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 通路に溢れるのは恐怖とも歓喜とも判断できない大勢の絶叫であった。彼らは、まるで身体の中に溜まっていく狂気を吐き出すように必死に声を上げていた。それは自分自身の狂気に食われてしまう恐怖からかどうかはわからない。ただ、叫び声が上がるたびに血煙が舞い、ライトグリーンだった床を鮮やかな赤が染めていく。それだけが確かなことだった。
 惑星連合所属強襲艦、USSワイルドシープが、トマーク=タス同盟所属第八艦隊分艦隊旗艦、巡洋艦ロシギガディンに接舷することに成功してから一時間が経とうとしていた。
 最初は奇襲に成功したワイルドシープの斬り込み隊が優勢に展開したが、体勢を立て直したロシギガディンの迎撃部隊が彼らの侵攻を押しとどめ、膠着状態に突入していた。
 ワイルドシープが部隊の一部を割いて迂回作戦に出たが、偶然同じことを考えたロシギガディンの部隊と偶発的に遭遇し、そのまま乱戦となったのであった。
 迂回部隊を率いていたワイルドシープの艦長、サイラス・アルカディウス・ターヴィは、その乱戦から脱出し突破に成功した。が、彼の率いた部下たちはいまだ乱戦の中で、一人も彼についてくることはできなかった。
 連合屈指の白兵戦技術を持つ彼であっても、たった一人で敵陣を切り裂くことは不可能であった。もう一度、乱戦の通路に戻り、部下たちを撤退させるしかないと、もと来た通路を引き返すことにした。
 その前に全身に返り血を浴び、自分自身もあちらこちらに傷を負った兵士が現れた。
「サイラス様」
「バスティアンか。他のものはどうした?」
 彼は自分の従者の姿を認めて、少しだけ表情を和らげた。
「まだ、あの通路で、敵と戦闘中です」
 その報告に「致し方ない」と黙って頷いた。
 名指揮官であるはずのターヴィ艦長でさえ、自分のことだけで精一杯であったのだ。それほどまでに、あの乱戦を抜け出ることは難しい。技術的に難しいのではなく、血と狂気にあてられ、冷静な判断を失ってしまっているからである。乱戦を続けているものたちは敵も味方もその場を離れるという思考が浮かばなくなってしまっていた。
「……仕方ない。この先の通路を確保して、引き返すぞ。迂回作戦は失敗だ。一度本隊と合流して、別の手を考えよう」
 彼が率いてきた部隊は決して弱くない。むしろ、連合でも精鋭の歴戦の勇者たちだ。その勇者たちであっても冷静さを失うほど、この艦の迎撃部隊は強い。
(さすがは、第八半分艦隊の旗艦ということか)
 斬り込めばこちらのものと考えていたサイラスは自分の甘さを笑った。
「サイラス様……」
 その様子を見て、主人をよく知る従卒の彼は顔を曇らせた。
「ふっ。心配するな、バスティアン。戦いに負けたわけではない。むしろ、自分の傲慢さを認識できたのだから、喜ばしいことだ。それに気が付かせてもらった彼らには存分と礼をせねばならない。そうだろ、バスティアン?」
 不安そうな自分の従卒を安心させるために彼はらしくもなく、大仰しい台詞と動作をして見せ、にやりと笑った。
「そうでした、サイラス様。では、早く仕事を済まして戻りましょう。みんなが待っています」
 自分の主人のその姿に彼は敬意と親しみを感じ、同じようににやりと笑い返した。
 しかし、その瞬間、突然、彼らのいる通路の壁がかすかな音を立てて開いた。
「サイラス様!」
 バスティアンは咄嗟に開いた壁とサイラスの間に割り込んで、彼の盾になった。
 銃撃がなかったが、代わりにサイラスと同じぐらいの壮年の狐耳士官と二十を少し過ぎたぐらいに見える高級将校の狐耳女性が立っていた。
「歌恩様! 下がってください!」
 狐耳士官が女性を後ろに庇おうとしたが、それよりもサイラスの動きが速かった。盾になろうとしたバスティアンと狐耳士官を迂回し、手に持ったフェザーブレードで彼女を袈裟斬りにしようとしていた。彼女の方は斬られかけているのに、状況が飲み込めないのか、無防備につっ立っているだけであった。
(獲った!)
 しかし、そのサイラスの確信を打ち破るように、彼の手に伝わった手ごたえは痺れるような衝撃であった。
「歌恩様! ちょっとは避けるとかしてください!」
 狐耳士官が顔をしかめて、今度こそ、彼女を安全な後ろに下がらせた。彼女が剣の餌食になる寸前で、彼は抜き打ってサイラスの剣をはじき返したのである。
「だって、狐都理(ことり)が何とかしてくれるのに、避けるなんて面倒でしょ」
 女性将校は平然と答えた。彼に対して絶大の信頼をおいているにしても、恐ろしい度胸である。
「カノン? ……賢成鳥居院 歌恩(けんじょうとりいのいん・かのん)提督か!」
 サイラスは唸るように声を発した。その声には歓喜の粒子が過分に含まれていた。
「ぴんぽーん♪ 正解です。で、人に名を尋ね、自分は名乗らないのが連合の礼儀かしら?」
 彼女は連合標準語を通訳機もなしに流暢に操り、質問し返した。
「惑星連合強襲艦USSワイルドシープ艦長、サイラス・アルカディウス・ターヴィ。閣下にお目通りが叶い、恐悦至極。わたくしめの贈り物、紅いブーケをお受け取りください。きっと気に入られますよ」
 サイラスは古式ゆかしい騎士のような礼をして、光刃をきらめかせた。
「申し訳ありません、騎士殿。血のブーケは自前以外のにするように決めていますの。折角ですが、受け取るわけにはいきませぬの」
 歌恩はそれに対して、舞踏会で踊りをお断りする姫君のように答えて返した。
「ならば、その決まり破ってもらいます」
 サイラスが再び彼女に斬りかかったが、それも阻まれた。
「悪いが、この人はまだ、決裁していない書類とか仕事が山積みでね。ここで死んでもらうのは非常に困るんです」
 冗談のような台詞を大真面目な表情で狐耳士官が口にして、歌恩を自分の背後に隠した。
「うーん、死ぬも地獄、生きるも地獄ね」
 彼女ののんきな台詞の間もサイラスと狐耳士官の間で苛烈な攻防が繰り広げられたいた。
「そなたの名も聞いておいた方がよさそうだな」
 一旦仕切り直すために間合いを外したサイラスが焦りと喜びの混じった表情を浮かべた。
「トマーク=タス同盟第八艦隊分艦隊旗艦、巡洋艦ロシギガディン副長、黎明館 狐都理(れいめいかん・ことり)だ。お見知りおきを、『新星流剣術』サイラス殿」
 狐耳士官は少したどたどしいが充分に通用する連合標準語で答えて、にやりと笑った。
「憶えておこう」
 サイラスは再び狐都理に斬りかかった。サイラスの烈火の如くの攻めを流水のように流す狐都理。そして、奔流のような流れる攻めを見せる狐都理に、激しい爆発するようなサイラスの防御がその流れを断ち切る。お互いに一進一退の攻防を続けていた。一撃一撃が必殺の技であるにも関わらず、まるで二人で打合せをしていた舞を見ているような錯覚を起させるほどであった。
 しばらく見入っていたバスティアンだが、ふいに我に返って、サイラスが狐都理を相手している間に歌恩を始末しようと動こうとしたが、すぐにそれが無駄であることを悟った。
 通路を狭しと剣を振るう達人二人の隙を突いて歌恩のいる方へとはとても行けない。銃で狙うにしても、歌恩は闘っている二人をうまく盾として、彼に銃を使わせないようにしていた。
 サイラスと狐都理の戦闘は一向に決着する気配がなかった。お互いに皮一枚以上に刃を相手の身体に食い込ませることができず、膠着状態に陥っているといってもよかった。
「艦橋。――歌恩よ。D−84通路に手練の侵入者がいるわ。一個小隊を回しなさい」
 歌恩は胸元につけた通信機に何の感情も込めずに要件だけを告げて通信を切った。
「くっ!」
 サイラスはさすがにこの強敵を相手にしながら一個小隊と渡り合う自信はなく、顔をしかめた。
「歌恩様」
 当然といえる判断。というか、今までそうしなかったのが不思議なぐらいのことなのだが、狐都理はその抗議を彼女の名前を呼ぶことだけでした。
 二人の怨嗟の視線を受け止めて、歌恩はサイラスに向かって静かに口を開いた。
「サイラス・アルカディウス・ターヴィ艦長。ここが撤退限界点よ。ワイルドシープが接舷時に感染させたコンピュータウィルスはそろそろ効力を失う。そうなれば、ロシギガディンは自由に動けるようになって、あなたたちの生還の望みはなくなる。例え、私を殺してもね。それに、私が回れ右すれば、それすらあなたたちには難しいことになる」
 これだけ時間が経っても味方はおろか、敵すら一人もやってこないのは、まだ乱戦が続いているか、双方全滅したからである。二人だけで、狐都理を倒して歌恩の後を追い、殺害するのは不可能に近い。
「ここで殺せなくとも、艦を自爆させれば、ただでは済むまい」
 ワイルドシープの光子魚雷を自爆モードで発動すれば、巡洋艦とて大破は免れない。そうなれば、歌恩も無事ではすまない。
「はったりはおよしなさい。私には通じませんよ」
 迷いもなく、彼女は即座に彼の言葉を否定した。
「――エンパス能力か」
 サイラスは苦々しくリサールナルの人間が多く持つ、人間の感情を読み取る特殊能力を口にした。
「そんな能力を使わなくても誰でもわかることよ。あなたの眼は死ぬことに酔ってはいない」
 歌恩はやや表情を曇らせたが、それも一瞬のことで、きっぱりと言い切った。
「……バスティアン。退却だ」
「サイラス様……」
 彼の従卒は意思を確認するかのように主人の名前を呼んだ。目の前にいる獲物は取り逃がすにはあまりに大きい。
「提督の首は改めてもらい受けに来る。もちろん、黎明館殿のも含めてな」
 サイラスは自分自身に言い聞かせた。そうしなければ、目の前にいる獲物の誘惑に負けそうになる
「私には生まれたばかりの娘がいるんでね。せめて、その娘を掻っ攫う男を半殺しにするまでは生きているつもりなんですよ」
 狐都理がそれに冗談で応えた。
「私も息子が生まれたばかりだ。息子に私の技をすべて伝えるまで死ぬつもりはない」
 サイラスも父親としての共通の想いに笑顔を浮かべた。
「できれば、あなたとは誰にも邪魔されないところで心ゆくまでやりたいものですね」
「だが、そんな場所はないだろう」
 サイラスはそう言おうとしたが、歌恩がそれを遮るように口を開いた。
「平和になればできるわよ」
 彼女のその言葉にサイラスは苦笑した。
(そうだ。平和になればできるのだった。それすら忘れているとはな)
「じゃあ、早く平和になるために歌恩様も頑張ってもらわないとね。貯まった書類とか」
「私は充分がんばっているわよ。これ以上働かせるなんて戦死する前に過労死してしまうわよ」
 狐都理が冗談めかすようでいながら本気の要求に歌恩は頬を膨らませた。こういった仕草が情報部の資料では三十路をとうに過ぎているはずなのに見た目が二十代前半に見える秘訣かもしれないとサイラスはふと感じた。
「ふふふ。では、私も一時も早い平和の実現に向けてがんばるとしよう。その日まで壮健で」
 サイラスは古来の騎士が武運を願う礼をして、自分たちが突破してきた通路を引き返した。
 USSワイルドシープはその後、彼らの支援に駆けつけた連合の艦艇の援護を得て、見事に強襲艦で最も難しい撤退を最小限の被害で成し遂げたのであった。

 サイラスは彼らしい質素で落ち着いた自宅の寝室で目を覚ました。窓の外に目を移すと、薄いカーテン越しに東の空がほんのりと明るくなっていくのが見えた。彼がいつも目を覚ますよりも少し早い。
 もう一度寝るには時間が中途半端なので、彼は隣で寝ている妻を起さぬようにそっと、ベッドから立ち上がった。夜襲の訓練や暗殺技術の訓練で鍛えている彼は、ほとんど音を立てることなく、それを実行した。
「もう、起きられるんですか?」
 しかし、対象は彼よりも上手であったようで、ベッドから体を起こして、サイドテーブルに置いてあった薄手のカーデガンに袖を通しかけていた。
「ああ、目が覚めてしまってな。お前はまだ、ゆっくり寝ていればよい」
 自分の鍛えた技術も長年連れ添った細君には通用しないことに苦笑を浮かべながら、優しい声で答えた。
「私も目が覚めてしまいましたよ。でも、どうされたんです? ひどく機嫌がよろしいみたい」
「あ? ああ、そうだな……久しぶりに懐かしい友人の夢を見たからな」
 サイラスは遠い過去を見つめながら穏やかな声で細君に話した。
「まあ。妬けちゃいますわ」
 サイラスよりも若いとはいえ、世間一般では年配の部類に入る彼女は少女のように愛らしさを感じる仕草をして、拗ねて見せた。
「お、おい。友人は男だぞ。誤解するな」
 その仕草に普段は巌のような彼も慌てて否定した。
「じゃあ、なおさら妬けちゃいますわ。男の人なのにあなたの夢にまで出てくるなんて」
「お。おい……」
 言い訳も許してくれない彼女に彼は万策尽きて困り果てた。剣林弾雨の戦場を潜り抜けた勇者も家庭の勇者には敵わなかった。
「ふふふ、冗談ですわ。さて、朝食の準備をしてきます。夢ではあなたの機嫌を取れないけども、お腹を満たして、機嫌を取ることができるのは妻の特権ですからね。だから、女の子は料理が得意じゃなくっちゃいけないの……そうだわ。シェリルが今度帰ってきたら、料理を教えてあげなくっちゃ」
 そう言って目を輝かせながら寝室を出て行った。
 尋問から開放された彼は、やれやれと窓から見える昇りかけた太陽に目を移した。
(多くのものを失った上で得た平和だったな。たかが二十年ほどで消えてしまっては割が合わないというものだ)




ちーぷすぺーすないん 3

約束の剣


作者名:南文堂
画:HIKOさん


 トランススペースナイン――TS9は、民間船も立ち寄る開かれた宇宙ステーション。ここは軍の所有、管理する軍事基地であるので、当然、練兵場が各所に設けられていた。
 その中で最大の広さを誇るのがセンターユニットにある第一練兵場である。
 形はかまぼこ型のドームで、長辺600メートル、短辺400メートル。天井も一番高いところでは50メートルあった。両短辺と長辺の一方に閲覧席を持つ、この巨大練兵施設は式典用に最適であり、毎年秋の恒例行事『TS9大運動会』はここをメインで行われていた。
 また、有事の際には民間人の避難場所として使用される。余談だが、毎月初めの対戦シミュレーション訓練に付随する民間人の避難訓練のときには、この第一練兵場には屋台が建ち並び、市場が開かれたりして、TS9らしく、楽しく訓練を実行している。
「こうしておけば、もし本当に避難が必要になっても、大人は子供に『お祭りに行くよ』と不安にさせずに避難させれるだろ? 大人だって、お祭りのときと同じだと自分に言い聞かせれば、パニックで動けなくなることはなくなると思う。基地を守るものとしては、内で騒ぎが起きるのが一番厄介だからね」
 ふざけていると文句を言ってきた中央の連合宇宙軍の監査に、かわねぎ司令はそう言って納得させたらしいが、本当にそう思っているかどうかは不明である。
 毎月初めにお祭りが開かれるとはいえ、第一練兵場は軍の訓練施設なので、平時は当然、訓練のために使用されている。
 ここは器が大きくて開放的なこともあり、自主訓練する兵士には人気があった。
 そして、その大勢の訓練に精を出す兵士たちの中、閲覧席に程近い外周のランニングトラックのすぐ内側で、踊るように棒を振り回している狐耳の女性がいた。
 彼女の振り回している棒の先端には光り輝く刃がついており、ちょうど、薙刀のようで、武器の訓練ということは想像できたが、彼女の豊かなボリュームを持つ狐の尻尾がバランスを取るかのように振り回す薙刀にシンクロしてよく動き、鋭く風を切る薙刀の音が舞の音楽となり、訓練という枠を越えて見るものを魅了していた。
 やがて、彼女は気合を発して薙刀を体の正面でぴたりと止め、舞を終了した。かすかに額に汗は滲んでいたが、疲労の色はまったくというほど見えず、呼吸も乱れていなかった。
「どうですか? ココさん。フェザー薙刀の感想は?」
 縁なし眼鏡をかけた少女がデータパッドとスポーツタオルを抱えながら彼女に近寄って行った。
「そうね、果穂ちゃん……悪くない出来だとは思うけど、あたしとかが使うときはいいけど、普通の女性士官が使う場合はもうちょっと重心を工夫した方がいいわね」
 ココはスポーツタオルを受け取り、少し考えてから薙刀を水平にして指一本で支え、バランスを取った。
 刃とは反対の石突からおよそ三分の一あたりでバランスされ、やや偏った重心のつけ方であった。
「その方が構えやすいと思ったんですが……」
 フェザー発生装置のある刃側がどうしても重くなり、先端が重いと長時間構えるのが辛くなると思っての配慮であった。
「それはいいアイデアだけど、偏ったバランスを取るために不必要に石突を重くしているから、持って動き回ると腕に負担がかかるわよ」
 重いものを持って走れば当然のことである。長時間の構えを考えているのであれば、持って走り回ることも考えに入れなければならない。
「なるほど。他には何か気づいた点はありますか?」
 果穂はデータパッドにココの意見を記録した。
「他はね、振り回したときに先端に重量が集中しているのに、持ってるところから先端部までの剛性が犠牲になって、しなりすぎるから斬り返しが鈍るし、鍛えてないと持っていかれるから安定しないのも女性士官に持たせるのはマイナスと思うわよ。慣れるとこのしなりをうまく使えると思うけど、かなり修練がいるわね」
 ココは果穂のデータパッドに先ほど振り回したときに採取したデータを指摘しながら解説を加え、果穂もそれを真剣に聞いて、意見を交わしていた。
「――前部の剛性を補強するのとは別に持つ方の四分の一までぐらいに少し柔軟性をつければ、堅いものに撃ちつけたときに、その部分にしなりができて手首を傷めないでいいし、斬りつけたときには、振りぬけば、そのしなりの反発が使えるから……って、来栖ちゃん、どうかしたの?」
 ココはいつの間にか果穂の隣にやってきて、果穂に負けず劣らず真剣に彼女の方を見詰めている来栖に気が付いて、果穂との話を中断して声をかけた。
 頼香たち仲良し三人娘の中でもっとも幼さが残る彼女は、くりっとした大粒の瞳に純粋な好奇心と希望の宝石を浮かべ、ココを見つめたままだった。
「来栖さん?」
 いつもなら、機関銃のように話し出す来栖が一向に話し始めずに、ココを見つめているのを果穂が怪訝に思い、その顔を覗き込んだ。
「あの、ココさんも運動したから、オッパイが大きくなったんですか?」
 彼女の顔を覗き込んだ果穂はいきなりの彼女の発言に驚いて身体をそらせる結果になった。
「へ?」
 当然、質問の主旨がわからずにココは何を返答していいかわからず、間抜けな顔を晒していた。
「えーと、シェリル艦長が、運動をいっぱいするとオッパイがいっぱいになるって、それで、訓練しているんだけど、ココさんもシェリル艦長と同じぐらい運動しているから、オッパイ大きいのかなと思ったんだけど、いつもあんまりそういうのがわからない格好ばっかりだから、でも、今日は身体にぴったりの服だから、オッパイ大きいと思って、やっぱり本当なんですね!」
 訓練のおかげで肺活量がアップした成果を発揮して、来栖は一息でそこまで言い切った。
 ちなみに、来栖の指摘どおり、ココのみならず、歌恩も含め、リサールナルの女性はそれほど身体を強調させる服装はしない。どちらかというと、体のラインを隠す服装が多い(もっとも、それは全体的な流れで、ファッションの流行り廃りはあり、身体にぴったりの服というのが流行った時期もあるのだが)。ココもその例に漏れず、普段着はゆとりのある服装が多い。今回は、果穂の作ったフェザー薙刀のデータ取りということもあって、身体の動きがわかりやすい身体にフィットした服装をしていた。
「えーと……なんて言えばいいのかな?」
 ココは先ほどまでの薙刀を振り回していたときの勇ましさもどこへやら、薙刀を胸の前に抱えて、熱心に胸に向けられる来栖の視線に居場所をなくしていた。
「来栖さん、それは違います。胸など邪魔なだけです。どうして飾りということがわからないのでしょうか? 単なる脂肪の塊をありがたがるのは間違っているのです、そうですよね、ココさん?」
 それを見かねて、果穂が割って入ったが、持論を熱く語られては、ココはさらに居場所をなくすことになっていた。
 答えに窮していたココを救ったのは、そこへやってきた少し不機嫌な頼香であった。
「おーい、来栖。俺と訓練、一緒にやろうとか言っておいて、そんなところで油売っててどうするんだよ。シェリル艦長も待ってるぞ」
 彼女はオレンジのTシャツに紺のスパッツという服装で、長い髪は頭のやや高い場所でポニーテールにして、手にはオーラスティックが握られていた。おそらく、シェリル艦長にフェザーブレードの手ほどきを受けるつもりなのだろう。
「あ、頼香ちゃん、ごめん。今ね、ココさんの胸が大きいのも、運動しているからか訊いてたの」
「訊いてたって……来栖、お前なぁ〜、そんな恥ずかしいこと訊くなよ」
 頼香は顔を紅くして引きつらせ、ココを見た。ココは苦笑でそれを肯定したために頼香は盛大にため息をつくことになった。
「でも、だって、頼香ちゃんが一番気にしているじゃない! ユーキ先生に――むぐぅ!」
「あ、バカ! 言うなって!」
 本格的に顔を紅くした頼香が来栖の口を慌てて塞いだ。
 三人がそんなこんなでワーキャーと遣り合っているところに、頼香と同じような服装の妙齢の女性士官が音も立てずに近づいてきた。ココはその気配を感じ、軽く視線を向けて、彼女に目礼したが、三人は気が付かずに、騒いでいるままであった。
「頼香少尉! 訓練といえども、真剣にやらなければ身につかないし、いい加減な気持ちでは怪我をするぞ。今日の訓練はやめるか?」
 近づいてきた女性士官、シェリル艦長は厳しい表情で頼香を叱責した。怒鳴るようなことはしていないが、強力な意志の強さを感じる言葉は棒で殴られるほど利く。
「いえ! 申し訳ありません。シェリル艦長。訓練続けてください!」
 頼香はシェリルの注意され、ふざけあっていたのをやめて、棒を飲んだように直立不動になった。
「それなら、よろしい。来栖准尉も果穂准尉も、ここは訓練の場所だから、あまりふざけて迷惑をかけないように」
 シェリルは二人にも警告をし、二人とも素直に非を認めて謝った。彼女は二人の素直さに満足し、嬉しそうに視線を三人から上げて、ココが胸の前で抱えている棒に視線を止めた。
「ココ殿、それは?」
「果穂ちゃんの新作、フェザー薙刀ですよ。ブレードで斬り込むのが怖い女性士官用に作ったそうです」
「なるほど。ちょっと、いいかな?」
 シェリルは果穂の方に向き直り、借用を申し出た。
「はい。まだ試作なので、使ってみて、ご意見をお聞かせください」
 シェリルはココから薙刀を受け取り、安全距離を取ると、ブレードを発振させて、数分、先ほどのココと同じように突いたり、振り回して戻ってきた。
「重心はもう少し前の方が扱いやすいだろうな。前の方がしなるのは慣れが必要だし、突きには不向きになるから、そのあたりの改良が必要だな。しかし、なかなか考えられていて、面白い武器だ」
 ココとほぼ同じ指摘をして、シェリルは薙刀を返した。
「ねー、果穂ちゃん。この薙刀とブレードって、どっちが強いの?」
「強いって、ブレードの発振装置は同じなら同じと思いますが……」
 果穂は自分で作った武器だが、その優劣は使い手の方に依存されるので、なんとも言えない表情で答えを誤魔化した。
「状況と使い方にもよるけど、薙刀の方が有利ね」
「そうだな。地球の言葉にも、槍は三倍段と言って、剣で槍の相手をするのは三倍の実力が必要ということだ」
 しかし、ココとシェリルはあっさりと薙刀に軍配を上げた。
「じゃあ、薙刀には勝てないの?」
「そうとも限らない。突いて戻すのに合せて、懐に飛び込めば、剣の方が有利だからな」
「へー、でも、振り回されたら、ダメなんじゃない?」
 来栖は子供らしい好奇心を丸出しに質問を重ねた。
「振り回すと隙が大きくなるから懐には入りやすいんですよ」
「どっちにしても、タイミングを見る目とチャンスを逃さない心が必要最低条件だ」
 その質問に対して、ココとシェリルは丁寧に答えた。
「ふーん。でも、どうやってやるんだろ? 頼香ちゃんやってみてよ」
「おい、俺もそんなの難しいって」
 いきなりふられた頼香が苦笑を浮かべた。しかし、それを聞いて、シェリルは少し考え込んでいた。
「……うん。いい機会だ。今日はその練習をしてみよう。槍などの長物との対戦はあまりないが、対長物の戦法は基本ができていないとできない戦法だ」
「う……おねがいします……」
 頼香はらしくもなく少し尻込みしていた。頼香は剣を使えるといえども、まだ小学生。身長もその平均値である。腕の長さや飛び込みの深さなどの不利には、いつも頭を悩まされていた。シェリルの刃渡り一メートル弱もあるロングソードタイプのフェザーブレードにも苦戦を強いられているのであるから、それよりも長い間合いの薙刀に尻込みするのも当然だろう。
「お手本を見せてあげれば、わかりやすいかもしれませんね。お手伝いしますよ」
 ココは頼香の様子を見て、シェリルに手伝いを申し出た。
「それはありがたい。では、お願いできるかな?」
 シェリルはココの申し出を素直に受けると、距離を取って向かい合い、一礼した。
「では♪」
 ココは構えた薙刀を振り回した。シェリルはその軌道を読んで、素早く身をかわし、あっという間にココの懐に入ると剣で薙刀の根元の方を押さえつけるように受け止め、動きを封じて、剣先をココの喉下に持っていった。ココの「参りました」という台詞を聞いてからシェリルは剣を引いた。
「振り回すとこういう風になる。技量があまりない人間を牽制するには振り回すのは有効だが、こういう風につけこまれやすい。あまり誉められた方法じゃないのはわかるな?」
 シェリルの解説を頼香は真剣に耳を傾け、頷いていた。
「では、もう一本お願いできるかな? ココ殿」
 ココは「はい♪」とそれを受けると、再び距離を取り、礼をかわした。
「行きます!」
 薙刀を下段に構えて、ダッシュして、間合いを詰めて、間合いに達すると、薙刀を中段に戻し、踏み込みの勢いに乗せて突いた。それをシェリルは体捌きで避け、踏み込もうとしたが、ココの薙刀を戻す速さが速いことから無理はせずにチャンスを待った。
 三度目の突きをかわしたところで、ココの突きの速度がやや鈍ったことを見取り、シェリルはココの四度目の突きをフェザーブレードで受け流しつつ、最小の体捌きで間合いを詰めて、ココの喉下に剣先を寸止めで突きつけた。
「参りました」
 ココは再び降伏宣言をいい、シェリルは剣を納めた。
「突きの場合、突ききったときが一番隙が大きくなるのはわかるな? 相手が槍を引く前に懐に飛び込めば剣の勝ちだが、槍使いは突くよりも引く速度を早くすると言われるから、易々とは入れない。それを理解した上で、飛び込むタイミングを計ることが重要だ。そして、入れるとわかれば、躊躇することなく飛び込む」
「度胸勝負ですね」
 頼香がシェリルの解説に頷いた。
「いや、違う。度胸ではなく、確実に仕留められるかどうかを判断するんだ。それを養うのも訓練なのだ。剣で倒せないと思うなら、別の方法を考えろ。度胸に頼っていては、運が尽きればそれまでだ。それでは訓練の意味がない。いいか? 訓練は自分が生き残るためにするんだ。そのために頭を使って、身体を使う。利用できるものは利用する。生き残ったものが勝者だ。わかったか?」
「はいっ、わかりました」
 シェリルは頼香の心地のよい返事ににっこりと笑って、武器倉庫から訓練用の槍を転送で取り寄せ、頼香に稽古をつけ始めた。

「でも、ココさんって、シェリル艦長より弱かったんだね。やっぱり、胸の大きさが関係あるのかな?」
 来栖の一言に、稽古が一段落して休憩していた頼香は飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになった。
「よ、弱いって、来栖〜おまえなぁー」
「だって、さっき槍の方が有利だって言ってたのに、ココさん、あっさり負けたじゃない。ということは、シェリル艦長が一番強いってことじゃないの?」
 純粋かつ単純な推論を何の疑いもなく来栖は臆面もなく披露した。
「いや、あれはココ殿が訓練のために手加減してくれたからだ。あれは彼女の実力じゃない」
 シェリルは来栖の勘違いを正しつつ、ココの方に「すまない」と目で謝った。ココの方も、「別に気にしていません」という笑顔でそれに応じた。
「うーん……じゃあ、ほんとの本気はどっちが強いの?」
 シェリルとココのやりとりなどまったく気がつかず、来栖は思った疑問を口にした。
「来栖、ココさんとシェリル艦長に失礼だぞ」
「えー! だって、頼香ちゃんも興味あるでしょ? どっちが強いかって」
「いや、それは、その、まあ、無いと言えば、嘘になるけど……」
 頼香は人には言ったことはないが、シェリルとココのどっちが強いのか何度か考えてみたことがある。もちろん、答えは「やってみなくちゃわからない。けど、シェリル艦長を応援するだろうな」であった。
「確かにそれは私自身も興味深いことだな。ココ殿、よければ、お手合わせいただけませんか?」
 シェリルも先ほどのお手本用の対戦とはいえ、ココの実力が自分に比肩することは充分にわかっており、腕に覚えのある彼女の血が騒いでいた。
「うーん、そうですねぇ〜……」
(訓練用のフェザーブレードのエネルギーパックは今月、あと三つでしょう。本気モードでやらないとシェリルには勝てないし……。エネルギーパックの充電代は、一つ750円ってことは、……リサルナセットのお稲荷さん抜きを五日も続けないと……うーん、それは嫌だけど、シェリル艦長と対戦したいのも……)
 ココは懐具合の葛藤で頭を悩ました。もっとも、シェリルには、和平を結んでいるとはいえ、連合とはかすかに緊張状態を保っている同盟であるから、そこの大使館員としての規定などが絡んで難しいのかと、半ば諦めかけた。
「対戦してもいいわよ。費用は大使館で出すから♪」
 どこからともなくそんな声がして、ココとシェリルはすぐにその声の主の場所を探し当て、観客席最前列の手摺にもたれかかっている狐耳の女性に視線を向けた。
「歌恩様!」
 ココにそう呼ばれた女性は、手を振って、手摺を飛び越えようとしたが、観客席とグラウンドの段差が思った以上に高いことに気がつき、しばらく迷った末に飛び越えるのを止めて、ちょっと離れた階段からグラウンドに下りて、何食わぬ顔でココたちのところまでやってきた。
「面白そうなことのありそうな匂いがしたから、来てみたけど、われながら、いい勘してるわね。ココ、シェリル艦長と対戦したいんでしょ? いいわよ。でも、折角だから、みんなにも見学してもらいましょ。達人同士の模擬戦なんてなかなか見れないし、他の人たちのいい刺激になると思いません、シェリル艦長?」
 面白いイベントを地味にするつもりはないらしい。彼女のお祭り好きはTS9の影響というよりも、彼女生来のものであろう。
「そうですね。よい刺激になるでしょう、歌恩大使」
 武芸には見取り稽古という見るという練習もあると、シェリルは真面目に頷いた。
「では、三日後の正午にここで♪ 司令には私が許可を取っておきます。よい勝負を期待してます」
 歌恩は話を半ば強引にまとめると、くるりと踵を返して、豊かな尻尾を楽しそうに振りながら第一練兵場を後にした。

 TS9西商店街は規模的にはこぢんまりしているが、専門の飲食店が多く、独身や単身赴任の兵士や士官などでいつもにぎわっていた。その飲食店の一つ、中華そば専門――ラーメン屋があった。
「へい、いらっしゃいっ――おや? シェリル艦長じゃないですか、珍しい」
 カウンターの内側からがっちりした壮年の男性が満面の笑顔を浮かべて、暖簾をくぐったシェリルを迎えた。
 すでに七、八人の先客がラーメンを啜っているので、カウンターの他は四人掛けのテーブルが少し置いてあるだけの店内は少々狭く感じたが、いかにもラーメン屋という雰囲気と匂いの染み付いた内装が食欲をそそった。
「そうだな。ご無沙汰してたな」
「やあ♪ 私に合せてもらったんだよ。今日はHIKQさんのラーメンが無性に食べたくなったんでね。というわけで、支那ラーメン二つ、大盛りで♪」
 シェリルの後ろからかわねぎ司令が暖簾をくぐり、カウンターに腰を下ろした。
「へい、まいど♪」
 注文を受け、手際よく麺を茹で、スープを作り、麺を湯きりしてスープへ、メンマなどを盛り付け、ねぎをたっぷりのせて、二人の前に出した。
「これはうまそうだ♪」
 二人は汗を滲ませながらラーメンを啜りはじめた。
「そう言えば、リサールナルのココちゃんと剣術勝負するそうじゃないですか」
 HIKQはラーメンをスープ以外、食べ終わったシェリルに話し掛けた。
「こんなところまで噂が広まっているんですか?」
「おうよ。歌恩様がやってきてな。三日後に対戦があるから屋台引っ張って見に来ないか? って、誘われてんだ。ここらの店の連中はみんな誘われたらしいから、TS9中に広まるのもあっという間だ」
 こういった繁華街での噂は広がるのが早い。いかにもお金をかけない歌恩らしい宣伝の仕方である。
「そうだな。研究所に引っ込んでる技術部の連中でも知ってるぐらいだからな。それを聞いて、フェザーブレードの実戦データ取りだって、機材の準備におおわらわだったぜ」
 三人の会話にカウンターの上で乾燥味付け中華麺を齧っていたプレラットが割り込んできた。
「もぐっち曹長、お久しぶりです♪」
 かわねぎ司令は顔をほころばせて、話に乱入したプレラットを迎え入れた。
「HIKQのZZR−6XXを届けに来たんだよ。司令、俺に触るんじゃねーぞ」
 もぐっちはかわねぎ司令に真っ先に警告した。硬派なマッドエンジニアを自認している彼にとってはかわねぎ司令になでられるのはプライドが許さないのだろう。かわねぎ司令は少し寂しそうな顔で、渋々手を引っ込めた。
 そんなやりとりは蚊帳の外に追い出して、シェリルは少し考えてから店主に視線を向けた。
「ZZR−6XX……KAWAZAKIのオンロードバイクの? HIKQさんもバイクを?」
「ははは、ここじゃあ思いっきり開けられないのがストレスですけどね。ジムカーナのミニコースセッティングにして、遊んでいますよ」
 HIKQはシェリルの質問に苦笑混じりで答えた。宇宙ステーション暮らしも悪くは無いが、バイクを乗るには狭すぎる。ホロデッキを使ったツーリングはできるが、本物そっくりでも、バイク乗りのこだわりとしてそれでは今ひとつすっきりはしない。
「そうか。その手があったか!」
 しかし、シェリルはHIKQの答えを聞いて眉間に皺を寄せ、拳を手に打ちつけた。
「ということは、シェリル艦長も?」
「ああ、私もバイクに乗るのだが、ここでは乗れないと思って置いて来てしまった。残念なことをしてしまったな」
 シェリルはHIKQよりも苦みばしった苦笑を浮かべた。
「へえ! 向こうでは何に?」
「私はSUSUKIのファルコンなんだ」
「なるほど、そりゃ、置いて来たくもなりますね。もぐっちさん、何か出物はなかったですか?」
 シェリルの愛馬はモンスターであるので、セッティングで遊べる代物ではない。そうであるなら、こっち用に浮気相手を勧めるつもりで、HIKQはもぐっちの方に話を振った。
「俺の知ってるのは高いぜ。今のところ、売れるのはモト・グチのノーマル、パリレGS、ドカチエFOURぐらいだな」
「マニアックなラインナップだな、相変わらず」
 HIKQは80年から100年前の古いバイクのラインナップに苦笑を浮かべた。
「ふむ……今度、見せてもらえるかな?」
「ああ、かまわねぇよ、艦長。ただし、あんまり、おおっぴらにはできねぇもんだから、内密にな」
「そういうことをこの基地の司令官の前でするのはどうかと思うぞ」
 スープを飲み終わったかわねぎ司令が苦笑を浮かべた。
「おいおい、急に仕事する気になるなよ。俺は真っ当な裏稼業なんだからよ、あくどいことはしてねーぜ」
 検挙するつもりが無いのはわかっていても、もぐっち曹長は顔を引きつらせて急に仕事熱心になった司令に牽制を入れておいた。
「じゃあ、見逃すから、触らせて」
「脅迫かよ! それこそ犯罪だろ!」
 それからしばらく二人のやりとりが続いたが、店も混んできたこともあって、席を空けるべく店を出て、やりとりは終結した。

 ホログラフのディスプレーをいくつも浮かべ、それの処理をしつつ、インカムで直接連絡を取り、調整を続けたブンドは、なんとか目途がついて、酷使した目の疲れを癒すように目頭を押さえて、きつねっ娘の描かれたマグカップに口をつけた。安いほうじ茶でも乾いた喉には甘露のように甘く美味しかった。
「歌恩様。特設観客席はいけるそうです。あと、出店の場所割ですが、二、三件がもめたようですが、こちらも収まりました。医療保健課の件は、ミセス・キース少佐の口添えでなんとかいけるようです。明日の朝一番に書類をメールして、すぐに署名してもらうようにします」
 ブンドは現在の仕事の状況を後ろで、こちらもホログラフのディスプレーに囲まれた歌恩に報告した。
「ご苦労、ブンド。こっちも上々よ。やっぱり、お祭り好きね。なかなかの反響よ」
 歌恩は今度の対戦を賭けの対象として胴元として動いていた。もちろん、彼女が表に出ることは無いように色々と工夫を凝らして、尻尾は見せずにいたが。
「どうです? 今のところの掛け率は?」
「シェリル艦長が1.5倍、ココは2.25倍ってところで安定しているわね」
 このために設立したブックメーカーのサイトを閲覧しながら歌恩が顔をほころばせた。
「シェリル艦長が6割、ココさんが4割ってところですか……。そんなものですね」
「ココのバーサーカーモードを知っている人は多いけど、さすがに今回は発動しないことはわかっているからね」
「ココさんの場合、バーサーカーモードにならないと、エンパス能力が働かないですし、その不利を知っている人が多いのですかね」
「そういうこと。まあ、実力拮抗なんだけど、シェリル艦長の方が海兵隊との訓練で鍛えている分だけ分がいいという読みが一般的のようね」
「なるほどね〜。では、私は、自分の小遣いを倍に増やさせてもらいましょう♪」
 悪巧みをする大店の店主のような笑みを浮かべた。
「あら? ブンドも?」
 それに対して、悪徳奉行のような笑みを返した。
「当然ですよ♪」
「ふふふ。それじゃあ、私はちょっとでかけるから後はお願いね」
 歌恩は笑顔を浮かべて、大使館を後にした。従者は笑顔でそれを見送ると仕事を再開した。

 惑星連合宇宙軍技術課は、民間から研究を請け負ったり、共同研究を持ちかけられれば、それに応じたりしている。さらにTSナンバーステーションの技術課ではそれに加えて、民間からの依頼されたものを製作するという試作工場的なこともしていた。
 ステーションの限られたスペースを有効に使うためという名目以外にも、民間の技術を盗む意味もあり、TSナンバーステーションの技術課の重要な活動の一つと言えた。
 技術課のおやっさんこと、オヤンジュ中尉は発注者の要望をメモに取りながら、頭の中でそれを仮想組立していた。
「――こんな感じなんですけど、できますか?」
 要望を言い終えた歌恩はにっこりと彼に問いかけた。要望を満たすには既成の技術の組み合わせで充分だが、問題がないわけではなかった。
「ええ。できることはできますが……それだと材料費がかなりかかりますよ。もう少し大型化すればその分、安くできますけど」
 歌恩の提示した性能を満たすためには、最高水準の精密部品や特殊な材料を使用しなければならない。小型軽量化はある一定レベルまでいった場合、数パーセントのそれをするだけで、値段が倍以上は違うことなどざらであった。
「……それはわかっていますけど、その大きさが多分限界なの」
 納期が短いが数量があり、高い性能と万全の品質を求め、そして小型化――値段の高くなるオンパレードであった。
 すでに歌恩は自分の口座から連合技術部に個人用高級航宙クルーザーが一隻オプションつきで買えるほどの前金を振り込んであった。しかし、オヤンジュの見積ではそれでも追い金も必要かもしれないということだった。
「しかし、何に使うんですか? パーソナル・シールド・システムなんて、あまり穏やかじゃありませんね」
「最近、物騒なことが多いから護身用にと思ったのよ。うまくいけば、今度、屋台で売る目玉商品にするつもりだったんだけど、これだけお金がかかったら、一般には売れないわね。でも、VIPには売り込めるしね。元は取らないと」
 歌恩は自分の読みが少々甘かったと肩をすくめた。
「なるほど。わかりました。要求を満たして、できるだけ安く済むように頑張ります。任せてください」
 オヤンジュは分厚い胸板を叩いて、その少し熊のような風貌の顔に愛嬌のある笑顔を浮かべた。
 歌恩はそれに微笑みで応えて、「お願いします」と言い残すと少々、ふらつきながら技術課を出て行った。
「やっぱり、大使になるとお金持ちにゃ。あんな大金をポンと出せるなんて、すごいにゃ」
 ミケネ少尉は歌恩が出て行ったことを確認してから感心したような、羨ましがるような声を漏らした。
「そうかもしれないが、大金でも儲かると思えば、勝負をかけるのがリサールナルの流儀らしいからね。歌恩大使の貯金は底をついているかもしれないよ」
 オヤンジュは小さい子供に何かを教えるようにミケネ少尉の頭を軽くなでた。
「そうにゃのか。すごいにゃ。キャロラットでよかったにゃ」
 感心しながらも心底、正直な感想をネコミミ少尉は口にした。
「まあ、あそこまで思い切ったことができるのは、リサールナルでもあまりいないだろうけどね。さあ、納期が延びたとはいえ、のんびりしている暇はないぞ。ミケネ少尉、今日から残業だ」
 オヤンジュがにこやかな笑顔でミケネ少尉の肩を叩いた。
「うにゃー」
 その後、技術部がコミケ前の同人誌制作作業場と同等の地獄を展開したのは言うまでもない。

 豊臣秀吉の一夜城よろしく、第一練兵場に出来上がった特別対戦観覧席は人で埋め尽くされていた。
 周囲の出店は対戦が始める前に腹ごしらえと軽食を買い求める列ができ、よくわからないが、かわねこたんなどの萌えグッズを売る店にも大きなお友達がたむろしていた。
「し・れ・ぇ〜。なんなんです! この騒ぎは!」
 周囲の喧騒など余裕で圧倒するれも副司令の怒声がかわねぎ司令の鼓膜に少なからずダメージを与えて、彼の顔を顰めさせたが、そんな顔を見せれば更なる怒りを呼び込むと、すぐに平然とした表情に戻した。
「いやぁ〜、これは本当に予想外なんだ。
 歌恩大使に――シェリル艦長とうちのココが試合したがっているので、許可をくださいませんか?
 それで、私は――ええ、構いませんよ。二人なら、いい試合になるでしょう。
 そこで、歌恩大使が――ええ、ですから、みんなも試合を見学すれば、よい訓練になると思いますの。そこで、第一練兵場に仮設の観客席を作ってよろしいですか?
 と言うもんだから――それは構いませんが、れも副司令に言わないと予算が出ないのだが……
 そうしたら――それはリサールナル大使館で用意します。ですが、かなりの出費となるので、そこで軽食などを売らせてもらえれば、足しにできるのですが……
 など仰るから――それは構いませんよ。あそこでは毎月お祭りしていますから。どんどん売って、足しにしてください
 ――というわけなんだ。それがここまでお祭りになるとは、さすがは歌恩大使だね。ということで、文句は歌恩大使に言って欲しいんだが……」
 かわねぎ司令は一人二役の滑稽芝居を演じて事情を説明し、ちらりと唯一の観客のれも副司令を見た。唯一の観客は怒りを増幅させ、全身をオーラ兵器と化していた。
「要するに、うまい具合に乗せられただけじゃないですか!」
 往復オーラーハリセンの妙技が披露され、かわねぎ司令は為す術なくその場に崩れ落ちた。
「れも副司令も、相変わらずだね。そんなに怒ってたら、ふけちゃうぞ」
 司令副司令のTS9名物漫才を見ていたチック・ミアが笑いながら、れも副司令に声をかけた。
「ミア、あなたこそ、休みの日ぐらいはお洒落しなくちゃ、ふけるわよ」
 れも副司令は先ほどまでの怒りのオーラを一瞬で引っ込めて、作業用つなぎに帽子をかぶった、いつもの格好の彼女に言い返した。猫耳人類のキャロラット族の彼女はあまり仕事熱心とはいえないが、妙にれも副司令と馬が合い、休日も一緒に遊びに行く仲であった。
「いいじゃない、休みぐらい楽な格好させてもらっても――それよりも、どっちが勝つ方にかけてるの?」
 ミアは後半をれも副司令の耳に顔を近づけ、彼女にしか聞き取れないほど小さな声で訊いた。
「なっ! そ、そんなもの買ってません!」
 彼女は肯定しているのと同義の狼狽を見せて否定した。それに対し、ミアが「そうなんだ」と納得するはずもなく、追い討ちをかけた。
「正直に言いなさいって、隠しても無理よ。偶然、券を買うのも見かけたから。あ、それと、今度変装するときはその頭の帽子は別のにするといいわよ。サングラスにマスクしても、それで一発でばれるから。で、どっち?」
「うぐっ……ココさんのを2000……」
 れも副司令は観念して、ミアにしか聞こえないぐらいの小さな声で尋問に答えた。
「ありゃ、意外ね。てっきり、シェリル艦長と思ってたけど」
「だって……シミュレーションでお世話になったから……」
 れも副司令は益々小さな声で答えた。もし、ミアが耳の良いキャロラットでなければ聞き取れなかっただろう。
「なんだか、れもらしいわね。大丈夫、誰にも言わないから。さて、そろそろ席を取らないと、いい席がなくなっちゃうわよ。そこに落ちている粗大ゴミを引きずって、観客席に行きましょう」
 ミアは完全にノックダウンしているかわねぎ司令を足でつついた。
「うん……」
「あ、そうだ。粗大ゴミで思い出したけど、司令に言っておいてよ。作業用通路を使うのはいいけど、壊さないでおいて欲しいって。この間から、あっちこっちが通れなくなったりしてるのよ」
 完全に気を失っているかわねぎ司令に向かってミアは口を尖らせて文句を言った。
「通れなく? おかしいわね? そんな連絡受けてないけど?」
「一般の作業用通路じゃなくて、裏作業通路のことよ。あそこを使うのは、ピナフォアちゃん以外じゃ、司令ぐらいだもん。補強のボルトが抜けてたり、底板が外されていたり、ガラクタがつまっていたり……大方、司令が通るときに体重で破壊したんじゃない?」
「そうなの? それじゃあ、またあとで注意しておくわ」
「うん、頼むね。一応、これでも司令だから、あたしぐらいの階級じゃ、声かけにくいんだ」
「ふふふ、ミアにも遠慮するってことできたのね」
「あー、ひどい言い方ねー。そんな事いうと、れもの恥ずかしいプライベート失敗談を言いふらすわよ」
 ミアは頬を膨らませて、れも副司令を睨んだ。
「ええ?! それだけはご勘弁を、ミア様〜」
 れも副司令はミアの脅迫に冗談半分、本気半分ですがりついて許しを求めた。
「よし。イカ焼きで許してしんぜよう」
「謹んで奢らせていただきます」
 態度の大きなミアと恭しいれも副司令だったが、二人はそこで声を立てて笑い出し、芝居を中断して、イカ焼きを求め、屋台の列へと向かった。もちろん、かわねぎ司令を放置して。

 シェリルは控え室でフェザーブレードの整備が終わり、エネルギーパックを装着してブレードを発振させた。
 数瞬後に刃渡り一メートル弱、やや幅広の光り輝くロングソードのようなブレードが形成され、彼女の顔を眩しく照らし出した。
(フェザーブレードは軽くて扱いが簡単だが、実体の剣と違って抜刀に時間がかかるのが難点だな)
 ふと、日頃からのフェザーブレードへの不満をこんなときに思い出したことに彼女は微笑を浮かべ、気持ちは高揚しているが落ち着いていると、今のコンディションに満足した。
 彼女は剣を構え、何度か剣を振って、不具合がないことを確認した。訓練といえども、道具の不調で負けるわけにはいかない。道具の整備は戦うものの基本である。
 シェリルのフェザーブレードは、柄にナックルガードがついており、それが柄尻で連結している、ちょっと歪なアルファベットのDのような形をしていた。柄の長さはやや短いが、両手で持つのは苦ではないぐらいの長さはあった。しかし、片手で取り扱うのに適したバランスが取られている。
 彼女の指揮する艦の性質上、ブレードを使った戦闘は多い上に、戦闘は乱戦となる可能性が高い。結果、右手のブレードで敵を斬り、左手のブラスターで敵を撃つことになるので、片手持ちが使いやすいように配慮してあった。
 ちなみに、これは惑星連合宇宙軍の制式フェザーブレードではなく、彼女が士官就任時に彼の家と代々取引のある武器工廠で作ってもらった特注品である。
 希望すれば官給品も支給されるのだが、連合軍にも軍隊らしい古い因習があり、士官は自分の個人装備――制服やブラスター、フェザーブレードなどは実費でそろえるのが一般的であった。シェリル艦長もその慣習を守ったわけである。
 バランス以外にもスイッチ一つでブレードとブラスターが切り替わるなどの普通のフェザーブレードにはない機能が備え付けられていた。これも乱戦時に武器の選択幅を広げるためのアイデアであり、まさに彼女のための剣であった。
(体はこうなってしまったが、このブレードは以前と変わらない。私の身体に本当に馴染んでいるんだな)
 変わらないといえども、以前の男性の身体とはリーチや筋力などが明らかに変わっているので、ブレードの扱い方を変えはしたが、それは彼女にとって単なる修正であり、本質的なものが変わったわけではなかったのであった。
 しみじみと輝くブレードを眺め、強度が訓練用の最弱モードであることを確認すると、ブレード発振を切った。数秒の余韻を残して光の刃が消え、彼女の表情は一気に引き締まった。まるで、刃の闘志を吸い取ったかのようであった。
 彼女はふっと、控え室の扉の方を向いた。
「時間か、ネルソン」
「えっ!? あ、はい。そろそろ用意して欲しいということです、艦長」
 扉の向こうから狼狽したワールウィンドの副長の声が返ってきた。
 気配を消しているわけではないが、副長自身、日頃から容易に気配を感じられるような気の抜けた歩き方はしていないつもりだっただけに、扉越しに気配を感じられたことに驚くのは仕方なかった。
「わかった。すぐ行く」
 愛用のフェザーブレードを腰のフォルダーに収め、彼女は控え室の扉に手をかけた。

 控え室の扉を開けると、ココの目の前には彼女の集中を邪魔しないように表で待っていた歌恩がにこやかな顔で立っていた。
「ココ、調子はどう?」
 歌恩の口調は場所が場所でなければ、朝の挨拶と錯覚しそうなものであった。
「絶好調ですよ、歌恩様。そちらはいかがでした?」
 ココも同じ調子でそれに応えた。彼女はリサールナルの伝統的戦闘用衣装のゆったりとした服に身を包んで、腰帯に三十センチぐらいの棒状のフェザーブレードを差してはいたが、今から戦うのかが信じられないほどのんきな空気をまとっていた。
「上々の売れ行きよ。存分に楽しんでらっしゃい」
 歌恩は目を細めてOKサインを出した。
「そうですか♪ それじゃあ、思いっきり行ってきます」
「頼むわね」
 歌恩は少し真面目な表情でココを見た。
「はい。必ず、お役に立って見せますよ。歌恩様付きの護衛武官として。それに、シェリル艦長とは会ったときから、試合をしなくちゃいけないような気がしてたんです♪ では、行ってきます」
 ココは歌恩の表情に最敬礼で答え、歌恩が返礼すると試合場へと足を向けた。
 歌恩はその後姿を見守りながら、少し複雑な表情をした。
(よくよく、難儀な商売よね、軍人も大使も)
 そう思ったが、頭を振って気持ちを切り替えて、観客席へ戻ることにした。

 観客席を埋め尽くす人の歓声に集中していたシェリルですら一瞬、圧倒されそうになった。
(本当にお祭り好きだな)
 彼女は苦笑を浮かべて観客に軽く手を振って見せた。観客のボルテージがワンランクアップしたのは言うまでもない。ただ、彼女の気になることは、一番騒いでいる連中の中に自分の艦の人間がかなり含まれていることだったが、それはあとでゆっくりと『話し合い』をすればいいことだと、今は忘れることにした。
 そう思っていると、再び歓声が大きくなった。歓声の先に目を向けると、先ほどの自分と同じように一瞬気圧されかけた狐耳の女性がいた。
 彼女はシェリルの姿を認めると苦笑を浮かべてみせた。シェリルもそれに苦笑で応えた。
 しばらくは歓声で満たされた試合会場も、次第に落ち着きを取り戻してきた。その頃合を見計らって、放送のスイッチが入った。
『紳士淑女の皆様方! 大変長らくお待たせしました! これより、本日のメインイベント――トマーク=タス同盟TS9大使護衛武官ココ少佐対強襲艦ワールウィンド艦長シェリル少佐のフェザーブレード時間無制限一本勝負を開始します!』
 観客席のあちらこちらに置かれたスピーカーからフルボリュームのアナウンスが流れ、落ち着きかけた歓声が再び沸いた。
「さあ、TS9最強の女性を決めるこの戦い、実況は私、ブンドがお送りします。ゲストにはシェリル艦長の愛弟子最年少、フレイクス少尉、庄司、雲雀准尉をお迎えしております。よろしくお願いします」
 放送席のブンドがその隣に座っている三人の少女に軽くお辞儀をし、彼女らのマイクをオンにした。
「よろしくお願いします」
 ガールソプラノの三重奏が少し硬めで場内に流れた。
「ええと、やっぱり、三人はシェリル艦長を応援するの?」
 ブンドはやや緊張気味の三人をほぐすように砕けた口調で彼女らに質問をした。
「うーん、ココさんも応援したいんだけど、やっぱり、これでも連合の士官ですからシェリル艦長を応援します」
「頼香ちゃん、素直じゃないよー。ここに来るまで、絶対、シェリル艦長の勝ちだって言ってたのに」
「お、おい、来栖!」
「来栖さん、本音と建前というのがあるのですから、本音をばらしてはいけませんよ」
「果穂!」
「私は素直にシェリル艦長を応援しますよ。やっぱり、身近で強さを見てますからね」
「ずるいぞ、果穂! 俺だって、シェリル艦長を応援しているんだ。すごい強いのは俺が一番知っているんだ」
「あははは、リサールナルびいきの私としては、悲しいけど、仕方ないですね。そして、解説にはワールウィンド副長のネルソンさんにお越しいただいております。お待たせいたしました。よろしくお願いします」
 三人娘の漫才を適当なところで打ち切って、ブンドは放送席のもう一人を紹介した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 紹介されたネルソンは律儀に頭を下げた。
「さて、TS9最強女性決定戦がここに繰り広げられるわけですが、勝負のポイントは何所でしょうか?」
「そうですね。ココさんとは手合わせしたことはありませんが、訓練などを見ている限り、スピードによる攪乱が基本の戦術のようです。それに対して、艦長はパワーを使う――と言いましても、力任せではなく、パワーをうまく乗せるタイプの戦士なので、ココさんはいかに艦長を攪乱して隙を作るか、艦長はココさんをいかに捕らえるかが勝負を決めるでしょう」
 ネルソンは戦いのプロとしてやはり興味があるのか、真面目にコメントを返した。
「なるほど。それでは、そのあたりを注目してみて見ましょう。さて、この試合には審判はいませんし、特に禁じ手などはありませんので、早速、始めるようです」

 シェリルはフェザーブレードを構えて、ブレードを発振させた。長く幅広い刃はかなりの迫力があり、ロングソードといった雰囲気があった。
 ココもブレードを発振させたが。刃渡り、六十数センチメートルのやや細身のブレードは小太刀といった感じのもので、シェリルのそれに比べれば、いかにも貧弱に見えた。
 ブレードはフェザーのエネルギーを収束させたものであるから、ある程度の幅があれば強度は変わらないのだが、やはり視覚的なひ弱さは感じてしまう。
 二人は互いの切っ先を軽く当てて弾くと、後ろに飛び退いて間合いを取った。
「こうやって、最初に切っ先を合せるのは、どちらかのフェザー強度が高いと、弾かずに弱い方のブレードを切ってしまいますから、安全確認のために行うのです。まあ、彼女らクラスになると、儀礼的な意味が大きいですが」
「なるほど、格好だけではなかったのですね」
 最初の一太刀は重要になるために、こういった上級者同士の試合になると、お互いにフェイントを掛け合いなどの地味な戦いが続く。そのため、解説者の豆知識や理論が語られる時間となるのは、古今東西変わらぬことであった。
「ココはシェリル艦長を中心に一定の間合いをじわじわと移動しつつ、剣は両手持ちでやや下段ぎみに構え。一方、シェリル艦長はココに対して右を前にやや半身の構え、剣を右手のみの片手で持ち、高さは中段ぐらいに構えて、じっくりと相手を見ています。ネルソンさん、シェリル艦長は訓練のときはいつも両手持ちですが、これはどういうことでしょう?」
 ブンドは実況しながらいつものシェリルとの違いに気がつき、ネルソンに解説を求めた。
「ええ、本来、艦長の構えは片手持ちなんです。艦長の使う『新星流剣術』は相手の剣を受けるのではなくて弾くのです。重さの軽いフェザーブレードの場合は片手の方が速いですからね」
「なるほど、弾くのですか」
「はい。しかし、これは剣を弾く筋力はもちろん、相手の剣筋を見切る目、それに即座に対応できる反射神経、柔軟な変化を可能とする手首の柔らかさとパワーに負けない強靭さが必要となる技なので、なかなか真似できる技ではありません。ですから、剣術を教えるときは両手持ちで基本に忠実な攻撃と防御に徹しているのです。見せると真似したくなりますからね」
 シェリル自身は技よりも基本を積み重ねることで強くなると信じている。そのため、訓練ではいかに基本が強いかを見せるようにしていた。
「そうなのですか。さすがは、この若さで教官免許を持つだけのことはありますね。強さだけではないということですね」
「ええ、そうです」
 ネルソンは自分の艦長への賛辞に対して素直に笑顔を浮かべた。

 ネルソンが解説席で笑顔を浮かべているちょうどそのとき、試合場にいたココはある決断をしようとしていた。
(にらめっこしていても仕方ないか。探りを入れるつもりで、攻め込んでみるか)
 意を決すれば、行動は迅速に躊躇なくが基本である。ココはシェリルとの間合いを慎重かつ大胆に詰めた。それに呼応するようにシェリルの剣がココに襲い掛かった。
「せあっ!」
 懐に入ってこなければココの小太刀は届かない。シェリルはそこまで黙って待っている必要はなく、ロングソードが相手に届く間合いで相手に攻撃を加えればよいのである。仕掛けたのはココでも、攻撃はシェリルが先となったのだった。
 刃の切れ味はフェザーブレードなので切っ先から鍔元まで同じほぼ同じであるが、切っ先の方がより速度が速い。その分、打撃が大きいので、攻撃を受けられても受けた剣ごと押し切るか、弾き飛ばせる可能性が高くなる。
 ココは、そんなことは百も承知で襲い来るロングソードの下をさらに一歩踏み込んだ。シェリルのロングソードの鍔元から三分の一あたりを小太刀の鍔元近くで受けて、小太刀を斜めにして流した。
 シェリルは内心舌打ちしながら、後ろに飛び退いた。それを逃すまいとココの剣先がシェリルを追ったが、わずかに届かず空を斬った。
「ちっ!」
 ココは舌打ちしながら、シェリルと同じように地面を蹴って、後ろへと飛んだ。
 一瞬後に、ロングソードがココのスカートの裾を焦がしながら跳ね上げた。もし、彼女が後ろに飛ばなければ、太ももあたりに打撃を加えられ、この試合はあっけない幕切れになっていただろう。
「今のはどういった動きですか、ネルソンさん?」
「ココさんの攻撃を避けるのに最小限の量だけしか艦長は後ろに飛んでいません。ですから、間合いはココさんの間合いの少し外、つまり、艦長の間合いなのです。攻撃としては、ココさんに受け流された剣を切り返しただけなんですが、受け流されていながらあそこまで速い切り返しができるのは艦長の技と力だからこそですね」
 ココは少しだけ焦げたスカートの裾を少し驚きの表情で見てから、かすかに微笑を浮かべた。
 その微笑にシェリルも微笑みを返し、今度は彼女が斬り込んだ。
「せいっ!」
 彼女の踏み込みを見切って、ココも踏み込んで懐に入り、再び彼女の剣を受け流したが、先ほどよりも斬撃が軽い。
「フェイント?!」
 受け流された剣をそのままにシェリルは身体を半回転させつつ、空いている左で掌庭突きを繰り出してきた。ココは剣を受け流すために右に体を捌いていたので、それをカウンターで食らうことになる。
「獲った!」
 突きが決まれば、ココは体勢を崩す。仕留めるには充分な時間である。
 しかし、ココは剣から右手を離し、肘を打ち下ろした。ココのそれは、普通なら無駄なあがきとしか思えないことだが、シェリルは拳を止めて、後ろに飛んで間合いを開けた。
 間合いを取って、構え直したシェリルは自分の背中に流れる嫌な汗に眉を軽くひそめた。
(悪あがきのはずなのに、あの嫌な感じはなんだ?)
 彼女の戦場で培った第六感が警報を鳴らしたので、それに従って拳を引いたが、気味悪さが肌にまとわりついていた。
「今、映像を解析したところ、あのままシェリル艦長が突きを繰り出していれば、手首に肘が命中していたそうです」
 ブンドが技術課より回された解析データを公表し、特設のオーロラビジョンにそのシミュレーションを映し出した。シェリルの判断の正しさを証明したが、それ以上にこの戦いが普通でないことを感じさせ、観客から声を奪っていた。
「……まったく、なんと言っていいか言葉に困りますね。やろうとした方も、それを察知して、途中で止めた方も人間業じゃありませんよ」
 ネルソンがなんとか言葉を搾り出したが、二人の恐るべき実力に笑うしかなかった。
 しかし、試合をしているシェリルにとっては笑い事ではなかった。
(攻撃を読まれていたか? いや、それにしては苦し紛れの対応だ。もう一度、試してみるか)
 再び、自分の間合いに踏み込んだ。ココもそれに合せるように踏み込んだが、先ほどの攻防で認識させられた左拳のために、それまでのように気軽に懐には入れず、やや浅い踏み込みとなった。
「てぇあっ!」
 シェリルは左の肩口を狙って袈裟斬りに剣を振り下ろした。
 剣での受け流しは、受け止める剣が相手の剣との角度が直角に近いと相手の力を全て受け止めることになり、角度がつけばつくほど、わずかな力で相手の軌道を変えることができる。
 しかし、角度をつければつけるほど、変えられる軌道はわずかになる。それをカバーするために、受け流しする際には体捌きは必要不可欠なのであった。
 ココは袈裟斬りを基本通り、剣での受け流しと体捌きで避けようとした。が、袈裟斬りの軌道がいきなり逆袈裟――袈裟斬りとは左右逆――に変わった。
「!」
 シェリルが頼香との初めての手合わせで使ったのと同じ技である。しかし、それよりも数段速く、威力もある。
「これは決まった!」
 解説席のネルソンは艦長の得意技の一つが見事に嵌ったと、そう思った。ココは体勢が左に寄っているため、受け流しはできないで、ほぼ直角でロングソードを受けなければならない。しかも、切っ先に近い部分で受け止めることになる。そうなれば、梃子の原理で打撃は何倍にもなる。豪腕の海兵隊員でも受けられるものではない。
 しかし、ココはそれを半ば読んでいて、左に寄っていた重心を右へと腰を落としながら移動させつつ、右手を剣から外し、左手の袖口から何かを引き抜いた。
 フェザーブレード同士がかち合う金属音とも電気のスパーク音とも言える激しい音が観客席に響いた。
「なっ?!」
 何が起きたかは判断つかなかったが、シェリルは自分の剣が相手に当らなかったことだけは充分にわかった。そして、自分が今、極めて危ない状況であることも本能的に理解した。考えるよりも先に体が動いていたのは、訓練と実戦経験の賜物だろう。
 制服に小太刀が掠り、ボタンがいくつか弾け飛び、下のワイシャツの白さが照明の下にさらされた。本当に紙一重であった。
(これで決められると思ったのに!)
 ココは悔しがりながら、逆手に持った、右の小太刀を順手に持ち替え、二本になった小太刀を構えた。
 シェリルのフェイントにココは左手の袖口に隠してあったもう一本の小太刀クラスのフェザーブレードを抜き、腰を沈めることで、わずかな時間と重心を移動するための自由を確保して、右手の小太刀でロングソードを受け流し、左の小太刀でシェリル艦長に斬りつけたのであった。
 が、今起こった現象は身体の動き云々も超人的であるが、それよりもフェザーブレードの特性上、技術的に不可能と思えることが含まれていた。
「フェザーブレードは発振から収束するまでに一拍の間があるはず。あんなに素早い起動はありえない。一体何を?」
 その技術的不可能に解説のネルソンが解説の立場も忘れて目を白黒させた。
「ブレードを発振させてから局所シールド装置を蓋のように被せておいて、それを取れば、一瞬でブレードを形成できますよ。ただ、蓋をしている間もエネルギーを消費するので効率は悪い上に、蓋を被せるのも精度が必要だから専用の工具を使わないと難しいでしょうけどね」
 ゲスト席にいた果穂が技術者として興味深げにその機構を推測してネルソンの疑問に答えた。ブンドは笑顔で「ご名答」と若き技術者に満点を出した。
「さあ、ココの奇襲は失敗し、勝負はわからなくなりました」
 ブンドは何事もなかったように実況を再開した。
「本当にわからなくなりました」
 ネルソンはとんでもない試合に本気の言葉を漏らした。

 シェリルは純粋に楽しんでいた。もしかしたら、無意識に笑っているかもしれないと思うと、あとで部下たちに何か言われそうだと妙な心配をしていたが、自分が楽しんでいることは否定しなかった。
 60倍カレーによって女性になってしまったが、自分は自分であり、何も変わらないと思っていた。しかし、周囲はそう思わなかった。やはり、どこか、自分を女性として扱ってくれる。それは相手の心遣いであるから彼女自身は嬉しいことではあるが、やはり、それでも口惜しいこともある。
 その際たるものが、訓練での扱いである。
 一見、以前と変わらずに部下たちと激しい訓練しているが、何かが違っていた。
 部下たちは自分と格闘戦やブレードの訓練で、ほんのかすかにだが、手加減をしているように思えてならないのだ。
 もちろん、本人たちにはその意識はないだろう。意識的にそうしているのであれば、彼女は部下たちを激しく叱責しているだろう。しかし、そうではない。そして、意識的でもなく、確証もないことで部下を怒鳴るなど、他の士官はいざ知らず、彼女の趣味ではなかった。
 もしかしたら、そんなことはまったくなく、自分自身の被害妄想かもしれないという不安もあった。しかし、どこか自分だけゲストのような、よそよそしさを感じてしまうのも事実であった。
 確かに、艦長という役職柄、乗組員とは一線を画さなければならず、艦長と名のつくものは孤独であるのは古今東西、どこの軍でも同じである。が、それでも、何か絆のようなものは見えなくてもしっかり存在していると思っていた。
『海兵隊は家族』
 先日の帰郷の折に彼女の父親、サイラスが言った言葉は自分も信じている言葉で、艦長とは、いわば父親のような存在だと彼女は思っていた。しかし、それが女性化により断ち切られたように感じていた。
(女だから父親にはなれないというのか?)
 その考えに自分でも馬鹿馬鹿しいと思った。父親とは概念的なもので、生物的なものではない。女が父親になれないわけがない。
(しっかりしろ!)
 シェリルは何度も自分に喝を入れた。しかし、そう思えば思うほど不安が増し、何か暗い渦が身体の周りに渦巻くように感じてならなかった。
 そんな感情が芽生え始めたところに、ココとの試合の話が持ち上がった。
 部下たちに自分が前と変わりなく戦えることを示したいと思いもあって、この試合に臨んだ。
 ココの実力は手を合せなくても、部下たちは充分に知っている。彼女と互角に戦い勝てれば、部下たちの見えないシールドを消せるかもしれないと、そして、自分も暗い渦を払拭できるかもしれないと思い、願いを込めた試合であった。
 エネルギーの塊と塊が干渉するときに生じる衝撃音が彼女の前ではじけた。
 すでに十数回も剣を合せている。二刀になったココは、変幻自在、攻防一体の技を仕掛け、例えるなら、流水のようであった。流水が押し流すかのように何度か彼女を追い詰めたが、そのたびに彼女のロングソードは彼女の意を汲み取り、流水を断ち切り、小太刀の刃から彼女を守っていた。
 今度は自分でもはっきりとわかるほど、笑顔を浮かべた。
(何を悩んでいる、シェリル。そんなことはどうでもいいことじゃないか。今は自分の磨いた技と力を発揮する戦士の時間だ。それも、自分の最高の技を力を発揮できる最高の相手が目の前にいる。自分は自分だ。断ち切られたのなら、もう一度繋げばいい。生きている限り、何度でもやり直しはできる。戦い、生きること。全てはそれからだ)
 シェリルは清々しい気分で自然に構えた。

 息も吐かせぬ攻防に完璧に見入っていた頼香は息詰まる間合いの計りあいを大きな瞳をさらに大きく開けて食い入るように見ていた。
「すごい……二人とも。どうやったら、あんなふうになれるんだ?」
 頼香は知らず知らずのうちに思ったことを口にした。
「血の出るような訓練と修練、それに実戦だろうな」
 解説席にいたネルソンがすでに解説を放棄して、間合いの取り合いを注視していた。もはや、実況も解説もいらない。
「でも、二刀流って、格好いいね。あたしもココさんに教えてもらおう♪」
 来栖が少し場違いの明るい声で子供らしい感想を漏らした。
「ははは、来栖ちゃん。二刀流って、思っているほど有利じゃないんだよ」
 ブンドが来栖の感想に笑顔を浮かべた。
「へー、そうなんだ。一本よりも二本の方が強そうなのに」
「確かにそう見えるけどね。二刀流といっても片手で剣を扱う以上、よっぽど腕力があるか、急所を正確無比に素早く攻撃できるか。どちらかじゃないと有効じゃないからね」
 ネルソンが二刀流の難しさを語った。それゆえに、実戦レベルで使えるココは驚嘆であり、賞賛の対象であった。
「ココさんのところは剣術の得意な家系ですからね。小さなときから練習してたのでしょう。でも、来栖ちゃんもまだ11歳だから、今から始めて遅いとは思えませんし、訊いてみればいかがです?」
「うん、そうする」
 来栖は子供らしい素直さでブンドの提案に頷いた。
「俺も、稽古つけてもらうの頼んでもいいかな?」
 頼香は来栖がココに稽古をつけてもらえる話を聞いて、羨ましくなり、試合から目を離さないように、ブンドの方へ中途半端に顔を向けた。
「ココさんに訊かないとわかりませんが、教えるのは嫌いじゃないですから、大丈夫だと思いますよ」
 ブンドは頼香の無理な体勢に苦笑を浮かべて、そう請合った。そう言って前を向かせないと、どこか身体の筋を傷めてしまいそうな姿勢であった。
 その返事に頼香は嬉しそうな顔をして、ポニーテールを振り、顔を前に向けた。ポニーテールの先が何かをなでたような気がしたが、どうでもいいことなので、気にも止めなかった。

 ココはシェリルの気配が変わったことに本能的に気がついて、警戒を最大にして、全身の筋肉に第一級臨戦防御態勢を取らせた。
(次ので決めに来る)
 防御を固めることで攻撃に転じにくくはあるが、勝負を決めにかかったその気勢を削ぐことはできる。ココとしては、守りを固めて相手の気が緩むのを待つだけである。
 シェリルは呼吸を整え、攻撃の機会を窺い、気を緩める様子は見せない。それどころか、防御の“待つ”という精神的な疲労を増大させるように目に見えない圧力――殺気を放っていた。
 両方とも一流ゆえにその均衡はなかなか崩れない。しかも、会場は試合の雰囲気に呑まれ、水を打ったように静けさが広がっていた。
「くしゅんっ」
 静まり返っていた会場で誰かがくしゃみをした。
 シェリルは一瞬の気の揺れを見逃さずに、ロングソードの刃を水平にして突きを繰り出した。突きは最も殺傷力が強く、剣では受けにくい。ココの受けて流す戦術を考えれば、妥当な攻撃方法である。
 だが、ココは素早い足捌きで身体を半身にしながら突き出されたロングソードを避けると、その脇を滑るように自分の間合いに踏み込んだ。攻撃力が強く、受けにくくても、避ければ隙が大きいのが突きの弱点である。
 しかし、シェリルも突きを避けられることは読んでいて、身体を回転させて左の肘を回し打ちした。
「ちっ!」
 ココはシェリルの肘を自分の右肘で下から突き上げるように跳ね上げ、直撃を避けた。しかし、その代償としてココの右肘は痺れ、十秒ほどは右手が戦力外となってしまった。
「右手が使えれば、身体の開いたシェリル艦長に止めを刺すのは簡単だった」
 後にそう語られることになるが、闘っている最中にそんなことを考える余裕はない。考えることは使えるもので勝つ方法である。
 ココはやや体勢が悪いが、生きている左手の小太刀で突いて、それが決定打にならずとも、多少のダメージを与えたところで、復活した右手でとどめを刺すというプランを頭ではなく身体で立案して、実行に移した。
 シェリルの方は肘打ちが跳ね上げられることも計算の上であった。そして、左の小太刀による攻撃も予測の範囲であった。
 ココが左の小太刀で攻撃するには、自身の身体が邪魔になるために自然と脇を開いての攻撃になる。そうなれば、パワーもスピードも落ちる上に隙ができる。そこにつけ入るのがシェリルの作戦であった。
 彼女の予想通り、ココは脇を開いての突きを繰り出してきた。それに対して、彼女は腕を畳んで脇を締め、身体の回転でロングソードを気合とともに開いた脇の下へと振り上げた。
「でぁー!」
 刃を返す時間を短縮するための平突きをし、突いた剣を引かずにココの側に置いておくために、注意を逸らせるための肘打ち、それは同時に腕を畳み、自分の脇を締める動作も行える予備動作にもつながっていた。
 しかも、脇の下は急所であり、装甲をつけていても、脇の下は稼動部分のために装甲が薄い。彼女がやったような不自然な打撃でパワーが全力でなくても、そこへの攻撃は相手に致命傷を与えられる場所であった。
 まさに、シェリル艦長の詰め将棋のような見事な作戦であった。
「なっ?!」
 ココは斜め下から襲い来る刃に気が付き、左の小太刀の突きを途中で止めたが、小太刀で受けるには体勢が悪すぎて、受けたところで押し切られる。そう判断したココは躊躇せず、即決即断で動いていた。
 ガギッ!
 金属音が響いて、ココの左小太刀はフェザーの刃を霧散させた。
「なに?!」
 ココは小太刀の柄の下部でロングソードを受け止めていた。その衝撃でエネルギーの伝達路のブレーカーが飛んだのか、ブレードの発振装置が壊れたのか、刃が消えたのである。
 シェリルはとんでもない方法で自分の剣が受け止められたことに驚きはしたが、今は勝負の正念場である。ココは完全な状態で剣を受けきっていない。あと少し力を込めれば、押し切ることも可能である。
 ココもそのことを充分に承知している。右手の握力を総動員して、痺れた肘を強引に動かし、シェリルの首を払いにいった。
 数瞬後、二人はお互いに支えあうように倒れ、地面に横たわった。
 シェリルのロングソードがココを押し切るのと、ココの小太刀がシェリルの首を薙ぐのがほぼ同時であったのだ。
「この勝負、引き分け!」
 ネルソンが解説席のマイクで試合の判定を断言した。彼にはその権限は無かったが、観客の誰も彼の判定に文句を言わず、賞賛の拍手を送り、まだ倒れたままの二人の健闘を称えた。

「私の負けでしたね」
 倒れた後に救護班により医務室へと運ばれた二人は治療を受け、並びのベッドに寝かしつけられていた。
 お互いに急所に決まったためにフェザーのショックにより、気を失ってしまったのであった。二人とも日頃から鍛えているので、怪我はしていなかったが、念のためにミセス・キースにしばらく安静を申し付けられていた。
「いや、あれはうちの副長の言うとおり、引き分けだ。確かに私の剣の方がココ殿に先に届いてはいたが、その剣がココ殿の動きを止める前に、ココ殿の剣が私の頚動脈を見事に断ち切っていただろう。だから、引き分けだ」
 戦場では生き残ることが勝者である。
「……ありがとうございます。……あーあ、でも、歌恩様、怒っているだろうな……」
 ココはお礼を言いながらも弱りきった顔を浮かべた。
「歌恩大使もココ殿の健闘は称えてくれるはずだ。お互い、力と技を駆使して戦った。自惚れと思われるかもしれないが、正直な話、私と互角に戦える女性がいたなど信じられない思いなのだ。それに負けたわけではない。引き分けだ。きっと、わかってくれる。いい試合であったことは私が保証する」
 シェリルは意外な表情でココを見た。歌恩とはそれほど親しいわけではないが、彼女自身の会ったときの印象や風聞などを照らし合わせてみても、そんなことを言う人物とは思えなかった。
「うーん、そのことはそうなんだけど、違うことで、怒っていると思ってるの」
 ココは益々弱りきった表情をした。
「違うこと?」
 そんな表情をされたものであるから、シェリルは益々怪訝な表情になり、そして、剣を交えたことで仲間意識が芽生えたか、新たな戦友を窮地から救おうという気概が湧いてきていた。
「私でよければ、理由を話してくれないか? 歌恩大使の怒りを静める協力ができるのなら、是非したいのだ」
「うーん……」
 ココはシェリルの好意を読み違えることなく読んで、困った表情を深くした。
「ココ! あんたって子は、勝つなら勝つ! 負けるなら負ける! ハッキリしなさい。引き分けなんて中途半端な!」
 そんなときにタイミングよくか、悪くか、乱入してきた歌恩は医務室に入るなりココを叱責した。
「歌恩大使! その発言はいくらココ殿の上司であっても無礼です。私と彼女はともに日頃培った技と力を――」
「シェリル艦長! あなたもです! 勝つのなら、はっきり勝ってくれなかったんですか。おかげで、大損です!」
 シェリルは体を半身起こしながら弁護をしようとしたが、叱責の矛先をいきなり向けられ、完全に虚をつかれた。
「大損?」
 歌恩の言葉が頭に染み込まず、脊髄反射のように歌恩の言葉を間抜けな顔でオウム返しした。
「そう、大損です! 折角、二人の勝負を賭けにして、テラ銭できつねうどん食べ放題でしたのに、引き分けでは掛け金返却で、手元には必要経費の請求書だけしか残らない。軽食販売のショバ代があるから、何とかなりましたが、それがなければ、TS9を夜逃げするところだったのよ」
 大使館の夜逃げなど前代未聞だろう。シェリルはやっとのことで怒りの原因を理解して目眩がした。
「というわけで、リサールナル大使館はシェリル艦長にその件に関して言及するために、酒宴を開きます。必ず出席するように! かわねぎ司令には許可はもらってます。わかった?」
「りょ、了解した」
 有無も言わせぬ歌恩の迫力に押されて、思わずシェリルは酒宴の誘いを受けてしまった。

 リサールナル大使館は十数人分の宿泊できる部屋とその共用施設がある居住ブロック、そして、大使の執務室と一般事務室、専用通信室、応接室からなる実務ブロック、残りが倉庫ブロックとなっていた。
 もっとも、三人とも一般事務室でほとんど仕事をしているし、居住区も三人しか使わないのでほとんどが空き部屋である(ただし、いつでも使えるようにブンドがまめに掃除はしていたが)。
 シェリルは、その大使館の応接間に座っていた。応接室と言っても、事務所とは襖一枚で仕切られただけの畳敷きの部屋であった。内装は質素で落ち着きを重視した、いわゆる地球の一地方の文化、ワビサビであった。
 彼女の杯には、気のせいとしか思えないぐらいのわずかに山吹色の色のついた、ほぼ透明なお酒が満たされていた。少しばかり甘い香りのするそれは、リサールナル名産のフシミ酒であった。
 一説によると、昔は貴族しか飲めなかったので、庶民はそのお酒を伏して見ることができないためにフシミ酒と呼ばれたという。もっとも、今では多少高くはあるが、誰でも飲めるお酒で、リサールナルではお祭りなどには欠かせないお酒となっている。
 海兵隊員が好む荒々しい火酒といっていい蒸留酒とは違う上品な味わいは、彼女にとって“酒”としては少々物足りないものがあったが、“飲み物”として意外にも肌にあって、杯を重ねていた。
 ココとシェリルの剣術談義や、再来月に戦後二十周年記念イベントの一つとしてTS9へやってくる同盟少年少女親善使節団の歓迎武術大会の模範演技のことや、先日のアメフラード騒乱時の艦艇制圧手順のディスカッション、クロムジー星系での地上戦の話など、あまり年頃の女の子が二人で楽しそうに話すような内容ではなかったが、二人にとっては何よりも楽しい会話であった。
 そんな二人を黙って眺め、歌恩がフシミ酒を舐めるように飲みながら少しばかりため息を吐き出した。
「でも、あなたたちの家系同士は本当に引き分けが好きね」
「? ココ殿との手合わせは今回が初めてなのですが?」
 シェリルは怪訝な顔をした。ココも同じようで不思議な表情をしていた。
「サイラス・アルカディウス・ターヴィ。シェリル艦長はこの名前の人にゆかりはあります?」
「え? あ、父ですが……父が何か?」
「そう……やっぱり、ターヴィ艦長の息子さんだったのね。そうじゃないかなと思っていたけど……あなたのお父さんと随分と昔の話だけど、戦場で顔を合せたのよ。そのときは危うく尻尾を切り取られるところだったわよ」
 歌恩は楽しそうに目を細めた。わずかな間だけだが、彼女しか知らない昔の時間を旅した。
「父と……ですか」
 歌恩が昔、名の知れた艦隊司令なことは知っているシェリルは複雑な顔をした。
「私の乗艦にお父さんの艦が接舷して、斬り込まれたの。小惑星に簡易ワープエンジンを取り付けたダミー艦を多数、突っ込ませて、その中に強襲艦を紛れさせて接舷するなんてダイナミックな作戦をやってきたのは、後にも先にもあなたのお父さんだけよ。しかも、シールドを張っていたらシールドがデブリとの反応する放射で気が付かれるからって、小惑星を輪切りにした盾をつけてデブリを防いでね。もし、当てずっぽうでも光子魚雷やフェザーを打ち込まれたら、そんな盾なんて役立たずで、一発でおしまいなのに、たいした度胸だわ」
 かなり無茶な作戦だが、歌恩はもし逆の立場であれば、その作戦を実行していたかもしれない。歌恩の八半艦隊はそれだけ連合に打撃を与えていたのであった。
「父らしい作戦です」
 もし返り討ちにあっても、強襲艦が数隻沈むだけである。連合としては安いものだろう。サイラスも失敗しても自分の部隊の全滅だけで済めば連合に傷はつくが、たいした傷ではないと判断したのであろう。肉を切らせるつもりで骨を断ちに行く。サイラス・アルカディウス・ターヴィらしい作戦であった。
「斬り込まれて、艦橋にまではたどり着けなかったんだけど、運良く、防御服を着るために移動していた私とばったり鉢合わせしたわけよ」
 実際は防御服を着て苦戦している迎撃部隊にはっぱをかけに行くつもりだったが、それは言わないことにして、さらっと話を流した。
「よく、ご無事で……いや、あの……」
 シェリル艦長は思わず口に出た言葉に狼狽した。
「ふふふ、いいのよ。私一人なら、確かに胴体と頭が別れ別れになっていたでしょうね。ココのお父さん、狐都理が一緒にいてくれたから助かったのよ」
「お父さんが?!」
 ココは自分の父の名前に反応して、身を乗り出した。
「ええ。あなたのお父さんとサイラス・アルカディウス・ターヴィ艦長。なかなか白熱した戦いだったわよ。お互いに一歩も引かず、技と力の限りを尽くして。でもね、戦場では時間は限られているから、結局はターヴィ艦長は撤退しなければならなくなった。でも、勝負はついていなかったから、引き分けというわけよ」
「ココ殿のお父様と私の父が……」
 シェリルは歌恩に羨望の眼差しを向けた。
 シェリルの父、サイラスは今でも彼女のにとっての目標であった。父親から『新星流剣術』を受け継ぐために厳しい修行を受けてきたが、それは鍛えるための厳しさで、手加減されており、本気の実力ではない。彼女は父親の本気をいまだ見ていない。
 技術的にはすでに父親に比肩するレベルまで来ていると感じはしているが、それでも父親とは何かが違う。向こうが透けるほど薄いが、恐ろしく丈夫な壁が彼女の前に立ちはだかっていた。その正体は父のくぐった修羅場の数であり、質であり、それに裏付けされた経験なのだとは感じていたが、今の世にそれを習得できるのか、彼女は不安を感じていた。
「歌恩様、その話を詳しく教えてください」
 ココが歌恩にお願いする声にシェリルは我に帰って、彼女からもお願いした。
「いいわよ」
 歌恩はにっこりと笑って頷くと、昨日のことのように二人の父親同士の対決を語った。剣戟が聞こえてくるような語りに二人は冒険談を聞く子供のように目を輝かせて聞き入っていた。
「――別れ際に再戦を約束したんだけどね、それが叶わなかったことが残念だったわ」
 全て語り終えた歌恩はそう言って少し寂しそうに目を伏せた。
「叶わなかった?」
 戦時ならいざ知らず、和平を結んでいる今では同盟に行くことも連合に来ることもさほど難しいことではない。
「お父さんは……狐都理は戦争が終わる直前の決戦で戦死しました」
 静かな声が響き、部屋の中に水が打たれた。
「そ、それは……知らないとはいえ、申し訳ない」
 シェリルはココにすぐさま頭を下げた。武人の家系とはいえ、家族の死が辛いのは変わりない。
「いえ、気にしないでください。私も小さくて、あまり父のことを覚えてないですから……」
「申し訳ない……そういえば、今思い出したのだが、私が昔、父に今まで一番強かった敵は誰か? と聞いたことがある。そのときに父は、誰もが強かった。が、一人だけ、もう一度戦いたい相手がいる。だが、残念な事にもう亡くなっておられた。と言っていた」
 シェリルはふと、昔、稽古の合間に少年らしい純粋な強さへの勘違いで質問したことを思い出した。
「今日、私が使った最後の相討ちになった技は、その相手が使った技を父が自分流にアレンジしたといっていた。技の名前は――『コトリ斬舞』……」
 シェリルは技の名前を披露した。
「……お父さんの名前……」
 ココは思いもしない父親の足跡に目を大きく開いて、口に手を当てて、ただただ驚いていた。
「なるほどね。ちゃんと狐都理の剣は受け取っていたわけね」
 歌恩は少し羨ましそうに呟きを漏らした。
「剣?」
「シェリル艦長のお父さんとの戦闘の後にね、狐都理に剣は贈らなくてよかったのか訊いたのよ。そしたら、『私の剣は技です。こちらも向こうも技を尽くして闘いましたから、お互いに剣を贈りあったことになるんですよ。形ある剣はいつか折れるかもしれないけど、技という剣は磨き続ける限り折れはしない。そして、それは弟子へと受け継がれていく。変化するけども永遠の剣ですよ。これ以上の剣を私は知りません』って言ってたのよ。そして、その通りになっていた。ココ、狐都理の生きた剣は受け取れた?」
「……お父さん……」
 ココは呟きとともに二、三滴の涙を頬の上に走らせた。
「ふふ。二人の子供のあなたたちで、再戦の約束も果たしたようね」
 歌恩は優しい表情でそう言うと、上を見上げて遠い視線になった。まるで、向こう側にいる狐都理にそれを伝えるような遠い視線であった。
「……そうですね。ええ、そうですね」
 二人もお互いに顔を見合わせて微笑み、大きく頷いた。
 そして、誰も何も言えずに、ただ静かな優しい時間がゆっくりと流れているのを感じているだけであった。その静かな時間を見守るように夜はひっそりと更けていった。

――つづく――


次回予告

 様々な事件がTS9を絡めて通り過ぎていった。
 いつしかその流れが激流となり、TS9に襲い掛かる日が来ようとは。
 辺境宇宙のオアシス。美少女たちの安全地帯――TS9に嵐の予感!
 そんな折、トマーク=タス同盟より親善使節団が来訪する事に。
 かわねぎ司令はTS9を、使節団を守れるのか?

かわねぎ司令――
   「れも副司令。君は司令本部に残ってほしい。私に何かあった時に指揮を執る人間がいなくてはならない」
      わが身を危険にさらす彼の決断。
れも副司令――
   「司令がちゃんと司令の仕事をしてくれれば問題なく命令を遂行できます」
      彼女の苦労はついに報われるのか?
シューマッハ――
   「切り札と言われたら喜ぶと思っているなんて思われているなら、安く見られたもんだ」
      ついに活躍の場が?!
シェリル艦長――
   「どうやら、なりふり構っていられないな。非常厳戒警報だ」
      彼女の発した警報がTS9を駆け巡る。
 
 TS9に忍び寄る陰謀の魔の手。
 様々な思惑が交錯する静かな戦場。
 宇宙に平和の旗がはためく時は遠いのか?


次回――

ちーぷすぺーすないん4

平和の旗を織しもの達 前編

乞う ご期待!!


――さようなら、女狐とネズミ主義者くん



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