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 自室の中で、シェリル少佐はかつてない強敵を相手に苦戦していた。
「く…手が…うう、女の人は良く、毎日毎日こんな面倒くさい事をしているものだな」
 いい加減腕が痛くなって来た時、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「艦長、補給物資のリストをお持ちしました」
 副長のアレックス・ネルソン大尉の声だった。シェリルは言った。
「あぁ、副長。ちょうど良い所に来た。悪いがちょっと手伝ってくれないか?」
「はい、なんでしょうか…!?」
 招きに応じて室内に入ったネルソン大尉は絶句した。彼の敬愛する艦長は、純白のブラジャーとショーツだけの、ほとんど裸と言っても良い姿だったのである。
「か、か、艦長っ!? なんて格好を!!」
「いや、ブラジャーのホックが留められなくてね。済まないが、留めてくれないか?」
 ネルソンの動揺に構わず、シェリルはくるっと後ろを向く。長い髪の毛がひるがえり、漂ってきたシャンプーの甘い香りがネルソンの鼻腔をくすぐった。そして、照明に照らされて真っ白に映えるシェリルの背中。
「は、わ、私が…ですか?」
「他に誰がいる。早くしてくれ」
 口をパクパクさせるネルソンを急かすシェリル。ネルソンは生唾を飲み込むと、シェリルの背中に近づいた。
「し、失礼します」
 ネルソンは緊張で裏返る声でブラジャーのホックをつまみ、必死に留めようとした。彼も健康な男であり、女性と付き合った経験もある。だから、こうした女性の姿を見た事が無い訳ではないのだが、相手が上司…しかも極上の美女とあっては勝手が違う。
「あ、あれ? こ、こうかな?」
 手が震えて上手く留められず、何度かネルソンの手がシェリルの背中を掠める。
「わっ!? こ、こら! 変な触り方をするな!!」
「ああああ、すいませんすいません!!」
 シェリルの叱責に、ネルソンはますます焦る。大騒ぎを演じたあと、ようやく彼がホックを留める事に成功すると、シェリルは鏡の前で数回ポーズを変えて具合をチェックした。ネルソンの前で下着ファッションショーのモデルをしているようなものだが、全然気にした様子もなく、堂々としたものである。
「うん、大丈夫だな。ありがとう、副長。しかし、背中で留めるのは面倒くさいな。フロントホックとかいうのを買ってみるか…」
 そう言うと、シェリルはネルソンに微笑んで見せ、それから制服を着た。その間、ネルソンは石像のように凝固していた。着替え終わったシェリルはリストを取り上げ、幾つかチェックを入れた後、サインを書いた。「シェファード…」と書きかけて、慌てて「シェリル…」と今の名前に書き直す。
「これで良し。私は司令部にいるから、何かあったら呼んでくれ」
 一分の隙もない女性士官の表情でシェリルは言うと、ネルソンの肩をポンと叩いて部屋を出ていった。ドアが閉められると、その風圧で残されたネルソンは床に倒れた。その顔の下から赤い液体が床に広がっていくのは、果たしてどういう理由なのか…
 シェリル・アリシア・ターヴィ少佐。軍人としては歴戦なれど、今だ女性としての自覚は不足気味である。




Trans Space Nine ショートストーリー

少女たちの素朴な疑問


作:さたびー





 惑星連合の物流の大動脈、トランス・ワープチューブ。そこを守る宇宙ステーション、Trans Spaceにはそのための手段として、防衛艦隊が駐留している。
 艦隊と言えども、常に外洋に出て行動しているわけではない。一週間〜二週間の期間で哨戒に出かけたり、危険地帯に向かう商船や調査船を護衛するために出動する時を除けば、月の半分は根拠地である各TSに停泊している。
 シェリル少佐のU.S.S.ワールウィンドも現在は停泊中で、前回の航海で損傷した部分の補修や物資の積み込みを行っているところだ。その間、シェリルは司令部で事務仕事をしている。
「ふむ…報告書はこんなところかな」
 コンピュータの前でシェリルは軽く伸びをした。彼女は昔ながらのキーボード入力を使っている。音声入力式のワープロソフトもあり、そっちの方が楽なのだが、声が変わってしまったせいか、昔の調子でしゃべると誤入力が非常に多くなってしまった。何回か試してさじを投げた彼女はキーボード式に切り替えたのである。
 まぁ、慣れればこっちも悪くない。それに、仕事をしたという達成感はキーボードを使うほうが上かもしれない。
「さて、昼飯にするか…」
 時間もちょうど良い。シェリルは立ち上がって周りを見た。すると、今日はかわねぎ司令が不在のため、代理をしているかわねこ少尉がとてとてとて、と寄って来た。
「シェリル少佐、牛丼を食べに行かないかにゃ?」
 先日謎生物ドリブルの襲撃によって営業制限に追い込まれたTS9の牛丼屋、芳野屋も、現在は通常営業に復帰していた。
「良いよ。付き合おうか」
 シェリルは頷いた。芳野屋には営業制限期間中の代替メニューとして開発されたカレー丼もあり、彼女はまだそれを食べた事がなかった。いい機会なので、シェリルはかわねこを連れて…いや、連れられて芳野屋に行く事にした。
「ボクは牛丼並盛、それにけんちん汁とサラダとおしんこ!」
「私はカレー丼並盛、それに味噌汁で」
 カウンターがいっぱいだったのでテーブル席についた二人は、早速思い思いの品を注文した。それが来るまでの間、世間話に花を咲かせる。
「少佐、毎日カレーで飽きないのかにゃ?」
「ん? 飽きないよ。良ければ私のカレーへの想いについて語って聞かせようか?」
「それは…遠慮するにゃ」
 苦笑するかわねこ。話に付き合っていたら、日が暮れても終わりそうにない気がする。何しろ、シェリルがTS9に来てからと言うものの、カレーの消費量が急増しているのだ。もちろん増加分を彼女が一人で食べているわけではなく、主な原因は60倍カレーにトライして玉砕する連中である。しかし、引き金を引いたのがシェリルなのは間違いない。
 かわねことしては、シェリル(と言うかシェファード)の記録を読んで、真面目な性格だけに良く言えば個性派、悪く言えば奇人変人揃いのTS9に馴染めるのかと不安に思っていたが、シェリルもなかなかどうして変わり者である。心配は要らないようだ。
 かわねこが安心したその時、店員が二人の座っているテーブルの横に立った。
「申し訳ありませんが、混んできましたので相席をお願いできますか?」
 店員の申し出に、二人は頷く。
「私は構わないが」
「ボクも気にしないにゃ」
 店員は例を言うと、相席の客を連れてきた。その顔を見て、かわねこの表情に喜色が浮かぶ。
「あ、ライカ少尉! それに果穂ちゃんと来栖ちゃんもいっしょかにゃ」
「よう、かわねこも来てたのか」
 TS9の誇る美少女三人組がそこに立っていた。そのうち、来栖がシェリルの姿に気がつき、かわねこに尋ねる。
「かわねこちゃん、そちらの方は?」
 かわねこが答えるより早く、シェリルの制服の襟につけられた少佐の階級章に気付いたのは頼香である。彼女は慌てて友人に教えた。
「来栖、この人は少佐だ。副司令と同じ階級だぞ!」
 その言葉に、来栖と果穂も急いで敬礼の姿勢になる。
「失礼しました。ライカ・フレイクス少尉であります」
「庄司果穂協力員であります」
「雲雀来栖協力員です…あります」
 そつのない頼香と果穂に比べ、来栖はちょっと軍隊のノリには弱いらしい。シェリルは安心させるように微笑みながら答礼した。
「シェファ…じゃない、シェリル・アリシア・ターヴィ少佐。ワールウィンド艦長だ。一週間ほど前に着任したばかりでね、君たちの事は軍広報やイーター事件の報告書で知っている。よろしく」
「「「はい、よろしくお願いします!」」」
 三人娘は元気よく返事をすると、着席して牛丼を注文した。それと入れ替わりに、シェリルのカレー丼とかわねこの牛丼が届く。
「それでは先に戴くよ」
「いただきますにゃぁ」
 二人は向かいの三人娘に断って食事をはじめた。カレー丼をスプーンで口に運んだシェリルは早速分析をはじめる。
(ふむ…牛丼のつゆでカレーを割っているのか…味が濃厚になって良いものだな。辛味がマイルドになっているのは物足りないが)
 おおむね満足すべき味である。二口目を食べようとして、シェリルは自分に注がれる視線に気が付いた。顔を上げると、頼香と来栖がじっと彼女を見ている。
「…どうかしたかね?」
 ちょっと居心地の悪さを感じてシェリルが尋ねると、二人はそこで我に帰ったように首を横に振った。
「い、いえ、なんでもありません!」
「どうぞお食事を続けてください」
 そう言いながらも顔は赤くなっていて、どう見てもなんでもないようには見えない。が、特に病気とも見えないので、シェリルは「そうか」と答えてカレー丼を食べた。しかし、しばらくすると、またしても頼香と来栖の視線が絡み付いてくる。見ると、何かを相談したい時のような表情にも思える。シェリルはいったんスプーンを置いて尋ねた。
「フレイクス少尉、雲雀協力員、何か言いたい事があるのかな? 私で良ければ話を聞くが…」
 艦長職を勤める彼女は部下の相談に乗ったことも多い。それだけに、人生相談には慣れているつもりだったのだが。
「そ、それじゃあ…」
 頼香が口を開く。何を言い出すのかと身を乗り出したシェリルだったが、続く来栖の言葉が爆弾になってその場に炸裂した。
「どうやったら、そんなに胸が大きくなるんですか?」
 次の瞬間、シェリルは呆け、かわねこは咳き込み、果穂は飲んでいたお茶を噴いた。

「…は?」
 しばらく固まっていたシェリルがそんな声を出したのは、質問から一分三十秒後の出来事だった。
「どうしても知りたいんです。教えてください」
 来栖は熱心な顔つきで頼む。シェリルは困り果てた。まさかこんな相談だとは思っても見なかったのだ。だいいち、元男性にするような質問ではないと思うのだが、シェリルはTS9に来てわずか5時間ほどで今の姿になってしまったため、ワールウィンド乗員とあの時の野次馬、それに司令部要員を除くほとんどの人々に、元からの女性と思われている。初対面の三人娘がそう思っても仕方のないところだ。
「いや、その…私は別に大きくしようと思って、そうしたわけではないが」
 一週間前までは胸などなかったのだから、シェリルとしてもそう答えるより他にない。
「だいいち、大きければ大きいで不都合も多いのだが。揺れると痛いし、戦う邪魔になるし」
 シェリルは今でこそ艦長だが、少佐になって一艦を預かる前は、海兵隊の中隊長をしていた。当然個人戦技にも長けており、フェイザーブレードに関しては教官の資格をもっているほどである。
 しかし、シェリルになってから初めての訓練で、彼女は胸に悩まされる事になる。動いて揺れるたびに痛みが走るし、斬り込むときも腕に当たって邪魔になる。かといって、邪魔にならないように締め付けると、今度は息が苦しくて剣を振るうどころの騒ぎではない。
 そのシェリルからしてみれば、オーラブレードを振るっての白兵戦も行う頼香たちが、胸の大きさを気にする気持ちが理解できない。すると、それに同調するように立ち上がった者がいた。
「そうです! 胸なんて飾りです!!」
 果穂だった。拳を握って熱弁を振るう。
「10代前半の青く未熟な果実の魅力。それこそが女性が最も美しく輝く時です。大きく育ってしまっては意味がありません! 殿方の気を引く為に熟れてしまった身体に何の意味があるでしょうか!!」
「…庄司協力員、君は微妙に私に喧嘩を売ってないかね」
 店内に響き渡るような大声で危ない演説をする果穂にジト目をくれるシェリル。自分のモデル並みのスタイルを別段誇りに思っているわけではない彼女だが、別にそれで男を魅了しようという気はない。
 こんな二人が、シェリルは既にTS9でも屈指のスタイルの持ち主であり、5年もすれば果穂がそれに匹敵する存在に成長する事になる、と言うのは皮肉な話であった。
「まぁ、庄司協力員の言い分はいろいろと問題がありそうだが…君たちはまだ11歳だろう? 初等教育も終えていない年頃だ。そういうことを気にするのは早すぎる、と言うのには私も賛成だな」
 果穂の演説が終わったところでシェリルは口を開いた。
「成長期はまだこれからだ。その頃になってもまだ悩むようなサイズだったら、その時初めて対策を取れば良い」
 シェリルとしてはそういう常識論しか言いようがない。しかし、悩める乙女心はそんな事では満足してはくれなかった。
「でも…そうなってからじゃ遅いんだ…今のうちに大きくする方法を知っていれば、ゆーきだって喜んでくれるかもしれないし…」
 頼香が顔を赤らめながら呟く。シェリルは不審そうな表情で尋ねた。
「…ゆーき?」
「頼果ちゃんの恋人だったはずにゃ」
 ここで、話から置いてけぼりにされていたかわねこが言った。ちなみに、彼女に胸が大きくなりたい、と言う欲求があるのかは全くの謎である。
「…恋人がいるのか、フレイクス少尉」
 驚くシェリル。
「あ、は、はい」
 思わず口を滑らせてしまった頼香はますます顔を赤らめて頷いた。
「それは…なんと言って良いか」
 シェリルは言った。ちなみに、彼女には恋人はいない。生家が軍人一家と言うこともあり、ずっと軍務一筋で恋人を作る余裕はなかった。父親からはお見合いと言う形で数人の女性を紹介された事もあるが、結局仲が進展した事はない。
 そして女性になってしまった今、恋人を作るのはどう考えても絶望的というものだった。男と付き合うなど言語道断だし、女性相手と言うのも気が引ける。まぁ、生家の方は弟と妹もいることだし、彼女が結婚しないからと言って家名が断絶するわけではないところが気楽ではある。これまで同様軍務に精励するのみだ。
 と言うわけで、実はここにいる中で一番恋愛のスキルが低いのはシェリルだったりする。口には出していないが、来栖には工藤君と言う友達以上恋人未満のクラスメイトがいるし、果穂でさえ淡い初恋の経験はある。かわねこの恋愛経験は例によって謎である。
「…いや、しかしその恋人だって、別に君の胸の大きさを基準に好きになったわけではあるまい。それほど気にすることはないと思うぞ」
 シェリルは言った。これまた常識論だが、恋愛経験がない以上、その点からアドバイスをすることはできない。それに、男性としてのシェリルの意見としては、容姿だけで女性の価値を計るのは不誠実な行為なので、それなりに意見に重みはあった。
「そ、それは…確かにゆーきはそんなやつじゃないけど」
 頼香が口篭もる。
「で、でも、それとは別に、やっぱり大きくなりたいんだ…!!」
 頼香が言う。好きな人を喜ばせたい。その一心で頑張る少女の姿は、シェリルにも感銘を与えた。
(何か手伝ってやりたいものだな…しかし、胸を大きくする方法と言われても…)
 シェリルは考え、前に聞いたことのある話を思い出した。
「そう言えば、形のいいバストを保持するには、胸の筋肉をしっかり鍛えるのが良いとか何とか」
 話の出所は彼女の妹である。そのことを思い出して、シェリルは苦虫を噛み潰したような表情になった。
(あいつに今の私のことは絶対に言えん…)
 言おうものなら、シェリルの胸を指して大泣きするに決まっている。そんな事を考えていると、頼香が質問してきた。
「それで、少佐は何か実践を?」
「いや、私は…」
 特に意識して実践したことはない、と言おうとしたのだが、かわねこがポンと手を打った。
「そう言えば、少佐はフェイザーブレードの教官資格を持っているにゃ」
「え、そうなんですか?」
「そういえば、兵科章が海兵隊だな」
 かわねこの言葉に三人娘が驚いたり納得したりする。
「それで鍛えたから、胸が大きくなったんですね?」
 来栖に問われ、シェリルはあいまいに頷いた。
「ま、まぁ…その影響も皆無ではないと思うが」
 実際、男だったときには相当鍛えていたし、シェリルになってからの体力測定でも、筋力が全般に1〜2割ほど下がったものの、反射神経や持久力は落ちていない。一般の女性と比べて相当鍛えられた身体なのは間違いないところだ。
「よし、俺もがんばるぞ。さっそく特訓だ!」
「私もがんばる!」
 俄然やる気を燃やす頼香と来栖。シェリルは頼もしい後輩たちを見やり、ふと興味を覚えた。
「フレイクス少尉、雲雀協力員、どうせなら相手がいるほうが良いだろう。私でよければ付き合うが」
 シェリルの申し出に、頼香が驚いた表情をする。
「少佐が?」
「ああ。君たちの腕も見てみたいしな」
 イーター事件を解決した連合屈指のオーラ能力者。その実力が如何ほどのものか、シェリルは試してみたくなったのだ。
「わかりました。お願いします」
 頼香は頭を下げた。シェリルは果穂を見た。
「庄司協力員は良いのか?」
「ええ、私は戦いは専門じゃありませんから。バストアップにもあまり興味はないですし」
 果穂はそう答え、カメラを取り出した。
「それより、久々に頼香さんたちが戦う華麗な姿を、いっぱい記録に残したいと思います。うふふ…」
 カメラをいじりながらニヤリと笑う果穂。シェリルは何故かこの年下の少女に気圧されるものを感じて冷や汗を流した。
「そ、そうか…では明日の午後、訓練場へ来てくれ」
「「はいっ!」」
 頼香と来栖の元気のいい返事が店内にこだました。

 翌日の午後、訓練場にはシェリルと頼香たちの他、何故か大勢の野次馬が詰め掛けていた。
「…なぜこんなにギャラリーがいるんだ?」
 シェリルは怪訝に思った。未だにTS9独特のお祭り騒ぎ好きな気風を知らない彼女である。何しろ、昨日芳野屋で特訓の約束をしてから半日と経たないうちに、その事はTS9全域に知れ渡っていたのだ。
「まぁいいか。はじめよう」
 シェリルが腰のフェイザー発振機を抜いた。スイッチ一つでブレード(剣)とブラスター(銃)の二つのモードに切り替えられる、と言う便利な武器だ。それをブレードモードで起動する。出力は最低に落としているので、当たってもちょっと体がしびれる程度のはずだ。
「はい、行きます!」
 まず先鋒を務める頼香が進み出て言った。
「U.S.S.さんこう、転送装着!」
 頼香たちのトレードマークともいうべき魔法少女風戦闘服が転送される。その途端に歓声が上がり、カメラのフラッシュが激しく瞬いた。今日のギャラリーの多くは三人娘のファンである。例外は見物に来たワールウィンドの乗員くらいだろう。
「艦長、あまり本気だしちゃダメですよ!」
「相手は子供です! お手柔らかにしてあげてください」
 応援の中から部下たちの声を聞き取り、余計なことは言うな、と睨んでおいて、シェリルは頼香に向き直った。
「行きますよ、少佐」
「ああ」
 シェリルはフェイザーブレードを構えた。一方、頼香は魔法少女ステッキ風のオーラブレードを展開する。その力強い輝きと隙のない構えに、シェリルは内心感嘆した。頼香の実力は、少なく見積もっても今すぐ海兵隊に入ってやっていける程度はありそうである。11歳でこれなのだから、天賦の才能と言うべきなのだろう。
(これはなかなかどうして、油断はできないな)
 そう考え、シェリルはブレードを構えなおした。そこに一瞬隙ができる。
「せいっ!」
 その瞬間、頼香が斬りこんで来た。シェリルの見せた隙に乗じたのである。しかし、一瞬で体勢を立て直したシェリルは頼香のオーラブレードを軽く弾いた。
「!!」
 体勢を崩した頼香が転びそうになり、慌てて踏みとどまる。シェリルは敢えて追い討ちをかけず、頼香の攻撃を待つ構えだ。
「く、このっ!」
 勝負事には熱血な頼香は、相手が上官だと言うことも忘れ、猛然と攻勢を仕掛ける。しかし、その立て続けの斬撃を、シェリルは巧みな技巧を駆使して全て受けて見せた。
 頼香の疲れが見えたところで、初めてシェリルは攻撃に出た。袈裟懸けの一撃が頼香を襲う。頼香がオーラブレードを立ててその攻撃を防ごうとした瞬間、シェリルの一撃は軌道を変えて逆方向から頼香を襲った。最初の袈裟懸けはフェイントだ。それでも、咄嗟にオーラブレードを持ち直して直撃を避けられたのは頼香ならではと言うところだったが、オーラブレードは彼女の手から弾き飛ばされた。
「つっ…」
 痺れた手を抑えて頼香がしゃがみこむ。
「並みの相手ならそのパワーとスピードで十分押し切れるな。しかし、振りが大きすぎて隙を作っているぞ」
 シェリルはそう言ってブレードをしまうと、頼香の手を取って立たせてやった。大きな歓声が上がる。オーラブレード戦での頼香の実力は連合屈指と言われるだけに、ギャラリーの中にシェリルの勝利を予測していた者は少なかった。
「参りました…」
 頼香が言うと、シェリルは他にも何点か頼香の動きで気になったところを指摘してやった。
「さて、次は雲雀協力員だな」
 下がって今指摘されたところを練習し始めた頼香に代わり、来栖が前に出る。
「が、がんばります」
 頼香を退けたシェリルに少し怯みつつも、来栖は転送装着してオーラブレードを構え、シールドを展開する。青く輝く半透明の光の幕に、シェリルはまたしても目を見張る。
(すごい強度だ。これだけの力を使いこなす二人もそうだが、オーラ機器を作った庄司協力員も大したものだな)
 シェリルは嬉しくなった。優れた才能に触れるのは喜ばしいことである。ともかく、来栖が積極的には攻めてこない、と見て取ったシェリルは、今度は自分から攻めた。フェイザーブレードが来栖のオーラシールドに当たり、激しく火花を散らす。しかし、防御に関しては三人娘最強を誇る来栖のシールドは、出力を落としたフェイザーブレードでは小揺るぎすらしない。
「なるほど…」
 一当てしてシールドの強度を確認したシェリルだったが、別にフェイザーブレードの威力を変えるでもなく、連続攻撃を繰り返す。その一見無駄な行動に、ギャラリーたちは不審そうな顔をした。
「どうしたんだ? シェリル少佐」
「来栖ちゃんのシールドはあれじゃ破れないはずだが…」
 仮にフェイザーブレードを最高出力にしていたとしても、そう簡単には来栖のシールドは貫けない。しかし、出力最弱のはずのその攻撃が繰り返されるうちに、シールドの表面に乱れが出始めた。
「ええっ!?」
 驚いたのはシールドを展開している来栖本人である。シェリルの攻撃が当たっているところを中心にシールドがゆがみ、ひびが入り始める。ありえない光景に、慌てた果穂が測定機器を出して状況を確認し、シェリルの攻撃の正体に気付いた。
「これは…一点突破ですね!?」
 そう、シェリルの攻撃は全てシールドの同じ場所に当たっていたのである。一撃一撃は大した事がなくても、同一個所に当たりつづければ、そこは弱体化していく。
「し、シールドブレイク!」
 焦った来栖は切り札の必殺技を放った。シールドが砕け散り、その破片が嵐のようにシェリルを襲う。しかし。
「えっ、いない…? きゃっ!」
 シールドの破片が飛んだ方向にシェリルの姿はなく、来栖は戸惑った。その直後、彼女は後ろから抱きかかえられた。
「チェックメイト」
 シェリルが来栖を抱き上げたまま、そう言ってにこっと笑う。彼女は来栖が必殺技を使うことを察知し、発動の瞬間に横っ飛びでそれを回避。そのまま後ろに回りこんだのである。
「防御力を過信してはいけないな。少しは積極的に動いた方が、相手へのプレッシャーにもなる」
「は、はいっ!」
 来栖は驚いた表情のまま、こくこくと頷いた。その顔が赤いのは、今の彼女には望むべくもないシェリルの豊かな胸が、背中に当たっているかもしれない。シェリルは来栖を降ろしてやると、フェイザー発振機を腰のホルスターに収め、三人娘に向き直った。
「いや、実に見事だった。私が11歳のときは、ただの子供だったからな。君たちはきっと将来惑星連合を背負って立つような人材になるぞ」
 それはリップサービスでもなんでもなく、シェリルの本心である。もし全員と一度に戦っていたら、恐らく負けるか、そうでなくとも相当な苦戦を強いられただろう。
「今後も力を磨いて、立派に成長してくれ」
「「「はいっ!」」」
 シェリルの締めくくりの言葉に、三人娘が力強く答える。頷いてシェリルはきびすを返した。ギャラリーたちが拍手で見送る中、彼女は訓練場から立ち去った。残された三人娘は力強く誓った。
「よーし、いつか必ずあの人に勝ってやる!」
 頼香が叫ぶ。何時の間にか、胸の事はどこかに置いてしまっているのが、熱血少女の彼女らしい。
「戦い方次第でオーラ武器を従来の武器で圧倒することもできるんですね…これはより研究が必要ですね」
 果穂にとってもこの一件からの収穫は大きかったらしく、早速その天才的な頭脳をフル回転させている。
「かっこいい…私、大人になったらああいう女の人になりたいなぁ…」
 当初の目的を忘れていないのは来栖だけのようだ。
 何はともあれ、これまではその秀でた能力ゆえに、そうした存在を持たなかった三人娘にも、何らかの形で乗り越えるべき目標となる人物が現れたようであった。

 そして、また翌日、U.S.S.ワールウィンド。その艦内食堂では、乗員たちが何かの写真の束を持って騒いでいた。
「ほら、このアングルなんかどうだ?」
「お、きれいに撮れてるな」
「こっちも凄いぜ」
 そんな言葉を交わしながら、写真に夢中になっている乗員たち。そこへ声をかける人物がいた。
「お前たち、何を騒いでいるんだ?」
「げっ、ふ、副長!?」
 ネルソン大尉だった。どうやらしっかり復活していたらしい。乗員たちは慌てて写真を持つ手を腰の後ろに隠し、ネルソンに向かって整列し、大声で叫んだ。
「何でもありません、副長!」
「何でもなくはないだろう。後ろに隠したのは何だ?」
 怪訝そうに言ったネルソンが、一人の乗員の後ろに回した手を、強引に前に引きずり出す。そこに握られた写真を見て、彼は真っ赤な顔になった。
「な、なんだこの写真は!」
 それは、昨日の頼香たちとの模擬戦の時に撮られたシェリルの写真だった…が、ただの写真ではない。そのほとんどが、スカートが翻ってその下が見えているもの…いわゆるパンチラ写真である。
「怪しからん! 貴様ら全員写真を出せ!! これは私が没収する!!!」
「ええっ!? 副長横暴!!」
「黙れ! 早くしろ!!」
 叫びながら、ネルソンは全員から写真を取り上げた。それをもって食堂を出ようとしたとき、ドアが開いてシェリルが入ってきた。
「あ、艦長!」
 ネルソンは反射的に敬礼しようとしたが、手が写真で塞がっていたため、それを全部ばら撒いてしまった。
「あぁ、済まないな。手伝おう」
 シェリルが床に落ちた写真を一枚拾い上げ、そして怪訝な表情になった。
「私の写真か…? 何だ副長、全部下着が見えているが、一昨日部屋で直接見ただけでは物足りなかったか?」
 着替えを手伝ってもらった時の事をシェリルが言ったその瞬間、世界が凍った。
「あ、あ、あ…」
 声も出せずに口をパクパクさせているネルソンの手に写真の束を渡し、シェリルはポンと彼の肩を叩いた。
「見つけたのが私だから良いようなものの、あまり人目につくようには持ち歩くなよ? 誤解されるぞ」
 シェリルはそう言って笑うと、自動販売機で飲み物を買い、そのまま部屋を出て行った。呆然とするネルソンの肩を、今度は機関長が叩く。
「どう言う事です、副長?」
「ゆっくり話が聞きたいですなぁ」
 と、これは海兵隊長。
 ネルソンは目の幅涙をだーっと流しながら思った。
 誤解される? もう手遅れです、艦長。
 こうして第一回ネルソン大尉チンだボディだフックだ大会が開催されている頃、それとは別口の闇ルートで、シェリルのパンチラ写真は流通し始めていた。戦っている時も制服のミニスカートのままで、何も対策を取っていないのだから、当然の帰結ではある。これが、慣れている三人娘なら、もう少し気をつけるのだろうが…
 天然ゆえに無防備。無防備ゆえに魔性。果たしてシェリル少佐に女性らしい自覚が芽生えるときは来るのであろうか…それは神のみぞ知る。

―終―


あとがき

 シェリル少佐シリーズ第二弾です。このまま女性の自覚に乏しいまま、と言うのも面白いかも、とちょっと思いました。皆さんはどう思われますか?
 それにしても、シェリルはちょっと強すぎかもしれません…実戦経験は豊富ですし、荒くれぞろいの海兵隊を仕切るリーダーなので実力もあった方が良いとは思ったんですが、気が付くと頼香たち三人娘を軽くあしらえる強さに…
 あと、今回名前がついた副長のアレックス・ネルソン大尉。不幸ですね(笑)。じーざ船長に対するカムラ少年みたいな立場で、今後は彼にもがんばってもらおうと思います(七斬さん、無断引用お詫びします)。
 次回はもうちょっとギャグっぽい話にしようと思います。


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