのサイズがクレイトンの脇腹を深々と切り裂いていた。
 それは守備隊の戦意を根本から切り倒す一撃でもあった。


中央ゲート前

 公園のほうから聞こえていた叫喚が次第に小さくなり、やがて完全に止んだ。時々来る船の振動以外、耳に痛いほどの静寂が訪れる。
「どうなったんだろう……」
 来栖が不安そうな声をあげる。
「勝ったさ……きっと勝ったさ」
 頼香が自分に言い聞かせるように答えた。内心、守備隊が敗れたかもしれない、と言う不安はあったが、口に出すと現実になりそうで怖かった。
 じりじりと火で焼かれるような、そんな痛みすら感じる緊迫した時間が流れ、一時間ほどが経過した時のことだった。
「頼香ちゃん、あれ……!」
 かわねこが緊張した叫びをあげた。彼女が指す方向の森の中から、小柄な人影が湧いて出てくる。
「増えてる……守備隊の人たちも同化されてしまったのか」
 頼香は唇を噛んだ。ざっと見ただけでも、DOLLの数は百体を超えているように思われた。彼女は果穂のほうを振り返った。
「増援が着くまで、後どのくらいだった?」
「24時間ですね……あと丸一日……」
 果穂も青い顔で答える。彼女の持つセンサーユニットには、DOLLの反応が百二十体になっている事を示す反応が表示されていた。
「ほとんど永遠に近いな」
 頼香は唸った。圧倒的多数のDOLLを相手に一日。一時間でも辛いのに、果たして持ちこたえられるかどうか。
 それでも、逃げると言う選択肢は無い。背後に守るべき人々がおり、連合士官として果たすべき誓約がある限り。
「果穂、例の仕掛け、準備は出来てるか?」
 頼香が言うと、果穂は力強く頷いた。
「任せてください。ブリッジ前まで五箇所、全部に仕掛け終わってます」
 そう言って、果穂は怪しげなドクロマークを書いたスイッチが五つ付いているリモコンを取り出した。この中央ゲートも含め、ブリッジや乗客が避難した船倉など、絶対に守るべき場所へ通じる所が破られた時に備え、そこを爆破してDOLLたちを足止めするためのスイッチだ。
 頼香たちも警備隊とDOLLが睨みあっている間、ただ休んでいただけではない。こうした万が一のための措置をしっかり済ませておいたのだ。
「よし……来栖、かわねこ、緒耶美ちゃん、いくぜ!」
「うんっ!!」
 頼香と来栖がオーラブレードを起動し、かわねこと緒耶美は携帯電話を取り出して、クイーンのカードをスラッシュさせる。
 
「「デュアルオーロラウエーブ!」」
 
 変身キーワードを叫ぶ。たちまち二人は眩い輝きに包まれ、その中で変身していった。

「警備の使者、セキュアブラック!」
「警備の使者、セキュアホワイト!」
「「ふたりはビリキュア!」」
「世間を騒がすDOLLたち!!」
「とっととおうちに帰りなさいにゃ!!」


 変身を終えたビリキュアがポーズと口上を決めるが、もちろんDOLLたちは委細構わず押し寄せてくる。今回ばかりは本当に帰って欲しい、と、かわねこと緒耶美は思った。
 距離が詰まった所で、DOLLたちがフェイザーライフルを構え、猛烈な射撃を加えてきた。すかさず来栖がオーラシールドを展開し、その攻撃を受け止める。DOLLたちはそれを見てさらに激しく撃ってくるが、五人が中央ゲートの一番狭い所の先に陣取っているため、五人を撃てる範囲は限られていた。
「そんな攻撃じゃここは通れないぜ。通す気も無いけどな!!」
 頼香が挑発する。すると、先頭の数人のDOLLがフェイザーブレードに切り替えて走ってきた。来栖を下げ、頼香とビリキュアが前衛に出る。
「うおおおおぉぉぉぉぉっっ!!」
 頼香は自分を鼓舞するように雄叫びを上げると、輝きの増したオーラブレードを振りぬいた。先頭のDOLLが一撃で胴を抜かれ、吹き飛ばされるようにして倒れる。続く二人目には、ビリキュアが立ち向かった。
「えいっ!」
「とおっ!」
 かわねこのパンチ、緒耶美のキックが同時にそのDOLLを捉え、後ろの数人ごとまとめて吹き飛ばした。さらに数人が倒されると、DOLLたちは一旦下がり、射撃戦に持ち込もうとした。
「それも安全じゃありませんよ!」
 果穂がオーラスティックをブラスターモードにして数発撃った。頼香と来栖も撃ちまくる。何しろ相手が多いので、細かな狙いをつけなくても当て放題だ。最前列のDOLLたちが次々に倒れ、彼女たちは一気に後退した。
 同じような攻撃が数度繰り返され、その度にDOLLたちは激しい反撃を受けて後退した。緊張していた頼香も、これなら案外守りきれるかもしれない、という希望を抱きかけた。
(いや、いやいや。連中だって馬鹿じゃない。きっと何か作戦を立てて来るに違いない)
 頼香が楽観論を戒めたその瞬間、それを裏付けるように、頼香たちのすぐそばにあったマンホールの蓋が吹き飛んだ。しっかり溶接されていたはずだが、中からのフェイザーライフルの連射で破壊されたらしい。
「うあっち!」
 飛び散った火花に、頼香が顔をしかめて一歩さがる。すると、まだ白煙を吹き上げるマンホールから、DOLLが飛び出すようにして出てきた。綺麗なストレートの金髪を持つ、頼香たちと同じくらいの年代に見えるDOLLだ。彼女はフェイザーブレードを構え、猛然と頼香めがけて斬り込んできた。
「なんのっ!」
 その一撃を頼香はすんでの所で受けた。DOLLは力押しにはこだわらず、一旦距離を開けると、巧みな技巧を駆使して連続攻撃を仕掛けてくる。他のDOLLたちに比べて明らかに優れた技量の持ち主だった。
「やるな、こいつ!」
 頼香も負けじと迎え撃つ。オーラとフェイザーがぶつかり合い、火花が散った。その輝きが、一瞬金髪のDOLLが持つフェイザーブレードの細部を浮き立たせた。
 大量生産品とは違う、細かな意匠の浮き彫り。そのブレードは頼香の見覚えのあるものだった。
「まさか……クレイトン隊長!?」
 愕然とする頼香に、DOLL――クレイトンは平板な口調で答えた。
「かつての名前に意味は無い。我々はDOLL。お前たちも同化されるが良い。それが全ての幸福に通じる」
「う、う、う、うわあああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 慟哭のような叫びをあげ、頼香は必殺の一撃をクレイトンに叩き込んだ。かわしきれず吹き飛ぶクレイトン。しかし、彼女に気を取られている間に、到底受け止めきれそうも無いDOLLたちの大群がゲートに押し寄せつつあった。マンホールからも、次から次へとDOLLたちが出てくる。
「ここはもうだめだ……! 果穂、爆破!!」
「はいっ!!」
 果穂も迷わずドクロのスイッチを押し込む。その瞬間、凄まじい爆発と共に、ゲートを囲む隔壁が破砕された。降り注ぐ破片を来栖のシールドで防ぎつつ、五人は管制ブロックの奥へと逃げ込む。後には何千トンと言う瓦礫に押しつぶされたゲートの残骸だけが残った。


ブリッジ

「いったい今どうなっているんだ」
 ボリヴァルは苛立っていた。船の一番先頭部分にあるブリッジにも、時折激しい爆発音が聞こえてくるのだが、守備隊とも頼香たちとも連絡が取れない。いつDOLLたちが殴りこんでくるか、いつ機関部が限界に達して爆発するか、いつ船が分解するか……と思うと、今すぐにでも逃げ出したい気分で一杯だ。
 しかし、この船を捨てて逃げる事は出来ない。まだ一万人近い乗客が残っているのに、それを見捨てたとなれば、ボリヴァルがビジネスの世界で再起する道はほとんどないだろう。
 せめてシステムが順調に回復していれば、いくらか希望が持てるのだが、既に六十時間近くぶっ続けで作業をしているオペレーターたちの疲労は極限に達し、倒れる者が続出していた。作業効率は低下し、回復の見込みはほとんど立っていない。
 残された希望は、救援部隊が到着してくれる事だけだ。自分ではどうしようもない事態の歯がゆさに、ボリヴァルは唇をかみ締める。
 いや、ボリヴァルにもまだ一つ出来ることがないではなかった。ただ、それをするのはおそらく「身の破滅」と言う点では、このまま自体を静観するのとさして変わらなかった。
(頼む……救援部隊よ、早く来てくれ)
 もう何度目か数え切れなくなった祈りを念じた時、また爆発音が聞こえた。しかも、かなり近い。衝撃がブリッジの空気をもびりびりと震わせた。思わずよろけるボリヴァル。
「い、今のは大きいな」
 ボリヴァルが焦りの色を濃くしたその時、ブリッジの扉が開いた。ノーマンが護身用のフェイザーピストルを構えるが、すぐに扉を開けた者たちの正体に気づき、銃を降ろした。
「フレイクス少尉! 無事でしたか」
 ノーマンの声に、頼香は疲れた表情で頷いた。その時になって、ブリッジの面々は五人の少女たちの様子が尋常でない事に気がついた。それぞれの戦闘服は破れたりはしていないものの、煙で燻されて、鮮やかな色彩だったのがすっかり煤けてしまっている。顔も疲労のために出来た隈と煤のために黒くなっていた。
「敵は?」
 ボリヴァルが聴くと、果穂が答えた。
「今、最後のゲートの瓦礫を撤去している所だと思います。向こうにも爆弾のスペシャリストがいるらしくて、爆破して道をふさいでもすぐに復旧されてしまう状態でして……」
 彼女たちは中央ゲートを爆破した後、DOLLたちが足止めを食っている間に休もうとした。しかし、瓦礫の上のほうが爆破されて通路が作られ、DOLLたちが追撃してくるまで3時間ちょっとしか時間を稼げなかった。当然体力やオーラの回復も完璧ではない。
 それでも、頼香たちは爆破ポイントごとに4時間近くは時間を稼ぐ事に成功していたのだが、惜しむらくは、ブリッジまでに守りに適したポイントは3箇所しかなく、稼げたのは今の所9時間だけだった。最後の爆破ポイントが抜かれるまで、また3時間はかかるだろうが、それでも全部で12時間。半日しか耐えられなかった。
「増援が来るまで、あと15時間。ここで最後の抵抗をするしかない状況ですにゃ。すいません」
 かわねこが頭を下げる。それを聞いて、ボリヴァルは脱力したように椅子に腰をおろした。
「万事休すか……」
センサーによれば、まだ百体近いDOLLがここを目指している。頼香たちがどれほど奮戦しても防ぎきれるはずがない。
(こうなったら、あれを返すしかないのか)
 ボリヴァルがそう思った時だった。突然、レーダー手が立ち上がった。
「せ、船長! 社長!! 来ました!!」
「何がだ?」
 もはややる事がなく、じっと座っていた船長が声をあげた。すると、レーダー手は信じられない、しかし喜ばしい報告を返してきた。
「救援です! 連合軍の艦隊が来たんです!!」
 その言葉に、全員が弾かれたように立ち上がる。さらに、通信士も叫んだ。
「連合艦隊より入電です! 『発、TS9駐留艦隊分遣隊 宛、ギャラクティック・レガシィ 本文、我救援に参上す。今しばらく健闘されたし』!!」
 歓声が湧いた。ようやく救いの手がやってきたのだ。
「でも、信じられない……どうやってこんなに早く到着したんだろう?」
 頼香が言った。思わず頷く他の四人。しかし、答えは意外に簡単だった。


強襲艦ワールウィンド艦橋

「艦長、ギャラクティック・レガシィを探知距離内に捉えました。速度ワープ8.7!」
「よし、全艦反転180度。同時に機関減速。速度をギャラクティック・レガシィに同調させろ」
 レーダー手の報告を受けてシェリルが命じる。航海長リー大尉と、指揮下の3隻の艦……さんこう、テクタス、わいるど・きゃっとの各艦長が「了解!」と唱和し、四隻の連合艦艇は鮮やかにターンしてギャラクティック・レガシィを迎える体制をとった。
「船尾の機関室付近にDOLL艦と思われる未登録艦船が突き刺さっています。機関部の暴走はあれが原因でしょうかね」
 副長ネルソン大尉の言葉に、シェリルはディスプレイを注視した。
「ふむ。あの様子だと動くかどうかはわからんが……注意した方がいいな。通信、さんこうとテクタスに命令。対艦戦闘準備」
「了解」
 万が一、DOLL艦が分離して襲撃してきた場合に備え、シェリルは2隻の駆逐艦に戦闘準備を命じた。自らの艦とわいるど・きゃっとには既に接舷攻撃準備を命じてある。
 そこへ、さんこうとテクタスへの通信を終えた通信士が、別の入電を受け取って振り返った。
「艦長、ギャラクティック・レガシィより入電です」
「正面ディスプレイに出せ」
 シェリルが命じると、ディスプレイにボリヴァルの姿が映し出された。シェリルは敬礼した。
「TS9駐留艦隊、特務分遣艦隊指揮官、シェリル・アリシア・ターヴィ少佐です」
『BSL社長のボリヴァルです。救援に感謝します』
「さっそくですが、状況を教えていただけますか? 敵の人数、船の状況、その他気づいた事があれば何でも」
 シェリルは早速情報を求めた。無駄な時間はない。全てを迅速に進める必要がある。
『こちらもシステムダウンの影響で情報が上手く集まっていませんが、可能な限り転送します』
 ボリヴァルはそう言って、オペレーターたちに情報提供を命じた。それが転送されてくると、ワールウィンドとわいるど・きゃっとの戦術情報システムに送り込まれ、作戦を立てるために必要なデータとして活用される。
 その間に、ディスプレイには頼香たちの姿が映し出された。
『シェリル艦長!』
「フレイクス少尉。無事でよかった……ずいぶん頑張ったようだな」
 頼香の様子を見て、シェリルは心からの労いの言葉をかけた。頼香は疲労と緊張で強張った顔に、ようやく笑顔を取り戻した。
『はい、なんとか……でも艦長、どうしてこんなに早く着くことが出来たんですか?』
 頼香の疑問に応えたのはネルソン副長だった。
「ああ、たぶん君たちはテランからの応援が追いついてくる時間で計算していたんだろう。我々は君たちの進行方向から向かってきたから、合流が早くなったんだよ」
 あ、という顔で果穂とオペレーターの一人が顔を見合わせる。テランが出発地点だったので、ついそっちを基準にした場合だけを考えてしまっていた。そうしているうちに、データの送信が終わる。
「敵はブリッジ付近で約百体……か。増えているな」
 表示されたデータを見て、シェリルは微かに眉をひそめた。
『昨日、守備隊の人たちがDOLLに全滅させられて、同化された人もたくさん……』
「そうか、わかった」
 来栖から敵が増えた理由を聞かされ、シェリルは短く頷いた。詳しく事情を聞かないほうが良いと判断したのだ。同化された元守備隊が敵の主力だと言うことは、こちらの士気にも影響を与える。非人道的ではあるが、敵は元同胞であると言うよりは、未知の連中だと言うことにしておく方が戦いやすい。
「ともかく、もうすぐ我々は突入する。それまで君たちはブリッジを守れ。良いな?」
『はいっ!』
 頼香たちの敬礼が写し出されたのを最後に、ディスプレイが切られ、わいるど・きゃっとに繋がれた。艦長ばっくす少佐の姿が映し出される。
「聞いていたと思うが、敵が増えたようだ」
『そのようですな』
 同じ少佐でもシェリルのほうが先任のため、ばっくすは敬語で話した。
『ですが、我々のやる事は変わりません。敵をぶっ飛ばしてかわねこたんを救出する。それだけです』
「ああ、そっちの勇猛果敢さには期待しているよ」
 シェリルは微笑した。かわねこ武装親衛隊を自認するわいるど・きゃっと海兵戦闘団はワールウィンドのそれにも劣らない猛者揃いだ。DOLL兵にもひけをとるまい。
「作戦を確認しよう。そっちの二個小隊と、こっちの二個小隊は船内侵入後、管制ブロックを制圧する。あと、一個小隊は機関部の制圧。それに、こっちの一個小隊は予備兵力としてホテル街付近に陣取る」
『了解です』
 シェリルとばっくすが話し合っていると、両艦のレーダー手が緊迫した叫びを発した。
「「敵、DOLL艦がギャラクティック・レガシィより分離! こちらへ接近中!!」」
 シェリルは頷いた。
「突入前に邪魔が入ったか。さんこう、テクタスに対艦戦闘開始を発令!」


駆逐艦テクタス艦橋

 DOLL艦接近の報を受け、テクタス艦長ダイナ・ランド少佐は僚艦さんこうの艦長、もけ大尉に通信を繋いだ。
「もけ大尉、対艦戦闘フォーメーション、パターンWを発動。こっちがルアーになります」
『了解でちゅ』
 ディスプレイの向こうで、プレラット人のもけが愛らしい敬礼姿を見せていた。ダイナは頷くと、操舵手のミナスに命じた。
「少尉、手筈どおりに」
「アイ、艦長」
 ミナスがぐっと大きく舵を切る。DOLL艦に横腹を晒す体勢だ。好餌とばかりにDOLL艦から光子魚雷が放たれるが、ミナスは機敏に舵を切り、あるいはバリアを操作して損害を防いだ。この間、ダイナは真剣な表情で座ってはいるが、何もしていない。
 DOLLは本来の人格とは別に少女としての可愛らしい人格を持ち、それはDOLLの集合意識から切り離された後も残っているのだが、ダイナのDOLL人格は「ドジっ娘」である。何かをさせると致命的なドジを連発すると言う、可愛くも危険極まりない人格だった。
 しかし、それはあくまでも肉体面での話。本来のダイナは少佐にまで昇進し、駆逐艦の艦長も務める逸材である。その作戦能力や知性、統率力は非常に高いのだ。
 従って、艦の操作をさせなければ、彼女はとても優秀な連合軍士官ということになる。そのために、三代目となる駆逐艦テクタスは、ミナス一人で大半の操船が可能なように改造が施してあった。
 思いもかけない機動性を見せるテクタスを、DOLL艦はムキになったように追いかける。再び光子魚雷を発射しようとしたその瞬間、その船体に爆炎の花が二つ咲いた。
『魚雷命中、敵艦大破と認めまちゅ!』
 もけが高らかに勝利宣言をする。DOLL艦がテクタスに気を取られている隙にこっそり接近し、光子魚雷を叩き込んだのだ。囮を利用するダイナの立案したフォーメーションWは見事な成功を収めた。煙を噴き出し、後方に置いていかれるDOLL艦を見ながら、ダイナは報告した。
「敵艦の排除に成功。シェリル少佐、後は任せます」


強襲艦ワールウィンド格納庫

 ダイナの報告を待つまでもなく、二隻の強襲艦は既にギャラクティック・レガシィとの速度同調を済ませ、自らの数十倍はあろうかという巨体に取り付いていた。
 格納庫内では、完全武装の海兵隊員たちが出撃準備を済ませている。その手には、何時ものフェイザーブレードやライフルに代わり、見たことのない装備が握られていた。
「今回は新装備のお披露目だ。初期トラブルが多発する可能性もあるが、予備はいくらでも用意してある。ヤバイと思ったら、すぐに後退して代わりを受け取れ!」
 バルトルッツィ大尉が注意事項を述べ、次いでシェリルが訓示を行った。
「今回の敵はDOLLだ。ある意味、我々が編成された最大の理由と言える連中だ。今まさに我々の真価が問われる時だ、とそう思ってもらいたい」
 シェリルの言葉を真剣な表情で聞く海兵隊員一同。わいるど・きゃっとでもばっくすが同じように訓示しているのだろう。
「しかし、やる事は何時もと代わらない。はむかう者は容赦なく叩きのめせ。敵がある限りどこまでも進撃せよ、進撃せよ、進撃せよ、だ!」
 これぞ海兵隊魂を揺さぶる言葉だ、と言わんばかりのシェリルのシンプルな訓示に、海兵隊員たちが蛮声をもって応える。さらに、バルトルッツィが煽りの言葉を叫んだ。
「野郎ども、俺たちの仕事は何だ!?」
「殺せ、殺せ、殺せっ!!」
「俺たちの合言葉はなんだっ!?」
「当たって砕けろ!!」
「俺たちの前をふさぐ奴らは!?」
「人と会っては人を斬り、神と会っては神を斬れっ!!」
「よし、行くぞお前たち!!」
 シェリルの命令と共に、海兵隊員たちはギャラクティック・レガシィ内部への突撃を開始した。

 
公園

 かつて守備隊が守っていた場所には、今は引き返してきたDOLLたちが布陣していた。もっとも、姿が変わっただけで、守る者は前と同じだと言えなくもないが。
 指揮をとるのはルリアだ。敵救援部隊が到着し、迎撃したブルー・アマリリスが撃破された、という報告を受け、ファイゼは方針を転換した。ここでルリアが敵を防ぐ間に、ファイゼが自らルカとミージュの二人だけを連れ、この船の主を締め上げる事になったのだ。
(ファイゼ様の邪魔はさせん)
 心に誓うルリアの視界のに、白銀に煌く装甲服の群れが映し出された。その姿をDOLLの集合意識に送り、データを照会する。
「海兵隊……連合の精鋭陸戦部隊か。守備隊よりは手ごわそうだな……」
 数は百六十名ほど。それが槍のような武器や大口径の銃を抱えて、整然と進撃してくる。しかし、今彼女の手元にあるDOLLたちの数も百名を超えている。それに、ただでさえ強力だったこの陣地も、フェイザーフェンスで増強してある。そう簡単に破られはしない。
「敵の砲撃に注意しろ」
 ルリアは指示した。自分たちが攻めた時も、クシナの砲撃でやっと突破した陣地だ。敵も当然同じ手で攻めてくるだろうと彼女は判断していた。
 ところが、敵は足を止める事無く公園に踏み込んできた。砲撃をかけてくる様子は見られない。その無造作とすら言える攻め方は、この陣地に苦戦したルリアの自尊心をいたく刺激するものだった。
(お前たち、舐めるな!!)
 ルリアはそう内心で叫ぶと、一斉射撃を命じた。一糸乱れぬ動作でDOLLたちが銃を構え、引き金を引く。死の豪雨が海兵隊に襲いかかった。
 ところが、その一斉射撃を読んでいたかのように、海兵隊員たちは足を止め、先頭集団が一斉に巨大な盾を前に出して、壁を作り上げていた。強度が相当高めに作ってあるらしく、DOLLたちの銃撃は盾の表面で激しく火花を散らしたものの、貫通には至らなかった。
「なにっ!?」
 驚くルリアの視線の先で、攻撃を回避した海兵隊員たちがまた違った動作を見せていた。最前列の盾はそのままに、後方の隊員たちが大口径の銃を構えると、斜め四十五度上めがけて引き金を引いたのだ。ぽん、という炭酸飲料の栓を抜くような軽い音と共に、無数の弾丸が放物線を描いて打ち上げられる。いったい何のつもりか、と思ったルリアだったが、次の瞬間顔色をさっと変えた。
「いかん、散開しろ!!」
 しかし、その命令は少し遅かった。打ち上げられた弾丸は放物線の頂点で次々に弾け、そこから何か白い物体が地上のDOLLたちに降りかかったのだ。それが落ちてきた所から、DOLLたちの間に混乱が広がっていった。
「やあんっ、何これぇ!?」
「う、動けませえぇん!!」
 皮膚や装甲に付着したそれは、粘性の強いとりもちのような物質だった。それだけでも動きづらいのに、見る間に硬化して動きを封じてくるのである。拭い取ろうとした手がそのまま装甲にくっつき、バランスを崩して倒れると、今度は地面にくっついて完全に動けなくする。あっという間に半分近いDOLLが前衛芸術のような妙な格好のまま固まってしまった。
 対DOLL戦用に考案された新兵器、超速乾性プラスチック・パテを充填した粘着拘束弾だった。一瞬で戦力の半分を無力化されたルリアが思わず呆然とする前で、再び盾を持った海兵隊員が動き出し、フェイザーフェンスを押しつぶすように盾を倒した。もちろん、フェイザーに触れた盾はその場で溶けていくが、何十枚もの大盾が一斉に倒されたのでは出力が持たない。盾が使い物にならなくなるのと同時に、フェンスも焼き切れて機能を停止した。
「くっ、迎え撃て!」
 あっという間に陣地内に踏み込んできた敵の猛攻に気おされつつも、ルリアはまだ闘志を失ってはいなかった。白兵戦に持ち込めば、並みの兵士数人分にも匹敵するDOLLの戦闘能力がものを言うはずだと信じて。それに応え、粘着拘束弾が当たらなかったDOLLたちがフェイザーブレードを構えて飛び出した。
 すると、大盾部隊、粘着弾部隊の後方にいた、3メートル近い白い棒を持った部隊が前列に進み出てきて、DOLLたちの頭上からその棒を倒しこんで来た。当てられるとマズイ、と感じたDOLLたちは、ブレードを頭上で振り回し、その棒を切り落としたり、あるいは払いのけたりしたが、間に合わずに当てられたDOLLもいた。その途端に、彼女たちは白い閃光に包まれ、弾き飛ばされるように倒れた。地面に転がってもまだ、びくびくと痙攣している娘もいる。強烈な高圧電流を身体に流されたのだ。
「よし、こいつもかなり使えるな!」
 指揮をとるばっくす少佐が満足げに頷く。これも、対DOLL用試作兵器の一つ、スタンパイクだ。パイクとは中世までの戦場で敵の突撃を阻止するために使われた長い歩兵用の槍で、その名の期待通り、見事にDOLLの突撃を阻止しえたかに見えた。
 しかし、落ちてくるパイクを防いだDOLLたちは、そのまま海兵隊員たちの間に切り込み、縦横無尽に暴れまわっていた。こうなると長くて接近戦に向かないスタンパイクは不利だ。接近戦用の武器に持ち替えようとするよりも早くなぎ倒されていく。
「パイク部隊、下がれ! ちっ、少し改良はいるな!!」
 ばっくす少佐が指示を出し、パイク部隊は抗戦を諦めて後退した。代わって同じ高電圧を利用した武器でも、接近戦向きに調整したスタンバトンを持った海兵隊員がDOLLに立ち向かう。
「流血は避けろよ!!」
 ばっくすがさらに細かく指示を出す。それに従い、スタンバトン部隊は敢えて急所を狙ったりせず、装甲の上でも良いからDOLLに触れて高電圧攻撃を行う事を優先していた。
 ばっくすの指示には理由がある。それは、DOLLたちが持っているナノマシンの存在だった。
 いくつかの接触報告から、DOLLはキスによって相手を同化する事が知られていた。唾液の中にナノマシンを混ぜて相手の体内に送り込み、同化するのである。しかし、DOLLナノマシンは別に唾液の中にだけ存在するわけではない。血液やその他の体液、体組織中にも含まれている。
 つまり、DOLLに傷を負わせた場合、飛び散った血液などに混じっているDOLLナノマシンにより、深刻なナノハザードが引き起こされる可能性があるのではないか、と連合DOLL研究チームは懸念していた。そのため、対DOLL戦を想定した武器は、可能な限り無血で相手を制圧できるように設計されたのである。
 無血制圧要求は海兵隊員にはハンデを負わせる事となり、かなりの負傷者が出たが、それでも確保した数の優位を保ち、一人また一人と確実にDOLLたちを倒していった。こうなっては、ルリアに残された手は一つしかない。昨日彼女に立ち向かい、同化された戦士を見習う事だ。
「うおおおおぉぉぉぉっっ!」
 ルリアはフェイザーサイズを展開すると、スタンバトン部隊に斬りこみ、瞬く間に蹴散らした。その上で海兵隊員たちを睨みつけ、堂々と宣言する。
「我が名はルリア! この陣の軍配を預かりし者!! お前たちの長は誰だ!? 私と一騎打ちにて雌雄を決しようではないか!!」
 相手が隊長格と聞きつけ、近くの海兵隊員たちが一斉に銃を構える。全て実弾式の銃だ。もし引き金が引かれれば、ルリアは一撃で襤褸切れになって吹っ飛ぶだろう。
 が、その未来予想図を打ち消した人物がいた。
「では、私が相手をしよう」
 シェリルだった。手には愛用の高速振動剣が既に鞘を払って握られている。時代錯誤ではあるが、このような戦士の魂を持つ相手と戦うのは、彼女にとっては至上の喜びだ。
 これは凄い勝負になる、と海兵隊員はもちろん、生き残ったDOLLまでが戦いを止め、固唾を飲んで見守る。公園の真中にさっと空間が出来あがり、その中心で二人の女戦士は対峙した。まさに激突か、と思われた時、すっとその中間に進み出た者がいた。パワードスーツを着込んだ熊のような巨漢だ。
「バルトルッツィ? 何の真似だ!?」
 シェリルがその男の名を呼ぶ。ワールウィンド海兵戦闘団長、アンジェロ・バルトルッツィ大尉は魁偉な顔に笑みを浮かべて言った。
「いけませんな、艦長。熱くなっては。彼女は最後の敵ではありませんぞ。我々の目的は、あくまでもこの船の解放。ならば、貴女は先に進んで敵の大将を討つべきです」
「む……」
 シェリルは唸った。確かに、こうしている間にも、管制ブロックではDOLLの総指揮官がブリッジへの突入を狙っているはずだ。
「そう、だな……バルトルッツィ、済まん。ここを任せて良いか?」
 危うく、ルリアの時間稼ぎに引っかかる所だった。その恥じらいを素直に出して頭を下げるシェリルに、バルトルッツィは力強く頷いた。
「お任せを。さぁ、艦長、先へ!」
「頼む!」
 シェリルは頷き返すと、地面を蹴って走り出した。ばっくすも後に続く。後を追おうとしたルリアだったが、バルトルッツィは巨体に見合わぬ機敏な動きでそれを制した。
「お前の相手は俺だ」
「何を、邪魔をするな!!」
 ルリアが凄まじい速度でフェイザーサイズを旋回させる。常人には到底見切れぬ高速の斬撃を、バルトルッツィは愛用のフェイザースピアで受け止めた。ニヤリと笑うルリア。彼女のパワーはDOLLの中でも並外れている。目前の大男も相当な膂力の持ち主だろうが、普通の人間で彼女との力比べに勝った者はいない。バルトルッツィが胴体を真っ二つにされるのは、既に彼女にとっての規定事項だった。が。
「むうんっ!!」
 バルトルッツィがパワードスーツを内側から弾けさせるのではないか、と思うほどに筋肉を膨張させた次の瞬間、ルリアのフェイザーサイズは激しく弾き飛ばされていた。
「わ、私が力負けした!?」
 信じられない思いで相手を見るルリア。パワードスーツのアシストがあるとはいえ、もともと超人的な腕力がなければ、こんな芸当は出来ないはずだ。信じられない、という思いが頭の中を駆け巡る。
「ショックか? が、それに負けるようでは一流の戦士にはなれんぞ?」
 バルトルッツィはそう言うと、スピアを猛然と繰り出した。受け止めるルリア。人間離れした剛撃同士の戦いが十数合に渡って続く。一見互角のその戦いを制したのは、バルトルッツィだった。サイズの刃に彼のスピアの穂先が激突した瞬間、回転を加えて一気に跳ね上げると、巻き込まれたサイズがルリアの手からもぎ取られる。咄嗟にブレードに持ち替えようとしたルリアだったが、それよりも早く稲妻の速度で繰り出されたスピアが、彼女の胸に吸い込まれるようにして直撃した。
「きゃああああぁぁぁっっ!」
 ルリアは悲鳴の尾を引いて吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。フェイザー中和フィールドのおかげで串刺しの運命は免れたが、装甲が叩き割られ凹んでいる。どう見ても戦闘不能だった。
「拘束しておけ」
 バルトルッツィが言うと、怒涛のような歓声が上がった。
「隊長、すげえ!」
「惚れ直したぜ!!」
 バルトルッツィは男くさい笑みでそれに応えた。シェリルがまた達人なのでなんとなく目立たない存在でいる彼だが、もともとシェリルがネルソンとはまた別の意味で万全の信頼を置く男である。その実力は、決してシェリルに劣るものではなかった。
「こっちは片付いたな。さて、艦長は……」
 バルトルッツィは管制ブロックの方を見つめた。


ブリッジ

 頼香たちは状況が好転してきている事を感じていた。
 海兵隊は公園に戻ったDOLLの主力を、負傷者を多数出しつつも撃破したらしい。現在は戦力の一部を機関室へ突入させ、さんこうから乗り込んできたからめるを護衛して、反応炉の停止に向かっているそうだ。
「山は越えたみたいですね」
 安堵の息をつく果穂。しかし、かわねこは首を横に振った。
「まだなのにゃ。DOLLも全部が公園に行ったわけじゃないみたいなのにゃ」
 理由はわからないが、DOLLは見境無く人を同化する事は無く、ブリッジの陥落を目指しているようだった。となれば、精鋭が別働隊としてここへ襲ってきても不思議ではない。入り込んだDOLL全てを倒すか捕らえるかしない限り、まだ安心は出来なかった。
「そうだな。最低でも、救援部隊と合流するまではまだまだ山は越えてないと見たほうが……」
 頼香も安易に楽観論に与しないよう、自分を戒めるように言いかけた時、突然彼女が見つめているブリッジのドアが轟音と共に軋んだ。
「がお!?」
 仮眠中だった緒耶美やオペレーターたちが驚いて跳ね起きる。もっと驚いていたのは、起きていた者たちだ。ドアは軋んだだけでなく、真中あたりで大きく部屋の内側に向けて歪んでいた。まるで、何かで殴られたように。
「馬鹿な、一応防爆ドアだぞあれは!?」
 船長が唸った。その間に、さらに二発目の打撃がドアに加えられた。続けて三発、四発……と叩きつけられる強打の前に、ついにドアは屈して部屋の内側に向かって崩れ落ちた。
「みんな!」
 頼香の叫びと共に、五人の少女はドアを半円形に包囲する形で布陣し、構えを取った。倒れたドアの向こうには、ナックルガードを付けた青い髪のDOLLが立っていた。彼女がドアを殴り壊したのだろう。
 青い髪のDOLLは囲まれているにもかかわらず、臆することも無く部屋の中へ入ってきた。その後から銀髪のDOLLが入ってきて、最初のDOLLの横に並ぶ。そして、一番最後から入ってきたのが、黒髪のDOLL――ファイゼだった。
「お、お前たちは……」
 ボリヴァルが睨むと、ファイゼは優雅ともいえる一礼をしてからその眼光を受け止めた。
「DOLL王国においてナイトの地位を授かりし、ファイゼと申します。貴方がこの船の長ですね?」
 問われたボリヴァルは頷き、挨拶と抗議の言葉を混ぜて答えた。
「オーナーのポール・ボリヴァルだ。私はお前など客として招待した覚えは無い。早く出て行け」
「出て行くのは構いませんが、その前に貴方が手に入れたものを私たちに返していただきます。心当たりが無いとは言わせませんよ」
 そのファイゼの言葉に、ボリヴァルは顔をゆがめ、頼香たちはその反応を不審の目で見た。ボリヴァルは、何かを隠しているのか? DOLLに襲われた理由か、それに通じる秘密を?
「……知らん。言いがかりだ!」
 ボリヴァルは吐き捨てるように否定したが、一瞬の逡巡が、彼の嘘を決定的なものにした。おそらく、普段なら余裕を持って隠す事の出来る嘘だろうが、偽りを許さない戦場の空気の中で、それは鮮やかに浮かび上がって聞こえた。
「そうですか……ならば、貴方を同化して真実を聞くとしましょう」
 ファイゼは更に問おうとはせず、最後通告と言うべき一言を投げつけて進み出た。が、その前に頼香たちが立ちはだかる。
「そうはさせない。ここの人たちには指一本触れさせない」
 頼香がオーラブレードを構えて宣言する。ボリヴァルが何かを隠しているのはわかった。おそらくあまり良い事ではないに違いない。それでも、頼香たちは彼を守らねばならない。彼女たちが連合の士官であり、ボリヴァルが連合市民である限り。
「無駄な抵抗を……ルカ、ミージュ、おやりなさい」
「ははっ!」
 ファイゼの命を受け、青い髪のDOLL、ルカと、銀髪のDOLL、ミージュはそれぞれに戦う体勢をとった。ルカは接近格闘戦専門らしいが、ミージュは対照的に両手に銃を構える。射撃戦が得意なのだろう。
 一方の頼香たちは、頼香、果穂がミージュに対し、かわねこ・緒耶美のビリキュアコンビがルカに対する。果穂は援護とファイゼの牽制だ。睨みあう両軍。
 先手を打ったのはルカだった。一気に距離を詰め、暴風を巻き起こすようなパンチを続けざまに放つ。
「にゃあっ!」
「がお!?」
 猛攻に翻弄されるビリキュア。彼女たちも接近戦専門だが、もともとちゃんとした格闘術を習っているわけでもなく、天性のスピードとパワーを頼りにした戦い方だ。ルカの技量の前になす術も無い。
 一方、頼香・来栖コンビも苦戦していた。銃撃を来栖のシールドで防ぎつつ接近し、白兵戦に持ち込もうとした頼香だったが、ミージュの射撃の威力は想像以上だった。
 右手の銃から続けざまに放たれるフェイザーの力線が、来栖のシールドに次々と直撃する。すると、十分持ちこたえられるはずのシールドが揺らぎ、崩壊の前兆を見せ始めた。
「ええっ!?」
 驚く来栖に果穂がアドバイスする。
「来栖さん、一点突破です! 日頃の訓練の時のことを思い出してください!!」
 その言葉に来栖は心を落ち着かせると、頼香とアイ・コンタクトで次の動きを確認しあった。そして、ミージュにまっすぐ接近するのではなく、ジグザグを描くように走る。そうすると、同じだけの被弾を浴びているにもかかわらず、シールドの強度は安定した。
 以前、来栖はシェリルと訓練した際に、シールドの一点を集中攻撃されて破られた事がある。ミージュは銃で同じ事をやってきたのだ。ならば、狙いを絞りにくいようにすれば良い。来栖の思った通り、ミージュはジグザグの動きには完全に追随できないらしく、一点に正確に命中させつづける事は出来なくなった。
 やがて、十分に接近した所で、来栖は必殺技を放った。
「シールドブレイク!」
「きゃあっ!?」
 強固なシールドが自ら砕け散り、エネルギー弾の嵐となってミージュを襲う。それだけでもかなりのダメージだったが、むしろ致命的になったのはそれによって出来た隙のほうだった。
「でやぁ!!」
 シールドブレイクを追うようにして飛び込んだ頼香の必殺の一刀がミージュを大袈裟懸けに斬り倒していた。オーラブレードだけに外傷は無いが、ごっそりと生命力を奪われたミージュは床に倒れ伏した。
「ファイゼ様……申し訳ありません」
 そう言い残して意識を失うミージュ。しかし、頼香と来栖も無事ではなかった。床に膝をつく。
「頼香さん、来栖さん!」
 駆け寄った果穂は、二人とも数発の銃撃を浴びていた事に気づく。シールドブレイクの瞬間にも放たれていたミージュの最後の攻撃が命中していたのだ。
「お、俺は大丈夫だ……」
「……それより、かわねこちゃんたちは!?」
 気息奄々の有様ではあったが、それでも友を案じて顔を上げる頼香と果穂。そこでは一方的な戦いが続いていた。

 ビリキュアのオーラ増幅戦闘服は同時に二人のパワーとスピードも強化しており、特にかわねこのスピード、緒耶美のパワーはルカのそれを上回っていた。
 しかし、戦いにおける駆け引きと言う点で、ルカは二人を遥かに凌駕していた。かわねこは巧みなフェイントに引っ掛けられて壁に叩きつけられるほど蹴り飛ばされ、緒耶美の攻撃は空を切ったところでカウンターが飛んできて、彼女を床に沈める。戦闘服の防御力が高いために致命傷にはなっていなかったが、それも時間の問題だろう。
「ご主人様、こうなったらあれを……!」
 緒耶美が叫ぶ。
「でも、そんな隙は無いにゃ!!」
 かわねこが答える。逆転するには緒耶美の言う「あれ」――必殺技のビリキュア・マーブルスクリューを使うしかない事はわかっているのだが、あれはこっちの隙が大きすぎる。ルカ相手に使おうとしても、技の発動前に致命的な打撃を受けるのが関の山だ。
 かわねこはちらっと頼香たちの様子を見る。勝ちはしたものの、ダメージも大きいようで、まともに戦えそうなのは果穂だけだ。果穂にしても、二人を援護したいのは山々のようだが、格闘戦の最中では間違ってかわねこたちを撃ちかねない。さぞかしジレンマだろう。
「戦いの最中によそ見をするとは余裕だね?」
「うにゃあっ!?」
 そんな隙を見逃さず、ルカのボディブローがかわねこを襲った。たまらず吹っ飛ばされるかわねこ。
「ご主人様……がおっ!?」
 緒耶美もかわねこに気を取られて隙を突かれて、ボディスラムで床に叩きつけられる。もんどりうって転がった先にはかわねこがいた。
「緒耶美ちゃん、だいじょうぶにゃ!?」
「ま、まだ平気です……! でも、このままじゃ!!」
 立ち上がろうとした二人だったが、それより早く、ルカがとどめを刺そうと迫って来ていた。超高速でのぶちかましだ。防爆ドアをも破壊する彼女のフルパワーでの一撃を食らえば、弱った今の二人にはもう耐える余力は無い。思わず目をつぶった二人を、凄まじい破砕音が襲った。
 やられた。そう思ったかわねこだったが、痛みも衝撃も無いことに気づき、不審を抱いた。目を開けると、そこにはルカの突進を食い止めた何かの姿が映し出された。ごつい白銀の鎧にペイントされた、自分を模したステンシル。その下に書かれた、「01」の数字。
「ば、ばっくす少佐!!」
 かわねこが叫ぶと、パワードスーツの全力でルカを受け止め、抱きしめるようにして固めたばっくすが、振り向いて白い歯を見せた。
「この世に萌えがある限り、かわねこたん武装親衛隊々長ばっくす、いつでもどこでも即参上!」
「ど、道化が!!」
 邪魔をされて怒り狂うルカがばっくすを排除しようと力を込めるが、そこはばっくすも強襲艦を率いるだけの男。戦闘能力も水準以上であり、ルカの攻撃を完璧に封じ込めていた。
「今だ、かわねこたん! 必殺技を!!」
 ばっくすが叫ぶが、かわねこはためらいを見せた。
「で、でも今撃ったら、少佐も……」
 ルカと密着している以上、マーブルスクリューを撃てば、ばっくすが巻き添えになるのは確実だ。しかし、ばっくすは決然と言い切った。
「私に構う必要は無い! というか、かわねこたんに撃たれるならそれも本望!!」
 紛れも無い本気の表情だった。かわねこは緒耶美と顔を見合わせ、手を握り合うと、空いている方の手を高く掲げた。
「ブラックサンダー!」
「ホワイトサンダー!」
 白と黒のオーラの輝きが迸る……はずだったが、すぐに二人は異常に気がついた。いつもよりも格段に光が弱い。連戦につぐ連戦と、ルカから受けたダメージは、予想以上に二人の力を削り取っていた。
「このままじゃ、マーブルスクリューが撃てないにゃ!」
「がお、どうしましょう!? ご主人様!!」
 途方に暮れる二人。その時、果穂が叫んだ。
「ルミナスシャイニングストリーム!」
 思わず振り返ったかわねこと緒耶美の目の前で、果穂の身体が光に包まれた。連合士官制服にフリルをつけたような何時もの防御服が光に包まれて分解し、一瞬の後に再構成される。果穂がパーティーで着ていたピンクハウス系の服をアレンジしたような、ひらひらふりふりの衣裳が新たに出現した。
 さらに、オーラスティックも変形して、ますます魔法少女っぽいハート型のデザインを取り入れたバトンに変形する。
「か、果穂ちゃん、それは一体?」
 唖然としつつも聞くかわねこに、果穂はちょっと恥ずかしそうに答えた。
「ビリキュアの援護用アイテムとして作ったんです。まだ試作品なので、決め台詞とかポーズは用意してないんですが、でも機能は完璧です!!」
 果穂的には、その二つが決まらない限りは未完成である。
「というか、決め台詞とかポーズはおまけだろ……」
 負傷に喘ぎつつもツッコむ頼香だったが、果穂は聞こえない振りをした。
「早い話が、この試作品を使うことで、更に強力な新必殺技が使えるわけです。良いですか、私の言う通りにしてください!」
 果穂はそう言うと、ビリキュアの二人にキーワードを教えた。そして、バトンを高く掲げ、自分のオーラを全開にする。
 次の瞬間、バトンは虹色に光り輝き、ビリキュアの二人を照らし出した。その途端に、かわねこも緒耶美も失われていた力がみるみる回復するのを感じた。これならいける、と確信し、教わったばかりのキーワードを叫ぶ。
「みなぎる勇気!」
「あふれる希望!」

 その二人の叫びと共に、虹色の輝きは巨大なハートの形となって収束する。果穂が叫ぶ。
「光り輝く絆と共に!」
 三人の心とオーラが一つになった。
「「「エクストリーム・ルミナリオー!!」」」
 かわねこと緒耶美がハートの中心を打ち抜くと、圧倒的な力感を伴う黄金の光線が、ばっくすとルカめがけて迸った。
 しかし、巻き込まれそうになっているにも関わらず、ばっくすはルカの身体を離さない。
「正気か、お前は!!」
 怒鳴るルカに、ばっくすはニヤリ笑いで応じた。
「おう。正気だとも。何しろ君と心中する気は無いからな。俺の死に場所は、かわねこたんの膝枕の上と決めてるんだ!」
 言うなり、ルカの目の前からばっくすが消える。正確には、パワードスーツ内の彼の身体だけが。
「!?」
 ルカは嵌められた事を知った。ばっくすはパワードスーツの全関節をロックした上で脱出したのである。抱きしめられている彼女には、もはや脱出の術はない。
「……!」
 憤りの叫びは光の渦の中にかき消されていった。



 二人の部下が討ち取られるのを、ファイゼはじっと見ていた。助けに入りたいのは山々だったが、そうできない事情が彼女の後ろに存在していた。
「……斬らないのですか?」
 ファイゼが話し掛けると、事情は首を横に振った。
「背後から斬ると言う作法は私にはない」
 事情――シェリルは愛刀の柄に手を置いたまま言葉を続けた。
「貴女の部下は全滅させた。つい先ほど、暴走していた機関も無事に停止した、との報告があった。これ以上の抗戦は無益だ。降伏を勧告する」
 まじめな口調で言うシェリルに、ファイゼはくっくっと笑い声を漏らすと、右腕を上げた。そこを覆う装甲が変形し、長大な刃が形成される。
「確かに、まさかHMTIM以外で、ここまで私たちを苦戦させる生命体がいるとは思いませんでした」
 謎めいた単語を口にしつつ、ファイゼは刃を構える。その刀身が赤熱して輝き、彼女の愛らしい顔に地獄の幽鬼のような陰影をもたらした。
「ですが、降伏などしません。あなたは誤解しているようですが……」
 次の瞬間、ファイゼの小柄な姿がシェリルの視界から掻き消える。同時にシェリルは目にもとまらぬ速さで抜刀し、背後の死角に出現した巨大な殺気の塊に向けて刃を送り込んだ。金属同士が激突する凄まじい響きがこだまし、シェリルの高速振動剣がファイゼの凶刃……熱で対象を溶断するENGブレードに受け止められる。
「私がいれば、まだ任務達成は可能なのですよ!!」
 そう叫ぶと、ファイゼはブレードを一閃させた。灼熱の刃はシェリルの真紅のパワードスーツの表面をかすめただけだったが、そこには深い溝が穿たれた。
「なるほどな!」
 シェリルは怯まず剣を連続して繰り出した。一撃必殺を旨とし、爆発的な破壊力を追及する彼女の技、新星流剣術には珍しいコンボ攻撃である。しかし、ファイゼはそれを全て紙一重の差でかわしてのけた。
(強い……!)
 シェリルは戦慄と共に、ぞくぞくするような歓喜が背筋を這い登るのを感じた。相手のスピードはたぶんココと同等だろう。パワーは間違いなく上。肉体的ポテンシャルで自分が上回る所は……身体が大きい事から来るリーチの長さくらいだろうが、大した影響はあるまい。
 これほどの強敵と戦えるのだ。一人の武人として望み得る最高の舞台がここにある。
(私以上の速さと強さを持つ相手……だが、技の冴えはどうだ!?)
 シェリルはわざと隙のある攻撃を繰り出す。しかし、これはフェイントだ。もし相手が下手な反撃をすれば、即座にこの一撃は実となり、カウンターで相手を沈める。下手な防御をしても、やはり実となった一撃はその防御を噛み裂いて致命的な一撃を加える。
 まさに虚実一体、新星流の中でも奥義に近い位置にある大技である。これを防ぐには相当な技量が必要となる。パワーとスピードを頼みに防げるような技ではない。しかし……
「!?」
 シェリルは咄嗟に技の発動を中止し、身を引いた。次の瞬間、彼女の首があった部分をファイゼのブレードが猛速で通過する。髪の毛が数本断ち切られ、灼熱の刃から押し寄せた熱気に焼かれて消えていく。
(引っ掛けられたのは私か!)
 シェリルは舌打ちした。この強敵がむざむざ大技を使う機会を彼女に与えるはずがない。大技に頼ろう、と考えた時点でシェリルは相手のフェイントに引っかかっていたのだ。それに気付けたのは、TS9に来てから積んだ、それまで以上に豊富な実戦経験のおかげだろう。
 一方、ファイゼも厳しい表情だった。
(やりますね……)
 今の一撃は、彼女としては十分相手を仕留め得た攻撃のはずだった。それを外されたとなると、相手は予想以上に実戦経験と駆け引きに通じていると見える。少なくとも、技前は自分と同等だ。
 しかし……それならばパワーとスピードに勝る自分が勝つ。ファイゼはその確信の下に、小細工なしの猛攻撃を開始した。
 たちまちシェリルは防戦一方に追い込まれた。赤く不吉に輝くファイゼのブレードが閃く度、スーツに傷が増えていく。受け止めている攻撃もあることはあるのだが、とても全てはかわしきれない。何しろ、ファイゼの一撃は迅いだけでなく、重い。受け止めた手が一瞬痺れ、次の防御や攻撃への余裕を、ほんのわずかな時間ではあるが奪い取る。その積み重なった時間はやがて秒という単位まで増えていく事になる。
 秒単位の隙。それは、真剣勝負の場では致命的な存在だ。今はまだ耐えていられるが、それも何時まで持つか。
(何か逆転の方法を考えなければ)
 必死の戦いを繰り広げながら、シェリルは考える。兵士や戦士は身体が資本とは言っても、それは頭を使わなくてもいい、と言う事ではない。むしろ逆で、真の強者や達人は、戦いの中で一瞬一瞬に的確な判断を積み重ねる事で勝利していくものだ。彼女は部下や頼香たちに稽古をつけるとき、何時もそれを強調している。最後まで考える事を放棄してはならない。それが戦士の条件だ。
 この時も、シェリルはほんの僅かな勝利の可能性に賭けて、一つの策を組み立て、実行しようとしていた。
「コンピュータ、リミッターカット、フルパワー!!」
 シェリルはパワードスーツの制御コンピュータに向かって怒鳴った。次の瞬間、パワードスーツは残った電力の全てをアシストモーターに送り込んだ。その力で、シェリルはファイゼのブレードを受け止めるのではなく、砕く勢いで剣を振るう。
「!!」
 ファイゼは驚きの表情を見せた。ENGブレードにひびが入り、粉みじんに粉砕される。しかし、ファイゼの身体にシェリルのは刃は届かない。数メートル後退して体勢を立て直す事を余儀なくされたものの、深刻なダメージは無かった。
 一方、シェリルのパワードスーツは限界を超えた稼動とそれまでの累積ダメージにより、ついに破局を迎えていた。パーツが次々に砕け、外れて床に散らばる。それまで彼女を助けてくれたパワーアシストと防御力を失った状態で、シェリルはファイゼと対峙した。
「そんな奥の手があったとは意外でしたね」
 根本から砕けたブレードの破片を払い捨てながらファイゼが言った。
「でも、残念な事です。例えブレードを砕いても、これは所詮消耗品」
 再び、装甲が変形してブレードが形成されていく。灼熱の輝きも破壊される前と変わらない。
「その鎧を失った今、貴女に勝ち目はありません。ですが、容赦はしません!」
 ファイゼは構えを取った。シェリルは一言も言い返す事無く、両手で剣を握り、迎撃の構えを取る。その眼光には全く揺らぎが無く、ファイゼを感嘆させた。圧倒的不利に陥っても、まだ戦う事を捨てる気は無いらしい。
(その心意気に、私も最高の技で応じましょう)
 そんな事を思いつつ、ファイゼは力を限界まで蓄え、そして一気に解き放った。
「これで終わりです!」
 振り下ろされる超高速の一撃。相手はこれを剣で受け止めるだけで精一杯だろう。しかし、今度のブレードは見た目ではそうとはわかりにくいが、強度も発熱量も1.5倍に高めてある。相手の剣は今度こそ叩き折られ、致命的な一撃がその身体に刻まれる事になる。
(もし生き残れたら、同化するのがいいでしょうね。彼女なら素晴らしいDOLLの戦士になるでしょう)
 そんな事を考える。もしかしたら、ナイトやビショップはおろか、自分がなれなかったカーディナルの地位さえ狙えるほどの力を持つDOLLとなるかもしれない。カーディナルの母たる存在になる。それも悪くない。
 その時、シェリルが動いた。そして、ファイゼはその一瞬の夢想が、永遠に夢想に終わった事を悟った。

 シェリルは何時の間にか左手にもう一つの愛剣、専用フェイザーデバイスを握っていた。全身のばねを弾けさせ、人間大の竜巻のように上半身を回転させる。まず、左手のフェイザーブレードが、ファイゼのENGブレードを横合いから殴りつける。完全にパワーを乗せる直前を狙われたブレードは強く弾かれ、攻撃の軌道が狂わされた。何もない空間をブレードが切り裂いていく。
 しかし、シェリルの回転はまだ止まらない。更に勢いをつけ、右手に握られた本命の高速振動剣が、がら空きになったファイゼの身体に吸い込まれる。
 DOLL装甲は、何の役にも立たなかった。秒間数千回という高速で振動する銀の刃は、それを豆腐のようにやすやすと切り裂き、左の脇腹から右肩へと駆け抜ける。その途中にあったDOLLコアをも真っ二つにして。
 完全な致命傷だった。
「あ、あの技は!」
 頼香が叫んだ。彼女はもちろん、他の四人の少女もそれを見た事があった。アレンジされてはいたが、それは間違いなく、かつてシェリルとの模擬戦でココが使った技だった。
「――秘剣・ココ円斬」
 シェリルが唯一認める剣友の名を冠した技の名前を呟くと同時に、力を失ったファイゼの身体は、床に叩きつけられるようにして落ちた。頼香たちが歓声を上げて走り寄って来るのを制し、シェリルはファイゼの横にしゃがみこむ。
「……あれは……鎧を脱いだの……は、伏線……だったの……ですね」
 切れ切れに問い掛けてくるファイゼに、シェリルは頷いた。
「それだけではない。貴女の武器を砕いたのも、その後何も答えなかったのも……全ては貴女に万策尽きたと思わせるための布石」
 シェリルの答えに、ファイゼは微笑んだ。
「そうでしたか……勝利を確信した時点で、私の負けだった……と言う事ですね」
――なんと甘い。やはり私はあの人には及ぶべくもありませんでしたか――
 内心で自嘲する。あの人……今は「影」と呼ばれている相手の事を思う。彼女に勝ち、その地位を我が物としたかったが、それももう果たせぬ夢。
 しかし、戦いには敗れても、任務を放棄したりはしない。ファイゼは口を開いた。
「私を倒した戦士よ……私の遺言を聞いてくださいますか?」
 シェリルは戸惑った表情になったが、すぐに真顔に戻って頷いた。
「私で良ければ聞こう。相手に伝えられる保証は無いが……」
 ファイゼは首を横に振った。
「誰かに伝える必要は……ありません……ただ、私が探しに来たものを……返して・・…欲しいのです」
「なに?」
 シェリルが首を傾げた直後、ファイゼは口の中に溜めていたものを勢い良く噴き出した。真っ赤な液体。彼女の血だ。それはまるで弾丸のように宙を駆け抜け、狙いを過たず目標に命中する。
 目の前で繰り広げられていた激闘に魅せられたように呆然と立っていた、ボリヴァルの顔に。
「うわああぁぁぁっっ!?」
 顔を覆った赤い液体に驚き、腰を抜かすボリヴァル。一方、シェリルは「しまった!?」と言う叫びと共に立ち上がり、そこで動きを止めた。
 ボリヴァルの身体に劇的な変化が訪れていた。宿主であるファイゼの死を感知して、機能を停止しかけていたDOLLナノマシンが、新たな宿主の存在を悟って、再び活性化する。血の付着した鼻や目、口の粘膜からボリヴァルの血液中に入り込んだDOLLナノマシンは、猛烈な勢いで増殖しながらその肉体を作り変えていった。
 背が縮み、対照的に髪が伸びる。服が特殊酵素で分解され、急速に風化して裸身が露わになるが、それはもう壮年男性のものではない。未成熟な少女のものだ。それもすぐに形成されたDOLL装甲によって覆われ、つややかな髪の上にバイザーが出現する。
「あ、あ、あ、ああああああっっ!?」
 ボリヴァルは悲鳴をあげた。彼……いや、既に彼女は10歳ほどの美少女へと変化を遂げていたのである。
「な、何てこった……」
 頼香が呆然と呟く。かわねこやシェリル、ばっくすもまた同様だ。ただ一人、ファイゼだけが慈母のような微笑を浮かべ、ボリヴァルに問い掛けた。
「さぁ、私に教えて。あなたが隠したものがどこにあるのかを」
 その言葉を聞いたボリヴァルの目から、滂沱と涙が流れる。彼女は床に手をつき、ただ一つの言葉を繰り返した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……みんなは返しますから……だから許して……!」
 心からの謝罪の声。それを聞いて、ファイゼは満足そうに頷くと、そのまま目を閉じた。そして、二度と開く事は無かった。


船倉

 厳重にロックされた扉が、DOLLとなったボリヴァルの手で開かれた。
「これは……!!」
 そこは、女の子らしい部屋のように改装されていた。そして、8歳から12歳くらいまでの少女たちが十数名、思い思いの姿で過ごしていた。
 ここが豪華客船の船倉だと言う事を考えれば、それだけでも十分奇異な事だったが、さらに奇異だったのは、彼女たち全員が耳の所だけ機械化されていることだった。
「装甲解除化DOLL!?」
「この娘たちみんなが!?」
 来船したダイナとミナスが驚きの声をあげる。シェリルは突然の来訪者に戸惑う元DOLLたちを見渡し、ボリヴァルのほうを見た。
「これが……”隠したもの”、か」
 ボリヴァルは頷き、また涙を流しながら床に手をついた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……わたしが悪かったんです。こんなに酷い事だなんて……考えもしませんでした……!!」
 今から半年前、BSL社の船がDOLLに襲撃され、乗っ取られた。が、船は襲撃時の損傷が元で動けなくなり、救援に来たBSLの警備船によって拿捕された。当然、船に乗っていたDOLLも捕らえられた。その時の人数は3人だったと言う。
 報告を受けたボリヴァルは最初自社の研究施設でDOLLたちの研究を行おうと考えたが、実際にDOLLを見て、考えを変えた。何故なら、全員が彼好みの美少女たちだったからだ。
「あなた、ロリコンだったんですか……」
「がお、道理で私を見る目がおかしいと思いました」
 そこまでの回想を聞いて果穂と緒耶美が感想を言うと、ボリヴァルDOLLはまた怯えた表情になり、ごめんなさいの連呼をはじめた。どうやら、彼女のDOLL人格は「内気な泣き虫っ娘」らしい。あまりのギャップに頭がくらくらするTS9一同だった。
 ともかく、捕らえたDOLLを自分のものにしようと考えたボリヴァルは、手を尽くしてDOLLの危険性を取り除こうと調査を行い、ついに軍のDOLL解除化技術に行き当たった。その研究者の一人をヘッドハントし、自社の研究施設で解除手術を行わせ、見事に成功したのである。
 その後、ボリヴァルはただDOLLたちが自社の船を襲撃するのを待つのではなく、逆に罠を仕掛けてDOLLを捕らえ、装甲解除して「コレクション」に加える事を思い立った。その結果、三ヶ月で更に十人近いDOLLを捕らえる事に成功していた。
「なるほど、その事がDOLLの本国に何かの形で伝わって、こうして報復と奪回のための部隊が送られたわけか……」
 ばっくすが言うと、シェリルは呆れたように後を引き取った。
「なんて馬鹿な事を。あなたのやった事は海賊行為と変わらんぞ。下手をすれば立派に向こうの宣戦布告の口実になる」
 実際、この船の中で繰り広げられた事件は、規模こそ小さいが完全に戦争だった。救援に来た海兵隊こそ負傷者を出しただけで済んだが、警備隊は半分が死亡し、半分は同化されてしまった。機関故障による乗客の死傷者も千人のオーダーに登っている。これが全て、ボリヴァルの馬鹿げたコレクター意識のために発生した事だと考えると、あまりにも犠牲が多すぎた。
 そのボリヴァルはDOLLになって己の罪を自覚したのか、今にも自殺しそうなくらいに自責の念に囚われている。
「まぁ、裁くのは我々の仕事ではない……とはいえ、後始末には死ぬほど手間取りそうだな」
 シェリルは彼女にしては珍しくうんざりした表情で呟いたが、これも剣を交えた好敵手の遺言だと考え直し、一行を見渡した。
「ともかく、手をつけられる所から何とかしよう。ダイナ少佐、ボリヴァル氏とこの娘たちの世話を頼む。庄治准尉は船の機能復活に協力を。それから……」
 思いつく所から指示を下していくシェリルと、了解の声と共に作業にかかるTS9一同。巨船はようやく漂流と迷走から復活しようとしていた。
 

二週間後 TS9

 ギャラクティック・レガシィの事件は、公式には未発見の微小隕石群との衝突と発表された。社長のポール・ボリヴァル氏は事故の責任をとって辞任。当面BSL社は残る取締役による集団指導体制で動く事になった。
 その間に、裏ではDOLLたちの処遇が決定された。死んだファイゼの部下とボリヴァルに「コレクション」されていたDOLLたちは回復次第解放となり、修理の完了したブルー・アマリリスで帰国の途に就くことになった。
 問題は、同化された元警備隊のDOLLたちである。これは本人たちの希望を取ることになり、一部はDOLL王国への帰属を選んで惑星連合を去り、多くは装甲解除手術を受けた上で、軍の監視下に置かれながら生活する事となった。

「……と、言う事だそうだ」
 司令室で、シェリルと頼香はかわねぎ司令から事後処理の事を知らされた。
「DOLLの指導者に対しては、レイモンド議長が親書を書いて、帰国するDOLLに託したらしい。たぶんこれで全面戦争は避けられると思う」
 シェリルと頼香は頷いた。
「「良い事ですね。あんな連中と戦うのかと思うとぞっとしますよ」」
 二人は異口同音に答え、思わず顔を見合わせて苦笑した。
「私もだよ。ともかく、今回の一件、本当にご苦労だった。事件の性質上公表は出来ないから、公式に君たちの功績が認められる事はないが、まぁそのうち何かおごるよ」
 かわねぎ司令も笑顔を浮かべ、二人と握手をした。
「それでは、話は終わりだ。戻ってよし」
 シェリルと頼香は敬礼し、司令室を後にした。廊下を歩きながら、シェリルが言う。
「それにしても、DOLLになってしまった人が百人以上か……これからの人生が大変だな」
「そうですね……とても元の生活には戻れないでしょうし」
 頼香も頷く。お互いのあずかり知らぬ事だが、二人とも性別と共に人生が一変した経験の持ち主である。元DOLLとなった元警備隊たちのことは、とても他人事とは思えなかった。
 すると、廊下の向こうから見知った顔が歩いてくるのが見えた。ダイナとミナスのDOLL専従チームコンビである。同じ年代の少女二人を連れていた。
「あ、シェリル少佐にフレイクス少尉。お疲れ様です」
 ダイナ少佐が先に挨拶してきた。
「ああ、二人ともお疲れ様。そっちの娘たちは……」
 シェリルは挨拶しようとして絶句した。隣では頼香も固まっている。ダイナたちにつれられていたのは、二人とも良く知っている人物だった。
「あ……こ、こんにちわ……」
 茶色い髪の少女が、一緒にいた金髪の少女の背中に隠れるようにして、おずおずと挨拶してくる。
「久しぶり、フレイクス少尉」
 金髪の少女が笑顔で挨拶をする。二人とも、ダイナ・ミナス同様、耳が機械化されている。
 装甲解除手術を受けたボリヴァルとクレイトン元警備隊長の二人だった。
「どうしてこんなところに?」
 シェリルが聞くと、ボリヴァルはおどおどした口調ながらもはっきりと答える。
「そ、その……軍を志願したんです……」
 シェリルと頼香は顔を見合わせた。かなり意外な選択に思えたからだ。しかし、ボリヴァルは態度はともかくとして、目には強い決意の光が宿っていた。
「わ、私……DOLLの人たちにもひどい事をして……お客さんもたくさん怪我をさせて、クレイトン隊長もこんな風になっちゃって……みんな、みんな私のせいだから……っ! 本当なら人格消去刑とかにされてもおかしくないのに……だから、ちょっとでも罪滅ぼしがしたいんですっ……!」
 事件が公表されていない以上、ボリヴァルが罪を問われることはない。もちろん秘密裏に問うことも出来るのだが、取調べに当たった検察官は「既に人格消去刑を執行されたも同然。免責が至当」という報告書を提出していた。
「そうか……それは良い心がけだと思う」
 シェリルは頷いた。一方、頼香はクレイトンに質問していた。
「隊長はどうして?」
「もともと私は軍人だからね。DOLL専従班の事を聞いて現役復帰する気になったんだ。それに……」
 クレイトンは自分の背後にいるボリヴァルを見た。
「元雇い主がこんなになったのを放っておけなくて、ね」
 保護者意識なのか母性本能なのかはわからんが、と言って豪快に笑う。クレイトンの場合は、元人格とDOLL人格の差があまり激しくないらしい。
「クレイトンは陸戦のプロですし、ボリヴァルも航宙船の操縦が出来るそうなので、うちとしては期待の新戦力ですよ」
 ダイナがにっこり笑う。すると、ミナスが窘めるように上官の肩をつついた。
「少佐、ダメですよ。ちゃんと新しい名前で呼んであげないと」
「ああ、そうか。じゃあ、自己紹介を」
 ダイナが言うと、まずクレイトンが言った。
「そんなわけで、ジェス改めジェニー・クレイトンと……」
「……ぽ、ポール改め、ポーラ・ボリヴァルです……よろしくお願いします」
 ミナスが拍手し、ダイナ、シェリル、頼香も手を叩いて二人に対する歓迎の意をあらわした。
「じゃあ、ボクたちは彼女たちの入隊手続きがありますから、これで」
 ミナスはそう言うと、ダイナと共にポーラとジェニーの二人を連れて去っていった。それを見送っていたシェリルと頼香は、四人の姿が見えなくなると、司令部に向けて歩き出した。
「少尉、今回の慰労会を兼ねて、あの二人の歓迎会でもするか?」
「あ、良いですね。司令がおごってくれると言ってましたし、予算ばっちりですもんね」
 二人はそう言って大笑いした。
 人間は不完全な生き物だ。失敗もすれば悪事も働くし、それが取り返しのつかない重大な結果を招く事もある。今回の事件は、まさにその典型だろう。
 しかし、ポーラは己の罪を認め、それを贖うために、苦難の道を選ぶ勇気を示した。だから、シェリルと頼香は彼女を赦す気になったのである。
(いつか君の贖罪が果たされるまで、頑張れよ、戦友)
 心の中で新たな仲間に手向ける言葉を呟き、二人は新たな戦場へ歩いていった。

-終-


あとがき

 と言うわけでお送りしました、「星海のデッドヒート Episode:04 超光速漂流」いかがでしたでしょうか?
 本来ならサブタイトルの元ネタ「超音速漂流」らしく、パニックとそれを収拾しようとする人々の話になるところなんですが、全面に渡ってバトルまたバトルのオンパレードになってしまいました。ちょっと反省。
 とは言え、戦闘シーンを激しく書くのは、それはそれで楽しいものです。今回は、せっかく自分のキャラとして出しながら、過去のシリーズでは脇役に徹してきたシェリルやバルトルッツィにも見所を作ってあげられましたし、こっちの方はかなり満足しています。
 それにしても、DOLLを書くのは難しいですね。ファイゼやルリアも本当はもっと可愛いキャラにしたかったんですが、どうしても緊迫感が途切れてしまうので、やむなく真面目一辺倒のキャラに……そのしわ寄せが意外な人に行ってしまったのはご愛嬌でしょうか。
 ちなみに、作中でTS9オールスターズが歌っているのはPCゲーム「処女はお姉さまに恋してる」のED曲「いとしい気持ち」の替え歌です。ほのぼのとした良い曲なので、機会があればぜひ聞いてみてください。
 それでは、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。最後に次回予告で締めさせていただきます。

次回予告
 連休を利用して、辺境の星へ観光に来た頼香、果穂、来栖の三人。そこで彼女たちはミオと言う不思議な少女と出会う。彼女に絡んでいた不審な男たちを撃退した頼香たちだったが、その瞬間から星の全てが彼女たちの敵に回る。
 見え隠れする奇妙な宗教集団。星に伝わる秘められた伝承。その秘密が明らかになるとき、宇宙の滅亡に通じる脅威が少女たちの前に姿を現す。果たして、頼香たちは宇宙を救うことが出来るのか!?
 次回、星海のデッドヒート Episode:05
「黒き邪神の巫女」
 お楽しみに。

2005年8月 さたびー




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