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 トランスステーションナイン――略称、TS9。ここは宇宙に浮かぶオアシス。そして、そこには様々な日常が様々な人々によって営まれていた。そして、今日もまた……


ちーぷ すぺーす ないん

作:南文堂



 整頓されたというよりも、元々何もない部屋で、三人がテーブルを囲み、座っていた。それぞれの目の前には、渋い日本茶が満たされた湯飲みと甘いおまんじゅうが二つ、小さな竹の楊枝とともに置かれていた。それぞれ、会話をすることもなく、勝手気侭にお茶をすすったり、うつらうつらと舟をこいだり、おまんじゅうを弄くってハムスターのような形に改造したり、静かな室内をゆったりと時が流れていた。
 その中の一人、ラファース族の青年が、黒髪から上に突き出た狼のような耳をぴくりと動かし、何かを感じ取ったのか、それでもラファースとは思えないほど、のほほんとした視線を扉の方に向けた。
 それから半瞬遅れて、入ってくる人物の感情を反映したのか、心なしか自動ドアが乱暴な感じで開いて、一人の女性が姿を現した。
「司令!」
 彼女は部屋を見渡す事もなく、一直線に、ドアの開いたことも気にせずにハムスターそっくりに変身させてしまったおまんじゅうを食すかどうか迷っていた人物に向かって詰め寄った。
 司令と呼ばれた人物は、彼女に詰め寄られて自分の視界に影を落とされ、やっと気がついたかのように顔を上げた。
「おや? れも副司令。血相を変えて何があったんだ? そんなに眉間にしわを寄せてると、綺麗な顔が台無しだよ」
 困った部下を見る話のわかる上司のような微苦笑を浮かべた。
「血相を変えさせているのは誰のせいですか!」
「かわねぎ司令でふ」
 寝起きの目を擦りながら、テーブルにいた一人、タナリア人が気の抜けた声でそう答えた。
 彼は――両性を自由に行き来できる彼らは男とも女ともいえないが、男性職員の制服を着用しているので彼でも間違いないだろう――白磁のお人形を思わせる風貌をした少年の面影を残す青年で、もう一人のサイレントパーティーの参加者であるラファース族の青年に負けず劣らず、ほんわかした表情をしていた。
「メン・ホーコリー少尉。とっくの昔に休憩時間は過ぎていますよ。日月捲離命 明(ひつきめくりはなれのみこと・あきら)中尉も!」
 れも副司令の頬の筋肉は低周波治療中らしく、不自然なほど引きつっていた。
「もう、そんな時間ですか。時の経つのは早いものですね〜」
 ラファース族の明中尉が腕時計に目を落とした。しかし、慌てる様子は全くなかった。
「ほんとですね〜」
 タナリア人のメン少尉も相槌を打ったが、まだ眠そうである。
「二人とも――」
「れも副司令」
 明中尉は怒鳴り声を上げようとしたれも副司令を、不意に真面目な顔をして制止した。不意をつれたことで、れも副司令は、怒鳴り声を飲み込んで、その言葉の続きを待った。
「かわねぎ司令が逃げます」
 その言葉にれも副司令はかわねぎ司令の座っていた椅子にすぐに視線を走らせたが、そこには誰もいなかった。すぐさま、部屋の中を索敵モードに入り、数瞬後に背中を丸め、ご丁寧に軍靴まで脱いで抜き足差し足のかわねぎ司令を発見した。
「裏切りものー!」
 かわねぎ司令の叫び声と、れも副司令が副司令官になってから副司令官常時標準兵装となったオーラハリセン(硬)が立てる軽快な音が重なった。
「この音を聞くと、自分がTS9にいることを実感させてくれますね」
「そうですね」
 その音の原因を作った無責任な二人は、ほのぼのとお茶をすすっていた。

「で、私に何か用があったのではないのかな?」
 叩かれた頭をさすりながら大人しく席に戻ったかわねぎ司令はれも副司令に尋ねた。
「そうでした。危うく忘れるところでしたわ。かわねぎ司令。TS9にこの度、トマーク=タス同盟より大使が駐在することは憶えていらっしゃいますね?」
 笑顔を浮かべているが、その瞳は笑っていない。
「ば、馬鹿にしないで欲しいな。ちゃ、ちゃんと憶えているとも。うん」
 あからさまに視線をそらして、舌をもつらせて、たたらを踏ませていた。
「……そうしておきます。その大使の乗られた航宙船が――」
 かわねぎ司令のその様子を見て、れも副司令はため息混じりに用件に入ろうとした。
「遭難でもしたとか?」
 メン少尉が無責任に口を挟んだ。もしそうなら、例え彼らが勝手に遭難されても、この宙域の安全を担っている連合の責任問題は回避できず、トマーク=タス同盟との関係が悪くなることは必至。下手すれば戦争である。
 タナリア人は平和的であるというが、メン少尉に関して言えばそれは当てはまらないかもしれない。もっとも、既に連合士官をしている時点で、タナリア人としては充分に変り種であったが。
「いえ、無事にTS9の哨戒範囲内に入りましたが、その、……船籍コードが、その……貨物船のものなんです。発進信号の暗証コードも大使のもので間違いないとなってますので、何がなんだか……」
 れも副司令は困惑の表情を深めた。
「そのコードの登録船籍は?」
 もし海賊船が偽装するなら実在の船籍コードを使うだろうが、それでもTS9に来るような船かどうかは推測できる。
「すいんげる号です。テラン船籍の貨物船で、何度かTS9に入港しております。船長は――」
「いとしのジーザ船長」
 かわねぎ司令はれも副司令の言葉を余計な装飾つきで先取りした。
「やめてください!」
「そんな邪険にしなくても、ジーザ船長が悲しむぞ」
 ささやかな復讐を楽しんでいるのか、かわねぎ司令は楽しそうにしていた。
「悲しんでください。もし、それが嫌なら、司令、司令がお仕事をちゃんとしてくれれば、よろしいだけです。ジーザ船長のお相手をしながら、司令代行の仕事まではこなせません」
 れも副司令はにべもなくそう言い切った。ジーザ船長は船乗りとしては、非常に腕が良い。海賊の横行する辺境航路を主に回る凄腕の船長であったが、その趣向への執着がそれらを全てチャラにしていた人であった。
「うむー。では、ジーザ船長には悲しんでもらおう。で、船籍もはっきりしている船が何がおかしいというのかな?」
 少なくとも、そんな名が通った船は海賊が偽装する船ではない。
「これが普段の輸送のための寄航ならおかしくありません。いえ、輸送のための寄航する信号も発していました」
「そういえば、購入した資材がジーザ船長の船で届くと連絡があったけ――間違いないです。予定に入ってます」
 メン少尉がデータパッドを操作して素早く確認した。
「そういうわけです」
「つまり、れも副司令殿の言いたいのは、トマーク=タス同盟の大使がテラン船籍のしかも、貨物船で、資材と一緒に来るなんておかしいというわけだね」
 明中尉はれも副司令の不安をまとめた。
「はあ、まあ、そういうことです」
「経費節約のためだよ、きっと♪」
 回転する椅子でツイストしながらかわねぎ司令は楽しそうにそう言った。
「ふざけないでください! 仮にも一国の代表を送り込むのですから、それなりの威厳を示さないなんて考えられません! 連合と講和を結んでいますが、トマーク=タス同盟が自らの誇りを落とす事があるとは思えません」
 しかし、それはれも副司令の逆鱗に触れ、再び顔を引きつらせた。同盟が誇りに重きをおくことは幼稚園の子供でも知っていることである。
「わ、わるかった! 冗談だ、冗談! だからそのハリセンはしまってくれ」
 かわねぎ司令はオーラハリセンという、死んだり怪我はしないが、そこそこ痛い打撃武器を開発した開発者を恨んだが、それを口にすることはなかった。口にしたら最後、その開発者によって自分の想像できない、もっと酷い目に会いそうな予感があった。
「……れも副司令殿。その就任される大使のお名前はわかりますか?」
 少し迷いながら明中尉が尋ねた。
「はい。わかりますけど……トマーク=タス同盟TS9大使、玉山霊泉院 歌恩(ぎょくざんれいぜんいん・かのん)閣下。リサールナルの出身だそうです。――あっ、同盟では大使はほとんどリサールナルの方がほとんどなのでしたわね。えーと、随員は2名となっています。……日月捲離命中尉、お心当たりが?」
 トマーク=タス同盟の盟主的存在のラファース出身の明中尉にそっと訊いた。
「フルネームは面倒でしょう。前から言っていますが、明でいいですよ。――ええと、歌恩閣下ですね? よく知ってます。子供の時は良く遊んでもらいました」
 明中尉は目を細めた。
「それでは、決まりだ。れも副司令、大使を迎える歓迎の準備を早急にさせるように。祝砲を用意」
 かわねぎ司令はそう言って、席を立ち上がった。
「はい? どういうことでしょう?」
 状況の飲み込めないれも副司令はきょとんとした顔をした。この司令官、時々、中間の説明を思い切って端折るクセがある。
「大使を良く知る明中尉がその行動を不審に思わないのなら、本人に間違いないだろう」
「ということは――」
「あの歌恩閣下なら、やりますよ。司令の仰るとおり、経費削減のためにね」
 れも副司令は明中尉の言葉に頭が痛くなった。宇宙――それは人類に残されたフロンティア――と言うが、宇宙を人間に置き換えたほうがいいのではないかと本気で思った。

 かわねぎ司令は自室に戻り、第一礼式正装に着替え終わるとれも副司令が入室の許可を求めてきた。
 入室を許可すると、自動扉が開き、れも副司令が一礼して部屋の中に滑り込んできた。
「きゃあっ!」
 かわねぎ司令は胸を両腕で隠して身を捩った。
「も、申し訳ありません!」
 れも副司令は慌てて部屋の外へと飛び出し、胸に手を当てて、呼吸を整えてから、かわねぎ司令の姿を思い出した。
「!」
 かわねぎ司令がちゃんと服を着ていたことを思い出して、悔しさに扉にかけてある表札を殴って、文字通り、部屋に殴りこんだ。
「かわねぎ司令!」
「おいおい、あまり扉の表札を乱暴にしないでくれないかな? 『ぎ』の字が取れてしまったよ」
 床に落ちた可愛いピンク色の『ぎ』の文字を拾い上げて、いたずらの成功した子供のような顔をしているかわねぎ司令に、れも副司令の怒りゲージが呆れゲージに変わってしまい、怒る気も起きなかった。
「……いい歳した男性が『きゃあっ!』って、恥ずかしくありません?」
 それでも、何か言わずにはすまないのがれも副司令のかわいいところであった。
「身体は大人でも、心は少女♪ それに私はまだ20歳だ」
「司令の出身地では何進数を採用しているんです?」
「まだ、二十進数までは行ってなかったと思うが? どうだったかな?」
「知りません! 勝手にしてください」
 腕を組んで考え込む司令に冷たくそう言い放って口を横一文字に結んだ。
「うん、そうさせてもらう。――ところで、何かあったのかな?」
「あ、そうでした。大使と会見する際はこれを身につけておいてください」
 れも副司令はそう言って、青と黒のマーブル模様の石のようなものをはめ込んだペンダントをかわねぎ司令に渡した。
「これは?」
「思考波遮断装置というものらしいです。リサールナルの人は相手の感情や思考を読む能力がある人が多いので、自分の感情や思考を読み取られないようにする機械です」
「お守り、というわけか」
 ペンダントを受け取った手で玩びながら呟いた。
「ちゃんと科学的根拠があるものです。詳しくは技術部のオヤンジュ中尉に聞いてください。副作用として転送装置の転送もキャンセルされますが、基地内では問題ないでしょうとの事です」
 れも副指令はそう言って、ミケネ少尉を描いたかわいいイラスト表紙の取扱説明書をワークデスクの上に置いた。オヤンジュ中尉はミケネ少尉をなぜか溺愛しているので、このTS9ではそのイラストも日常的なことであった。
「ふーん、機会があれば聞いてみることにしよう。しかし、別に感情を読み取られても構わないんだがなぁ」
 マーブル模様の石を照明に透かして見た。当然何も見えないがマーブル模様が水の惑星のように見え、まるで宝石のようであった。
「司令は困らなくても、私達が困ります。どうせ、『プレラット、ハアハア』とか『天上天下美少女独尊!』とか『肥薩線、乗りに行くついでに九州オフしよう』とか、そういうことを考えるに決まってますから」
 れも副指令は釘を刺したが、おそらく、刺しているのは糠だろうと半分諦めていた。しかし、その予想に反して、かわねぎ司令は至極まじめな表情でそれを聞いて、視線を持っているペンダントに落とした。
「ふむ……れも副司令。このペンダント、どうやら故障しているようだ」
「え? 本当ですか?!」
 れも副司令はペンダントを受け取って、観察してみたが、別段変わったところはなかった。
「君に簡単に思考を読み取られてしまった」
「司令!」
「いつの間に君がエンパス能力まで習得してたとは……しかし、君にすら読まれるのだ、本家本元のリサールナルにはもっと簡単に読み取られるだろう」
 かわねぎ司令は何気なくそう言ったが、それが何を言いたいことかはれも副指令にも十分理解できた。
「……はあ、わかりました。感情も態度も失礼のないようにしてくださいね」
「わかってくれて嬉しいよ。さすがは、私の見込んだれも副司令だ」
 そして、れも副司令の脇を通り抜け、擦違いざまに肩を優しくたたいた。
「それじゃあ、失礼のないようにお出迎えするとしようか」
「はい、司令」
 二人揃って司令官室を出て、航宙船発着ブロックへと向かった。誰もいなくなった司令官室にはペンダントだけが残されていた。

 連合勢力内といえども、全てに目を光らせるには少々、宇宙は広かった。したがって、辺境宙域ではそれなりに、それなりの不届き者も存在するのが当然であった。
 自然と辺境宙域を航海する商船は自衛しなければならない。自衛といっても、早期警戒に努めて、怪しい船を見つければ、即座に離れるようにして進むのが基本であった。一応、武装はしているが、戦闘のプロとまともにやりあうのは分が悪すぎる。三十六計、逃げるにしかず、である。
 もっとも、そんな理由から回避につぐ回避で、航路はジグザグを描き、効率が悪く、その上、もし運悪く海賊を発見するのが遅れれば、命懸けのシューティングゲームを楽しまなければならない。辺境宙域の商売はよほどお金に困るか、よほどの物好きしか手を出さないものであった。
 すいんげる号は、今回、回避によるジグザグも少なく、効率のいい航海をしていた。それだけでも、船長の心は晴れやかであったが、それ以上に晴れやかな気分にさせるものがあった。
「船長。TS9の哨戒索敵ラインを超えました。船籍識別信号の切り替えを確認。寄航依頼の信号、発信完了。管制より確認信号受信。……あら? 返答保留?」
 白の合せの上に内掛けを羽織り、下は朱袴をつけた女性がコンソールを操作しながら小首を傾げた。豊かな黒髪から突き出た狐耳が目の前の事の集中するように前を向き、ふさふさとした尻尾が落ち着くためかリズムを取っていた。鳶色の瞳は慈愛に富んだもので、情報表示のディスプレイを見つめる目も優しげであった。
「歌恩(かのん)様ぁ〜。そういうことは私がしますから〜」
 同じ衣装を着たもう一人の女性が、ディスプレイの前に陣取った歌恩の袖を引いた。
「ココ。わたくしの乗船分ぐらいは自分で働かなければいけませんわ。だから、あなたはあなたの仕事をしなさい」
 声は穏やかだが、きっぱりとした口調で歌恩は申し出を断った。
「そうは言いましても、火器管制は哨戒ラインを超えたら必要ないですしぃ」
「戦はいついかなる時でも気を抜かない事。武官であるあなたはそれを充分わかっているでしょう? 絶対はないのです。しておけば良かったと後悔する程度の事ならしておくのが備えというものです。あなたはそれを怠り、わたくしたちを危険に晒すおつもり?」
 歌恩の目がすっと細くなり、ココの体温を奪った。
「も、申し訳ございません。私が間違っておりました。お許しください、歌恩様」
「はい。許します。それじゃあ、お仕事に戻りなさい」
 一礼するとココは火器管制のコンソールの前に戻っていった。
「いやぁ〜。優しく暖かな歌恩様も良いですが、今のようにきりりとしたお姿もよろしいですなぁ」
 そういいながら近づいてきた男は、ひげを蓄えた恰幅のいい、普段はいかにも船長!といった風貌なのだろうが、鼻の下を伸ばして、目じりを下げた顔はお世辞にも船長といいがたかった。
「ジーザ船長。このたびはわたくしどものわがままな申し出をお聞きくださり、ありがとうございます」
 歌恩は席を立って、丁寧にお辞儀をした。
「ははは、こちらこそ。私の趣味につき合わせてしまって。お互い様ですな」
 航海中に船長が歌恩たちを撮影した映像量は、もし歌恩たちに何かあって、船が家宅捜索されたら、間違いなく最有力候補の容疑者にリストアップされる事、間違いない量であった。
「いいえ、そんなことはございませんわ。わたくしどもは船長にとても感謝しております。この程度の事であれば、いつでも。しかし、この装束――巫女装束といいますのですか?――わたくしも気に入りましたわ。自分で言うのも恥ずかしいのですが、わたくしどもの種族のものには似合っているように思いますわ。……正服として採用しようかしら」
「そうでしょう! そうなのです! 正服に?! 是非! その折は、私に知らせてください。絶対ですよ!」
「もちろんですわ」
 にっこり微笑んだところで、通信情報ディスプレイに新たな情報が書き込まれた事を知らせる電子音が鳴った。歌恩はディスプレイに視線を走らせた。表示されたのはTS9からの返答であった。
「12番ゲートに進入するように指示してきます。えーと……『貴船の来航を歓迎する』と言う事です、船長」
「さすが、大使を連れていると待遇が違う。一番、いいゲートだ」
 すいんげる号はワープドライブを解除して、ゲートへの進入航路を調節し、船体をTS9からの誘導波に乗せると、慣性制御によってTS9との相対速度を0にした。あとは誘導波に全てお任せでドッキングまで自動制御である。
 TS9の鈍い緑色に輝く姿がモニターに映し出されると、歓迎のための見た目は派手だが、ほとんど威力のないフェザーの空砲が祝砲として虚空の宇宙に向かって13発撃たれた。大使を迎える作法どおりの発砲数であったが、入港するのが貨物船なので、少々間の抜けた構図であった。様式美に重きをおくものなら思わず眉を顰めただろうが、すいんげる号に乗る歓迎される側の大使も、TS9にいる歓迎する側の司令官もそう言ったことには重きをおかないので、平然とその間抜けな光景を受け止めていた。
「船長。返答礼で空砲を発砲してもよろしいですか?」
 既に確認は取ってあるが、改めて歌恩は確認を取った。
「どうぞ。好きなだけ撃ってください」
 にこりとそれに応じた船長の言葉を聞いて、歌恩はココに目で合図をした。ココはそれを受けて、コンソールを手早く操作した。
 すいんげる号のフェザー砲の門数が少ないために、少し断続的であったが、10発の空砲が発射された。3発少ないのはTS9の司令官が中佐であるためで、これも作法どおりであった。
「軍やら、国とは面倒な組織ですね」
 自由航海商人のジーザ船長は苦笑を浮かべた。それに対して、歌恩は同意の微笑で答えた。

 歌恩とココはすいんげる号がトラクタービームに乗った事で、もうブリッジにいる必要もなくなり、自室へと戻って、TS9で出迎えてくれるだろう司令官方々に失礼のないように正装に着替えようとしていたが、あるものを前にして、二人して困惑していた。
「困りましたわね」
「どうしましょうか? 歌恩様」
 二人して、腕組みして考え込んでいるところへテラン人の青年が彼女らの部屋に入ってきた。
「お呼びですか? 歌恩様」
 青年は肩幅のしっかりした、そこそこ大柄であったが、気弱そうな顔立ちだったので、それほど人を圧迫した感じは与えない、大型草食動物といった感じであった。
「ブンド。これを見てください」
 ブンドは歌恩が指し示したテーブルの上に広げられたものを見た。
「これは……美味しそうですね。こっちはエビチリソースですか? こちらは、トンカツソース」
「違いますよ、ブンドさん。それはお好み焼きソースです。そして、こっちがトンカツソースです」
 ココがブンドの間違いを訂正した。彼女の実家がラーメン屋さんのために、料理や味にはうるさい。
「なるほど。奥が深い……で、どうします? この正装」
 ブンドは一唸りして歌恩に視線を移した。机の上に広げられていたのは、料理でなく、大使の第一正装であった。
 白と薄い水色の生地を基調にして目に爽やかで、金色の鎖やボタンで飾られているが嫌味はなく、深い赤の宝石をはめ込んだブローチが勲章代わりに左胸を飾っていた。これに黄色い布の帯を締めればリサールナル種族の正式正装である。ただし、その目に爽やかな布地を彩る美味しそうな調味料は正装には不要な、余分な、邪魔な装飾であった。
「壮行会で着ていたのを忘れていましたわ」
 歌恩はお茶目な失敗をしましたというような、何も心配していない笑顔で正装が調味料に彩られたわけを話した。
「レプリケータ洗濯機を使っても、スキャンと分離再生で15分はかかるとおもいますよ」
「でしょうね。しかも、レプリケータ洗濯機なんて、この船には積んでいないですし、あったとしても、そんな使用料の高いものを使うつもりはありません」
「まあ、今日の晩までには秘伝の技を駆使して、汚れを落とせると思いますけど、下船には間に合いませんよ」
「別に構いません。服はこれ一着ではありませんもの。今晩、行われる歓迎式典までに綺麗にしてくださればいいです。お願いできます?」
「一命に替えましても」
 ブンドはにっこり笑って敬礼をし、服を丁寧にたたんで、部屋を出て行った。
「ブンドがいて助かりましたわ」
 ブンドが出て行くのを確認してから歌恩はココにそう言って、椅子に腰を落とした。
「歌恩様、食べる時はもう少し服を汚さないようにしたほうがいいと思いますけど……」
「そうね。今度からは前掛けをして食べることにするわ」
 歌恩はすこぶる真面目にそう答えて微笑んだ。
「……えーと、それで、どの服をお召しになられます? 私もそれにあわせますから」
 ココは笑うべきか笑わないべきか迷った挙句、話題を変えた。
「そう? 私はこれを着て下船するつもりです」
「そ、それですか?!」
「いけません?」
「いえ、まあ、……歌恩様がそれでいいというのなら……」
「じゃあ、決まりね」

 TS9の第12番ゲートといえば、提督クラスの旗艦が接岸する発着ポートであった。その貴賓船専用といっていいゲートに貨物船が接岸するとのニュースは一気にTS9内を駆け巡った。しかも、その船がジーザ船長の船ということがわかると、どういう理屈か「ついにれも副司令がジーザ船長の熱烈アタックに屈したか」などと無責任極まりない噂が付随して、一気にお祭り騒ぎに発展した。
 当然の如く、非番のもの、手の空いているもの、手が空いていなくても無理矢理、用事を作って手を空かしたもの達が一目、その歴史的(?)光景を目に納めようと第12ゲートの発着場に詰めかけて、まるで英雄の帰還を待ちわびる民衆のような熱気に包まれていた。
「まったく。ここの人たちはお祭りごとというと必要以上に熱心なんだから」
 れも副司令はため息をつくというよりも怒気を吐き出すに近い声でぼやいた。
「しかたないです。司令官閣下がお祭り好きなんですもの」
 ナターシャ・クラースヌイはそのぼやきにそばかすのある顔に苦笑を浮かべて答えた。14歳にしては少し大人びて見えるのは、本人がそう見せようと努力した賜物だろう。少しずれた眼鏡を人差し指で眉間のツルを押し上げて直し、今日取材する内容をメモした取材メモに目を落とした。
「でも、ナターシャも大変ね。モロゾフさんの代役なんて」
 TS9駐在の従軍記者であるモロゾフが腹痛で倒れたために、彼のアシスタントをしているナターシャに代役が回ってきたのであった。彼女は新聞に小さいながらも連載のコラムを持っていて、ずぶの素人とはいえないが、取材は基地内の人間ばかりで、基地以外の、それも連合でもない人物への取材はこれが初めてであった。
「はい。でも、私、記者になりたいから、こんなことでびびってられません」
 ナターシャは気丈にそう答えたが、笑顔が少し引きつっていたし、足もかすかに震えていた。
「大丈夫よ。ナターシャならきっと上手くできるわ。もし何かあっても、司令が――私が、フォローするから、失敗を恐れずに、思いっきりやってみなさい」
 れも副司令は屈んで、ナターシャの肩に手を置いて、にっこりと笑って見せた。ナターシャもそれに、「はい」と答えて、まだ緊張しているが、さっきよりも随分マシな笑顔を見せた。
「そろそろ、タラップへ行った方がいいですよ」
 美貌の美少年が二人に声をかけた。
「ホーコリー少尉? どうしてあなたがここに?」
 れも副司令はその美少年、メン・ホーコリー少尉がここにいるのが不思議そうに目を瞬かせた。
「先ほども言いましたけど、資材も積んでいるので、その確認に行くんです」
 あくび混じりにれも副司令にちゃんと仕事をしている事を説明した。
「それはごめんなさい」
「ああ、それから、さっき、ジーザ船長から連絡があったんですけど、かわねぎ司令宛てに爆弾が届いているから、爆弾処理班に回してくれって言われたので、よろしくお願いします」
 メン・ホーコリー少尉は、頭を下げたれも副司令の耳に素早く口を近づけてナターシャに聞こえないように耳打ちした。
「またですか」
 れも副司令はあからさまに眉を顰めた。
「かわねぎ司令も人気者ですから。では」
 メン・ホーコリー少尉はそれに肩をすくめて答えて、作業用のタラップへと向かって歩き出した。
「さて、それじゃあ、そろそろ行きましょうか。遅刻するわけにはいかないものね」
 れも副司令はナターシャの方に振り返り、タラップへと誘った。
「はい。それと、爆弾の件は私は聞かなかったこととして、黙っておきますね」
「……聞こえてた?」
「記者の耳は地獄耳でないとやっていけないです」
「今後気をつけることにするわ」
「別に私は気をつけてくれなくても構わないんですけど」
 そう言ってから、ナターシャとれも副司令は笑いながらタラップへと向かった。

 タラップには既にかわねぎ司令が純白の第一礼装の姿で待っていた。
「随分と遅かったようだけど?」
「ちょっと色々とありまして」
 まさか、爆弾小包が届いてましたなど、報告はしなければならないが、今することではない。しかも、大使の乗船に詰まれているなどとあっては尚更である。
「そうか。それじゃあ、その件は任せた」
 かわねぎ司令は深く追求せずに、前に向き直った。
「ほんとにいい加減ですね、司令は」
 それを見て、れも副司令は呆れるやら感心するやらで、微妙な口調で表現した。
「部下を信頼しているからさ♪」
「少しは疑ってください」
 そう文句を言いつつも嬉しそうであった。
「そうしよう。では、手始めに、君とジーザ船長の仲をうた……」
「……どうされました、かわねぎ司令? その続きは?」
「えーと、そら、主役のお出ましだ。れも副司令、失礼のないようにな」
 十分にバックスイングをして、いつでも攻撃可能なオーラハリセンを前にかわねぎ司令は鏡の前のガマガエルのように汗をたらして話題をすりかえた。
「……うまくごまかしましたね」
 れも副司令はハリセンをしまい、司令の一歩後ろで控えるように立った。

 すいんげる号の少し年季の入ったボディーについている搭乗口が、いくつかの安全装置が解除され、最終ロックが外されると、滑らかに鋼板の扉が開かれた。普段は転送による乗り降りが一般的になっているので、こういった古めかしい方法での下船はどこか儀式めいて見えて、野次馬的観客を湧かせた。
 そして、タラップに現れた二つの影に、観客は歓声を上げた。
「巫女さんだー!」
 白のあわせに目に鮮やかな朱色の袴、羽織った白の内掛けには目立たぬように薄い黄金色で松と鶴がめでたくデザインされていた。一人は木の棒に短冊をつけた、幣をもち、一人は竹箒を持っていた。
「おお! 必須アイテム完備!」
 観客は沸きに沸いていた。
「歌恩様ぁ……なんだか、すごく盛り上がってますね」
 ココは異様な盛り上がりに少しばかり腰が引けていた。戦場にあっては勇猛果敢な大使付き武官の彼女もこの雰囲気は気圧されるものがあった。
「ともあえ、喜んでいらっしゃるようなので、よろしいでしょう。少しサービスしなければいけませんね」
 歌恩は全く臆した風もなく、手に持った幣を左右に降り、胸元に戻して、にっこりと微笑んだ。そして、観客は再び熱狂した。
 それも仕方ない事で、ココは金髪だが、歌恩は温かみのある茶系の黒髪で、巫女装束によく似合っており、その艶やかで一点の曇りもない髪から突き出た黄金色の耳がアクセントになっていた。それに加えて、優しさと神々しさがないまぜになった眼差しをした暗い鳶色の瞳は知的で澄んでおり、きめ細かな白い肌に整った目鼻立ちは意志の強さと気品が溢れ、そこにただ立っているだけでも品格があった。
「かわねぎ司令官閣下、お会いできて光栄です。わたくしはトマーク=タス同盟より全権特任大使として赴任する事になりました、玉山霊泉院 歌恩と申します。
 このたびは、トランスステーションナインに我々、トマーク=タス同盟の大使館を設立することをお許しいただき、トマーク=タス同盟の代表として感謝の念を表します。更に、このように熱烈なる歓迎をしていただきましたことを心より御礼申し上げます」
 歌恩は翻訳機も無しに流暢な連合標準共通語でかわねぎ司令に挨拶をした。
「こちらこそ、お会い、できて光栄、です。玉山霊泉院閣下。我々、惑星連合は、あなた方を、歓迎、いたします」と、かわねぎ司令も翻訳機なしで、少したどたどしくはあったが、トマーク=タス同盟の標準共通語で返礼してから、連合標準語にもどし、「それにしても随分と流暢な連合標準語をお話になられますね。正直、驚きました」
 トマーク=タスの人間は民間レベルでも、連合の言語を知っていても話さない――自分達の言語にも誇りを持っているらしい――人間が多いので、聞き取りはできても話すとなると苦手というのが常識であった。
「職業柄ですわ。それに、若い時分に随分と連合内でお仕事させていただきましたから」
 そう言って、歌恩は少し目を細めた。
「そうですか。それは失礼をいたしました」
 かわねぎ司令は軽く頭を下げた。常識に囚われた認識で相手を推し量った事に対する謝罪である。
「いいえ。それよりも、私はかわねぎ閣下が思断装置を身に付けておられない方が驚きですわ。もしかして、私どもがリサールナルとご存知ではなかったのでしょうか?」
「いいえ。知っておりましたよ。もちろん、相手の感情を読むエンパス能力の事も知っておりました。しかし、別に隠し立てするような感情はありませんので」
「……そうですか。かわねぎ閣下、閣下とは大変、友好な関係を築いていけると思いますわ。それで、あの……」
 歌恩はそこまで言って、言葉に詰まって、ほんのり顔を赤くして、少しだけ俯き、手に持った幣で口元を隠した。
「何か?」
 何が言いたいのかわからなかったかわねぎ司令が怪訝な顔で聞きなおした。
「その……」
 歌恩は言いにくそうに口篭もった。顔は益々真っ赤である。
「司令! まさか……あれほど、失礼な感情は抱かないようにって言っておいたのに!」
 その様子にかわねぎ司令の後ろで控えていたれも副司令は、彼女が懸念していた事が起こったと思い込み、怒鳴り声を上げた。
「れ、れも副司令、ご、誤解だ! 私は失礼な感情など一切抱いていない! ハムの星に誓って!」
 その殺気に、後ろを振り返り、両手を首を左右に振って否定した。
「いえ! 司令が失礼じゃないと思っていても、失礼な事はあります! おおかた、『巫女さん、はぁはぁ』とか思っていたんでしょう!」
 れも副司令の手にはオーラハリセンがしっかりと握られていた。ハリセンであっても人ぐらいは殺せそうなほどやばいオーラを纏っていた。
「そんなことは思ってないし、思ったとしても、ジーザ船長の方がもっと強力だ!」
 説得できなければ、必死なので、かわねぎ司令は必死で言い訳した。
「じゃあ、何を!」
「……いやんっ。そんなこと、私の口からは、い・え・な・い♪」
 ハリセンのオーラがクマぐらいは殺せそうなほどにレベルアップした。
「なぜ?!」
 かわねぎ司令は、悲鳴に近い疑問の言葉を吐きながら一歩後退った。
「申し訳ありませんが、とりあえず、刃を納めていただけませんか?」
 司令と副司令の夫婦喧嘩に歌恩ののんびりした声が割って入った。
 二人はその声にはっとして、歌恩の方に向き直ると、歌恩を後ろに下がらせて、ココが腰を溜めて、竹箒を抜刀の構えに構えていた。仕込み刀なのだろう、既に鯉口は切られ、刃物の放つ鈍い光が覗いている。居合の構えをしている彼女の瞳には何の気負いもなく、平静であるが、それだけに歌恩に危害が及ぶと判断すれば、躊躇いもなく、二人を切り捨てていた事は間違いないことも誰に目にも明らかであった。
「も、申し訳ありませんっ」
 れも副司令は激情のあまりとはいえ、大使の前での醜態に顔を真っ赤にして頭を下げた。
「ココ、もうよいですよ。ご苦労様」
 歌恩はココを下げさせて、まだ頭を下げているれも副司令の元へ歩み寄った。
「お顔をおあげください、れも副司令殿。誤解させるようなことをして申し訳ありませんでしたわ」
「い、いえっ! 軽率にも私が――」
 れも副司令が謝罪しようと口を開きかけた時に、歌恩は彼女の耳元で素早く何かを囁いた。それを聞いて、れも副司令は目を丸くして、歌恩を見たが、見つめられた歌恩はちょっと照れたような笑顔でその視線に応えた。
 れも副司令はすぐにかわねぎ司令に耳打ちし、かわねぎ司令も頷いた。
「ご要望にお応えできるようにいたします」
「よろしくお願いいたします」
 歌恩はにっこり微笑んで、そう言うと、回れ右して、すいんげる号の方を向き、
「ジーザ船長。れも副司令殿とは和解いたしましたので、こちらに照準の向けられている砲台を元に戻していただけませんか?」
『うむ。そういうことなら、よろしい。照準解除、ぽちっとな♪』
 スピーカーからジーザ船長の声が聞こえた。
「こんな所で砲撃したら自分の船もただじゃすまないのに」
 ココが苦笑を浮かべて歌恩にだけ聞こえる声で言った。
「ジーザ船長にとって、れも副司令殿のいない宇宙なんて、あんこの無いタイヤキと同じなんじゃありませんか?」
 歌恩はつい先ほどまで自分の身を危なくしていたことを事も無げにそう言ってニコニコとしていた。
「よくそんな平気に言えますね。私でも、艦砲は防げませんよ」
 ココは苦笑した。
「そんなことはありませんわ。ジーザ船長が巫女装束の私たちを撃つのにためらいもないとは思えませんもの。そのためらいだけで充分です。違います?」
「私は万能ではありませんよ……少しは疑ってください」
「うふふ、努力するわ。でも、難しそうね」
 楽しそうに笑う歌恩にココは内心頭を抱えた。
「なににしても、ここは退屈だけはしないで済みそうですわ」
「苦労はしそうですけど」
 ココは自分の上司の気楽な一言にため息をついた。
 こうして、型破りの入港式典は幕を閉じた。

 取材メモには質問すべき事が書かれており、それを質問するだけで充分に記事は書けた。質問と回答の様子は記録メディアに録画録音され、ナターシャ自身もメモを取ったので、万全であった。取材対象は彼女の年齢や性別などで侮ることなく、至極丁寧に――おそらく、これが本記者のモロゾフであっても同じであっただろう態度で質問に答えてくれている。彼女のすべき仕事としてはこれ以上はないと思うほど最高のものであった。しかし、彼女は不服だった。
「例えば、これが私でない誰か――かわねぎ司令でも、ライカ少尉でも同じではなかったのだろうか?」
 そう思うと、彼女は記者の仕事をしていなかった。誰でもいい、それこそ、質問を吹き込んだテープであっても取材対象はキッチリと丁寧に答えてくれるだろう。すんなりと順調に進む仕事――何の問題もなく、おそらく、モロゾフさんは誉めてくれるだろう。しかし、それでいいの? ナターシャは自問自答した。
 しかし、先ほどの騒ぎは笑い話で終わったように見えて、全然笑えない。一歩間違えば、連合と同盟の戦争を巻き起こしたかもしれない危機であった。そんな危険な関係の人間に自分の満足のために質問して、気分を害されたら……そう思うと、ナターシャはしり込みした。彼女はまだ14歳の少女なのである。そして、14歳にしては、モノの道理がわかっているだけに、軽はずみな事はできない。しかし、抑えようとするのに比例して、自分の中で沸き起こる好奇心が膨れ上がるのも感じていた。
「――クラースヌイさん」
 不意に声をかけられて、ナターシャはばね仕掛けのようにぴんっと体を起こした。そこで、まだインタビュー中であり、それにも関わらず自分の世界に入り込んでいたことを知り、恥ずかしさで顔を伏せた。
 歌恩たちは大使館に荷物の搬入などがされるまでの間、賓客用の客室を使っていた。そして、そこで、かわねぎ司令とれも副指令立会いの元、ナターシャによる独占インタビューがされていたのであった。
「答えたくない質問には答えないのでよければ、どのような質問をされても気分は害しませんわ」
 ナターシャの様子をおかしそうに見ながら、取材対象――歌恩は彼女に自分の考えを伝えた。
「! ……すいません……」
 エンパス能力の事をすっかり忘れていたナターシャは顔を真っ赤にした。自分の考えは筒抜けなのでは、迷っていた自体が馬鹿である。
「エンパス能力についてお聞きしたいのでしょう?」
 歌恩の言葉に頷いた。エンパス能力は触れていいのか悪いのか、連合でも迷っている項目で、それゆえに真実は玉虫色で迷信じみた風評が先行していた。好奇心の強いナターシャにとっては一番知りたいことであったが、モロゾフの質問項目には先鋒を憚ってか、その事は一切触れていなかった。
「この能力は、相手の感情や思考を読み取る事ができるのですが、世間で言われているような考えが筒抜けと言うことはありませんわ。大まかな何か――ぼんやりとしたイメージは読み取れますが、あくまで大まかなものです。ある程度、経験を積めば、その場の状況や相手の細かな動きなどを読んで、かなりの精度で考えを読み取る事ができますが、それも限界があります。それにこちらに読めないようにブロックできる人もいます。訓練や機械や体質などでね」
「そうなんですか?! それじゃあ――」
「クラースヌイさんの考えが見抜かれたことですね? 心の中で葛藤をすると二つの感情が交互に、それでいてないまぜになって現れます。あとはクラースヌイさんの態度と言葉から察しがつきますわ」
「……」
 ナターシャは耳まで赤くして俯いた。
「老獪になればそうならないでしょうが、それがよいとはいえません。老獪なれば、人から真の信用を得ることはできません。私たちの古い言葉に“人を騙すのであれば、心より騙せ”というのがあります。見せ掛けの騙しの“老獪”であるならば、ならぬほうがいいでしょう」
「……はい」
「と、老獪な狐が言っても、全然説得力がありませんけどね」
 歌恩は相互を崩すように笑って見せた。それにつられて、ナターシャも笑顔になった。
 それから、好きな男性のタイプやら、好きな食べ物――これは予想通り、いなり寿司――やら、休日の過ごし方やら、趣味や特技など、プライベートな事まで質問し、インタビューは無事に終了した。後日、その取材結果を見たモロゾフの開いた口が塞がらなくなり、医務室に運ばれたのは、また別の話である。

 メン・ホーコリー少尉はすいんげる号のカーゴベイ管理システムにアクセスして、納品書と納品が一致しているかどうか照合していた。ジーザ船長とは馴染みであるし、ごまかしなどはしないことはわかっていても、規定は規定である。ちゃらんぽらんでもTS9は軍の組織の一部であったので、当然といえば当然であった。
「不審な点はありましたか?」
 それに付き添っていた、ミナミ・ブンドがメン・ホーコリー少尉に声をかけた。
「いえ。間違いありませんでした。品目、数量共に問題なしです。確かに受領いたしました」
 メン・ホーコリー少尉はのんびりした声で答え、受領サインをパッドに入力して、ブンドに手渡した。これで、すいんげる号で運搬してきた貨物はTS9に引き渡されたことになり、運搬の仕事は完遂となり、残りの料金が支払われることになる。やましいことが何もなくても、袖の下欲しさに難癖をつける資材管理の担当官が多いので、ブンドもすんなりと引渡しが済んだことにほっとした。
「ありがとうございます。それでは、プログラム配置タグがついたものが、大使の荷物ですので、転送をお願いできますか?」
「もちろんです。――エレク・トリック少尉」
 メン・ホーコリー少尉は通信バッジを叩くと、転送室の当直士官を呼び出した。
「はーいです。何か用事ですか? ホーコリー少尉ぃ」
 通信バッチから、気の抜けた声が返ってきた。
「タグのついたカーゴを認識できます? トマーク=タス大使館へ転送をお願いします」
 言葉は普通だが、こちらも気の抜けた声で用件を伝えた。
「りょうかいでーす」
 その言葉と同時にカーゴのコンテナが次々と転送されたことを情報表示ディスプレイが示した。
「……」
 ブンドは眉をしかめた。カスタマイズされたプログラム配置がついているので、転送の操作は煩雑になるはずなのに、それをこれだけの速さで転送できるのは、よほどの熟練者か、さもなければ、適当に転送しているかの二つに一つでしかない。そして、後者の可能性が高い。
「気の抜けた声で頼りなく聞こえますけど、仕事は速くて正確ですよ、エレク少尉は」
 それに気がついて、あくびをかみ殺しつつ、メン・ホーコリー少尉が保証した。
「そうですか。それなら、構いませんよ。でも、くれぐれも丁寧に扱ってくださいね」
 ブンドはそれでも不安そうに念を押した。
「ええ、わかってます。ところで、例の爆弾小包はどのカーゴに入ってます? 爆弾処理班に回しますので」
「カーゴUG(ツージー)に耐爆発仕様の包装で納めてますよ。解体しようと思ったんですけど、スキャンしたら、ちょっと洒落にならない機構なんで、お任せします」
 ブンドは、もし爆発しても被害が最小限になるカーゴに納めた荷物をディスプレイに表示させた。
「カーゴUGですか。心なしかもえもえな感じのするカーゴですね〜。そう思いません? ……あ、思わない。そうですね〜。えーと、爆弾の件、了解しました。お任せください」
 メン・ホーコリー少尉は眠そうな目でそう答えて、ブンドに、他に仕事があるだろうから、作業は一人でやってもいいと伝え、彼も歌恩たちの服を洗濯する重要任務があるので、メン・ホーコリー少尉に作業を任せて、その場を後にした。
「やっぱり、辺境だから、のんびりしているのかな?」
 ブンドは諦めに近いため息と一緒に独り言を吐いて、大使館へと向かった。

 ミナミ・ブンドはある種、トランスステーションナインにやってきたことに感慨深いものを感じていた。
 彼はテラン星生まれだが、父親が貿易商人だった事もあり、テラン星にいるよりも宇宙船にいる方が長い少年時代をすごし、積極的に父の仕事の手伝いをした。それというのも、父親の商売相手である、リサールナルの人たちが大好きであったからである。そういうこともあって、10歳になった時に、リサールナルの貿易商に丁稚奉公を願い出て、そこで年季が明けても働いていたが、歌恩と出合い、そこそこ高給だった職を投げ打って、大使の随員になったのである。
 生まれた国に大使の随員として赴任など、考えてみれば間抜けな事であるが、それもまた面白いと思い。一人でにやけていた。しかし、それも一瞬の事で、すぐに真面目な顔にもどった。
「まあ、それはそれとして、失敗したな。積み込むのを忘れていたとは……あれって、TS9にあるのかな?」
 ブンドは一人ブツブツと呟いて、廊下を歩いていたが、それでは埒はあかないので、とりあえず、人に聞いてみることにした。
 そう思ったところに、長い黒髪を可愛くリボンでくくった少女と栗色のショートカットで眼鏡をかけた少女、それと同じショートだが活発そうな緑の黒髪の少女の三人組がこちらに向いて歩いてくるのが見えて、ブンドはその三人を呼び止めた。
 呼び止めたのは彼がロリコンというわけではなく、連合の制服――しかも、リボンの少女は驚くべき事に士官の制服を着ているので、データパッドで調べてもらえるかもしれないと考えてのことであった。ロリコン度チェックで10点満点で8点という高得点をはじき出した彼だが、下心があって呼び止めたわけではない。
「すいません、少尉殿。お忙しいところ申し訳ないですが、ちょっといいですか?」
 ブンドはさっと階級章に目を走らせ、にこやかな笑顔を浮かべた。近くで見るとなかなかの美少女三人組に、ほんの少しだけ鼻の下が伸びかけたが、笑顔で誤魔化した。
「はい。なんでしょうか?」
 彼女は少女とは思えない鋭い目でブンドの胸につけた、身分証明を見て、丁寧に返事した。彼女の顔に少し困惑が浮かんでいるのは、どう見てもテラン人なのに同盟の大使館員になっているからだろうことはブンドにも容易に想像できた。
「大使の命令で、あるものを探しているのですが、どこに行けば貸して頂けるのか、わからずに少し困りましてね」
「何をお探しですか?」
 彼女はブンドの態度を怪訝に思い、警戒を強めた。
「頼香さん。身分証明は本物ですよ。――ミスターブンド、何をお探しですか? 私たちもお手伝いいたします」
 眼鏡の少女がリボンの少女に耳打ちし、ブンドに向き直って、微笑みながらそう言った。
「いや、たいしたものではないのですけど、“洗濯板”を探しているのです。どこかで貸していただけないでしょうか」
「せんたくいたぁ?! ――ですか?」
 頼香はブンドの探し物を聞いて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、あわててそれを取り繕うように語尾を付け足した。
「知ってるか、果穂」
 果穂は「さすがに知りません」と首を横に振った。
「はいはいはい! あたし、あるところ知ってる!」
 それまで黙っていたショートの少女が見かけどおり、元気よく手をあげた。
「本当か、来栖? どこだ?」
「そこ」
 来栖がそう言って、指差したのは――
「頼香さんの胸がどうし――ああ、なるほど!」
 果穂はぽんと手を打って納得した。
「え? …………って、来栖!」
 少し時間がかかって意味のわかった頼香が来栖を怒鳴った。
「だって〜」
「俺だって、ちゃんとブラぐらいしてるんだ! AAじゃないぞ、ちゃんとAだぞ!」
「ギリギリですけどね」
「果穂!」
「あたし、もうすぐBだよ♪ 果穂ちゃんもなんだよね」
「お前ら……」
「まったく、頼香さんが羨ましいです。理想的な体型を維持しているのですから」
「それは嫌味か? 果穂」
「とんでもない! 心の底からそう思ってますよ。胸など無いほうがいいに決まっています。ありすぎる胸など全くの無駄! あの膨らみすぎた胸にぶよぶよと脂肪が詰まっているかと思うと寒気がします。つるぺた。最高じゃありませんか! 天使のように無垢で純真。これぞ、人類の夢! あなたもそう思いますよね? ブンドさん」
「えーと……まあ、なんというか……」
 話の流れから完全に置いてけぼりを食らっていたブンドは答えに窮した。
「ほらみろ。困ってるじゃないか。果穂が特殊すぎるんだよ。男は胸が大きいのがいいに決まってる」
 頼香は拳に力を入れて力説した。ブンドはなぜか彼女の断言が妙に言外の説得力があるように聞こえた。
「まあ、人それぞれなんじゃないかな? 胸の小さいのが好きな人もいると思うけど」
 説得力はさて置いて、ブンドはとりあえず、一般論的な答えでお茶を濁しつつ、この議論を早々に打ち切ってくれることを望んでいた。
「ほら、ちゃんと聞いて下さい。大きいのが好きなのが当然というのは、思い込まされているだけです! 小さいほうが好きなのが当然なのに、それを胸の大きくなった女性達に騙されていたのです。今、男性達がそれに気がつき始めているのです。それに頼香さんのは自分の好みを言ってるだけです」
「いや、そうじゃなくて……」
「これは俺と果穂の問題だ! あんたは黙っていてくれ!」
「そうです! 口出し無用です!」
「はぁ……」
 ブンドはため息を漏らして、えらいものに声をかけたと反省し、この場を離れる算段をはじめた。そこで、誰かに袖を引っ張られ見ると、三人の最後の一人、この騒ぎの原因、来栖がにこやかに笑っていた。
「胸の話でけんかになると長いから、行った方がいいよ。資料課に聞いてみるといいとおもうよ? 色々と資料を保管しているから」
「ありがとう。じゃあ、二人にはよろしく言っておいてね」
 ブンドはそう言って、三人からそっと離れた。
(胸の大きくなる機械を売り込めば、売れるかな? しかし、あの、果穂って娘に邪魔されるかもしれないな。微乳も嫌いじゃないしな)

 オヤンジュ中尉は細心の注意を払って、ケーキにナイフを入れようとして、手を止めた。
「やっぱり、ワシの手には負えんな」
 微細作業用マニュピレーターをケーキから離して、操作グローブを脱いで、フェイスカバーをあげた。いつも陽気なひげ面の中年技術士官は苦渋に満ちた表情をした。
「中尉でも駄目だと、あとは誰もいないにゃ」
 ミケネ少尉が不安を隠さない表情でオヤンジュ中尉を見た。
「コンピュータのデコードはできたが、解体はワシの技術では少し心許ない。まあ、失敗したところで、爆弾処理室を駄目にするぐらいで済むんだがな」
 ホログラムで映写された爆弾入りケーキを眺めながら腕組みをした。ぐらいと言っても、解体用に用意された精密機器を全て吹っ飛ばす事になるので、経済的損害はかなりのものになるのだが。
「ということは、最終処理室行きですかにゃ?」
 最終処理室とは、爆弾の一番手っ取り早く、確実な解体方法、つまり、爆発させる、そのための分厚い装甲で四方を固めた部屋である。
「そういうことになるが、これと同型が出回ると厄介だから、ここでできるだけデータを取りたいのだがな」
 爆弾製造と爆弾処理ははるかな昔からイタチごっこを繰り返している。爆弾を爆発させて解体するのは手っ取り早いが、それでは、証拠もその爆弾の解体するためのデータも大半が爆発によって失われる。出来ることなら解体するのがベストであった。
 TS9に爆弾を送ってきた犯人グループは、TS9のかわねぎ司令の暗殺を狙っているのだろうが、それとは別に“TS9の爆弾処理班が解体できなかった爆弾”という称号が欲しいのである。その称号があれば、その爆弾は高額で取引される。犯人グループの資金源にもなるのである。それに、解体できなかったことで、次の爆弾を動かせば爆発しますと設定すれば、仕掛けられた建造物(もしくは宇宙船など)は破棄しなければならない。
 オヤンジュ中尉にしてみれば、技術者としての意地と、連合士官としての責任感が、最終処理室行きという決断に苦渋を感じていた。
「中尉……そうだ。これでも食べて、元気出すにゃ」
 ミケネ少尉は自分のカバンに入っていたおやつのバナナを取り出して、オヤンジュに差し出した。
「ミケネ少尉……ありがとう」
 オヤンジュ中尉は笑顔でバナナを差し出すミケネ少尉に優しい眼差しを返した。
「一緒に食べるにゃ」
 バナナを受け取り、椅子に腰掛けて、バナナのヘタに手をかけようとすると、どこからか水滴が滴る水音が聞こえた。
「?!」
 爆弾処理操作室である。何かの故障やトラブルがあれば、しゃれではすまない。オヤンジュ中尉はバナナを食べるのを一時延期して、水音の元を探した。
「あそこにゃ!」
 発見したのはミケネ少尉であった。通気口から滴る水が床に水溜りを作っていた。
「空調の故障か? ――空調管理室」
 オヤンジュ中尉は通信バッチで空調を管理している部署を呼び出した。
「なんか用?」
 通信バッチから返ってきたのは、「面倒くさい」とはっきりと言うよりも明瞭に意思を含んだ若い女性の声であった。
「その声はチック・ミヤア中尉か? 爆弾処理操作室だが、通気口から水が漏れているんだが」
「何かの間違いじゃないの? ちゃんとモニターしてるけど、結露なんて起きるはずないよ」
「だけど、水溜りができてるにゃ。また、サボってたにゃ」
 その通信にミケネ少尉が割り込んだ。
「お、オレはちゃんと仕事してた! ……その声はミケネだな! いい加減なことを言うな!」
「ミヤア中尉はいつもサボってるにゃ。説得力ないにゃ」
「こらこら。やめないか。――チック・ミヤア中尉。すまないが、もう一度チェックしてくれないか? 原因が他にあるのなら、すぐに調べないといけないから」
「ちっ……わかったよ。ちょっと待って…………? 通気口の前に何か物、置いてる? 流量の割にダクト内圧力が上がってるよ」
「いや、置いてないが?」
 通気口は天井近くにあるので、その前を塞ぐのはなかなか大変な作業であった。
「じゃあ、誰かが中に入ってるんだな」
 それを聞いてミヤア中尉は投げやりに適当なことを言って、早く通信を終わらせようとしていた。
「そんな馬鹿な! カウンターラウンジの通気口じゃあるまいし――」
 オヤンジュ中尉が苦笑を漏らした。
「わかった!」
 オヤンジュ中尉が喋っている途中でミケネ少尉が声を上げた。
「ピナフォアちゃんが入ってるんだにゃ! あの水はピナフォアちゃんの涎にゃ!」
 名探偵が真犯人を言い当てるようにかっこよくミケネ少尉は通気口を指差した。
「おいおい。いくらなんでも――」
「……じゅるっ。……なんでわかったの?!」
 オヤンジュ中尉が呆れているところに通気口の蓋を外して金髪の美少女が現れた。
「……ピナフォアちゃん」
 彼女は、連合のある場所からは銀河の中心を挟んで向こう側に長大な歴史を持ち、巨大な領土を治めるDOLL王国から来た種族、MOE−DOLLであった。
 彼女らの種族は全員、6〜16歳の少女の姿をしており、その姿とは裏腹に、ナノマシンによって常人の数倍以上の戦闘能力を持つ戦闘種族でもあり、他の知的生命体を自分たちと同じ姿にする――同化により増える半機械半有機生命体でもあった。
 どういうわけだか、彼女らは自然環境を守ることを存在意義とし、行動しているらしいが、お気楽な性格のものが多いらしく、緊張感というか、使命感に燃えているという印象は全くといっていいほどなかった。
 事故というか偶然によりトランススペースナインに流れ着いた彼女もその範疇にずっぽりと入っていた。
「――ミヤア中尉」
 ミケネ少尉は通信バッジにこわごわと話し掛けた。
「まだ何か用?」
 あからさまに不機嫌な声が通信機から返ってきた。ミケネ少尉はその猫耳を伏せて身をすくめた。
「ごめんなさいにゃ。疑って申し訳ないにゃ」
 ミケネ少尉はいつもの軽快な様子ではなく、真面目に沈痛な声で謝った。
「……いいよ。気にしてない。いつもサボってるからな、オレは。まあ、たまには働いてるって憶えておいてくれたら」
「ごめんなさいにゃ。わかったにゃ。おぼえておくにゃ」
「そうしておいて。忙しいから切るよ。以上通信終わり」
 ミヤア中尉の照れたような声で通信は終了して、オヤンジュ中尉はミケネ少尉の髪をくしゃりと撫でた。
「それはそれとして、どうしてあんなところに?」
 オヤンジュ中尉はピナフォアに向き直った。
「え?! ……まあ……あはははは、なんとなく、探検♪」
「ちょうどいいところに来たにゃ。一緒にバナナ食べるにゃ」
「べ、別にバナナが美味しそうで涎をたらしてたわけじゃないよ」
 その言い訳を聞いて、オヤンジュ中尉はミケネ少尉の推理があたっていた事を知り、苦笑を浮かべた。
「そういうことにしておくにゃ♪」
「そういえば、ピナフォアちゃんは爆発物のエキスパートだったよね」
「まあ、たいしたことないけど」
 ピナフォアは受け取ったバナナを既に一本平らげて答えた。
「あの子はどう思う?」
 オヤンジュ中尉は自分の分のバナナをピナフォアに渡し、爆弾のスキャン結果を表示した背後にあるディスプレイを肩越しに親指で指差した。
「……凝ったデコレーションだね。面倒だけど、子守唄、歌えると思うよ」
 ちらりと画面を見ただけで、そんなことには興味なしという感じで手の中のバナナを剥く事に集中していた。
 子守唄とは解体作業の事で、爆弾を無力化することを“眠らせる”ということからの隠語である。
「頼めるかな?」
「本国のこわーい狐のお姉さんが『無闇に内部干渉しちゃいけませんっ』て、釘刺されてるから駄目。ヘタなことしたら、あの人、本当に釘刺しかねないもん。50寸釘で串刺しは痛いんだよ」
 普通は死んでしまうが、彼女らはそれぐらいでは死なない。しかし、痛いものは痛いらしい。
「そうか……じゃあ、仕方ない。ミケネ少尉。バナナを食べ終わったら、最終処理室への転送の準備をしよう」
 オヤンジュ中尉は小さくため息を漏らして、諦めた。いつまででも危険物を放置するわけにはいかないので、無理とわかれば、迅速な決断をしなければならない。
「残念だにゃ。これを片付けたら、司令、きっと喜ぶにゃ。また、食券の回数券ぐらいはご褒美もらえたにゃ。ねこまんま定食、さんま定食、あじのひらき定食……残念だにゃ」
 ミケネ少尉が残念そうに呟いた。
「それって、ほんと?」
「なにがだにゃ?」
「食券をご褒美って」
「この間も爆弾処理したら、くれたにゃ」
「……えーとー、あたしは、食券が欲しいわけじゃないけど……別に爆弾処理するぐらいは、内部干渉にならないしぃ、それに、たまには解体しないと、腕が鈍っちゃうかなぁ〜。訓練ってことなら、別に言いと思うんだけど……」
「……じゃあ、お願いできるかな?」
「いいよ。でも、あたし、解体するのは素手で触ってやるから、あの部屋の中に入れる?」
「いや。処理室は安全装置があって、生命体が中に入るとアラートが鳴って、10秒後に強制転送で部屋から放り出されるよ。安全装置を切るには司令と副司令と技術部部長の解除コードが必要だから、まず無理だと思う」
「うーん、じゃあ、できるだけ丈夫な部屋を貸してくれる? そこでするから」
「まあ、いいけど、耐爆仕様の部屋なんて、どこかあったかな?」
 オヤンジュ中尉は司令室や大使館などを思い起こした。が、そのどれもは爆弾を解体するには、とびっきり不向きなところばかりであった。
「いいところがあるにゃ。牢屋だにゃ♪」
 ミケネ少尉は手をあげてにこやかに言った。確かに、牢屋は体内に爆弾を仕込んでいる犯人が自決しても大丈夫なように耐爆使用にはしてある。もっとも、現在ではスキャンによって自爆装置は除去するようにしているので、昔の名残であったが、その機構が未来永劫にわたって完全というわけでもないので、用心のために伝統となっていた。
「じゃあ、そこを借りるね」
 ピナフォアはオヤンジュ中尉からもらったバナナを平らげると、爆弾ケーキを受け取って、スキップで牢屋へと向かっていった。

 チック・ミヤア中尉は清掃作業用のつなぎに帽子をかぶる、いつものスタイルで廊下をデッキブラシを持って歩いていた。デッキブラシにはミケネ少尉の似顔絵が刻印されているので、ミケネ少尉の作品とすぐにわかった。
「まったく、嫌味だな。さっきのお詫びって、プレゼントくれるのはいいけど、いつもサボってるオレにデッキブラシなんて……本人に悪気がないから性質、悪いよな」
 ブツブツ文句を言いながら、デッキブラシを眺めていた。デッキブラシごときに柄は単結晶鋼を使用している。彼女がどれだけ乱暴に――それこそ、大立ち回りをしたとしても、柄が変形する事はおそらくないだろう。しかし、デッキブラシには過分な強度で、無駄の極みとしか言いようがない代物である。そうは思ってみても、リボンをつけて贈られたからには、何かしら役に立てないと申し訳ない気がしていた。もっとも、彼女はそれを正規の使用方法で役に立てようという気はさらさらなかったが。
「――っと!」
 腕を組んで考え込んでいるミヤア中尉は人にぶつかりそうになって、思わず飛び退いた。猫耳の種族、キャロラット星の住人として恥ずかしくない敏捷性と瞬発力を発揮したが、デッキブラシまではその加護は受けれずに、廊下の床に乾いた音を立てて転がった。
「す、すいません。考え事をしてたので」
 ぶつかりそうになったどこか気弱そうな大柄の男は驚いた顔をして、すぐに謝ると、廊下に落ちたデッキブラシを拾い上げた。
「まったく! 前見て歩けよ」
 自分も考え事をしていたにも関わらず、ミヤア中尉はそう注意すると、男の方へと近づいた。
「すいません。お怪我は?」
「ないよ。そんなにドンくさくないからね。……それはそうと、見ない顔だね。ここは一般人は入っちゃいけない区域だってことは知ってる?」
「一応、一般人じゃないもので」
 男は自分の胸に着けた身分証明を指差した。
「……ミナミ・ブンド――同盟の大使館員か」
「今日からお世話になってます。よろしくお願いいたします、ミヤア中尉」
「ああ、よろしく。ところで、その、大使館員がこんな所で何を考え事してるんだ?」
 何か暇つぶしにでもなるかと、ミヤア中尉はブンドに考え事の種を聞いた。
「ええ、実は洗濯をしようと思っているのですが、洗濯板は無事に借りる事ができたのですが、単結晶製の洗濯棒がなくて困っていたんです」
「洗濯棒?」
 ミヤア中尉は聞きなれない言葉に首を捻った。
「ええ。洗濯物を叩く棒なのですが、叩いていて、ヘタに曲がったりすると繊維や飾りを駄目にするので、単結晶が一番いいのですが、なかなかなくて。単結晶スパナで代用しようかと思ったのですが、角があるので、ちょっとだめそうです。円柱状の単結晶ってなかなかありませんね」
「そりゃそうだね。単結晶なんて、整備用のスパナか刃物ぐらいにしか使わ……あった」
 ミヤア中尉は話の脈絡を完全に無視して大声をあげた。そして、それに怪訝な顔をしたブンドに思いっきり悪戯っぽい笑顔をみせて、手に持ったデッキブラシを指差した。
「このデッキブラシの柄が単結晶」
「へ?」
「まあ、信じられないのも無理はないけど、ここじゃあ、時々こういうのがあるからね。未使用だし、選択にも支障ないよな? ということで、やるよ」
 ミヤア中尉はデッキブラシをブンドの方へと突き出した。
「いや、しかし、商売道具を……」
「俺がいいって言ってるんだ! それに、デッキブラシがこれ一本ってほどTS9は貧乏じゃない」
「うーん、それじゃあ、お借りします。あとで洗って返しますので。ありがとうございます、ミヤア中尉」
「友好記念に受け取ってくれ。じゃないと、あげない。ということでいいな!」
 ミヤア中尉は嬉しそうにデッキブラシをブンドに押し付けて、廊下を嬉々として去っていった。
「プレゼントを受け取って何もなしじゃ……あとで、何かお返しをしなくちゃいけないよな……はあ……また出費が……予算少ないのに」
 ミヤア大尉とは対照的に肩を落としたブンドはため息をついて廊下を歩くことになった。

 白と水色を基調とし、黄色の帯を締めた正装をしたリサールナル人を見たものは、誰しも神々しさを感じずにはいられないだろう。TS9の面々は、入場してきた歌恩たちに対し、感嘆の声があがった事は何ら不思議ではなかった。
 歌恩たちが到着した日の夜。TS9のラウンジホールではトマーク=タス同盟大使歓迎パーティーが開かれていた。
 本来ならば色々と式典を行うのだろうが、歌恩の申し出により、経費削減のため、それら全てを簡略化して、必要最低限の事務的な手続きのみを行っただけにして、この歓迎パーティーを連合として正式な歓迎式典と兼用することになっていた。
 もっとも、本当の理由は、経費削減よりも正式な場に出るための礼装が洗濯中であったからではあるが、それはもちろん、トマーク=タス同盟最高機密であるので、TS9の諸氏の知るところではなかった。その洗濯もブンドの秘伝の技を駆使し、礼装は無事に新品同様に生まれ変わっており、こうして何事も無くパーティーが開かれる事になったのであった。
 パーティーにあたり、歌恩は当り障りのない立派な挨拶を軽い冗談を織り交ぜながら連合の共用語で行い、かわねぎ司令のこれまた当り障りのない――おそらく、れも副司令に作ってもらったあんちょこを読んでなんとか、挨拶を済ませて、あとは無礼講の食事の時間となった。
 普通ならば、コース料理のところを、TS9名物ともなりつつあるバイキング形式の会食となった。
「助かりました。どうも式典とか、堅苦しいのは苦手で」
 かわねぎ司令は礼装の喉元を緩めて苦笑いを浮かべた。
「わたくしも同じくです。かわねぎ司令が理解ある司令官で助かりますわ」
 歌恩はにっこりと微笑んで返した。そして、自分の脇にいる二人に視線をやってから、かわねぎ司令を再び見て、
「せっかくですから、随員の紹介をしておきますわ。色々あって、ちゃんと自己紹介がまだでしたし」
「それはありがたいです」
「こちらが、大使付き武官、わたくしの身辺警護をしてくれる、黎明館 狐子(れいめいかん きつねこ)大尉。でも、決して、狐子とは呼ばないように。ココと呼んであげてください」
「ココです。これから、よろしくお願いします」
 ココは紹介されてぺこりと頭を下げた。正式の場だが、堅苦しいのはやめと、双方のトップが言っているので、紹介された友達のような自己紹介であった。
「こちらこそ、黎明館様」
 かわねぎ司令もそれにあわせて頭を下げた。
「わたくしどもは苗字で呼ばれることはほとんどないので、名前でお呼びください。苗字は本当に便宜上の名前ですから。それに度々変わるので、自分の苗字を忘れてしまう時があるのです」
 歌恩がそう言ってにっこりと微笑んだ。
「そうですか。それでは、そうさせていただきます」
「そして、こちらが、大使館の文官兼諸般業務遂行員兼執事のミナミ・ブンド。ごらんの通り、テラン人ですが、国籍はリサールナルです」
「ほう……」
 トマーク=タスに亡命するものは結構いるが、こうして政府の仕事に関われることは、そうないことであった。よっぽど、トマーク=タスでの身元がしっかりしている証拠である。もしくは、惑星連合が送ったトマーク=タスへのスパイという可能性が高いと、かわねぎ司令は少し身構えた。
「祖父の代から取引がありましてね。それなりに信用はあるんで、こうして雇ってもらってます。まあ、しかし、スパイをしようと思っても、歌恩様に隠し事するのは自分に隠し事するのと同じぐらい難しいですからね」
 かわねぎ司令の反応に慣れた対応でブンドは答えた。
「それもそうでした。これは失礼しました。では、こちらも紹介をしておきましょう。彼女がTS9の副司令官、れも少佐です」
 かわねぎ司令はそう言って、自分の左にいるれも副司令を紹介した。
「れもです。副司令官というのは通称で、本当は司令官の副官です。ただ、……司令があまりにも、……多忙ですので、一般業務を私がこなしておりますので、そういったあだ名といいますか、通称がついております。ただ、一般業務を委任するとの命令書はもらっておりますので、大抵の事は私に言っていただければ、事足りると思われますので、よろしくお願いいたします」
 れも副司令はトレードマークといえるベレー帽を脱いでハムスター耳をのぞかせ、お辞儀をした。その後、かわねぎ司令は各部署のトップを何人か捕まえて、自己紹介させていった。

「しかし、このバイキング形式といいますのは、よい方法ですね」
 紹介が一段落して、歌恩は目の前の皿に山積みされたいなり寿司をつまんで、口へと運んだ。既に彼女の胃袋に消えたいなり寿司は両手両足の指の数を二周目に入っている。それだけではなく、赤飯もすでに一升ほど平らげている。その隣のココも似たようなもので、彼女らのいるテーブルはいなり寿司と赤飯の消費量が間違いなくトップであった。
「ええ。この近辺の惑星の一地域の伝統的な食べ放題方法らしいのですが、気兼ねしなくて好きなものを食べれるので、TS9のパーティーといえば、これが基本になってます」
「素晴らしい文化ですわね」
「しかし、いなり寿司はなんとなく納得できますが、赤飯が好きとは意外ですね」
 歌恩とココがいなり寿司と同じぐらいのスピードで消費するため、現在、厨房で追加を作るためにてんやわんやの大騒ぎになっていた。おかげで資材管理のメン・ホーコリー少尉も貯蓄を確かめるためにパーティーから抜け出さなくてはならなくなっていた。
「こんな美味しいのはひさしぶりですわ。お米と小豆が違うのですね。これだけでも、ここに赴任した甲斐があったというものですわ」
 歌恩が目を細めて、上機嫌でそう答えた。
「喜んでいただけて嬉しい限りですよ、歌恩様。しかし、このパーティーのメニューが原因で星間戦争になってれば、後世の歴史研究家が頭を抱えるでしょうね」
 かわねぎ司令は赤飯を見ながら苦笑を浮かべた。
「おはずかしいですわ。その話は」
 歌恩も照れるように笑った。
 かわねぎ司令が歓迎パーティーにいなり寿司を入れるか入れないか(狐だからいなり寿司というのがもしかして失礼なのかも知れないという不安から)迷っていた感情を読み取り、「是非とも入れてほしい。できれば、赤飯も」と歌恩は思ったが、初対面でいきなり感情を読み取り、しかも、そんなことを申し出るのはさすがに気が引けて困っていた歌恩がもじもじしていたのをれも副司令が勘違いしたというのが、あの騒動の真実だが、お互いの名誉のためにこの件は全面的に非公開としていた。
「歌恩様、見境をなくすのは控えてくださいね。フォローするのも大変なんですよ」
 その事件を知って、胃に穴があきそうになったブンドはため息で苦言を吐いた。
「わかってます。ブンド」
 歌恩はブンドの言葉にちょっと膨れてみせたが、それが可愛くみえて、その場に微笑ましい空気が流れた。

「♪ネンネンコロリよ〜腸チフス〜狂犬病はどこへいった〜マラリア超えてヤマ越えて〜」
 恐ろしく調子と歌詞の外れた子守唄を歌いつつ、ピナフォアは牢屋に一人篭り、ケーキをつまんでいた。
「ん〜。このネジを完全に外すと爆発するようになってるのね〜。少し残して、こっちのネジは普通の方向に回すと爆発するから、反対にまわして〜。こっちは普通にまわすと引っ掛かるけど、それを強引に回さないと爆発するっと♪」
 ケーキの中に指を突っ込んで、自分のナノマシンで調整した工具を文字通り指先として使い、素晴らしいスピードでケーキを解体していた。
「光感知センサーが始動。ペイントで沈黙。振動感知装置が始動。でも、これに樹脂を入れると空洞内の伝導率が変化して、それを感知して爆発するから、振り子だけを沈黙させるように、固定液を垂らして〜」
 ピナフォアは一番慎重な作業に取り掛かり、少しだけ作業に集中したが、それが災いとなった。
「ピーナーフォーア、ちゃんっ♪」
「あうっ!」
 ピナフォアの背後から何かがいきなり抱きついてきた。もちろん、手元は揺れて、振り子が振れて、スイッチの壁面に触れるところであったが、固定液がわずかに固まっていたので、ギリギリ触れずに止まっていた。ピナフォアは心臓が止まっていたのを再起動させ、振り返ると、そこには彼女と同じ機械耳をした美少女がちょっと怒った顔で立っていた。
「あ、アメリアちゃん!」
「ピナフォアちゃんずるい! こんな所で、ケーキ独り占めなんて!」
「ち、違うの、これは――」
 頬を膨らませて可愛らしく睨んでいるアメリアに珍しくピナフォアは狼狽した。
「違うくないの。見つけたからには、あたしにも食べる権利はあるよね? いっただきまーす♪」
 アメリアはどこに持っていたのだろうか、ナイフとフォークを手にし、それを見事なまでにケーキに突き立てた。
「コンピュータ、割り込みコード、PIFF009。緊急避難転送!」
 ピナフォアがそう叫ぶと同時に轟音と紅蓮の炎が牢屋を支配した。

 パーティーのざわつきがあったにも関わらず、その音ははっきりとそこにいた全員の耳に届いた。立ち歩いているものさえも床材が振動するのを感じ、テーブルの上の食器が文句を言うようにお互いの体を当てて騒音を立て、カクテルグラスに美しい波紋を作っていた。
「何事でしょうか?」
 ココは食べるのを中断して、耳をそばだてた。
「何かが爆発したらしいですわね。周囲の感情の波からして、ここまで被害は無いでしょう。火災は起きていないようですわ。その手の警報音は聞こえませんから。ですから、安心して、明日の食い溜めをしてなさい。ここで食費を浮かさないと、今月は厳しいですよ」
「歌恩様。そういうのは口にしないでくださいよ。情けなくなりますから」
「何を言うの、ブンド。食べれる時に食べておく。これはリサールナルのみならず、生きとし生けるもの全ての普遍的格言ですよ」
「それはそうですが……」
 対面的なことがあると、ちらりとかわねぎ司令を見たが、こちらも負けず劣らずさらに盛ってきた料理を平らげるのに集中していた。
(いいのか? 司令官がそれで)
 ブンドが心の中でツッコミを入れたが、爆発に関する対処はれも副司令が極めて迅速に対処していた。要するに、彼が出て行ったところで指揮系統が二つできて効率が落ちるだけで、彼自身、無用の長物というわけであった。
(いいのか? 司令官がそれで)
 別の意味で同じツッコミをブンドが心の中で繰り返した。
「司令」
 れも副司令が状況をまとめて報告するためにかわねぎ司令に呼びかけた。
「ふぁんだ?」
「口の中の物を飲み込んでから喋ってください」
「ン……っんがふっふん♪ さて、なにがあった? 人的被害は?」
「どうやら、さっきの爆発は爆弾解体に失敗して爆発させた模様です。人的被害はありません」
「それはよかった。しかし、処理室がオシャカになったか……また、予算でいびられるな。しかし、処理室からここまではかなりあるのにな」
「処理室は無事です。解体は収容施設の一室でやっていたそうです」
「収容施設の一室……ってことは、牢屋?!」
「オヤンジュ中尉の報告によれば、解体困難な爆弾があり、この解体をピナフォアさんに委託したところ、作業に適切な場所として、耐爆仕様の収容施設の一室を提供したという事です。ピナフォアさんは爆発前に緊急避難転送で批難して無傷です。収容施設区画の緊急避難転送ですので、収容されていた囚人も避難転送されたようですが、火災なども発生しておらず、被害も爆発のあった牢の周辺数室が使用不能になっただけですので、再収容作業が行われており、まもなく終了すると思われます」
「それはよかった。じゃあ、心置きなく、パーティーを――」
 かわねぎ司令がそう言いかけたところで、機械耳をつけた少女が目の前に転送されてきた。
「エレク・トリック少尉?! なにかあったの?」
「れも副司令! ボクが回収の転送をしてたんだけど、87人の内、二人が転送できないの! どうしよう!」
 エレク・トリック少尉は16歳とは思えない幼い容姿でその場でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。DOLLと同じ機械耳をしているが、これは彼女が転送端末装置を改造したもので、彼女はその年齢よりも幼い外見はしていたもののれっきとした地球人女性100%で、幼い姿を誤魔化すためにDOLLに扮装しているのであった。それにどれほどの効果があるかは全くの謎だが……。
「誰と誰?」
「ターフン兄弟ですぅ」
 プレラット星人を模したロボットを使って、プレラット星で強盗を働こうとした二人で、強盗に行く途中、TS9に寄航した際、かわねぎ司令の指示で積荷の臨検が行われ、御用となった犯罪者だった。調べてみれば、ネット犯罪でも余罪があるらしく、来月にでもテラン星に送致される予定だった。
「司令」
「転送妨害装置は兵器ロッカーに管理されているから、こんなにすぐに手に入れたとは思えないし、彼らが天然天才的なハッカーとしてもこれほど早く転送装置のプロセッサにアクセスできたとは思えない。だとすると……」
「何か問題があったのでしょうか?」
 歌恩は、なにやらただならぬ気配にさすがに食べるのをやめて、話の輪に入り込んだ。
「いえ、ちょっとした事です。お気になさらずに」
「そうですか? 我々に協力できることでしたら、何でも言ってくださいね」
「ありがとうございます。連合を代表してその申し出に感謝の意を。しかし、ご安心ください。すぐに解決しますので」
 かわねぎ司令ははじめて司令官らしい言葉を口にして、指揮を取るために席を離れる申し出をして、パーティー会場を名残惜しそうに後にした。

 多くのものにとっては災難。彼らにとっては幸運。総量的に見れば不運と災難が起こった。
「あにきー。ここ、どこ?」
 廊下の床にあぐらを組んで座っている髭モジャで、片目に黒で髑髏の模様の入った眼帯をし、頭には赤いバンダナ、服は横じまの囚人服。これでもかと言うほど海賊(子分)がぼんやりと周囲を見渡しながら言った。
「さあ? 牢屋でないのは確かだな、ブラザー」
 これまた、片手がフックになった義手で、ピーターパンのフック船長をそのままとしか言いようの無い海賊(船長)がそれに答えた。
「ということは、俺達自由の身?」
「まあ、その一歩手前ってトコだな。どうやら、何かの不手際で一時的に避難させられたらしいからな」
「そっか。それじゃあ、すぐに牢屋に逆戻りか。もったいねぇ」
「そういうな、ブラザー。せっかく、表に出れたんだ。何か持って帰ったら駄目なんて法は無いだろ?」
「おおっ! さすが、あにき! あったまいい! 悪党の中の悪党だ!」
「そんなに誉めるな、ブラザー。照れちまう」
「で、どの部屋にする?」
「時間もねぇし、この部屋にしようぜ。……『かわね のへや♪ ノックしてね』だとよ。可愛い文字で、へへへへ」
 海賊船長は激しい勘違いで部屋の主を想像、妄想して涎を拭った。
「ノックするする♪」
 海賊子分はバンダナを外すとカードリーダーのスリットにそれを滑らせ、そして、海賊船長がメンテナンスハッチを開け、フックの鍵爪を真っ直ぐにして、コード差込口に突き立てた。
 しばらくもしない間に部屋の扉が中途半端に開き、手で開けられるようになった。
「ちょろいもんだ。さあ、さっさと漁るぞ、ブラザー」
「合点だ、あにき!」
 二人は部屋の中に滑り込むと、部屋中に置いてあるプレラット星人の写真やアイテムに圧倒された。
「か、かわねちゃんって、プレラットマニアなんすね、あにき……」
「そうみたいだな、ブラザー……しかし……それ以外なんにもねぇなぁ……」
「あっ! あにき! 机の上にきれいな石が置いてありやすぜ。もしかして、値打ちもんかも」
 海賊子分が机の上に置いてあった思考遮断装置を持って、海賊船長にその一つを手渡した。
「ほほう。さすがは女の子の部屋だ。アクセサリーだな。もらっとこう。他には……ん? 漫画か……職場で漫画を読むとはけしからん娘だな」
 表紙だけ見て、海賊船長は机の上に解説本を投げ捨てた。
「他は何にも無いみたいですぜ。がっかっりっす、あにき」
「どうやら、仕事部屋らしいな。仕方が無い。他の部屋を漁るとしよう」
 海賊船長はその部屋の物色を切り上げて、他の部屋の物色に取り掛かることにした。

 ナターシャ・クラースヌイはテラン生まれのテラン育ちのテランっ娘であったが、生粋のテランっ娘ではなかった。彼女の父親は地球人であり、テランと地球のハーフであった。
 彼女の父親はソビエト連邦の宇宙飛行士であった。ソビエトはその当時、人工衛星や有人飛行など、アメリカに一歩抜きん出たとは言え、旧ドイツの科学者の多くがアメリカに流れていった事や、ロケット打ち上げに有利な赤道に近い領土を持っていなかったことなど、不安材料が多くあり、後ろに迫りつつあるアメリカの影に怯え、半ば狂気の宇宙開発を行っていた。
 その当時、残っている実現可能そうな宇宙的目標といえば、月への有人飛行であり、アメリカもケネディ大統領の演説でその方向を向いていた。ソビエトは月に行くために必要な第2宇宙速度――地球の重力圏脱出速度を有人の人工衛星に出させる実験を行った。当初は地球の重力圏を脱するギリギリの速度までエンジンに余力を残して出すといった内容であったが、アメリカのアポロ計画が順調に進捗していると錯覚していた首脳部は、実験内容を秘密裏に変更して、実際に重力圏を脱出させたのであった。しかし、脱出させたら、簡単に帰ってくることはできない。アポロも月の重力圏を利用してブレーキをかけて、地球に戻ってきたのである。
 そして、その狂気の実験は不幸にして成功し、ソビエトの宇宙飛行士一人が帰還なき宇宙の旅へと旅立ったのであった。その後、その“宇宙船”は偶然、惑星連合の船に救出され、当時の政治的状況から彼が帰還することは不可能と判断され、テラン星へと亡命する事になったのであった。それが、彼女の父親であった。
 TS9にやってきたのは、彼女の父親が彼女に何度も「地球は美しかった。例え、そこに住む人間同士が醜い争いをしていようと、美しかった」と話していたからで、「一度、自分のルーツを見てみたい」と思うようになり、それが彼女のTS9にやってきた最大の理由であった。
 しかし、非連合加盟惑星へ一般人がそう簡単にいけるはずもなく、地球まで、たった1.5光年のTS9にいながら、そのチャンスはいまだになかった。
「うーん。記者の随員だったら、そういう機会があるかなと思ったけど、ちょっと甘かったか」
 ナターシャはこれまで、何度も考えた『地球へ行く方法』を考えながら廊下を歩いていた。今一番望みを持っているのは、トマーク=タス同盟大使が視察などで地球へ立ち寄る可能性があり、それの密着取材をするというのであった。が、新聞社、かわねぎ司令、歌恩大使から許可が下りるかどうかという問題があり、可能性は低そうだと、ため息をついていた。
「頼香ちゃんとか果穂ちゃん、来栖ちゃんは自由に行けるのに……あーあ、一般人は不便よね」
 ナターシャは不満を漏らしながらも、軍人にはなるつもりはさらさらなく、いいアイデアが浮かんでないか、視線を上げた。
「あれ? ナターシャちゃん。どうかしたのかい?」
 視線を上げた先に壮年の男性が、意外そうな表情を浮かべながらも友好的な笑顔をして立っていた。
「あ、こんにちは。かわねぎ司令。別にどうというわけないですけど、ネタを探して散歩みたいなものです。かわねぎ司令もどうされたんですか?」
 ナターシャは今はまだ歓迎式典の最中のはずで、少なくとも名目上はホストのかわねぎ司令がこんなところをウロウロしているのは不自然であった。
「ああ、ちょっと急用ができたんでね。抜けさせてもらったんだよ。まあ、それで窮屈な礼装から解放されようと思ってね」
 そう言って、体を締め付けている服をつまんでみせた。
「もうちょっと運動されたほうがよさそう」
 ナターシャはそう思ったが、それは口にせずに曖昧な笑みを返して、かわねぎ司令の部屋まで同行することになった。
「あれ?」
 最初に異変に気づいたのはナターシャの方だった。かわねぎ司令の部屋の扉が中途半端に開いていた。手動で開けられたような開けられ方にナターシャは考えるよりも先に体が動いて、その扉の方に駆け出していた。
「ナターシャちゃん、危ないから待ちなさい」
 かわねぎ司令が呼び止める間もなく、走っていったナターシャに追いつこうと走り出そうとしたその瞬間。既に扉の前に立っていたナターシャに部屋の中から黒い棒状のものが伸び、彼女の首に巻きついた。
「ナターシャ?!」
 ナターシャの首に巻きついた黒い棒は人の腕であった。扉の隙間からぬっと姿を現したその腕の主は、まるでおとぎ話に登場するような海賊船長そのままの姿で、一瞬、遊園地のアトラクションにでも迷い込んだかと勘違いするほどであった。
「おやおや、これは司令官殿。こんな所で会えるとは俺様も運がいい」
 しかし、アトラクションではなく、現実だと言うようにかわねぎ司令の足元にフェザー銃の光線がはじけた。いつの間にか、もう一人――こちらは海賊子分の格好をした――が現れ、フェザーの銃口をかわねぎ司令に向けていた。
「お前らは!」
「ふふふふ……」
 不適に笑う海賊船長。
「……だれだっけ?」
「おい!」
「俺達はターフン兄弟! お前にわけもわからない理由で臨検されて捕まったんだ! それぐらい憶えておけ!」
 二人は自分たちが忘れられたことがよほど悔しかったのか、少しなみだ目になっていた。
「ああ! あの人間ぐらいあるプレラット星人ロボットを作って強盗しようとした。しかし、そんなプレラット星人でもなければ、美少女でもない人間の顔なんて私が覚えていると思ってもらっては困るな」
 かわねぎ司令はそんな二人に堂々と言い放った。あまりに堂々としていたためにターフン兄弟は間抜けにも口が開けっ放しになっていた。
「……あにき、こいつ殺しちゃいましょう」
 怒りなどすべてを通り越して、無表情に海賊子分はかわねぎ司令に銃を向けた。
「ま、まて! 暴力反対! 話せばわかる!」
「わかるか!」
「ちょ、ちょっとまて! こう見えても司令官だぞ。生かしておけばいろいろと便利だぞ。人質としては無印良品だ」
「じゃあ、役に立つところを見せてもらおうか? とりあえず、俺達から押収したロボットを返してもらおうか」
「うーん。サイズはともかく、できはいいから、気に入っていたんだけどなぁ〜」
「……あにき、やっぱり、こいつ殺しちゃいましょう」
「そうだな」
「わ、わ、ちょっと待って。わかった、返す。返すから! 殺さないで……あーあ、折角のコレクションが……」
 残念そうに捕まるかわねぎ司令を見ながら、ほとんど無視されて状態のナターシャは呆れてものが言えなかった。そして、
(私がしっかりしなくっちゃ)
 そう、決意を固めたのであった。

 パーティーどころの騒ぎではなくなるのにそれほど時間はかからなかった。
 ターフン兄弟に捕まった司令とナターシャをメン・ホーコリー少尉が資材倉庫から帰ってくる時に目撃し、すぐにれも副司令に連絡した。
 彼女は事件が発生した時に、セントラルユニットの軍部フロアーを隔壁閉鎖して、犯人たちが外に出れないように対処していた。外部から応援は望めないが、犯人二人ぐらいならセントラルユニットの人員で対処できると踏んだわけである。正しい判断であったが、こうなると事情が少し変わる。
 かわねぎ司令が脅されて、基地のコントロールを犯人に渡さないようにしなければ、隔壁閉鎖してしまった軍部フロアーにいる人間の安全は保障できなくなる。れも副司令は大急ぎで、生命維持関連、火器管制、通信関連などを暗号によって閉鎖して、使用に制限はかかるが、乗っ取られないように対処した。
「鬼気迫るものがあったね。思わず、目が覚めちゃった」
 この時のれも副司令の閉鎖作業を手伝ったホーコリー少尉が後にそう語って、れも副司令に『メン・ホーコリーを目覚めさせた女』という称号が送られたのであった。
 それはさておき、この対処のおかげで破滅的な危機は避けられたが、一部の情報管理システムが乗っ取られ、分断されたネットワークのために閉鎖区画内の索敵能力が著しく低下した。その結果、セントラルユニットの7、8、9フロアーが敵によって制圧された。
「人的被害はありませんが、完全に制圧されています。防御機構が乗っ取られて、防災シャッターが降りて、通路を遮断しています。保安課が特別チームを組んで、シャッターを破って突入しましたが、侵入者撃退用の対人フェザーや犯人のロボット群の反撃にあって、思うように進めません。それに、人質もいますし」
 保安課の報告にれも副司令は苦渋の色を隠さなかった。
「作業用通路からの奇襲は?」
 正面からの攻撃で手薄になった本体に奇襲をかけ、人質救出するのがれも副司令が取った作戦であったが、その進捗は遅々としていた。
「作業用通路のデータが改竄されていて、ナビゲートが利かないんですよ。主要な作業通路は既に制圧されています。通路が狭いだけに、攻めるに難く守るに易いで、一般通路よりも突破は困難です。課員が他の通路を調査していますが、航宙船よりも広い上に手元にある図面から増設や閉鎖がされていますからコンピュータのナビゲート無しで自由に動けません。通路をナビ無しで動き回れるのは司令ぐらいなものです」
 肩をすくめて手詰まりを表現した。れも副司令は何度も聞いた説明にじっと我慢していたが、その表情は明らかに歪んでいた。
「れも副司令。ここは持久戦に持ち込んで、気長に説得するしかありませんよ」
 明中尉が心配しているのだろうが、どことなくのんびりした口調で彼女を元気付けようとした。しかし、その口調が逆に彼女の神経を苛立たせていた。
「わかってます。明中尉。わかっていますが、人質は、司令だけじゃなくて、ナターシャもいるのですよ」
 長期戦になれば、疲労で一番先に参るだろう少女の姿を想像して、れも副司令らしくもなく、机を叩いた。
「随分と、難渋しているようですね」
 丁度その時に自動扉を開けて、歌恩がブンドとココを連れて作戦司令本部に現れた。
「歌恩大使。せっかくの歓迎パーティーをお騒がせして申し訳ありません」
「ハプニングは何にでもあるものです。気にしてません。ただ、わたくしどもの大使館として使用する予定のフロアーに立て篭もられたのは少々、難儀ですがね」
「申し訳ありません」
 れも副司令は歯を食いしばるように歌恩に謝罪した。
「というわけで、わたくしどもはこの事件の早期解決を切に願うものです、れも副司令殿」
「……善処いたします。ですが、解決までにはもうしばらく時間をいただきたいとお願いいたします」
 れも副司令は唇をかんだ。とんでもない失態である。おそらく、この事件は連合と同盟に知れることとなり、かわねぎ司令と自分は間違いなく更迭されるだろうと、彼女は覚悟を決めた。
「なにか、策はおありですの?」
 しかし、そんな決心をしているれも副指令に歌恩は冷たく問い掛けた。
「……正面突破して、殲滅いたします」
 かわねぎ司令を犠牲にすれば、ナターシャだけは救出できるかもしれない。可能性は低いが、このまま膠着状態が続いても事態が好転する可能性はないに等しい。苦渋の選択であった。
「交渉の余地はありませんの?」
「交渉は難航してます。要求が連合の航宙船なので、承諾できないので……」
 メン・ホーコリー少尉がれも副司令に代わって答えた。
「なるほど。まさに、手詰まりという事ですね」
「……」
 れも副司令は返す言葉もなく、頷いた。
「わたくしどもはあなた方の同盟者です。敵ではないのですよ、れも副司令」
 歌恩はそれまでの厳しい表情を崩して、笑顔を浮かべると、後ろを振り返り、
「ココ。わたくしどもの領土である大使館が敵により汚されています。行って、これを速やかに排除してきなさい」
 汚れているのでちょっとお掃除しておきなさいと言わんばかりの気軽さで歌恩は後ろに控えていたココにそう言った。
「はい、歌恩様」
 ココもまた、気軽な返事でそれに応じた。
「ちょ、ちょっと、待ってください、大使! これは私たちの――」
「友軍が苦境にあっているのを黙って見ているほど、わたくしどもの侠儀心は低くはありませんわ」
「歌恩大使……」
 ココ一人がどうにかできる問題ではない事は充分わかっているだろうに、れも副司令はその申し出が嬉しくて、言葉を詰まらせた。そして、一歩、彼女に近づこうとした時に、床板の一部が跳ね上がった。
「だはぁっ! 長い事使ってないから蜘蛛の巣だらけだ、ぺっぺっ!」
 あいた穴から出てきたのは、すすと埃と蜘蛛の巣まみれの猫耳少女であった。穴から這い出て、縁に腰をかけると、つなぎについたそれらのゴミを必死で払っていた。
「み、ミヤア中尉!?」
「おあっ。れも副司令じゃない。どうして、こんなところに?」
「それはこっちの台詞です。ミヤア中尉は6フロアより下にいたはずじゃ?」
「ああ、作業用の通路を使って抜けてきたんだよ。大きな通路は変なのがいて通れなかったけど、裏道は通れたからね。でも、ひどいありさま」
 髪の毛に絡みついた蜘蛛の巣を取りながら、ミヤア中尉はこれほど汚れたら、嫌いな風呂に入らないといけないかな?と葛藤で眉をゆがめながら何気なく答えた。
「どうして、そんな裏道まで知ってるの? いまはコンピュータのナビゲーションシステムは働かないはずよ」
「あ……あはははは、まあ、なんというか……」
 ミヤア中尉はれも副司令の指摘にはっとして、曖昧に笑って誤魔化した。
「ミヤア中尉はサボって逃亡するために通路のエキスパートになったというわけですね。かわねぎ司令と同じように」
 明中尉がのんびりした口調で的を得た。
「もしかして……司令は、あれは遊んでいるのではなく、こういう事態のために訓練していたのかも……。私は遊んでいると思ってましたけど、司令はもっと深い考えがあったのね……」
「いや、それは違うと思う」
 その場にいた全員がれも副司令に心の中でツッコミを入れたが、せっかく感動している彼女に水を差すのも罪悪感を感じて、誰もが突っ込みをいれずに妙な空気がその場を支配した。
「まあ、なにはともあれ、道先案内人ができたことだし、強襲部隊を編成しましょう」
 メン・ホーコリー少尉がその妙な空気を払拭するようにできるだけ明るい声で、話題を進めた。
「そうですね。その部隊は私が直接、指揮します」
「れも副司令が?!」
 メン・ホーコリー少尉達は驚きの声を上げたが、頑固者のれも副司令が自分の言った事を取り下げる可能性も説得の時間も無いと判断して、誰も反対はしなかった。
 しかし、歌恩がさらに全員を硬直させるようなことを言った。
「では、その強襲部隊にわたくしとココも入れておいて下さい」
「それはできません! 危険すぎます」
「人質がいるのでしょう? ネゴが必要な時にわたくしの能力は大変便利と思いますけど?」
「それはそうですが……」
 れも副司令は逡巡した。
「あー、れも副司令。歌恩様は言い出したら聞きません。というわけで、私も入れておいて下さい。まあ、私達の住む場所ですから、自分らも手伝うのは当然ですってことで」
 ブンドがそういいつつ困った顔で微笑を浮かべて、首を振った。説得は無意味だという意思表示であった。
 こうして、大使館員3人を含んだ、人質救出強襲部隊が編成された。

 狭い通路を四つん這いになって縦一列で黙々と進んでいた。夜目も利いて慣れているのでひょいひょいと進むミヤア中尉が先頭になり、狭くて窮屈だが、それが妙に心地よいと自分の血を再認識しながら進むれも副司令が続き、保安課の課員が装備をつっかえさせながら、暗く狭い通路に不安を感じながらも進み、その保安課員の真中辺りに挟まれる形で歌恩とココとブンドが這い進んでいた。歌恩もココも夜目が利くし、装備も無いのでしなやかな動きで軽快に進み、歩みの遅い保安課の課員に少し苛立ちはしていたが、着実に進んでいた。
「敵は倉庫の扉の前に陣取っているようね」
 ミヤア中尉を先行させ、斥候してきた情報でれも副司令は作戦を立てた。
 倉庫前に陣取って、通路をロボットで固めて攻撃に備えている。倉庫の中にもロボットを配して背面からの攻撃にも備えている。正面から攻めれば、倉庫の中に撤退され、扉を突破する時に集中砲火を浴びる。倉庫の方から攻めれば、ロボットを相手にしながら扉を開けなければならず、時間のロスになり、扉を開けた時には、本隊が通路の向こうに撤退されるかもしれないし、そして、扉を開けた途端、集中砲火を浴びる可能性も高い。もちろん、倉庫側から通路に抜ける場合のみ作動するトラップのある可能性も高い。
 そこで、攻撃本隊は通路側から攻め、人質の開放を要求する。その間に倉庫側に突入できるように一部をその近辺の作業用通路に遊撃隊を配し、人質の開放が見込めない時は本隊が攻撃を開始し、敵が倉庫へと撤退する時に遊撃隊が強襲するという作戦になった。
 れも副指令と歌恩たちを含めた保安課員の七割が本隊、ミヤア中尉と残りの保安課員が遊撃隊となった。
「では、それぞれ配置について。作戦開始」
 れも副指令の号令でそれぞれ、作業用通路を進みだした。
「あ、そこ、脆くなっているみたいだから――」
 ミヤア中尉の注意が終わらぬうちに、保安課員の一人が、その脆くなった場所に体重をかけた。
「!!」
 作業用通路がいきなり傾き、破壊の音を響かせながら、その勾配をきつくしていった。それまで絶妙のバランスで保たれていた老朽化した通路が不満を爆発させるかのように、次々と下の廊下へとのた打ち回る蛇のように落ちていった。
「だぁ! 手抜き工事だ!」
 誰かが、遥か百何十光年向こうの業者に呪いの声を上げたが、その苦情がその業者の苦情受付センターに届くにはかなりの時間を要し、そして今、ずり落ちる体を支えるには全く役に立たないことであった。
 何とか自力で壁面に腕や足を突っ張り、耐えていた課員もいたが、滑り落ちてくる他の課員の体重まで支えられる豪腕はなく、連鎖的にずり落ちていくだけだった。
 天井を突き破り、巨大な黒い蛇のようにのたくって作業用通路は作戦展開予定の通路のど真ん中に落ちた。
「なんだ!? 奇襲か!」
 ターフン兄弟の海賊船長がすばやくそれに反応して、攻撃を手勢のロボットに指示した。
「ああ、もうっ! 総員、作業用通路を破棄。通路の安全区画まで撤退!」
 れも副指令の命令が飛び、応戦しつつ後退した。敵は咄嗟の命令に対してロボットの反応が少し鈍く、効率的な攻撃ができなかった。このことが不幸中に幸いして、死者は出さずに何とか安全区画まで撤退することはできた。
「状況は?」
「保安課員20名中13名が負傷しました。9名は軽傷で戦闘が可能ですが、4名は命に別状はありませんが、今回の戦闘は無理でしょう」
「仕方ないわね。後方に下がらせてあげたいけど、兵力に余剰がないから、我慢してください。作戦は正面からのみ、交渉して、攻撃。さあ、行きますよ」
 れも副指令は自分のフェザーのエネルギーをチェックして、先程の撤退戦で使って減った分だけチャージして、安全装置を外した。
「了解」
 保安課員は銃を構え、作戦開始に表情を緊張させていた。

 ターフン兄弟の陣取っている通路は直線で、れも副指令たちのいるところまで枝道はなく、通路に姿を見せると丸見えで、遮蔽物も天井から落ちている作業用通路以外はない。おおよそ、れも副指令のいる場所からターフン兄弟のところまで、30mを突破しなければならない。かなり厳しい状況であった。
「あなた方は完全に包囲されています。人質を開放して、投降しなさい!」
 れも副指令は手順どおり、ターフン兄弟に投降を勧告した。
「誰がするか! はやく、航宙船を渡せ!」
「そんなことをして逃げ切れると思っているの?」
「やってみなくちゃわかんねぇだろ!」
「わかったわ。だけど、まずは、女の子だけでも開放しなさい」
「そうはいくか。二人は人質だ。こっちの要求が通るまでは、渡さない」
「そちらに人質を解放する気があるかどうか、それを示してもらえれば、こちらもその要求にこたえれるように努力するわ」
「わかっちゃいないなぁ〜。二人いるってことは、一人殺してもまだ、一人いるってことなんだぜ」
 ターフン兄弟の海賊子分の方がナターシャの頭に銃を押し付けた。
「ひっ!」
「さあ、どうする?」
 自分の期待通りの展開に野卑な笑みを浮かべた。
「ま、待ちなさい! もう一度、首脳部と掛け合ってみます!」
 れも副指令は仕方なく引き下がった。
「どうやら、思断装置を身につけているようで、感情などは明確に読めませんが、人質を積極的に殺すつもりはなさそうですね。でも、必要とあらば、殺すでしょうね。
 ナターシャさんが人質として重要視されているのは今の交渉で相手側は知ってしまったし、視覚的に少女を脅す方がこちらへの心理的プレッシャーになるのは当然です。先に殺されるのは、彼女でしょうね。彼らにとっての利用価値の差から言っても」
 歌恩が平然と感想を述べた。
「……」
「歌恩様。私が行きましょうか? 銃を使っていいのなら、ロボットぐらいは何とかできますけど」
 ココが控えめに出てきた。
「銃ですか……最弱で一発、522円しますから、今月の経費では、最弱で5発が精一杯ですよ」
「こんな時にお金の心配なんてしないでください!」
 れも副指令はこんな時になにの心配をするのかと、声を荒げた。
「そうはいいましても、無い袖は振れませんもの」
 歌恩は平然とそれに答えた。どうやら大真面目にお金の心配をしているらしい。
「そんなの、経費はこちらが持ちます!」
「非公式にするんじゃないのですか?」
「そ、それは……」
 個人の経費でまかなえるほど軍事費は安くない。戦争ともなれば、湯水のように弾薬を消費しているが、その裏で羽が生えて飛んでいくお金は目の玉も飛んでいきそうな代物であった。
「まあ、そういうわけで、ココ様、これを」
 そう言って、ブンドは例の単結晶デッキブラシを手渡した。
「うーん、仕方ないね」
 ココはデッキブラシを一振りして、バランスを確かめ、それから歌恩の方を向いて小さく頷いた。それを受けて、歌恩は立てこもっている通路のすぐ脇まで移動し、呼吸を整えた。
「ミスター・ターフン。聞こえますか?」
 よく通る声が通路に響き、呼びかけられたターフンたちは一瞬、体を緊張させた。
「だれだ、てめぇは!」
「わたくしは、トマーク=タス同盟全権特任大使、玉山霊泉院 歌恩です。お見知りおきを」
「お見知りおきだと? じゃあ、姿を表してみろよ、へへへ」
「では」
 そう言って、歌恩は何事もないように通路の真中にココを連れ立って、姿を表した。気負いもなくごく自然体で、そこにいるのがさも当然と言う雰囲気であったため、ターフンたちは攻撃するきっかけを失った。
「っ……なんだ、てめえは?!」
 ターフン兄弟は異様な雰囲気に少し呑まれるのを怖れるように、虚勢をまとった声を張り上げた。
「トマーク=タス同盟全権特任大使です。この意味はおわかりになりますね?」
「さっぱり、わかんねーよ。このアマ、頭おかしーんだよ、殺っちまおうぜ、あにき」
 海賊子分が銃口を歌恩に向けようとしたが、海賊船長がそれを止めた。
「ちょっと待て、ブラザー。――さあ、生憎とわからないな。どういう意味か聞こうか?」
「あなた方のカードはその人質二人。その貧弱なカードで連合を向こうに回そうと言うわけです」
「俺達は逃げ切るぜ」
「どちらへ? 同盟? いいえ、あなた方のようなものをのさばらせるほど、甘くはありませんわ。それじゃあ、海賊たちの巣窟? それも無理でしょう。あなた方のような危ない人たちを受け入れてくれませんわ。海賊は臆病だからこそ生きてこれたんですもの。勇敢なものは若くして死ぬものですわ。違います?」
 歌恩は彼らも臆病だから生きてこれたといわんばかりであった。彼としてはこの態度は許しがたいが、それ以上に彼女の言わんとすることも理解できた。航宙船で逃げたとしてもその先の保障はない。
「何が言いたい」
「ここで取引です。あなた方は今、非常に困っています。それをわたくしが救って差し上げようと言うわけです。もちろん、それなりの報酬はいただきますが」
 そう言って、親指と人差し指を輪っかにする、お金を現すサインをした。
「はぁ? 俺達には人質が――」
「人質しかいない。しかも、使用は一枚一回限り。それが二枚しかない。切り札としては貧弱ではありません?」
「これ以外に切り札があるとしたら?」
 海賊船長は意味深に笑みを浮かべた。
「倉庫の中のもの。知っておりますわ。でも、それがどれほどの切り札になりますの?」
「あにき!」
「黙ってろ! ほほう。あれを知っていて、そんなことが言えるとはね。何かはよく知らないのだろう? ええっ、狐のおばさんよぉ?」
「……せっかく、わずかなお金で無傷での投降を取り成してあげようと思いましたのに。交渉決裂ですわね。ココ、行きなさい」
 歌恩はココの背中をぽんと押した。それに反応して動いたのはココだけではなかった。同時にロボットの銃口が歌恩に向いたが、歌恩は俊敏に通路の脇に退避し、フェザーの光条が数瞬前まで彼女のいた空間を通過して背後の壁を派手に焦がしただけであった。
「遅いわよ!」
 ココは壁と天井を蹴り、先頭のロボットの頭上から重力と蹴りで倍加された衝撃をデッキブラシの先に集中して、一台のロボットを戦闘不能にすると、ロボットの間をジグザグに走りながら、デッキブラシで足払いや当身を食らわせて転倒させたりして、敵のロボットをブラインドに使って、銃の攻撃を避けつつ、あっという間にターフン兄弟のすぐそばまでたどり着いた。
「このアマっ!」
 海賊子分が銃をナターシャの方へと向けようとしたが、ココはデッキブラシを投げつけて、彼の手首に命中させた。
「痛っ! くそっ!」
 呪詛の声を吐きながら、海賊子分は銃を拾おうとした隙を突いて、二条の光線が彼の脇を通り抜けた。
「30mもあるのに精密射撃とはやりますわね、れも副司令も」
 歌恩は凛々しく銃を構えたれも副司令に賞賛の声を送った。
「なっ?!」
 海賊子分が目を上げると、ナターシャとかわねぎ司令を縛っていたロープが焼き切られており、しかも、ココがいつの間にか間合いを詰めていて、ナターシャの体を掴んでいた。
 保安課員達も無能ではなかった。ココの突入に敵が気を取られている間に通路に突入し、天井から落ちている作業用通路を遮蔽物にして、通路を制圧しようとしていた。
「受け止めて!」
 ココはその細身のどこにそんな力があるのかと思うほど、子供とは言え、ナターシャを片手で軽々と十メートルほど後方に放り投げた。保安課員の一人が、それを体で受け止め、そのまま抱きかかえて、歌恩たちのいるところまでナターシャを避難させた。
「ナターシャさん。だいじょうぶ? けがは?」
 歌恩が膝を突いて目線を下げ、ナターシャに訊くと、それまで茫然自失としていたナターシャに徐々に感情が注がれて、顔を歪めて、そして、
「……うぐぅ……うぐっ……こわかったよぉ〜」
 幼い子供のように泣きじゃくるナターシャを歌恩は頭を優しく撫でてあげた。
「もう大丈夫よ。ごめんね、怖い思いをさせて」
 ナターシャの救出は上手くいったが、それ以外が最悪であった。
 確かに、コンマ秒単位で変化する状況でココは最高の仕事をした。人質の救出を最優先するために海賊子分には手を出さずにナターシャを救出した。しかし、それでココが稼いだ有利な時間は使いきっていた。かわねぎ司令は腐っても軍人。ロープさえ解ければ、なんとか自分で脱出してくれると、ココはタカをくくったが見事にその期待は裏切られた。
「うえ〜ん。私も助けてくれ〜」
 情けない叫び声をあげる男の悲鳴が通路に響いた。
 ターフン兄弟はナターシャを救出されたのと、通路が制圧されそうな事を瞬時に理解し、倉庫の扉を開いて、その中へと撤退した。かわねぎ司令を連れて。
 ターフン兄弟達は倉庫の中に伏せておいたロボットに通路からの入口を守らせて、奥の方へと姿を消した。
「もう! 情けない! だから、いつも、口を酸っぱくして訓練に参加するように言ってたのに!」
 れも副司令が兵士としてのかわねぎ司令のスキルの低さを罵った。がしかし、後の祭りである。

 れも副司令率いる保安課員がこちらはサボらずにしていた日頃の訓練の成果を発揮し、入口を守っていたロボットを撃破して、倉庫内に突入して見たものは……
「プレラット星人……?」
 おもわず、保安課員の一人が呟いた。
「……」
 ココは言葉を失った。目の前にいるのは、姿は確かにプレラット星人そのものだが、そのプレラット星人は身長3mはあった。巨大プレラットが二人と至福な表情をしたかわねぎ司令が一人。これが彼女らの目の前の光景だった。
「犯人の二人はあっちに逃げた“でちゅ”」
 巨大プレラットの一人がゆっくりと腕を上げて、更に倉庫の奥を指差してそういった。
「早く追っかける“でちゅ”」
 もう一人の巨大プレラットが保安課員達を急かした。
「……どうしましょう?」
 ココは笑えばいいのか、困ればいいのか判断に迷っている微妙な表情で歌恩の方を見たが、歌恩はお腹を抑え無言で壁を叩いていたし、れも副司令は3分の2ほど魂が抜けていた。
 ココはとりあえず、スタスタと彼らに近づき、かわねぎ司令の両脇に手を入れると、ラグビーのボールを投げるように捻りを加えて、保安課員達の方に避難させた。
「な、なにをする“でちゅか”!」
「……あのですね、あなた達がターフン兄弟ってことはばれてます。大人しくお縄につきなさい」
 ココは呆れてものが言えない状態を復活させて、それだけ言う事が出来た。
「ぬぅ! この完璧な変装を見破るとは、さすがは、戦闘種族のリサールナル人!“でちゅ”」
 語尾変換機能があるのか、場違いな語尾がプレラットから漏れた。
「どうする? あにき? ばれちまった“でちゅ”」
 もう、ココは力が抜けて、その場にへたり込みそうであった。ある意味、最終兵器かもしれない。
「しかたない、戦うしかない“でちゅ”。しかし、この変装を見破ったお前――ええと……れいめいかんきつねこ、お前の名前はわすれない“でちゅ”」
 プレラットはココのIDプレート見て、そう言うと構えを取った。しかし、ココは俯いてじっとしていた。
「?」
「いま、なんていった?」
 地を這うような寒気のする声が倉庫の広い空間にこだました。
「? れいめいかんきつねこ、お前の名前はわすれない“でちゅ”と言った“でちゅ”」
 なんだかわけのわからない雰囲気に飲まれ、ターフン兄弟は素直に答えた。
「狐子といったな。狐子と! 私のことを、狐子と言っていいのは、歌恩様だけだ!」
 ココが顔を上げ、二人を一瞬、睨みつけると姿を消した。そして、3mのプレラットが二人同時に後ろに倒れた。
 ココは目にもとまらぬ速さで、懐に飛び込み、素手で殴り倒したのであった。そして、その一人に馬乗りになると、センサーの集中しているだろう頭部に左右の拳を叩き込んだ。衝撃と繰り返しでかかる応力で半ば頭部がもげ、煙とともにワイヤーかコードが覗いている。それを止めようとして襲い掛かったもう一体のプレラットは、ココは素早く反応し、ローキックで体勢を崩し、連続してミドルキックがわき腹に炸裂した。その蹴りでシャーシがへしゃげてしまったのか、体をくの字に曲げてその場で活動を停止した。
「うそだろ“でちゅ”? 超高張力合金フレームなんだぜ“でちゅ”? 人間の力で曲げれるしろもんじゃネエ“でちゅ”」
 頭部を失ったプレラットがコックピットカバーの一部をパージして、有視界運転に切り替えながら立ち上がった。しかし、それは致命的なミスであった。ココは再び、一瞬で間合いを詰め、その開いた部分からカバーを引き裂いて中にいた海賊船長を引きずり出した。
「た、たすけてくれ!」
 しかし、その声はココの耳には届かず、瞬時に肩、肘、膝、股関節、手首、足首、指の関節にいたるまで脱臼させられて、軟体動物のようになって、その場所に泡を吹いて気絶した。ココは更に、もう一機の駆動系がオシャカになったのか、動かなくなったメカプレラットに執拗なまでに蹴りを入れた。最後には毬藻のようになっていた。おそらく、中に乗っている海賊子分の手足はシャーシに挟まれて複雑骨折しているだろう事は間違いなかった。

「歌恩様、あれは一体……」
 目の前で繰り広げられる惨劇にれも副司令は笑いを堪えすぎて目に涙を溜めている歌恩に訊いた。
「ココは、本名で呼ばれると、すっごく怒るんです。まあ、ココは戦闘とか集中力が極限になったらエンパス能力と接触サイキック能力が発現するタイプだし、二人が恐怖で本気で泣き叫べば、我に帰るでしょうから、殺しはしないでしょう。しかし、なかなかに根性のある人たちですね」
 歌恩は暢気に笑った。
「……とりあえず、本名で呼ばないように気をつけましょう」
 れも副司令はその笑顔に少し恐怖を感じつつ、知らない人が間違って呼んでしまわぬようにココのIDカードを本名のものから愛称のものに切り替えるようにしようとTS9の安全を守る立場として配慮を考えていた。
「あー、そう言えば、あの二人は思断装置を持っていたんじゃなかったっけ?」
 投げ捨てられ、保安課員達にも受け止められず、床を転がって行ったかわねぎ司令が復活して、れも副司令のそばにやってきた。
「どうりで、我慢強いと思いましたわ」
 歌恩がぼろぎれになっても降参しない二人を見て納得した。
「暢気なことを言っては困ります! このままでは、二人を殺してしまいます!」
「私のことを“狐のおばさん”などと言ったのですから、それも仕方ありませんわ」
「歌恩様!」
 れも副司令が声を荒げた。外交官特権で逮捕は出来ないが、二人が死亡すれば、事は報告しなければならない。そうなれば、いくら、全権特任大使であろうともただではすまない。
「歌恩様、おふざけはそれぐらいにしておいて下さい」
 ブンドが苦笑しながら歌恩に進言した。
「人間、なかなか死なないものよ。でも、もう、あの二人も懲りたでしょう。では、止めにいって来ます」
 歌恩は普通に歩いてココに近づくと、ココの繰り出そうとした蹴りを軽々と止めた。
「もう、それぐらいにしておきなさい、黎明館狐子」
「歌恩様! でも!」
「わたくしの言う事が聞けない?」
「……もうしわけありません」
 ココはその場で膝を突いて、臣下の礼を取った。
「はい、いい子ね♪」
 歌恩はその頭を撫でて立たせると、れも副司令たちのいた所に戻ってきた。
 保安課員達がそれと擦違うように犯人の身柄を確保しに駆け寄り、ひしゃげた機体は彼らの手に余るので、リフトで工作室に搬送され、海賊船長は医務室に直行となった。

「かわねぎ司令」
 事件が事後処理に移り、することが無くなった歌恩がかわねぎ司令を呼び止めた。
「はい?」
「とても楽しい“余興”でしたわ。この“非公式”の余興をわたくしは、“個人的”にとても楽しませていただきましたわ」
「ありがとうございます」
 かわねぎ司令は苦笑を浮かべてお礼を言った。
 現在、れも副司令と打ち合わせして、事実の改竄が行われていた。
 爆弾はTS9に収監されている誰かに恨みのあるものによって贈られてきたものであった。しかし、牢屋で爆弾に気がつき、その処理にあたったが、失敗してしまった。マニュアルどおり、囚人達を転送によって避難させた。ターフン兄弟は脱獄のために用意していた転送妨害装置を作動させ(牢屋を脱獄しても転送装置で捕まってしまうため用意していたらしい)、再収容の転送をキャンセルした。そして、人質をとって、かわねぎ司令を寄越すように脅迫。人質交換するということで、かわねぎ司令が出向いたが、相手は約束を守らずに二人を人質とし、倉庫に立て篭もった。二人はパワードスーツを着用していたが、機械の故障か、暴走し、自爆した。
 これが公式発表になる予定であった。問題は、それをトマーク=タス同盟の大使が黙っていてくれるかであった。しかし、それも先ほどの台詞で解決して、かわねぎ司令は更迭を免れたわけである。
「まあ、司令官の地位に未練は無いけど、ここには愛すべきもの達がたくさんいるからね」
 かわねぎ司令は後日、司令室で関係者が集まった時にそういったそうだが、愛すべきものが何かは全員、聞く気はなかった。聞けば、更迭したくなるかもしれないから。

「歌恩様」
 事件が解決して、早々に引き上げた歌恩にブンドが呼びかけた。
「なんです、ブンド?」
 振り返らずに歌恩は歩きつづけた。しかし、機嫌のいい事は歌恩の揺れる豊かな尻尾が弾んでいるので、ブンドにエンパス能力が無くても簡単に読み取れた。
「どうやら、ここは退屈しないで済みそうですね」
「そうですね」
 歌恩は素っ気なく答えたが、その声が妙に楽しそうなのは誰の耳にも明らかで、ブンドとココは顔を見合わせて、お互いににっこりと笑った。
「さて、主人をからかうのはそれぐらいにして、台所に余った料理を分けてもらいに行きますよ。動き回って、余分なカロリーを消費してしまいましたから」
「はい、歌恩様!」
 ブンドとココは前を歩く歌恩に追いついて、台所を目指した。

おしまい♪

この物語は、フィクションであり、作品に登場する人物団体は実際のものとは一切関係ありません。



――文章特典――
 ちーぷすぺーすないん。楽しんでいただけたでしょうか?
 もともとは「TS9で働くとしたら、何星人になってどの部署で働きたいですか?」という、チャットでのアンケートが始まりで、色々とキャラクターが出てきたので、いっそのこと物語にしちゃえ♪ と作品になったものです。誰が誰かは、あえて申しませんので、予想して当ててみるのもまた、一興。正解がわかってメールをいただければ、「大正解! おめでとうございます♪」とお祝いの言葉のみ、送らせて頂きます。(ちなみに、歌恩様と海賊親分子分はオリジナルです)
 一話完結型なので、続くか続かないかは未定です。また、お目にかかれる日が来る事を願いつつ。
 最後に、らいかワールドの設定、キャラクターの使用を快く承諾いただいた、かわねぎ様、アンケートにご協力いただいた皆様方。誠にありがとうございました。

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