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魔法の双子
みらくる☆ティンクル

第1話 僕が魔法少女?

作:かわねぎ


「今日は星がきれいね」
「窓閉めろよ。夜になると寒いんだから」

 僕は葉月満留久(はづき・みるく)。日東小学校の6年生だ。さっきから窓の外を眺めているのは双子の妹の檸檬(れもん)。髪が長いのを除けば僕とそっくりだ。まあ、男女の差はあるけどさ。

「あ、流れ星。願い事は……ワクワクするような事がありますように!」
「流れ星なんて、宇宙の塵が地球に落ちてくるもんだよ」
「お兄ちゃんてば全然夢が無いのね」

 僕はふくれるれもんには目をくれず、漫画から目を離さずに答える。どうして女ってこう、願い事とか星占いとかの類が好きなんだろう。大体、星占いにしたって、同じ誕生日なのに兄妹で運勢が同じ訳がない。僕の方がたぶん凶運だって自信がある。こんな事自慢になんないか。

「お兄ちゃん、流れ星が!」

 庭に光が落ちるのは僕からも見えた。流れ星が燃え尽きないで地上に落ちるのは隕石だ。それにしては、衝撃とか轟音とかがないようだけど。

「ちょっと見てみるか」
「あ、私も行く」
「お前は部屋にいろ。大丈夫だったら外から手を振って呼ぶから」

 庭に出てみると、サッカーボール大の物が庭に落ちていた。その表面は金属質で何か人工物のようだ。絶対、隕石じゃないね。家の二階の窓を見ると、れもんが僕を見ている。興味津々そうだ。

 近づいて良く見ようとしたら、ボールが割れて、中から何かが出てきた。僕は驚いて足がすくんでしまった。逃げようかとも思ったが、足がすくんで動かない。助けて。


「ふう。この辺かな」
「この家から魔力を感じるわよ。あ!」

 中から出てきたのはモモンガ? しかも喋ってる! 実は宇宙人で、地球を征服に来たんじゃないだろうか。それじゃさっきまで読んでた漫画だな。そんな非現実的なことがあるわけがない。でも喋るモモンガって、これは夢じゃないよな。やばい、目が合っちゃったよ。

「や、やあ。俺はルフナ」
「私はエリヤ」
「こんばんわ。僕は葉月みるく」

 僕は反射的に挨拶を交わしてしまった。これが宇宙人とのファーストコンタクトって奴だな。これで宇宙戦争になるか平和になるかが決まるんだ。僕は話をするためにしゃがみ込んだ。それでも宇宙人達は僕を見上げる格好だ。

「星の世界、セーロンから君に会いに来たんだ」
「あなたたちの言葉なら妖精界って言うの」

 星の世界? 妖精? 普通の人が言っていたら頭がおかしいと思うけど、実際に喋るモモンガを見てみると、そういうのが存在するって気にもなる。でも、やっぱり宇宙人だろ。

「じゃ、君達は宇宙人なの?」
「俺たちは昔から妖精って呼ばれてる」
「私達はあなたを捜しに来たの」

 僕を捜しにって、僕が何をしたって言うんだ。ああ、このまま宇宙人に誘拐されて実験されて機械を埋め込まれるのか。矢●純一がテレビで言ってたとおりだ。宇宙船の周りの庭の芝生だって、きれいに丸く刈り取られたようになってるし。

「おい、聞いてるか? 俺たちは魔力の強い人を捜してたんだ」
「この辺で一番魔力を感じたのがこの家なの」
「それでその女の子に魔法を授けるってのが僕らの仕事さ」

 魔力とか魔法って言われても、アニメの世界だよな。よくれもんが見てたアニメにそう言うのがあったっけ。でも女の子に魔法を渡すって? 僕は男だよ!

「ちょっと、僕は男だよ」
「え? みるく、お前男なの?」

 失礼な奴だ。僕は女の子のような顔立ちなので、よく「かわいいね」なんて言われる。れもんと一緒だと姉妹に間違えられ、しかもれもんの方が少し背が高いので(少しだぞ)、僕の方が妹に見られるなんて事はよくある。はっきり言ってそれが嫌なんだ。早く声変わりとかにもなれば男らしくなれるんだろうけど。

「でもこいつから魔力を感じるぞ」
「でも男の子は魔法を使えないわよ」
「あのー、もしかして、妹と間違えてるんじゃないかな」

 二匹が議論を始めたので、ついつい口を滑らせてしまった。宇宙人の実験に妹を代わりに差し出してしまったような物だ。ごめんよれもん。こんなお兄ちゃんを許してね。

「お兄ちゃん、なんだったの?」

 いつの間にか庭に出てきたれもんに声をかけられる。ちょっとばかり負い目を感じた僕は思わず1メートルは後ずさってしまった。

「れ、れもん。それが一言で話すのは難しいんだけど」

 僕はそう言って、ルフナとエリヤと名乗る宇宙モモンガ、いや妖精二匹とれもんを引き合わせた。話すモモンガを見て驚くかと思いきや、逆に喜んでいるじゃないか。かわいいって、そう言う問題か?

「ねえ、お兄ちゃん、立ち話も何だから部屋に戻らない?」

 れもんの言うとおり、僕たち二人は部屋に戻った。もちろん、モモンガ妖精二匹も一緒だ。



 部屋に戻った僕たちは、妖精を囲むように座って、魔法の話を聞いた。れもんに説明しているのを僕が黙って聞いていただけだけどね。

「じゃあ、私が魔法を使える訳ね」
「このステッキを使って大人に変身できるの。変身しちゃえば、いろんな魔法が使えるわよ」
「『ルミット』って呪文で魔法を使えるようになるんだ。試しにやってみろよ」

 れもんが手のひらに収まるくらいの小さなステッキを受け取り、短い呪文を唱える。そうすると、ステッキが伸びる。体が光に包まれて、服が黄色と白をベースにした、ひらひらの服を着たれもんが現れた。本当にアニメの魔法少女みたいだ。

「グレース・テノック・プラート・アルナ……」

 れもんがステッキを構えて呪文を唱え始める。れもんってばくるくる回りながらポーズを決めてるよ。初めてにしてはすらすら呪文を唱えている。自然に口に出て来るみたいだ。これが魔力があるって事か。

「みらくる☆グローイン!」

 ステッキを高々と上げるれもん。れもんの呪文が終わって、何が起こるのか息を呑む僕。ルフナとエリヤも黙っている。待つこと数秒……十数秒……何も起きないじゃないか! あ、れもんも固まってる。


「変身できないの? どうして?」
「魔力。魔力が足りないんだ」

 ルフナの話では、れもんは簡単な魔法なら使えるが、変身のような大きな魔法は使えないとのことだ。そんなルフナが僕のことをじろじろと見ている。何なんだよ。

「こいつら双子だろ。たぶん生まれてきたときに魔力を分割しちゃったんだ」
「だから、みるくさんにも魔力があるのね」

 だから、僕に魔力があるってのが信じられないんだけど。でも男は魔法が使えないんだろ。そう思っていると、ルフナとエリヤがなにかひそひそと話し合っている。時々ちらっと僕の方を見るのが気になる。

 いきなりルフナが僕の肩に止まる。そして僕の手のひらにれもんと同じような小さなステッキを落とす。これって、もしかして、僕にやってみろって事?

「みるくもやってみろよ」
「男は魔法使えないんだろ」
「試しにやってみるだけだよ。ダメもとでやってみろよ。ほら、呪文は聞いてたろ」

 えーい、仕方がない。何も起こらなかったらはっきり言って間抜けだけど、やってみることにした。

「えっと、ルミット!」

 僕が唱えた短い呪文と共に、手のひらのステッキが伸びる。そして、体が光に包まれる。ここまではれもんの時と同じようだ。何か体がヘンだ。胸元とか腰回りが少しきつくなってるし。いや、腰回りがゆるくなって、お尻がきつくなって、かな? どっちにしても全身何か自分の体じゃないような感覚。

 すぐに、服が大きくなったのか、違和感がなくなったし、体の感覚も元のようになってきた。何か時間がかかったようだけど、後でれもんに聞いたらあっという間だったって。
「ふぅ……」

 僕は何となく一息つく。何か足元の感覚がいつもと違うんだけど……

「やっぱり、思った通りだ」
「みるくさんも魔法が使えるのね」

 ルフナとエリヤのそんなセリフよりも僕自信の事が気になる。服が替わってる。れもんとお揃いのひらひらだ。色は水色と白をベースにしてるけど違いはそれだけ。れもんとお揃いって事は……今の僕はスカートはいてるじゃないか!

「ちょ、ちょっと、僕、今どういう格好なんだよ。何が起こったんだよ」
「これで魔法を使えるような体になったのよ」
「自分の格好が気になるのか? ほれ、鏡」

 ルフナがさっと手を振ると、姿見が現れた。これも魔法だろうな。普段なら驚くだろうけど、今は自分の事が気になってそれどころじゃないんだ。

 鏡には普段見慣れたような、そうでないような女の子が映っていた。僕は思わずその姿に呼びかけた。すると、同じように鏡の中の女の子も口を開く。

「れもん?」
「お兄ちゃん、何言ってんのよ。私はこっち」

 そう言って、僕の隣に来るれもん。鏡の中では二人の女の子が並んでいた。片方はセミロングで片方はショートヘア。セミロングの子がれもんだから、ショートの方は……僕?
「な、な、な……」

 僕は何か話そうとしたが、声にならない。鏡の中の女の子も口をぱくぱくさせている。
「お兄ちゃん、可愛くなったねー。あ、今はお姉ちゃんか」
「お、お姉ちゃんって、僕は男だぞ」
「でも、女の子じゃない。ほら」

 そう言って、れもんは僕のスカート(って、ヘンだなぁ)の上から、足の付け根の辺りを触ってくる。僕は思わずスカートを押さえて2メートルは後ずさる。

「ななな何すんだ」
「女の子って確かめただけじゃない」

 確かに女の子だった。と言うか、いつもの感覚が股間にないんだ。ってことは……ってことだよね。僕は半信半疑で胸に手を当ててみる。柔らかい感触が僕の手に伝わる。ははは。胸まで女の子になってるよ。

「ほら、可愛い女の子になってるんだから、鏡でよく見てみたら」
 僕はれもんに鏡の前まで連れ戻されて、鏡の中の僕と対面した。いつもの僕の顔……じゃないね。

「これが……僕?」
 いつもの僕に似てるけど微妙に違う。僕とれもんの違いのように、つまりは男女の違い。目もぱっちりして、全体的に優しい印象になっている。れもんにそっくりだけど、僕の方が可愛いかな?

「悪かったわね。可愛くなくて」
「え? そ、そんな事言ってないよ」

 れもんの鋭い突っ込みにびっくりする僕だけど、これはいつもの事。双子って時たま相手の考えている事が直感的に分かるんだよね。れもんもそうだし、僕もそう。でも今のはタイミングばっちり。ナルシストが入ってたからちょっと恥ずかしかった。


「で、何で僕が女の子になっちゃうんだ?」

 ようやく落ち着いた僕。こうやってルフナとエリヤに問いただす余裕も出てきた。

「お兄ちゃん、スカートの中丸見え」

 れもんの指摘にあわてて足を閉じる僕。スカートがめくれてパンツが見える事なんて初めてだけど、なぜだか恥ずかしい。そういや意識した事ないけど、れもんのパンツって見えた事ってないなぁ。女の子って気を使ってんのかな。ともかく膝を組んだ下にクッションを挟んで、これで大丈夫だろう。

「みるくも魔法を使えるような体になるって言ったろ」
「今のみるくさんなら簡単な魔法を使えるわよ」
「だから、何で女の子なんだよ」

 そうだよ。僕は魔力があるんだから、女の子になる必要はないんじゃないの?

「男は魔法は使えない。だから魔法を使える体ってのは女の事なんだ」
「でも何で女の子じゃないとダメなわけ?」
「それは魔法学的に言うと、魔力の容量、精神の波長、その他色々男女差があるんだ」
「ふむふむ」
「魔法を使えるには感情豊かじゃないとダメ」
「ふーん。それで女の子の方が適してるんだ」

 あれ? じゃ、心が女の子じゃないとダメって事だよね。ますます僕が女の子になる理由がないぞ。

「それに、そのステッキだって魔法服だって、女の子が使うのを前提にして作られてるんだ」
「その精神とか感情とかが問題なんだ」
「ああ。男の姿で使うか?」

 え。僕が男の姿でこの魔法少女服を着て、飾りの付いた魔法ステッキを使えっていうのか。そんな精神構造は持ち合わせてないし、第一恥ずかしいったらありゃしない。それなら女の子になった方がマシかもしれない。

「はああ。このまま女の子のまま一生終わったらどうしよう……」

 もしずっとこのままだったらどうすんだよ。憧れの美鈴ちゃんとも付き合えないじゃないか。付き合う勇気ないけど。

「大丈夫よ。男の子の姿には簡単に戻れるから」

 戻れるのか。よかった。僕の人生にも光が差してきた。それなら早速……と思ったところで、ルフナに釘を刺される。

「まだ変身魔法を試してないんだ。男には戻るなよ」
「え、あ、ああ。わかったよ。で、れもんでも出来なかった変身が僕に出来るの?」
「たぶん二人の魔力を会わせて変身できるんだろうな」

 ルフナとエリヤの説明をふんふんと聞く僕とれもん。と言う事は、いったん僕が女の子に変身してから、二人で変身の呪文を唱える……面倒だなぁ。

「こう、いっぺんに変身できないの?」

 同じ事をれもんも考えてたみたいだ。さすが双子。

「う〜ん、男のみるくが女の子に変身するだけでももの凄い珍しい事なんだぜ」
「みるくさんでもいきなり大人への変身魔法は使えないわよ」
「そっか。それじゃお兄ちゃん」

 いきなりれもんが僕に話を振る。大体表情から何を言いたいか分かるけどね。はいはい、変身呪文ですね。仕方なく立ち上がり、ステッキを構える。あ、そういえば。

「僕も呪文を唱えれるとして……呪文は?」
「さっきのれもんちゃんのと同じでいいわよ。同時に唱えてみて」
「分かったよ。れもん、いいか?」
「いいよ、お兄ちゃん」

 いよいよ呪文を唱えようとした時、部屋のドアが開けられた。お母さんだ。僕とれもんは今の魔法少女姿を見られて固まって、お母さんも僕たちを見て固まって、ついでに言うならルフナとエリヤも突然の事に固まった。

 やばい。魔法少女服だけならまだしも、今は女の子になってるんだ。いくら僕本来の顔立ちがちょっと女の子っぽくても、今は完全な女の子顔。絶対ばれる。何も言い訳できないよ。

 僕たち3人が硬直していると、口を開いたのがお母さんだった。

「みるく……あんた……」
「お母さん……」
「女装趣味あったの?」

 ずっこける僕。いや、女の子になっているのがばれるよりも、そう思ってもらった方が……よくない。どっちもよくない。抗議の声を上げようとしたけど、それより早くお母さんが僕をぎゅうぅっと抱きしめた。ちょっと、声が出ないよ……

「ホント可愛いわね、似合ってるわよ。娘が増えたみたい。あら? みるく、あんた……」
「お母さん、苦しい……離してよ……」

 僕のうめき声に、お母さんは抱きつく手を緩めてくれた。でも僕の体を魔法服の上からぺたぺたと触っていく。まずい。魔法服だとシルエットがあまり分からないからいいけど、体を触られると女の子になってるのがばれてしまう。っていうか、もう遅い。お母さんはもう一度僕を抱きしめると、こう言ったんだ。

「ママね、娘が欲しかったのよ〜」

 はあ? 息子が女になったのに言うセリフはそれかい。大体うちの子供は男女の双子だろ。れもんも目が点になってるよ。

「娘なられもんがいるだろ!」
「一人より二人の方がいいものなのよ。でも、どうしてこうなったの? ナノマシンのブレスレットでも貰ったの? 女の子に名刺貰ってココロとカラダの悩みを相談したの? それとも夢で妖精に召還されたの?」
「……」

 なんかよく分からない質問をするお母さんだが、正直な事を話しちゃっていいものか分からない。だいいちアニメのの魔法少女ものでは魔法の事は他の人に秘密にしておくのがお約束だしね。僕とれもんは困った目線をエリヤとルフナに送った。エリヤがふわふわとお母さんの目の前に飛んでいく。

「あのですね……」
「あら、モモンガさん。話せるの?」

 お母さんは話すモモンガを見て驚くかと思いきや、逆に喜んでいるじゃないか。かわいいって、そう言う問題か? やっぱりお母さんとれもんって親子だな。血のつながりを感じるよ。呆れるほど。

 とにかく、ルフナとエリヤの説明でお母さんは納得したらしい。ってことは、魔法の事は誰かに話してもいいって事かな? まあ、誰に話した所で信じられるとは思わないけどね。でも話を聞いたお母さん、なんかがっかりしたような顔をしている。そっか。やっぱり息子が娘になったのはショックだったんだね。大丈夫、戻れるから心配しないで。

「なんだ。元に戻っちゃうの。残念ね」

 はぁ? お、お母さん。あんた息子をなんだと思ってるんだよ。元に戻るのが残念だって?

「娘の方がいいのかよ」
「そりゃぁみるくは私にとって可愛い息子よ。でも可愛い娘だったらもっと嬉しいのよ」
「すぐに元に戻る!」
「待ちなさいよ。モモンガちゃんの話だといつでも変身できるんでしょ。そうねぇ、二三日おきに娘に変身してくれたら、お小遣いアップしてあげるわよ」
「お母さん、卑怯だぞ」

 とはいうものの、小遣いアップは魅力的だし、ただ変身していればいいだけだし。うーん、悪魔の囁きだ。お母さんの微笑みが悪魔に微笑みに見える。でも、その誘惑はれもんがきっぱり断ち切ってくれた。

「ママ、それはいけないわよ」
「あらそう?」

 れもん、やっぱりお兄ちゃんの事を考えてくれるんだね。うんうん、何て兄思いの妹なんだ。ちょっと見直したぞ。

「私のお小遣いはどうなるの。お兄ちゃんばっかり不公平よ」
「それもそうね。それじゃ、みるくを変身させるように仕向けたら、れもんもお小遣いアップね」
「了〜解。まかせといて」

 僕を見てニヤリとするとするお母さんとれもん。前言撤回。何て現金な妹なんだ。ちょっと見損なったぞ。

 そんな間の抜けたやりとりにしびれを切らしたのか、ルフナがあきれた声で僕とれもんに二人での変身はどうするのかと聞いてきた。そうだった、変身するはずだったんだ。とんだ邪魔が入っちゃったよ。あれ? でもお母さんに見せてもいいのかな?

「あら、また変身するの? お母さん見てるからやってちょうだい」

 ルフナもエリヤもそれに関しては黙っている。見せてもいいみたいだね。それでは早速。僕がステッキを構えて軽く目を閉じると、心の中に呪文が浮かんでいた。まるで昔から知っているかのような感じ。

「「グレース・テノック・プラート・アルナ……」」

 僕の声とれもんの声が重なる。僕が女の子になったせいで、殆ど同じ声がステレオで聞こえるような感じだ。呪文に会わせて体がくるくると自然に動く。

「「みらくる☆グローイン!」」

 手にしたステッキを高く掲げる。れもんのステッキと僕のステッキの先端がこつんと当たった瞬間、それは起こったんだ。

 二人とも光に包まれる。れもんが僕の中に入ってくる感じ。いや、僕がれもんの中に入っていく感じかな。はっきり分からないのは、その後すぐに体が、手足が伸びていくような感覚が襲ったからだ。小さい胸も立派に膨らみ、ウエストやお尻も大人の姿になっていく。

 光が収まった後には、一人の女の人がステッキを手に立っていたんだ。ひらひらの魔法少女服に身を包み、可愛らしい女の人。でもそれはボク。でも僕じゃない。れもんはどこに行った? れもんを呼ぼうと口を開いた時、ボクは驚いた。

「お兄ちゃん?」

 ボクの口が勝手に言葉を発していく。今のはれもん? れもんはどうしたんだ?

「ちょっと、ルフナ、エリヤ。ボクどうなっちゃったの?」

 これを言ったのは僕。

「ほれ、鏡」
「これがボク……」

 鏡に映る僕の姿。大人と言うよりは17歳くらいのお姉さん。僕が、じゃない、れもんが大きくなるとこんな感じになるのかな。髪の毛はロングでさらさらしていて、スタイルもいいみたい。

 鏡に映ってる姿なんだけど、やっぱり本当なのかどうか信じられない。魔法少女服の上からだと体の線が隠れるから、いまいちどんな感じか分からないんだ。まさかここで服を脱ぐわけにもいかないから、服の上から自分の体を触ってみた。

 男の時と違うと言えば、やっぱり胸かな。れもんと違ってお姉さんのおっぱい。触ってみると柔らかい。それに何かくすぐったいような、気持ちいいような。何かやめらんなくなっちゃうよ……

 ってところでお母さんと目があった。コホン。こんな事している場合じゃないよね。はっと我に返るボク。

「それよりれもんは? お兄ちゃんは?」

 心の中にれもんを感じる。違う。れもんがみるくの心を感じている。どっちが本当なんだろう。

「ボクは……誰なの?」
「君はみるくであってれもんなんだ」
「二人が一緒になったのよ」

 妖精たちの言葉に一応納得するボク。みるくもれもんも納得しているようだ。ボクはみるくで、れもんなんだ。でもどっちかって言うと、みるくがこの体を動かしているって感じだな。

 でも、これからどうしよう。お姉さんに変身したとして、魔法が使えるとして、何をすればいいんだろう。

「ねえ、ルフナ、エリヤ」
「ん?」
「魔法で変身して、どうすればいいの? ボクは何をすればいいの?」
「実はね……」
「いやぁ、その、みるくとれもんの好きにしていいよ」

 ん? 今ルフナが誤魔化してるように見えたけど、気のせいかな。でも、魔法で変身してすることって言ったら……

「芸能界デビューするとか?」
「私達モモンガの姿だから、マジックも出来なきゃダメよ」
「わかった。ボクがカードを集めて封印するんだ」
「俺は封印の獣じゃないぞ」
「う〜ん、人々に夢や希望を与えて、妖精の世界を地上に戻すの?」
「第1部の最終回にトラックに轢かれて死んでもいいなら」
「それじゃぁ、エナジーを集める悪役と戦って月に代わってお仕置きする」
「他に惑星な戦士はいないのよ」

 ボクはこれ以上思いつかない。魔法少女ねぇ。ちょっと首を傾げると、お母さんが助け船を出してくれた。

「実はそのステッキはオーラブレードで、地球のために活躍するのね」
「言っとくけどあの主人公、服装以外は魔法少女じゃないぞ」
「それじゃ、世界の結晶化を防ぐために正義のナノテク少女と戦うってのはどうかしら」
「どう見ても悪い魔法少女には見えないわね」
「う〜ん、周りをどんどん女の子に変える悪い魔法少女をやっつけるのがいいんじゃない?」
「俺たちは正義の魔法少女協力組合には加入してないぞ」

 お母さんの口からぽんぽん出てるけど、ボクは何のことだか良く知らない。ルフナとエリヤはきちんと突っ込んでいるから知ってるのかな。後で聞いてみよう。

「自由にするって言ってもなあ。ボクは何をしたいのかよく分からないよ」
「それじゃ、その格好で明日どっか遊びに行ってみたらどうだ?」
「スカウトされるかも知れないしね」

 自分で言うのも何だけど、変身したボクのルックスはイケてる方だから、スカウトもありかもね。ん? 脇でお母さんも張り切っているけど、何か嫌な予感がする。

「みるく、れもん、明日はちゃんとその姿で出かけなさいね」
「ママ、どうして?」
「せっかく可愛いお姉さんになったんだし、力一杯おめかししなくちゃね。明日が楽しみだわぁ」

 そう言いながら、お母さんは部屋を楽しそうに出ていった。何かおもちゃにされそうな予感がする。この予感が当たっているのが分かるのは明日の事なんだけど、今の時点では予感だけだった。

「それじゃ、今日は早く寝るね。おやすみ」

 ボクは二匹にそう挨拶して布団に入ろうとした。二段ベットの下の段。ステッキを軽く振って、着ている魔法服をパジャマに替える。結構便利だな、魔法って。なんか不思議な事があって、疲れちゃったな。



ちゅんちゅん……

 朝、僕は鳥の声と部屋に入ってくる日差しで目覚める。何か昨日は不思議な夢を見たんだ。魔法少女に変身して、お姉さんに変身して、あと何だっけ。とにかく、現実味の全くない夢だった。

 ふと隣を見ると、あれ? れもんが寝てる。いつの間に僕の布団に入っているんだ? まあいいや。寝顔を見てみると、我が妹ながら可愛いものだ。これが起きて喋らなければ、の話だけどね。

「うん……ふぁーあ。あれ? お兄ちゃんなんで一緒に寝てるの?」
「それはこっちのセリフだよ。一人で寝るのが寂しくなったのか?」
「そんな訳ないじゃない。大体昨日、私……」

 口ごもるれもん。あれ? 昨日寝た時は……一人で布団に入ったよなぁ……

「朝からうるさいなぁ」
「おはよう、みるくさん、れもんちゃん」

 僕たち二人の目の前に現れるモモンガ二匹。なんでモモンガ? 疑問が膨らむと同時に昨日の夜の記憶も戻ってくる。夢じゃなかったんだ。確かに昨日お姉さんの姿のままベッドに入ったんだっけ。でも今はちゃんと僕とれもんに戻ってる。

「変身が解けたのね」
「自然に解けるんだ」

 れもんも思い出したようだ。僕たちの会話に補足してくれるエリヤ。そう言えば、モモンガの妖精もいたっけ。

「自分で解かない限りは5時間で解けるのよ」
「エリヤ、もっと変身していたい時はどうなるんだ?」
「それが限界。魔力の消費が速いと、もっと短い時間で変身が解けるわ」

 僕はベットから出て、窓を開ける。日曜日の清々しい朝の風が気持ちいい。枕を抱いたままれもんが脇に来て二人で外を眺める。

「いい天気ね、お兄ちゃん」
「そうだな」
「今日は一緒にお出かけね」

 れもんの口調はいたずらっぽい物だ。分かってるよ。君の言いたい事は。

「変身してだろ」
「もちろん。あ、お兄ちゃんだけ変身して女の子どうしでショッピングもいいなぁ」
「それはやだ」

 実を言うと、女の子に変身するのは抵抗がある。そりゃ僕だって男だから。でも不思議とれもんと一緒に変身すると気にならないんだよね。なぜだろう。ま、せっかくの日曜日、家でゴロゴロしているのは勿体ないし、それに別人になって街を歩いてみるってのも面白そうだし。


「「みらくる☆グローイン!」」

 変身したボク。服もお出かけって感じの物になる。これはれもんの趣味だ。デニムのスカートにオレンジのアンダーシャツ。その上にデニム地のジャケットを羽織る。みるくはあんまり女の子の洋服は分からないけど、似合ってると思う。

「あれ? ルフナはお留守番?」
「ああ、ちょっとママさんに用事があってな。エリヤと一緒に行って来いよ」
「ボクはいいけど。じゃ、エリヤ、行こうか」
「ちょっと待ってね。このままだと目立つでしょ」

 エリヤはそう言って、僕の前でくるりと一回転した。光ったかと思うと、その光がボクの手のひらに。手のひらを見るとピアスが一つ。もしかして、エリヤ?

「エリヤ?」
『うん。これなら人混みでも大丈夫だと思うの』
「じゃ、一緒に行く、って言うのかな? こういうの」

 ボクはちょっと首を傾げながら、右の耳にピアスを付けた。と言っても耳たぶに穴を開けたわけでもなく、自然にくっつける事が出来る、魔法のピアスなんだけど。その時は意識しなかったけど、なんでボクがピアスなんか自然につけれるんだろう。れもんの経験かな?



『電車が入ります。黄色い線より下がってお待ちください』

 電車を待つボク。何かスカートってのは心許ない感じがする。それでもれもんの感覚のおかげか、そんなに恥ずかしくはない。もしボクが「女の子みるく」だったら、絶対恥ずかしかったろう。れもんに感謝。

 電車は結構混んでいた。電車の扉にもたれかかり、ぼんやり流れていく景色を眺めるボク。みるくは結構車窓を眺めるのが好きだ。それは女の子になっても、お姉さんになっても同じみたいだ。

『どこまで行くの?』
「渋田かな、笹宿かな。まだ決めてない」

 ピアスから耳元にささやきかけるように話しかけるエリヤ。扉の上の路線図を見ても、乗り換え先の環状線は書いていない。どのみちボクは終点まで乗る訳だ。それから、ボクはまたぼんやりと車窓を眺めていた。

「え?」

 黒猫。一瞬のすれ違いだけど、ボクの視界の隅にしっかりと映った。いや、目が合ったんだ。気のせい? いや、確かにボクを見ていた。ボクはもう一度窓の外に注意を移したけど、そこには黒猫はもういなかった。そりゃ、電車は速いからね。でも気のせいじゃない。絶対ボクを見てたんだ。

『どうしたの?』
「なんでもない……なんでもないよ」

 エリヤがボクの考え込む表情に気づいて、声をかけてきた。ボクはそう言ったけど、何か心に引っかかるんだ。あの猫。


 ボクたちは電車を乗り換え、とりあえず笹宿まで来た。よくれもんも友達同士で来る事があるらしい。お気に入りのお店もれもんの記憶のおかげでボクにも分かるようになっている。でも一人で来るのはみるくもれもんも初めてだ。

 さすがに日曜日の竹中通りは人が多い。でもボクみたいに女の子一人で歩いているのって、そういない。洋品店の店員から「ねえねえ、ちょっと見てってよ」なんて声をかけられる。ちょっと派手目の服とか売ってるけど、今のボクなら似合うかな。

 ちょっと中に入って、上着を合わせてみた。今のボクって可愛いから、何でも似合うな。ボーイッシュなのも髪を束ねれば、結構サマになりそう。あれ、考えてみればボクって女の子の洋服のショッピングなんて初めてなのに、前から慣れてる感じ。れもんの影響かな。

 あ、そう言えばボクの着ている服は確か、わざわざ買わなくても……小声でエリヤに聞いてみる。

「ボクのお洋服は魔法で出せるよね?」
『お洋服だってアクセサリーだって魔法で出せるわよ』
「僕や私……みるくやれもんの服も?」
『一時的ならいいけど、魔力の消費と一緒に消えちゃうから注意してね』

 そんな物なのか。まあ、衣装代は心配しなくてもいいわけだ。小学生の小遣いなんてたかが知れてるからね。店員には愛想笑いを返して店を出た。歩くのを再開。どこに行こうかな。


 目に付いたアイドルの生写真のお店に入ってみることにした。実はみるくもれもんも女性グループ「サンライズ嬢。」のファンなんだ。せっかくだから買って行こうかな。ボールペンと写真の番号を書く紙を手にして写真を見て回る。みるくとれもんの好きな娘は違うけど、ボクはどっちもいいなと思っている。だから、買う写真も二人分。お金あるかな。

「ねえ、エリヤ。お金って魔法で出せないの?」
『もちろん出せるわよ。でも、やっぱり変身が解けると一緒に消えちゃうからね』
「たぬきの葉っぱと同じなんだ」
『使ったら犯罪よ』

 偽造500円玉よりタチが悪いよね。きちんとボクの、っていうかみるくとれもんの小遣いから買いましょう。帰ってから精算するけどさ。みるくの好きなのんちゃんとれもんの好きないっしーの写真を選ぶ事にした。


 アイドル写真屋を出て、今度はどこに行こうか。そんな事を考えてると、人混みの中に黒猫を見かけた。でも、誰もその猫に興味を示す人はいない。もしかして、ボクにしか見えないとか?

「さっきの?」
『どうしたの?』
「あの猫」
『猫? ……あの黒猫のこと?』

 エリヤが突然立ち止まったボクに尋ねてくる。でもあの猫を見たのは笹宿に来る前、私鉄の電車の中だ。なんでこんなところにいるんだろう。違う猫? いや、なんでか分かんないけど同じ猫だって確信がある。そんな事を考えていると、急に猫が人混みに紛れるように逃げ出した。いや、その姿はボクたちから見えるように人の間を縫っていったんだ。まるでボクたちを誘うように。

「あ、待って!」
『追いかけるの?』
「うん。ボクは気になるんだ」

 エリヤに言われるまでもなく、なぜか追いかけなきゃならない気がした。人混みをかき分けるようにして進むボク。人の流れに逆らって進むのは結構手間取る。だけど、黒猫は僕との距離を保っている感じだ。一度、ボクの方を向くと、階段で地下のお店に入っていった。

『ここに入ったわよ』
「うん。アクセサリーショップかな」
『入っちゃえば行き止まりよ』

 ちょっと狭い階段を下りていくボク。アクセサリーショップ「Twinkle」か。段々薄暗くなってくる。昼間なのに、なんかおかしい。階段を下りた先にある、お店の扉にそっと手をかける。あれ? 猫に扉が開けられるのかな?

『ねえ、ちょっと気を付けて』
「何が?」
『中から魔力を感じるの。強い魔力』
「気を付けるって行ったって。ボクに何が出来るの?」

 エリヤの言葉にそう答えつつも、ボクは扉を開けた。灯りがほとんどない薄暗いお店の中。いいや、お店じゃない。ガランとした広間だ。誰もいない。猫もいない。通りの賑わいも聞こえない。ボクは不安を感じて、自分でも気づかずにステッキを手に、握りしめていた。

 ボクは知っている呪文をつぶやき、ステッキの先に光をともす。広間かと思ったけれど、長い通路だ。ボクは不安に駆られながらも進んでいく。やがて、今度こそ大広間に出る。あれ? 地下にこんなに広い所があったっけ? 疑問に思っていると、エリヤが耳元でささやいた。

『面倒な所に入っちゃったわね』
「ここはどこなの? 笹宿の地下にしては広すぎるよ」
『魔法結界よ』
「結界? ボクがいるのは地下じゃないの?」
『魔法の空間。どこでもなくて、どこにでもある空間』
「よくわかんないな。魔法で脱出できないの」
『どこに飛ばされるか分からないわよ。ついでに言っておくと、小規模な魔法は使えないの』

 見るとステッキの先の明かりが消えている。でも広間の中はぼんやりと明るい。そしてその先には、黒猫がボクたちを待っていたかのように佇んでいたんだ。

「ここまで来れるとは、たいした魔力の持ち主だ」
「猫が喋った? ボクが魔力を持ってるって知ってるの?」

 黒猫がいきなり喋るのには驚いたけど、それ以上に魔法について知っているのに驚いた。ってことはこいつも見かけ通りの猫じゃなくて、妖精か何かかな?

「汝の名は?」
「え?」
「汝の真の名は何という」
「ボ、ボクは……」

 ボクは口ごもる。ボクはみるくであって、れもんだ。でも、どちらかの名前じゃボクの事じゃない。二人の心で一人のボクなんだから。

「汝の真の名は」

 ボクの戸惑いもお構いなしに黒猫が繰り返し尋ねてくる。ボクもそんな事に答える義務はないんだけど、なぜか逆らおうなんては思わなかった。名前……名前ねぇ。ふと、ここに入る時に見たお店の名前を思いつく。確か「Twinkle」、トゥインクル……言いにくいなぁ。ティンクル。そう、ティンクルにしよう。

「ボクはティンクル。君は何者なんだ」
「ティンクルか。その名、覚えておく」

 ボクはきちんと言うとおり名乗ったんだ。でも黒猫はボクの問いには答えなかった。それどころか、いきなり顔をめがけて飛びかかってきた。とっさに腕で顔をかばうと、左腕に鋭い痛みが走った。引っ掻かれた。思わず右手で左腕を押さえる。腕には引っ掻き傷が出来ていた。まるで三角形を二つ組み合わせたような感じ。よくもボクの女の子の柔肌を……

 次の瞬間、黒猫は僕の耳についているピアス……エリヤの変身した姿……をくわえてボクの背後に飛び降りた。あのピアスは簡単に外れるはずはないのに。この黒猫は一体? 少なくともボクのオトモダチじゃない事は確かだ。まったく頭に来る奴だ。実力行使には実力行使だよ。

『助けて!』
「ボクのピアス返して!」
「ピアスか。この妖精を返して欲しかったら……」
「ルミット!」

 黒猫が言い終わらないうちに、ボクは呪文を唱えてステッキの先を黒猫に向けた。服装も瞬時に変わった。初めて変身した時のような、ひらひらの魔法少女服。後でエリヤたちに聞いたんだけど、この魔法服は魔力を増幅してくれるものらしいんだ。

 この黒猫は魔法の事も知っている。エリヤ達妖精の事も知っている。ここが簡単な魔法はキャンセルされる空間なら、強力な魔法をたたき込めばいいんだろう。今のボクには何の呪文を唱えればいいか、はっきりと分かる。

「ファーミィ・トラット・フェイスト・リーン……」

 自然にボクの心に浮かぶ呪文を唱える。体に魔力が満ちてくるのが自分でも分かる。魔法服で増幅された魔法が体の中を通り抜けていく感覚。今までに感じた事のない気持ちよさ。これなら何とかなるかも。十分に魔力がたまった所で、ボクの、ティンクルの最強魔法を発動する呪文を唱える。

「ファースト・フラッシュ!」

 呪文と共に一筋の光が黒猫に向かって突き進んでいく。ただの光ではなく、力を持った魔法の光。光が黒猫に到達する瞬間、奴がにやりとしたのが僕にも分かった。黒猫が吼える。でもそれは鳴き声ではなく魔法の言葉だったみたいだ。

 次の瞬間、黒猫の目前で魔法の光が拡散される。ボクは目を疑った。ボクの最強魔法が簡単に返されるなんて。でも、呆然としている暇はなかった。弾き返された魔法の光はボクに向かって戻ってきたのだから。

 ボクはとっさにステッキを振り、魔法のカーテンを広げて盾にする。でも自慢じゃないけど、ボクの魔力はみるくとれもんの二人分。その最大魔力を増幅した攻撃が、自分に向かってくるなんては思ってもみなかった。案の定魔法のカーテンは役に立たない。拡散して、カーテンで防御してあるとは言え、ボクを行動不能にするには十分だった。目の前が真っ白になる。

「きゃあぁぁ」

 一瞬だったのか、しばらく経ったのかはわからない。でも意識がなかったのは間違いない。気がついた僕の耳に黒猫の声が入ってくる。

「なかなかの魔力だがまだまだ力不足だな。ティンクルの片割れよ」

 僕は魔法服のスカートの上から膝に手をつき、よろよろと立ち上がる。隣のれもんも同じように立ち上がろうとする。あれ? れもん? ってことは、今の僕はみるくに戻ったんだな。ティンクルに変身しているだけの魔力がなくなったんだ。でも何でスカート?

「なるほど、なかなかの魔力だ。だが我の邪魔はするな」
「ま、待て……」
「待ちなさい!」

 僕とれもんは逃げる黒猫を追った。黒猫がいた所にエリヤが元の姿に戻って気絶していたので、れもんが拾い上げた。そして、この魔法結界に入った時のドアを僕とれもんの二人で思い切り開けた。地上の光がまぶしい。


「いらっしゃいませ。こちらでお召し上がりですか?」

 目の前にはレジカウンターとハンバーガーショップのユニホームを着た店員さん。あわてて後ろを振り返ると、人通りの多い竹中通り。これは一体……状況が掴めない僕とれもんだが、とりあえずの対処は出来たようだ。というのも、呆然としている僕たち二人の口をついて出てきた言葉がこれ。

「「あ……チーズバーガーセット2つ」」

 ジュースのストローをくわえながら、さっきまで起こった事を考えている僕。ちなみに今の僕もれもんも魔法服は着ていない。さすがにあんなの人前では恥ずかしくて着れない。魔法結界を出たときに普通の格好に戻ったようだ。じゃあ今の格好はと言うと、デニムのスカートにオレンジのシャツを着ていた。れもんとお揃いだ。そう、なぜか「女の子みるく」のままだったりもする。くそ、魔力が中途半端に残ったみたいだ。

「さっきの、夢だったの?」
「いや、現実だ。これ」

 僕がれもんに左腕を見せる。猫の引っ掻き傷、三角形のような傷が残っていたのだった。僕の乙女の柔肌にくっきり残る傷跡。これがあるから夢や幻影なんかじゃない。れもんも自分の腕を見てため息をつく。同じような引っ掻き傷が残っている。

「はあ、あの黒猫、何だったんだろうね」
「ルフナとエリヤなら何か知ってるかもな」
「魔法の事を知ってるのは私達の他にもいるって事ね」

 僕は気絶したままのエリヤをそっと突いてみた。呼吸は安定しているけど、ちょっと心配だ。

「何か嫌な予感がするな。妙な事が起こらなきゃいいけど」
「こういう時のお兄ちゃんの嫌な予感って当たるんだよね」

 でも女の子になっている時に「お兄ちゃん」で呼ばれるのも何か変だぞ。世間の目が気になるよ。「お姉ちゃん」て呼ばれるのは恥ずかしいけど、この姿で「お兄ちゃん」だったら、女装してるとか思われるかもしれないし、そっちの方が恥ずかしい。

「れもん、今は『お姉ちゃん』ってことで」
「へぇ、女の子に適応しちゃって」
「仕方ないだろ。この姿で『お兄ちゃん』は変だろ」
「なるほど。だったらもうちょっと女の子っぽく喋ったら?」

 痛い所をつくなぁ。でもティンクルの時とあまり変わんないつもりだぞ。それに格好が女の子だからって、女の子の話し方をするのはやっぱり恥ずかしい。

「それじゃ、お買い物の続き行こう。お姉ちゃん♪」
「えー、この格好で歩き回るのかよ。恥ずかしいよ」

 スカートが気になる僕。確かに今は女の子だから何にも変な事はないけど、やっぱり着ている本人としては、意識してしまうと恥ずかしい。

「ティンクルの時は喜んで歩ってたくせに」
「あ、あれはさ……」

 僕は誤魔化そうとしたが、なかなか上手い言葉が出てこない。れもんの言うとおり、ティンクルに変身していた時は女の子になりきってたから。しかもティンクルの時の記憶とか感情というのは、れもんに筒抜けだし。

「男に戻っちゃダメか?」
「やっぱり笹宿は女の子向けの店多いし。お姉ちゃんと歩くの初めてだし。ね、いいでしょ」
「だけどな……」
「のんちゃんの生写真4枚でどう?」

 まだ迷ってる僕に交換条件を突き付けるれもん。写真4枚だと600円か。今月の小遣いも残り少ないし、う〜ん、痛い所ついてくるな。

「ね、そうと決まったら行こ」

 僕の腕を引っ張って急ごうとするれもん。あの、僕まだ決めてないんだけど。まあ、いいか。誰か知ってる人に見られているわけでもなし。男らしく女の子してるとするかな。


 家に帰ると玄関でお母さんとルフナが待っていた。にこやかに迎えてくれたのはいいとして、なんだよ、その手に持ったデジカメは。

「あら、二人に戻ったの。残念ね。せっかくパパのためにデジカメまで用意したのに」
「いろいろあったんだよ。僕もれもんもティンクルも」
「ティンクル?」

 そういえばティンクルの名前、ルフナやお母さんにはまだ言ってなかったけ。ルフナ達もお母さんも変身した僕たちの事を何て呼べばいいのか困ってたようだし、教えておいた。僕とれもんが一緒になったのがティンクルだ。

「ふ〜ん。ま、ティンクルちゃんじゃなくても、娘のみるくの写真でもいっか」
「まさか、お父さんに送るとか……」
「あら、よく分かってるじゃない」

 僕たちのお父さんは海外へ単身赴任中だ。メールで家族の写真やビデオレターを送ったりもしている。でもよりによって「女の子みるく」の写真なんか送ったら、跡取り息子が道を踏み外したとしか思われないような気がする。いや、お父さんも「娘みるく」の方がいいなんて言い出したら……ありそうで怖い。

 あ、そんな事を考えてたら、何枚もデジカメで撮られてしまった。お母さん、本気でお父さんにメールを送るつもりだな。それなら僕も変身を解いて男の子の姿に戻ろう。

「ルティーニ!」

 僕が光に包まれ、一瞬で姿が変わる。うん、これでいつもの僕だ。服装もデニム地のスカートがショートパンツに変わっている。お母さんのあからさまな残念そうな顔、忘れないよ。さ、晩ご飯だ。

「なんで男の子に戻ったのよ。残念ね」
「いつまでも女の子でいるつもりはないよ」
「せっかく一緒にお夕飯の準備が出来ると思ったのに」
「何で僕がそんな事までしなきゃなんないんだよ」
「それが母親の楽しみなのよ。今日は写真だけで我慢しておこうかしらね」
「そんな物をお父さんに送らないでよな」
「さぁ、どうかしらね。それよりお夕飯よ。れもんもいらっしゃい」

 あ、ごまかした。これは絶対メールで送るつもりだな。もう何言っても無駄か。そのうちティンクルの写真も撮られるんだろうな、絶対。



 晩ご飯の後、僕たちはルフナとエリヤを前にして今日あった出来事を話してみた。でも二匹のモモンガ妖精も、あの黒猫の事は分からないらしい。

「それじゃ、何者か分からないの?」
「ああ、俺は直接見てないから何とも言えないけどな。エリヤも知らないそうだし」
「ええ。知ってる気配じゃなかったわね」

 僕とれもんが出会った相手が何をしたかったのか、僕たちの誰も分からなかった。窓の外、星を眺めてみるけど、答えがそこにあるわけでも……いや、あるかも?

「もしかして、あいつも妖精かな」
「少なくとも、地上に来た妖精は僕たちだけのはずだ」
「でも逃げ出した妖精なんかがいれば?」
「わからない。そんなのがいれば捕まえなくちゃいけないな」

 ルフナ達も知らない、妖精みたいな者。何か、僕の心の中に引っかかる物を感じるんだ。そんな感じでぼーっと星空を眺める僕の脇にいつの間にかれもんが来ていた。

「お兄ちゃん、考えすぎよ。いつもの悪い癖」
「分かってるけどさ」
「せっかく魔法が使えるようになったんだしさ。うじうじ考えてもしょうがないじゃない」

 れもんなりに僕を元気づけてくれているんだ。ありがとう。口には出さないけど、お互い分かってるよね。双子だし。

「あ、流れ星」

 れもんが指さす先には流れ星が。そう言えば、流れ星にれもんがお願いしたから「ワクワクするような事」が起きたんだよね。案外願い事ってかなうのかも知れない。あれ? この流れ星、隣町の方に……落ちた……まさか、ね。



あとがき

 らいかで何度か名前が出てきた「魔法の双子 みらくる☆ティンクル」をお送りします。基本フォーマットはぴえろ系魔法少女物ですが、合体変身パターンを取ってみました。この手の話には珍しく、家族公認の魔法にしてみました。これでドタバタに家族も巻き込めるでしょう。感想などございましたら、よろしくお願いします。



<次回予告>

 れもんです。隣町から引っ越してきた双子の姉弟、私たちと同じクラスの転入生なの。それはいいんだけど、なぜかお兄ちゃんが女の子になったまま戻らなくなっちゃった。クラスのみんなに魔法がバレる。と思ったら、昔からお兄ちゃんは女の子だって? それにティンクルに挑戦してくる悪い魔法少女? 転入生は女の子のお兄ちゃんにアタックかけてくるし、一体なにがどうなってるの?
 次回「ライバル登場・恋も魔法も(仮)」にみらくる☆グローイン!

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