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 注意:この作品にはTS9の各部名称が登場します。位置関係を把握すると、よりおいしくお読みいただけます。
【TS9の各部名称と位置】


 トランススペースナイン――略称、TS9。ここは宇宙に浮かぶオアシス。そして、そこには様々な日常が様々な人々によって営まれていた。そして、今日もまた……

ちーぷ すぺーす ないん 2


シミュレーション大作戦
作:南文堂
絵:MONDO



−1−


 オペレーターが見つめる中、ディスプレー上の輝点が大量に消えた。
「敵、オジン軍艦隊。第5哨戒ラインを突破。防御衛星ロストしました。艦隊陣容は変わりなく、戦艦クラス2、巡洋艦クラス5、駆逐艦クラス11です」
 詳細情報は司令官の席のディスプレイに転送されているが、口頭での簡易な報告は、見逃しをなくすのと指揮官の判断を迅速にさせるため必要不可欠であった。
「第1級戦闘配備。民間人の避難は?」
 うなじの辺りで切りそろえたさらさらのブロンド髪を揺らし、少しあどけなさの残る女性が司令官席から後ろを振り向いて訊いた。
「1時間前に完了しております。各代表への説明も完了しております。通信規制しておりますが、混乱は無い模様です。れも副司令」
 赤に近い茶色の髪の副官の女性がそれに答えた。そばかすのある顔が人懐っこさそうな笑みを浮かべている。れも副司令はその笑顔に少しだけ気持ちを救われ、副官に短く感謝の言葉を言うと、正面メインスクリーンに向き直った。
「第1分艦隊、もけ大尉。第2分艦隊、ライカ少尉。状況を報告」
 その呼びかけに応じ、スクリーンに映ったのは、鼻息を荒くしているゴールデンハムスター……ではなく、プレラット星人の惑星連合宙軍の経験豊かな艦長、もけ大尉であった。彼は小さな手で敬礼している。
「第1分艦隊。旗艦『さんこう』以下、駆逐艦8隻。出撃準備完了でちゅ。いつでもいけますでちゅ。れも副司令」
「だ、第2分艦隊。旗艦『あいくる』以下、駆逐艦5隻。こ、こちらも出撃準備完了です。れも副司令」
 そのもけ大尉に少し遅れて、あどけなさが残ると言うよりも、あどけない黒髪の少女が緊張に顔を引きつらせて画面に現れた。
(無理もないわね。少尉で駆逐艦の艦長だけでも重責なのに、分艦隊の司令ですもの)
 れも副司令は自分の肩にかかる重責と同じものを頼香も少なからず感じているのだと同情が湧いた。
「いつもどおりにすればいいだけだから、気楽にね」
「は、はいっ!」
 れも副司令は少しでも肩の荷を降ろさせようと、笑顔を向けたが、失敗だった。頼香をかえって緊張させてしまっていた。
 気まずい空気が流れかけた時に頼香の後ろから明るい声がマイクに入ってきた。
「そうですよ、頼香さんは緊張しすぎなんですよ。気楽に行きましょう」
「うんうん。そうそう」
「果穂! 来栖! お前らは緊張しなさ過ぎなんだよ!」
 画面の頼香が後ろを向いて怒鳴り声を上げた。れも副司令は声の主が通信画面に写って無くても、頼香の親友、庄司果穂准尉と雲雀栗栖准尉ということはすぐにわかった。
 上官との交信中にその上官を無視して怒鳴り声を上げるなど、もってのほかで、厳重注意ではあったが、彼女の固さが取れたことで、れも副司令は見逃す事にした。
「ライカ少尉」
「あっ、失礼しました! れも副司令」
 れも副司令の呼びかけに頼香は画面の中で恐縮した。しかし、れも副司令は頼香が恐縮しつつも、いつもの頼香に戻っているのを感じ、ほっとしたような寂しいような気になった。
(彼女には荷物をいつの間にか持ってくれる友達がいる。私にはいるだろうか……。いけない、いけない。今はそんなときじゃないわ。敵は目前よ)
 れも副司令は今はそんな感傷に浸っている場合ではないと、頭を切り替えた。
「では。第1分艦隊、第2分艦隊、出撃。フォーメーション22で待機」
「了解でちゅ」
「了解!」
 れも副司令の命令を受けて、メインスクリーンに映った二人の士官が敬礼を返して、画面から消えた。
「敵――オジン軍艦隊位置は?」
「方角030、俯角010。距離3105光秒。進路は210のマイナス10。速度ワープ2です」
 れも副司令の問いにオペレーターの落ち着いた声が返ってきた。まだ、戦闘開始までは間があるので、多少は気が抜けていても仕方ない。人間、ずっと緊張していられないのである。
「真っ直ぐこっちに向かってきていると言うわけね。それにしてものんびりね」
 オジン軍の戦艦巡航速度はワープ5のはず。もっとも、宇宙ステーションなどの軍事基地を攻略する場合、速度を上げすぎると、ワープアウトのタイミングをわずかでも間違えると攻撃目標が近すぎたり、遠すぎたりするので、さほど速度はあげないのが普通だが、それでも、ワープ3は出せるはずであった。
(いったい、何を考えてるの?)
「レーダーに反応! 光子魚雷です。雷数5。敵艦隊進路同方向に雷速ワープ3。TS9到達予定時間1分19秒後!」
 れも副司令が考え込むと同時に、オペレーターが敵の動きを興奮気味に報告した。ついに戦闘の火蓋は切って落とされた。
「メインフープ1時ブロック。対光子魚雷ミサイル発射準備。迎撃範囲100から150光秒にセット」
 れも副司令はすぐさま敵の攻撃に対応する指示を飛ばした。
 対光子魚雷ミサイルは、光子魚雷の進路上に特殊な粒子を散布して進み、指定された位置に来ると、その粒子にエネルギーをかける。そうすると、粒子を散布した場所に一時的にシールドと同じようなものを発生させれる。同じといっても、それ自身、シールド強度は弱いのだが、十分な硬さがあるために光子魚雷が目標物を見誤って、爆発してくれるのである。要するに、使い捨ての盾のようなものである。
「迎撃範囲100から150光秒。準備完了」
「発射!」
 遠距離光子魚雷は戦闘開始の花火のようなものである。
 そのために、れも副司令はマニュアルどおりに対処を指示した。光子魚雷が爆発した時に一時的な電子的盲目が発生する。この間に敵艦は距離を詰めて、本格的な作戦行動に入るだろう。そう考えていた。レーダー観測員もそれを承知しているので、どんな予兆も見逃さないようにディスプレーを凝視している。
 しかし、予想しないタイミングでその予兆は現れた。
「レーダーに反応! 敵艦隊駆逐艦11隻、加速! 速度ワープ6! TS9防御ライン到達、7秒後!」
 れも副司令は目を見開いて、メインスクリーンの戦術ディスプレーを睨んだ。すでに敵艦は防御ラインに到達しており、敵艦の駆逐艦を表すマークが11個、防御ラインのギリギリ外に綺麗に並んでいる。しかも、メインフープに直交する角度――つまり、見た目、11隻が積み重なっているように並んでいた。
 一列縦隊は、追突の危険と自分の火力が有効に使えない。一列横隊でも、フープと平行ならば、自分の火力が上がるが、防御側の有効火力も上がる。しかし、フープと直交すれば、自分の火力を一点に集中できるし、防御側の有効火力も最小限で済む。
(教科書どおりだけど……あの速度でそれをする?)
「対光子魚雷ミサイル、敵駆逐艦の追撃ミサイルにより破壊されました!」
 ワープ6で一糸乱れぬ強襲接近をした駆逐艦戦隊にとっては、位置的に艦隊の後方となったミサイルを追撃ミサイルで打ち落とすなどは、お茶の子さいさいであろう。れも副司令は別に驚きもせずに報告を聞いたが、それが痛手なのことは変わりなかった。
「敵艦捕捉! 迎撃フェザー砲、自動追尾照準セット完了――」
 砲撃長がれも副司令に進言しようとした。確かに、それはマニュアルどおりの対応だ。シールド出力を落として高出力のフェザーで多少のロス覚悟で敵艦を攻撃する。シールド出力を落としても艦砲程度なら耐えられるし、もし光子魚雷を打ち込まれても、単発なら充分に対応できる。単発なら。
「後ろから5発、光子魚雷がきているのよ。おそらく、一点集中で! シールドは落とせないわ。3番から22番まで対艦光子魚雷、発射!」
 対艦光子魚雷は有効射程距離が短く、最大速度もワープ2(光速の10倍)であるが、発射装置が簡易につけられることから、基地防衛には欠かせない攻勢防御兵器であった。
「敵駆逐艦戦隊、回避運動を取ります」
 綺麗に並んだ隊列が、各艦の回避運動のために乱れを生じた。
「第1分艦隊が敵駆逐艦戦隊に攻撃を開始しました」
 第1分艦隊はオフェンス、第2分艦隊はディフェンスを基本的に担当する。コンビネーションでは、第1分艦隊が主戦力として敵に打撃を与え、第2分艦隊が第1分艦隊の打ち漏らしを掃討にあたる。各艦隊は特に指示がない限り、指定フォーメーションに従い、分艦隊司令官の独自の裁量で艦隊を運用することになっている。
 もけ大尉の指揮する第1分艦隊は隊列の乱れた敵駆逐艦戦隊の一隻に集中してフェザーを撃ちこみ、シールドの薄くなったところに光子魚雷で打撃を与えていった。
「三隻セットで連携するでちゅ。二隻はフェザー、一隻は魚雷と周辺防御。慌てる事は無いでちゅ。落ち着いてやれば簡単でちゅ!」
 日頃は頼りなく見えるもけ大尉もさすがは経験豊富な艦長である。配下の艦艇に的確な指示と檄を飛ばしていた。
 敵駆逐艦戦隊は隊列をさらに崩し、うち4隻が致命的ではないにしても、かなり損害を受けていた。
「よし、第2分艦隊、突入します」
 頼香は敵の隊列が大きく乱れたところを見つけ、そこに突入することで、敵を分断して連携を断ち切り、第1分艦隊と共同で敵戦隊にさらに打撃を与えようと艦隊を進めた。
「頼香ちゃん! 右舷上方、065プラス7、光子魚雷が来るよ!」
 来栖の悲鳴に近い報告と同時に、艦の人工重力で補正できない衝撃が襲い、頼香は椅子の肘掛にしがみついた。次の瞬間、ディスプレーは警告アラートで埋め尽くされ、一目で戦闘不能と知れた。
「第2分艦隊、『あんくる』被弾! 中破! 戦闘続行は不可能。同じく、『ころん』、『りそな』が大破。『つくも』、『ふくとく』は損害軽微」
「TS9シールドに光子魚雷2発、命中。シールド欠損率7%でしたが、既に修復終了しております」
「……」
 れも副司令は歯噛みした。敵の狙いはそこだったのだ。
「第2分艦隊、敵戦隊より攻撃を受けています!」
 隊列を乱したはずの敵戦隊が急に秩序を取り戻し、損害を受けた第2分艦隊を攻撃し始めた。
 つまり、隊列を乱したのは敵の演技であったのだ。美味しそうなスペースをつくり、そこに敵を誘い込んで、予期せぬ方向から打撃を与える。もし、敵がその誘いに乗ってこなくてもTS9に光子魚雷が降り注ぐので損は無い。
「第2分艦隊……全滅……しました。全艦撃沈……」
 敵戦隊はTS9を攻撃するために用意していた光子魚雷を第2分艦隊に惜しげも無く投入したのだ。傷ついた第2分艦隊が生き残れる可能性はなかった。
「よくも頼香ちゃんを! 仇討ちでちゅ!」
 少々熱くなったもけ大尉が、それでも冷静に艦隊を操り、敵戦隊をTS9表面に押し込むように包囲した。れも副司令もそれにあわせて、敵艦隊への攻撃を過密にした。しかし、敵戦隊はシールドに全出力をつぎ込み、防御に徹していたため、大破2隻、中破2隻できただけだった。
(駆逐艦といっても、守りに徹せられると厄介ね)
 れも副司令は、シールドが薄くなった艦を内側に入れ、シールド回復の時間を稼ぎ、シールドが薄くなった外側と交替するという、連携防御の見事なまでの艦隊運動を見ながら心の中で軽く舌打ちをした。
「て、敵戦艦、巡洋艦ワープ5に加速。防衛ラインに到達! 光子魚雷を発射――雷数、13――第1分艦隊、被害甚大!」
「なんですって!」
 れも副司令は、指揮官にはあるまじきことに、腰を浮かして驚いた。その動揺が一気に司令部を支配した。
「敵駆逐艦戦隊、光子機雷を投下! シールド表面で炸裂。欠損率42%、完全修復まで12秒。電子的視界劣悪! クリアーまで20秒」
「観測員! 目視に切り替え!」
「戦艦戦隊より光子魚雷飛来、雷数12」
 次の瞬間、司令部が揺れた。報告を聞くまでも無い、命中であろう。しかも損害を受けた。
「メインフープ1時ブロックに光子魚雷命中! 緊急閉鎖シークエンス作動中。1時ブロック上部下部防衛指揮所と連絡不通。生命反応なし」
「くっ……1時ブロックのシールドを12時と2時でフォローしなさい。サブフープ、対艦光子魚雷で応戦」
 光子機雷と光子魚雷を同時に使うなど、正気の沙汰とはいえない。機雷を散布するために密集している味方の艦隊のど真ん中に光子魚雷を打ち込むなど、一歩間違えば、味方艦隊に当り、自爆である。普通の艦隊司令官はやらない。もっとも、敵の艦隊司令がまともでないのはわかっていたが。
「12時ジェネレーターユニット、シールド形成エネルギーが余剰でオーバフロー」
 オペレーターが悲鳴をあげた。暴走すれば基地など簡単に吹き飛ぶ大容量反応炉である。
「12時ジェネレーターユニット、シャフトを経由して、4時ジェネレーターへ。4時ジェネレーター経由で2時ブロックへエネルギー供給。分散化しなさい」
「シャフトに光子魚雷被弾! エネルギー伝達パイプに損害なしですが、攻撃の衝撃でエネルギー伝達にリミッターがかかっています」
 安全のために自動設定しているところが裏目に出て、れも副司令は設定を呪った。
「リミッターを外しなさい! シールドはどうしたの?!」
「2時ブロック、3時ブロックに光子機雷を集中散布されています。――2時ブロック、シールドダウン! 4時ジェネレーターがオーバーヒート寸前です」
 攻撃を集中させて、打撃を与えられなくても負荷をあたえ、シールドを削り、薄くなったところを攻撃しているのであった。オーソドックスな攻撃手法だが、だからこそ、効率的にやられると性質が悪い。
「シャフトを死守しなさい! シャフトのシールドアップ! 12時ジェネレーターの余剰エネルギーがあるでしょう!」
「戦艦より4時放熱ユニットに光子魚雷24命中! 損害甚大。4時ジェネレーターオーバーヒート、緊急停止シークエンス作動。ジェネレーターユニット各所で火災発生しています。2時、3時、4時、5時ブロック、シールドダウン! サブフープの反撃により、敵戦艦Aを大破しました」
 放熱ユニットが破壊されると発電時の余剰熱でジェネレーターが出力を絞らなければならなくなる。そのために防御も硬く、迎撃システムもレベルが高い。しかし、戦艦二隻が多少の損害は無視して全光子魚雷砲門をピンポイントで打ち込めば、防ぐのは困難であった。戦艦一隻とでは割に合わない。
(この乱戦の中で戦艦に自由に動けるだけの余裕を作るなんて!)
 れも副司令も戦艦の攻撃力で放熱ユニットを攻撃させないようにマークしていたのである。それをかいくぐって攻撃してきたのは、れも副司令の無能ではなく敵の有能を誉めるべきだろう。
「大破した戦艦の陰より巡洋艦2隻! センターユニットに光子魚雷発射。雷数11、命中。センターユニット大破。緊急閉鎖します。被害は――」
 この一撃でおおよそ、センターユニットに批難していた二千人ほどの民間人が死亡した。事実上、機能停止した4時ジェネレーターの代わりにエネルギーを供給する重要な経路も破壊された。
「れも副司令。敵司令官から入電です。いかがなさいます?」
 オペレーターの士官が、悲痛な表情でれも副司令の方へと振り返った。
「……繋いで……」
 れも副司令の言葉に反応するようにメインスクリーンが暗転した。
 そして、次の瞬間、そこにでかでかと映し出されたのは、三つには割れても六つには割れない腹を、千葉県松戸市のとあるミュージアムで購入したと思われる赤いジャージで包み込み、顔には、ふっくらした頬に支えられているのではないかと思われる鋭角なデザインのアイマスクをした中年男性であった。
「――私はオジン軍討伐艦隊総司令官、ジャア・マタコンドだ。貴殿はオジン軍最強と謳われる、この私、『赤い炊飯器のジャア』相手によく戦った。しかし、これ以上の戦闘は物的、人的にも無意味で無価値である消耗に過ぎない。貴殿の善戦を称えて、ここに我々は貴基地に対し降伏を勧告する。民間人の保護と君たちの捕虜協定に従う事を約束しよう。いかがかな?」
 ジャアは自信満々にれも副司令にそう言った。その態度に「お前の負けだ」と言っているのが聞こえてきそうであった。
「れも副司令……」
 不安げな副官の声にれも副司令は決断を迫られた。現在の戦力で戦闘を継続したとして総力戦に持ち込めば、充分に勝てる。れも副司令もやられっぱなしではない。戦艦1、巡洋艦1、駆逐艦5を大破か撃沈しており、戦艦1、巡洋艦1、駆逐艦3にも少なからず損害を与えている。しかし、これ以上戦闘を続ければ、民間人の被害はさらに拡大する事は疑いもなく、敵を撤退させたとしても、勝利とはいえない。
 れも副司令は机についた拳を血が出るほど強く握り締めた。削り木を齧らなくても歯が削れるほど歯を噛みしめて表情を殺した。
「降伏勧告を……受けます」
「貴殿の勇気ある判断を賞賛いたします」
 ジャアは貴婦人に対するか如く、れも副司令に優雅に一礼したが、似合わない上に嫌味でしかなかった。そして、さらに続けて――
「これでプレラット大使館の掃除の時間に遅れなくて済む。それじゃあ、先月の出張旅費清算、よろしくね♪」
 ジャアはそう言いながらマスクを外すと、そこにはかわねぎ司令が満面の笑みがあった。
「わかりましたっ。それはそうと、司令! そのふざけた格好はなんです? これは正式訓練なのですから、ちゃんとしてください!」
 れも副司令は怒りのオーラハリセンの叩き先を彼のふざけた格好に求めた。
「この方が雰囲気が出ていいだろう? いかにも敵勢力って感じで。訓練にも支障はないし、これぐらいの遊び心は許容範囲だと思うよ。さて、作戦時間1443をもって、戦闘シミュレーション演習を終了する。解散」
 かわねぎ司令はさっさと訓練終了を宣言して、フレームの外へと立ち去っていった。
 チーム分けしての戦闘シミュレーションが月の始めに行われる事になったのだが、ただするだけではつまらないと、かわねぎ司令が駄々をこね、結果、かわねぎ司令は「一ヶ月真面目に仕事する券」を、れも副司令は「司令の出張旅費清算をする」を賭けて戦う事になったのだった。
「はぁー……やっぱり、閣下は強いですね。これで9戦8敗。このシミュレーションするまで、司令閣下が連合屈指の艦隊戦エキスパートだって、全然信じられなかったです。でも、今は納得できます」
 オペレーターの一人がインカムを外しながられも副司令に苦笑を浮かべた。だから、気を落とさないでくださいという気遣いだったのだろうが、それすらも今のれも副司令には苦痛だった。
「みんな、お疲れ様。ごめんなさい。私が至らなかったばっかりに……」
 れも副司令はすまなそうに司令部の部下たちに頭を下げた。
「れも副司令。また、来月頑張りましょう。私たちもそれまでにもっと訓練つんでおきますから。きっと来月は勝ちますよ」
 司令部の部下たちは一致団結して、れも副司令を励ました
「……ありがとう。ちょっと自室で休む事にするわ。あとで戦闘ログを持ってきて」
「了解しました」
 部下が敬礼で応えた。れも副司令は平静を装って、司令部を後にしたが、その後姿に落胆の色は隠せなかった。

−2−


 壁にホログラフを投影しているだけとはいえ、実際に触れそうな風景は殺風景な宇宙や基地の内壁に比べれば、まさに心和む風景であった。
 頼香たちは、いつものように風景の映る壁に程近い、自分たちのお気に入りの指定席に腰を下ろして、オレンジジュースとチョコレート菓子をつまんでいた。ただし、いつものようにおしゃべりしながらではなく無言で。
 今回のシミュレーションの結果は全員戦死。最悪の結果で終わった。今までも全滅は何度かあったが、今回は戦果を上げずに戦死である。コンピュータの解析を見るまでも無く、評価Fは免れない。
 評価が低ければ、もちろん昇進に影響するのだが、それ以上に軍人としての資質を疑問視されることが重く堪える。
 戦場では、兵は指揮官次第で自分の生存率が大きく変化する。したがって、兵士は有能な指揮官の下で戦う事を望むのは当然のことであった。そして、有能と認められれば、兵は安心して命令に従ってくれる。これは指揮官にとっても心強いことであった。こうして、お互いに信頼関係が出来上がれば、それだけで作戦成功率は高まり、生存率も上がる。世に言う、有能な指揮官の下に弱兵はいないというやつである。しかし、これは逆もいえるのであった。
 頼香の率いる第2分艦隊のシミュレーションの戦績は9戦すべて壊滅。戦果は通算、駆逐艦17隻戦闘不能。あまりにも少なすぎた。ちなみにもけ大尉の第1分艦隊は巡洋艦2、駆逐艦31隻で、戦闘終了時までに戦死したのは今回を含めて、3回。あまりよい成績ではないが、頼香の第2分艦隊が戦線離脱したことによって圧倒的に不利になっていることを考えれば、上出来の戦績であった。
「……だいたい、俺は少尉なんだって……なんで分艦隊司令なんだよ」
 ため息にまみれた愚痴を頼香が呟いた。今回こそは、と意気込んでいただけに落ち込みも激しかった。
「頼香ちゃん……」
 来栖が慰めようと声をかけようとしたが、それよりも頼香の背後にやってきた青年士官の方が先だった。
「おやおや、これはフレイクス“大尉”殿。一応、落ち込む程度の恥じらいは持っているんだな」
 青年が温かみの欠片も無い声でそう言った。彼の階級章は少尉で、通常過程でアカデミーを卒業して任官したぐらいの――地球年齢でいうと18歳ぐらいであった。
「9回目の二階級特進とはね。恐れ入る。よほど早く出世したいらしいな。しかも、手っ取り早く」
「なっ!」
 頼香は半ば腰を浮かして反論しようとしたが、それより先に青年士官が続けた。
「そんなに世の中甘くないんだよ、フレイクス少尉。――まあ、甘く見るのも仕方ないかもしれないな。シミュレーションとはいえ、分艦隊司令官閣下とはね。随分と上手くやったもんだな。おおかた、ロリコン司令に色仕掛けでもしたんだろ?」
「――!」
 あまりの嫌味に頼香は怒りが空回りして言葉が出なかった。よくそこで手が出なかったものだと、後で果穂は感心したほどである。しかし、そんなことはお構いなしに、青年士官は頼香に嘲笑を浴びせた。
「さすがはアカデミー稀代の飛び級少女。ご自分の武器は良く心得ておられる。いっそ、敵もその魅力で狂わせて欲しいもんだな。まあ、そんな間抜けは敵にはいないだろうがな。あはははは」
 アカデミーの天才少女、遊撃11艦隊旗艦の副長が父親、そして、イーター事件解決の立役者――内部の反発などを避けるために昇進は凍結されているが、すでに数年後の中尉昇進は内定といっていい。そして、すぐに大尉に昇進するだろうと噂されている。人も羨む順風満帆の人生航路であった。妬まれるのも当然だったが、TS9のどことなく、そういった事に抜けた空気と、頼香本人の人柄のおかげで、これほどまでに直截的に言われる事はなかった。
「じゃあ、あなた方もなってみてはいかがです? 美少女に」
 怒りのあまり、わけがわからなくなっている頼香に代わって、果穂が縁無しのめがねを指先で直しながら静かに言い返した。
「う……」
 果穂の噂は既に知っているらしく、青年士官はたじろいだ。脅しではなく、本気でやる少女である。趣味と実益を兼ねて、実行する。喜んで実行するだろう。
「お兄ちゃん、失礼だよ! 頼香ちゃんはそんな事しないよ! だいたい、頼香ちゃんには心に決めた人がいるし、果穂ちゃんがいるのに頼香ちゃんが司令に色仕掛けなんかできるわけ無いよ」
 そこへ追い討ちをかけるように来栖の半泣きの抗議である。世の中で最強と謳われる泣いた子供と女の涙のコンボである。少しでも良識があれば、悪くなくても罪悪感に苛まれる。
「そのとおりです! 人類の至宝、超重要無形文化財の美しい少女たちを一人たりとも司令はもとより、放射能汚染産業廃棄物のような男どもに明け渡すなんて、天が許しても私が許しません。みんな、私のものです!」
 果穂が立ち上がって、握りこぶしを固めて大声で宣言した。いくら広い食堂とは言え、これだけ騒げば、人の目を引くことは避けられず、お祭り好きの気風のあるTS9っ子は「なんだ、なんだ」と集まりだしていた。
「ちっ……せいぜい、10回目の二階級特進しないように頑張るんだな」
 青年士官は形勢不利を悟り、急いで踵を返すと食堂から出て行った。
「いーだ。言われなくても、次は司令なんてこてんぱんだもんねー」
 その後姿に子供っぽく舌を出して来栖が言い返した。
「……はぁー……とは言うけど、何か作戦でもあるのか? 来栖」
 青年士官が去った後、頼香が怒りの気を抜いて、元気なく訊いた。
「そんなの無いよ」
「……」
 元気一杯に来栖は答え、頼香どころか果穂までも絶句した。無計画でありながら、あの自信はどこからくるのか? もしかしなくても、三人の中で一番大物かもしれないと二人はなんとなく思ってしまった。
「わからない時は先生に聞くもんだよ。だから、聞きに行こう♪」
 しかし、来栖はそんな二人の彼女に対する未来予想図は我関せずに頼香の手を取った。
「へ? お、おい!」
 びっくりする頼香を全く無視して、来栖は楽しそうに彼女の手を引いて、どこかへ向かって歩き出した。

−3−


「かわねぎ司令」
 楽しい奉仕活動を終わってプレラット大使館を出てきたかわねぎ司令を呼び止めたのは黒縁眼鏡をかけた中年男性であった。
 角膜にレーザーを当てる近眼治療が普及している連合では眼鏡など不要のはずだが、アクセサリーとして伊達眼鏡は珍しくない。聞くところによると、TS9では少女達の間で静かなめがねブームが起こっているらしいが、それは別の話である。
「何か御用ですか、クレイソン代表?」
 かわねぎ司令はなるべくにこやかな笑顔を浮かべて返事をした。
 TS9には軍人以外に民間人も多数居住している。そのために民間人の苦情や陳情を軍に伝えたり、または訓練の連絡や戦闘時の避難誘導の手伝いや取りまとめなどをする民間人代表が何人かいる。彼はその一人であった。
「今日のシミュレーションの結果、またれも副司令の惨敗だったそうじゃないですか」
 にこやかな笑顔のかわねぎ司令に対し、クレイソン代表はかなり不機嫌な顔であった。
「その質問は軍事機密に関わる事なのでお答えできません、クレイソン代表」
 かわねぎ司令はなけなしの威厳をかき集め、胸を張って重々しく返答した。
「う……だ、だが、我々はあなた方と一蓮托生、同じ宇宙ステーションに生活しているのだよ。基地防衛のことは我々の身の安全に関わる事なのだよ」
 多少逃げ腰になりながらもクレイソンはかわねぎ司令に食い下がった。かわねぎ司令は彼を退散させるのに失敗し、こういう時に自分の好きではない連中の尊大な威厳が羨ましいと、ため息を一つついて、彼にきっちりと向き直った。
「れも少佐は優秀な軍人です。私も彼女を信頼しています。訓練の内容も決して、それを失望させるような内容ではありません」
「確かに、れも副司令は優秀で、我々も随分と助かっているよ。しかしだね、れも副司令はまだ、17,8の小娘ではありませんか。経験というか、実績が……」
「クレイソン代表。代表は私ごときの指揮する艦隊に簡単に攻め落とされる基地は不安で仕方ないと仰るわけですね」
 かわねぎ司令は出来るだけ凄みを利かせて言った。清掃用のつなぎを着て、体格もお世辞にも大柄でもなければ、間違っても筋肉質でもない、顔立ちもどちらかと言えば温和なかわねぎ司令だが、精一杯頑張った結果、それなりに凄みは出たらしい。クレイソンの顔色が変わっていた。
「あ、いや、そんなわけでは……いや、これは私としたことが、とんだ失礼を。そうでした、かわねぎ司令の指揮する大艦隊で攻め落とせない基地などないに決まってますな。いやぁ、失敬失敬。それでは、私はこれで」
 クレイソンはそそくさとかわねぎ司令から逃げるように帰っていった。
「……ふむ。とはいえ、クレイソンの話も無視できないよな。うーん、こういったことは私なんかよりも別のルートからが説得力あるんだがな……それに、自分でするのは面倒だし……」
 かわねぎ司令はしばらく考えてから、思いついたように胸の通信機を叩いた。
『はい、職員食堂部です。司令、バイキングはまだですよ』
「いや、それとは別件で。ちょっと用意して欲しいものがあるんだが――」
 かわねぎ司令はそう言って、用件を伝えた。

−4−


 リサールナル大使館で大使の歌恩はどこで手に入れたのか、戦闘シミュレーションログをのんびり眺めていた。
「悲惨なものね」
 見終わって第一声がそれであった。大使付き武官のココも苦笑するしかなかった。
「相手が相手ですから、それは酷ですよ、歌恩様。かわねぎ司令はあれでも、連合随一の艦隊戦のエキスパートですし、艦隊運動もラファースの明中尉が担当していますから、死角はありませんよ」
 大使館の雑用兼執事役のブンドはお茶をいれてテーブルに置いた。
「武器管制はメン・ホーコリー少尉でしたしね」
 ココもそのお茶を受け取りながられも副司令をフォローした。ラファースの明は資料部などにいるが、本来は駐留艦隊の参謀で、艦隊運動の手腕には定評があるし、メン・ホーコリー少尉も資材部にいるが、光子魚雷の照準手としては知る人ぞ知る人間である。彼ら二人が鍛えた艦隊なら、かなりの強兵といえた。
「まあ、人材の差はあるとしても、ここまで連敗を続けたら、何らかの手を打つべきでしょう?」
 歌恩は湯飲みの縁を指でなぞって、その滑らかな飲み口を指先で楽しんでいた。
「たしか、戦績はかわねぎ司令の8勝0敗1引き分け、でしたっけ?」
「その引き分けもかわねぎ司令がプレラット大使館の掃除の時間だからということで、講和を持ちかけて、引き分け」
 歌恩が無関心にブンドのデータに補足した。その様子を見て、ブンドは困ったような楽しむような顔をして、何かを言おうとしたが、誰かの来訪を告げるベルに阻まれた。
 ブンドは来訪者を確認するために、壁のスイッチを操作した。画面には、大使館入口前で何か荷物を抱えたかわねぎ司令があたりを気にしながら立っている姿が映し出された。
「かわねぎ司令?! 何か御用ですか?」
『ああ、ブンド君。アポもないのだが、歌恩大使に取り次いでいただけないか?』
 ブンドは振り返ると、歌恩は黙って頷いたので、扉を開けて、かわねぎ司令を中に入れた。
「いや、申し訳ない。連絡もなしに突然押しかけまして。先ずは、失礼をお詫びします」
 かわねぎ司令は入室するや歌恩に深く頭を下げた。
「そんな事を気になさらずともよろしいですよ。どうぞこちらへ。しかし、らしくもないですね」
 歌恩は姿勢を正して畳の上にきっちりと正座していた。先ほどまで、テーブルにもたれかかって不満そうだった人と同一人物とは思えないほどの変わり身であった。しかし、尻尾が妙に踊っていたのは彼女が同一人物という証だろう。
「全くですね。らしくもない」
 かわねぎ司令は苦笑を浮かべて、畳の座敷に上がった。
「で、今日は何用で? ただのご機嫌伺いとは思えませんが」
 歌恩は単刀直入に話題をついた。もちろん、のらりくらりと会話を重ねるような腹芸もできるのだが、非公式で人目をはばかり訪問してきた彼に対して、そんな必要もないと判断したことと、彼女自身、そういうのは趣味ではないからである。
「まあ、そうお急ぎになられずとも……まずは、こちらをお納めください」
 かわねぎ司令は抱えてきた菓子箱を差し出して、蓋を取って見せた。
「ほほう。これは」
 歌恩は中を見て目を細め、どこから出したか扇子を軽く開いて口元を隠した。
「山吹色のお菓子でございます。お口に合えばよろしいのですが。どうぞ、お納めください」
 かわねぎ司令はにやりと笑って、菓子箱から手を離した。
「まあ、頂けるというのでしたら、受け取っておきましょう」
 歌恩もにやりと笑ってそれに答えた。
「さて、実は歌恩様に折り入ってお願いがありまして……少々、お耳を……」
「お待ちください。歌恩様、かわねぎ様」
 歌恩に近づこうとしたかわねぎ司令をココが制して、単結晶の柄のデッキブラシを構えた。
「な……!」
 かわねぎ司令はちょっと逃げ腰になった。彼女の武術の腕前はいやと言うほど鑑賞している。しかし、彼女の標的は彼ではなかった。
「曲者!」
 天井裏に向かって、突きを繰り出した。天井は破りはしなかったが、かなりの衝撃で天井が揺れていた。それと同時に何かががさごそと移動する音が聞こえた。
「どうやら、天井裏にでっかいねずみがいたようですね」
 歌恩は平然と言うとかわねぎ司令ににっこりと微笑んだ。かわねぎ司令もつられて引きつりながら笑ったが、本当にでっかいネズミなら、ちょっと見てみたいなと思ったのは彼らしいと言えるだろう。
「では、改めて……」
 かわねぎ司令は歌恩に耳打ちした。その黄色の三角の耳にかわねぎ司令の言葉が入るたびに、歌恩の瞳が生き生きしてくるのがわかった。そして、全て聞き終わった後に歌恩もかわねぎ司令に耳打ちした。それを聞いて、かわねぎ司令も驚きと楽しそうな目をした。そして、二人が元の場所に戻った。
「これは楽しそうですわ。司令も悪ですね」
「いえいえ、大使様にはかないません」
「ふふふ、お互い――」
「わるよのぉ」
 二人はお約束のように笑い、大使館は京都の太秦の一角と化していた。

 一方、天井裏のでっかいねずみさんは――
「ああ、びっくりした。いきなり気づかれるなんて……えーと、それよりも、メモメモ♪ 『惑星連合では山吹色のお菓子といえば、おあげさんのことを言う』っと♪ ……しかし、変な国だね、連合って」
 ピナフォアが間違った知識をメモリーしていた。
 この知識が元で大事件に発展しかけたのだが、それはだいぶ先の話であり、別の話であるので、また今度♪

−5−


 少しざわついた雰囲気の中にも上品なオトナの香りが漂うバーカウンターで、オンザロックの氷をグラスの中で躍らせながら琥珀色の液体を渋そうにあおっている女性がいた。
「あら? 珍しい。れも副司令がいらっしゃるなんて」
 豊かな黒髪からのぞいたきつね耳をぴょこぴょこと動かして、着物に似たリサールナルの民族衣装に身を包んだ女性がれも副司令の隣の席に腰掛けた。
「歌恩大使……」
「今はプライベートだから、歌恩でいいわよ」
「じゃあ、私もれもでいいです、歌恩さん。いつも、ここに飲みに?」
「毎日じゃなけどね。今日はブンドにおこずかいをもらったから飲みにきたの♪ ――マスター、いつもの♪ あ。今日は奮発して、指一本でお願いね」
 歌恩はカウンターでグラスを磨いているマスターに居酒屋の店長にするように注文した。
 れも副司令が不思議そうな顔をしていると、マスターは焼酎の水割りとあぶった薄あげを歌恩の前に置いた。
「あら? マスター、あげが一枚多いわよ」
「私からのサービスです。歌恩様に言われたとおりにしたら、娘とも仲直りできました。ありがとうございます」
 マスターは少し照れくさそうにそう言って、軽く頭を下げた。
「よかったわね♪ これからは喧嘩しないようにね」
 歌恩が微笑みながら注意すると、マスターは更に照れくさそうに苦笑して応えた。
「……歌恩さん、何かされてるのですか?」
 二人の話についていけないれも副司令が歌恩の裾を引くように尋ねた。
「ああ、なんでもないのよ。私ね、おあげ5枚で悩み相談してるの。最初はお酒の肴が欲しくて冗談で言ったのだけど、いつのまにやら定着しちゃって……といっても、悩みを聞いてあげるだけなんですけどね」
 歌恩は苦笑を浮かべてれも副司令に教えた。彼女は見た目は三十路の女性だが、実際は五十半ばで、リサールナルは若作りが多いという話を体現していた。年齢に加えて、様々な土地や仕事を渡り歩いたので、人生経験も豊富であったから、お悩み相談室としてはぴったりであった。
「そうなんですか……私の、悩みも聞いてもらおうかしら……あげ5枚でほんとに?」
「いいわよ。――マスター」
 歌恩はマスターに合図すると、マスターは無言のままにコンソールを操作して、二人の席をフォースフィールドで分離した。あたりの喧騒が消え、耳鳴りがするほどの静寂があたりを包んだ。
「これで外には話は聞こえないわ」
 外の音が聞こえないように、中の会話も外に漏れない。唇を読まない限り、中の会話を知る事はできないが、二人はカウンターの内側を向いているので、マスター以外はそれも不可能である。しかも、マスターは気を利かせて、二人から離れている。守秘はかなりの高レベルで保たれていた。しかし、れも副司令はなかなか口を開こうとせずに、じっとグラスを見つめていた。
 そんなれも副司令に歌恩は何も言わず、黙って焼酎の水割りをすすりながら、あぶったおあげを愛しそうに口に運んでいた。
「……私、軍人に向いてないのかしら? 辞めて、田舎に帰ろうかしら?」
 歌恩が半分ぐらいおあげを食べてしまって、次の一切れを食べようかどうしようか迷っていると、れも副司令はぽそりと呟くようにいった。
「じゃあ、そうすれば?」
 歌恩は興味なさげに、素っ気なくそれに答えた。
「えっ?!」
「軍人なんて向いていないと思うんでしょ? それなら、続けていくのはつらいわよ、軍人という職業は」
 歌恩の反応に驚いているれも副司令をよそに彼女は続けた。どう言い訳しても、最終的に軍隊の目的は敵を殺す事である。それが祖国や自分を守る事であれ、変えられない事実である。それだけに職業軍人というのは、他の職種よりも自分がなければ、その重圧に押し潰される。そうでなければ、自分だけでなく、味方の命も失ってしまうことになる。
「わかってます。そんなこと……わかってるから……」
「そうかしら? じゃあ、なんで、そうしないの? 悩む必要もなく、答えは出ているじゃない」
 歌恩は冷たくそう言った。いつもの朗らかな雰囲気など微塵もない氷のような声が静かにれも副司令を責めた。
「それは……」
 れも副司令は目に涙を浮かべて、言葉を詰まらせた。歌恩の言う通り、結論が出ているのに自分が納得していないから、この場所に固執している事はわかっていた。わかっていたが、気づかないふりをしている事も。
「まったく、あなたって、意地っ張りで、負けず嫌いの娘さんなんだから。素直になればいいのに」
 歌恩はれも副司令を不意に抱き寄せ、彼女の金髪の頭を優しく撫で、穏やかな春風のような声で囁いた。
「……知ってたの、ですか……シミュレーションで連敗していること……」
 彼女はいきなり抱き寄せられて驚いたが、その包み込むような柔らかな抱き方に、幼子が甘ええるように身をゆだねた。
「自分の住む場所の安全を気にかけるのは動物として普通のことですからね」
 彼女の迷いの原因は他にもあるはずだが、それは本人さえ気づいていないようなので、歌恩はそれには目を瞑っておく事にした。言ったところで混乱しかしないのだから。
「……不安ですか? 私では」
 そんな事は知らずに、彼女は少し拗ねるように歌恩に言った。
「そうね……かわねぎ司令はああ見えても、艦隊指揮は屈指の腕前よ。同盟でも知る人ぞ知る有名人よ。彼ぐらいの人間はそうはいないけど、いないわけじゃない。だから訓練しているんでしょ?」
 同盟でかわねぎ司令といい勝負ができる艦隊指揮官は4人ほどいると歌恩は見ていた。ちなみに、かわねぎ司令と肩を並べられる連合の人間は、彼以外に4人ほどいる。つまり、プレラット大好き司令は同盟&連合の指揮官十傑には確実に入る力量なのだ。
「そうですけど……」
「それに、れもちゃんの基地防衛指揮は見た目ほど悪くはないのよ」
「……気を使って貰わなくていいです、歌恩さん。いくら、かわねぎ司令だからって、あんな小規模艦隊に攻め落とされるなんて、悪くないわけないです」
 あからさまな慰めの言葉に彼女はそっぽを向こうとしたが、抱き寄せられたままなので、視線だけそっぽを向いた。
「あらあら。大きな勘違いをしているようね」
 その様子を可笑しそうに微笑み歌恩は、子供にするように彼女の頭を軽く撫でるように叩いた。
「勘違い? 何をです?」
「司令は大規模艦隊で攻めたら、落とすのに時間がかかるから小規模艦隊で攻めているのよ」
「……歌恩さん、数が多くなるからって不利になるなんて――」
 れも副司令は歌恩が軍事の素人なのだと思って、反論しようとしたが、それをそっと指で唇を抑えて、歌恩が続けた。
「TS9の防衛機能は基本的に大規模艦隊が攻めてくる事を想定して構築されているの。だから、全方向に対して死角をなくすように防衛施設を配備しているの。知っているわね?」
「当たり前です」
 れも副司令はむっとした感情を隠さなかった。
「全方向包囲してもそれに対応できるし、対抗もできる。でも、一ヶ所に集中されれば、ほとんどの防衛施設は遊ぶことになる。攻める側はこうしてTS9の火力を制限させる事ができる。それに少数ならば、機動性をフルに使ってのかく乱もできるし、このあたりはかわねぎ司令の得意技じゃなかったかしら?」
 かわねぎ司令の持論で、一隻の巨大戦艦よりも三隻の巡洋艦、三隻の巡洋艦よりも九隻の駆逐艦と言っていた。つまり、機動性を重視した戦術が彼の持ち味なのであった。実際、小型艦艇戦を得意とするプレラット人すら舌を巻く運用で連合屈指の艦隊指揮能力と言われていた。真面目に仕事さえしていれば、今ごろは『かわねぎ閣下』と呼ばれていただろうと、軍部では彼の能力を惜しむ声が多かった。
「じゃあ――」
 れも副司令も無能な指揮官ではなく、どうすればかわねぎ司令に勝てるか、歌恩の一言だけで理解した。
「正解。れもちゃんの思った通りよ」
 抱き寄せる腕の力を抜いて、自然に離れると出来の悪い生徒がやっと問題を解いた時の教師のような顔で頷いた。
「でも、それじゃあ、かわねぎ司令はフレイクス少尉や若い――任官間もないシューマッハ少尉たちを駆逐艦に? もしかして――」
「それは違うわ。さすがに、そこまで悪辣じゃないわよ。かわねぎ司令はTS9の弱点を克服するために数多くの優秀な航宙艦乗りを育てたいっていうわけよ。それに気がついて欲しかったんじゃないかしら?」
 れも副司令の行き過ぎた想像をぴしゃりと厳しい声で諌めた。
「……ごめんなさい……」
「その謝罪は私に言うべきじゃないわね。まあ、するべき人には言えないけど、謝罪の代わりに期待に応えてあげなさい」
「はいっ」
 れも副司令は晴れ晴れとした顔で返事した。
「いい返事ね。それじゃあ、いいものをあげるわ。参考になるかどうかはわからないけど」
 歌恩は懐から茶封筒を取り出して彼女に渡した。
「へ? ありがとうございます」
 れも副司令はわけもわからず、素直に封筒を受け取ったが、何が入っているか気になるよりも、自分で見つけた答えの方が気になって、居ても立ってもいられないといった感じであった。
「向こうの方が経験豊富なんだから、すぐにどうこうできる事じゃないわよ。だから、焦らない事。じっくりやればいいのよ。じゃあ、しっかりね」
「はいっ。ありがとうございます」
 れも副司令はフォースフィールドが解除されると同時に封筒を大事に胸に抱いてラウンジを後にした。
 歌恩はその後姿を楽しそうに眺めながら、れも副司令の残していったグラスとあてを引き寄せて、ちびりちびりと晩酌の続きを再開した。
「うーん♪ たまには洋酒もいいわね♪」

−6−


 TS9は多くの軍人や民間人が居住している。そのため、様々な施設が揃っており、小さな都市といってよかった。当然、その中に学校も含まれていた。
「――ということなの。WONDO先生」
 来栖は軍事機密も関係無しに一切合財を話し終わった。話を聞かされたWONDO先生と呼ばれた壮年の男性は笑顔を浮かべていたが、どことなく困惑していた。
 来栖が頼香達を引っ張ってきたのはTS9小学校の職員室であった。どこでも物怖じしないで顔を出して、あっという間に仲良くなってしまう彼女の交友範囲の広さは頼香達の想像を越えている事があり、これもその一つであった。
 WONDOはTS9小学校に今年初めに転勤してきた小学教諭らしく、転勤してきた時に来栖に道を尋ねたのがきっかけで知り合いになったらしい。彼は三十代後半ぐらいで、それほど背は高くなく、ややがっちりとした体格の、柔道などやっていそうな体躯であったが、目の印象が温和なので、怖いというよりも頼れるといった感じであった。
「うーん……」
 しかし、その頼れる男は困り果てていた。
「来栖、無茶言うなよ。WONDO先生、困ってるじゃないか」
 頼香が困っているWONDOを見かねて来栖の裾を引いた。だいたい、軍事の事を小学校の先生に教えを請いに行くというのが素晴らしく的外れなのである。
「だって!」
 役に立っていない事に反論しようと来栖が二人の方に振り向いた。
「まあまあ、来栖ちゃん。頼香ちゃんのために役に立とうとした事ですから、責めているわけじゃないんですよ。ただ、そうですね……こういったことは、シェリル少佐とか専門家に相談した方がいいと思います。シェリル少佐はテラン本星に出張中なので今は相談できませんけど、帰ってきてから相談するのがいいと思いますよ」
 果穂はそれを宥めるようにやんわりと軌道修正をしに入った。実際、頼香もそのつもりで、先日赴任してきた強襲艦の艦長、シェリル少佐のメールボックスに艦隊戦の訓練をつけてくれるようにお願いしていた。
 シェリル少佐はフェザーブレードの教官免許を持っていて、頼香たちも色々あって、訓練をしてもらっているので親しみもあるし、なにより艦対艦の実戦経験も豊富であった。
「だって……だって、先生なんだもん。わからない事は先生に聞けって、言うもん……」
 来栖はむくれてそう言い返したが、いつものような元気がない。
「でもなぁ……専門外だと、先生も困ると思うんだけど……」
 頼香がそこまで言うと来栖の目にうっすらと涙が滲んだ。
「いや、だからさ、来栖の言う通り、先生に訊く事にすればいいってわかったし、それはいいヒントになったんだよ。うん、来栖のおかげ」
 頼香が慌てて、フォローした。やはり、女子小学生になっても女の涙には弱かった。
「だって、あたしたち、まだ小学生だよ。だから、小学校の先生に聞くのが一番じゃない。えらい先生なんて、難しいことばっかり言って、全然わからないから、それなら、小学校の先生なら大丈夫だから、だから……」
 来栖は滲んだ涙を止めずに、泣きながら反論した。
 確かに彼女の言う事は道理だが、残念な事に二人とも中身は二十前後と三十路街道ど真ん中なオトナの男であった。しかも、それなりに学歴もある。それを知らない彼女の見当違いを責めるのは少々酷と言うものだろう。
 頼香も果穂も困った顔をして、どう宥めようか思案に暮れていた。すると、それまで沈黙していたWONDOが不意に来栖の頭を撫でた。
「?!」
 泣いていた来栖も、困り果てた頼香と果穂も驚いて彼を見た。
「まあ、なんというか、偶然とはすごいものだね。というか、これは友達想いの雲雀君が手繰り寄せた運というものかな?」
 三人の視線を受けた彼は苦笑を浮かべていた。
 三人娘はさらに一体何の事かわからずに目をぱちくりさせていた。
「あら、三人とも知らずにWONDO先生に相談にきたの?」
 少し離れた机でテストの採点をしていた女性教諭が手を止めて顔を上げ微笑んだ。
「どういうことなんですか?」
「WONDO先生はね、教師になる前は軍で教鞭をとっておられたのよ」
「昔の話ですよ、アンダーソン先生」
 WONDOは苦笑を浮かべた。
「え、えーと……」
 頼香はライカ・フレイクスとしてアカデミーで教えてもらっていたりするとまずいと困惑の表情を浮かべた。
「フレイクス君が知らないのも仕方ないよ。私が軍を辞めたのはだいぶ前だからね」
 それをちょっと違うように解釈したWONDOが頼香にフォローを入れた。
「……最終階級は中佐。そのときの役職は惑星連合陸軍教練本部主任教官。ロボットメカを使用した地上戦や基地防衛戦を得意として、数々の作戦に参加し、勲章もたくさん貰ってますね。WONDO中佐の有線ロボットメカを使った訓練方法がスポーツ競技になっているそうです。……いまは、予備役中佐となっていますね」
 果穂がデータパッドを操作して、WONDOの情報を引き出した。
「本当か? 果穂?」
「はい。さらに、艦隊指揮は専門外と思いきや、基地防衛などは堅固な守りに定評があり、TS2で防衛艦隊を指揮していたこともあるとなってます。まさに、適任者ですね」
 果穂が頼香の問いを肯定して更に補足した。
「そんなにすごい人がなんで?」
「私は軍で働くのには向いなかったんだ。それがわかったから、辞めたというわけだよ」
 彼は目の前の少女達に視線を向けながらも、少しだけ遠いところを眺めた。
「こんなにすごい戦果を上げているのに向いていないなんて……」
「そのうちわかると思うよ。それに、もともと、私は子供が好きでね。教師になるのが夢だったんだよ」
 WONDOは目の前にいる三人に視線を戻し、何もかも包み込んだ表情で笑った。
「わかります! 子供は天使です! 特に少女は神です!」
 しかし、果穂は何か別のところに共感したのか、可愛い拳を握り締めて力説した。その様子に思わず、WONDOがたじろいでしまっていた。
「果穂ちゃん。自分も少女ってことを忘れているんじゃない? 自分の事を神だなんて変だよ」
 来栖がちょっと心配そうに時々暴走する親友に突っ込んだ。
「え? あ、あはははは、そうでした」
 それで我に帰った果穂は笑って誤魔化していた。WONDOもよくわからなかったが、一緒に笑おうとしたが、頼香が彼の前に一歩、進み出てきた。
「――WONDO先生、俺、みんなに迷惑掛けっぱなしで、どうにかしたいんだ。それに、ここがみんなの帰る家だから守りたいんだ。そのために力が欲しい。この基地の安全を守れるぐらい実力をつけたいんだ。だから、お願いします」
 頼香はWONDOにポニーテールが顔の脇に垂れるほど頭を下げた。
「……そこまでされたら、断れないね。私にどれだけできるかわからないけど、引き受けるよ。よろしく、頼香ちゃん」
「ありがとうございます、WONDO先生」
 頼香は顔を上げて晴れやかな顔をした。少し顔が赤いのは頭の下げすぎだろう。
「頼香ちゃん、違うよ。こういう時は、『コーチ!』って言うんだよ」
「確かに、その方が萌えますね」
「来栖、果穂! おまえらなー」
 WONDOはじゃれあう三人を楽しそうに見ながら、微笑んでいた。少なくとも表面上は。
(しかし、困ったな。艦隊司令の時は部下に優秀なのがいたから、それに任せていたんだけどな……しかも……困ったなぁ〜)

−7−


「何を探しているんですか?」
 机の上やら、下やらを一生懸命探し物をしているココにブンドが声をかけた。
「ああ、ブンドさん。ここに置いておいた、あたしのトレーニングメニュー知りません?」
 ココは探し物をする手を止めて、ブンドを見た。こういう時には彼を頼るのが一番らしい。
「トレーニングメニュー?」
「そう、トレーニングメニュー。茶封筒に入れておいたんだけど、なくなってるの」
「そこにあるのは違うんですか?」
 テーブルの上に置いてある茶封筒を拾い上げた。封筒張りの内職で失敗した物を再利用しているので、微妙に形が歪んでいる。
「それ、歌恩様のみたいなの。誰かをあたしに紹介するつもりらしくって『ココに会いなさい』って書いてあるの」
「確かに、自分に会えっていうトレーニングメニューは無いですよね」
 もし、そんなメニューがあるなら、トレーニングと言うよりも修行である。
「そうでしょ? まあ、メニューは大体わかってるから無くてもいいけど、気になって」
 ココは探すのを再開しながらそう言った。
「でも、どうして茶封筒なんかに?」
 ブンドは普通そういうものは何処かに張っておくものだと思って訊いてみた。
「いろんなトレーニングメニューを書いておいて、くじみたいに引くと新鮮でいいでしょ? これなら、飽きずにトレーニングできるから」
 自分の発案を自信満々に披露した。
「そうなんですか」
 ブンドは彼にとってはどのトレーニングも同じように思えるが、それは口にしなかった。
「うーん。こんだけ探しても見つからないのなら、もういいよ。もう一枚書くし。ありがとう」
 ココは仕方なく諦めて自室に戻ったが、茶封筒を探すために引っ掻き回した室内はそのままであった。
「……さて、片付けますか……歌恩様もココさんも片付け苦手だからなぁ。でも、あの紹介状はどうするんだろ? まっ、いいか♪ 片付け片付け」
 ブンドは袖をまくった。

−8−


 きらめく波、眩しい白砂、適温よりも高めの温度設定と、太陽光と同じスペクトルの強烈な照明で常夏を表現している環境ドーム。
 元々は地球などの海洋生物の研究などを行うためと基地の水資源を蓄積するために作られたドームであったが、既にその目的は夏の日の陽炎のように不確かなものになっていた。
 しかし、基地に住む人々の精神的、肉体的な憩いの場として、海ドームはその存在を確固たるものにしていた。
 そして、そこを肉体的精神的修練の場とする人もいた。
 走破するのに通常の地面よりも抵抗のある砂浜を鉄下駄を履き、さらに腰に結びつけたロープで古タイヤを引きずってランニングをしている女性が一人。ランニングウェアから生えた白い腕が目にまぶしく、ショートパンツから伸びた脚が目の保養になり、照明にきらめく汗が爽やかさを演出していた。
 見ている分には楽しめるが、やっている本人は、かなりハードなトレーニングのためか体力の限界を迎えようとしていた。走る足は半ば引きずるようで、砂に埋もれている時間が長くなっていた。
 ついに砂に足を取られ、転倒してしまった。その拍子にかぶっていた帽子がとび、ハムスターの耳が露わになった。いつもの彼女なら、すぐに帽子をかぶりなおそうとするが、その体力も惜しいのか、四つん這いになり、呼吸を整えていた。
(こんなことで……だめ。疑っちゃダメ……走らなきゃ)
 れも副司令は途切れそうな意識の中で浮かび上がる疑惑を振り払い、気力で立ち上がって、帽子を拾おうとした。が、その帽子が誰かに先に拾われた。
 れも副司令は帽子を拾った人物を見上げた。逆光で顔は見えないが、狐耳と尻尾のシルエットで誰かは推測できる。
「ココ、さん……」
「れも副司令もトレーニングですか?」
 帽子を拾ったココは爽やかな笑顔でれも副司令に帽子を手渡した。
「……ココ、さんも?」
 息も絶え絶えにれも副司令は訊いた。いつの間に側に居たのか、同じ装備のココを見て、後ろを振り返った。れも副司令の走ってきたタイヤの後に平行して、点線状になった線が引かれていた。
「ああ、あれはね。200メートルごとに100メートルダッシュして、タイヤを地面につけずに走るインターバル走。ずっとつけずに走らないといけないのに、二三回ついちゃうのよね。もうちょっと鍛えないとダメね」
「……」
 れも副司令は引きずって走るだけでも限界を超えているのに、その上を行くココの体力に気が遠くなった。実際に。
「え? れ、れも副司令?!」
 ココは、本当に気を失って倒れそうになったれも副司令を慌てて支えた。

−9−


「……? ここは?」
 れも副司令が目を覚ましたのはかすかな薬の匂いのする白い天井の一室であった。
「気がついたみたいです、キースさん」
 ココが明るい顔でれも副司令の顔を覗き込んで、後ろにいる誰かを呼んだ。れも副司令の記憶にはキースという名前は基地に二人、一人は基地防衛部隊のエアフォース部隊のエース、キース少佐。そして、その奥さんである軍医のミセス・キース少佐。
「気がついたぁ? どれどれ……うん、正常値でちね。もう大丈夫でち」
 ちょっと舌足らずの幼い声でキャロラットの少女が医療用トリコーダーでれも副司令の生体ステータスをチェックして、太鼓判を押した。
「ミセス・キース少佐……私は……」
 れも副司令は体を起こした。見た目は少女だが、ミセス・キースは三十路半ばで一児の母で、医師としての腕も連合水準で平均よりも上であり、信頼に足りた。
「日射病で熱中症、脱水症状を起して、軽い肉離れまでしてたでちよ。鍛えるのはいいけど、無茶しちゃダメでちよ。ココちゃんがいなかったら、本当に危なかったでちよ」
 キースは幼い子に怒るように両腕を腰にあてて、れも副司令に「メッ!」した。
「……すいません」
「でも、どうして、こんな無茶したのでち? れも副司令は運動神経は悪くないけど、情報士官でち。そんなにハードなトレーニングなんて必要ないでち」
 トレーニングメニューを書きとめたメモを揺らしてキースはれも副司令に訊いた。そこにはランニング以外にも色々と書かれてある。大の男どころか、海兵隊の猛者でも根を上げそうなメニューである。
「それは……」
 れも副司令は言葉を詰まらせた。まさか、連合の士官であるキースに、歌恩にそのメモをもらった経緯を話すわけにはいかない。彼女はキースの方をちらりと見てから、ココの方を見た。
「まあ、いいでち……それじゃあ、あたちはちょっと、出かけてくるでち。留守を頼むでち。急患があったら、連絡するでち」
 キースはれも副司令の視線の真意を理解して、白衣を翻して医務室を出て行った。

−10−


「――というわけなんです」
 れも副司令はキースのいなくなった医務室でココに経緯を説明した。ココも知っていることもあったが、黙って聞いていた。
「じゃあ、あれはかわねぎ司令に勝つための特訓?」
「ええ、そうなんです。歌恩様に教えてもらったとおりにしたのですけど……どんな意味があるかわからなかったので……」
「で、とりあえず、やってみた。というわけ?」
「はい……」
 れも副司令は落胆するように頷いた。彼女は情報を扱う士官で、その能力は軍本部でも評価されているのだが、自分の事になると途端に情報士官の割には素直になりすぎてしまうことがあった。
「それ、多分、あたしへの紹介状よ」
 ココは苦笑を浮かべ、断言した。
「紹介状? トレーニングメニューが?」
 しかし、そんな馬鹿げた事があるはずはないと、疑いの視線を向けられた。
「え、えーと……それは、そのトレーニングをすれば、あたしに遭えるから、それを渡したのよ(ということだったことにした、今した)」
 ココは自分の上司である歌恩のミスを言うわけにはいかないので、強引に理由をつけるしかなく、かなり苦しいが、なんとか理由付けした。
「でも、それなら、そうと言ってくれれば……」
 先ほどよりも疑いの声が薄れたが、まだ疑いは拭い去れないといった感じであった。しかし、あの強引な理由で半信半疑まで持っていけたのは、日頃のココの真面目な行動と、歌恩のお茶目な行動があったからだろう。
「それはね。えーと……ほら、なんというか、覚悟みたいなものを見たかったんじゃないかな? それ実行するって、疲れるじゃない。それに意味もわからないし。でも、それを信じるっていう覚悟を見たかったのよ(ということにしておこう、うん、そういうことよ)」
 ココはあたふたしながらも真意を無理矢理こじつけた。れも副司令はそのココの言葉を聞いて、なにやら物思いにふけるようにして、頷いた。
「なるほど。そういうことだったのね。個人的に親しくしているとはいえ、あからさまにココさんを紹介しては、同盟にも連合にも角が立つ。両方の顔を立てるために、あくまで偶然を装うための偽装工作もかねていたんですね。さすが歌恩様です」
 れも副司令は一人納得して、大いに感心していた。ココは本人が感心しているのなら、それでいいかと、適当に相槌を打っていた。

−11−


 WONDOは頼香たちのシミュレーションを見学しながら困惑していた。
「頼香ちゃん、敵艦が光子魚雷を発射したよー」
「左舷スライド、マックスパワー」
 船外を映したスクリーンの星が右に流れる。艦がスラスターをふかして、左に横滑りしたのだ。敵艦の放った光子魚雷は脇を通り抜けて、虚空へと去っていった。
「スライド停止。進路103−04へ。速度そのまま、通常推進最大戦速。果穂、1光秒まで近づいて、フェザー発射だ」
「わかりました、頼香さん」
 戦術3Dディスプレーに投影された敵艦と自艦のマークが距離を詰める。
「頼香ちゃん! 敵艦がワープインしたよ。ワープ7で逃げちゃう」
「果穂、後部光子魚雷発射だ。発射後に、面舵いっぱい。進路013−04へ」
 最初から後部の光子魚雷管にワープ8〜9クラスの光子魚雷を仕込んでおいて、戦術コンピュータには敵艦の進路からワープインした場合、光子魚雷を追撃させるコースを計算させていたのであった。
 命中の確率は低いが、起爆を接触式以外にも時限式をセッティングしてあり、近辺で爆散するようにしてあった。高速ワープ中はワープにエネルギーを大量に割くために、シールドは弱いので、ダメージを与えられる可能性もあり、高速ワープなどしている最中なら、わずかなダメージでも命取りになりかねないため、ワープアウトを余儀なくされる。
「果穂ちゃん、敵艦がワープアウトしたよ」
「敵艦の座標観測。計算値との補正でき次第、右舷光子魚雷、発射」
 発射された光子魚雷が3Dディスプレー上の敵艦の輝点を消した。
「敵艦、やっつけたよ。ええと、こっちの被害は……右舷外装の一部が壊れてるみたい。だけど、かすり傷だって。自動修復で1時間したら直っちゃうって。周辺スキャンも終わったよ。99.99%で敵はいません、だって♪」
「ありがとう、来栖。それじゃあ、戦闘配備を解除。ミッション終了♪ ……どうでした? WONDO教官」
 頼香は操縦席から振り返って、WONDOを見た。他の二人も同じように彼に注目している。
 WONDOの困惑はこれであった。実力を見るためにやらせてみた艦隊戦の結果はかなりひどい内容だったが、単艦での戦闘はAクラスの実力であった。
 航宙艦の操船はコンピュータによるアシストがあるとは言え、人の手によるものが多い。艦の種類はもちろんのこと、同じ種類でさえクセも違う。右旋回が得意な艦、左旋回が得意な艦、ワープに入るときに少しぶれるもの、光子魚雷の発射のタイミングが一瞬遅れるもの。ほんの微妙な差ではあるが、シビアな操船を必要とするときには問題となる。
 素人の中には、それこそ、コンピュータに補正させればいいと言うが、それをするためにナビゲートシステムの処理能力を大幅に犠牲にすることになる。もちろん、コストもかかる。そこまでシビアな操船をする機会は少ないことと、通常使用では充分な性能なことを理由に目を瞑られている。
 しかし、戦闘となれば、この微妙な差が生きるか死ぬかの境目になりかねない。そのため、航宙艦乗りは自分の乗艦を愛し、腕を磨く事を怠けたりしない。
 頼香もその意味では、立派な航宙艦乗りであった。
「特大の花マルだったよ」
 WONDOは困惑の表情を隠して、大きくうなずいた。
「やったぁ♪」
 先にやった艦隊戦でひどい内容だっただけに、名誉挽回、汚名返上の単艦戦だったので、WONDOの言葉に三人は手を取り合って喜んだ。
 しかし、WONDOとしては素直には喜べなかった。それこそが彼女らの艦隊戦での敗北の原因であったのだ。
 この三人のコンビネーションは艦に命を吹き込むほどである。それを基準に彼女らが艦隊戦をするので、他の艦がついていけない。本来は一番下手な艦を基準に戦術を組まなければならないのであるが、彼女らが年若いこともあって、自分たちが一番上手いと思っていないのである。本人たちも、他のものたちも。
 彼女らが優秀であればあるほど、彼女らが無茶を言っているようにしか、他の艦の者達には聞こえないわけである。そして、「子供の言うことだから、無茶をいうのも仕方ない」と妙な大人の余裕を見せて、黙って見守っていたりするものだから、全く発展しない。
「うーん、他の頼香ちゃんの艦隊メンバーは一緒に練習しないのかな?」
 WONDOは一緒に練習していれば、模擬戦などをすることもある。そうなれば、差を歴然とすることができるはずである。
「ううん。時々するよ。だけど、艦隊練習、ボロ負けしちゃうから、あたしたちだけで自主練してるんだよね」
 WONDOの質問に頼香は少し表情を曇らせた。それを見て、代わりに来栖がその質問に答えた。
「もっと上手くならないと、迷惑掛けっぱなしだからな」
 頼香が俯きながら、手のひらにこぶしを打ちつけた。
「でも、なかなか上手くいきませんよね」
 果穂がため息をついて、現状を言うと三人は先ほどのシミュレーションの好成績も吹き飛び、暗澹たる気分に落ち込んでいった。
「そうか。ついでにもう一つ、訊いていいかな? いつも、艦隊の先頭で指揮とってる?」
 WONDOは本格的に落ち込まれる前に質問を重ねた。
「もちろんです。教則にも書いてあるとおり、先頭で取ってます」
 頼香が馬鹿にしないで欲しいと言いたげにWONDOを見た。
 連合の教則には指揮艦は前線に近いところで指揮をとることを書いてある。誰が書いたか知らないが、いい加減なことを書いてくれたものだと、WONDOはため息をつきたくなった。教師として働いていても、教科書というのは、場合によって善し悪しが生まれる。ここでも同じようだ。
 前線で指揮をとれば、前線の状況を正確に把握できる。どちらかと言うと、攻勢的布陣である。しかし、戦場全体を見るのは難しい。基地防衛はその名の通り、防御である。防御は広範囲に気を配る必要がある。基地は動けないから代わりに動いてその穴を埋めるのが要塞所属艦隊の第一の役割であるから、前線指揮は最適とは言えない。
 それと頼香たちの場合、後方から見れば、他の艦の動きを比較的冷静に見れるので、操船のレベルの差に気がつく可能性もある。
 それならば、そうすればいいのだが、艦隊は人の集まりであるから、それほど簡単ではない。
 艦隊のメンバーは、教則をまず間違いなく熟読している。後方指揮などすれば、「わかってない」とあざけりを受ける危険がある。しかも、頼香などは、若く有望で実績もコネもある――やっかみの要素を腐るほど持っているから、更にややこしい。
 最初のうちにしていれば、「お子様だから」と多少の不満と嘲笑はあれ、受け入れられただろうが、ここまで『撃沈戦死』が続くと、いまさら後方指揮などすれば、自分のキャリアに傷を付くのを恐れての保身ととられかねない。そうなれば、誰も頼香の指揮には従おうとしないだろう。
 単艦同士の一騎打ちをさせて、彼女たちの実力を知らせれば良いかもしれないが、今度は他のメンバーのプライドをボロボロにすることになる。TS9の人間が他に比べておおらかとはいえ、シミュレーションで撃沈を繰り返している小さな女の子たちに打ち負かされたのでは内心面白くもないだろうし、それがその後の指揮にも影響が出る可能性もある。
 艦隊は人の集まりだから、難しいけど、それが強いんですよ――かつて、WONDOの部下だった、艦隊戦の名人がいった言葉が彼の脳裏に響いた。
(本当に難しいぞ)
 WONDOは頭を抱えたくなった。もっとも、彼女らの見ている前ではできないことだが。
「どうしよう? 先生考え込んじゃったよ」
「俺たちって、そんなに悪いのか?」
「まあ、実績が実績ですから……」
 頭を抱えなくても、にじみ出る雰囲気で多感な少女たちには充分、不安にさせられる。
「いや、ごめん。とりあえず、そうだな……頼香ちゃん。頼香ちゃんは攻め急ぎすぎて後ろとの連携が上手く出来ていないから、突出して集中砲火を浴びることが多いようだね。後ろとの連携をもう少しとれば、粘りが出てくると思うよ」
 彼は無いものをねだるよりも、今できることを考えて、実行していくしかないと、彼女たちの欠点を指摘した。
「なるほど! 確かにそうだった。よし! 果穂、来栖! 早速、練習しようぜ」
 頼香は現金に元気を取り戻すと、もう既に身体はシミュレータの方に向いていた。
「ええ?! ちょっと休もうよ〜」
「そうですよ。シミュレーション3回連続は疲れますよ。紅茶をポットに入れて持ってきたので、お茶にしましょう。今日のお茶受けはワッフルですよ」
 果穂はワッフルの入ったバスケットを持ち上げた。
「お茶なんていつでもいいって、WONDO教官にいいヒントをもらったんだ。すぐに試したいんだ。なあ、一回だけ!」
「頼香ちゃん、熱血だよ〜」
「やれやれ、しょうがないですね。コスプレ一回ですよ」
「何でもいいから、早く早く」
 頼香たちはシミュレータを起動して、再び艦隊戦に挑んだ。結果は、さっきよりもましだが、連携が取れずにやはり撃沈となった。前線で敵の艦隊を気にしながら味方の艦隊を把握するのは、容易ではない。しかも、敵は旗艦の彼女たちを集中的に狙ってくる。
「まだまだー、もう一回!」
「えー?!」
「約束違反ですよ、頼香さん」
 少女たちの気合の声と不満の声がシミュレーションルームに飛び交い、黄色い声で満たされると、WONDOは教室にいる錯覚を起こしそうになった。
(学校なら、がんばったで賞をあげればいいんだがな、軍ではそうもいかない……)
 WONDOは三人に見えないように、自分自身が何もできない事にため息をついた。

−12−


 ココの経歴は士官学校を卒業後に同盟第2艦隊艦隊司令部作戦参謀幕僚に配属になり、5年間勤務して、その後、歌恩の護衛武官になった。階級は少佐とかなりのものだが、役職だけ見れば、左遷と言えなくもない。しかし、本人が望んで転属したのであったから、左遷とはいえない。
「あたしは身体を動かす方が好きなの」
 同僚にもったいないと言われた時にココは大抵そう言って、相手を納得させていた。
 実のところ、艦隊司令部でもココの転属を渋ったのだが、相手が歌恩であるので、仕方なく承諾したのであった。要するに艦隊の首脳部でも、かなり将来を有望視していた有能な士官だった。
 そのココの持論は『艦隊も格闘も基本は同じ』。作法が違うだけということらしい。
「――どうでした?」
 れも副司令はシミュレーションを終えて、隣で見ていたを仰いだ。シミュレーションの結果はれも副司令の快勝。かわねぎ司令はシミュレーションのコンピュータなどより遥かに手強いのであるが、なぜああまで、かわねぎ司令に手玉に取られるかわからないというのが、れも副司令の現段階での最大の謎であった。
 歌恩のアドバイスで過去のシミュレーションの艦隊の動きをチェックしたが、確かに、頼香の艦隊などはミスがあるにしても、敗北を帰するようなミスを犯したのは今回の不用意な前進ぐらいであった。
 そんな思いのれも副司令に見つめられたココは、しばらく明るくない表情で考えた後に、唐突に口を開いた。
「れも副司令。敵艦隊編成、戦艦2、巡洋艦3、駆逐艦7。距離、遠距離。長距離光子魚雷、ワープ5、雷数7を発射」
「え? あっ! 対光子魚雷ミサイル14、展開地点、基地と敵艦隊の中点」
 れも副司令はいきなり始まったココの口頭シミュレーションに対応した。
「光子魚雷、対光子魚雷に命中消失。センサーノイズ発生」
「近距離センサー感度アップ。光学観測強化。対艦光子魚雷用意」
「ミサイル急接近。シールド表面爆発。ノイズ素子散布。近距離センサージャミング」
「シールドアップ」
「敵艦隊、10光秒に展開。光子魚雷、雷数7」
「シールド強度そのまま。駐留艦隊にて挟撃」
「戦艦、巡洋艦、シールド最大で防御姿勢。駐留艦隊と交戦開始。駆逐艦、光子機雷多数」
「シールドとジェネレーター、放熱板の監視を強化。オートリミッターを解除して、マニュアル操作に変更」
「……れも副司令って、素直ですね」
 口頭シミュレーションを打ち切って、ココは微笑んだ。
「? ありがとうございます」
「でも、素直すぎ。教則通りの定石ばっかりだもん。これじゃあ、勝てないですよ」
 ココはシミュレーションの結果も見ながらきっぱり言い切った。
「で、でも、定石は今までの戦闘で磨かれた戦法ですし……」
 れも副司令は士官学校でも、任務についてからの対戦シミュレーションでもさほど悪くない――いや、むしろ平均点以上の成績であった。TS9に就任するまでは。
「相手もそれは知っているから、次にどんな手を打つか予想できるんですよ。定石同士の打ち合いなら、相手がミスをするまで持久戦になりますよね。普通の司令が相手なら、それで充分でしょうが、相手はかわねぎ司令です。待ってちゃ駄目、相手のミスを誘わなくっちゃ」
 正攻法の強みはココも充分に認識しているが、その幅を持たさなければその強みも薄くなる。
「確かにそうですけど……」
「じゃあ、攻めてみて♪」
 何か言いたげなれも副司令の唇を止めるように、ココは彼女に向かい合う形で座った。論より証拠というわけである。
「え、えーと……敵艦隊、同じ編成で、長距離光子魚雷、ワープ5、雷数7」
 れも副司令はココと同じ初手ではじめた。
「対光子魚雷ミサイル14、展開中点」
 ココも同じ手で受けた。
「光子魚雷展開に命中消失。センサーノイズ」
「駐留艦隊、基地より7光秒に展開。高速光子魚雷をセット」
「えっ?!」
「ね♪ どうする?」
 ココは微笑んだが、れも副司令は冷や汗を流した。基地から光子魚雷爆発のために艦隊は見えないが、艦隊からも基地は見えない。ココはそこをついたのである。
 れも副司令はおそらく、定石どおりに艦隊を進めた。そうなれば、展開予定宙域に駐留艦隊がいることに気が付くのは対光子魚雷の雲を越えたあたりである。艦隊は各艦艇ごとの急制動で停止となって陣形は乱れる。そこへ高速光子魚雷。ココは駐留艦隊全艦艇のありったけを打つ込むつもりだろうから、被害はかなりのものとなる。駐留艦隊は魚雷を打ち尽くしても、基地の援護で後退できる。
「そんな手があったなんて……」
「かわねぎ司令の艦隊戦の上手さって、なんだと思う?」
 目から鱗を落としているれも副司令にココはレッスンを開始した。
「自由で柔軟な運用だと思うんですけど? だから、それに対応するために定石で……あっ!」
 れも副司令はそこまで言って、自分が手玉に取られる理由を思い知った。
「そう。型に嵌った対応だから、かわねぎ司令は逆に自由に動けるわけ」
「そうだったんですね。気が付きませんでした」
「うん。れも副司令は優秀だから、気が付かないのも仕方ないよ」
「……」
 ココの苦笑混じりの慰めの言葉に、れも副司令は自分を責めた。
「あ、勘違いしないで、そういう意味じゃなくて、本当に優秀なの。だって、普通、定石に拘ってたら、いくら相手がコンピュータでも負けちゃうか、勝っても辛勝なんだって。れも副司令の正確で素早い指揮があるから快勝できるのよ。それは自信持っていいと思うわよ。だから、れも副司令に柔軟な対応が備われば、鬼に金棒よ♪」
「ありがとうございます……でも……」
 れも副司令は俯いた。ココは失敗したなと思いつつ、きつね耳を掻いて、次の言葉を捜していた。
「うーん、落ち込まないでくださいよ。かわねぎ司令は伊達に年は取ってないですよ。ああ見えても、歴戦の勇……優秀な軍人でしょ? 今は勝つ事よりも、むしろ、学ぶべきなんじゃないかな?」
 ココはプレラットの人々と戯れるかわねぎ司令しか脳裏に浮かばずに、言い難かったが、言い切った。
「そうですけど、なかなか本気を見せてくれないんです。玩ばれてばかりで……基地防衛の指揮は一度もとってくれませんし……」
 これまでのシミュレーションの全ては、れも副司令が防衛側で、かわねぎ司令は侵攻側ばかりであった。
「頼めばいいのに。代わってくださいって」
「それは……あの性格ですから」
 それとは別に、攻める側は守る側よりも難しい。相手が自分では参考になるようなものを見せてくれないかもしれないという不安もあった。
「だね。でも、本気じゃなくても、かわねぎ司令の戦術はハイレベルだから、本気じゃなくても充分参考になると思うわよ。先ずはそこから盗まなくっちゃ」
「そうですね。ココさん」
 その後、ココはれも副司令に、艦隊との連携の定石で、定石と見せかけて変化するバリエーションをいくパターンかみせた。定石どおりも織り交ぜることを教えた。
 他にも致命的な下手を打たない限りは、布石となりえる少しの損は最終的に得になることや、また奇策に拘り過ぎると危険であることをレクチャーした。布石を相手に読まれれば、損は損のままになりかねない危険もある。奇策は正攻法を生かすための手段で、正攻法の有用性を忘れないということである。
「ありがとうございました。また、時々でいいですから、訓練を手伝っていただけます?」
「いいよ。おあげ5枚で引き受けますよ」
 れも副司令とココは声を立てて笑って、訓練は終了した。

−13−


 奥の畳の上で歌恩は寝そべって本を読んでいた。気軽な格好だが、読んでいるのはかなり難しい戦史の研究書であった。内容は、今は連合として手を取り合っているプレラットとテランが接触初期に繰り広げた星間戦争を研究したものである。
「ねぇ、ブンド」
 本から目を離さずに歌恩は不意に同盟に送る報告書を書いていたブンドを呼んだ。
「なんですか、歌恩様?」
 こちらもディスプレーから目を離さずに応えた。主従の関係というよりも、同盟者の関係のようだが、歌恩もこの方が気楽でいいと推奨しているので、この大使館に限っては普通の風景であった。
「久々にマルチオペレーションしてもらいたいから、練習しておいて」
 マルチオペレーションは複数の艦を一人で操船する荒業である。商船などで、人手不足のときに、時折やる事があるが、最近は船の性能が良くなったために、コンピュータに大部分任せられ、少人数で操船できるために滅多にすることはなくなった。
「練習はやってますから、ご安心ください」
 同時に10隻は軽く自由に操れるブンドは同盟でも数少ないマルチオペレーションの名手であった。もっとも、それは歌恩が人件費削減のためにブンド一人に十数隻から二十隻をむりやり操らせて鍛えた成果とも言えなくはないが。
「手回しがいいわね。――今回の事、不満?」
 いらぬ誤解を招かぬようにTS9では感情を読むエンパス能力は封印している歌恩だが、敏感にブンドの不満を嗅ぎ取った。
「はっきり言っていいのなら、そのとおり、不満です」
「ふーん、なにが?」
 ブンドは報告書を打つ手を止めて、歌恩を見た。見られた彼女は本を読んで彼の方を見ようとしなかったが、豊かな尻尾が左右に揺れていて、彼女が楽しんでいるのは明らかだった。
「なにがって……」
 ブンドは軽く困惑の表情を浮かべた。歌恩はそこで初めて、本から視線を外して彼を見た。その目が笑っているのに、彼はため息をつきたくなった。
(歌恩様らしいと言えば、らしいけど)
 心の中で微苦笑を浮かべて気を取り直し、彼は自分の意見を言うために口を開いた。
「敵に塩を送りすぎです。今の状態でも充分にこの基地は手強いです。それを強化すようなことは同盟にとって益になりません」
「そうね。でも、いいじゃない。同盟と連合は和平を結んでいるのだし、問題ないじゃない?」
 歌恩は心底不思議そうに訊き返した。当然、不思議そうにしているのは演技である。
「そういう訳にはいきません。確かに、TS9が手強くなろうが、弱くなろうが、私たちには関係ありませんが、手強くした原因を歌恩様が作ったのは良くありません。本国の連中が知れば、嬉しくて漏らしちゃいますよ」
「うふふふ。それは見てみたいものね」
 心底おかしそうに笑った。今度は本当に心の底から笑っていた。
「歌恩様!」
「冗談よ」
 声を荒げたブンドを戒めるように打って変わって、真面目な視線を彼に向けた。彼は自分の感情を落ち着けて、一呼吸置いて、再び話を再開した。
「……TS9は確かに連合の辺境に位置して、戦略的には価値がなさそうに思えますが、それは逆です。辺境宙域をかわねぎ司令が抑え込んでいることで、連合は後背の憂いを気にしなくていいんです」
 同盟は秘密裏に連合辺境の海賊とパイプを持っている。パイプと言っても、海賊は同盟が自分たちを支援していることは知らない。同盟が海賊を一方的に利用しているだけなのだが、連合と同盟が戦端を開けば、辺境で暴れさせて、後背の混乱で前線に戦力集中できないようにする戦略があった。
 連合がTS9を建設したのも、その戦略をかぎつけたからであった。外交で批難するほど確固たる証拠は無かったが、対策を講じるだけの確信はあった。要するに、連合も同じ事をしているからである。
「そうね。でも、おかげで、かわねぎ司令はここに釘付けよ」
 通常はこのクラスの宇宙基地ともなれば、准将クラスが司令官が勤める。最低でも大佐のはずの司令官職を中佐で勤めている。対外的に「中佐クラスに任せる辺境の重要でない要塞」とアピールするためもある(一見、無意味だが、形は意外に大切である)。さらには、中央政界でもプレラットに太いパイプを持つ彼を権力から遠ざける意味を持ち、軍部でも彼の艦隊指揮能力を発揮させれる上に、出世コースから外しておけるという、連合にとっての一石三鳥の妙案であった。
「そうです。しかし、同盟に迂回作戦をするも防ぐも、TS9は優位な位置にあります」
「迂回するにも、TS9と同盟領宙は直通してないわよ。他のトランスナンバーステーションを経由しないといけないわよ」
「公式航路はそうですが、非公式ではそうではありません。TS9の海賊船などの討伐、密輸船の摘発。日常業務のようですが、彼らの船をできる限り、破壊しないで拿捕してます。これはナビゲーションシステムの中の彼ら独自の航路情報を収集するためです。シェリル少佐の強襲艦がTS9に配属になったのもその一環の動きと思われます。連合はこちらの知らない航路をしているかもしれないし、こちらの秘密の航路を知っているかもしれません」
 ブンドはTS9の戦略的な重要性を並べた。こんな事は歌恩にとっては承知の上で、彼はこんなことは釈迦に説法とわかっていたが、彼女は時々こういったことをココや彼にさせるので、大人しく彼女の手の上で踊ったのだった。
 こうすることで各自が考えるようになるし、意外に見落としているものを知ることができるという考えだった。
「それは困ったわね」
 本当に困った声で歌恩は腕を組んで考え込んだ。
 ブンドはそれ以外にも、MOE―DOLLの存在も気にかかっていた。彼女らは不介入と言っているが、何かの拍子で彼女らの技術が連合の手に入れば、同盟との技術格差は洒落にはならなくなる。歴史上、技術によって戦争が帰結した例はないといっていいが、彼女らの存在は歴史上初めてをやってのけかねない。魔法のような科学技術は充分、脅威であった。
 その彼女たちは今のところ、どちらにも肩入れするつもりは無いようだが、TS9を頻繁に訪れていることは、それだけでも同盟に危機感を募らせていた。
 あらゆる意味でTS9は同盟にとって最重要攻略地点なのであった。
「だから――」
「だから、TS9は手強くなければならないのよ。同盟と連合はもう、戦争する時代は終わったわ。手に手はとらなくても、お互いに牽制しあいながら交流する時代に移っているわ。これ以上の馬鹿げた戦争なんて、真っ平よ」
 人の感情を読む能力のあるリサールナルは昔から同盟の中にあっては厭戦的であった。戦争のどす黒い悪意や最期の断末魔は彼らにとって、普通の人間同様に心地よくはないのである。それらを人より感じやすいリサールナルが厭戦的なのも当然と言えた。
 しかし、それでここまで生き残れるわけが無い。彼らは厭戦的でも戦闘部族であった。戦いとなれば勇敢かつ狡猾に容赦なく敵を駆逐した。
 こういう話がある――
 トマーク=タス同盟三部族と酒場で喧嘩になったら、キャニアスには剣を抜いているうちに謝れ、リサールナルには剣を抜かないうちに謝れ、ラファースにはすぐに謝れ。
 キャニアスは剣をすぐに抜くが、斬るまでは脅したりなんだとかでなかなか斬らない。リサールナルは剣はなかなか抜かないが、抜けばすぐに斬る。ラファースは誇りを傷つけたら、即抜いて斬られるという意味である。
 そのリサールナルをよく知っているブンドはふっと肩の力を抜いた。
「かわねぎ司令は要石ですか。他人事ですが、大変ですね」
 ブンドは苦笑をした。歌恩の連合同盟和平構想に巻き込まれたかわねぎ司令に同情したのである。そうなっては、世間は平和でも、本人は平和には暮らせまい。
「TS9が、よ」
 歌恩は微笑んで否定した。

−14−


 WONDOは司令本部へ向かう電車に揺られていた。司令本部へ民間ブロックから用事のある人間はそれほどいないので、電車に乗っているのは彼一人であった。
 教え子の頼香たちは今日も自主的にシミュレーション練習である。職業柄、子供の吸収力の良さにはよく驚かされるが、それに加えて集中力にも驚かされる。子供は飽きっぽいと言われるが、逆に集中すれば、文字通り、寝食忘れている。彼女たちもその状態で、おかげで、彼は毎日、練習を止めさせるのに苦労させられていた。
「おかげで、なんとかマシにはなったが、相手が相手だからな〜」
 WONDOは頭に手を当てて唸った。頑張っているだけに、その成果を何かの形で感じて欲しい。そう願うのは教えているものの誰もが感じることだろう。
「手枷足枷で戦っているようなものだけど、それに気がついてないから、自分たちは才能が無いのかも知れないって、落ち込み始めてるし……まったく、あいつも手加減しろって」
 誰もいないのをいい事に愚痴をこぼしていた。無人の電車は愚痴を黙って聞きながら、彼を司令部へと確実に運んでいた。
 電車が司令本部前に到着して、WONDOは駅に降りて、直線の廊下を100mほど歩いた。もし、不意に攻め込まれたときに司令本部を防衛するための最終防衛区間である。遮蔽物も無い廊下は攻めるのに苦労する。
 彼は自分ならこの通路をどう攻略するかなど、無意識に考えている事に気がつき、古い職業病に苦笑を浮かべた。
 そうこうしている間に、攻略するには長い廊下を歩ききり、司令部の扉までたどり着き、あらかじめ用意しておいたIDカードを示すと、司令本部の扉は容易に開いた。
「WONDO予備役中佐。失礼します」
 司令本部は数十人の人間が働いているが、その視線が一斉に彼に向けられ、彼はなんだか、気恥ずかしさを感じた。
「ようこそいらっしゃいました、WONDO予備役中佐殿」
 そんな彼をいち早く敬礼で迎えたのはれも副司令であった。彼も敬礼で返した。そうしなければ、れも副司令は手を下ろせない。軍隊とは面倒な組織なのであった。
「れも副司令。かわねぎ司令にお会いしたいのだが?」
 いるのは司令官席にいるのでわかっているが、WONDOの入室にも目をむけず、半泣きで書類を決裁している姿を見ると、声をかけるのは躊躇われる。彼は、夏休みの宿題を8月31日になって『思い出した』子供のようだと、心の中で苦笑を浮かべた。

−15−


「いい時に来てくれました、中佐。お元気そうで何よりです。ご無沙汰してます」
 かわねぎ司令はディスクワークを中断する許可をれも副司令にもらって、ミーティングルームで襟を緩めた。
「ああ、君も元気そうで何よりだ。先週、かなり飲んでいたからな」
 WONDOはにやりと笑ってやり返した。彼らは二、三ヶ月に一度、定期的に飲み会をしているのである。
「で、どうです? 私の可愛い娘達の方は」
 かわねぎ司令はれも副司令の入れてくれたグレープフルーツジュースをすすった。甘さと酸味がディスクワークの疲労感を和らげてくれる。
「知ってたか。……末恐ろしいと言うのが、ぴったりだな」
 WONDOも同じグレープフルーツジュースだが、こちらの方は苦味が強かったらしい。
「でしょ?」
「比べるのは悪いが、他の新任少尉が情けなく見えてくる。知ってたんだな?」
「ええ。ですけど、予想以上でちょっと失敗しました」
 かわねぎ司令は肩をすくめて苦笑を浮かべた。当初は頼香たちの操船を見せて、それを新任少尉たちの発奮材料にしようと思っていたのであった。しかし、頼香たちの操船がずば抜けているために、新任少尉たちには理解できず、乱暴で無謀な操船にしか感じていなかった。
「予想以上はわかるが、少しは手を抜いてやったらどうだ? 可愛そうに、ばれないようにそれとなく誘導して集中砲火を浴びせて撃沈させるのは感心しないぞ」
 戦闘ログを読んで分析したWONDOは巧妙なかわねぎ司令の戦法を批難した。
「ははは、なんだか嬉しくって、つい」
 人差し指の先を突き合わせて、照れ笑いを浮かべた。中年男性がやるとかなり不気味である。
「好きな女の子に悪戯する小学生か」
「心はいつでも女子小学生♪」
「身体もそうなら、おしりをぺんぺんしてやるだがなー」
 実際に女子小学生にそんなことをすれば、教育委員会で問題にされ、宇宙の放浪者になってしまう。
「それはかんべんにゃ」
「変なキャロラット訛りでごまかすなって。それで、いきなり本題なんだが、あの子達を君の攻撃側艦隊に入れてくれないか」
 WONDOは急に真面目な顔に戻った。
「いきなりですね。理由は?」
「彼女らのレベルに他の新任少尉たちが完全についていけていない。しかも、それをお互いに気が付いてない。あの子達は自信をなくしかけているし、新任少尉たちはあの子らを侮り始めている。あの子らにがんばった結果を見せてやらないと駄目になるぞ」
「WONDO先輩はやっぱり、根っからの教師ですね」
「茶化さないでほしいな。どうかな?」
「しかし、新任少尉たちはどうします? こちらの入れれば、あの子達は戦果を挙げるでしょうが、えこひいきと言われますよ」
 一度ついた汚れはなかなか消えない。特に人に関しては。
「そっちは私が叩き鍛えるつもりだ。あのままでは本当の戦闘になったら、最新鋭の駆逐艦も鉄の棺おけだぞ」
 WONDOは頭をかいて、その頭をかく腕を顔の前に持ってきて表情を隠した。
「では、現役復帰してくれますか?」
「一時的に非常勤なら『本職』と二足のわらじは履けると思う。それ以上は無理だよ」
「何ヶ月です?」
「……六ヶ月。初歩からやり直しだからなー」
 それでも足りるかどうか。微妙な時間であった。
「六ヶ月……あの新任少尉たち、素直すぎてへそ曲がりですよ。言うこと聞きますかね?」
「押し付けておいてよく言うな。まあ、そこを聞かせるのが、教師の仕事だ♪」
 WONDOは腰に手を当てて胸を張った。
「お任せします」
「じゃあ、そっちも頼んだぞ」
「ええ。近々、ちょうどいい機会がありますから。でも、一回だけですよ。その後は、守備の練習させないと意味ないですから」
「そうだな……仕方ないな。だが、一回でも頼んだぞ」
 二人は氷が解けて、薄くなったジュースの入ったグラスを軽く当てあって、中身を飲み干した。

−16−


 TS9の職員用食堂は大きさでもメニューの豊富さでもTS9で一二を争う。しかも、余程でない限りは一般にも開放されており、いつも盛況であった。
「ここ、よろしいですか? 歌恩大使」
 かわねぎ司令は、新メニューとなったソースカツ丼とけんちん汁をトレイに載せて、他にも空いているにも関わらず、お稲荷さんにキツネうどんの、通称、リサルナセットを食べていた歌恩に相席を申し出た。
「ええ、いいですよ」
 幸せそうにうどんを啜っていた歌恩は相席を許すと、かわねぎ司令は向かい合うように席についた。
「ふむ。やはり、ソースにもう少し工夫が必要だな。もう一度福井に行って、京福線に……じゃない、調査しないといけないな」
 かわねぎ司令はソースカツ丼を平らげてから感想を呟いた。歌恩の方は最後までとっておいたキツネうどんのおあげを飲み込んだ。
「食後にコーヒーでもどうです? かわねぎ司令」
 歌恩はかわねぎ司令の返事を待たずに席を立ち、紅茶とコーヒーをトレイに載せて戻ってきて、コーヒーをかわねぎ司令の前に、紅茶を自分の前において席についた。
「これはどうも」
 かわねぎ司令はそう言ってコーヒーに口をつけた。少し酸味のある香りが口の中に広がった。
「ところで、かわねぎ司令?」
 歌恩はティースプーンで甘い香りを立てる紅茶を玩びながら気品のある声で呼びかけた。
「なんですか? 歌恩大使」
 かわねぎ司令はやや警戒しながら温和にそれに応じた。
「来月に予定されております、地球合同視察の旅程のことですが――」
「無理です」
 歌恩の言葉が終わらぬうちにかわねぎ司令はきっぱりと言い切った。
 地球の一地方国家にある風習や食文化に興味を持った歌恩が視察を合同でする事をかわねぎ司令に申し出たのであった。
 地球は惑星連合に非加盟国ではあるが、位置的に連合側にあるし、一部であるがコンタクトも重ねてきている。彼らが技術的に成熟すれば、加盟国になるのは間違いないだろう。したがって、同盟の大使である歌恩がその土地に単独で行く事は政治的に困難である。そこで合同視察となったわけである。
 しかし、この合同視察。視察とは名ばかりの慰安旅行に成り下がりつつあった。理由は旅程を決める歌恩とかわねぎ司令のわがままである。
「滞在日数は決められています。これ以上スケジュールを詰め込むのは無理です」
「一つ外せば大丈夫ではないですか? 大井川鉄道SL乗車とか」
「そうですね、伏見稲荷参拝をやめれば可能ですね」
「新幹線つばめで譲歩したでしょう?」
「その代わり、お稲荷さん食べ歩きの時間を延ばしたでしょう。知床半島のキツネ観測は諦めてください」
「原生のキタキツネを見てみたいのです」
「池田牧場でハムスターを見るので我慢してください」
「それなら、ズーラシアでホンドギツネを観に行きます」
「そう仰らずに、ハムスターもいいものですよ」
「ええ、そうですわね。キツネも素晴らしいですよ」
「……」
「……」
 笑顔で見詰め合っているが、二人ともこめかみの血管が浮いていた。
 思いもよらぬ二人の険悪ムードに周囲の客が遠巻きに観戦しはじめた。もちろん、誰もとめようとはしない。二人のバックには闘気がキツネとネズミの形になって立ち上っていた。
「譲らないと言うわけね?」
 歌恩がすっと目を細め、静かにそれでいて、人を圧迫するような声で確認した。
「そちらも」
 かわねぎ司令はそれを自然体で受け流しつつ答えた。
「では、勝負よ!」
 歌恩の指先がかわねぎ司令に向き、宣戦布告が食堂に響き渡った。
「いいでしょう。白黒はっきりつけましょう!」
 かわねぎ司令はその指先を堂々と受け止めた。
 二人の短い話し合いの後に勝負は三本勝負の二本先取が勝ちというルールとなった。そして、その勝負を見ようと、大勢のお祭り好きのTS9っ子が臨時バトル会場となった食堂に集まり、空調では取り除けない熱気で食堂を満たしていた。
 まず、一本目はかわねぎ司令が『JR駅名の古今東西』を勝負方法に選択して、確実に一本目を取った。歌恩も予想以上にかわねぎ司令を苦しめたが、地力の勝るかわねぎ司令にはかなわずに敗退した。
 二本目は歌恩が『いなり寿司大食い60分一本勝負』を持ちかけた。かわねぎ司令は食べ放題愛好会『バイキングクラブ』の面子もかけて闘ったが、やはり同じものばかりでは味に飽きてしまう。これが敗因となって、後半に大きく水をあけられ、敗北となった。
 お互いに一勝一敗で迎えた三本目は、希望する勝負方法を紙に書き込み、それを箱の中にいれて、第三者――たまたま近くでお子様ランチをがっついていたDOLLのノリコに引いてもらうこととなった。
「くじをひくんですかぁ?」
 ケチャップで口の周りを汚したノリコが箱の中に手を入れて、中をまさぐり、一枚の紙片を取り出した。
 みなの注目が集まったのを感じて、そこではじめて、ケチャップまみれの口元をふき取り、ちょこっとだけ、偉そうに胸を張った。
「えーと……『要塞対艦隊戦闘シミュレーション。要塞:かわねぎ司令指揮。艦隊:歌恩指揮』って書いてます」
 ノリコが読み上げるとともに、集まっていた観客の熱が急速に冷めていった。
「あーあ、かわねぎ司令の勝ちか。歌恩大使にかけてたのに」
「もう少し、楽しめる勝負を選択してくれよ。これじゃあ、一本目よりも鉄板じゃないか」
「やった♪ かわねぎ司令にかけててよかった。でも、これで終わっちゃうのはなんだかもったいないわね」
 人々は勝手にそう結論付けて、食堂から出て行く人が目に付いた。
「その勝負。こちらは大使館員が私を含めて三人だと、操船などで無理が出てきますので、そちらの人材をお借りできますか?」
 歌恩はにっこり微笑んだ。確かに、シミュレーションとはいえ三人で艦隊など動かせるわけもない。
「構いませんよ。誰をお貸ししましょう?」
「そうですね……キース少佐。それに明中尉をお借りします。それから――」
 歌恩は彼らのほかにも十人ほどの名前を挙げた。最初の二人以外は可もなく不可もなくといった平均的な士官であった。
「よいでしょう。そのものたちには伝えておきます。他にはないですか?」
 かわねぎ司令は少しだけ表情を引き締めたが、それも副司令一瞬のことで、いつものような朗らかな笑顔になった。
「それではお言葉に甘えて、人員をお借りしたとはいえ、艦隊を動かすにはまだ不足しておりますし、これ以上お借りするのは気が引けてしまいますので、マルチオペレーションさせていただきます。その回線は妨害を受けないとしていただけますか?」
 歌恩の申し出にかわねぎ司令は快諾した。彼の計算ではTS9を攻め落とすために最低でも必要な戦力を考えると確かに足りない。
「それでは、明日の正午に開戦ということでよろしいですか?」
「構いません。では」
 歌恩はかわねぎ司令と握手を交わして、食堂を後にした。

 かわねぎ司令対歌恩の対戦の観客が去った後の食堂はいつもと同じぐらいの人影しかいなかったが、先ほどまでの人込みを思うと、どうしても閑散とした印象を与えた。その寂しくなった食堂で、ノリコは腕を組んで首をひねっていた。
「なんで、どっちも同じ内容なのにくじに引いて決めなくちゃいけないのかな? ……そうだ! あとで、お姉さまに聞いてみよう♪」
 ノリコはお姉さまであるピナフォアに会いに行く口実が出来たと嬉々として、食堂を出て行った。

−17−


 れも副司令は食堂での馬鹿騒ぎを聞いていて、こめかみに指を押し当てて怒りが爆発するのをかろうじて抑えていた。
 司令部の一角にある作戦会議エリアには、かわねぎ司令によって集められた主要なTS9の幹部士官が席についており、彼より明日の歌恩との対戦の説明があったのであった。
「司令。言っておきますが、遊びでそのようなことをされては困ります。第一、シミュレーションは軍事機密に属します。歌恩大使は同盟の大使なんですよ!」
 れも副司令はついに抑えきれなくなった怒りをぶちまけた。彼女の怒りももっともなので他の士官も無言で頷き、彼女を後押しした。もっとも、他の懸案であってもかわねぎ司令を後押しする事などはほとんどないが。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ。とにかく、その、オーラハリセンをしまいたまえ!」
 かわねぎ司令は本気で後退っていた。最近、彼女のハリセンが以前よりも妙にパワーを増したので、なおさらである。
「何を待つというのです! さっさと、歌恩大使に棄権を申し出て、負けてらっしゃい!」
 れも副司令はハリセンを収める気はさらさらないらしい。
「軍事機密の件は大丈夫だ。提督に許可を貰っている」
「提督が?!」
「本当だ。これを見ろ」
 かわねぎ司令は提督からの電子サイン入り許可証メールを全員に示して見せた。確かに本物でもあるし、内容も『非公式合同訓練として許可する』というものであった。
「……そこまでして、大井川SLに乗りたいのですか?」
 全員の感想をれも副司令が代弁した。もはや、怒りではなく、呆れであった。
「違う……とも言えないけど、大きな理由はそれじゃない。提督もそんなことで許可はくれないって」
 かわねぎ司令は苦笑を浮かべた。
「大きな理由?」
「ああ。歌恩大使は既にこの基地の機能や性能、戦力は調べていて、分析もしている。彼女の来る前にも同盟は諜報活動をしているし、今更シミュレーションをやられたところで、情報が追加されることはほとんどない」
 かわねぎ司令はれも副司令の質問に真面目に答えた。しかし、もちろん、彼の答えには嘘である。情報収集されていることは本当であるが、シミュレーションで得られる情報は、言ってみれば、肌感覚の情報。あいまいだが、一番知られたくない情報であった。
「……」
 情報士官であるれも副司令がそんなことも見破れないわけなく、じと目でかわねぎ司令を睨んでいた。許可証もあり、上官である彼が説明をしたのであるから、これ以上は強く言えない。ちゃらんぽらんでも一応、軍隊なのである。それが彼女にできる最大の許された反抗であった。
「……わかった。正直言う。同盟にこちらの手ごたえを知られても、うちは歌恩大使の実力を知りたい」
 かわねぎ司令は素直に両手を挙げた。彼女に拗ねられるのは彼にとってあまり嬉しいことではない。
「八半艦隊の賢成鳥居院(けんじょうとりいのいん)歌恩提督ですね」
 明中尉がのほほんとした調子でかわねぎ司令をフォローし、彼もそれに黙ってうなずいた。
「はちはん艦隊って、なんなんです?」
 本来はこのような会議に参加できないはずの果穂が隣にいたWONDOに小声で尋ねた。果穂以外にも頼香や来栖もかわねぎ司令に会議に出席するように言われていたのだった。
「八半艦隊というのは、連合が同盟と戦争状態にあった昔の話だが、そのときに連合を一番苦しめた艦隊があった。それが同盟軍第八艦隊。この艦隊は一個艦隊を半分に割って、半個艦隊を分艦隊としたんだ。それで、ついた名前が八半艦隊。本艦隊と分艦隊、二つを連携させてよし、別々に各所で活動させてよし。自由で柔軟な運用で連合はかなりの被害をこうむった、まあ、伝説の艦隊なんだよ」
 WONDOは有名な戦史を果穂と栗栖に説明した。
「他にも八八艦隊、双頭艦隊……色々な呼ばれ方をされていたらしいよ。賢成鳥居院提督というのは、その分艦隊の指揮官なんだよ。名前が違うから気が付かなかったかも知れないが、賢成鳥居院提督は歌恩大使、その人なんだよ」
 かわねぎ司令がそれを補足した。その場にいたれも副司令と明中尉以外は初めて耳にする事実に目を見開いた。
「その名前もなんだけど、今の名前も、盟主の陛下にいただいた名前なんですよ。普通は名誉な名前として使わないことが多いんだけど、リサールナルの人は貰ったからには使わなくては失礼といって変名するんです。おかげで名前がややこしくて、知らない人だと混乱します」
 明中尉があまり知られていない習慣を披露した。情報部にいたれも副司令は、そのおかげで随分と情報が混乱して大変だったことを思い出しつつ頷いた。
「さて、それはそれとして、知ってのとおり、同盟第八艦隊の提督、オウタマカス提督はジェラード戦役の際に戦死している。その戦役後に連合が巻き返しして、同盟と対等な条件での和平に持ち込んだ。巻き返しが出来たのは、八半艦隊の歌恩提督がオウタマカス提督の戦死で軍を退役したためと言っている学者もいる」
「そんなにすごかったのですか?」
 TS9の小型戦闘艇戦隊の隊長で、医務室のミセスキース少佐の旦那、キース少佐が眉につばつけたそうにしていた。
「少なくとも、その当時を知っているお歴々は驚異と言っている」
 かわねぎ司令はそういいつつも、実際は不明と表情で語っていた。記録など見れば、確かに良将といってもいいが、オウタマカス提督がすごかっただけかもしれないわけである。そう考えれば、提督の戦死後に歌恩が軍を退いていることに納得できる。
「で、その実力が昔と遜色ない業物なのか、長く戦争から離れて、錆びついたナマクラなのか確かめろと言う事なんですね?」
 キース少佐は納得した。もし業物なら、とんだ伏兵である。彼女に艦隊を与えれば、尚武の気質である同盟である。二十年前の戦争を知る者たちは多いから、彼女の復隊を伝説の復活と喜び、彼女の指揮に従うだろう。その上に彼女自身が有能な指揮官として、新たな実績を二つ三つ作れば、彼女を知らぬ若い兵たちも納得し、精鋭艦隊の出来上がりである。
「そういうことだ」
 かわねぎ司令は無表情で頷いた。
「バカな話ですね。まるで、同盟と戦争しようと思っているみたいだ」
 キース少佐は鼻で笑った。同盟軍に精鋭艦隊が一つ増えても、同盟と連合は和平条約を締結中である。よほどの事がない限り、お互いの領土に駒は進めれない。
「和平を結んでいるからといっても、戦争しないと言う意味ではないからね」
 かわねぎ司令はそこではじめて苦笑を浮かべた。
「そうすると、勝つと面倒そうですね」
 メン・ホーコリー少尉が面倒そうに呟いた。勝ってしまったら、伝説の提督おそるるに足らずという気風が生まれかねない。そうなれば、開戦に向けて後押しすることになる。もちろん、そこまで短絡的に物事が進むとは思えないが、時として、時は勢いで進む。
「いや、ここは何が何でも勝たねばならない」
 かわねぎ司令は珍しく真剣な顔で首を振った。
「司令……」
「負ければ、過去の遺物にすら勝てない無能な中佐など更迭してしまえ。とか言われそうだからね」
 自分の表情に気が付いたのか、彼はいつものように気の抜けたような微笑を浮かべた。
「それは自業自得です」
 れも副司令の言葉に全員が首を縦に振った。
「みんな、冷たい……。しかし、勝たなくてはならないのは変わりない。ここで歌恩大使が勝てば、首脳部は恐らく歌恩大使の抹殺を図るかもしれないし〜」
「そ、そんな! まさかそこまでは……」
 拗ねたようにテーブルをほじくるりながら言った台詞に会議室の全員が凍りついた。
「もちろん。そうでないことを望むが、うまいこと死んでくれないかなーなどと思う連中がいないとは限らない」
 権力者がそう思うだけで実現する可能性が高くなる。それが例え、権力者の望む手法でなくてもだ。
「同盟大使を連合の国内で暗殺なんて、国際問題どころの騒ぎじゃありません! そんな事になったら、連合に正義どころか反論の余地もなくなってしまいます!」
 れも副司令は死にそうな顔になった。色々問題がある国とはいえ、自分の祖国がそこまで落ちぶれてはいないと信じたかった。
「国内では駄目でも国外では逃げ道があるということもありえるし、国内でも方法は色々あるだろう。そういった事にかけては、抜け目ないよ。視察中に海賊船に襲われてなんていうのはありそうだろう?」
 かわねぎ司令の言葉は氷のナイフとなって会議室の面々の頬をなで、顔を引きつらせた。そして、更に続けて、
「歌恩大使に負けていただく。ただし、彼女の実力で負けてもらう。そうすれば、過去の遺物と判断しても、連合が同盟に攻め込むには大義名分が足りていない。充分に時間は稼げるはずだし、その先の策は一応考えてある」
 彼は一旦そこで言葉を切り、一同に安心の色が浮かぶのを見取ってから話を再開した。
「だが、ズルはなしだよ。こちらがズルをすれば、すべては御破算になってしまう。キース少佐、明中尉。くれぐれも手を抜かないように」
 歌恩側に貸し出す主力の二人に念を押した。
「で、勝つ自信はあるんですか?」
 キース少佐は自分が加担すれば、苦戦するかもしれないよという表情であった。慢心ではなく、自信の声である。
「更迭されるのはいやだからね。私には、まだやらなければならない事が山ほどある。プレラットの人々のためにも、それなりに努力する」
 かわねぎ司令はさも自信なそげにそう答えたが、そこにいた全員が絶対に勝つ自信があると確信した。なにしろ、『プレラットの人々のため』なのだから。

−18−


 勝負の始まる前に作戦の確認をするため、かわねぎ司令は早めに自室からシミュレーションセンターに向かおうとしていた。それを待ち構えていたのだろう歳若い少尉が彼を通せんぼするように敬礼してきた。
 かわねぎ司令はその青年少尉が誰で、何の用かは大体予想がついた。だが、一応、礼儀として敬礼を返した。
「かわねぎ司令。大変失礼なのはわかっておりますが、司令にどうしても質問したい事があります。よろしいでしょうか!」
 青年少尉はお伺いを立てるというよりも、半ば脅迫すするような勢いであった。
「何かな? シューマッハ少尉」
 かわねぎ司令は仕方なく彼に向き直った。ちょっと神経質そうな彼の目は忙しそうにかわねぎ司令を伺っていた。
「すまないが、このあと、大事な用事があるのだが? 少尉」
 一向に話し始めようとしない少尉に痺れを切らせて訊いた。
「も、申し訳ありません。あ、あの……その用事の件なのですが……どうして、フレイクス少尉なのですか?」
 少尉は何かを我慢するように司令に質問した。彼の質問を予測して、その通りだったのだが、そのことに喜べず、司令は心の中でため息をついた。
「現時点でのベストメンバーだからだ。私はシミュレーションといっても、負けるのは嫌なのでね」
 かわねぎ司令は微笑を浮かべて返答すると、彼を避けて先を急ごうとした。
「なんでなんです、司令! 何故、私、いえ、私たちでは無いのですか? 私たちは彼女なんかよりも成績はいいはずです。シミュレーション終了まで生き残っていた事も何度もあります。なのに、なぜ、フレイクス少尉なのですか!」
 少尉は我慢していた何かを噴出した。
 シューマッハ少尉。士官学校で優秀な成績を収めて、卒業。特に戦闘シミュレーションでよい成績を収めており、かわねぎ司令達の次の世代を担う名指揮官として期待されている。TS9に赴任してきたのも、彼が、かわねぎ司令を連合一の使い手と思ったから志望した事であった。
(しかし、教科書的ではまだまだ使い物にならない。実戦経験を積んで一皮向ければ、変わるかもしれないけどね)
 かわねぎ司令の彼に対する評価はあまり高くない。どちらかと言うと、後方任務の方が向いていると考えていた。
「答えて下さい! 司令!」
 少尉が司令に掴みかかりそうに迫ってきた。
「ベストメンバーと答えた筈だが、少尉」
 かわねぎ司令は珍しく苛立って、無愛想に答えた。いつもであればもう少し温和な対応も出来たが、はっきりいって、今からするシミュレーションは絶対に勝たねばならない。しかも、おそらく強敵である歌恩大使に。そんな大変な時につまらないエリート意識や競争意識で精神的な平安を邪魔されるのは勘弁して欲しかったのであった。
「……失礼しました、司令」
 少尉はあからさまに渋々に、納得していない表情を隠さずに敬礼して、去っていった。
 かわねぎ司令はその後姿をしばらく見送って、彼の態度と自分の対応にため息をついた。
(さて、こんな事で気を乱しては勝てるものも勝てなくなる。気を引き締めてかかろう)
 かわねぎ司令は気を入れ直すと、再びシミュレーションセンターへと足を向けた。

−19−


 経験上、色々と緊張する場面には出くわして、それを何とかかんとか乗り切ってきた。高校受験も大学受験も、イーターとの戦いも教授との対決も祐樹との関係も百点満点とは言えないかも知れないが、及第点はクリアーしているはずだった。だが、今回は種類が違った。団体戦である。
 頼香は自分でも気づいていないが、団体戦の経験が乏しかった。果穂や栗栖との連携は賞賛に値する水準なのでそれに気が付く人間は少なかったが、事実であった。本人も自覚はしていなくても本能的にそれを感じて緊張しているのであった。
「どうしよう、俺、自信ない」
 頼香はいつにもなく不安を一杯にして呟いた。
「こればっかりは、私も専門外ですし」
「頼香ちゃん、そんなふうに言わないでよ〜。あたしまで不安になっちゃうじゃない」
 果穂も栗栖も同じであった。艦隊戦の練習は積んできて、上達はしているとは思うが、それを裏付けるものは何も無かった。
「どうしたんだ? 随分と暗いな」
 戦う前から落ち込む三人に明るく声をかけてきた人物がいた。場違いな明るさに睨みつけようと顔を上げた頼香は、その顔を笑顔に変えた。
「WONDO先生!」
「教え子たちの晴れ舞台を見ようと来たんだが、あんまり晴れやかじゃなさそうだね」
 WONDOは相変わらず楽しそうに笑っていた。
「だって、俺たち、シミュレーションの成績良くないのに選抜なんて……かわねぎ司令の邪魔するだけじゃないかって、不安で……」
 いつもの明るさは無く、頼香は視線を下に落とした。昨日の会議でただのシミュレーションではないことを知り、指揮はしなくていいとは言っても不安は募るばかりであった。
「そうだね。でも、自分たちの出来る限り、かわねぎ司令の指揮についていけばいい。出来ないことを命令するのは指揮の責任だよ。気楽に出来ることをすることだよ。それに、いい機会じゃないかな?」
「いい機会?」
 WONDOの言葉に三人は首をひねった。
「そう。かわねぎ司令は連合屈指の名指揮官。司令の基地防衛艦隊の指揮を見れるんだから」
 WONDOがいたずらのヒントを教える不良中年のような笑顔を三人に向けた。
「すっかり、忘れてた。そうだったんだ」
 頼香は目の前でコロンブスの卵を立てられた気分になった。攻撃側の指揮は身をもって何度も味わったが、守備側の指揮は見たことがない。
「それから、かわねぎ司令の指揮はシビアだけど、ついていければ、航宙船乗りとしては一人前だよ。どこまでできるか、がんばってみればいい。それで、今どれくらいのレベルかわかるよ」
 WONDOは言外に彼女に肩の力を抜くように言った。彼女の悪い癖で、なんでも一人で抱えてしまう。
「そっか……そうだな。精一杯がんばって、どこまで追いつけたか確かめればいいのか」
「ついていくには、とにかく、自分が何をしなければならないか常に考えることだよ。言われてから行動では時機を逸してしまいかねないからね。それじゃあ、健闘を祈るよ」
 WONDOは冗談ぽく敬礼をして立ち去っていった。
「はい! ありがとうございました」
 緊張がいくぶん和らいだ頼香たちはその後姿に頭を下げた。

−20−


 オペレーターが見つめる中、ディスプレー上の輝点が大量に消えた。
「敵、リサルナ艦隊。第5哨戒ラインを突破。防御衛星ロストしました。陣容は変わりなく、戦艦クラス3、巡洋艦クラス5、駆逐艦クラス12です」
 オペレーターの報告が指揮所に響いた。
「第1級戦闘配備」
 れも副司令が命令を下した。かわねぎ司令との打ち合わせの結果、彼自身が防衛艦隊で打って出る作戦となった。はっきりって、基地の司令が防衛において基地を離れるのは異例と言えるが、彼自身の能力を考えるとそれが一番有効であった。
「各所、第1級戦闘配備、完了です」
 れも副司令は報告を受けて、ご苦労様というと、正面メインスクリーンに向き直った。
「かわねぎ司令」
「やあ、こっちも準備完了したよ」
 かわねぎ司令の軽い声がスピーカーから返ってきた。
「……ところで、リサルナ艦隊は随分とゆっくり行軍していますが、これは……」
 れも副司令はとある不安を口にした。前回かわねぎ司令にこてんぱんにやられた奇襲戦法のはじまりとよく似ている。哨戒ラインを堂々と超えてくるにしては、陣容が貧弱で、行軍速度も遅い。少数ならば、急襲するのが常道であるはずであった。
「多分、そうだろうね」
 かわねぎ司令は心底楽しそうに頷いた。
「あんな作戦、司令しかしないと思ってました。本当にしてくるなんて……」
 れも副司令はこめかみの辺りが刺すように痛んだ。こんな非常識作戦がどこにでも転がっているわけではない。おそらく、シミュレーションログを盗み見られたのであろう。
「教則にも載っている作戦だからね。たしか……ピッカリクン戦術♪」
 かわねぎ司令は自信満々に胸を張った。
「そんな戦術ありません。それを言うなら、ピカード戦術です。でもあれは、相手が超光速索敵が出来ない状況で、ワープを使って、その残像で自分の勢力を多く見せる戦術で、超光速索敵のできる相手――TS9には無意味です」
 れも副司令は眉をひそめた。あまり使用されないが、有名なこの戦術の名前を思いっきり間違えるなど、本当にこの人が自分を負かし続けている連合屈指の司令官なのか疑いたくなる。
「確かにそうだが、ちょっと応用すればいい。残像を残像として侮られないように攻撃能力を持たせれば、敵はそれを無視できなくなる。まあ、自分の打った弾の前に出るなんて、ちょっと度胸がいるけどね」
「……」
 度胸がいるのはちょっとどころの騒ぎではないが、れも副司令はかわねぎ司令の説明に納得した。確かに、ある特定の状況でしか使えない戦術を使えないとするよりも、使えるように工夫するのは理にかなっている。
「まあ、必殺技を考えた人間は同時にそれを破る技も編み出すということを大使に教えてあげよう♪」
「それが狙いかもしれませんわ。あの作戦に対する策を盗むために同じことをするのではないでしょうか?」
「いや、あれぐらいの策なら破る手立てを思いつく提督は同盟にも何人かいるだろう」
 かわねぎ司令は首を振った。
「リサルナ艦隊。光子魚雷を発射。雷数7、雷速ワープ3」
 オペレーターの報告が司令部に響いた。シミュレーションとわかっていても初弾の報告は緊張する。れも副司令は我知らずにつばを飲み込んで、喉の渇きを潤した。
「メインフープ1時ブロック。対光子魚雷ミサイル。迎撃範囲120から180光秒にセット。準備でき次第に発射」
 数瞬後、れも副司令の指揮に応えるように戦術ディスプレーに対光子魚雷ミサイルを示す輝点がTS9を飛び立った。
「リサルナ艦隊駆逐艦群12隻――駆逐艦分艦隊、TS9に向けて加速。速度――ワープ6! TS9防御ライン到達、6秒後!」
 こうなるだろうことは聞いていたオペレーターも驚きを隠せないで、少々興奮気味で報告の声を上げた。
「いよいよね……」
 れも副司令は指揮卓に手をついて、戦術ディスプレーに浮かぶTS9と肉薄するリサルナ艦隊をにらめつけた。

−21−


 十二隻の艦艇を一度に扱うのは至難の業であるのは言うまでも無い。ブンドは十二隻を三隻の班に分けて、四班とした。そして、二班を一組として、二組に分けた。各班の三隻には役割分担をさせ、特に指揮が無ければ、その役割にあわせてプログラミングした動きをするようにセットしてある。したがって、ブンドは三隻を一隻として考えて、四隻のコントロールを行うだけとした。
 もちろん、戦場であるので、不慮の事態が発生しかねないので、そこはブンドがプログラムに上位介入して手動で修正していく。それに、彼の今回の役割は操船のみであったために、かなり柔軟な運動もこなす自信があった。
「さすがに、十二隻の火器管制をいっぺんに引き受けるのは初めてだ」
 ブンドの隣でキース少佐が苦笑を浮かべた。彼は最初、歌恩の作戦を聞いたときに唖然とした。それもそのはず、戦闘において一番柔軟に動かなくてはならない駆逐艦のコントロールを二人に任せると言うのだから、少しでも艦隊戦の知識のある人間なら正気を疑うだろう。
「無理なお願いをしまして申し訳ありません」
 ブンドは隣に顔を向けて、笑顔を見せた。その笑顔を見て、キース少佐は露骨に不機嫌な顔をした。
「だが、これぐらいは軽いもんだ。単座の小型迎撃艇なんて、もっと複雑だからな」
 キース少佐はぶっきらぼうに『無理なお願い』を否定した。
「そう思います。ですから、お願いしました」
 キース少佐はブンドの方を向かなかったが、明らかに声で笑っている事がわかった。
「……とんだタヌキだな」
 キース少佐はさっきの笑顔がわざとだと気がつき、呆れたように呟いた。
「タヌキですか……私は狐の方がよいのですが……」
 そのブンドの声は真剣に沈痛な響きであったが、キース少佐にとって「いい気味」と思わせるだけの効果しかなかった。
 そうこうしている間に、開戦の合図でもある長距離光子魚雷が発射された。ブンドはコンソールを巧みに操り、十二隻の駆逐艦を一糸乱れぬ一つの生き物に変貌させ、TS9へと襲い掛かった。
 十二隻の駆逐艦はTS9から10光秒のラインにメインフープと直交する角度で一列に並んだ。教科書どおりの陣形である。
(いうだけの事はある)
 キース少佐はブンドの操船に純粋に感歎の感想を浮かべた。その刹那、船外をモニターしているディスプレーがホワイトアウトした。
「なっ?!」
<敵艦隊よりフェザー攻撃あり。負荷、シールド許容範囲。損害なし。シールド10%損失。完全回復まで現状、15秒>
 キース少佐の驚きの声とコンピューターの報告音声が重なった。
「さすがですね、かわねぎ司令」
「まったくだ」
 ブンドは早速仕事をしなければならなくなり、忙しく艦艇を操り始めた。少佐も驚きはしたものの、しっかり反撃のフェザーは撃ち返し、相手に有利な位置取りをさせないように努めていた。

−22−


 かわねぎ司令は駆逐艦『ころん』の艦長席に腰を下ろして、戦術ディスプレーを眺めていた。
 駆逐艦『ころん』は最後尾ではないが、防衛線全体を見れる中央部に位置して、ジャミングされないレーザー通信で各艦艇に指示を出していた。
 現状は、リサルナ駆逐艦艦隊の布陣直後に肉薄してプレッシャーをかけ、有利な位置を取ろうとしたが、リサルナ艦隊もそうはさせないと抵抗をして、若干、TS9防衛艦隊が有利といった感じであった。
「予定通りに動いてくれるね」
 彼は面白くなさそうに呟いた。ここまで彼の予想通りの展開であった。
「何か問題があるんですか?」
 メン・ホーコリー少尉が火器管制をしながらも、かわねぎ司令の呟きに反応した。
「そのまま動きすぎてるんだよね。罠でも張っているかもしれない」
「どんな罠を?」
「うーん、わからない♪ 仕方ないから、予定通りに行こう。相手もそのつもりらしいし」
 かわねぎ司令が戦術ディスプレーを指差した。リサルナ艦隊の隊列に乱れが生じて絶好のスペースが出来上がっている。
「おいしそうなスペースですね。攻め込みますか?」
 メン・ホーコリー少尉がいたずらっぽく尋ねた。
「そんなことしたら、れも副司令と頼香ちゃんにダブルオーラ攻撃、受けて星になっちゃうから、ご招待は遠慮しましょう」
 かわねぎ司令は苦笑いして肩をすくめた。
(それに、この戦法で来るのは予測していたから、れも副司令には対抗策を教えてあるしね)

−23−


 リサルナ駆逐艦艦隊は効率的な反撃を受けて予定以上の損害を出してはいたが、ぎりぎり許容値内で食い止めていた。それはブンドの操船の技術もあるが、どちらかといえば、キース少佐の的確な攻撃のおかげであった。
「助かります、キース少佐。あなたにお願いして、本当によかったです」
 ブンドは空調の利いた室内であったが、少し額に汗をにじませていた。
「見る目があってよかったのはいいが、ちょっと人使いが荒くないか? おたくのところの女王さまは」
 キース少佐は不機嫌な様子を隠さなかった。二人とも体力はさほど使わなくても集中力の要る操作を続けていたのであったから、疲労感もかなりのものになっていた。
(そう長くは続けれない)
 キース少佐は自分も含めて、そう感じずにはいられなかった。
「そうですか? こんなもんですよ、いつも」
 少し元気のない表情だが、ブンドは笑顔を浮かべた。
「……転職考えたらどうだ?」
「まさか! これ以上の天職なんてありませんよ」
「まあ、人それぞれだな」
「そういうことです。さあ、おいしい餌をまきました。ネズミ捕りには引っかかってはくれないでしょうけど、どうするか見ものですね」
 ブンドはかわねぎ司令の猛攻を受けて隊列を崩したように見せかけ、リサルナ駆逐艦艦隊を分断するのにちょうどいい亀裂を作って見せた。
<TS9基地より、対光子魚雷ミサイル多数接近。当艦隊近辺で展開。防壁を形成中>
 コンピュータの報告にブンドは一瞬思考が止まった。対光子魚雷ミサイルの吐き出した粒子が硬さを持ち始め、船のシールド表面で反応を起こし、船外モニターはまばゆい光を捉えていた。
(何を考えているんだ!)
 ブンドは思考停止から復活して、心の中で叫んだ。そう思うのも無理はない。対光子魚雷ミサイルは強度こそ弱いが光子魚雷がぶつかれば爆発する程度の硬さを持っている。そんなものを自分の防空宙域に浮かべれば、相手に盾として使われ、邪魔になって仕方ない。
 もちろん、光子魚雷の信管を接触タイプ以外のものを使えば問題ないが、それらではシールドに当たっても爆発しない。つまり、シールドを削り取るためには使えないことになる。
「対光子魚雷フィールドは、シールド張っていれば艦の航行には問題ない。予定通り、円形陣を――って、しまった! 全艦、シールド最大に!」
 ブンドは苦し紛れの対光子魚雷、つまり、はったりだと解釈して、作戦を続けようとしたが、そこでこの対光子魚雷ミサイルの真意に気が付いて、キース少佐に指示を飛ばした。
 その操作が終わるか終わらないかの内に、対光子魚雷の作った防壁の雲に一番最初に発射された光子魚雷7発がつっこんだ。雲を目標物と勘違いした光子魚雷は次々と爆発し、質量をエネルギーの奔流に変え、放たれたエネルギーは貪欲にその雲を蝕んでいった。
 光子魚雷が爆発している場所から近いとはいえ、シールドをはっている艦であれば、損害を受けることはない。しかし、これだけ近いと電子的嵐状態が周囲を支配するのでセンサー類が不安定で下手に攻撃も出来ない。当然、隊列を組もうにも目と耳をふさがれていてはどうすることも出来ない。
 リサルナ駆逐艦艦隊は演技ではなく、本当に隊列を乱した。そして、これを見逃すようなかわねぎ司令が、連合屈指の艦隊指揮能力と言われるはずがなかった。シールドを最大にしたおかげで被害は何とか最小に抑えられたが、駆逐艦を二隻失った。両軍で始めての撃沈である。
 かわねぎ司令は一気に畳み掛けるようにリサルナ駆逐艦艦隊に猛攻を加えた。
「どうする? これ以上はシールドももたないぞ!」
 キース少佐は各艦のシールド状況をモニターしながら怒鳴った。かわねぎ司令が勝つのはいいが、少しは苦戦してもらわないと彼自身のプライドが許さないのだろう。
「彼らに押し切られた形で隊形をさらに崩して円形陣を組みます。TS9艦隊が勢いあまってつっこんできたら、集中攻撃。時限信管併用で同士討ちを避けてください」
「了解」
 そんな手に乗るかわねぎ司令とは思えなかったが、それ以上の代案もないので、素直に従った。

−24−


「リサルナ駆逐艦艦隊、陣形を崩してます」
 TS9防衛艦隊の旗艦となっている駆逐艦『ころん』の艦橋にオペレーターの興奮した声が響いた。
「罠ですね」
 メン・ホーコリー少尉は報告を聞いて即座に断言した。
「そうだね。崩れたというよりも、円形陣をとるつもりかな? なかなかいい案だと思うが、ちょっと甘いね。ホーコリー少尉、円形陣の3時のあたりに火線を集中して、切り崩そう」
 攻めに焦って円形陣の真ん中に突っ込めば、集中砲火を浴びる。要するに、最初の隊列が崩れたと見せかけるペテンと同じことをしただけであった。ただ、最初のは『わざと』で、今回のは『仕方なく』の違いがあったが。
「了解」
 メン・ホーコリー少尉はピンポイントで指示のあった宙域にいるリサルナ駆逐艦に攻撃を加えた。その結果、撃沈は出来なかったが、円になりかけていた陣形は崩れ、リサルナ艦隊は距離を取り直すために三日月のような陣形と変化した。
「防御陣形か……上手く動くな。よし、プレッシャーをかけて、TS9へ押し付けよう」
 来る敵を迎撃する陣形になっては迂闊に攻め込めない。艦隊対艦隊であれば策が必要だが、かわねぎ司令側にはでっかい砲台、TS9がある。プレッシャーをかけて逃げられなくして、TS9から攻撃してもらえばいい。

 かわねぎ司令の艦隊にプレッシャーをかけられ、じわじわとTS9側に押し込まれていたが、リサルナ艦隊も馬鹿ではないので、そのあたりは承知していた。
「リサルナ駆逐艦艦隊、先ほどの対光子魚雷雲の裏に陣を構えてます」
 TS9の司令部で残念そうなため息が漏れた。半分以上吹き飛んだとはいえ、対光子魚雷雲はスペースデブリよろしく漂っている。光子魚雷は打ち込めない。
「折角の勝敗を決するチャンスなのに」
 ずーっと負けの込んでいる司令部スタッフは自分たちの手で勝利を確定できるチャンスを逃がした事に大いに落胆した。
(ないことはないんだがね。れも副司令が気づけばいいけど)
 オブザーバー席で様子を見ていたWONDOはそう思っていたが、口には出さなかった。それはかわねぎ司令が助言をしないように彼にお願いしていたのもあったが、されなくてもするつもりもなかった。
(自分の力で勝たなくちゃ、自信は湧かないからな。さて、正念場だな)
 しかし、れも副司令はWONDOのそんな不安を吹き飛ばすように指示を出した。
「いえ、手はあります。高出力フェザー用意。目標、リサルナ駆逐艦艦隊。準備でき次第、シールドダウン75%で5斉射砲撃」
(正解♪ 雲の後ろに隠れていれば、向こうから光子魚雷も飛んでこない。フェザーの艦砲射撃なら25%シールででも防げる。高出力フェザーなら、雲を吹き飛ばして相手に届いてダメージを与えられる。シールドを削れば、かわねぎ司令の艦隊が始末してくれる)
 WONDOはれも副司令の指揮にハナマルをあげて、微笑んだ。

−25−


「やっぱりすごいな、かわねぎ司令は」
 TS9防衛艦隊駆逐艦『あいくる』の操舵席で頼香は呟いた。
「腐っても、司令ですからね」
「うんうん。普段はその辺にいる優しいおじちゃんなのにね。この間もパフェおごってもらっちゃった♪」
「来栖さん。そのあと変なこと要求されなかったですか?」
「変なこと? うーん、写真取らして欲しいって言うから、撮らせてあげただけだよ。趣味なんだって言ってたよ」
「……あとで回収しないと……」
「あのなー、果穂に来栖。少しは緊張しろよ。戦闘中だぞ」
「そういっても、危ない感じがしないんだもん。攻撃受けても、すぐにどこからかフォローが入るし、こっちも他の船が攻撃受けるをフォローしやすいし」
「司令には戦場が見えているってことですね」
「そうだな……でも、なんで後衛にいるんだろうな? 見えにくくないのか?」
 頼香は彼女の知る艦隊戦の常識と照らし合わせて首をひねった。
「やっぱり、前で戦ってたら、後ろは見えないからだよ」
 来栖が明るい声で頼香の疑問に答えた。
「センサーは全方位だから、後ろとか前とかはあんまりないって」
 頼香が苦笑をもらしたのに、しばらく考え込んだ果穂が口を挟んだ。
「いえ、そうとも言えませんよ、頼香さん。前にいれば、敵から攻撃されやすいし、状況がくるくる変わります。それに対応対応ってしていれば、全体の流れを見失ってしまって、相手の罠にはまる可能性が高くなります。だから、後衛にいるのではないでしょうか?」
「そうなのか?! ……いや、そうかもしれない……」
 頼香は今までの思い当たりすぎる節を思い出して、沈黙した。
「頼香さん。今は落ち込んでいる場合じゃありませんよ。集中しましょう」
「そうだよ。油断大敵、けがぼーぼーって」
「毛がぼーぼーなんて認めません!」
「え? だって、みんな言ってるよ」
「言ってても、駄目なんです」
「どうしてよ?」
「それはですね――」
 それからしばらくは『あいくる』の艦橋は果穂の講演会会場となってしまっていた。

−26−


 リサルナ艦隊旗艦の艦橋で戦術ディスプレイを見ながらニコニコとしている狐耳ヒューマノイド、リサールナル族の女性がいた。
「ブンド、情けないわね。この程度の責めに苦戦しているなんて」
 その声に狼耳ヒューマノイドのラファース族の青年が苦笑を浮かべた。
「善戦と言ってあげてくださいよ、歌恩大使。かわねぎ司令を向こうに回してここまで粘っているんですから」
「でも、苦戦は事実ですね。歌恩様どうします? 救援しますか?」
 歌恩大使よりも若いリサールナル族の女性が歌恩に真剣な表情を向けた。
「じゃあ、予定通りにしましょう、ココ」
「了解しました」
 ココは少し笑顔で敬礼を返したが、明中尉は少し渋い顔になった。
(大丈夫なのかな? 予定通りで)

 TS9からの砲撃でシールドを削られたリサルナ駆逐艦艦隊は後退を始めた。かわねぎ司令はそれに合わせて艦隊を前に進めた。
「おい! 雲から出るぞ」
 リサルナ駆逐艦艦隊の艦橋でキース少佐は怒鳴り声を上げた。フェザーで攻撃されているとはいえ、雲の加護を手放せば、今度は光子魚雷なことは子供でもわかる。
「予定では、あと十数秒で本隊があそこに高速光子魚雷を打ち込むはずですから」
「馬鹿を言うな! 作戦と違う流れになっているんだから、変更されてるはずだ」
「かも知れませんが、あそこでがんばっていてもジリ貧ですからね」
 ブンドの言うこともわかる。あの地点で防衛に徹しても雲の加護は数分も経たずに消えてしまう。
「ちっ! あんたのところの女王さまに賭けるしかないのか!」
「当然でしょ? 他に賭けても損するだけですよ」
「ああ、わかったよ」
「なにがです?」
「あんたのリサールナル好きはうちの司令のプレラット好きと同じだってことがな」
 キース少佐はそういいつつ、ここまでブンドを信頼させる歌恩大使はナマクラではないだろうと確信した。
(大丈夫か? うちの昼行灯は。勝たなくちゃいけないんだろ?)

−27−


 それはオペレーターの悲鳴から始まった。
「こ、高速光子魚雷――!」
 その報告とほぼ同時に衝撃で艦が揺れた。もちろん、彼らのいる場所はシミュレーションルームだが、そのあたりも忠実に再現できるのである。
「状況を!」
「リサルナ艦隊の戦艦と巡洋艦から高速光子魚雷がワープ6から7で速度をずらして、10発発射された模様です。被害は、『りそな』と『ふくとく』が戦闘不能になりました。流れ弾がTS9にもあたり、シールドダウンしていたために、外郭の一部に損害があった模様です。TS9の損害は爆発直後ですので、詳しいことはわかりません」
「体勢を立て直そう。いったん、後退」
「リサルナ戦艦艦隊、加速! わが艦隊の後背に出現しました!」
 オペレーターは鳴きそうな声で報告した。かわねぎは戦術ディスプレーに映し出された輝点を見た。
(陣形はそろっていないが、致命的に乱れてもいない。すぐに組みなおすだろう。その時間を使えるな)
「旋回しつつTS9側へ後退」
 その後、TS9の支援砲撃などと連携してリサルナ艦隊に打撃を与えようとしたが、致命的な打撃は与えられなかった。戦いはこう着状態を迎えた。

 こう着状態に陥ってから、リサルナ艦隊が戦艦の厚いシールドを盾に使って、TS9へ駆逐艦を接近させようとした。これで六度目の突撃である。TS9からの集中砲火で戦艦にかなりの被害を与えたが、TS9も駆逐艦の光子機雷で外郭の一部がかなりの損害をこうむっていた。フープはつながっているが、機能はほとんど果たさずに、最低のシールド以外は物理的になんとかつながっている程度でしかなかった。
「フープの亀裂に戦艦をつっこませるようです、かわねぎ司令」
 白兵戦はシミュレーションに入っていないが、基地をできるだけ無傷で制圧するには白兵戦が一番である。シミュレーションでは評価されなくても、戦艦を突っ込まされれば、もしかしてというものが生じてしまい、かわねぎ司令としても、完全勝利を宣言できなくなる。
「仕方ない! 例の光子魚雷を!」
 かわねぎ司令はレーザー通信で各艦艇に指示を飛ばした。

−28−


「光子魚雷、来ます!」
「回避!」
 ココの報告に即座に反応した歌恩は命令を下した。もっとも、命令しなくても衝突防止安全装置を切って回避することは全艦に命じてあったが、気分の問題である。
 しかし、それだけに陣形は見事に崩れ、折角の突入のチャンスが失われた。
「残念ですね」
 光子魚雷をやり過ごしたココは本当に残念そうだった。
「でも、シールドの薄くなったところに味方の光子魚雷。突入させまいと、苦肉の策ね。よけれれば、こっちの勝ちよ。こっちは、だれか、当たった?」
 歌恩は背もたれに身体を預けて天井を見上げた。
(もう少しやると思ってたんだけど、なめてるの?)
「損害は……歌恩様! 光子魚雷はダミーです! 空砲です!」
「しまった! シールド最大」
 シールドが展開されきらないうちにTS9からフェザーと光子魚雷が襲い掛かってきた。隊列を乱したおかげで戦艦や巡洋艦の盾は使えず、駆逐艦などはかなりの被害をこうむっていた。
「巡洋2番艦、戦闘不能。駆逐艦、二隻が戦闘、航行不能。その他、各艦艇にも損害が出ています」
「巡洋2番艦を盾にして。まだ生きてるように見せかけなさい」
 歌恩の指揮で2番艦は犠牲の羊にされたが、そのおかげでリサルナ艦隊は立ち直った。
「なかなか、やってくれるわね。ペテンにかけられるなんて、久々よ」
「歌恩様!」
 楽しそうにしている歌恩をココは諌めた。
「わかってるわよ。戦艦の光子魚雷をありったけジェネレーターに照準。思いっきり、やっちゃいなさい」
 歌恩はシールドを回復しようとしていたTS9のフル稼働中のジェネレーターを砲撃した。ジェネレーターは基地の心臓でもあるため防御も硬いが、攻撃を受ければ、最優先でシールドの回復をする事になっていた。そのため、ジェネレーターの方にエネルギーが集中し、傷ついたメインフープのシールドにまで回らなかった。
 その隙に駆逐艦の光子機雷でメインフープをかろうじてくっついていた竜骨を切断した。
「空いた隙間からつっこむわよ。キース少佐がいなければ、TS9フープ内は安全地帯よ」
 歌恩は戦艦や巡洋艦で援護し、駆逐艦をフープ内に進めようとした。フープ内に入った敵を光子魚雷で撃つことはありえない。
「防衛艦隊より光子魚雷! 雷数、28! 雷速、ワープ1」
 ダミーか本物か。これを避ければ、魚雷が本物ならTS9に大損害でリサルナ艦隊の勝ち。魚雷が偽物なら、避けて陣を乱したリサルナ艦隊は再びTS9から手痛い反撃を食らい、基地を攻略するだけの戦力を失って、事実上敗北。
「……魚雷はフェイク! 無視しなさい」
 歌恩は一呼吸置いてから断定した。
 ココも歌恩の判断に賛成で、各艦艇に指示を飛ばした。もし、流れ弾がTS9にあたれば、今のTS9では一発でも大事になりかねない。フェイクと読むのが妥当であった。
 一瞬の静寂の後に、光子魚雷がシールドに接触した。
(のるか、そるか!)
 歌恩が念じるとほぼ同時に身体が振動で揺れて、ディスプレーが紅く染まった。警報音がけたたましく鳴り響き、戦闘どころか航行不能であることは詳しい報告を見なくても充分にわかった。
「光子魚雷は本物でした。リサルナ艦隊の損害は戦艦2、巡洋艦3、駆逐艦4です……」
 艦隊の半分が戦闘不能に陥った。実際の戦闘なら士気は最悪だろう。シミュレーションですら、リサルナ艦隊の空気は重い。
「うーん……ココ、TS9司令官に白旗を振りなさい。私たちの負けです」
 納得するような、しないよな、鼻で軽いため息をついて、指揮官のシートに身体を預けて天井を見上げた。
「了解しました、歌恩閣下」
 ココは最敬礼をして歌恩に答えて、通信卓を操作した。
『我、降伏す。攻撃を中断されたし。』
 こうして、シミュレーションはかわねぎ司令の勝利で終了した。

−29−


 書類の整理が終わったれも副司令が自分のデスクから立ち上がった。司令部は三交替の二十四時間営業であるため、残業をしていたにもかかわらず、司令部には多くの人がいた。
「それじゃあ、お先に失礼します」
 れも副司令は愛想のいい笑顔で司令部を退室した。退室してすぐの廊下で、長い間同じ姿勢で固まりそうな身体をほぐすように軽くひねったり、伸ばしたりして歩いていた。
(勝ったのよね……かわねぎ司令って、やっぱりすごい人ね)
 昼間のシミュレーションを思い出して、身体をそらせたまま身震いしたくなった。
「あー……れも副司令」
 罰の悪そうな呼びかけ声にれも副司令は驚いて身体を起こそうとしたが、慌てたためにひっくり返って、尻餅をついてしまった。
「か、かわねぎ司令」
 れも副司令は痛さと恥ずかしさで目に涙を浮かべた。
「大丈夫か?」
 かわねぎ司令はれも副司令に手を貸した。
「はい……ところで、何か用ですか? 司令」
「いや、まあ、今日はよく指揮を取ってくれた。見事だったよ。この調子で、がんばって、私をもっと楽させてくれ」
「楽させるのはおいておいて、ありがとうございます。励みます」
 何か照れながら褒めるかわねぎ司令に彼女はなんだかおかしくなって、くすくすと笑いながらお礼を言った。
「そこで、お礼といっては何だが、今から食事でもどうかな? 観葉植物の種料理のおいしい店を見つけたんだよ……」
「折角ですが、お断りいたします」
 れも副司令はきっぱりと首を振った。
「そ、そうか……それでは仕方ないな、うん」
 かわねぎ司令はなんとも情けない表情でよろよろと立ち去ろうとした。
「司令、待ってください」
「な、なんだね? れも副司令」
 呼び止められて振り返ったかわねぎ司令は期待をありありと浮かべた顔で振り返り、思わずれも副司令に苦笑を浮かべさせた。
「司令のお仕事が終わってからなら、お付き合いいたしますよ。今は、司令の『勤務時間中』ですから」
「あ……」
 かわねぎ司令の顔に喜色と後悔の色が同時に浮かんだ。
「だから、さっさと、仕事しなさい!」
 れも副司令がいたずらっぽく笑いながらもオーラハリセンがうなった。

−30−


 夏の環境ドーム、その大半を占める海の真ん中に、ひとつだけぽつんと小島があった。一周数十メートルの豆粒のような小島だが、なぜだかそこには社がぽつんと一つ建っていた。環境ドームで水難事故が起こらないようにと誰かがいつの間にやら建立したらしいが、今ではそれを覚えているものはほとんどいない。
 その忘れられた社の前で、不遜にもデッキチェアで横になった狐耳の女性――歌恩がいた。
玉山霊泉院歌恩

 彼女のいる小島の周り数百メートルに人影はなかった。もともと、人が来るような場所ではないが、あらかじめ歌恩が海の管理人であるメローに頼んで人が来ないようにしておいてもらったのであった(そのお願いに行くためお土産として明石の鯛を持っていったことに、ココとブンドが不平をもらしたが、それは些細な話である)。
『元伝説の八半艦隊の分艦隊司令ともあろう人が情けない!』
 誰もいない社から中年男性の嘆き声が響いた。
「ああみえても、連合屈指ってことよ」
 歌恩はそれに平然と返事した。
『で、実際のところ、どうだね?』
 先ほどとは違う、もう少し若いが妙に威圧感のある声が響いた。その声に歌恩の耳がわずかに動いたが、それ以上の変化はなかった。
「こちらも手の内をすべて見せたわけでもないですし、全力でやれば、もっと粘れると思います、陛下」
『では、勝てないと?』
 若い声――陛下と呼ばれた声が心なしか楽しそうに聞こえた。
「相手も手の内は隠していますから、勝てるかどうかは微妙でしょう」
『ほほう。そなたに手の内を隠して五分で闘うとは、なかなかだな。かなり兵は裂かねばならんということだな』
 今度ははっきりと楽しそうにそう言った。
『陛下! 歌恩殿は既に現役を離れ久しく、いくら伝説のといえども、錆付いております。今の艦隊と同じように思ってもらっては困ります』
 前の二人とは違う、中年なのだが、落ち着きもなく、高圧的な雰囲気のある声が響いた。
『軍を預かるものとして、その気持ちはわかるが、感情だけでは戦には勝てぬぞ』
 陛下の声は先ほどの楽しさが払拭され、威厳に満ちたものに変わっていた。歌恩はそれを聞き、内心でにやりと笑っていた。
『御意に。しかれど、このものが軍にいたのは既に二十数年前のこと、あの頃とは違いますゆえに――』
「それを言えば、連合も同じよ」
 威圧された声の主がしどろもどろになって弁明するのを、虎の威を借るなんとやらで、茶化すように歌恩は割って入った。
『ええい、黙れ! そなたのようなロートルにぎりぎりの勝ちしか拾えぬような指揮官が連合屈指というだけで、充分そこが知れるというものだ』
「そう思い込むのは貴殿の勝手だけど、それで死ぬのは兵士で、損するのは陛下なのよ」
 歌恩は目を細め、何の感情も含まぬ声を社に投げかけた。
『きさま――』
『やめぬか、二人とも! 御前であるぞ』
『う……』
「確かに――陛下、ご無礼のほどお許し願います」
『構わぬ。国を思ってのこと。続けよ。ただし、穏便にな』
『ありがたき幸せ。御意のままに。陛下、全権特任大使、玉山霊泉院歌恩として、ご報告いたします。連合と戦争を行うのであれば、かなりの損害をこうむることは確実である、と」
『うむ。確かに聞き届けた。玉山霊泉院歌恩大使、このたびの仕儀、大儀であった』
 歌恩の改まった声に対して、陛下の声は幾分不謹慎ともいえるほど明るかった。
『歌恩! 貴様、怖気ついたか! この恥知らずの狐め!』
 歌恩と陛下の間で会議が決定してしまうと、例の短気な男が罵声を上げた。
「――それは侮辱ととるが、よろしいか?」
 その罵声に歌恩は夏の環境を作るドームを極寒の大地に変えたかと思うほど寒気のするような声を突き刺した。
『い、いや――そういうわけではないのだ――ただの言葉の、言葉のあやだ』
「言葉のあやでも、侮辱には変わりない」
 歌恩の声はなおも冷たい。
『歌恩。その辺にしておけ。余としても、同胞が争い、無駄に失われるのは身を切られる思いなのだ。余に免じて、その辺で赦せ。卿も口を慎め』
「御意」
『ぎょ、御意』
『民草は余の血と肉である。得られる血肉よりも多くの血肉を失っては話にもならぬ。それに、今はかつての大戦の傷を癒すときである。無用な戦いは避けよ。誇りと血肉が失われぬ限り』
『御意』
 かなり不服そうではあったが、鶴の一声で決まり、通信は終わった。
 歌恩だけは会議が満足な結果に終わり、デッキチェアの上で一人、笑顔を浮かべた。
(陛下も狼の割には、狐ね)
 元々、現在の同盟の盟主は連合との戦争は望んでいなかった。冷静に考えても、泥沼にはなれど、勝利なき戦争などは戦闘民族と呼ばれる彼らでも忌諱するものであった。
 それでも、色々なものが絡まり、渦巻く悪意が意志を持ち蠢き、戦火を呼ぶ。一種の妖怪らしきものがいた。それを抑えつけるために歌恩はTS9へとやってきたのであった。
 開戦推進派の計画でキーポイントとなるのはTS9であった。TS9を奇襲で陥落させ、侵略の橋頭堡にするつもりだった。そのための海賊であり、極秘航路であった。
 そして、最大の障害が、かわねぎ司令。連合屈指のとはいえ、どの程度なのかはっきりしない実力であったために頭を悩まされていた。言ってみれば、歌恩はそれを探るために派遣されたのであった。
(極秘の通路で奇襲をかけるとすれば、あれ以上の戦力はかけれない。私の実力で敗れたとなれば、同盟軍内でも慎重にならざるえないでしょう。これでしばらく平和が稼げるわね)
 歌恩は一仕事終えて、寝転びながら大きく伸びをし、しばしの休息に浸る事にした。

おしまい

この物語は、フィクションであり、作品に登場する人物団体は実際のものとは一切関係ありません。

――文章特典――
 ちーぷすぺーすないんを再び楽しんでいただき、ありがとうございます。
 おなかいっぱい? まだまだたりない? 色々あるかとは思いますが、また、ネタができたら、書いてみたいと思います。(実はこの後日談でネタがあったりして(^^;)
 最後になりましたが、素敵なイラストを描いてくださいましたMONDO様にこの場を借りて、御礼申し上げます。ありがとうございました。
 では、またあえる日まで

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