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 地上から見る星が瞬いているのは、大気の揺らぎがその光を散乱させるためだ。宇宙空間では、星々は何者にも邪魔されること無く、くっきりとその姿を見ることができる。
 しかし、ここにその原則に当てはまらない事象が起きていた。一点を中心として空間そのものが揺らぎ、その背景に見える星々を瞬かせる。
 やがて、異変の中心部からはきらきらと輝く光の粒が無数に生まれ、渦を巻き始める。それは見る間に増えていき、まるで小さな銀河系のような光の渦を作り出した。
 その光の中から、円錐形をした金属の塊がまるで水面から浮かび上がるように出現した。それが完全に宇宙空間に踊り出ると同時に、光の渦は急速に輝きを失い、消滅していった。まるで、最初からそこに無かったように。
 ワームホール。超空間を通して、宇宙空間内の離れた二点を瞬時に結ぶ通路だ。惑星連合の科学者から見れば興奮を誘わずにはいられない出来事だったが、それを利用した金属の円錐…遠く離れた銀河の彼方に一大勢力を誇る大国に属する宇宙船の乗員にとっては、日常茶飯事に過ぎない。
「空間座標…問題なし。予定の位置にホールアウトを確認」
 チェックを終えた乗員は全てが予定通りに進んだことを確認し、操縦桿を倒した。宇宙船はゆっくりと速度を上げ、目的地への最終行程を進み始める。その行く手に、巨大な人工構造物が姿を現すまで、そう時間はかからなかった。
「最終目的地を視認…これより接近する」
 宇宙船はまっすぐにそこへ近づいていく。しかし、一瞬の後、人工構造物の表面から一条の光がほとばしったかと思うと、宇宙船は粉微塵に撃砕されていた。




Trans Space Nine ショートストーリー

黄金週間の裏の人々


作:さたびー





 惑星連合の一大拠点、TS9。直径10キロを超えるこの巨大な宇宙基地も、宇宙空間の中では砂粒一つよりも小さな存在に過ぎない。ちょっとした異変…例えば隕石の激突などでたちまち破壊されてしまう危険は、常に存在する。
 それを防ぐため、TS9には接近する隕石やデブリ(宇宙のゴミ)を事前に探知して破壊するか、あるいは軌道を変更させて危険を回避するための排障フェイザーが、無数に装備されている。そして、その制御を一手に引き受けるのが、司令部に隣接する防空管制室だ。
 もちろん重要な部署のため、常に要員が詰めてはいるが、システムの大半は全自動化されており、人間が自ら操作することは、あまり無い。従って、当直のハリントン少尉が仕事を放り出して寝ているのも、誉められたことではないが、理解はできる。
 そこへ、交代の当直を務めるみけね・こーな少尉が入って来た。彼女はハリントンが寝ているのを見ると、手にしていたデ○リーニュースをくるくると丸め、ハリントンの顔面に激しくツッコミを入れた。
「ぐわっ!?」
 悲鳴をあげてハリントンは椅子から転げ落ちた。何が起きたのかわからないらしく、きょろきょろと辺りを見回し、それからデ○リーニュースを持っているみけね少尉に気付いた。
「な、何をするんだ!? みけね少尉!」
「何をするじゃないにゃ、ハリントン少尉。居眠りしてるのを起こしてやったんにゃ。れも副司令あたりに見つかったら減棒じゃすまないとこにゃ。うちに感謝するにゃ」
 しれっと言うみけねに、ハリントンは顔を赤くして頭を掻いた。
「そ、そうか…そりゃ悪かった。えーと、交替か?」
「そうにゃ。寝るなら部屋に帰ってからのほうがええにゃ」
 みけねは頷くと、先ほどハリントンを叩き落した椅子に座り、ログチェックを始めた。ハリントンは立ち上がると服に付いた埃を払う。
「それじゃあ、俺は先に上がるわ…」
 ハリントンが帰りの挨拶をしかけた時、みけねが異常を発見した。
「あれ、これはなんにゃ? 5分ほど前に、排障フェイザーが何かを撃っとるにゃ」
「え?」
 ハリントンも画面を覗き込むと、確かにサブフープの12番砲台が発砲していた。センサーの記録を見ると、識別信号に応答しない「何か」が防空圏内に侵入したため、自動的に排除したとある。
「目標の成分は…ほとんど金属にゃ。たぶん、デブリだと思うにゃ」
「そうだな。まぁ、良くあることだろう」
 ハリントンは頷くと今度こそ帰っていき、みけねもその事はあまり気にしなかった。事故を起こした宇宙船の残骸が防空圏内に紛れ込んでくるのは、この辺りではさして珍しいことではない。彼らの記憶の中で、この出来事は良くある日常の一こまとして記録され、忘れられて行った。

 しかし、撃たれた方にとっては、日常の一こまで片付けられてはたまらないインパクトのある出来事だった。
「ううぅ〜、痛いですぅ〜」
 デブリと誤認された宇宙船の乗員は、TS9の外壁にへばりついて泣いていた。船が撃破されたとき、間一髪で脱出に成功したのだ。外見は七〜八歳くらいの少女に見える。
「無警告で撃つなんて、酷いですぅ〜」
 よっぽど痛かった&怖かったのか、くりっとした大きな目から、涙がぽろぽろとこぼれ、宇宙空間に飛び散っていく。その光景を見たら、宇宙服が無ければ即座に死んでしまう肉体しか持たない連合の人間は唖然とするだろう。
 この、宇宙服もなしに直接宇宙空間に涙を振りまいている少女はDOLL…正式には「Mechanical and Organic Exceed Doll」と言う生体・機械ハイブリッド種族、その一員である。ありとあらゆる知的生命体を同化し、増殖していく彼女たちに対し、惑星連合は最大級の危機感を持って警告を発していた。曰く、宇宙の癌細胞。
 もっとも、DOLLたちは自然保護をその最上位の行動規範に置いているため、彼女たちの側から見れば、自然を破壊して発展してきた惑星連合の方こそ、宇宙の癌細胞だと断じるだろうが、立場の違いとはそうしたものである。
 ともかく、その一員である彼女はしばらく泣いていたが、やがて、すっくと立ち上がった。
「いつまでも泣いていられない。急いで目的を済ませなくちゃ」
 その顔にはさっきまでべそをかいていた歳相応の少女の面影は無く、戦士としての表情が浮かんでいた。彼女はしばらくTS9の表面を歩き回っていたが、やがてエアロックを見つけると、外部操作パネルにDOLL特有の触手を接触させた。
「…幼稚なプロテクト」
 どこか嘲笑するように言うと、あっさりとエアロックの鍵が解除された。DOLL少女はそれを開くと、そのままTS9の中に入り込んでいった。

 その頃、司令部には、書き上げた書類を持ったシェリルがやって来ていた。
「アメフラード騒乱の報告書を持ってきたんだが…司令はおられるか?」
 尋ねるシェリルに、れも副司令が不機嫌そうな表情で答えた。
「司令なら休暇中ですよ」
「そうか…それなら明日出直してこよう」
 シェリルが言うと、れもはますます不機嫌そうな顔になって言った。
「明日来てもダメですよ。4日先まで帰ってきませんから」
 それを聞いて、シェリルは唖然とした表情になった。
「よ、4日? なんでそんな長い休暇を?」
 その質問に、れもの不機嫌さはどうやら最高潮に達したようだったが、さすがにキレたりすることはなく、事情を説明してくれた。要するに、かわねぎ司令が良く行く近所の星、地球の日本と言う国には、この時期「ゴールデンウィーク」と呼ばれる大型連休があり、司令はそれにあわせて休暇を取って、コンピュータのネットワーク上にいる知り合いに会いに行ったのだと言う。
「そんな習慣があるのか…日本と言うのは羨ましい国だな」
 シェリルは感心したが、れもはそんな言葉も耳に入っていないらしく、ぶちぶちと文句を言っていた。
「まったく、仕事も全部片付いてないのに…ピナフォアちゃんまで連れて行って…」
 その独り言を聞きながら、シェリルは思った。
(ひょっとしたら…一緒に行けなかったのが一番不満なんじゃないだろうな…)
 もしそうだったら、なかなかかわいい所があるじゃないか、と思いつつ、次のこの言葉に、思わずシェリルはかわねぎ司令の冥福を祈ってしまった。
「帰ってきたら、激しくおしおき…」
 ともかく、れもの機嫌が悪く、あまり和やかに話をする雰囲気ではないな、と思ったシェリルは、早々に司令部をあとにした。

 TS9の治安を守っているのは、主に軍の保安部である。最近ではプロムナードに民間人主体の治安組織である通称ビリキュアこと「シビリアン・セキュア」ができたり、重犯罪相手に海兵隊が出てくることもあるが、基本的には保安部こそが治安維持の要であることに変わりは無い。
 その保安部は、TS9の各地に待機所を設けている。常に数名の保安部員が常駐している、言ってみれば、交番のような存在だ。
 その一つでエアロック開放警報が鳴ったのは、保安部員たちが暇を持て余していた昼過ぎの事だった。彼らは装備を掴むと、急いで現場に急行した。エアロック開放警報が出たということは、無許可でそれを開いた者がいると言う事である。それは緊急性の高い事態だ。
 例えば、ゴミの不法投棄などであれば、デブリが増える事で艦船の安全が脅かされるし、事故なら近くを歩いていた人が宇宙へ放り出されたかもしれない。さらに、侵入者であれば、これはもう極めて危険なテロや犯罪の前触れでもある。決して気の抜けない事件なのだ。
 保安部員たちが警報の出たエアロックに到着した時、そこは既に何事も無かったように静まりかえっていた。人の気配も特に無い。
「センサーに異常なし。外部の近くに浮遊物はありません」
 若手の保安部員Aが開閉装置に付けられたセンサーをチェックして報告する。すると、ベテランの保安部員Bがドアの開閉記録をチェックして顔色を変えた。
「待て、ドアが外から中の順で開いてるぞ。これは…」
「侵入者ですか!?」
 保安部員Aが緊張の面持ちで辺りを見回した。しかし、周囲には人影は見当たらない。
「可能性は高いな。とりあえず、二手に分かれて捜索しよう。俺は右に行くから、お前は左を頼む」
 保安部員Bは保安本部に第一報を入れると、フェイザーライフルを構え直した。
「りょ、了解です」
 保安部員Aは頷くと、緊張の面持ちで通路を歩き出した。何か変なものはないか、異常はないか、と目を皿のようにして見ながら進んでいく。
「…な、何もないよな…」
 自分に言い聞かせるように呟きながら進んでいた彼だったが、数分後、通路の行き止まりに着いたその時、彼は妙なものを見つけてしまった。
「うわっ!? な、なんだぁ!?」
 通気口から二本の触手のようなものを持った奇怪な影が身を乗り出しているのを見て、保安部員Aは反射的に引き金を引きかけた。しかし、良く観察すると、それが怪物ではない事に気が付いた。
「…脚? それも…女の子?」
 それは確かに人の脚…それも、スカートを穿いているところから見て、七〜八歳の女の子の脚と思われた。それがじたばたともがくように宙を蹴っている。良く聞くと、その脚の持ち主と思われる女の子の声が聞こえてきた。
「…すけて…たすけ…抜けない…誰か〜…」 
 どうやら、通気口にもぐりこもうとして失敗したらしい。保安部員Aはその少女に声をかけた。
「おい、君、大丈夫かい?」
 彼の声が聞こえたのか、少女の脚の動きがぴたっと止まった。
「…いじょうぶじゃ…いですぅ〜…」
 通気口に声が反響しているために明瞭に聞き取れないが、助けを求めているのは確かなようだ。
「よし、今引っ張ってやるから、少し待ってなさい」
 保安部員Aはライフルを背中に回すと、少女の後ろに立とうとして、はたと困った。
(ん? この角度だと、スカートの中身が見えてしまわないか? それはこの子に悪いような)
 悩む保安部員Aだったが、彼の行動を促すように少女の声が再び聞こえてきた。
「早く…っぱってくださいぃ〜…」
「あ、ご、ごめん」
 このまま通気口にはまりっぱなしにしておく方が、よほどかわいそうだ。保安部員Aは意を決して彼女の後ろに立つと、顔だけは明後日の方向に向けて、少女のブーツを掴んだ。何か硬い感触が手のひらに伝わってくる。
(…なんだ? このブーツ、金属製なのか?)
 変なファッションだなぁ、と思いつつも、保安部員Aは少女のブーツを握る手に力を込めた。
「よし、じゃあ、引っ張るよ」
「はいぃ〜」
 了解の声が聞こえてきたところで、保安部員Aは脚に力を入れてふんばると、思い切り引っ張った。最初はびくともしなかったが、体重をかけると、ずる…と少女の体が微かに動いた。
「い、いたいですぅ〜」
「あ、ご、ごめん。でも、もう少しだから、我慢してね」
 少女の抗議に謝罪の言葉を返しつつ、保安部員Aはさらに力を入れた。すると、一気に少女の体が動き出し、勢い良く通気口から引き抜かれた。
「きゃっ!?」
「わわっ!?」
 その勢いで保安部員Aはたたらを踏んで後ろに倒れ、ちょうど少女を抱きかかえるような形で壁に背中から激突した。
「ぐはっ!」
 かなりの痛みが背中から脳天に突き抜け、保安部員Aはへたり込むようにして倒れた。しかし、少女の身体は無事だった。
「君、大丈夫かい?」
 痛みに耐えつつも保安部員Aが聞くと、少女は彼の腕の中から立ち上がり、頭を下げた。
「あ、はい。ありがとうございますぅ〜」
 その姿を見て、保安部員Aは驚いた。少女は粒揃いの美女、美少女の多いTS9の中でも、相当に高レベルと分類して良い美少女だったのである。青みがかった黒の、さらさらのロングヘア。同じ色の瞳に、ルージュではない自然な赤色の唇。「その手の趣味」がない保安部員Aであったが、思わず心臓が高鳴るのを感じた。
(か、かわいい子だなぁ…でも、服の趣味は変だな)
 少女の愛らしさには感心した保安部員Aであったが、その服装はいただけなかった。さっき握ったブーツが黒のごつい金属製なのも変だが、服のほうも同じ色と素材で、まるで甲冑のようである。せっかくのさらさらの髪の毛を抑えるように、赤い透明素材の兜をかぶっているのも、あまり似合っていない。
「あ〜、おほん。まぁ、今は無事だったからいいけど、通気口にもぐりこんだりしちゃいけないよ。危ないからね」
 子供相手にときめいてしまった恥ずかしさをごまかすために保安部員Aが注意すると、少女は済まなさそうな表情になった。
「ごめんなさい…でも、人を捜していたので、どうしても入りたかったんですぅ〜」
(人捜しって…こんなとこに入る人いるのか? ピナフォアちゃんじゃあるまいし)
 保安部員Aはそう内心突っ込みを入れたが、そこで現在の任務を思い出し、少女に訊ねた。
「ところで、この辺で怪しい人やものを見かけなかったかな?」
「怪しいもの? ううん、見てないですよ〜」
 少女は首を横に振った。
「そっか…とりあえず戻ろう…そうだ、君も人捜しなら、保安本部に来ると良いよ」
 保安部員Aが言うと、少女はこくりと頷いて彼の後をついて歩き出した。最初にやってきたエアロックのところまで戻ってきた時、反対側から保安部員Bが歩いてくるのが見えた。
「あ、先輩。そっちはどうでした?」
「何も無しだ。どこへ逃げたのかな…」
 そう答えた保安部員Bの顔色が、見る間に変わった。次の瞬間、保安部員Bはライフルを構え直すと叫んだ。
「馬鹿野郎、伏せろっ!」
「え?」
 戸惑いながらも反射的に伏せた保安部員Aの頭上を、保安部員の放ったフェイザーの光が駆け抜け、少女を直撃した。ショックで跳ね飛ぶ彼女に向かって、更に数発の光線が撃ちこまれる。少女はたまらず床に倒れた。
「せ、先輩! なんて事を!?」
 保安部員Bの暴挙に驚き怒る保安部員A。しかし、保安部員Bは油断なくライフルを抱えたまま、じりじりと近づきつつ怒鳴った。
「馬鹿、そいつはDOLLだっ! 訓練で習わなかったのか!?」
「えっ!?」
 保安部員Aは慌てて少女を見た。同時に、訓練で習ったDOLLの特徴を思い出す。美少女の姿をしており、身体には装甲を纏っている。頭部にはバイザーと呼ばれる、各種情報を表示するモニターを兼ねた兜が…
「うわ、本当だ!?」
 保安部員Aは愕然とした。しかし、彼が習ったDOLLのイメージ…宇宙の癌細胞と、のんびりしたしゃべり方の彼女はあまりにもそぐわなかった。だから、気が付かなかったのだ。
 それでもまだ信じられない気持ちで、倒れているDOLL少女に近寄った保安部員Aの目の前で、更に信じられない出来事が起こった。フェイザーを何発も被弾したはずのDOLL少女が、すっくと立ち上がったのだ。
「おい、君…」
 声をかけた保安部員Aは、次の瞬間強烈な打撃を受けて吹き飛ばされていた。壁に叩き付けられた彼は、薄れる意識の向こうに、無機質な表情を浮かべたDOLL少女を見ていた。自分が彼女のパンチ一発でノックアウトされたのだと悟りながら、彼はDOLLについての知識の続きを思い起こしていた。
 腕力、持久力など身体能力は人の数倍はあり、フェイザーを無効化するなど、強力な戦士としての力を持つ事。少女らしい人格とは別に、戦闘モードとでも言うべき冷酷な戦士としての人格を持つ事。そして、彼女たちは戦った相手を自分たちの持つナノマシンを感染させることで「同化」してしまう事を。
(お、俺も同化されてしまうのか…?)
 必死に救援を呼ぶ先輩の保安部員Bもまた、彼女に一撃で倒されるのを見ながら、彼の意識は絶望の淵に沈んでいった。
 
 保安本部から司令部に緊急連絡が入ったのは、保安部員A、Bだけでなく、救援に向かった一個分隊も壊滅したとの報告を受けてすぐの事だった。
「DOLLの固体が侵入しているですって!? しかも、一個分隊が全滅!?」
 相手構わず司令への愚痴をこぼしていたれも副司令だったが、この報告に事態の深刻さを悟って、意識を緊急時のそれに切り替えた。普段ピナフォアや彼女にくっついているノリコ、更には時々やってきて笑いの種を提供しまくってくれるアメリアといった娘たちを見慣れていると忘れがちになってしまうが、DOLLは本来恐るべき脅威だ。しかも、一個分隊が既にやられたと言う事は…
「直ちにDOLLが確認されたブロックから、全ての人員を退避。ブロックを私の権限で完全封鎖してください…え? まだ負傷者の救助が完全に終わっていない? 彼らは同化されたのではないのですか?」
 同化によって誕生した大量のDOLLが基地内に拡散してしまう前に手を打とうとしたれもだったが、意外な事を聞かされて戸惑った。発見されたDOLLは交戦した保安部員全員を無力化したものの、DOLL化したり殺害したりはしなかったというのだ。4名の重傷者と、それに倍する負傷者は出たものの、それだけだと言う。
「わかりました。収容作業を急いでください。その後、保安部は総力をあげてブロックの包囲をお願いします」
 保安本部への指示を出した後、れもは通話先を切り替えて強襲艦U.S.S.ワールウィンドを呼び出した。
「こちら司令部、れも少佐。シェリル少佐をお願いします」

 司令部からの連絡を受けたシェリルは、直ちに海兵隊を現場に急行させ、自分は司令部へ転送でやってきた。
「れも少佐、現状は?」
 開口一番訊ねるシェリルに、れも副司令は苦渋の表情で答えた。
「あまり良くありませんね。一応最初にDOLLが発見されたブロックは閉鎖しましたが、そこではDOLLの姿は発見されていません。保安部員たちの救援活動をしている間に、他のブロックに行ってしまったかも…」
 さらに現在は周囲のブロックから人員を退避させて、順次閉鎖する方式を取っているが、これには時間がかかる。その間、DOLLは自由に動き回り、他のブロックへ行ってしまうかもしれない。
「そうか…とりあえず、私の部下たちを分隊単位で周囲のブロックに配備させる。全員、パワードスーツを装備しているから、DOLLが出て来ても十分対抗可能なはずだ」
 シェリルは言った。もともと、彼女とその下の海兵隊は、DOLLにも対抗可能なように訓練・編成されて派遣されてきた部隊である。戦闘能力は非常に高い。DOLLが常人に数倍する能力を持っているとはいえ、分隊規模の海兵隊に勝つ事はできないはずだ。
「お願いします。いずれにせよ、相手が出てくるのを待つしかないですね」
 れもは頷き、現在DOLLが潜伏していると思われるブロックを拡大表示させたモニターを見つめた。
 しかし、それから三日経っても、DOLL発見の報告はなかった。れも副司令もシェリルも、その表情に焦りの色を浮かべていた。司令部のオペレーターたちにも疲労の色が濃い。
「ここまで見つからないとなると…」
「正直言って、どこに潜んでいるかわかりませんね」
 結局、最初のブロックと周囲の5つのブロックから人員を避難させるのには、2時間近くかかってしまった。しかし、DOLLの方はそれだけの時間があれば、そのブロック群を抜けられただろう。仮に相手がピナフォアの作ったTS9の構造データを受け取っていれば、もっと短い時間で抜けていった可能性すら考えられる。三日経った今では、どこに潜んでいるのか不明と言うしかない。現在はほとんどのブロックに外出禁止令を出し、プロムナードなど、どうしても機能を止められない地区を中心に警戒している。
「かと言って、この巨大な基地内をくまなく探し回るのは不可能に近いな。ピナフォアがいれば、説得を頼むなりなんなり、手は考えられるんだが…」
「今彼女は司令たちと一緒に地球ですからね」
 全く悪いタイミングで連休を取ってくれたものである。シェリルはちょっとだけれもの気持ちが理解できた。
「ともかく、一般人に被害者が出ることは避けなくちゃならん。何か手はないか? れも少佐」
「そうですね…」
 シェリルの言葉に考え込むれも。しばらく考えて、彼女は名案を思いついたらしく、ぽんと手を打った。
「一つ手があります。罠を仕掛けましょう」
「罠?」
 怪訝そうなシェリルに、れもは事件が始まってから初めてにっこりと微笑んだ。
「はい、この基地にはDOLLなら見逃すはずがない魅力的なものがあるのを忘れていました」
 そう答え、れもは電話を取ると、食堂への直通番号を押し始めた。

 数十分後、れもとシェリル、それに海兵隊長の直率する一個分隊の海兵隊は食堂に来ていた。既に食堂には退避命令が出され、客は一人もいない。そんながらんとした食堂で彼らを出迎えたのは、食堂のおばちゃんだった。
「副司令さん、注文通りの品は用意しておいたよ」
 そう言うと、彼女は押してきたワゴンの上に載せられたドーム状のフードを除けた。とたんに、炒めたトマトケチャップの良い香りがふんわりと広がる。
「流石ですね。注文通りです」
 れもは微笑んで礼を言った。ワゴンの上に載せられていたのは、DOLLの大好物…お子様ランチだった。しかも、ケチャップを多めに使って香ばしさを強調した特製の一品だ。広い食堂一杯に広がる香りに満足したれもは、コミュニケーターのスイッチを入れた。
「こちら食堂。空調管理室、手筈どおりにお願いします」
『こちら空調管理室、ミヤア中尉。了解しました』
 空調オペレーターのチック・ミヤア中尉の返事が聞こえてきた。普段はぞんざいな口の聞き方をする彼女も、相手が副司令ということで、丁寧な言葉遣いである。同時に、食堂の通気口のブラインドが全開状態になり、奥でファンが高速で回る音が聞こえてきた。すると、普段は風を送り出している通気口が逆に空気を吸い込み始めた。
「これで、しばらく放っておけば、通気口内にお子様ランチの香りが充満するはずです」
 れもの言葉に、シェリルは感心したように頷いた。
「なるほど、これは好きな者にはたまらないだろうな」
 普段のピナフォアたちの様子から見て、DOLLをおびき寄せるにはこれ以上完璧な囮は考えられないだろう。続いてシェリルは海兵隊長の方を振り返った。
「あとは、相手が警戒しないように、配置を考えよう…海兵隊長、お子様ランチはここに置くから、あの冷蔵庫の陰とか、目立たないところに兵員を配置してくれ」
「了解です、艦長!」
 海兵隊長は敬礼すると、連れてきた部下たちに指示を出した。パワードスーツの関節部をガチャガチャと言わせながら、海兵隊員たちが食堂のあちこちに散っていく。それを見送り、れもとシェリルはお子様ランチを載せたテーブルの近くに座った。彼女たちもまた、食堂の様子を普通に見せるための囮なのだ。
「DOLLにはフェイザーが効かないそうだが…れも君は何か有効な武器を持ってきたか?」
 シェリルの質問に、れもは上着の前を開けて見せた。肩から吊る形式のホルスターには、フェイザーブラスターではなく、火薬式の銃が入っていた。
「これなら、DOLLのバリアでも抜けるはずです。先輩は?」
 れもが質問し返すと、シェリルは腰に下げていたものを手にとって見せた。刃渡り1メートル近い剣だった。
「高速振動剣ですか…これはまた珍しい武器を持って来ましたね」
 れもは感心した。フェイザーブレードが普及した今ではあまり使われないが、刃を一秒間に数万回も振動させる事でダイヤモンドでもチーズのように斬ってしまうこの武器は、なかなか強力な白兵戦用の武器である。
「オーラブレードのほうが威力はあるんだろうが、私が使うとデザイン的に似合わなくてな」
「それは確かに…」
 れもは頷いた。TS9にあるオーラブレードは主任開発者の果穂の趣味丸出しで作られているため、魔法少女風ステッキ型の物が大半だ。三人娘やかわねこ少尉くらいの女の子が使うには良いかもしれないが、シェリルやれもが使うのはちょっとイタい。
「まぁ、相手が来るまで何か頼むか…今日も朝から対策に追われて何も食べてないからな」
「そうですね」
 自分たちがかわいい物は似合わない年齢であることにため息をつきつつ、二人はそれぞれに食事を注文した。れもは野菜サンドイッチ、シェリルはもちろんカレーだ。
「さて、お子様ランチの匂いはどこまで届いたかな?」
「空調を動かしてから20分くらい経っていますから、そろそろ3つ先のブロックくらいまでは届いたんじゃないでしょうか?」
 そんな会話をしながら食事をとっていたその時、通気口の一つからガタガタという音が聞こえてきた。二人は食事を放り出し、緊張の面持ちでそちらを見た。シェリルは高速振動剣の柄に手をかけ、鯉口三寸きった状態で構える。
「れも君、まずは君の交渉能力に期待だ…頼む」
「はい」
 れもが頷くと、それを合図にしたかのように、通気口のブラインドが外され、どさっと人影が落ちてきた。黒い装甲に身を包んだ七〜八歳の少女…間違いなくDOLLだ。
「待て!」
 動きかけた海兵隊員たちをシェリルが制する中、DOLL少女はテーブルの上で美味しそうな香りを発し続けるお子様ランチに近づいて行った。その前に、そっとれもが立ちはだかる。
「?」
 道を塞がれて不機嫌そうにれもを見上げるDOLL少女。れもは緊張を押し隠しつつ、笑顔を浮かべて少女に訊ねた。
「食べたい?」
 こくこくと少女は頷いた。口の端からよだれが出ているのはご愛嬌だ。
「食べてもいいけど、その代わり幾つか質問に答えてくれる?」
「うん、何でも答えるよぉ〜」
 少女がはじめて口を開いた。容姿に違わぬ愛らしい声としゃべり方だ。彼女が完全武装の保安部員一個分隊を苦もなく叩きのめしたとは信じがたい気持ちだが、事実である。油断は出来ない。れもは慎重にまず最初の質問を発した。
「ここへは何をしにきたの?」
「えっとね、良い匂いがしたから、見に来たのぉ〜」
「あ、そ、そうじゃなくて…どうしてこの基地へきたのか、って言う事なんだけど」
 れもが彼女の思い違いを訂正すると、DOLL少女はポンと手を打って答えた。
「あ、そう言う事でしたかぁ。わたし、お姉ちゃんを探してるんですぅ〜」
「…お姉ちゃん? それって…」
 れもは鸚鵡返しに訊ねた。なんだか凄く嫌な予感がする。
「ピナフォアお姉ちゃんですぅ〜」
 DOLL少女はあっさり答えた。あぁやっぱり、とれもは頭を抱えたくなった。
「あのね、ピナフォアちゃんは今出かけてていないの」
 れもが言うと、DOLL少女は困った表情を浮かべた。
「え? ほ、本当に?」
「本当に」
 れもが念を押すと、DOLL少女は泣きそうな顔になった。
「そんなぁ、せっかくの連休だから、お姉ちゃんに会いに来たのにぃ〜!」
 じたばたと駄々っ子のように足踏みするDOLL少女。連休と言う単語に、れもとシェリルは顔を見合わせた。
「連休って…あなたたちにもそういう習慣があるの?」
 れもが聞くと、DOLL少女は地団駄を踏み続けながら答えた。
「そうですよぉ〜! 特に今年は11連休にも出来るし、お姉ちゃんとたくさん遊べると思ったのに〜!!」
「…そ、それは残念だったわね。とりあえず、続きは食べながら聞くわ」
 どうやら極端に危険なDOLL少女ではないと見なし、れもはお子様ランチを解禁した。そのとたんに、DOLL少女は上機嫌になり、椅子にちょこんと座ると、お子様ランチをぱくつき始めた。それを見ながら、れもはほっとため息をつき、シェリルは剣を鞘にしっかり収め、海兵隊長は攻撃態勢を解除した。
 それからみんなで食事をとりながら聞いたところでは、DOLL少女の名前はリュースと言う事がわかった。以前ピナフォアと一緒に行動していた事があって、彼女を慕っていたリュースは、DOLLたちの暦で大型連休になった今の時期を利用して、ピナフォアに会いに来たらしい。保安部員たちを倒したのはあくまでも護身のためで、同化しなかったのは、今が連休中なのでそうする義務がないからだ。
「DOLLたちも地球と同じく今が大型連休の最中なんて、面白い偶然もあるもんだ」
 カレーを食べ終わったシェリルがスプーンを弄びながら言う。
「そうですね。羨ましい限りです」
 れもが答え、そこで二人…そして海兵隊長までが大きなため息をつく。大型連休を楽しむ人たちがいる一方で、思わぬ突発事態に振り回されて半日以上も緊張を強いられた自分たちの現状が悲しくなったのだった。
 一方、リュースの方はお気楽極楽なものだった。お子様ランチを平らげ、食堂のおばちゃんに賛辞を送っている。
「ねぇねぇ、これすっごく美味しかったよぉ〜! お代わりはないのぉ?」
「あら、あんたくらいの食べっぷりを見せてくれるとあたしも嬉しいよ。今すぐ用意するからちょっと待ってな」
 おばちゃんが笑顔で答え、フライパンにご飯と鶏肉を放り込み、炒めはじめる。こうして、三日に渡ってTS9を震撼させた(?)DOLL侵入事件は終結の時を迎えたのだった。

 翌日、TS9に地球から帰ってきたかわねぎ司令らを乗せたU.S.Sさんこうが入港して来た。司令部へ転送で戻ってきたかわねぎ司令は、留守役のれも副司令とシェリルにお土産を手渡した。
「いやぁ、楽しい休日だったよ。はい、これお土産。れも君には『博多の女』、シェリル少佐には辛子明太子だよ」
 そういう自分はやはり福岡名物の「二○加せんべい」について来る変なお面を被ったりして、非常にご機嫌な様子だったが、れもとシェリルが笑わないのを見て、怪訝そうな表情になった。
「…何かあったのかい?」
「「いえ、何も…ありがとうございます」」
 二人は礼を言って土産を受け取った。しかし、顔はやはり笑っていない。良く見ると、司令部の他のメンバーたちも一様に疲れた表情で、司令を見ていた。
(な、なんだ…? 私何かしたか?)
 何故か非難されているような気がして、ちょっとたじろぐかわねぎ司令。もちろん、司令部の要員たちもわかってはいるのだ。司令は別に悪くないのだと言う事は。それでも、やっぱりちょっと恨めしい気分は隠せない。
(連合にも大型連休があればいいのになぁ…)
 三日貫徹の疲労感に苛まれつつ、同じことを考えるTS9司令部一同(司令除く)だった。

―終―



 おまけ
「ピナフォアお姉ちゃ〜ん、遊びに来ましたよぉ〜」
「あら、リュースじゃない。良く来たわね」
「はいっ、連休を使って遊びにきましたぁ」
「そうなんだ。でも、もう連休は終わったよ」
「…あ゛、そういえば」
「早く帰らないと叱られるんじゃないかな?」
「で、でも、宇宙船は壊されちゃったし、どうやって帰るんでしょうかぁ?」
「そうねぇ、ノリコが前乗ってきた宇宙船が修理されてたはずだから、あれを使うといいよ」
「あ、船があるんですか? 良かったですぅ〜」
「それじゃあ、しばらく遊んで行こうよ。上には私から言っておくから♪」
「は〜い♪」

「…と言うことで、通気口の中でピナフォアちゃんたちが騒いでてうるさいと言う苦情がきているのですが…」
「あの娘たちはまた仕事を増やして…先輩、構わないから引きずり出してきてください(怒)」
「了解」


―ホントに終わり―



あとがき

TS9の444444ヒット目を踏んでしまったので、地雷の「連休」という題材で書いてみました。
連休でどこかに行くとか言う話はありきたりなので、連休で楽しむ人たちがいる反面、その裏で一生懸命働いている人たちにスポットを当ててみましたが、ちょっと失敗だったかも…



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