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ちーぷすぺーすないん 5

平和の旗を織しもの達
― 後編 ―

作者名:南文堂


 パリックは歩哨の直立姿勢であくびを噛み殺した。警報が鳴ったが、士官居住区に配備された彼の出番はおそらくない。あるとすれば転送装置で配置の再編がされた時だが、その気配もないので緊迫した空気も彼の周囲には全く漂っていなかった。
 もちろん、彼も活躍したくないわけではないが、CT装備など持ち出すような時に活躍したくはなかった。
「俺の腕じゃ、二階級特進が関の山だからな」
 自分の実力をわきまえていたので現在、蚊帳の外にいれることを素直に喜んでいた。
 何度目かのあくびを噛み殺した時に誰かが彼の方に近づいてくるのを見つけたが、少なくともその一人はよく見知った顔だったので特には警戒はしなかった。
「アームストロング少尉。自室待機ではなかったのですか?」
「ああ、パリック伍長。そうなんだが、この人を避難場所まで送って行かなくちゃいけないんだ」
 アームストロングは彼の後ろに隠れるように立っている長身の美少女を軽く振り返った。
「誰なんです?」
 パリックが彼女をよく見ようと回り込むように覗き込んだが、彼女は顔を背けてしまった。
「おいおい、野暮なことは聞くなよ」
 更に覗き込もうとした彼をさえぎるようにアームストロングが身体を割り込ませた。
「あー、本官は職務のためであります。そのお嬢さんのお名前とお顔を見せていただけませんか?」
 見せないとなれば意地でも見たくなるのが人情というもので、少々職権乱用気味ではあったが、正論を盾にした。そう言われては隠れてもいられず、長身の美少女は恥ずかしそうにパリックの方を向いた。
「ミキです。ミキ……ミキ・ハセガワ」
 潤んだ瞳をして恥じらいながら小声で答える彼女にパリックは彼女以上に顔を赤らめた。
「しょ、少尉も隅に置けませんね。こんな可愛い娘を、だなんて。でも、ここは民間人立ち入り禁止だったはずですよね、少尉?」
 パリックはまだ顔を赤くしながら、矛先をアームストロングに向けなおした。その矛の下に下心があるのはミエミエであった。
「パリック伍長。よしみで見逃してくれ」
 アームストロングは手を合わせて彼を拝んだ。
「そうですねー……」
 パリックは意味ありげな笑みを浮かべながら気のない返事を返した。暇をもてあましていたのでしゃべり相手がほしかったし、上手くすれば美少女ともお近づきになれるとあっては容易に手放すわけがなかった。
 アームストロングもそれを読み取って、「ただでさえ時間が貴重なこの時に」と顔をしかめていた。すると問題の彼女がすっとパリックの前へと進んできた。彼女の予想外の行動にパリックは少し驚いて身構えた。
「あ、あの、ごめんなさい。私が、アームストロングさんの所に、勝手に、押しかけてしまいましたの。ごめんなさい。もし、アームストロングさんに、迷惑がかかるようなことがあったら、私、私……」
 身構えているパリックに彼女は胸の前で両手を組んで目を潤ませながら訴えた。最後はついに声を詰まらせ、顔を俯けてしまった。
「あ、いや、き、君を困らせるわけじゃないんだ。泣かないでくれ」
 男にとって女の涙は核兵器よりも始末が悪いのは宇宙共通事項らしくパリックは彼女の反応にさらに慌てた。
「ミキ。俺が悪いことをしたからで、パリック伍長は職務を全うしただけなんだよ」
 アームストロングが優しく彼女の方を抱きながら諭すように語り掛け、パリックに追い討ちをかけた。
「少尉〜。わ、わかりました。行ってください。少尉はここに迷い込んだ民間人の女性を避難場所までエスコートした。そういうことです。それが少尉の知り合いかどうかなんて僕は知りません。これでいいですね?」
 パリックはやけくそになりながら彼らの通行を認めた。
「ありがとう。パリック。恩に着るよ」
「ありがとうございます」
 二人はパリックにお礼を言うと、少し小走りに通路に消えた。パリックはその後姿を悔しそうに見送って、再び退屈な歩哨の任務に戻ることにした。
 パリックから充分に離れたと思ったところでアームストロングは不意に笑い出した。
「すごい演技だったよ、ミキちゃん。とっさに偽名まで使いこなすだけでも驚きなのに、あんな演技までこなすとはな。本当は趣味なんじゃないか? 化粧も堂に入ってたし」
 アームストロングは隣の美少女、シューマッハをからかった。
「冗談も休み休み言え。偽名は前回のミッションの時に使ったのだ。それと、あの演技はああでもしなければ解放してくれそうにもないからだ。化粧も見よう見まねだ。変な誤解はしないでほしいな」
 しかし、シューマッハの見よう見まねの化粧は後に頼香が見て、「女の俺の立場がなくなる」と化粧の特訓をさせるほどできであった。彼の多彩な才能は彼にとって証明したくないだろうところでも証明することになった。
「わかった、わかった。からかって悪かった」
 アームストロングは謝ってはいたが、笑いを噛み殺す努力は成果を発揮できていなかった。
「急ぐぞ! 時間が惜しい」
 シューマッハはこれ以上笑われるものかと一人、走る速度を上げた。

 転送室へと続く廊下は普段、転送室オペレータは可愛い女の子が多いことから密かに『美少女通り』などと呼ばれて、男子職員たちの目の保養をさせていたが、今はパワードスーツに身を包んだ五人の襲撃者たちが蹂躙していた。
 文字通り無人の野を行くが如く、彼らはゆっくりと転送室へと近づいていった。爆撃で吹き飛ばした保安課員に生き残りがいる可能性もあり、何らかの罠が仕掛けられている可能性もあるのでそれらを警戒しての慎重な抜かりのない行動であった。しかし、その行動はどこか悠然とした、勝者の余裕のようにも見えた。
 そして、彼らのゆっくりとした行軍は、彼らにとって裏目――ネルソンにとっては幸運となった。
 シェリルからの命令でネルソンが転送室の増援に向かうことになったが、海兵隊も人員が無限なわけがなく、増援は彼一人となった。シェリルもまさか、それほど早く敵が行動するとは思っていなかったのと、それほどあっさりと保安課員がやられるとは思っていなかったのであった。
「畜生。ちょっと遅かったか」
 廊下の先に見える転送室前の惨劇にネルソンは舌打ちして、迷わずセンサー攪乱素子入り煙幕弾を転送室前に発射した。
 突然の煙幕に襲撃者たちはどこかからの逆襲と勘違いし、一旦後退して態勢を立て直した。プロゆえのセオリー通りの反応がここでも裏目になった。
 ネルソンはパワードスーツの性能をいかんなく発揮して、一気に通路を駆け抜けて、煙幕の中に飛び込んで通路の隔壁を下ろした。しかし、隔壁が降りたのは自分が今きた通路だけで、襲撃者たちのいる通路の隔壁は降りることはなかった。
「奴らの最初の攻撃で故障したか。さすがは安普請のTS9だ」
「けほっ! もしかして、ネルソン副長さん?」
 ネルソンが表情を曇らせていると彼の背後から誰かの声がした。
「その声はエレク少尉か。すまん。少し遅れたようだ。だが、安心してくれ。奴らは絶対、その部屋に入れない。だから、安心して自分の仕事をしてくれ」
 ネルソンはエレクたちを心配させないように力強く言い切った。
「う、うん。わかった。エレク、頑張るっ」
 エレクの返事と共に自動換気システムが煙幕を吸い出して、通路の視界がクリアーになり、襲撃者とネルソンはお互いに肉眼で対面となった。
「大規模な増援かと思えば、オッサンたった一人とはな」
 襲撃者たちはネルソンがたった一人なのを見て、失笑した。そして、保安課員たちと同じようにミサイルで始末しようとしたが、ネルソンのフェザーがそれを通路中央で爆発させた。
「さあ、かかってきな。ボーズたち。本物のプロってものを教えてやるぜ」
 ネルソンが余裕を見せて、襲撃者たちを挑発した。
「ふん。ADW―322Pか。パワーとスピード、装甲まで両立した優秀なパワードスーツだな。だが、欠点は二つ。ミサイルなどの武装ポッドが装備できないことと――」
 襲撃者たちはネルソンにやや無造作に近づき、複数で一斉に殴りかかった。
「装甲は恐ろしく丈夫だが、その衝撃が操縦者にもろに伝わることだ」
 パワードスーツを着ているとはいえ。、パワードスーツの打撃は強烈であった。その上に襲撃者のいう構造上の欠点があっては、通常の人間なら一撃で気を失っていただろう。しかし――ネルソンは平然と五人を吹き飛ばした。
「お前たちのパンチなんて、海兵隊の奴らのに比べれば、ネコマネキパンチだ」
 シェリルの天然無防備お色気と海兵隊員の熱い愛によって生み出された、今や恒例行事『ネルソン大尉チンだボディだフックだ大会』のおかげで連合一の打たれ強い副長に成長していた。
 こうして襲撃者たちとネルソンの一見、リンチにしか見えない格闘戦が開始された。
 ネルソンは多少、殴られたり蹴られても、その痛みに耐えて、脇を抜けようとする敵のみを攻撃し、突破を阻止していた。
 彼を完全に押さえ込むには最低でも三人は必要であった。そして、それだけのパワードスーツを着た人間が通路にひしめき合うとその脇を抜けるのは不可能であった。彼はそれを熟知しており、なるべく通路中央で戦っていた。
 彼は強襲艦ワールウィンドで斬り込み時に艦の防御を担当している。こういった戦闘には長けているのも当然であった。
「ちっ。時間がない。占拠はいい。三人がかりで押さえ込め。転送室を『確保』する」
 襲撃者たちの分隊長らしき人物がネルソンの粘りに負けて、転送室の破壊を決断した。彼らにとって『確保』とは使えないようにしてしまうことである。状態を確かに保つためには破壊してしまうのが一番である。
「くっ! 邪魔だ、貴様ら!」
 三人がかりで押さえ込まれ動けないネルソンの脇をロケット弾が必死の彼を嘲笑うかのように通過した。
「くそっ!」
 軍事的には占拠される最悪の事態は回避されたことになるが、確保されることも感情的に最悪には変わりなかった。
 万事休す。
 そう思った瞬間、そのロケット弾は目標のかなり手前で爆発した。
「なっ?!」
 爆風に頬を打たれながら襲撃者たちとネルソンは思いもよらない事態に共に驚きを隠さなかった。

 時間を少しだけ巻き戻して、ネルソンが格闘戦を開始して戦線がこう着状態に陥った頃、転送室では珍客を迎えていた。
 エレクは激しい戦闘が繰り広げられているが、ネルソンが頑張っている以上、自分も頑張らないとと、震える気持ちを押さえつけて、転送機の機能回復に懸命になっていた。彼女も幼そうに見えても、いっぱしの軍人で士官であった。
 しかし、頑張りがそのまま結果に直結されるほど世界は甘くない。ウィルスは依然として転送機のコンピュータを犯しつづけていた。
 そんな時に床板の一部が外れ、そこから深窓の令嬢風の美少女と褐色の肌の連合士官が這い上がってきた。
「な、なんなんですぅ?!」
 エレクは突然の侵入者に半泣きになりながら、コスプレ用だが、本物の大出力フェザーライフルを構えた。
 コスプレでそんなものを持ち歩く彼女も彼女だが、それを黙認する基地も基地である。しかし、その本物のライフルを向けられている人物たちはそんなことよりも彼女に引き金を引かれない方が重要な事項であった。
「待て! 撃つな! 俺は連合士官、アームストロング少尉だ。エレク少尉。見覚えあるだろ?」
 闖入者は両手を挙げて、エレクを止めた。
「あ、アームストロング少尉〜。よかったです〜」
 エレクはトリガーをあと少しで引いているところだったが、見知った顔を見て銃をおろして、へたり込んだ。もっとも、安全装置がかかっていたので、引き金を引けはしなかっただろうが、銃を向けられた方としては生きた心地はしない。
「状況は……悪そうだな」
 アームストロングは転送室の中と外の状況を見て顔を顰めた。
「そうなんですぅ。ところで、そっちのお姉さまは誰なんですか?」
 エレクは半べそをかきながらももう一人の見知らぬ女性のことを尋ねた。
「お、お姉さまって――」
「この人は俺の相棒さ♪」
 深窓の令嬢が何かを言おうとしたのをアームストロングが抱き寄せて何も言わせなかった。
「きゃー♪ アームストロング少尉、すごぉーい」
「おい! 冗談も――」
「そうだ。そんなこといっている場合じゃなかった。くわしい状況を教えてくれ」
 再び、深窓の令嬢を無視して、アームストロングはエレクに詰め寄った。
「そうでしたですぅ。機械がウィルスでやられちゃって、お外でネルソン副長がタコさん殴りなんですぅ」
 実に端的な状況報告であったが、切迫しているのは痛いほどわかった。
 話をさせてもらえない深窓の令嬢は半開きの扉から外の状況を見つめていたが、急にエレクに向き直り、彼女のライフルを取り上げた。
「何するんですかぁ!」
 エレクの問いには答えずに彼女は安全装置を外して、トリガーを迷わず引いた。
 一瞬後に爆風が部屋の中へと吹き込み、彼女の長い髪がその風に泳いだ。
「お姉さま、素敵ですー」
 どうやら、エレクにとって格好良ければライフルを獲られたことはどうでもいいらしく、目にハートマークを浮かべて見惚れていた。
「やつら、転送室を確保――破壊するつもりらしい。俺が奴らのミサイルは俺が打ち落とす。アームストロング。ウィルスの方を頼む」
 深窓の令嬢がライフルを構えなおして、外から目を離さずにアームストロングに命令した。
「了解。お姉さま♪」
 アームストロングは投げキッスをすると彼女は露骨に顔をしかめた。
「茶化すな! それより、ウィルスの方は何とかなりそうなのか?」
「ああ、何とかする」
「じゃあ、早くやってくれ。俺はネルソン副長を援護する」
「無茶するなよ、マイハニー」
 台詞はふざけているが、声は真剣そのものであった。
「そうする。こんな姿で戦死したら、頼香少尉を笑い死にさせるからな」
 深窓の令嬢は苦笑を浮かべて、ライフルを改めて構えなおした。
「おねぇさま、ファイト♪」
 エレクの声援を受けて、深窓の令嬢こと、シューマッハはネルソン副長を援護するため、射撃を始めた。

 突然の状況の変化に一時呆然となった両者だが、両方ともプロである。すぐさま変化した状況に対応した。
 襲撃者たちは援護射撃をする新手を排除するために狙撃を開始し、ネルソンは敵の狙撃を邪魔するように手近な襲撃者を投げ飛ばして、満足な射撃体勢をとらせないようにした。
 本来ならばフロントで暴れられると援護射撃などしにくくなるのだが、援護射撃をしている人物の腕がいいことをよいことにネルソンは思う存分、暴れまわった。
『ネルソン副長。伏せてください』
 インカムに聞き覚えの有るようなないような若い女性の声が聞こえ、ネルソンは躊躇わずにその場に伏せた。
 そのすぐあと、彼の頭上をそれまで加減していた出力を最大にまで上げた高出力フェザーの掃射が通過していった。
 不意をつかれた襲撃者たちはその掃射を少なからず浴びた。それでもとっさに致命傷を避けたのはさすがと言うべきだった。が、腕や足、パワードスーツにも何かしらの損害を受けており、数では勝っていても不利な状況に陥った。
「まだ、やるよな?」
 ネルソンは身体を起こして、ドスの利いた笑みを浮かべると襲撃者たちのリーダーは手で合図して、射撃をしつつ後退し、通路から撤退した。
 ネルソンは誘いに乗ってくれれば、二、三人は捕まえられたのに、と思いながら、深い追いはせずに故障していない隔壁を下ろし、とりあえず転送室周辺を隔離状態にして、転送室へと戻ることにした。
 転送室前ではフェザーライフルを抱えた麗しき長身の令嬢が彼を待っていた。
「ネルソン副長。ご無事ですか?」
 彼女はネルソンの姿を認めると銃をおろし、張り詰めていた緊張を解いた。
「ああ。君のおかげで助かったよ。こんな美人に援護射撃されるのなら、もう少し奴らとやり合っていたかったな」
 ネルソンも激戦の緊張をわずかに緩め、軽い冗談を飛ばして笑った。
「ネルソン副長!」
「いや、失礼。お嬢さん、助かりましたよ。民間人にしておくには惜しい腕ですよ。銃の名手のれも副司令にも負けていませんよ」
「あのですね」
 彼女が反論しようとした時、背後の転送室で通信の呼び出しが鳴った。

 転送室のヴィジフォンに映し出されたかわねぎ司令は前髪が汗で額にへばりつき、呼吸も荒かった。もしここが、2チャンネルなら、ハァハァするなと言われていること間違いなしであった。
『状況を知らせてくれ。エレク少尉』
 なんとか呼吸を整え、司令官としての体面を保ちつつ説明を求めた。
「えーと、ウィルスがどばばっとなっちゃって、保安課員さんたちが警備会社の人たちにやられちゃって、とっても怖かったら、ネルソン副長がびゅーんとやってきて、ぼかぼかってタコさん殴りにされててで、お姉さまがやってきで、ズババって逆転なのです」
 エレクは興奮気味にこれまでの経過を身振りまで加えてかわねぎ司令に説明した。
『あー、エレク少尉。もう少し、詳しく説明してくれないか?』
「うーん、アームストロング少尉。代わりに説明してよ」
 エレクはしばらく考えた挙句、適任の人間に交替することを思いつき、オペレータ卓にいるアームストロングを引っ張った。
『アームストロング? 何故君がそこに? 君は確か、自室で待機だったはずだろう?』
 かわねぎ司令は画面に引き出されたアームストロングに不審な視線を向けた。
「申し訳ありません。かわねぎ司令。命令違反については、どのような処罰も受ける覚悟はあります」
 アームストロングはかわねぎ司令に敬礼をして謝罪した。
『いい心がけだが、そんなものは後回しだ。説明を聞こう』
「はい、ありがとうございます。――メイン転送管理室のコンピュータがウィルスに感染した模様です。ウィルスの種類は『miojiru』の改造型と思われます」
『ミオジル? 『miojiru』か! 最悪だな。去年、キャロラットの国防省のメインコンピュータを停止寸前まで追い込んだ極悪ウィルスだったな、確か』
 かわねぎ司令は画面の向こうで顔をしかめた。そのウィルスのおかげでキャロラット国防省が半年間は作戦行動に支障を及ぼされたという代物である。渋い顔もしたくなる。
「はい。犯人は五つのガキだって言うんだから末恐ろしいことです――っと、そんなことはどうでもよいですね」
『うむ。それでどうかな? アームストロング少尉』
「はい、司令。このウィルスは感染すると除去が困難で、その場しのぎのワクチンでは、ウィルスに自己進化プログラムがあるために、決定的な有効打にはならないのが最悪のゆえんです。しかし、そのために侵食が遅く、周辺部から侵食し、コアプログラムを侵食するまでにはかなりの時間がかかります。それを利用します」
 アームストロングはそう言うと自分の腕を切り落とすようなジェッシャーをした。
『つまり、感染したプログラムを切り離し、無事な部分と隔離するというわけか』
「その通りです、司令。機能が制限されるのと、その無事だったものを使うにも、入力支援のプログラムから侵食されるので機械操作には熟練の技が必要となりますが」
 アームストロングは隣のエレクをちらりと見た。彼女は頼りなさそうに見えるが、転送機を扱わせればTS9でも彼女にかなう人間はいない。しかも、旧式の転送機オペレータの経験もある。
『その点はエレク少尉がいるから心配ないというわけか。よし、わかった。アームストロング少尉は転送室の機能回復の任務に就け。命令はただいまより12時間遡って発行する』
「ありがとうございます、かわねぎ司令」
 アームストロングはほっとした表情で敬礼して、任務を12時間遅れで拝命した。
『ところで、ネルソン副長は無事か?』
 かわねぎ司令は話が一段落したところで撃退の立役者を思い出していた。
「かわねぎ司令。ネルソンです。何とか無事です」
 かわねぎ司令が今まで自分のことを忘れていただろうことはわかったが、苦笑以上は何も言わずに画面に現れた。
『それはよかった。ところで、襲撃してきたのは』
「はい。転送室を襲撃したのは例の警備会社の連中でした。私がついた時にはここの警備をしていた保安課員は全滅しておりました。敵はなんとか撤退させましたが、追撃はできませんでした。すいません。現在は隔壁を下ろして、警戒態勢をとっております」
 隔壁をおろしたので増援はできなくなったが、多少の襲撃には耐えられるようになった。指揮系統の混乱した現状ではそれが最善の策と言えた。
『ありがとう。しかし、よく一人で持ちこたえてくれた。さすがだね』
「いえ、その件については、勝利の女神さまの助力をいただきました」
『勝利の女神?』
 かわねぎ司令はネルソンの言葉に怪訝な表情を浮かべた。このTS9で勝利の女神としてあげられるとすれば、かわねこ司令代理、れも副司令、シェリル艦長、ココ同盟大使武官ぐらいである。
「そうなんですぅ。おねえさま、こっちに来てくださいですぅ」
「いや、俺は――」
 エレクが嫌がる長身の美少女を通信カメラの映るところに引っ張り出してきた。もちろん、その後ろではアームストロングが爆笑するのをおなかを押さえてこらえていた。
『ご協力感謝します、お嬢さん』
 かわねぎ司令は全く気づかずに至極真面目に彼女に敬礼した。
「素晴らしい射撃の腕でした。れも副司令にも負けませんよ、彼女。本気でスカウトしたいくらいですよ」
『そうらしいよ、れも副司令』
『あら? そんな女性がTS9にいたなんて全然知りませんでした。どんな方なんです――って、シューマッハ少尉?! どうして?』
 どうして、そこにいるのかというのか、どうしてそんな格好をしているのかというのかはわからなかったが、れも副司令は目を見開いて、驚きで両手を口に当てて固まってしまった。
「ええ!」
 しかし、その驚きは他のものも同じで、全員が驚きの声を合唱した。
「そうです。僕はカール・シューマッハです。アームストロング少尉同様、自室待機の命令を無視しました。その件に関して、僕はいかなる処罰も受け入れる覚悟はあります。メインコンピュータに少尉権限を越えてアクセスしようとした件も、軍法会議にかけられることは覚悟しております」
 カツラを取り、シューマッハは直立不動でかわねぎ司令に向きなおした。まっすぐと見つめる視線には、シューマッハ一族だからという奢りも、一介の少尉というおびえもない。あえて言うなら、一人の一人前の男としての目だった。
『えーと……まあ、その……よい覚悟だ。君の処遇はおって沙汰することにしよう。だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。君はネルソン副長の指揮下に入り、転送室を警護すること。いいね。君の活躍を期待している』
 かわねぎ司令は彼の目に答えるようにきっちりとした敬礼を返した。
「ありがとうございます。かわねぎ司令」
『シューマッハ少尉』
 固まっていたれも副司令が解凍され、笑顔で再び画面に現れた。
「れも副司令……」
 シューマッハは一番見られたくなかった人物にこの姿を見られた悔しさに表情を固くした。
『とっても似合ってるわよ。今度、生で見せてね♪』
 やはり彼女もTS9の住人であった。
「……はい」
 シューマッハの返事にヴィジフォンの向こうで呼吸困難になりながら笑っている頼香の声が聞こえていた。

 転送室との通信を終えて、かわねぎ司令は司令本部にいるスタッフの方に向き直った。
 今、司令本部にいるのは、かわねぎ司令とれも副司令、WONDOにバルバ、キース、メン・ホーコリー、それと歌恩とココ、頼香、来栖、果穂で、あとはオペレータと保安課員たちであった。使節団のキースとベレッタは明に付き添われ、別室で休んでいた。
 かわねぎ司令は歓迎式典会場で避難が完了するのを見届け、歌恩たちと共に司令本部に移動したのであった。
 当初の作戦では目標を分散させるつもりであったが、それによって、かわねぎ司令、れも副司令、保安課バルバ少佐、シェリル艦長と命令系統が並立したような形になり、多方面で交戦状態になった前線が混乱してしまったのであった。この状況は軍隊としてはかなりお粗末なものであった。これは日頃、平和なTS9であったため保安課のスキルアップが積極的でなかったことが第一の要因であった。
 さらに本来はかわねぎ司令を護衛する予定の保安課員たちを運用しなければ事態に対処できなくなってしまい、司令本部の防衛とかわねぎ司令、歌恩大使の護衛をセットにすることになったのであった。
「事件が解決したら、こういった事態に備えての本格的な訓練が必要だな」
 かわねぎ司令は攻め込まれることを無意識に考えていなかった自分を嘲笑するかのように苦笑を浮かべた。
「それはこの事件が終わってから考えるとしよう」
 WONDOは先を見すぎて足元をすくわれては明日の太陽も拝めないと、今すべきことに神経を集中するよう促した。
「その時は協力お願いしますね、WONDO中佐」
「どんどん泥沼にはまっていく感じだな」
 WONDOは苦笑を浮かべて、司令本部に入ってきている襲撃者たちの配置や移動経路の情報を見た。
「不幸中の幸いか、襲撃者は十人ほど少なかったようだな。派手だが、これではターゲットのところまで到達できないな」
 よく考えられた襲撃計画だが、詰めの甘さがやたら稚拙に見えるとWONDOは分析を下した。
「ええ、あと十人ほどいれば、剣林弾雨でしたけど」
 歌恩もそれに同意した。もちろん、かわねぎ司令も同感だった。しかし――
「ちょうど、十人か」
「なにか気がかりなことでもあるんですか、司令?」
 かわねぎ司令の呟きにれも副司令は素早く反応した。
「グルメストン号から11人、T&R警備から36人。合計、47人。これが襲撃者の数だな」
「ええ。何人かは減っておりますが、当初、襲撃してきたのはそれだけです。その後、増援があったという報告は受けていません」
 れも副司令はきっぱりと言い切った。バルバも間違いないと彼女の報告を裏付けした。
 かわねぎ司令はしばらく考えてからWONDOに向き直った。
「WONDO中佐。中佐がもし、彼らのしようとしていることをするとすれば、最低で何人必要ですか?」
「まあ、60人は必要だと思う。さっき、十人少ないといったとおりな」
「私も同じ意見です」
 かわねぎ司令の言葉に歌恩も黙って頷いた。さすがに連合の基地を一時的に占拠して暗殺をするための目算を同盟大使がしてはまずいというわけである。
「警備会社の届出を見ると、社員は48人となっている。その全てが実戦部隊でないかもしれないが、12人も少ない。妙だと思うだろ?」
「確かに。しかし、万全の人数を揃えることがいつもできるとは限りませんし」
 バルバもかわねぎ司令のいわんとすることが理解できたが、その消えた12人はどこにいるか見当もつかなかった。
「その通りだね。でも、彼らの攻撃はプロの手並みだ。ここまで大規模で組織的な襲撃をやってのけ、基地機能を混乱させることに成功した。だが、次はこうも上手くは行かないだろう。それを知っていながら失敗するというのは変だと思うんだ」
「つまり、12人はどこかに隠れていると?」
「その可能性が高い。というか、作業用通路を使っているのかもしれない。チック・ミヤア中尉の報告のあった通路は彼らの潜入員によって破壊されたのかもしれない」
 かわねぎ司令は迷路のようになった作業用通路を頭に思い浮かべて、もし作業用通路から攻めるなら使う通路をリストアップした。
「司令本部の守備を保安課員に交替させて、海兵隊を作業用通路に向かわせてくれないか? もし、そっちから来るのなら司令本部は丸裸だ」
 かわねぎ司令は消えた12人を作業用通路からの遊撃部隊と読み、WONDOに守備隊の再編をさせた。海兵隊ならば敵艦への斬り込みなどで狭い通路での戦闘は得意である。
 保安課員たちが配置についてから海兵隊は数人単位で作業用通路の防衛に散っていった。
「とりあえずはこれで、少しは安心できるな」
 かわねぎ司令は指揮卓に表示させた作戦地図を確認しながら一息をついた。
「司令。まだ襲撃が終わったわけではありません。準備ができたからといって気を抜かないでください」
 れも副司令が明日の学校の準備を整えただけで力尽きた小学生をしかる母親のように腰に手を当ててかわねぎ司令を諌めた。
「ああ、すまない。れも君。こういった戦闘では、私は準備をし終われば邪魔なだけだからな」
 かわねぎ司令は頭をかいて、司令官の椅子に座った。その途端、仕掛けていたはずのセンサーの反応が消失した。
「どうやら、れも君の言葉どおりのようだ。敵が現れた」
 かわねぎ司令がそう言って、数分後に司令本部を襲撃する予定の部隊だろう、パワードスーツの襲撃者たちが司令本部へと続く廊下に姿を現し、通路を守る保安課員たちの肉眼に捕捉された。
「よし。果穂、来栖、俺たちの出番だ。とっととお家に帰りなさいって言ってやろうぜ」
 頼香はやっと自分の出番とばかりにオーラソードに手をかけて立ち上がった。
「頼香少尉たちは司令と共に待機よ。あなたたちは司令の護衛なんですから、あなたたちがここにいるのを敵に知られれば、かわねぎ司令がここにいますと宣伝しているようなものよ」
「うー。了解」
 れも副司令の命令に不満一杯な表情を浮かべながらも頼香は命令を聞き入れた。それを見て、歌恩は少し眉を寄せて、かわねぎ司令に視線を送ったが、それに対して彼は軽く肩をすくめて苦笑を浮かべるだけであった。

 司令本部へと続く通路は遮蔽物も枝道もない直線の通路で、ここを力押しで突破するのはかなりの損害を見越さなければならなかった。
 しかし、襲撃者たちもそのことを承知しており、ロケット弾を打ち込み、その爆発を煙幕代わりにして携帯型のシールドに身体を潜めつつ距離を詰めようとした。
「足元に火線を集中しろ。シールドは下まで届いていない」
 WONDOの指示で床に近いところにフェザーが集中した。エネルギーの集中でシールドがはじけ、そこにハンドミサイルが打ち込まれ、爆風で手持ちのシールドが浮き上がった。
「一気に畳み掛けろ。遠慮なしにお客さんをおもてなししろ」
 襲撃者たちは前進を止め、シールドを床に吸着させて簡易バリケードを作り、一時的に拠点をつくり、そこから銃撃して、次の突撃のタイミングをうかがっていた。
(まあ、とりあえず足止めしていればいいか)
 さすがに防御を固められるとそう簡単には撃退できないが、襲撃者たちには時間がないためこう着はWONDOとしても悪い状態ではないと判断した。
 しかし、そうともいえない事態であることが司令本部から彼のコミュータに告げられた。
『ハッキングです! WONDO中佐。通路脇のケーブルからです』
「なるほど、そういうわけか。しかし、基地の機密情報がどこまで漏れてるんだ?」
 通路脇のケーブルには主要なケーブルが集中しているために簡単に回線をカットしてというわけにはいかなかった。
『申し訳ありません。できるだけ回線を維持して対抗しますが、危なくなれば回線を遮断して、自閉モードに移行します』
「そうなれば司令本部のコンピュータと各部が切り離されて、各部のターミナルの管理下になる。本部のコンピュータより組し易いから、それから宇宙港の管理を奪い取るつもりだろうな」
 WONDOは実に上手い作戦だと敵ながら少し感心した。
『そのようです。今なら、まだ大丈夫です。何とかできませんか?』
「わかった。何とかしてみよう。――出すぞ!」
 WONDOは脇に置いていたコントローラーを握り、そこから伸びるラインを鞭のように振った。
 それと同時に機械の起動音がして、有線局地戦闘ロボット、MDOXがハンガーからゆっくりと立ち上がった。身長2メートル10センチ、重量210kgの二足歩行式のロボットで、重装備兵装はないが、人用の兵装が使用できる利点があった。
 コントローラーの小型ディスプレイにMDOXの起動チェックが流れて最後に、『オール・グリーン』と表示され、胸部に取り付けたカメラからの映像が映し出された。
「さて、行くか」
 WONDOが気合を入れて、コントローラーを操作するとMDOXバリケードを軽やかに飛び越えて、通路に躍り出た。
 襲撃者は当然、この新手に反応して射撃してきた。しかし、通路の幅は充分ではないが、MDOXの巨体を器用に左右にステップさせ、襲撃者たちの射線を外した。攻撃の被害を最小限に抑えて、MDOXは通路を突進した。
「WONDO中佐、すごい」
 保安課員たちや司令本部でモニターしているスタッフたちも感嘆の声を上げた。
「いやぁ、それほどでも」
 思わず褒められて、WONDOは照れながら頭をかいた。その途端、華麗なステップを踏んでいたMDOXが動きを止め、襲撃者たちの集中砲火を浴びた。
「ああ、しまった! しかたない。防御突撃モード!」
 WONDOの掛け声に反応するかのようにMDOXはしゃがみこむと、小学校のマット運動でやる前転をして、敵陣に突っ込んでいった。210kgのロボットの前転である。
「なっ?!」
 予想外の動きによるロボットの突進に襲撃者たちは明らかに動揺した。
「ふふふ。小学校の体育の授業をしていた時に思いついた、必殺技! 名づけて『連続前転突撃』だ。来週は後転でチャレンジだ」
 ロボットが前転して迫ってくることで敵に心理的な不安を与えつつ、射撃箇所を一箇所に絞らせないこの突撃は確かに脅威であった。
 が、襲撃者たちはすぐに動揺から立ち直ったのか、自分たちの作ったバリケードの中央を開け、通路の両サイド、壁にくっつくようにして、その突撃を避けた。巨体でかなりの速度で前転しているために急には止まれないMDOXは敵陣を通過してそのまま転がっていった。
「なに!? バリケードにぶち当てて止めるつもりだったのに。しかし、敵の後ろを取れば挟撃ができる」
 WONDOはコントローラーを操作して前転をなんとか止めようとしたが、その前にMDOXとコントローラーをつないでいるケーブルを襲撃者が高速振動ナイフで切断したため前転が止まったのははるか向こうの突き当たりの壁であった。そして、そのまま通路のモニュメントとして戦闘を見守ることになった。
「えーと……『連続前転突撃』は改良の余地、大いにあり」
 WONDOは誤魔化すように手帳を出して、そう書き記した。
『WONDO中佐。これ以上、ハッキングに対抗するのは危険ですので、残念ですが自閉モードに移行します』
 じと目のれも副司令がコミューターに映し出され、司令本部前の戦闘は襲撃者たちに軍配が上がった。彼らも自分たちの仕事を済ませたことを確認すると拠点を放棄して、撤退を始めた。その動きは無駄がなく、まさに一流の仕事といえた。
 もし、WONDOの失敗がなくても、彼らの目的を阻止するのは難しかっただろう。
「自閉モードを終了して、コントロールを取り戻すのにどれぐらい時間がかかる?」
 襲撃者たちの撤退を確認して、れも副司令は基地の情報システム士官に質問した。
「ネットワークの再構築が必要ですので、一時間……いえ、40分は必要です」
「30分でお願い。それと、司令。シェリル艦長に連絡して、例の貨物船、グルメディア号の警備を増強しましょう。彼らがハッキングをしたということは司令と歌恩大使の暗殺を断念して撤退を開始したと思われますので」
 れも副司令はTS9を襲撃した犯人が無事に脱出すれば、海賊やテロリストたちに『TS9、おそるるに足らず』と思わせてしまうと、絶対に逮捕するか、できなければ殺害しなければならないと厳しい顔をかわねぎ司令に向けた。
 かわねぎ司令はれも副司令の案を聞き入れ、シェリルとの通信回線を開いた。
『司令。ご無事でしたか』
 画面のシェリルはかわねぎ司令の姿に少し安堵の色を見せた。
「おかげさまでね。それはそうと、シェリル艦長。敵は目的の完遂を諦めて撤退を開始したようだ。できれば数人は生きて捕まえてほしいのだが、できるか?」
『何とかやってみます』
「ありがとう。頼むよ。それと、おそらく敵は脱出に警備会社の船かその貨物船を使用すると思われるのだが。艦長はどう思う?」
『私も司令と同意見です。警備会社の船はドッキングを切り離してありますので、乗り込むには時間がかかるでしょうし、ドッキングデッキは海兵隊三個小隊を出して警戒させています。貨物船の方は私と二個小隊で見張っています』
 すでにシェリルは部隊を再編して襲撃者たちの退却を阻止するように動いていた。
「ありがとう。こちらも混乱を収拾したら増援を出す。少々きついが持ちこたえてくれ」
『これぐらいできついと言うほどやわには鍛えてませんよ、司令』
 海兵隊の隊長が画面に割り込んできた。どうやら数こそは少ないが、貨物船を本命とにらんだのだろう。かわねぎ司令も同意見なので、海兵隊の部隊配置には注文をつけずにおくことにした。
「司令。悪いニュースです」
 シェリルとの通信が終わった直後にれも副司令がかわねぎ司令のところに急いでやってきた。
「これ以上悪くならないと思うんだが、言ってくれ、れも君」
「警備会社船のシャトル収納スペースに強襲接舷用ハッチを忍ばせてあった模様です。それを使って別の通路に搭乗口を作っています。そこから乗船する模様です」
「海兵隊員を急行させて、乗り込みと発進を阻止するんだ」
 かわねぎ司令はその報告を聞いて、軽く舌打ちを打った。
「駄目です。司令! 隔壁を下ろされました。デッキで見張っていた海兵隊は閉じ込められています」
「隔壁を破ればいい。許可する」
「誰が修理をするんですか! じゃなくて、現在の海兵隊の装備では二十分はかかります。間に合いません」
「それなら他の海兵隊を向かわせよう。一番近い小隊は?」
 かわねぎ司令は少し焦りつつ、戦術画面で部隊を探した。
「それも隔壁が降りてしまって、どの部隊も迂回路を取らなければなりません。一番近い部隊を急行させても十五分はかかります」
 れも副司令が急行できる部隊を点灯させ、そのルートを示した。日頃、転送装置に頼っていた分だけ移動効率の悪さがルートに正直に現れ、かわねぎ司令は奥歯をかんだ。
「――ギリギリか。しかたない。一番近い部隊を今すぐ向かわせるんだ」
「この司令本部からなら、リニアモーターカーで五分でいけますね、かわねぎ司令」
 歌恩がかわねぎ司令の脇から戦術画面を操作して、一本の線を表示させた。一直線に現場近くに向かうラインは希望の光のようにも見えた。しかし――
「ええ。確かに。しかし、無理して乗っても二人か三人しか乗れませんよ」
 かわねぎ司令の表現は控えめで、実際は非常脱出用なので重装備の男が乗れば一人でいっぱいであった。
「一人で充分です」
 歌恩はにっこり微笑んで、後ろに控えていたココに向き直った。
「ココ。十五分、時間を稼いできなさい」
「はい。お任せください、歌恩様」
 ココは歌恩の意図を既に汲み取っており、動揺もなく任務を引き受けた。
「というわけで、かわねぎ司令、よろしいですね?」
「しかし……」とかわねぎ司令は言い掛けて言葉を切り、頭を振って、顔を上げて、「では、同盟大使付き武官、黎明館ココ少佐殿。貴官の行動の自由とあらゆる破壊活動をTS9司令、かわねぎが保障します。思う存分、暴れてください」
 かわねぎ司令はココの行動を保障すると、彼にできる唯一のことである、敬意のこもった敬礼を彼女に送った。
「心遣いを感謝します、かわねぎ司令」
 ココはそれを受けて、にこやかな顔で敬礼を返した。
「ココ、あなたに武運がありますように」
 そんなココに歌恩は彼女の額に唇をつけて、彼女を祝福した。彼女はそれを少し照れくさそうに受けると司令本部の脇にあるリニアモーターカーの乗り場へと急いだ。
「俺たちも行こう。果穂、来栖。俺たちなら無理したら乗れる」
 頼香がココの後を追おうとしたが、歌恩がその前に立ちふさがった。
「あなたたちではココの足手まといになります」
 静かだが一歩も通さないという気迫に満ちた声で頼香たちを止めた。
「足手まといって……。確かにココさんみたいに強くはないけど、いくら、ココさんが強くても一人じゃ、あの人数を相手にできないじゃないか」
 頼香は歌恩に怒鳴るように言い返した。
「そうね。ココでも十数分持ちこたえられれば御の字でしょうね」
「なら!」
 頼香は目の前のわからずやを突き飛ばしたい衝動をこらえながら、語気荒く詰め寄った。
「だから、なおさら。あなたたちが行けば、その時間が半分以下になります。ココが十分だけでも足止めしておければ、海兵隊が出航を食い止められます」
「で、でも、それじゃあ、ココさんは!」
 歌恩の言葉に来栖が思わず悲鳴のような声を上げた。
「ココが持ちこたえている間に海兵隊が間に合えば、かろうじて生きてるかもしれない」
「こ、ココさんを見殺しにするのか!」
 頼香は平然と部下を見殺しにする歌恩に正直に怒りをぶちまけた。
「それが戦争よ。ライカ・フレイクス少尉」
 歌恩はその怒りを受け止めるでもなく流すでもなく、素通りさせて、最年少少尉に『戦争』を教えた。
「見損なったぞ! 果穂、来栖! 行こう。話しにならない」
 生徒である頼香には歌恩の授業は気に入らなかったらしく、先生を押しのけ、先に進もうとした。
「フレイクス少尉! 君は司令本部に待機だ。庄司准尉も雲雀准尉も同じく待機だ」
 その後ろからそれまで静観していたかわねぎ司令が厳しい口調で彼女らを呼び止めた。
「かわねぎ司令!」
「これは命令だ。基地司令として正式な命令だ、少尉」
 いつもの昼行灯は吹き消して、かわねぎ司令は三人に軍における上官の命令は絶対であることを態度で示した。
「俺は納得いきません、司令!」
「キース少佐。三人を明中尉の所へ連れて行ってください。事件が終わるまで、三人を隔離します。見張りを願います」
 頼香の反論には聞く耳を持たず、キースに三人を連れて行くように頼んだ。
「了解。さあ、命令だ。行くぞ」
 すでにココはリニアモーターカーを発進させており、今から追いかけたところで無意味なことに気がつくと、頼香は司令本部の面々を睨みつけて、明のいる司令本部の控え室へと感情を代弁する荒々しい足音を立てて、その場を後にした。果穂と来栖もその頼香を心配しながらその後を追った。
「かわねぎ司令、ご理解いただき、ありがとうございます」
 三人が控え室に入るのを確かめてから、歌恩がかわねぎ司令に頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。あの子たちには、まだ人殺しをして欲しくはありませんからね。でも、同じぐらいココさんにも死んでほしくはありませんよ」
 かわねぎ司令はそう言って通信機に向かって短く何かを命令を発した。
「お心遣いありがとうございます。でも、彼女も軍人です。覚悟はいつでもできています」
「でも、私も軍人で、しかも、一応、これでもTS9の司令官をしているのです。同盟の人に頼って基地を守ったとなれば、提督や他のTS基地の司令たちに『司令を交替しろ』と言われかねないですからね」
 かわねぎ司令は悪戯っ子のような笑顔を浮かべると、通信を外部スピーカーに切り替えた。
「シェリル艦長、そういうわけだ。準備はいいか?」
『万全です。何もしなかったら、連合宇宙軍の名折れですからね。それにココ殿は剣を交換した盟友です。絶対間に合います。それでは、行きます!』
 力強いシェリルの声が司令本部に響いて、その最後は爆音に包まれた。

 控え室に入った頼香はやり場のない怒りを壁に拳を打ちつけることで発散しようとした。
「頼香さん!」
 果穂が気がついて慌てて頼香を止めたが、既に拳には赤いものが滲んでいた。
「頼香ちゃん……」
 来栖が心配しつつ、自分のハンカチを包帯代わりに頼香の手に巻きつけた。しかし、頼香は二人の心配を無視するかのように来栖のハンカチが巻かれた拳を固く握り、じっと床を見つめていた。
「ずいぶんとご機嫌斜めですね。でも、キース君とベレッタちゃんが寝ているので、あまりうるさくしないでくださいね」
 明が仮眠用のベッドに寝ている二人をちらりと見て言った。頼香はそれに何の返事もせずに、ふてくされるように椅子に座った。
「何かあったんですか?」
「ちょっとな」
 そう言って、キースが明に先ほどの司令部のやりとりをかいつまんで話した。
「なるほどねー。それは頼香さんが悪いですね」
 説明を聞いて、明は腕を組んで頷いた。
「なんでだよ! ココさんを見殺しにする方が正しいなんて、絶対におかしい」
 明の言葉に頼香は反応して彼を睨みつけた。
「お静かに。歌恩様も司令も指揮官として最適と思われる判断を下したのですよ。頼香さんがココさんと一緒に行っても、頼香さんではココさんのスピードにはついていけないでしょう? もっとも、この基地でココさんについていけるのは、海兵隊隊長とシェリル艦長ぐらいですよ。そのことを恥じることはありませんけど」
 明は朗らかに言った。このラファース青年士官が怒ったところを見たものは誰もおらず、いついかなる時でものんきであった。
「俺はそんなことを言ってるんじゃない。ついていけなくても、人数が多い方がいいに決まっているじゃないか」
 今の頼香にはそののんきさも苛立ちを募らせる条件にしかならず、語気は更に荒んだ。
「そうかな? 例えば、海賊船を六隻相手にしなくてはいけない。さんこう一隻だけで相手にするのと、さんこうの他に数ヶ月前のシューマッハ少尉が操船する駆逐艦の二隻で相手するのだと、頼香少尉はどっちを選ぶ?」
 キースは頼香が納得しないことには今後のためによくないと思い、柄でもない任務を押し付けたかわねぎ司令を恨みつつ説得に参加した。
「俺、そんなにひどいのか……」
 キースが言わんとすることに気がついて、頼香は愕然となった。
「レベル差でいえば、そんなもんだろう。俺は格闘戦闘に詳しいわけじゃないけどな」
「確かに、今の頼香さんの実力では一対一ならいいですが、多数を相手となると敵に押し包まれて人質に取られるでしょうね」
 明もキースの意見に賛同した。二人とも頼香の訓練とココとシェリルの模擬戦を見ているので当然の判定であった。
「……」
「頼香さんが参戦して時間を稼ぐ役に立つ方法といえば、頼香さんが敵の人質になってココさんに見捨てられることぐらいです。頼香さんに敵が数人、手を取られることになるから、その間、ココさんは数の不利を軽減させれますからね。だけど、当然、頼香さんの命はありません」
 明はいつもと変わらぬ口調で沈黙している頼香に追い討ちをかけた。
「そういうわけだ。ココさんにそんな辛い選択をさせたくはないという歌恩大使の配慮ってことだな」
「じゃあ、敵なんか足止めしなければいい。そうすれば、ココさんは――そうだ。出航しても、駆逐艦で追いかけて沈めればいいじゃないか」
 頼香は名案を思いついたと、いきなり椅子から立ち上がったが、コミューターで連絡を取ろうとする前にキースが口を挟んだ。
「確実にしとめるには守備艦隊をほとんど出すことになる。そうなれば、TS9は丸裸同然。しかも、基地機能は混乱状態。別働隊に急襲されれば、簡単に陥落するだろうな」
「くっ……」
「キースさん、逃がしちゃったら駄目なんですか?」
 来栖は何が何でも足止めすること事態を疑問に思ってキースに訊いた。
「海賊の連中がTS9を侮ることになるからな。そうなったら、襲撃してくるバカも増えるし、航路の治安維持も大変になる。一歩も外に逃がさないのは、言ってみれば、見せしめみたいなもんだな」
 キースは来栖に優しく教えた。バカらしいが、軍隊という暴力集団の流儀はそういうものである。
「うーん、なんだかよくわかんないよ」
 来栖は大人の理屈に頭を抱えた。それを見て、キースと明が自嘲気味の苦笑を浮かべた。
「うー、でも、納得いかない!」
 頼香は大人の理屈と子供の純真の間で悩んだ末に個人的感覚に決着したらしい。再び不満を爆発させた。
「頼香さん。なんでも自分の思い通りにいくと思ってもらっては困りますよ」
 明はやんわりと頼香に釘を刺した。
「俺はそんなに子供じゃない。なんでも思い通りに行くなんて思ってなんかない」
「さて、どうでしょう? 本当は艦艇守備隊だったのを司令の警護にしてもらって、次は襲撃者たちの足止め。それが聞き入れられなくて拗ねているのに」
「俺は拗ねてなんかない」
「さあ、どうでしょう? 確かに、イーター事件に始まって、歌恩様とのシミュレーション戦、アメフラード騒乱、クロムジー危機、海賊船アビス事件。そのどれもに関わって、いい結果を出していますね。シミュレーション以降は自分たちが水準以上の実力をもっていることに気がつかれましたし、自分たちの実力をもっと発揮したいと思うのは悪くはありません」
 明の声の調子は変わらないが、声に含まれている聞こえない声は非難が含まれていた。
「俺はシューマッハじゃない! 明中尉でも言っていいことと悪いことがあるぞ」
 その聞こえない避難の声を直感的に聞き取った頼香は椅子から腰を浮かせて否定した。
「さて、そうでしょうか? かわねぎ司令は君たちに色々な経験をさせるために色々な任務につかせています。その影で君たちのことを支えているスタッフのことに気が付きましたか? フロントで事件を解決するだけが仕事ではありませんよ。シューマッハ君は後方での処理は頼香さんに負けないほど活躍していますよ。表面には出てきていませんけど」
 明はそんな頼香の動きを気にも止めずに変わらぬ調子でつづけた。
「わかってる、そんなこと」
 頼香は明から顔をそむけた。
「わかっているなら、なぜ、乗艦して待機の任務を護衛に変えてもらったのです?」
 明は頼香に質問を重ねた。
「俺たちがいたら、護衛の役に立つと思ったからだ。目立とうとしたわけじゃない」
「それを許可してしまったのはかわねぎ司令の責任ですけど、もし、頼香さんたちがさんこうに乗っていれば、かわねぎ司令はさんこうに出撃命令を出して、襲撃者の船の頭を押さえるように言っていたでしょうね」
「頼香少尉の操船ともけ大尉の判断力。さんこうのライトスタッフなら頭を押さえ損なわない。損なってもすぐに捕捉できると考えただろうな」
 キースが明のもしもに賛同した。頼香たちの操船技術は異能集団といわれるTS9であっても、持ち前の反射神経とチームワークで守備艦隊の中では単艦行動で一番の船であった。
「司令はそこまで考えて……」
 頼香は愕然となって、何かを奥歯でかみ締めた。
「考えていたかどうかはわからないよ♪ でも、最終的に襲撃者たちが脱出するには船が必要なのは考えていたでしょうね。かわねぎ司令のすごいところは、作戦立案だけではなくて、その場の条件でとっさに最上の策を考えるという臨機応変さにもあるんですよ」
「じゃあ、俺がそれを……」
 台無しにしてしまった。頼香の口の中に更に苦さが広がった。
「その点は気に病まないでいい。変更を承認したのはかわねぎ司令なんだからな。でも、憶えておいた方がいい。上官になれば部下の行動の責任を負わなくてはいけない。だから、上官は部下のスタンドプレーを嫌うんだ」
 キースが激しく落ち込みかけている頼香に慰めの言葉をかけた。
「……」
「ゆっくり学べばいい。頼香さんたちには時間はあるんだから」
 明がそう言って頼香の肩を叩くと、彼女は黙ってこくりと頷いて、俯いたまま泣きそうになるのを必死でこらえていた。
 明は頼香の慰め役は果穂と栗栖に譲って、使節団の二人の寝ているベッドの脇に戻った。
(しかし、十一歳の女の子にここまで要求しなくちゃいけないとはね)
 そう思いながら、それほど年の変わらない二人の寝顔を見て苦笑した。連合軍人ではあるが、同盟が故郷である彼にとっては複雑な思いだった。
「早く熟す実もあれば、遅い実もある。要は、それまで生き残るって事ですよ。それに二人とも、捨てたもんじゃなかったですよ、俺が保障します」
 キースは明の表情を読んで彼に小声でそう伝えた。明はそれに嬉しそうに笑って答え、もう一度、寝ている二人の顔を見た。
「確かに、この騒ぎで起きないのは大物かもしれませんね」
 明の台詞にキースは「もっともだな」と笑って認めた。

 シェリルはクラッチを切り、シフトをあげ、アクセルで回転数を調整して、クラッチを繊細につないだ。
 いまどき珍しいメカニカルなクラッチだが、それだけに運転者の気持ちをダイレクトに伝えてくれるような気がすると、バイク乗りには未だに人気がある。
 元々はバイクの走行する通路ではないが、スリップ防止の表面塗装を施してあるフラットな廊下はサーキットの路面よりも滑らかであった。だが、ジョイント金具やハッチなど、路面摩擦係数の少ない箇所などがそこかしこに潜んでいる。それらを先読みして、できるだけその上を通過しないようにライン取りをする。
 シェリルは目の前に迫るT字路を通路の端から端を一杯に使って、膝を擦るほどバイクを倒しこんで左折した。
 HIKQのバイクはまさにシェリル以上にじゃじゃ馬であった。
 低い回転数だと拗ねたようにぐずつき、高い回転数では逆に暴れるように安定しないトルク。暴れる一歩手前の狭いゾーンがこのバイクの一番美味しいところで、シェリルはピーキーな特性を楽しむように使い切っていた。
 ハイサイドでいつ吹っ飛んでもおかしくないほどの高速で切り返し、ブレーキングで廊下にタイヤマークをつけて廊下の曲がり角を次々にクリアーしていく。
 直線が続き、直角のコーナーを曲がる。サーキットでも一般道でもお目にかかれないトリッキーなコースをいくらジムナカート用にアップハンドルで取り回しを楽にしてあるとはいえ、スピードを出して走り抜けるのは困難であった。シェリルもバイクには少々自信があったが、このコースは一瞬たりとも気が抜けなかった。
「ちっ。思わず楽しくなってしまうな、このコースは」
 シェリルは自分の技量の試されるコースにバイク乗りとしての疼きを感じながらも懸命に目的地を目指した。
 いくつものコーナーを抜けて、ついに目的の場所まで直線を残すだけになったところで身体を低くして走る人影を見つけた。
 人影は戦場には不似合いなほどパーティーにでも行くような純白で華やかな衣装に身を包んではいたが、その人物から発散されるみなぎる緊張感と警戒心がその衣装すらも戦装束に見せていた。黄金に輝く髪と尻尾をなびかせて走る姿はシェリルすらも少し見とれるほど美しかった。
 シェリルはスピードを落として並走すると、その人物は迷わずバイクのタンデムシートに飛び乗った。
「ココ殿、しっかり掴まっていてください」
「了解」
 シェリルはアクセルを開けて、再びスピードを上げた。

 ココとシェリルは襲撃者たちの船が作った強襲搭乗口まであと少しのところで通路の影に隠れながら呼吸を整えた。
「シェリルさん。これを」
 ココはポケットからココの胸につけているのと同じブローチをシェリルに渡した。
「パーソナルシールドです。半径1.7メートルのところにシールドが張られます。フェザーライフルぐらいなら無効化にできます。エネルギー供給源がTS9なので外に出ると単なるブローチですけど、外までは行かないと思いますし」
「ありがとう。しかし、となると銃は使えないな。剣、か……」
「ブローチを外せば銃も使えますよ」
 ココはにっこりと微笑んだ。
「かわねぎ司令に聞いたのだが、『銃は最後の武器だ』という思想の集団がいるそうだ。今回はその集団を見習うことにしよう」
 シェリルはココの微笑みに笑って答えて、ブローチをつけると、お互い合図をせずに各自のフェザーソードを抜いて、通路に飛び出した。強襲搭乗口を守るための歩哨が二人の接近に気がつき、即座にフェザーを撃って応戦してきたが、二人はシールドに守られており、しかもジグザグに走り、射線を固定集中させずにあっという間に間合いを詰めて、二人いた歩哨を一合で斬り伏せた。
「前衛を行きます」
 ココがシェリルの前に出て、搭乗口から船内に侵入した。
 ココの頭のてっぺんにある大きな耳は伊達ではない。迎撃に出てきた襲撃者たちの動きをいち早く聞き取り、常に先制を仕掛けて、瞬時に決着をつけていった。
 ある程度進んだところで迎撃がぱたりとやんだ。
「どうやら、やっと戦力の逐次投入の愚に気がついたらしいな」
 シェリルは敵の反応に軽い舌打ちをした。
「あと、二、三組は片付けたかったですね」
 ココもシェリルと同じ気持ちであり、表情をわずかに曇らせた。
「そうだな。だが仕方ない。ここからが本当の勝負だな」
 ココとシェリルは敵が本気になったことに表情を更に引き締めた。
 二人は階段を駆け上り、艦橋へと通じるメイン通路へと飛び出した。その途端、一斉にフェザーの光条が彼女らに襲い掛かったが、全てシールドで霧散した。ブローチサイズとはいえ、TS9の職人技術者、オヤンジュ中尉がほとんど予算の心配もせずに心血を注いで作った代物である。その効力は並ではなかった。
「ちっ! シールドシステムだ。全員、フェザーソードに切り替えろ」
 襲撃者たちは言われるまでもなく、ライフルを捨てて、フェザーソードに持ち替えていた。シールドシステムもシールド半径内に入れば、無効なのである。そして、近接戦闘においては銃よりも剣の方が有利であった。
「でやぁ!」
 屈強な男たちが文字通り、光刃を煌かせ、先頭を走るココへと左右から襲い掛かってきた。
「ほいっ」
 ココは左から襲い掛かってきた刃を流して懐に入り込み、相手の脇の下から小太刀を切り上げて、右腕を切り落とし、そのままの勢いで右側の敵の背後に回ると振り向きもせずにわき腹に突きを食らわせ、次に襲い掛かってくる敵へと意識を向けていた。
 ココの攻撃を受けた二人は重傷ではあったが、すぐに戦闘不能になるほどではなかった。とりわけ、武器をまだ持っていた右側の敵が振り向きざまにココの背後を襲おうとしたが、それは実行されなかった。
「忘れてもらっては困る」
 ココの後ろに位置していたシェリルが手負いになった二人を一刀の元に切り伏せ、瞬時に二度と目覚めることのない眠りへと導いたのであった。
「さて、この調子で行きましょう!」
 ココがその俊敏性を生かして切り込み、相手に少なからず手傷を負わせて、駆け抜ける。相手がココを追って反転すれば、その後ろからシェリルが切り伏せる。反転しなくても、五体満足であってもシェリル相手では大抵の敵は分が悪いのに、手傷を追った状態ではどうしようもなく、やはり事も無げに切り伏せられる。
 しかも性質が悪いのは、敵がココを諦め、シェリルに対峙することに集中しようとしていれば、そのがら隙になった背後からココが突いたり斬ったりするのである。前後から挟撃された敵はなすすべなく、二人の刃を身体に食い込ませて、床に沈むしかなかった。
 ココとシェリルのコンビが挟撃できるということは、敵もココを挟撃することができるはずだが、彼女の感度のよい耳が背後の動向を見張っており、それに加えてスピードある動きに追随できずに彼女の自由を許し、挟撃を不可能にしていた。
「くっ! 二分持たせろ。すぐ戻る」
 一番奥にいた部隊を指揮していた男がそう告げて、ドアの向こうに消えると、襲撃者たちはココたちに更に苛烈に襲い掛かってきた。しかし、その苛烈さもココの舞うような剣とシェリルのより苛烈な剣の前にはさしたる意味を持つことはできなかった。
 おそらく、どちらか一人だけで突入すれば、この三分の一の敵ですら苦戦を強いられただろう。スピードはあるが一撃の必殺がないココでは、どうしても一人を倒す時間がかかってしまう。
 それだけで彼女の武器であるスピードが殺されてしまうのだから、数人ぐらいならどうにかできるが、無理が蓄積され、いずれは窮地に追い込まれただろう。
 逆にシェリル一人では、彼女の剣は一撃必殺の剣ではあるが、一撃必殺など本来は非常に困難な技である。それを連続して実行するのはいかなシェリルといえども難しいといえる。
 何度か一撃必殺を失敗して、時間をかければ、そのしわ寄せで動きを封じられるように囲まれてしまうのは目に見えていた。
 つまり、スピードを生かしたココの一撃離脱。パワーを生かしたシェリルの一撃必殺のコンビネーションがこの戦果を生んでいたのであった。
 後にこの記録を見て、海兵隊の隊長に「二人が敵だったら確実にしとめる方法として、船を爆破することを提言する」と言わしめたほどである。通路が死体で舗装され、血で塗装されるのは当然の結果であった。
 敵も残るはあと数人となったところで通路の右の壁面が妙に膨らんだ。
「シェリル、右!」
 ココはそういいつつ、自分は左に飛んで壁際に寄り添うと、先ほどまで剣を振るっていた場所の壁が赤く溶けてはじけた。反応が遅れた敵の一人が溶けてはじけた壁から生えた一条の光線により身体を焼いて切り裂かれた。
「戦車搭載クラスのフェザーキャノン。しかも近距離収束率をあげているのか!」
 まさか船内でフェザーキャノンを撃ってくるとは正直、シェリルもココも思いもつかなかった。パワーユニットを入れれば百数十キロになるキャノンを取り回す大変さもあるが、それ以上に、そんな高出力火器を船内で使えば区画壁など簡単に突き破り、ケーブルやユニットを破壊しかねない。そうなれば航行に支障をきたし、生命の危険にもさらされるのである。
「正気か?」
 シェリルが思わず眉をひそめたのも当然と言えた。味方ごと撃ち抜いたことといい、明らかに常軌を逸していた。
「私はいたって正気だ。ここまで虚仮にされて、貴様らを生かしておいたのでは、今後の営業活動にも響いてくるんでな」
 通路に姿を表したパワーローダーの外部スピーカーから男の声が発せられた。もちろん、その腕には両腕でキャノンが構えられていた。
「さすがにフルアーマーとはいかなかった様ね」
 本来ならあるはずの操縦者を保護する上半身のアーマーは船内通路の天井につかえるために外され、薄い強化プラスチックのキャノピーだけで守られていた。
「だが、貴様らにはこれで充分だ」
 男の台詞で、ココは本能的に右に飛んだ。その直後にフェザーキャノンがココの赤く染まった服のすそを焦がして、見事に穴を開けた。さすがのシールドシステムもここまで高出力では防ぎきれずに、まるで何も無いかのように突き抜けていった。
「またブンドに文句を言われちゃう。何回破れば気が済むのかって」
 ココは生命の危機にさらされながらも、出張から帰ってきた時のブンドの怒った顔の方が心配であった。
「ふ。そんな心配しなくても、私が貴様に風穴を開けてやる」
 そういいつつもキャノンはシェリルに向かって放たれたが、そんなフェイントに引っかかるほど彼女もやわではない。しかし、代わりにフェイントに引っかかった最後に残っていた襲撃者の仲間がその砲撃で無残にも焼かれた。
「人でなしが!」
 シェリルが吐き捨てるように罵声を浴びせた。強襲艦の艦長として、部下をないがしろにする彼の攻撃は彼女のもっとも嫌う行為であった。
「貴様らに殺されるか、私に殺されるかの違いだけだ。私が人でなしなら、貴様らも人でなしだ」
 それに対して冷笑を浮かべて、パワーローダーの男が答えた。
『ゲート・オープン確認。ナビゲーション・システム。出航シークエンスに移行。モード緊急出航。通常エンジン始動。ゲート通過予定時間、45秒後。乗員はシートに着席してください。繰り返します――』
 船体が振動し、二人は慣性制御で取りきれなかったかすかな加速度を身体に感じた。
「緊急出航ということは、影響圏内を抜ければ即ワープ。あと数分ってところか」
 シェリルの呟きにココは苦い表情で頷いた。出航されれば、TS9の守備艦隊でも追跡は困難となる。
「安心しろ。貴様らは人質だ。一人は生かしておいてやる。まあ、両手両足ぐらいはもがせてもらうがな」
 その言葉が事実であることを証明するかのようにキャノンから光条が放たれ、ココのいた空間を焼いていく。
『ゲート通過。スラスター、コース調整。コース上、スキャン……コース、イエローレベル。緊急発進規格値クリアー。通常エンジン、フルスロットル。ワープ開始まで2分。カウントダウン開始』
 船内放送が無感情に流れ、ココとシェリルは改めて覚悟を決めるしかなかった。
「ココ殿。奴のキャノピーだけでも破壊できないか? 奴の顔を表にさらしてくれるだけでいい」
 シェリルはパワーローダーから視線を外さずにココに話しかけた。キャノンが高出力のためにリロード時間が長い。が、パワーローダーとの距離がありすぎて、その欠点を突くのはよほどのスピードが必要であった。シェリルの足ではたどり着くだけで一杯であった。
「それぐらいなら、お安いご用ですよ」
 ココはシェリルの策を聞かずに血で濡れた廊下の床を蹴った。
 シェリルを信じて、ココはパワーローダーに向かって突進を仕掛けた。最初はわざとまっすぐにつっこみ、敵に照準を合わさせてから発砲のタイミングを読み、右に飛んだ。
 肌をちりちりと焼くような熱線がすぐ脇を通過し、はるか後方でその熱量を受け止めて、壁が爆発した。
 しかし、ココはただ前を見据えて、次のパワー充填が完了する前にパワーローダーとの距離を詰め、床を蹴り、壁を蹴り、三角跳びの要領で床から2メートル半はある運転席のすぐ脇に降り立った。
「はっ!」
 ココは素早く二刀の小太刀を振り回し、キャノピーに穴を開けることに成功した。
「無駄無駄無駄! キャノピーが破れても、銃のない貴様らには私は倒せん」
 パワーローダーの男は嘲笑を叫ぶと、キャノンから片手を離し、ココの足を掴もうとした。
 しかし、それよりも早くココが飛び降りていたために掴まれずには済んだ。が、ローダーの足元に飛び降りた彼女の目の前にはキャノンの銃口が迫っていた。
「ちっ!」
 ココは、あとはシェリルが何とかしてくれることを信じて、自分が生き残るための最大限の努力をした。相手の懐で一番深い死角、またぐらの下を通り抜けようと試みた。
「させるか!」
 パワーローダーがややしゃがみこみ、またぐらの下の空間を潰し、ココの退路を断ち切った。
「ありがとう。しゃがんでくれて」
 シェリルの感謝の言葉が通路に響いた。その声でパワーローダーの男ははっと、視線をシェリルに向けた。通路の向こうには、シェリルがフェザーソードの柄を銃のように構えていた。
「チェックメイト」
 シェリルは柄についていた引き金を絞った。
 柄から一条のフェザーが放たれ、その光の線は一直線にパワーローダーに向かい、ココの開けたキャノピーの穴を通って、操縦席の男の額へと吸い込まれた。
 男は額にフェザーを受けて、のけぞるように背もたれにはじけ飛ぶと、その拍子に触れたスイッチでキャノンが発射され、壁や天井を焼いた。あたかも、それは巨人の放つ断末魔のようで、不気味な美しさが含まれていた。
『ワープ開始まで1分』
 わずかな間、止まっていた二人の時間が船内放送で再び動き出し、ココは急いでブリッジに駆け込み、自動航法システムを解除しようとしたが、パスワードを打ち込まない限り、解除はできないようにセットされていた。
「しかも、行き先はゾフィ重力帯のブラックホールとはな。死んでも殺すつもりか。たいした念の入れようだな」
 シェリルもブリッジにやってきて、航法システムの表示を覗き込んで首を振った。
『ワープ開始まで30秒』
 設定ではワープ開始から約13時間後にブラックホールに突入する計算になっていた。つまり、それまでにパスワードを見つけなかればならない。
「とりあえず、あの男をたたき起こして、パスワードははかせるしかないだろうな」
 シェリルは廊下に倒れているパワーローダーの男を振り返った。今回の襲撃実行犯の首謀格を生きて捕らえるためにフェザーの出力を落として撃ったのだ。しかし、いくら出力を落としたとはいえ、数日は口も聞けないぐらいは身体を麻痺させているため、シェリルの言葉は気休めにしかならなかった。
『ワープ開始、秒読み。20・19・18……』
 無常に無感情な船内アナウンスが流れた。
『シェリル艦長、ココさん。そのまま、動かないでですぅ。二人を転送しますですぅ』
 コミューターから緊張感のかけらもない声が船内放送の声と重なった。
「エレク少尉か? パワーローダーの中の男も頼む」
 さすがのシェリルとココの表情にも喜色が浮かんだ。
『ちゃーんとやってますです。エレク、偉いでしょ? じゃあ、転送っ』
 三人の人影が転送の光に包まれ、掻き消えると、それを待っていたかのように船は黒き墓穴へと向かってワープエンジンを唸らせて虚空へと消えた。

 司令本部に転送されたココとシェリルはむせ返るような血の匂いの染み込んだ服のまま、司令本部の面々に拍手と喝采によって迎え入れられた。
 かわねぎ司令はシェリルに敬礼して、「よくやってくれた」と短いが心のこもったねぎらいの言葉をかけた。
「何とか無事に帰ってきました、歌恩様」
 二人とも怪我はなかったが、ココの血に染まり、黒く焦げたドレスがその激戦を忍ばせていた。
「無茶させて悪かったわね、ココ」
 歌恩はココの頭をなでて抱き寄せた。
「歌恩様。おやめください、汚れます」
 ココは歌恩から身体を離そうとしたが、歌恩が更に強く彼女を抱きしめた。
「あなたの手ばかりを血に染めさせ、それを汚いなど私には言えません。あなたの血の汚れは私の汚れです」
 歌恩はココの言葉に首を振った。
「歌恩様」
 ココは歌恩の抱擁を素直に受け入れ、自分からも歌恩を抱きしめた。
「しまったな。ああすればよかった」
「司令。冗談を言う場面ではありませんよ」
 感動的なシーンを見ながらポツリと呟いたかわねぎ司令の言葉にれも副司令が軽く肘をつついた。
「わかっている。で、釘を刺しに来たのではないだろう?」
「はい。残党がいないか、掃討にあたっていた保安課員からの報告なのですが、気になることがありまして。――プレラット臨時大使館への通路近くの倉庫で襲撃者12名の死体が発見されました。保安課と海兵隊の両方に確認しましたが、報告は受けていないようです」
 れも副司令は気を取り直してかわねぎ司令に報告した。襲撃者たちの不可解な死で決着と考えずに、何かのプロローグではないかと彼女は言外に物語っていた。
「プレラット大使館の特殊部隊は?」
 プレラット大使館にはその警護を担当するために独立部隊がある。惑星連合軍とは別系統で、連合軍は彼らの行動に関して介入できないし、報告は絶対ではなかった。
「死体の全ては、高速振動剣に切り伏せられています。彼らの仕業とは思えません」
「ふむ……わかった。何者の仕業か調査した方がよさそうだな。手配を頼む」
「はい。既に調査を命じてあります、司令。それで、どうも手練の犯行らしいので、シェリル艦長に死体の傷を見てもらおうと思ってます」
「それがいいな」
 れも副司令とかわねぎ司令が打ち合わせしているところに歌恩が近寄ってきた。
「申し訳ありません。かわねぎ司令。その殺害された死体は何度も斬りつけられていましたか?」
 歌恩は妙に切迫した表情でかわねぎ司令に単刀直入に訊いた。
「え? えーと……」
 歌恩の質問にかわねぎ司令はれも副司令に目で答えるように合図を送った。
「いえ、全て一太刀で絶命しているようです。その点でも、かなりの手練と言えます、歌恩大使」
「そう……ありがとう。それじゃあ、私たちはもう疲れましたので、これで大使館の方へ戻らせてもらいます」
 歌恩はその答えを聞いて妙に顔を暗くすると、少し急いで二人に退室を告げた。
「何かあるのでしょうね」
 司令本部から出て行く二人の後姿を見ながられも副司令はため息混じりに呟いた。
 かわねぎ司令にしても歌恩にしても政治的な事柄を抱えているのでれも副司令ごとき少壮の士官には教えられないことばかりなのであった。れも副司令は、それを不服とは思わないが、やはり感情的に不満を憶えていた。
「そうだろうね。でも、教えてくれないだろうね。恐らくは、私たちの知らなくていいことだろうから」
 それを見越して少し諭すようにかわねぎ司令は答えた。
「司令はそれでいいのですか?」
 かわねぎ司令の態度がその時は妙に気に触ってか、れも副司令は少し語気を荒くした。
「れも副司令。憶えておいた方がいい。何でも知ってしまうのは、決して生易しいことじゃない。知らない方が幸せなこともある。情報士官だった君なら、わかるね?」
 かわねぎ司令はその怒りを受け止めて、それでも彼女を諭した。それは、彼女が少壮だからではなく、つまらない世界に顔を突っ込むのをやめさせようとしていたようにも見えた。
「わかっています。だからこそ――」
「君も頼香少尉と同じだよ。もう少し、自分の弱さを知らないと深い傷を受けるよ」
 これではまるで親娘だなと思いながらも、それは言わずに、ぴしゃりとれも副司令の反論を止めた。
「っ……司令はどうなのですか?」
 れも副司令は自分でも大人気ないことがわかりながらも、かわねぎ司令に食い下がった。それに対してかわねぎ司令はれも副司令に向き直って、苦笑を浮かべた。そして、
「私は、弱いと思っているんだが、傷の方からやってくるからね。今では瀕死の重傷だよ」

 同盟軍の第一種軍礼装を着たキャニアス人の中年と育ちのよさそうなラファース人の青年が廊下をのんびり歩いていた。先ほどまで襲撃事件で戦場となっていたTS9の廊下を歩くにはいささか油断しすぎているように思えるが、見る人が見ればキャニアス人が周囲に気を配って、いかなるものの接近も許さないようにしていたことがわかっただろう。
 それを証明するかのように、そのキャニアス人はラファース人の青年を手で制して、立ち止まらせ、腰の高速振動剣を抜き放ち、構えずに自然体に剣を下げた。
「さすが、ランドルね。私たちの気配に気がついたようね」
 歌恩が少し先の通路の脇から二人の前に姿を表した。その隣にはココが血だらけのドレスのまま付き従っていた。
「気配を消しても、それだけ血の匂いをさせていては無意味ですよ、玉山霊泉院大使」
 ランドルはとりあえず、剣を収めた。しかし、警戒は全く解いていなかった。その意味では抜き身の剣を下げているのと同じであった。
「ご無沙汰しております、ランドル師父」
 ココは丁寧にランドルに頭を下げた。
「元気そうで何よりだ、ココ」
 ランドルはわずかに表情を和ませたが、警戒は解かず歌恩に向き直った。
「で、私に何か用ですか? 玉山霊泉院大使」
 彼はココに対するのとは対照的な表情で歌恩を見つめた。
「昔みたいに呼べばいいのに。そういう風に言うことは、まだ私を恨んでいるの?」
 歌恩は彼の表情を困った息子を見るような微笑で受け止めた。
「恨んでなどいません。ただ許せないだけです、玉山霊泉院大使」
「あいかわらず、強情な子ね」
「我ながらそう思いますよ。もしあなたがもっと戦場に留まっていてくれたら、もし第八艦隊を指揮していてくれたら、もし狐都理様をむりやりにでもあなたの副官に命じていてくれれば……詮無きことですがね」
 ランドルは軽く肩をすくめて苦笑を浮かべた。
「全くね」
 歌恩もそれに同意して苦笑した。
「で、私に何か用ですか? 歌恩様。昔を懐かしんでお茶飲み話のお誘いなら後ほどにしていただきたいのですが」
 ランドルはさっきと打って変わったように親愛の表情で歌恩に言った。
「それはあとでね。あなたには用はないのよ。ちょっとね。おいたの過ぎる陛下のお尻をペンペンしに」
 歌恩はそう言うと、その場に座り込みながら、ランドルの隣に立っていたラファース人少年の腕を掴んだ。
「なっ?!」
 ランドルたちが反応できないでいるうちに歌恩は青年を正座した太ももの上にうつ伏せにさせると、ズボンを引き下げ、若いぷりっとしたお尻を白日の下に晒させ、そこに平手打ちを食らわせた。
 小気味のよい音が通路に響き、あっけに取られたランドルはしばし呆然となったが、事態を飲み込み、赤くなったり、青くなったりした。
「血迷いましたか、歌恩様!」
 ランドルは高速振動剣に手をかけようとしたが、ココのフェザーソードが彼の喉もとにぴったりとつけられ、もう一方のフェザーソードが歌恩を護るように構えられていた。
「動かないでください、ランドル師父」
「ぐぅうっ!」
 さすがのランドルといえども、虚をつかれてはどうしようもない。
「よい。ランドル。剣を納めよ。ココも納めてくれぬか」
 歌恩のひざの上でお尻を丸出しの青年が妙に大人びた口調でランドルを制止した。ランドルもそれで抵抗を諦めて力を抜き、ココも剣を収めた。
「いつ、余が余だと気がついた?」
 青年はズボンをはきなおしながら歌恩に質問した。
「最初からと言いたいところだけど、残念ながらついさっき気が付いたのよ。今思えば、エアカーの中での台詞、陛下なら言いそうな言葉と気がつくべきだったわ」
 歌恩は簡単なクイズに応えられなかったことを悔やむように頭を振った。
「エンパス使いの歌恩をだませるとは、余の変装もまんざらではないということだな」
 その様子を見ながら青年は本当に愉快そうに笑った。そういう表情は少年のようであった。
「普通、一国の元首が身体再生チャンバーで若返ってまで、こんなところまでお忍びで来るとは誰も思いません。まったく、危ないことはしちゃいけないといつも言っているのに」
 歌恩はその笑いが面白くないと、むすっとして言い返した。
「そうでもしなければ、自由に歩き回れんからな」
「ということは……正気ですか、歌恩様?! わかっていて、陛下に手をあげるなど死罪を賜っても温情というもの。それを――」
 ランドルは歌恩が青年を同盟盟主と知っていながら凶行を行ったことに血の気と続ける言葉を失っていた。
「ランドル。よいのだ。宇宙広しといえども、躊躇いなく余のお尻をペンペンすることができるのは、歌恩ぐらいだ。余はそんな貴重な人材を失いたくはない」
 青年は再び威厳のある物言いでランドルに言った。
「聞きようによっては、マゾと思われますよ、陛下」
「それも良いな」
 青年は豪快に笑った。
「陛下!」
 さすがのランドルも悪ふざけが過ぎると青年を諌めた。
「冗談だ。ランドル、許せ。――さて、歌恩は余がここにいるのをどう読んだ? 言うてみよ。もし不正解ならお尻ペンペンの刑に処す」
 青年はランドルに許しを請うと真剣な表情で歌恩の方に向き直った。
「どうしても私を巻き込まなくちゃ気が済まないのね」
 歌恩は渋い表情を隠さなかった。それからちらりと天井の方を見て、視線を少年に戻した。
「宇宙広しといえども、お主にこんなことをいえるのは余ぐらいだからな」
「陛下は相変わらずね。それじゃあ、私の読みはこうよ。同盟はプレラットに対してかなり以前から密盟を結ぼうと暗躍していた。それがここで正式に取り交わされた」
「ほほう。なぜ?」
 青年は歌恩の爆弾発言を微笑みと共に聞いていた。
「プラレットはテランの力の暴走に対して常に不安を感じているわ。できれば戦争などは起こして欲しくはないのよ」
「しかし、プレラットはテランに一度勝っている。しかも圧勝といっていい。そして、もう一度やっても結果は同じだろう」
 青年は意地の悪い教官が生徒にするように反論をぶつけてきた。
「確かにプラレットは戦争すれば強いけど、その強さは徹底した消耗戦に持ち込んで相手を先に疲弊させる戦術にある。単純だけどもっとも勝率の高い戦い方ね。多産なのと、成人になる速度の速いプラレットのみに許される戦法とも言えるわ。私も陛下と同意見です」
「では、何故?」
「それは同時に戦争の損害もバカにできないからよ。勝っても戦死者数は敗者側の数倍になる。彼らにとって戦争はプラレットという種の存続に関わる時にのみする最後の手段なのよ」
 その証明はプレラットの歴史を見れば誰もがわかることであった。
「その通りだ。だが、それが盟約に関係あるのか?」
「再びテランと戦うことになれば、前回以上の損害は免れない。テラン人も惑星連合の開拓政策で前回の戦争時よりも増えているし、過去の敗戦の経験を生かすでしょうし、技術力も向上している。それと、同盟がその混乱に乗じないとは思えない。そうでしょう?」
 連合が内戦になれば、同盟が干渉するのは当然の決定であった。そのために連合内の過激派も派手に動けなかったといえなくもなかった。
「どちらかに味方して恩を売り、利益を得るのは当然だろうな」
「そう。プレラットとしては同盟とテランが手を結ぶとなれば自分たちの被害が増大する。だから密盟はプラレットと結んでもらいたいと考えている。その方が被害も少なくて済むものね」
「それでは話が終わってしまうな」
 青年は歌恩に盟約がすぐには結ばれなかった理由も求めた。
「はいはい。わかりました。これで終わらせてくれないのはわかってるわよ」
 歌恩は諦めに似た苦笑を浮かべて一呼吸おいて、話を再開した。
「はっきり言うと、プレラットは同盟に対しても不安なのよ。戦闘民族というだけあって、そのあたりの気性がテランよりも激しいのは彼らも知っている。となれば、たとえ盟約を守り、テランを撃ち滅ぼしたとしても勢力の増大した同盟が第二のテランとなるだけではないかと危惧している。当然のことね」
「単純だが、的外れではない推理だな」
 青年は歌恩の推測に頷いた。
「そういう意味で、プレラットにはテランとの盟約を今後も永続的に維持したいと思う親テラン派――というか、反同盟盟約派がいる」
「我らの気風を知っていれば大半がそうかもしれないだろうな」
 青年はどこか他人事のように頷いた。
「その通り。それがこれまでの密盟を結ぶ交渉が難航していた理由。違う?」
 どちらかというと現状維持を好む、やや保守的な気風のプレラットなので交渉が難航という言葉ですら軽いだろうと歌恩は思ったが、わざと軽く言った。
「なるほど。それなのに密盟が結べるようになったのは何故だ?」
 青年は少し満足そうに微笑を浮かべながら続きを促した。
「確かに親テラン派は多数を占めていたけど、全てが同じとはいえない。中には親テラン派だけど、テラン復権急進派が連合内で幅を利かせるのは危険と考えているグループもいた」
「いてもおかしくはないだろうな」
「テラン復権急進派の中には軍需産業からの回し者が多数いる。その連中を黙らせれば、復権急進派はおとなしくなる。そこで彼らが望む戦争。ある程度の規模の紛争を企画したのよ」
「なかなかプラレットもタヌキだね」
 青年は愉快そうに笑ったが、正直な話、戦争を企画された地域の人間にしてみれば笑い事ではすまない話である。
「奇麗事だけでは生きてはいけないのはどこも同じですわ、陛下。人は鬼にも仏にもなれます。タヌキぐらいは寝ててもなれます」
「もっともだ。で、余の知る限り、飢えたハイエナの小腹を満たすような紛争が起こったとは聞いておらんし、起こりそうとも聞いておらんぞ」
「それはそうでしょう。その舞台として選ばれたのは、惑星クロムジーですから」
「惑星クロムジーか。たしか、少し前にスーパーエキノコックスが散布されかけた星だな?」
 青年は報告を聞いているはずなのにわざととぼけて歌恩に訊いた。
「ええ、そうです。散布した連合側が自分たちの兵器で連合側が損害を受けるはずでした。そうなれば、散布したのが連合であっても、同盟の陰謀ではないかと嫌疑をかけられます。その損害はそれだけで元が取れます」
「大義名分があれば紛争は拡大できるというわけだな?」
「その通りよ。陛下。そして、ある程度、双方が疲弊したところで独立運動が起きる予定でした。連合と同盟は戦争拡大を嫌い、独立を承認して、新政府の統治ということで和解するはずでした。適度な消費と軍需産業の潤いをもたらした後にね」
 歌恩は自分で言っていても馬鹿らしいというふうに肩を軽くすくめた。
「血と肉を与えて猛獣を飼うわけだな。おろかなことだ」
 青年も歌恩と同意見だと苦笑で答えた。
「それはさておいて、その計画のために、スーパーエキノコックスの散布をかぎつけたTS9の調査員は邪魔でした。計画したものたちは、彼らには死んでもらうつもりだったのでしょうね。事実、調査員の情報がリークされ、命が狙われたようです」
「ふむ。だが、彼らは独立解放軍に助けられたと聞いているが?」
 青年はわざとらしく首をかしげた。聞かなくても詳細は知っているだろうが、歌恩が言わなければ話が進まないこともわかっていたので、彼女は話を再開した。
「はい。しかし、それは調査員としてTS9の司令官自らが出張ってきているとわかったためです。プレラットはTS9の司令官を保護するために作戦変更せざるえなかった。彼はプレラットには必要な人材ですからね。しかし、その結果は彼らの活躍でクロムジー危機は回避され、紛争なく独立を果たしたわけです」
「困ったもんだね」
「計画した人たちにとってはそうでしょうね。でも、かわねぎ司令は親テラン派にとっては紛争計画よりも重要だったのでしょう」
 TS9のある辺境域は多少の不便さを別にすれば、資源的にも潤沢であり、彼らの好物である『観葉植物の種』を特産とする惑星がある。その宙域を確保するだけでプレラットは充分なのであった。そのための大使館であり、そのためのかわねぎ司令であった。
「だが、代わりに紛争は回避されたことで猛獣は空腹になったわけだ」
 青年はいたって楽しそうであった。普通の人間ならその青年にとって宇宙の地図を描くことは人生の退屈を紛らわせるゲームでしかないのかと考えてしまいそうであった。しかし、歌恩は彼の想いがどこにあるかわかっているので、その楽しげな顔に優しい笑顔で答えて、話を続けることにした。
「ですから、プラレットは保険をかける意味合いで同盟との盟約を結ぶことにしたというわけです」
「少し理由が弱いな。プラレットは次の紛争を企画することもできるだろう?」
「アメフラード騒乱とクロムジー危機の裏側がなければ、そうしたでしょうね」
「ほほう?」
 青年は歌恩の話にやっと興味深げな表情を見せた。
「アメフラードが反乱を起した時に使用した航法システムのセキュリティーホールを使用したコンピュータの無効化システム。この開発は通常、何年もかかる代物ですのに、資金もない状態で秘密裏に半年間で開発することは不可能といえます。つまりは、数年前からそれなりの資金が提供されて、その開発がなされていたのでしょう」
「それをしていたのが復権急進派といいたいのだな?」
「おそらくは。そして、その情報があったからこそ、プレラットは同盟の申し出を撥ね付けずに検討したんじゃありません?」
 歌恩は青年がしてきたように逆に質問した。臣下が盟主に質問するなどもってのほかだと、少年の隣でランドルがはらはらしていたが、歌恩は無視していた。ちなみにココは平然としていた。彼女の剣はどちらかというと、盟主よりは歌恩に捧げられていたので、その反応は当然といえた。
「さあ、どうだろうな。だがプレラットの情報機関は優秀だからな。その情報をつかんでいた可能性は高いな」
 青年は歌恩の質問に激昂することなく、しらばくれながら肯定した。
「陛下もそれを知っていたからこそ、盟約を持ちかけたのでしょう?」
「優秀なのはプレラットの情報機関だけじゃないってことだよ」
 口の端を少し持ち上げて笑い、かすかに鋭い犬歯を覗かせた。
「その優秀な諜報機関はわざと変種の情報をリークして、それを親テランの一派に盗ませた。彼らがクロムジー危機でスーパーエキノコックスを使用したのは明らかに下策。それがわかっていながら、止めなかったのでしょ?」
「さあ、なんのことやら?」
 青年はわざとらしく首を傾げて見せた。
「プレラット人が一番嫌う兵器は生物化学兵器。特に生物兵器は彼らが病的に嫌う兵器。それの使用を容認してしまったんですもの。成功していればまだしも、失敗してしまったら親テラン派が失脚するのはわかっていたでしょうに」
「彼らがもっと冷静になっていれば、その程度のことはわかったことだろう。それを余の責任にされても困るな。自分たちの行動には自分たちで責任を持っていただかなければな」
「そうね。まあ、それでプレラットは方向変換をすることにしたのですからね。つまり、テラン全てを敵に回す必要を認めない。いってみれば、かわねぎ司令などプレラット側のテラン人も多い。今の議長のレイモンド議長も復権急進派に見られているけど、実際はもっとバランス感覚のよい政治家よ。裏ではしっかりとプレラットと手を握っている」
 事実、復権を求める声は大きいが、声を発している人間の『声』が大きいだけで、数の上では少数派であった。レイモンドは『声』の大きさと数の多さ。この二つを上手くコントロールしているのであった。
「惑星連合のテラン人も莫迦ばかりではないということだな」
 青年は愉快そうに笑った。彼は事実、テラン人をかなり評価していた。
 テラン人たちの外交に関するバランス感覚や開拓精神などは評価に値する。彼の評価はテラン人への連合内でのものよりも高かった。
 もっとも、馬鹿げた行いもするが、それは彼らのごく一部がであって、同盟三種族においてもそれは同じであるし、他の種族でも同じことであった。
「プレラットが敵とするのは復権急進派のみで、同盟と結ぶのはテランを殲滅するものではないとした。その条件で盟約を結ぶことを申し出てきた。テラン殲滅となれば、プレラット側のテラン人も敵に回すことになる。こと、地球方面への航路を押さえているTS9のかわねぎ司令は一種の驚異ですからね」
 辺境域で実戦経験豊富な第九方面艦隊の練度は高い。加えて、ワイアード提督とかわねぎ司令という、名将が二人も揃っている。第九方面艦隊とTS9は連合の精鋭であった。
「そして、かわねぎ司令を味方にできる場合、事が起きれば、かわねぎ司令には艦隊を指揮してもらい、私にここの守将をさせる。実力はシミュレーションで示したとおりで保証つき」
 シミュレーションの結果を同盟国内の主戦派の抑えに使うと同時に、こちら側でのプレゼンテーションにも使用するつもりだったのだろう。テラン殲滅と持ちかけておきながら実際はテランの毒を封じ込めるつもりというのが同盟盟主の構想であった。
「ふむ。残念。歌恩のお尻はペンペンできないか」
 青年は心底残念がって、首を項垂れた。
「お戯れを、陛下。同盟もあわせて方向転換を行ったおかげで海賊への資金の流入が減って、海賊船アビス事件は起こるし、主流から切り離される恐れのある復権急進派内の過激派がなりふりかまわず、もう一度、方針転換させるためかわねぎ司令を襲うことになって、おかげでこの騒ぎよ」
 歌恩はココの血だらけになった姿を軽く振り返った。
「だが、無事だっただろう?」
「ええ、ランドルのおかげでね」
 歌恩は青年の横で心労と神経性胃炎を起こしそうになっているランドルを慈しむように見つめた。
「知っておられましたか、歌恩様」
「十二人の戦闘のプロ相手に、ろくに戦わさせずに始末するなんて離れ業をできるのが他にいるなら聞きたいわよ」
 歌恩は驚いているランドルに苦笑を浮かべて答えた。
「あの若い艦長の父親ならできるかもしれませんよ、歌恩様。直接は剣を交えたことはないですが、かなりの使い手ですよ。私と同格ぐらいです」
「まったく、宇宙ってつくづく広いわね」
 歌恩はランドルの言葉に呆れるように驚いた。
「まったくだな。ランドルにそう言わしめる剣士がいるとはな」
 青年も素直に驚き頷いていた。
「それはそうと、陛下。宇宙で屈指の護衛がいるとはいえ、わざわざ危険な場所にお忍びで来るなんて、おやめください。一応、陛下は同盟の最高責任者なんですからね」
 話しがずれていく事に気がついた歌恩は話を戻し、姉が弟をしかるように青年をしかった。
「歌恩だけを危険な目にあわせるのは忍びない。余の愛だ」
 青年はどこかの三文芝居のように大げさな身振りで手を広げ、何もない空間を優しく抱きしめた。
「その愛は金庫にでもしまっておいてください、陛下」
「生ものなので、早めに食して欲しいのだがな」
 歌恩にぴしゃりと言い返されて、青年は少しいじけたが、そんなことで動揺する彼女でもなく、かえって彼女を呆れさせるだけであった。
「狐の胃袋は小さいですから、そんなにたくさん食べられませんわ。それよりもいただきたいものがあります」
 いつまでもこんな会話を続けるわけにはいかないと、歌恩は真面目な表情をして本題を切り出すことにした。
「なんだ?」
「この暗殺未遂の首謀者リストです。黒幕のね」
 歌恩の言葉に一瞬、通路の空気が凍りついた。
 が、青年が一つため息をして、その凍結を解凍した。そして、少し残念そうにポケットからメモリーカードを取り出して、手の中でもてあそんだ。
「せっかく、恩着せがましく下賜する予定だったのに、ばれてたか」
「テランの穏健派もプレラットの首脳部も同盟の融和派も敵を減らしたいからこの機会を逃すようなことはしないでしょう。もちろん、陛下も」
 歌恩がにっこり笑うと、青年は「もっともだ」と答えて、メモリーカードを彼女に投げて渡した。
「一部だけだが、充分に警告にはなるだろう。同盟の主戦派もクロムジー危機で失脚させてある。これで連合側のもこければ、平和の旗を広げて大海原を順風満帆だ」
「テランの復権急進派や同盟の主戦派が暴走しないように生かさず殺さずの舵取りをしないといけないのに気楽ですね」
 歌恩は青年の気楽な物言いに少し苦笑を浮かべた。
「歌恩が宮殿に戻ってきてくれたら、もっと気楽なのだがな」
「そんな贅沢は聞きません。自分のことは自分でしてください」
「やれやれ。まあよいか。面倒ごとは歌恩に回すから、よろしく頼む」
「怠けてばかりいると、ボケるわよ」
「そうしたら、歌恩に摂政させるように近習にいってあるから心配ない」
 青年は腰に手を当てて胸を張った。ここまでくるとさすがのランドルさえも呆れてものが言えないふうであった。
「絶対ボケないでね」
 歌恩は心底嫌そうに青年にお願いした。
「歌恩さんや、めしはまだかいのぉ?」
 青年は老人のように腰を曲げて、もうろくしたふりをして見せた。
「もう一度、お尻を叩かれたい?」
 歌恩は腕組みをして青年を睨みつけた。
「いや、さすがに二度も臣下の前に尻をさらすのは恥ずかしいから、遠慮しておこう」
 青年は背筋を伸ばして、威風堂々として見せた。外見が若くても内面からの気品と威厳が溢れ、人を屈服させる雰囲気を漂わせた。
「それでは、たまには宮殿に顔を出せ。少々狭く息苦しいが、そこに住んでいる余に外の空気を運んでもらいたい」
 彼が至極真面目な口調で歌恩に言うと、彼女は臣下の礼をとった。
「なるべく努力いたします、陛下」
「そうか。では、壮健でな」
「陛下も」
 そう言うと歌恩と青年は何事もなかったかのように、通路をすれ違い、おのおの別々の道を歩んでいった。

「陛下」
 歌恩と別れ、しばらくしてからランドルが青年に小声で呼びかけた。
「わかっている。あの天井裏にプレラットの諜報機関の連中がいたのだろう? 余も気がついておった」
 青年はいまはその気配が消えていることを確認していたが小声でしかも早口で答えた。
「畏れ多くも」
「あの会話はそやつらに聞かせるためのものだ。歌恩もわかっておる。やつらが歌恩の読みが深いことを知っていれば、いらぬ騒動は起そうと思わぬし、同盟と切り離しても歌恩は独立独歩で動く。そして、その動きは余と連動する。それを知らしめておけば充分だ」
 ――歌恩は野にあって役に立つ。
 青年はそう考えている自分に気がつき、一人おかしくなって笑いを噛み殺した。
「陛下?」
 その表情にランドルは思わず青年に問いかけた。
「いや、なんでもない。ランドル。何事も思い通りにならないことは不自由だが、なんとも退屈しないことだな」
「御意」
 妙に嬉しそうな青年にランドルは何も言えず、それだけ言うと黙り込んだ。
(平和が退屈というのは庶民に限られた話だな。上は大忙しだ)

 かわねぎ司令は司令官執務室に各責任者を呼び寄せてミーティングを行っていた。
「――以上。死者、23名。負傷者は86名、そのうち重傷者、52名です。民間人への被害はありませんでした。かわねぎ司令」
 バルバはかわねぎ司令に各部の被害状況を報告していた。
「ご苦労。それでは、引き続き警戒任務に当ってくれ。使節団が宿泊しているブロック、各大使館には作業用通路にも歩哨を立てて、許可証のないものは通さないようにしておくように。それと行動は常に三人一組で行わせるように。以後、バルバ少佐がそれら全ての部隊を掌握するように」
 指揮系統の混乱により隙を与えたことを反省して、かわねぎ司令はバルバに警護の全権を預けた。それに、こうすることでバルバ自身のそれまでの失態を返上する機会を与えることができる。
「了解です、かわねぎ司令」
「襲撃者残党の掃討には海兵隊員に当ってもらう。これの指揮はシェリル艦長に一任する。徹底的に掃除してほしい」
 かわねぎ司令はバルバとの話を一段落させると、今度はシェリルの方に向き直った。
「了解です、司令。一人たりとも見逃しません」
 既に血だらけの制服は着替えられていたが、身にまとった臨戦態勢の空気は脱ぎ去っておらず、味方ながらも無意識に緊張してしまう雰囲気を漂わせていた。
 さすがのかわねぎ司令もシェリルの雰囲気に耐え切れず、れも副司令に向き直った。
「各施設の回復はれも副司令が指揮をとって当ってほしい。技術課の人間を総動員して構わない」
「了解しました、司令」
 彼女は了解といったものの、少し浮かない表情を見せた。
「頼香少尉とシューマッハ少尉も君の下で使ってやってくれ。もちろん、アームストロング少尉も」
 かわねぎ司令はその表情の意味を正確に読み取り、鬱々としているだろう若手に変なことを考えさせないように仕事を与えることにした。
「了解しました、司令」
 今度は満面の笑みで命令を快諾した。
 かわねぎ司令が全員に基本方針と当座の指示を与え終わったところで執務机のヴィジフォンがなった。
『かわねぎ司令、ワイアード提督から通信です』
「こちらに回してくれ。それじゃあ、各々よろしく頼む」
 かわねぎ司令はミーティングの解散を宣言して、各自が持ち場に戻っていくのを確認してから通話のボタンを押した。
「TS9司令官、かわねぎです。お待たせいたしました、提督」
『かわねこたんじゃないのか。つまらん。つまらん任務を押し付けられて、貴官の顔しか拝めんとは軍令部に文句を言わねばいかんな』
 開口一番、ワイアードは文句を言った。かわねぎ司令は、その苦情は聞き飽きていたが、一つだけ聞きなれない言葉が含まれているのに気がついた。
「軍令部?」
『TS9を緊急出航した船を、今、部下がシンクロ航行して『証拠』を回収している。まんまとはめられたな』
 シンクロ航行するには正確な方向と速度がわかっていなくてはできない。つまり、船が向かう先を知っていたことになる。それを命令でワイアード提督に伝達したのは軍令部であるから、軍令部は襲撃作戦の詳細をつかんでいたということになる。
「辺境にいては情報収集が大変ですからね。それに連中も私にやられてばかりだとかえって不安ですよ」
 かわねぎ司令は肩をすくめた。
『もっともだ。だが、そう言うのなら貴官が中央に切り込んでくれるとワシも楽しめるのだがな』
「私はTS9だけで充分ですよ」
『欲のない奴じゃ』
「ですけど、辺境にいれば中央が知らないことも知れるんですよ。たとえば、プレラットと同盟が密盟を結んだとか」
『な?!』
 さすがのワイアード提督もそこまでは知らなかったようで、目をむいた。
「とはいえ、プレラットもテラン全部を敵には回したくないらしいですがね。同盟との通信データは取れませんでしたが、盗聴テープはあります。もちろん、公的な証拠にはなりませんが、情報の裏は取れます」
 かわねぎ司令はワイアード提督宛てにメールを送った。それは例の崩壊した通路を調査させたもけ大尉からついさっき提出されたものであった。
 もけは何か申し訳なさそうに報告を提出したところをみると、彼に何らかの圧力がかかって報告を遅延させていたのは間違いないだろう。かわねぎ司令はもけに立場上、小言を言っただけで無罪放免した。
『しばらく隠居はできんな』
 老後の夢は縁側でかわねこたんを自分の膝の上に座らせることという老提督は好々爺然に笑顔を浮かべた。
「提督に隠居は似合いませんよ」
『ふん。まあいい。平和にはなるが、どっちにしてもこのあたりが少し血生臭くなるな』
 同盟とつながっている海賊などが資金援助を打ち切られれば、その活動が無秩序になるだろう。その可能性を考えて、ワイアードは少し渋い顔をした。
「それが平和というものですよ、提督」
『それなら、貴官にも一生懸命働いてもらうぞ。なにせ、いいだしっぺだからな』
「あうっ」
『では、次はかわねこの姿でな』
 ワイアードはかわねぎ司令の返事を聞かずに通信を切った。聞けば確実にあと十分は言い合いになるから当然だった。
 かわねぎ司令はため息をついて天井を見上げた。もけの報告書には、プレラットが連絡してこなかった使用不可能の通路の奥に通信施設があった。そこに盗聴器を仕掛けて、そのテープで秘密が判明した。
(通信士の会話でわかったが……)
 しかし、プレラット側はどうやら盗聴器があるの知っていながら秘密を明かしたようであった。そういったものは彼らの専売特許である。彼の仕掛けた盗聴器に気がつかないはずはなかった。というよりも、もけの調査以前に盗聴器を仕掛けておいたのかもしれない。
(それに、チック・ミヤア中尉にわざと見つけられるように彼女がよく使う通路の近くを壊していた。見つけてくれといわんばかりに)
 つまり、プレラットはこの情報をかわねぎ司令を通してテラン側に伝えることで圧力をかけるつもりらしい。確かに、これを聞いては穏健派も復権急進派を封じ込めにかかるだろう。そうなれば、テラン内部で色々と面倒ごとが起きる。もちろん、その余波はかわねぎ司令にも降りかかる。
「まったく。落ち着いて、地球の交通手段の研究もできなくなるじゃないか」

 議長執務室に呼び出されたオットー・マインドマン議員は呼び出しの理由を聞かされ、顔の色を赤黒くしていた。
「いったいぜんたい、何の証拠があって、そのようなことを言うのですか!」
「TS9を襲った襲撃者の首謀者格の人間を一人、生け捕りにした。取調べは、歌恩大使御自ら行ったそうだ」
 レイモンドは目の前にいる運輸局上がりの運輸関係委員会の副委員長をしごく真面目な顔で見つめた。
「それだけの証拠で、私を黒幕だと言うのですか。ここは法治国家と思っておりましたが、どうやら、議長は違うとお思いらしいですな」
 オットーは大きな身振りで馬鹿馬鹿しいと否定した。
「大使にはエンパス能力という特殊能力がある。それで知ったのだろう」
「議長はそんな怪しげな力で得た証拠を信じるというのですか? あれは、同盟の過激派がかわねぎ司令の暗殺しようとしたのです。大使はそれを隠すために嘘をついているのです」
 レイモンドの言葉に激昂して机を激しく叩いた。
「なるほどな。その考えもありえる」
 しかし、レイモンドは極めて落ち着いていた。オットーはそんな彼の態度に焦りを覚えた。
「ですから、私は――」
「その考えを証明するためには捜査が必要となる。もし、その捜査の結果、違っていたら、どうする? ことは国際問題に発展する。下手をすれば、戦争だな」
 レイモンドはオットーの言葉に割って入った。つまらない決定事項でこれ以上時間を浪費するのがもったいないと言わんばかりであった。
「しかし、議長」
「大使も調べるのならば、君の処分はそれからでも構わないといっている」
「では、調べるべきです」
「ただし、その場合は闇に葬ることはできないとも言ってきている。今ならば、君の辞表で向こうは、あの襲撃は、かわねぎ司令に恨みを持つ『海賊』によるものであると不問にするといってきている。しかし、惑星連合側の陰謀であったなら、その責任を徹底的に追及して、賠償を求めるということだ。もちろん、その中にはとても飲めない条項が含まれているだろうな」
「そんな脅迫に屈してはいけません」
 オットーは既に断崖絶壁の縁まで追い込まれ、あと半歩で谷底であったが、必死で食い下がった。
「わかっていないね、君も。大使ははったりでものを言っていないことは諜報部から報告をもらっている。それをぶちまかれたら、君だけが困るわけではないのではないかね」
 レイモンドはいつまでも半歩下がらない彼に死神の鎌を優しく振り抜いた。
「議長は何が仰りたいのですか?」
 オットーはここまで昇ってきた政治家としての技能でなんとか取り乱さずにそれだけ言うことができたが、彼の顔色は死人と変わりはなかった。
「あえては言わないでおこう。言えば、それで君を断罪しなければならなくなる。君は辞職する。そうだな……運輸局の不祥事事件の責任を取り、辞職する。自らの責任を感じて、潔く。君はまだ若い。今辞めても、すぐに戻ってこられるよ。君の支持者も応援しているよ」
 もちろん、彼が政界に復帰できる望みはない。彼の支持者、つまりは軍需産業のトップの人間たちも彼の辞職を望んでいるという意味を含んでいることは、彼にも理解ができた。
「考えさせてください」
 即答を避けたのは起死回生の手を探るためではなく、彼の意地とそして、彼によって現在の安寧を得ている親族たちへの配慮を『支持者』たちに約束させる時間を得るためだろう。
「よい返事を待っているよ、マインドマン議員」
 彼が議長執務室を退室して、三時間後、彼から辞職願が届けられた。
「まあ、これで懲りるような殊勝な輩たちではないだろうが、しばらくは大人しくせざるえんだろう。つかの間だが、それで充分だ」
 レイモンドは辞職願を議会提出のボックスに投げ込み、机の上に足を投げ出して、天井を見上げた。
(人間という縦糸。事件という横糸。どっちも好き勝手にして、形も色もいびつだが、織られたものが平和というのならよしとするか。いずれ、ほつれたとしても)
 レイモンドはそう考えた自分自身がおかしくなって、小さく笑い声を立てて笑った。
「どうやら、俺も平和主義者の仲間入りができたようだ。平和万歳」


― 完 ―



あとがき

 かなり難産でした。政治などには詳しくないのでどうしても甘いストーリーと展開でハードなものを心待ちにしていた人には申し訳ないと自分の無知無力を反省しております。
 チープスペースナインは元々が単なるネタ小説だったのですが、知らない間にこんなになってしまって、作者の私自身が戸惑っております。もし、次回があるのなら、その時はもっと軽い話を書いてみたいなと思っております。
 最後になりましたが、キャラクターと設定をお貸し頂いた、かわねぎ様、さたびー様、密かに特別出演していただいた電波妖精様。この場をお借りして、御礼申し上げます。





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