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 テーブルの中央に置かれたランプの仄かな明かりだけが照らし出す部屋の中で、十数人の男たちが低い声で話を続けていた。
「あれさえ消せばもはや障害はない」
「…では、手筈どおりに」
「これで我らの野望が叶う」
 その会話の中身は、まるでクーデター計画ででもあるかのような剣呑なものだ。やがて、全ての打ち合わせを終えた彼らは一斉に立ち上がり、一糸乱れぬ動きでポーズをとって叫んだ。
「全ては我らがかわねこたんのために!」
「ジーク、かわねこたん!」
「かわねこたんマンセー!」




Trans Space Nine ショートストーリー

24時間の逃亡者


作:さたびー





 惑星テラン。地球から215.5光年離れたこの星は、惑星連合の盟主という立場にある。連合評議会、連合軍総司令部と言った連合を支える組織が置かれ、不夜城のごとく眠る事無く働きつづけている。
 夜十時過ぎ、連合軍総司令部の玄関を二つの人影が出てきた。一人は恰幅のいい中年男性で、もう一人は長身の若い女性。二人とも連合宇宙軍の制服を着用しており、男性は中佐、女性は少佐の階級章を付けていた。
 Trans Space Nine司令、かわねぎ中佐と、同駐留艦隊所属、シェリル少佐である。
「済まなかったね、シェリル少佐。会議にまで付きあわせて」
「いえ、私は構いませんが」
 かわねぎ中佐の謝罪の言葉に、首を横に振るシェリル。彼らがここテランまでやってきたのは、各TS司令官たちによる調整会議に出席するためだ。正確には出席するのはかわねぎ中佐で、シェリルはその護衛である。
 しかし、今回の会議が大荒れに荒れたため、オブザーバーとしてシェリルも会議に出席する事になったのだ。かわねぎ中佐はその事を申し訳なく思っていたが、同時に他の司令官たちや、議長のワイアード提督の自分に対する扱いにも腹が立っていた。
 何しろ、彼が会議室に入室するや否や、既にそこに集合していた全員が唖然とした表情になったかと思うと、次の瞬間怒号を発したのである。




「かわねこたんじゃない!?」
「ごほごほ、老い先短い年寄りの楽しみを奪わんでもええじゃないか…」 
「不愉快だ! 俺は帰る!!」
「左様」
「会議を舐めているとしか思えんな」




 挙句の果てには「今回の会議は中止し、一週間後に改めて開催する」と言う意見まで飛び出る始末。かわねぎ中佐としてはクラムダ連邦方面に対する探査航海の強化やプレラット人区画のインフラ整備など、重要な議題を抱えての出席であり、一週間もの遅滞は容認しがたい。
 かと言って、彼らの要求するところを汲めばどうなるかを想像すると…




「おお、かわねこたんだ、かわねこたんだ♪」
「よしよし、今日はおじいちゃまがプレゼントを買ってきてやったぞい」
「俺も俺も。ほら、このワンピースは絶対似合うぞぉ」
「左様」
「なに、会議? 後回し後回し。まずはお茶会と行こうじゃないか」




…考えただけでぞっとする。自分の意見を通すのに有効な手段であることは認めるが、アイデンティティの保持と精神的健康の維持のためにも、できれば避けて通りたい道だ。
 それに、彼とて伊達と酔狂で中佐になったわけではない。日頃はふざけているように見えても、外交と艦隊運用術にかけては優秀な成績を修めているのだ。かわねこの姿に頼りきるなど矜持にもとる。
 と言うわけで久しぶりに本来の姿で会議に出ては見たものの、この有様である。困ったかわねぎ中佐は一時休憩を申し出て、隣室で待機中のシェリルに相談した。
「私を証人に、ですか?」
 シェリルが首を傾げる。彼女と乗艦U.S.S.ワールウィンドは基本的には哨戒任務についており、探査航海に同行することは少ない。プレラット人区画の問題に関しては完全なノータッチだ。
「いや、辺境宙域での危険性について話してくれれば良いんだ。それで後は私がまとめる」
 かわねぎ中佐の説明にひとまず納得したシェリルは、彼に付いて会議室に入った。
 会議メンバーは休憩の間にかわねこ少尉になっていると言う期待が裏切られたのを見て怒声を発しかけたが、入ってきた長身の美女の姿を見てポカンとなった。その心理的奇襲効果を利用して、かわねぎ中佐はシェリルを紹介した。
「オブザーバーのシェリル少佐です。辺境宙域における諸問題について、彼女の口から説明をしてもらいます」
「シェリル・アリシア・ターヴィ少佐です。急な話で資料の用意ができておりませんが、概略についてはお話できるかと思います」
 シェリルも自己紹介すると、会議室前面の大パネルの前に立ち、ポインティング・デバイスを持って説明を始めた。メモを書き、デバイスでピシッとパネルと叩くたびに、服の上からでもわかる94cmのバストが揺れる。
「…以上です。何か説明はありますでしょうか?」
 三十分後、話を終えたシェリルが聞くと、全員が首を横に振った。
「いや、非常にわかりやすかった。ありがとう、少佐」
「光栄です」
 ワイアード提督の賞賛の言葉に丁寧に礼を言い、シェリルはかわねぎ中佐の背後に用意した椅子に腰掛ける。そのため、自然に視線は彼女…ではなく、その前に座るかわねぎ中佐に集中した。
「以上、少佐の説明にもありましたように、辺境宙域探査のためには、危険な暗礁空域や海賊の根城になりかねない未登録星域の調査が不可欠であり、特に高い技術力を持つプレラット人職員の増員が…」
 かわねぎ中佐がここぞとばかりに説明を始める。そこから先は彼の独演会だった。そして、先ほどようやく必要な予算をもぎ取ったのである。
 久々に自分の姿で交渉に成功し、かわねぎ中佐はほっとしていた。が、それもシェリルの助太刀あってのことである。少し遅いが夕食でもおごろうかと中佐は思った。
(問題は何をおごるか…あ、彼女なら此処一番屋のカレーでもOKかな?)
 話を切り出そうとしたとき、シェリルが足を止めた。しゃがみこんで靴紐を直そうとしているが、よく見ると別に靴紐はほどけてなどいない。
「どうかしたかね、少佐?」
 シェリルの不審な行動に、かわねぎ中佐が怪訝そうな声で尋ねると、シェリルは「お静かに」と言って意識を集中させていた。そして、緊張した顔つきで答えた。
「尾行が付いているようです」
「なに?」
 かわねぎ中佐は戸惑った。
「確かかね?」
「はい、2…いや、3人ですね。腕はそこそこのようですが…」
 かわねぎ中佐は辺りを見た。既に官庁街は過ぎ、商業ブロックの外れに来ている。ほとんどの店は既に営業を終了し、人通りは無い。もちろん、尾行者の姿も彼にはわからない。
「司令、平静を保ってください。相手の目的は不明ですが、気付かれたと悟れば襲ってくる可能性があります」
「わ、わかった」
 中佐の返事を聞いてシェリルは立ち上がる。さりげなく腰に手をやり、フェイザー発振機をいつでも抜ける準備をする。
「ホテルまで後10分です。そこまで行けば、周囲に自動警備システムもありますし、何とかなるでしょう」
「頼む」
 再び歩き出す二人。しかし、二分と歩かないうちに、シェリルは舌打ちした。
「しまった…アンブッシュ!」
 アンブッシュ…待ち伏せのことである。今二人がいるのは、両側を高いビルに囲まれた通りで、左右に逃げ場が無い。二人を挟むように、前方から3人、後方からも3人の怪しげな連中が近づいてくる。
「私たちを連合軍士官と知っての狼藉か?」
 シェリルが鋭い声で尋ねるが、返答は無い。彼らは無言のまま腰から何かを抜こうとした。
 次の瞬間、電光石火のシェリルの抜き撃ちが決まった。三条のフェイザーの輝きが走り抜け、謎の包囲者を捉える。
「ぐわっ!」
「ぎゃあ!」
 悲鳴をあげて彼らは倒れた。
「司令、失礼!」
「え? うわっ!」
 シェリルがかわねぎ司令を突き飛ばした。しりもちを付く彼の頭上を、フェイザーの光が駆け抜ける。後一瞬遅れていたら、直撃を受けていただろう。
 そして、シェリルは司令を突き飛ばした勢いで横に飛び、空中で身体を捻りつつフェイザーブラスターを三連射。二発は見事相手を直撃したが、一発は外れてゴミ箱を吹き飛ばした。
「ちっ!」
 舌打ちするシェリル。ただ一人残った襲撃者は、手首のコミュニケーターに何かを叫んだ。その瞬間、彼と路上に倒れた襲撃者たちの姿が光に包まれ、消える。その光のために、一瞬だが、襲撃者たちの服装が照らし出された。
「転送…でも、あの服は…」
 シェリルは彼らの消えた方向をにらみつけ、フェイザー発振機をホルスターに戻し、まだ座り込んだままのかわねぎ中佐に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか、司令」
「あ、ああ…助かったよ、少佐」
 礼を言いつつ立ち上がって、司令は制服のスラックスについた汚れを払った。
「狙われていたのは、司令のようですね…心当たりはありますか?」
 シェリルの質問に、かわねぎ中佐は肩をすくめて答えた。
「さあ、ありすぎてわからんよ」
 これは事実である。辺境防衛の任を負うTSナンバー司令官とは、同時に仮想敵国や海賊、犯罪組織などとの戦いの最前線に身を置く立場でもある。敵の数はそれこそ星の数ほどもいるだろう。司令宛てに爆弾小包が届くことも珍しくない。
「そうでしたね」
 それを知っているシェリルも頷いた。
「しかし、そうなると危ないな。この分だとホテルも…」
 かわねぎ中佐の言葉に、シェリルは首を縦に振った。
「見張られていると判断すべきですね。我々も艦に戻りますか?」
「いや、それは危険だな。もし艦が敵艦に包囲されていたら、転送直後の無防備な所を狙われかねん」
 かわねぎ中佐の言葉にシェリルは納得した。そうなると、現状で一番安全な場所は…
「司令部…と言いたいところですが」
「そうもいかない様だな」
 シェリルもかわねぎ中佐もしっかり見ていたのだ。転送の光に照らされた襲撃者の格好、それが連合軍の野戦服だったのを。その時、ビルの陰から別口の一団が出て来るのが見えた。全員銃を構え、ヒタヒタと押し寄せてくる。
「こりゃダメだ。とにかく逃げるぞ!」
「先に行ってください、司令。援護します!」
 かわねぎ司令が離脱していくのを確認し、シェリルは再びフェイザー発振機を抜く。それを追跡者たちに向けて断続的に発射し、足を止めておいて、彼女もまた猛然と走り出した。
 何度か追いつかれそうになり、その度にシェリルが応戦して時間を稼ぎ、ようやく敵を撒いたと判断した時には、かわねぎ中佐もシェリルも疲労困憊していた。
「はぁ…はぁ…大丈夫かね、少佐?」
「ええ、何とか無事です」
 シェリルはフェイザー発振機のエネルギー残量をチェックしながら答えた。ゲージは既に限りなく0に近い数値を指している。最弱レベルでも二、三発撃つのが限界だろう。
「どこかで充電しないと…よし、中佐、あそこに泊まりましょう」
「そうだな、少しは休憩したいし…っ!?」
 かわねぎ中佐は絶句した。シェリルが指差した建物は、なにやら悪趣味なピンク色に塗られた外壁を持つ、中世の城砦風の外見を持つ建造物…
 要するにラブホテルであった。
「しょ、少佐? 君はあの建物がなんだか知っているのかね?」
「ホテルでしょう? 幸い、周囲には高い建物がありませんから、見張りやすいですし、屋根が尖塔状になっていますから、空挺降下を防ぐと言う点でも守りやすそうです」
 シェリルは軍人の目と言う一点だけでラブホテルの機能を評すると、呆然としている中佐を引きずって中に入っていった。

 フロントで指定された部屋に入っても、まだかわねぎ中佐は呆然としていた。鏡張りの天井、部屋の中央にどかんと置かれた巨大な回転ベッド、テレビの横には、カラオケやゲーム機に混じって、それ系専門チャンネルの番組表が置かれている。
 シェリルはそうしたものには目もくれず、フェイザー発振機のエネルギーパックを抜いて充電器に挿し込み、コンセントに取り付けた。赤いランプが明滅するのを見て、安堵の息をつく。これで6時間もすればフルチャージになるはずだ。軍用施設にあるような専用充電器を使えば数分で済むが、贅沢は言っていられない。
「司令、入浴されてはいかがですか?」
 シェリルは言った。幸い、今のところ敵の気配はない。少しでも鋭気を養っておく必要性から、彼女は進言したのであった。
「ふ、風呂か…わかった。入らせてもらうよ」
 かわねぎ中佐は頷いた。それ程暑い季節ではなかったが、何時間も走り回っていたせいで、全身汗でびしょ濡れになっているし、埃まみれにもなっている。少しはリフレッシュしたいところだった。
 二人で使うことを想定して、妙に広い浴室で汗を流し、さっぱりした気分になると、かわねぎ中佐にもようやくゆっくりものを考える余裕が出てきた。
「それでは、私も入浴してきます」
「ああ、ゆっくりしてくれ」
 入れ替わりで浴室に入るシェリルを見送り、思考を冷徹な作戦家としてのそれに切り替える。
(いったい、どこの手のものだ…相当な大勢力のようだが…襲撃者にけも耳がいなかったから、「猫の耳」やトマーク=タスは除外できるな。すると…)
 考えてみたが、先ほど彼が自分で言ったように、心当たりがあり過ぎた。かと言って、最悪の想像のように連合だとは思いたくない。かわねぎ中佐はため息をついて、ベッドに上半身を投げ出した。
 その瞬間、ベッドが回りだした。
「おお?」
 上半身を起こして後ろを振り向くと、そこにはいくつかのスイッチがあった。どうやら、投げ出した手が偶然そこに当たり、ベッドの回転機構が作動したらしい。
「こりゃ落ち着かないな。えーと、止めるのはどのスイッチだ?」
 かわねぎ中佐はスイッチの一つを押してみた。しかし、回転は止まらない。代わりに、目の前のカーテンがするすると左右に開き始めた。そして、そこには…
 シャワーを浴びているシェリル少佐の姿があった。成熟した女性らしい丸みを帯びた身体のライン。露わになった肩や背中に、濡れた髪の毛が貼り付いているのが艶かしい。
「え?」
 中佐は凝固した。浴室の中では気付かなかったが、どうやら壁一面がマジックミラーになっていたらしい。こうやって、恋人の入浴シーンを見て楽しむための仕掛けなのだろう。
「い、いかん。もう一度押せば閉じるのか?」
 解凍したかわねぎ中佐は慌ててスイッチを押そうとしたが、足場であるベッドが回転しているのと、指先が動揺で震えているのが災いし、隣のスイッチを押してしまう。

♪〜♪〜〜〜♪♪〜〜〜〜

 その瞬間、部屋の主照明が落ち、ピンク色の副照明に切り替わった。同時に流れ出すムーディーな音楽。中佐は叫んだ。
「だあっ! 違う!!」
「何が違うんですか?」
 その言葉に、かわねぎ中佐は全身をびくりと痙攣させた。油の切れた機械のようなぎこちない動きで振り向き、そこに立っている人物を見る。
 シェリルだった。中佐が固まっている間に、とっくに風呂から出ていたらしい。普段はストレートに流している髪の毛をタオルで巻いてアップにまとめ、身体にまとっているのはバスローブ一枚。風呂あがりで微かにピンク色に染まった肌からは例えようもない色香が滲んでおり、健康な男性ならその場で押し倒したとしてもおかしくない姿だった。
 しかし、かわねぎ中佐は健康な男性である以上に理性ある大人であり、常識的な家庭人でもある。たまにけもの耳が生える事はあっても、実際に獣じみた行為には走れない。
 だが、回るベッドに、開いたカーテンに、ムーディーな音楽。どう考えても下心があってやっているとしか思えない状況である。かわねぎ中佐はベッドから飛び降り、シェリルに頭を下げ倒した。
「す、済まん! わざとやったわけではないんだ! これは事故だ!!」
 必死に謝る中佐。すると、シェリルは困ったように言った。
「あの、司令…何を仰っているのですか?」
 え? とかわねぎ中佐が頭を上げると、シェリルは困惑した表情で立っていた。そこに怒りの成分は1ピコグラムも含まれていない。
「それより、制服のクリーニングが終わりましたよ」
 そう言って、彼女は乾燥とプレスが終わったばかりの、ほかほかの制服を中佐に渡した。
「あ、あぁ…ありがとう」
 かわねぎ中佐は制服を受け取り、バスローブから着替えた。シェリルはというと、彼女の制服はまだクリーニング中らしい。
(…そうか、彼女はラブホテルのことも知らんのだもんな。怒るはずがない。余計な心配だった…)
 内心で苦笑しつつ、かわねぎ中佐は着替えを終えた。そこへ、シェリルが声をかけてくる。
「司令、少し仮眠されてはいかがですか? 私が見張りをしていますので」
 中佐は首を横に振った。
「いや、目が冴えてしまったよ。私が先に見張りに立とう。シェリル君こそ仮眠を取りたまえ」
「は? しかし…」
 護衛である自分が、対象を差し置いて寝るなど許されないことである。そう言いたげなシェリルに対し、かわねぎ中佐は手を上げて反論を制した。
「現時点では安全なのだろう? 護衛として体調を万全にしてもらうためにも、ここは君に寝てもらう。これは命令だ」
「…はい、ではお言葉に甘えさせていただきます」
 敬礼すると、シェリルはベッドの上に横になった。やはり彼女も疲れていたのか、数分で安らかな寝息を立て始める。
「ふむ…まいったな」
 かわねぎ中佐は頭を掻いた。何かあった時に素早く飛び起きるため、シェリルは布団をかぶらずに寝ている。そのため、彼女はバスローブ一枚と言う刺激的な格好を中佐の視線に晒したままだった。見ているのも悪いし、しっかり見張りをしようと、彼は窓に目をやった。
「…意味ないじゃないか」
 窓にはしっかりと部屋の光景が映し出されていた。夜なので、ガラスが鏡状態になっているのである。
「ん…」
 妙に色っぽい声を上げて、シェリルが寝返りを打つ。バスローブが少しはだけて、深い胸の谷間が覗いた。脚も剥き出しになっていて、付け根のあたりに白い布地まで見えている。
「…ある意味拷問だな。これは」
 かわねぎ中佐は今日何度目かの深いため息をついた。

 見張りの順番を変わってもらった後、ようやく3時間ほど仮眠を取ることができたかわねぎ中佐は、朝、冷蔵庫に入っていたドリンク剤でエネルギーを補給していた。もちろん、本来はこういう目的のために使うわけではない事は、言うまでもない。
 その横で、シェリルはフェイザー発振機にフルチャージしたエネルギーパックをセットしていた。ゲージがMAXを指すのを見て、満足そうに笑みを浮かべる。
「こちらは準備OKです。司令、行きましょう」
「ああ、そうだね」
 ドリンク剤のビンをゴミ箱に放り込み、かわねぎ中佐は立ち上がった。シェリルが先に出て警戒している間に、フロントに鍵を返し、宿泊費を支払う。そして、外に出ると、シェリルが隣のコンビニから袋を提げて出てきた。
「大丈夫です。周囲に敵の気配はありません。朝食にしましょう」
「気が利くね」
 中佐はおにぎりと缶コーヒーを受け取り、近所の公園でベンチに腰掛けて食べた。横を見ると、シェリルはドライカレーおにぎりを食べている。こんな時でも好みを崩さないのかと、中佐はシェリルを微笑ましい目で見た。
 数分で食事を終え、シェリルは制服のポケットから道路地図帳を取り出した。
「先ほどコンビニで聞いてきたのですが、我々の現在位置はここです」
 シェリルがページをめくり、一点を指差した。その指をすっと滑らせる。
「司令部はここ。直線距離で5キロほどですが、恐らく、敵側も我々が確実に来る事を見越して、阻止線を張っていると思われます」
「妥当な判断だな」
 シェリルの推論に、かわねぎ中佐も頷く。本来なら、彼らが逃げ込むのに一番安全なのは、総司令部なのだ。しかし、夕べの襲撃者たちの事を考えると、ここへ行くことはできない。まさか連合が二人の抹殺を画策しているとは思えないが、万が一と言うことがある。
「そこで、我々が当面行くべき場所ですが…案は二つあります。一つは、プレラット大使館です」
 そのシェリルの提案に、かわねぎ中佐は動揺した。しかし、シェリルは冷静にその理由を述べた。
「プレラットには司令の知己も多いでしょうから、連絡も取りやすいですし、交渉次第では護衛も付けてもらえるでしょう」
「いや、ちょっと待ってくれ。確かにプレラット大使は友人だが、できれば彼らを巻き込みたくない」
 苦悩するかわねぎ中佐に、シェリルは安心させるように言った。
「そう仰ると思いましたので、次善の策を使おうと思います。行き先はここです」
 彼女が指差したところを見て、中佐は目をむいた。
「おい、ここは…私に刺客を送ってきそうな連中の筆頭じゃないか?」
「ですが、訳ありの客を受け入れてくれる点では頼りになります」
 シェリルはそう言って微笑んだ。

 2時間後、かわねぎ中佐とシェリルの二人はとある酒場に来ていた。
「なるほど、TS9まで格安で乗せていってくれる船ね」
 タバコをくわえた人相の悪い男がテーブルをとんとん叩く。
「ああ。何とか頼めないかね」
 かわねぎ中佐は頭を下げた。相手はふむ、と声を漏らし、タバコの紫煙を吐き出し、ニヤリと強欲そうな笑みを浮かべた。
「今は心当たりはねぇなぁ」
 かわねぎ中佐は横に立っているシェリルのほうをちらりと見た。それに応え、彼女はハンドバッグからお金を出し、男に手渡す。額を数え、男はニヤリと笑った。
「思い出したぜ。第七宇宙港にブルースフィアって船が来てたなぁ。船長はまだ若いキャロラットの娘だが、腕は立つぜ」
「ブルースフィアだな。感謝する」
 かわねぎ中佐は立ち上がった。虎の子の資金を相当使ってしまったが、背に腹は代えられない。
 この酒場は、自由貿易商人…その実半分は海賊同然と言う連中の、半ば公然のアジトである。二人から見れば不倶戴天の仇敵なのだが、現時点ではここしか頼れる場所がなかった。ここで船を調達し、テランを脱出するのが二人の目的である。
 もちろん、連合士官の格好では来られないので、制服は故買屋に叩き売り、民間人のような服装に着替えている。かわねぎ中佐は安物のスーツ、シェリルは白のワンピースで、確かに連合士官にはとても見えない格好だ。男から渡された紹介状を手に、二人は酒場を出ると、第七宇宙港を目指して歩き始めた。

 第七宇宙港はテランに点在するいくつもの宇宙港の中で、一番治安の悪い地区にある港だ。駐船料は安いものの、まっとうな船はあまり近づかない。それでも情報カウンターでブルースフィアの情報を聞き、二人はそっちへ向かった。乱雑に立てられた倉庫や格納庫の脇を抜けて船台の方へ歩いていく。
「あと少しだな」
 離床する宇宙船のエンジンが上げる轟音にかき消されまいとかわねぎ中佐が叫ぶ。シェリルはそれに答えようとしたが、顔色を変えるといきなり中佐を突き飛ばした。
「!?」
 倉庫の中に転がった中佐の目の前で、入り口に積んであったドラム缶の一つが内側から破裂するように弾けとんだ。いや、フェイザーライフルの狙撃が当たったのだ。それに対し、自分も廃材の陰に潜んだシェリルが、ハンドバッグからフェイザー発振機を出すと、向かいの倉庫上層の窓めがけて反撃の火蓋を切る。ガラスが割れ砕け、狙撃が止んだ。
「噂の美人ネコ耳船長を見に来て、標的に遭遇するとは運がいい」
 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。
「どこの勢力だ! 要求を言え!!」
 シェリルが力の篭った声で叫び返す。すると、勝利を確信した者特有の、相手を嘲弄するような声で返事が返ってきた。
「ふふふ、冥土の土産に教えてやろう。我らは、かわねこたん武装親衛隊だ!」
「「…は?」」
 そのあまりに馬鹿馬鹿しい組織名に、シェリルの目が点になる。かわねぎ中佐も同様の表情になっていた。
「我らの真の司令官たるかわねこたんを新司令に推戴し、神聖かわねこたん帝国を樹立するために、不遜にも司令を僭称するかわねぎ中佐には消えて貰う!!」
 一方的な宣言と同時に、猛烈な射撃が開始された。やわな倉庫の壁が次々にフェイザーに貫通され、中に積み上げられていたコンテナが破壊される。かわねぎ中佐は慌てて床に伏せた。敵は十数名いそうだ。
 もちろん、シェリルも反撃しているのだが、多勢に無勢。彼女がいかに優秀な射手と言っても、ライフルやマシンガンまで混じった相手に、たった一挺のフェイザーブラスターで立ち向かうのは無謀と言うものだった。
(いかん、このままでは私も彼女もやられる。何か打開策は…ん?)
 床に伏せて必死に考えていたかわねぎ中佐は、破壊されたコンテナからこぼれだした中身を見て、起死回生の秘策を思いついた。
「シェリル君! 五分だけ時間を稼いでくれ!!」
 中佐の声に、シェリルは返事をする余裕はないものの、首を縦に振って応える。中佐は自分の護身用フェイザーピストルを地面を滑らせるようにして投げ、彼女に手渡した。
「こっちだ!」
 シェリルはワンピースのスカートを引き裂いて動きやすくすると、廃材の陰から飛び出した。両手の銃を猛然と撃ちまくり、自分に敵の注意をひきつける。火線が彼女に集中し、かわねぎ中佐の方に飛んでくるフェイザーがなくなった。その隙に、彼はコンテナから飛び出している中身に飛びついた。

 五分後、シェリルは古タイヤの陰に追い詰められていた。中佐から借りたピストルは撃ち尽くし、自分のフェイザーブラスターも残りエネルギーが少ない。
「シェリル少佐、貴女はかわねぎ中佐に殉じるなどもったいない人だ。無駄な抵抗は止めたまえ」
 敵の降伏勧告が聞こえる。しかし、彼女は骨の髄からの連合軍人。訳のわからないテロリストに降伏する謂れはない。
(中佐、遅いな…もう五分は経ったはずなんだが)
 あれは何か秘策のある声だった。仮に、中佐が逃げるための囮にされたのだとしても、それはそれで護衛の任を全うしたことになるから、彼女としては悔いはない。
 やがて、シェリルが降伏勧告に応じる気のない事を悟ったか、相手の最終攻撃命令が下りかけたその時、救いの声が響き渡った。
「みんな、やめるにゃーっ!!」
 その声に、武装親衛隊だけでなく、シェリルまで動きを止める。
「今の声は…!」
「ま、まさか…!?」
 ざわめきが大きくなる。シェリルはそっと遮蔽物の陰から顔を出した。すると…
「かわねこ少尉…!? なぜここに」
 そこには、ゴスロリ服を着たかわねこの姿があった。この服は倉庫の中にあったコンテナの中身である。
「かわねこたんだ! かわねこたんだ!」
「かわねこたん、マンセー!」
「ジーク、かわねこたん!」
 叫びひれ伏すかわねこたん武装親衛隊の面々。その前に立ち、かわねこは涙を浮かべた目で訴える。
「かわねぎ司令を亡き者にして、ボクを新司令にしようなんて、そんな酷い事はして欲しくないにゃ…」
 崇拝する相手に自らの野望を否定され、武装親衛隊が動揺する。
「お、俺たちはただ単にかわねこたんのために…!!」
「そんなの、全然ボクのためにならないにゃ!!」
 かわねこが強い口調でさらに否定する。
「そんな、そんな酷いことをする人たち…ボクは嫌いにゃ」

ずがーん!

 武装親衛隊の面々にとっては、まさにそんな音と共に、百トンの重りを頭上に落とされたような気分だっただろう。
「そ、そんな! 俺たちを嫌わないでくれ、かわねこたん!」
「私たちが悪かった! だから…!!」
 懇願する彼らに、かわねこは聞いた。
「反省してるにゃ?」
『反省してます!!』
 直立不動し、一糸乱れず唱和する武装親衛隊。
「本当に本当かにゃ?」
『本当に本当だとも!』
 やはり、直立不動し、一糸乱れず唱和する武装親衛隊。
「じゃあ、しっかりお仕置きを受けるにゃ」
『了解! 我々はお仕置きを受けて…え?』
 彼らが戸惑った次の瞬間、武装親衛隊は全員シェリルに撃ち倒されていた。
「少佐、お疲れ様にゃ」
 とてとてとて、と寄って来たかわねこに、シェリルは尋ねた。
「かわねこ少尉、どうしてここに…?」
「え? あ、その…、ボクは…」
 かわねこが答えに窮していると、シェリルのほうから話題を変えた。
「それより、かわねぎ司令は?」
「あ、ぶ、無事ですにゃ」
 かわねこが言うと、シェリルはほっとした笑みを浮かべ、そのまま倒れた。
「え? あ、しょ、少佐! しっかりするにゃ!」
 よく見ると、シェリルは至る所に負傷していた。どう見てもまともには動けない傷だ。ここまで気力でもたせていたのだろう。かわねこは急いでレスキューを呼びに行った。

 一週間後、かわねぎ中佐とシェリルを乗せた宇宙艦は、テランを離れ、TS9直通のトランス・ワープチューブへの入り口へ向かっていた。まだシェリルの傷は完治していなかったが、もうTS9への航海程度なら支障がない、との診断が下されていた。
「本当に、連中を鎮圧したのは、軍の保安部隊なんですか?」
「ああ、間違いないよ」
 シェリルの何度目かの同じ質問に、かわねぎ中佐は同じ答えを返した。一週間前のあの事件は、彼を狙ったテロリストが軍の横流し物資を入手し、それを用いて行った襲撃事件として処理されている。
「そうですか…かわねこ少尉に会ったような気がするんですけど…それに…」
「だから、それは負傷して気を失った君の見た夢だよ」
 首を傾げるシェリルに、かわねぎ中佐は念を押す。型破りのTS9と言えど、いくら愛らしいとは言え、一介の少尉に熱を上げた一部の過激派が反乱もどきを画策した、などとは、外聞が悪くて言えたものではない。しかも、事が公になればかわねこにも累が及ぶ可能性があったため、ワイアード提督他数人の要人が動き、事件を秘密裏に処理したのだった。
「まぁ、今回の事は本当に感謝しているよ。君がいなければ、私は生きてテランを出られなかっただろう」
 そう言って、かわねぎ司令は頭を下げた。シェリルは慌てて首をぶんぶんと振る。
「や、止めてください、司令! 私はただ職務を遂行しただけです…痛っ…!」
 まだ直りきってない傷が痛み、シェリルは顔をしかめた。
「だ、大丈夫かね? 君も女性なんだから、身体は大事にしないと」
 かわねぎ中佐が労わりの声をかけると、シェリルはちょっと赤い顔をしてはい、と頷いた。
「まぁ、じっとしてれば、着く頃には治っているさ。帰ろう、懐かしの我が家、TS9へ」
「はい、司令」
 そして、宇宙艦はトランス・ワープチューブに突入した。目指すはTS9。そこでは、変わりない日常が二人を待っているはずだった。

―終―


あとがき
 シェリル少佐シリーズその3です。ギャグっぽい話にしようかと思いましたが、またしてもちょっとシリアス寄りかな? 舞台がTS9じゃないと言うのも原因かもしれませんが…
 彼女がギャグもこなせるまでに成長するには、もう少し経験が必要そうです(笑)。
 あと、今回はかわねぎ中佐のちょっと渋いところを出そうとしてみました。が、成功してるかどうかはちょっと不明です。もう一つ、途中でミルフィアの客演を期待された皆さん、すいませんでした。
 それではまた次回でお会いしましょう。


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