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魔法の双子
みらくる☆ティンクル

第2話 ライバル登場・黒い魔法少女

作:かわねぎ


「おやつよー。みるく、れもん、降りてらっしゃい」

 お母さんの声が下から聞こえる。おやつの時間だ。今日は何のお菓子だろう。僕もれもんも楽しみだ。モモンガにしか見えない妖精、ルフナとエリヤも目を輝かして、下に降りていこうとする。僕たちも下に行こうか。

 あ、僕は葉月みるく。日東小学校の6年生。そして隣にいるのが双子の妹の葉月れもん。ホントは二人とも名前は漢字だけど、僕はともかく「檸檬」って書くのは面倒だから、勘弁してね。みんなもひらがなで呼んでるし。そうそう、僕たち二人には秘密があるんだ。不思議な秘密。

 僕たちはテーブルについた。今日のおやつはっと。テーブルの上に乗っている箱を見て、れもんが声を上げた。

「わあ、『スイートリーフ』のケーキじゃない。どうしたの、これ」
「ちょっとお裾分けがあったのよ。でも問題があってね」
「問題? 潰れちゃったとか?」
「ううん、二つしかないの」

 なるほど、あそこのケーキね。限定品で開店直後しか手に入らないって言う。何も問題はないだろうと思って、ケーキの箱に手を伸ばすと、さっとお母さんが箱を取り上げる。

「な、なんだよ」
「ママも食べたいのよ」
「「僕/私だって食べたいよ」」

 僕とれもんがハモった。この辺はタイミングピッタリ。さすが双子だ。って、感心している場合じゃない。3人いる所にケーキが二つ。どう分けるか、誰かが我慢するか。そんな事を考えていると、お母さんがとんでもない事を言ってきた。

「みるく、お兄ちゃんだから我慢して……」
「いやだ。お母さんこそ大人なんだから我慢したら」
「レディーファーストって言葉知ってる?」
「そんなこと言って、女ばかりずるい」
「なら変身すれば平等ね。それとも男の子のままがいい?」

 しまった。お母さんの口車に乗せられてしまった。僕とれもんの秘密というのは、魔法を使って変身できる事。僕は女の子に変身できて、女の子の僕とれもんの二人で「ティンクル」と言う名の魔法少女に変身できるんだ。

 お母さんは女の子の僕の姿を気に入っていて、何かにつけて僕を変身させようとする。れもんもけしかけてくるけど、やっぱりお母さんの方が一枚上手だ。この前はお小遣いに目がくらんで変身させられた。今回はケーキか。

 迷っていると、お母さんが澄ました顔で自分とれもんの前にケーキ皿とフォークを並べていく。僕のはナシかい! 抗議の視線で睨むと、にこやかに受け止めるお母さん。目が「早く女の子になりなさい」と言っている。ちなみに手にはケーキ皿を持って、僕の前に並べようかどうかと、じらしている。ずるい! こうなりゃヤケだ。

「ルミット!」

 僕が短い呪文を唱えると、手に魔法のステッキが現れ、光が僕を包んでいく。わずかに膨らんでいく胸、わずかにくびれていく腰回り、女の子の体へと変化していくのを感じる。髪はほんのちょっとしか伸びないけど、ちょっとだけ細くなって本数が増えて、さらさらの髪質になる。

 魔法少女服に包まれた自分の姿を確認するよりも早く、ステッキを一振りして服をれもんとお揃いの物に変えた。光の後から現れたのは女の子になった僕。髪の長さ以外はれもんと瓜二つだ。

「これでいいんでしょ」
「うんうん、お兄ちゃん相変わらず可愛いね」
「そりゃみるくだってママの『娘』だもんね。でも当座の問題はこれね。みるく、魔法で増やせないの?」

 お母さんが指さす先には2個のケーキ。いくら僕が女の子に変身した所で、この事実は変わらない。魔法で増やせない事もないけど、ルフナに言うには、その分味が薄くなるらしい。それじゃ意味がないよ。

「それじゃぁやっぱりあの手しかないかしらね」
「なんだ、分けるのか。えっと、分数で2/3づつだね」
「そんな面倒な事しないわよ。みんな一個まるまる食べたいじゃない」

 そりゃあそうだ。うなずく僕とれもん。でも、ここには三人いるんだよ。お母さんはにやにやしながら僕たちを眺めている。まさか、じゃんけん勝負か? 葉月家って食べ物の事になると親も子もなくなるんだよ。まったく。

「さ、みるく、れもん、ティンクルちゃんに変身して」
「「はい?」」
「三人が二人になれば、問題ないでしょ。さ、変身変身」
「「えー?」」
「まるまる一個食べられるわよ。嫌ならみるくとれもんで半分こ」

 意外なお母さんの言葉に驚きの声をユニゾンで上げる僕とれもん。確かに僕とれもんが一人になれば、ケーキの数は丁度になるけど、まさかそんな事でティンクルに変身するとは思っても見なかった。こんな事に魔法を使っていいのかな、って視線でルフナとエリヤの方を見ると、早く変身しろって顔をしていた。人数が減れば分け前が増えるって思ってるな、あの顔は。

「「グレース・テノック・プラート・アルナ……」」
「「みらくる☆グローイン!」」

 僕とれもんが魔法のステッキを掲げて同時に変身の呪文を唱えると、光の中で二人の体が一つになっていった。そして、体が成長していくのがわかる。胸、ウエスト、お尻、そして手足。17歳くらいのお姉さんの姿へと変わっていく。服装も同時にひらひらの魔法少女服になる。

「妖精界から家族の平和のために、ここにティンクル参上♪」

 しまった。ボクはついついノリノリでステッキを構えてポーズを決めてしまった。ちなみにこのポーズ、ママに仕込まれた物なんだ。身に染みついちゃったよぉ。

 照れながらステッキを一振りし、魔法服を普段着に替える。ケーキを食べるのに魔法服はいらないだろうしね。さ、これでボクとママとでケーキを一個ずつ食べる事が出来る。あ、ルフナとエリヤにも分けてあげなきゃ。

「ルフナとエリヤにはボクの分を分けてあげるね」
「ねえ、ティンクルちゃん、せっかくだから『ボク』じゃなくて『わたし』って言ってみたら?」
「自然に『ボク』って出てきちゃうんだよ」
「ボーイッシュな女の子もそそる物があるけどね。でもせっかく可愛いんだし、魅力がアップするわよ」
「ボクの中にはみるくもいるんだから。みるくが女の子言葉を喋らない限り無理だよ」
「なるほど、みるくに女の子らしく喋らせればいいのね」

 しまった。ボクは余計な事を言っちゃた。変身解いたら、みるくがママに「女の子しゃべり方」を仕込まれる事は確実だ。なんでこうみるくの時もボクの時もお母さんの口車に乗せられるのだろう。そんな風に頭を抱えていたら、玄関のインターホンが鳴った。

『ピンポーン』

 ママはインターホンで二言三言しゃべり、玄関まで対応に出ていった。何なんだろう。宅配のハムスター便かな? そう思っていると、玄関からママの呼ぶ声がした。

「みるくー、れもんー、いらっしゃい」

 ママの呼ぶ声に急いで玄関口に行くボク。玄関前には一家四人が立っていた。両親とみるくやれもんと同じ位の歳の子供が二人。そう言えば、今朝から向かいの家でげっし通運の引っ越しトラックが止まっていたっけ。ということは挨拶回りかな。そんな僕に小さくささやきかけるママ。

(あら、ティンクルちゃんのままなのね)
(やばっ、変身解くの忘れてた)
(わかったわ。適当に誤魔化すから、あんた適当に相づち打ってなさい)

「この度向かいに引っ越してきました出水(いずみ)と申します。お世話になります」
「いえ、こちらこそ。葉月と申します。あら、お子さん小学校ですか」
「はい、6年生です。双子なんです。そちらのお子さんは高校生ですか。」
「いえ、こっちは親戚の子でして。うちも6年生の双子なんですけど、ちょっと遊びに行ってまして」

 子供二人はみるくやれもんのように、双子の姉弟らしい。同じ学校になるけど、クラスまでは分からない。弟の方がボクににっこり笑いかけてきたので、微笑み返す。後で変身を解いたら挨拶に行かなきゃダメかな。そうだ、明日一緒に学校に行けばいいんだな。そう考えて、ちょっと腰をかがめて二人に話しかける。

「ねえ、キミ達の名前は?」
「僕は出水けいひ」
「私は、りんご……です」
「うちも男と女の双子なんだよ。みるくとれもんっていうの。よかったら明日一緒に学校に行ってくれる?」
「うん」
「……はい」
「それじゃ、約束ね」

 けいひ君は元気な男の子なのに対して、りんごちゃんは物静かな感じの女の子だ。みるくやれもんとも仲良くお友達になれそうだね。不思議とボクは二人にお姉さんのような態度を取ってしまう。傍目から見るとそれが自然なんだろうけど、ボクの中身を考えるとちょっと可笑しくなる。そんな事を考えながら、挨拶回りが済んだ出水一家を見送り、リビングに戻った。

「ティンクル、どうしたの?」
「お隣さんが引っ越してきたの。ボクこのままで出ちゃったよ」
「慌てるからだ」
「えへっ、失敗失敗」

 照れてちらっと舌を出すボクだけど、ルフナとエリヤは笑っていない。深刻そうな顔をしている。何かあったのかな。

「二人とも、どうしたの?」
「実は、魔力の気配が強くなってきているんだ」
「どこからかよく分からないの。でも、何処かで感じたような気もするの」

 強い魔力を持つ誰かがいるって事らしい。ボクもその一人だけど、他にもいるんだろうか。やっぱり魔法少女の姿なのかな。エリヤの話では、同じ世界の妖精でもあずける魔法が違うんだって。だから変身後の姿もボクとは違うみたいな事を言っていた。会ってみたい気もするな。



 ルフナとエリヤが感じた強力な魔力。それが僕たちに影響していると分かったのは、翌日の朝だった。いや、僕だけに影響していると言った方がいいんだろう。

 僕はいつも通り起きて、半分寝ぼけながら着替えていった。ポロシャツを着て、スカートをはいて、髪を整えて、とにかくお母さんが起こしに来る前に着替えるだけはしておかないと、怒鳴られてしまう。そうすると朝の気分が台無しになるからね。僕が起きるより前に着替え終わっていたれもんは、じーっと僕の方を見ている。何だよ。

「お兄ちゃん、その格好で学校行くつもり?」
「へ?」
「何寝ぼけてんのよ。女の子に変身してるわよ」

 はい? 部屋の鏡を見ると、確かに「女の子みるく」になっている。ご丁寧に無意識のうちに女の子の服まで着ちゃっていた。でも変身した記憶もないし、昨日用意して置いた着替えは僕の、男物だったはずだし。まあいいや。時間がないから変身解除の呪文を唱えれば万事OKなはずだ。

「ルティーニ!」

 呪文を唱えてみたけど、何も起こらない。何度か唱えてみたけど、やっぱり何も起こらない。どうして? ルフナとエリヤを起こして説明したけど、頭をひねるばかりだ。

 体が女の子のままだけど、とりあえず服だけは男物を着ておかないと、ごまかせない。急いで僕の服が入っている洋服タンスを開けてみたが、そこにあるのは女物だけ。間違えたかなと思って、れもんの服が入っている所も開けてみたけど、こっちはちゃんとれもんの服だ。どうなってるんだ? せめて男が着ても変じゃない、ユニセックスなものは……

「お兄ちゃん、これ」
「なんだよ、この忙しい時に」
「いいから、見てよ」

 れもんが僕の前に差し出したのは写真スタンド。お父さんが海外に行く前に家族で撮った写真を飾ってあるんだ。これがどうしたんだよ。お父さんにお母さんにれもんに……そこで僕は言葉を失ってしまった。そのとき、お母さんが入ってきて、写真を手に固まっている僕に声をかけてきた。

「あら、起きてたのね。ふたりとも降りていらっしゃい。今日は出水さんとこの子と一緒に出るんでしょ」
「でも、この格好じゃ……」
「あら、女の子で行くつもり? お母さんはすごく嬉しいけど、世間様の目があるのよ。学校じゃまずいでしょ」
「僕だってそんなつもりはないよ。でも服だって全部女物になってるんだ。それにこれ見てよ」

 お母さんに写真スタンドを見せた。そこには一家四人が、両親とれもんと、女の子の僕が映っていたんだ。お母さんも訳が分からないって顔をしている。

「まさかとは思うけど。とりあえず、みるく、男の子っぽい服着ときなさい。あとご飯よ。学校行くにしても休みにしても、食べるだけ食べてね」

 そう言って、お母さんは下に降りていった。僕も何がどうなっているのかよく分からないが、とりあえずズボンに着替え直す。鏡を見たけど、ボーイッシュな女の子だな、こりゃ。

 訳が分からないまま、朝ご飯を食べる僕とれもん。しかし、変身が解けないのはともかく、何で写真やタンスの服まで女の子の物になっているんだろう。考えながら食べてるおかげで、味わうというよりも、ただ口の中に運んでいる感じだった。

 その途中で、お母さんがリビングに入ってきた。さっき何処かに電話していたようだけど、今は手に何か持っている。アルバムかな。

「みるく、あなた世間的にも女の子って事になってるみたいね」
「どういうこと?」
「学校に休ませるように電話してみたのよ。そしたら『お姉ちゃんのほうですね』って言われたのよ」
「学校でも僕が女の子になってるって事かよ」
「保険証なんかも女になってるの。しかもそれだけじゃなくて、これ見て、昔のアルバム」

 食べるのを中断して、お母さんに差し出されたアルバムをめくってみる。幼稚園から小学校中学年くらいまでの物だけど、僕が写っているはずの写真が、れもんと兄妹で写っている写真が全部女の子になっていた。これって、昔から僕が女の子だったって事? そんな馬鹿な。うちの家族は僕が男だって事分かってるし、ルフナやエリヤだって分かっている。でも、他の人にとっては、僕が女の子って事か。

 エリヤがふわふわと僕の目の前に浮かんでくる。ルフナはテーブルの上だけど、僕の方を見ている。何か知っているのだろうか。

「みるくさん、一緒に学校に付いていきます」
「昨日から感じる強い魔力が気になる。それがどこから来るのか分からないけどな」
「念のために私達が付いていけば何らかの力になれると思うわ」
「ティンクルに関係すると思うんだけど、よく分からないから、俺たちも注意は怠らない。みるくは女の子のふりをして学校に行ってくれ」

 そう言って、ルフナとエリヤは空中でくるりと一回転し、ストラップ風のアクセサリーに姿を変えた。鞄に付けて持っていけ、いや、連れて行けと言う事なのだろう。知らない魔力、それもティンクルに関係するとなると、れもんと一緒にいた方がいいだろうし、何よりルフナとエリヤの協力は僕を力付けてくれる。僕はルフナのアクセサリーを掴み、れもんにエリヤのアクセサリーを渡した。

「それじゃ、みるくも学校行くのね」
「仕方ないよ。れもんと一緒じゃないと解決できないみたいだし」
「そう。女の子らしくするのよ。って言っても、アルバム見る限りお転婆さんのようだし、いつも通りでいいんじゃない」
「いくら男の子っぽい服でも恥ずかしいよ。目立たないように今日はおとなしくしてるつもり」
「そう、それじゃ気を付けて行ってらっしゃい。れもん、みるくを頼んだわよ」
「まかしといて」

 朝ご飯が済むと、玄関口でお母さんに見送られて学校に行く。丁度向かいの家、出水家からも姉弟が出てきた所だ。僕はティンクルとして会ってるけど、向こうは僕たちを知らないはずだから、一応自己紹介しておこう。でも、向こうの挨拶に先に答えたのはれもんだった。

「おはよう、葉月さん。双子の姉妹だって、親戚のお姉さんから聞いてたよ」
「昨日会えなくてごめんね。私はれもん、でこっちがお兄……お姉ちゃんのみるく」

 やっぱり僕は女の子という事になってるみたいだ。昨日ティンクルが「兄妹」って紹介したはずだけど「姉妹」になってるし。女の子の格好で女の子として紹介されるのはちょっと恥ずかしいよぉ。それでも僕も挨拶を交わす。

「よろしく、出水さん」

 女の子の姿のせいで、ちょっともじもじしてしまう僕。

「よろしくね、みるく君。けいひって呼んでよ」
「私も、りんごって呼ばれた方が……嬉しいです」
「私の事はれもんでいいし、お姉ちゃんの事もみるくって呼んでね。じゃ、けいひ君、りんごちゃん、行こうか」
「「うん」」

 何か今日はれもんの方が積極的に見えちゃうな。あれ? けいひ君、今僕の事を君付けで呼んだけど気のせいかな。ま、いいか。

 学校への道はりんごちゃん達も分かっているみたいだ。昨日のうちに転入手続きは済ましたらしい。クラスを聞いてみたら、何と僕達と同じクラス。ってことは、僕達が最初の友達って事だ。仲良くなれそう。



 学校に着いた僕達。りんごちゃんとけいひ君は一旦職員室に呼ばれているそうだ。僕とれもんは「後でね」って言って教室に向かう。はぁ、僕は女の子になってるからクラスの友達にどんな顔して会えばいいんだろう。教室のドアを開けたれもんに続いて、僕はちょっと恐る恐る教室に入る。

「れもんちゃん、おはよー」
「おっはよ、美鈴ちゃん」
「みるくちゃん、どうしたの? 今日はやけに大人しいけど」

 早速声をかけてきた女子がいる。吾妻美鈴(あずま・みすず)ちゃん。れもんとは仲が良く、僕は密かに憧れていたりもする。気軽に僕にも声をかけてくるって事は、女の子の僕とも仲がいいって事なんだろうか。ちょっと緊張して答える僕。

「あ、ああ、おはよう、美鈴……さん……」
「さん付けにしてどうしちゃったの? いつものみるくちゃんらしくないよ」
「い、いや……私……」
「どうしちゃったの? いつもだったら『僕』って言うのに」

 何か心配そうな、それでいて不思議そうに僕の顔を覗き込む美鈴ちゃん。緊張しちゃったけど、気軽に話してもいいんだよね。でも、女の子っぽく「私」って言ってみたけど(恥ずかしかったけど)、「僕」って言うのが僕の口癖らしい。わざわざ女の子らしく喋る事はないんだね。ふぅ、助かった。

「ああ、わかった。今日転校してくる男の子の気を引こうとしてるんでしょ。みるくちゃんたら」
「僕はそんな事無いよ! 別にけいひ君の事なんか……」
「そっちの方がいつものみるくちゃんらしいよ。でも、もう名前知ってるんだ。どう? かっこいい?」

 何か誤解してるなぁ。僕が好きなのは美鈴ちゃんだよ。それはともかく、家が向かい同士って事を話したけど、納得したかな? 大体、僕は男だから男を好きになるなんて事はないよ。って言っても、今の僕は女の子だから、言い訳にもならないや。

 そう言えば、僕は男子に声かけられていないな。いつも遊んでる裕哉とか一雄とかと目があったときに手を振ってみたけど、何か不思議そうな顔をしてたっけ。あくまで僕は「女の子みるく」な訳で、友達付き合いも女の子同士って事になってるらしい。う〜ん、この異常な状況、いつまで続くんだろう。僕とれもんしか異常と思ってないけど。

 そのうちに先生がりんごちゃん、けいひ君を連れて教室に入ってきた。転入生の紹介って奴である。二人の自己紹介を聞いてる時、鞄に付けたアクセサリー、つまりルフナが僕にささやきかけた。

『みるく、やっぱりあの二人の魔力だ』
「僕たちの他に魔力を持ってる人がいても不思議じゃないんだろ」
『それが、今朝感じた魔力に近い物なんだ』
「じゃあ、僕が女の子になったのもあの二人のせい?」
『全く同じ魔力って訳じゃない。でも気を付けた方がいいな。何処かで感じた魔力……あまり感じの良くない魔力だからな』
「確かに何か起きそうな予感がする」

 隣の席のれもんをちらっと見ると、僕にうなずき返した。れもんもエリヤから同じ事を聞いていたんだと思う。気を付けろと言ってもどうした物かな。原因はルフナ達が探ってくれるとして、僕は普通に接していた方がいいんだろうね。そんなことを考えていると先生の声が耳に入ってきた。

「1時間目の体育は中止です」
「「「え〜」」」

 一部の生徒からブーイングが起こる。僕も普段だったらそのブーイングに加わっていたんだけど、今日はちょっと事情が違う。体育が無いって事は、女の子の中で着替える事が無いって事だ。そりゃ僕だって中身は男だから女の子の着替えには興味あるけど、自分がその中に入って一緒に着替えろって言われたら恥ずかしいよ、やっぱり。だから今日はちょっとほっとする。なんとか無事に過ごせそうだな。

 隣のれもんが立ち上がって、僕に声をかけてくる。あれ? 体育は無いんじゃなかったの?

「お姉ちゃん、行くわよ」
「へ? 行くってどこに?」
「今日身体測定よ。忘れてた?」
「はい? 身体測定?」

 そういえばそう言うのがあったような気が……思い出したよ。はいはい。男子は後でしょ。そう思って席に着いたままいると、れもんは僕の腕を引っ張る。あ、そうか。今の僕は女子だから先に受けるのか。ちょっと待って、ってことは、女子に混じって? やばい。体育の着替えよりやばい。



 で、保健室に入った僕。早速みんな上着を脱いで下着姿に。ふーん、ブラをしてる子も結構いるんだなぁ。男子は女子のブラが透けて見える子を見つけては、だれがしているとかしてないとか話していたけど、こうして目の当たりにすると、結構ブラの使用率って多いんだな。ハーフトップみたいのは服の上からじゃあんまり分からないからね。あー、みんなブラとかも外して上半身裸になってるよ。

 そんな事を考えてたからか、隣のれもんが僕の袖を引っ張る。なんだよぉ。

「お姉ちゃん、早く準備して」
「う、うん。な、れもん、お前恥ずかしくない? 僕の前で」
「今は女同士だし。そんな事より早く脱がないと逆に目立つよ」


 慌てて服を脱ぎ始める僕。朝は無意識のままに身につけたけど、こうしていざ脱ごうとすると、女の子になっているって事を意識させられてしまう。……僕もそろそろブラが必要かな、この胸なら……って、え、ちょっと、このまま女の子でいるつもりはないよ!

 やっぱり女子達に自分の体を見られるのが恥ずかしいから、ついつい手を前に組んで、さりげなく胸を隠したりする僕。でも他の女子はお構いなし、胸をはだけて堂々としている。男としては嬉しいシチュエーションなんだろうけど、今僕は女だし。うー、こっちが恥ずかしいよ。(でも、しっかり他の女子の胸は観察させて貰ったよ)

 目の前には美鈴ちゃんとれもんが既に上半身裸で立っていた。憧れの女の子の裸。嬉しいんだけど、女の子同士だから無防備な美鈴ちゃんを目の前にすると、ちょっと目をそらしてしまう。でも、見たいよね、って視線を戻す。あー、僕何やってるんだろ。

「みるくちゃん、春より胸大きくなった?」
「え、ええ? そ、そっかな」
「うん。ほら」
「!!」

 そう言うなり、僕の胸を「むにっ」って掴む美鈴ちゃん。ちょっとくすぐったいような、痛いような、でもじんわりと今までに味わった事のない感触が僕の胸に走る。気持ちいい、のかな? 良く分かんないけど不思議な感じ。思わず体をひねって、美鈴ちゃんの魔の手(?)から逃れちゃった。女の子ってこういう感じがするんだ。そして、更衣室とか身体測定の時はこんな事をしてるんだ。

 って事は、今は女の子同士だし、いいよね。お返ししても、何にもおかしくないよね。女の子のじゃれあいだよね。ほんのちょっと良心が疼いたけど、一瞬のうちに僕の頭の中の悪魔な僕が天使な僕を舌先三寸で丸め込んで、勝利してしまった。自分を納得させて、僕は意を決して美鈴ちゃんの胸を「むにっ」って掴み返す。わぁ、柔らかいけどちょっと固めって言うか、なんていうか。とにかく触っちゃった♪

「大きくなってるのは僕だけじゃないでしょ。うりゃ。お返し」
「あーん、みるくちゃん、ご、ごめんねぇ」
「何やってんのよ二人とも。後がつかえてるんだからね」

 れもんに怒られる僕たち。はい、すいませんでした。まずは身長。背筋をしっかり伸ばせって言われたから伸ばすと、胸を突き出す感じになるんだよね。僕の胸もツンと突き出ている。測定中はまっすぐ前を見てなくちゃならないから、胸を堂々と晒しているわけで、うーん、やっぱり恥ずかしいよ。

 まあ、体重と座高はどうでもいいんだけどね。男の時と殆どかわんないや。

 その後胸囲。僕の胸の下に回された巻き尺の冷たさが、男の時よりも敏感に感じる。ざわざわって感じが胸の先まで伝わってきて、ちょっと先っぽがじんじんする。でも、悪くない、不思議な感じだった。

 測定が終わってすぐにハーフトップを着たんだけど、胸の先っぽが擦れちゃった。チクチク感と全身に走る鋭い感覚。これもまた初めての感触だった。女の子がブラとかする理由が分かったような気がする。隣でりんごちゃんも服を身につけ始めたので、ちょっと話しかけてみる。

「りんごちゃんって、僕と同じくらいの背なんだね。
「そう……みたいですね。平均ですよ……ね」
「肌も白いし、羨ましいなぁ。僕なんか……」

 そんなセリフが自然に僕の口をついて出る。あれ? 肌が白いのが羨ましいって、これじゃ女の子みたいじゃないか。って、今は女の子の姿だけど気持ちは男のままのつもり。りんごちゃんの肌は確かにきれいだけど、何で羨ましがる? う〜ん、何か変だ。

「あれ? りんごちゃん、傷?」
「あ、これ……ですか。猫に……引っ掻かれたんです」
「りんごちゃん家では猫飼ってるんだ」
「いえ、その……ノラ猫です」
「ふーん」

 りんごちゃんの左腕に引っ掻かれたような三角形の傷があるのが目に付いた。白い肌だから目立つかも。実は僕やれもんにも同じような傷がある。不思議な黒猫に引っ掻かれたんだけど、傷はうっすらと残ってしまい、なかなか消えていない。まあ、じっくり見ないと分からないけどね。

「僕も同じ様に猫に引っ掻かれちゃってさ。これ」
「みるくちゃんも……」
「れもんもやられちゃった」
「……刻印……」
「え?」
「いえ……なんでもないんです」

 じっと僕の引っ掻き傷を見ていたりんごちゃんだったけど、つぶやきを聞かれたのがわかると、慌てて着替えを始めたっけ。何を呟いたかは良く聞こえなかったけど。ちょっとその慌て方が不思議だったな。あ、僕も服着ないと。スカートじゃないとは言え、女の子の服だからなぁ。ボタンの合わせ方も違うから、ちょっと手元が狂うよ。

 僕たち女子の測定が終わって着替え終わると、入れ替わりに男子が保健室に入ってくる。今は男女別だけど、身体測定って3年生くらいの時までは男女一緒にやってたんだよね。まあ、女子が恥ずかしがるのも分かるけど、男子だって女子に見られるのは恥ずかしいんだよ。ここのとこ、先生方、特に女の先生って分かってくれないんだよなぁ。なんでだろ。



 放課後。朝一番から強烈な体験をしたから、疲れちゃった。放課後にりんごちゃんとけいひ君を校内案内するって約束していたんだ。先生からの頼みでもあるんだけど、より仲良くなるチャンスだから喜んで引き受けた。

「みるくちゃん、れもんちゃん……ありがとうございます」
「ううん、いいの。早くクラスに慣れてね」
「みるくちゃん、みるくちゃん、ちょっといい?」

 案内をしている途中で、けいひ君が僕だけにそっと話しかけてきた。なんだろう。そう思って、ふと歩みを止めてしまう。

「みるくちゃんって、好きな人いるの?」
「え?」
「いないんだったら、僕、立候補したいな」
「あ、あの……僕は……」
「可愛いしね。どこか男の子っぽい所もいいな」

 ななな、何だって? けいひ君が言っている事は言葉は分かるけど、頭が理解してくれない。それって、僕の事が好きになったって事? ちょっと待ってよ。僕は男だよ。男同士で好きになるなんて! って思ったけど、今は僕は女の子。けいひ君がそんな風に思っても全然不思議じゃないんだよね。でも僕の中身は男の子。男に興味はないよ。

「突然だったかな。ごめんね。でも考えといてね」

 けいひ君を傷つけずに断る方法ってないもんかなぁ。「お友達でいましょう」ってのは男にとって残酷な言葉だって知ってるので、使いたくないし。でもけいひ君って男の子としてみると、確かにかっこいいかも知れない。僕も女の子だったら惹かれるかも。いや、今は女の子だから惹かれてもいいのかな? 頭の中に二人でデートしている図ってのが浮かんできたりして……あは、何か照れちゃうな……

 ちょっと待て、僕。僕は男だ。男なんだ。男を好きになるつもりはない! もしかして「女の子みるく」になってると、考え方も女の子になっちゃうんだろうか。う〜ん、早く男に戻りたいよ。

「お姉ちゃーん、けいひ君ー、置いてくよー」
「ごめんごめん、今行くよ」
「けいひってば……また女の子に手を出すんですから」

 れもんとりんごちゃんからいつの間にか離れてちゃったみたい。慌てて二人のところに駆けていく僕とけいひ君。うー、あんな事言われるとけいひ君の事意識しちゃうなぁ。ええい、無理矢理頭の中から追い出して、次は音楽室と図工室と家庭科室とえーっと……



 僕達が図工室に入った時にそれは起こった。正確には図工室に入ったのが僕とれもん。その時に扉が閉まったんだけど、けいひ君にあんな事を言われたせいで、頭がぼーっとしていたみたいで気が付かなかったんだ。

「で、ここが図工室。りんごちゃんは確か絵が得意だったよね。あれ? りんごちゃん?」
「けいひ君もいない。ドアが閉まってるぞ。あれ? 開かない」
「お兄ちゃん、手伝うよ」

 なぜかドアが重くて開かなかった。れもんと協力して力任せに開けようとする。ドアの向こうでりんごちゃんとけいひ君が一緒に開けてくれると助かるんだけど。しばらくドアと格闘して、やっと開いた。

「けいひ君、りんごちゃん!」
「あれ? お兄ちゃん、ここ……」

 ドアを開けた先は廊下、じゃなくて、また図工室だった。どうなってるの? 呆然とする僕とれもんの背後でドアが再び閉まった。おそらく開かないんだろう。なんでそんな事が分かるかっていうと、こっちの図工室に漂う雰囲気。僕たち以外の魔力だ。それもティンクル並にかなり強い。

「どうなってるんだ?」
「まさか、魔法結界……」

 れもんのつぶやきに、エリヤが元の姿に戻る。ルフナも続いて元の姿に戻る。

「れもんちゃんの言うとおり。魔法結界よ」
「でもドアの部分だけ。弱い魔法結界だな。こんなのティンクルの魔法で打ち消せるぞ」
「ルフナもそう思う? せいぜい人間が作った程度ね」
「それに、こいつを作った魔力。みるくが女の子になった原因の一つだ」

 なるほど、人間でも魔力があれば弱い魔法結界は作れるんだ。でもドアの部分だけの結界なら、ティンクルの最強魔法、ファーストフラッシュを叩き込んでやれば破れるって訳だろう。それなら簡単。れもんと一緒にティンクルに変身すればいいんだから。魔法のステッキを出現させようとしたその時、僕たちに声をかける者が現れた。

「待ってたわよ。お二人さん」
「「誰?」」
「人に名前を尋ねる時は、まず自分からって習わなかったの? お嬢さん達」

 そこにいたのは高飛車な物言いのお姉さん。そう、16〜17歳くらいの、ティンクルと同じくらいの歳のお姉さんだった。ただ「普通そんな格好するか?」って感じの服装には僕もれもんも驚いちゃったよ。レザーの黒いボディコンスーツに身を包み、机の上に仁王立ちになって高笑いしている姿……まるで女王様だった。あれ、鞭じゃなくて魔法のステッキだよね……

「うるさいな。怪しい格好した女にそんな事言われたくないよ!」
「なら名乗ってあげましょうよ。お兄ちゃん、ティンクルに変身よ。ルミット!」

 文句を言う僕を制して、れもんが魔法少女姿になる。僕も続けて同じような魔法少女姿になって、魔法のステッキを手にする。いつもの男→女のプロセスがないので、ちょっと物足りない感じだ。そして、れもんと一緒にティンクルへの変身の呪文を唱える。

「「グレース・テノック・プラート・アルナ……」」
「「みらくる☆グローイン!」」

 僕とれもんが光に包まれ、体が一つになり、そして成長していく。緑と水色、そして白をベースにした魔法少女服に身を包まれ、魔法少女、ティンクルの姿になる。僕からティンクルであるボクへの変身だ。

「妖精界から正義のために、ここにティンクル参上♪」

 決め台詞を決めたボクだけど、女王様ルックのお姉さんは鞭、って言ってもサーベル状の乗馬鞭のような物なんだけどね、その先を手のひらで軽く受け、ぴしぴしと音を立てていた。何かむかつくなぁ。名乗りの時には静かに聞いてってば。

「ふうん、やっとお出ましね。あなたも変な格好だけど」
「ボクはティンクル。何者なんだ、キミは」
「それじゃ約束通り名乗ってあげるわ。私はシナモン・アップル。面倒くさかったらシナモン、でいいわよ」
「キミも魔法少女なの?」
「ええ、そうよ。もっとも、あなたなんかより魔力も技術も数倍上ですけどね」

 シナモンはそう高飛車に言って、ボクの鼻先に鞭の先を向けてくる。同じ魔法少女と言ってもこんな奴と一緒にされたくないなぁ。まるで悪い魔法少女だよ。ボクは手で軽く鞭の先をシナモンに押し戻す。

「ボクを図工室に閉じこめてどういうつもりだよ」
「目的は二つあるわね」
「一つは?」
「あなたへのご挨拶かしらね。いろんな意味で」

 いろんな意味ってのが何か引っかかるけど、まあいいや。ふと、シナモンの高飛車な表情がきりっと引き締まる。こんな表情、結構格好いいなって思った。ボクよりも大人っぽく見える。

「もう一つはあなたにも関係ある事よ。妖精に魔法を貰ったあなたにもね」
「ボクに? ってことはキミにも関係あるって事だね」
「その通りよ。そいつはじきに現れるわ。それまで、あなたの力を見せて貰うとするわね、ティンクルちゃん」

 そう言って高飛車な表情に戻ると、シナモンはボクに向けて鞭をフェッシングの様に突き出す。ボクはその一撃一撃をかわしていくが、鞭なので、だんだんしなりが大きくなってくる。そうなるとボクも紙一重でかわす事が出来なくなる。

「挨拶ってこういう事なの?」
「そうよ。いろんな意味で、って言ったじゃない。聞いてなかったのかしら?」

 ボクのステッキはあくまで魔力の増幅器。シナモンのように攻撃には使えない。それでも鞭をかわすために、剣のように使わなくちゃならない。ステッキを使ってシナモンの鞭を弾き上げると、床を思い切って蹴り、シナモンの懐に飛び込んだ。勢いで鞭ステッキの柄を押さえつける。

「なかなかやるわね。あなたも」
「魔法少女なら魔法少女らしく魔法使ったらいいじゃないか。その体勢で魔法は出せないと思うけどね」
「ふふん、それがお望みなら使ってあげるわよ。リーム・ハレンシュ! ラティーム!」

 魔法の複雑さは呪文の長さに比例するってルフナ達が言っていた。シナモンが唱えたのは短い呪文が二つ、すなわち簡単な魔法が二つだ。ボクの魔法と呪文が同じみたいだ。ということは「魔法反射」と「風」? どちらも広範囲魔法で狙いを定めていない魔法だ。そんなの唱えてどうするんだろう。

「リーシュ!」

 シナモンの3つ目の呪文は「氷」の出現? どれも何て事はない呪文だ。でもボクが驚いたのは3つの呪文の複合効果。出現した氷を風に乗せて飛ばす。全方位に向かうはずの氷は、魔法反射されて全部ボクの方に向かってくる。ボクは至近距離で強風と氷塊に晒される訳だ。これはまるで上位魔法「氷の嵐」を食らったような効果だよ。

 ボクは反射的に飛び退き、防御魔法を唱える。でも嵐の効果を防ぐのは完璧ではなかったようだ。シナモンってタカビーな態度を取ってるけど、実は魔法の使い手としては緻密なのかも知れない。

「いきなり何するんだよ!」
「魔法を使えって言うから使ってあげたのよ」
「そんなちまちました魔法で!」
「本当の魔法ってのは、小技を応用させる物よ。そんな事も知らないで魔法少女やってるなんて、呆れるわね」

 確かにシナモンの言う事にも一理ある。ボクの最強魔法ファーストフラッシュみたいなものはそうそう何度も使えないしね。小技の魔法なら魔力の残りを心配しなくてもいいんだ。でもその組み合わせは難しいと思う。うー、みるくもれもんも応用問題は苦手だからなぁ。

 向き合ったボクとシナモンはお互いにステッキを構える。今度は魔法での手合わせらしい。魔法少女同士の戦いなんて初めてだよ。まずは簡単な魔法で様子を見よう。そう思って、呪文を口にした瞬間、横から強い魔力を感じた。この前も感じた魔力。ボクもシナモンもその魔力を発する方向にステッキを向けた。

「「リーシュ!」」

 ボクとシナモンの口から同じ呪文が唱えられる。氷の呪文。ルフナが言うには魔力の共鳴があると、その威力は増幅されるらしい。つまりは二人で同じ呪文を同時に唱えれば、その威力は二倍じゃなくて通常の三倍程度になるってこと。でも、その増幅された魔法は簡単にうち消された。氷が粉々に砕かれてしまったんだ。

「いきなりご挨拶だな」
「やっと現れたわね。もう待ちくたびれちゃって魔法で遊んでたのよ。もっと早く来れないのかしら」
「キミはあの時の……」

 ダイヤモンドダストのような氷の結晶を体にまとって姿を表したのは、この前出会った黒猫だった。相変わらず強い魔力を持っている。あれ? ちょっと大きくなってないかな。氷の反射で目の錯覚かな?

「ボクを閉じこめたもう一つの理由って……」
「そ。この子猫ちゃん。あなたも知ってるでしょ」
「魔力共鳴の原因を探して来てみれば、仲間が増えたのか」
「あらやだ。こんなヘボ魔法少女、仲間なもんですか。子猫ちゃんもヤな事言うわね」

 ちょっとちょっと、あの大きさは子猫とは言えないよ。それになんだよその言い方。だれがヘボ魔法少女だって? すごく腹立つ。どさくさに紛れてファーストフラッシュ喰らわせようか。でも、黒猫に用があるって、どういう事なんだろう。

「ちょっと、これからどうするつもりなんだよ」
「子猫ちゃんを捕まえるのよ」
「やめなよ。ボクの魔法は効かなかったんだよ」
「あなたの魔法の使い方が下手なだけよ。こうやるのよ。そこで黙って見てなさい」

 うー、ますます腹立つ。知らないうちにステッキを固く握り締めていたよ。そんなボクにはお構いなしに、鞭ステッキの先をビッと黒猫に向けるシナモン。

「悪い子猫ちゃんは捕まえなくっちゃね」
「セーロンの連中も手回しが早くなった物だな」
「あんたみたいな危ないのを野放しには出来ないわよ」
「まだ何もしていない」
「どうせ、これからするんでしょ。覚悟なさい!」

 鞭ステッキを構え直して短い呪文を唱えるシナモン。あれは「雨」の魔法。そんなもの通用する訳ないし、何を考えてるんだろ。黒猫も呆れて呪文を封じるまでもなく、体を濡らすにまかせていた。風邪ひくよ。

 続けて「蔦」の魔法。これも簡単な魔法だ。図工室の床から蔦が生えてきて、黒猫に絡みつこうとする。これも紙一重でよけていく。だから、小技だけじゃ無理だって。

「正確な攻撃だな。それ故予測もしやすい」
「よけもしないのね。ならこれでどうかしら」

 シナモンが3度目に唱えたのは「氷」の呪文。でも唱えたのは黒猫にじゃない。生えてきた蔦にかける。何考えてるんだ? 黒猫も戸惑っているように見えた。次の瞬間、蔦から氷が生え、黒猫の濡れた毛に張り付いていく。黒猫を覆っていく氷。すごい、直接攻撃無しで動きを止めちゃったよ。そして、最強魔法の呪文の詠唱。

「ミッディ・ブレイク!」

 シナモンの最強魔法は全方位からの攻撃呪文。黒猫も全然抵抗できずに全身に呪文を受ける。シナモンすごい。ボクの時は呪文を跳ね返されちゃったからね。でも、さほど意にも介さずに立ち上がる黒猫。ちょっと応えたけど、まだまだ大丈夫って感じ。

「そっちよりは出来るみたいだな」
「うそっ……直撃のはずよ。古の妖精は化け物なの?」

 答えは簡単。シナモンって魔力はボクほど強くない。最強魔法でもボクの方が数段強い。上手く小技を使えるけど、決定打に欠けてるんだ。ボクがここで手助けをしてもいいけど、シナモン怒るだろうな。しかも、ボクの魔法でも通用しないんだろうな。

 遠くで下校しろっていう放送が流れているのが聞こえる。そういえば、どれくらい時間が経ったんだろう。りんごちゃんとけいひ君は? これ以上目の前の二人(?)にかまってられないな。ボクはステッキを握り直してシナモンに近づいた。

「シナモン、どいて」
「あなたは手を出さないで」
「勘違いしないでね。ファースト・フラッシュ!」

 ボクは黒猫に向かってではなく、別の方向にステッキを向けた。その先にはどじ込められてしまったドア。シナモンが作った魔法結界だ。シナモンの魔力よりボクの魔力の方が強いから、あっけなく結界は消えてしまう。

「これで魔法結界は消滅だね。どうする? これ以上派手にやると人が来るよ」
「ティンクル、あなた何考えてんのよ! そうなるとまずいのは私達の方よ!」
「何もここで黒猫さんを捕まえなくてもいいと思うけどな」
「呆れた。ほんとあなた何にも分かってないのね」

 心底呆れたというまなざしでボクを見るシナモン。うー、何かむかつく。でもその口振りだと何か知っているみたいだけど。黒猫の正体とか。それは気になるけど、ボクはこれ以上シナモンや黒猫にかまっているつもりはないんだ。だからボクは落ち着いた声で一言シナモンに質問した。質問って言うよりは確認かな。

「キミの魔法で黒猫さんにかなうと思う?」

 出来るだけ棘がないように言ったつもりなんだけど、シナモンは悔しそうな表情をして鞭ステッキをぎゅっと握っていた。それには気づかないふりをして、黒猫に呼びかける。

「黒猫さんもやめようよ。どうせボクの魔法も効かないんでしょ」
「賢明だな。お互い無駄な事はしない方がいい。小娘が二人になった所で大差ないしな」
「待ちなさいよ! こんなティンクルなんかと一緒にしないで欲しいわね。私が本気出せばあなたくらい……」
「シナモン、やめなよ」
「ティンクル、刻印打たれて黙ってろって言うの?」
「刻印?」

 シナモンも黒猫相手に熱くなっているようだけど、何でだろう。それに刻印って? ボクの表情から疑問を読みとったのかな、シナモンが怒ったような口調でボクに突っかかる。

「あー、ほんとあなたって何も知らないのね。いいわ、もう」
「何か知ってるなら教えてよ」
「教えるのはこれだけ。いいこと? あの猫ちゃんを捕まえるのは私だからね」

 ボクの疑問には一切答えず、捨てぜりふを残して図工室の後ろの扉から出ていこうとするシナモン。やっぱりむかつくなぁ。まあボクには黒猫ともシナモンとも関わり合うつもりはないから。勝手にやってて。さ、変身を解いてみるくとれもんに戻ろう。



 変身を解いてみるくに戻った僕だけど、やっぱり体は女の子のままだった。どうやったら元に戻れるんだろう。ルフナとエリヤに聞こうとしたら、それより先にエリヤが僕に教えてくれた。

「みるくさん、女の子になった原因、分かったわよ」
「ホント? いったい何だったの? 元に戻れるの?」
「魔力の共鳴のせいなの。ティンクルとシナモンとあの黒猫よ。三つの魔力が漏れてしまって、この街一帯が一種の魔法結界に閉じこめられたのよ」
「ティンクルも原因だったんだ。それじゃあ、魔力の漏れを止めれば戻れるんだね」
「ええ。そのための儀式は今晩するわ」

 よかった。これで男に戻れるんだ。そうと分かれば、早めに帰らないとね。その時、図工室のドアがガタッと開く。慌ててストラップに姿を変えるルフナとエリヤ。入ってきたのはりんごちゃんとけいひ君だ。二人とも心配そうな表情してたんだけど、ごめんね。悪いのはシナモンって奴だから。

「やっとドアが開いたよ」
「二人とも大丈夫……ですか?」
「閉じこめられてびっくりしたけど、私達大丈夫だよ」
「遅くなっちゃうから僕たちも帰ろう」

 さて帰ろう、と図工室を出ようとしたら、けいひ君が僕に近づいて僕をぎゅうっと抱きしめた。え? え? 

「心配したよ、僕のみるくちゃん」
「だ、誰がけいひ君のなんだよ……」

 けいひ君の腕から逃れようとするけど、でも乱暴でもなく、そっと包んでくれている。このままでもいいかな、なんて考えが頭の中をよぎってしまう。あれ? ちょっと待て。男同士で抱き合うのはちょっと問題だよね。でも悪い感じはしないし……ちょっと混乱状態のぼくの頭の中。ぼーっとしていたのか、けいひ君の次の動きには気がつかなかった。

 けいひ君の顔が近づき、僕の頬にチュっと軽く口づけをしてきたんだ。

 え? え? え? 突然の出来事に僕の頭の中はもう真っ白。頬とはいえ、これってキスだよね。男の子と女の子の間でするやつだよね。後から思うと、この時僕の男の心はどこかに飛んじゃっていたらしい。けいひ君が離れてもその余韻に浸っていたんだ。

「おに……お姉ちゃんもいい加減こっちの世界に戻ってきなさいよ」
「けいひ……ちょっとやりすぎ……です」

 唖然として頬に手を当てている僕を引きずっていくれもん。その脇でりんごちゃんがじたばだと抵抗するけいひ君を引きずっていたけど、それは目に入らなかった。



 家に帰って、晩ご飯。ご飯の準備の時、女の子だからってお母さんに料理を仕込まれたけど、ちっとも聞いちゃいなかった。おまけに食事中の今も上の空。これもけいひ君のせいなんだ。つい学校でのことを思い出して頬を押さえてぼーっとしてしまう。

「何お兄ちゃん、さっきからにやついてるのよ」

 え? そんな顔してた? 気がつくとけいひ君のことを考えてた。ちょっと待て。僕は男なんだ。男の子の事を考えてにやつくなんてどうにかしてる。美鈴ちゃんの裸を思い出してにやつくならまだ分かるけど。う〜ん、どうしちゃったんだろう、僕。

「おい、みるく。後で魔力の漏れを塞ぐ魔法をかけるからな」
「そうすれば僕は男に戻れるんだな」
「たぶんな。あのシナモンや黒猫の魔力も漏れてるけど、ティンクルの魔力がないから影響はなくなるはずだ」
「なんで僕だけ女の子になっちゃったんだ?」
「周りから魔力が補充されるから、常に女への変身状態になるんだ」
「でも、なんで写真や周りのみんなまで僕が女の子だって思うようになるんだろ」
「影響の中心、つまり、この家にその状況を強く望む者がいたからだと思う」

 なるほど。僕が女の子になっちゃったのは、常に変身できる魔力が補充されていたかららしい。エリヤが言うには「魔力でよりティンクルに近い姿になるから」だそうだ。でも、周りの状況を変えるくらいに、僕が女の子でいてほしいと望んでる人って……まさか……

 れもんも同じ考えをしていたみたいだ。僕とれもんでお母さんに視線を向ける。その視線に気づき、ついでに視線の意味に気づいてちょっと慌てるお母さん。

「な、なによ、あんたたち。私がどうかした?」
「僕が女の子の方がいいって考えそうなのって……」
「お兄ちゃんがこうなった原因って……」
「そりゃみるくがずっと娘だったらなーって、ちょっとは思ったわよ。でもだからって、ねえ、ルフナちゃん、エリヤちゃん」

 やっぱり原因はお母さんだ。思わず深いため息をつく僕とれもん。でも「ちょっと」ってのは嘘だな。ルフナが魔力の漏れを塞ぐと言った時、がっかりした顔をしたのは気のせいじゃなかったはずだ。



 翌日の朝になって、僕は目覚めると、すぐ自分の体を確かめた。男に戻ってるか女のままか、確認するのには一番確実な所を触ってみる。

 ない。

 どういう事? やっぱり女の子のまま? 床に女の子座りでへたり込む僕。目が覚めたれもんが二段ベットの上の段から降りてくる。どうしよう。まだ女の子のままだよぉ。れもんに泣きつく僕に一言。

「変身解除の呪文は試してみたの?」
「そっか、試してないや。ルティーニ!」

 光に包まれ、体が変わっていくのが分かる。男の僕だ。やった、元に戻れたよ。なんか久しぶりな感じだ。

 うきうきして朝ご飯を食べて登校だ。なんかお母さんががっかりしていた顔をしていたけど、しるもんか。まったく。家を出ると、丁度いいタイミングで向かいの家からりんごちゃんとけいひ君が出てくる。細かい話をすると、僕とは初対面なんだけど、昨日の記憶は僕の男の子みるくに置き換わってるはずだ。そうルフナが言ってた。

「おはよう、りんごちゃん、けいひ君」
「おっはよ、二人とも」
「……おはようございます」
「みるく君にれもんちゃん、おはよー」

 けいひ君の顔を見ると、ちょっとドキドキしてしまった。でも、昨日の事は女の子みるくとの事。けいひ君が覚えてるはずもない。そう思うと、なんか寂しい感じもするけど、現実ってこういうものだしね。

 僕の手を掴み、早く行こうと急かすけいひ君。手を掴む、と言うよりは手をやさしく握る、かな。ちょっとドキッとする僕。

「あきらめないよ。みるくちゃん」
「え?」

 僕にだけ聞こえるように耳打ちするけいひ君。まさか、女の子みるくを覚えてる? けいひ君、一体君って……



あとがき

 もう一人の魔法少女、シナモンの登場です。一応正体は謎(笑)。悪い魔法少女系の娘です。タカビーな性格とは裏腹に魔法の使い方は小技が効いてます。これからレギュラーになりますのでよろしく。あと女子更衣室はあってもTSっ娘が身体測定でいろいろされるっていうシーンはあまり見かけませんよね。今回そんな場面を書いてみました。でも小学生だから萌え度低しかな。



<次回予告>

 みるくです。シナモン付きの妖精、キャンディが僕たちの前に現れた。そいつをルフナとエリヤは苦手にしてるようだけど、何でかな。そのキャンディから黒猫の正体が明かされる。黒猫が狙うのは女の子の魔力だって。でもそれだけじゃなかったんだ。ええっ、僕たちティンクルの命に関わるってどういう事だよ。
 次回第3話「いにしえの妖精(仮)」にみらくる☆グローイン!

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