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 辺境宙域の哨戒パトロールに出ていた連合の駆逐艦、USS『さんよう』は、連合の領域を進入しようとする不審船を捉えた。
 船籍コードも無く、通常の航路から離れた場所から違法進入しようとする不審船の行為に、『さんよう』のブリッジはにわかに殺気立った。
 すぐさま不審艦に打電。「貴船は連合の領域に不法侵入している。船籍コードを明らかにした上、直ちに停船。本艦の指示に従うように」の文面を銀河標準語で打電し、第2種戦闘態勢のまま国際規約に則った回答時間を待つ。
「素直に停船しますかね?」
 打電した当人である副長が、首をかしげながら艦長に尋ねる。
「多分、しないだろうな。船影を見る限り、あれは同盟の駆逐艦だろう。何らかの情報収集に領域侵犯したと考えるのが妥当だ!」
 キャプテンシートで腕を組みながら艦長が答える。ライブラリーによる照合で、95パーセントの確率で同盟のアルガード級高速駆逐艦と出たとはいえ、船籍コードを消している以上、たとえ同盟の艦と目視確認をしても、撃墜ではなく停船拿捕が原則なのである。
「そうなると交戦も視野に入れる必要がありますね」
「それはまず無いと思うが、第1種戦闘態勢は敷いておいてくれたまえ」
 艦長のその言葉の後、戦闘待機を示すアラームが鳴り響き、ブリッジの照明が赤い非常灯に切り替わった。ブリッジや機関室にいるクルー達に緊張が走る。
 最後通牒の時間が迫る中、不審船が身をもって回答を出した。
「不審船、回頭90度! 最大速力で逃走します!」
 相対速度を合わせるべく『さんよう』が制動をかけた直後、その一瞬のタイミングを見計らったように
「逃がすな、追尾するぞ! 面舵90度。スラスター一斉噴射! 機関全開、両舷全速! なんとしても追い詰めて拿捕しろ!」
 艦長の檄がブリッジ一杯に飛ぶ。
 機関長がすぐさま呼応し、艦が90度回頭した。エンジンが唸りをあげ加速を開始すると、激しい振動がブリッジを覆い、次々と飛び込むデブリによって前面のシールドが鈍く発光するが、前方の不審船との距離は一向に詰まらない。
「ブースター点火。なんとかヤツの頭を押さえるんだ!」
「ブースター噴射します」
 操縦士が復唱しブースターのノズルに火が点る。次の瞬間、弾かれたように『さんよう』の加速に勢いが付いた。
 しかし不審船の加速は凄まじく、ブースターの投入をもってしても一向に詰まらない。それどころか、『さんよう』の駆動機関は全開運転による過負荷からオーバーヒート寸前であった。
「エンジン内部の温度がレッドゾーン突入しました。あと90秒で自動停止します」
 機関長が悲鳴を上げる。
「フェザーによる威嚇射撃を許可願います」
 いつまでたっても詰まらない距離にいらだちながら、砲術長が具申する。
「ダメだ! それではますます距離が開いてしまう!」
 既に予備動力も含めて、全てのエネルギーがエンジン出力に回されている。フェザーにエネルギーを回せば、艦速が落ちてロストしてしまうのは必至だった。
「不審船との距離は?」
「0.8光秒です。現在の速度比では、3千秒後に0.9光秒に差が開いてしまいます」
 シュミレーション結果を伝える索敵士官の答えに、座したまま艦長が唸った。
 『さんよう』は既に全力航行を敢行している。ブースターの推進剤は枯れかかり、エンジンは過負荷運転によるオーバーヒート寸前の状態なのだ。テクニックでは絶対の自信があるが、デブリひとつないこの空間では、単純に艦の性能差がそのまま距離の差となってしまう。このまま追跡を続けてもロストするのが時間の問題なのは明らかだった。艦長はスクリーンに映る不審船を睨みつつ決断を下した。
「止む得ない。光子魚雷で奴の足を止める。スタンバイ!」
「アイ・サー!」
 砲術長が復唱し、光子魚雷のセーフティーが外された。
 が、その決断は遅過ぎた。光子魚雷の発射準備の最中、不審艦は逃走の準備を完了させていた。
「不審船、ワープします! ワープ4……5……6……ワープ8! ダメです! ロストしました!」
 索敵仕官が悲痛に叫ぶ。『さんよう』に搭載されているワープ機関では、全開でもワー7が限度なのだ。
 スクリーンにはもはや何も映っていない。不審艦をロストした『さんよう』を嘲笑うかのように、ただ漆黒の宇宙空間が有るだけだった。
 バン! 
 艦長がコンソールに拳をたたきつけた。
「この艦ではもはやダメだ!」


 日々高性能化する同盟の艦船に対して、連合の駆逐艦の能力が低下してきたことを如実に示す出来事の一つだった。
 





「けいんず」級連合制式駆逐艦改善リポート



作:よっすぃー






 その日。連合の技術将校プー・ナガワは、軍令部の首席補佐官を勤めるルーベルトに呼び出された。
「至急登庁せよ。キミにやってもらいたいことがある」
 ルーベルトからのメールはそれだけしか書いてなく、仔細な内容が一切不明なのだ。
 これは極めて異例だ出来事だ。セキュリティーが厳重でハッキングがまず不可能な軍用メールを用いながら、更に秘匿性を求めているのだ。
「内容はわからないが、厄介ごとだということは容易に想像できるな」
 まだ32歳と若年ではあるが、連合技術局第2設計課の課長として忙しく飛び回っているプーは、数多い連合の技術者の中でも特にバランス感覚に秀でた存在として上層部から一目置かれている。
 それ故依頼される仕事もの量も非常に多く、彼のデスクには未処理の命令書がうすら高く積み上げられているというもっぱらの噂だった。
 もっとも、彼をよく知る者たちの証言だと、「それは噂ではなく事実だ」と口をそろえて語っていた。事実、彼の机の上は口の減らない同僚から「山脈」と呼ばれ、椅子のある部分は「峡谷」とか「クレバス」などと揶揄されており、書類を捜すのでも「あれは発掘だ」とまで言われる始末だった。
 能力のあるものに多忙が比例する典型的な例といっても良いのかもしれない。
 それはともかく、首席補佐官からの呼び出しともなれば尋常な事態ではない。今している仕事を途中で放棄してでも、彼らの元にはせ参じる必要がある。
 連合の軍司令部も技術局も惑星テランに設置されている。プーはすぐさま技術局を後にして、首都行きのリニアトレインに飛び乗った。


「理由の委細も書かずに、急に登庁せよとは、いったい何事ですか?」
 軍令部に出頭するや否や、プーはルーベルトに噛み付いた。多忙を極めるルーベルトにとって、リニアトレインに揺られる2時間は、なんとも無駄な時間なのである。
「まぁそう言うな。2時間とはいえ、少しは休養になっただろう」
「冗談を言っている余裕はないのです! 技術局の多忙は補佐官も重々ご存知のはずです。2時間という時間が我々にとってどれだけ貴重か知らないとは言わせませんよ!」
 ソファーに寛ぎながら答えるルーベルトに対して、こめかみをびくぴくさせながらプーが怒鳴る。事実2時間もの時間があれば、命令書のひとつでも実行できようというものだ。
「キミ達が多忙なのはもちろん知っている。直接の戦闘が小休止したとはいえ、同盟側との戦争は継続状態であり、そのための技術開発に手を抜くことは出来ない」
「そこまでご存知なら……」
「だからこそキミを呼び寄せたのだ。このプロジェクトはキミとキミのチームにしか、成し得ることが出来ないと判断したのでな」
 ルーベルトはプーとそのチームを名指ししたのだ。今取り掛かっているプロジェクトを全て放り出しても取り掛かって欲しい、緊急かつ重要なプロジェクトがあると言って。
「そこまで渇望されているのならお聞きしましょう」
 プーもまた耳を傾けた。そして度肝を抜かれた。
 その内容の凄まじさに。

「けいんず級汎用駆逐艦の性能向上計画」


 手渡された仕様書の表紙にはそう書かれていた。
「ちょっと失礼」
 そう断ると、プーはルーベルトのいる席上で、その分厚い仕様書をめくり始めた。大雑把な印象を掴むための斜め読みだったが、読み進めていくうちにプーの顔色が蒼白に変わっていった。
「冗談……でしょう? ……」
「冗談だったら良いのだが、目一杯切実な要望なんだ」
 仕様書を手渡したルーベルトも深刻そうな顔つきで語る。
「厳しい要求と期限だが、なんとしてもやり遂げてもらいたい」
 そう言ってルーベルトが頭を下げた。官位が遥かに上であるルーベルトが、一介の技術課長に頭を下げるのは滅多に無いことである。それだけに事態の深刻さが伺えた。

 ここでまず「けいんず」級の説明をしておいた方が良いだろう。
 「けいんず」級駆逐艦は、宇宙暦で2年前に竣工した連合の最新鋭汎用航宙艦である。
 全長凡そ100メートル。3層デッキプラス艦橋を備えた直径50メートルあまりのコアブロックの艦体をベースに、本体後部に直付された2基のワープユニットと、艦底部に据えられた複合ノズルのエンジンユニットから構成される。
 エンジンユニットを別モジュールにすることで被弾時の居住区画の被害を最小限に留め、投擲可能な構造は、機関誘爆による艦破壊から乗員を守るように出来ている。
 またワープナセルに直付された水平翼と垂直翼は、有大気惑星上での安定飛行が可能なように設計されており、他の連合艦船とは一線を隔している。
 最大艦速はワープ7、通常航行では光速の10パーセントの能力を有している。主な武装はフェザーが2門に光子魚雷発射管4門が標準装備。必要に応じてトラクタービームなど各種装備を取り付けることであらゆる用途に対応している。汎用性が高く機動性に富んだ小型ながら優秀な艦である。
 それを40名のクルーで扱うのだが、「けいんず」級ではブリッジに詰める5名のクルーで操艦から攻撃まで全てのコントロールが可能であり、更には高度なAIバックアップシステムの採用により、最悪1名になっても操艦が出来るようになっている。
 これは「けいんず」級に限らず連合の全ての艦艇に共通した設計思想なのだが、限られたマンパワーで出来るだけ多くの艦船を用いることを戦術の基本としており、超弩級戦艦から巡視艇までサイズを問わず全ての艦船が、少数精鋭で運行可能なシステムを有している。「けいんず」級はその思想を極限まで追求した艦なのである。
 その汎用性と機動力の高さから、艦隊の護衛艦から偏狭のパトロール艇までありとあらゆる用途に用いられ、わずか2年余りで2000隻以上建造さるに至った、名実ともに連合の主力艦なのでである。

                                上面図
前面図側面図後麺図
                                  下面図
 


「けいんず」級駆逐艦5面図

 
 

 短期間でそれだけの数を作っただけに、当然のことながら各部署からの改善の要求は多く、多くの小改造が施されていった。
 代表的な例だけでも スラスター増設による旋回性能のアップ・前面シールドの強化 ・艦橋計器類の視認性向上 ・ライブカメラの倍率アップなど3桁では下らない改良が施されている。もちろん、それらの改良のいくつかは、プーの所属する技術2課が担当し、相応の成果を挙げていた。
 しかし今回軍令部から出された要求は、そんな「小改造」とは異なり、「型式は同じだが全くの新型艦」を建造するに等しい変更要求だった。
『艦速を現行速度から10%アップ。ワープ能力をワープ7から9に向上。但し艦のサイズならびに搭載能力の変更は認めない』
 仕様書の緒元に書かれている要求を見て、プーは身震いをしたと言う。
 しかも期間は半年。第4期増備計画の200艦から適用するという性急な計画なのである。
 その要求のハードルの高さと工期の短さから、プロジェクトの達成に否定的になるプーに向かい「事態は逼迫しているのだ」と、軍司令部次官のルーベルトが説き伏せた。
 ルーベルトの説得はり簡潔かつ理詰めで、竣工当初こそその高性能を如何なく発揮した「けいんず」級だったが、同盟側の技術革新も著しく、次々に出現する新鋭艦に対して、性能的なアドバンテージが劣勢になりつつあると言うのだ。
 事実、連合の機動部隊でも、敵艦隊に対する「けいんず」級駆逐艦の相対能力不足の声が聞かれ始めたし、偏狭部の哨戒パトロールでは、不審艦艇の追跡をロストした報告が多数挙げられるようになって来た。
 その手の事例はプーの耳にも入ってきており、根本的解決を要することは十分に理解できる。
 ただ問題は、期間があまりにも短すぎることだ。半年という時間で解決するには、あまりにも困難な事柄が山積している。
 「これはエライ仕事になるぞ」
 いわいる「机上の技術者」と違い、暇さえあれば現場の基地やドックに通い詰める実務肌のプーには、要求される事項の切実さが骨身に染みていたし、目の前のハードルが一層高く感じられた。
「連合の未来はキミの頭脳に掛かっている」
 ルーベルトは比喩でもなんでもなく、真実としてそう語った。

 一般に艦の速度を上げようとすれば、大出力のエンジンに換装するか、艦体を軽量化するかのどちらかである。その際の問題点として、前者はそれに伴う補器類の増大、後者は装備類の削減を余儀なくされる。
 小型軽量を標榜してして設計され、徹底的に無駄な贅肉を削ぎ落とした「けいんず」級駆逐艦に、これ以上軽量化する余地は殆ど無い。
 そうなると取れる選択肢は、大出力エンジンの搭載である。
 本来ならば技術3課で開発中の高効率動力ユニットの搭載が望ましいのだが、半年しかない開発期間。しかも即実戦配備のタイトなスケジュールでは、不確定要素の残る試作ユニットを搭載するわけには行かない。プーたち開発チームは、手持ちの動力ユニットで質量計算をし、要求能力を満たす最も小型のユニットを選定する作業から始めることにした。
 シュミレーションを行うこと13度。計算の結果、2クラス上の巡洋艦「あるふぁ」級の動力ユニットならば、要求された性能を満たすことが判明した。
「次の段階は実験だな」
 シュミレーション結果が出ると、プーは息つく間もなく実証試験の申請と、実験艦建造の稟議を軍令部に提出した。
 膨大な予算を使うだけに、本来ならば山のような関係書類と計算書を提出しなければならないのだが、プーは1枚の書類に全てを集約した。
 曰く、「このエンジンが載らないと予定の性能が満たせない」ただその一文だけだった。
 なろうことか、申請はわずか15分で受理された。ルーベルトの言う「自体の逼迫」は余程切実なのだろう。即断を身上とする軍令部とはいえ、15分は異例の早さだ。しかも実験艦の建造では時間がかかるとばかりに、既存艦の改造まで許可するという気の配りようなのだ。
 補機類のレイアウトは後回しにして実証試験とばかりに、プーは部下のカシムに「あるふぁ」級巡洋艦用のエンジンとワープユニットの搭載を指示した。
「課長、積み込めったって「けいんず」級にこのエンジンユニットは収まりきりませんよ」
 船体設計のカシムの愚痴に、「細かなレイアウトは後で決める。まずは計算通りの能力が出るか実証しないと、次のステップどころか話にもならない」とばかりに激を飛ばし、徴用した艤装途中の駆逐艦『おるてが』のエンジン類を、「あるふぁ」級のそれと積み替え、僅か1週間で実証艦を作り上げた。
 カシムの言う通り、「けいんず」級のエンジンベイに「あるふぁ」級のエンジンは収まりきれない。そこでカシムは本来のエンジンブロックの横に実証用エンジンを外付けとし、本来エンジンが搭載される場所に補機類を押し込んだ。
「ホントにプー課長は強引なんだから」
 ぶつぶつ言いながらカシムが陣頭指揮を執り再艤装した『おるてが』は、エンジンユニットが本来用途と実証用とが並列で並び、ワープナセルに至っては架台から上のカバーは無いという有様で落成した。
 その異様なスタイルは、「見るからに無様な艦だった」と、後にカシムが述べている。
 とにもかくにも無理やり収めたエンジン等に、これまた急ごしらえの装甲を施して、実証試験艦をワープテストするところまでこぎつけたのだった。


 それは、おっかなびっくりの航海だった。
「ホントにこんな艦で大丈夫ですか?」
 長年試験航海の評価担当に携わっているオットー大尉にしても、これほど異様な姿の駆逐艦を見るのは初めてだった。
 航宙艦というものは、例え試作艦であっても、見た目だけなら新造艦となんら変わることがないのが常識であった。違いといえば兵装が無かったり、内装が省略されていたり、居住区の変わりにコンテナハウスを組み込んであるなど位で、それらは航行に直接影響の受けないものばかりである。
 ところがこの『おるてが』ときたら、エンジンはヘンなところに付いてあるわ、ワープユニットは妙に膨れており、その上から板金したような申し訳程度の装甲が施してあるだけで、お世辞にも完成した艦と呼べる代物ではなかった。
「アフターバーナーとワープナセルがあるから、航宙艦には違いないとは思うけど、それにしても表現のしようが無い艦ですよね」
 オットー自身、こういうゲテモノデザインの艦船も嫌いではないが、自分が操艦するとなると話は別だ。この艦はどう見ても、実験室でのプラント試験がお似合いの艦なのだから。
「不恰好ではありますが、戦闘をしたりデブリ帯の中にあえて飛び込まなければ問題になることはありません。この実証艦の目的は、計算通りの艦速とワープが出来るかを探ることですから」
 言葉を選びながらプーが説明する。彼にへそを曲げられると困るのだ。この実験航行を正確に評価できるのは、オットーをおいて見当たらない、優秀なテストパイロットは得てして気分屋が多いのであった。
「その結果……分解なんてことは無いでしょうね?」
 いくらプーの頼みとはいえ、見た目から来る印象にオットーの不安の色は隠せない。
「あまり強引な転進はしないで下さい。それさえなければ艦の強度は保証します」
 プーが深々と頭を下げる。現場至上主義とはいえ、プロ意識の高いプーにしても滅多にとらない態度であった。
「まぁ、プー課長のおっしゃる事ですから……信用しましょう」
「それではこの耐Gスーツを着用してください」
「航宙艦で、ですか?」
 見た目から漠然と感じていた不安が、いよいよ現実のものとなる。戦闘機ならともかく、人工重力の働く駆逐艦で耐Gスーツを着るなど前代未聞だ。
「念には念をです」
 脅かすようにプーが言う。
 実際問題、艤装途中で徴用しているだけに、その手のテストが出来ていない『おるてが』では、耐Gスーツの着装は必要不可欠なのである。オットーはぶつぶつ文句を言いながら耐Gスーツに着替えて、『おるてが』に搭乗した。
『さくさくテストをやりますよ』
 インカムに伝わるオットーの声は、いかにもやる気の無い声だった。完成まじかの艦と違い実証艦である事、その形があまりにも不恰好なことから、仕事とはいえタカをくくっているのだった。
「とにかく最大艦速で直線に飛ばして、そのままワープに入ってくれ。それで本実験は終了だ」
 プーが答えると同時に、船台ロックが外され『おるてが』のエンジンに火が灯った。
 弾けるように発進した『おるてが』の加速は、それまでの「けいんず」級のそれを遥かに凌駕していた。
『これ、不恰好だけど、加速は凄いぞ!』
 今までと違う手応えから、オットーの気合にもスイッチが入ったようだ。『おるてが』は見る見る間に最大加速に達し、そのままワープ航行に移行した。
「あの結果が出せたから成功へのメドがたった」
 プーが言うように、「あるふぁ」級のエンジンを搭載した『おるてが』は、試験航行で仕様通りの艦速と超光速航行ワープ9.1を叩き出すことに成功した。
 それはプーを始め開発陣に一条の光明を与えた。


「この実証試験は、机上の理論を現実で見せてみたに過ぎない」
 実験が成功すると同時に、プーはすぐさま設計室に篭った。彼の言う通り、現実の艦船に積むには越えなければならない問題が山積していた。
「もっとも問題だったのはけいんず級のサイズに収まりきらないことだった」
 カシム同様設計に携わったアリアドネは回顧する。
 実験艦では耐久性などを一切無視して、「ただ搭載」するだけでその目的は達成されるが、実戦配備される量産艦ともなればそうはいかない。
 先に述べた耐久性は言うに及ばず、エンジン等を保護する装甲にそれを支える支柱などの強度。さらには推進剤のタンクや冷却装置のレイアウトなど、気が遠くなるほどの変更項目が発生するのである。
「まずなんといっても、エンジンのコンパクト化を図る必要があった」
 開口一番、プーがそう語った。
 「あるふぁ」級のエンジン搭載で艦速が要求を満たしたのは良いが、無用に大きなエンジンではいたずらに重量がかさみ、航続距離などに影響が出てくる。そこでプーは搭載前の裸のエンジンを1基用意させ、完全に分解することをカシムとアリアドネに命じた。
「マジですか?」
「冗談ですよね?」
 カシムとアリアドネが口をそろえて尋ねてくる。が、プーは自らレンチを持ち白い歯を見せて笑った。
「冗談などではない。目一杯本気だよ」
「またどうして? ふつうは工作班にやらせるでしょう?」
 アリアドネの問いかけに一言で答える。
「それでは既存の枠から離れた発想が出来ないよ。キミも私もエンジンそのものに精通している訳じゃないし、理論や知識で知っていても肌で感じているとは思えないんだ」
「しかし……」
「国家予算でこれだけの大物を堂々と壊して良いんだ。こんな機会は滅多に無いぞ」
「そりゃ、そうかもしれませんが……」
 茶目っ気一杯に言うプーにカシムとアリアドネが尻込みする。
 たった1基とはいえ「あるふぁ」級のエンジンは、直径で10メートル・長さに至っては30メートル以上もある。これに直付けするように敷設されているアフターバーナーを含めると、優に50メートルを超える巨大な金属の塊なのだ。クレーンなどの文明の利器を使っても、解体は一筋縄でいかない代物である。
「なんの因果でこんなことするんでしょうね?」
 天井クレーンに動力パイプを吊るしながらアリアドネが愚痴った。
「そりゃ、軍令部が無理難題を押し付けるからだろう」
 即答でカシムが返す。そう言いながらも仕事の手を止めないのはサラリーマンの鑑であった。
「このでか物をそのまま押し込んだら、船体設計を一からやり直さないといけないんだ。工期を考えたらそれこそ愚痴では済まなくなるぞ」
 プーの脅しにふたりは震えた。
「勘弁してください」「謹んで遠慮します」
 カシムとアリアドネが口々に叫ぶ。
 駆逐艦クラスとはいえ航宙艦を一から設計するとなると、1年近い歳月と、万を超える図面が必要になる。その過酷さを回避するには、なんとしても小型化の糸口を掴まなければならない。ふたりの表情が一気にマジモードになった。
 解体を行いながら構造解析を行った。少しでも小型化が出来るように。
「2割体積を減らせば何とかなるから探してくれよ」
 プーも図面片手に補機類を外しだした。
 大きなプラント、特にエンジンともなると、概念設計はともかく詳細な設計は複数のエンジニアによる分業が敷かれている。頻繁な打ち合わせによって意思の疎通やすり合わせは絶えず行っているが、それでも完全な疎通は不可能なのだ。そこでエンジニア達は己の仕事に保険をかける。
 安全係数の過大採用である。
 仮に要求する安全率が500%だとすると、520%にアップするなどプラスアルファーの強度で図面を引き、より厚い構造・より大きなパイプなどを用いて自身の担当部署が原因の不具合を回避しようとするのだ。
 その結果、耐久力のある丈夫なエンジンは出来上がるが、反面大きく重く不合理なエンジンになってしまう。
 プーの狙いは、そうした不合理箇所を探し出し、エンジンをシェイプアップしようというのだった。
「この17番の動力パイプなんだけど、32番のパイプと兼用できないかな?」
 いくつかの動力パイプを取り外したカシムが、首を傾げながらふと漏らした。17番と32番の動力パイプ。どちらも推進剤の供給用のパイプだが、常用する設定圧では、少々過剰とも思える太さに思えたのだ。
「ちょっと図面を確認しますね」
 アリアドネが分厚い図面のファイルをめくり始めた。
「どれどれ……17番と32番ですよね。最大圧力と流量がこれだから、規定の安全係数が500%で、余剰分がこれだけあるから……
 口径をもう2サイズ大きくすれば、十分な流量を確保できますね。いけるかも知れませんね」
「その理屈でいくと、25番と4番。16番と8番の動力パイプも統合可能だろう?」
 すかさずプーが意見を述べる。
「そうですね。これで動力パイプを3本削除出来ますね」
「そうするとポンプも3基落とせる訳だ」
「取り付けBKTの台座も削れますね」
「台座を削った後の部材の肉厚はどうだ?」
「理論上は丸々10ミリ薄く出来ますけど、応力とかの変動を考えると、8ミリ位でしょうか?」
「そのままだったら8ミリが限度だろうが、前後のパネルを一体化すれば10ミリ丸々削れると思うぞ」
「そうですね。じゃあ、ここもメモっておきましょう」
 机上では思いもよらなかったアイデアが、解体作業をすることによって次々に浮かんでいった。
「それにしても……よくもこれだけ無駄な箇所がありましたね?」
 半ば感心、半ば呆れながらアリアドネが言った。
 巡洋艦クラスとはいえ「あるふぁ」級は軽巡洋艦に分類されるサイズだ。
 軽巡洋艦は駆逐艦や雷撃艇等と共通で運用され、主に戦線の攪乱や陽動に用いられる機動性重視の艦艇である。したがって艦の質量は、軽ければ軽いほど有利なのである。
「なのにこれだけ無駄があるって言うのは、ある意味考え物だよな」
 兵器である以上、安全係数が高く採っているのは解る。場所によっては想定される応力の30〜40倍を基準とする箇所も必要だろう。しかしそれが、70〜80倍もあればどうなるのか? それは無駄な質量ではないだろうか?
「それを上手に削れば推進剤タンクの容量や、エンジンユニットの大幅な変更を回避することが出来るかもしれないだろう」
 額に汗をかきながらプーが語った。

 同様の作業をワープユニットでも展開し、エンジンと同様約20%のシェイプアップが可能との感触を得た。
「これでなんとかメインフレームを弄らずに、エンジンとワープユニットの換装が出来そうだな」
 エンジンの大型化による燃費の悪化は、エンジン工廠での新型ノズルの採用で、かなりの部分が軽減できる見通しも立っていた。
 着手から4ヶ月あまり。どうにか予定の納期で完成できる手ごたえに、プーは安堵していた。

 が、事態は思わぬ展開を見せてた。


「ワープ能力を9.99に向上! 艦速も同時に当初計画より更に上積みして、現行より30%アップですって! しかもスケジュールは当初予定通りって……」
 そのとんでもない命令を聞いたのは、設計作業もほぼ終わった頃だった。
 いきなり現れた軍令部の事務官コーキンスが、「仕様が変わりましたので」と、事前の根回しも一切なしに事務的に言い放ったたのであった。
「冗談じゃない!」
 軍令部の仕様変更要求にプーは顔を真っ赤にして怒りを表した。
「改良計画の骨子では、ワープ速度は9以上あれば良いということだったじゃないですか! それを9.99に変更だなんて。出来るものと出来ないものがあります!」
 既に図面は完成し、納入業者への発注も始まっているのである。「変更だ」「はい」で簡単に出来るようなものではない。
「軍令部で決まったことです。あなた方はそのスケジュールで再設計していただきたい」
 軍令部の高官、コーキンスはあくまでも事務的に命令を告げた。彼にとって命令は絶対であり、反論は軍批判という思想を持っており、プーの言葉は単なる「言い訳」としか捉えられないのであった。
「決まったって……って。話が違うじゃないですか! ルーベルト事務官からはそんな連絡は受けていません!」
「ルーベルトを通じていたら時間が掛かりすぎる。だから私が直接伝えに来たんだ」
「直接って?」
「キミに説明する必要はない!」
 その一言で軍令部の軋轢を察したプーは、そのことには言及せずに現実の問題を説明することにした。
「兵器である以上、性能の鋭意向上は必要ですし、その理由も理解しています。しかし詳細設計の終わった艦を「要望だから」と簡単に性能向上は出来ません」
「出来ないではなく、どうそれば出来るかを考えるのがキミ達の仕事ではないのかね?」
 説明の仔細を聞くでもなく、コーキンスは「日程の変更は認めない」の一言で押し通した。
「出来ないとは言っているのではありません。要求する仕様を満たす時間が無いと言っているのです。軍令部の要求を満たすためには、小型高効率ユニットの開発が不可欠です。もちろん設計は行っていますが、実艦に搭載するには更なる熟成が必要です。言われている期日には到底間に合いません」
「被害を被る業者には保証をすれば良いだろう」
「業者に対してはそれで良いかも知れません」
「ならばそうしたまえ」
「しかしエンジンやワープユニットなどの緒元も決まっているのです。この動力ユニットではコーキンス事務官の仰る性能は出せません」
「それくらいは私にも判る。「あるふぁ」級をベースにしているのだからな。このサイズの艦に「ぺがっさ」級の動力ユニットを搭載すればどうなるね? 十分な性能が発揮できると思うが? 既存のユニットを採用するのだからそれ程時間も掛からないだろう」
 戦艦である「ぺがっさ」級の動力ユニットなら、計算などしなくてもそれだけの能力を発揮できるのは間違いない。しかし、だ。
「待ってください! レイアウトに余裕のない「けいんず」級にこれ以上の大出力ワープユニットは積めません!」
 駄々っ子をあやすようにプーが説明するが、技術アカデミー出身のコーキンスは「まぁ、待て」と反論する。
「今のレイアウトにエンジンの出力ではキミの言うとおり無理だろう。しかしエンジンとワープナセルの位置をトレードしたらどうかね? 十分なスペースが確保出来じゃないか」
 ディスプレーの図面を叩きながらコーキンスが力説する。言葉の端々に「それくらいの機転が利かなくて技術工廠の課長をやっているのか?」という侮蔑の顔が見え隠れしていた。
 なまじ知識があるだけに、中途半端に目端が効くのだ。
「こういうタイプがいちばん厄介です。知識を過信しているから我々の耳を貸さない。しかも知識が中途半端なだけに破綻していても気が付かないのです」
 後に苦笑交じりにプーが語った。
「とにかくこれは軍令部の決定事項だ。スケジュールの遅延は認めない。予定の日時に1号艦を進宙させるように。いいな」
 言うだけ言うとコーキンスは設計室を後にした。


「困ったことになったな」
 確かにコーキンスの言うとおり、エンジンユニットの区画に「ぺがっさ」級戦艦のワープユニットを押し込み、エンジンをワープユニットの位置にトレードすれば搭載は可能である。
 だがプーはその案を、「航宙艦のなんたるかを知らない人間の設計」と一刀両断する。
 その根拠として、推進剤のレイアウトが全く持っておざなりであり、艦本体に入れれば被弾の際の危険性が増しカーゴスペースが犠牲になること。従来の位置に置くと長い動力パイプが必要になり、効率が悪い上にこれまた被弾の確率が高くなると指摘する。更に「けいんず」級最大の特徴である、被弾時のエンジン投擲や大気圏滑空も困難となり、クルーの生存確率をいたずらに落とすことになりかねない。
「そんな危険な艦に誰が乗りますか? 軍艦である以上危険な任務に従事するのは止む得ないかも知れないが、危険な要素を少しでも取り払うのは技師である我々の努めである」
 プーは強固に主張し、自身の信念を貫くことにした。
「設計者の良心としてそれはいいのですが、プー課長の要求も過酷でした」
 カシムはカシムで頭を抱えた。「ぺがっさ」級のエンジンを搭載するに当たって、相当なバランスチェックや強度の再計算が必要だが、エンジンユニットの方はまだなんとかなる。だがワープユニットはただでさえ窮屈なレイアウトを施している上に、その一部はコアユニットにもかかっているのだ。大型化することは即ち居住区画・カーゴスペースの減少に直結する。
「この難題を解決しないと当分徹夜だぞ」
 肩を竦めてカシムが呟いた。
 事実、その通りになった。


「ダメだ。ダメだ! そんなレイアウトでは被弾の際の生存確率が低すぎる! キミは戦場でクルーを無駄に死なせたいのか?」
 ディスプレーに映ったレイアウト図を叩きながらプーが怒鳴る。ここ数日来、基本レイアウトの見直しで全然作業が捗っていないのだ。
「でも課長……」
 レイアウト図を持参したカシムが反論しようとする。既に提出した十数枚のレイアウト図を、プーによってことごとく没にされているのだ。
「でももしかしも無い! ここが俺たちの戦場なんだ! この難局を乗り切らないと、前線で多くの将兵が血を流すことになるんだぞ!」
 カシムの持ってきたレイアウト図は、エンジンユニットが全てコアユニットに直付けされているのだった。彼の発想は「けいんず」級のエンジンを2基搭載して艦速を上げようという思想なのだ。
「その発想は悪くない。しかし、エンジンユニットをコアユニットに直付けすることは絶対に認められない」
「でも「ぺがっさ」級のワープユニットをこの艦に積むには、私は他に方法を思いつきません!」
 カシムとしても万事休すなのだ。前回と同様、「ぺがっさ」級の動力ユニットを解体して無駄部品の抽出を行ったが、いかんせん元が大きいので捗々しい成果が得られなかったのである。
 通常航行のエンジンは分散して積めばまだなんとかなる。が、ワープユニットはそれ相応の大型の機関を搭載しないと、ワープ9など夢のまた夢になってしまう。
 カシムもアリアドネも、いやプーを含め技術2課のスタッフ全員が疲労の極地に立っていた。
「これ以上根を詰めてもマイナス要因しか出ないかも知れない」
 プーもあれこれ考えてはいるが、既存の枠から出た発想が出来ずにいた。時間は惜しいが、一旦リフレッシュしないと却って無駄な足掻きを繰り返すだけかもしれない。
「命令として伝える。今から48時間の完全休養を敢行する。この間、一切仕事のことは考えるな! 頭をすっきるすることに全神経を費やすんだ!」
 そう宣言すると、スタッフ全員のコンピューターの電源を引っこ抜き、文字通オフィスからスタッフを追い出した。
 
 スタッフにそう言い渡したとはいえ、プーの脳裏から「けいんず」級のことが離れることは無かった。
「このままでは俺自身が潰れてしまうな……」
 自嘲気味にそう呟いたカシムは、ちょっとでも気晴らしにと、普段ならまず行く事が無い公営ギャンブル場に足を運んだ。
「まさかこんなところにアイデアが転がっているとは思わなかった」
 後にプーが語るように、発想とは意外なところから得るものであった。

 何気なく入った公営ギャンブル場。そこで何気なく買った馬券を持ってパドックに行った時、プーの頭にあるものが思いついたのである。
 馬の蹄に付いてあるU字型の物体……蹄鉄をふと見て、突如閃いたのだ。
「ワープユニットは何も一直線に構成する必要はないな」
 ワープユニットを搭載するワープナセルは「エンジン」の一種には違いないが、通常の噴射式エンジンと違い多重ワープフィールドの発生装置である。したがって進行方向前方から後方に送り出されるフィールドの発生さえ正常に行えれば、その配置に制約は無いのである。
「ならば何も真っ直ぐにつける必要はないか」
 そう閃いたプーは、すぐさまオフィスにとって帰り、引っこ抜いたコンピューターの電源を入れなおした。そのまま一気にレイアウト図を書き込むと、48時間の休暇を得て登庁して来たカシムに直ちに詳細設計の指示を出した。
「これ、行けますよ!」
 カシムも興奮気味に言い返す。
 「ぺがっさ」級動力ユニットを搭載した「けいんず」級駆逐艦のレイアウトは、その日から僅か3日で完成した。
 ただ1点の問題を残して。

 その問題がコアブロックへのしわ寄せであった。
 ワープユニットを馬蹄形にすることで従来位置に収めることが可能になったのだが、その分のしわ寄せとして、どうしても1区画潰す必要があったのだ。
 軍令部に言われるまでもなくカーゴスペースを削減することは出来ない相談だ。補給がままならない偏狭任務に就くことが多い「けいんず」級駆逐艦のとって、カーゴスペースの物資は生存への命綱になることも少なくない。推進剤などのエネルギー物資も同様だ。削るとなると居住区しかない。
「搭載乗組員をそのままに居住区画を削るとなると、パーソナルスペースを狭くするしかないが……」
 大型戦艦と違い万事がコンパクトな駆逐艦である。削除量もかなりのものになる。
「試しに図面を引いたら、部屋のランクが確実に下がった」
 カシムは苦笑交じりに答える。
「この狭さでは長期任務に搭乗員のストレスが持ちませんよ」
「う〜ん……」
 提出されたレイアウト図にプーも唸る。プライベートスペースは長期任務のストレス開放に不可欠な存在である。それが削減されることは士気にも影響する重要なファクターとなりうる。
「クルーがオリゴ君のようなプレラット人なら助かるのだがな」
 レイアウト図を見つめつつ、オペレーター補佐のオリゴ相手にプーがため息をついた。
「それは無いものねだりというものでちゅ。連合の設計基準は、ヒューマノイドタイプで空間設計するのが基本でちゅ。それにボクたちだって船外作業や力仕事は人型のパワードスーツが必要ですし、搭乗用スペースパイルダーとかのスペースがいるから結局同じでちゅよ」
  ちっちっちっ。と指? を振りながらオリゴはプレラット人のスペース優位性を否定する。オリゴが言うとおり身体が小さく力で劣るプレラット人は、人型のパワー度スーツを常用することが多い。そうなると結局のところ、テラン人などヒューマノイドタイプと空間占有量は変わらなくなるのだ。
「仕向けごとに仕様を変えれば解決は出来まちゅ、それでは「けいんず」級のメリットである汎用性をスポイルすることになりまちゅしね」
 オリゴの言葉にまたしてもプーが唸る。
 確かに「けいんず」級は少数精鋭で、極論すれば1名でも航行可能なシステムを有した艦である。だからといって非常時でもない限り1名で乗艦することはありえない。最低必要クルーは5名。通常の艦隊行動のときは20名以上乗艦している。用途が多用なだけにクルーの増減率が他の艦に比べて大きい。汎用と謳っている以上、通常考えられる最大搭乗人員の快適性を確保しないと、効率的な艦運用はおぼつかなくなる。
「プライベートスペースを削れないとするとパブリックスペースか……」
 誰ともなくプーが呟いた。
 戦闘艦の性格上、通路幅を狭くするのはご法度だ。削れる場所となればラウンジとダイニングである。しかしここも手をつけるとなると、クルーのストレス増大は避けられない。しかも少しずつ削るのではなく1区画丸々削除しなければスペース捻出は出来ない。つまり、いままでラウンジとダイニングがそれぞれ専用だったのを兼用しろというのだ。言うは簡単だが実行は大変だ。
「最初はパーテーションで2分割という案もありました。実際に実物大のモックアップも作り、搭乗するクルーにも意見を聞いてみたのですが、一様に「狭苦しいし使いにくい」の答えが返って来ました」
 当時を振り返りつつプーが答える。
「自分も試してみましたが、カレッジの寮のほうがずっとマトモでした。こんなところに押し込められるのなら「バンザイアタック」した方がマシなくらい(笑)」
 自身で設計しながらカシムも言い切る。
 ここに来て改良計画は完全に暗礁に乗り上げた。絶対的なスペースのない中、なんとか動力性能は目星がたったが、そこで犠牲となる居住スペースの妙案がどうしても出てこないのだ。
 次世代エンジンはまだ試作段階であり、到底搭載することは出来ない。ここはもうクルーに我慢を強いるしかないのか? 設計陣の大多数はその方向に流れつつあった。
 そう。それを「発見」するまでは。
「全くの偶然ですよ」
 アリアドネが謙遜しながら言った。
 設計が完全に行き詰まり、「このままでは出るアイデアも出なくなる」と言って、プーは独断でスタッフ全員に2日間の強制休暇を与えたのだった。
 最前線の苦闘を知っているアリアドネは、焦る心を抑えつつもプーの命令に従い休暇をとることにした。しかし「設計のことは頭にこびりつき離れることはなかった」という。事実寝ていても頭の中に3次元ディスプレーが浮かび上がり、ちまちまと空間設計を思案していたという。
 さすがにこれでは自分自身がパンクしてしまうと思い、なにか別のことで気を紛らわせようと思ってテレビをつけたのだ。
 偶然なのか運命なのか、その時たまたま映っていたのが辺境惑星の紀行番組で、連合未加入の発展途上惑星「地球」だった。
 地球の、それもごく一部の地域のライブ映像だっただろうか?家族みんなで食事をしているだろうシーンにアリアドネは唖然となった。
 発展途上惑星にありがちな大家族。その食事シーン。それ自体は別段珍しくもなんともない。なにか口論があったのだろうか? 家族の一部がケンカを始めた。
 彼が今まで見たライブラリーの場合、そういう状態では食事を中止するか、もしくは他人に迷惑をかけないように別室で行うのが常である。
 ところがここで観る映像は、あろうことかケンカの最中でありながら、他の家族は食卓を移動させて悠々と食事を摂っているのである。
 あたかもプロレスのディナーショーの如く。
 その瞬間「これだ!」とアリアドネは直感した。
 ヒントが出れば後はまっしぐらである。CADを引っ張り出すと、直ちに概念図を描き出し、大雑把な設計を開始した。
「収納できるテーブルは過去にも有ったし、それほど珍しいものではない。しかし、設営場所がフリーでコンパクト。しかも本格的なテーブルキットは全く思いつかなかったし、その必要もなかった」
 熱くなりながらアリアドネは言う。そのような設備は連合の陸戦隊でごく一部の部隊が使うだけだし、使っている代物ももっと簡素のものである。
 翌朝。始業時間になるや否や、アリアドネはプーに向かって自身のアイデアを具申し、概念図とレイアウト図を彼の3Dディスプレーに再生した。
 熱く語るアリアドネの説明に、プーも次第に食い入っていた。
「気がついたら自身で修正を加えて、手直しの必要がないところまで構成をかけていた」とプーは言う。
 大突貫でモックアップを手直しをし、現場のクルーに再度試してもらった。アイデアはまとまったが、最終の評価は彼らに下してもらうしかない。
「やれるだけのことはやった。後は使う側の決断だけだ」
 プーは試作艦『おるてが改』を軍令部に提出した。






「……それが、この、「さんこう」の母体になった「けいんず」級U型の開発レポートでちゅ」
 本星では入手不可能(というよりご禁制)な「ひま種」を齧りながらもけが答えた。
「その後小型で高効率なワープユニットが開発ちゃれて、パブリックスペースの件も解消ちたけど、この「卓袱台」は乗組員に好評ということで、今もこうして継承されているのでちゅ」
「それは分かった。確かに便利だからな」
 頼香はそう答えると、卓袱台の上に載ったオレンジペコのソーサーを持ち上げ、中の液体をひと口啜った。
 その上でゆっくり深呼吸をし、「だけど……」と言葉を継いだ。
「どうして俺たちの卓袱台の裏に『一徹』なんて書いてあるんだ! しかもわざわざマジックで!」
 どん! 
 卓袱台を激しく叩いて抗議する。
「頼香さん、マジックという言い方は止めてください。その名前は登録商標で、この文字は「寺西工業(株)」の製品で書いたものではありません。フエルトペンまたはマーキングペンと訂正してください」
 細かいことにクレームを付けたがる技術系の悪癖そのままに、果穂が頼香の物言いにケチをつけた。
「いいんだよ、そんなもの。わかれば! 俺が問題にしたいのは裏の文字なんだから!」
 細かいことをごちゃごちゃ抜かすなとばかりに頼香が叫ぶ。熱血体育会系そのままの口調だ。
「まぁ、一般に認知されていますから全否定はしませんが、この文字は重要な意味を持ち必要だから書き込みました」
「必要? どこが? 誰がそんなことするんだよ!」
「あ、それ書いたの……私……」
 頼香の剣幕に押されて、来栖が恐る恐る手を上げた。
「なんでそんな事するんだよ!」
「だって……果穂ちゃんが「頼香さんの使う卓袱台にはこれが必要」だって言うんだもの」
 頭から湯気を出すような勢いの頼香に恐れを抱きながら来栖が答える。
 こうなったときの頼香は怖い。来栖は転がるように逃げようとするが、自ら身に着けている「とあるもの」の為に満足に動けず、その場につんのめってしまった。
「で、何故にそんなギブスを纏う?」
 見れば来栖の上半身は、スプリングのいっぱい付いたギブスらしきものを着込んでおり、動くのはもちろんのこと、息をするのも苦しそうだ。
「私の体力向上だって、果穂ちゃんが……」
 「無理やり装着させたの」というセリフは無かったが、そうであることは明白だ。
「シールドブレイクのコントロール向上のためにも必要な特訓です!」
「って、言いながら電柱を用意するな! 意味がわからない!」
「これは私のシールドです。危険な目には遭いたくないですからね」
「訳がわからない! ちゃんと説明しろ!」
 果穂の突飛な行動にキレて頼香が卓袱台をひっくり返した。
「成る程。よくわかりましたでちゅ」
 古いライブラリーを鑑賞していたからめるが独り納得して頷いた。
 確かにあの卓袱台は、「さんこう」では『一徹』と書いていて間違いないと……
「頼香しゃんの性格が直るまでは、あの文字を消す必要はなさそうでちゅね」
「ふざけんなー!」


 終わり
 



あとがきでございます♪


 お目汚しにお付き合いくださりありがとうございました。よっすぃーでございます。
 なんか無性に「ノンフィクション」ぽい作品が書きたくなり、我が侭を言ってこの作品を書かせていただきました。
 あちらこちらに破綻があるかもしれませんが、大目に見ていただけると幸いです (^^;
 最後になりましたが、色々無茶な設定を快く許していただいた上に、CGの掲載も許可していただいたかわねぎさんに、心から感謝の意を表してあとがきに変えさせていただきたいと思います。




 
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