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「うっく…えぐっえぐっ」
 じーざ船長がモニターに向かってむせび泣いている。
「ううっ。マルチ…。帰ってきたんだ…マルチ…」
「よくビデオゲームでそんなに泣けますね」
 航法士のカムラ少年が呆れ顔で話しかけてきた。
「おう。泣いて悪いか。いや、これは泣くべきなんだよ! マルチの話か真琴の話で泣けないやつは俺は宇宙の漢とは認めねーからな」
「ビデオゲームにそこまでのめりこむのって、端から見てるとすごく変ですけど」
「変じゃねえ! 人として当然なんだよ!」
「…船長って単純だなあ」
「感受性が豊かと言ってくれ」
 そのとき、操縦席のコンソールから陽気なメロディーが流れ出した。
 地球の日本人なら笑点のテーマ曲だと分かっただろう。
 とたんに船長の顔が引き締まる。
「む? カムラ君。これは救難信号の着メロだ」
「救難信号にしては、緊迫感の無いメロディーですけど…なんでこんな曲にしたんです?」
「いや、どーせ他人の不幸だから」
「あのう、それは人として…」
 船長はどっか欠落しているか偏ってる。カムラ少年はそう思った。


宇宙貨物船すいんげる

じーざ船長の拾い物


作:七斬


 その救難信号は緊急脱出シャトルからのものだった。
「まあ、とにかく放っておいたら寝覚めが悪いし。回収するぞー。あポチっとな」
 すいんげるの横腹がぱっくり開き、マニュピレータが伸びて脱出シャトルを回収する。
 この脱出シャトルは中型以上の軍用艦にも標準搭載されている高性能タイプだ。
 母艦が破壊された後、自力で基地もしくは標準星間航路までたどり着けるよう、数回のワープが可能なようになっている。
 コクピットには誰もいなかった。ただ、後部の延命ユニットに、一人の少女が眠っていた。
 歳は8〜9歳だろうか。腰までの長い黒髪が美しい。ただ、耳からピンと伸びるアンテナのようなユニットとカチューシャのような小さなバイザー、水着のような装甲服が、少女の印象を冷たいものにしていた。
 じーざ船長とカムラ少年は、少女を船室に運び込んでため息をついた。
「うーん」
「せ、船長、この子は…」
「お? カムラ君も、かわいい子だと思うかい」
「へ?」
「いやー、こりゃ絶対神様が、いい子にしてたボク達へのごほうびに用意してくれたものに違いないよ」
「せ、船長、あのー、この子船長のストライクゾーンからちょっと外れているんじゃないですか?」
「んなもんちょっとだけだから大して問題じゃねーよ」
「あー、って、そうじゃなくて! 船長! この子はDOLLですよ! DOLL!」
「なに? DOLL? DOLL…どっかで聞いたことあるような」
「TS9で説明受けたでしょう! 覚えてないんですか?」
「れも副司令の美しい姿とれも副司令の美しい声は覚えているが」
「…じゃあ、れも副司令がその美しい声で何を言ってたか思い出してください!」
「あー、わかったわかった。ちょっと待て。思い出したから。確か、DOLLに注意するように言ってらしたなあ」
「この子が、そのDOLLです!」
 DOLL…全ての知的生命体を同化して増殖してゆく恐ろしい侵略者。宇宙の癌細胞。
 全ての連合市民は警戒せよ。
 この時期の惑星連合の公式見解ではそうなっていた。
 ただ、TS9のれも副司令は非公式に、DOLLと共存する方法を模索しているようだったが。
「ピナフォアちゃんのお友達ってことか。あの子はそんなに悪い子じゃなさそうだったんだよなあ」
「ええ」
「DOLLって、確か、軍に引き渡したら報奨金が出るんだよなあ」
「この子を軍に引き渡すつもりですか?」
「うーん…それがなあ」
「…」
「連合軍の、この宙域の最高責任者って、誰だと思う?」
「は?」
「デブだかマルハゲだか、そんな名前のヤな提督なんだよ」
「…名前はともかく、ヤバイ人なんですか?」
「そうそう。軍の中でも、保守派で超タカ派のデブ提督にこの子を渡したら…」
「どうなるんです?」
「さぞかし気分の悪いことになるだろうなあ」
「…」
「この子がどういう子か、ちょっと様子を見てみようと思うんだが」
「そうですね」
「まあ、この子が目覚めた後、同化してやるーとか、抵抗は無意味だーとか、愉快なNGワードほざいてくれたらそのときはこのトカレフで蜂の巣にして船外投棄って方向で」
 カムラ少年はため息をついた。
「船長…あんたって」
「しかし、見れば見るほどかわいいよなあ。この装甲服がほとんど半裸状態なのがエロチックだ。そうだ。DOLLなら頭の後ろに…ほらあった」
「触手ですか?」
「おう。真っ赤な触手だな。これで相手を捕らえて、動けなくしたあとで同化するんだそうだが…くっくっく。使えないように蝶々結びにしてやれ。わはは。リボンみたいだ。ますます可愛くなったぞ」
「せ…船長」
「そうそう。ちょっとこれを着せてみよう」
「船長、その服、どこから出したんですか」
「ん? さっき俺のコレクションから」
「よりによって、巫女服ですか?」
「いけないか? この子は黒髪だからきっと良く似合うぞー。あ、もしかしてお前、メイドさん属性だとかいわねーよな?」
「言いません!」
「そうだよな。やっぱ巫女さんだよ。巫女さんブラボー」
「こ、このひとは…」
 じーざ船長は鼻歌交じりにDOLLに手際よく巫女装束を着せてゆくが、いきなり手を止めた。
「どうしたんです?」
「…装甲が邪魔だ」
「はあ」
「この、胸と腰を覆う装甲が、巫女装束の上から段々になってしまうんだよ! 認めん! 俺は絶対にこんなの認めんぞお!」
「…」
「えい、くそぉ! この! この! なんでこの装甲は脱げないんじゃあ!」
「せ、船長…」
 しばらく船長は脱げない装甲と格闘していたが、しばらくしてあきらめたらしい。
「ちくしょう。装甲が脱げないならDOLLの存在意義は半減したも同然だな」
 船長は勝手なことを言って舌打ちした。
「しかし、ぜんぜん目を覚まさないな」
「DOLLといえば、確かお子様ランチがすきなんですよねえ」
「カムラ君、ナイスアイデアだ。食い物の匂いを嗅がせれば目を覚ますかもしれん」
 じーざ船長はカムラ少年の言葉にポンと手を打った。
「お子様ランチか。なつかしいなあ。ガキの頃、親に連れられてデパートの食堂で食ったっけか。そうだ、カムラ君。お子様ランチを作れ!」
「お子様ランチって、要するに子供向けの軽食でしょう?」
「いや、あれはあれでなかなか奥が深いぞ」
「そうなんですか? じゃ、どんなもの作ればいいんです?」
「ああ。そうだなあ。まず、ご飯ものは外せないな。チキンライスとか、ピラフとかなんだが、これをきれいな山型に盛るんだ」
「なるほど」
「それからハンバーグは押さえておきたいな。デミグラスソースのかかったやつ」
「ハンバーグと」
「スパゲティナポリタンなんかひと盛りあるとなおいいぞ。味付けは甘めにな」
「はい」
「重要なのがデザートだ。小難しいのはいらん。子供がぱっと見てぱっと食いたいと思うようなデザートがいい。冷蔵庫にプリンが残ってたはずだ。あれがいい」
「えーっ? あれ、僕の分ですよ」
「DOLLをもてなすためだ。我慢したまえ」
「とほほ」
「飲み物としてジュースと」
「冷蔵庫にあるジュースを使います」
「待てよ、あれは俺の」
「僕がプリンを提供するんだから、船長も何か出してください」
「うーん、仕方が無い」
「オレンジジュースですね」
「あー、ちょっと待て。あれはオレンジジュースじゃない。みかんジュースだ」
「同じでしょ?」
「ちがうぞ! オレンジとみかんは別物だ! みかんの透き通った甘酸っぱさを、オレンジの甘さといっしょにしちゃいかん!」
「こだわりますね」
「まあな。これらを全て一つのプレートに盛り付けるんだ。そうそう、あと、重要なのがひとつある」
「何です?」
「旗だよ。旗」
「旗ですか?」
「そうだ! お子様ランチには絶対に小さな旗が立ってないといかんのだ」
「絶対ですか?」
「そうだ。絶対必要なんだ。旗が立っていることにより、子供の征服欲が食欲と連動するんだ」
「そんなもんですか」
「そんなもんだ。とにかく、旗は作っておくから、ランチのほうを作っておいてくれ」
「はい。わかりました」
 カムラ少年が台所で料理をしている間、じーざ船長は爪楊枝にキッチンペーパーを巻いて旗の形を作る。
「旗のデザインはどうするかなあ。…そうだ。あれがあった」
 旗の真ん中になぜかたまたま持っていた『よくできました』のはんこをぺたりと押して、旗は完成した。
「船長、言われたメニュー一通り用意しましたよ」
「お。さすが早いな。よーし。この旗をライスの上に立てて、完成だ」
「へえ。旗を立てるだけで結構形が面白くなりますね」
「だろう? しかし、どこか物足りんな」
「そうですか?」
「うーん。確か、昔食ったお子様ランチには、おもちゃがついてたんだよなあ。ちょっと待ってろ。持ってくるから」
「船長、何でも持ってるなあ」
「まあな。趣味については妥協しないのが漢ってもんだ」
「でも船長」
「何だ?」
「もうランチがDOLLに食べられてます」
「おぉ?」
 目を離した隙にDOLL少女が起き出して、先割れスプーンをグーの手で持ってお子様ランチにパクついていた。
「いつのまに!」
 ハンバーグとスパゲティを瞬く間に平らげ、旗を丁寧に取り除いて満面の笑みを浮かべつつライスの山を崩してゆく。
 その仕草のひとつひとつが愛らしい。
「可愛いですね」
「いかんな。いただきますって言うのはちゃんとしつけとかないと」
 船長とカムラ少年は、お茶を飲みながらDOLLがお子様ランチを食べるのを眺めていた。
 DOLL少女は最後のお楽しみにプリンとジュースを残しておいたらしい。
 まずプリンの方に手を伸ばした。
「おーい、みかんジュースの前にプリンなんか食ったら…」
 DOLL少女はプリンを食べた後にジュースを口にして、すっぱい顔になる。
「…こうなるんだよなあ」
「僕も何度かやりましたよ」
 船長とカムラ少年はDOLLの小さな失敗ににやにや笑いを漏らした。
 DOLL少女はランチを残さず食べてしまうと、ランチを食べている間に船長が用意したおまけのおもちゃに目を向けた。
「ん? これか? 欲しいならやるぞ」
 じーざ船長が用意したのは駄菓子屋で売っているようなプラスチック製の小さなおもちゃだった。
 紐のついた重りをテーブルのへりから落とすと重りと紐に引かれて人形がカタカタと動く仕掛けだ。
「こうやって遊ぶんだ」
 じーざ船長がやってみせると、DOLL少女は手を叩いて喜んだ。
 そして自分でも何度も繰り返し繰り返し遊ぶ。
「しかし、この子、全然喋りませんね」
「ああ。言葉が通じないってことは無いと思うんだがなあ」
 DOLL少女はおもちゃで遊ぶのにも飽きたのか、周りをキョロキョロと見回し、考え事をするように首を傾げた。
 そして椅子からトンと降りると、チョコチョコとした足取りでじーざ船長たちの方へ近づく。
 何をするのか見守っているじーざ船長たちに向かってゆっくりと口を開いた。
「我々はDOLL。お前たちを同化する。抵抗は無意味だ」
「……」
「……」
 じーざ船長は黙って懐からトカレフを取り出し、カムラ少年は戸棚からワイヤーロープを取り出した。

「ぷぎゃあああ! ごめんなさーい! もう言いませーん!」
 数分後、じーざ船長たちが一体どうやったのかは不明だが、ワイヤーロープでぐるぐる巻きにされたこのDOLL少女は生身で宇宙遊泳していた。
 実際には蜂の巣にされなかったのと、命綱がちゃんとつけられていたのはじーざ船長たちのお情けである。
 じーざ船長はこの日の航海日誌にこう記録した。

  ○月×日 ヘンなの拾った。



                                ―おしまい―



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